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自来也の苦悩

 


「予言」とは何だったのか?(序)

シマ(壱)

弥彦・小南・長門(弐)

フカサク(参)


ミナトとクシナ(前編)(四)

予言・大ガマ仙人(余

ミナトとクシナ(後編)(伍)

自来也(六)

「これから…」(終)

自来也が沈んだ時を今も生々しく覚えている。
あの時、ネットが震えた…震えていた。

  
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自来也は何故、木ノ葉の額当てをしないのか?


アニナルの1時間SP自来也雨隠れ潜入編の感想を書こうと思ってたんですが…第368話「情報収集」(オエオエ君による雨隠れ潜入)~第374話「神への成長!!」(ガマケンさんの登場まで)の感想で書き尽くした部分でして…今さら…の気持ちが強くて(笑)。週刊の6話分を前回の自来也SPと今回のSPで一挙に出し尽くす太っ腹で、先急いでる感は否めない(汗)。オイオイ…こっちも仕舞いに掛かってるのかよと心配になってしまいました。アニナルは余り観ないんだけど、OPのアニメは凄く良いと思います。きっと本編を読み尽くしてるご同輩には自来也編~イタサス編粗筋に見える筈です。それくらい凝縮されたメッセージだと思います。イタチの万華鏡とか、ラストのナルトの涙お腹一杯になる傑作OPだと思います。あと、手綱ちゃん…あれはアニナルスタッフも重々、自来也の『おっぱい星人』を認識してる自己提示で、なかなかやるじゃないか!!…と(笑)。

「どうだ?」(畜生道)

「……自来也よ」(小南)

「………
「そうか…自来也先生か
懐かしい」
(畜生道)

「どうする?ペイン」(小南)

「もちろん殺る
今さら未練も無いだろう…
侵入者を殺すために
この体で出張ってきたんだ」
(畜生道)

雨隠れ潜入編でのペイン・畜生道の機微に注目してみましょう(第41巻/35-37頁)。小南が自来也を発見し、畜生道に報告するんですが、その時、畜生道がメチャクチャ懐かしがるんです…。空を見上げるように、何とも言えない目付きで「自来也先生」と言うシーン。アニナルではその周辺のセリフがやや肉付けされていて、それが畜生道の表情に絶妙にマッチして胸に迫りました。この後の展開で畜生道が口寄せ専門で、人間道と餓鬼道を増員する口寄せをするので、この時、畜生道が「この体で…」と言うのが、戦術としての「口寄せの術」を重視したものかしら…と当時考えたんですが、どうもしっくり来ない。もしかしたら、畜生道で出張ったのには別の意味があったかも知れない…そんな疑念がムクムクと…(汗)。


「殺す?この子たち」(大蛇丸)

「なっ!」(弥彦)

「ずいぶん戦争孤児
見てきたけど惨いものよ
いっそのことここで殺してやるのが
この子たちにとっても……」
(大蛇丸)

「よせ大蛇丸!
…お前は綱手と先に帰ってろ
ワシはしばらくこいつらの
面倒を見る」
(自来也)

「はぁ!?」(綱手)

「多少自立が出来るようになるまでだが
これがせめてもの償いだ」(自来也)

長門は自来也に大いに感謝している…(第41巻/53-54頁)。それは確かに動かない事実だと思います。確かに、大蛇丸の「殺す?」「愛」だけど、自来也なんか3年間も弥彦、小南、長門に忍術修行して野たれ死に寸前の難民の子供の自立支援してくれたんですから!!3年間だけ教えて、後は野となれ山となれ…で放り出した点には些かの黒さも感じはしますが、一応忍術を皆伝し、長門には「平和」を託した訳で、これも予言の付託があったればこその苦渋の選択であると受け入れましょう。ま…その直後の弟子であるミナト以降、妙木山との口寄せの一括契約を結んで手厚く庇護した変節もありまして…しかし、口寄せ契約自体が「運命」に基づく提示(自来也SP)もあって、解釈が混沌としてる部分も残していますが…。


「あれから数年
お前たちの名をちらほら聞くようになった
いくつかの紛争で名を売ったが
その後死んだと聞いた…」(自来也)

「先生はあれからの私たちを知らない」(小南)

「確かに知らないがのォ
"暁"のやっとることは間違っとる!」(自来也)

「それが自分で考えた結論ですよ…
自来也先生」(畜生道)

「外見はだいぶ変わったが
その眼…やはりお前がペインだったか…長門
正しい成長はしてないようだの…
何かあったか?」(自来也)

自来也の「そりゃァちょっと冷たいんじゃねーの?」なセリフに小南が噛み付く…例のドロドロの緊縛シーンの濡れ場…(汗)(第41巻/75-77頁)。自来也もその冷たさを「確かに知らないがのォ」と容認する辺り、やっぱ黒いわ…と思えます。そして、そこに「この体で出張った…」の畜生道が髪の毛を逆立てて登場する訳です。輪廻眼の長門が堕天して”暁”のペインとなった経緯にはド汚い大人(半蔵事件)の存在が不可欠なんですが、ド汚くはなけど自来也なくして長門は無い訳で、自来也も堕天の一翼は確かに担っているのです。そもそも「予言」なんてのがなければ、ペインは生まれなかった…長門は野たれ死んでいましたから、妙木山の大ガマ仙人がそもそも発端なんですが…ま…言い出したらキリがない…(汗)。

「アナタは知らなくていい…
しょせん外の人間だ」
(畜生道)

でもこの時、自来也は言わなきゃ良いのに、「この体で…」の畜生道の輪廻眼を見るや否や、畜生道を「長門」と認定してしまいます。非常に微妙なんですけど、その直後から畜生道の雰囲気が自来也に対して逆立つのです。自来也は畜生道と過去に会っています。大ガマ仙人の「予言」に従い諸国を放浪し、森羅万象に触れ、「弟子=予言の子」を見出す為に世界を流離(さすら)っていた時、森の中で風魔の忍(アニナル・雨隠れ潜入編SPでは「風魔」を補強する描写が追加されていました)で、自来也は畜生道を瓢箪蝦蟇の結界内でやっつけて初めてその事実に気付く事になるのです…。実は長門にとって、自来也のこの誤認が大きなストレスだった筈で…もっと言うと、自来也の本心を確かめる為に「この体で…」だったんじゃないかと、僕は思う訳です。


「長門…
お前にいくつか聞きたいことがある
弥彦はどうした?」(自来也)

「ああ…いたな
そんな奴も」
(畜生道)

「!?」<キッ>(自来也)

「とっくに死んだよ
そんな奴は」
(畜生道)

「長門…お前」(自来也)

自来也の言わなきゃ良いのに…が駄目押しのように続きます(笑)(第41巻/84-85頁)。だから、長門(畜生道)は自来也を<キッ>とさせるように、弥彦を蔑ろにするようなセリフを吐いてしまうのです。そもそも、何で風魔の忍である畜生道を長門と誤認する自来也って記憶力悪過ぎ(笑)。自来也を「ドジ」だ何だと散々バカにしたくなる長門の気持ちは概ね解ります。しかも、言うに事欠いて…一等最初の質問が「弥彦の消息」ですから、弥彦の親友の長門であっても、こんな風に嫌らしい言い方になるっちゅーもんです(笑)。長門にしてみれば、弥彦の前に「オレだろ!!オレ!!」みたいな…ちょっと空かされた悲しさみたいな気持ちが、きっとあった…自来也の不思議ちゃんな天然さが長門を激しく傷付けたんだな~ッ!!


「ペイン…
それはオレたち六人全員を指し示す呼び名だ」(天道)

「何故…六人もの"輪廻眼"が…」(自来也)

「!!
お…お前は…」(自来也)

自来也の雨隠れ潜入編の佳境で、とうとうペイン六道が登場して、弥彦の体を使ったペイン天道が登場します(第41巻/189頁)。ここで止めときゃ良いのに、自来也は天道=弥彦には気付いちゃうんです(笑)。もうこの辺りになると、長門(ペイン)のイヤミ発言も最高潮で、同時に自来也を殺す最終決定みたいな…良心のリミッターも外しちゃった筈なんです。「侵入者を殺すためにこの体で出張ってきたんだ」(第41巻/37頁)とは、「未練はない」と言いつつも迷いを孕んだ気持ちを整理する為に自来也を試す必要が長門にはあったんだと、僕は考えます。つまり、長門は畜生道が長門(自分)ではないと、自来也に気付いて貰いたかった…と思う訳です。現に天道=弥彦には一発で気付いたじゃない!!(笑)


「…お前は…その顔…
弥彦なのか…」
(自来也)

「ああ…いたなそんな奴も
とっくに死んだよそんな奴は」
(畜生道)

「一体どういうことだ…
弥彦は死んだんじゃ…

それにその眼…」(自来也)

「…オレに弥彦の面影を見たか
やはりかつての師だけはある。
…だがすでに弥彦は死んだ
ここに居るのはペインだ」
(天道)

「…そんな理屈はいい!
何故お前が”輪廻眼”を持っている!?」(自来也)

ま…この後、ペイン六道は自らを「神」と名乗り自来也に襲いかかるんですが…(第42巻/8-9頁)、もし長門がシノだったなら、「弥彦には気付いたものだな」とメラメラと変な陽炎を立ち昇らせたんじゃないかと思います。長門は自来也を心の底から信用し、勿論、多大なる感謝と親愛の情を感じていた。ぶっちゃけ、兄のように…父のように愛していた。できれば殺したくはない。だから、小南に殺させようともした。もしも味方なら…と言う淡い期待すら感じている描写がアニナルには追加されてもいました。長門は小南には偉そうな事を言ってたけど、ホントは殺したくはなかった筈です。それで、風魔の忍の体を使い、自来也と交戦経験のある畜生道で自来也の前に現れた…それは自来也を確かめる為だったと、僕は思います。

「だが自来也先生は
少し違う気がした」
(長門)

「先生は己の身を守るため
忍術だと言ったが
オレだけに関して言えば
輪廻眼の力をコントロールさせる
ためだったようだ」(長門)

第446話「ただ二人を守りたい」で、弥彦は自来也への想いをナルトに切々と語ります。しかし、自来也は長門の「輪廻眼」しか見ていなかった。何故なら、畜生道を輪廻眼だけで「長門」と、自来也は認定してしまったから…。それが、雨隠れの修行における弥彦に対する唯一の優越感であった自来也の長門に対する認識(修行=輪廻眼のコントロール)の価値観を真逆に変えてしまったのです。しかも、自来也にとっては弥彦天道の輪廻眼が違和感ですらあった…。それは長門の嫌悪感をも増長する結果になってしまったのだと、僕は思います。これは自来也の行動パターンからすると非常に異例で、大蛇丸に代表されるところの「才能」に対して魅力を感じない筈の自来也の唯一の大失態だった…と、僕は思います。

ま…これが「予言」に付帯する自来也の行動の「黒さ」を際立たせる部分であり、ド汚い大人じゃないけれど、自来也だって長門の堕天には加担してんだよ…とするナル×ジャンの見解であります。そもそも、妙木山の大ガマ仙人の「予言」には善悪の双方を生み出そうとする「未必の故意」(実害の発生を積極的に希望ないしは意図するものではないが、自分の行為により結果として実害が発生してもかまわないという行為者の心理状態)が存在していて、ナル×ジャン的には非常に胡散臭い構造なんですが、その一部には不思議ちゃんで天然の自来也の「選択者」としての選抜も含まれていて、自来也の異例なブレとも言える「輪廻眼への期待」もそれに付随する要件だったのかな…と、僕には思えてならんとです。

「はるか昔…人々は常に争い
…戦争が絶える事がなかった
今よりひどい時代だ


そんな時代に
ある一人の僧侶が現れた
始めてチャクラの真理を解き明かし
世界を平和に導こうとした

忍宗という教えを説いて
世界を回ったと伝えられる


時が経ち
忍宗は忍術と呼ばれるようになる
忍術は武力ではなく
人々を平和に導くための教えだった


その僧は六道仙人と呼ばれ
この世の救世主だと言われた存在だ…
お前と同じ輪廻眼を持っていた

”我 安寧秩序(あんねいちつじょ)を成す者”

それが仙人の言葉だったそうだ
いつしか人々が
本当に理解し合える時代が来ると
信じていたんだろう…


もしかすると…
お前は仙人の生まれ変わり
なのかもしれんのォ

お前の目に仙人の想いが
託されている気がするわい」
(自来也)

「オレに平和を託し…
そして先生はオレ達の前から
去って行った」
(長門)

第446話「ただ二人を守りたい」で、自来也は長門にだけは特別なメッセージを与えています。本来、「才能」に対して否定的な考えを持つ自来也には異例とも言える行動だった訳ですが、輪廻眼の特殊性を考え見れば、自来也が過度に期待したのも少しは譲歩も可能です。それでも…長門としては畜生道との誤認はないだろ!!って言うのもあったけどね(笑)…しかし、そんなこんなも含めて、輪廻眼の長門の弟子受けと、ちょっと呆気ない放免に関しては若き日の自来也の苦渋の選択であったのだと受け入れる事ができるでしょう。徹頭徹尾、自来也は大ガマ仙人の「予言」の付託に全身全霊で応えていた訳で、綱手への想いもそこそこに自来也が東奔西走したのは木ノ葉隠れの里の為ではなく、忍界の為だった…。

ココ…ちょっと解り難いんで補足しときます…エーッと、自来也は弥彦が一番のお気に入りだったと思います。純粋に自来也と弥彦は人間的な相性が良かった…のだと思います。勿論、三人の子供らの中での依怙贔屓なんてなかっただろうけど、自来也と弥彦の関係性は傍目にも良く分かった筈です。長門なんて繊細で賢いもんだから、それを凄く敏感に感じて心の中がチクチクしてたと思います。自来也はそんな弥彦のざらつきも感じていて、長門の事情…使命に近い…を聞かせ、同時に安心させていたのだと思います。愛情の分配が如何に公平であろうとも、受け手には勝ち負けが必ず存在します。非常に軟弱な土台の上に人は立っているのです。もしも…自来也が長門自身に興味があったのではなく、輪廻眼に格別な配慮をしていただけだった…とすれば、弥彦に対する自来也の笑顔と比較すれば、その差は残酷にも感じます。その仄かな気配がペインとの交戦の中で漏れ出している…ちょっと嫌らしい考え方ですが、僕らにも自来也もいろいろと事情がありまして…の理解が必要だと、僕は考えています(091015)。

自来也は木ノ葉の忍でありながら、雨隠れの難民を拾い上げ、剰え忍術まで伝授した。しかも充分な力量を有し、輪廻眼なんてレアな血継限界を他里に放免した。そこには極めて高次な視点での「平和」への願いが存在した筈です。自来也の行動の全ては大ガマ仙人の「予言」に根差している事は確かな事実です。だから、木ノ葉の額当てではなく、「油」の額当てをしてたんだと、僕は思います。木ノ葉隠れの里の利益の為ではなく、世界・忍界「平和」その為に鬼にも成る…自来也の決意や覚悟自来也の額当て「角」には宿っていたかのようです。ナル×ジャンの疑念の矛先は自来也が「予言」が併せ持つ「黒さ」を感じ取っていたかに向かっていて、もし自来也がそれを感じていたならば…もしかしたら死んでない…とする想定もムクムクと…かなりしつこく…(黒笑)(第42巻/35頁)。

「今こそが大ガマ仙人の予言された選択の時!」
あの時…自来也が出て行く必要は…なかった…。


 

ナルトは何故、自来也を”先生”と呼ばなかったのか?


エロ仙人
本当の意味で理解し合える
時代が来るって……
信じてるって言った」(ナルト)

「……」(長門)

「その話をしてくれた時
…オレは適当にしか聞いてなくて…
オレにそのやり方の答を託すって
言ってくれたのが……
ただ弟子として認められたみたいで
嬉しかっただけだった」(ナルト)

「今になって…
やっとエロ仙人の言ってた意味が分かる
そんな簡単なもんじゃねーんだって…」(ナルト)

「だがオレを許せない事に変わりはないはずだ
キレイ事で許せるほど人の愛情は安くはない」(長門)

「ああ…
確かにその通りだってばよ」(ナルト)

自来也先生
言っていた事は
時代遅れの理想主義だ
現実は違いすぎる
お前はオレを倒し
忍の世界を平和にしてやると
言っていたハズだが?
それは建前
己の自己満足のための
復讐だとしても
それがお前の正義ならそれでいい
…お前は神じゃない」(長門)

第444話「答」で、とうとうシステムペインの本体である長門と対面し、望み通り長門との対談に辿り着いたナルトですが…そのメチャクチャ重大な話し合いにおいてもナルトは自来也を”エロ仙人”と呼びました。長門はしっかりと”自来也先生”と呼んでいるのに…でも、ま…長門もそんなナルトに突っ込みを入れないのはオトナだからかな…と思いつつ、僕はこの語らいを見ていました。これまでナルトは自来也を一度たりとも”先生”とは呼んでいません。自来也は正式にナルトを弟子受けし、ナルトを弟子と認めています。ちゃんとした師弟関係が存在するのだし、カカシやイルカは思いっ切り”先生”と呼んでいます。なのに…ナルトは頑として”自来也先生”とは言いません(笑)。それは何故か?実は今まで書きたくて仕方なかったお話の一つなんです。「ナルトは何故、自来也を”先生”と呼ばなかったのか?」…僕と一緒にナルトと自来也の心の奥底に潜って下さい。


「あいや、しばらく!!よく聞いた!(自来也)

「な…なんだそのでっかいカエルってばよ!?
お前、いったい何者だぁ!?」(ナルト)

「妙木山蝦蟇の精霊仙素道人(せいれいせんそどうじん=仙人?)
通称・ガマ仙人とお見知りおけ!!」(自来也)

「せ……仙人…!?」(ナルト)

「おい!コラ!エロ仙人!
どーしてくれんだってばよ!」(ナルト)

女湯を覗く自来也がエビスをノックアウトした事で、ナルトの修行を引き継ぐ形になった…(第11巻/8-9頁)。恐らく、自来也の意図的なナルトへの接触であったと思いますが、これが二人の出会いでありました。エビスを一蹴した自来也は何気にカッコ良いんだけど、やってる事が単なる覗きでナルトにしてみれば、「ムッツリスケベ(=エビス)が負けた?な…何だってばよ!あのオープンスケベ(=自来也)はぁ!?」(第10巻/175頁)と、この時「自来也=エロ」の図式が成立してしまった感はありました。ま…自来也も「ただのスケベではない!ドスケベだ!」(第11巻/14頁)としていて満更でもなかったようです(笑)。その後直ぐに「と…まぁ それは冗談として…修行は見てやる」と切り返して、導入部分での「エロ」が自来也の意図した「枕」であると示したのが、物書きっぽい演出だな…と、個人的に刺さりました(笑)。ま…この接触でいきなり、自来也はナルトにとっては「エロ仙人」として定着してしまった訳です。

「オレの歳なら
イタズラっ子で済んでも
オッサンの歳ならそれカンペキに
犯罪だってばよ!」(ナルト)

ナルトの性欲は、おいろけの術なんかで女体の高度なトレースは出来るのに実際の行動(アッ…☆☆);が伴わなかったり、女の子と言えばサクラに限定された興味で極めて指向性が高く、ナル×ジャン的には八卦の封印式のフィルタリングによって歪められている想定がガチであります(笑)。しかし、良い歳こいた自来也が覗きってのも実にアレな話で(第11巻/10頁)、その嗜好の奇跡的な一致が自来也とナルトのジェネレーションギャップを絶妙に埋める結果になっていて…自来也ほどの地位と名声があれば女には困らなかった筈なのに、ある意味…自来也も歪な性欲の発現があり、それが綱手に対する自来也の一点買い的な想い(綱手のフィルタリング=自来也の自主規制)である事を子供のナルトが知る由もなく…結果的にどっちも歪で同質とも言える「エロ」であって、それを触媒にして二人はキレイにシンクロした訳です。


「コレだ!」<バン>(自来也)
【イチャイチャパラダイス】

「あー!それってばぁー!」(ナルト)
【カカシ&イチャイチャのイメージ】

「お!お前知ってんのォーコレ?」
(かなり有名になったのォー!)(自来也)

「知ってんぞ!!
それロクな小説じゃねーだろ!!」(ナルト)

ところで、自来也が取り出した「イチャイチャパラダイス」にナルトが思いっ切り食い付いていましたね(第11巻/9-10頁)。ナルトにはカカシがイチャイチャを<フフフ>と読むイメージが浮かんでて、エロが好きな筈のナルトが禁忌にも思う行いとして回想されています。これがナル×ジャン的に言うところの八卦の封印式のフィルタリングなんですが、もしかしたら、カカシは自来也をサブリミナルにナルトに提示してたのかな…と今にして思えたりもします。「イチャイチャ」とは自来也の綱手に対する妄想百科事典でしたから…ぶっちゃけ自来也の生き様(←これが自来也の生き様だったのか!?笑)ですよね。それをカカシがしげしげと読むシーンを見せたのは、いつの日かこうして出逢う運命にあるナルトと自来也の前フリだったんじゃないかと…やはりブスブスと黒い気持ちが湧き上がって来ました…あぁッ(☆☆)いけない!!(笑)(閑話休題)。



「ねえ!ねえ!エロ仙人!
一体 今度はどんな術教えてくれんのォー!?」(ナルト)

(…エロ仙人…)「お前…
ワシがすっごい人だって知らねーだろ…?
いいか………」(自来也)

「蝦蟇の仙人とは仮の姿!
何を隠そうこのワシこそが!
北に南に東西!
斉天敵わぬ三忍の白髪童子蝦蟇使い!
泣く子も黙る色男!
"自来也様"たぁ~ワシのことよ!!」(自来也)

「………ふぅ~ん………」(ナルト)

もっとも…自来也が「エロ仙人」とナルトに定着してしまった事は些か後悔している様でもありました(笑)(第16巻/171-172頁)。それを挽回すべく自来也が見得を切るんですが、あまり難し過ぎてナルトには理解不能でした。やはり、ナルトとシンクロする為にナルトの「歪な性」に注目した自来也の戦略は秀逸で、ナル×ジャン的に考える八卦の封印式の組成…つまり、クシナのフィルタリングに関して自来也が知っていたからではないかと感じてしまうところです(笑)。ちなみに、この見得切りで自来也が使った「斉天」とは西遊記の孫悟空の作中の「称号」であり正確には「斉天大聖」(せいてんたいせい)のようです。そして、それがもしかしたら三代目(猿飛)に対するオマージュだったかと思うと泣けます。

奇しくも大蛇丸の木ノ葉崩しで戦死したヒルゼンの葬儀の後、間髪入れないイタチと鬼鮫のツーマンセルが木ノ葉強襲があった落ち着かない状況で、自来也はヒルゼンの死を演習場で噛み締めた以外は悲しみを反芻する暇などなく、ナルトを随伴した綱手捜索任務に出る折に、ヒルゼンに対する想いが堪らず漏れ出したのであれば、その男気には敬意を示したいです。自来也が描く隈取りが人前で涙を流せぬ自来也の代償行動である事など、心の片隅にも無い子供のナルトにとって、自来也の慮りの全てを理解する事など到底叶わない…ま、自来也もそれを解った上で見得を切るのはほとんど自慰に近い行動でもあり、その交わらない地平を「エロ」によって繋げた自来也の考えは秀逸と言わざるを得ません。でも「エロ仙人」はちょっと…と自来也が困り顔の場面もあって(笑)。



「この男、自来也!
女の色香にホイホイ
付いてくよーにゃできとらんのォ!!
ワシぐらいになれば
己の色香で女がはしゃぐ!!」(自来也)

「…………」(ナルト・イタチ・鬼鮫)

「女の人のウィンクなんて
ベタな攻撃で興奮したくせに!
カッコつけてるバヤイかぁー!
このエロ仙人!!」(ナルト)

「だから人前で
その呼び方はやめろっての!!」
(自来也)

…で、そのすぐ後のイタチと鬼鮫がナルトに接触を試みた折の自来也の見得切りにナルトだけなら未だしも(第17巻/48頁)、鬼鮫やイタチまでが自来也の見得(見栄っ張りの見栄だったのか!?笑)に無言で反意を示していました(笑)。もっとも、イタチや鬼鮫はオトナですから、それを人前で窘めるような事はしませんが、ナルトは違います。思いっ切り自来也の痛いところを突くんですが、自来也はそこではなく「エロ仙人」に反応してる…(笑)。多分、イタチには聞かせたくなかったんだろうな…と思います。僕はこの後、自来也が出す「忍法・蝦蟇口縛り」(第17巻/64頁)からワザとイタチと鬼鮫を逃がしたと考えてるんですが、この接触においても自来也とイタチは何らかの情報交換があった筈で、ここは黒くなれと言われれば何ぼでもズブズブに…(笑)。

イタチは任務として木ノ葉を抜けた訳で、”暁”に所属するのもヒルゼンの了承があった筈です。それを自来也が示唆されているか、もっと積極的に伝達されていた可能性は高く、当初は自来也が”暁”の黒幕で…なんて考えたりもしてましたし(笑)。その時は描写がまだ揃ってなくて雑然とした妄想に過ぎませんでしたが、イタチの生き様が何だったのかが明かされた以上は、自来也がその行いを阻害する方向に力を使う事は寧ろ不自然であり、この時、イタチに一方的にフルボッコにされるサスケ…鬼鮫が「容赦ないですね…」(第17巻/59頁)と言うほどの…に全く邪魔しなかったのと非常にリニアに解釈できると、僕は考えます。逆にイタチを理解する自来也には、イタチの側からも同種の理解がある筈で、「エロ」によるナルトの懐柔?がイタチに卑屈と受け取られるのが、自来也は嫌だったんではないでしょうか(笑)。



自来也ちゃん…?ちゃんて!
エロ仙人をガキ扱いかよ!
何だってばよ このじじい蛙!!」(ナルト)

「口を慎めと言ってるだろう!」(綱手)

「この方は自来也様に
仙忍術をお教えになられた
自来也様の師です」(シズネ)

「!」(ナルト)

「ハハハ…エロ仙人とはの…!
自来也ちゃんらしい慕われ方じゃ」(フカサク)

「そのジジイ仙人
一体オレに何の用だってばよ?」(ナルト)

「どこから話せばええかの…
そうじゃの…とりあえず言っておくが―」(フカサク)

「自来也ちゃんが戦死した」(フカサク)

自来也の訃報がナルトに伝えられた行で(第44巻/31-32頁)、ナルトは自来也を「ちゃん」付けで呼ぶフカサクに軽ーく嫉妬してるんですよね。ナルトがあまり見せない心の棘(トゲ)で、非常に希有な反応だと言えます。この棘には自来也に対するナルトの特殊な思い入れがあって、その機微にこの場で唯一気付いているのがフカサクでした。ま…綱手たちが心中穏やかでないのは自来也の訃報を受けたナルトの衝撃を先んじてシミュレーションしてるからで、そこでテンパッてるからであって…綱手なんかはこの辺りで既に臨界を超えていていつ熱暴走を起こしても仕方ないくらいだったんだけど、それを必死に我慢してたので、仕方ない…ま…その優しさの弊害であって、フカサクの冷静さにはまた別の象限の想いがあるだけで、それはまた別の考察で…。

フカサクが「ちゃん」付けで呼ぶ事に噛み付いたナルトが「エロ仙人」と言うのもアレな話で、それを窘める事なく、即座にその本意を汲み取り、賞賛ともとれる微笑みを醸したのは、やはり自来也の師に相応しい人格(性格には蝦蟇格じゃ)と言えます。そのフカサクがナルトに対して自来也の訃報を伝える心のざらつきは半端ないものだったでしょう。それでも眉一つ動かさず、ナルトに伝えたのは自来也を心底敬愛するナルトの心の底を感じる事が出来たからでしょう。ナルトが自来也を本当に愛していた事がフカサクには理解できたから、魂が慟哭するほどの悲しみを乗り越えて、ナルトに自来也の訃報を伝える事が出来たのだと思います。ナルトが自来也を「エロ仙人」と言い張る心の深層に気付き、感じ入ったフカサクには嬉しくて堪らなかったのだと、僕は思います。

「何でそんな無茶許したんだってばよ!!
バアちゃんはエロ仙人の性格良く分かってんだろ!
たった一人でそんな危ねー所に……」(ナルト)

「よせナルト
五代目の気持ちが分からない
お前じゃないだろ」
(カカシ)

カカシも綱手に食ってかかるナルトにそう言うのがやっとで、綱手はサンドバックのようにナルトの言葉攻めを受ける事で贖罪してるようにも見えました(笑)(第44巻/45-46頁)。「エロ仙人が五代目火影になってたら!綱手のバアちゃんにこんな無茶はさせなかった…ぜってェー…」(第44巻/47頁)と言うナルトの捨て台詞に「少しそっとしておいてやれ」と言うのが精一杯だった綱手はそれでも尚、ナルトの心情に同調していた…って言うか、この言葉は綱手が自分自身に言った言葉で、ナルトを刺激して長引かせるのは綱手にとってもキツい事だったと、綱手は考えてたんじゃないでしょうか。ぶっちゃけ、ギリギリのところに綱手も漂っていたんだと思います。

ナルトはフカサクを「ジジイ仙人」と呼び、五代目火影である綱手を「バアちゃん」と呼んでいます。人の価値とは肩書きや地位などではなくその人自身にある。それは生き様と言い換えても良いでしょう。ナルトにしてみれば、綱手は「バアちゃん」であり、フカサクは「ジジイ仙人」に過ぎないのです。ナルトは物事の本質肌で感じるタイプで、その知覚はもの凄く鋭いです。この時も、カカシが察した通り、綱手の気持ちも痛いほど解ってた筈です。それでもこんなに酷い事を言ったしまったのは、自来也の訃報がナルトにとって驚天動地だったからです。綱手もナルトも同じ様に理解してるんだけど、悲しみの量が多過ぎたんですね。ナルトが執務室を飛び出したのはそれでも絞り出したナルトの優しさだったと思います。

「さっき説明した
"予言の子"についてじゃけどの…
あの子が自来也ちゃんを
真っ直ぐに慕っとったのが
良く分かった

"予言の子"
あの子であって欲しいと…
そう願わずにおれんの」(フカサク)

ナルトにとって自来也は単なる「先生」ではなかった…。

フカサクはその一部始終を俯瞰する中で、ナルトの持つ直感力を確信するのです。それでこう言った訳です(第44巻/48頁)。ナルトの直感力が自来也を「エロ仙人」と呼ばせたのです。その奥底に真っ直ぐなナルトの想いがある事を解るならば、それは最高の愛称となると事をフカサクは理解し、その深い愛に震えたのだと思います。そして、自来也がフカサクの背中に残した暗号と共にナルトに託された自来也の想いを伝えるのがフカサクの役割であり、それを為す為には鬼にも成れた訳です。それに感じ入る時、あまりにもサッパリと自来也の訃報をナルトに告げたフカサクの行いはフカサクのあまりにも深い痛手に様に見え、この場を埋め尽くす悲しみの更に大外を包む深い想いを感じさせます。想いが深ければ深いほど心とはこんな風に静かになるものなのです。


<コン><コン>

「!
な…なんだ…
カカシ先生か……」
(ナルト)

五代目がお呼びだ
すぐに支度しろ」(カカシ)

自来也の訃報をナルトに伝える為にカカシがナルトを呼びに来ます(第44巻/27頁)。この時、俯せに寝るナルトが窓を叩くカカシに気付きます。カカシは窓好きで有名ですが(笑)、こんな風にナルトをいつだってカカシは見守って来た筈です。穿った目で見れば、それは三代目(ヒルゼン)の勅命なんだろうけど、カカシのナルトに対する心配と言うか、母親的な思い遣りだったのだと思います。しかし、忍者であるナルトはその気配にすら今まで一度たりとも気付いた事はなかったようです。ま…それ程、カカシが注意深くナルトを見守っていた裏返しとも言えるでしょう。そして、そんなカカシをナルトは「先生」と呼ぶのです。ナルトが「先生」と呼ぶのはカカシとイルカとアスマくらいでしょう。ヤマトは何故だか「隊長」なんですよね。

非常に余談ですが…ナル×ジャン的にカカシとイルカは愛情属性としては母親で、ナルトが自来也の訃報を受けてズブズブに沈んだ時にイルカがアイスキャンディー割り(ここに同属性のカカシとイルカの攻防があって、それが「カカシの舌打ち」と言う考察を生んでいます…笑)で包容しただけでは立ち直れず、シカマルの父親属性の多量に含有した鼓舞があってようやく立ち直れた描写によって説明されています。見つけられなかったけど、ナルトは「父ちゃんが居るならこんなかな」と言う感じの言葉をイルカに対して抱いた描写があるんですが、あれは男性としての「親」を示しただけで、愛情の属性に言及するものではありません。何故だが、ナルトの周りには父親属性の愛情を持つキャラが少なく、アスマはヒルゼン的な腰が引けた感じがあったし…(笑)。

「…これから…
忙しくなりそうだな」
(ヤマト)

父親の愛情属性で言うと、第二部で登場したヤマトが筆頭ですが、ヤマトは初代の遺伝子情報とそれに付帯する尾獣をコントロールする能力と密命があり(第32巻/125頁)、ナルトに対しては微妙な関係性にあります。やはり、ナルトの直感力はそれを敏感に察していて「隊長」と呼ぶのだと思います。ヤマトとしては父親属性の愛情がムンムンと噎せ返るようなのですが、それを強烈な我慢で抑え込んでいるのだとも思います。しかし、ヤマトを「先生」と呼ばないナルトの反応は、自来也を「エロ仙人」と呼ばせる行いに非常に近似していると、僕は考えています。ナルトはヤマトに対しては畏怖に近い尊敬を感じていて、それは家庭にあっては父親に向けられる厳格さに対する反応に近く、「柱間→ミナト」の系譜の可能性を示唆する提示である…と、僕は考えています。


<ギロ>「少し黙れ」(自来也)

<ビクッ>「!」(ナルト)

蝦蟇口縛りから遁走の直後、天照の黒炎を「封火法印!!」消火した自来也に、ナルトが調子こいた事を言った時に、自来也は一喝するんですが、マジにナルトがビビってるんです(第17巻/82頁)。この自来也の一言には自来也の殺気が込められていたからだと、僕は考えています。ナルトはその前に「あいつらオレに用があんだろ!だったらこっちから出向いてやらァ!!」(第17巻/81頁)と、一頁ブチ抜きで見得切ってるもんだから、ホントは引っ込みが突かない慣性があるんだけど、自来也はその前に動かざる壁として立ちはだかった訳です。自来也が正真正銘の殺気を滲ませるのは意外に少なく、雨隠れの対ペイン戦を除外すればこの行と、このエピソードの後の綱手捜索編で綱手と久々に一献傾け(綱手のおっぱいばかりに注目するおっぱい星人ぶりを発揮しましたっけ…笑)、ヤケっぱちな雰囲気で大蛇丸の接触で揺れている綱手を前に凄んでみせた…

「その時はワシがお前を殺すぞ」

「…………
私にはもう関係無いでしょ!」(綱手)

本物の殺意に綱手も思いっ切りビビったことでしょう(笑)(第18巻/122頁)。それに直後の綱手の台詞がヤケに女っぽい口調になってるのは流石だと思いました(笑)。愛があるから殺せる…それは”火サス脳のマドララ体質”の専売特許ではなく、もしこの時、綱手が大蛇丸に靡(なび)く様な事になれば自来也は間違いなく綱手を殺めたと思います。自来也は正真正銘、綱手を愛していたから言えた台詞であったし、綱手に対してだったから示せた殺意だったものと思います。確かな愛があったればこそ、自来也は綱手を殺すと言えた訳です。同じように、一言でナルトを沈黙せしめた「少し黙れ」にも、自来也の心の奥底に秘められたナルトに対する愛があったのだと思います。趣は違うにしても自来也の明確な殺意の発露を考えると、綱手とナルトは自来也にとって特別な存在だったのでしょう。


「木ノ葉はまだやり直せる…
頼んだぞナルト」
(ミナト)

(ありがとう…
父ちゃん…)
(ナルト)

「九尾が…消えた?」(天道)

「!」(迷いが消えたか…
何があった?)
(天道)

第440話「四代目との会話!!」で、目出たく実父であるミナトと再会を果たしたナルトは、その信じ難い親子関係をサクッと受け入れてしまいます。ま…これもナルトの驚異的な直感力の成せる業なんですが、ナルトはミナトとの接見の刹那を我がものとし、平常心を取り戻し、九尾のチャクラをも我がものとして使いこなす境地に一気に辿り着きます。そして結果的に天道を退け、ペインの本体である長門に辿り着くのです。思えばこれまでナルトは多くの大切な人との出会いを経験し、悲しい別れを経験して来ました。普通なら見逃してしまったり、気付かない事も多いのに、それらを漏れなく自分の力に換えて来ました。ナルトには物事の大切さ、その本質を見抜く尋常ではない直感力が宿っているのです。それがナルトの異常な強さの根源とも言えます。

「………
この子を守るためだな
…………
四代目よ…」
(自来也)

ナルトは自来也に「父親の愛」を感じていた…

自来也のナルトに対する想い「ミナトは何故、八本目で現れたのか?」に認めた通りで、ヒルゼンでもなく、カカシでもなく、ミナトの想いを極めて正確にトレースしていたのは自来也であった…と、僕は考えています。その深い想いにナルトが気付かない筈はない訳で、ナルトには言葉に成らない気持ちではあっても、自来也に未だ見ぬ「父親」の持つ愛情を感じ、その姿を重ねた事でしょう。しかし、それでも自来也を「エロ仙人」と呼んだのは、それこそ自来也であり、ナルトが唯一確信を持てた自来也との接点だったからだと思います。それをNASAの「大人語の翻訳機」にかけるならば、「エロ」が自来也が用意した「きっかけ」だった筈です。それがなければ、ナルトには自来也が難し過ぎて、近寄り難くて…。

ナルトがその自来也の想いを正確に受け取っている様にフカサクは喜々とした…綱手を「バアちゃん」と呼び、自分を「ジジイ仙人」と呼ぶナルトが嬉しかったのです。誰もがナルトに思ったように、フカサクもナルトに賭けてみたい気持ちになった筈です。ナルトに託したい気持ちになった…。ナルトが自来也の本質に気付き、その想いにちゃんと応えるべく成長してる訳ですから!!それは妙木山の意向ともリニアではない(←これをフカサクは意識してないと思います)にしても、自来也と言う人間を一番しっかりと見つめ、認めて来たのがナルトだった事が、フカサクは嬉しくて仕方なかったのです。それがナルトを妙木山に召還し、仙術や蛙組手を伝授した動機でしょう。フカサクにとってナルトは自来也の「代替者」ではなく「継承者」だったのは明らかです。

「じじ様…二人の懐かしい背中
見えんかったか?」(ガマブン太)

「そうじゃのう…」
(…ナルトちゃんは先代を超えたようじゃ)(フカサク)

第430話「ナルト帰還!!」で、ペインに一人立ちはだからナルトの背中に自来也とミナトの面影を投影したガマブン太とフカサクには、どれ程その勇姿が頼もしく思えたか計り知れません。また、フカサクがナルトを「ナルトちゃん」と呼ぶのも、自来也に対する気持ちの継承と言え、自来也と言うカードがなくなってしまったから、代わりにナルトを…と言う狡い親の考えではなく、自来也の想いを継承するに相応しい人材としてナルトを信頼した上の行動であり、そこにはナルトが自来也を「エロ仙人」と呼ぶ気持ちと同じ温かみや優しさが潜んでいるんだと思います。

また、ナルトは自来也の抱く綱手への真っ直ぐな想いを感じていて、綱手と懇(ねんご)ろでない事から、自来也と自分が直接関係ない認識が潜在的にあった筈です。男と女の惚れた腫れたの何たるかを知らないナルトがその機微を理解できるのがナルトの異常者たる所以でもあり、しかして自来也の確たる信念を持った自分への対応に、矍鑠(かくしゃく)とした父親像を感じつつ、自来也を「エロ仙人」と呼んだところにナルトの最高の敬意が潜んでいるのです。ナルトは「エロ仙人」と言う愛称に、単なる「先生」には収まり切らない自来也の大きさを絶えず噛み締めていたのです。その感謝を「ド根性忍伝」の読後にナルトは漏らしたのかな(第45巻/70頁)…なんて…考えたりしています。

(…もっと大切なもんもらってるからよ)(ナルト)



自来也は何故、”見得”を切るのか?

  
「怒りに溢れた血の涙ァ!
三忍語りて仙人に!
妙木山の蝦蟇妖怪!!
自来也様たァ~<うぐっ…!>」(自来也)

自来也が雨隠れに潜入してペイン/初代・畜生道と戦闘に入る前(第41巻/94頁)、自来也は口寄せでガマケンさんを呼びつつ”見得切り”を披露しています。歌舞伎では役者の見せ場として設けられますが、戦闘の前にワザワザ自分から自己紹介なんて…(笑)。忍術名の詠唱(えいしょう)でもちょっとアレかな…と思うのに、自来也は相当余裕あるんかしら…と思ってると、転んでるし(笑)。自来也はその前に「アンタはオレからすれば成長しきれてない小さな存在だ」(畜生道)と、かつての弟子だったであろうペイン(輪廻眼=長門?)メチャクチャ失礼な事を言われてて腹に据えかねてたのもあるしね(笑)。

でも、ま…ムエタイの試合前の変な踊りとか、ラグビーのオールブラックスの試合前のダンスとかと同じように儀礼的な意味合いがあるのでしょう。或いは威嚇(威嚇になるのかな…笑)の為。この期に及んでも、どう見ても余計な”見得切り”に拘るのは自来也にはそれなりにポリシーと言うものがあるんだと思います。…で、なければ、戦闘に直結する忍具の準備とか、チャクラを練り込んだりする筈なんですよね。インディージョーンズのハリソンフォードだったら、間髪入れずにチャカで弾く様な「間」を一応、ペインも(呆れてたのもあったけど…)待ってましたから、その姿には訴えかけるものがあったんだと、僕は思います。

「そろそろワシの出番ですの!
戦闘前の見得切り”仙人バージョン”
お披露目と行きますか!」(自来也)

「ここからは
忍術改め仙術の!!
光背天蓋仰ぎ見る―!!
自来也豪傑―…<うぐっ!>」(自来也)

「耳元でギャーギャー
うるさいわい!!」
(フカサク/シマ)

自来也は懲りずに仙人モードに移行した時も”見得切り”に挑戦してましたね(第41巻/137-138頁)。でも、それを身内のフカサクとシマ…二大仙人に邪魔されています(笑)。この時、フカサクとシマは口を揃えて「うるさい」と苦情を申し立てています。歌舞伎の”見得切り”も相当、息んで腹の底から響く様な声で口上を述べますから。多分、自来也の”見得切り”も両肩の二大仙人にはかなりの騒音だったものと思います。自来也はそれをこれから生死を懸けた闘いの前に度々、やろうとしてた訳だ…。しかも、最初から全力で行く決意のある「仙人モード」でも”仙人バージョンの見得切り”を用意していたとの事…。

時が時。事が事…だけに、それは単なる伊達や酔狂ではなかった…筈で、やっぱ自来也は命懸けで”見得切り”をしてたんだと思います。忍にとって「戦闘」とは命の取り合いに他なりません。その命の奪い合いの前に不必要にも思える”見得切り”に拘り、それを織り込もうとしたのには、自来也がどこそこの某で、どんなにすっごい忍なのかを示す事が自来也には大切な行いであった…と言えると思います。だから、仙術だの、仙人だの、言わないで良い事まで言っちゃう。プロフェッショナルであればあるほど、秘密の類いは伏せますからね。それを言うのは自来也自身が如何に凄い忍かを伝える必要があるからなんだと思います。

何故なら、自来也と闘うと言う事は相当高い確率で死んでしまいますから…。自来也が”見得切り”をすると言う事は、そう言う事なんです。何せ、五十数年もそうして来た訳で…自来也はこうして殺し続けて来たとも言えるから。でも、それは血の涙を流し続けて来た結果でもある。それが自来也の「隈取」(くまどり)が描かれる理由です。自来也が”見得切り”に拘るのは、これから殺す相手に、自分が如何に大した忍かを理解してもらわねばならない強迫観念みたいなものがあったんではないでしょうか。その努力と木ノ葉強襲で見せた…素っ気ないまであっさりとシズネやフカサクを殺めたペインの愛想なさが際立ちます。

「………
なんで人は…
人のために命をかけたり
するのかなぁ…」(ナルト)

「……」(イルカ)

「人間が一人死ぬ…なくなる
過去や今の生活そしてその未来と一緒にな…
たくさんの人が任務や戦争で死んでゆく
それも死ぬ時は驚くほどあっさりと…簡単だ
ハヤテだってその一人だよ………
死にゆく者にも夢や目指すものはある…
しかし誰にもそれと同じくらい
大切なものがあるんだ
両親兄妹友達や恋人里の仲間たち
自分に取って大切な人たち
互いに信頼し合い助け合う
生まれ落ちた時からずっと大切に思ってた
人たちとのつながり
…そしてそのつながった糸は
時を経るに従い太く力強くなっていく…
理屈じゃないのさ!
その糸を持っちまった奴は
そうしちまうんだ…大切だから…」(イルカ)

三代目の葬儀でのイルカ先生の長台詞(第16巻/86-87頁)。命は儚い存在であるけど、果てしなく重く大切なのです。無限に重いと言える。重さが無限だから、一つでも沢山でも変わらないのです。一つの重さと沢山の重さが等しいのです。だから、その命を奪おうとするペインの「痛み」が提示する「痛みの大きさ比べ」みたいなのが、僕らには無意味に感じられるのです。自来也だって闘うからには殺して来た筈です。殺して来たからこれまで生きて来られたのだから。そして、同時に自来也は命の重さを知っている。尊さを知っている。だから、せめてこれから殺される相手には”見得切り”をして、如何に凄い忍の手にかかるのかを教えたかったのです。

忍でなくても、生きる事は闘いですから、そこに忍術が介在しなくても、仕事や生活で奪い合い、傷付け合う事には変わりないです。「座って半畳。寝て一畳」のスペースは最低でも人は消費します。一人の人が立つ位置には他の人は立てません。それに生きるには他の生き物を食べなければなりません。植物であれ、動物であれ、人はそれらを殺して自分の生を維持しています。それは生存と言う競争の一つの貌です。必然です。だから、そこに善悪は無い。それは木ノ葉とペインを善と悪に割れられない理由でもあります。自分が生きる…と言う事と真摯に向き合うならば、闘い…何かを殺す…と言う事を、人は受け入れなければならないのです。

命とは儚い。脆い。呆気ない。そして「死」は突然にやって来る。しかし、一方で命とは図太く、狡猾です。それは命が重く尊いからです。お父さんとお母さんが愛し合い、命が産み落とされる。目の中に入れても痛くない…「命」がアナタたちです。お父さんとお母さんが自分達の命の他にアナタたちの命を育む為に、日々、闘っている。生きている。それは何より、アナタたちが大切だからです。命は何よりも素晴らしいのです。尊いのです、しかし、先にも言ったようにそこには生存と言う競争が存在する。つまり、闘いがあると言う事です。それは血の涙を流さねばならないと言う事です。悲しいけどこれが「現実」です。

人の命は他者の命の上に在るとも言いました。そして、命と命は「絆」で繋がってるんだから…そこからは「感謝」と言う気持ちが生まれて来ると思います。ペインの闘いに嫌悪感にも似た拒絶反応があるのは、その気持ちが希薄だからです。ペインが何ぼ強者とは言え、ああもあっさりと命を奪うのは命の重さや尊さから乖離した「痛み」に心が捕われているからです。心に「感謝」が無いから、命を奪われた痛みだけが残る。「感謝」がそこにないから、自分が生きている事が「痛み」でしかなくなっているのです。それとは反対に、自来也は命の重さや尊さに敬意を感じ、自分自身を示した…多分、それが自来也の”見得切り”だったんだと思います。

「…………
うん…なんとなく
オレにも…分かるってばよ…」(ナルト)

それで良いと思う(第16巻/87頁)。命は重く尊い。そして、愛されずに生まれた命も無い。望まれない命も無い。全ての命は素晴らしい。それを人は無意識に感知しているのです。だから、一生懸命なのです。遮二無二…生きるのです。闘うのです。どんなに惨めでも、辛くても、悲しくても人は生きるのです。生活と闘ってる人も居る。仕事と闘ってる人も居る。”病”と闘ってる人も居る。人が生きる事はそれ自体が暴力であるとも言える。それでも人は生きなければならないから、その心の何処かには感謝と言う謙った態度が必要になるのです。だから、自来也は”見得”を切るのだし、僕らだって手を合わせて「頂きます」と言えるのです。

そして、闘いは続きます。人が生きる限り…。それが辛い時もあります。楽になりたい気持ちになるときだってあるでしょう。でも、そこで闘いを辞めるのはいけない。何故なら…人は生きねばならないから。命とは重く尊いから。素晴らしいから。繋がっているから…。決して生きる事を躊躇ってはいけないのです。決して闘う事を後ろめたく思ってはいけないのです。同時に、他者に対する感謝や敬意を見失ってもいけない。他者の命も同じように重く尊く素晴らしい事を忘れてはいけないのです。みんな一生懸命、生きているのだから…。生きる事は光に満ち溢れ、命は清らかでキラキラ輝いているのです。だから、生きる事を疑ったり、躊躇ったりしてはいけないのです。どんなに辛くたって生きて欲しい!!

それが「諦めないド根性」なんだと思う。
思い切り威勢よく”見得”を切って欲しい!!

”病”と闘う「我が友」に贈る…
ナルト×ジャンキー ケルベロス




「これから…」(自来也の苦悩・終)

 
「今こそが
大ガマ仙人の予言された選択の時!」(自来也)

第381話「その正体…!!」(第42巻/35頁)で自来也が蝦蟇瓢牢から出て、むざむざペインに殺されてしまった事を、未だに疑い深い目で見ています。ま…それが、自来也の選択=自らの死…だったのではと勘ぐるお話に収束するんだけど、それでも我慢した表現に心がけたつもりだったんですよね…ホントはもっと暴走したかった…僕は黒いから、アレは自来也が妙木山の監視の目を逃れる為に仕組んだ芝居で、フカサクの前でワザとペインに殺される事で姿を暗ます作戦だった…つまり、ペインと共謀した狂言だった…と、そんな黒いお話がベースにはある…ちゅー話です。

でも、これだと仙人モードで自来也の肩に融合していたフカサクさんをペインが血刀で貫かなかった描写がウマく説明できるし、自来也の亡骸(なきがら)を放置してサッサと帰ったペイン共の無頓着や、自来也が命懸けで遺した暗号「本物葉意無椅」が情報撹乱の為のフェイクだった…と、実に綺麗に説明できちゃうんですよー。やっぱ、自来也が蝦蟇瓢牢をワザワザ出る動機が薄い…ちゅーか、良く解らない…訳で、もしあの時、フカサクさんが自来也について来なかったら…どうだったんですかね。ペインが菓子折りに小判を詰めて…「おまえもワルよのォ~」…なんて…ね(笑)。

この場合は、自来也がラスボスで、何もかんも自来也のシナリオで動いてた。忍界全体を巻き込む騒動を自来也が裏で操っていて、妙木山からは仙術のノウハウを得る為に接近。大ガマ仙人の夢に介入して自らを予言に組み込ませた…なんて、もし僕がシナリオライターだったら、そんな土曜のお昼の二時間物のミステリー風(時代劇の間違いじゃねーのか?と言う声もチラホラ…)に考えたなーなんて思います(笑)。やっぱ、犯罪って「情」がないと起こせないって言うか、良い意味でも悪い意味でも、気持ちがないとできないと、僕は考えるので、近しい人が近しい人をどうこうするってのはリアリティを感じるのね…(黒汗)。

でも…でもです!!

そんな黒いお話になってしまったら、あの時、蝦蟇瓢牢の中で自来也とフカサクとシマが気持ちを交わし、信じ合い、想い合い、庇い合った…あの清らかな光景はどうなるんだ?!あの時、流した涙は…「何なのさ!?」って話になってしまいます。それに、自来也が次の物語を少年少女やナルトに託し、満足そうな笑みを浮かべながら水底に沈んで行ったシーンを茶番にしてしまうのは忍びない!!って言うか、何ぼ何でも嫌だッ!!(笑)なので、自来也の一発逆転のサヨナラ満塁ホームランが空振りに終わっちゃった…で、この想定は除外!!(笑)

何…ホッとしてるんすか!?

僕だって、何ぼ何でもそこまで黒くは徹しきれませんよ。ただ、蝦蟇瓢牢前後の描写は不整合さが在る事は確かで、他のお話に繋がる伏線かも知れないし、余談は許さないんだけど、少年少女にあんまし黒いお話を提示するのも気が引けるので、ナル×ジャンでは一応、シミュレーションのアイテムから外す事にしています。なので、自来也が「予言」を閉じる為にペインを殺るか、殺られるかも一か八かに出て殺られちゃった…それを自来也が「選択」した…と言う想定で、それに到る自来也の心中を「自来也の苦悩」でカキカキした…訳です。

自来也はかなりスケベでやんちゃだったけど、実は生真面目で正義感に溢れた優しい人でした。人一倍賢くて、大ガマ仙人の「予言」で、人の世を善き方向に導こうと必死で東奔西走してたのです。大蛇丸の見張りや、木ノ葉を取り巻く情勢に常に気を配り、ついでに綱手との色恋もいつかは成就する事を祈りつつ、半ばストーカーまがいの情報収集も…あったりなかったり…(笑)。そんなちょいワルなオヤジの「苦悩」について、あれやこれやと考えたのですが。でも、物語はまだまだ続きます。って言うか土台がやっと整った…謎ばっかだから…(汗)。

自来也が最後に悔やんだのは自分がペインを倒して物語の幕を降ろせなかった事。でも、それをしっかり”ド根性”で託して逝った訳です。心臓が止まってるにも関わらず、フカサクさんの背中をチャクラで焼き、”暗号”を刻んだじゃないですか。それにナルトと言う”自来也の申し子”みたいな頼もしい弟子もしっかり遺しました。自分では謙遜していましたが、そりゃもう「偉業」ですよ。それは「苦悩」しつつも、次の世代の事を考えてたからです。そして、それがミナトが知っていた…と、自来也が漏らした…「何か重大な事実」と重なるのだと、僕は考えます。

一緒に考えてみましょう!!
「自来也の苦悩」の向こう側…

…そう……「これから…」…を。








「弟(キラビ)をさらったのは
あの木ノ葉隠れのうちはの者だと聞いたが!
なぜ、うちはの者が”暁”におる!?」(雷影)

「うちはサスケ…
もう随分と前に木ノ葉の抜け忍
なっていたようです」(秘書)

「木ノ葉の火影は
なぜさっさと抜け忍を始末しない!?
日向の件では
あれだけ強(したた)かだった里が!」(雷影)

「日向事件」とは…

「ある夜…
ヒナタ様が何者かに
さらわれかけた
その時
ヒアシ様はすぐにかけつけ
そいつを殺した
暗がりでしかも
マスクをしていたそいつ…
いったい誰だったと思う…?

………そいつは…
そいつは同盟条約を
結んだばかりの……
雲の国の忍頭だった…
初めから白眼の秘密を狙って
やって来たことは明らかだ…
しかし雲の国は計画失敗で
自国の忍が殺されたことを
いいことに…
木ノ葉の条約違反として
理不尽な条件をつきつけてきた

当然木ノ葉と雲はこじれにこじれ
…戦争にまでなりかけた…
しかし戦争は避けたい木ノ葉は…
雲とある裏取り引きをした

雲側の要求は
白眼の血継限界を持つ日向宗家…
つまりヒアシ様の死体を渡せ
というものだった
そして木ノ葉はその条件をのんだ
そして無事戦争は回避された

宗家を守るために
日向ヒアシの影武者として殺された―
オレの親父(ヒザシ)のお陰でな!」(ネジ)

ネジの口から語られた「日向事件」の顛末(第12巻/61-64頁)は、ナルトと中忍試験での敗戦の前の…ちょっと歪んだネジを形作る悲しい出来事でした。ザックリまとめると、日向の血継限界=白眼の秘密を雲隠れが欲してた…ちゅー事でしょう。この事件の如何(いかん)を木ノ葉から一方的に見ていると、雲隠れが悪者にしか見えません。でも、お話が進んで、雲隠れにサスケが赴き、八尾”人柱力”のキラビと対戦し、キラビや八尾の人となりや”人柱力”の何たるかを考えることで、雲隠れの一方的な悪者説も思い込みに過ぎないのかな…なんて揺らぎます。

うちは一族も元をたどれば
日向一族にその源流があると
言われてる」(カカシ)

ちなみに「白眼→写輪眼」の血継限界の分岐の提示があったのが、第78話「ネジとヒナタ」(第9巻/117頁)です。日向一族と雲隠れの因縁=「日向事件」の提示が12巻ですから、一応、近接はしています。その二つの伏線が雷影の登場でやっと合流する…単行本的には45巻に掲載されるでしょうから、30巻分以上のスパン=多分6年分で合流したことになります。合流してたのなら…のお話ではありますが、当時1年生だったら、小学校卒業しちゃうくらい気の長いお話です。キッシー恐るべし…ですね。

第417話「雷影、動く!!」で脳まで筋肉なんじゃないかしら…と思ってた雷影が、思いの外しっかりしたシャベリができるので、何だかホッとしたものですが(笑)、この時、「日向事件」に雲隠れの里が絡んでいた事を思い出させてくれました。そして、雲隠れが抱く白眼に対する興味と「白眼→写輪眼」の分岐を結びつける考察が「うちは虐殺」(終末の谷の決闘…第六撃)です。そして、そこで雲隠れ=雷影がその秘密や血継限界の分岐の真相…人為的な関与を疑う結果だった…とするのが、僕の持論であると展開しております。

ま…その考えには、白眼の秘密を知る事で写輪眼発生を探る考えは数ある選択肢の中の一つにしか過ぎず、「白眼→写輪眼」の分岐の提示→「日向事件」を結びつける力業もあって、土台が脆弱にも思えます(汗)。ただ、饒舌な雷影が「うちは一族」=サスケがキラビを誘拐した(と思っているだけで、実はキラビの狂言だったんだけど…)事件と、「日向事件」を関連付けた発言をした事で、ある程度、補強してくれた考えています。そして、その願望はこの後に続く雷影の台詞で更に膨らみます。

「それからサムイの小隊を呼べ!
うちはサスケをこちらで始末する旨の
書面を持たせて木ノ葉へ向かわせる!

そいつの情報も出させろ!
さらに忍び五大国
五影首脳会談
の段取りをつける!
”暁”は絶対に許さん!」(雷影)

突然、登場していきなりお気に入りの急先鋒になったサムイの事は置いといて…(笑)、雷影のうちは一族に対する危機感は写輪眼に対する疑念、或いは写輪眼の存在に対する危機管理の高さを窺わせる発言であると、僕は考えています。そして、返す刀で出した「五影首脳会談」の提言。もし、ここであった雷影の憤りが、弟(キラビ)を暴漢に拉致られた身内の憤慨であったり、雲隠れに侵入し好き勝手して逃走した”暁”に対する報復であるなら、こんなまどろっこしい対応は時間の無駄だと考えると思うんです。

ま…”鷹”の殲滅に一個大隊(戦争かっ!!)を向かわせるなんて息巻いてはいましたが、それにしても忍び五大国に号令を発し、五影首脳会談をする政治的な配慮には千手柱間が「一国一里」の仕組みを普及させた当時の約束や思想が色濃く滲んでいるように思います。それと合わせて、柱間は管理下にあった”尾獣”を同盟各国に配布しパワーバランスを取って来た政策も存在し、写輪眼(うちは)や”暁”が”人柱力”に接触する事態に危機感を抱く雷影のベクトルは柱間の思想を反映したものではないかと、僕は考えているのです。

「ミナトがわざわざ
九尾の力を(いん)と(よう)に二分し
陽の側をナルトに封印したのは
九尾のチャクラ
ナルトに残すためだ」(自来也)

僕の大好きな第370話「胸騒ぎ」(第41巻/19頁)で、自来也がナルトに対する九尾の封印シーケンスの特殊性に付いて言及しています。九尾の封印は三代目の証言で封印術・屍鬼封尽である事が確定していますが、木ノ葉崩しで、穢土転生で召還された柱間と扉間を死神に喰わせ。大蛇丸の両腕を使用不能にした術に、もうワンアクション=”九尾の力の陰陽分離”が挟まれていて、僕はこの自来也の発言がクシナの九尾封印に対する関与を臭わせるものと考えていますが、お話がややこしくなるのでまた別の機会に説明しますね。

「雷犂熱刀(らりあっと)!!!!」(キラビ)

(…出たか…
同じだな…あの時と…)(サスケ)

第413話「崩落」でキラビが見せた八本目=雷犂熱刀の八尾の”チャクラの衣”に、サスケは終末の谷の決闘でナルトが見せた九尾の一本目=九尾の衣を重ね合わせていました。それは見た目にも似ていて、チャクラがゲル状に”人柱力”を覆う衣を発現する形式も同じで、<ボゴゴゴゴ>と気泡のようなテクスチャーが混入しているなど、瓜二つと言えるものでした。しかも、それがチャクラを見分けるサスケの写輪眼が判定した点が大きく、サスケが躊躇無く二人を重ね合わせた反応を見せた描写は非常に大きな伏線だったと思います。

つまり、キラビとナルトの”尾獣”のチャクラの質=”人柱力”の組成が似通っている…と言う事です。ナルトは自来也の「胸騒ぎ」での提示で、九尾の陽のチャクラのみを封印される形式である事が判明していますので、…と言う事は…です。キラビもナルトと同じように八尾・牛鬼の力を陰と陽に分離した後、陽のチャクラのみを封印された形式の”人柱力”であった…提示ではないかと考えられないでしょうか。そして、それが「八尾のチャクラをキラビに残すためだ」だったからなら、非常に面白い…(メガネ…クイッ)。

雲隠れには先に”暁”に拉致られた二尾・ユギトもいましたが、”尾獣”の管理においては先進国とも言えるノウハウを持っていたように感じます。尾獣化のコントロールなどはユギトもキラビも任意でしたし、暴走する事も無く完璧に”人柱力”の意識が”尾獣”の力をコントロールしていたのは描写からも明らかです。キラビに至っては、コントロールと言うよりは、共闘…或いは連係…否…戦友とも言えるツーカーな関係が存在し、ほのぼのとしている…とも感じたキラビと八尾の会話には思わず目頭を押さえたものでした(笑)。

「……そろそろ
時代が動くかもな…」(八尾)

で、その八尾・牛鬼が蛸足分身でサスケとマダラ(トビ)を欺いて存命していたキラビと、良い感じに語らう第419話「襲来!!」(この時、木ノ葉はペイン六道が強襲を開始してエライ事になりつつあったんですけどね…)で言う”意味深”で加速することになります。これは八尾がサスケの写輪眼に対して危惧したリアクションであったと、僕は考えています。そして、それは雷影が見せた憤りと同質であったとも感じます。そして、この考えは「柱間→雷影→ミナト」と連なる”尾獣”の管理の共通性に光を当てるものだと考えます。



一方、「五影」と世界の関係。その中でペインがどんな風に作られて行ったのか?どんな風に生まれたのか?そして、それが世界にどんな影響を及ぼしているのか?ペインとは何なのか?そこんところをちょっと掘り下げて考えてみましょう。ペイン襲来で天道が綱手の司令塔の屋上で例のネッチリとした目つきで対談をぶちかましたところです。ペインの視線が嫌らしく綱手に纏わりつく様を想像しながらご賞味下さい(笑)。

「人柱力はほぼ狩り終えた
尾獣による忍び里のパワーバランス
今や均衡を保ってはいない

今、九尾を庇ったところで無意味だ…
直に争いが始まる
戦争の火種はあちこちにくすぶってる

そして我々がその戦争をコントロールする
我々に協力すれば助けてやるのも吝かではない
この状況…我々の力も分かったハズだ」(天道)

五影をなめるな!
我々の先代達が求め
そして維持しようと努めてきた安定
崩そうとするお前らテロリストが
何を言っても無意味だ!!」(綱手)

第428話「対談!!」で、ネッチリとし視線を綱手に絡ませる天道(もう、セクハラですよ!!嫌らしい!!自来也が怒りますよ!!…笑)に綱手が「五影」と言う言葉を使っています。綱手の言い分は、五大国のこれまでの里影=「先代達」が世界の安定に腐心し、戦争ばかりしていたようだけど、実はそれも平和を求めたが故の”必要悪”であったと反論している訳です。そして、先に雷影がキラビの誘拐事件に際して提言した「五影首脳会談」がそれに同調するとすれば、五大国支配の前提で「安定」や「平和」を真剣に考える態度があったと思います。

ペインの本体であろう長門は雨隠れの難民で、小国の立場で、しかも末端です。その立ち位置と五大国の首脳である里影とは正に対極とも言える立場の違いがあります。それはまるで巨大な像が寝返りをうつ事で踏みつぶされる蟻にも似ていて、双方とも声が聞こえるべくもない絶望的な隔絶がそこにはあります。だから、長門にすれば五大国は完全な悪だし、逆にその不平や嫌悪感は五影ら五大国の首脳には決して届かない虫の音に等しい…。それが両者の決して相容れない距離であり、利害関係すら成立しない歯痒さがあるのだと思います。

「私たち大国も痛みを受けてきた
言いがかりを付けてこんな事をするのはやめろ!」(綱手)

笑止……」(天道)

第429話「痛みを」のやり取りが正にそれで、綱手と天道の意見は決して交わる事の無い無理問答に近かった…。どちらかと言うと、天道の方が綱手の意見に聞く耳を持たない…と言う雰囲気で、最後は綱手の言葉を「笑止」と切り捨てて、木ノ葉を超特大の神羅天征で圧壊させてしまいます。綱手的には小国の辛さ=大国の理不尽も想像できる旨の意見は持っているんですが、長門にはそれが全くない。そこには”道理”と言う想像力が欠如しています。そして、この二人の絶望的な距離感に長門の本質が潜んでいると、僕は考えています。

綱手の後ろめたさすら感じさせる対応の裏には多少なりとも長門たちのような理不尽な暴力の犠牲になった人々に対する罪悪感があるように思います。それは大きな像が寝返りをうったらどうなるか?を考える事ができる想像力だとも言えるでしょう。そして、それが天道(長門)には欠如している。そして、大した力は手にしただろうに、その意識は明らかに矮小(わいしょう)だと言わざるを得ない。長門にあるのは恨みや不平不満の数々…つまり、長門は痛みの解決を願うのではなく、痛みを与えることで気を紛らわせる”クレーマー”に過ぎない訳です。

(あの形状
あの波紋模様…!
信じられん…!

あの眼…
三大瞳術の中でも
最も崇高とされる眼…

輪廻眼…!!)(自来也)

自来也は岩隠れの中忍を殺めた長門に輪廻眼を見出します(第41巻/62頁)。それで、本格的に三人の難民に忍術修行を付ける決心をしたとも思われます。これは大ガマ仙人の「予言」の「安定」と「破滅」に符合する「輪廻眼神話」に基づく自来也の判断だったものと思います。そして、この判断には大ガマ仙人の刷り込みにも似た意図を感じます(苦悩⑥参照)。結果、長門は「予言の子」となり、「予言」の一方である「破滅」を受け持つ存在になるのです。しかし、その「予言の子」が何故か”暁”に居る……(汗)。

「いよいよだ…
我らが目的を達成するのもあと僅か…
そうなれば全てが本来の形に戻るのだ…
写輪眼の本当の力が…
このうちはマダラの力が…」(マダラ)

「また空が鳴き出した…
ペイン…アナタ…」(小南)

一応、ペインは”暁”のリーダーだと言う事になっているものの(第40巻/94-97頁)、マダラ(トビ)を目の前にした天道の無力感。それが降らせるであろう雨脚が小南を心配させ、それに無言で俯(うつむ)く…天道がマダラ(トビ)のパシリである事実を窺わせました。明らかに、マダラ(トビ)はペインを管理下に置いています。言い方を変えると、マダラ(トビ)は「予言の子」を手駒にしているのです。そして、それは”暁”と言う組織をベースにしていて、立ち上げ時期は不明ですが、イタチの証言によれば、かなり古くから存在していた筈です。

時系列では”長門・小南・弥彦たちの死(MIA)→ミナト弟子受け→四代目火影→九尾事件”だと思われます。自来也は紛争で散った長門たちを見切り、次なる予言の子を求めてミナトに出会った筈です。また、自来也の情報網や情報収集能力を加味すれば、長門らの戦死の誤認には”暁”の情報操作が関係している可能性は高く、明確な意図をもってマダラ(トビ)が、この時期に長門を拾い上げ、輪廻眼の能力を利用してシステムペインを構築したのではないか…と、僕は仮説っております。

システムペインの構築がマダラ(トビ)に依存しているのであれば、ペインが大した力を持っているにも関わらず、マダラ(トビ)に服従する理由が出来る(笑)。例えば、高周波チャクラの送受信や、チャクラの発生源をマダラ(トビ)が牛耳っていると考えれば、ペイン(特に天道)がやや卑屈にマダラ(トビ)を直視しない雰囲気があるのが解せます。そして、そのやるせなさを小南が繕おうとしてるように見え、それをペインが邪見に感謝してると考えれば、「長門の病状」が知れる…(笑)と、僕的には非常にしっくり来ます。



仮定の仮定(滝汗)ではありますが…自来也が見出し、生きるスベとして忍術を与え生かした血継限界…輪廻眼。それを”暁”に取り込んで利用しようとしたのがマダラ(トビ)でしょう。輪廻眼のレアな血継限界…それが規模は小さくとも雨隠れの里と合わさる事で、システムペインと言う兵器を生み出す事ができた…それを実現する為の政治力…それがマダラ(トビ)のアイデンティティでしょう。今あるマダラ(トビ)とペインの上下関係を観察すると…マダラ(トビ)のパシリ的な…がそれを如実に物語っていて、ペインの存在がマダラ(トビ)に依存してるような無抵抗感がペイン(天道)には見て取れます。

そして、ペインが綱手に示した苦情(コンプレイン)が、極めて後ろ向きで、私怨に近い「言いがかり」だったのは、ペインがマダラ(トビ)の単なるパシリに甘んじる矮小さに起因し、それを綱手が見透かした結果であったとも思え、「予言」などと大層なお題目はあるものの、それをも飲み込むもっと大きな潮流の存在を感じさせるのです。ぶっちゃけ、ペインの”暁”での立場(あまりにも独り立ちできてない感が否めない…ちゅーか)を考えるなら、マダラ(トビ)の政治力や組織力を感じさせる戦略は「予言」への便乗…マダラ(トビ)の目的達成に向けたミッションの一つに過ぎないでしょう。

ミナトは何か重大な事実を知っていて
その事実のために九尾の力を我が子に
託したのだとしたら…」(自来也)

「………考えすぎじゃろ」(ゲロ寅)

それらが自来也の「胸騒ぎ」に繋がるんじゃなかろうか…(第41巻/20頁)と、僕は考えてる訳です。恐らく、自来也は大蛇丸を探る過程でこの疑念の一端に触れ、直ぐさま、大蛇丸に関係する”暁”にもその追及の手は及んだ筈です。そして、その”暁”を調べれば、”暁”が”尾獣”に興味を示し、その収集に動いていた事には気付いた…と思われます。しかし、小南や長門(弥彦)が”暁”で活動してる事を自来也は知らなかったようなので、多分、この辺までが自来也の持ち得た情報だと、僕は考えています。自来也には「予言」による思い込みと、妙木山の介入(フカサクやシマ)による行動の規制(ある種の不自由さ)があったのではないかと思います。そして、それが妙木山の持つ「善意」に対する自来也の仁義だったから、ややこしいお話になるのだ…と、僕は思う訳です。


一方、ミナトはと言うと…

「四代目がこの術(螺旋丸)を完成させるのに丸三年…」

螺旋丸の開発に3年(第17巻/140頁)。これと自来也に師事した修行時代がほぼダブる期間であったと考えると、ミナトが10歳代前半で自来也の手を離れ、ピンでブイブイと言わせて神無毘橋の闘いの数年前にはカカシやオビト、リンを弟子受けしただろうことから想像すると10歳代中盤で上忍に昇格していた公算が高いと思われます。それに、20歳代前半で火影に登り詰めたミナトですから、師匠の自来也もかなりの早期に追い越してた筈です。

そもそも、自来也がミナトから多くを聞かされていなかった事実があるから、自来也はミナトが「何か重大な事実を…」となる訳で、ミナトの秀逸な才能と、卓越した能力により早期に自来也の手を離れ、お互いを認め合う関係に移行していた距離感があったのだと思います。そして、ミナトは自来也に多くを語らず、独自に行動し、自来也の行動にも干渉しなかった…自来也の醸す雰囲気からは、完全に独立したオトナの関係であったと想像できます。

これまでの描写では「予言の子」は一切の説明を受けず、正しい成長を遂げなかった…と、妙木山(自来也)が判断してしまった場合、一方的に消去されて来たようなので、ミナトも「予言」の詳細の告知は受けなかった筈です。ミナトは強くて優しくて根性が筋金入りで、あっさり火影になってしまった…どう見ても正しい成長を遂げていましたから、ミナトは自来也が殺さなくていい弟子=「正しい成長を遂げた予言の子」だったと、内心、自来也は安堵してた筈です。

問題は三代目の走馬灯の自来也とミナト…その横に居る黒めがちの女の子と、ちょっと小太りの男の子でしょう。勿論、この二人も「予言の子」ですから、登場しないと言う事は何かの事情に拠って死んだ…と言う事になると思います。そして、その事情の中には自来也による消去も含まれている訳です。もし、ミナトが「予言」の存在に気付く可能性があるとすれば、この描かれない二人の弟子であろうと、僕は考えています。もし、この二人を自来也が「消去」したのだとしたら…です。

ミナトは自来也の「裏の顔」を知っていた…。

その可能性は充分あると思います。もしも…の場合の同期の死因に疑問を持ったミナトが調べたとすれば、自来也の「選択者」としての苦悩にも気付いたと思います。その時は当然、自分の立場も判った筈です。ま…その可能性の一部始終は「自来也の苦悩④・⑤」で分析した通りです。ミナトが自来也を止めなかったのは、自来也の役割を尊重したからで、ミナトはミナトで自分の役割を為す…独善的に他人を判断したりしない!!「予言」や妙木山に対する痛烈な批判がそこには潜んでいた筈です。

自来也が第一部と第二部の間の2年半、ナルトと二人きりで旅をしながら修行したのは、九尾の暴走やら何やらの事情があったとは思います。ま…こんなことはないとは思いますが、自来也はナルトだって殺してしまわねばならない可能性もあった訳で、修行と言いつつも、半ば監視にも似た…ナルトの観察も同時に併せ持った可能性もあった訳です。自来也が「おまえを弟子にして良かった」
(第416話「ド根性忍伝」)と漏らしたのも、それが杞憂であったと、安堵したのであれば、自来也がナルトに見せた笑顔も味わい深いなぁ…と、今更ながら目頭が熱くなります。

そしてミナトは「九尾事件」で戦死します。まさに閃光のような人生をミナトは閉じる訳ですが、屍鬼封尽と言う自爆技を使ってまで、ミナトは生まれたての我が子に九尾を封印して逝かねばならない事情があったのです。これまでにない安定をもたらす…「予言の子」であろうミナトが、自分の命よりも九尾が重いと判断したからこそ、ナルトに九尾を託したのであって、それが「無意味なことはしない…」(41巻/19頁)と、自来也が太鼓判を捺すミナトの行動であればこそ、重大な意味を帯びて来るのだと思います。それがまさに自来也の「胸騒ぎ」の始まりであったものと思います。


『NARUTO -ナルト-』の終盤に向けて…

忍界の騒動の中心に”尾獣”が在る!!

千手柱間の”尾獣”を用いたミリタリーバランスの構築。先代たち、五影が求め、維持しようと努めて来た「安定」。凶悪なチャクラ兵器である”尾獣”を人の中に閉じ込める”人柱力”の持つ本当の意味。そこから導き出される九尾の鹵獲(ろかく)…それが「九尾事件」の真相(「九尾事件」終末⑤参照)だとすれば、ミナトは”暁”の目論み…恐らくはペインの言う「禁術兵器」を製造する為の暗躍…を未然に阻止する行動に出たのだと言えるでしょう。特に九尾は「”九尾”は最後に封印しなければ…」(鬼鮫)(39巻/69頁)でも判るように、九体いる”尾獣”の「最後の鍵」(うちはのアジトの壁画)とも言える存在でしたから…。

禁術兵器の設計図

そして、”暁”に対して猛烈に敵意を示す雷影や、雲隠れの”人柱力”の成熟度を考えれば、千手柱間の意向に添う政策の継承も感じます。また、雲隠れでキラビを拉致したうちはサスケ=写輪眼の存在を取り上げ、危機感を募らせる雷影の機敏さには、最悪の事態に対する想定もあったと思います。同じように、キラビの盟友とも言える八尾・牛鬼の「そろそろ時代が動くかもな」(第419話/「襲来!!」)とする意味深な発言も、雷影が抱いた危機感に非常に近接したものであったように思います。具体的には”尾獣”を分散して”人柱力”に保管する千手柱間の思惑に相反する”暁”の尾獣集めに対する懸念でしょう。

補足:非常にややこしいのは、ミナトがやった事と、イタチがやった事が非常に似ている点で、これは「終末の谷の決闘・終撃」に収録の予定です。また、マダラ(トビ)の行動と「自来也の苦悩」が重ならないのも実は重要で、それをして僕は、妙木山の「予言」が忍界全体に対して見た場合、他愛無い行事(シマが言う「戯言」)であると考えるのであります。マダラ(トビ)は自来也が見出し助けた輪廻眼を利用したのだと思います。その意味でのマダラ(トビ)の「便乗」であり、ミナトの「九尾事件」はマダラ(トビ)への対抗措置で、同時に「終末の谷の決闘」への布石でもあった…非常に周到な”二重の配慮”であったと、僕は考えています。

まさか!!…第四次忍界大戦…勃発!?

”暁”はマダラ(トビ)を筆頭に暗躍するテロリストの小組織と言う触れ込みでしたが、少なくともシステムペイン絡みで雨隠れの里が組み込まれた巨大な組織ですし、そこに「元水影」(44巻/26頁)であるマダラ(トビ)が絡むとなると、大国の同盟関係にも似た関与・連携が視野に入って来ます。これでゼツが岩隠れと関係してて…なんてなってくれば、五大国は「木ノ葉・雲・砂」と「霧・岩+雨」に二分される想定も浮上してきます。しかも、「禁術兵器」などと言う危険な火種を抱える…一触即発の状態です(汗)。そして現在…その”暁”が八尾と九尾を除いて手中にしました。

それに木ノ葉隠れなどはペイン六道にほぼ壊滅状態にまで追い込まれてるし、このまま全ての"尾獣"を集められでもしたら…ミリタリーバランスどころではなくなります。勿論、そこには隠れ里クラスのチャクラ支援があればこその力量だったとも思いますが、それを構築する技術力も含めた”暁”の戦略性は見逃せません。そして、その中核に居るマダラ(トビ)の思惑が今後の忍界の騒動の行方を左右する…って言うか、騒動の張本人として力強く世界を牽引して行くと考えています。マダラ(トビ)がどれ程、「禁術兵器」に期待してるか…それ次第では世界の荒れ方(壊れ方)も変わって来るのでは…と、僕は思います。

「答えが見つからんかった時は
その答えをお前に託すとしようかのォ!」(自来也)

<シュビッ>「オッス!!
エロ仙人の頼みならしかたねーってばよ」(ナルト)

第416話「ド根性忍伝」で、自来也はナルトにそう言い残しています。ぶっちゃけ、自来也も自らの「苦悩」の答えは見つからなかった訳だ…(答えが見つからないから「苦悩」なんだってばよ)。それは、妙木山と言う恐ろしく高純度な「善意」=「予言」との出会いに起因していました。そして、それに答えられる度量や能力、知力を自来也が持ていたから、さぁ大変…優しく生真面目な自来也は以来、「予言」と共に生きる事になってしまうのです。しっかり、その両肩には二大仙人と言うお目付役を乗っけて…。「融合」を前提とする”仙人モード”とは強力な”力”と引き換えに、妙木山に拠る行動や思想の監視や規制と言った(悪意は無いにしても…)”自由”を奪う危険なシステムであったとも言えます。

だから、ナルトの中の九尾がフカサクを拒絶した…。

恐らく、それがミナトがナルトに九尾(八卦の封印式)を封じ込めた理由の一つでしょう。人は汚れた部分もあるし、邪な気持ちだって無い訳じゃない。しかし、一方では清らかで温かい優しさや思いやりに溢れた生き物であります。清濁併せ持つ姿こそ”人”なのです。純粋な「善意」だけでなく、例えようもない暴力や欺瞞、妬み…と言った「悪意」を併せ持ってこそ、その対比に拠って物事を判断していられるのです。妙木山の「予言」とは、”人”の考えの在り方自体を否定してしまう危険を持っていたと言えるでしょう。そして、如何に「善意」…善かれと思って…であろうとも、他人の考えや生き方を勝手に否定して、ましてや、それを理由に殺してしまうなどと言う権限を誰一人として持ち得ません。

『どうするか…
自分で考えることだ』
(自来也)

第373話「師弟時代…!!」で、自来也が長門に言った「成長とは…」ですが、結局、あれは自来也の悲鳴にも近かったかも知れません。正しい、正しくないなんてのは自分で判断すれば良いのです。他人がそれに口を挟むからややこしい事になる。争いが起こる…。そうしない為に自分で考える必要がある…それを自来也は訴えていたと思います。ただ、自来也は優し過ぎた…。妙木山の極めて純粋で濃厚な「善意」を拒否できなかったのです。ま…それも判る。って言うか、それが自来也だから。しかし、そんな大きくて、強くて、温かくて、優しくて、賢くて…そして、かなりエッチな自来也が居たからこそ、ミナトが居て、ナルトが居るのです。

「自来也の苦悩」…それと向き合ったミナトが解決策を命懸けでナルトを託した…。まるで人が地球の引力を脱し、新たなる世界…宇宙に夢を馳せた”月ロケット”が多段式だったように、時代を動かす偉業が如何に大変かを物語っているかのようです。また、何事も一朝一夕にはならない辛抱を、かの忍道…「諦めないド根性!!」…として伝え育んだ深慮遠謀が、混沌の中で激しい胎動を繰り返す忍界を善き方向に導くものと信じたいです。そして、妙木山のお節介(100%善意の善かれと思ってなんだけど…)が載るのではなく、自来也とミナトの想いを、その双肩に託されたナルトが、人々に希望ある未来を指し示せる事を心から願います。

ナルトの「これから…」を、僕は見守りたい…。

「自来也の苦悩」・終(つい)
ナル×ジャン ケルベロス


  

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