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「真実」(虐殺前夜…最終夜)

  
「同胞殺しのお前が言う
セリフじゃねーな…そりゃあ」

イタチと鬼鮫の「木ノ葉強襲事件」で言ったアスマの一言(第16巻/115頁)。でも、「うちは一族」と言う…たとえ小規模であろうと、大した血継限界を持つ優秀な一族が一夜にして惨殺された事件…「うちは虐殺」…を思い起こすには余りにも「仄か」に、僕は感じました。

仮にも、「忍」たる者が構成する一国(=国に匹敵するコミュニティ)…木ノ葉隠れの里の内部に存在する「一族」の集落が消失してしまうような事件が起こり、その犯人が「うちはイタチ」と認定されている…アスマの台詞はそう言う意味であると思います。

そのイタチが大手を振って木ノ葉に現れるのは「如何なものか?」と、アスマは凄んでいる。しかし…しかしです。実際に木ノ葉隠れの忍が見せた「うちは虐殺」の反応って、この程度だと言う点に、僕は大きな違和感を感じていました。普通は決死の覚悟で討伐なり、捜索なりするでしょ…(笑)。

それで、第一巻からの描写を確認してみたんですが、「うちは虐殺」に対する木ノ葉隠れの里としての反応は、実は皆無なんです。これは違和感と言うよりはあり得ないと思うんです。普通だったら、討伐隊を編成して徹底的に叩く…それが里の威信を保ち、体裁を保つ正当なリアクションだと思います。

「あのなぁ ナルト…
今、木ノ葉は大変なんだぞ

三代目を始め多くの優秀な忍を失い…
今じゃ木ノ葉の力は半分以下にまで落ちている

それでも今まで通り舞い込んでくる
数多くの任務はこなして行かなくちゃならない」(イルカ)

「なんで?なんで?
人手が足りないなら断りゃいいじゃん」(ナルト)

「いや、それじゃダメなんだよ
圧倒的な力で近隣諸国との
パワーバランスを保ってきた木ノ葉だ

任務を断れば他国に里が弱ってるのを
知らせるようなもんだ

そんなことで今や忍者学校ですら休校状態…
オレも色んな任務をこなしてるくらいだしな

病み上がりのカカシさんにすら
もう任務の話が行ってるはずだ」(イルカ)

木ノ葉は充分、傍目を気にしている!(第20巻/51頁)。木ノ葉崩しの後、綱手が五代目火影に就任し、ホッと一息…「一楽」でラーメンをすすりながらナルトに話したイルカの台詞でしたが、どんなに疲弊していようと「力」は示す。その正当性を切々と説いていました。

つまり、木ノ葉隠れが示した…示さなかった「うちは虐殺」に対するリアクションは極めて異例な事なのです。確かに、イタチはビンゴブック(手配書)に載るS級犯罪者ですが、木ノ葉の追求の手が及ばんとする気配(描写)は皆無。これにはもう違和感どころか、不信感のみが湧いて来ると言うものです(笑)。

「次の試合はどうしたー!
うちははまだかー!」

写輪眼が注目される存在なのは中忍試験での「サスケVS我愛羅」を待ちわびる観客の声でも明らかでした(第13巻/17頁)。そもそも、木ノ葉隠れを「千手一族」と組みし、興した双璧の一角である「うちは一族」ですから、対外的に存在が「仄か」なんて事はあり得ないのです。

また、木ノ葉隠れが「忍」が構成するコミュニティと言う考えを用いれば、「うちは虐殺」がその内部で隠密裏に達成された事件とするには無理があります。木ノ葉の忍には白眼もいれば、鼻の効くキバのような感知タイプがいますし、戦闘タイプのカカシですら遠方のチャクラの感知が可能な描写も残されています。

「うちは虐殺」に誰一人気付かなかった?!

そのコミュニティにおいて、「うちは虐殺」ほどの大事件が成立するのはどうしても納得はできません。それで、サソリの傀儡や操りの術を用いた「超短時間」による犯行の達成に活路を見い出そうとしましたが、「うちは虐殺」がイタチとマダラの共同成犯が描写として提示されたので撃沈しています(笑)。

しかし、冒頭のアスマの言葉から木ノ葉隠れの忍の持つ雰囲気を想像すると、どうも「うちは虐殺」をリアルタイムで感じているようではありません。だから、木ノ葉が「うちは虐殺」を黙殺した…と言う線は無くなる。しかし、実際に「うちは虐殺」は起こり、「うちは一族」はサスケとイタチを残して消滅してしまった………。

しかも、「忍」たる者のコミュニティである木ノ葉隠れに大挙して部外者が侵入する事も、同じ理由で却下されるので、イタチとマダラ以外の協力者は期待は出来ません。しかし、それは外部からの侵入の不可能性であって、木ノ葉隠れの里の内部的な関与を否定するものではありません。つまり…。

「うちは虐殺」は木ノ葉内部からの協力(者)があった!!

アスマが全く「うちは虐殺」を感知できなかったのを真実と受け入れれば、木ノ葉内部の協力者が、複数…ある程度の人員で構成された協力者が「うちは一族」の集落全体を覆うような「結界」(木ノ葉崩しの音の四人衆による「忍法・四紫炎陣」の大規模なもの)を展開して秘匿する処置をしないと、「うちは虐殺」は不可能です。

しかし、たとえ木ノ葉内部の協力者と言えども、ある程度の規模での行動である事は明白ですから、今度はそれを察知できない木ノ葉隠れでない事も、外部からの協力者と同じ方式でが却下されます。少なくとも、木ノ葉隠れの「暗部」がそんな不穏を見逃すなんて考えられません。

木ノ葉隠れの「うちは外し」や「警務部隊"岡っ引"説」をしつこく説明してきました…。

それは、木ノ葉には「暗部」と言う特種部隊があるんですから、治安維持と言うよりは「警務部隊」は軽微な犯罪の取り締まりに奔走させられる閑職だったとする考えでした。逆に言うと、実質的な木ノ葉隠れの治安維持は「暗部」が受け持っていたと考えるのが妥当でしょう…と言う事になる…と。

きっと、フガクがイタチの暗部入りを熱望し、絶賛した陰にはそんな"下地"が隠されていたんだと思うんです。フガクのあのガッ付くようなプレッシャーには「うちは一族」が暗部に入る実績=ルートをイタチを足掛かりに確保したかったのではなかったのか?と、僕は考えるに至っているのです。

つまり、「暗部」が気付かないのはない…と言う障害は、「うちは虐殺」に暗部が関与することのみによって回避されるのです。それを「暗部」の総意とするか、一部分とするかで多少の温度差は生まれますが、「うちは虐殺」がイタチとマダラの共同成犯と固定するならば…

「暗部」…つまり、火影が「うちは虐殺」を支援した!!

温度差…総意か一部分か…それは「暗部」内部の確執をイメージしています。これは指揮系統に言及するもので、「暗部」の総意であれば火影が関与しているし、一部分であれば「根」…つまり、ダンゾウが関与してる事になると、僕は考えてます。

それで、もしかしたら「根」の解体も「うちは虐殺」に絡んでるのだとしたら、「暗部」ではなく、「根」…つまり、ダンゾウ主導の一件への関与・協力が想像されます。ちなみに、当時の火影は三代目・猿飛。あの温厚で優しい猿飛が、あの「闇」をどんな気持ちで見てたんでしょうか?

それと、犯行の夜。イタチの装束は木ノ葉の額当てとボディアーマー(木ノ葉ベストにあらず)と、背中の長刀。きっと、あれは「暗部」の装備品と装束だったのでしょう。「暗部」の活動の後?と、当時は思っていましたが、何かのついでに片付けられるような所行ではなさそうです。と、言う事は………(黒笑)。

つまり、不可能な犯罪=「うちは虐殺」を成立させるには木ノ葉隠れの…少なくとも"容認"が不可欠なのです。そして、一般の忍にそれを察知されない為には、内部的=「暗部」の"協力"が必須になるのです。そして、「暗部」とは火影の直轄機関ですから、当然、火影もこの一件には関与している…事になる。

もう一つ、「うちは虐殺」を成立させる上で重要な要件があります。

それは「うちは虐殺」の夜。一族全員が一ケ所に集まっていた事です。マダラがイタチに協力したとは言え、事実として「うちは虐殺」は「うちは一族」の集落のみで完結していますから、一族が積極的に集合.集結している必要があります。それが一族の「会合」であった可能性があります。

恐らく「うちは虐殺」は一族の「会合」を狙い撃ちにした犯行だった筈です。その情報はイタチが容易く入手できる事でしょう。もしかしたら、イタチもその「会合」に誘われていた…。否、きっと、しつこく勧誘されていた事でしょう。

しかし、「会合」では、何を話し合っていたんでしょうか?

「いいか、イタチ…
一族を裏切るような真似をしてみろ…
タダじゃ済まさねーぞ」

「シスイ事件」で押し掛けたヤシロがそう毒づき、イタチを威嚇していました(第25巻/96頁)。これは「シスイ事件」への関与を疑う言葉ですが、同時に「会合」を軽視するイタチを非難するものと感じます。そして、その「圧力」に「会合」の議題が有する反社会性・非合法性を見い出しました。

ぶっちゃけ、「うちは一族」は木ノ葉転覆とか、政権の奪取に肉迫するようなクーデターを画策していたんではないか?と、僕は考えています。それが表立って出るのもアレなんで、「地下組織」としての"道"の結成も想像したりしました(そして、シスイはそれに押しつぶされた…とも)。

「…サスケ
トイレに行ったら早く寝ろよ」


そして、それがあの深夜の「密談」のイタチの台詞に繋がるのです(第25巻/82頁)。「うちは虐殺」で主犯とされるイタチ以外の「うちは一族」の生き残り…サスケの存在が何とも説明し難いのです。そして、このイタチの台詞に過敏に反応するフガクとミコト。その違和感が答えだと…。

イタチとフガクの『密約』があった!?

イタチは「暗部」入隊後も「うちは一族」の反社会的=反木ノ葉的な思想や行動を秘密にする見返りに、「うちは一族」の活動にサスケを巻き込まない事を要求していたんではないか?と思うんです。フガクやミコトはそれで確信犯へと身を落とすわけですが、そこには「親」としての安心もあったのかも知れません。

だから、さっさと止めたいのに一向に終わらない深夜の「密談」を打ち切る為に、イタチはサスケをダシにできたのです。サスケに「真実」を知られた時点で、イタチとフガクの『密約』は反故になってしまいますから…。それをフガクとミコトは恐れたのだと思うのです(ミコトママの「!!」はホントに衝撃でした…)。

それが、サスケだけが「うちは一族」の「真実」をしらなかった理由であり、「うちは虐殺」で唯一人生き残った理由であると思います。そして、そこにはイタチがサスケに注ぐ慮(おもんばか)りが見え隠れしています。だから、トビは、あんな風にサスケに切り出した…(そして、そう言い残してキッシーはバカンスに出た…笑)(第397話「真実を知る者」)。

「忍の世の為
木ノ葉の為
そして何より弟のお前の為に
全てを懸けた―

兄・うちはイタチの生き様を!!」

悲しいけど、一族を皆殺しにしたのはイタチなのでしょう。しかし、それは「うちは一族」が水面下で画策した計画が関係している筈です。そして、それがトビの言う通り広く世間、世界の為であり、サスケの為だったとする「大義」に補強されているものであったのだと信じたいです。

そして、「忍の世の為」には自来也が擦(かす)っている形跡が残されています。正確に言うと「擦らなかった…」なんですが、ややこしくなるので…(汗)。で、それが描写されているのが、イタチと鬼鮫の「木ノ葉強襲事件」の後のナルトとの接触で、自来也がナルトの加勢(オネーチャンに手間取って遅れた)した時です。

「………」(…復讐か……)

イタチはサスケをボコボコにするのを見た自来也の反応です(第17巻/57頁)。極めてあっさりと流すようですよね。自来也は元来、写輪眼に興味を持っていません。それは自来也の自己評価の低さに代表されるような「才能」に対する反目とも取れるような人格形成でもあるんですが…。

しかし、自来也は"予言"の信託を受け、それに従う行動を粛々と行う存在である事が解っています。自来也の"選択"が時代や世界に大きく影響するのだし、過去には長門の輪廻眼には大きな期待を寄せた描写もありました。で、あるのに写輪眼には全くと言って良いほど興味を持っていません。

しかし、現実的に、写輪眼はトビ(マダラ?)と共に在り、未だ余談を許しませんが、全てを動かす指揮棒を握っていると言って良いです。つまり、忍界の行方を左右する重要なファクターを写輪眼も実際には握っている筈なのです(これが過渡と言う考えもありますが…)。

もう一つの『予言』が存在する…!?

自来也は「選択者」としての信託を「大がま仙人」の予言によって与えられました。それは「善」と「悪」。「プラス」と「マイナス」と言った真逆を同時に合わせ持つ、ある意味、不可解な予言でありました(「善」だけを生み出せば話は早いからね…笑)。

それは清濁が鬩ぎ合う事で真理に近づかんとする自然そのものが持つ「理」(ことわり)に符合します。やはり、その「理」を持ち出すのであれば、その考え自体に相対するような対極を用意するのも、また「理」と言えるのではないでしょうか。

しかも、イタチが「うちは虐殺」なんて大それた事をやっちゃいましたから、そこには自来也が黙々と噛み締めていた程度の重みは欲しいと…無いと「均衡」が保てない…と言うような「美しさ」を何故か期待してしまうと言う、本能的な欲求があるのです。

「鷹一族」の存在!?

自来也と「蝦蟇一族」との関係性に準(なぞら)えるなら、写輪眼…つまりイタチには「鷹一族」のような忍界全体を見渡すような存在があって、イタチに"予言"による信託を与え、それに従うような行動をイタチが粛々と行っていた…で、それに木ノ葉にも賛同し、協力していた…とすれば、イタチの行動にも光が射すと思うんです。

「鷹」が大空を舞い、広く世界を見渡す…監視する…「蝦蟇一族」の予言の達成を監視する「鷹一族」…それが「火遁・豪火球の術」を会得した愛すべき「わが子」の溢れ出たフガクの台詞に含有されていたとしたら…それが、「うちは一族」の言い伝えにも符合した…なんてシビレちゃう話じゃないですか…(第25巻/120頁)。

「今からはその背中の家紋に恥じぬ様
己を磨き大きく舞い上がれ」(フガク)

そして、大蛇丸を呆気無く倒したサスケが偉そうに言った…唐突な「鷹」と言う言葉。何故、大蛇丸がサスケに対して「天の呪印」を与えたのかも色んな憶測を呼んでしまう…思わせぶりな描写でもあります(第38巻/96-97頁~第344話「蛇と…」より)。

「これから、空高く飛び立つ…鷹の目にな」

とも綺麗に共鳴します。そして、その音叉が終末の谷で黄昏れたトビのお面の奥の写輪眼に繋がります(第41巻/26頁~第371話「旧知…!!」より)。トビのあのシーンでの黄昏れ方には必要以上に妄想心を掻き立てられたものでした…(汗)。

「いい流れだ。あとは…
次の脱皮で蛇のままか、鷹に変わるか
見モノだ…サスケ」

トビは「全てを知る者」として、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)に指揮棒を振っています。その異常なまでの落ち着きが、「鷹」の予言に基づくものであれば、意外に納得できるんじゃないかと…。ただ、これはほとんど描写がなく…あっても(僕の)コジツケみたいなものなので…でも、これはイタチの仕出かした「事」の大きさをイタチいがいでアジャストしようとするものですので…あしからずご了承下さい(笑)。



「真実」はやがて語られます…。

「本当の変化とは規制や制約…
予感や想像の枠に収まり切っていてっは出来ない」

イタチの言う「変化」とはこれからもたらされるであろう「真実」だったんじゃないかと、僕は考えています。そして、それは…自分がそれを実行としていた「真意」を示すものだった筈です。だから、僕みたいなちっぽけな存在の世迷い言が"的中"なんかはして欲しくないと考えています(マジで…)。

そして、こうして「新ジャン」のない二週間を、半死半生でフラフラになりながら、決死の考察(笑)である「虐殺前夜」をアップしてきたのも、そうしたイタチのしたであろう「大きな行動」に対する敬意(リスペクト)であり、同時に、僕の貧弱な想像力を補完する為の実地検証でもあったのです。

拍手のコメで漏らしていた「実験」と言うのが実はそれで、イタチが何をしていたのかを考えてみたんです。そしたら「自分の役割を果たしている…それだけだ」(イタチ~第25巻/99頁)に行き当たった…。イタチは何をしたのかは、これからトビが語ってくれるから良いとして、イタチがどんな風に行動していたかは、そこから痛いほど…解る。判った…。

それは、完全なる「滅私」(めっし)

それだけは僕の中で「鉄板」でしたから…。

だったら、同じ事をやってみよう!

自分を滅し切って「考察」を鬼のように…猿のように…ひねり出してみよう!で、書きはじめたのが「虐殺前夜」でありました。通常のペースで言うと、「感想」と「考察」が週一本ずつ…週二本ペースで、月間十本が一応、僕の自然なペースでしたから、今日までの異常なペースに思わず心配してくれた人が多かった…(感謝してますから)。

でも、僕も不器用だから、やっぱり実際にやってみないと解らない。で、やってみたら解りましたもの…。答えは…………僕には無理でした!!(笑)完全に自分を滅し切り、全てを投げ打って「考察」を続けるなんて夢のまた夢でありました。眠いだの…バイクだの…仕事だの…何だのと…言い訳ばっかでしたから…。

だから、イタチは凄いんです。イタチが「何か」を背負い込み、黙々と歩んでいる。今まで只の一言でもイタチの言い訳や弱音を聞いた事はなかった…でしょう?これはもう「偉人」クラスの行いと言って良いです。エジソンやアインシュタイン…子供の頃、聞かされた…そこに名を列ねて良いくらいの…(何て…遠いんだ…)。

イタチが実際に「何」をしようとしたのかは量り知れない…です。

でも…一つだけ現実に遺したものがある。

それはサスケでした。

かと言ってイタチの事ですから、一言たりとも言い訳せずに自分の責任としてサスケの前から姿を消してしまった…。むしろ、怨まれる事を望んで…ご丁寧にサスケに生きる目的を残して…(第25巻/162頁)。幾重にもイタチはサスケを救う予防線を張り巡らせていたんです。トビに浴びせた仕込みの"天照"もそうだったし…。

兄さん…

アンタを
殺すためなら
この先が
どんな闇だろうと
オレは突き進んでやる!

どんな事が
あっても
力を手に
入れてやる!!

イタチが僕らと変わらない普通の人間だとして、ここまでの偉業を成し得る方法が一つ残されています。それは…どんな困難も苦境も、ものともしない存在。いつだって、アナタ達を見守ってる視線。感じてますよね。その息遣い。臭い…(鬱陶しがらないでね…笑)。

少年少女を優しく包み、育む暖かさ。

ある時は教え導く…強さと厳しさ…。

そこに溢れる無償の心情…「愛」。

時に全てを跳ね返す最強の「楯」で庇(かば)い、時に"魔"を祓う無双の「剣」を振るう…。それを、イタチは"須佐能乎"で示した…。イタチはサスケの中に居座ろうとする大蛇丸を一掃してしまった…。これは正しく「親」の所行です。あんなにボロボロになりながらも、イタチはサスケを守り通した…。

イタチはサスケの「親」に成り代わろうとしている…?!

それは、サスケの最も大きい"喪失感"に対する思いやり…。

親は子の為なら何だってできる。
それは、「死」をも厭わない…。


これが…唯一…今、断言できる…
…僕が感じた…イタチの「真実」。

「虐殺前夜…最終夜」
ナル×ジャン ケルベロス

イタチさんはやってない!

  
  
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「シスイ事件」(虐殺前夜…第六夜)


「うちは一族」を「岡っ引」と仮説ったのは、実はこの描写にあって、余りにも騒々しく、極めて野蛮なその態度が、「エリート」とか「優秀」とされる「うちは一族」とシンクロしなかったからです。もし、イタチのところに怒鳴り込んで来た三人が「うちは一族」を代表する人格だとするなら、その前提は覆ると思ったんです。

ちなみに、怒鳴り込み隊の三人。ロンゲの黒髪がうちはイナビ(25才)。寡黙なミディアムの黒毛が、うちはテッカ(21才)。そして、白髪がうちはヤシロ(45才)で結構、おっちゃんです(笑)。三人とも警務部隊に所属。特にイナビがイタチに対して懐疑的で、それは敵対心に近かった(「闘の書」168頁)。

写輪眼の優位性は、戦闘行動においては絶対的でもあり、もし一対一で対決するなら「うちは一族」は強い。それは事実だと思います。それは「優秀」と言える。だから、写輪眼を所有する「うちは一族」は「エリート」と言う事もできると思います。

しかし、強いってそんな事かな…って思うんです。強さって「力」だけなんでしょうか?闘って闘って全員に勝って、全員殺してしまって独りになってしまうような「力」ってホントに「強い」って事なのかな?って。それって「力」は力でも、「暴力」じゃないでしょうか。

それは「力」の一面でしかない。

だから、粗野で品のない「暴力」をひけらかすような警務部隊の三人の物言いには人格的にも生活的にも相当のビハインドを感じてしまうんです。この三人の雰囲気が「うちは一族」を示しているのだとしたら、イタチがサスケに話した「警務部隊」も"絵に描いた餅"に感じます。

もしかしたら、「うちは一族」とは、木ノ葉隠れの里においては身分の卑しい"階級"、或いは"集団"に認定されるような「陰」の描写(大声では言えないような…)だったのかな…と憶測していて、それが「うちは"岡っ引"説」の根幹をなしているんです。逆に、うちはの内部的には自分達を選民的な「英雄」として誇示しているところに悲哀を感じます。

それはナルトを忌み嫌ったような無意識下の嫌悪感のような、本能的な蔑視のようなもので、木ノ葉隠れにあって「うちは一族」も何か得体の知れない存在として排除されるような無意識が働いていたんじゃないかと思うんです。それが縮小傾向にあった「うちは一族」の趨勢には非常にマッチするのだと思います。

そして、その品のない物言いで押し掛けて来た警務部隊の三人がイタチとやり取りを始めます。三人に対するイタチの穏やかな物腰が異常に際立つシーンと言えます。質問と言うよりは、訊問(じんもん)に近い雰囲気で、「聞く」が「訊く」(きく)になっているところがポイントです(以下~第25巻/88-105頁~第222話「イタチの疑惑」より)。

「…何です。みなさんお揃いで」(イタチ)

「昨日の会合に来なかった奴が二人いる…」(イナビ)

「お前は何故来なかった!?」(イナビ)

「…………」(イタチ)

「………」(やっぱり兄さん…
昨夜父さんが言ってた会合には行かなかったんだ)(サスケ)

「暗部に入り
色々な面倒事に駆り出されてるのはるのは分かる
お前の父上もそう言い、何かと庇ってはいるが…」(イナビ)

「しかし、我々としては
お前を特別扱いする気は無い」(ヤシロ)

「…分かりました。以後、気を付けましょう
そろそろお引き取りを…」(イタチ)

「…そうだな
だがその前にもう少しだけ
きたいことがあってな…」(ヤシロ)

「………」(イタチ)

「昨夜、南賀ノ川に身投げした
うちはシスイについてだ」(ヤシロ)


三人の訪問が「シスイ事件」の唯一の描写で、その事件の内容に関しては多くを語られていません。ここでも、「身投げした」とだけあり、死体が出て来たのか否かも有耶無耶です(笑)。三人の雰囲気から、シスイは死んでいるのは事実(と認定されている)と思われます。

でも、この勢いからすると、三人はシスイの亡骸を見ていて、身体に刀傷がなかったり、絞殺されたとかの他殺の痕跡がなく、表面的には完璧な「水死」だったと考えるのが妥当でしょう。だから、シスイの亡骸があった筈です。もし、死体が上がってなければ「失踪」と表現したとも思います。

何故、こんな事を心配?するかと言うと、僕はイタチがシスイを殺したとは思って無いからです(笑)。そして、そのシスイの亡骸が何かに利用されてないか?と、期待してるからに他なりません(笑)。時系列的にはあの「夜」から1年程度は最低でも前の筈ですから、シスイの死体は「うちは一族」の管理下にあると考えられます。

つまり、「一族」の好きにできると言う事です(薄笑)。

「会合に来なかったもう一人がそのシスイだ
確か、お前はシスイを…
実の兄のように慕ってたな」(イナビ)

「…そうですか…
最近は全く会って無かったが…
残念です…」(イタチ)

「………」(サスケ)

「……で我々、警務部隊は
全力で捜査に乗り出すことを決定した」(イナビ)

「…捜査…!?」(イタチ)

「これがシスイの遺書だ
筆跡の鑑定は済んでる
間違いなく本人が書いたものだ」(ヤシロ)

「…他殺の線が無いなら
何の捜査ですか…」(イタチ)


「写輪眼を使える者なら
筆跡のコピーなど容易いからな」(イナビ)

「……!?」(サスケ)

「………」(ヤシロ)

「ちっぽけな紙の切れ端に書いてある
遺書の内容は見ての通りだ」(ヤシロ)

この描写を何度も読み返しました。それはもう穴の開く程に(笑)。

確かに、イタチは険しい表情ではありますが、怖じ気付くでもなく、後ろめたそうでもありません。勿論、悪びれてもいない。少なくとも感情の起伏は小さい。これがイタチの胆力によるブラフなのか、無為の自然体なのか?ちっちゃい僕にには知る由もありません(笑)。

また、感情的なイナビと違い、やや理知的な落ち着いた口調のヤシロの訊問に対しても、イタチの受け答えは満点で、サスペンスドラマ的にはめちゃくちゃ賢い真犯人か、全くのシロのどっちかの両極端の反応と言えます。これもやっぱり、ちっちゃい僕には判定ができません(笑)。

でも、「兄のように慕っていた」と言うシスイが亡き者になり、イタチが万華鏡写輪眼を開眼したのは事実であるとも思います。これは、万華鏡写輪眼の開眼条件である「大切な友を殺す」を肯定する描写だと、僕は考えています。問題はどんな風にイタチが関与したか…。

これは、カカシの万華鏡写輪眼の開眼にもリンクする部分で、「後悔」の度合いや自己認識が関係してるように感じています。別のアプローチでは、オビトとイタチの関係性もあって、それは「イタチ養子説」とも水面下でリンクしています。

『シスイの遺書』

任務に疲れた。
このままではうちはに
未来は無い。
そして、オレにも…。

これ以上"道"
背くことは出来ない

問題のシスイの遺書が出て来ました。

右端はビリビリで、ハサミや刃物で切り取ったものではなく、手で破られた紙の切れ端。それを、丁度、センターではなく左寄りに谷折りしてあります。証拠の保持のセオリーからすれば素手で持つのもおかしいし、何か指紋の付かないような容れ物に入れて無いところを見るとレプリカ(複製)ともとれます。

万一、この遺書がレプリカだとしても、彼等の言うように写輪眼で正確に模造できるとすれば内容に関する信憑性はあると思います。僕は、左のビリビリに破かれた部分に注目していて、そこにも何か書かれていたんじゃないかと考えてるんです。ホントは片観音(三つ折り)だったんじゃないかと…。

「………」(イタチ)

それをシゲシゲと眺めるイタチが怒っているように見えるんです。勿論、イタチはこの遺書のホントの姿を知ってるからなんです。つまり、イタチが事件の当事者だったと言う事です。イタチは、シスイの「死」を教えられても聞き返したりしませんでしたから。

しかし、徐々に沸き上がるような…イタチの静かな憤りには、イタチの無実を感じます。もし、イタチが後ろめたい事をしているなら、この場は如才なくやり過ごせたと思うんです。終止、落ち着いた対応をしていたのだし、それが自分の悪事を隠す為の演出なのだとしたら、こんな形で綻ぶものでしょうか?

そして、シスイの遺書でもう一つ引っ掛かるのが「道」と言う言葉です。これは普通に考えたら「道理」なんだろうとは思います。しかし、これを固有名詞として考えてみたらどうでしょうか?そしたら、別の意味合いが見えてくるんじゃないか?と、僕には思えるんです。

「道」と言う組織があった?!

恐らくは「うちは一族」の地下組織。それが存在するとして、シスイはそれに所属していた…とすれば、シスイの「死」の原因も形が整ってくるんじゃないでしょうか。そして、この遺書の右部分を切り取る改ざんをした者はそれを知らなかった。勿論、「警務部隊」の三人もそれを知らなかった。

そこから考えると、切り離されたかも知れない右部分は、イタチがご立腹に見える描写と考え合わせると、例えば「親愛なるイタチへ…」などと書かれてたんじゃないかな…なんて想像しちゃいます。そして、それを現場に残したのはイタチが殺ったんじゃないから…だと思うんです。

イタチさんはやってない!

イタチはシスイを殺してはいない…と思います。でも、シスイを救えなかった…。その後悔と自責の念がイタチの万華鏡写輪眼を覚醒させた…。そして、シスイの遺書が改竄されたとして、もしそれが事実なら、その犯人がシスイを自死、或いは殺害したであろう真犯人と言えると思います。

「警務部隊」の鼻息の荒い取り調べのような接見はまだまだ続きます…。かなり、このお三方はしつこい。特にイナビ。もしかしたら、イタチに対抗心をメラメラと燃やしてたのかもね。あと、ルックスにやっかんでたり…(笑)。普通は好きになっちゃうんだけどね(汗)。

「うちは一の手だれ…瞬身のシスイと恐れられた男だ
一族の為ならどんな任務でも先立ってやる男だった」(ヤシロ)

「そんな男がこんなモノを残して
自殺するとは考えづらい」(イナビ)

「見た目や思い込みだけで…
人を判断しない方がいいですよ」(イタチ)

「…とりあえずその遺書はお前に預ける
それを持って、お前から暗部にも捜査協力を要請しろ」(イナビ)

「………了解しました…」(イタチ)

「手掛かりが出てくるといいがな…」(ヤシロ)

「それと警務部隊にも暗部には別ルートがある
握り潰したりすればすぐ分かるぞ」(テッカ)

「………
もっと直接的に言ったらどうです」(イタチ)

「オレを疑ってるってワケか?」(イタチ)

「………!?」(サスケ)

「ああ…そうだ………クソガキ」(イナビ)

「いいかイタチ…
一族を裏切るような真似をしてみろ…
タダじゃ済まさねーぞ」(ヤシロ)


「…!?」(サスケ)

ヤシロが「一族の為ならどんな任務でも先立ってやる男」とシスイを評してる事から、「うちは側」で活動していたと思われます。それが「裏・うちは」とも言うべき"道"の所属で、それをヤシロが知り得なかったとしても、うちはの為に仕事をしてるくらいの認識はあったんじゃないかと考えられます。

そして、「うちは一族」が反社会的、つまり反木ノ葉的な行動を画策していた可能性が「一族を裏切るような真似をしてみろ…」と、同じくヤシロの口から出て来た事から、現実味を帯びて来ました。それは一族が頻繁に催していた「会合」の議題もそれに関係してそうな気配です。

だから、その「会合」に出席するように促したフガク。それに随伴(サスケの存在に「ドキッ」としましたよね)したミコトママ。それに、「会合」に出席しなかった事自体を責めるような「警務部隊」の三人もそうだし、結局、「うちは一族」全体が怪しくなって来ます。

逆に、その「会合」を意図的に回避しようとしたイタチは「うちは一族」にあっては異端と言えるでしょう。イタチの言い訳っぽい出席の拒否の仕方は、その本意を知っての上でのような感じがしてました。イタチは「うちは一族」が何をしようとしていたのか?知っていたんだと思います。

そして、とうとう堪忍袋の緒が切れたイタチが三人をあっさりとのしてしまいます。イタチはマジ切れ状態でした。この切れ方が普段の冷静で落ち着き払ったイタチから乖離していて、その違和感が、イタチの無罪を予感させるのです。イタチが真犯人であるなら、自分で追っ手を引き止めるようなバカな事は決してしないと思うから…。

「さっきも言ったハズだ
見た目や思い込みだけで…
人を判断しない方がいい

オレの気が長いと…
勝手に判断しタカをくくるからだ…」

「一族…一族…

そういうあんたらは
己の"噐"の大きさを測り違え
オレの"噐"の深さを知らぬから
今そこにはいつくばってる」(イタチ)

(こ…こんなお兄さん…今まで見たこと…)(サスケ)

「…シスイは…
最近のお前を監視していた…
暗部に入って半年…
最近のお前の言動のおかしさは目に余る
お前は一体、何を考えて…」(ヤシロ)

ヤシロの言葉から、イタチが言う「器」とか「思い込み」と言った、不可解なイタチ語をこれまでも他の場所で語っていた気配を感じます。でも、こうして呆気無くイタチにのされた事実から、そこでは切れなかったと思われます。つまり、今回のイタチのブチ切れは極めて異例なのです。

そこまで異例に切れるイタチに、僕は期待している。

「組織に執着し
一族に執着し
名に執着する…

それは、己を制約し
己の"噐"を決めつける
忌むべき事…

そして、未だ見ぬ…
知らぬモノを恐れ憎しむ…
愚かしき事!!」(イタチ)

「止めろ!イタチ!!」(フガク)

「!」(イタチ)

イタチは何かに憑かれたように黙々と話します。その内容は極めて抽象的で、なんど読み返してもしっくり来ません。でも、不可解なのは唐突なだけで、イタチが何故、こんな風に、こんな事を言うのか?その理由が知れれば、その本意は自ずと知れるものと思います。

イタチは不覚にもフガク(プッ…)の登場に驚いています。気配を察知できない程に熱くなってしまっていた。あの…フガクと密談した夜の微かなサスケの気配すら見逃さなかったイタチが…です。やはり、異例。こんな風にイタチが切れるなんて…変だと思いませんか?

「いい加減にしろ…
どうしたというのだ、一体…」(フガク)

「イタチ…お前、最近、少し変だぞ」(フガク)

「………!」(サスケ)

「何もおかしくなど無い…
自分の役割を果たしている…
それだけだ」(イタチ)

「じゃあ、何故、昨晩は来なかった?」(フガク)

「………」(フガク)

「…高みに近づくため」(イタチ)

「…………?何の話だ…」(フガク)

イタチがここで漏らした…「自分の役割」って、何だろう。それで、試しにイタチの発言を全部「正」として考えてみようと思ったんです。イタチの言う事に「嘘」はない…と受け入れてみる。そうしてみると、イタチの振る舞いが徐々にしっくり染み込んで来ました。

イタチは「高み」と言う言葉を発した後、クナイで「うちはの家紋」を穿ちます。しかし、これはイタチがサスケに告げた(昔からうちは一族は、この里の治安をずっと預かり守ってきた…。うちはの家紋は、その誇り高き一族の証でもあるんだよ)と言う言葉が相反します。

しかし、この行動を「正」と受け入れれば、イタチはその「うちは一族」より「高み」…つまり、より高次の存在を感じるような境地にあるんじゃないか?或いは、そう言う拠り所を見つけた…イタチは、「うちは一族」以上の存在を見つけたと考える事もできそうです。

それが…「うちはマダラ」であり、
「真・万華鏡写輪眼」であった…


つまり、この一件の前。恐らく「シスイ事件」の前に、イタチはマダラと出会っているはずです。これは、「警務部隊」のヤシロが言った「暗部に入って半年…最近のお前の言動のおかしさは目に余る」にも符合する。イタチはマダラに感化され、そして「高み」を目指すようになった。

「!!」(フガク)

「………」(フガク)

「…………」(フガク)


「オレの"噐"は
この下らぬ一族に絶望している」(イタチ)

さすがオレの子だ…
暗部入り…心から頼もしく思うぞ

「一族などと…
ちっぽけなモノに執着するから
本当に大切なモノを見失う…

本当の変化とは規制や制約…
予感や想像の枠に収まりきっていては出来ない」(イタチ)


この考察の冒頭で「うちは一族」の在り方に感じた疑問。それに対する答えが、イタチのこの台詞ではないかと思いました。「うちは一族」の誇示する「優秀」とか「エリート」とかの概念がピンと来ないのは、社会性に欠けるからでは無いかな…と言う事です。「うちは一族」の示す「力」とか「強さ」が個人的、小規模の限定的なものに感じられるからです。

人の概念や感性って変化するものなんです。それは何故かと言うと、人は状況の生き物だから。つまり、自然や環境と言った状況・事情の中でしか生きられない動物だから、それが変化する以上はそれに適応して生きるしかないからです。時代や社会と言った高次の環境。その中で人は生きてるのです。つまり、「うちは一族」は時代に取り残されてる。

一面的な考えに固執していては、その変化に対応できない。社会や環境が高度に変化している中で変われないでいる…それが「うちは一族」なのだと、イタチはイライラしながら愚痴ってしまったんじゃ無いでしょうか。優秀が故に固執してしまう。変われない。変わる事を拒絶する。それをイタチは忌み嫌うのではないでしょうか。

イタチは「進化」を促している…。

それが、写輪眼の"器"としての「うちは一族」としての在るべき姿なのだと!!イタチは、その境地に辿り着いたんではないでしょうか?それを「高み」とイタチは言っている。勿論、それを教えたのは「うちはマダラ」。そして、それを教えたとすれば、マダラも同じように「うちは一族」に絶望してる筈です。

「傲慢なことを…!!」(フガク)

(な…なんで…兄さん…)(サスケ)

…クク…
優秀ってのも考えものさ
力を持てば孤立もするし
傲慢にもなってくる

最初は望まれ
求められていたとしてもだ

「もういい!それ以上
下らぬ戯言を言うなら牢につなぐ」(フガク)

「さあ、どうするんだ!!?」(フガク)

「もう許容出来ません
隊長。拘束の命令を!!」(イナビ)

「兄さん!もうやめてよ!」(サスケ)

「!」<ピクン>(イタチ)

フガクはイタチの「高み」と言う言葉に思い当たる所があるような表情でした。それが、イタチの口から出て来た事に危機感を感じているように思えました。また、こんな風にイタチに遠慮するともとれるフガクの行いがイタチとの関係性を想像させます。ホントの親だったらこんな気兼ねの仕方するか?って…。

また、イタチはサスケの声に敏感に反応しました。過敏とも思える程に…。イタチが「高み」を知る境地や状況にあるとして、それでもサスケを敏感に感じる。そして、「役割を果たす」と言うイタチ。それって、「兄としての役割」?それに、このイタチの反応って、フガクの登場を見逃したのとちょっと違うと思うんです。

「…シスイを殺したのはオレじゃない…
けれど数々の失言は…誤ります…
申し訳ありません」(イタチ)

「………最近、暗部での任務に忙殺されて
少し疲れてたようだな…」(フガク)

「…隊長!!」(イナビ)

「暗部は火影様の直轄部隊…
いくら我々警務部隊でも
捕捉状が無ければ逮捕は出来ない

それに息子のことは…
このオレが責任を持って監視する」(フガク)

「頼む…」(フガク)

「………分かりました」(イナビ)

「イタチ…入るぞ」(フガク)

それが、イタチの掌を返すような態度に繋がる。フガク同様、イタチもこの事態を一刻も早く終息させるべきと感じた。この意外なまでのあっさりとした「幕引き」にイタチが"月読"でフガクをハメて操作したのだと思ったほどでしたが、それぞれの思惑を感じるとオトナの危機管理とも思えます。

しかし、サスケは見逃さなかった…。イタチの万華鏡写輪眼。
それは、シスイの「死」にイタチが関係している動かぬ証拠。

「…!」(サスケ)

と、言うか…、

イタチが意識的に見せた「力」だった…。
「うちは一族」の悲しい………「真実」。
全てを背負う…イタチの「決意と覚悟」。

イタチとサスケは、あの「夜」へと向かう…。


「予兆」(虐殺前夜…第五夜)

  
森の手裏剣修行でイタチにおんぶされて帰る道すがら…。木ノ葉隠れの里の一角。「木ノ葉警務部隊」の隊舎の前。サスケの気を察し、イタチは歩みを停めます(以下~第25巻/56-59頁)。やっとこさ気付いたんですが、「木の葉隠れ」じゃなくて「木ノ葉隠れ」なのね(滝汗)。細かいけど、表記は注意しないとね(笑)いつもいい加減でスミマセン(汗)。

「どうした?」(イタチ)

「ここでしょ…父さんが働いている所」(サスケ)

「木ノ葉警務部隊の本部だ」(イタチ)

「前から気になってたんだけど
何で警務部隊のマークにうちは一族の
家紋が入ってるの?」(サスケ)

「何だ…気付いていたのか…」(イタチ)

「当たり前だろ!」(サスケ)

「………」(イタチ)

「うん…そうだな、簡単に言うと
この警務部隊を組織し、設立したのが
うちは一族の先代達だったらしい

だからこの組織のシンボルマークに
自分達の家紋を付けたのさ

昔からうちは一族は
この里の治安をずっと預かり守ってきた

うちはの家紋は
その誇り高き一族の証でもあるんだよ


今や、うちは一族も小さくなってしまったけど
今でもほぼ全員がここの第一分隊に所属し
里の治安維持に貢献している

忍の起こす犯罪を取り締まれるのは
さらに優秀な忍だけだからな」(イタチ)


「…………」(やっぱり父さんはすごいや!)(サスケ)

「兄さんもここに入るの?」(サスケ)

「さあ…どうかなぁ…」(イタチ)

「そうしなよ!」(サスケ)

「………」(イタチ)

「大きくなったら…
オレも警務部隊に入るからさ!!」(サスケ)

屈託のないサスケ。穏やかで静かだけど、しっかりした温かみのあるイタチ。非常に些末で申し訳ないですが(汗)、イタチの台詞って「?」が少ないですよね。それって、イタチの懐の深さって言うか、包容力かな…って思うんです。でも、こうして読み返すとやはりサスケの視線はイタチに向いているんだけど、最終的にはイタチに遮られるように、その更に向こうに立つフガクを目指してるように感じます。

サスケがイタチを好きだと思うのは、フガクにイタチが愛され、認められてるところにあるんじゃないのかな…と思うんです。自分もイタチみたいになれれば、フガクが同じような信託を与えてくれる…。愛してくれる!!だから、サスケのイタチに対するリスペクトと、フガクに対するそれは明らかに違います(…イタチの事をサスケが好きじゃなかったと言う意味じゃないんで…)。

サスケがイタチに対して感じる憧れ…その体温は極普通に在る「兄と弟」のそれかな…と思います(特にイタチはすっごいお兄さんだから割増しだけどね)。対して、イタチの雰囲気…特に「落ち着き」…これは明らかに普通じゃない。少なくとも普通の兄弟の「兄」ではない気がしてならないのです。「兄」と言うよりは…………。そして、それはこれまでも無意識の違和感として僕の中に横たわってきました。

その断片が、ミコトママの台詞に残されています。サスケが独りで修行して、頑張り過ぎて怪我しちゃった時に、縁側でサスケのケアをするんです。サスケはミコトママには本心を素直に言えるんですね。ま、きっと僕もミコトママだったら本心。思いっきり曝しちゃうけどね…膝の上でゴロゴロしちゃうけどね…何か、良い臭いするんだろうな…サスケ、良いな…羨ましいな…(笑)(以下~第25巻/75頁)。

「まったく…
忍者学校が休みの日くらい
ちゃんと体を休めなさい」(ミコト)

「痛っ!」(サスケ)

「無理しなくていいのよ」(ミコト)

「……兄さんは…
たった一年で忍者学校を卒業したんだってさ…」(サスケ)

「……あの頃と今じゃ、また時代がちがうわ
…それにあの子はちょっと特別だから…」(ミコト)

ミコトママの、その口から「特別」と言う言葉が出てきたのに、僕は唖然としてしまいました。イタチが凄く優秀なのは分かる。あの大蛇丸ですら閉口してしまったほどの傑物ではあります。「13才で暗部の分隊長になった男」(カカシ~第16巻/142頁)ですから!しかし、それがミコトママから出てきたのが驚きだったんです。

僕は親になったことがないから、自分の子供のことって想像しかできないんだけど、自分の子を「特別」なんて言うかな?って疑問なんです。「特別」って他と違うって事ですよね。それって…つまり自分とは違う。アナタ(サスケ)とも違う。それは、もしかしたら…イタチが「解らない」って事じゃないのかな。でも、親がそんな降参の仕方するかな?

そして、ミコトママとサスケがこうして語らう描写はあっても、ママがイタチとこうして話すなんてないですよね。イタチがあの食卓で食事するなんてのも落ち着かない感じがするし(笑)。フガクとの関係もそうだけど、ミコトとイタチの関係はもっとしっくり来ないです。良く見ると実に…違和感のある家庭だ…。

で、横道にそれちゃったけど、サスケが食い付いた「木ノ葉警務部隊」のエンブレム。確かに「うちは」の家紋があしらわれています。この二人の話の後、フガクが合流するんですが、肩章に「警務部隊」のエンブレムがあって、建物のあちこちに「うちはの家紋」が誇示されてるのに、「木ノ葉」のマークは皆無。

フガクなんか、「警務部隊」の分隊長なのに、木ノ葉の額当てをしていません。よーく考えてみると、これって、変ですよね。サスケだって、忍者学校に行くのは下忍として認められる為…つまり、木ノ葉の「額当て」をする為だと思うんですが…そもそも「うちは」の忍者って額当てをしないです(しっかり付けてるのはイタチだけなんですよ。"傷"入ってるけどね)。

「警務部隊」って「岡っ引」だった!?

もしかしたら、「うちは一族」が主力の「警務部隊」って、江戸時代の「岡っ引」(目明かし)に似てたんじゃないでしょうか?あれって、時代物のTVドラマなんかでは警察官のように描かれてるけど、実は罪人でお上(政府)の手先になる事で放免される…「二足のワラシ」と称されるような便宜的な処置だったのです。

岡っ引、御用聞き(ごようきき)は江戸での名称。関八州では目明かし、関西では手先、または口問いと各地方で呼びかたは異なる。

起源は軽犯罪者の罪を許し手先として使った放免である。江戸時代には法的にはたびたび禁じられたが、武士は市中の犯罪者について不分明なため、捜査の必要上、比較的軽い犯罪者が情報収集のために使われた。

江戸時代の刑罰は共同体からの追放刑が基本であったため、町や村といった公認された共同体の外部に、そこからの追放を受けた犯罪者の共同体が形成され、その内部社会に通じた者を使わなければ犯罪捜査自体が困難だったのである。

親分と呼ばれる町、村内の顔役に委任されることも多い。配下に手下を持つことも多く、これを下っ引と称した。必然的に博徒、テキヤの親分が目明しになることも多く、これを「二足のわらじ」と称した。

(以上~wikipedia「岡っ引」より引用)

木ノ葉は初代を筆頭にする穏健派がその主流であり、マダラが示すようなタカ派的な勢力は反主流とされ、現状の木ノ葉の趨勢は穏健指向で固められていそうです。そして、マダラが抜けた「うちは一族」はマダラに追求することなく木ノ葉に残りました。それを木ノ葉の体制はそれ程好意的には思ってはいなかったんじゃないかと、僕は考えています。

それが、「うちは一族」に「警務部隊」を任せた木ノ葉の上層部の思惑ではなかったのかと思うんです。それが「警務部隊=岡っ引」の根拠です。木ノ葉は「うちは一族」に「鈴」を付けたかったのだと思うんです。治安を守らせる自尊心(プライド)をくすぐりつつ、同時に「うちは一族」の行動も規制したかった。

しかも、木ノ葉は忍が構成する戦闘集団で、治安維持であれば特別な機関は必要無かった筈です。それを「忍の起こす犯罪を取り締まれるのはさらに優秀な忍」と持ち上げるような形で立場を与えましたが、それであるならば「暗部」に組み込んでも良かったのではないかと思うんです。

それに木ノ葉隠れの里の規模で警察活動を行うには「警務部隊」は貧弱過ぎるように思います。「暗部」がその特殊性を優先するにしても、構造的には警務部隊の部分集合として内部的に「暗部」が独立するのが自然に思えます。或いは、「暗部」が火影直轄のスペシャルフォースとして、自律的に存在するのであれば、それに対する「警務部隊」の在り方はな"なおざり"とも言えるものではないかと思えます。

木ノ葉隠れの里自体が「軍隊」のような構造で、その中のMP(ミリタリーポリス)が「警務部隊」とするならば、その所属はもう少し中央寄りにあって然るべきです。ややもすれば暗部と並列に火影の直下に配置されるような要職にあっても良いくらいに感じるんですが、それにしては「警務部隊」の存在は軽視されているともとれます。或いは、完全に独立させるにしても。それならば、もっと権力を与える必要を感じます。

木ノ葉中枢の「うちは外し」の可能性……。

その感触がフガクがイタチに示すプレッシャーに如実に表れています。「何が何でも暗部!!」みたいな…フガクのガッツクような上昇指向にはイタチもやや圧され気味でしたね。わざわざ、写輪眼まで出して念押しなんてね。それでも、フガクの荒々しい鼻息を良い感じにいなす巧みな交渉術…或いは、支配力とも言えるイタチの胆力には非凡さを感じたものです(笑)(第25巻/61-65頁)。

「明日の特別任務だが…
オレもついて行くことにした」(フガク)

「!」(イタチ)

「……!」(サスケ)

「この任務が成功すれば
お前の暗部への入隊がほぼ内定する」(フガク)


「………」(イタチ)

「分かってるな…」<スゥ…>(フガク)

「………」(イタチ)

「そんなに心配しなくても
大丈夫ですよ。それより…」(イタチ)

「………」(イタチ)

「………!」(サスケ)

「父さん…明日、オレの…」(サスケ)

「明日の任務は
うちは一族にとっても大事な任務になる!」(フガク)


「…………」(サスケ)

「………」(イタチ)

「………オレ、やっぱり
明日の任務やめるよ」(イタチ)

「!」(サスケ)

「!? 何を血迷ったことを言ってる!?
明日がどれ程大事な日か、お前も分かっているはずだ!
一体、何だというんだ!?」(フガク)

「明日はサスケの忍者学校の入学式についていくよ」(イタチ)

「………」(サスケ)

「……!」(フガク)

「………」(フガク)

「忍者学校の入学式には身内が参列するのが通例
通達もあったでしょ……父上」(イタチ)

「…もう分かった…
忍者学校へはオレが行く」(フガク)

「左足…ちゃんと冷やしとけよ」(イタチ)

「うん…」(兄さん……なんて遠いんだ…)(サスケ)

フガクのガッツキっぷりから想像するなら、これまでに「うちは一族」からは「暗部」に採用された人材はいなかったように感じます。サスケの忍者学校の成績や、サスケに対する周囲の期待からしても、「うちは一族」(=写輪眼)の優秀性は万人の知る所なのにおかしな話だなと思います。でも、組織が大きくなるとおかしなもので、能力だけでは評価されないケースって多いんです。どうしても気になる人は晩酌中のお父さんにでも聞いてみて下さい。きっと、涙流しながら熱弁を振るいますから(笑)。

やはり、「うちは一族」は木ノ葉隠れの中枢には登用されないような雰囲気があったのではないかと思います。政治的な流れが穏健派にあり、タカ派の急先鋒だったマダラを筆頭にする「うちは一族」が冷や飯を食わされたのはかなり自然に感じます。そして、それは「警務部隊」と言う態の良い閑職(?)にも綺麗に符合します。しかし、その障害すらイタチはひっくり返すほどの力量があったのでしょう。それが、イタチに縋るようなフガクのプレッシャーに変換されているようです。

フガクがサスケの入学式の参列を反故(ほご)にしてでもイタチの任務に付き添うなどと言う、並々ならない意気込みはフガクの危機感すら感じます。そして、イタチの存在がその千載一遇の好機を生み出した今、一気呵成にその宿願を手にしようとしているのです。フガクの意気込みには焦りすら感じました。そして、その体温が必ずしもイタチと同じではないです。時折、垣間みるイタチの遠い目。異常なまでの冷静さ。

それが、あの「夜」の予兆に思えて仕方ないのです。

しかし、何故、フガクはこうまでイタチの暗部への入隊にこだわるのか?自分は「忍を取り締まる優秀な忍」である筈の「警務部隊」なのに…(笑)。やはり、それはフガクが木ノ葉隠れの「うちは一族」の扱いに関して不満や疑問を感じていたのだと思います。そして、それは一族の総意とも言うべき考えであったのかも知れません。その断片がフガクとイタチの深夜の話し合いに示されています(第25巻/80-83頁)。

「何だと?明日がどんな日か
お前も知っているだろう!!」(フガク)

「!」(サスケ)

「お前は自分の立場が分かっていない…!」(フガク)

「?」(明かりも点けないでこんな夜中に何してるんだろう…?)(サスケ)

「…オレは明日、任務に就く」(イタチ)

「…何の任務だ!?」(フガク)

「………それは言えない…極秘任務だ」(イタチ)

「………」(ミコト)

「………」(フガク)

「イタチ…お前は一族と里の中枢を繋ぐ
パイプ役でもあるのだ…」(フガク)


「それは…分かっているな?」(フガク)

「ああ…」(イタチ)

「………」(フガク)

「それをよく肝に銘じておけ
そして明日の会合には来い」(フガク)


「…………」(イタチ)

「…サスケ
トイレに行ったら早く寝ろよ」(イタチ)

「!!」(フガク)

「!!」(ミコト)


「う…うん」(サスケ)

「こんな夜中に何をウロウロしてる
さっさと寝ろ!」(フガク)

「…………ハイ」(サスケ)

「………」(サスケ)

フガクはイタチの事を「一族と里の中枢を繋ぐパイプ役」と称しています。イタチが「暗部」に入隊する事で、この「中枢」に接触できると言う事ですから、「中枢」とは「火影」を意味すると考えるべきかな…と思いました。「暗部」とは火影直轄の特別な部署ですから、そこでイタチが頭角を現す事で「うちは一族」を火影に認めさせるのが目的なんでしょう。しかし、「うちは一族」が優秀であることは誰しもが知るところなのに、何故、こうまで「中枢」にイタチが食い込む事にフガクがこだわるのかには違和感は拭えません。

それに、サスケが寝ぼけ眼(まなこ)でこの「密談」を覗き見てるのを、フガクは気付いていませんでした。それほど熱くなってたと言う事だろうし、逆に、かすかなサスケの気配を逃さず感じ取ったイタチは流石だし、フガクほど熱くなってない事の現れだと思います。それと、もっと違和感を感じるのは、このサスケの乱入に対して、フガクとミコトママが異常な驚きを持って反応してる描写です。この時の二人の、特にミコトママの不穏な雰囲気は異常としか思えません。

フガクだけでなくミコトまでがサスケに驚いていた!!

フガクとミコトはサスケにこの「密談」が漏れるのを非常に恐れていたと考えるのが妥当でしょう。二人は本誌に登場する描写からはしっかりとサスケを愛するちゃんとした「親」ですから、それがサスケを遠ざけようとするのは、この「密談」の目的にサスケを巻き込みたくなかったからじゃないかな…と思います。と言う事は、この「密談」はかなり怪しい筈です。(明かりも点けないで…)とサスケが訝しがったように、誰が見てもこの「密談」は怪しいです(笑)。

そして、「暗部」の極秘任務を理由に「会合」を欠席しようとするイタチを「そして明日の会合には来い」と窘めるフガク。多分、これと同質の「密談」が存在するのだと思います。それに「会合」と言うくらいですから、ある程度の規模が想像されます。それは、恐らく「うちは一族」の会合でしょう。場所は例の南賀ノ神社の地下の秘密の集会場。そもそも、秘密の集会場があったり、木ノ葉隠れの里の外に「アジト」が存在するなんて、「うちは一族」って怪し過ぎます。

「うちは一族」が木ノ葉の額当てをしない事。こうして「密談」や「会合」を重ね、意思の疎通を図っていた事実。秘密の集会場やアジトが存在した証拠。これらを普通に関連付けるなら、そこには非合法の「危険な臭い」がプンプンと漂って来ます。それは「うちは一族」が木ノ葉隠れにおいて反主流に置かれ、阻害され抑圧されて来たであろう実情の反動にもとれます。そして、サスケを遠ざけようとするフガクやミコトの焦りを純粋な「親心」と読み込んだ場合。「うちは一族」が有する木ノ葉隠れの里内部の反社会性が極めて濃厚にあぶり出されて来ます。

また、イタチの態度からはフガクに言わんとする旨をしっかり汲んだ上で、受け答えしているように感じます。それは、延々と続きそうなフガクの説得を、不意に迷い込んだサスケを「ダシ」に逃れたイタチの機転にも感じます。イタチが「トイレに行ったら早く寝ろよ」と言ったのは、サスケではなくてフガクやミコトに対するものだったと思うんです。この「密談」をサスケに知らせたくない「親心」があるとして、それを逆手にとってフガクやミコトの「熱」をイタチは冷ましたわけです。

イタチも全てを知る者である!

そして、この胸の奥がザワザワと波立つような「予兆」は次第に成長して行きます。全ては、あの「夜」に向かって…。イタチの静かさは、その「闇」を物語っている。

イタチは深夜の「密談」を終了させる為に、サスケを「ダシ」に使った事をちょっとすまなく思っていて、それを手厚くフォローしてる描写があるんです。サスケとイタチが縁側で語らうシーンです。イタチはサスケの中に渦巻く何かドロドロとした部分を解きほぐしようにサスケに接しています。ちょうど、ミコトママがサスケに対して話すように。この時点で、あの「夜」は直ぐそこに迫っていました。当然、イタチはそれを覚悟していたでしょう。

だから、イタチはこの接触を自分で演出したのかも知れない。例えば、フガクが受け取り大切にしまっていたサスケの通知簿を持ち出して、サスケに話かけたとか、サスケが独りそれを手に取り考え込んでいるのを見計らって声をかけたとか。兎に角、イタチはサスケをそのままにしては置けなかったのだと思います。少なくともこの家にあって、イタチはサスケの兄でありました。ちょっと歳の離れた弟を思い遣る優しい兄でありました(以下~第25巻/83-85頁)。

「………」(イタチ)

「父さんは兄さんの事ばかりだ………」(サスケ)

「オレがうとましいか?」(イタチ)

「………!」(サスケ)

「…………」(サスケ)

「別にいいさ…
忍ってのは人に憎まれて生きていうのが
道理ってもんだからな」(イタチ)

「そ……そんなふうには…………」(サスケ)

「………」(イタチ)

(…………兄さんの言う通りだ…)(サスケ)

「…クク…優秀ってのも考えものさ
力を持てば孤立もするし傲慢にもなってくる
最初は望まれ求められたとしてもだ」(イタチ)

「ただ…お前とオレは唯一無二の兄弟だ
お前の超えるべき壁として
オレはお前と共に在り続けるさ

たとえ憎まれようともな…
それが兄弟ってもんだ」(イタチ)

サスケはここで自分の本心に気付かされます。イタチの「オレがうとましいか?」に、サスケは敏感に反応しています。そして、これが、サスケの持つ想いの…イタチに対するものと、フガクに対するものの「質の違い」なんだと思います。そして、イタチはそれをサスケにこんな風に教えられるのは、かつて自分も通って来た道だからとも思うんです。それがイタチの「最初は望まれ求められたとしてもだ」と言う悲哀に満ちた言葉に溢れ出てる気がしてなりません。

つまり、イタチもサスケのように何も解らずに、ただ居られた…子供の頃があったのです。当たり前ですが…(笑)。そこでは望まれるまま頑張ったのだと思います。元々、能力や素養があったイタチですから、何事もそつなくこなすイタチは周囲から羨望のまなざしが注がれ、褒められた。それを嬉しく思うだけで済む子供の頃があったのです。そして、いつしかイタチの成長は周囲を追い越し、その「高み」から見下ろす景色は、子供の頃のそれとは全く違ったものだった…。

だから、イタチがサスケを見つめる視線はどこか物悲しく、そして冷静なのではないかと思うのです。それは、全て経験済みだから。イタチにとってサスケとは幼き頃の幸せな自分だったのではないでしょうか。だから、サスケの喪失感や虚無感の隅々まで気持ちが行き届いたのです。イタチの愛情は常に先回りするようなところがあって、これって…と、僕が感じる別の違和感として横たわっていて…。

イタチはこれから起ころうとしてる事を明らかに知っています。そして、「オレはお前と共に在り続けるさ」とイタチが言うのは、予言めいた言葉でもあり、同時にサスケが健在な限り、イタチも在り続ける…と言う暗示ではないかと思います。つまり、サスケが在る限りイタチは死なない。これは二人の約束に似ていて、こんな状況にあっても、ほんの少しですが僕を安心させてくれています。

<ガタン>

「!」(イタチ)

「!」(サスケ)

そして、この静かな水面のような語らいを大きく揺らす「小石」が唐突に投げ込まれます。波紋は次第に大きなうねりに変化し、ついには全てを巻き込むような大波に成長して行きます。「警務部隊」の「うちは一族」の面々がイタチに面会に来るのです。その物々しく粗野な騒々しさが、サスケとイタチの静寂を消し去ってしまいます。それはまるで…徒競走のスタートの号令のように響き渡る…怒鳴り声だった…。

激しい胸騒ぎ…そして……。

「イタチはいるか!」

「出て来い!話がある!!」

確かにあった「予兆」………。

全ては、あの「夜」に向かって加速して行くのです。



  

「DEKOTON」(虐殺前夜…第四夜)


「許せサスケ…また今度だ」

手裏剣修行の森で一発!(笑)(第25巻/54頁)。デコトンって頻繁にあるのかな…って思ってたんですが、描写では後一回。「シスイ事件」で気まずくなって、小一年ほど経過した「うちは虐殺」の直前にその一発!で計二発切りなんです。

手裏剣修行の森…(以下第25巻/52-55頁)

「すっげーよ兄さん!
岩の裏の死角の的にもド真ん中だ!!」

森の手裏剣修行のイタチはめちゃくちゃカッコ良かった!。写輪眼を煌々と示し、俊敏で軽やかに宙を舞い、綺麗な指先で繊細にクナイを操るその姿に、「この人、きっと上手ッ!!」っと唸ったものでした(黒汗)。あと、宙返りの時にチラ見せする「オヘソ」に食い付く人もいることでしょう(薄笑)。

「よーし…オレだって!」(サスケ)

「…サスケ。そろそろ帰ろう」(イタチ)

「!」(サスケ)

「………新しい手裏剣術
教えてくれるって言っただろう!」(サスケ)

「明日はちょっと大事な任務があって
その準備がある」(イタチ)

「………兄さんのうそつき」<プイ>(サスケ)

<チョイチョイ>(イタチ)

「!」(サスケ)

「許せサスケ…また今度だ」<トン>(イタチ)

「イテェ!」(サスケ)

「………」<ムスッ>(サスケ)

「………!」(イタチ)

「兄さん、見てて!」(サスケ)

「トオー!」(サスケ)

「コラ!無茶したら…」(イタチ)

<グギッ…>(サスケ)

イタチに良いところを見せようと無理をしたのか?はたまたワザとなのか…サスケは左足を挫いてしまいます。お陰でサスケはイタチにその怪我の治療をしてもらった上に、おんぶされて家路につく事になります。この時、サスケは(フフ………)っと、御満悦なんですよ。もしかしたら確信犯かもね(笑)。

で、余談ですが、サスケの手裏剣術の師匠は明らかにイタチで、二人が一緒にいる間にかなりの修行をつけてもらっていたように思います。二度目のデコトンの前に手裏剣修行をイタチに断られたサスケはこんな事を言っています(第25巻/123頁)。

「だって、手裏剣術なら
兄さんの方が上手だって…
子供のオレでも分かるよ」

サスケにとって「手裏剣術」はイタチが直接伝授した唯一とも言えるスキルだったから、その決戦にサスケは持って来たのだと思います。しかも、それがイタチの激しい煽り(第三夜参照)の末の「本気」でやっと出て来ました。このタイミングで「手裏剣合戦」を出して来たサスケに、それまでイタチに対する憎しみの裏にほんの僅かではありますが「迷い」も含有していた事が感じられました。

あの手裏剣合戦の雨霰(あめあられ)の手裏剣の物量にイタチが対応できたのは、サスケと同じように武器召還の術式(剣)をイタチも隠し持っていたからに相違なく、明らかにイタチがサスケに教えたスキルだと思いました。イタチもサスケの雰囲気を感じてマントの下で<ゴソゴソ>とやってるんです(第387話「現実…!!」)

それで、手裏剣合戦の終盤…風魔手裏剣の仕込みでイタチに傷を負わせるんですが、ゼツは避けられる攻撃だと判定していますが、実はあのアイデアはイタチがサスケに教えたのではなく、サスケのオリジナルだったからだと思います。上手い嘘ってホントの中に混ぜるってのと似てて、あれはサスケの戦略だったんじゃないかと。正しく「出藍の誉れ」(←辞書、引くようにね)。

それは、サスケがかなり綿密にこの手裏剣合戦を準備した痕跡であり、イタチがサスケに教えた手裏剣術をサスケがどんな風に我がモノとし、昇華・発展させているかを示そうとしたサスケのいじらしさであったのかな…と思います。永い事、会えなかった兄への成長の報告みたいな感じがしてなりませんでした。

「デコトン」ってサスケにとって何だったんだろう…って考えてたんですけど、あれってイタチがサスケにだけする特別なコミュニケーションじゃなかったのかなって思うんでうね。二人だけの秘め事…と言うか、「特別」をアピールする儀式みたいな感じですね。サスケは「デコトン」でイタチを強く感じてたんだと思います。

だから、サスケは「シスイ事件」以降ギクシャクしたイタチとの関係性を探る…サスケなりにイタチを確認したくて、二度目のデコトンはサスケがイタチをやや煽り気味に誘って引き出してるんです。それにイタチも気付いてて乗っかって来た…。それはサスケを安心させたかったのもあると思うな。或いは、あのデコトンはサスケとの「別れ」だったのかも…。

で、そのデコトンに似てるのがフガクがイタチに言う…例のアレです。ま、それもそんな頻繁じゃないんですけど、アレはフガクがイタチを大切に思ってる…。期待してる…って言う「特別」のアピールだったのかなって思うんです。アレって、あのアレですよ(笑)。そして、そこには深い意味があった…かも知れない。

「フフ…さすがオレの子だ…
中忍に昇格してからたった半年でここまで来た」

暗部入りの少し前(第25巻/61頁)。

「さすがオレの子だ…
暗部入り心から頼もしく思うぞ」

それに、暗部入りが決まって…(第25巻/74頁)。

フガクにとって、「うちは一族」から暗部が選抜される事が念願だったような、執拗な執念みたいなものを感じさせました。逆に言うと、それまで「うちは一族」からは暗部入りしている事例がなかった事を物語っているのかな…と思います。

でも、それって優秀な「うちは一族」としては不自然かな…と思いませんか?能力至上主義の忍の世界にあって、写輪眼が重要視されてないような木の葉隠れの里の雰囲気と相まって、それは意図的な「うちは外し」と感じられ、もしかしたら、「警務部隊」なんて言ってるけど、態の良い閑職だったんじゃないか…と憶測すら生まれてしまいます。

フガクのイタチへの賞賛は、純粋にイタチの優秀さや能力に対するものではあるとは思いますが、こんな風に面と向かってアピールする人じゃないような気がしてるんです。フガクって…そんな行いをする人なのかな?って違和感がある…。同じようにサスケだって優秀だし、アカデミーに一番になったサスケには「兄さんのように」(第25巻/78頁)と言うだけなのに…。

で、これを通常あるような利己的な親の有り様なのかな…って、フガクって結構、ちっちゃいなーって(笑)、思ってたんですよ。自分の子供を他の誰かと比べるなんて、なんて悲しい事しちゃうんだろって、僕はかなり<イラッ>ってきてたんですよ。また、ダメ親(猿飛?…笑)でたか?ってガッカリだったの。

でも、それはミコトママの助勢で敢え無く崩されてるんです(笑)。お茶の間でサスケに優しく語るミコトママ。シックなワンピにエプロン。きっと色白のその綺麗な御御足に胸キュンのケルベロスです。しかし、こんなカッコで台所で<トントン>とネギでも刻まれた日には落ち着かないだろうな(笑)(以下第25巻/130-131)。

「兄さんは兄さん。アナタはアナタよ」

「父さんはいとつもアナタ達のことを心配してるわ」(ミコト)

「じゃあ、なんで兄さんばっかり…!!」(サスケ)

「………そうじゃないわ
ただ、父さんは一族の代表として…
うちは一族を守らなきゃいけない立場にあるの」(ミコト)

「それが…なんなの?」(サスケ)

「イタチはアナタよりも大きくて先輩なだけ…
その分、一族の為の仕事を任されるようになるでしょう

父さんはその仕事の監督役だから…
どうしたってその目がイタチに行きがちになって
しまうのかもしれないわね

でも、ここだけの話…
私と話すときはアナタの事ばかり話してるのよ…父さん

ただ、あの人…
いつもムスッとしてて不器用だからね」

サスケがミコトママのお話に和み、気持ちが弛んだ時に、茶の間にフガクが入って来てお茶を啜るんですが、妙に座りの悪い仏頂面で、ミコトママの言った「いつもムスッとしてて不器用」にマッチしてて、それがミコトママがサスケに対して方便を使ったんじゃないと言う逆説になってると思うんです。

つまり、フガクはホントはミコトと二人の時にはサスケの事を褒めたり、自分の子である事を自慢したりしてるんじゃないかなと言う事です。ミコトママはそんなフガクの話に毎度毎度付き合わされてるんです。この時も、サスケがいるからいつものようにできなくてフガクはがっかりしてたのかな。と読み込むと、そんな顔に見えてくる?(笑)

「…さすが、オレの子だ」

このお話の前にサスケが「火遁・豪火球の術」を会得したエピソードで(第25巻/120頁)、フガクはサスケの立派な豪火球の炎を目の当たりにして、我慢しきれずに漏らしてしまったんです(笑)。この時点で、イタチとはギクシャクしてはいましたが、ミコトママの先の弁解からすれば、フガクは「サスケはサスケ」「イタチはイタチ」として受け止めているように感じます。そして…

「良くやった…
今からはその背中の家紋に恥じぬ様
己を磨き大きく舞い上がれ」

とまで、フガクは付け加えています。この時、フガクはサスケに背中を向けたままで距離をとって話しています。サスケの豪火球の炎を見た時の豆鉄砲顔と言い、フガクは相当、嬉しかったんじゃないかと思います。そして、距離をとったのは、もしかしたら…泣いていた…から?(描写にはないんですけどね…でも背中向けたままってのが…。わざとらしく離れて行ったってのが…ね)

「オレにしかあの男は殺せない」(サスケ)

「…え……なに?先生のこと?」(サクラ)

「あの時…泣いていた…」(サスケ)

「泣いてた……?」(サクラ)

「オレの……」(サスケ)

「何…何のこと……!?」(サクラ)

「オレは復讐者だ
あの男より強くならなきゃならねェ…
こんなところで……」(サスケ)

(懐かしい)カカシと鈴取りをした演習場の一コマ(第1巻/184頁)。もしかしたら、サスケは「豪火球の術」の会得の時(←あの時)にフガクの涙(←泣いてた…)に勘付いていて、その父を殺した…「うちは虐殺」の主犯とされるイタチを憾んでいると言ったんではないか?と考えたりしてます。

だから、フガクはサスケに背中を向けたまま話した…。

つまり、「オレの…(←父さん)」だったのかな…って、思うんです。この描写の前にサスケはカカシに対して「火遁・豪火球の術」を放ってるんです(第1巻/178-179)。躱されはしましたが、カカシも驚く程の立派な豪火球でした。サスケはその「炎」で父・フガクを思い出したんじゃないかと思うんです。

(オレも明日から忍者学校で頑張るんだ
そしたらあのお父さんだってオレのこと絶対認めてくれる
兄さんみたいに期待してもらえる…)

イタチのおんぶに甘えながら、サスケはフガクを想うのです(第25巻/55頁)。イタチの存在に隠れて、フガクは翳みがちですが、どっちかと言うと、サスケはイタチを基準にフガクの「愛」を量っているところがあって、ホントはフガクが大好きなのです。

そりゃ、イタチも大好きですよ。でも、質は違う。明らかに…。イタチは目標とか、ライバルに近いかも。ホントのところはサスケに聞いてみないと何とも言えないけど、僕は「ブラコン」と言うよりは、サスケは「ファザコン」かな…って考えてるくらいなんです。実は…。

そして、フガクの垣間見せた「涙」を思い出してしまった…。

フガクは不器用だから、「サスケに隠していた涙」を気付かれてしまったんでは?!(笑)フガクはサスケを慢心させたくはなかったから、これまでは…わざわざ褒めなかったんだと思うんです。ミコトママの言うように…ミコトママといる時だけサスケを褒めた…と。それはサスケをホントに大切に思ってたからでしょう。

じゃ、何故、イタチにフガクは面と向かって「…さすが、オレの子だ」といったのでしょうか?サスケは天才だから、慢心なんかしないから?やっぱり、イタチとサスケを比べて、優秀なイタチだけを愛してた…。普通の利己的な親に過ぎなかった…?僕は、それはちょっと違うなって考えてます。

イタチと反りが合わなくなった。関係がギクシャクしてしまった…。それでホイサッサとイタチからサスケに乗り換えるなんて、そんなにフガクは器用じゃないと思うんです。或いは、その行いはミコトママの「弁解」とも相反します。ミコトママの言葉を重く見るなら、フガクは本心ではイタチよりサスケを可愛いと思っていたともとれます。否…同じだけど、「質」が違うの方がしっくり来る…。

もしかしたら…イタチはフガクやミコトの子ではなかった…?!

そう考えると、イタチに面と向かって「…さすが、オレの子だ」って言っていたフガクと、サスケには背中を向けて漏らしてしまった…フガクの表裏が合うんです。要するに、イタチに対しても、サスケに対してもフガクは優しかったのです。勿論、本当の子ではない事はイタチには内緒です。

でも、自分の子でないから、逆にそれを悟られまいと、イタチには「…さすが、オレの子だ」と、ついつい言ってしまう…それはフガクの「不器用さ」としっくり来るんです。サスケはホントの子だから「…さすが、オレの子だ」とは言わなかった深い「愛」も理解できる。

そして、フガクは「不器用」だから、イタチにその事を気付かれてるのも知らなかったんじゃないでしょうか。そして、器用で如才ないイタチはフガクにそれを気取られはしなかった。しかし、イタチは、しっかりとフガクの「愛」を感じ、感謝してたとも思います。

そして、イタチの優しさはサスケに対するフガクの素っ気無さをカバーしようとした筈です。サスケは子供だったから、フガクの「不器用さ」とか、複雑なオトナの慮りは理解できようもない…。それは当たり前の事だし…だから、それを理解させる事はできないから、イタチが補完してたんだと思います。

それが「デコトン」だった……。

イタチはフガクとミコトの子でないと仮定して、イタチはサスケの実の兄ではない事になります。それを知った上で、サスケには他人?である負い目を感じさせぬ様に…フガクはサスケを愛しているから慢心せぬ様にサスケには冷たくするし、イタチには疎外感を与えないようにあからさまに褒める…イタチはサスケの虚無感を補うように接したんじゃないかと思うんです。

その意味で、イタチとフガクは非常に似ていました。同じように優しかったのです。ただ、フガクは「不器用」で、イタチは「器用」だった…。フガクはイタチとサスケを同じように愛していたのです。そして、それはイタチも同じだった。つまり…フガクの「…さすが、オレの子だ」と、イタチの「デコトン」は、実は同じ行いだった…?!

そして、イタチにそんな生い立ちがあったのだとしたら、とても悲しい…(仮説ですけどね)。否…切ない(決まったわけじゃないし)。胸が張り裂けそうになる。だから、だから…このまま逝って欲しくないです。イタチには…。もう一度だけでも良いから、サスケにその「愛」を示して欲しいです。

誤解したままなんて耐えられない…。


だから、イタチには何とかして生きていて欲しいです。
サスケに、もう一度、「デコトン」をしてあげて下さい。

そして…あの「言葉」を聞かせて貰いたい…もう一度……。


「許せサスケ…また今度だ」

  

「禁忌」(虐殺前夜…第三夜)

  
「うちは一族も元をたどれば日向一族に
その源流があると言われている」


「"白眼"てのは日向家の受け継いだ血継限界の一つで
写輪眼に似た瞳術だが…洞察眼の能力だけなら…
写輪眼をもしのぐ代物だ」

中忍試験のヒナタVSネジで(第9巻/117頁)、カカシが「うちは一族」のルーツに言及している描写が残っています。カカシは写輪眼所有者ですから、写輪眼から白眼を観ていますから、こんな物言いになるんですが、大元は「日向一族」で、「うちは一族」はそこから派生した集団であると言えます。

それが、マダラとその弟の写輪眼→万華鏡写輪眼の開眼エピソードに繋がって行きます(以下…第386話「新たな光…!!」)。

幼き頃より二人はお互いの力を高め合い、競い合った

そして二人は写輪眼を開眼し
兄弟の名は一族の中でも
特別なものになっていった

二人はさらなる瞳力の成長を求め競い合い…
兄弟は…ついに万華鏡写輪眼を開眼したのだ
それは、うちは一族始まって以来の事だった

そして兄弟はその瞳力をもって、うちはを束ね
兄のマダラがリーダーとなった

つまり、日向一族か白眼が先にありきで、少なくとも白眼の血継限界から派生した集団が「うちは一族」なのだと思います。そして、「日向一族」と「うちは一族」はこの葉隠れの里の創設により再合流したのです。その木の葉隠れの里の創設の流れもやイタチがサクっと説明してくれました。

この場合の一族はかなり不定形な存在であったと思われ、後々の分類によって便宜的に「日向」だ、「うちは」だ…と区分されているんじゃないかと思います。この場合は、血継限界の括りとして考えた方が健康的かな…と思います。


マダラはその力(真・万華鏡写輪眼)を使い
あらゆる忍一族を次々に束ねていった

そして、忍最強と謳われていた
森の千手一族と手を組み
新たな組織を設立したのだ

その組織が後に木の葉隠れとなる

第一部の描写では「日向一族」は、かなりの格式や由緒がある"名家"でありました。それに対して、「うちは一族」は警務部隊を任されるエリートではありましたが、「日向一族」のようなリスペクトはなく、写輪眼の能力や個人の優秀さに脚光が当たるものの、冷遇されている雰囲気がありました。

イタチの昔話によれば、木の葉創設に於いては森の「千手一族」とマダラの「うちは一族」が基幹的な役割を果たした事が知れますが、それから判断するなら、「日向一族」は「千手一族」に付帯する形で木の葉隠れの里に組み込まれたと考えるべきでしょう。

その後、マダラは千手一族のリーダーであった
後の初代・火影と里の方針を巡って対立

その主導権争いに敗れはしたが
マダラは今も、その瞳力と共に在り続けている

木の葉隠れが「里」と言うコミュニティの態を成すのは千手(後の初代)とマダラが「終末の谷」で一戦を交えた以降と言う事です。元々、「日向一族」は「千手一族」の側近的な役割を帯びていたか、かなり優秀な手駒であったと考えると、現在の木の葉隠れにおける「日向一族」の描写に符合すると思います。

逆に、マダラが抜けた「うちは一族」がマダラを追従する事無く、木の葉隠れの里に残ったと言う事にも判ります。しかし、それが指導者としてのマダラの力量や人間性を否定するものではない事を、「終末の谷」の石像が如実に物語っています。何も見るところのない人間であれば、あんな立派な石像は造られはしません。

そもそも、マダラが千手(初代)と対立したのは穏健派とタカ派の図式で、マダラはかなり硬直した戦闘的な野望に支配されていたのではないかと、僕は考えています。だから、里を抜けたマダラに配下に在る筈の「うちは一族」が追従しなかったのは血で血を洗うような毎日に嫌気がさし、安住の地を木の葉隠れ(=初代)に求めたんじゃないかと思います。

猿飛(三第目・火影)と接する初代の雰囲気は非常に穏やかで、歴代火影が大切にする「火の意志」が代表するように、木の葉隠れは人を非常に大切にします。特に子供を丁寧に育て守ります。実際に、自分が「マダラ」か「千手」かで二者択一を迫られれば、間違いなく「千手」を選ぶし、「うちは一族」が木の葉残留を選択したのは自然な事だと思います。

しかし、木の葉隠れに残留した「うちは一族」は警務部隊を与えられるも、逆に体制側から監視されるような痛い立場に立たされる事になったのかも知れません。問題の「うちは虐殺」にしても、木の葉隠れの里の内部で一族が一掃されるような大惨事なわけで、それがいみじくも「忍」たる者の住む里で起こった事実からは、黙殺された?とする疑念さえ浮かんでしまいます。

木の葉隠れの里の体制と「うちは一族」の温度差は「額当て」の装着状況にも現われていて、「日向一族」のネジやヒナタがもれなく装着しているのに、「うちは一族」は警務隊の分隊長の要職に在る筈のフガクですら、その身には着けていません。額当ての装着は体制に対する「マンセー度」に比例するのは知っての通りです。

新たに"暁"を組織し、その影に姿を隠してな

そして、木の葉隠れの里になるであろうコミュニティーを抜けたマダラは「暁」を発足させます。マダラが「暁」を興した気持ちは何だか良く判ります。マダラは自分がやりたい事を、誰に気兼ねする事無く、自由に成したかったのだと思います。マダラのやりたかった事。それは、ズバリ!!

『世界を征服する…』

それをペインは高らかに宣言したのです(第36巻/184頁)。これがマダラの目的。つまり、それは「暁」の精神なのです。少なくともペインはそれに賛同して、マダラに付き従っているのではないか?と、僕は考えています。しかし、ヒエラルキーとして輪廻眼と写輪眼を比べる時、どっちが上なのか迷ってしまいます。だから、ペインがマダラに服従する関係に関して何らかの理由が必要ではないかと思います。

「尾獣を使って新しい禁術兵器を造るためだ
その術、一つ使用しただけで一瞬にして大国さえも潰せる…
最大最強の禁術兵器をな」

ペインが自来也に明かした「暁」の真の目的です(第41話/89頁)。マダラはこれで「世界征服」をホントにしたいと考え、それを千手(初代)に否定されたんじゃないかな…と思うんです。で、木の葉を飛び出したけど、禁術兵器を造るにはそれなりに人手が要る。その為に「暁」を興した…それは実に自然だと思います。

そして、その禁術兵器が写輪眼とリンクしてる…と言うか、「うちは一族」がそもそも持っていた野望だったんだと思うんです。マダラが示し、一族がそれに従った。これがマダラのカリスマを分厚くしてたとも思います。しかし、千手(初代)の暖かさに絆(ほだ)されてしまった。

木の葉の子供の笑顔を見ると、それは何とも自然な感じがするんです。人は「変化」も好きだけど、「安定」も好きなのです。「安定」に片寄っても物足りないし、「変化」に片寄っても荒んでしまいますから。それって、恋愛に似てますよね(薄笑)。

でも、千手(初代)を選んだ「うちは一族」の選択は、マダラにとっては死ぬ程、辛い仕打ちだったんではないかと思います。一族が自分のカリスマに、大儀に従属してくれると信じてたとしたら、マダラのプライドはズタズタに引き裂かれたんじゃないかな…。マダラは自分を裏切った「うちは一族」を憾んだと思います。

「一人でうちはのアジトに来い」

何故だか、「うちは一族」には「アジト」が存在しました。イタチはそこにサスケを誘(いざな)い、決着を着けると言うのです。「うちはのアジト」と言う場所はサスケにもピンとくる場所であり、イタチに返す事無く納得できる場所でありました。

サスケの捜索をする木の葉小隊の描写からすると、その「アジト」は木の葉里の内部にはなく、かなり懸け離れた場所のようでした。これは「うちは一族」の木の葉隠れ以外での活動があった可能性を示す証拠であり、何らかの拠点になっていた事実を物語っているのです。

そして、サスケを待つイタチは「玉座」に腰掛け、その背後に奇怪な壁画?が飾られていました。その壁画?の中心には「狐」の文字。そして、それを囲むように八本の「渦」が描かれています。この壁画に関してはこれまでも有意なタレコミが多くあって、中でも秀逸だったのが…

「禁術兵器の設計図説」

禁術兵器の設計図

「そう…我々の目的は
例の"九尾"を含め…全てを手にする事だ!!」

第一部の最終頁で(第27巻/65頁)、ペインが言ったように「暁」は全ての尾獣を集めるのがノルマになっているんですが、あの壁画?が「九尾」を中心に、その周囲を取り囲む八本の「渦」が残り八体の「尾獣」を示すものではないかとする仮説です。

普通は「渦」が九本あって、九尾の尻尾?って考えてしまいがちなんですが、「渦」は八本ですからね。これが尾獣のチャクラを示すもので、禁術兵器の理論的な体系を示す設計図のようなものではないかと思うんです。尾獣を集めるのは特殊なチャクラを生み出す為だと考えます。

「"九尾"は最後に封印しなければならないと決められている…
でなければバランスが崩れ封印像が砕け散ると
そうリーダーが言ってました」

四尾の老人を拘束した回に(第39巻/69頁)、鬼鮫が説明していますが、それがこの壁画?に上手く符合しているように見えて仕方ないです。一尾から八尾までの尾獣のチャクラが九尾に集約し、最強のチャクラを生み出す。そして、それを万華鏡写輪眼の「三人」が変換するか、眼球をコア(信管)にしたパッケージを造る(各国に配るみたいなので)…と言うのが、僕の予想なんですが…。

そして、それが「うちはのアジト」にあった事実を考えると、「うちは一族」が禁術兵器の開発をしていた事実を物語っているんじゃないかと思うんです。もしかしたら、世界征服すら目論む一派が「うちは一族」内部にも存在したのかも知れません。それが、サスケの幼い頃(イタチと共にいた頃)にも存在していたのも、描写から読み取れる事実であります。

「十六年前―
九尾が木の葉を襲った事件は
もちろんマダラが起こしたものだ

それも四代目によって阻止されてしまった

つまり…

今のマダラは負け犬だ…

うちはの本当の高みを手にするのは奴じゃない
…あの男、マダラを超え
本当の高みへと近付くのはこのオレだ」

イタチが「九尾事件」について言及するんですが(第386話「新たな光…!!」)、九尾を失ったマダラを「負け犬」だとイタチは言ってるんじゃないかな…と思うんです。つまり、それは禁術兵器の要(かなめ)を意味すると。そして、真・万華鏡写輪眼をイタチが手に入れる事で、今度は自分がそれを為せると、サスケに身汚く伝えるのです。

うちはの「高み」とはこんなに下らないのだと…

イタチはサスケに逆説的に伝えるのです。こんな下らないものの為に「うちは一族」とは揺れ動いて来たのだと。それをイタチは見限った筈。だから、あの時、イタチは刃を突き立てた…。そして、その怒りはあの「夜」に向かった…。

「元来、うちは一族は万華鏡写輪眼の為に殺し合い…
永遠の瞳力を得るために親兄弟で殺し合い
そうして力を誇示し続けてきた汚れた一族なのだ!!

そして、その一族の中に生まれ落ちた時から
お前もこの血塗られた運命に巻き込まれている!!

さあ来い!弟よ!!

オレはお前を殺して一族かの宿命らら解放され
本当の変化を手にする!

制約を抜け、己の器から己を解き放つ!」

お前はオレと唯一無二の兄弟だ

お前の超えるべき壁として
オレはお前と共に在り続けるさ

オレたちは互いのスペアだ!!

お前はこのオレを越えることを
望み続けていた

だからこそ生かしてやる
…オレの為に

「それこそがうちはの兄弟の絆なのだ!」

イタチのあからさまな嫌らしさはサスケを煽り、自分を討たせる為の方便以外の何ものでもないと思いました。何故なら、本心でサスケの眼が欲しいだけなら、こんな前説みたいなまどろっこしい事なんかしないで、さっさとサスケを殺すと思うんです。

なのにイタチはサスケに時間を与え、自分…うちは一族の汚さを切々と説明しているんです。この行いには、サスケの眼を奪う合理性は皆無です。イタチがこんなにもサスケを煽るのは、サスケの心中を察してに他なりません。サスケは心の奥底に「兄への想い」を大切にしまっているのが、イタチには解っていたからなんですね。

「名はうちはサスケ
嫌いなものならたくさんあるが好きなものは別にない

それから夢なんて言葉で終わらす気はないが
野望はある!

一族の復興と、ある男を必ず…殺すことだ」

イタチは自分を貶める事でサスケに火を着けたのです。自分を辱め、サスケに見限らせ、本気にさせたのです。そのオスカーばりのイタチの名演技がサスケのシリーズ中のベストフェイスを引き出すのです。こんなに男らしくて、キリリとしたサスケの顔…まるで成長したみたい…ほんの一瞬でオトナになるよな凄まじい成長を、イタチは促したのです。この闘いは「割礼」の儀式にも似ている。

みんなシビレた…。僕もシビレた…。

サスケのオトナ顔(第386話「新たな光…!!」最終頁)。

「やっと…たどり着いた」

「うちは一族」は『禁忌』に、その手を染めようとしていた…?!



  

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