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弥彦は何歳で死んだのか?

  
「!!」(綱手)

「んー……」(綱手)

「食べ物はさっきやったろ!
何で付いて来る!?」
(綱手)

「オレたちに忍術を教えてくれ…
アンタたち木ノ葉の忍だろ」(弥彦)

雨隠れの難民だった弥彦・小南・長門が後に「三忍」と呼ばれる自来也・綱手・大蛇丸に接触したエピソードで(第41巻/52頁)、綱手が弥彦達を邪険にしていた描写に非常にご執心です(笑)。綱手は実弟・縄樹の死と、恋人・ダンの死と言う大きな「痛み」を経験して「血」に対する恐怖…PTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥っています。縄樹の死においては大蛇丸のGJ(詳しくは「大蛇丸の”優しさ”について考えてみる!」を今一度…)で回避されたんですが、ダンの死を間近(ダンの血を浴びながら治療するも力及ばなかった…)に体験して以来、「血のPTSD」に陥り、隠遁生活(シズネを随伴してギャンブルに明け暮れる諸国漫遊…「伝説のカモ」の異名あり…笑)に入っていた筈です。

「忍術を学ぶ!」(弥彦)

弥彦ら雨隠れの難民との接触は綱手は自来也と大蛇丸と共に木ノ葉の任務に就いていますから、少なくともダンの死以前の描写である事が知れます。最近の描写では弥彦らとの接触が「三忍命名」にまつわる山椒魚の半蔵との一戦の直後、或いは至近であった事が知れています。弥彦達は自来也らが半蔵と対峙する戦域にたまたま居合わせ被害(チビ戦死)を被っています。その時、弥彦は忍術修得の必要性(第446話/「ただ二人を守りたい」)を感じていて、半蔵と互角に渡り合い生き延びた自来也たちに目を付け意図的に接触した可能性があると思います。自来也の隈取りの長さも符合しますので、半蔵の一戦と弥彦らと自来也たちの接触は非常に近接しているのは動かないでしょう。

僕の考察は「潜る」(ダイヴ)が基本で、キャラに憑依(ひょうい)するようにして、そのキャラの心の奥底に潜るようにして、その時起こった出来事を考えるもので、時には鋭い刃物で刺され、ある時は業火に焼かれ、ある時はフカフカのオッパイに埋もれ…ま…いろんな辛い事や苦しい事…そして極稀に役得を味わいながら『NARUTO -ナルト-』と言う壮大な物語を考える荒行をしています(笑)。それが非常にナイーブでセンシティブな状態を作り出すので、そんな時にコメントでアレコレやり取りするのが辛いのでコメント欄を封印している…そんな弊害を抱えながらも、それが一応、気難しい僕の考察スタイルなのであります。そして、それをベースにした考察で極極稀にGJがありますので、こうして皆さんとの関係が継続してる…って事でもあります。

…で、弥彦らに会った時の綱手にダイヴしてみたところ、綱手のつっけんどんで邪険な弥彦らへの反応は、どうしても縄樹が戦死した後とは思えない…と言うか、有り得ないです。縄樹をあそこまで溺愛した綱手が、縄樹の死後、弥彦(ナルトにも似てるし、縄樹にも何処か似てる…しかも元気で生意気…)に綱手があんな風な厳しく素っ気ない対応は出来ない筈です。綱手には明確に母性が在り、それが単に自来也に向かわなかっただけで、縄樹、ダン(そして大蛇丸?)には極めて濃厚に注がれています。その綱手が縄樹に似通った子供であり、悲惨な境遇にある弥彦らを前にあんな態度が取れる状況はただ一つ…それは…縄樹が存命している頃だった…と言う事です。もしあの時、縄樹が既に死んでいたなら、あの場で綱手のあの邪険さは無かった筈です。

綱手は縄樹が心配で早く木ノ葉に帰りたかった…。

母性は優先順位(プライオリティ)が極めて明確に分別され、何をおいても先ず身内(最優先は我が子)に向かうエゴと言い換えても良いくらいの愛です。それは種を保存する生命のメカニズム=本能に起因する必然とも言えます。だから、慈愛とはまったく違います。あの時、綱手が弥彦らを邪険に出来たのは縄樹と言う発露があったからであって、もしそれが失われていたなら、大蛇丸が懸念した「その場限りの慰め」であろうと、綱手の母性は弥彦らに向かった筈です。僕の屈折した境遇は長門にも降りていて、この接触でその綱手の非常に濃厚な母性への接触は長門に大いなる期待を抱かせたのではないかと…疑念を抱かせるほどです(笑)。つまり、自来也たちと弥彦らの接触は縄樹の死以前に特定出来ます。

「お前は亡がらを見ない方がいい……」(自来也)

「別にいいなじゃない…
どうせ見た所で弟だと判別できや
しないんだから」
(大蛇丸)

具体的には…縄樹の戦死(第18巻/136頁)が縄樹12歳ですから、綱手=三忍が23歳の頃だと思います。つまり弥彦らと自来也が遭遇したのは三忍が23歳以前。これは乾パンを弥彦らに分け与えた自来也の外見…特に隈取りの長さと上手く符合していて…その意味では縄樹の死の描写での自来也はもう少し長いのでかなり後とも思え、一応上手く説明出来ます。丁度、縄樹戦死の頃、オビトが生まれ、その後、カカシが生まれ…奇しくも綱手の最愛の男性・ダンの姪であるシズネもこの頃生まれています。ダンを失い「血のPTSD」に陥った綱手がシズネを弟子受けし、ギャンブルに溺れることで気を紛らわして放浪する…その綱手の自暴自棄な喪失感の反動形成は個人的に良く判ります。綱手も大きな「痛み」に流された一人だったんですよね…。

弥彦は何歳で死んだのか?




「この戦い…おそらく木ノ葉隠れの勝利だ
お前たちはいかしておいてやろう」(半蔵)

「情けは要らねー!
まだまだ戦える!!」
(自来也)

「よせ!自来也!!」(綱手)

「お前たち三人は強い……
そしてここでさえも生き残った…
この半蔵…これよりお前たちを
”木ノ葉の三忍”と呼び称えよう
命の代償にそれぞれ名を名乗れ」(半蔵)

自来也は雨隠れの内紛の終結…半蔵の死を驚きを持って受け入れ、半蔵に対するリスペクトともとれる回想をしています(第40巻/183-184頁)。一番、近々のエピソードで、恐らくこの行が半蔵のブラフ(はったり)であり、半蔵ってホントは「どカスのど小物」だった…と言うのはおいていて…(笑)、「三忍」とは無双の強さを持ち忍界にその名を轟かせる半蔵に命を救われた…ある意味、「蔑称」であった訳で、それを臥薪嘗胆(がしんしょうたん)した自来也・綱手・大蛇丸が自ら創設した揺るぎない力量を獲得した行ないに対する二次的な賞賛を意味する称号であったのだと思います。なので「三忍」は自来也たちが広めた筈も無く、寧ろ半蔵が自分の売名の為に積極的に吹聴したものであって、自来也達の成長の期間が必要ですから、その普及には時間を要した筈です。

「三忍命名」の一件は、半蔵に命を救われた…情けをかけられた自来也たちが自ら「三忍」を誇る道理は無く、寧ろ、最近分かった(第447話/「信じる」)半蔵の「どカスでど小物」な本質が、自分の武勇を吹聴し、そもそもでこれから忍界でブイブイと存在感を発揮して行くであろう自来也・綱手・大蛇丸と言う新進気鋭を見逃してやった…と言う大物っぷりを広める為のプロパガンダに近く、「嫌らしい売名行為」と言えるものであったのだと思います。それとは別に自来也たちはあの時の悔しさをバネに精進した結果、忍界で大きな存在感を示す「三忍」を称号として昇華させた…全く別のラインが恰も同じ地平にあったような錯覚があるだけで、ま…それもこれもどカスの半蔵のせいで…(笑)。ちなみに、「三忍命名」の時期に関する手掛かりはダンの死で描かれています。


「……綱手……
……オレはま…まだ……
死にたくない……や………
やらなきゃ…ならないことが
山ほど……あるんだ」(ダン)

「しゃべるなダン!」<ジュウウウ>(綱手)

(腎臓自体が吹っ飛んじまってる…駄目だ…
たとえ三忍と呼ばれる綱手の医療忍術を駆使しても
臓器自体を蘇らせることは出来ない…)(木ノ葉)

きっと綱手とダンが同じ任務に就いていた時の事件だと思います(第18巻/142頁)。ダンが負傷し、綱手が医療忍術で治治療しようとするんですが、あまりにも傷が深過ぎて(内臓が吹っ飛んでしまうような…)どうにもならなかった…。これが綱手の「血のPTSD」の契機なんですが、後にそれを克服した綱手が陰・封印解で繰り出す「創造再生」が臓器をも創造する忍術だった…と言うのが”ダンに対する綱手の心残り”だったかと思うと胸が詰まりました、似た様なお話で、大蛇丸が「不死転生」を考案したのも両親の死を起点にしたものだったかと思うと、忍術が殺し、忍術がそれを復帰させるイタチごっこみたいな…忍術なんかがあるから「命」が軽薄になってしまうんじゃないか…と思えて来ます。

身近な者の死を知って
何も感じなのは殺戮者だけだ」(自来也)

「………」(綱手)
「お前は違うだろ?」(自来也)

「お前ほど里の者たちの身を
案じてる奴はいなかった…

あの時だって………」(自来也)

「そのくらいで
説教は止めろ!」(綱手)

…ちょっと余談ですが(第18巻/122頁)、綱手の放浪って何時からだろう…と考えてたんですが、綱手捜索編で自来也と綱手が飲み屋で差し向かいで、自来也が意味不明な事を言ってまして、もしかしたら「あの時だって………」と自来也が言うほどの事件って、「九尾事件」かしらと思うと、綱手が「カツユの術」(カツユを口寄せして、木ノ葉隠れ全土を網羅する医療ネットワークを構築する忍術。カツユが人員を包み込み敵の攻撃を防護する防御系忍術でもある)…つまり、陰・封印解で額に溜め込んだ膨大なチャクラを解放し木ノ葉を九尾の被害から救う一助を為したんではないかしら。

…シズネのアカデミー卒業年次が9歳から4年後の神無毘橋の戦い。その2年後の九尾事件。第三次忍界大戦が終結し、落ち着いたかと思った頃の「九尾事件」。そのドサクサで綱手が逃げちゃったのかな…なんて考えたりします。「血のPTSD」を克服は出来たいなかった筈だから、負傷者を直接の治療できなかっただろうけど、「カツユの術」を発動して仔カツユ達が<ズズズズ…>とやったのを、自来也は綱手に思い出させよう…それが「説教」だと綱手が言ったのかな…なんてね(笑)。綱手の「九尾事件」での実績があったから、ダンゾウが地下に潜る時に「全滅はない」と断言出来たのかな…とも思います。(閑話休題)

で…この時、一緒にいた木ノ葉の忍(一時、イビキさんかと思ったんだけど、よく見たら違った…老眼かしら…そう言えば新聞読む時、ちょっと遠ざけてる?…笑)が、綱手を「三忍」と読んでいるので、半蔵との一戦はどんなに遅くてもダンの戦死の時期…つまり綱手らが27歳以前だった…と特定出来る訳です。弥彦達と遭遇したのが縄樹が死んだ以前で、しかも自来也たちが半蔵に互角の戦いを繰り広げられる時期に、雨隠れでの難民だった頃の弥彦らとの遭遇のタイミングはかなり絞り込まれます。自来也を取り巻く時系列の考察にはミナトも関係していて、それによって弥彦らの時系列はもっと整然として来ます。


「…波風ミナト
確かに似てるな…」(綱手)

「いやミナトは十年に一度の逸材
あれほどの天才はそう生まれてこん
優しい男だったが根性は筋金入り
瞬く間に四代目になった」(自来也)

「親になったことがないから良く分からんが…
あいつがワシの子だったら
さぞかし鼻が高かっただろーの」(自来也)

ナル×ジャン的考察法で自来也にダイヴしてみたところ(第40巻/146-147頁)、自来也がミナトを失った喪失感は、カカシをもってしても、ましてやナルトをもってしても埋まらないくらい深いものだったと思われます。そして、この時、自来也が見せた濃厚な父性はミナトに対する「一点買い」をも感じさせます。加えて、自来也が粛々と「予言」の付託に応える様や、弟子への思い入れ(…消し去る時の悲しみ)などを考え合わせると、同時に並行して弟子を持つ事は自来也は許容しなかった…と思います。と言うのは自来也の弟子は「予言の子」であり、「間違った成長」を遂げた弟子は殺す事が妙木山の「予言」には内包されていたからです。それが両肩にフカサクとシマを降ろした「仙人モード」の真実(監視)でしょう。

またまた余談ですが…「仙人モード」における「融合」(両性の術)は、はっきり言って過ぎたるお節介であると思います。そもそも「正しくなけりゃ殺さにゃいけん」(フカサク)と言うのが妙木山の自分ルールであって、一体、どんな権限があってそんなあんのサ!!と腹立たしくもあり、ナルトに融合しようとしたフカサクを九尾が拒否った時には、拳を握り締めて喜んだものでした(笑)。自来也の「仙人モード」の完成形こそ、親の過ぎたるお節介そのもので、それが自来也の双肩に乗っかってたのは何をか言わんやの過保護っぷりをアピールしているようでおかしいです(笑)。同じ理由でミナトも仙術をマスターしてた可能性はあったけど「融合」は拒絶したフシがあり「ミナトは何故、"黄色い閃光"だったのか?」にまとめてあります。

また、フカサクの「融合」を拒んだ描写では猛り狂う九尾のイメージ(チャクラ)がフカサクを弾き飛ばし、畏れを感じさせていましたが、ナルトはそれに全く無反応で何が起こっているか分からないようでした。つまり、ナルトの意識の及ばない領域での拒否だったと言う事です。ナルトの中に在ってナルトの意識の及ばないところって、八卦の封印式の内側しかないじゃないですか(笑)。多分アレは、フカサクの理不尽な介入に業を煮やしたクシナが八卦の封印式の蛇口をほんの少し開いて、フカサクを追い出したんだと思います。ナルトの面倒は心配してくれなくてもちゃんと見てますから…と言いたげに(笑)。その意味で、八卦の封印式が機能していれば九尾は既にナルトの相棒なのかな…と思えます。同時に、その手厚い配慮にはミナトとクシナがその一命を賭して施した大きな愛を感じました。

「少しの間だが…
お前(長門)だと信じていた…」(自来也)

「さよならだ…」(自来也)

ペイン三体(畜生道・人間道・餓鬼道)を幻術に嵌め石剣で貫く時の自来也の辛そうな唇…(第41巻/179頁)。自来也が輪廻眼に六道仙人の布教した忍教の理念…「安寧秩序」を託された…と思われる長門を「正しき予言の子」と信じたからこそ忍術を三年間も教えた訳で、長門を弟子受けしている期間に並行して他の弟子を取ったり、長門が存命中、或いは消去前に自来也が他の弟子を取るのは、自来也の性格やポリシーを鑑みれば有り得ないと、僕は思います。恋愛じゃないけど…二股かける様な不義理を自来也がしない事は、綱手へのストーカー的な50年(半世紀ですよ!!半世紀)にも及ぶ勢いの粘着に現れてると思うんです。長門を修行後、放免したのは木ノ葉の内部情勢の不穏さが大きく、それでも自来也は三人を遠くから見守っていた筈です。

「あれから数年
お前たちの名をちらほら
聞くようになった
いくつかの紛争で名を売ったが
その後死んだと聞いた…」(自来也)

「先生はあれからの
私たちを知らない」
(小南)

自来也が免許皆伝を与え雨隠れを去ってから数年(第41巻/75頁)、長門の戦死を知った。自来也の事だから自分の目で確かめに行っただろうし、状況から考えれば「どカスでど小物」の半蔵が弥彦を死に追いやり、長門の両脚を奪った「半蔵事件」だったんじゃないかと思います。この一件で長門は「外道魔像」との契約で堕天を余儀なくされ、弥彦の遺した組織と共に闇に消えた…それが”暁”の母体になった…。多分、このタイミングで長門はトビ(或いは黒幕)と出会い、現在の形(システムペイン)を構築した筈です。ま…何れにしても跡形も無く痕跡を消した。それが自来也に長門の死を認定させた…と。そして、綱手一人を愛し続ける自来也の律儀さから、自来也がミナトを弟子受けしたのは、長門を失った…長門の「死」を自来也が認識した以降だったと、僕は考えます。

…と言うのは、自来也の弟子=「予言の子」だから、弟子受けするからには殺す覚悟が最初に無くてはならん訳です。自来也みたいに優しくて暖かい人が、手塩にかけた可愛い弟子を殺めないといけない…その心の「痛み」を考えると、次から次へと弟子受けするのではなく、弟子の成長を見守りながらの取捨選択があったのだと、僕は考えるからです。自来也が長門を「信じていてた」のであれば、長門が「正しき予言の子」であると信じていたと言う事であり、その長門がいるのに殺さねばならない可能性の在る弟子を受ける事を自来也は望まない…望む筈なんかないってばよ!!と、ナル×ジャン的には考えざるを得ないと言う事です。ぶっちゃけ…こんなに萌えちゃう…可愛い仔ミナトを自来也が弟子にしたのは長門が死んでから…だと、僕は考えちゃう訳だ…。



仔ミナトに萌えて何がいけないのサ!!

「飛雷神・仔ミナト~木ノ葉の黄色い閃光」
illustration:Cerberus


「この木ノ葉の里には
毎年多くの忍が生まれ育ち…
生き…戦い……
里を守る為に死んでいく…」
(三代目)

「そんな里の者達は
たとえ血の繋がりがなくとも…
ワシにとっては大切な…大切な…」(三代目)

「家族じゃ!」(三代目)

木ノ葉崩しでの三代目の走馬灯に可愛い「仔ミナト」が登場しています(第14巻/94-95頁)。走馬灯の流れとしてはヒルゼンが後に「三忍」と呼ばれるようになる自来也・綱手・大蛇丸を弟子受けし、三代目火影に就任。その後、一人前になった自来也がミナト(と他に二人の弟子)を弟子受けした…その後、大蛇丸のアンコの弟子受け…と続いて行くんですが、ミナトの横で屈んで枠に収まろうとする自来也の隈取りはかなり長い。弥彦らと会った時<縄樹が死んだ時<三代目の走馬灯で、自来也の時系列と自来也の隈取りが関係しているのであれば、かなりこっち寄り(九尾事件)の回想と言えそうです。そして、この時のミナト…描きながら萌え死にそうでした…。この待画(240×340px/72dpi/jpeg)…ミナトの頬を紅潮させたのは個人的な僕の趣味です(笑)。

ああ…そうさ!!ペドフェリア(幼児性愛者→ペドベロス?)さッ!!、ショタコン(腐的少年愛?)さぁッ!!(笑)←ノ、ノリなので…ご理解を(笑)。正直、萌えました…けど。自分のケータイに飛ばして、待ち受けを見て…何度…何度…<ニタッ>っとした事でしょうか(笑)。ま…その筋の人(←やっぱそうなんですね。分かります)として言わせて貰えるなら10歳程度。もっと幼くてもおかしくない外見であると…その筋の専門家として断言させて下さい(笑)…となると、自来也が長門らを弟子受けし、三年間面倒を見て「あれから数年」して戦死した=「半蔵事件」であるとすれば、かなり窮屈な時系列になる…困りました(笑)。でも、自来也の人間性を考えれば『二股は無い』と信じたいので…。この場合は、弥彦らの自来也との接触した年齢をやや下目に考えて回避する方法しか無いと思います。

或いは…自来也たちが半蔵と殺り合った「三忍命名」の一戦を自来也たちが18歳程度だった…とすると、もう少し整合性が保てるかなーと思います。これは自来也たちの外見年齢からしてギリギリの譲歩であり、半蔵にブラフかまされて、コロッと騙され、退き下がる素直さ的には18歳程度がしっくり来ますし、となれば、綱手が幼い実弟の縄樹(綱手が18歳ならば縄樹は7歳)を心配して、縄樹との天秤は当然、縄樹にガツンと傾きますから、弥彦らを邪険にしたのももっと受け入れ易いです。新進気鋭の忍に対して半蔵が「賞賛」と言うあめ玉と「ブラフ」(はったり)と言うムチで丸め込む手法は「半蔵事件」の長門に対する言葉でも見え隠れしていて、「三忍命名」の一戦と非常に近似しいると、僕は考えています。

まあ、18歳程度で自来也が長門たちを弟子受けした…となればミナトの享年は23歳程度。「半蔵事件」は長門たちが16歳程度の時系列になる筈で一番しっくり来るかも…ッて事は自来也たちは18歳で半蔵と互角の力量があった…半蔵がブラフで逃げたなら既に凌駕していた事になり、その自来也たちに「三忍」と命名する事で自分のネームバリューを上げた狡猾さは半蔵の行いに一貫してて、実は「どカスでど小物」であった山椒魚の半蔵が「はったり」だけで世の中渡ってた事が分かった今は腹立たしさだけがフツフツと湧いて来て、ペイン六道(システムペイン)が半蔵をフルボッコにして全てを無に帰した一件には同情を禁じ得ません(笑)。

当初、7歳程度で弟子入りと考えていましたが、それを6歳として、三年間の修行で9歳。そこから数年で14歳程度で「半蔵(どカスでど小物)事件」があった…そこで自来也が長門の戦死を知ったとすれば、ギリギリ10歳程度でミナトを弟子受けし、ミナトは18~19歳程度で神無毘橋の戦いを経験し、そのまま一気に19~20歳程度で四代目火影に就任。その直後、「九尾事件」が勃発し、20~21歳程度で逝ってしまった…(「波風ミナトは何歳で逝ったのか?」参照)となると言うのがナル×ジャン的な見解であります。弥彦や長門の外見からも「半蔵事件」での年齢は14歳が下限であり、ちょっとキチキチだけど、人間考察…心の襞を考えるナル×ジャンの見解だとこうなってしまいます。

しかし、しかし…ですよ。「半蔵事件」でも長門らが14歳程度(譲歩して16歳)だったとするならば、そんな若者をですよ…いい歳ブッコイタ忍者の頭領の…よりにもよって山椒魚の半蔵なんて自来也がリスペクトするような有名人が、手下を大量に集め、おまけに木ノ葉の暗部まで増援まで呼んで、その上、女子の小南を縄で縛って(縛るのはいろんな意味があって、時に「愛」も存在するんだけど、この場合は違ったみたい…)人質に取って、弥彦を騙した後に、駆け寄った長門には起爆札のトラップを仕掛けてあったなんて…こんな酷い事、どんな脳味噌があったら出来るんでしょうか(笑)。ああ…今考えても腹が立つ!!こんな事ができる大人がいるから悲しみが連鎖してしまうんだ…。きっと…この闇に”真の敵”は潜んでいる…。

「性別は男
年齢は見るかぎり25~30
特徴は鼻に六つ耳に七つのピアスをしています
能力は引力と斥力のような術を使用!」(チョウジ)

…となると、死んだ筈の弥彦の外見年齢の説明が…となるので時系列考察は大変(あまり好きではない…)なんですが…(汗)、例えば…長門の老け具合は「外道魔像」との契約による寿命(生命)の供出で説明できますし、実際死んではいないですから、現状だと40歳程度なのかな…長門は何とでも説明がつきますけど、問題は弥彦ですよね。天道の弥彦が「25~30歳」と言うのは、長門がシステムペインで常にチャクラを供給し続け、それが肉体を活性し、細胞を成長させた…腐らせない為に維持管理した結果…と考えればある程度、納得出来ると思います。普通の経時による成長ではなくもう少し緩やかに変化したと考えれば、天道の現在の外見も一応おかしくはないと思います。

僕は本体の長門が姿を現した時から多脚戦車風の乗り物に乗った…長門が見窄らしく痩せ痩けた無様な格好をしているのに、天道が颯爽と凛々しく美しいのが僕には引っかかっていたんだけど、あれは長門が弥彦を大事にしてた結果だったんじゃないかと思います。長門は弥彦が死んでからも、小南と弥彦の…ただ二人を守りたい…と言う願いを貫き通したんだと思います。だから、自分の事など顧みる余裕など無かった訳です。…それと、小南。小南の年齢ですよね。これまで綱手の忍術なんかもありますが、リアルの世の中でも化粧なのか変装なのかで(笑)……ま…苦節ウン年…可愛い悪魔に翻弄される人生を送って参りましたが…女子の年齢だけは未だに良く理解ができかねておりまs(ry




    
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波風ミナトは何歳で逝ったのか?

 
「自来也VSペイン」がいよいよ佳境です(汗)。

既に自来也の左腕はもぎ取られてしまった。三人のペインを二大仙人の幻術を駆使してやっつけたかにみえましたが、更に倍の6人のペインが目の前に勢揃いしてしまいました。自来也、大ピンチです!風前の灯火(ともしび)です(汗)。

でも、そんな中で、いろんな情報が判って来ました。特に気になったのは、自来也がペイン(弐)に言った台詞。この台詞から、実はこれまで謎だった、ある事が解明されるんではないかと…仄かな期待を寄せているんです。

「少しの間だが…お前だと信じていた…さよならだ…」

自来也が我が身を裂くような痛みを感じながら、三人のペインを殺しす時に告げた別れです(第379話「自来也の選択!!」)。これは大ガマ仙人の掲示にある「世にそれまでにない安定をもたらすか…破滅をもたらすか」の"安定をもたらす"変革者こそが、長門だと自来也が信じていた…と言う内容の言葉であると、僕は考えています。

「少しの間」と言う文言に関して、自来也が皆伝を与え、三人の元を去り、その後、紛争で名を上げるも三人とも戦死…までを指し示す言葉であると考えています。自来也は長門の"輪廻眼"を含む能力や素養を非常に高く評価しており、同時に「ボクはただ二人を守りたい」と言いながら涙を流す「優しさ」を信用していました。それが戦死したと聞き及び、落胆したものと思います。

自来也はどスケベで、いい加減そうに見えますが、根は非常に生真面目で律儀な良い子なのです(笑)。自来也がペインと交わす言葉の重さや雰囲気から、自来也はその言葉通り、「少しの間」=「長門が戦死するまで」次の弟子は取らなかったんじゃないか?と僕は考えたいな…と思いました。自来也の予想(安定をもたらす)が「鉄板」とすれば、長門は良き"役割"を担う「変革者」ですから、それと逆のベクトルを持つ事になるかも知れない…次の「弟子」を取る必要は無いわけです。

自来也は長門たちと別れてからは弟子を取らなかった…?

木の葉崩しに於ける三代目回想(走馬灯)の中のミナトを含む自来也とその弟子達の描写から、長門たちを弟子受けしたのはその前(自来也が若い)と考えています。自来也は長門たちの戦死を聞き及び、失意の中でミナトに出会った…。それは「地獄に仏」の光明のような出会いだったんじゃないでしょうか。仮に、自来也がミナトを弟子受けしたのは、長門達の訃報を聞いてから…だと仮定して考察を進めてみます。

自来也のペインとの交戦の中での台詞の「主流忍術全てに精通した力を持ち…十歳にしてあらゆる術を使いこなした…!」(第375話「二大仙人…!!」)から、皆伝(卒業)が10歳で、「これからはお前たちだけでやっていけ。この三年間、良く頑張ったの」(第373話「師弟時代…!!」)と上手く符合し、三人の修行期間が3年間と特定されると思います。つまり7歳から10歳まで、自来也は長門たちと修行をした。あの庵(いおり)で一緒に暮らした。

難民だった三人と出会った自来也たちも相当に若い外見だったし、縄樹の戦死が綱手(=自来也=大蛇丸)が23歳なんですが、綱手の雰囲気から、この出合いは、それ以前の出来事と想像されます(後述)。細かな流れは図案にまとめてあるので、それを参照してみて下さい。

しかも、27歳(綱手=自来也=大蛇丸=ダン)のダンの戦死の時には「たとえ三忍と呼ばれる綱手の医療忍術を…」(18巻/142頁)と言う描写も残っていますから、"山椒魚の半蔵"との戦いは縄樹の死とダンの死の間にあると、僕は考えます。

綱手が「血」のPTSDに陥ったのは、ダンの死によりますし、縄樹の死後、三代目との口論(ダンとの出会いでもある)するくらいのお転婆(元気=闘える)だった描写が残っています。「ンだと、コラ、じじい!」(18巻/138頁)の吠えっぷりです(笑)。

また、半蔵は雨隠れの里影の筈ですから、その敵対勢力である自来也が、この期間に雨隠れの難民である三人の子供と共に暮らし修行していたと、僕には考えられない。綱手だって、縄樹(享年12歳)が戦死した後に、似た年頃(推定7~8歳)の子供たちを見て、あんな冷たい態度(「はっ!?」みたいな…)は取れないでしょう(汗)。いくらなんでも…。

縄樹の戦死からダンの戦死までの4年間に、雨隠れの修行時代が多少かかる想定も、自来也の蝦蟇を使った時空間忍術による遠距離の移動が可能である事から、縄樹の死体安置所に自来也が居合せた事も一応の整合性を得る事はできますが、少なくとも山椒魚の半蔵と自来也たちの衝突(「三忍」の命名)はダブらないと考えます。半蔵との一戦は、局地戦と言うよりは大掛かりな総力戦のような戦いでしたし、その時期に自来也が敵国で敵の忍に修行をつけるのは考え難いです。

自来也と三人の子供たちの修行期間は3年ですから、縄樹の戦死の3年以上前に自来也と長門たちは出会っている…とするのがしっくり来ます。かと言って、あの雨の難民と出会った自来也は、15や16の今のナルトくらいの歳の頃でもなかったので、縄樹の戦死からそれ程離れた時期でもない…と考えられます。また、自来也が綱手や大蛇丸と他国に於ける行動する「三忍」への過渡期(笑)にあったとすれば、この時期は半蔵との対決により近い方がしっくり来るし、実力も相当に高まっている必要もあります。

つまり、自来也が20歳の頃、長門を弟子受けした。

自来也が雨隠れの三人の子供達と別れた頃から忍界大戦もその大きさを拡大して行き、縄樹のような忍者に成り立て(下忍)までが最前線に送り込まれる状況になった…と考えると、長門とちとスパッと縁を切った自来也が状況判断したとも思えて来ますし、それが、その後の山椒魚の半蔵"との衝突による「三忍」の命名のエピソードにも上手く繋がると思います。また、各地の紛争が活発化する中で、長門たちが散って行った状況も受け入れやすいです。

一方、神無毘橋の戦いでのミナトとカカシの描写を観察すると、当たり前ですが、12歳のカカシよりもミナトは明らかに年長であります。聡明な物言い。凛とした態度。蕩々と湧き出るような自信をたたえた眼差し。ミナトにはあの時点で「木の葉の黄色い稲妻」と言う通り名すらありました。既に、かなりの実戦経験があった事が示された描写がテンコ盛りでした(笑)。

カカシは5歳でアカデミー卒業。6歳で中忍昇格。その後、7歳で父・サクモ(木の葉の白い牙)の自死を経て、12歳で上忍に昇格しています。ミナトに師事したのは5歳から12歳までの間であったと思われますが、その内のどの時期に二人が出会ったかは特定できていません。僕の妄想では、7歳の父の自死でやさぐれた後、暫くして…となっています(笑)。一度、堕ちるところまで堕ちたカカシがミナトとの出会いによって再生した…と思いたいのです(笑)。多分、コンビニでアンパンを盗んだりしてた…と(笑)。

第一部終了から15年前に神無毘橋の戦いがあり、それを機に忍界大戦が閉じて行った…。そして、そこでの武勲が評価され、ミナトが四代目・火影に選抜された。そして、九尾事件があった。九尾事件がナルトの誕生日ですから、第一部終了から13年前。この時、三忍は38歳。カカシは14歳。

じゃ、ミナトは『九尾事件』で、何歳だったんでしょうか。

ミナトは何歳で逝ったのか?

先に考察したように、自来也は長門を"安定をもたらす"変革者と信じていましたから、その死を受け入れるまで次の弟子は取らなかった…と言う仮説を受け入れて考えます。自来也の長門たちとの別れが、自来也が23歳(縄樹の戦死の時期には自来也は木の葉に居た…)とすると、それ以降になると考えられます。具体的には、自来也はミナトを九尾事件の14年前に弟子受けした事になると、僕は考えます(奇しくもカカシが生まれた年です)。

また、アカデミーの卒業年齢は優秀な子で6歳程度(カカシは特殊です。サクモの"超英才教育"の賜物です)ですから、卒業後、即、師事したとして、14年を足すと20歳になる。アカデミーの卒業年次や自来也との出会いの時期がズレればもう少し年齢もかさむでしょうが、どっちにしても「優しい男だったが根性は筋金入り。瞬く間に四代目になった」(第367話「イタチとサスケ」)と言う自来也の言葉からは、相当、スピーディに出世して行った事を窺わせます。かなり若年臭い…気がします。

九尾事件の時、ミナトは20歳だった!

意外にも若い!!なら、神無毘橋でカカシと行動していたミナトは18歳だった?!事になります。余りにもしっかりした18歳です。コンビニの前でしゃがんでお菓子食べてても良いくらいなんだけど、相当に大人びてましたね。でも、12歳のカカシと18歳のミナトの対比を考えると、カカシ外伝の描写は外れてないと思います。これにイタチなんかが絡んで来るとまた判らなくなっただろうけど…(笑)。

ま、長門たちの弟子受けから別れの3年間が多少、向こう(若い頃)にシフトすれば、ミナトの年齢は若干アップするでしょうが、それでも、うら若き20歳代前半。行っても22〜23歳くらいでしょう。そのくらい若くしてミナトは上り詰め、夭折してしまったのです。ついでに(笑)、クシナと愛し合い、ナルトを遺したのです。

ミナトは戦局を一気にひっくり返すような力を持ってはいましたが、それに溺れない「強き心」を持っていました。神無毘橋のカカシ・リン・オビトを前にした公平で凛とした態度には、その人徳を充分に感じさせます。このミナトの存在は自来也にとって救いを感じた事でしょう。長門を無くしてしまった落胆を払拭するに値する存在だったと思います。自来也は今度こそ、"安定をもたらす"であろう「予言の子」に会えたと感謝したのではないでしょうか?

そう言う空気を吸い込んだ上で、『九尾事件』を見ると、その味わいも大きく違って来ます。巻き物蝦蟇が「ナルトの鍵」を写し取って、自分の元に訪れ、「蔵入り」を申し出た。それが意味する事…つまり、自来也に告げられたミナトの「死」の報告だった。自来也が、ミナトを失ってしまった悔恨は想像できないくらい大きいです。自来也は蝦蟇から聞かされ(全てを知り)慌てて駆け付けたが、全ては終わった後…だった。

「カカシはともかく、首飾りまでやってはいるが、ナルトはまだまだだ」

自来也はナルトの評価に対してはかなり厳しいです(第367話「イタチとサスケ」)。それは、ナルトが、ミナトの子供であり、残された最後の自来也の「弟子」だからです。ナルトが世界の行く末に関わるような「予言の子」であると、自来也が考えてるんだと、僕は考えています(ハァハァ…)。だから、自来也はナルトに対しては厳しいのです。それは、自来也がミナトと基準にナルトを考えているからなんです。

非常に余談になりますが(汗)、それとは別に、この台詞の下線部の文言の「首飾り」は何を意味するんでしょうか?九尾のチャクラをコントロールする為以外にも何かの必要性があるかのように感じさせますよね。何処かで描写があったけど、あの首飾りは初代のチャクラの結晶(?)の筈。ボソッと出たけど、大きな伏線かも知れません。

そして、今、ペインの正体を探るべく単身潜入している自来也の行動も理解できます。自来也はミナトに済まない気持ちで一杯なんだと思います。自来也は何をしてるか判らないで疑われる事もしばしばあったけど(笑)、実は、必死になって自分の使命を果たそうとしていたんですね。真面目に頑張る実直なおじさんだったんですね(汗)。自来也は一生懸命だったんです。

「師匠」として、「導く者」として、「選択者」として…。

で、蛇足ですが…(汗)。自来也は「選択者」として、自分の弟子が「破滅もたらす」変革者の場合は消去して来た事になります。そこで、あの三代目の走馬灯のミナトの同期の弟子二人です。あの二人はどうなったんでしょうか?自来也の弟子だったら、予言に関係して来ますから、出て来ない…という事は、死んでしまったか…それとも…、

自来也が殺したか…

そして、今、自来也は「お…お前は…」と、驚いています。何かを目の前にしている…筈。僕は誰かが出て来たと考えてます。あの六人の中に誰かを見い出したんではなくて、第三者が現れたと想像しています。

僕は「ペイン(壱)=弥彦」とは思わない派なんです。小南のペイン(壱)との関わりが上手く繋がらないのが、その根拠です。小南はペイン(壱)に弥彦を感じているようには、どうしても見えないから。小南の声はペイン(壱)を通り越してどっかに行ってる…みたいな、違和感があるんです。

ここで、三代目の「走馬灯」の自来也の弟子(しかし、この回想のミナトは可愛い!!もう、萌え死にそうです…脂汗)の残りの二人(のどっちか?)が、「予言の子」として登場なんてしないでしょうか?何てね…ないかな…(笑)。大仏が「黒幕」と言う案。でも、自来也の弟子と言う意味は小さくはないから…ね。

それか…大穴?(笑)
実は『大蛇丸は本当に死んだのか?』もまとめ中です…(汗)うまく書けるかしら…。

   
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忍者登録番号による考証を試みる!

 
カカシの年齢の読み取りの間違いに気付いて(←正確には「教えてもらった」んだけど、こっ恥ずかしいので今後は「管理者にだけ表示を許可する」にチェックして教えて下さい。ナル×ジャンもアクセス数が多くなったので、赤面じゃ済まなくなってますんで…そこは、ひとつ…ヨロシク…汗)、「闘の書」(キャラクターオフィシャルデータBOOK)を再確認しました。

注目したのは「忍者登録番号」です。僕は考察する上で、この番号を軽視していた面があります。イルカ先生の番号が「臨」(011450)と「闘」(011850)で番号が矛盾する点を指摘する見解があったから、そんなに意味がないんだろうと、高を括っていました。エクセルが手元になかったので、エディターに平打ちで並べましたが、それでも面白い事が解りました。「闘の書」に関して、それも「ザッ」とですが、かなり整合性がある内容である事が解りました。

ついでに、これまで「薄ら」とぼやけてた部分も浮き上がってきて、宛ら(警察の)「鑑識」の指紋採りのような気分です。しかし、この情報量は…キッシー独りで到底、まとめられる量じゃない。恐らく、編集の担当者が頑張ったんだろうなァ…と感心してしまいます。こんな場末の考察ブログのヘボ記述ですら、ほんの数カ月の蓄積で数々の矛盾が発生するのに、原作のあの量とクオリティを考えると、商売と言う事を差し引いても恐れ入ります。相当、賢いです。

具体的には『忍者登録番号―氏名―生年月日―アカデミー卒業時の年齢―中忍昇格時の年齢―第一部終了時点の年齢(享年/この場合、外の数字は第一部終了時点の仮想年齢)』を列記(平打ち)して、その昇べきに並べて検討しました。実際に、その「流れ」を検討して行きましょう。第一部終了時点までの統計(「闘の書」引用)が主で、部分的にしか第二部の設定は加味していませんので…。

000261―三代目.火影―0208―不明―不明―69(69)

初代/二代目が不明だらけで割愛しました。「闘の書」に限定して、その中の木の葉の忍の情報だけを抽出しています。猿飛が十代前半くらいの子供の頃、既に初代や二代目はしっかりした風格のある大人だったから、そこから推察して木の葉の誕生(初代)はその少し前(20年以内程度)かな…と類推できると思います。戦乱の世で、火影と言う立場に二度までも立ちながら、猿飛は長生きできたな…と逆に感心してしまいます。

002300―大蛇丸―1027―06―不明―51

002301―自来也―1111―06―不明―51

002302―綱 手―0802―06―不明―51

後に「三忍」と山椒魚の半蔵に命名される事になる木の葉の伝説の忍。三人とも仲良く登録番号が並んでいますね。この並び方を見て、卒業試験の結果によって成績の良い順に番号が付与されるシステムなのかな?と感じました。実技試験だけでなく、筆記試験もあったから、自来也は綱手の前に来れた?一応の面目を保てた。でも、大蛇丸の背中を見ていた。憧れてた…。そんな情景が浮かんで来ました。自来也とナルトは似てるけど、自来也はインテリでした。その賢さがアダになった。考えが先に立つと上手く行かない事ってあるのかもね。ナルトはそこが違うのが、この物語の「救い」になってる気がします。しかし、僅か6歳でのアカデミー卒業は早い!

002973―ダン―1204―10―不明―不明(27)

さて、ダンです。この死亡年次の特定は「NARUTO-ナルト-」の時系列考察でも大きな障壁の一つだと思います。アカデミーで教鞭(?)をとる三代目の講議で二人は一緒に学んでいます。医療忍術の必要性を軽視する猿飛に、綱手が「ンだとコラじじい!」(18巻/138頁)で凄んでいましたね。きっと、綱手は縄樹の死でナーバスになっていた時期なんでしょう。決して口が悪いとか、はしたないなんてことは…(笑)。

ダンの忍者登録番号が綱手のと600番ほど跳んでいますが、アカデミー卒業時の年齢が綱手6歳に対してダン10歳ですので、意外に年齢が近いかも知れません。ダンは綱手を「君」と呼んでいるので、同じ歳か、ダンが一つくらい歳上の可能性を感じます。綱手に対して静かで大人しい雰囲気がありますね。綱手は面食いだった…ホストクラブにハマるタイプだと思います。

ダンの戦死は縄樹の死後で、「たとえ三忍と呼ばれる綱手の医療忍術を駆使しても」(18巻/142頁)のイビキ(?)の台詞を取り込むと、半蔵との闘い以降に特定されます(半蔵と対峙できた時点で「血」のPTSD以前と判断されます)。僕の考察では綱手の様子から察して、綱手達が弥彦・小南・長門の三人の難民と出会うのは縄樹やダンの死の前と考えているので、これらを組み合わせば、かなり絞り込めるんではないでしょうか。

004086―うちはフガク―0816―不明―不明―45(40)

005159―日向ヒアシ―0108―不明―不明―42

005348―うちはミコト―0601―不明―不明―40(35)

005350―縄 樹―0809―不明―不明―不明(12)

僕の大好きなミコトママと縄樹が意外にも年代が近い事に気付きます。忍者登録番号が擦ってますよね。縄樹が猛烈に優秀な成績ではなかった…とするなら、年齢もそれほど大きく外れない筈です。もしかしたら同期生。ミコトママの若い時の回想…10回連続でやってくれないかな…(汗)。

仮に第一部終了時の年齢を、縄樹40歳(ミコトとタメ)、ダン51歳(綱手とタメ)と仮定すれば、二人の享年からダンの戦死は24年前(=51-27)。縄樹が28年前(=40-12)と言う事になると仮説が立てられると思います。二人の死は4年程度の間隔があったと考えられると言う事です。縄樹やダンの年齢の受け取り方で多少は転ぶと思いますが、大きくは外れてない数字だと思います。

大雑把ですが、これを起点にして、三人の難民との出合いは縄樹の死の前とすれば、綱手たちが23歳以前となり、半蔵との出会いのタイミング(「三忍」の命名。難民と出会った時は三忍と呼ばれていた)や、綱手の態度や自来也の難民三人の修行の(長過ぎるとも思える)「三年」ともかなり上手く符合します。縄樹の死体安置所での描写があるので、自来也と子供たちとの生活の形態(フルタイム/パートタイム)にも関わる考察の材料としても興味深いです。

005480―油女シビ―0907―不明―不明―39

005490―秋道チョウザ―0422―不明―不明―38

005491―奈良シカク―0716―不明―不明―36

005492―山中いのいち―0124―不明―不明―38

007350―犬塚ツメ―0812―不明―不明―36

009091―奈良ヨシノ―0224―不明―不明―36

ナルトたちの親の世代に当たる団塊(クラスター)です。シカクの年齢が2歳下とやや若いにも関わらず、他と同列(同じ歳のツメやヨシノと番号がかなり離れてる)登録番号にある事は、シカマルの12歳での中忍昇格にも符合して、非常にしっくり来る設定だと思います。この数字を見た時に、このプロフィールのデータの信頼性を感じたと言っても良いです。この部分は考証がかなり厳格に取られた痕跡だと思います。

ナルトの親世代と言うことで、ミナトもこの辺りかな…とジワッと考えるに至っています。神無毘橋の戦いでのカカシとの対比からしても、妥当かな…と思います。また、登場人物の密度から考えて、この年代の前に世代が疎になっているのは、忍界大戦の影響かな?とも思います。「何せ木の葉も今や未曾有の戦力不足だからね」(27巻/73頁)と言うミナトの台詞からも、忍界大戦で疲弊した木の葉の事情が窺い知れます。

余談ですが、この台詞は、他の二人を差し置いて、年下の!(そうカカシはリンやオビトの年下だったのです!)カカシが上忍に昇格した事に対するオブラートになっていて、ミナトの心根の優しさを示す描写だと、僕は考えています。こう言う心遣いはなかなか出来ないものです。どんなに「力」を持ったとしても、謙ったものの考え方ができる人は素晴らしいと思います。こう言う描写にミナトの人望の厚さ感じてしまいます。

009717―並足ライドウ―0828―不明―不明―32

009720―はたけカカシ―0915―05―06―27

さて、本丸です(笑)。カカシは第一部終了で、27歳なんですね。あんまり落ち着いてるんで、てっきり30歳超えてるものと勘違いしてました(汗)。僕の少し下かな…くらいに思っていて、一方ならぬ感情移入をしていまして、ホントに失礼をばブッコキました(笑)。

カカシは5歳でアカデミー卒業。6歳で中忍。これだけ見れば三忍をも凌ぐ優秀さです。ミナトの「カカシは"木の葉の白い牙"と恐れられた天災忍者、はたけサクモさんの息子でね…その親父さんの前では"伝説の三忍"の名すらかすむほどだった…」(27巻/103頁)と言う台詞から、サクモは相当の忍だった。そして、そのサクモによる超英才教育の痕跡を感じます。カカシの中忍昇格の後、サクモは自死しましが、それがなければ、カカシの上忍昇格はもっと早かったかも知れません。

カカシの他の考察(仔カカシ)に示していますが、多分、ミナトとの出合いによってカカシは支えられたものと考えられます。カカシの上忍昇格は12歳です。これが神無毘橋のミナト班の行動の最初の設定で、オビトの享年13歳からの推測の結果になります。そう言う目で見ると(おかしなもので)、カカシに対するオビトの言葉遣いや、体格の差が非常にしっくり来ます(笑)。また、リンのカカシに対する態度や視線もより深く納得できる。これは、僕にとっては大きな発見です。

この12歳が何に効くかと言うと、九尾事件です。神無毘橋の闘いから約2年程度のスペースが確保できますから、大戦の終戦からミナトの火影就任へのスロープが緩やかになります。14歳だとほぼ神無毘橋の直後に九尾事件がないと繋がらなかったりします。それがドラマチックではあるんですが…。きっと、キッシーも「そこ違うんだけど…」とやきもきしてたと思います。スミマセンでした(滝汗)。

それと、黒刀のライドウ(ちなみに、僕が勝手に考えた「通り名」ですんで…あしからず)が結構、良い歳である事に気付いて感情移入です。無意識の内に魂が惹かれて弄ってたんですね(笑)。あの角都を驚かせた「突き」はカッコ良かったです。実は僕のお気に入りのキャラだったりします。この上は、自来也の身替わりに華と散って…(脂汗)。

010203―不知火ゲンマ―0717―10―13―30

010252―マイト・ガイ―0101―07―11―27

ガイのアカデミー卒業時の年齢にも非常に大きな説得力を感じてしまいます。超天才の超英才教育を受けたカカシの背中を常に追い続けた普段の努力、自分ルールの執拗な励行の末の、血の滲むような7歳の卒業だと思われます。忍者としての「格」では、カカシの方が一枚も二枚も上手であると、僕は分析していますが、カカシは全忍中、誰よりもガイを信頼していると思います。ガイの暑苦しさに屈したのではなく、カカシはガイの弛まない努力を知っているのです。

描写的にはその痕跡は嫌と言うほど残っているので、それにスポットライトを当てた考察にまとめようと思います。しかし、この二人の関係は他の考察をやられてる方々に相当発掘されていて、それとどう差別化するかが、腕の見せ所なんです。僕が感じる「カカシとガイ」じゃないと意味がない。二人のピュアさが、そのアダになっています。誰が見ても、二人は信頼しあってますから…書き易いが故に難しい課題でもあります。

010800―シズネ―1118―09―13―28

010829―猿飛アスマ―1018―09―12―28

010881―夕日紅―0611―09―13―28

010885―リン―1115―09―11―28?(不明)

010886―うちはオビト―0210―09―11―28?(13)


カカシの同年代…1歳上のクラスターです。ちょうど、ナルトの同期に対するネジやリーみたいな存在でしょうか。忍者登録番号の分析で、オビトやリンがこの団塊に含まれる事が判明しました。忍者登録番号に関しては、オビトとリンは連番です。アカデミー時代からの旧知の仲と言う事です。この頃から、オビトはリンに「ホの字」駄ったのです(笑)。オビトの事だから自分から勇気を出して告る訳でもなく、特に優しくするでもなく、想い続けてたんだろうと思います。

そして、ミナト班で三人は合流した。リンはカカシのスノッブ(孤高)で繊細な雰囲気に「ズキュンッ!!」とイチコロだったんだと思います。しかも、一つ年下で、母性本能が刺激されまくりーの、案外、華奢な体躯に萌えてしまったのかも知れません(個人的妄想の暴走…)。その有り様を奥歯をギリギリ擦り合わせながら見せられたのがオビトです。既にストーカーみたいな恋愛感情にあったオビトにとってはカカシは「火に油」(汗)、「水に油」でお互いに弾き合う関係に突入して行く事になるのです。

恐らく、こんな感じの出会いだったので、「大蛇丸と自来也」や「サスケとナルト」みたいな関係ではなかった。それがカカシにとっては「物足りない」と感じられたのかも知れません。カカシにはガイと言う好敵手が別に居ましたし、オビトはそれとは全く違う存在だったでしょう。ある意味、カカシの人生すら決してしまうような、大きな存在。オビトはかかしにとって「ソウルメイト」とも言えるような…大いなる存在。それに気付けなかった。気付ける筈もなかった。これが人生の「彩」(あや)と言うものなのでしょうか…。

011850―うみのイルカ―0526―11―16―23

イルカ先生はカカシ達の団塊からやや後の存在です。登場人物中やや疎の部分にいます。物語でも何故か三代目との関係が深く、僕の内部的には「謎」に満ちた存在です。まさかナルトを裏切るなんて事はないとは思いますが、ナルトには話せないような職責をもっているか?そんな活動をしていた「臭い」は激しく感じています。何故だか、腐的なカカシとの関係性にはピクリとも反応しません。そっちで言うなら、ガイかな…と感じてしまう(汗)。それもキショイか…(汗)。なかった方向で…

012110―うちはイタチ―0609―07―10―18

012140―薬師カブト―0229―10―不明―20

012161―卯月夕顔―1103―不明―不明―22

012368―犬塚ハナ―0413―不明―不明―18

僕の大好きな夕顔ちゃんとイタチの登録番号が接近しています(キッ!!)。特に意味はないんですが、カブトも居ますね。夕顔って22歳なんだ…。今まであんまり年齢を重視せずに考察ってたので、新鮮に感じられます。

ちなみに、月光ハヤテが「臨の書」によれば…忍者登録番号『011671』で23歳だからイルカ先生と近いですね。二人はいつ頃から「恋仲」だったんでしょうか?それに夕顔ちゃんは暗部だし…。「君みたいな娘が…こんな仕事してちゃ…いけない…」と、お酒が入ったらきっと言ってしまう…(それじゃまるでスケベ親父じゃないかーッ…汗)。「臨の書」も統合して考えると、もっと精度上がるかもね。時間を見つけてやってみます。

012561―ロック・リー―1127―12―不明―14

012573―テンテン―0309―12―不明―14

012587―日向ネジ―0703―12―不明―14

思えば、ナルトたちがお初で参加した中忍試験で三人は待ち受ける側だったんですよね。しかし、それ以降のネジの進化っぷりは目を見張りますね。第二部では既に上忍ですから…(シカマル情報)。これはナルトとの闘いで自己を認識(アイデンティティ)できた事。それに合わせて本家(ヒアシ)との瓦解が大きな原因だと思われます。第一部の仕舞いにはヒアシと宗家の屋敷で稽古に励んでいましたね。あれは目頭が熱くなったシーンなんですが、お互いを見つめ合う。認め合う…と言う事の尊さを感じる素晴らしいカットでした。

リーは我愛羅との一戦で負傷して遅れはとったものの、ちゃんと再生しているものと思います。「オレらの同期で中忍になっていないの、お前だけだぜ」(28巻/54頁)と言うシカマルの言葉から察すれば、その一年上のリーも中忍になっている事でしょう。リーはガイの生き写しですから、努力は惜しまない筈です。ガイの愛はリーだけに向かっている。この傾向はカカシと明らかに違う。カカシとガイの関係考察の突破口になるかも知れません。

それにしても、テンテンが微妙(汗)。これと、いのはかなり微妙です。今の所、存在意義を感じてない(笑)。何かを示してくれる時が来るんだろうか…。

012601―春野サクラ―0328―12―不明―13

012604―山中いの―0923―12―不明―13

012606―うちはサスケ―0723―12―不明―13

012607―うずまきナルト―1010―12―不明―13


012611―奈良シカマル―0922―12―12―13

012612―日向ヒナタ―1227―12―不明―13

012618―油女シノ―0123―12―不明―13

012620―犬塚キバ―0707―12―不明―13

012625―秋道チョウジ―0501―12―不明―13

サスケとナルトの忍者登録番号が並んでますね。欲を言うとこれにサクラも並べて欲しかったんだけど、サクラは学業優秀みたいだったから、それを汲んだ設定でしょう。順番が成績の序列だとするなら、シカマルは相当「三味線」をひいている(笑)。きっと、競走とか、一生懸命とか「めんどくせー」と思ってたんでしょう。しかし、一発目の中忍試験で、シカマルを中忍に選抜したのは、木の葉の中忍選抜に関わるメンバーは「人」をしっかりと見る目を持っていると思う。

リアルの会社や学校(偏差値)において、管理の主体は「数字」になっている…と僕は感じています。能力や結果のデータ化(数字)は正確で絶対とも思える管理方法だけど、人には数字にならない能力とか魅力があるのです。今、世の中の蔓延る「数字至上主義」(笑)はそれに気付いていない。数字に頼る事で、自分の目で「人」を確かめる努力を放棄しているとも言える。

シカマルの場合はその数字すら偽っていたんですが、それを見逃さない木の葉は偉いと思いました。あの中忍試験でシカマルの「人」に目を向けた。見逃さなかった。それは見る側の「人」もしっかりと確立している事を意味します。やはり、命をかける戦場では「実質」が重視されるべきなんでしょう。非常に合理的な描写だと思います。見習わねばとも感じる澄んだ「切り口」だと思いました。

と、まあ、ザックリとまとめてみました。この情報に「臨の書」のデータも加味して更に考証を重ねてみようと思います。年齢と時系列の関係はかなりスッキリと解決できたと思います。同時に、キッシーに作り込みの深さを再確認もできたと思います。充分に考えられた設定だと思います。

もっとも、僕はこう言う、ややもすると「間違い探し」みたいな考察はあまり得意でもなくて、好きでもありません。ナル×ジャンにしても、僕が感じる事。考える事を一方的に吐き出したい為にやっている「表現」に過ぎないので、他所様の記述の内容と整合性をとるなどと言う事は決してやりません。意味も感じないし、興味もないです。

僕の書いた事で、誰かが苦しんだり、死んでしまったりしてはいけないけど、どんなに頑張ってもそこまでの影響力は持てないと思います(笑)。だから、多少の間違いとか、不合理はスルーして欲しいです。僕の表現が不自由になるのを、僕自身が真剣に恐れています。思う事を思うまま。感じる事を感じるままに「表現」していたいと思っています。

でも、アクセス数も相当に増えて来て、僕の書く考察を楽しみにしてくれる人も居るし、ある程度の責任も感じます。実は「ナル×ジャン」のトップにあるカウンターはそれほど正確じゃなくて、実はあれの三割増し程度のユニークアクセス(重複しないアクセス)が日々あります。多い時は1000人以上の人が閲覧(アクセス)してる事になります。多くの人が来てくれてる。精密でしっかりした考察を発表する義務も僕には既に発生していると感じています。

 
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