第693話「ここでまた」②

 
■自分用メモ

無限月読が発動して忍だろうが一般人だろうが猫だろうが…皆、輪廻眼になりましたよね。実は僕はそれを見て「忍宗」何たるかを知った気がしていました。恐らく「忍宗」とは非幻術系の忍術で、いのやいのいちの扱う心伝身(心転身)と似た系統…っていうか、チャクラや忍術の大元はカグヤや六道仙人なので現行忍術やチャクラの種別に関しては派生して伝わったと言う方が正確でしょうけど…。確かにハゴロモはカグヤの無限月読を禁忌とし忌避していましたが、ハゴロモの提唱した「忍宗」とはチャクラで人と人を繋ぎ「集合知(集合智)」を作るという…ぶっちゃけてしまうと無限月読亜種みたいなものだったんじゃないかと僕は考えております。

きっとその方向性柱間はリードされて「腸を見せ合う」みたいなノリでマダラアクセスしてしまったんじゃーないかしらと思うんです。いやはや…それが純粋に柱間のキャラとか人間性だったのかも知れませんが、柱間アシュラのチャクラが宿ってて結局は仕組まれてたので、そこは寧ろ「世界の導き手」としての重責をデフォで担った上での人格形成だった筈ですから、柱間の人となりは無垢とか純粋で成ったのではなくある種の導きがあって形成されたと考えるのが合理的であると僕は思います。それと同じ方式でナルトのここまで完備された正直、気持ち悪い「ヒーロー気質」「人たらしキャラ」だって仕組まれて育まれたものだったと考えないと僕らは生きていられません(笑)。

下々の皆様方…そうは思いませんか?そう考えなければ僕らは生きていられないじゃありませんか?それを受け入れなければ、この何でも無い僕(ら?←これは皆々様自身が吟味されよ)がナルトを論じるなんて余りにも不遜じゃないですか!!??僕はね…賢いサスケがそれに感付いているんじゃなかろーかと勘ぐっているんです。六道仙人がそうだったように、無限月読からそれとは違う輪廻眼の使い方を思いついたんじゃないですかね。もしかしたらそれがサスケの考える「火影」なのかな…って僕は思うんです。ハゴロモ「忍宗」に気付いたようにサスケも人と人を繋げるチャクラ使い道を見つけたんじゃないかと、僕は思い描いてるんだけど時間がないのでメモさせて。


第693話「ここでまた」①

 
「尾獣達を放してやってくれ
……あいつらはやっと自由になれたんだ
…あいつらと仲良くなったから分かんだ…
もう悪さはしねェーよ」(ナルト)

「…ナルト
お前はわかっていない様だな」(サスケ)

「?」(ナルト)

「今やお前は尾獣達全員の人柱力だ
…もちろんお前の中の尾獣のチャクラも
後々全て始末するつもりだ」(サスケ)

「!」(サクラ/カカシ)

「つまり…
お前は死ぬんだナルト
必然的にな」(サスケ)

「………」(ナルト)

「仙人が言った通りなら
無限月読を解くのにそもそも
お前の中の尾獣の力を使う必要はないだろう
オレが捕らえた尾獣共を利用すればな

奴らはそれまで生かしておいてやる」(サスケ)

「…オレがそうさせねーの…
分かってんよな…!」(ナルト)

「………」(サスケ)

「やはり…まずはお前かナルト

…場所を変える…
お前なら分かっているな」(サスケ)

勿論、サスケがナルトを何処に誘(いざな)うか?は僕にも分かっています(笑)。僅かな光明があるとするならサスケが「尾獣達全員」と言う様に尾獣の人格を認めている事でしょうか(汗)。確かマダラは「畜生共」みたいでしたか、それに比べればもの凄い進歩です。しかし、サスケは無限月読の解術をした後、尾獣達を始末する積もりの様です。無限月読の解術には輪廻眼血継網羅のチャクラがあれば可能なのでナルトは必要ないとサスケは断言していまして恐らく幻術で支配下に置いた尾獣達のチャクラを使いこなす自信があるのでしょう。他にもサスケは輪廻眼の使い方にも慣れて地爆天星が使えましたし、神羅天征万象天引なんかも使える様になったのかな?

他にも封術吸印もあるだろうし敵に回すと非常に厄介です。そんなサスケがナルトと積極的に闘おうとしています。サスケはカグヤをしっかりと見て自分なりに考えて答えを出したのでしょうが、カグヤが全てのチャクラ独り占めにしようとしたのに対してサスケは少なくとも十尾のチャクラは無くしちゃう方向で最終調整に入っている感じですね。その点でカグヤを反面教師としてサスケなりに世界を導こうとしているようには見えますが、もっと違う方法があるだろうに!!と僕は思います。これまで闘い続けてようやくカグヤを祓い出口が見えたかに思えたのに、ここでまたサスケがナルトと闘わねばならない必然があるのでしょうか?

世界はもう充分に反省したと思うんですよ。

人がゴミの様に死にました。その果てに騒動の元凶であるカグヤ黒ゼツをまとめて封印出来たんです。やっとここまで来れたのに今度はサスケがやる気満々ってどうよ?!と僕には思えるのです。ここは一刻も早く無限月読を解術して神樹に捕われた人々を解放して皆で何がいけなかったのかを話し合うべきだと思うんです。それはもう徹底的に!!そうすればこの世界に何が足りないのかが見えてくると僕は思うんです。でもサスケはそうは思えないのですね。だから自分の思う様に世界を転がそうとしているんじゃないのかな?サスケはそれを「革命」と呼ぶようだけど、カグヤがサスケに挿げ変わっただけにしか見えません。傲慢ですよ。カグヤとサスケの眼がアレな輪廻眼なのはその所為なのかしら?

続きます!!

第692話「革命」⑥

 
「確かにかつては
ただ破壊だけを望み
復讐だけが目的だった

だが今は違う」(サスケ)

「!?」(カカシ)

「破壊し
そして作り直すのさ

闇を抱えぬ里
忍世界を一新する

オレが掲げるもの
……それは

革命だ」(サスケ)

あ”ー!!また遅きに(ry!!ですみません。新しいお話も出てしまって今更ep692の感想というのもアレですが、サスケがいろいろと危うい…というかかなり狂っております(笑)。普通…カグヤ復活によりチャクラの最終到達点みたいな存在に対面してその狂気に触れたのならそれが如何にあかんヤツかは解ると思うんですけど…。全く賢いサスケがどうしてこんな答えをだしてしまったのか?!理解に苦しみます。そこで僕は温厚で人望のあったカグヤがいつからか変質した点に目を付けて考えてみた訳です。そしてカグヤが十尾に変異した事実をチャクラの実がカグヤの内部からカグヤを浸食したものとおいて考察を重ねてみました。そこから輪廻眼の文様の差異に関して問題を提議しました。

カグヤとサスケの輪廻眼六道仙人ことハゴロモやマダラのそれと違い巴文様(勾玉文様)を残しています。お話の中ではそれも「輪廻眼」だと表現されているので僕なんかがどうこうできませんけど、ちょっぴり意地悪にサスケの左目を「二重写輪眼」、カグヤの額の第三眼を「三重写輪眼」とか「十尾眼」と仮に称しておりました。ところでチャクラの分散に関して足し算引き算で考えると…「(神樹ーチャクラの実)+カグヤ=十尾+インドラ+アシュラ」なのかな?と僕は勝手に考えております。チャクラの実は基本的に神樹から分極する方向に傾く性質があって、それがカグヤに取り込まれた時にも適用されインドラとアシュラを発生させる原因になっていたと僕は考えています。

厳密に言うと間にハムラとハゴロモが介在していますが、ハムラとハゴロモの陰陽の分離(分極)には不完全な部分があってそれが六道仙人ことハゴロモ修正されて出来たのがインドラとアシュラのチャクラだったのではないかと僕は考えています。非常にうっすらとではありましたが作中にも「インドラ+アシュラ=チャクラの実みたいな提示(二つが集まると世界が終わる…)がありましたし、ハゴロモは自分の中にあるチャクラの実を精密に抽出しそれを陰陽の分離(分極)する事に成功したのだと思います。その前段階としてハゴロモがハムラを取り込む必要性があるんですけど、それでもハゴロモはカグヤの様には成らずに済んでいるのもまた事実。それこそハゴロモの曇りなき眼の賜物だと思うのです。

チャクラの実…つまり分極される前のインドラとアシュラ(のチャクラ)が体内に残留する状態がよろしくないと思うんですよ。それが体の中から宿主の精神を蝕む…というか乗っ取るのだと思います。カグヤはそうやって人望のあるウサギの姫から血も涙もない鬼へと変貌を遂げたのでしょうし、そう成らなかったハゴロモとはチャクラの実の成分を的確に見出し毒性を除去する為に分極したのだと思います。それは「九尾事件」において九尾・九喇嘛屍鬼封尽を応用して分極したミナトの親心と似ているのではないかと思います。それらがどうどうと巡ってサスケとナルトに覆い被さっているのが今なんでしょう。そしてチャクラの実をサスケが受け持っているところに不幸が潜んでいるんです。

かつてマダラもインドラの転生者として孤独な人生を謳歌していましたね(笑)。それに黒ゼツが一枚噛んでたもんだから不幸に拍車がかかってしまいお気の毒様だった訳です。しかし、サスケの場合はそれらのネガティブな事情を知った上なのでちょっと違和感がある。サスケが今更マダラと同じ道を辿るとか賢いサスケが選択するかな…と僕には疑問なのであります。やはりサスケの左目に宿りし不全な輪廻眼の影響なのか?或いはチャクラの実の陰たるインドラのチャクラがサスケの精神を浸食しつつあるのか?もしかしたらサスケは自発的悪者になろうとしているのかな?…とか…それがサスケの革命!?などと、この無理矢理な急展開の荒波に思い悩むケルベロスであります。

第692話「革命」
ナル×ジャン ケルベロス


業務連絡(140929);この分だとホントに『NARUTO -ナルト-』映画の公開に合わせて閉じてしまうかも知れませんね。何だか惜しい気もしますけど終わりのない祭りはありませんのでそろそろ区切るのも作品に対するなのだろうと思います。さて新ジャン第693話「ここでまた」も既に出回っておりましてケルベロスも既に拝読させて頂きました。いつも通り月曜日の13時に感想をアップさせたかったんですが万事が押せ押せで少し遅れます。相変わらずサスケの悪態は続いていまして第七班も非常に難儀していますね(笑)。サスケがサクラにあんな事したり…カカシが柄にもなく恋愛論を吐いてみたり…いやー盛り沢山な上に急展開の「ここでまた」なのであります!!

何のこっちゃな前フリですが、どうかナル×ジャンの読者様には本編を何とかご一読頂きましてケルベロスの駄文をチラッとでも見て頂ければいい感じにミスリード…おっと…この作品を骨の髄までしゃぶり尽くせるような気がする〜ッ!!(笑)恐らく映画の公開と共に何らかの動きがあると思われ、個人的には『NARUTO -ナルト-』週刊少年ジャンプ誌上では終わると考えています。その先は「新プロジェクト」が始動するらしいのでそちらにお任せするとしてナル×ジャンもそれに殉ずる覚悟でありますれば、その時には盛大に茶話会をば開催させて頂きたいと考えます。ここでまた…無理矢理にお話が展開しているのもそういう事情があると思うのよ(笑)。じゃ感想でまた!!(←それっていつなんだよ〜!?)


 

第692話「革命」⑤

 
人間界に関わりを持たず何処でひっそりと生えていたのが神樹という事なんだけど、神樹も寂しかったんですかね。美味しそうな実を成らせて人を誘ったんです。それにまんまと食らいついたのがカグヤでありました。神樹の実を喰らったカグヤはその身にチャクラを宿します。そこで仕舞いにしとけば良かったものをカグヤは何故だかハムラとハゴロモという二人の子を設けます。しかし、カグヤは十尾となってハムラとハゴロモに襲いかかるのです。黒ゼツはそれを分散したチャクラを回収する為だと説明していましたが、やはりハムラとハゴロモの発生にはカグヤが予期できない出来事だったのではないかと僕は考えています。ハムラとハゴロモの発生とは何だったのでしょうか?

普通に考えるとカグヤは如何にも女性(的)なんです。黒ゼツ「母さん」と呼んでましたし、外見も女性です。それが子を設ける…という事は出産?となる…。カグヤは遠いところからこの地に(神樹が生えていた場所)に降り立った…白眼持ちで角が生えた宇宙人?なのか何なのかその出自は不明です。少なくとも標準的な人間とは違うと思われ、それに神樹の実が取り込まれる事で状況が動いたのだと思います。神樹の実を喰らったカグヤはチャクラを覚醒させ「力」を得ました。なのに何故ハムラとハゴロモを設けたのか?それがカグヤの意に添う事ならカグヤが十尾に成って暴れる必要はありません。そして、それは神樹神樹の実を成らせてカグヤを誘った意図にも添わないのでしょう。

もしかしたらカグヤの子であるハムラとハゴロモの発生に男性が関わっているのではないかと僕は考えています。未登場の男性。カグヤが神樹の実を喰らいチャクラを得てこの地を統治したとありますが、統治されていたのはこの地に棲んでいた人間だったと思われます。その人間とカグヤが交わりハムラとハゴロモが出来た…カグヤは人間の男性と出会ったのではないでしょうか?例えば…奥さまの名前はカグヤ、そして、旦那さまの名前はダーリン。ごく普通(カグヤは違うけど)のふたりはごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。でもただひとつ違っていたのは奥さまは(白眼で角の生えた)宇宙人だったのです…みたいな(笑)。それで子供が生まれてしまった…(できちゃったッ!!)。

それかカグヤの同族の男性と結ばれたかも知れませんが、ハゴロモの子であるインドラアシュラが忍の祖となり繁殖した事実があるので、その大元であるカグヤも人間と交配可能だったのではないかと僕は考えます。結果としてハムラとハゴロモに十尾は返り討ちに遭い祓われてしまいます。そこで辛うじて黒ゼツを残すのですが、やはりカグヤの出産(ハムラとハゴロモの発生)は誤算だったように思います。その誤算が誰の誤算かと申しますと、それはカグヤではなく神樹だったんじゃーないかと僕は思うんです。カグヤは神樹の実を喰らいチャクラを得た訳ですが、ハムラとハゴロモの発生以降に十尾に成ってしまうのですから、最終的には神樹に取り込まれたと考えられます。

僕はそれをしてカグヤという「虫」神樹という「食虫植物」に喰われたのだと考えた訳です。神樹はカグヤという肉体を欲していたのではないでしょうか。事実、カグヤは十尾に変化しています。神樹神樹の実でカグヤをおびき寄せ大地の呪縛を解き放ち動き回る自由を得たのだと考えられます。やはり一つの転機としてハムラとハゴロモの発生が有力なのです。そしてそれを可能にするのがカグヤとイケメン?男子との道ならぬ恋…だったのではないかと僕は考えています。それを起点としてハゴロモはインドラアシュラを設け、それが人間の女性と交わる事で「忍」が発生します。ここで注目すべきは六道仙人ことハゴロモの完成度の高さではなかろうかと思います。

ちなみにカグヤから分散したチャクラは量的ではなく性質的な収集が重要なようです。現状のナルトを分析しても量的には最終形態のカグヤには及びませんが性質的には恐らくインドラのチャクラ以外はコンプリートしている筈です。また九つの尾獣のチャクラとは独立した意識を有し量的に保存されている様です。それらを全部ではなく一部でも保有する事が大切なのだろうと思います。カグヤと六道仙人ことハゴロモはその達成者なのでしょう。しかし、ハムラ(白眼)とハゴロモ(輪廻眼)インドラ(兄)とアシュラ(弟)を吟味すると六道仙人ことハゴロモの方がカグヤより洗練されているように思います。恐らくその差異がハゴロモとカグヤの眼の違いなのだと僕は考えています。

続きます。

第692話「革命」④

 
「オレの母ちゃんが

うずまきクシナ心底よかったって…」(ナルト)

実は今週号でナルトのこの一言の後のサスケの何とも言えない表情が僕は一番気になっております。そして僕としてはこれはサスケの落胆を示しているのだと分析しています。サスケはナルトをして「失う辛さを知らない」(何も失っていない)としておりまして、サスケとしてはナルトは天涯孤独の存在だから両親を失った僕(サスケ)の辛さなんて解らないよね!!というスタンスで線引きして自分の立場を肯定していたフシがあると思うんです。しかし、ナルトは自分の母の名…うずまきクシナ…を口にした訳で、ナルトが自分の母を誇る…心底…その存在を感じているのを知って穏やかでは居られない。何だ…オレと少しも変わらないじゃん!!と焦ったのではないかと思っています。

それにナルトの父は四代目火影である波風ミナトだとサスケも承知してる筈で、何処かナルトの出自を蔑む事で優越感を感じようとしてた感のあるサスケにとっては屈辱的な事実であったと思います。サスケは自分が感じるサスケだけではなくナルトが感じるサスケとしてもこの世に在る訳です。物理的にもサスケだけが存在しても果たしてそれに意味があるのかと申しますと自分以外の誰か…観測者…が居てこそ事象というものの意味がある。アイデンティティとは正にそれでありまして、自分が感じる自分と他者が感じる自分が居て初めて成立するののなのであります。僕はそれを『NARUTO -ナルト-』と交わる事で教えられたのであります。絶対とは相対があるから整うであります。

サスケは何も失っていない筈のナルトから観測されて大切なものを失った可哀想な男の子として存在できているという安心感が欲しかったのだと思います。お父さんもお母さんも大好きなお兄さんも忍のシステムとか任務の名の下にある日突然奪われてしまったの…僕は何も悪くないの!!悪いのは里とか忍のシステムなの!!それが何もなくしていないナルトには解らないよね!!だから僕は正しいの!!と言いたかったのだと思います。でも忍術とチャクラのズッコはありましたけど、ナルトにも”うずまきクシナ”という素敵な母親と、四代目火影・波風ミナトなどという非の打ち所のない父親を歴史的に正義の名の下に失うという悲劇をナルトが背負っていたなんて!!

サスケに受け入れようがあるのでしょうか!!??僕はこれ以降のサスケが常軌というものを感じて動いていたのならば「今の五影共を処刑する」とか「革命」とか…間違っても言わない…否…言えない!!と思うんです。サスケのアイデンティティの大部分はナルトが構築している事は疑う余地がありません。そして、それはサスケが誤認したナルトの境遇に依って成立する極めて脆弱な安寧であったのも確かであります。しかし、これまでの状況でそれをサスケの中で肯定するに足る用件は充分に覆されたのです。それでもサスケがそれらを無視して「革命」に傾くその狂気に僕はナルトがカグヤに感じた「心がねーみてーな感じだった」が重なるのであります。サスケもまた…

「心」無くそうとしているのだと…僕は思うのです。

続きます。


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