第692話「革命」②

 
「ナルトにサスケ…
我が母カグヤと戦い
己の出した答えに
変化はあったか…?」(六道仙人)

「………」(サスケ)

「答えは変んねェ…
ただ大じいちゃんには
悪りーけど…
今回カグヤってのと戦って
思った…

オレの母ちゃんが
うずまきクシナ
心底よかったって…」(ナルト)



「カグヤは今まで戦った奴らとは違う…

心がねーみてーな感じだった…」(ナルト)

「…母カグヤも
初めは民の信望厚き女神だったそうだ…
鬼と呼ばれる様に変貌したの理由は分からぬが…

おそらく
チャクラの実を喰らった時から
何かが始まっていたのだろう」
(六道仙人)

僕はナルトの直感力をとても信頼していますが、ナルトの感じるカグヤ像に関しては僕も同じ様な事を考えていました。カグヤがナルトとサスケに生身で触れるシーンがありましたよね。その時、カグヤは何とも言えない表情で涙すら流していました。幼くして分かれた子にようやく逢えた…みたいな表情。僕はそれに確かに「母」を感じたんですが、それ以外にカグヤからは何も感じませんでした。しかも、幾つもの世界を保有し圧倒的な存在感を示すものの妙にナルサスを恐れてみたり、世界空間をスイッチするみたい簡単に敵と認識したナルサスに止めを刺せない…。事実、その結果封印されてしまいましたし、少なくともカグヤはナルサスを圧倒するには至らない存在でありました。

ところでクシナって結構なDVママだったみたいですね。その当りがサクラと似通っててサクラが嫁候補って考察があるんですけど、ちょっと違うな…と思うんです。サクラは本気で粉微塵に砕こうとして殴っています(笑)。件の桜花衝で地面が砕けますよね。ナルトが避けられるからいいけど、自来也みたいに綱手の拳をまともに受けようとしてたら…って汗が出ます(笑)←笑えませんが。お笑いの世界で最高の突っ込みはダウンタウンの浜ちゃんだと僕は思っていますが、彼のドツキは痛くないんですってね。恐らくそれは彼の人間性に由来するのだと思うんですけど、気になる人はググってみたらいいかも知れません。別にDVを推奨する訳ではありませんが、そこに「愛」があるのか?って話なんだと思うんです。

ナルトにとってカグヤもクシナも同じ様に怖かったんじゃーないですかね。ナルトは八卦の封印式という擬似的な家庭庇護されて17年間育っていましたから、何とはなしにクシナの人となりを汲んでいたと思います。或いは数少ないミナト(のチャクラ)との接触から何をか悟ったのかも知れません。そして実際に拳を合わせた(闘った)カグヤから感じるものと違う。ナルトの直感。それを重視するならカグヤにはやはり「愛」がなかったんだろうな…と解るんです。恐らくナルサスに触れたカグヤが一瞬、ハムラとハゴロモを思い起こしたのはカグヤの母性僅かにカグヤに残留した本能だったんじゃーないかと僕は思うんですよ。そしてそれがカグヤに対して僕らが率直に感じた…

物足りなさ!?

僕はカグヤに黒ゼツがぶら下がっていてアレコレ指示したり僕らに説明してくれたり何だか煩く感じてました。カグヤにしても自分はこうしたい!!とか、ぶっちゃけ主体性が感じられませんでした。いろんな世界をストックしてたりしますが、それで何をするのか?したいのか?が見えませんでした。まさかそんなに強くない白ゼツ軍団を率いてもっと大きな敵と闘う大義や野心…(こころざし)などは感じられませんでした。正直、カグヤが何をしたかったのか?今でも解りません。しかも、それに興味がない(笑)。それはやはりカグヤに「愛」が感じられないからだと僕は思うんです。カグヤには「心」がない…なかったのでしょう。そしてそれがチャクラの実を食べた所為だった…から。

六道仙人はチャクラの実を喰ったカグヤの変質を示唆しています。これまでの提示で十尾とは神樹だけでなくカグヤが変化したものだったとされています。チャクラの実を喰らったカグヤと神樹が関係して十尾が組成されているんです。そして十尾の人柱力となり無限月読よって神樹に繋がれた人々のチャクラを無制限に使用できるようになったにも関わらず余りにも主体性のないカグヤとそれにぶら下がり悪知恵を与える黒ゼツ。その不自然な共闘を見るにつけカグヤは違うな…と思えたんです。ここ上手く言えないで困るんですけど、ふとある想いが僕の頭に浮かぶのであります。カグヤは神樹チャクラの実に惹かれた虫に過ぎない存在だったのではないか!?…もしかしたら…

神樹食虫植物だった!?…と。

続きまーす!!


 

第692話「革命」①

 
「して…後はサスケよ
お前は…」<スッ>(六道仙人)

「……

そうだな…」(サスケ)

「だがまずは…
この無限月読の中
今の五影共を処刑する」(サスケ)

「!」(カカシ)

「?」(サクラ)


「………」(ナルト)

「…今何て言ったサスケ?」(カカシ)

カグヤが封印されてこれからオールで打ち上げ!!みたいな雰囲気をぶち壊すサスケの一言…。インパクト的には第四次忍界大戦にひょっこり現れて「火影になる!!」とぶちかました以上のものがありそうです。あの時も「はぁ!!??」でしたが、マダラと戦い最終的にカグヤを祓ったサスケが未だにこういう悪顔で誰かを恨めるサスケが理解できません。全ては黒ゼツがカグヤを復活させるが為に歴史を操作していて、うちは一族を不幸のズンどこに落とした「うちはの石碑」ですら黒ゼツ捏造されてたとまでサスケは知らされたのです。黒ゼツという人間ではない独立した悪が存在して、それが全ての元凶であったのだからもう誰も悪くないよね。今までの事はチャラにしようや…。

みたいな機運が生まれつつあったように僕は受け取っていました。サスケの火影はどう考えても無理だけど、木の葉を抜けた事とか五影会談に乱入して悪事を働いたり、一応火影だったダンゾウを殺しちゃったのもなかった事にできるんじゃないかと思ってたんですよ。いろんな行き違いがあってそうなっちゃたけど全部黒ゼツが仕組んだんだよねー…で納得するしかなかったんじゃないでしょうか。それにサスケが居なければカグヤは祓えませんでしたし、ナルトと力を合わせて世界を救った功績に免じて充分許されると思ってました。逆にその状態からどうやったら「終末の谷の決闘」に持ち込めるかが全く見えませんでした。しかしサスケは黒ゼツの方をチャラにしようとしています。

カカシじゃないけど自分の耳を疑いますよ!!サスケも黙ってりゃ木の葉隠れに戻ってナルト達と昔みたいに暮らせたのに…。でも、そうしたら自分だけ幸せになってしまってイタチに申し訳なかったのかな?いやしかし、それはサスケの幸せを願ったイタチの想いを無視してはいまいか?でもいろんなところに黒ゼツが挟まってて真実というものにフォーカスできにくくなってて、ハッキリ言って何が何だか解りません。だからサスケはこの世界そのものをチャラにしようと考えたのか?ううん…いろいろと解り難いです。サスケが五影会談で暴れた頃くらいに退行してるような。何でこうなってしまったんだろう?カグヤを封じる為、久々に実現したナルトとの共闘は何だったのでしょうか?!

今週はサスケの胸の内を考えてみましょう。

続きます。


第691話「おめでとう」②

 
「誕生日おめでとう」(穢・ミナト)

「本当に立派になったね
ナルト」(穢・ミナト)

「………
うん…サンキュー…」(ナルト)

「…オレ達は外法の存在
いつまでもここにいる訳にはいかない
おわかれだ」
(穢・ミナト)

「………」(穢・ミナト)

<フワワ…>「クシナに…
色々伝えておくよ…」
(穢・ミナト)

遅きに失してしまったのでサラッと…Σ(*゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!!…ミナトが何処でカレンダーを確認したのかは不明ですが今日は10月10日という事なのでしょう。僕らが子供の頃は「体育の日」だったんだけど、今ではナルトの誕生日であり、それにカグヤを封印した日…つまり第四次忍界大戦の終戦記念日が加わります。ナルトもこれで17歳になったんだけど、ここに至まで随分と頑張って来ました。この世界に労働基準監督署があったら!?と考えると背筋が凍りますが、それ以前にゼツの心配事じゃないけど、このこらの排泄はどうしてるんでしょうか?描写的にキラビがオシッコしてただけです。飲まず食わずは兵糧丸で何とかなりますけど排泄はどうにもこうにも(笑)。

きっとそれを心配してゼツやグルグルが先んじて騒いでたのかな?と思うと目頭が熱く…なるかーいッ!!(←エー加減にしなさい!!)しかし、そもそもが生と死の境を行き来できるチャクラの真理を自在に操る忍のお話なので排泄等という生理の問題等些細過ぎて描く必要がないとキッ神は考えられたのでしょう(適当)。いや…待てよ…もしかしたら、今日この日が正確に10月10日じゃーなかったのかも知れない…なと、僕は思うのであります。それはミナトの謙虚さというか口数の少なさからそこはかとなく感じられる願望と申しますか。ミナトはナルトが生まれて直ぐに逝ってしまいましたから。同時にクシナも居なくなってしまいましたし。今まで一度も言えなかったこの言葉。

「…そうだ

言っとかなきゃって
思ってたんだ」
(穢・ミナト)

ミナトはナルトの誕生日をこれまで一度たりとも祝えなかったんですね。ま…その実、八卦の封印式の中にチャクラを織り込んで見守ってはいましたが、それはここ一番の正念場の為に温存しなければならなかったので表には出られずワジワジとされていた筈です。それでミナトは何か思いついた風な感じでナルトに接するんですが、ミナトの「誕生日おめでとう」とは究極に厳選したミナトの想いだったと思います。何で僕がそこに拘るかというとミナトが穢土転生で呼ばれた「外法の存在」である事。そしてそれをミナトがしっかりと認識しているという一点に在ります。ナルトに「おわかれだ」と淡々と告げた直後の何とも言えない悔しそうな表情に見て取れるのではないでしょうか。

僕は予々ナルトは狡い子だと訴えておりました。八卦の封印式の中に九尾のチャクラを搭載しただけではなく、父と母のチャクラまで同梱され、四六時中どころか24時間ベッタベタに庇護されていたんです。ナルトは最初から何も無い孤独の世界に居た…みたいな外見に対して家庭とか家族そのものを内包する構造でどんな逆境にも耐え得る仕組みだったんです。そしてそれに加えて六道仙人の後継者であるアシュラのチャクラまでが転生してるというおまけ付きで、ドジで落ちこぼれの皮を被っただけで、実は救世主やねん!!<ドヤッ>みたいなチートな子。サスケがナルト見て不安になって大蛇丸のところに走った第一部の終盤。全部ナルトの所為やんッ!!という気持ちで一杯です(笑)。

しかし、それもこれも世界を救う為。ナルトを救世主に仕上げる為。多段式ロケットの先頭がナルトならそれを最終軌道に乗せたのがミナトロケットだった筈です。チャクラの祖であるカグヤを祓う為にはこのくらいのチート設定を施さないとダメだったのでしょう。その上でミナトはその狡さを重々認識しているからナルトにただ一言だけを告げるべきだと考えたと僕は思うんですね。それで選びに選び抜いたのが「誕生日おめでとう」だったと思います。ミナトの示す謙虚さをナルトは見逃さないで欲しいのです。人が人として生きる上で超えてはならない一線が或る事を忘れないで欲しいのです。僕は巻ノ53だっけか?クシナのチャクラがナルトに接見した単行本の感想は書けないと言いました。

あれは母親の愛し方を示したものなんだろうなと思うんです。いつもいつの時もお母さんは狡いです。そしてクシナの口数の多さは見事にナルトに伝染しています。それはあの時のクシナがナルトに課した課題へのアンサーではあるんだけど、九尾事件でミナトを差し置いて自分の配分を多くしたクシナの利己的な愛し方。僕はそれが悪いとは思いません。けど…ここでミナトが伝えたい事がそれに合わさらないとナルトはただの優秀な甘えん坊に終わってしまいます(勿論、正真正銘の逸材であるナルトですからしっかりモノにすると思いますけど)。こういう父とああいう母がナルトを仕上げた…そしてそこには外法てんこ盛りだった意味を受け止めないとこのお話は仕舞えないのです。

第691話「おめでとう」
ナル×ジャン ケルベロス


業務連絡(140913):今週は仕事がテンパってて落ち着いて書けませんでした。そして気がつけば月曜祭日の週ジャン土曜日発売のダブルパンチ!!朝日じゃないけどホントに遅きに失してしまい申し訳ない!!ちょっと休憩したら次のお話も論じようと思いますが、その次があるジャンのないナルみたいなんです。お話も巻きが入ってるようで恐らくは次の新作映画公開に合わせて大団円があるんじゃないですかね。個人的にはこれ以上転がして欲しくないのでアレですが、映画が今年の12月6日だからそれだと尺が足りない気もしますので来年の三月一杯とか?かな。ま…どっちにしても急転直下ですよ。サスケが…ね。そう来ましたかって感じ。まま…詳しくは次の感想で。しかしやっぱその前にナルトに排泄をしてもらわないと落ち着かなーい!!(笑)





第691話「おめでとう」①

 
「………
お前がはたけカカシだな」(六道仙人)

「…?
あ…ハイ」(カカシ)

「よくぞ皆を導き
母を封印してくれた

これこそ神の御業のよう」(六道仙人)

「…いえ
私はほとんど何も出来ませんでした
こいつらと…多くの仲間のおかげです

それに…
かつての友が
私に力を貸してくれましたから」(カカシ)

「…だから言った…
よくぞ皆を導いたと」(六道仙人)

「!」(カカシ)

「お前は迷いながらも
ナルト達の師で…オビトの友であり続けた
でなければ

おそらく母は止められなかったであろう」(六道仙人)

いろいろと書きたい事はありますが、先ずは六道仙人こと大筒木ハゴロモカカシに対する対応にスポットライトを当ててみようと思いました。ま…今週号の焦点はここじゃなくて…と僕も思うし皆さんも思っておられると思いますが(汗)。六道仙人の分割好きと来たら…大金持ちなのに何でも分割で買いそう(昔は「月賦」という言葉がありましたっけ…遠い目)な勢いです(笑)。それは何でかというとチャクラが究極に集積した結果がカグヤだったからだと思います。恐らくハゴロモはハムラを何らかの経緯で取り込む状況があって結果的にカグヤを自身が体現したんだと思います。輪廻眼を装着したオビトも「誘惑が半端ない!!」と申しておりましたがそれが「力」なのであります。

十尾が暴れる様を僕らは見ましたけど、全てを圧倒する「力」に考える「力」が無かった事に気付けましたでしょうか?!九喇嘛とナルトがそれを感知してましたが結局「途方も無い」とだけ解ってただ呆然としていました。完全な個が在って、何者をも虐げられる「力」が整っているなら、それが僕であったならもう誰にも気を使わないし、iPhone見ながら歩いてる人みたいに誰にも道を譲らず一欠片の遠慮もなく天下の往来を歩けるので楽ですけど…それじゃーあまりにも悲しいでしょ!!って話ですよ。誰にも頼る必要がなく自分一人で全てが完結するなら何も考える必要がないという事なのであります。それがカグヤ問答無用や十尾は放つ狂気のチャクラ砲であろうと思います。

全てを圧倒する「力」とは全てを無視できる「力」なのです。ハゴロモはそれを実感した瞬間があったんじゃないでしょうか?しかし、それだと何も考えないでいい自由と引き換えに自分の大切な人や想い出を失ってしまう…ことになる。ハゴロモハゴロモでなくなってしまう!!それに類する危機感をハゴロモが観じてハゴロモは自分自身を分極する方向で世界そのものを調整していったんではありますまいか?実際、十尾を九つのチャクラに分割した故に生じた尾獣共は自我を得るに至り、ナルトはそれを束ねるように六道仙術を開花させています。サスケはイタチのアシストで得た永遠の万華鏡写輪眼を土台に六道仙人の陰のチャクラを得て多重写輪眼(輪廻眼?)を得ました。

そして、この期に及んで提示があった六道仙人こと大筒木ハゴロモのはたけカカシに対する賞賛。これこそ六道仙人の性癖…もとい…徹底した「力」の分割が示す在るべき世界の形ではありますまいか?神樹の根に民衆が繋がれてただ一人の方だけが「力」謳歌する世界をカグヤは乞うた訳です。それに大してハゴロモは出来るだけ「力」を分散して、それらの均衡の中に世界の安定を模索するべきだと考えたのだと思います。しかし、それを担保するには人と人の繋がりを信頼できなかったからチャクラで繋がる安寧である「忍宗」を説いたのです。しかし今、ハゴロモカカシを認めています。カカシをして「神の御業」とすら言う…これはある意味、六道仙人の懺悔でありましょう。

ナルトやサスケの師で在り続け、オビトの友であり続けた。カカシが居たからナルトとサスケ、そしてオビトの協力があったのだと六道仙人賛美する訳です。ここから先を説明するのは野暮だと思うので止しますが、僕らにはチャクラなんかなくても繋がれる「力」があるのです。不遜ながら僕はナル×ジャンで皆さんと繋がれていると思うし、「今夜は月が奇麗ですね」の一言で僕らは「愛」の何たるかを知れたのだと僕らはナル×ジャン提示できたと思っています。この戦争の落としどころはとっくに見えているんじゃありませんか?六道仙人も敢えてそれを明言しません。それはやはり…気付いて欲しいからこそ教えられない親心なんだろうと、そこはかとなく僕は感じるのです。

続きます。

 

第690話「忍者の…!!」③

 
「ナルト
サスケ

そして皆…

よくぞ世界を救ってくれた」(六道仙人)

何だか最後は呆気なくカグヤを封印しちゃって、終わった感が半端ないんですけど!!(汗)それに逸材・ナルト黒ゼツを見逃さずに始末しましたし、これまでのインドラとアシュラの抗争がどういう経緯で拗れたか等の説明が張本人の黒ゼツからありましたからハッキリ言ってインドラの転生者であるサスケとアシュラの転生者であるナルトが終末の谷で闘う必要性が無くなってしまったように思います。それは尾獣の一体が<バッ>と吐き出したマダラと柱間の間にさえ成り立つでしょうから、今更サスケとナルトが拳を交える必然なんかまるっきり見当たりません。全てが黒ゼツ捏造した歴史だったんですから、これまでの出来事はリセットされるベキではないかと思います。

…なのでサスケの大罪チャラにできるんじゃーないかと思いますんで、サスケも自分を正当化する必要がありません。ナルトが以前言ってましたがナルトとサスケが闘えば二人とも死ぬんです。でも闘うしかないからナルトはサスケと(闘って)一緒に死ぬ覚悟だったんですが、忍界全体が黒ゼツのお陰で間違った道を突き進んでいたんだからサスケだって被害者なのです。死んだ方々には非常に申し訳ありませんが一旦全てをチャラにしないといろいろと損失が大きいのです。この戦争でも多数の犠牲が既に齎されていますし、ここから更に損失を重ねるのはどう考えても合理性に欠けます。その為に忍はこれまで重ねて来た失敗を今一度考え直してみるべきではないかと思うのです。

もしかしたら、そういう人間的な反動すら黒ゼツが阻んでいたのかも知れない…と考えると腹が立つんですけど、ぶっちゃけ黒ゼツが居なくなった事で忍界は正常な進化発展が期待できると思うんですよ。だから、ここからどうやったらサスケとナルトが終末の谷で殺り合えるのかが見えてきません。いやーここまでやって来て、それでも二人が終末の谷で殺し合えるなら、忍なんてホントに滅んでしまった方がいいです。奇しくも歴代の影が召還されて尾獣達元・第七班を回収してくれたんだし、ここはカクカクシカジカと事の顛末を説明してみて意見交換をばするべきではないかと思います。そうなればサスケの恩赦に関しても一層明確にお墨付きが頂けるのではなかろうかと思います。

そもそもチャクラという強烈なエネルギーを人が得た為に始まった不幸なのであります。争い殺し合う為ではなくチャクラを人と人が繋がる為に利用しようとしたのが六道仙人の提唱した「忍宗」でありましたが、それすら一個の忍術に過ぎず、人々が「忍宗」を信じきるにはかなり無理があった筈です。結果的に「忍宗」は定着せず廃れてしまいました。簡単に命が失われ簡単に命が救われる。そういう忍術の表面的な効果にしか人々の興味が向かなかったのでしょう。或いはチャクラや忍術の万能さがこの世界の発達を逆に阻害していたのもまた事実でありましょう。その不具合に関して、今回の戦争でゴミの様な人の死を散々見て来たんですからそろそろ気付けよ!!と思うのです。

例えば僕らは学校で算数を習います。それがより高等になると数学となってちょっと頭痛を催しますが、ざっくり言うと数字の扱い方を学ぶ訳です。よく「数学なんて社会で何の役に立つの?」と思いもしましたし言われますけど、何事も数値化できれば比較しやすいです。それは事象を抽象化するという事なのです。そうやって考える事の基礎を学ぶのです。或いは僕らは歴史を学びます。大化の改新が何年で…みたいなのを語呂で覚えたり。それも社会に出て何の役に(ryと思ってましたけど、過去を知るという事は反省する事だったんですね。反省を重ねればこれからおこる事が予見できます。僕らは分身の術は教わらないけど考える事の基礎を学校でちゃんと教えられているのです。

僕は『NARUTO -ナルト-』の世界に浸りながら何でこの世界に学問が存在しないのか疑問だったんですが、普通に考えると黒ゼツがそういった学問の芽をいちいち摘んでいたのかな…と思うんです。そうでもしないと人の善意とか向上心を持ってして世界のここまでの混迷の説明がつきません。そして今、黒ゼツが祓われたのであれば、これ以上この世界が痛みを感じ続ける理由がなくなるのであります。だから、サスケとナルトが終末の谷で闘う必要が無くなったと僕は考えるのですが、どうなんだろう…黒ゼツ単体でここまでの悪事が成立するんだろうか?と一瞬背筋に悪寒が走ります(汗)。何かここで別の悪者が登場したりしませんかね?或いは黒ゼツニョキニョキ出て来て…

第一部完にループとか…(汗)。

第690話「忍者の…!!」
ナル×ジャン ケルベロス


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