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”番”


「シカマル!テマリさん!ホラ!誰だと思う!?」

木の葉隠れの里の中の商店街でサクラに見付かってしまった…シカマルとテマリ(28巻/52頁)。サクラが声を掛ける前に二人が「!」っとなってるところがポイントで、二人とも何かしらの"後ろめたさ"みたいなものがあって、それが綺麗にシンクロしています。

「そちらもデートですかい?」<ズイ!>(ナルト)

「そんなんじゃねーよ」(シカマル)

ナルトの下世話な穿鑿(せんさく)にシカマルは涼しい顔(28巻/53-54頁)。ナルト的にはサクラとデートしてる気分だから、シカマルも同じだったら良いなと思っているから、こう言う聞き方になるんです。如何にもナルトらしい、子供っぽい共有感なんですが、これにムキになって応えるテマリとシカマル…。これはゲロったのと同じです。完落ちです。

「冗談はよせ。何でこんな奴と…
もうすぐ中忍試験がある。その打ち合わせで
砂と木の葉を言ったりきたりしてるだけだ」(テマリ)

「で、めんどくせーがオレは試験の係になってっから…
砂の使者さんをお見送りするよう言われてるだけだ」(シカマル)

二人とも超クールなんですが(28巻/54頁)、言ってる事とやってる事が全然違う(笑)。ホントに二人ともさっさと終わらせようと言うなら、こんな人込みをわざわざ歩いたりしないです。それに、サクラに見付かった時も急いでいる風ではありませんでした。むしろ、のんびり歩いているように見えました。木の葉の出口が近付くのが惜しい…みたいな。

ホントは二人とも少しでも長く一緒に居たかったんです。きっと、二人きりになれるなんて、見送りの時くらいしかなかった筈です。だから、どちらともなく、わざわざ歩くのに邪魔な人込みを選んだんです。チャンスがあれば、お茶でも飲めるし。どちらも相手が切り出すのを待っている状態ではありますが…。それに、二人は横並びに歩いてますよね。もし、急いでるんならどっちかが先を行きますよね(笑)。

しかも、手を繋いだりしてはいないけど、結構、近いです(手を繋いでも良いくらいの距離です)。これだと、誰かを避けようとしたら、身体が触れたりしたんじゃないかと思います。でも、それでどちらも嫌な気持ちになったりはしなかった。だから、人込みの中であの距離(着かず離れず)を維持できたんですね。二人がサクラに見付かった時に「!」となったのは、そんな"やましさ"があったんですね。きっと…。

でも、二人のあの距離からすると、既にデキてる…とは考え難く、その直前?かな…。どっちも「良いな…」(と言うか…「悪くない」なんですけどね)と、気になる関係と言ったところでしょう。友達以上恋人未満…。ちょっと甘酸っぱくて、良い感じの距離感ですよね。気が付いたら相手の事を考えてた…そう言う関係かな…と思います。ほんのりと甘い香りがする。これって間違いなく…"恋"ですよね。

えーっと、シカマルとテマリが既にデキてて、例えば、シカマルが影まねの術で…ザザザ…ってたとか、もっと言うと、影縫いで…ザザザ…んでたとかも、あるにはあるんですが…。これはちょっと描写がアレで、ここでは書けない(汗)。第二部で、シカマルの影が物理攻撃できると判った以上はバリエーションはなんぼでもあるんですよ。それに…テマリもそれはやぶさかじゃないとも思うんですね。

でも、シカマルがテマ…ザザザザ…を…ザザザザ…るなんて事はしないと思うんです。シカマルは正々堂々とした男だから、無理矢理ってのはないと思うんです。テマリがそれを望んでも、テマリ(テマリは"ドM"だとは思うんですよ…実は…)が意地っ張りだから、自分からは言い出さない筈です。だから、今ある"均衡"はそんなに簡単には崩れないんです。

だから、心底、期待させてしまった皆さんには非常に申し訳ないんですが、(現状では決して)エロくはならないんです。それは、シカマルの"男っぽさ"であり、テマリの"意地っ張りさ"にあるんです。シカマルとテマリがそうなるのはそう遠くはないと思うんですが、それはテマリがちゃんとシカマルにお願いした時だと思います。テマリが、そうならないとシカマルは決して手を出さない…。それが、シカマルですから…。

逆に、それがテマリの「ドM」っぷりに拍車をかけて、シカマルにどっぷりと沈んで行く要因になるんだと思うんです。だから、シカマルが別にテマ…ザザザザ…を…ザザザザ…ったりしなくても、テマリは充分に恍惚なんですよ。何を隠そう…テマリは完璧な「受け」なんですね。詳しくは「ブラック・ケルベロスのオトナ部屋」で…パスワードはね…ザザザザ…(って、「ザザザザ」で入ろうとしてもダメよ…ダメッ!!…笑)。

「来ないんならこっちから行くぞ!!」(テマリ)

シカマルとテマリは中忍試験で対戦しています(12巻/144頁)。やる気がないシカマルに苛ついたテマリが先制攻撃を仕掛けています。この前に「シノVSカンクロウ」が予定されてたんですが、カンクロウは木の葉崩しを意識して棄権したんです。テマリはそれにイラっと来てて、シカマルのやる気なさが余計に癪(しゃく)に触ったんです。

「あーあ…やる気まんまんだよ。あの女
中忍なんてのはなれなきゃなれないで別にいんだけどよ。
男が女に負けるわけにゃいかねーしなぁ…
まぁ…やるか!」

シカマルは渋々、テマリに応戦するかのような態度ではありますが(12巻/145頁)、むざむざとテマリに敗れるわけにはいかない。そこにはシカクの教え…奈良家のしきたりが存在したようです。「男は女より強くあらねばならない」…恐らく、それをシカクがその行いをもってシカマルに叩き込んで来た事なのでしょう。

「……………つっても…
男が女殴るわかにやいかねーしなぁ…」(12巻/150頁)


で、シカクは同時に「男」が「女」を傷つける事を戒めてもいます。きっと、これも日常の行いでシカクが身を持ってシカマルに刷り込んで来た事なのでしょう。こう言う「力ある者」の奥ゆかしさを伝えるシカクは抜かりないと思います。同時に、これがテマリを落としたシカマルの雰囲気になっている事に気付いている人は少ない…かも知れない(笑)。

中忍試験でシカマルの知略の果て、テマリを影まねの術にハメたシカマルがテマリに近寄って行く時に、シカマルは右手を突き上げますよね(12巻/183頁)。あれって、シカマルはギブアップを宣言するつもりだったんだろうけど、テマリはシカマルに打(ぶ)たれると勘違いしていました。

テマリは<ビクッ>っとなって、目を閉じてました(影まねの術は表情までは制限しないと、僕は考えてます)。あれって、テマリのトラウマと言うか、きっと、幼い頃から厳しい訓練や躾(しつけ)で、恐らく父親に打たれる事があったからではないかと思うんですね。だから、忍者なのに頭を叩かれると思い込んで怖がったと思うんです。

しかし、シカマルはテマリを打たなかった。テマリはそんなシカマルに驚くと同時に興味を持ってしまったのです。この時の胸の<ドキドキ>がテマリの"恋"の始まりだったんじゃないかな…と、僕は考えています。恋の始まりには理由はないんだけど、始まった瞬間はあるんですね。後は、テマリがどんな風に素直になるかにかかってる…。

そして、もし、そんな描写があったら、今度こそ!!すっごいエロい考察を書きますから…その時は期待して下さいね。その時は…もう、少年少女が泣いちゃうくらい!!!!そりゃもう…ザザザザザザザ…(果てしなく暴走してしまった故、割愛)…ザザッ…。

羊のアニメ(左)



それと、"叱"(シカマルの考察)で書いたんですが、奈良家には「男」と「女」と「腰抜け」のカテゴリーしか存在しないわけで、ま、「腰抜け」を除外すると、この世には「男」と「女」しかいないと言う教えになるんだと思います。これは、シカク流の適格で合理的な「性教育」だな…と、僕は考えています。

それが、顕著に描写されているのが、シカマルの中忍昇格の登録の時のシカマルとシカクとの会話でしょう。ナルトと自来也が綱手を木の葉に連れ帰り、綱手が五代目・火影に就任した直後。忍者登録室の近くで、シカマルとシカクは綱手と交錯します(以下:20巻/13-14頁)。

「あの女が五代目になるんだってよ。何者だ、あの女」(シカマル)

「お~いシカマルよォ。
あの人ぁ~この世で一番強く美しい女だぜ~…
なんせ"三忍"の紅一点だからなぁ…」(シカク)

綱手はシカクを「奈良家のガキか!」と子供扱いでした。年齢的には一回り程度違うのかな。綱手がブイブイ言わせてた辺りでシカクがアカデミー入学だろうから、きっとシカクにとって綱手は雲の上の存在みたいだったのでしょう。それに若い頃の綱手は綺麗でめちゃめちゃ怖かった(汗)。大蛇丸をカカシが心底恐れたように、シカクにとって綱手もそれに近い畏怖(いふ)があったのかも知れません。

「あ~あ…女が火影かよ
女ってのはどーも苦手なんだよ
ワガママで口うるさいしよ…
みょ~にさばさばしてる割にやたらつるむし
仲いんだか悪いんだか、よく分からねーし…
大体、男が自分の思い通りになると思ってっからな
とにかく、めんどくせーぜ。女は…」(シカマル)

シカマルの脳裏にはイノやサクラがしっかりと浮かんでて、シカマル的な「"女"の悪い凡例」となっているようです。この場合、イノとサクラの心のベクトルはサスケに向いてますから、シカクの言う「女」には当たらないんす。まだ、シカマルの前には自分に向くベクトルを持った「女」が現われてないだけなんです。

「………」(シカク)

多分、シカクはシカマルのこの言葉でそれを察しているんです。だから、黙り込んだ…「………」で考量するんです。シカクは決してシカマルに「答」を教えたりはしないんです。そりゃ、どうでも良い事は教えますけど(笑)、シカマルの事を何よりも大事に思うから、肝心な事は決して教えないんです。

それは、シカマルに出会ってもらいたいから…。

人でも、モノでも、事でも、ホントに大切な事は引き合わされてはいけないものなんです。本人が自分の力で出会うべきなんです。それが本当に気付くと言う行いなんです。シカクはそれを意識してますから、シカマルにはヒントしか与えないんですね。これが、本当の親心なんじゃないでしょうか。シカマルを本心で思えばこそのシカクの心の中の「鬼」なんですよ…。

「シカマルよォ…
女がいなきゃ男は生まれねーんだぜ
女がいなきゃ男はダメになっちまうもんなんだよ
どんなにキツイ女もな~
ホレた男にゃ優しさを見せてくれるもんだ

お前も年頃になりゃ分かる」(シカク)

シカクはその「行ない」によって、シカマルに教えていると、これまで、散々書いて来ました。つまり、シカクの日頃の行いの、そのほとんどはシカマルに対する示唆なわけです。しかし、「男は女より強くなければならない」と言うわりには、そうでもないシカクの日常。だから、シカマルは図らずもこう思ってしまいます…。

(いつも母ちゃんに頭上がんねーくせによく言うぜ。オヤジの奴)(シカマル)

しかし、ここにはシカクのあざとい計算があって、この"パラドックス"とも言うべき問題定義はシカマルの心にずっとある命題でもあるんです。シカマルは<ビッ>としたシカクも知っているんですよ。だから、この弱腰にも見えるシカクはシカマルにとっては「痼り」以外の何者でもないわけです。つまり、強く刷り込まれた残像みたいなもんです。シカマルは常にそれを問う事になるのです。だから、シカクはこんな捨て台詞でこの場を辞すのです。

「おっといけねェ!
お前はこれから用事があんだろ?
じゃオレは先帰るぜ~母ちゃんにどやされっから」(シカク)

「男」(シカク)が「女」(ヨシノ)の尻に敷かれるのは、それが「楽」だからなんです。シカクはシカマルクラスの賢さを持っていますから、ややもすると全てが心配事になってしまいます。だから、仕事以外の家事とか、経済的なやりくりと言った"雑務"(主婦の皆々様には唯唯、不遜な形容ですが、"仕事"との対比と言う事で…一つ…)を、信頼できる伴侶に任せるのが、一番、合理的であるとの判断なわけです。

物理的な「力」…つまり、「攻撃力」。悪い言い方をするなら「暴力」であれば、「男」の方が生物学的にも、現実でも強いんです。でも、それを前提にして、付き従うような振る舞いをするのは、大きくは信頼であり、究極的な容認であるわけです。ヨシノこそが、自分が認めた「女」だから任せるわけです。それが、ホントの意味での「楽」なのだと思います。

「……………」(女がいても駄目になる男もいるってことだな…)(シカマル)

シカマルはまだ、それが判っていないんですね。でも、シカクは(やはり)その行いを持ってシカマルに、ある種の"種"(タネ)をシカマルに植え付けていますね。これと似たやり取りは実はもう一ケ所あって、シカクのあざとさを決定付ける描写にもなっています。何にしても、シカマルはシカクにハメられてるんです。そして、これが、この後にあるサスケ奪還編のシカマルのピンチで、砂の救援が入り、そこでテマリがシカマルを救うエピソードに嫌らしく繋がります(笑)。

サスケ奪還編の「シカマルVS多由也」で、シカマルの知略は多由也を追い詰めるんですが、シカマルの想定外の「状態2」による抵抗によって、予想通りにチャクラ切れ…(シカマルは多由也にも手を上げずに済んだんです)。絶体絶命のピンチに加勢する砂の三兄弟。その紅一点のテマリは何故だか、シカマルの援護にしっかり就いています(僕は、これをテマリの自薦だと思っています)。

テマリの「術」や「チャクラ特性」との相性の悪さを悟った多由也(シカマルの敵って必ず"女"で、分析力の高い頭のキレる娘ばっかりなのね…)が距離をとって様子を窺う場面で、シカマルがテマリの能力を過小評価するような事を言ってしまうんですが、それにちょっと"ピリッ"と反応したテマリが指を噛み、センスに血を塗りながら威圧感のある言葉を吐きます(24巻/123頁)。

「私の力を見誤るんじゃないよ…私を前にして…
笛の音が届く程度の距離で安心して隠れてるつもりなら甘いんだよ」(テマリ)


テマリは中忍試験では披露しなかった「力」を誇示(あの時は"木の葉崩し"も視野にあったし…温存してたのかも)して、多由也を圧倒してしまいます。相性で言えば、テマリと多由也は最悪でしたから…。テマリは、ことさら自分の徹底的な優位さを見せつけるような、多由也を意識すらしないような闘い方に終止していましたね。そして、テマリは常にシカマルとだけ話をし、シカマルだけを見ていました。

そこには、大きな意味があった…。

これって、恋愛的なぶつかり合いでもあって、時が時で、場合が場合なら、シカマルと多由也って、お互いを認めあうような関係にもなれるくらい似つかわしい組み合わせだったかも知れないんです(タイプ的には、僕はアリだと思っています)。多由也も口は悪かったけど、シカマルをきっちり認めてるんです。これが敵じゃなかったら…(汗)。でも、テマリはそれを一瞬で吹き飛ばしてしまった。これは、「女の意地」だったんじゃないか…と、僕は考えています。

「どう?終わったわよ」(テマリ)

「………」(強引な奴……こいつ、うちの母ちゃんより怖えー女だな…)(シカマル)

テマリの圧倒的な強さを前にして、シカマルは案の定、シカママのヨシノ(シカママって"ヨシノ"って言うのね)を思い出しています。ま、マザコンと罵(ののし)られても良いですよ。男の子はほとんどもれなくマザコンと思って良いくらいですから。お母さんって子供がマザコンになるように育てるんだから仕方ない…。それは幸せな家庭であればあるほど、「鉄板」と言える現実だと思います。

奈良家の日常もそれに漏れず、このサスケ奪還編の導入部分のエピソードに、きっちりシカマルの人格形成と言うか、嗜好を決定付けるような日常の描写が織り込まれています。そこにはシカクの例の"性教育"も相まって、実に綿密で分厚い伏線になっています。例の奈良家の朝の風景です(21巻/33-35頁)。

「ファ~…」(シカマル)

大あくびのシカマル。

「お前も早く食べなさい!
今日からお父さんも任務なんだから!
朝練習の時間はそんなに無いわよ!!」(ヨシノ)

シカママのおでこに怒りマーク(笑)。このキリキリとしたビートはシカママ・ヨシノのテンポなんですね。でも、そのテンポにシカクは乗せられていません。シカクは自分のペースで朝食をとり、お茶を啜っています。これも、大きな意味ではアイデンティティなんです。もっと冷静に観察すると、シカママもシカクには干渉してない事に気付くと思います。

「ハイハイ…」(シカマル)

「ハイは一回!!」(ヨシノ)

(朝からガミガミめんどくせーな…)(シカマル)

ヨシノは激流みたいなもんですから、それに逆らうのは考えがないのです。シカマルは賢いとは言え、経験値が少ないですからシカクのように振る舞えないのです。だから、ヨシノの流れに翻弄されてしまうのです。シカクの所作はその流れの外にあります。シカクはこの間合いを自分で作り出しているのです。

<ピンポーン>

「! こんな朝早くから誰かしら?」(ヨシノ)

良いタイミングで綱手の命を受けたイズモとコテツが奈良家に訪れます。これが、サスケ奪還任務の使者なんですが、今はそれを知る由もない。気持ちの良い朝日が奈良家の食卓に暖かく差し込んでいます。

ヨシノが玄関でイズモとコテツに対応する間隙を縫って、シカマルがシカクとヨシノのなれそめ?関係?をシカクに質問します。ヨシノが居たら決してできない質問です。シカクも鬼の居ぬ間(笑)にシカマルの質問に応えます。ちなみに、シカクがお茶でモグモグと口を濯(ゆす)ぐのもヨシノが居ないからやってるんです。居たら確実に叱られてますから…(汗)。

「なあ…オヤジ」(シカマル)

「何だ?」(シカク)

「どうしてあんなキツい母ちゃんと
結婚したんだ?」(シカマル)

「…………そだな…あんな母ちゃんでも
優しく笑う時がある…それでかな…」(シカク)


「…………そんだけ?」(シカマル)

シカマルはレディネス(精神的な準備体勢)が整ってないから、シカクの言葉の意味を理解できないでいます。シカクもこれ以上、具体的にシカマルに教えないのは、シカマルに自力で辿り着いて欲しい事柄だからなんです。つまり、シカマルにも(シカクがヨシノを見初めたような)出会いをして欲しいと願っているからです。

「シカマル!五代目の使者の方々がお見えよ」(ヨシノ)

「!」(シカマル)

この時のシカマルの「!」の顔。シカマルはこのエピソードでもう一度することになります。そして、この時、玄関の火影の使者(イズモとコテツ)の接待から食卓に帰って来たヨシノの表情に注目して下さい。ヨシノは若きイケメンのイズモとコテツの前に出ていたんですよね。つまり、「よそ行きモード」だったんです。きっと、優しく微笑んで二人に接してた筈です。しかも、火影の使者で、中忍に成りたての愛(まな)息子に勅命を届けに来た…。

それは、ヨシノにとっては誇れる出来事だった筈です。率直に嬉しかった…。だから、ヨシノは食卓で見せた「キリキリモード」にリセットして、食卓のシカマルの前に戻る事ができなかったのです。「よそ行きモード」のまま、シカマルに火影の使者の来訪を告げてしまったのです。そして普段、見ないようなシカママの柔らかい表情にシカマルは「!」となったにです。

この時、シカマルはヨシノを『可愛いッ!!』と思って(いると思)います。もともと、母親の"柔らかさ"や"暖かさ"はシカマルが物心付く前から刷り込み済みですから、基本、シカマルはヨシノが好きなんです。ただ、それはシカマルの自我が確立しようとする辺り(反抗期)から、母親を擬似的に嫌悪し始めていた筈です。それが、この非日常なヨシノの「よそ行きモード」の表情でやや揺らぐんですね。

そして、その"揺らぎ"がサスケ奪還編の終盤に嫌らしく合流して来るんです。キッシーって、こう言う描写と伏線の準備が抜群に上手いんです。あざとく嫌らしい…まるで、シカクのようですね(笑)。


多由也を「口寄せ・斬り斬り舞!!」(24巻/123頁)で、完膚なきまでに粉砕したテマリ。猛烈な風の攻撃的なチャクラ特性の圧倒的な力を目の当たりにしたシカマル。その直後、シカマルは見てはいけないものを見てしまう事になるのです。これをして、僕は「ヤバい」と散々、アナウンスしていたのです。男の子にとって、この出合いは相当にヤバいんです(汗)。だって、雁字搦(がんじがら)めになってしまうんだから…。

「どんなもんだ?」<ニシシ>

それは…キラキラと輝くような…優しさをたたえたテマリの笑顔でした(24巻/127頁)。きっと、シカマルの脳内では「あんな母ちゃんでも、優しく笑う時がある…」と言うシカクの言葉がこだましている事でしょう。シカクが教えたいと願った「事」にシカマルは出会えたわけです。そして、賢いシカマルはそれを静かに受け入れて行きます。正しく、「気付く」とは「築く」と言う事なんですね。

「………」(でもまあ…今回のところは感謝するしかねー…な)(シカマル)

テマリの笑顔の下のカットで、シカマルは沈黙しています。この表情はあの食卓で「よそ行きモード」のヨシノを見て「!」っとなった時と同一です。そして、この瞬間、シカクの言い含めた伏線がシカマルの内部で弾けています。テマリには多由也も完璧にノックアウトされたけど、シカマルも別の意味でノックアウトされてしまったんです!!(笑)

人を人が好きになる事に理由はないと、僕は考えています。やはり、そこには運命しかない。ここでは、シカマルがこのテマリの「笑顔」に出会ってしまうと言う運命しかない…と。そして、シカマルと同じように、テマリもシカマルにぞっこんなのに気付くと思います。

シカクはシカマルにこうも言っていましたよね………(20巻/14頁)。

「どんなにキツイ女もな~ホレた男にゃ優しさを見せてくれるもんだ」


"番"(つがい)。《動詞「つがう」の連用形から》[名]
1 二つのものが組み合わさって一組みになること。また、そのもの。対。
2 動物の雄と雌の一組み。また、夫婦。「文鳥を―で飼う」
3 からだなどの各部のつなぎ目。関節。
(引用:大辞泉)




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”叱”


サスケの里抜けを決死の覚悟で阻止しようとしたシカマル班は、音の四人衆と君麻呂と"一忍一殺"の闘いを繰り広げ、九死に一生を得るような思いで里に戻りました。戻ったと言うか、木の葉の医療班に回収され木の葉病院に運ばれたのですが…。シカマルは木の葉病院の待ち合い室のソファーに腰を掛け、救命救急の結果を今か今かと待っています。以下、第26巻179~187頁を参照して下さい。第235話「任務失敗…!!」の後半部分です。

<イライラ><イライラ>

シカマルは多由也との闘いで、その幻術から逃れる為に自らの指を影首縛りを用いて折る痛みで回避しました。その治療された指をセカセカと揺すって焦れるのを紛らわせています。指の骨折をギブスで固定しているのに、そんなに揺すったら…とそれに輪をかけてイライラするテマリが、シカマルを制するように声をかけます。

「お前がイライラしても仕方ないだろ」(テマリ)

「…!」(シカマル)

「任務に犠牲はつきものだ…精神訓練は受けてんだろ…」(テマリ)

「………」(シカマル)

シカマルは返す言葉もないです(笑)。実戦経験はテマリの方が数段、多いのでしょう。多由也戦で、シカマルを絶体絶命にまで追い込んだ音の四人衆の一角の多由也を完封したテマリの実力は、既に上忍の風格でした。きっと、シカマルと闘った中忍試験以降、努力と精進を重ねて来た結果でしょう。

あの中忍試験では、結果的に自分が勝利したものの、勝負はシカマルのモノでありました。また、あの一戦はテマリの「今」を見ても決して小さくはない出来事であったと思われます。そして、そこで生まれたシカマルに対する興味はテマリの中で育って行った筈です。もしかしたら、砂の増援部隊が木の葉のピンチを救う作戦において、シカマルの救出はテマリの"自薦"だったんではないかと、僕は考えています。

それに、あの中忍試験での屈辱的な勝利は、テマリにとって初めての「敗北」だったのかもしれません。だから、テマリはシカマルに対してキツイ事を言ってしまうのです。少なくとも、今ここにいるテマリはシカマルに対して期待感を抱いています。だから、ここでシカマルを慰めるような言葉をかけたりはしないわけです。そして、その期待を裏切るかのように、自分の前には半ベソのシカマルが居る……。

テマリはその落差に我慢がならなかったのです。

沈黙の後、シカマルの言い訳が始まります。

「訓練と実践は違うだろ…任務がどういうもんかは分かってるし…
忍の世界がこういうもんだってのも分かってたつもりだ
オレはよ…今回の任務で初めて小隊長について…それで分かった…
オレは忍にゃ向いてねェ…」(シカマル)

「………案外モロいんだな…男のクセしやがって…」(テマリ)

「………」(シカマル)

自分を討ち負かした…賢くて強い…シカマルは何処へ行ってしまったのだ!?…とでも、テマリは言いたかったのかも知れませんね。そのくらい落胆してたと思います。でも、この場にテマリが止(とど)まっている気持ちは軽くない…筈です。それは、テマリも微妙に苛立っていることに注目すると、それがシカマルと相似形に想いを募らせていることに気付くと思います。

テマリの任務はシカマルの救出なんだとしたら、既に任務完了してますから、こうしてシカマルに付き合ってここにいる必要も無い筈なんです。しかも、外的には指の骨折だけのシカマルをケアする必要性も薄い。しかし、シカマルの心労や傷心を考えれば捨て置けない…。シカマルを独りになんてできない…。要するに、テマリはシカマルが心配で、この場にいるだけなのです。

つまり、シカマルがチョウジやネジと言った急造のシカマル班の班員を心配するように、テマリはシカマルを案じてこの場に残っているわけです。しかも、二人の心のベクトルはほとんど一緒なのにシカマルがそれにシンクロしていません。その違和感がテマリを更に苛つかせているのです。有り体に言ってしまうと、シカマルが素直じゃないんですよ。素直になれないから言い訳をしてしまうんです。

「今回、オレが小隊長として出来たことといやぁ…みんなを信じることだけだった。
オレが甘かった…力が足らなかった…全部、オレのせいだ…」(シカマル)

このもっともらしい台詞で頷いて溜飲して仕舞う人は多いと思いますが…どっこいテマリは誤魔化されないわけです。シカマルが自分の非力さを潔く認めるだけでは、何の解決にもなりはしないのです。シカマルの言い分は聞こえは良いですが、その先のない…言い訳に過ぎないです。シカマルの考えはこの場に踞(うずくま)っています。人の成長とは、倒れずに乗り越えて行った先に在る事を忘れてはならないのです。

だから…テマリは相当、ヤバい女なんです。この鋭さ…。この度量は…。こう言う女に出会うのは非常に危険なんですよ…(詳しくは次のシカマルの考察で赤裸々に…笑。男の子は心して欲しいところです)。

「傷付くのが恐いのか?」(テマリ)

「………」(シカマル)

テマリはシカマルの最も痛い部分を突いてしまった(滝汗)。この言葉の後、シカマルは立ち上がり、待ち合い室(って言うか廊下なのね)からフケようとしてしまいます。ホントは治療中の仲間が気になって仕方ないんだけど、いたたまれなくなってしまったんです。しかし、テマリも未だ若い…ですね。自分の中の想いが勝ち過ぎてシカマルの居場所を奪ってしまったんです。

二人の心の均衡を観察すると、非常に近接していると、僕は感じています。状況からして、シカマルを助けたテマリが優位に立っているだけで、ファンダメンタルな部分においては同じ高さにあると言う事です。テマリの言葉が尖っているのは、シカマルに感じる物足りなさや自分の期待に対する背信ともとれる「弱さ」に対する苛立ちでしょう。要するに、テマリはただ怒っているのです。

テマリは、シカマルを追い詰めてしまった…。

と、そこにグッドタイミングに登場するのがシカマルの父…シカクです。スゴスゴと逃げ出そうとするシカマルの襟首を捕まえるように…腹の底に力のこもった声がシカマルを捕まえて離しません。それはテマリがやったような突き放すような圧力ではなく、抗(あらが)う事の出来ない程の圧倒的な「引力」と言って良いモノだったでしょう。

「シカマルよォ…女の子に言い負かされて逃げんのか…」(シカク)

「めんどくせー口喧嘩なんかしたくねーんだよ。オレは女じゃねーからな」(シカマル)

テマリはシカマルに必要以上に要求してしまうような想いが心に巣食っているから、シカクのように説き伏せるような物言いが出来なかったのです。それは先に説明したように、二人の心の高さ(ステージ)が近接しているからで、それだと位置関係が平面的過ぎて、力の逃げ場がなくなってしまうんです。

対して、シカクは静かにシカマルを雁字搦(がんじがら)めにして行きます(笑)。シカクは明らかにシカマルを見下しているんです。俗に言う「上から目線」と言うやつです。しかし、それは大きさとも優しさとも言えるような対処(距離感)であって、愛情がそのベースに在る事は感覚的に解ると思います。

シカマルだって既にしっかりとした人格があるんだから、それが息苦しくないスペースを作ってやる。これが、これから何かを教えよう…伝えようとする時の下準備じゃないんだろうか…と、僕は考えています。技術的云々はさておき、これを「人徳」と言うのではないかと思います。

注目して欲しいのはシカクがテマリの事を「女の子」と称する以外、一別もしていない点です。実は、シカクはシカマルと同じようにテマリにも言葉を飛ばしているんです。物事を「教える」と言う行いに限定すれば、テマリも正しくは無かった。それを、シカクは教えようとしているんです。

だから、シカクはテマリを直接、見ないわけです。恐らく、このエピソードでは一度も目を合わせてはいないでしょう(シカクの登場を機にテマリの表情が微妙に変化して行きます。この嫌らしいくらい綿密な心象描写がキッシーの真骨頂です。注目してみて下さい)。つまり、(テマリがやってしまったように…)テマリを追い込んでしまうような行動をシカクは取っていない…シカクの行ないこそが、テマリに対する教えになっていると言うことです。

「ああ…けど男でも無ェ」(シカク)

シカクの教えは常にシンプルです。普段の生活でも恐らくあれこれとシカマルに要求する事はない筈です。何事も自らの行いで示す…それがシカクの行動理念であると思います。この言葉の重みはシカマルを育て上げる中で、シカクが自らの行動をもって示して来た筈です。だから、シカマルは逃げずに応えているのです。

シカクは言葉で理路整然と明解に言葉で伝えるから見過ごされてしまいそうなんですが、言葉以上に行動でより多くの事を伝えようとしていると、僕は考えています。それはシカクの生き方そのものなんだと思います。シカクの行動こそが、シカクの一番伝えたい事なんだけど、それをシカクは決して言葉にはしない筈です。何だかややこしいけど、それが「男」と言うものなのだと…。シカクはその「生き様」で主張しているんです。

「てめーはただの腰抜けだ」(シカク)

「………」(シカマル)

「お前が忍をやめても任務は続く
誰かがやらなきゃなんねーんだ
お前の仲間はまた別の隊長の下、出動するだけだ
そこで、お前の仲間は死ぬかもしれねェ…
…だが、もしその時、隊長がお前だったら…
仲間はそうならずに済むかもしれねェ…」(シカク)


シカマルが目を背けようとした現実。そして、想像できなかった将来。シカクは実に明解にそれらをシカマルに提示しています。きっと、シカクの語り口は実に淡々としていて、静かなんだと思います。その静かさが、シカマルが存在できる場所…パーソナルスペースを確保してくれているんですね。シカクがシカマルの居場所を確保してくれているのです。

パーソナルスペースってのは、物理的であったり、精神的だったりする自分を置いておける「容量」を言います。エレベーターの中とかで、急に黙り込んでしまうように、密室に閉じ込められる事で気持ちって変化するんですね。精神的にも追い詰めらるなどして、心理的なスペースを削れられると苦しかったり、逃げ出したくなったりするものなんです。

「今回を反省し、経験を生かして学べば…
任務をより完璧にこなせるかもしれねェ…
本当に仲間を大切に思うなら、逃げることを考える前に…
仲間のために、てめーがより優秀になることを考えやがれ!」(シカク)

子供に何かを教える時に、一番やっちゃいけないのが、その子の「人格の否定」だと、僕は考えています(汗)。経験はないですか?「どうして(こんな簡単なことが)出来ないんだ?!」とか、「何故、お前は(こんなに)駄目なんだ!?」とか、「どうしてこんなにバカなんだ?」なんて言った事とか、言われた事はないですか?(滝汗)自分が子供の頃に、こんな風に怒られた事はないですか?

まず、「怒る」のと「叱る」のは根本的に違う事にオトナは気付かないといけないです。そして、見過ごしてはいけないのは、子供は皆、それに気付いている点です。解ってはいなくても、子供は感じている筈です。オトナになると何故か忘れちゃうんだけど、子供の時は怒られながら、そんな不条理を噛みしめていたんです。僕はそれが凄く悔しかったから、オトナになっても忘れなかったんだと思います。

子供が間違った時に、教え導く責任をオトナは負います。

「怒る」のと「叱る」のが違うのは、「叱る」とは導く行いであるからです。導く為には「目標」が必要です。つまり、「叱る」と言う行いは「目標」、或いは「具体性を帯びた指針」が備わってはじめて完成するのです。ただ怒りに委せた圧力をかけるだけでは子供は迷ってしまいます。それは、シカマルがこの場を辞そうとしたように居場所をなくしてしまったのに似てますね(つまり、テマリは単に怒っていただけなんです)。

教え導く為に具体的な指針を示す…これをしないと、特に、心の方向の定まっていない子供などは途方に暮れてしまうわけです。だから、シカクは、シカマルが失敗したと言う現実の認識と、それを起点にした対処=「より優秀になる(なりやがれ!)」と言う具体的な指針の提示したのです。シカクは実にそれを卒なくこなしている。淀みないです。これが、ホントの意味での「叱責」と言えるのだと思います。

「それが本当の仲間ってもんだろーが、この腰抜けが!」(シカク)

奈良家において、人間には三種類しか居ない事に気付きます。一つは「男」。もう一つが「女」。そして、残りの一つが「腰抜け」です。シカクはシカマルに「男」で在れと伝えているのです。シカクの語気語調は終止一貫していて、怒気を含んではいません。それは、シカクは決して怒ってはいないからです。感情に支配されていないと言う事です。シカクはシカマルを叱っているのですから。

この一連の描写で、シカクはシカマルを自分に向けさせ、目を睨みつけたりしてはいません。確かに人の目を見てモノを言うのは大切な事ですが、それも時と場合によると、僕は思います。目を見るのは人の心に踏み込む圧力でもあります。例えば、それは心が弱っている時や、揺らいでいる時には決して最適な接し方ではない事をシカクは認識をしているのでしょう。

だから、シカクはシカマルだけでなく、テマリとも視線を合わせたりはしないのです。

シカクが立派な「男」だと感じるのは、こう言う配慮が感じられるからかも知れません。自分が優位に立った時にだけ、人の目を見て圧するような行いをシカクは好まないのでしょう。感情に支配されない冷静さが相手の居場所を奪う事を許容しないのです。"TPO"と言うか、これは優しさだと、僕は思います。もっと言えば、「自信」…。ホントに自分を信じてる人じゃないと、シカクみたいには行動できないです。

そして、シカマルが凍り付くように立ち尽くす静寂を、扉が開く音が溶かして行きます。処置室から出て来たのは綱手でした。綱手はチョウジの治療に奔走してた筈です。「あと、鹿の角、持って来な!」(26巻/175頁)と奈良家(鹿)の医療書を読みと来ながらチョウジの治療薬の配合をしていましたものね。

「もう大丈夫だ…」(綱手)

「………」<ピクン…>(シカマル)

「薬の副作用で進行し続けてた細胞の死滅を
調合した解毒薬が止めた。
今回は助かったぞ…シカク

シカマルはチョウジの事が一番心配だった筈です。チョウジが救命救急に運び込まれる一部始終もシカマルは見ていたのでしょう。当然、チョウジの容態が非常に悪いのも察知していたのでしょう。

「奈良一族秘伝の薬剤調合のマニュアルが役に立った
あれだけのモノを作り上げるのは大変だっただろう
日頃の研鑽(けんさん)の賜物(たまもの)だな」(綱手)

「どうも…」(シカク)

(薬の成分と効果…良く調べてある。さすがだな…)(26巻/174頁)

綱手は「鹿」と掛れた分厚い書物と首っ引きでチョウジの処方をしていたように思います。この時、綱手が感じた(良く調べてある)とは、シカクの研究が秋道家の「三色の丸薬」(青・黄・赤)の副作用の対処を想定していたものである事を強く感じます。シカクはチョウザに相談を受けていたのかも知れません。

シカクもまた、秋道チョウザの友であり、「イノ・シカ・チョウ」のトリオにあって死線を数多く潜ってきた仲なのだと思われます。今回の顛末を見る限りでは、チョウザは過去の闘いで「赤」の丸薬までは使わなかったのでしょうが、シカクは大切な仲間の為に、その対処については研究を続けていたんですね。シカクは日々の努力を惜しまず、積み重ねて来たわけです。それが、あの分厚い解説書なのです。

そして、綱手がシカクに伝えた「賞賛の言葉」はシカマルにも届いた事でしょう。シカクはシカマルに教えようとした「仲間のために、てめーがより優秀になることを考えやがれ!」を、ホントに実践していたのです。「言葉」ではなく「行動」でシカクはシカマルに示していたのです。その積み重ねがシカクの「教え」の本体なのです。

ここで、更に深読みするなら、シカクだってシカマルと似た言い訳をするような失敗だってあったんだろうし、チョウザやイノイチをピンチに追い込むような危険な場面に遭遇しているのかも知れません。オトナの言葉には多分に「後悔」の成分が含有されていますから、シレっとシカマルには喋ってるけど、シカクだって案外、痛痒かったりして…(笑)。

賢いシカマルにはシカクの嘘偽りのない行ない…生き様がイメージできた筈です。それがシカマルの強(こわ)ばろうとしていた心の氷を徐々に溶かして行くのです。

続いて、シズネが伝える朗報が更にシカマルを解(ほぐ)します。

「綱手様!!日向ネジ…安全ライン、確保しました!」(シズネ)

「………」(シカマル)

「それと…情報です。
つい今し方、はたけカカシとうずまきナルトの二名が帰還…
重傷を負ってはいるものの命に別状は無いそうです」(シズネ)

「………」(シカマル)

「………」(テマリ)

テマリはシカクが登場してから、一言も言葉を発していません。テマリもその闘い方やシカマルのやり取りからして、凄く頭の良い子ですが、ここでシカクがしようとしている事も、早い段階で察知しているんですね。恐らく、シカクが登場した直後?テマリはシカクの雰囲気に何かを感じています。この敏感さ。賢さ。テマリはヤバい…。つづく…(笑)。

「二人か…」(綱手)

「…シカマル。どうやら任務失敗のようだね
でも皆生きている。それが何よりだ」(綱手)

綱手が告げた「皆生きている」と言う知らせ。これが、どれ程、シカマルの心を楽にさせた事でしょうか。そして、シカマルの心に染み渡るシカクの叱責。シカクの積み上げて来た行い…人生。シカマルに諭(さと)した内容を、これまでの生活の中で続けて来たわけです。これが、シカクの生き方とであり、教え方なのです。

シカクは自分がシカマルに示せるような「男」たりえる生き方を黙々と続けて来たわけです。そして、それがシカクの凛とした雰囲気を作り出しているのです。それは、昨日今日の行いではないですから、自然と重みも出て来るのです。そして、これがシカクの自信を裏打ちしてるとも言えます。テマリはこの雰囲気を機敏に感じ取ってるのかも知れません(←しつこいけど、続く)。

そして、背中を向けたまま黙り込むシカマルの身体が小刻みに震えて行きます。ここまで寄って集(たか)って解きほぐされては、如何にシカマルと言えども堪ったものではありません(笑)。綱手にしても、シズネにしても、シカマルの自責の念を気遣っているのは明々白々。それも、必死の治療と言う実際の行動をもって示された分厚い教えでもありました。一生懸命って伝わるんだな…と思います。

その…オトナたちの優しさがシカマルの素直さを引き出しています。

オトナがしっかりしてさえいれば、子供は素直に振る舞えるのです。

その素直さこそ、シカマルの見せた涙であり、決意の言葉だったのです。

「次こそは…完璧にこなしてみせます…!」

シカクも昔、こんな風に涙を流しながら誓ったんだろうな………。
偉そうな事、言ってるけど…………まだまだまだのケルベロスです…Σ(*゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!!

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”雲”

 
「実はちょっとめんどくせーことになっちまってよ」

シカクと共に"忍者登録室"に出向く途中(20巻/11頁)、運悪く(笑)ナルトに出くわしてしまったシカマルの照れ隠しでした。先の中忍試験でただ一人、シカマルだけが中忍に昇格できました。もっとも、中忍試験の本戦での「シカマルVSテマリ」戦ではチャクラ切れを理由にシカマルがギブアップしたので、対戦成績としてはテマリの勝利ではありましたが、木の葉はシカマルを中忍としたのです。

…けど、あの子の知略と戦略はもう下忍レベルじゃ無いわ…
もし、基本小隊の四人組で動く実際の任務であれば、
テマリを捕獲した時点でシカマルの勝利は確定したも同然。
…まあ、勝負に勝って試合に負けたってところね(紅)

確かにやる気が見えないのは残念だが…
それは冷静な状況判断力によるものだといえる。
己の能力と技の技術を知り尽くしているからこそ、
戦闘中にパニくることもないし、変に熱くなりすぎることもない。
だからこそ…最悪の窮地と見れば冷静に引き返すこともできる。
…おそらく、中忍に必要とされる心理的要素でいえば………
シカマルは最も大切な…リーダーとしての資質を備えている(アスマ)

小隊のリーダーとして評価するなら…
任務を遂げる事以上に小隊を危機から守り抜く力の方が
はるかに大切だからね…(イズモ)

情報収集なんかじゃ
「任務はこなしましたが全滅しました」じゃ話にならねぇ…
犠牲やリスクと任務を天秤にかけて
生き残る事を第一に考え動けるタイプでなけりゃ…
中忍になる資格はねーよ…(コテツ)

もっとも、試合が終了した時点で(13巻/9-11頁)、この一戦を観戦していた上忍たちはシカマルの"非凡さ"には気付いていました。彼らは実際に任務をこなす兵隊だから、現場の事は誰よりも熟知しています。当然、シカマルが必要十分な中忍たる資質・資格を有している事を認めています。

木の葉隠れの里のように、組織が大きくなると現場と指揮(上層部)とが乖離(かいり)して、現実にそぐわない判断を下してしまうようになるもので、一般的にリアルの企業(会社)でも重要視するのは"数字"(実績)になってしまいがちです。その方が管理しやすいのですし、結果主義的な"合理性"もあるとも言えます。

しかし、組織にとって何が重要かと言うと、最終的には…やはり"人"なのです。ホントに強い組織とは、管理側がその"人"をちゃんと見極め、評価できるか否かにかかっていると言っても過言ではないのですが、なかなかそれが出来ないのが現実です。これは、社会に出て働くようになれば解ると思います。晩酌の時に、愚痴ってるお父さんを見たら、肩でも<ポンッ>と叩いて、親指立てーの、OKサイン出してやって下さいね(笑)。

だから、対戦の成績(勝ち負け)にこだわらず、シカマルの資質を重視し、中忍に昇格させたのは、非常に嬉しかったです。やはり、木の葉隠れは、ちゃんと"人"を見る目を持った人が管理・運営しているようです。こう言う判断が下せる事実がある限り木の葉は、少々の事では負けないな…と思いました。

…と、横道に逸れてしまいましたが(汗)、シカマルがよく言う「めんどくせー」って、口癖なんですが、シカマルは何故、いろんな事をめんどくさがるんでしょうか?僕は、アスマが言う程、シカマルはやる気がないとは思わないんです。中忍試験でも、サスケ奪還編の小隊長だって、きっちり存在感を示していますし…。ここを考えるとシカマルって子が、よーく見えて来るんですよ…!!

「ある時…あいつ(シカマル)があんまり戦略ゲーム(将棋)が
強いんで、ちょっと腑におちなくて…
遊びに見せかけてIQテストをやらせたことがある。
そんときゃオレも遊びのつもりだったんだが…
キレ者もキレ者!あいつはIQ200以上の超天才ヤローだった!」

中忍試験でアスマがシカマルの非凡さを語るシーンです(12巻/160-161頁)。シカマルの頭脳が明晰(めいせき)なのは疑う余地のないところです。自分がシカマルのように賢ければどんなに幸せだろう…と憧れさえ感じてしまいます。シカマルが褒められるシーンって、結構、多いんですよ。しかも、味方からばかりではなく、敵からも…。読んでる方としては、何だか「自分」が褒められてるような気持ちになって、嬉しかったりするんですよね。そんな気持ちになった時ってありませんか?(笑)

(シカマルは一瞬で十手先を二百通り思考する素早い分析力分析力と、
そこから最善手を選び出す"勘"を備えている)


飛段の「何をしても死なない攻撃」(笑)に押し込められた時も、アスマはシカマルの思考能力に期待してましたね(36巻/95頁)。この時は敵である筈の角都までもが(大したガキだ…)と、目をまん丸く(元々丸いけど)して賞賛してましたし、終止、シカマルを見ていたコテツも(ここまでの子とは…)と、驚きを隠せませんでした。

シカマルの闘いって、敵でも味方でも、その賢さに魅了されてしまうような不思議さがあるんです。中忍試験で、「サスケVS我愛羅」の前座みたいな扱いの自分の試合も、その巧妙な知略によって、最後には会場全体を惹き付けていました。始まる前はまるで期待して無かった観衆が一様に<ゴク…>っと、息を飲んで、シカマルの『詰めろ』(将棋用語)に魅入りました。

で、結局は「まいった…ギブアップ!」となるんですが、その時の"言い訳"もかなりイカしてましたね。

「影真似の連発でチャクラ使い過ぎて、
もう10秒も捕まえとけね…
で、次の手、200通りぐらい考えてたんだけどよ…
どーも時間切れくせー…
もう、めんどくさくなっちまった。
一試合やりゃいいや…」

シカマルって、ホントに一瞬で十手先を200通りくらい考える能力があるんです。この時だって、「まいった…ギブアップ!」は、その200通りの内の一手だったに過ぎない筈です。常人の僕にはとっても想像できないけど、一瞬で何百もシミュレーションのイメージが頭の中に展開したら、僕だったらパンクしちゃうと思います。

シカマルは、普通の子には想像もできないようなイメージの洪水の中に身を置いているようなものです。そんな洪水の中に居たら、誰だってめんどくさくなっちゃうでしょう(笑)。だから、シカマルの口癖って…その類い稀なるイメージ力の副産物なんですよ。だから、無気力が原因で「めんどくせー」と言ってるわけではないんです。

「あーあ…雲はいいよなぁ…………自由で…
…つーか。大体、オレ、全然やる気ねーし。
忍者になったのだって人生、楽しく生きてけそーだと思ったからだしなぁ…」

シカマルが「雲」に憧れるのは、何人もそれに近寄れない存在だからだと思います(12巻/153頁)。近寄れないから、安全(笑)。シカマルが何も考える事なく<ボーッ>っとしてられるのは「雲」になってしまうしかない…。悲しいかな…それも、壮大なシカマルのシミュレーションの産物ではあるんですけどね(笑)。

要するに、シカマルの「めんどくさい」は、彼の能力の反動みたいなものなんです。何かの情報がインプットされたら、そこから洪水のようにいろんなストーリーが浮かんでくるとしたら、凄いプレッシャーだろうなと思います。普通なら混乱してパニくっちゃいますよ!!しかし、シカマルは逃げずにそのイメージと闘ってるのです。だから、シカマルが何でも「めんどくさい」と言ってしまうのも解る気がします。

無気力になるしか、それをやり過ごす術が無い…ちょっと可哀想な一面もあるんですね。でも、そのシカマルが唯一、めんどくさくない相手がいるんです!!もう、解ってると思いますが…あの子です。実は本題はここからなの…ね(笑)。ご用とお急ぎで無い方は、単行本の20巻の前の方…参照願います。単行本の20巻は、それぞれの内的な成長が細かく描かれた、ハデではないけど味わい深い一冊だと思います。

「笑うなっての」

焼肉屋の中忍昇格祝い(20巻/18頁)。しかし、しっかり"木の葉ベスト"(中忍以上が着用できる/「兵の書」105頁)を着用してるんですね。ホッペを赤らめてチョウジといのの羨望の視線に耐えるシカマルが可愛かったですね。そして、アスマはこんな風に三人に手厚く面倒を見ていた……アスマは優しくて気風(きっぷ)の良い兄貴分だったんですね。

「何人たりとも、この最後のひと口は渡さない!」<パク>

中忍に昇格したシカマルに対してチョウジは食い気ばかりが目に付きます(20巻/36頁)。それをアスマも感じていて「チョウジ、お前は食い気ばかりだな…少しは修行しろよ…シカマルはもう中忍だってのに」と、言っちゃいけない諌め方をしてしまいます(笑)。この時はさすがにチョウジも<しゅん>となってしまいます(20巻/37頁)。これをシカマルは「…………」と、静かな表情で見守っています。

「チョウジ…アンタはいいわね―
ガツガツ食べても気にしない性格で
私なんてダイエットで大変よ―」

いのの、如何にもデリカシーのない…チョウジに対する言葉をシカマルは聞いていました(20巻/54頁)。シカマルは洗面所で手を洗っていて二人と一緒にはいませんでした。しかし、この時、出て行ってチョウジを助ける事も、めんどくさい事になるのでやらなかった(笑)。シカマルは女の子が苦手ですから…。

しかし、『NARUTO-ナルト-』に登場する女の子は夕顔チャンを除いて(笑)、やや"痛い子"が多いです。でも、これは歳相応の子供っぽさと捉えれば納得できるレベルです。子供の時って、自意識は強いし、その割には辺りが見えないし…。それを嫌悪してる人も多いけど、皆、通って来た道ですから、あんまり邪険にしちゃいけませんよ(笑)。皆、子供の時はあんな風に、時に残酷な行いをしていたんですよ。

「なんで、いのはダイエットすんの?」(チョウジ)

「女の子ってのは好きな人には
ちょっとでもかわいく見られたいもんなのよ―」(いの)

「………でも、その人が細い人が好きとは限らないでしょ」(チョウジ)

「ふん…大体、男の子ってのは、デ…じゃなかった…
やせてる女の子がすきなのよ。で…逆もまたしかりなのよ~
チョウジも少しは体に気を使いなよ…モテないよ~」(いの)

と(20巻/54-55頁)、ここまで散々好き勝手言い尽くして、いのは去って行きます(笑)。本心を言うと…このまま地球から居なくなってもらいたいです(笑)。でも、いのもサスケをイメージしたりして、可愛いじゃないですか。ま、女の子って、自分の視界に入る男の子しか興味ありませんから…。男の子とは違う生き物として考えないと、男の子なんてやってられませんから…(脂汗)。

このやり取りで注目して欲しいのは、チョウジの飄々(ひょうひょう)とした態度です。別に熱くなるでも無く、かと言って、いのに対して卑屈になるでもなく…結構、いのの痛い部分も突いてたりします。チョウジはシカマルみたいな頭脳明晰なタイプとは違うんだけど、物事の真偽に対しては相当、鋭い一面を持っています。

そして、いのの退去を見計らってシカマルが登場します(笑)。

「ふん…分かってねーな」(シカマル)

「!」(チョウジ)

「男は女が思ってる程、やせてる女が好きな訳じゃねェんだよ
どっちかってーとポッチャリ系が好きってのが一番多いんだ
で…逆もまたしかりってな。
いのもダイエットするより、もう少し太った方が、今の2倍モテるぜ、きっと」

「シカマルって、優しい!」って思っちゃうシーンです(20巻/55頁)。シカマルはいのが言った事をそのまま、いのの事として返してるんです。それって、実はチョウジの願望と言うか、チョウジが優しくて、いのに対して出来なかった事と同じなんです。シカマルも優しくて、それを、いのに直接言うわけではないけど、チョウジには「解ってるよ!」と伝えているのです。これって、「凄く優しい!」と思うんです。

「シカマルはやっぱ面白い奴だ。それに頭がいいしね」

チョウジはそのシカマルの優しさが解ってるから、こう言う言葉が出て来るんですね。先にも言ったけど、チョウジはシカマルと違って知性で物事を理解するタイプじゃないと思うんです。それは「バカ」って意味じゃなくて、もっと感覚的な、ちょっと違うけど、方向性としてはナルトみたいな物事の理解の仕方をしてるんじゃないかと、僕は考えています。だから、先のいのの子供っぽい物言いに対して、理詰めで言い包めたりは出来ないわけです。

「ん?」(シカマル)

「サスケやネジって人なんかより、
シカマルはずっとずっとスゴい奴だってね」

チョウジのシカマルに対するリスペクトは極めて純度の高いでしょう。それは、別の言い方をすると…チョウジもシカマルの本質を見抜ける"力"を持っている…と言う事です。シカマルがチョウジに強く惹かれるのも、チョウジの直感力と言うか、分厚い理解力にあるんじゃないかと思います。それはチョウジの優しさ…と言い換えても良いかも知れません。

ところで、シカマルの能力の高さは木の葉隠れ自体が意識しているんじゃないかと、僕は考えています。もしかしたら、木の葉の上層部からはシカマルを死守するような支持か通達が上忍に出回っているんじゃないでしょうか。何より、アスマがその一命を懸けて護り通した事は特筆に値します。個人的にシカマルスキーの戯言かも知れませんが、シカマルは木の葉の"玉"(ぎょく)たる存在ではないか?と、僕は考えています。

「ふ~ん…そんなの考えたことねーな。
オレはオレだかんなァ…」(シカマル)


そして、シカマルのスゴイところはココだと思います(20巻/57頁)。「オレはオレ」って言い切れる…これって"アイデンティティ"が確立してる人格なんですよ。これをサラッと言って仕舞える13歳って、はっきり言って恐い!!(笑)恐ろしい!!下手したら…23歳でも、33歳でも、こう言い切れる人って少ないかも知れません。

そもそも、「自分らしさ」なんて探してる内は"アイデンティティ"なんて遠いです。「自分」は解るんだけど、「自分らしさ」って、僕は解らないです。「らしさ」って何でしょう。「自分」は「自分」じゃないんでしょうか?シカマルはそれに気付いている。賢いだけじゃないんだな…。シカマルのアイデンティティって非常に強固です!!

「だって……今回の中忍試験で中忍になったのシカマルだけだし…」(チョウジ)

「でも、やり合やぁ、お前の方が強いかもな…だろ?
お前とやり合ってもギブアップしてたかも知れねーし」


シカマルの高速シミュレーション炸裂!です(笑)。こう言う「切り返し」ができるのって、やっぱり、シカマルの「切れ味」と言えます。そして、そのベースに「思いやり」があるんです。知性、つまり、想像力って優しさの"根"なんだと、僕は思います。僕はシカマルのこんなところが凄く好きなんです。

シカマルと大蛇丸の絡みって全くなかったけど、きっと描きにくかったんだと思います。大蛇丸とシカマルの知性的なレベルって近いと、僕は考えていて、大蛇丸がシカマルと接した時には、大蛇丸がカブトに対して時折見せる…やり難さみたいなモノがもっと多量に放出されるんじゃないかと思うんです。

もしかしたら、大蛇丸はシカマルを避けるんじゃないかとすら思えます。大蛇丸なんてヤバい事、テンコ盛りだから、シカマルにしたら突っ込みどころ満載でしょうし。第一、大蛇丸って"アイデンティティ"に関しては怪しいところがあるんで、シカマルみたいに強固な"自己"に触れるのは恐いと感じる筈ですから…。

「でも、さっき先生にお前は食ってばっかで成長しないって…」(チョウジ)

「オレはオレだっつったろ…で、お前はお前だ。
どっちがどうのこうのなんてくだらねー話だよ。

ま、あんまり気にすんなよ。アスマの言うことなんてよ。
もっと自然のまま、気楽に生きてきゃいんだよ」

シカマルはアスマの気持ちも良く解っているんです。アスマの性格的な面も熟知していて、三代目譲りのダメ親っぷりも織り込み済みなんです(笑)。これは、シカクの功績と言って良いと思います。シカマルにとってシカクの存在は大きいです。家庭もしかり。シカクとシカママのバランスも絶妙で、"頭"と"姐さん"を彷佛とさせます。

この時のシカマルの口調。これはシカクのものではないかと思います。厳密に言うと、シカマルのものなんですが(笑)、きっと、同じようなシチュエーションでシカマルはシカクに叱咤激励された過去があるんじゃないか…と思うんです。シカマルに対するシカクの教育法(性教育を含む…笑)に関しては近く別の考察を練ってみたいと思っています。

「…………」<ニコッ>

チョウジはホントに穏やかににっこりと笑います。

「じゃあな!オレ、帰るわ。オヤジが新技伝授するなんて
めんどーくせーこと言い始めやがってよ」

実はシカマルはシカクとの修行が楽しみでならないのです。中忍に上がった祝いにきっと新たな"秘伝忍術"(恐らく、影首縛り…シカクは段階的にシカマルに難易度の高い術を教えてるようなフシがあります。ま、それが秘伝の秘伝たる所以だとは思いますが…)を教わるのでワクワクしてる筈なんです。でも、いのがチョウジにあんな風な痛い事を言ったから、放って置けなかったんです。

だから、チョウジに付き合っているんですが、チョウジはそれにも気付いているんです。そして、それをシカマルの"哀れみ"だとは思っていないんです。普通(中途半端…)に賢い人って、変に気を回して、逆に怒ったりしてしまうものなんですが、チョウジは、これをシカマルの"優しさ"であると気付ける人なんです。そして、それはシカマルにも伝わっている。その相互理解が二人の強固な友情を形作っているのです。

「…シカマル」(チョウジ)

「…ん?」(シカマル)

「…………」(チョウジ)

「…………何だよ?」

シカマルは気付かれてるのが解ったから、バツが悪かったんですね(笑)。チョウジは知性で理解するタイプではなくて、もっと感覚的な認識をするタイプですから…。シカマルがチョウジを思いやった気持ち。それと、同じ気持ちをチョウジがシカマルに返しているのです。これが「友愛」と言うものです。清らかで尊い…人の心の在り方の一つです。

「へへ……修行ガンバレよ」(チョウジ)

「……」(シカマル)

シカマルとチョウジの幼き日の回想…。恐らく、アカデミー入学前。

「そこで、仰向けになって雲見んのが好きなんだよな…オレ」(シカマル)

「…雲見に来たの?忍者ごっこは?」(チョウジ)

「へへ…めんどくせーから抜けてきた。
お前…名前は?」(シカマル)

「チョウジ!秋道一族の秋道チョウジ」

最初は哀れみだったかも知れないけど(21巻/202-203頁)、二人は急速にお互いを認め合っていったのだと思います。一緒に居るだけで解り合える…尊敬し合える…と言う関係は非常に希有(けう)ではありますが、確実に存在します。それを『ソウルメイト』と呼ぶ事もあります。深い縁(えにし)を持って生まれた存在です。

チョウジがシカマルを尊敬するように、シカマルもチョウジを尊敬しています。もしかしたら、シカマルはチョウジが羨ましく思えているかも知れません。ややもすると、全ての物事が「心配事」になってしまう自分にはない…"大らかさ"がチョウジにはあるからではないかと、僕は考えています。

チョウジはシカマルにとって『雲』にも似た存在なのです。

「あーあ…雲はいいよなぁ…………自由で…」(12巻/153頁)

シカマルだって、チョウジに憧れているんです…………きっと。

「………ああ」

シカマルは、それだけを言い残して家路に就きます(20巻/59頁)。

そして、心の中で感謝した…………。そこには多大なリスペクトがあった。

(お前はいい奴だぜ…チョウジ)

  
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”玉”

  
「珍しいっスね
いきなり"棒銀"なんて
じっくりやろうぜ
時間もあんだし」(シカマル→シ)

「敵陣突破の先兵だ
たまにゃ
こういう指し方も出来ないとな」
(アスマ→ア)

「そういう指し方
嫌いじゃなかったっスか?
オレと同じで…」(シ)

「上手相手に"玉"を守る為には
犠牲もやむなしってやつだ」(ア)

「…………
何かあったんスか?」(シ)

「別に…何もないよ
ただ今頃になって
"玉"の大切さが分かって来たのさ」


「そりゃ"玉"取られたら
終わりっスからね…
将棋は」(シ)

「木の葉の忍を駒にたとえるなら
シカマル…さしずめお前は"桂馬"だな」(ア)

「………何で?」(シ)

「力は弱いが
駒を跳び越して進むことが出来る…
このユニークな動きは
型にはまらない
お前の柔軟な思考に似てる」(ア)

「…………
じゃあ先生は?」(シ)

「オレは何でもない
ただの…」(ア)

「犠牲駒…ってか…」<パチン>(シ)

「なら…"玉"は誰だか分かるか?」(ア)

「………
火影だろ?」(シ)

「…オレもこの前までは
そう思ってた」(ア)

「じゃ誰なんスか?」(シ)

「お前も時が来りゃ分かるさ」

シカマルとアスマ…任務や修行の無い時は、よくこうして縁側で将棋を指したんでしょう(35巻/130~133頁)。二人は仲の良い兄弟の様ですね。僕にもアスマみたいな、優しくて強いお兄さんがたらどんなにか楽しかったろう…と思うし、シカマルみたいな賢くて可愛い弟がいたなら…どんなに大切にしただろう…と。シカマルとアスマ…どっちにしても羨ましい関係と思います。二人は一緒にいるのが楽しくて仕方なかったんだろうな…。

アスマの「目」でシカマルを見る時、それは正しく宝石の「原石」の如く秘めたる「力」を感じた事であろうと、容易に思い当たります。アスマはシカマルと言う素晴らしき「原石」を如何に磨き上げるかに情熱を傾けた事でしょう。この場合、「賢さ」と言う能力が合わせ持つ「自尊心」(プライド)に如何に抵触せずに、それをプラス方向に伸ばすか?が非常に重要で、それに腐心する必要がありますが、アスマはそれを重々理解した上で、シカマルの「師」として、彼を導き育てています(非常に余談ですが、三代目は大蛇丸の駄天と言う"大失敗"をやらかしています)。

その最たる例が、今、二人が指して居る「将棋」であります。シカマルの才能を疑い、試しに将棋の入門書(36巻/162頁)を手渡したのはアスマでした。ルールや基礎理論などを、十分ほどで修得して、後はアスマと将棋を指しながら、一緒に将棋を楽しんでいました。結果的に、シカマルが「IQ200以上の超天才ヤロー」(12巻/161頁)と言う事が判明するのですが、アスマがこの時、執ったこの大いなる選択に、僕は敬意を感じてなりません。

アスマは自らの手でシカマルに将棋を教えてはいません。アスマはシカマルと「将棋」を出会わせただけなのです。シカマルの性格の吟味もあっただろうし、アスマの性格もあったでしょう。もっとも、二人は相性抜群のソウルメイトみたいなもんでしたけど…。『何となく分かる』(ナルトが良く言うヤツ)は、ホントに理解したとは言えないです。『ホントに分かる!』って言うのは、自分で気付いた事なのです。

「気付く」とは「築く」なのです。

アスマは、それを知っていました。だから、教える事ができない授業もあった訳です。シカマル自身に気付いてもらわねばならなかったのです。だから、そう言う「物事」との出合いを「演出」して行ったのです。人は一生の内で何度も大切な出会いがあります。それは人かも知れないし、物かも知れない。シカマルは「将棋」に出会い、その「頭脳」と言う「原石」を磨いて行ったのだと思います。その結果はシカマルの闘いを見れば判ると思います。中忍試験での「テマリ戦」、サスケ奪還編での「北門の多由也戦」、「対飛段戦」での戦闘下での作戦の再構築、追撃戦での戦術等など…。

如何に「原石」とは言え、磨かねば輝きを放つ事はないのです。アスマはシカマルの組成を見事に見抜き、埋もれぬように、曇らぬように…シカマル自身がそれを磨くように、上手に「出会い」を「演出」して行ったのです。それはかつて自分が味わった…三代目・火影との確執が影響していると思われます。反りの合わない父と離れ、里を離れ、自分だけになって出会った考え…。それが今あるアスマを形作っているんだと思います。いわゆる"反面教師"と言うヤツです。

この時、アスマは初めて"玉"と言う言葉を使います。それを単なるアスマの「死亡フラグ」と受け取るか、一連のアスマの「演出」の一端と捉えるかで、物語の味わいは『天と地』ほど変わってきます。僕の選択は断然、後者で(笑)、アスマはシカマルにしっかりと遺して行きたかったのだと思います。しかし、最後まで、アスマは自分の口から"玉"の答えを明かしませんでした。それは自分が経験したように、出会わなくちゃいけない「答え」だから…。

アスマの吸う「煙草」はこう言う時の為にあるのかも知れません(笑)。それは「煙(けむ)に巻く」と言うのではなく、「間」が作れるから。それは、言いたい方にも、聞きたい方にも有余を与えます。良い感じの「間」…ができる。そして、賢きシカマルには判ったと思います。アスマが伝えたかった『無言の言葉』が…

『自分で見つけてみろ!!』

それは真に「大切」なものであるから…その「答え」には自分で出会わなければならない。それがアスマの本意であり、シカマルにも伝心(でんしん)したのです。シカマルの目にはアスマの無骨な指先が、シカマルの繊細な「心」を傷付けないように、非常に慎重に配慮している姿を、絶えず見つめていたのだと思います。そして、シカマルの賢さはそのアスマの"優しさ"を受け入れたのです。「かっこいい大人」とは…。「師」とは…。ここでも、シカマルは教えられたのではなく、出会っているわけです。それが、シカマルにとってのアスマの存在です。

アスマが遺した「お前も時が来りゃ分かるさ」と言う言葉の「時」とはアスマの生き様…「死」をしかと見届けた時になろうとは、シカマルも想像していなかったでしょうが、アスマにだって、この"玉"が何なのか?その答えに出会った「時」がある筈です。それはいつなのでしょうか?この将棋の少し前に、アスマが父である三代目・火影の墓前に佇むシーンのその痕跡が遺されています(以下:35巻/95~97頁)。

「…今ならアンタの言ってた事も
少し分かる気がするよ。
木の葉を離れたり…
好き勝手な事ばっかりして悪かったな…
後悔はしてねーけどな………
…今は猿飛一族に生まれたのも
悪くねーと思えるぜ
アンタはちゃんと
里長としての役目を果たした」

『かっこいい親父だったよ…』

線香代わりの煙草。"玉"=「火影」と思ってる時…つまり、若い(子供?)頃、アスマは父である三代目と反りが合わず、やさぐれた過去があるようです(汗)。そして、墓前で語る「…今ならアンタの言ってた事も少し分かる気がするよ」の「今」が、アスマがその「答え」と出会った瞬間と考えて良いと思います。それは恐らく、自分が亡き三代目と同じ立場になった瞬間。それは…つまり、紅のお腹に自分の子供が宿ったと聞かされた時ではないでしょうか?

自分が父親になった時、自分の子供の事を考えた時に湧き出て来た気持ち…。アスマはこの時、三代目が自分の父であると同時に里影として生きなければならなかった「道理」に行き着いたのではないでしょうか。だから、「アンタの言ってた事も…」になる訳です。子供の頃感じた、寂しさや不条理。子供だったアスマには、木の葉の里の「父」たる火影の職責までを飲み込む事はできなかったのでしょう。

そして、木の葉崩しで三代目は里を身を呈して守り通しました。その生き様…「死」はアスマにも届いています(多分、葬儀には参列しなかったな…多分)。そして、三代目が守り通したものが、"玉"であることも、アスマには理解できたのだと思います。「里長としての役目を果たした」と、猿飛の墓標に語ったのは、「父」として自分に接してくれなかった「立場」も判る歳(心境)になりました…と言う事です。「猿飛一族」とはその職責を担うべき血筋を意味するのだとも、この描写からは見て取れます。アスマのやさぐれたベースにはそんなプレッシャーもあったんですね。

そして、何より、三代目もアスマに教えなかった。それはアスマにも出会って欲しかったからだと、僕は考えています。ホントに大切な答えだから、自分で気付く必要があるから、教えるわけには行かなかったのです。その人の事を真に大切に思うからこそ、黙して語れない。それこそ、真の「親心」と言うものではないでしょうか?三代目もそうだった。アスマもそうだった…。その気持ちは連綿と続いているのです。そして、その繋がりが木の葉の里を造り上げているのです。それら全てが「今なら分かる」と言う、アスマの言葉に集約されています。

終わりがあれば、始まりがある。アスマの命は新しい命を生み出しています。それは、紅のお腹に宿っていました。二人は愛し合い、その証をこの世に遺していたのです(以下:38巻/55~58頁)。

「出歩いていいんですか?」

アスマの墓前…紅が佇みます。えらく女っぽい感じの紅。ワンピース姿の紅のお腹はかなり大きくなっています。ちょっと、冷えそうで心配です。近所のお婆ちゃんい叱られそうで心配(汗)。「!」…紅はシカマルの、その声に紅は振り返りました。まるで、アスマが話し掛けるような暖かい、優しい響きを、紅は感じたんだと思います。

「将棋の相手がいなくなったわね…
アナタはアスマの
一番のお気に入りだったから
さみしくなるでしょ…」(紅)

シカマルと一緒に居ると、紅はアスマの事を思い出してしまうのかも知れません。シカマルに「さみしくなる」と言ったのは彼女自身の気持ちでしょう。紅は仲の良い兄弟のような二人を見ているのが好きだったんだと思います。それは彼女に「家庭」をイメージさせていた…かも知れない。笑顔と笑い声の絶えない、暖かい家庭を…。でも、その笑顔の中心に居るはずの…最愛のアスマはもう居ない…。

「大切な事からくだらない事まで
いろんな事を教えてくれたんですよ
将棋もその一つだった
さみしくないっつったら
ウソになりますけど
オレはもうガキのままじゃ
いさせてもらえない世代ですから
ピーピー泣いていられないっスよ
オレ…"めんどくせー"って
いつもだだこねてたから
ガキの頃
そのせいで失敗ばっかして…
…そのたび
アスマには守られてばっかで…
それでかな…
つかみどころのない変な先生だったけど
オレにとっちゃ
むちゃくちゃカッコイイ大人だった」

『今度はオレの番ですよ
その子が生まれたら
今度はオレがその子を守る師ですから…

カッコイイ大人にならねーと!』

アスマにとっての"玉"とはシカマルであったと、僕は考えています。

実際、「暁」の飛段との交戦で、アスマが「捨て駒」(棒銀)にならないと、飛段の術の正体も解らず、小隊ごと殺(や)られていただろうし、何よりもアスマはシカマルを大切に思っていましたから…。「暁」の動きが活発化し、木の葉にもその魔の手が及ぶだろう予測から、アスマはこの状況を悟っていたんだと思います。どんな状況に陥っても、シカマルだけは、命を賭けても守り通そうと心に誓っていたのです。「棒銀」とはアスマ自身。たとえ犠牲駒になろうとも"玉"を守る。それがアスマの「覚悟」でした。

そして、自分の為に逝ったアスマを「カッコイイ大人」と言うシカマル。シカマルはアスマの行動の奥の奥までをしっかりと理解していたと思います。それは教えられた事ではなく、自分で気付いた事だから、「今度はオレがその子を守る師ですから…」と言い切れたのです。アスマが命を賭けて自分を守ってくれた事を、それを一身に受け止めようと、シカマルは歯を食いしばっているのです。それが、シカマルの「覚悟」でもあります。

「………ありがとう」

その毅然としたシカマルの言葉の中に、紅は「アスマ」を感じたのだと思います。アスマが居たからシカマルが居る。自分も居る。そして、お腹の子も…。もうアスマは死んでしまったけど、寂しくなんかない!きっと、紅は、アスマの死後、不安の中で過ごしていたと思いますが、シカマルのこの言葉が、どんなに支えになった事でしょうか。

「オレはもうガキのままじゃいさせてもらえない世代ですから」と言うシカマルの言葉に頼もしさを感じてしまいます。紅の暖かい掌が終止、お腹に触れています。まるで、シカマルの言葉を伝えるように、その暖かさを伝えているのです。

シカマルはこの一件を経て、確かに「大人」になったのです。アスマの死後、シカマルは暫く煙草を吹かしていましたが、年齢的には未成年だろうけど…誰が何と言おうと、シカマルは大人になったんだから、問題無いです。煙りで環っかを作ろうと、煙りを口から出して、直ぐさま鼻から吸い込んでも良いのです(笑)。この件で大騒ぎするヤツがいたら、それこそ、最高裁まで闘う決意でした(笑)。

この成長はアスマがもたらしたものです。それに多少の痛痒さを感じるのが、シカマルの父、シカクです(笑)。シカクはアスマがした事をホントは自分がしたかったんだろうけど、余りにもシカマルと似過ぎていた自分が、それをするべきではないと判断したのだと、僕は考えていて、それがシカクらしい賢明さだと思っています。だから、アスマの死はシカクにとっては痛痒い…。それが、シカクとシカマルの対局で赤裸々に描写されます(以下:38巻/59~61頁)。

「さすがオヤジ
アスマと違って強えーな…」<パチン>(シ)

「棒銀か」<パチン>(シカク→父)

「上手相手に"玉"を守るためには
犠牲もやむないってやつさ」


シカマルはアスマと同じ言葉を喋っていますね。アスマの事を想い出しながら将棋を指しているんでしょう。

「そう逃げたらホラ
ここで桂馬だぜ」(シ)

「金のどっちか逃げても
角が成り込みか…
ったくその桂馬
いやらしい手だぜ」(父)

シカクもシカマルを「桂馬」と分析していたんだと思います。「いやらしい」と揶揄するのは、妙手というのもありますが、シカマルの性格を言い表している。しかし、それは批判では無く、賞賛。賢き我が子に対する「ハナマル」だと感じます。シカクの「親バカ」の片鱗が微妙に見えた気がして、僕は嬉しかったです(笑)。

「木の葉の忍を駒に例えるなら
オレは桂馬だからな」(シ)

「何だそりゃ?」(父)

「アスマがそう言ってた」(シ)

「……」

この時のシカクの"ポカン顔"は、アスマに対する「嫉妬」に近い気持ちではないかと…僕は疑っています。「自分が考えていた事をアスマも考えていたんだ…」と、シカクは心の中で、大声で叫んでいたのかも知れません。今、こうして息子と将棋が指せる。シカマルの「アスマと違って…」と言う言葉からしても、シカクも将棋を以前から楽しんでいたと考えて良いと思います。しかし、父・シカクはシカマルに将棋を教えたりはしなかった。その想いは「いつかは出会うだろう」と言う処にあったのだと思います。出会って欲しいと思っていたのだと思います。

「ケッ…
お前の性格をよく分ってやがったな…
アスマのやつも…」(父)<パチン>

駒を指す指にも力が入るってもんです(笑)。アスマがシカマルのそんな深層までを見通してた事に、シカクの心境は更に微妙に…(汗)。ついでに、シカクは「"アレ"も聞いてみるか…?」とこの時、思い付いた…。ちょっとイラッとしつつも、アスマがシカマルに遺して行ったものを確かめずには居られなかったのです。また、シカマルとアスマの関係性も充分にシカクは認識していたでしょうから、アスマの死がシカマルにどんな影響を及ぼしているかも、同時に探りたかったのもあると思います。

「なら"玉"は誰にあたる?」

かつて、アスマがシカマルに投げかけた質問です。あの時、シカマルは答えられなかった。一体…どんな答えが帰って来るのか?この瞬間、シカクはドキドキしながら、シカマルを見守っていたと思います。勿論、シカク自身は疾(と)うに出会っている「答え」です。シカクの目はしっかりと見つめています。それは、シカマルの今の雰囲気。輝き…。「今なら聞いても良い!」と、シカクは思ったんだと思います(やっぱ、親バカだわ…笑)。

「…木の葉をになう
これからの子供達…
それが"玉"さ」


これがシカマルの出会った「答え」でした。アスマはシカマルを遺しました。それは、アスマにとっての"玉"はシカマルだったからです。そして、その「行い」や「想い」を自分の中で咀嚼した上で、自分自身で出会った…これが、シカマルの「答え」なんです(その中でもプライオリティが最上位が紅のお腹の子だろうと思いますが…)。きっと、その声は清々と、淀みなかった筈です。それは…アスマが遺し、シカマルが気付いた…「覚悟」なのです。そして、シカクが(運命に)託した想いそのものでした。

「よく分かってるじゃねーか
……よっと王手」(父)

シカクはアスマにしてやられたと思いが半分。ここまでしっかりと教え導いてくれた事を、有り難く思うのが半分。父親の心境的には(やや)微妙な痛痒さを残しつつ、こうして「大人」として歩み始めた我が子の輝きを前に、目を細めていたのではないでしょうか。シカマルはアスマに出会ったのです。これ以上の「運命」はない。そして、この「答え」にシカマルが気付けた。それは、アスマにとっても本望だったろうし、親として、シカクにも、こんなに喜ばしい瞬間はなかったと思います。

「あ!」(シ)

「てめーが"玉"を守るには
まだまだ力が足りねーな!
精進しろよ!」(父)

「くっそー!」(シ)

シカクは立派な人格です。アスマがシカマルに付いていてくれたから安心して任せていたんだと思います。また、シカマルを易々と将棋で討ち負かしてしまうところからしても、相当の「知将」と言えるでしょう。

これまでも不安定だったシカマルの背中を支えていた描写もありますし、「かかあ天下のダメ親父」では決してない存在感を感じます。シカクはシカマルのなるべき姿をしっかりと示していると言える存在です。物語の中に登場するお父さんの中では「白眉」です。

僕はシカマルも好きだけど、シカクも好きだな。きっと、アスマの子はシカクも自分の孫のように可愛がってくれるんじゃないでしょうか。シカクのサブリミナルな親バカっぷりを見てると、何だか、そんな予感がしてなりません(笑)。

アスマの形見の煙草を吹かすシカマル…。うち降る雨。涙雨…。

「煙が目に…染みやがる…」

アスマがシカマルに遺したもの…。
それを、シカマルは一生忘れない。

そして、シカマルはアスマみたいな大人になる。
そう、カッコイイ大人に…。



 
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