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大蛇丸は本当に死んでしまったのか?

 
最初に言い訳をさせて下さい(笑)。

僕は大蛇丸が大好きです。以前、「一番好きなキャラは誰か?」と訪ねられた事がありましたが、その時も、そして、今も大蛇丸とシカマルの間を行ったり来たりしてる状態で、たまにカカシが耳もとで囁いたして揺らいだりしながら。それに「白」もいるしで(笑)…兎に角、大蛇丸は屈指に大好きなキャラなのです。

だから、しっかりと死んでも、実は死んいて欲しくない風に考えちゃうし、物語にもまた登場してもらいたいし…。そう言う「願望」が考察に滲んでしまいます。でも、それはそれで、僕の人間らしい行いなので良いな…とも思っています。

何を言い訳したいかと言うと、そう言う「考察」になりました(笑)…と言う言い訳です(笑)。これは「願望」に近いです。しかも、僕はめちゃくちゃ偏っているから。そんな人が考えたお話だから、そりゃもう「どんだけーッ!!」と言う事になっている…。でも、これが…もし来たら…大穴?!万馬券?!

僕が感じる微かな大蛇丸の「臭い」を綴ってみました。ある人は「ケッ!!」と思う人もいるかも知れない。大勢の人は「つまらない」と思うかも知れない。少しでもそう思って不快になるんだったら読まない方が良いですよッ…と言う言い訳です(笑)。僕だって、ほとんどない(もしかしたら…とも思っている)…と思ってる事です。

僕は日頃から僕が面白いと思う事を書いています。ぶっちゃけ、自分が楽しむ為に書いてるんです。ただ、表現者としての「欲」もあって、誰かに見てもらいたい気持ちもあります。だから、インターネットにぶら下げてるんですけど…。その記述を読んでくれるは有り難いと思っています。でも、この記述は無理して読まなで欲しいです(エッ?!)。

「何だって、読んでやるぜ!!」と言う殊勝な方のみ…読んでみて下さい。











「やっぱり…そう来たわね」

サスケが大蛇丸の寝室に強襲した時に、図らずも大蛇丸はそう言っています(38巻/81頁)。サスケが雷切(正確には千鳥と言う術だがな…笑)の形態変化を使った、あの伸び縮みするチャクラ刀です。サスケは大蛇丸に隠れて、術のバリエーションを増やして行ったんですね。大蛇丸もチャクラ性質(雷遁)は直ぐに分かったけど、刀のような形になる"形態変化"は認識がなかったようです。

しかし、僕はこの時の大蛇丸の言葉に強烈な引っ掛かりを感じてなりません。大蛇丸は件のサスケの変心を予見していました。「やっぱり…」とは、大蛇丸の「想定の範囲内」と言う事です。なのに、ああもあっさり、サスケ(うちはのひよっこ)に大蛇丸が殺られてしまうのは、僕にはどうしても解せないのです。

大蛇丸は本当に死んでしまったのでしょうか?

「地を這いずる蛇が空を飛びたいと夢見たところで、しょせん無理な話…
それでも、どうにかしたいと巣の中をひよっこを狙っていたお前が…
逆に狙われたのさ。これから空高く飛び立つ…鷹の目にな」

サスケは確かに優秀な忍だし、「写輪眼」と言う特別を有する選民でもありますが、ここまでケチョンケチョンにこき下ろされるほど、大蛇丸は弱くはないと思います。たまたま、幻幽丸(依憑)との相性が悪く、その拒否反応に苦しんでいたり、投薬(レベル10とされる強い薬)を必要とする状態であったり…と、弱っていたのは確かですが。サスケの高飛車な態度に対して、大蛇丸が妙に卑屈というか…激しく反攻しません。この反応は大蛇丸らしくない…と、僕はジメッと疑っているのです(汗)。

「大蛇丸、アンタはオレより弱い。
もうアンタにオレの体をくれてやる必要も無くなったわけだ」

「言うわね…うちはのひよっこが」

「フッ……ひよこじゃなきゃ
手に入りそうにも無かったんだろう?アンタさ…」

サスケは大蛇丸と修行する中で大蛇丸を観察していたんだと思います(38巻/84頁)。大蛇丸の術や戦闘スキル等を緻密に調べ上げ、その結果、導き出された答えだと思います。その上で、大蛇丸を「弱い」と言っているのです。腕相撲で組んだだけで(手合わせ)相手の強さが大体判る…アレだと思います。この大蛇丸に対してサスケのこの評価は間違っていなかった筈です。

しかも、サスケには写輪眼がありますから、大蛇丸のチャクラの流れとか、身体の内部構造(状況)も解っていたんじゃないでしょうか。そして、大蛇丸の身体の中がどんな風になっているか…。それか、何かで大蛇丸が見せたか…。何れはサスケにそれが入るのだから。どっちにしても、サスケは気付いてた…のです。

「白いウロコの大蛇…それがアンタの正体だったとはな…」

身動きが取れない大蛇丸にサスケが草薙の太刀で迫った時、堪らず本体が飛出した…(38巻/89頁)。しかし、不意にこんなものが、たとえ忍者と言えども(笑)、口からガパッと飛び出してきたら、そりゃ、サスケだって吃驚しても良いのに、平然と対応していましたね。それは、サスケが大蛇丸の正体を始めから知ってたからです。

「体から体へ乗り換える為に…実験を繰り返した…なれの果てが、その姿か」

大蛇丸は「魂」や「心」と言った「陰陽論」で言うところの「陽」を肉体(陰)から解き放ち、他者の肉体から肉体を渡り歩ける術を編み出しました。恐らく、他者の身体と自らの「魂」や「心」とのインターフェイスとして、"大白蛇"が必要だったのでしょう。サスケはその写輪眼と卓越した観察力で、大蛇丸の中に存在する、この"大白蛇"を見切っていたのです。

「今なら少し分かる…
肉体という牢獄から抜け出した情報生命としての感覚…
大蛇丸様の夢の一端に触れている感覚」

君麻呂がサスケ奪還編で音の四人衆の加勢に来たシーンです(23巻/31頁)。懐かしい…。ナルトと闘ったんですよね。その後、怪我から復活したリーが来て「酔拳」を披露して奮闘した…。それでも苦戦して絶体絶命になったら、今度は我愛羅が来た。砂の三兄弟の参戦。「ヨシッ!!」って声が出たもんナ(←電車の中でした…汗)。この時ばかりは、萌え上がったなァ。

「僕はもはや肉体ではうごいていない…精神の力だ」

この時、君麻呂は病魔に犯されており、既に肉体は滅びようとしているけど、精神の力のみで動いてると言っていました。君麻呂は、その境遇から大蛇丸の「不死転生」を理解していると言っているのです。ホントは苦しかったんだろうけど、大蛇丸に対するリスペクトはその痛みに勝った。想いだけで、人は動けるのかも知れません。今にも消え去ろうと言う自分が崇拝する大蛇丸に少しでも近付けた気がして、君麻呂は嬉しかったんだと思います。

肉体(陰)を捨て去った「精神」=「魂と心」のみの存在をして『情報生命』としているのだと思います。君麻呂のその言葉が「不死転生」仕組みを適格に言い当てているのだと思います。しかし、肉体と魂の分離は「陰陽論」でいうところの「死」ですから、肉体が今にも滅しようとしている君麻呂は死にかけているんです。それを補うのが「大白蛇」と言う事になるのでしょう。前にも書いたけど、コアと同じ。「魂」や「心」と言った精神をパッケージングするモジュールです。

よく考えてみると、大蛇丸なら君麻呂を、その死から救えたんじゃないでしょうか?「不死転生」を用いて新しい肉体に君麻呂の精神を乗り換えさせれば、君麻呂は死なずに済んだんではないかと思うんです。でも、大蛇丸は君麻呂の死を傍観していました。君麻呂の事が嫌いであった訳でもないし、逆に誉め讃えていましたよね。大蛇丸は君麻呂の身体だけが欲しかったから…?

大蛇丸の気持ちになって考えたら断じてそんな気持ちにはならないから不思議です。大蛇丸は君麻呂の身体が目当てだったのは確かですが、病魔に犯された君麻呂に利用価値がなくなったから君麻呂を切り捨てた訳ではないと思います。大蛇丸はそう言う人格ではないと、僕は思うんです。凄く遠くを見てるんです。大蛇丸の視線は…。

「不死転生」が特殊な術過ぎて修得困難(写輪眼で返せた)でもなさそうなので、この君麻呂に対する仕打ち(扱い)はやや冷淡かな…と思いますが、大蛇丸は君麻呂が身体を乗り換える事で「血継限界」が無くなって(しまうであろう)しまってまで生き延びるのを美しいと感じなかったのかなと、思うんです。それも大蛇丸の優しさなんだと…。

「殺す?この子たち」

「ずいぶんと戦争孤児を見てきたけど惨いものよ。
いっそのこと、ここで殺してやるのが、この子たちにとっても…」

この大蛇丸の台詞には萌えまくりましたっけ(汗)(第372話「泣いている国!!」)。大蛇丸は、本当の「優しさ」を知っている人だと、僕は思っています。自来也とは別の意味で疑われ易いんだけど(笑)、この場で、この子たちを置き去りにするよりは殺してあげるのが、この子たちの為であると、彼の壮大なシミュレーションの果てに導きだされた答えだったんだと、この時は思いました。そして、この考えは君麻呂を助けなかった大蛇丸の行動にも符合するな…と思います。

でも、ブラック・ケルベロス(←真夜中別の顔…笑)としては、大蛇丸がこう切り出す事で、気の良い自来也がこの難民を放置出来なくなって、弟子に取る。それには意味がある事だから…。つまり、大蛇丸も「予言」を知っていた?その上で、自来也を誘引していった描写と捉えれば、ある目的を持ってこの場で、難民の長門(輪廻眼)と自来也を引き会わせた…ようにも見えて来るから、お立ち会い!(汗)だとすると、大蛇丸は…<ズズズズズズッ…>っと、昔は恥ずかしい姿に変身してた僕です…(汗)。

でも、ここは純粋に大蛇丸の真摯な優しさと取りたい…かな。穿った味方なら、もう「どんだけーッ!!」ってとこまでつっ走れる自信はあるけど、そればっかってのも哀し過ぎる…気もしますから。でも、これは『マドララ』(マドンナたちのララバイ)がエンディングで流れるミステリーでは良くある演出なんです。案外、そう言うのが好きだったりします(汗)。でも、忘れてくれて良いです(笑)。昔は自来也すら疑ったんだから…(遠い目)。

でも、しつこいようだけど、自来也がペインを一方的に「役割を間違えた」と言い放ち、消去しようとしている描写には些かの不安を感じています。「善悪」なんて、自分が立つ位置でどっちのも転んでしまう、極めて脆弱な概念なんだから…。例えば、泣叫ぶ大勢の子供達を六人のペインが血まみれになって守っている姿を見たら、どう感じるか?と言う事です。それに刃を向けるのが木の葉の忍びだったらどう思いますか?「暁」がどんな場合でも「絶対悪」とする考えは不自由だと思うし、『NARUTO-ナルト-』の味わい深さを疎外しているように感じてしまいます。

ただ、自来也は自分の意志で行動しています。自分の中の「絶対」に従って行動している。全ての責任をその一身に背負っている。これは正しき大人の姿だと思うんです。男の生き様とも言える。自分に被害の及ばない安全圏からしかモノを見れない人には判らない境地で、自来也は行動しています。僕はその一点に救いを感じてならないのです。

ま、「善悪」なんて不確かな概念に縛られている内は『NARUTO-ナルト-』は見えないですよ。

それじゃあ、楽しめない。

凄く、勿体無い…(笑)。

でも、「大蛇丸VSサスケ」はあまりにも呆気無さ過ぎて、サスケ自身も「終わりか…あまりにもあっけない」(38巻/103頁)と、言っているくらいです(汗)。やっぱり、僕には、「やっぱり…そう来たわね」(←しつこい?)と言う大蛇丸の台詞が引っ掛かって仕方ないんです。あの言葉を言う大蛇丸が、こんなに簡単に殺られるのは、どうしても引っ掛かる。

サスケに殺られた大蛇丸は「本物」なんだろうか?

僕はそこから疑ってます(汗)。大蛇丸が四本目のナルトと闘った時には腕がもげようが、胴体が真っ二つにされようが、口からドンドン複製をつくり出して(脱皮をするが如く)、構わず戦闘を続けていました。その能力が幻幽丸の血継限界で、無限に自分の複製を造り出して活動できる能力であると思うんですが、サスケが強襲して来た時には何故だか使わなかった。それとも、使えなかった?

四本目のナルトとの一戦でも拒否反応が出て活動停止に至ったところを見ると、その特性と大蛇丸が相性が極めて悪かったのだと、僕は考えているんですが、サスケが襲って来た時にも、大蛇丸の調子が悪くて、闘う元気がなかった…と言うのも良いんですが、それだと「やっぱり…そう来たわね」(←しつこい?)に上手く繋がらないと思うんです。

大蛇丸ほどの賢い忍が、予め判っていた想定で、自分を窮地に陥れるような選択肢を残すか?と疑問に思ってしまいます。サスケが攻めて来て、殺られるのが嫌だったら、そうならない策を用意しておくのが大蛇丸ですから…。また、この時、余りにも呆気無く「正体」である白蛇をいきなり曝していますし、そんな深層の秘密や奥の手を、大蛇丸ほどの忍が、こんなに簡単に露呈させるのは"変"だと思うんです。

しかも、しかも…です(汗)、大蛇丸は写輪眼の能力も充分調べ上げてる筈だし、実際にサスケと言う貴重なサンプルが手元にあったのです。この状況でサスケが大蛇丸の秘密をスキャンしない訳ない事を、大蛇丸が考え付かない筈はない!(ハァハァ…)もしかしたら、大蛇丸はサスケを偽っていたのではないか…。もしかしたら、大蛇丸は偽りの姿をサスケに曝していたのではないでしょうか?つまり…。

この大蛇丸はダミーだった!!

「さあ…サスケ君。その体を…私にちょうだァァイ!!!」

不自然なくらいに、妙にガッつく大蛇丸です(笑)(38巻/91頁)。僕は大蛇丸が大好きで、彼の事を良く考えるんですが、大蛇丸は非常に賢く、何者よりも「気高い」です。大蛇丸の行いの全ては、その気高さに基づいていると言っても良いくらいで、その大蛇丸がこんな身汚い「求め方」をするのが、めちゃくちゃ訝しいのです。これは大蛇丸じゃない!と、僕はふと思ったものでした。

「そろそろ効いてきたみたいね。
この大白蛇の体液は空気に触れると気化する痺れ毒なのよ…」

切り刻まれたのにピンピンしている大蛇丸(大白蛇)も怪しいです(笑)(38巻/104頁)。その上、大蛇丸の用意した策が、この「痺れ毒」だけ…と言うのもお粗末過ぎると思うんです。この後、サスケの写輪眼による術写しでまんまと「不死転生」を返され、大蛇丸は転生空間ごと乗っ取られてしまうんですが、この状況は「暁」脱退に絡むイタチとの対戦(腕カット事件)で大蛇丸は経験していた筈です。太い楔を穿つ写輪眼独特の金縛りの術もイタチに食らって経験済みだったのです。

この描写も激しく引っ掛かります。大蛇丸が同じ失敗を2度までも犯すとは、僕には到底、考えられません。写輪眼がどんなもので、それとどう闘えば良いかは、大蛇丸ならズーッと考量し、万全の対策を講じる筈だと思うんです。ここまで、呆気無く同じ轍を(大蛇丸が)踏むなんて…ありえないです。大蛇丸が実験室に置いていた指輪(空)の腕。イタチに切り落とされた腕。あれは「臥薪嘗胆」を意味するモニュメントの筈。だから、ありえない…と、どうしても考えてしまうのです。

この場合はむしろ、大蛇丸が積極的にサスケに取り込まれる作戦に出た…と考えるべきだと、僕は思うわけです(ハァハァ…)←ちょっと強引かな…って思ってるんだけど…力押しして息が上がってる(笑)。その(ハァハァ…)です(笑)。もしかしたら、大蛇丸はワザとサスケに破れた。サスケに殺される為に…。取り込まれる為に…。

「………何?アレ…(白眼!)もう、体の三割は取り込まれてる…」

ヒナタが透視するカブトの身体は…(39巻/141頁)。大蛇丸の細胞を「取り込んだ」とカブトは言っていましたが、それが原因で大蛇丸が侵蝕して左目は大蛇丸のそれに変化していました。その"侵蝕"と鬩ぎあう事で自分を感じると、また、訳の判らない事を言う典型的な「ドMの受け」のカブトが妙に悲しく見えたものです(笑)。

しかし、この描写から、大蛇丸は意外に容易く自分の複製を造りだせたのではないかと、僕は想像しています。ある程度の強さを持った忍(或いは自ら進んで身体を差し出すような信奉者)に、大蛇丸の細胞を移植して自分の複製にしてしまう。これも大蛇丸が開発した術だったのかも知れないとまで(汗)、僕は考えているのです。

また、大蛇丸の口から躍り出た大白蛇も実験段階の試作品の可能性だってあります。それには、不完全に「情報生命」としての大蛇丸がコピーされていた。「不死転生」が「魂」(陽中の陽)や「心」(陽中の陰)を情報化して未来永劫に遺す技術とすれば、当然、コピーも可能になる…と言うのが僕の考えです。

例えば、四本目のナルトと闘った大蛇丸と、サスケの殺った大蛇丸は違う個体だったのではないか?と、僕は疑っているのです。それが、時と場合に応じて入れ代わっていた。それにサスケは気付かなかったのかも知れない。だから「大蛇丸、アンタはオレより弱い」と、言ってしまったのではないかと…。サスケが見せられてた(覗けた)のは不完全なコピーの方だったりして。そして、それが大蛇丸の作戦だった…?!

でも何の為に…(黒笑)。

「あの時…あの時、大蛇丸の言う通りにしておけば…そう思ってるのね…」

小南には今にも自来也の胸に飛び込んで泣きじゃくりたいベクトルを感じてしまいます(第372話「泣いている国!!」)。小南は大蛇丸と自来也の対比で、自来也に救われた事に感謝している。感謝しているんだけど、ズッと一緒にいてくれなかった自来也に、三年間だけ面倒みただけで、どっかに行ってしまった自来也に、恨みを持っているのです。

「今さら私たちの前に現れて何のつもりだ!?」

でも、この気持ちは「(大)好き」にも似た憎悪で、女心っちゅうヤツだと思います。どうして、一緒に居てくれなかったの?と言う可愛い憎悪です(笑)。もしかしたら…小南は、自来也のお嫁さんになるのが「夢」だったんじゃないだろうか…と、僕は思っています。

そして、小南は大蛇丸の事も重々知っていると言う事です。「暁」で一緒だったのもあるだろうし、もしかしたら、あの時、難民だった頃から…<ズズズズズズッ…>おっと、いけない(汗)。自来也に対比して言葉を発する程度に大蛇丸を知っている…と。自来也に対して…という事は、そう軽くはない。むしろ、相当に大きい存在であると言う描写であると、僕には思えます。小南の今の身体(ペラペラ)になる経緯もあるだろうし、死んだ方がましだった…ような辛い人生だったのかな。

「大蛇丸にしろ、自来也にしろ、"三忍"は独特な力を使うな」

一方、ペイン(弐)も自来也と大蛇丸を同列に考えるフシがあります(第376話「予言の子!!」)。過去に闘った事があるようにも思えます。でも、大蛇丸は死んでいない。しかも、大蛇丸が「暁」を抜けた後も、大切であるだろう「暁」の指輪(空)も回収しなければ、大蛇丸を処理するでもない。以前は、ここに大蛇丸の巧みな交渉術があって、例えば尾獣(人柱力)を楯にしてる…とか考えてましたが、別の見方もあるかとも思います。何にせよ、「暁」とそこから脱退した大蛇丸の関係は不自然であったと思います。

そして、現在のエピソードです。自来也は「お…お前は…」と、驚いています。誰かが現れた?

「ふふふ…久し振りね。自来也…」

不敵な笑みを浮かべながら、六人のペインの後ろに現れたのが、大蛇丸だったら!!それこそ、『大蛇丸(゚∀゚)ッ!! キタ━(゚∀゚)━━ッ!!』になっちゃいます。超大穴の万馬券です。「サスケVS大蛇丸」のやけにあっさりとした幕引きから、ズッと痼っていた疑念。「暁」の目的に「写輪眼」が深くリンクしていた事実。鏤められた数々の「謎」。もし、あの時、大蛇丸が故意にサスケに殺られた…だとすれば…(ハァハァ)。

活発化する「暁」の行動の為には、一度、死んだ事にした方が行動しやすかった。しかも、大蛇丸の複製(コピー)だったとしても、サスケの内部に自分の「意志」を埋め込めるチャンス。強くなったサスケに「首輪」を付けるのが、大蛇丸の真の目的であったとすれば…あの時点で、サスケに敗れて、取り込まれる事は好都合だった…言えるのではないでしょうか。他にも、「ペインの寝室」とか、「トビ=オビト仮説」なんかも、「第三者」の関与の臭いが一層強くなって来ます。「第三者」って…勿論、大蛇丸ですよ(笑)。つまり…、

大蛇丸が「暁」の黒幕だった…!!!

そう考えると、上手く繋がる「謎」が一杯あります。「暁」内部の二重構造的な情報操作の描写を見ても、サソリやデイダラが大蛇丸を怨んでいたのも、二人が可哀想にすら見えて来るから不思議です(笑)。そして、いよいよ「三年」の期限(奇しくもデイダラが言った言葉です)も近いだろうし、「暁」の存在目的の真相も、そろそろ明かされるべきでしょう(「世界征服」とか「禁術兵器」とか言っていますが…)。

場面がいきなり他所にスイッチしなければ、この仮説は開けた月曜日には判明する筈です。果たして、自来也の目に現れたのは…誰か?!そもそも現れてなかったりして…(←この場合はずっこけて3~4メートルは滑りますから…)。最近、こんな短期間の『謎解き&種明かし』にハマってます(笑)。でも、本編も展開が急で、エピソード的にも短期の伏線の回収が多いから…。こう言う楽しみ方もあると思います。何だか<ドックンドックン>しませんか?

この気持ち…『NARUTO-ナルト-』を思いっきり楽しんでる人には理解ってもらえる…かな…。

……と、まあ、ここまでで普段なら仕舞いになるんですが(汗)、やはり大蛇丸の「暁」黒幕説は脆弱です。と言うのは、大蛇丸が写輪眼の虜になっていたから…。それは純粋な「探究願望」に起因する情動に過ぎないんですが、「暁」の内包する(であろう)大儀とはかけ離れている。

「あと少し…ほんの少しで私のもの…!」

例の長い舌で舌舐めずりをする無邪気な大蛇丸には荷が重過ぎるかも知れません(38巻/68頁)。大蛇丸は純粋にこの世の真理や全ての忍術を解き明かしたいだけだから…。写輪眼には憧れに近い思い入れがあったし…。その大蛇丸の無垢な欲求は無視できません。

ま、早い話。僕は大蛇丸に何処かで絡んで貰いたいだけなんです。だから、サスケの中の大蛇丸でも良いし、カブトが完全に乗っ取られて大蛇丸化するのでも良い。兎に角、何らかの形で復活して欲しい!と言うのが率直な僕の願いです。

大蛇丸は、誤解され易いけど、賢く優しく…何とも言えない魅力をもった人格なんです。このまま消えてしまうには惜し過ぎる人材なんです。もっとも、うちはのひよっこにあっさり殺られてしまうような、思いもよらない『小ささ』も大蛇丸の人間らしさなのかな…なんて思ったりもします。

或いは、自来也が見たものは案外、ペインの敵だったりする展開もアリで、それが大蛇丸化したカブトでも良いですよ。しかも、『八尾・八岐大蛇』のおまけ付きで!そして、自来也のピンチを救ってくれるのです。

「自来也…随分と、お困りのようねェ〜」 

なんて…毒づきながら、大蛇丸が颯爽と現れるのなんて、カッコ良過ぎるじゃないっスか!!僕は大蛇丸が大好きだから…、何故だか期待ばかりしてしまうんです。そう言う期待を僕にさせてしまう…魅力的なキャラなんです。

何か、最期まで言い訳っぽくなってスミマセン。

それでも、『大蛇丸…Come back!!!』
と、言いながらも、大穴に期待してしまうケルベロスなのです…(笑)

 
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波風ミナトは何歳で逝ったのか?

 
「自来也VSペイン」がいよいよ佳境です(汗)。

既に自来也の左腕はもぎ取られてしまった。三人のペインを二大仙人の幻術を駆使してやっつけたかにみえましたが、更に倍の6人のペインが目の前に勢揃いしてしまいました。自来也、大ピンチです!風前の灯火(ともしび)です(汗)。

でも、そんな中で、いろんな情報が判って来ました。特に気になったのは、自来也がペイン(弐)に言った台詞。この台詞から、実はこれまで謎だった、ある事が解明されるんではないかと…仄かな期待を寄せているんです。

「少しの間だが…お前だと信じていた…さよならだ…」

自来也が我が身を裂くような痛みを感じながら、三人のペインを殺しす時に告げた別れです(第379話「自来也の選択!!」)。これは大ガマ仙人の掲示にある「世にそれまでにない安定をもたらすか…破滅をもたらすか」の"安定をもたらす"変革者こそが、長門だと自来也が信じていた…と言う内容の言葉であると、僕は考えています。

「少しの間」と言う文言に関して、自来也が皆伝を与え、三人の元を去り、その後、紛争で名を上げるも三人とも戦死…までを指し示す言葉であると考えています。自来也は長門の"輪廻眼"を含む能力や素養を非常に高く評価しており、同時に「ボクはただ二人を守りたい」と言いながら涙を流す「優しさ」を信用していました。それが戦死したと聞き及び、落胆したものと思います。

自来也はどスケベで、いい加減そうに見えますが、根は非常に生真面目で律儀な良い子なのです(笑)。自来也がペインと交わす言葉の重さや雰囲気から、自来也はその言葉通り、「少しの間」=「長門が戦死するまで」次の弟子は取らなかったんじゃないか?と僕は考えたいな…と思いました。自来也の予想(安定をもたらす)が「鉄板」とすれば、長門は良き"役割"を担う「変革者」ですから、それと逆のベクトルを持つ事になるかも知れない…次の「弟子」を取る必要は無いわけです。

自来也は長門たちと別れてからは弟子を取らなかった…?

木の葉崩しに於ける三代目回想(走馬灯)の中のミナトを含む自来也とその弟子達の描写から、長門たちを弟子受けしたのはその前(自来也が若い)と考えています。自来也は長門たちの戦死を聞き及び、失意の中でミナトに出会った…。それは「地獄に仏」の光明のような出会いだったんじゃないでしょうか。仮に、自来也がミナトを弟子受けしたのは、長門達の訃報を聞いてから…だと仮定して考察を進めてみます。

自来也のペインとの交戦の中での台詞の「主流忍術全てに精通した力を持ち…十歳にしてあらゆる術を使いこなした…!」(第375話「二大仙人…!!」)から、皆伝(卒業)が10歳で、「これからはお前たちだけでやっていけ。この三年間、良く頑張ったの」(第373話「師弟時代…!!」)と上手く符合し、三人の修行期間が3年間と特定されると思います。つまり7歳から10歳まで、自来也は長門たちと修行をした。あの庵(いおり)で一緒に暮らした。

難民だった三人と出会った自来也たちも相当に若い外見だったし、縄樹の戦死が綱手(=自来也=大蛇丸)が23歳なんですが、綱手の雰囲気から、この出合いは、それ以前の出来事と想像されます(後述)。細かな流れは図案にまとめてあるので、それを参照してみて下さい。

しかも、27歳(綱手=自来也=大蛇丸=ダン)のダンの戦死の時には「たとえ三忍と呼ばれる綱手の医療忍術を…」(18巻/142頁)と言う描写も残っていますから、"山椒魚の半蔵"との戦いは縄樹の死とダンの死の間にあると、僕は考えます。

綱手が「血」のPTSDに陥ったのは、ダンの死によりますし、縄樹の死後、三代目との口論(ダンとの出会いでもある)するくらいのお転婆(元気=闘える)だった描写が残っています。「ンだと、コラ、じじい!」(18巻/138頁)の吠えっぷりです(笑)。

また、半蔵は雨隠れの里影の筈ですから、その敵対勢力である自来也が、この期間に雨隠れの難民である三人の子供と共に暮らし修行していたと、僕には考えられない。綱手だって、縄樹(享年12歳)が戦死した後に、似た年頃(推定7~8歳)の子供たちを見て、あんな冷たい態度(「はっ!?」みたいな…)は取れないでしょう(汗)。いくらなんでも…。

縄樹の戦死からダンの戦死までの4年間に、雨隠れの修行時代が多少かかる想定も、自来也の蝦蟇を使った時空間忍術による遠距離の移動が可能である事から、縄樹の死体安置所に自来也が居合せた事も一応の整合性を得る事はできますが、少なくとも山椒魚の半蔵と自来也たちの衝突(「三忍」の命名)はダブらないと考えます。半蔵との一戦は、局地戦と言うよりは大掛かりな総力戦のような戦いでしたし、その時期に自来也が敵国で敵の忍に修行をつけるのは考え難いです。

自来也と三人の子供たちの修行期間は3年ですから、縄樹の戦死の3年以上前に自来也と長門たちは出会っている…とするのがしっくり来ます。かと言って、あの雨の難民と出会った自来也は、15や16の今のナルトくらいの歳の頃でもなかったので、縄樹の戦死からそれ程離れた時期でもない…と考えられます。また、自来也が綱手や大蛇丸と他国に於ける行動する「三忍」への過渡期(笑)にあったとすれば、この時期は半蔵との対決により近い方がしっくり来るし、実力も相当に高まっている必要もあります。

つまり、自来也が20歳の頃、長門を弟子受けした。

自来也が雨隠れの三人の子供達と別れた頃から忍界大戦もその大きさを拡大して行き、縄樹のような忍者に成り立て(下忍)までが最前線に送り込まれる状況になった…と考えると、長門とちとスパッと縁を切った自来也が状況判断したとも思えて来ますし、それが、その後の山椒魚の半蔵"との衝突による「三忍」の命名のエピソードにも上手く繋がると思います。また、各地の紛争が活発化する中で、長門たちが散って行った状況も受け入れやすいです。

一方、神無毘橋の戦いでのミナトとカカシの描写を観察すると、当たり前ですが、12歳のカカシよりもミナトは明らかに年長であります。聡明な物言い。凛とした態度。蕩々と湧き出るような自信をたたえた眼差し。ミナトにはあの時点で「木の葉の黄色い稲妻」と言う通り名すらありました。既に、かなりの実戦経験があった事が示された描写がテンコ盛りでした(笑)。

カカシは5歳でアカデミー卒業。6歳で中忍昇格。その後、7歳で父・サクモ(木の葉の白い牙)の自死を経て、12歳で上忍に昇格しています。ミナトに師事したのは5歳から12歳までの間であったと思われますが、その内のどの時期に二人が出会ったかは特定できていません。僕の妄想では、7歳の父の自死でやさぐれた後、暫くして…となっています(笑)。一度、堕ちるところまで堕ちたカカシがミナトとの出会いによって再生した…と思いたいのです(笑)。多分、コンビニでアンパンを盗んだりしてた…と(笑)。

第一部終了から15年前に神無毘橋の戦いがあり、それを機に忍界大戦が閉じて行った…。そして、そこでの武勲が評価され、ミナトが四代目・火影に選抜された。そして、九尾事件があった。九尾事件がナルトの誕生日ですから、第一部終了から13年前。この時、三忍は38歳。カカシは14歳。

じゃ、ミナトは『九尾事件』で、何歳だったんでしょうか。

ミナトは何歳で逝ったのか?

先に考察したように、自来也は長門を"安定をもたらす"変革者と信じていましたから、その死を受け入れるまで次の弟子は取らなかった…と言う仮説を受け入れて考えます。自来也の長門たちとの別れが、自来也が23歳(縄樹の戦死の時期には自来也は木の葉に居た…)とすると、それ以降になると考えられます。具体的には、自来也はミナトを九尾事件の14年前に弟子受けした事になると、僕は考えます(奇しくもカカシが生まれた年です)。

また、アカデミーの卒業年齢は優秀な子で6歳程度(カカシは特殊です。サクモの"超英才教育"の賜物です)ですから、卒業後、即、師事したとして、14年を足すと20歳になる。アカデミーの卒業年次や自来也との出会いの時期がズレればもう少し年齢もかさむでしょうが、どっちにしても「優しい男だったが根性は筋金入り。瞬く間に四代目になった」(第367話「イタチとサスケ」)と言う自来也の言葉からは、相当、スピーディに出世して行った事を窺わせます。かなり若年臭い…気がします。

九尾事件の時、ミナトは20歳だった!

意外にも若い!!なら、神無毘橋でカカシと行動していたミナトは18歳だった?!事になります。余りにもしっかりした18歳です。コンビニの前でしゃがんでお菓子食べてても良いくらいなんだけど、相当に大人びてましたね。でも、12歳のカカシと18歳のミナトの対比を考えると、カカシ外伝の描写は外れてないと思います。これにイタチなんかが絡んで来るとまた判らなくなっただろうけど…(笑)。

ま、長門たちの弟子受けから別れの3年間が多少、向こう(若い頃)にシフトすれば、ミナトの年齢は若干アップするでしょうが、それでも、うら若き20歳代前半。行っても22〜23歳くらいでしょう。そのくらい若くしてミナトは上り詰め、夭折してしまったのです。ついでに(笑)、クシナと愛し合い、ナルトを遺したのです。

ミナトは戦局を一気にひっくり返すような力を持ってはいましたが、それに溺れない「強き心」を持っていました。神無毘橋のカカシ・リン・オビトを前にした公平で凛とした態度には、その人徳を充分に感じさせます。このミナトの存在は自来也にとって救いを感じた事でしょう。長門を無くしてしまった落胆を払拭するに値する存在だったと思います。自来也は今度こそ、"安定をもたらす"であろう「予言の子」に会えたと感謝したのではないでしょうか?

そう言う空気を吸い込んだ上で、『九尾事件』を見ると、その味わいも大きく違って来ます。巻き物蝦蟇が「ナルトの鍵」を写し取って、自分の元に訪れ、「蔵入り」を申し出た。それが意味する事…つまり、自来也に告げられたミナトの「死」の報告だった。自来也が、ミナトを失ってしまった悔恨は想像できないくらい大きいです。自来也は蝦蟇から聞かされ(全てを知り)慌てて駆け付けたが、全ては終わった後…だった。

「カカシはともかく、首飾りまでやってはいるが、ナルトはまだまだだ」

自来也はナルトの評価に対してはかなり厳しいです(第367話「イタチとサスケ」)。それは、ナルトが、ミナトの子供であり、残された最後の自来也の「弟子」だからです。ナルトが世界の行く末に関わるような「予言の子」であると、自来也が考えてるんだと、僕は考えています(ハァハァ…)。だから、自来也はナルトに対しては厳しいのです。それは、自来也がミナトと基準にナルトを考えているからなんです。

非常に余談になりますが(汗)、それとは別に、この台詞の下線部の文言の「首飾り」は何を意味するんでしょうか?九尾のチャクラをコントロールする為以外にも何かの必要性があるかのように感じさせますよね。何処かで描写があったけど、あの首飾りは初代のチャクラの結晶(?)の筈。ボソッと出たけど、大きな伏線かも知れません。

そして、今、ペインの正体を探るべく単身潜入している自来也の行動も理解できます。自来也はミナトに済まない気持ちで一杯なんだと思います。自来也は何をしてるか判らないで疑われる事もしばしばあったけど(笑)、実は、必死になって自分の使命を果たそうとしていたんですね。真面目に頑張る実直なおじさんだったんですね(汗)。自来也は一生懸命だったんです。

「師匠」として、「導く者」として、「選択者」として…。

で、蛇足ですが…(汗)。自来也は「選択者」として、自分の弟子が「破滅もたらす」変革者の場合は消去して来た事になります。そこで、あの三代目の走馬灯のミナトの同期の弟子二人です。あの二人はどうなったんでしょうか?自来也の弟子だったら、予言に関係して来ますから、出て来ない…という事は、死んでしまったか…それとも…、

自来也が殺したか…

そして、今、自来也は「お…お前は…」と、驚いています。何かを目の前にしている…筈。僕は誰かが出て来たと考えてます。あの六人の中に誰かを見い出したんではなくて、第三者が現れたと想像しています。

僕は「ペイン(壱)=弥彦」とは思わない派なんです。小南のペイン(壱)との関わりが上手く繋がらないのが、その根拠です。小南はペイン(壱)に弥彦を感じているようには、どうしても見えないから。小南の声はペイン(壱)を通り越してどっかに行ってる…みたいな、違和感があるんです。

ここで、三代目の「走馬灯」の自来也の弟子(しかし、この回想のミナトは可愛い!!もう、萌え死にそうです…脂汗)の残りの二人(のどっちか?)が、「予言の子」として登場なんてしないでしょうか?何てね…ないかな…(笑)。大仏が「黒幕」と言う案。でも、自来也の弟子と言う意味は小さくはないから…ね。

それか…大穴?(笑)
実は『大蛇丸は本当に死んだのか?』もまとめ中です…(汗)うまく書けるかしら…。

   
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第379話「自来也の選択!!」


「くっ…動けない」<グイ‥グイ‥>

ペイン(ロンゲ)は完全に四肢を黄泉沼に拘束されています。そして、確かに声を発しています。やはり、個別に意識や考えが働く証拠です。そして、残るはペイン(弐)のみ。その落下を仙人モードの自来也が手ぐすねひいて待ち受けています。

「口寄せはさせん!」

<ダン>と勢い良く踏み切ったかと思うと、<ドッ>とペイン(弐)に強烈な前蹴り!!ペイン(弐)も口寄せで応戦しようとしましたが、このカウンターには合わせられなかったようです。それほど、自来也の体術は切れが良いのだと思います。それと、自来也は「蹴り」が得意なのかもね…。

ところで、この期に及んでも、ペイン(弐)が口寄せで応戦しようとした描写からは、やはり自来也の推測した「一系統の能力しか…」と言う仮説が濃厚になって来ます。別の考察で「力のある忍」を攫って来て転用する仮説を展開していますが、この描写からの判断は「単能」とするのが妥当かな…と思います。

<グワァグワァ>「ぐっ!」

仙人モードの自来也の渾身のカウンターでペイン(弐)は吹っ飛びます。それに、両肩の二大仙人の幻術攻撃が追い撃ちをかけます。ペインがその振動で完全に堕ちた?!「!」「!」「!」<ゴポポ‥>と、何やら四角い空間に封じ込めたみたい。炎を吸収中の(六)と黄泉沼の(ロンゲ)も一緒に囚われの身になっています。

「やられたか……」

ペイン(弐)が淡々と呟きます。それは、取り乱すでもなく、悔しがるでもなく…全くと言って良いほど危機感を感じていない様子です。この状況も一瞬で打破できる自信がペイン(弐)にはあるかのように、この時は感じました。それか…(汗)、まるで死ぬのが恐くないような気がしてしまう…。

「そこは精神を縛る金縛りの幻術の中だ。
これで、お前たちの体。本体は身動き出来ん」

つまり、肉体と精神から、精神のみを抽出し、結界空間に幽閉した?そもそも「幻術」とは言葉の響きから、幻覚で惑わすような術の大系をイメージしてしまいますが、写輪眼の精神世界への介入や干渉の描写などを見ても、「幻術」には精神(世界)の物質化や具象化する高度な術の領域が存在するようです。

「自来也先生…アンタにこんな幻術があったとはな」

この場合も、三人のペインは肉体と精神を分離され、精神のみが術空間に閉じ込められ、結果的に肉体は動けなくなっています。四角い幽閉空間を四方から蝦蟇の闘神(明王?)が取り囲んで動きを封じています。自来也たちは狭い通路のようなところで闘ってたはずですから、この闘神を含めた描写全体が、「幻術・蛙の唄」の術空間と言う事と、僕は考える事にします。

まだ、ペインが死んでいないのは、肉体に魂(陽中の陽)がある状態だからでしょう。『陰陽論』を適用して考えれば、ここで言う「精神」とは「陽中の陰」(心=考える力)と考えられます。きっと、「肉体」(陰)と「魂」(陽中の陽)を剥ぎ取るのは「屍鬼封尽」のような、もっとリスクの高い技術が必要になるのだと思います。それらを受け入れれば、ここで自来也が向き合っているのは、ペインの「心」と言う事になります。

「どんな奴が相手でも油断はするなと教えたハズだがの…長門…」

"ドジ"な先生(←自来也)のズッコケた授業では、生意気な態度を長門がとったことが、何度もあったんではないでしょうか?その度に自来也は口を酸っぱくして、この言葉を言ったんじゃないかと、僕には思えます。"慢心"が長門を窮地に陥れないように…。それは、自来也の優しい言葉だったんじゃないかと。自来也は長門の「心」を見つめよとしているのです。

「長門…お前は役目を間違えた」

自来也は目を閉じてあの頃を思い出します。あの雨の夜、心が痛んで眠れなかった…長門の涙。弥彦を守ろうとしたとは言え、自分が殺めてしまった「命」への罪悪感を「痛み」として感じる長門の「心」。その姿に自来也は長門の中にある澄み切った暖かみを感じた筈です。

「ボクはただ二人を守りたい。どんなに痛みが伴うことがあったとしても」

屈託のない弥彦の笑顔。可憐で純粋な小南の笑顔。小南の頭には「優しき心」が折った、あの花の髪飾りが刺してある。この時、自来也と長門は同じイメージの中に居たと思います。その上で「…そうか」と、自来也は長門を信頼したのです。この時点での、『自来也の選択』は間違いではなかったと思います。

「…痛みで世界を導くより、
痛みを乗り越えたお前の力でそれを成し遂げて欲しかった」


この台詞からは、やり場のない自来也の落胆が伝わって来ます。長門は結局、「痛み」に負けてしまったのです。しかも、ここまで<グッ>と来る言葉を、尊敬する「師」(先生)に吐かれても、ペインは「………」と、微塵も揺れない。これは、ペインの「心」がそれを理解できる状況にない。つまり、心が成長していないと言えます。恐らく、ペインの「心」の高さは、あの雨の中で、泣いて踞(うずくま)る子供のままなのです。『泣いている国』の少年のままなのです。

「その弟子は将来、忍の世に大きな変革をもたらす忍になる。
世にそれまでにない安定をもたらすか…破滅をもたらすか。
そのどちらかの変革じゃ」

かつて妙木山で大ガマ仙人に与えられた啓示に従い、自来也はそれ以降、行動して来たのでしょう。それは「導く者」としての責務でありました。自来也が弟子を取らなければ、破滅をもたらす者も生まれないけど、安定をもたらす者も生まれません。自来也はポジティブに自分の境遇を受け入れたのです。だから、弟子を取ることを厭(いと)わなかった。

「少しの間だが…お前だと信じていた…さよならだ…」

自来也は三人のペインを殺してしまいます。多分、武器召還したのでしょうが、今まで見た事もないような大刀で、それぞれの肉体を串刺しにして、トドメを刺しています。ペインは「心」が他所に閉じ込められているから動けない。肉体が滅したから魂もしんでしまう。意外に簡単にペインの消去は済んだ事でしょう。

しかし、自来也の胸は張り裂けんばかりに哭き喚(わめ)いていたと、僕は考えています。そう感じてしまう。何故なら、自来也は優しい人だから…。あの難民だった子供らを助け、教え導いた3年間を想い返し、脳裏に浮かんだ三人の子供達の涙と笑顔。ペインの体を貫く大刀は我が身に刺すが如く、自来也にも痛みをもたらした筈です。

「少しの間」とは長門たちと別れ、死んだと言う噂を聞くまででと考えています。決して自来也がミナトを弟子に取ったからとは思いたくない。この辺りの時系列は今、分析中なんですが、長門たちと別れたのが長門が10歳になってから。暫くして戦死したと知り、ミナトを弟子入りさせた。自来也のそう言う「律儀さ」に賭けて時系列を考察してしています。それによって、ミナトの年齢も特定されるんじゃないかと思います。

「………終わったの…」

無表情に呟く自来也の気持ちを推し量ったのが、両肩にいる二大仙人でした…。二人も(蝦蟇とは言え)優しい人格ですから。それに、自来也の心根も知り尽くしている。二人はきっと、ガマぶん太(二大仙人の子だと僕は考えています)と同じように、自分の子供のように、自来也を愛しているんじゃないでしょうか?

「ゲホ…ゲホッ」(姐)「ゴホッ!」(頭)

この咳は、二人の仙人の優しさであると、僕は思いました。と、言うか…、自来也の心情を察すれば、何げに話し掛け難かったんだと思います。今まで、咳なんてしなかったのに、急に咳き込むなんて…(笑)。だから、このタイミングの良さに二人の溢れんばかりの優しさと賢さを感じてしまうのです。優しさって知性と同じものなんだな…って、つくづく感じます。

「大丈夫ですかの!?」

自来也も余りにも唐突に感じてるようですね(笑)。それに「この幻術の歌はノドに負担がかかってのう」(頭)とかはまだ解るけど、「父ちゃんと拍子を合わせるのが大変での…そう気安く出来るもんじゃありゃへんで!ノドは痛める!下アゴが伸びてたるむ!シワになる!!」と言う"姐さん"の苦情に至っては、もう意味不明です(笑)。「すみませんでしたの…後はゆっくり休んで下され」と、自来也は二人の心遣いを(…?)を労(ねぎら)っているようにみえませんか?

「これで…ワシの選択は終わりましたからの」

自来也は「導く者」として、弟子を取り、育て、導いた…。そして、「選択者」として、破滅の要素を排除する責務を負っていたのです。全ては大がま仙人の予言に従った行動です。ところで、自来也の「これで…」と言う言葉には「もう自分には残された"弟子"はいない」と言う意味が含まれるんじゃないかな…と、僕は思いました。

ミナトは『九尾事件』で命を落としています。ペインもこうして自らの手で殺めた。だとすれば、残っているのはナルトだけです。過去に「正式に弟子入りして…」と言う描写がありましたから、ナルトは自来也の正式な弟子です。自来也の「弟子」である事の意味は大きいです。何せ世界の行く末に関わる存在ですから…。

つまり、ナルトに関しては(今度こそ)『間違いない!』と(汗)。ナルトが「これまでにない安定をもたらすもの」であると…自来也は考えてるんではないでしょうか。でも、そう思ってペインでも失敗してるんですが、ナルトがこれから「悪」に転ぶには相当の努力が必要でしょうから、きっと、大丈夫ですよ(笑)。

でも、そこに隙が生じた。通路をゆっくりと歩む自来也の背後に"輪廻眼"が…。僕らはペインの寝室を見てるから、ペインが「6人いるかも…」って言う仮説を持っているけど、自来也達は知りませんよね。三人の"輪廻眼"が居る事だけでも驚きだったんですから、少しくらい気を抜いてしまうのも解る気がします。

「油断はするなとアンタから教わったハズだが…自来也先生」

先にも出たけど、この言葉は長門と自来也の間で交された"合言葉"みたいなものです。弥彦や小南も聞いてはいただろうけど、長門の優秀さや成長っぷりからすると、自来也がこの言葉を発する先に居たのは長門だと思います。だから、この言葉を使う"輪廻眼"は長門と考えて良いでしょう。ペイン=長門も大きく外れてはいないと思います。この部分にはまだ明かされぬ「謎」の臭いも感じます。

ところで、このペインは"お初"。頭にピアスがある…仮に、ペイン(ボウズ)にしましょう(笑)。これまで、(壱)(弐)(六)と(ロンゲ)が既出で、残りの二人の内の一人か…。(参)(四)(五)のどれか。そして、『六道』(りくどう)に準えた分類になるのかなと思います。その考えは「一系統の能力」に限定されるペインの闘い方にもしっくりと繋がります。

<バッ><ドカ><ドボン><ドボン><ザザズ><ザッ>「うっ…」

自来也、大ピンチです。通路は雨隠れの里の縦長のタワー形式の建物の最下層だったようで、攻撃の圧力は、その壁をブチ破り、自来也が投げ出されます。自来也も即死は免れたようですが、至近からの攻撃。全ては捌けなかった。逃げ出した水面に血が滴り落ちます。

「小僧!お前、左腕が…!!」

"姐さん"が自来也の左腕が無くなっている事に気付きます。それに、<ガクン‥>「分かっとります…」と自来也は膝を落としながら答えました。"姐さん"にはペイン(ボウズ)の攻撃が見えなかったのです。もしかしたら…。自来也は"姐さん"を庇ったんだと思います。自来也も"頭"や"姐さん"を親のように愛している筈ですから…。その代わりに、自来也は左腕をもがれてしまった。

「どういうことじゃ!!さっきまでの三人とは顔が違う…」(頭)

「おそらく前もって口寄せしておいたんでしょうのォ…」(自)

「…そうか…ワシらの幻術にかかりきる前に…!」(頭)

"ペインは三人"と思い込んでいたツケが大きくのしかかって来ますね。いつの間にか、自来也の隈取(くまどり)も仙人モードのマスクモード(?)から、仙人モード移行時の二重隈取に戻っています。手足も蝦蟇のそれでは無くなっています。もしかして、仙人モードの維持限界が近付いているのでしょうか?

<ズボッ>「さてと…」

一方、殺された三人のペインの大刀を抜く「暁」?は、残された最後のペインだと思われます。これで、一応、六人のペインが揃った事になる(笑)。彼は何をしようとしてるんでしょうか?三人は既に殺されているのに…。でも、これまでの経験的にもう「どんだけーッ!!」なので、推して知るべし…ですね(笑)。

<ザッ><ザザ><ザン><ザ><ダン>

「暁」のマントが身軽に飛び出して来ます。さっき、ペイン(ボウズ)の不意撃ちで開けられた壁の大穴から。建物の基礎が広めの通路になっている構造で、さながらデパートの屋上のステージ(踊り場?)みたいです。そこで、『見得切り』です。自来也の時は、尽く誰かに邪魔されたけど…(笑)。

「ペイン六道(りくどう)…ここに見参」

「………」と、自来也は目がホントに「点」ですけど…(笑)。←ペインの『見得切り』がまんまと成功してしまった事に対する"やっかみ"ではありません(笑)。ま、判っていた事ではありますが、六人のペインが一堂に会して「極め」のポーズ。思いっきり、「戦隊モノ」じゃねーですか?!キッシーッ!!(笑)でも、カッコ良いけどね。

ペイン(壱)が地面に手を着いた左手の親指には「暁」の指輪(零)がありましたね。自来也が殺った筈の三人は胸はマントが切れて、血が滲んでるけど、何事もなかったように、普通に立っています。さっきの大刀を抜いた「暁」がペイン(ボウズ)の右に立つ強面のオッサン面。便宜的にペイン(オッサン)にしましょう(笑)。

描写から言うと、ペイン(オッサン)は蘇生(回復)役になりますね。それぞれが「一系統」の能力者とする仮説によれば…ですけど。これだけ傍若無人なシステム(?)なんですから、少しはデメリット(制約)がないと狡いですよね。僕の仮説では活動地域の限定もある。ペインは雨隠れの里にあって「全能」とする考えです。

「六人…!?六人もおるんか!」(頭)

「!!?おい、よー見てみい!さっきやっつけた三人もおるがな!!」(姐)

「新しく口寄せした奴らの術か何かで復活させたんじゃ……!」(頭)

「完全に死んだ奴を三人も生き返らせる術やこうあるかいな!!?
こいつらホンマに人間かいな!!?」(姐)

「…ペイン…お前はいったい何者なんだ…!?」(自)

ま、端っから"人間"と闘ってたとは、僕らも考えてませんから…(笑)。しかし、いきなりこんなのと闘う羽目になったら、誰だってこのくらいは混乱するでしょうけどね。パターン的には飛段と闘ったアスマの状況にも似てますね(って、事は…ゾ…ゾッ)。でも、両肩に蝦蟇の仙人をくっ付けた自来也の「仙人モード」も、実際に目の当たりにしたら(かなり)吃驚すると思いますよ(笑)。

「ペイン…それはオレたち六人全員を指し示す呼び名だ」

ペイン(壱)が口を開きます。「暁」のリーダーとして露出してた"顔"です。六人のなかでも主導的な立場にいるんでしょうか。それが、「ペイン」の意味を話した。自来也も既にペインを長門とは呼んでいません。この六人のチーム名を"ペイン"言うんだ…。いよいよ「システム・ペイン仮説」も力を帯びて来ました(ワクワクッ)。

自来也の左腕をもいだペイン(ボウズ)の台詞からも"長門"の「心」は感じますから、六人のペインは何らかの方法を用いて、「心」を共有しているフシがある。その仕組みを「システム・ペイン」とするのが、僕の仮説です。それがピアスを主体とするものか?"輪廻眼"の能力によるものか?の見極めにはもう少し時間が必要です。そして、この考えには第三者の介在(協力)が必要になります。

「何故…六人もの"輪廻眼"が…」

三人でも驚いてたんですから、それが倍の六人(笑)。もう何だか解らない自来也の混乱振りは理解できます。疑問なのは"輪廻眼"の情報が余りにもなさ過ぎる点です。アレほど絶賛するような瞳術なのだとしたら、もう少し情報量があっても良いように思います。凄い「眼」が、何故凄いのか?自来也はまだしも、どうして二大仙人が知らないのかが解せないです。

そして、自来也が「!!」。いよいよ種明かしの「時」が訪れたようです。

「お…お前は…」

もう、ここからは妄想大爆発ですが、六人のペインの背後に誰かが現れたんじゃないでしょうか?自来也の反応からすると、自来也が知っている人ではないかと、僕は思います。でも、自来也にも信じられない…つまり、ここに居るはずのないキャラであると、描写からは感じられます。それは、「死んでしまった」と言うのもあるだろうし、とってもこの局面に繋がらない存在の筈です。

たとえ、それが誰であっても、『既出キャラ』であるべきだとも思います。つまり、僕らも知っている必要がある人物と言う事です。ここで、お初のキャラだったら、ちょっと白けると、僕は思います。しかし、それは誰なんだろう?自来也の「点」になってしまった眼が更に絞り込まれるようなキャラって…。誰なんだろう…。

で、予想です。私見です。偏見です(笑)。

(1)長門か弥彦(←本命)
(2)"根"のタンゾウ(←対抗)
(3)トビ(マダラ?)(←抑え)
(4)山椒魚の半蔵(←中穴)
(5)大蛇丸(←大穴)

実は、『大蛇丸は本当に死んだのか?』と言う考察を書きたいくらいに(笑)、僕は大蛇丸の「死」に疑念を抱いています。それに、このエピソード内で小南やペインの口から"大蛇丸"の名前が出た事や、大蛇丸の「暁」脱退以降の行動や、それに対する「暁」の反応等を含めて考慮すると、大蛇丸が真の『黒幕』ってのも、ホンの少し(‰)だけど、僕の中ではあるんです。だから、大穴で、一つ…何卒…(笑)。それと、自来也はトビ(マダラ?)は知らないだろけど、ご愛嬌で(汗)。

ま、何にしても次週、いきなり別の場面にスイッチしてしまわない事を祈ります。また、このモンモンとした状態で一週間待つ事になるのは、極めて体に悪いです。救急車のサイレン聞いただけで、この「焦らし」のせいで、誰かが運ばれると思っちゃうくらいですから…(笑)。それだけで、ICU(集中治療室)に入っちゃうんだって…心配しちゃいます。

或いは、山手線の電車の中で、「自来也、死んじゃうのかな?」って、ボソッて言ったりするのに、見ず知らずの、脂ぎった、加齢臭のしそうなバーコードのおっちゃんが、「自来也は死なないよ!死ぬもんかッ!」って、涙ぐんで抗(あらが)ってくれたら、僕は抱き締めちゃうと思います。

折角、自来也も、おんもに出たんだし、蝦蟇の出現しやすい水辺だし…、木の葉の増援部隊とか、イビキに送った蝦蟇も(何ぼ何でも)到着してて、綱手にも連絡行ってる筈だから、誰か助け舟くらい出せやァァァ!!総攻撃でも何でも良いから、助けに来いやァァァッ!!!!

誰か、自来也の死亡フラグを吹き飛ばしてみせろやァァァッ!!!!

(以上、プ○イドの高田総帥風)


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大蛇丸は何を知っていたのか?

 
「螺旋丸!!」

三竦みの戦いで、ナルトは螺旋丸を会得しカブトを粉砕します(19巻/108頁)。綱手と「初代の首飾り」(とナルトの蝦蟇口)を賭けた…約束の一週間目の出来事だったと思います。ナルトは賭けに勝ったんですね。「ま…まさか…まさか本当に………たった一週間であの螺旋丸を……」と、綱手も目を丸くして、ナルトを見つめていました。螺旋丸の修得が如何に大変な事かを示す描写です。

「あの九尾のガキが……あんなガキが…あの術を……」

その光景に心中穏やかでないのが、大蛇丸です(19巻/111頁)。中忍試験の「死の森」では、九尾の封印式やナルトの成長に興味を示しながらも「でも、今はアナタは邪魔……」(6巻/74頁)と言いながら、<ポイッ>っと捨てちゃったくらいの存在でしか無かったナルトが、何やら急に気になり始めるのです。この時、カブトと相打ちになる形で、ナルトも致命傷を与えられ瀕死の状態になるも、綱手の必死の救命救急で息を吹き返します。

「あの子、よろしくないわね…」

息を吹き返したナルトに更に危機感を募らせる大蛇丸です(19巻/123頁)。大蛇丸も螺旋丸の存在を知っており、当然、術の特性や修得難易度なども解っていたのでしょう。「綱手は医療スペシャリストだ。案じずともナルトの身に心配は無いのォ…。それより、お前はワシと闘ってるんだ。よそ見してる暇はねーだろ」と、いつもながらズレた事を言う自来也など、最早、視界にすら入っていません(笑)。自来也など関係ない…と言った風であります。

「…そういう意味じゃないわよ……」
(まさかここまでの子とはね…あの子が暁に渡ると面倒ね…つまり、殺すなら今!!)

大蛇丸は、自来也を置き去りにして、ナルトを殺そうとします。軟の改造をした舌(プッ)を伸ばし、自来也を投げ飛ばした反動を利用して一気にナルトに迫ります。自来也は綱手に毒をもられ、身体が麻痺した状態です。決して、ワザとやられてるわけではありません(笑)(←ねっ、変と言えば、変でしょ…自来也って…綱手の毒ね…って思っちゃでしょ…笑)。口から飛び出した蛇が草薙の太刀を突き出しています。それに、「…この子をっ!?」と、一瞬反応。綱手が横たわるナルトをかばって、その凶刃に貫かれてしまいます。

何故、大蛇丸は螺旋丸を会得したナルトが「暁」に渡ると「面倒」だったのでしょうか?

大蛇丸が「暁」を抜けたのは、第一部終了から7年前の事。もっとも、この時点で判っているのは、大蛇丸が「暁」を抜けた事くらい。どうして、ナルトが「暁」に渡る事を、大蛇丸が恐れたのか?この時はまだ、その謎が何だか引っ掛からないまま放置されてしまいました。気にはなったけど、痼りにはならなかった…。

「綱手……アンタだけは殺す気なかったのに…
その子に生きてられると諸々の事情で後々、厄介な事になるのよ…
邪魔しないでくれる…」

大蛇丸は過って(笑)貫いてしまった綱手に言い訳しています(19巻/129頁)。その後も、ナルトが「暁」に渡るのは困ると…意味不明にツラツラと言い訳を続けます。螺旋丸を使えると知るまでと知ってからでは明らかに違います。この掌を返したような大蛇丸の言動は何なんでしょうか?

「…この子だけは絶対…守る…!」

大蛇丸が執拗にナルトが興味を示すようになったのと、綱手がナルトの存在を重要視しているのとは意味合いが違うんですが、この時は、それらが混在する事を意識できずに、やや流された(ミスリード)感があります。綱手のそれは、自分の世界がナルトと出会う事で変わった驚きにあり、本来の姿を再生できた感謝にあります。それと、大蛇丸との異質には気付けなかったのです。何せ、大蛇丸の変容は唐突でしたから…。

大蛇丸はきっと、難易度のメチャクチャ高い螺旋丸などと言う術をモノに出来る資質を、ましてや九尾を腹の中に抱える子供(ガキ)が存在し、今は関係なくなった組織=「暁」に、それが渡ると「厄介」…つまり、自分に災難が降り掛かるか、自分の目的達成が疎外されるか、いずれにせよ、自分にとって不利な要素…かなり大きなマイナス要素と考えた…と想像されます。

「ただ、最近、肝心の大蛇丸はその組織(暁)を抜けてのォ…
ちょうど、そのくらいの頃から組織の奴らが2人組で各地へ動き出し…
術やら、何やら、集めてる」

例の刺々しい(笑)カカシと自来也の密会に、その徴候はありました(16巻/156頁)。が、見逃してました(汗)。端ッから「暁」の目的は尾獣だけでは無かったのです。それに大蛇丸は、九尾の存在(そもそも、大蛇丸は九尾をあまり重視していない)だけではナルトに危機感を感じていませでした。つまり、その後の螺旋丸の修得が意味するところの「ここまでの子」が、「暁」に渡る事が大蛇丸には脅威だったのです。

そして、そのサブリミナルな痼りは自来也の雨隠れの里への潜入捜査で、ペインの全貌が徐々に明らかになるに従って大きなものになって来ました。あの顔バレしたペインが秘密の部屋に入って眠りに付いたように見えた、あの「寝室」(?)の描写です。あの「アキラ」を思わせるような世界観のギミックです。

「さて…侵入者を狩るか」<パチ>

目を閉じたと思ったらすぐに開いた…(40巻/189頁)。後から知れるのが、その眼の紋様が「輪廻眼」でした。それが三大瞳術の一つ(その中でも最も崇高な"眼"…笑)である事も、その時、初めて知らされました(汗)。年賀状の「後出し」みたいで猾い!!なんて(僕は思いませんよ…マンセーですから…笑)意見もありましたが…。

バイザーで顔は覆われていて各々を確認できませんが、「暁」がワザワザ、遠隔会議をしていた描写もあるし、身体つきなどが(特に"六"のオデブちゃん)現「暁」メンバーと符合しないと思われ、未だ未出の「暁」の存在が示されたものと思いました。そして、もしかしたら、「ペインが六体いる?」と言う憶測寄りの仮説も生まれました。

寝室に入ったペインが「壱」のベットに就く描写と、次に起き上がるペインが、恐らく「弐」のベットと思われる位置関係(第370話「胸騒ぎ」)である事。しかも二人とも輪廻眼である事。二人の外観が違う事などから推察して、あの六体の人形(ひとがた)はペインであろうと、僕の中では「鉄板」となっています。

(まさかここまでの子とはね…あの子が暁に渡ると面倒ね…)

三竦みで自来也に秘匿しつつも(大蛇丸は自来也に対しては喋っていません)、危惧したナルトの存在感。それが「六体のペイン」と、僕の中で繋がりました(脂汗)。「暁」は攫って来た「忍」を何らかの方法で自由にする術(すべ)があるんじゃないかと思うんです。

だから、大蛇丸は螺旋丸なんて言う(憎っくき逸材=ミナトが開発したたいそうな術…笑)難易度の超高い術を会得したナルトが「暁」に渡る事を恐れたんじゃないでしょうか?そうした素養がある忍が「暁」に渡り、それが自分を襲いに来るから「面倒」と考えたんじゃないか…と言う展開です。

「暁」を抜けた大蛇丸が「暁」の標的であった描写もありましたし…(個人的に恨まれていたのもあった…笑)。それに、大蛇丸が危機感を感じてしまうような「暁」の情報を知り得た…つまり、大蛇丸が在籍中には、かなり深くまで「暁」に関与していた事を窺わせる描写でもあります。それか、大蛇丸が「暁」を調べた…と言う線もあります。

大蛇丸の危惧が「システム・ペイン」(←妄想的仮説ですから…)の核心に関わるようなものであるとしたら…。大蛇丸が「ここまでの子」としてのナルトがペインとして機能したら困ると考えて行動したとしたら…と、僕の中でかなりしっかりと繋がってしまっています。

そして、それは「自来也VSペイン」の交戦が始まってからも、その「妄想」が、ジワジワと太くなる描写が散見されています。一番、濃いのが、ペイン(弐)の口寄せです。自来也はペイン(弐)が口寄せしか使わない事に固執していますが、僕はむしろ、その口寄せ動物の外観に注目しています。

「グルルルルルルル…」

非常に余談ですが、ケルベロスは常に悪者です…滝汗(第375話「二大仙人…!!」)。悪そうな顔をしています。この増幅口寄せの術の犬コロが「ケルベロス」とは言えませんが、ま、イメージです。ひがみです。被害妄想です(笑)。少し前にオンエアされてた「探学Q」も悪役でしたし…(汗)。あんまり子供達に変な先入観を植え付けないで欲しい…な。

ペイン(弐)の口寄せ動物は一貫して

(1)輪廻眼である
(2)身体の何処かに太っといピアスがある
(3)話さない(契約関係の信頼感が希薄?)

…と言う共通点があります。みんな、「それ、邪魔でしょ」ってところに、「それ、刺さってたら絶対(じぇったい)死ぬでしょ」ってくらい、痛い部分に、信じられないくらい太いピアス(ピアスか?ホントに…)が刺さっています(笑)。肉体の構造的に無理目ですよね。関節、動かないのありますよね(笑)。

あのピアス(楔?)を単なる装飾品(アクセサリー)として受け入れるには、僕は余りにもコンサバーティヴ過ぎます(笑)。それに、「ペイン」と言う名前にも意味深さを感じずにはいられません。キリストがゴルゴダの丘で味わった「痛み」(ペイン)が…実はミスリードで、ホントは…。

そして、最新号でペイン(弐)が召還した「暁」のマントの二人。

オデブちゃんは絶対、寝室の「六」です…笑(第377話「仙人モード!!」)。もう一人は不明のロンゲ(最新号の感想参照)。二人とも顔中ピアスだらけです。首や腕にもあるので、恐らく体中、ボディピアスだらけです(汗)。僕なら完璧、「暁」脱退してます(笑)。逃げてます(汗)。マジ、無理ッス。

三体のペインの全てが輪廻眼で、漏れなくピアスだらけ…。自来也はこの中にペインの本体が潜んでいると考えているし、"頭"は三人ともペインで、輪廻眼が視界を共有していると踏んでいます。しかし、口寄せ動物の観察を合わせ考えると、ペインとして行動している三人も、僕には怪しく映ります。で……、

この「ピアス」がペインじゃないかしら…くらいに、僕は考えています。

輪廻眼の描写からして、群体を統括するような視覚なり、空間認識で意識を一体化するような機能が輪廻眼の能力で、むしろ、あの「ピアス」がペインの本体(金属生命体?)で、それか、攫って来た「忍」や口寄せ動物を支配する手段ではないかと考えているのです。つまり、今、闘っているペインも口寄せ動物も似たような存在…?

これが、「暁」に「ここまでの子」が渡ると「厄介」とする大蛇丸の考えの根拠になっています。連れてこられた忍に無理矢理、ピアスを突き刺して操る…とか。だから、ペインの口寄せ動物は皆、無表情で、悲しそうで、話をしませんよね。もしかしたら、ナルトもペインにされてた可能性があるかも…と、ゾッとするような妄想です(笑)。

ここで、気になるのがペインの「弐」と「六」の闘い方。「弐」は口寄せだけ。「六」は術の吸収のみ。「ロンゲ」はヤラレのみ(笑)。←無気味さを感じさせつつ秘匿中です(今は黄泉沼に沈みつつ…)。なんですが、先の大蛇丸が危惧した「ここまでの子」が「暁」に渡ったら「厄介」から推測すると、これらのペインは「力のある忍」と言う事になる。その推測からすると、この闘い方から、彼らを「単能」とするのは危険ではないでしょうか?

つまり、スペシャリストではあるけれど、他の術や技もありますよ…と言う心配です。ナルトだって、螺旋丸以外にも使える術はあるし(汗)、他の優れた忍を観てもいくつかのバリエーションが存在しますから、そもそも、「一系統」の能力しか持っていない…と自来也が決めつけるのは早計ではないかと、僕は心配しているのです。「一対一」になって、「ヨシッ!!」と思ってる自来也を心配しているだけなんです。

何にしても、思い込みは危険です。僕が、「デイダラ」や「玉」みたいな、叙情的な…ちょっと「グッ」(←言い過ぎ…不遜でした…思い上がり…ま、雰囲気で…汗)と来る話ばかり書くと思ってる人は危険です。僕はこんな妄想も一杯するのです。たまに「(妄想ばっかで)がっかりです…」なんて、メッセージが来るけど、それこそ、思い込み過ぎです(汗)。

「ナル×ジャン」すら、僕の数%です。

見誤ってはいけません(笑)。考えは自由であるべきです。でも、こう言う「妄想」って、本編を読みながら、皆、考えてますよね。それを吐き出す為に「ナル×ジャン」やってるんだから…。ここで書いとかないと勿体ない!です。大きな穴に向かって叫びたい気分です。

「仙人モードの自来也の鼻はブッツブツーっ!!」(笑)

ところで、賞味期限が最近、話題になってますが、このネタも非常に短い賞味期限(最短で、明けた月曜日)なので、さっさと上げちゃおう!!と思います。皆さんは、ペインの正体をどう考えますか?僕は以上のような「妄想」に支配されています。コメントで大いに盛り上がりたいところですが…(ちょっと、用事があって…)。

だから…腐っちゃう前に、アップさせて…く…だ……さい…(笑)。



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”玉”

  
「珍しいっスね
いきなり"棒銀"なんて
じっくりやろうぜ
時間もあんだし」(シカマル→シ)

「敵陣突破の先兵だ
たまにゃ
こういう指し方も出来ないとな」
(アスマ→ア)

「そういう指し方
嫌いじゃなかったっスか?
オレと同じで…」(シ)

「上手相手に"玉"を守る為には
犠牲もやむなしってやつだ」(ア)

「…………
何かあったんスか?」(シ)

「別に…何もないよ
ただ今頃になって
"玉"の大切さが分かって来たのさ」


「そりゃ"玉"取られたら
終わりっスからね…
将棋は」(シ)

「木の葉の忍を駒にたとえるなら
シカマル…さしずめお前は"桂馬"だな」(ア)

「………何で?」(シ)

「力は弱いが
駒を跳び越して進むことが出来る…
このユニークな動きは
型にはまらない
お前の柔軟な思考に似てる」(ア)

「…………
じゃあ先生は?」(シ)

「オレは何でもない
ただの…」(ア)

「犠牲駒…ってか…」<パチン>(シ)

「なら…"玉"は誰だか分かるか?」(ア)

「………
火影だろ?」(シ)

「…オレもこの前までは
そう思ってた」(ア)

「じゃ誰なんスか?」(シ)

「お前も時が来りゃ分かるさ」

シカマルとアスマ…任務や修行の無い時は、よくこうして縁側で将棋を指したんでしょう(35巻/130~133頁)。二人は仲の良い兄弟の様ですね。僕にもアスマみたいな、優しくて強いお兄さんがたらどんなにか楽しかったろう…と思うし、シカマルみたいな賢くて可愛い弟がいたなら…どんなに大切にしただろう…と。シカマルとアスマ…どっちにしても羨ましい関係と思います。二人は一緒にいるのが楽しくて仕方なかったんだろうな…。

アスマの「目」でシカマルを見る時、それは正しく宝石の「原石」の如く秘めたる「力」を感じた事であろうと、容易に思い当たります。アスマはシカマルと言う素晴らしき「原石」を如何に磨き上げるかに情熱を傾けた事でしょう。この場合、「賢さ」と言う能力が合わせ持つ「自尊心」(プライド)に如何に抵触せずに、それをプラス方向に伸ばすか?が非常に重要で、それに腐心する必要がありますが、アスマはそれを重々理解した上で、シカマルの「師」として、彼を導き育てています(非常に余談ですが、三代目は大蛇丸の駄天と言う"大失敗"をやらかしています)。

その最たる例が、今、二人が指して居る「将棋」であります。シカマルの才能を疑い、試しに将棋の入門書(36巻/162頁)を手渡したのはアスマでした。ルールや基礎理論などを、十分ほどで修得して、後はアスマと将棋を指しながら、一緒に将棋を楽しんでいました。結果的に、シカマルが「IQ200以上の超天才ヤロー」(12巻/161頁)と言う事が判明するのですが、アスマがこの時、執ったこの大いなる選択に、僕は敬意を感じてなりません。

アスマは自らの手でシカマルに将棋を教えてはいません。アスマはシカマルと「将棋」を出会わせただけなのです。シカマルの性格の吟味もあっただろうし、アスマの性格もあったでしょう。もっとも、二人は相性抜群のソウルメイトみたいなもんでしたけど…。『何となく分かる』(ナルトが良く言うヤツ)は、ホントに理解したとは言えないです。『ホントに分かる!』って言うのは、自分で気付いた事なのです。

「気付く」とは「築く」なのです。

アスマは、それを知っていました。だから、教える事ができない授業もあった訳です。シカマル自身に気付いてもらわねばならなかったのです。だから、そう言う「物事」との出合いを「演出」して行ったのです。人は一生の内で何度も大切な出会いがあります。それは人かも知れないし、物かも知れない。シカマルは「将棋」に出会い、その「頭脳」と言う「原石」を磨いて行ったのだと思います。その結果はシカマルの闘いを見れば判ると思います。中忍試験での「テマリ戦」、サスケ奪還編での「北門の多由也戦」、「対飛段戦」での戦闘下での作戦の再構築、追撃戦での戦術等など…。

如何に「原石」とは言え、磨かねば輝きを放つ事はないのです。アスマはシカマルの組成を見事に見抜き、埋もれぬように、曇らぬように…シカマル自身がそれを磨くように、上手に「出会い」を「演出」して行ったのです。それはかつて自分が味わった…三代目・火影との確執が影響していると思われます。反りの合わない父と離れ、里を離れ、自分だけになって出会った考え…。それが今あるアスマを形作っているんだと思います。いわゆる"反面教師"と言うヤツです。

この時、アスマは初めて"玉"と言う言葉を使います。それを単なるアスマの「死亡フラグ」と受け取るか、一連のアスマの「演出」の一端と捉えるかで、物語の味わいは『天と地』ほど変わってきます。僕の選択は断然、後者で(笑)、アスマはシカマルにしっかりと遺して行きたかったのだと思います。しかし、最後まで、アスマは自分の口から"玉"の答えを明かしませんでした。それは自分が経験したように、出会わなくちゃいけない「答え」だから…。

アスマの吸う「煙草」はこう言う時の為にあるのかも知れません(笑)。それは「煙(けむ)に巻く」と言うのではなく、「間」が作れるから。それは、言いたい方にも、聞きたい方にも有余を与えます。良い感じの「間」…ができる。そして、賢きシカマルには判ったと思います。アスマが伝えたかった『無言の言葉』が…

『自分で見つけてみろ!!』

それは真に「大切」なものであるから…その「答え」には自分で出会わなければならない。それがアスマの本意であり、シカマルにも伝心(でんしん)したのです。シカマルの目にはアスマの無骨な指先が、シカマルの繊細な「心」を傷付けないように、非常に慎重に配慮している姿を、絶えず見つめていたのだと思います。そして、シカマルの賢さはそのアスマの"優しさ"を受け入れたのです。「かっこいい大人」とは…。「師」とは…。ここでも、シカマルは教えられたのではなく、出会っているわけです。それが、シカマルにとってのアスマの存在です。

アスマが遺した「お前も時が来りゃ分かるさ」と言う言葉の「時」とはアスマの生き様…「死」をしかと見届けた時になろうとは、シカマルも想像していなかったでしょうが、アスマにだって、この"玉"が何なのか?その答えに出会った「時」がある筈です。それはいつなのでしょうか?この将棋の少し前に、アスマが父である三代目・火影の墓前に佇むシーンのその痕跡が遺されています(以下:35巻/95~97頁)。

「…今ならアンタの言ってた事も
少し分かる気がするよ。
木の葉を離れたり…
好き勝手な事ばっかりして悪かったな…
後悔はしてねーけどな………
…今は猿飛一族に生まれたのも
悪くねーと思えるぜ
アンタはちゃんと
里長としての役目を果たした」

『かっこいい親父だったよ…』

線香代わりの煙草。"玉"=「火影」と思ってる時…つまり、若い(子供?)頃、アスマは父である三代目と反りが合わず、やさぐれた過去があるようです(汗)。そして、墓前で語る「…今ならアンタの言ってた事も少し分かる気がするよ」の「今」が、アスマがその「答え」と出会った瞬間と考えて良いと思います。それは恐らく、自分が亡き三代目と同じ立場になった瞬間。それは…つまり、紅のお腹に自分の子供が宿ったと聞かされた時ではないでしょうか?

自分が父親になった時、自分の子供の事を考えた時に湧き出て来た気持ち…。アスマはこの時、三代目が自分の父であると同時に里影として生きなければならなかった「道理」に行き着いたのではないでしょうか。だから、「アンタの言ってた事も…」になる訳です。子供の頃感じた、寂しさや不条理。子供だったアスマには、木の葉の里の「父」たる火影の職責までを飲み込む事はできなかったのでしょう。

そして、木の葉崩しで三代目は里を身を呈して守り通しました。その生き様…「死」はアスマにも届いています(多分、葬儀には参列しなかったな…多分)。そして、三代目が守り通したものが、"玉"であることも、アスマには理解できたのだと思います。「里長としての役目を果たした」と、猿飛の墓標に語ったのは、「父」として自分に接してくれなかった「立場」も判る歳(心境)になりました…と言う事です。「猿飛一族」とはその職責を担うべき血筋を意味するのだとも、この描写からは見て取れます。アスマのやさぐれたベースにはそんなプレッシャーもあったんですね。

そして、何より、三代目もアスマに教えなかった。それはアスマにも出会って欲しかったからだと、僕は考えています。ホントに大切な答えだから、自分で気付く必要があるから、教えるわけには行かなかったのです。その人の事を真に大切に思うからこそ、黙して語れない。それこそ、真の「親心」と言うものではないでしょうか?三代目もそうだった。アスマもそうだった…。その気持ちは連綿と続いているのです。そして、その繋がりが木の葉の里を造り上げているのです。それら全てが「今なら分かる」と言う、アスマの言葉に集約されています。

終わりがあれば、始まりがある。アスマの命は新しい命を生み出しています。それは、紅のお腹に宿っていました。二人は愛し合い、その証をこの世に遺していたのです(以下:38巻/55~58頁)。

「出歩いていいんですか?」

アスマの墓前…紅が佇みます。えらく女っぽい感じの紅。ワンピース姿の紅のお腹はかなり大きくなっています。ちょっと、冷えそうで心配です。近所のお婆ちゃんい叱られそうで心配(汗)。「!」…紅はシカマルの、その声に紅は振り返りました。まるで、アスマが話し掛けるような暖かい、優しい響きを、紅は感じたんだと思います。

「将棋の相手がいなくなったわね…
アナタはアスマの
一番のお気に入りだったから
さみしくなるでしょ…」(紅)

シカマルと一緒に居ると、紅はアスマの事を思い出してしまうのかも知れません。シカマルに「さみしくなる」と言ったのは彼女自身の気持ちでしょう。紅は仲の良い兄弟のような二人を見ているのが好きだったんだと思います。それは彼女に「家庭」をイメージさせていた…かも知れない。笑顔と笑い声の絶えない、暖かい家庭を…。でも、その笑顔の中心に居るはずの…最愛のアスマはもう居ない…。

「大切な事からくだらない事まで
いろんな事を教えてくれたんですよ
将棋もその一つだった
さみしくないっつったら
ウソになりますけど
オレはもうガキのままじゃ
いさせてもらえない世代ですから
ピーピー泣いていられないっスよ
オレ…"めんどくせー"って
いつもだだこねてたから
ガキの頃
そのせいで失敗ばっかして…
…そのたび
アスマには守られてばっかで…
それでかな…
つかみどころのない変な先生だったけど
オレにとっちゃ
むちゃくちゃカッコイイ大人だった」

『今度はオレの番ですよ
その子が生まれたら
今度はオレがその子を守る師ですから…

カッコイイ大人にならねーと!』

アスマにとっての"玉"とはシカマルであったと、僕は考えています。

実際、「暁」の飛段との交戦で、アスマが「捨て駒」(棒銀)にならないと、飛段の術の正体も解らず、小隊ごと殺(や)られていただろうし、何よりもアスマはシカマルを大切に思っていましたから…。「暁」の動きが活発化し、木の葉にもその魔の手が及ぶだろう予測から、アスマはこの状況を悟っていたんだと思います。どんな状況に陥っても、シカマルだけは、命を賭けても守り通そうと心に誓っていたのです。「棒銀」とはアスマ自身。たとえ犠牲駒になろうとも"玉"を守る。それがアスマの「覚悟」でした。

そして、自分の為に逝ったアスマを「カッコイイ大人」と言うシカマル。シカマルはアスマの行動の奥の奥までをしっかりと理解していたと思います。それは教えられた事ではなく、自分で気付いた事だから、「今度はオレがその子を守る師ですから…」と言い切れたのです。アスマが命を賭けて自分を守ってくれた事を、それを一身に受け止めようと、シカマルは歯を食いしばっているのです。それが、シカマルの「覚悟」でもあります。

「………ありがとう」

その毅然としたシカマルの言葉の中に、紅は「アスマ」を感じたのだと思います。アスマが居たからシカマルが居る。自分も居る。そして、お腹の子も…。もうアスマは死んでしまったけど、寂しくなんかない!きっと、紅は、アスマの死後、不安の中で過ごしていたと思いますが、シカマルのこの言葉が、どんなに支えになった事でしょうか。

「オレはもうガキのままじゃいさせてもらえない世代ですから」と言うシカマルの言葉に頼もしさを感じてしまいます。紅の暖かい掌が終止、お腹に触れています。まるで、シカマルの言葉を伝えるように、その暖かさを伝えているのです。

シカマルはこの一件を経て、確かに「大人」になったのです。アスマの死後、シカマルは暫く煙草を吹かしていましたが、年齢的には未成年だろうけど…誰が何と言おうと、シカマルは大人になったんだから、問題無いです。煙りで環っかを作ろうと、煙りを口から出して、直ぐさま鼻から吸い込んでも良いのです(笑)。この件で大騒ぎするヤツがいたら、それこそ、最高裁まで闘う決意でした(笑)。

この成長はアスマがもたらしたものです。それに多少の痛痒さを感じるのが、シカマルの父、シカクです(笑)。シカクはアスマがした事をホントは自分がしたかったんだろうけど、余りにもシカマルと似過ぎていた自分が、それをするべきではないと判断したのだと、僕は考えていて、それがシカクらしい賢明さだと思っています。だから、アスマの死はシカクにとっては痛痒い…。それが、シカクとシカマルの対局で赤裸々に描写されます(以下:38巻/59~61頁)。

「さすがオヤジ
アスマと違って強えーな…」<パチン>(シ)

「棒銀か」<パチン>(シカク→父)

「上手相手に"玉"を守るためには
犠牲もやむないってやつさ」


シカマルはアスマと同じ言葉を喋っていますね。アスマの事を想い出しながら将棋を指しているんでしょう。

「そう逃げたらホラ
ここで桂馬だぜ」(シ)

「金のどっちか逃げても
角が成り込みか…
ったくその桂馬
いやらしい手だぜ」(父)

シカクもシカマルを「桂馬」と分析していたんだと思います。「いやらしい」と揶揄するのは、妙手というのもありますが、シカマルの性格を言い表している。しかし、それは批判では無く、賞賛。賢き我が子に対する「ハナマル」だと感じます。シカクの「親バカ」の片鱗が微妙に見えた気がして、僕は嬉しかったです(笑)。

「木の葉の忍を駒に例えるなら
オレは桂馬だからな」(シ)

「何だそりゃ?」(父)

「アスマがそう言ってた」(シ)

「……」

この時のシカクの"ポカン顔"は、アスマに対する「嫉妬」に近い気持ちではないかと…僕は疑っています。「自分が考えていた事をアスマも考えていたんだ…」と、シカクは心の中で、大声で叫んでいたのかも知れません。今、こうして息子と将棋が指せる。シカマルの「アスマと違って…」と言う言葉からしても、シカクも将棋を以前から楽しんでいたと考えて良いと思います。しかし、父・シカクはシカマルに将棋を教えたりはしなかった。その想いは「いつかは出会うだろう」と言う処にあったのだと思います。出会って欲しいと思っていたのだと思います。

「ケッ…
お前の性格をよく分ってやがったな…
アスマのやつも…」(父)<パチン>

駒を指す指にも力が入るってもんです(笑)。アスマがシカマルのそんな深層までを見通してた事に、シカクの心境は更に微妙に…(汗)。ついでに、シカクは「"アレ"も聞いてみるか…?」とこの時、思い付いた…。ちょっとイラッとしつつも、アスマがシカマルに遺して行ったものを確かめずには居られなかったのです。また、シカマルとアスマの関係性も充分にシカクは認識していたでしょうから、アスマの死がシカマルにどんな影響を及ぼしているかも、同時に探りたかったのもあると思います。

「なら"玉"は誰にあたる?」

かつて、アスマがシカマルに投げかけた質問です。あの時、シカマルは答えられなかった。一体…どんな答えが帰って来るのか?この瞬間、シカクはドキドキしながら、シカマルを見守っていたと思います。勿論、シカク自身は疾(と)うに出会っている「答え」です。シカクの目はしっかりと見つめています。それは、シカマルの今の雰囲気。輝き…。「今なら聞いても良い!」と、シカクは思ったんだと思います(やっぱ、親バカだわ…笑)。

「…木の葉をになう
これからの子供達…
それが"玉"さ」


これがシカマルの出会った「答え」でした。アスマはシカマルを遺しました。それは、アスマにとっての"玉"はシカマルだったからです。そして、その「行い」や「想い」を自分の中で咀嚼した上で、自分自身で出会った…これが、シカマルの「答え」なんです(その中でもプライオリティが最上位が紅のお腹の子だろうと思いますが…)。きっと、その声は清々と、淀みなかった筈です。それは…アスマが遺し、シカマルが気付いた…「覚悟」なのです。そして、シカクが(運命に)託した想いそのものでした。

「よく分かってるじゃねーか
……よっと王手」(父)

シカクはアスマにしてやられたと思いが半分。ここまでしっかりと教え導いてくれた事を、有り難く思うのが半分。父親の心境的には(やや)微妙な痛痒さを残しつつ、こうして「大人」として歩み始めた我が子の輝きを前に、目を細めていたのではないでしょうか。シカマルはアスマに出会ったのです。これ以上の「運命」はない。そして、この「答え」にシカマルが気付けた。それは、アスマにとっても本望だったろうし、親として、シカクにも、こんなに喜ばしい瞬間はなかったと思います。

「あ!」(シ)

「てめーが"玉"を守るには
まだまだ力が足りねーな!
精進しろよ!」(父)

「くっそー!」(シ)

シカクは立派な人格です。アスマがシカマルに付いていてくれたから安心して任せていたんだと思います。また、シカマルを易々と将棋で討ち負かしてしまうところからしても、相当の「知将」と言えるでしょう。

これまでも不安定だったシカマルの背中を支えていた描写もありますし、「かかあ天下のダメ親父」では決してない存在感を感じます。シカクはシカマルのなるべき姿をしっかりと示していると言える存在です。物語の中に登場するお父さんの中では「白眉」です。

僕はシカマルも好きだけど、シカクも好きだな。きっと、アスマの子はシカクも自分の孫のように可愛がってくれるんじゃないでしょうか。シカクのサブリミナルな親バカっぷりを見てると、何だか、そんな予感がしてなりません(笑)。

アスマの形見の煙草を吹かすシカマル…。うち降る雨。涙雨…。

「煙が目に…染みやがる…」

アスマがシカマルに遺したもの…。
それを、シカマルは一生忘れない。

そして、シカマルはアスマみたいな大人になる。
そう、カッコイイ大人に…。



 
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第378話「一対一…!!」

 
何なんだよーっ!!三人のペインのマントの右手から<スー…>っと出てるリボンみたいな…ベルトみたいのは…(汗)。これまでのペインの描写の記憶を辿っても無いです。全くの"お初"です(汗)。もう気になって、気になって…いきなり、ペインが新体操でも始めちゃうんじゃないかって…(汗)。

しかし、「ペインVS自来也」は違和感が常につきまとっています。違和感と言うか…ホントに闘ってる気がしない。全くリアリティが感じられない。デイダラの気持ちになってここ数日過ごしていたので(笑)、これは僕だけの気分かもしれないけど、はっきり言って、ペインの闘いは面白く無い。…萌えない…(汗)。

何だか、ペインは夢の中に出て来る"殺し屋"みたいです。何も喋らない。表情(顔?)もない。逃げても逃げても追いかけて来て、こっちからの攻撃は一切通じなくて、どんどん迫って来る…。子供の頃によく見た"悪夢"に似ています。大人になってからは見なくなった"悪夢"。とうとう殺られる!!ってとこで夢から醒めたっけ…(汗)←ボトボト…。

(ヤバイの…忍術を無効化されるこの状況で、三人を相手にするのはさすがにキツイ
このまま戦闘に入ったら―この仙人モードでもまず殺される…ここまで強いとはの…)

自来也は冷静に状況を分析しています。自分の力に溺れず、傲らず、客観視できている。これが「強者」と言うものです。だから、「自来也ちゃん、いったん退け」(頭)に、即座に「…ハイ」と頷けるのです。自分の劣勢を認められるか否かは度量が問われるところです。特に命のやり取りをするような闘いの場にあっては…。

<ボン>とかき消える自来也。

「…………パイプの中を通って逃げたか…」

闘いの場面に移行してからのペインの数少ない言葉の一つです(笑)。何故、この言葉をペインは発したのか?もしかしたら、このまま逃げて欲しいと思ったんじゃないか?と、僕は感じています。ペインは本心では自来也を殺したくはない…。そう思って貰いたいと…これは希望です(汗)。それは、かつて自来也が見つめた長門の「心」だから…。

「何で逃げるんなら?」(姐)
「六道を分析して策を立てるんじゃ。それには少し時間が要る」(頭)

自来也が遁走するパイプは、直径(太さ)の対比から推察すると、仙人モードに移行する大穴を開ける時に破ったパイプの側道でしょう。自来也が<タン><タン>と移動する通路(?)にも、パイプが派生する横穴が開いています。雨隠れの里はパイプが縦横無尽に張り巡らされた構造で、この都市自体が何かしらの機能や目的を持っている事を感じます。

「あいつら見た目は違うが全員同じ眼をしとった…
つまり全て六道の"輪廻眼"ということになるが…」

"頭"の気持ちは"輪廻眼"に向いています。"輪廻眼"と言うか、人形(ひとがた)としての、本来あるであろう「人」の道理に気持ちが縛られている。それは、"眼"は頭部にあるもので、それが"視覚"をなしている…と言う常識。それが当たり前なんですが(汗)、柔軟じゃない感じは否めません。

「あいつらの内の一人が長門だとしても、
そうゴロゴロ"輪廻眼"がいるとは思えんですしのォ。
一体、どういうことですかの!?どいつが本物のペインか…」

自来也は"輪廻眼"よりも"長門"に気持ちが行ってます。あの三人の中に"長門"を見い出そうとしているようです。あの時、自来也が見い出した優しさの欠片。自来也はそれに取り憑かれているかのようです。自来也の気持ちの傾きとしては、三体の中に本体(長門)が潜んでいて、それを叩く必要がある…と言うものでしょう。

「どいつが本体かというのは大した問題じゃありゃせん
それより六道の"輪廻眼"が実際に三人おるっちゅーことじゃ」

"頭"と自来也の思考は、この時点でかなりズレています。どちらも独立した人格ですから、それぞれのツボがあり、感じ方も、思考パターンも違う。その鬩ぎ合で「考え」を研ぎ澄ますのが「合議制」のメリットであり、デメリットでもあるのです。時間が掛り過ぎる…。

「…………ペインとは一体何者なんだ?」

仙人モードの自来也が"頭"と考量を重ねるんですが、二人ともかなりズレてると思っています。僕は「考察」と言うジャンルの趣味にハマって、何ヶ月かが過ぎました。その中で、ヒシヒシと感じる事ですが、「先入観」はいけない!(笑)人間が普通に抱く「思い込み」ってのは、真実を覆い隠してしまう…考察にはマイナスのベクトルです。

「何者か、今はまだ分からん…しかし、ほんの少しじゃが推測は出来る
奴ら三人の視野は繋がってて共有しとるっちゅーことじゃ。それがあの眼の能力じゃろう」

何らかの手段を用いて、個別に存在するペイン間で視覚情報が共有されている。通信の仕組みは未だ不明。それら全てが"輪廻眼"の能力として受け入れるしか無い。しかし、僕の経験的に感じるのは、少ない材料と、少ない考量時間の中で性急に結論を急ぐのは非常に危険であると言う危惧。完全に一点に集中して突き進むのは、正解の場合だけ有効ですが、その有効範囲は極めて狭いものです。

「よーするにどーゆーことならや?それで何の利点があるん?」

"姐さん"だけ、この考量からもれてましたね(笑)。女子は技術系の考察があまり好きじゃありませんから…(汗)。理屈で考えるよりも、心情を推し量りたいんじゃないかと思います。これは、右と左…どっちの脳を使ってるか?によるんだろうな。考察の質によって疲れ具合とか違いますから…。脳も筋肉と一緒で、目的によって動かす部分が違うんだろうな。

「簡単に説明するとじゃ…
あやつらは一人一人に見えとる映像は監視カメラの様に
別々の三台のカメラで撮られた映像を一度に見とるのと同じじゃ。
つまりじゃ、一人でもターゲットを見ておけば、
他の二人はターゲットを直接目視せずとも
ベストなタイミングで攻撃や防御へ以降出来る。
視野は人の三倍。しかも白眼とと違うて、
印を結んでチャクラを錬らんでも常に互いの死角をカバーしておる。
最強のコンビネーションじゃ」

今ある材料から"頭"が導きだした仮説…少ない材料から導き出された仮定です。ここで、"頭"は三人と決めつけている点で、既に考えが硬直している。ペイン(ロンゲ)とペイン(六)の口寄せは"頭"も見てる筈なんですが、追加増援を考慮していない。何で、現状をペインの全勢力と断定できるんでしょうか?

それに、ペイン(ロンゲ)は交戦当初に自来也に潰されて目蓋は降りたままです。それが自由に戦闘しているのも、"輪廻眼"による視野連携(仮説/仮称)としているのでしょうか?残された二人の眼が、ペイン(ロンゲ)の視界を補完しているとしても、全体のパフォーマンスの低下があっても良いのに、それが無い点(考慮していない)も気掛かりです。やはり、ペインが全てを見せている…と考えてはいけないと思います。

だから、「そうなると三人をバラして戦うしかないの。一対一なら確実に勝てるんだが…」と、自来也が考えるのは危ないと思います。この考えは、ペイン(ロンゲ)に呆気なく一撃出来た事。輪廻眼の視野連携がなければ、ペイン(弐)を「毛針千本」で殺れた(と思っている)事によると思います。

ペインは「全て」を曝してはいない…?!

「そんな眼を持つ奴なら、
常に三人離れずのコンビネーション攻撃を基本として戦術を組むハズ…」

それぞれの固体に装備された輪廻眼が連携して視界を立体的に補完している…とする仮説に基づいた、あくまでも仮説です。考察でも良くやるんですが、土台が仮説の場合。その大前提である仮説が崩れると、どんなに綿密に記述を積み上げようと、一瞬で全てが崩れてしまいます。この考えは、それほど脆弱な構造と言う事です。

だから、「三人離れず」と言う仮定の仮定を信じるのは危険と判断します。つまり、三人を分断すれば「勝てる」とする自来也の言い分も「砂上の楼閣」のように儚いと言う事です。非常に、危ういです。表面的に見せるペインの行動は「誘い」(見せ)の可能性もあります。それは「武道」では極当たり前の行いです。別に狡い事でもないし…。

また、「体術ではまず勝てませんの。かといって忍術も全て吸収されてしまう」とする自来也に、「体術も忍術もダメなら幻術しかなかろーがな」と、「仙法」はどうしたんでしょうか?と心配になってしまうんですが、消去法による選択を余儀無くされている点で、仙人モードの自来也はかなり押し込まれていると考えて良いと思います。ペインの「幻術耐性」すら、現状では検証もなされていないのにね(汗)。

「………ワシは幻術はからっきしですがの…そういえばお二人は…」

自来也は幻術を使えなかったんだ…。幻術は向き不向きがあるんですね。そう言えば、かつて木の葉崩しの一件で、カカシ先生はサクラを「幻術向き」と感じ取り、第二部に入って直ぐの演習場での再戦(小テスト?)においても、終止、サクラの幻術を警戒していましたね。自来也ですら「からっきし」ですから…「幻術」って、きっと特殊なんですよ。

「あやつが自来也ちゃんのかつての弟子なら、
自来也ちゃんが幻術を使わんことを知っとる…。
そこに隙が出来るかもしれん」

明らかに"頭"は「幻術」に乗り気です。自来也も「…そういえばお二人は…」と言っている事から、その「術」の威力は聞き及んでいたのかも知れません。自来也が、二大仙人を召還して「仙人モード」を実現するのも、自分の足りない要素(幻術)を補完するメリットもあるのでしょう。そんな"頭"の考えに、"姐さん"は意外な反応を示します。<ピクッ>と、ちょっと女っぽい反応です(笑)。

「イヤじゃ!あたしゃイヤじゃけんの!!」(姐)

「な…何がですかの…!?」(自)

「ハァ…母ちゃんよ。この戦いには世界の平和がかかっとる!
わがまま言っとる場合か!」(頭)

「大ボケじじいの予言やこう知るかや!」(姐)

「大じじ様は夫婦仲良うせーゆーたじゃろが!!」(頭)

「な…何をそんなに嫌がってらっしゃるので?」(自)

「この歳になって父ちゃんとデュエットやこう出来るか!こっ恥ずかしい!!」

"姐さん"…(笑)。ほっぺた紅潮させて、思いっきり乗り気じゃねーですか(汗)。きっと、若い頃は二人でよく歌ったんでしょう。"姐さん"にとっては良き想い出なんじゃないかと感じました。で、"頭"はそれを忘れてて、最近は一緒に歌ってくれなかった。その部分をスルーできない。爪痕の一つでも残さないと認められない。それが、この期におよんでの"姐さん"の反応です。これが「女の意地」と言うものだと思います(笑)。それと、"姐さん"の言う「やこう」は多分、「なんか」と同義の言い回しだと思います。きっと、キッシー弁です(笑)。

「ワシらの最強の幻術は歌で相手の聴覚にうったえてハメる術じゃ」

自来也の「はっ…?デュエット……!?」と言う疑問に"頭"は補います。それに、「聴覚…なるほど、だからいったん退いたんですの」と、賢き自来也には"頭"の「一時撤退」の指示までがリニアに繋がるのです。つまり、"頭"は最初から「幻術」でペインを突き崩せると踏んでいたと言う事です。悪く言えば、思い込んでいた。凝り固まっていた…ともとれます。

「そうじゃ…
この幻術は強力だが音を出した時点でこちらの居場所が知られるのが弱点じゃ。
それに音と音の組み合わせ。つまり、メロディを聞かせて幻術にハメるけん。
効果が得られるまで少し時間がかかる。
相手が幻術にかかる前にこちらの居場所がバレて追いつかれたら確実に負けじゃ。
しかし、いったん幻術にハメれば、こちらの勝ちは確実」

"頭"はこのデュエットに相当の自信があるのだと思います。だから、この戦法を選択した。言い換えれば「逃げ込んだ」のです。それはペインの圧力によります。「体術でも忍術でも駄目」で何故、「幻術」で確実に勝てるなんて言えるのか?僕には解せない。余りにも短絡してる。まるで、"頭"は"輪廻眼"にハメられてるような感じすら受けます。

「………お二人の命が危なくなったら、すぐさま肩から消えて下され」

強烈な胸騒ぎがするんですが…(汗)、自来也は「もしも」を考えています。また、仙人とは「不死」なのかと思っていたんですが、違うみたいですね。二大仙人は口寄せで召還されてるから任意に帰れるのか…(自来也も逃げる手段を残してはいないのかしら?)。「そうはいかん!この戦いには忍の世の行方がかかっとる!」と、"頭"も引き下がりません。大じじ様の遺志を噛みしめての決意だと思います。

気になるのは"姐さん"の動向です。二人の考量にも、件の"デュエット"以外は絡んで来ません。"姐さん"の、この態度に関しては、何かの含みであって欲しいと思います。それか、既に"頭"との「幻術」="デュエット"に気も漫(そぞ)ろ…と言うなら、それはそれで可愛いなとも思いますが…(笑)。自来也も、それなりの「作戦」があるようで、"頭"に提案をしています。

「…一つ案があります。一種の賭けですがの」(自)→「話せ…」(頭)

ちょっと、余談になりますが…自来也と"頭"の並びのカットから、通路内のパイプのカットへの流れは「短くない」時間経過を物語ります。三枚目のカットを良く見ると、パイプの継ぎ目から「雫」が今にも滴り落ちようとしています。これが「止まっているように見えて動いている」…つまり、「時間」を表現しているのだと思います。

こう言う、「経時表現」に関してはキッシーは非常にきめ細かくて、ハッキリ言って、非常に上手いです。ちょっと…嫌らしいくらいに感じてしまうくらい…技術を見せびらかしてるみたい…。こう言うとこって、デイダラっぽいなと(笑)、僕は感じてしまうのです。

この「経時描写」に目が行ったのは、考量した「仮説」が間違いであった時の"別"の選択肢を残すような…オプションを提示してて欲しいな…って言うのがあったりします(汗)。もう、心臓バクバクです(汗)。夢の中で、しつこく追っかけられてる気分です(汗)。

「ゲロゲーロ」

そして、"姐さん"が待ち望んだ(笑)…二大仙人による『幻術・蛙の唄』(仮称)。多分、特殊なチャクラを錬り込んだ振動(音)によって相手をハメる幻術なのでしょう。それに自分たちがハマらないのは、それを打ち消すような振動を内側に与えて、影響を相殺しているのです。それは、この振動を中和・無効化するような振動、つまり、幻術を解く振動が存在すると言う事を意味します。

音響に関する技術分野では意外にメジャーな技術で、「騒音」に対し、"逆位相"の音波を送り出すことで騒音を打ち消す電気的な消音(アクティブ・ノイズキャンセリング)技術と言うのがあります。ヘッドフォンなどに応用されて、普通に売ってます。実際に装着すると異常なくらい騒音が遮蔽されます(多分、吃驚すると思います)。描写では仙人モードの自来也も激しく共鳴している風ですが、内面的には平静が保たれてる筈なんで…大丈夫だと…多分(汗)。

「!」<ビリビリ>「何だ…?」

立ち止まり、振動が伝わって来るパイプに耳を当てて震度を感じようとするペイン。この音波振動による「幻術」にペイン(弐)は逸早く気付きます。確かに、ペイン(弐)は、他の二人に対して明らかに主導的で、この雰囲気に自来也は引っ張られたのだとも思います。ペイン(弐)は自来也と雄弁に語り合ってもいましたし。

「これは…蛙の鳴き声…!?」<グラッ>(これは…幻術か!?)

パイプに耳を当てて、一瞬、<グラッ>っと来ちゃうペイン(弐)ですが、直ぐさま<スッ>っと、耳を離して平静に戻ります。そして、「あそこの奥からか!」と的確に音源の場所を特定しています。この時点で、二大仙人の「幻術」の種類や特性は分析されてしまったのではないでしょうか?つまり、対抗策を見い出している。何より、ペイン(弐)はダメージを引き摺っていません。

<ザザザ><ザッ><グラッ>「くっ!」

三人のペインの突入が始まります。二大仙人による「幻術」はなおも継続していて、ペイン(弐)はそれに影響されているようですが、他の二人はお構いなし(笑)と言う風でもあります。既に、ノイズキャンセリング(逆異相)の仕組みに気付いてるのかも。ここで、通路の奥に仕込んだ自来也の蝦蟇平の分身が<ポコ>と起き上がり、揺動をかけます。自来也のトラップ発動です。

(影分身か!)

これはペイン(六)の反応です。今まで何一つ反応らしい反応をしなかったペイン(六)ですが、しっかりと反応できるんですね。個別に考える力(意識や意志)がある…こう言う「隠し事」がペインにはまだまだあるのでしょう。だから、表面的なペインらの反応だけで対処の策を練るのは危険です。

<プクゥ>「火遁・大炎弾!!」

それに畳み掛けるように自来也の攻撃が続きます。<ゴウ>と、狭い通路を埋め尽くすような業火の攻撃です。自来也は他にも「口寄せ・蝦蟇口縛り」もあるし、狭所での闘いに長けているようです。潜入捜査が多かったんだろうな…と感じます。自来也は、(僕に疑われながらも…汗)危ない橋を一杯渡って来たんでしょうね…。

<ザッ>(そう来たか)<ゴゴ>

これにも、ペイン(六)は反応しています。この一連のペイン(六)の描写はペイン(システム)を考える上で大きな材料だと思います。少なくとも、こう言った「反応」をこれまで秘匿して来た事は大きいと思うのです。逆に、ペインはそれぞれの「視線」を秘匿して来なかった。このアンバランスさに、僕は激しい違和感を感じてしまいます。

(良し!賭けは成功だ!やはり、あのでかいのは術を吸収に走った!
最初の奴は口寄せばかり…そして、術を吸収したのは二度とも同じでかい奴だった…
思った通り、こいつらは一個体に一系統の能力しか持ち合わせて無いってことだ!
今、でかい奴の眼は術の方へ向いている。そして、一人は眼を潰している。
これで、こちらに向いている眼は―)

(たったの一つ!!)

最早、自来也を見据えるのはペイン(弐)の「眼」のみ?!(ホントにそうなんだろうか…もし、それが正解であっても、それが自来也の優位に繋がるのかすらも疑問なんだけど…汗)全ては自来也の思い通りに事がはこんでいるかのようですが…。そして、<ゴゥ ゴゴ>と、火遁の攻撃が覆いかぶさります。

(こっちもか!)<ザッ><ザッ>

このペイン(弐)の反応は、意識がペイン(六)と繋がっている証拠です(←"繋がっている"と言う考えは"頭"の仮説を尊重した結果です…笑)。「も」だから、少なくとも経験してる訳です。ペイン(六)が受けた攻撃、現在の状況がペイン(弐)には把握できているのです。やはり、情報の共有はある。これは事実です。問題はその仕組み。これを解明しないとペインには勝てない(シカマルなら…この局面をどんな風に分析するんだろう?)。

<タン>「!」

自来也の火遁攻撃に翻って、天井を踏み切るペイン(ロンゲ)の足下に違和感を感じています。(かかったな!)と、自来也のしたり顔。天井に、まさかのトラップでした。自来也お得意の土遁忍術です。<ズズ…>(これは黄泉沼!)で、ペイン(ロンゲ)は沈んで行きます。

天井の黄泉沼にペイン(ロンゲ)が拘束・沈下していることから、黄泉沼とは、重力に頼らず、何らかの力を持って積極的に「沼」に対象者を引き込む術であると思われます。かつて、三竦みの戦いで、対大蛇丸戦で使われた術ですね。勿論、この攻撃の感触もペイン(弐)は感じ取っています。

<グルン>「くっ…」

ペイン(弐)は身を翻して尚も自来也を目指しますが、二大仙人の幻術攻撃も続いています。ペインも外見的には振動して(笑)、幻術には苦慮しているようでもあります。それに、(もう少しじゃ…!!)と、"頭"も手応えを感じているようです。そして、<ザッ>っと、ペイン(弐)が、自来也に向かって落ちて行きます。

「さらに、これで一対一!!」

…と、ここまでは自来也の想定通り、読み通りのような展開ですが、僕には、その自来也の確信めいた自信の「根拠」が見えない…。ペイン(六)とペイン(ロンゲ)の反応なども仄かですが、滲み出て来ているのを見ても判るように、ペインは全てを露呈はさせていないだろうし…実は、ペインたちは『群体』が繋がってるんではなくて……それに、思い込みって危険だから……。

次回、自来也の渾身の正拳が極まるのか?ペインが、その隠された本性(の一端)を明かすのか?それとも…このエピソードの冒頭であった<スー…>と伸びたリボンの意味が知れるのか…いずれにしても次週(決着?!)には判るのかな…?(いきなりサスケの方にスイッチなんかしないでね…サスケ(うちはのアジト)の方も気になるけど…汗)。

しかし、ペインの闘いは面白く無いと思いませんか?まだ、僕はデイダラの気持ちを引き摺っているせいか、こう言う「心」を感じさせない衝突には萌えないです。「…………ペインとは一体何者なんだ?」と言う自来也の言葉はそれを如実に物語っていて、自来也も何と闘っているのか解らないのです。自来也が解らないんだから、僕が解るはずない(笑)。だから、面白く感じないんだと思います。

ここは一つ…。"頭"と自来也の「男の子同士」の無理問答みたいな考量に一切、関知しなかった"姐さん"が、大英断を下して絶体絶命!?を切り抜けるような展開を期待します。まさか、"頭"との久々の"デュエット"の事で頭が一杯で、それどころじゃなかった!なんて事はないかと思うんですが……

『どうでしょうか?"姐さん"!!』

(ペインのリボンをクルクル回す…「新体操」は、100%…無いよなァ…笑)

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デイダラ

 
「血統に恵まれただけの
勘違いヤローが」


この台詞で、僕はデイダラが好きになりました(39巻/145頁)。これは、サスケの写輪眼を見た時に発した言葉ですが、このズッと後に、デイダラの「暁」勧誘で、イタチVSデイダラがあった事を知り、「写輪眼」との因縁が深かった事が知れます。

この時、感じたのはデイダラが「苦労人」であろう事…
その…臭い。

そして、デイダラの起爆粘土も「血継限界」ではなく、単なる「土遁」から創意工夫と努力の末に獲得したスキルであり、「暁」(里影レベルであると言う事)の一員としての「力」を苦労して積み上げて来たであろう背面の事実が、その少し後に読み解ける事になります。

「カカシのだろうアレ!
伸ばしたり投げたりと形態変化は認めてやるが」

サスケとの対戦が進む中、デイダラはサスケのスピード(瞬身)の異常なまでの速さや、雷切(「 正確には千鳥という術だがな…」40巻/38頁…笑)の形態変化のバリエーションの多さを認めています。如何に血統(血継限界)に恵まれていようと、努力なくして、それが修得できないであろう事をデイダラは認識していたのです。それは、デイダラが努力して、積み上げて来たからこそ、認められる「現実」だと…デイダラは「理由」を知る者だと、僕は思いました。自分が苦労したから、他者の苦労が理解できる。

それは「心」がある…と言う事です。

そんな愛すべきデイダラをもう一度、じっくりと考えてみましょう!

デイダラの初登場は第二部が始まって直ぐ、砂隠れを強襲して我愛羅を拉致拘束する一件からです。第一部の最後でもシルエットで登場していますが、その時は天井からぶら下がってて…(笑)。きっと、コウモリみたいな…天の邪鬼キャラだったのかな。しっかりと、語尾に「うん」もありましたが…。本格的な登場と言う事で、そこは、ひとつ…何卒…(汗)。

この時、デイダラは余裕の闘いっプリで、我愛羅を圧倒しますが、余りにも余裕をコキ過ぎて(笑)、左手を潰されてしまいます。結局は、C3投入で砂隠れの里を破壊阻止(我愛羅はこの時、里全体を覆い隠すような大きな砂の楯を翳した…)に気を取られた我愛羅を、起爆粘土のトラップ(C1)で沈黙させ、拉致って連れ去ってしまうのですが、確かに、この時、我愛羅の瓢箪の砂の攻撃で、デイダラの左腕は潰されてしまいました。

「さて…
どいつが"人柱力"かな…?
うん」


我愛羅の拉致は同盟国の木の葉隠れにも伝わり、カカシ班がその奪還任務に就きます。その追撃戦で「暁」の阻止行動があり、遅れを取る中で、我愛羅は一尾・守鶴を抜かれ死んでしまいます。数々のトラップを躱し、木の葉の小隊が現場に到着します。そこでは、デイダラとサソリが待ち受けていました。デイダラは我愛羅の骸を餌にしてナルトを誘い、そのままデイダラVSナルト・カカシの交戦に突入して行きます。

サクラ・チヨばあがサソリを撃破。次いで、デイダラが距離をとってナルト・カカシをからかっているような局面を、カカシの「万華鏡写輪眼」による瞳術が大きく動かします。またも余裕をブッこいていたデイダラは、カカシの万華鏡瞳術によって残された右腕をもぎ取られます。デイダラって、意外に「呑気」な一面があるんですね(笑)。デイダラは、子供っぽさと言うか、無邪気さを残している…と、僕は分析しています。

カカシがまだ万華鏡瞳術を完璧にコントロールできない為に、瞳術の干渉する座標が右腕にズレてしまった為に腕で済みましたが、カカシは本来なら胸部(心臓)を一撃で削り取りたかった筈です。それがブレて腕で済んだだけで、不幸中の幸いと言うところでした。が、デイダラはこの攻撃で、残った右腕も無くしてしまった。右腕の肘部分はカカシの術の特性から、何処か別の空間(場所)に跳ばされ、最早、回収不能になってしまったものと思われます。

デイダラは、その後、敗走し、自爆分身で何とかピンチを凌ぎますが、両腕を失ってしまいました。大蛇丸の時もそうでしたが、忍者にとって両腕とは「印」そのもの。つまり、「術」そのものです。デイダラの場合、掌には「口」も装備されていて、この「口」で起爆粘土にチャクラを練り込み、遠隔操作し、攻撃を組み立てるのがデイダラの戦術でしたし、勿論、「印」も結んでいたので、非常に重要な部位である事に代わりはありません。その割に、デイダラはそれ程、困ったようでもない感じがしました。

「窒息死だ……うん!!」

「暁」の指輪を含む右手を回収に現場に戻ったデイダラはトビと合流します。トビの一言も二言も多い言葉に切れて(笑)、デイダラは、トビの首を絞めますが、両手がないので、両足で絞めています。確かに、この時、トビの両腕は物理的に消失していました。痛みを堪える精神的な修行をちゃんとしていたから、デイダラは平静にしていられたのだと思います。後の描写でデイダラが「痛み」を感じる事が判っていますので、一応、生身(?)であると思われます。問題は…その材質?!(笑)

デイダラは現場に残された右腕を回収しています。この「遺物」を、この場に残して行く木の葉も木の葉ですが(汗)、<ベロン>と舌を出して千切れてしまった腕を、追撃の危険性を顧みず回収に赴く必要性がデイダラにはあったものと思われます。「暁」の「指輪」も大切な代物ではありましたが、デイダラが自分の身体を修復する為に、千切れてしまった腕であろうとも必要だったのだと、僕は考えます。

デイダラは恐らく、角都の手(能力)を借りて腕を修復したものと、僕は考えています。次にデイダラが本格的に登場する「対サスケ戦」で、その痕跡が見えかくれしています。先ずは、我愛羅に潰された筈の左腕…。

サスケとの対戦が熾烈を極めたので、かなり傷付いてはいますが、縫い目を除いては、デイダラの肌と同じ外見で左腕がくっ付いています。この「縫い目」が角都が縫合した痕跡だと考えています。「角都医療忍者説」(笑)です。角都は文句を言いながらも、分断された飛段の首と胴体を縫い付けていましたね。それで、デイダラの左腕も角都が縫い付けたとして、その手術(?)の前にデイダラは左腕は潰されてるか、もがれた筈ですから、あの腕は「スペア」だったと考えるのが妥当だと思います。でも…「スペア」があったんだ…(笑)。

「もう
問題無いな…うん」


右腕の修復はかなり特殊でした。恐らく、カカシに削り取られた肘の部分を何かを使って補完しています。それに拾って来た「手」を縫い付けている。上腕にも縫い付けている。肘は自由に曲がるようでした。その欠損した「肘」の部分は、シワシワで明らかにデイダラの肌の質感と違いました。まるであの(尾獣の)「封印像」のようでもあり、デイダラの特性から考えて、それは「粘土」でできていると仮説ってみましたが、それを肯定する描写が、この後のサスケとの闘いで出て来ます。

「チャクラを使い切ったようだな…
動きが鈍いぜ」


サスケは、デイダラの正体を見切っていたのです(40巻/20頁)。生身の人間の場合、チャクラの残量と肉体の動きは必ずしも一致しません。チャクラ切れと動けなくなる事は生身の場合は関係ないと考えた方が自然ですが、サスケは写輪眼でデイダラの身体の秘密を把握していたのです。だから、チャクラを使い切る事で動きが損なわれる事に気付いている訳です。つまり…。

デイダラは粘土でできている!!

デイダラは粘土で出来ていて、チャクラで動いていたのです。ここで、サスケがデイダラの本体か、粘土分身かを見切れなかったのは、影分身の術自体が物理的に同一体を作り出す術であり、写輪眼でも見切れない事。それに加え、デイダラの場合は、粘土分身と言う特殊性があり、同一素材で尚且つ、粘土を種にする半実体であった為に、分身の術の解除が遅れた為です。それで、術の消失後もサスケの動きを疎外するオマケ付きでした(汗)。

しかし、デイダラが粘土でできているとしたら、スペアの腕も、肘の部分を補完した「修理」もしっくりと繋がります。左腕が既に肌と同じ質感になっていたのは、予備に作っていたから。右腕は肘だけを補完したので、即席にリペア(粘土を盛った)したからではないかと思います。角都の「糸」で縫い合わせたのは縫合強度が高かったか、時間的な問題で、チャッチャと修復する必要があったからかと思います。角都も非常に面倒見が良かったか、或いは、お金を積まれたら(笑)、どんな手術でもしてしまう…「闇の名医」だったのかも知れませんね(まるで…BJ?!)。

また、デイダラはよだれを流したり、血を流したり、傷を痛がったりした描写が残っているので、粘土で細かな部分に至まで『人体』を作り込むような器用な作業をしていると思われます。粘土もいろんな種類があって、皮膚用とか、筋肉用とか、血管、神経用など…それを組み合わせて人体を構成していた。ただ、骨(骨格)はなかった…と考えます。

でないと、掌に口があって、舌を<ベロン>と出すなんて、物理的・構造的に無理です(汗)。おまけに右胸にも大きな「口」が装備されてましたから…。「肋骨(ろっこつ)はどうしたねんッ!!」と、遠くから突っ込む声が聞こえましたから…(ウソ)。ところで、この胸の口は最期の最期の禁じ手として、封印してたようです…文字通り…角都の「糸」で封されてましたし…。縫い込まれた「口」の周りにもタトゥー(術式)までありましたから、術式によるセーフティロック(安全処置)も施されていたんじゃないかと思っています。できれば使いたく無かったんでしょうね。

「大体
弱点丸出しのあの造形は自信過剰なんだよ…うん」


デイダラはサソリのコアの存在を知っていました(31巻/120頁)。その上で「自信過剰」と言えると言う事は、デイダラの「コア」はもう少し上手に秘匿されていたと思われます。サソリの場合は…(オッといけない!詳しくは「サソリ」の考察にて…)。デイダラのコアは一撃で致命傷を負わないような形式になっているのだと思います。

描写から判断すると、デイダラのコアは胸の口を中心にして、デイダラの身体のあちこちに分散されていて、最期の爆発の時に胸の口に集まって球体を成した。集まって来たのが、その分散して秘匿していた経絡系や心臓だったんじゃないか?と考えています。チャクラも残り少なかったのに、猛烈な爆発でした…。あの爆発は、デイダラの「命」を燃やすような爆発だったんじゃないかと思います。だから、デイダラはホントに死んでしまった。完全に散ってしまった…と、僕は考えています。今度こそ、帰って来ない…な。多分…。

ただ、デイダラの「脳」は少なくとも人形の頭部にあったと(サソリの場合との大きな相違点)、僕は考えています。その根拠は、サスケとの格闘シーンにあって、二度目のC4カルラを防ぎ切った後、二人が森に落ちて、気を抜いたデイダラを、サスケが<ガツン>と、テンプル(頭部への打撃)にパンチを食らわせました。ガッツリと、サスケの拳がデイダラの顎(急所)を捉えています。そのダメージがデイダラの脚に来たのだと思うんです。これは"脳"が揺れたからです。この描写が、デイダラの脳は頭部にある証拠だと思います(ホントは当たり前なんだけど…、「どんだけーッ!?」って人?ばかりなんで、「暁」は…)。

デイダラの膝が<プルプル>となって、ドスンッと、可愛らしく(ポッ…^^;)尻餅をつくシーンがそれです。あれは、脳が揺さぶられたダメージです。それに、チャクラが残り少なくて動きが鈍くなっていたのとで、(文字通り…)ダブルパンチだったのでしょう(笑)。「オイラが動けなくても起爆粘土が…」(40巻/48頁)と言う台詞は、実はブラフ(はったり)ともとれます。サスケが怯んでいる内にチャクラを少しでも回復しようとしたのではないでしょうか。

それと、デイダラの身体が粘土性だとして、チャクラのみが原動力ではなくて、生体エネルギーによって動く…「筋肉」として機能する「粘土」が存在すると考えたい気持ちもあります。だとすれば、デイダラは何らかの栄養を補給し、それを「糧」として身体を動かしていた事になるな…と、ちょっと期待しています(笑)。きっと、何か食べたり、飲んだりしてたんじゃないかと、僕は考えたいのです。

「旦那も喰えば良いのに…」

なんて良いながら、サソリの前で、お団子とか食べてたんじゃないでしょうか?(笑)こう言う、可愛いシーンがデイダラには似合うから、何処かしら人間っぽさを残しておいて欲しい!と思ってしまうのです。ナルトみたいにラーメンが好きでも良いし、バナナが大好きでも良い(別段、大人な意味はありませんので、一応…汗)。ケーキに眼が無いとか(笑)。

ムシャムシャと団子を食べるデイダラ…なんて可愛くて仕方ないですよね!

ムシャムシャと食べる「口」(フフ…)。

デイダラには両掌と胸と、そして普通(笑)の「口」があったので、合計4個の「口」があった事になります。デイダラの攻撃特性は起爆粘土。それを、それぞれの「口」の中で咀嚼するようにしてチャクラを練り込んで、造型に「命」(あたかも"命"があるがごとく動く…)を吹き込んでいました。チャクラを使い果たした時は作品も上手く出来ませんでしたね(40巻/28頁)。

確かに…多い…(汗)。
何で、こんなに「口」が多いんだろう?


デイダラの身体は特殊な粘土でできていた…とする仮説を先に展開しました。身体の修復の具合や掌や胸に配置された「口」の構造を観察すると、「デイダラ粘土造型説」はある程度(僕的には「鉄板」…笑)、力を帯びて来ます。芸術(=造型)に対するこだわり方からしても、デイダラは、誰でもない…自分で自分を造型していったんだと思っています。自分で自分を作った。だから、攻撃特性の中核になる「口」の意匠(デザイン)や造型にはこだわりがあったんだと思います。

思えば、デイダラは少年のような体型でした。タッパ(身長)も低かったです。経験量、物言いや考え方からすると、かなり歳を食っていてもおかしくないだけど…。何ぼ何でもですが…角都と一緒でも良いくらいです(笑)。恐らく、デイダラの身体的特徴は実年齢とは一致はしないと思われます。デイダラが造ったんだったら、自分の望むものだけを造ったはずです。もし、自分で自分を造ったのであれば、それはデイダラが想う「願望」が隠されているに違いないと、僕は考えています。

デイダラは自分の幼少時代に想いを残している!

デイダラが少年のような身体で、それを自分を仕立てたとするなら、そこにデイダラの「意図」、或いは「想い」を感じてしまいます。デイダラは「暁」の勧誘の時点で、一人ぽっちでした。お堂のようなアトリエで独りきり創作活動(テロ活動を含む…笑)をしていた事でしょう。きっと、小さい頃から親との縁も薄く、自分だけの力で、戦乱の世の中を生き抜いて来たと、僕は想像しています。デイダラの言葉にはそう言う人生を送るしかなかった者の臭いを感じてしまいます。何故、それが判るかと言うと…(汗)…(長い沈黙…汗)。

デイダラの「口」の造型は幼年期の「置き忘れ」を象徴している…?!

フロイトの精神分析学を引用すると…大人の「口唇愛」(こうしんあい)は幼児期に「口唇愛」を剥奪されたことの反映であるとしている。フロイト説によると、幼児が通常与えられべき「口脣愛」を与えられないと、一生その欠落を補償するために費やす…とあり、デイダラが「口」と言う造型にこだわった理由がそこにあるんではないかと、僕は考えているのです。具体的には、乳飲み子の段階で母を失った…と言う想像です。

この考えには、デズモンド・モリス博士の提唱する反論(赤ちゃんの時に、母乳を吸う喜びを与えられてた人は、大人になって、再び味わうチャンスがあった時、それを見逃さない。それは幼児期に、口唇愛の剥奪がなかったから…)があるんですが、デイダラの場合、捻れ方には「ひがみ成分」が大量に含まれているので、きっと、その「快感」(喜び)を味わう前に奪われた…とするのが、僕の分析です。もしかしたら…デイダラがテロ活動に参画していたのも、そんな不条理に対する「復讐」なんじゃないか?とも勘ぐってしまいます。

これで、デイダラが「爪」を噛む癖(ドキッ!!)みたいのがあればビンゴ!!なんですが…(脂汗)。でも、何らかの精神的なストレスをデイダラは絶えず抱えていたと思います。サスケとの闘いでも、それは随所に垣間見れましたし、デイダラが絶えず近くに居る人格に対して、「同意」なり、何かしらの「反応」を求めたのは、デイダラの抱える「自己無価値感」によるところが大きいと思います。そして、僕が一番気になっているのが、デイダラの台詞の最後に付け足される「うん」です。

デイダラの『うん』は音声チックだ!!

僕はドクターでもなければ、親でもないので、愛情を持って子供さんを育てている親御さんには失礼かと思いますが、デイダラは『トゥレット障害』(トゥレット症候群)だったんではないかと、想像(あくまでも…妄想ですんで…)しています。

『チック』とは、その一群の精神疾患の内の「音声」や「行動」の症状を主体とし慢性の経過をたどるものを指します(詳しくは"ググる"か何かしてみて下さい)。子供は「心」と「身」体の相関が強いので、何らかの要因で「心」に緊張と不安や葛藤が生じると、それが、身体症状や行動の問題を伴います。広義においては「心身症」の一種(傾向)とされています。

これは、「症状」であると同時に、子供が「助け」を求めるサインであるかとも思います。デイダラは常に「助け」を求めていたのかも知れません。緊張や不安と言った得体の知れない恐怖から、デイダラは逃れたかった…のです。だから、デイダラ自身、不必要に多弁であった…。リアクションの大きな(してくれる)相方を求めていたのではないでしょうか。それが、サソリであり、トビであったのです。そして、その「ダメージ」を治療できずに引きずるデイダラが、自己評価が低いような態度(行い)を見せたり、抑鬱的な描写があったりするのを見ると、僕も胸の奥が<キュン>としてしまうのです(汗)。

誰かが…デイダラのサインに気付いてあげる事は出来なかったのでしょうか?

余りにもデイダラは可哀想過ぎる…と思いませんか?

実は、エピソード中に、少なくとも「一人」は居た…と、僕は考えています。「デイダラは何故、大蛇丸を恨んでいたのか?」(アイデンティティ)でも書きましたが、それがサソリだと、僕は考えています。僕はサソリ(の行い)が大っ嫌いで、どうしても許せないキャラなのです。彼こそは、本当の(僕にとっての…)『悪』であると思っています。サソリは好きじゃないんで、考察がまとまらないかも知れないけど、詳しくは「サソリ」(「暁」の考察)にて語りましょう(汗)。書ければ…ですけどね。

何にせよ、デイダラは苦境の中であっても、素晴らしき素養と反骨精神を存分に発揮して、力強く生きて来たわけです。その生き様は「努力」そのものであったと思います。だから、デイダラは、熾烈な闘いの中にあっても、サスケの本質が理解できたんです。サスケと闘って散ってはしまいましたが、デイダラも最期にサスケみたいな、才能と素養を兼備した「傑物」と殺り合えて良かったんじゃないでしょうか?そして、その闘いに導いたのは、「暁」に勧誘され時のイタチとの対戦であったわけですが…。

「アレが芸術だと!?
そんなワケあるか!
認めねェ…認めねーぞ!!」


デイダラは本心ではイタチを認めていたのだと思います(39巻/188頁)。しかし、それを自分で納得してしまうと、自分の生い立ちからの(それこそ血の滲むような)苦労が水泡に帰してしまいそうで怖かったのです。デイダラはそれこそ、反骨精神の塊ですから、血に恵まれた存在に負ける事なんて許されなかったのです。だから、イタチに敗れ「暁」に入隊した後も、イタチとの再戦を夢見つつ、写輪眼対策と不断の努力を怠らなかったのです。

僕は、このデイダラの真摯な姿勢に激しい共感を覚えてなりません。

デイダラの自己認識としての「持たざる者」として、「恵まれざる者」として、弛まぬ「努力」して来たのですが、ここに大きな「穴」と言うか、勘違いがあって、デイダラは「持たざる者」でも、「恵まれざる者」でもなかったのだと、僕は確信しています。

デイダラには「努力」ができると言う立派で、光り輝くような「才能」があったではないですか!!ただ、それに、デイダラ自身が気付けなかった…だけなのです。もし、僕がデイダラの近くに居たら、全力で抱き締めて、誉め讃えてあげたのに…。

『君はこんなにも素晴らしいッ!!
眩いほどの才能に溢れた人なんだよッ!!』


人間は…子供も大人も、何も出来なくても、何の利益がなくても、何の理由がなくても、そこに居て良いのです。誰もが等しく生きる事を許容されているのです。生命とは、生きる事は、それ自体が素晴らしい事なのです。今度のテストで100点をとったら…とか、お手伝いをしたら…とか、良い子でいたら…とか、「条件付きの愛情」なんかクソ食らえ!です。人は何かできる(する)事に価値があるんではなくて、存在そのものに意味があるのです。存在自体が大切なのです。皆、生きていて良いのです。そこに居て良いのです。

子供は、只唯、抱き締めてあげれば良いのです。想いを込めた暖かき、その肱(かいな)で、強く、強く抱き締めてあげれば良いのです。例え、何ができるでなくとも、そこに居て良い事を教えて上げれば良いのです。デイダラにも、その気持ちを与えてあげたかった。「愛」とは無償なのだと…抱き締めてあげたかった…。

デイダラ……お疲れさまでした。
どうか…安らかに眠って下さい。

「ポップは死んだ!
オイラのはスーパーフラットだ
うん!」


サスケとの交戦が始まり、サスケの本質(実力)に逸早く気付いたデイダラは、そう言っています(39巻/159頁)。デイダラは、サスケにC1による攻撃を見切られ、押し込まれました。サスケは「ただ者」ではない。デイダラにはそれが判ったのでです。それを認めざるを得ないけど、決して認めはしない(笑)。そして、C2を出した時に、苦し紛れに、そう言ってしまったのです。デイダラは正直で無垢だから、黙っては居られなかったのです。認めてしまう訳にはいかないけど、せめて…言い訳だけはさせておくれと…(笑)。

その潔くない態度に準えて…「ポップアート」をワザワザ、「スーパーフラット」と言い換えるアイロニー。これは「呼称」や「マーケティング」(←こっちが"主"だと、あの方は思ってるんです!)と言った小手先を弄っただけで、美術的な要素は何も変わってないのに…と言う、「現代アート」に辛辣に刺さる『言葉の鎗』のような表現です。でも、シニカル(笑)な表現者として、黙っていられない「反論」を、捨て置けない「異論」を…デイダラに言わせた!!…言わせずには居られなかった!!

…何故なら……

デイダラは大学生時代の…若き日の…
キッシー・岸本大先生…そのものなのだァア!!



 
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第377話「仙人モード!!」


髪の毛の色がオレンジで皆、同じ。ペイン(弐)に呼ばれた二人も"輪廻眼"保有者でした。そして、雨隠れ(「暁」)の額当て。一人はあのおデブちゃんの「ペイン(六)」と、僕は考えます。もう一人は、参・四・伍のどれか判らないから「ペイン(ロンゲ)」とします。

顔中にピアス。首にもあるし…恐らく、体中に…。ピアス(ピアシィング)はタトゥと同様に「魔除け」の意味合いがある「目印」ですが、ペインはどんな意味を感じてるんでしょうか?やっぱり、「痛み」を感じたいのかな…(後述あり…とても突飛な仮説ですが…汗)。

「三人…?どういう事じゃ?"輪廻眼"が三人もいるなんて…」(頭)
「奴の術か…何かのネタがありそうですの」(自来也→自)
「ったく、この夕飯時の忙しい時に…」(姐さん→姐)
「母ちゃんよ!今はそんなことより相手に集中せい!」(頭)
「何じゃと!!」(姐)
「そそそろワシの出番ですの!
戦闘前の見得切り"仙人バージョン"をお披露目と行きますか!」(自)

右綴じ(縦組)の製本ですから、描写のフロー(流れ)は右から左(ムーディみたいですね…笑)が基本です。その為、フキだしの引き出し(プッ…)に苦労してますね。台詞の順番が仙人モードの配置と符合するとは限らないので…。それにしても、キッシーはキャラの性格付けを非常に重視している。"頭"は温厚で理知的。"姐さん"は情緒的で、しっかりタイプ。自来也は…(汗)。

「ここからは忍術改め仙術の!!光背天蓋仰ぎ見る―!!自来也豪傑―…」

いつぞやは自信満々の見得切りを、ナルトに思いっきり<ポカン>顔でスルーされてましたし…。見得切りとは、果たして意味のある行為なんでしょうか?でも、自来也は「歌舞伎者」だから、こうしてカブキたいんだろうな…とも思います。ヤンキーがコンビニの前で『ウン○座り』(←古い?)するのと同じかもね(笑)。

「耳元でギャーギャーうるさいわい!!」(姐/頭)

両肩の二大仙人が「グー」で突っ込んでます。ベタな「ドツキ漫才」です。突っ込み(ドツキ)が"ボケ"の視線に入ると、無意識に避けてしまうので"後ろから後頭部で、大きな音が鳴るように掌(陽の手)"が基本なんですが、両肩からストレートででした(汗)。自来也も「うぐっ!」ですね(笑)。思いっきり、トリオ漫才。役割的には自来也が「ボケ役」ですかのゥ。

「うーむ!」(今回は見得切りがことごとく邪魔されるのう)

しかし、自来也の見得の口上で引っ掛かるのが「仙術」。わざわざ、「忍術改め」になってます。「忍術」とはチャクラを礎にした能力の大系とすれば、「仙術」とは?!「光背天蓋仰ぎ見る―!!」からは、「仙人」と言う、人よりも境地の高い存在を感じさせる言い回しにも思えます。そして、これが「忍術」を極めた輪廻眼に対する対抗策となり得る事を祈るばかりです。

ところで、三人のペインは全く話しませんね。仙人モードのトリオ漫才と正に対極。この鮮明な対比は実は大きな伏線になっていると、僕は考えています。この描写は覚えておいて下さい。しかし、その裏をかいて、三人のペインの沈黙が超高等技術の「スカシ」だとしたら、ペイン…「あんたら一体、何の修行してたんだァ?」って事になります(笑)。

「さっさと終わらせて帰るで!夕飯の支度せにゃならんけんな!」(姐)
「母ちゃん、夕飯の事より問題はあやつの瞳術じゃ!
気を抜くな!最強の瞳術じゃぞ!」(頭)
「知るかい!!毎日毎日、食事の献立考える主婦の問題なめんなや!
この、おいぼれ!!」(姐)
「なんじゃ、その言い草は!わしゃ心配して言うとんのじゃ!!」(頭)
<ガミガミガミガミ>
(あ~~~~…耳元でギャーギャーうるさいのはどっちですかいの…)(自)

三人のペインと仙人モードの自来也。この両者の対比はコンピューターのシステム論に当て嵌めて考えるのも面白いかも知れません。僕はそっちの専門じゃないんだけど、雰囲気と言うか、大雑把な大系みたいなものは解るつもりです。どんなに高度な仕組みだとしても、所詮は「言語」ですから…。皆さんも、エピソードの流れの中で、それを考えてみて下さい。

<タン><ドッ><ガガ><ドッ><ガラガラ>

ペイン(ロンゲ)の静かな先制に自来也は綺麗にカウンターを合わせています。小南との交戦でも感じましたが、自来也の体術は相当のハイレベルです。とても50歳超のお歳とは思えません。「やるな…」と、ペイン(弐)も認めています(これが、ペインの発した唯一の言葉でした…汗)。二大仙人を召還する「仙人モード」で、自来也は肉体活性が更に進んでいるのでしょう。

しかも、このカウンター。見事に輪廻眼の両目を直撃しています。相手の要部(急所)を先ず抑える。格闘戦闘の基本ですね。この描写から、輪廻眼は写輪眼みたいな動態予測などの能力はないのかも知れないと感じました。もしも写輪眼だったら、この自来也のカウンターを避けるか、更にダブルカウンター、つまり、「後(ご)の先(せん)の先(せん)」で合わせ返した筈です。

この時、何故、ペイン(ロンゲ)は自来也の蹴りを躱せなかったんだろう?

ペイン(弐)は口寄せしか使わない。ペイン(六)は太ってるだけ(笑)…否…(今のところ)攻撃を吸収してるだけ。ペイン(ロンゲ)は…<ゾクッ>…もしかしたら、超攻撃系?(コワッ!!)何でもそうですが、「餅は餅屋」と申しまして…(笑)。だから、一番使えなさそうな(笑)ペイン(ロンゲ)は、ハッキリ言って怖い!です。

でも、だからと言って、自来也のカウンターを見切れなかったのは解せない。もしかしたら、わざと食らう必要があったんじゃないでしょうか?「何か」の理由で、自来也とコンタクトする必要性があった…とかね。これが、ペインの術の「謎解き」で明かされるのかな。

「さてと夫婦ゲンカはそのあたりにして、さっさとやってしまいますぞ!」(自)
「フン…今晩は唐揚げにでもするじゃあわい!小僧は油で父ちゃんは風遁じゃ!」(姐)
「ハイよ!」(自)「フン!」(頭)

「仙法・五右衛門!!」

"姐さん"が火遁。"頭"が風遁。これは角都のチャクラ連携攻撃と似てますね。"姐さん"が指揮系統の中心になっているようです。何げに「唐揚げ」が暗号っぽいです。料理のレパートリーが術のアイデアになってるようですが、"姐さん"は、普段は料理とかしてるんですかね(笑)。また、"頭"主導の術もあるかも知れません。何だろ…任侠っぽいのが良いな。

それと、自来也の特性は「油」。あの「角」の生えた額当ての文字はそれを表してたんですね。もしかしたら、この「油」を生成できる仕組みの秘密が自来也の奥の手になるんじゃないでしょうか?前回の回想部分で、大ガマ仙人が「それにこの妙木山に一人の人間の子が迷い込む…その子に蝦蟇の力を与える…」とありましたが、「仙人モード」の深層に潜んでいる『力』を感じてなりません。

描写的に分かりにくかったけど、「五右衛門」は、「火遁・風遁」の超高温の「炎」で一気に加熱した高温の「油」で熱死させる攻撃なんだと思います(だから「唐揚げ」)。ガマぶん太と自来也の連携の「火遁・蝦蟇油炎弾」とは違って、どうやら自来也の「油」は可燃性ではないようです(何種類かあるのかも)。きっと、小南を拘束した「油」で粘るヤツだ…(自来也の脂はネバネバなんだ…こりゃモテないわ…汗)。超高温(でも高粘度?)の「油」が纏わり付く…想像しただけで痛熱いですね(汗)。

そう言えば、自来也は雨隠れで長門たちに大きな魚を火遁で焼き魚にして振舞っていましたね。それを、長門はそれを覚えているのかな?長門(?)はあの時、泣いていました。楽しかった家族との団欒を思い出して、涙を流す心の優しい子だった。そこで、自来也が感じた「心」。自来也はそれを探しているんだと思います。しかし、小南に「自来也」の名を聞いた時、「先生」と呼び、「懐かしい」と言ったペイン。あれは何だったんだろう。ペインって「何」なんだろう。

<ゴウ><ドドド><ザッ>

しかし、この凶悪な攻撃も、ペイン(六)が意外に(笑)機敏に前に出て防ぎ切ります。<ドドドッ>っと、大量に押し寄せる高温の「油」を、足下に<ジュウウウウ…><ジゥウウ…><ジュウウウウウ>っと、吸い込むように術を無効化しています。ペインが能力を特化したシステムだとすると、このペイン(六)は防御のスペシャリストなのかも知れません。しかし、この術の無効化の仕組みは不明。ここで吸収(?)された「術」の行方が問題です。まさか何処かに蓄積されてて、返されたりしませんよね(汗)。

「油が消えた?」(自)
「もろに食ろーたハズじゃ」(姐)
「こいつにもネタがあるんじゃろう」(頭)

<パッ>と、自来也は下駄を脱ぎ捨て、<ズズズ>と、何げに変化しています。顔の隈取も大きくなって、マスクみたいです。それに、手足。蝦蟇のそれっぽくなっている。四つん這いの姿勢だし…。これはきっと、蝦蟇の跳躍力や脚力を部分的に召還するとかの「仙人モード」のパターンの一つ。接近戦~遠距離と、戦闘には「間合い」が存在します。自来也はこのような「変化」を利用して、オールレンジでの戦闘能力を有しているのだと思います。

「接近戦で確かめてみますかの」

<グッ><ドッ>と、瞬発力を爆発させるように自来也が出ます。<カコン…>と、下駄が地面に落ちるまでの刹那。それは自来也の行動密度の高さを物語っています。自来也、カッコ良い!自来也は近接格闘戦が得意なんじゃないでしょうか。ナルトもこんな感じだもんね。そして…

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!

やっぱり、あったんですね。接近戦の大技!(他にも双肩の二代仙人が螺旋丸に性質変化を付与するとか…バリエーションがまだまだありそう!!)そして、自来也の右手には、直径にして5メートルはあろうかという特大の螺旋丸が!!

『超大玉螺旋丸!!』

しかし、<ズン><ズ…><ギュズズズ…>と言う轟音と共にペイン(六)は、この大技も呆気無く無効化(吸収)してしまいます。(こいつ術の全てを吸収しやがるのか!?だからさっきも…!)チャクラの吸収能力はこれまでも赤胴ヨロイの「チャクラ吸引術」とか、音の四人衆の次郎坊が居ましたけど、それとはちょっと違う感じがしますね。描写的には異空間に吸い込まれるような感じ。ペイン(六)が満足するような恩恵を感じません。冷凍まぐろ状態の無表情です(笑)。

「後ろじゃ!」(姐)

自来也の不意を突いて、ペイン(ロンゲ)が急迫してきますが、"姐さん"が、それに気付いて声を掛けています。「!」…自来也は「超大玉螺旋丸」にはかなりの自信があったのでしょう。それをあっさりと防御されてショックを隠せなかったようです。でも、"頭"は<スッ><ボッ>っと、煙玉で煙幕を張り、その隙をフォローしています。でも、「仙術」と豪語するわりには、思いっきり「忍術」っぽいんッスけど…(汗)。

<スッ…>(後ろを取ったで!!)

自来也は機敏に動き、右フックをペイン(ロンゲ)を攻撃します。ペイン(ロンゲ)は先の自来也の蹴りで両目がダメージを受けて閉じられたままです。しかも、"頭"の煙玉の猛煙の中。恐らく、視界はありません。自来也も気配を掻き消していることでしょう。だから、(チャクラや術の吸収能力を警戒しての)体術での攻撃を選択したんだとも思います。

(何だと?ワシの仙人モードの攻撃を見もせずに…!?)

なのに、ペイン(ロンゲ)は背後からの攻撃をいとも簡単に右手で止めています。相当の拳圧だろうけど、微動だにしていません。その一部始終を猛煙の外からペインが観察しているような描写が続きます。見つめる(?)輪廻眼。その次のカットでペインの視線が左象限に向きます(←この視線がポイントです)。この後、<ボフッ>っと、蝦蟇が煙幕から飛び出して来ます。

そして、<スッ>っと、仙人モードの自来也がペイン(貳)の背後を取ります。先に飛び出した蝦蟇は、揺動の為の口寄せでしょう。ペイン(弐)の視線が逸れたのは、その蝦蟇に気取れれたからなのか?それとも、背後に回り込む自来也を予見したのか?それとも…。この辺りは含みが多くて、二重三重にミスリードを誘うトラップを張っている感じがします。

『仙法・毛針千本!!』

自来也お得意の髪の毛を利用した術…<バババ>っと、硬質の針状に変化させた攻撃です。剣術(剣技)では一般的には「斬撃」(斬り付ける攻撃)をイメージしがちだけど、実際に恐いのは「刺突」(いわゆる「突き」)です。新撰組の沖田総司の「三段突き」は有名(?)です。それと同じで、極細の針の無数の広範囲に渡る「刺突」は防御困難…の筈。しかし、ペイン(弐)はこの攻撃もあっさりと防ぎ切ります。

パンダの口寄せ、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!

右上の<ボン>は自来也の揺動で出した蝦蟇ちゃんの帰還時の<ボン>だと思います。しかし、口寄せパンだのピアスも、自来也の「毛針千本」で逝っちゃう前に、ペインのピアスで死なないのかと疑問を抱いてしまうくらいの極太のボディピアスですが…それは置いておいて…(笑)。<サッ>と、手詰りの自来也は一度、間合いを切ります。

無駄な動きが一切無い。かわそうとすれば間違い無く捕らえていたものを、
前を向いたまま口寄せで背後を守るとはの……しかし、どういうことだ?
一度ならずも二度までも。掛け声もアイコンタクトも無し…。
仮に三人全員が感知タイプだったとしても対象がどんな攻撃をしてくるかは、
目視しなければ対応出来ないハズだ。
しかも毛針千本はワシの術の中でも最も速く攻撃範囲の広い術だぞ
防ぐとすればさっきのように盾でガードするしかない

「それを全く目視もせず判断した…あいつら、ただの分身じゃねーの」

そんな事は最初から分かっていた事ですが(笑)、「自来也ちゃんは何かネタがあると言うたが、その通りじゃ」と、"頭"はペイン(六)の動きを見て、ある事に気付いたようです。確かに、ペイン(弐)の口寄せパンダが消え去る瞬間、ペイン(六)はそれを傍観できる位置に配備されていました。それを"頭"も見ていた。

「気がついたか?
さっき、あいつらの背後を取り、ターゲットを決めて死角から攻撃したじゃろ
あん時、ターゲット以外の奴らの一人がワシらをしっかりと見とった」

しかし、僕はこれまでの一連のペインの行動に関しては聊かの違和感を感じていました。例えば、「写輪眼を相手にする時は印を隠して結ぶのが基本だ…どれだけ速かろうが、この眼で見切る」(40巻/37頁)と、サスケVSデイダラ戦で説明がなされていますが、高度な対決では行動の理屈や目的は徹底的に秘匿されるべきであるとする考えです。これは忍術・格闘の「セオリー」(定石)と考えて良いと思います。

ペインは『視線』を秘匿していない!!

これはミスリードを誘うトラップではないかと、僕は考えています。ペインの『視線』はあからさま過ぎます。むしろ、わざと曝しているようにすら見えます。自来也の行動を観察すると解りますが、キッチリと理に適った合理的なものです。それと対等(以上)に渡り合えるペインが、そんな「穴」を露呈するのは変だと思うんです。

それに、煙玉の猛煙の中の自来也とペイン(ロンゲ)の格闘戦を、ペイン(六)が、観ていたかのような描写のペインですが、あの猛煙越しに果たして見えるのか?は疑問。輪廻眼にも写輪眼や白眼のような透視(透遁)ができるのなら良いですが…。ペイン(ら)は、「見ている事」をわざと示しているような気がしてなりません。

「それはワシも気付いていましたがの…だからと言って奴らは掛け声や
アイコンタクトなんかの合図を送り合ってる様子は無かった」

自来也が一度、間合いを切ったのも、この違和感が理由だと思います。相手の能力が見えない以上はリスクが高いですから、攻撃範囲に留まる事は危険と判断したのだと思います。そして、考量している。忍者の闘いとは相手の能力の探り合いですから…。どっちが早くその秘密を突き止めるかに尽きます。賢さって大事だな…。シカマルだったら、この状況をどう分析するんだろう?凄く興味がある。それに、写輪眼ならどう見切るんだろう…。

「そうか、あの眼…三人とも同じ眼じゃ!
三人がそれぞれの眼にする映像を共有して見ておるとしたら…」

ここで、一つの仮説が生まれます。「!」と、自来也にも電気が疾走りましたよね。「三つの眼を全員で共有している…そういうことですかの…」(自)と言う仮説ですが…。これをペインの『後の先』と仮定すれば、この判断は危険かも知れません。これが僕だけの杞憂であることを祈っていますが、先のペインの「視線」の動きに引っ掛かっているんです。ウソをつく時、人は『左方向』を見る…から。

「ああ…多分のう。…しかし……あいつらは一体何者なんじゃ?」

電脳に準えた考えで、独立したプロセッサーが並列で三基あって、それが合議して意志決定するのが「仙人モード」とすれば、ペインはシングルプロセッサーで「眼」=センサーと、ペインと言う「出力」(デバイス)を多重配備するシームレスなシステムとする仮説なんですが、この場合、分散配置する個体間の通信に関する理屈の説明が必要だと感じます。自来也たちは嫌と言うほど「声」(言葉)で、コミュニケーションしてますから…(笑)。ペインのが「テレパシー」(超能力)とかだったら、ちょっと嫌だな…。

ところで、雨隠れの里の様相を観察して感じたんですが、パイプピングが目立ちます。構造物(建物)はパイプでできてて、その隙間に人が居るような構造です。あれは「雨」(←この「雨」にも何らかの意味があると思っています)を人工的に降らせる為の仕組みではないかと思うんです。ペインは「雨」を操っていましたが、あれはペインが里を動かすシステムと繋がっている描写ではないかと。つまり、この「雨隠れの里」自体が『システム・ペイン」なんじゃないかと言う考えです。だから、ペインは雨隠れの里にあっては、文字通り「全能」=「神」と言う事になる。

或いは、「輪廻眼」が実は時空間支配の忍術大系で、この場を埋め尽くすような「結界」を構成していて、一人一人の「眼」ではなく、もっと俯瞰した「眼」…例えば『戦術偵察衛星』(そこまで行かなくても空中に浮かんだ「意識」)みたいな存在が観察している…ような解釈だと面白いと思います。この場合も、個別に行動するペイン間の連係を生み出す、「通信」が重要です。その仕組みが「テレパシー」(超能力←しつこい?!)だったら嫌だな…って思うので、ここは一つ…何とぞ…(汗)。それを実現するのが……

六番目のチャクラ性質の『太極』…(無いかな…汗)。

で、人間離れしたところで話が進んでるので、それに乗ってみて(笑)、ペインもペインの口寄せと同じモノじゃないかと言う仮説。ペインの口寄せ動物にもれなく付いているピアス。あれもペインの身体に穿たれたピアスも同じ。ペイン(システム)は、あのピアスが寧ろ「本体」、或いは「受信機」?…そのくらい突飛なアプローチじゃないと、ペインって説明できない!(ウウッ…反論の雄叫びが聞こえる…汗)

でも、案外、安直(?)に話が進んで…

「やっぱり、テレパシーかよッ!!」

と、真ん中のペイン(弐)を両脇を固めるペイン(六)とペイン(ロンゲ)が左右から"どつく"(突っ込む)のも良いですね。それを、ペイン(弐)が、「突っ込みは後ろからでしょッ」と返す…とか(笑)。そしたら、一斉に突っ込んで下さいね…「アンタら、何の修行してたねんッ!!」って。勿論、陰(甲)の手で…ソフトに…。ちなみに、仕舞いなんで、前からです…(汗)。

「もう、アンタとはやってられんは…」…と。


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NARUTO-ナルト-第40巻に寄せて…

 
NARUTO-ナルト-第40巻に寄せて…

出ましたね!第40巻。思えば遠くに来たもんだです(笑)。『NARUTO-ナルト-』もいよいよ8周年に入るのかな。キッシーも積み上げてますね。で、早速、近所の本屋さんにて購入して来ました!奔って買いに行きましたッけ(笑)。こんな事で「ドキドキ」できるなんて、何て安上がりなんでしょ(笑)。

先ず、書店で平積み(業界用語で棚に立っているのではなくて、平らな台に積まれている。良く目に付いてアクション数が少ないので売れる…ヒエラルキー上位の販売形態です。平積みの獲得は、出版者の営業の大きな仕事の一つと言われています)がごっそりあって、カバーを見た時に、思わず声にしてしまった…。図らずも…。

「カッコ良い!!」(そんなに小さくない声で…)

カバーに萌えちゃったんです(笑)。サスケとデイダラの戦闘シーンのコラージュ。サスケの「千鳥」とデイダラの「ベーッ」。二人とも眼が生き生きとしてて、「生きてるッ!」って感じがしました。二人の闘いは、これまで僕が見て来た闘いの中でも心に残るものでした。もう「どんだけーッ!!」って思うくらい引っ張ってくれましたし…(笑)。

その多くはデイダラの「ホントはなかなか良いヤツ?」に拠るものと、個人的に分析しています。デイダラは一般的に(堅い事、言わなければ…)「悪者」です。悪の権化…「暁」の一員です。「暁」は「世界征服を企む"悪"の秘密結社なのだっ!!」です。なのに憎めない。それは「努力」をして強くなった痕跡が見て取れたからです。その根拠は、彼の言葉の端々にワンサカとぶら下がってます(笑)。

今、デイダラの考察(「暁」カテで近々アップします)を錬っているので、これ以上は謹みますが、デイダラは「苦労人」と言っても良い。こうして、40册も、相当のクオリティを宿した『NARUTO-ナルト-』と言う名作を、巣の中で「ピーピー」と大きな口を開けて待っている僕らに運び続けた……誰かさんに似ている……おっと、これ以上は不粋です。詳しくはデイダラの考察にて語りましょう(←これには力が入ってますからね)。

ま、40巻では、そのデイダラの最期をきっちり描き切り、「暁」のリーダーと紅一点の顔バレ、名バレ…とドラスティックに進行する、正にターニングポイント…否…胸突き八丁に入った…いよいよ佳境の読み応えのある一冊になっていると思います。キッシーも思うところのある一冊ではないでしょうか?コミック買わない派もここから揃えても良いんじゃないの?!と思える一冊です。

そして、予てから疑っていたトビは、自分の事をマダラだと言い張って憚らないし。「暁」のリーダーとされるペインは、そのトビに(渋々)従うような空気だし…。お面の右目の穴からはやっぱり「写輪眼」が覗いてるし。でも、妙にトビの行いが「小さく」見えてしまって、何だか「偉い」感じがしないのです。だから、僕は「トビ(マダラ?)」と、どうしても「?」を付けづには呼べないのです(笑)。

よく電車の中で一流企業の「社員バッチ」を上着の襟に付けて傍若無人に振舞うオヤジが、あたかも「人間」として偉くなったような錯覚をしてる光景を良く見ます。マナーや常識がない、酷く自己中の行いをしている人を見かけます(どのカテゴリーにもそう言う人はいますが…)。確かに「発注者」だったり、「許可権者」だったりするのでしょうが、それって「会社」の中だけでしょ…。別に自分自身の「力」でも何でもない。

その「行い」や「姿」とトビ(マダラ?)の振舞いがダブってしまうのです。

トビ(マダラ?)には(何らかの)後ろ楯がある!!

「黒幕」(?)と思われてるようですが、トビ(マダラ?)は違うと思っています。トビ(マダラ?)の物言いには「高貴さ」がないのです。トビ(マダラ?)を「黒幕」と認定するには余りにも威厳がなさ過ぎる(笑)。トビ(マダラ?)は、いきみ過ぎ…みたいな感じがしませんか?トビ(マダラ?)には「優しさ」がない。「優しさ」とは何なのかと言うと…。

その昔、文明開化を迎えたばかりの日本には高貴(子爵とか公爵クラス)な人物たちが、列強諸国から、西洋の「文化」を啓蒙に訪れましたが、食事の際、無知な日本人(公家か華族)が知ったかぶりで飲んだ「フィンガーボウル」の水を一緒に飲んでくれたそうです。きっと、ニッコリと微笑んでいたと思います。

「フィンガーボウル」は指を洗うもので、飲むものではないです。でも、それを教えるのは後でも良いと、即座に判断したのです。今、この場で、(この人格を)辱める必要はないと…。彼らは「文化」を教えに来た…。その為の「志と威信」を携えて、地の果てに赴いたのです。「文化」とは「知性」です。「知性」とは「思いやり」です。それは「本能」ではなく「理性」。「天分(賦)」ではなく「後天」なのです。

人は努力して「優しさ」を獲得する!!

「優しさ」とは「想像力」です。これは人が生まれながらに持ち得ないスキルです。もし、この「想像力」を持ち得るのであれば、自分がされたら嫌な事を他者にには出来ない筈です(ちなみに、これは「人」が、肝に命じないといけない最低限の心構えです)。他者が悲しんだり、苦しんだりするだろうことを、無為にする事もないでしょう。それは、自分が客観視出来ていると言う事です。

トビ(マダラ?)は「仮面」(正確には「仮面」の奥の「写輪眼」なんだけど…)をしています。あれは、一流大企業の「社員バッチ」そのものです。断言しましょう!アイデンティティとは「裸一貫」で示されるものです。その人自身から滲み出すように漂って来るものです。職責や地位ではなく、「魂」の深さ。「心」の高さが示す…それは、雰囲気みたいなものです。それは「臭い」と言い換えても良いです(ちなみに、デイダラはその「臭い」に敏感だった)。

それは、サングラスをして「メンチ」を切る亀田某とか(今はしてないでしょ…あれは危機管理のコンサルタントのアドバイスに拠るところが大きいのだと思います)、ただ強い(試合に勝ってるだけ)の某横綱みたいのを見てれば判ると思います。だから、仮面をして偉ぶる、トビ(マダラ?)には微塵も「偉さ」を感じません。たとえ、その奥に「写輪眼」が輝こうとも…。凄く強いにしても、それが「偉い」のとは意味が違う。それこそ、次元が違う。

だから、僕はトビ(マダラ?)にどうしても「?」を付けてしまうのです。ま、トビ(マダラ?)は今のところ「偉く」はないです。どう見ても…。この先の努力を期待してしまいます(笑)。で、その代わりに誰が「暁」の黒幕だったのか?と、僕が思っていたかと言うと、『自来也』でした。実は自来也が「暁」を主導していると、影ながら疑っていたのです(笑)。

具体的には、大蛇丸の『里抜け→音隠れの里興し→木の葉崩し』までが、自来也を中核にした「暁」に対する阻止行動であるとする考えです。この場合、「暁」の本体は木の葉の「根」(或いは、大穴で「道」と言うのもありました…汗。シスイの遺書のあった"道"です)と言う事になります。大蛇丸が自来也を止めようとしていたのではないか?と僕は疑ったのです。それが、四尾・熔遁の回に吹き出したこともありましたっけ?(ね、シーさん。Gちゃん…遠い目…笑)

自来也の「信頼できる筋からの情報」とか、「情報収集」とか…もう、胡散臭さの百貨店でした(笑)。自来也の行動には「ある秘密」があったんですが、それが明かされるのはズーッと後の事。あの時点では、どう考えても自来也の行動には時系列的にも物理的にも解せない部分が拭えませんでした。それらをつぶさに観察すると、自来也は怪しかった…のです。あの時点で、それ(何かしら違和感)に気付いてくれる人は少なかった。その時、少しでも、それを考慮しようとしてくれる存在は尊いとも思いました。

「潜入成功だの…意外に簡単にいったが…」

<チャポ><ガパ><ズボッ><ズズズ…><ズボッ>っと、思いっきりちっちゃい蝦蟇から自来也が這い擦り出してきます(40巻/152頁)。自来也には蝦蟇を使った時空間忍術が存在したのです。恐らくは、この術の体系を利用して、あらゆる場所に潜入しては、自来也の言う「情報収集」を行っていたのでしょう。自来也は自ら危ない橋を渡って、自分の信じる「善」の為に日夜、闘っていたのです。決して、単なる覗きが趣味の「エロ仙人」ではなかったのです。

「お前たち三人は強い……そして、ここでさえも生き残った…
この半蔵…これよりお前たちを"木の葉の三忍"と呼び称えよう」

人の真価とは「肩書き」ではないです。「三忍」と言う勲章すら、自来也にとっては「蔑称」でしかなかったわけだし(40巻/184頁)。その人の真価、本質とは、その人の「行い」のみによって示されるのだと思います。問題は、それを感じ取れるか否かにあります(これが「臭い」です)。人の既成概念とは、認識力の大きな障壁になります。人の真価を見極める「眼」を持つ事は、社会自体を底上げする『力』になるのだとも、僕は考えています。

「人」をしっかり見る事が出来る「眼」を僕らは養わねばならない!

「白眼」「写輪眼」「輪廻眼」…『NARUTO-ナルト-』には、いろんな便利な「眼」が登場するけど、メッセージ的には痛烈な「アイロニー」であると思います。そんな「眼」がないと…『何も見えないのかね?』と、含み笑いを浮かべるような強烈な風刺を感じます。だから、僕らは物事の「本質」を見抜く「眼」を養わないといけないのです。そう…「自分自身の眼」を。

その点で、僕が感じた「違和感」はあながちまちがいではなかったと思います。非常に上手にミスリードされただけ…(笑)。その分、ミスリードされなかった人より、僕は『NARUTO-ナルト-』を楽しめたのです(脂汗)。何だか、言い訳っぽくてスミマセン(笑)。

自来也はまごうここなき「正義」(堅い事、言わなければ…ですが…)でした。少なくとも、自来也が信じる「善」の心を礎にして、自分が信じる「悪」と闘おうとしている。自来也は、自分の中の「絶対」に従って行動しているだけなのです。それこそ「高貴」な姿であると思います。心の中に、バッチや肩書きはつけれないですから…。

一度でも疑ってゴメンナサイ…自来也様……

これから、自来也はペインに接触し、いよいよ「闇」の核心に急迫して行きます("行きます"が"逝きます"に変換されて…不安でしたが)。先にも言ったように、僕らは刮目してみなければならない。否…見るべきです。本当の「正義」とは?本当の「悪」とは?そんなものは…『ないのだ!!』と言う事を、肝に命じないといけないと思います。

僕は今も、自来也が正しい!とは手放しでは考えていません。ペインが「正義」と言うのでも、それはそれで良いと思います。「絶対」なんて、この世の中にはないのです。ただ、自分の中には…「ある!」…「ある!」と断言できる。もっとも、この言葉を信じる(鵜呑みにする)必要もない。何故なら…答えは自分の中にあるのだから…。

アンフェアに迷いながら、『NARUTO-ナルト-』の世界を彷徨って下さい!

そして、四代目(波風ミナト)→うずまきナルトの親子関係も明かされました。この時ばかりは、ネットの慌て振りを生で感じましたから…。確かに騒然としてましたから。ナルトはミナトとクシナの子でした。ナルトの大それたかに思える「夢」がリアリティを帯びて来ました。そして、ナルトの「不思議」な『力』(魅力)も、いよいよ真実味が加わって来ました。「佳境」に入ったのだと思います。

「じゃあ、お得意の賭け(ギャンブル)といこう…お前はワシの死ぬ方に賭けろ
お前の賭けは必ずハズれるからのォ。そん代わり、ワシが生きて帰って来た時は…」

僕も、その時、「なっ…」となりました(40巻/143頁)。自来也。どんなに不様でも、恥ずかしくても、生きて帰って来て欲しいです。悲しいかな…。僕は貴方の「魂」の深さや、「心」の高さを見誤ってしまった。それを、心から済まなく思います。貴方は大切な人であると思います。もう少し、一緒に居させて欲しいです。

だから、だから、帰って来て下さい。

綱手が待っています。綱手は、貴方の帰りだけを待っているのだから…。


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ミナトは何故、「螺旋丸」を開発したのか?


「この術は、あの四代目火影が遺した忍術だ!」

ナルトに螺旋丸の修行が始まって、少ししてから、自来也はこの事実を明かしています(17巻/140頁)。ナルトの旋毛(つむじ)が「右回転型」と気付いた辺りです。もしかしたら、ミナトも旋毛が右巻きだったんじゃないか?と、僕は思いました。ミナトがこの術の開発に行き詰まった時に、自来也は助言してたか、もしかしたら、一緒に考えてあげたんじゃないでしょうか?自来也がナルトの旋毛を調べたように、似たようなシーンが自来也とミナトにもあった…?

ナルトの頭を触り、旋毛を見た時に、ミナトの頭を撫でた記憶を、自来也は思い出したんじゃないでしょうか?「親になったことがないから、良く分からんが…あいつがワシの子だったら、さぞかし鼻が高かっただろーの」(第367話「イタチとサスケ」)と、自来也にとってミナトは特別な弟子でありましたから…。自来也は、ミナトを目の中に入れても痛くないくらいに愛でていたと思います。わが子のように思っていた筈です。

自来也は妙木山の大ガマ仙人から「導く者」と言う啓示を受けた事が最近の描写で明かされています。自来也の弟子が将来、「世にそれまでにない安定をもたらすか………破滅をもたらすか。その、どちらかの変革じゃ」(第376話「予言の子!!」)と言う言葉が示すような"変革者"になると言う予言です。自来也の雰囲気からは、ミナトがその「安定」をもたらす"変革者"となることを信じて疑わなかった事でしょう。

しかし、そのミナトは「九尾事件」によって帰らぬ人となってしまいます。そして、自来也がナルトに「螺旋丸」の開発者がミナトであると告げる事には大きな意味があったものと思います。同時にそれは、自来也自身の大きな決意の表れだったんじゃないか?と感じています。もっとも自来也は、この時点で「螺旋丸」と言う術の名称すら伝えていません。自来也はそう言う人なのです。

だから、あのカカシが「イラッ」としちゃう…(笑)。自来也が「螺旋丸」の名を明かさなかったのは、ここでナルトが修得できなかった場合の情報の流出に対する考慮かと思います。それほどに「螺旋丸」は高度にして重大な「秘密」だったのかも知れません。「螺旋丸」の存在には、大きな意味がある…。僕はそれを密かに(笑)疑っているのです。

「自来也、お前か?あの"螺旋丸"を教えたのは!?」

居酒屋でナルトが綱手に噛み付いた一件で、綱手が初めて「螺旋丸」と言う術の名称を明かすのでした(18巻/112頁)。「フン……あの術が使えんのは四代目とお前ぐらいだよ」と、難易度の高い術を、下忍の…(在りし日の)縄樹と同じ歳の頃の(汗)子供に教えるのは「如何なものか?!」と異を唱えるのでした。でも、綱手はお姫さまだからか、頓着がない発言が目立ちますね。

しかし、「螺旋丸」とは、それほど「大それた術」であり、綱手もミナト(やクシナ)とは関係が深かった事を窺わせる描写であります。同時に綱手は、「予言」に関するような深い部分までは聞かされていなかったのかも知れません。綱手に危険が及ぶのを恐れ、あまり深入りさせないように自来也が配慮したものと思います。

「四代目がこの術を完成させるのに丸三年…
この術の会得難易度は六段階で上から二つ目…
Aランク、超高等忍術レベルだからのォ」

自来也はナルトに「螺旋丸」の修得の大変さを懇々と説明します(17巻/140頁)。ミナトですら三年を要した難関。しかし、上から「二つ目」。その上の"D"ランクも存在するんだ…。奥が深い。それはどんな術なんでしょうか?

でも、変だと思いませんか?

何故、自来也は、いきなりこんな高度な忍術をナルトに教えるのでしょうか?綱手を探す短期間に、修得できるかどうかも判らないような「超高等忍術」を、いきなりナルトに教えるのか?忍術のセオリーからすれば、先ず固有の「チャクラ性質」を調べ、それに合った術を教えるのが正統と言えます。なのに、チャクラの形態変化の極地とも言える「螺旋丸」にいきなり入るのは解せません。

自来也は何が何でも「螺旋丸」だけは、ナルトに伝えたかった!!

この場合、自来也のこの行動には相応の意味があると考えるのが妥当です。そして、自来也はナルトを「ワシはこいつの師匠なんでのォ…一応……」(18巻/112頁)と、「一応」は付いていますが「弟子」と認めています。自来也の「弟子」とは予言に関係する存在です。「エロいだけのお主も…」(第376話「予言の子!!」)のアレです。「螺旋丸」には隠された意味がある。自来也の行動には深い意味があるのです。

それと、自来也の「情報収集」はかつては胡散臭さが満載だったんですが、ペインとの交戦でそれが満更、嘘でもなく、実は地道で危険なタイトロープを渡るような勇気ある行動だった事が知れています。自来也を一度でも疑ってスミマセンでした(でも、自来也を少しでも「変」だと思わなかった人は『NARUTO-ナルト-』を深く読んでいない…とも思います)。

綱手を探す合間のナルトの修行ではありましたが、自来也は「情報収集」で何度か抜けています。自来也の情報量からすると、それが綱手だけでなく、同時に何件もの任務を平行してこなしていたと考えるのが妥当ではないでしょうか。極めて強行なスケジュールで行動していた事でしょう。そしてそれは、三忍の一人…自来也と言えども、絶えず危険と背中合わせだった事を意味します。

自来也はいつ死んでもおかしくない状況(覚悟)で行動していた!!

だから、少しでもチャンスがあるなら、先ずは「螺旋丸」をナルトに伝授する必要を自来也は感じていたのです。この性急ともとれる自来也の行動には、かくも複雑な「大人の事情」が隠されていたのではないかと、僕は考えています。それをいちいち説明しない。自来也は滅多な事では本気の「言い訳」をしない人なのです。

自来也の胡散臭さは大人の一つの生き方でもあったのです。「刺々しい」で書きましたが、カカシもこんな感じの自来也の行いに「イラッ」と来てるんです…(笑)。自来也を見てると、いつまでも「子供扱い」されてるようで嫌なんですね(カカシ上忍…そうですよね…笑)。

自来也の頭の中にはこの時点で、ある"シナリオ"が存在していた…。

その第一弾が「九尾のチャクラ」の引き出し方。口寄せの術の「(獅子の)谷落とし」で見せたスパルタンな修行をしています(笑)そして、第二弾が「螺旋丸」だった。かつて、四代目・火影、ミナトが遺した術をナルトに受け継がせる。これは超難関でありましたが、どうしても外せない大切な"関門"だったのだと思います。

そして、このシナリオは第一部と第二部の間の2年半の修行に続いて行きます。そこで、自来也は死にかけるんですけどね(汗)。今までに二度あった自来也の三途の川巡り…綱手の入浴を覗いてぶっ飛ばされて100メートルもふっ飛んで、瀕死の重傷を負ったのと、ナルトの四本目を見た時…。その決死の「実験」に繋がるのです。もっとも、そのどちらも自来也のシナリオ通りだった…だろうけど…(笑)。

「螺旋丸」とはどんな術だったのでしょうか?一度、整理してみましょう!

「第一段階は"回転"、第二段階は"威力"。そして、いよいよ第三段階はコレだ!」

自来也は右手の水風船の中で起っている事を左手で螺旋丸を錬る事で対比して展示します(18巻/30頁)。(すげェ…。あんなにすごい量のチャクラを回転させてんのに風船がピクリともしないってばよ…。ゴムボールを割った時より威力はあるし、回転もはるかにスゲーのに!)「小さな台風」を間近に見せられてナルトは「ゴクッ」と生唾を飲んでます(汗)。

余談ですが、自来也は両手で一個づつ螺旋丸を練れるんですね。きっとある…『双腕・豪炎業火螺旋丸』…自来也はきっと持ち得る筈です。全てを灰燼に帰すような大技を…(螺旋丸への性質変化の付与はキックバックが激しい為に、リスクが大きいから封印しているかも知れません。両手が燃えちゃうとか…。最期の大技になっちゃうのかもね。だから使わない事を念じておりまする)。

「この第三段階では、これまで覚えたモノを100%出し切り…それを留める
つまり、チャクラの"回転"と"威力"を最大にしつつも風船の内側に
さらに一枚、膜を作り、その中にチャクラを圧縮するイメージ」

ここまでしっかり錬られた「螺旋丸」の威力は大木の幹を、いとも容易く抉り取る壮絶なものでした(18巻/34頁)。純粋にチャクラのみを超高速で超圧縮する事で、凄まじいまでの破壊力を発揮する、正に「小さな台風」のような術と言えます。

螺旋丸の修得シーケンスを整理すると…"回転"→"威力"→"留める"

"回転"でわざわざ"乱回転"を作り出す為に苦労したのは、二次元(平面)の「渦」ではチャクラの回転が「球体」(三次元)を造り出せないからです。ナルトが一生懸命、水風船の水を回転させていた初期の描写では、水風船が偏平していました。球体を造るのはチャクラを「圧縮」する為の必須の要素だからです。「チャクラを超スピードで乱回転させて圧縮する術」(35巻/94頁)と、カカシも「螺旋丸」の本質をしっかりと説明しています。

「この"小さな台風"を掌大に維持することが出来れば、力は分散しない…。"回転"はどんどん速くなり"威力"はどんどん圧縮されて破壊力は究極に高まる」(18巻/38頁)と、自来也自身からも一応、術の説明もありました。しかし、第三段階の「留める」は自来也も言っているように非常に難関でした。

(ウソだろ…本気の力を完璧にコントロールしなきゃ出来ねーぞ、コレ…。
今なら分かる…この第三段階。二段階までと次元が違う…)


ナルトも言葉に出来ないビビリようでした(18巻/40頁)。繊細なチャクラコントロールを要する、修得困難な術。確かに相当の威力がありますが、威力だけなら他にもアプローチは数多く存在すると思います。自来也が言った「ミナトの師だったから分かる…あやつは無意味な事はしない奴での…」(第370話「胸騒ぎ」)でも判るように、ミナトは破壊力だけを追い求めたのではなく、「螺旋丸」の先に目指す「目標」があったと考えるのが、僕の中ではしっくり来ます。

「例えば千鳥…。チャクラを電流のように"性質変化"し、
放電するように"形態変化"させて、攻撃の威力と範囲を決めている」

風遁・螺旋手裏剣の修行で千鳥を例に「術」の概念的な組成を説明しています(35巻/93頁)。それと、同時に「その意味で螺旋丸は千鳥と少し違って、"形態変化"だけを極めた術と言える」と、「螺旋丸」の特殊性についても言及しています。「螺旋丸」は極めて特殊なのです。カカシはその点に着目し、螺旋丸に"性質変化"を加える方向性を見い出したのです。それが、恩師・ミナトが目指した「目標」と信じて…。

「チャクラに"性質変化"だけじゃなく
"形態変化"を加える事で忍の攻撃力は飛躍的に高まる。
まあ"性質"と"形態"の両方の変化をセットで扱える忍は稀だがな」

九尾のチャクラのコントロールの目的で修行に同伴するヤマトの説明です(36巻/29頁)。「"性質"と"形態"の両方の変化」は困難だけど、出来ないわけじゃない。ヤマトは極めてスタンダードな「忍術」のセオリーに対して言及しています。理知的なヤマトの言葉は常に中立に感じます。

実際、千鳥は両方を同時に行っています。しかし、螺旋丸は「四代目火影でさえ、それは出来なかった」(36巻/34頁)とカカシが言うように、"性質変化"を螺旋丸に加える事は、四代目をもってしても、カカシ自身にも、実現し得なかった。究極の"形態変化"を維持しつつ、それに"性質変化"を付加する事は至難だったと言えます。

しかし、僕はここに非常に大きな「違和感」を感じています。「先入観」とは得てして、物事の「本質」を見誤る主犯格です。「ボタンを掛け違ってる?」…もしかしたら、カカシの考えはズレてないか?もしかしたら、カカシは見誤っていいるんじゃないのか…と。

ミナトはホントに螺旋丸に"性質変化"を付与できなかったのか?

ナルトは多重影分身の利用で、チャクラの"形態変化"と"性質変化"を分担する事で、螺旋丸に「風のチャクラ」の"性質変化"を与える事に成功しました。その凶悪な威力をもって、「暁」の角都を打倒してしまいます。しかし、風遁.螺旋手裏剣から放出される風のチャクラの無数の刀が、毒の効果に近い攻撃特性を生み出し、術者自身にも多大なキックバックをもたらす事を理由に綱手によって「禁術指定」されてしまいます。

ミナトほどの逸材が果たしてその境地に達せなかったのでしょうか?僕はカカシの証言を鵜呑みに出来ないで困っています(笑)。カカシは"忍術"のスタンダードにこだわり過ぎていまいか?自来也のアプローチ以外の考えに固執していまいか?と、疑っているのです。

ホントにミナトは「螺旋丸」に"性質変化"が必要と考えたんでしょうか?何より、自来也は螺旋丸に"性質変化"の「余地」がある事を言及していません。それに、ナルトのチャクラ性質にも頓着していません。自来也が教えたのは究極の"形態変化"としての「螺旋丸」です。

「螺旋丸」の開発者はミナトですが、その開発段階で自来也も関与していると、僕は考えています。その根拠は自来也の掌にあります。自来也の「見得」のシーンで、よく掌を見せますが、その掌には「渦」の紋様が描かれています。両手に描かれています。そして、自来也は「螺旋丸」の修行で、この「渦」のマークをナルトの掌に描いてあげましたね。

「先生、このマークに(意識を)集中してみて下さい」(想像)

自来也の掌の「渦」のマークはミナトに描いてもらったんじゃないかと、僕は激しく疑い、妄想しています(笑)。「螺旋丸」はミナトの主導で開発され、自来也はミナトにリードされていた。あの「渦」のマーキングは、(自来也が意外に不器用なので)ミナトが「集中」させるために自来也に与えたアイデアだったんじゃないでしょうか。自来也は、その頼もしさに期待と誇りを感じながら、ミナトを(目を細めるようにして?)見守っていたんじゃないかと、僕は考えています。

掌の「渦」は、ミナトに描いてもらった「印」だから、自来也は消す事無く、大切に自分の掌に残しているのではないかと思っています。あの「渦」は、自来也とミナトが共に過ごした証なのではないか?自来也にとって、それはミナトの残り香を感じる…大切な想い出なんじゃないかと…僕には思えてなりません。

ミナトは自来也と共に「螺旋丸」を造り上げた!!

だから、自来也も「螺旋丸」を使えるし、ナルトに教えたように、「螺旋丸」の緻密な修得シーケンスも確立していました。口寄せの術の時もそうだったけど、自来也の教え方はあまりきめ細かくなく、とても…親切とは言えません(笑)。きっと、自来也は、プロ野球の長嶋監督みたいな天才肌で、教えるのはあまり上手じゃないんだと思います。

カカシもナルトの天然っぷりを見るに付け、「自来也様、螺旋丸なんて術、よくこの子に教え込めたもんだよ…まったく」(35巻/107頁)と、不思議がってますもの。それに反して、自来也の「螺旋丸」の修行は実にきめ細かかった。だから尚更、自来也のカリキュラムは、ミナトの構築したシーケンスだったんじゃないかと思うんです。その痕跡に、ミナトと自来也が協力して「螺旋丸」を開発した臭いを、僕は感じているのです。

それは何故か?

自来也は「導く者」です。そして、自来也の弟子である事には意味があるのです。それには、妙木山の大ガマ仙人の「予言」が関与している事が、現在までに明かされています。そして、未だ明かされていない「予言」があるんではないかと、僕は考えています。勿論、自来也はそれを知り得た筈です。そして、その上で、弟子であるミナトを導いた…と。

ところで、ペインと自来也の対峙がいよいよクライマックスの様相ですが、その中で、「暁」の"尾獣集め"の本当の意味が明かされています。自来也の「乱獅子髪の術」で拘束されたペインが、自信満々に、そして、ヤケに饒舌に壮大な野望を自来也に伝えています。

「アンタはどうせ死ぬ。だから本当の目的を教えてやろう。
"尾獣"を使って新しい禁術を造るためだ。
その術、一つ使用しただけで、一瞬にして大国さえも潰せる…。
最大最強の禁術兵器をな」

恐らく、「禁術兵器」とは核爆弾のようなパッケージになっているものと思われます(第374話「神への成長!!」)。「争う国々に、その禁術兵器を渡せばいいのだ。兵器を持てば必ず人はその力を使う」と、ペインが言っています。他者に容易く譲渡できて、しかもそれを使えるのですから、形ある「物」と考えるべきでしょう。これを大ガマ仙人が示唆するような啓示を遺しているんじゃないかと、僕は考えているのです。

そして、自来也はこの来るべき「禁術兵器」の出現に対応するべく考えを巡らせていた。そして、「安定をもたらす」方の"予言の子"であろうミナトにも、それを相談するか、対応を考えるように導いたのではないでしょうか。そして、賢きミナトが思い付いたのが、「螺旋丸」だった。

ミナトは禁術兵器の対抗策として「螺旋丸」を開発した!!

チャクラを高密度に圧縮する「螺旋丸」。恐らく、ミナトはそれに"性質変化"を加える必要を感じていなかったのです。カカシは一本気な堅物だから(笑)、"形態変化"と"性質変化"のリャン面が忍術の王道と考え、「螺旋丸」の本当の意味(目的)に気付けなかったのではないでしょうか?大蛇丸がいたら「ズレてるわねェ」と言われてたかも知れません(笑)。

自来也もああ言う性格ですから、カカシに全てを伝えるような事はしやしません(むしろ意識してるので、意図的にカカシとの交流を避けている…汗)。だから、カカシは自来也に「イラッ」と来るんですけどね。ここに二人の近親憎悪を感じてしまいます。

それに、ホントに「螺旋丸」に"性質変化"の付与が必要と考えるなら、第一部と第二部の間の2年半の修行で、自来也はナルトに教えてる筈です。しかし、自来也はそれを行っていません。ナルトも自身の「チャクラ性質」が「風」である事を知るのはズッと後の事です。

自来也がした事。それは、巻き物蝦蟇を召還して、ナルトの腹に描かれた「八卦の封印式」を緩めると言う、非常に危険を伴う「実験」でした。結果、自来也は人生二度目の生命の危機に直面しているのですが…。これも自来也の"シナリオ"の一環だったと思います…けどね。

口寄せの術の修得で谷底に突き落とし、九尾のチャクラの引き出し方を覚えさせる。次に「螺旋丸」を修得させ、その上で、「八卦の封印式」を段階的に緩めて行く…「九尾のチャクラ」を徐々に解放して行く。第二部が始まった時点で、九尾の封印は「四本目」が引き出せるまでに弛んでいました。自来也は自分が死ぬ思いをしたにも関わらず、その封印を締め直そうとはしませんでした。

天地橋任務で、四本目・ナルトVS大蛇丸の描写で、四本目のナルトから漏れ出した禍々しく、超高密度のチャクラで大蛇丸の三重羅生門(33巻/106頁)を跡形もなく吹き飛ばしています。四本目は掌でチャクラを錬りはしませんでしたが、確かに漏れだした膨大なチャクラを極小さい球体に圧縮して、それを飲み込み、自らの体を大砲の砲身のようにして、その「弾」を撃ち出しています。

四本目は「螺旋丸」のチャクラの超圧縮のスキルを流用した?!

あのシーンは、チャクラの密度が高まれば質量を持つ事を証明する描写だと思います。「アレはヤバいわね」(36巻/97頁)と、大蛇丸も警戒するほどのチャクラの塊でした。ナルトの四本目が圧縮したチャクラを飲み込んだ時、(そんな高密度なチャクラで動きづらくして…)と、大蛇丸が思いも付かなかったように、あのチャクラ球は異常なまでの質量を有していました。四本目の身体の重みに耐えかねて地面が<ズズズ>と凹むほどでした。重力が空間を歪めたかのような描写でもあったと、僕は考えています。

これらを総合すると、ミナトの行動が一つの方向を収束して行くように感じています。

特に「九尾事件」でのミナトの行動です。「ミナトがわざわざ、九尾の力を陰と陽に二分し、陽の側をナルトに封印したのは、九尾のチャクラをナルトに遺すためだ」(第370話「胸騒ぎ」)とあるように、ミナトはナルトのチャクラを強化する必要性を感じていたと思います(チャクラの考察「ミナトは何故、ナルトに九尾を封印したのか?」参照)。ミナトの想定では、尋常じゃない量と質のチャクラが必要だったのだと思われます。

また、第二部が始まって、我愛羅奪還編で、(象転の術ではありましたが)あのイタチを打破した「大玉螺旋丸!!」(29巻/136頁)も、自来也の指導(導き)が大きいものと思います(アニナルの描写は考慮していません)。螺旋丸の直径を大きくする技術は自来也が与えた(か、誘引した)のではないか?と思います。これも、"性質変化"ではなく、あくまでも"形態変化"なのです。この考えはミナトの遺志を汲んだ結果ではないかと思います。

九尾がもたらす膨大な量と、禍々しい質のチャクラ。それに耐えるナルトのチャクラ。ナルトのチャクラ容量は人知を超えるものでなければならない。ミナトはナルトにそれを要求しているのだと思います。だからナルトに「九尾の"陽"のチャクラを遺した。そして、「螺旋丸」のスキル。チャクラを超スピードで乱回転させて圧縮する技術です。

その考えを自来也は「大玉螺旋丸」へ発展させて行った。
自らの"シナリオ"に基づいて…。


九尾のチャクラによって鍛えられたナルトの膨大なチャクラを使用して、大玉螺旋丸をどんどん大きくして行く。その次段階として、それをどんどん圧縮して行く…。すると、どうなるか?

チャクラには質量があります。超高密度のチャクラが究極に圧縮されるとしたら…。真球の超々大玉螺旋丸が自分の『重力半径』より更に圧縮されるまでに圧縮が可能になるとしたら…。そして、「暁」が尾獣集めの目的とする「禁術兵器」が核爆弾のようなものだとすれば、ミナトと自来也が目指した術…とは…つまり…。

「螺旋丸」はブラックホールを生み出す為の技術(スキル)だ!!

自来也は「いずれは、あの術をナルトに完成させるのが、あやつ(ミナト)の遺志だとワシは思う」と巻き物蝦蟇に話しています(第370話「胸騒ぎ」)。自来也とミナトは「あの術」を模索していたのです。そして「あの術」とは「螺旋丸」とナルトのチャクラが生み出す術なのではないでしょうか。禁術兵器の大爆発を一瞬で相殺するような『負の大爆発』…つまり、ブラックホールです。

『黒玉・螺旋丸』

螺旋丸がもたらす究極の"形態変化"の果て…空間の歪み(超重力)である「ブラックホール(暗黒洞)」が、ペインの「禁術兵器」の大爆発を飲み込んでしまう事を、僕は想定しています。ミナトは自来也の導きにより、対禁術兵器を想定した上で「螺旋丸」を開発しました。そして、「九尾事件」では「九尾の"陽"のチャクラ」をナルトに遺し、逝きました…。その行動の全てには「意味」があった…のではないか?と思うのです。

そして、自来也はナルトに「螺旋丸」を伝授することで、その遺志を確かに繋ぎました。自来也がナルトに「螺旋丸」を託す事はミナトの遺志を継承すると言う大きな意味合いがあったのです。そして、これこそが「自来也→ミナト」の強固な繋がりであると、僕は考えています(これを、カカシが知ったら、きっと「イラッ」と来るだろうな…汗)。

ミナトもまた「予言の子」だった…。そして、ナルトも…。



もしこの仮説がビンゴなら、カカシは(また…汗)ズレていた事になります。

そして、自来也に「イラッ」と来て…更に刺々しくなる?
…そっちの方が心配になったりしてます(笑)。
でも、そんな事は気にせずに…自来也。木の葉の里に帰って来てね…。

 
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干柿鬼鮫

 
指輪 :「 南」( 左手の薬指)
身長 :195 cm
体重:83.1 kg
血液型:AB型

霧隠れの抜け忍。元「霧の忍刀七人衆」の一人。「霧隠れの怪人」の通り名を持つ。

愛刀は「鮫肌」。

「とりあえず壊滅は免れたものの被害は甚大なようですね」

鬼鮫の初登場は意外に早く木の葉崩し終結の直後。イタチとの2マンセルの「木の葉強襲事件」です(16巻/71頁)。「イタチ、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!」の影に隠れてジミーですが、この頃から鬼鮫は僕のお気に入りでした(笑)。

「この方、けっこーウルサイですね。殺しますか?」

鮫肌を<ズン>と振り降ろして凄んでます(16巻/116頁)。イタチ鬼鮫の木の葉強襲のエピソードです。この台詞は『NARUTO-ナルト-』の屈指の名台詞だと思います。鬼鮫は他にもカッコ良くて気の効いた台詞を多く残しています。案外、機転の効く賢さがあるのだと思います。

「干柿鬼鮫。以後、お見知りおきを」

(鬼鮫はブチ切れる前に)めちゃくちゃ丁寧に自己紹介までしていたんですが、きっと、アスマと紅にラブラブな雰囲気を気取ってか、堪らず切れてましたんです(笑)。鬼鮫は結構、ナイーブな性格なんだと思います(笑)。

そして、鬼鮫の伝家の宝刀…霧隠れの七刀が一振り…「鮫肌」がカッコ良いんです。

「私の大刀"鮫肌"は斬るのではなくて…削る!!」

(刀の先で圧されるとはな…何て力してやがる)と、鬼鮫は、その剛腕ではアスマを完璧に圧倒していました(16巻/119頁)。そして、鮫肌。「霧の忍刀」が一刀。かなりのワザモノのようです。刀身に巻き付けられた包帯(?)から「チラ見え」する本体は「鮫肌」と言うよりは、「鮫歯」のようでした。これで削られたら、痛い。おろし金どころじゃないです(汗)。

「私の鮫肌は………チャクラを削り…喰う!!」

ナルトの印スピードが余りにも遅くて(笑)、あっさりと口寄せの為に錬ったチャクラを鮫肌に吸収されています(17巻/44頁)。(なるほど…チャクラが空間を埋めつくしていく…これほど凄まじいとは……これが九尾のチャクラか…!!)とあるように、相当な容量のチャクラを一瞬で喰い尽くしています(17巻/42頁)。<パキュキュ><ガサガサ><ゴソゴソ>と、あたかも「生命」を持っていそうです。

「この大刀"鮫肌"は私しか認めない」

我愛羅奪還編のガイ班の追跡阻止の交戦において(29巻/88頁)、ガイに奪われた鮫肌のグリップのウロコ(歯)が逆立って、鮫肌自身がガイを拒んだのです。鮫肌には「意志」があるかのようにも感じます。「霧の忍刀」とは「"忍刀七人衆"の刀は代々受け継がれていくシステムだった」(38巻/152頁)と、ナルト大橋の再不斬と「白」の墓前で水月が言った内容からすると、特殊な「力」を秘めた大刀と言えます。

「この大剣(首斬り包丁)があれば君にも負けない…かもね」

サスケに従う事を承認したかに見えた水月がヤケに挑発的な態度にでます(38巻/152頁)。この大刀を持つ事で、大きな自信を手にしたかのように感じました。それは、この大刀の存在感かとも思います。何にしても特殊な存在である。霧隠れの七刀。既出、未出…それぞれにストーリーを感じてなりません。

「霧隠れ七刀のうちの一振り。うちはイタチと組んでる
干柿鬼鮫の大刀の"鮫肌"をこの手にするまではね」

そして、再不斬の「首斬り包丁」を手にした水月は鬼鮫の「鮫肌」を手にするのが目的とも宣言しています(39巻/58頁)。「それに重吾を仲間に加えるなら、この刀(首斬り包丁)は役に立つとも思うしね」(38巻/152頁)と、重吾と首斬り包丁の連係も示唆しています。サスケもそれを想定している描写(「フッ」と微笑んでいた…)でした。これは「蛇」の結成の痼りにも関わるヒントでもあります。

そして、鬼鮫は渦中の(笑)「鮫肌」を愛用しています。意志を通わせるようにして…。他にも未出の「霧隠れの七刀」も残されていますし。先ずは、水月VS鬼鮫の直接対決に期待しています。そこで、ペインが遠隔会議で漏らした「霧隠れの鬼灯兄弟…あれの片割れだ」(39巻/79頁)の真相も明かされるんじゃないでしょうか?

兎に角、この「霧の忍刀」を巡る因縁も鬼鮫の秘密を紐解く「鍵」を握っているんではないかと、僕は想像しています。そう…「鬼鮫の秘密」です。僕は鬼鮫って未だ「どっち」か見極めが出来ていません。実は謎だらけで、それはイタチやトビ(マダラ?)より深淵です(笑)。

「クク……削りがいのある方だ……………」

再不斬(鬼鮫は再不斬を「小僧」と呼んでいます。再不斬を殺ったカカシには一方ならぬ思い入れがあったようです)を殺ったカカシを前にメラメラと闘争心燃やしたかと思うと(16巻/135頁)、ガイの増援を機にイタチが「オレたちは戦争をしに来たんじゃない…」と冷静な状況判断を下す一言であっさりと沈静化してしまいます。

「………せっかく…ウズいてきたのに仕方ないですねェ…」

超ノリノリの鬼鮫ですが、イタチには酷く従順に従うのです(16巻/166頁)。どんな条件下でも鬼鮫はイタチに逆らう事はないです。多少、チクリとするような事はありますが、それもユーモアの範囲として容認できるレベルだし…。鬼鮫はイタチに仕える執事のようでもあります。

「お体に障りますよ…」

鬼鮫は非常に暖かい表情でイタチを気遣ったりもします(第364話「狙いは…!!」)。サスケの「死」の報告を受けた後、雨の中で立ち尽くし、想いに耽るイタチを心配そうに、共に雨に打たれています。極めて冷血な闘い方をする鬼鮫が、イタチに関しては酷く繊細なタッチになるのです。その姿は「信仰心」すら感じてしまうほど、妄信的とも思えます。

鬼鮫はどっちなんだろう?

気になるのはトビ(マダラ?)の存在です。デイダラの壮絶な死に巻き込まれたかに見えたトビ(マダラ?)は「暁」内でも死んだ事になり、ペインや小南とのみ関係を残します。その上で、黒幕風の立ち位置を露呈している。やっとの事で「顔バレ」したペインや小南にこんな事を(かなり偉そうな口調で)言っています。

「(サスケは)いい感じだ…写輪眼の力を十二分に発揮していた…
…あれ(サスケ)はイタチ以上の目になる…機は熟した。
奴(イタチ)も覚悟は決まっているだろう…そう長くはないからな」

次の回で、この台詞がトビ(そしてマダラ?)のものと判るのですが、サスケとデイダラとの闘いを一番近くで観察できたトビ(マダラ?)はサスケの成長っぷりを喜ばしく思うと同時に、イタチの余命(?)を断言しています。そして「機」と言う言葉で、大きなシーケンスの完結を予感させています。これは第一部の最終頁(27巻/64頁)で、デイダラが漏らした「あの言葉」に繋がる感触を、僕は感じているのです。

「そいよか、あと三年しかねーぞ…。
全員ノルマ(尾獣集め)達成できんのかい…うん?」

語尾に「うん」が付いてますから、絶対にデイダラの言葉です(笑)。第一部と第二部の間隔が2年判として、残り半年。これまで、我愛羅奪還作戦→天地橋任務→サスケ(イタチ)捜索と来て、自来也VSペインの雨隠れ潜入任務と盛り沢山で、かなりの時間の経過があると思われます。そろそろ半年近くは経過しそうな雰囲気でもあります。つまり……。

「あと三年」は近い!!もう、なってるかも知れない(笑)。

僕らがこれまで見てきた「暁」って、確かに札付きのビンゴブックに載るような最悪の犯罪者の集まりで、決してボランティア集団じゃなくて(笑)、世界征服を目論む少数精鋭の組織と言う触れ込みだったけど、どうも違う。雨隠れの里自体がペインの配下で、これまで水面下に居た…どっちかと言うとこっちが「本体」臭い。

「何の考えも無く、こんなところに、堅気にゃ見えないカッコで、
ノコノコ来るはずないことぐらい分かってる。目的は何だ?」

木の葉強襲の第一印象をアスマは明確に示しています(16巻/115頁)。第一、「暁」は秘密結社(組織)の筈なのに、その装束は目立ち過ぎる。「私が"暁"です。どうぞ、ヨロシク!」じゃないですから(笑)。凄く遠くからでも「暁」と判別できるのって合理的じゃないです。確かに、「暁」と判る事で相手が逃げるなら、無用な交戦は避けられるので意味はあるかと思いますが、忍の世界にあっては希有な状況と考えた方が良いです。事実、アスマや紅も逃げはしなかった。もしかしたら…。

「暁」とは宣伝媒体に過ぎない存在だった!!

尾獣は「禁術兵器」の原材料と明かされています(第374話「神への成長!!」)。「一瞬にして大国さえも潰せる…」と威力を持った「爆弾」を造るのが尾獣集めの目的と言う事です。確かに、その功績は表層に露出した「暁」にはある。尾獣や人柱力を集めるにはそれなりの「力」が必要でした。しかし、僕らが見てきた「暁」はそこまでの存在ではないかと、考えるようになりました。

つまり、漆黒に赤い雲の模様のマントを羽織った「暁」はデコイ(囮)。それぞれの思惑はあったでしょうが、少なくともトビ(マダラ?)は違った。それと温度差はあるにせよ、ペインも違う考えを持って接していたように感じます。それが、デイダラVSサスケの闘いから帰還したトビ(マダラ?)の「機は熟した」に表れているんじゃないかと、僕は疑っているのです。

で、鬼鮫です。

「何ならアナタのノルマも私が半殺しにしちゃいましょうか?」

四尾・熔遁の人柱力を仕留めた鬼鮫がイタチを挑発するとも、気遣うともとれるようにイタチに話し掛けています(39巻/68頁)。「そうはじゃぐな、鬼鮫」と、イタチも強がりますが、今にして思えば、この頃からイタチは生彩を欠くような表情が多かったです。写輪眼もズーッと覚醒状態です。弱っているようにも見えます(そう言う目で見ればですが…汗)。

僕は鬼鮫がイタチを尋問か、探りを入れてるように感じてならないのです。その向こうにはトビ(マダラ?)の存在があります。狡猾で用心深い「黒幕」(?)の存在です。その存在が、イタチ鬼鮫の2マンセルを仕込んでいるのは明白です。つまり、鬼鮫はトビ(マダラ?)の特命を帯びている!!!

鬼鮫はイタチを絶えず見張っている!!

不意に戦死したり、「覚悟」を忘れてサスケや木の葉に寝返ったりしないように、鬼鮫を近くに配置してイタチを絶えず監視させているのではないか?などと疑念を抱いてしまいます。鬼鮫の妄信的なイタチへの甲斐甲斐しさは少なからず違和感を感じて来ましたし、逆に、一方的な片想いにも似たリスペクトであるとも感じたくもあります。

「…冷酷なアナタが今何を考えているのか…それは分かりませんが、
ここからだと泣いているように見えますよ」

サスケの戦死(対デイダラ戦)を知らされた後、激しい雨の中に立ち尽くすイタチの寄り添うように思いやる鬼鮫(第364話「狙いは!!」)。この言葉を穿った目で見るか?優しき心のなせるワザと考えるかは…自由だァ~!!(笑)実際のところ、鬼鮫は未だに解らないです…トビ(マダラ?)の手先か?イタチのマンセーか?(この迷いの根底には鬼鮫が嫌いじゃない…って言うのがあるんだな…)

その答えを、僕はかなり楽しみにしています。

それと、あの団子屋さんで鬼鮫は団子食べてましたよね。お皿に一本しか残ってませんし(普通は二本一皿でしょ)、串が鬼鮫の方を向いてる。鬼鮫が、あの尖った歯でお団子をムシャムシャ食べたんだと思います。結構、甘党?意表を突いてイタチがムシャムシャやったのも好きです…が(笑)。

ところで、鬼鮫はこしあん派?それともつぶあん派?(僕はつぶあん派.^^;)

 
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