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「写輪眼の本当の秘密~Ver.2」

  
イタチはホントに「クソヤロー」なんでしょうか?

今週号のイタチにちょっと退いた人、多いですよね(汗)。これまでイタチを信じ(「暁」なのに?)、ホントは良い人なんだと(ビンゴブックのS級犯罪者なのに?)、疑いませんでしたよね。でも、その気持ちが少し(かなり?)揺らいだ…。あそこまで、イタチが「ハァハァ…」するなんて、誰もが信じられませでしたからね。

でも、これまで見て来たイタチは常に清々しかった…。静かで、凛としてて、礼儀正しかった。だから、逆に今週号のイタチがサスケに種明かしする時の(異常なまでの)「昂り方」に違和感アリアリです(笑)。今までイタチは本性を隠していたのか?それとも、今回のが演技・演出なのか?どっちがホントのイタチなの?

ちょっと不安ですよね。

でもね、でもね…イタチは「うちは虐殺」も「シスイ事件」に関しても、「自分がやりました!」とは一言も言ってないんです。過去の描写をひっくり返して調べましたが、イタチの「うちは虐殺」への直接的な自供(ゲロ)は皆無でした。イタチはその場に居合わせただけで、誰一人、手にかけた描写(フガクやミコトも刀を振るった直前の描写のみです。しかも「月読」による再現でした)は残されていません。イタチが誰かを殺した描写があるならば、指摘してほしいです(ハァハァ…)。

はたまた、「シスイ事件」に関しても、サスケの「兄さんが、シスイさんを殺したのかよォ!?」と言う問いかけに、「そのお陰でこの"眼"を手に入れた」(25巻/149頁)とのみ発言しています。イタチは一言も「シスイを殺した」とは言ってはいません。シスイをイタチが殺すのと、イタチが"万華鏡写輪眼"を開眼させるのは同一線上にはあるけど、同じ事ではありません(←ココ、カカシのケースもあるので重要です)。

僕はイタチの研究家(実は「日本イタチの会」の会員なんです…笑)を自負する一人として、確信してるイタチの行動パターンがあります。

イタチは嘘をつかない!!

イタチの発言は全て「真実」と受け入れて良いと思うんです。試しに、今度、何処かでイタチに偶然、会う事があったら、「アナタは"うちは虐殺"の実行犯ですか?」と尋ねてみて下さい。イタチの返答は「(ガチガチの)鉄板」(100パーセント)、「…………」でしょう(笑)。断じて「オレが殺った」とは言わないと思うんです。何故なら、イタチの発言に「嘘」はないからです。つまり、イタチは殺ってないのです。

イタチさんはやってない!

だから、心配ないですよ。安心して良いですよ。

サスケの前で「ゲハハッ…」(飛段風…笑)となったのは、如何に「うちは一族」が汚れているか?をサスケに伝えただけだと考えてみてはどうでしょうか。「うちは」は汚れた一族だった…そう言う「真実」を、イタチはサスケに伝える必要があったからです。それが決して「無駄」な事ではなかったから、大きな意味がある事だから…イタチは、敢えて告白したのだと思います。

「お前はオレのスペアだ!!」

この言葉も「真実」だと考えましょう(笑)。"万華鏡写輪眼"が存在する以上、次なる覚醒を促す為に、うちはの兄弟には忌むべき関係性があると言う「事実」をサスケに認識させる必要があったからこそ、イタチは雄弁にサスケに伝え切ったのです。意味があるから行った。必要だったからサスケに伝えた…。それが、サスケの「兄」としての責務だから、イタチは粛々と行った…。ただ、それだけの事です。

だから、安心して下さい……。



では、本題に…。"写輪眼"…その深層に潜行してみましょう!!

普通の写輪眼

「元来、うちは一族は万華鏡写輪眼の為に友と殺し合い…
永遠の瞳力を得るために兄弟で殺し合い
そうして力を誇示し続けてきた汚れた一族なのだ!!
そして、その一族の中に生まれ落ちた時からお前も、
この血塗られた運命に巻き込まれている!!」

イタチの言葉に「嘘」はない…と仮定して考察すると見えて来ます。

写輪眼→万華鏡写輪眼の覚醒条件は、「大切な友を殺す」で相違ないと思います(第386話「新たな光…!!」)。"真・万華鏡写輪眼"は「兄弟を殺す」=「目を奪う」事で手に入れられるようです。これが"万華鏡写輪眼"の第一次~二次覚醒条件と考えて良いでしょう。"写輪眼"のより強い「瞳力」を引き出す為に呪われた歴史をうちは一族は歩んで来たのです。哀しい現実です。

「開眼した時からその眼は闇へと向かう
使えば使うほど封印されていく」

これがイタチが提示する"万華鏡写輪眼"の第一次覚醒の問題点です(第385話「万華鏡の秘密…!!」)。大きな「力」(瞳力)を獲得し、ついでに「九尾」をコントロールし、口寄せできる能力も合わせ持つ瞳術…"万華鏡写輪眼"。その代償として「万華鏡はいずれ光を失う」(イタチ)、つまり、「失明」してしまうのです。イタチが居るのは、この境地(段階)と言えます。そして、これを越える境地も同時に示されています。それが、マダラです。

「永遠の瞳力を得るために兄弟で殺し合い」

マダラが苦しむ病床を、心配して覗き込む弟の「眼」を穿(うが)ち、自分の「眼」とする描写がそれです(第386話「新たな光…!!」)。マダラは自分の手で、自分に弟から奪った写輪眼を移植したのです。"万華鏡写輪眼"を開眼した者が、兄弟の"万華鏡写輪眼"を移植する事で、"真・万華鏡写輪眼"は開眼するのです。

同時に、写輪眼は移植可能なデバイスである事に気付きます(非常に素朴な疑問ですが、マダラから抜き出した「眼」を弟に移植…交換したらどうなったんでしょうね…笑)。"写輪眼"の考察を重ねると、どうしてもその考えに辿り着かざるを得ない…と言うか、"写輪眼"ってまるでクナイや忍具のようにやり取りが出来てしまうくらいの「独立性」を感じてしまうのです。

「うちはの血族でないアナタが写輪眼をそこまで使いこなすとは…」

それは「オビト→カカシ」の移植においても実証されています。カカシは「はたけ」と言う姓で、「うちは」の姓との関係性は薄い…と、僕は考えます(姓的考察では山系?…笑)。それは、一族以外でも動作する"写輪眼"の独立性の提示であると受け取っています。つまり、チャクラさえ与えれば取り敢えず動くのが"写輪眼"なのです。ただ、これは「うちは一族」が最も"写輪眼"に最適化されている事にも言及する描写でもある事も見逃せませんが…。

その最たるものが"万華鏡写輪眼"の第二次覚醒…"真・万華鏡写輪眼"の開眼です。

「ただし、瞳のやりとりは一族でしか行えない。
それに、この方法で誰もが新しい力を手に出来るわけではない。
これは、その後の多くの犠牲の歴史の上に築かれた事実…」

うちは一族内部で、マダラの開眼した"万華鏡写輪眼"の研究が盛んに行われていた事実を示す描写です(第386話「新たな光…!!」)。"真・万華鏡写輪眼"の獲得には一族あげて躍起になって研究した事でしょう。「犠牲」とは禁忌(きんき)に触れるような人体実験みたいなものがあったと思われます。

また、「誰もが新しい力を手に出来るわけではない」と言うのは、"万華鏡写輪眼"から"真・万華鏡写輪眼"に覚醒する為には「兄弟間の眼の移植」が必要であることを意味するんだと思います。うちは一族では、"写輪眼"を充分に研究し、運用に関するマニュアル化が進んでいたのです。

だから神無毘橋で、オビトはリンに的確に指示できたのです!!

カカシ外伝の「神無毘橋の戦い」のオビトの行動は写輪眼のうちは一族内部での研究に大きな示唆を含んでいます。そして、この移植手術でのリンの行動にも聊(いささ)かの痼りを感じてしまいます(リンに関しては…ザザザッ…ザザッ…ザッ…電波状況が悪いようなので別の考察にまとめますね…笑)。

「リン…お前の…医療忍術で……オレの写輪眼を…眼軸ごと…
カカシの左目に……移植してくれ………」

瀕死の筈のオビトがヤケに詳細に「移植」の指示をリンに伝達しています(27巻/163頁)。「トビ=オビト仮説」でも、この描写の違和感には触れていますが、まず間違いなく、うちは一族には「写輪眼の移植マニュアル」が存在しています。サスケがそれを知り得なかったのは、伝承される前に「うちは虐殺」があったからだと思います。

でないと、「眼軸ごと」なんて言葉はそもそも出て来ないでしょう。それ以前に、「眼球」を移植しようなんて、普通に言わないでしょう(笑)。オビトと言うか、うちは一族にとっては「眼球の移植」は常識に近い対処だったんです。むしろ、"写輪眼"を無為に失ってしまう状況を積極的に回避するような教え(戒律?)があったんだと思います。

写輪眼が移植可能である事実を踏まえて、イタチがサスケに投げかけた「言葉」の数々に迷路の出口を探してみましょう。

「宿主」(やどぬし)。「スペア」。そして…『器』。

「宿主」とは、何を起点に考えているかと言うと、明らかに"写輪眼"なのです。それを基に「人」と「眼」のどちらが重いかを考えると、明らかに「眼」の方を指し示しています。だから、イタチはサスケを「スペア」と言って仕舞えるのだし、自分自身すら「器」と示す事ができるのです。うちは一族にあって、忍とは"写輪眼"を運ぶ「器」にしか過ぎないのです。これって、DNAと人の関係に酷似している事に注目して下さい。

過去の「写輪眼の考察」でも提示していますが、うちは一族とは"写輪眼"を運ぶ為の「器」であり、それを「人」に成させるのは"写輪眼"なのす。もしかして、"写輪眼"が命じている?開眼条件の不可思議さからしても、"写輪眼"には「意志」が存在する必要があります。それを起点に思いを馳せれば、意思を持つ有機体(タンパク質)="写輪眼"とは「生命」そのもの…であると、僕が考える「根拠」に達します。

しかし、「器」としての「人」にも意志は確実に存在し、サスケにも、イタチにも自分の考えがあるし、それに従い行動しています。これまでの"万華鏡写輪眼"の開眼までの描写では「眼」と「器」(人)の関係性において、「人」が主導しているように感じます。しかし、その背面で「眼」が「人」試し、それに応えるような…契約にも似た、知的な関係をも感じてしまいます。

"写輪眼"と人体(器)には具体的にどんな関係にあるんでしょうか?

弟の眼球を奪い、自分に自分で移植する事で覚醒したマダラの"真・万華鏡写輪眼"の紋様の変化に、僕は注目しています。先ずはそれぞれの万華鏡の紋様の分析から…。

マダラの万華鏡写輪眼

「マダラの万華鏡写輪眼」

マダラの万華鏡写輪眼です。トレースにはイラストレーターと言うソフトを使っていますが、シンメトリな図形を描く時には、パーツを一個作成して、それを原点を中心に回転させたり、線対称で複製したりします。その意味で言うと"写輪眼"は120度のシンメトリな造形と言えます。

マダラの万華鏡は頭に穴があいた巴紋が繋がり回転しているイメージです。大きさの比率としては通常の"写輪眼"の巴紋を繋ぐリーダー罫(破線)の大きさで、内側の瞳孔(?)も各種の万華鏡写輪眼の解析ではほぼ共通する大きさではあります。

万華鏡の示す120度の異相は万華鏡の「三枚の鏡」に上手く符合しますね。非常に美しい貌(かたち)だと思います。自然の中の造形とは兎に角、美しいものです。それは無駄な部分が存在しないからです。永遠とも思える時間の中で研ぎ澄まされた結果なのだと思います。

マダラの弟の万華鏡写輪眼

「マダラの弟の万華鏡写輪眼」

マダラの弟の万華鏡写輪眼も綺麗な120度のシンメトリです。こちらは四角い直線的な紋様が、通常の黒目の外側の黒枠に繋がり逆に瞳孔(?)に相当する部分が"白窓"になっています。マダラの流面的なフォルムと対照的な造形です。発動する術もマダラとマダラの弟では異なるのでしょう。

マダラの万華鏡写輪眼Ver.2

「真・万華鏡写輪眼」(仮称)

そして、マダラが弟から奪った「眼」を自分の眼に移し、開眼した「永遠の万華鏡写輪眼」(第386話「新たな光…!!」)です。トレースのテクニックで言うと、ベースはマダラの万華鏡写輪眼ですが、それにマダラの弟の万華鏡の紋様を同ピン(同じ座標)で合成しています。この紋様も、二人の万華鏡写輪眼の120度のシンメトリは維持され、それが、その半分の60度で異相することで、描写の紋様に綺麗にマッチします。

ちょっと横道…。ついでに、他の"万華鏡写輪眼"もついでに分析してみましょう。

カカシの万華鏡写輪眼

「カカシの万華鏡写輪眼」

カカシの"写輪眼"はオビトの眼球・眼軸を移植してあります。以前、この紋様が左目で、それが「天照」で、イタチも「天照」を使う時にはこの紋様になると仮説ってみたんですが、それ以外の紋様が登場して、"写輪眼"毎の個体差=「個性」みたいな描写があるので、カカシの万華鏡の紋様はオビトの術特性によるものと思います。

カカシの万華鏡開眼の要件は神無毘橋で失ったオビト(カカシにとっての「大切な友」)を自分の責任とする、カカシの実直さ、真面目さが齎したものと思います。しかし、万華鏡の開眼によってカカシが「闇」に向かっている事は皮肉に思えます。カカシには"写輪眼"を所有する兄弟がいないので、どうしようもないですから…。これは致命的と言えます。何とか成らんものでしょうか?(汗)

または、これは別の考察でやろうと思ってるんで、モグモグなっちゃうけど、医療系の技術開発で"写輪眼"の万華鏡領域を覚醒させる方法論の創出があったのかも知れません。大蛇丸の「目薬」じゃないけど(笑)、この時代の高分子科学は想像以上に発達していますので無視できない選択肢でもあります。有機コンピュータ="万華鏡写輪眼"の塩基配列を人為的に再現できるなら、この説は「アリ!」です。

イタチの万華鏡写輪眼

「イタチの万華鏡写輪眼」

この手裏剣型がイタチの"万華鏡写輪眼"なのだと思います。術の強度によって多少形が太ったりしますが、概ね手裏剣型で、今のところ、術毎に変更する描写(シスイ事件直後のいざこざはイタチの紋様の変化の過程だった?)がないので、この紋様で、「月読」「天照」を使い分けているとするのが、今的な万華鏡解釈です。

イタチの"万華鏡写輪眼"は封印=失明間近のようです。イタチが見るサスケの映像がノイズが入ったように乱れていました。それと関係するのか、イタチの余命が幾許もない描写もあり、それが"万華鏡写輪眼"が影響しているのか否かが、これからの展開に大きなウェイトを占める状況になって来ました。

マダラも病床に就き、痛み悶えるような描写がありましたので、"万華鏡写輪眼"が命を蝕むような侵食をする可能性もあると思います。イタチの"写輪眼"が常時覚醒してる事。時たま肩で息をするような描写がある事。やはり、蝕まれていると考えるべきなのか。でもイタチが痛がっていないところが引っ掛かります。イタチが我慢してる線もあってややこしいのです。

マダラは弟の"万華鏡写輪眼"を自分に移植したんですが、それによって元々自分が開眼してた紋様をベースに、弟の"万華鏡写輪眼"の形質をミックスした"万華鏡写輪眼"を覚醒させています。弟の"写輪眼"で、"写輪眼"が完全に独立した存在なら、紋様は弟のそれになる筈です。それがミックスした紋様になった描写が意味深いと思うんです。

描写では「眼」(眼球)を移植したようなので、「眼軸」(「ナル×ジャン」では脳に繋がる"視神経束"と考えています)は自前(マダラのもの)の筈。ここがポイントで、オビトの時も感じたけど、"写輪眼"の要部の多くは「眼軸」にある可能性が大きいです。弟の「眼球」。マダラの「眼軸」。この二つが影響し合って、マダラの"真・万華鏡写輪眼"の紋様を発現したと、僕は考えているのです。

つまり、"真・万華鏡写輪眼"においては、肉体(器)はチャクラを与えるだけの存在(その中でも「うちは一族」の身体は最も最適化されている)ではないか?と考えられると言う事です。"真・万華鏡写輪眼"では、"写輪眼"が「人」の意志を飲み込むような存在に拡張される…と言う考えです。"写輪眼"が「器」を選択するステージこそが、"真・万華鏡写輪眼"の領域…。それが、イタチの言うマダラの「不滅」ではないか?と、僕は考えるに至っています。

マダラは「器」の拘束から解放された存在!?

"真・万華鏡写輪眼"とは、"写輪眼"が宿主の意思すらも取り込んだ、完全に独立した存在に昇華する状態なのだと思うんです。マダラの「不滅」とは、"写輪眼"をコアとして、「器」である人体を乗り換える「転生忍術」なのではないかと、僕は考えています。具体的には"写輪眼"を中心にした情報生命の様な体系と考えています。この考えは大蛇丸が依憑(よりわら)を乗り換える事で命を繋ぐ「不死転生の術」に似ています。身体が何らかの要因で損傷したり、失われても、マダラは"写輪眼"(眼軸を含む)だけ乗り換えれば転生が可能になるのではないでしょうか。

マダラは"写輪眼"の力で「不死」となった!?

トビ(マダラ?)の外見からして、マダラは終末の谷の闘い(対初代戦)で片目を失った可能性を感じます。その痛手をリカバリーする為に選んだ依憑(よりわら)がオビト(の躯)だったんではないかと、僕は考えています(間隔が開き過ぎ…には何かエピソードが欲しいな)。「器」の規制から完全に離脱したとは言え、写輪眼の要部を損傷した為にうちは一族の身体が必要だったんではないかと思うんです。

「九尾が木の葉を襲った事件は、もちろんマダラが起したものだ」

そして、オビトの身体で復活したマダラは「九尾事件」を起こした。しかし、その前に立ちはだかったのが「四代目・火影」のミナトだった。マダラには慢心もあったでしょう。ミナトも不測の強敵であったでしょう。結局、「九尾事件」は失敗に終わってしまった。そこで、マダラがまた傷を負った可能性も感じます。これが、イタチの言う「負け犬」なんだと思います。

では、「うちは虐殺」とは何だったのか?

そんな疑問が生まれます。あれがイタチとマダラの共犯による犯行だったとしても、既に"万華鏡写輪眼"を開眼した二人に同族を皆殺しにするメリットはない筈です。マダラに至っては"真・万華鏡写輪眼"をも開眼してるんですから、望むものは何もない筈。そのマダラが積極的に「うちは一族」を抹殺してしまうにはそれ相応の理由が必要です。

失敗に終わった「九尾事件」はマダラの犯行でした。ミナトの意外な反抗もあったでしょうが、恐らく、この一件で、うちは一族はマダラに従わず、木の葉に与(くみ)し、マダラに逆らったのではないか?と考えています。「九尾事件」で、うちはの"写輪眼"が「九尾」とマダラに抵抗したんじゃないでしょうか?

手裏剣修行で足を(ワザと…笑)挫いたサスケをおんぶして帰る道すがら、イタチは警務隊の前で「うちはも今は少なくなってしまったが…」と、うちは一族の人口が減少傾向にある事を示しています。これは希少な「血継限界」の婚姻の困難な事情があるだけでなく、「九尾事件」での戦死者が多かった…つまり、「九尾」と大いに闘った…と言う含みではないかと思うんです。

結果的に、マダラは「九尾事件」をミナトに阻止されています。神無毘橋から2年。周到に準備した計画が水泡に帰した。ミナトだけでなく、そこに「うちは」の助勢があったとすれば、同族のその行いはマダラにとっては、非情な「裏切り行為」にすら思えたんではないでしょうか。マダラは一族を呪ったのだと思います。

マダラの動機は「怨恨」しかない?!

つまり、「うちは虐殺」とは、マダラの復讐だったのです。自分に逆らい、木の葉崩しである「九尾事件」を台無しにした…うちは一族への復讐だったと、僕は考えます。だから、煎餅屋のおばちゃんに至るまで、うちはの「血」を根絶やしにしたのです。マダラは「うちは」が憎らしかったのです。それに、"真・万華鏡写輪眼"を開眼した自分にとって、うちは一族に魅力を感じなかった…と言うのもあると思います。だから…「うちは虐殺」とはマダラの単独犯行だった?とすら疑っています(黒汗)。

一方、「うちは虐殺」で、イタチ(やマダラ)は、"万華鏡写輪眼"を開眼し得る資格を持つサスケは殺さずに残しました。これはイタチの証言を基にすれば「オレ(イタチ)の為に…」(25巻/145頁)です。イタチは"万華鏡写輪眼"の開眼の為にサスケを残したのです。イタチは「高み」に近付きたいとも考えていました。それも本心だと思います。イタチにとっての高み…それは"真・万華鏡写輪眼"に他なりません。

しかも、「シスイ事件」にもイタチは、関係がある。厳然と存在する事実…なのに…「イタチを信じたい気持ち」に、僕(ら?…「ら」ですよね!友よ!同胞よ!)が支配されてしまうのは、現に今、サスケと闘っているイタチの行動そのものに起因しています。イタチの行動は散々説明した「写輪眼の本当の秘密」「万華鏡写輪眼のもう一つの秘密」を一ケ所だけ満たしていないのです。

サスケは未だ"万華鏡写輪眼"を開眼していない!!

イタチがサスケの眼を奪い、「真・万華鏡写輪眼」を手にするにしても、サスケの万華鏡開眼がなければその前提になり得ない筈です。イタチもサスケの万華鏡開眼の是非を認識していますから、その上で、サスケに時間をかけてツラツラと"写輪眼の秘密"を説き、"万華鏡の秘密"を事細かに教える意味があるとは、僕には思えません。

「サスケェ!!お前はオレにとっての新たな光だ!」

しかも、いくら何でもイタチのあそこまでの悪辣さは如何にも不自然です(第386話「新たな光…!!」)。その上、サスケが万華鏡開眼してないとすれば、必要な要件を満たしてはいません。イタチが説明した事を咀嚼し、それらを「真実」として受け入れるならば、イタチの行いは、めちゃくちゃ「辻褄」が合わないのです。それとも、イタチは未だサスケの万華鏡開眼を疑ってるんでしょうか?

ここはカカシの万華鏡開眼をどう言う風に理解するかに関わる部分なんですが、恐らくは、次の回でサスケが万華鏡開眼しているか否かが判明するでしょう。そこで、サスケの万華鏡開眼がないなら、イタチの善人説が再度、急浮上して来る事になります。そして、その根拠は今、イタチがサスケと闘ってる姿に在る事になるのです。だから、少ないけど、未だ希望は残されているのです。

また、トビ(マダラ?)が言った「機は熟した」は、サスケにとっての「機」なんじゃないかと思うんです。「そう長くない」と言うトビ(マダラ?)の言葉はイタチを軽視してるように思えましたし、終末の谷のマダラの石像の上で黄昏れるトビ(マダラ?)は明らかにサスケの脱皮に期待していましたね。あの黄昏は…あれじゃ、「父」ですよ!!トビ(マダラ?)ってフガク?とすら疑ってしまった程です(笑)。

「オレたちは互いのスペアだ!!」

イタチはサスケを煽るように責め立てながら、そう教えています(第386話「新たな光…!!」)。「お互い」(←ココ、ポイントです)と言う事は、イタチもサスケのスペアになる暗示を含みます。これは「お前はオレのスペアだ!!」に埋没し、秘匿されているかに思えるサブリミナルなメッセージです。サスケがイタチを殺す(眼を奪う)可能性もある!と、イタチ自身がサスケに教えているのです。

もし、イタチが本当に「悪」(ワル=ゲハハッッ!)なら、サスケに一々説明などしないで、さっさとサスケの眼を抉りとって、自分に移植すると思います。イタチが無駄な事に時間をかけるような人じゃない事は、みんな感じてると思います。イタチの行動に一定のパターンがあり、信頼性がある事は周知の通りです。だから、余計に、イタチの崩れっぷりにの違和感が否めないのです。

イタチはサスケに自分の眼を与えようとしている!?

サスケは「大切な友」を殺さなかった。ナルトを殺さなかった。それを、あの森のナルトとの再会で、イタチは確認したんです。そして、今もナルトがサスケを大切に、自分の兄弟のように感じている事を確かめ、安心したのです。イタチに思い残す事はなくなったのです。同時に、イタチはサスケの「正しき選択」に満足した筈です。だから、あの時、イタチの口元は緩んでしまったのです(40巻/124頁)。

代わりに自分が血を流し、サスケに後悔させる事で(兄弟を殺して、万華鏡開眼があるのか?と言う疑問もありますが…)、サスケの万華鏡開眼(=脱皮)を成そうと、イタチは考えているんじゃないでしょうか。そして、同時に自分の"万華鏡写輪眼"をサスケに与え、サスケの"真・万華鏡写輪眼"を覚醒させる腹積もり?!そして、そうさせる為にイタチはことさら、汚れた「うちは一族」の本性を示すかのように、身汚くサスケに接しているのです。その点において、イタチの行動に「嘘」はない…のです。

何にしても、イタチの不自然な昂り方は違和感をバリバリに感じてしまいます。キッシーは今、リボルバーの弾倉に一発ずつ弾を込めるようにイタチに対する「誤解」をセットしていると思うんです。或いは、ジェットコースターが頂点にワザとゆっくり上り詰めるみたいに…感じませんか。そして、その軌道は、サスケの脱皮を促す「儀式」へと、着々と突き進んでいるのです。

そして、この考えの終点にあるのは、サスケのおでこを、イタチが指先で小突(こづ)く…あの「デコトン」です。あの動きは、マダラが弟の眼を穿ったシーンに非常に近しいです。うちはの血塗られた「兄弟」にとって意味のある交わりであるのかも知れません。そこに、回想のコラージュがドバッと挿入されて、例のおんぶの絵が入って……(確実に厚手のタオルが必要です…汗)。

キッシーに…また、泣かされちゃうんだろうな…。

だから…だから…イタチさんは「無実」なんです…。

イタチさんはやってない!


 
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第386話「新たな光…!!」

 
イキナリ、引用から入ります(汗)。

「機は熟した。奴も覚悟は決まっているだろう…そう長くはないからな」

デイダラの最後の大爆発から生還したトビ(マダラ?)がペインに言った言葉です(40巻/77頁)。マダラ(?)の、この言葉を噛みしめながら以降のエピソードを味わって下さい。救いようのない哀しいお話なんで…。悲しみに押し流されないようにして下さいね。自分をしっかり保って…。

イタチさんはやってない!

激しい幻術の応酬が一段落。サスケの成長振りを一通り確かめたイタチは、サスケの質問に積極的に応えます。

「うちはマダラ…万華鏡写輪眼のもう一つに秘密…だと?
九尾を手懐ける瞳力…それ以外にも何かあるってのか?」


見つめ合うイタチとサスケ。
九尾(と思われる)の壁の絵図。

「○」に「狐」。それを取り囲む八つの「渦?」。この「渦?」を九尾の「尻尾」とする考えは違うかも。「渦?」を万華鏡写輪眼のチャクラとすれば、上手く説明できる?んじゃないかと…。確かに、第一巻の扉絵の「九尾」の尻尾とは渦の向きが違います。

静寂。一足一刀の間合い。

「…………」

厳しくイタチを睨み付けるサスケの写輪眼…。

「そうだ…その、もう一つの秘密。それが最も重要な秘密だ」

イタチは万華鏡写輪眼を発動しています。
これまでに見せた紋様。手裏剣紋様。

「重要な秘密…?何だ?」

静かにサスケを見つめるイタチ。
万華鏡写輪眼越しのサスケの姿がノイズが入ったようにボヤける。
視力が低下している?万華鏡写輪眼の侵蝕?

「何だ?答えろ…」(サスケ)

「少し昔話をしてやろう。うちはの歴史にまつわる話だ」(イタチ)

「!?」(サスケ)

一瞬、サスケは異世界に跳ばされます。
万華鏡写輪眼の幻術空間?
何処かの大きな屋敷の廊下?
古い…昔の建物?

サスケは静かなその屋敷の中を彷徨い、中庭のようなところに達します。そこでは二人の忍?が闘っています…。未だ若い。その姿、年頃は、今のイタチとサスケの少し上かな。二人は草鞋(わらじ)を履いているようです。それに、腰の忍具入れが普通の袋で、ポーチじゃない。装備品から推測すると、かなり過去のお話のようです。

「かつてマダラにも兄弟がいた…弟だ」

涙袋の写輪眼。兄?直毛の黒髪。これが、恐らくマダラ。対する(サスケに似てる)やや幼い…弟?撫で髪のおっとりとした感じ。これはマダラの弟?名前は何て言うんだろう。それらしい名前…過去にネットで見かけたけど…忘れました(汗)。タレコミ希望です(笑)。

「幼き頃より二人はお互いの力を高め合い競い合った。
そして二人は写輪眼を開発し、
兄弟の名はいつしか一族の中でも特別なものになっていった。
二人はさらなる瞳力の成長を求め競い合い…兄弟は…」

飛び散る血飛沫?返り血?
忌わしき「行い」の暗示…。

「………」

息を飲むサスケ。この時、サスケの脳裏には「うちは虐殺」での、イタチの「大切な友を殺す」と言う言葉が去来してた筈です。そして、マダラと弟の"悪顔"にパーンする描写は、それを肯定します。マダラと弟の写輪眼の紋様…。通常の写輪眼と違います。これがそれぞれの万華鏡写輪眼なんでしょう。

「ついに万華鏡写輪眼を開眼したのだ」

二人とも見た事ない写輪眼の紋様に…。
マダラと弟は多分、懐中電灯を持って、下から照らしてます(笑)。
めちゃくちゃ"悪顔"です。きっと、二人は「大切な友」を殺した…。
この「眼」を手にする為に。

詳しくは別考察に送りたいんですが、万華鏡写輪眼の紋様のみ、先に紹介しておきます。


マダラの万華鏡写輪眼

マダラの万華鏡写輪眼


マダラの弟の万華鏡写輪眼

マダラの弟の万華鏡写輪眼


詳しくは『写輪眼の本当の秘密~Ver.2』にてアップ(29日13時予定)します。ここで書くと長くなり過ぎてぼやけちゃう(汗)。万華鏡写輪眼……その深層が、ようやく見えて来ました!これはッ!!ホントにホントの写輪眼の「修羅場」です!!僕も修羅場です!!(笑)

工事中でーすッ!!



「それはうちは一族、始まって以来の事だった」

うちはの家紋。一族の創世。

「そして、兄弟はその瞳力をもってうちはを束ね、
兄のマダラはリーダーとなった」

マダラと弟の背後に、同じ家紋の背中が傅(かしず)く忍たち。
うちは一族ほこうして勃興(ぼっこう)して行った……。

「しかし、順調だったマダラの身に、ある異変が生じ始める」

マダラの万華鏡が侵蝕?をうけている。苦しむマダラ…。

「さっき話したな…この眼は特別だと。
使えば使うほど封印され、行き着く先は全くの闇」


マダラの万華鏡写輪眼の紋様の提灯(ちょうちん?)。
闇に沈むように灯りが落ちていく…。

「これが万華鏡写輪眼の末路だ。大きな瞳力を…
力を得る代わりに、その力は自らを閉じ、光を失う」

病床にもがき苦しむマダラ。
心配そうに覗き込む弟?

ここでちっと疑問です…。

マダラの弟は視力を失わなかったんでしょうか?

描写では、苦しんでるのはマダラだけだし。二人とも万華鏡写輪眼は開眼してる筈なのに…。どうも、マダラだけが苦しんでるようです。うちはの中にあって、マダラに譲る形で、マダラの方が高みに居ましたから、二人には力の差があったようです。マダラの方が強かった。その差異が封印の強度や侵蝕速度を別けていると言うことなのでしょうか?


「マダラは光を取り戻すため、あらゆる手を尽くすが、
何一つ効果を得られるものは無かった」

『絶望した』
「そして、万華鏡に取り付かれたマダラは光を求め…」

マダラの手が弟に向かう。小刻みに震えている。
万華鏡の侵蝕は痛みを伴うのか?それとも、躊躇しているのか?でも…。
きっと、マダラは苦しかった…。痛かったんだ…。
マダラは、自分だけ苦しいのが辛かったんだ…。

「許せ…」

マダラの、その指先が心配して覗き込む弟の左目に向かう…。
「ぎゃああああああ!!」と言う悲鳴に驚くサスケ。
サスケの頬に飛び散る血糊。マダラは弟の眼球を穿った?!

降りしきる雨の中。深い森に佇(たたず)む黒マント…。

「自ら弟の両目を奪い取ったのだ」

こちらを向くマントの人陰。マダラ?

「マダラは新たな光を手に入れた。
そして…もう二度とその眼の光は閉じることが無かった」

マダラの万華鏡写輪眼の紋様が変化しています。
先に弟と共に開眼した万華鏡写輪眼と違います。

マダラの万華鏡写輪眼Ver.2

「真・万華鏡写輪眼」(仮称)

この描写(文様の変化)に「万華鏡写輪眼」の深層に迫るヒントがあると思っています。皆さんも考えてみて下さい。

『永遠の万華鏡写輪眼!』

四つ目の般若の面。闘神?鬼神?
<ゴゴゴゴゴゴ>と猛り狂う怒髪…。

「弟の眼は新しい宿主を得ることで永遠の光を手に入れたという…」

マダラが弟の眼を奪い、光を失った自分の眼と交換した…と言うことなのだと、僕は理解しました。ここで「宿主」(やどぬし)と言う言葉が登場しています。ココ、ポイントです(←「全国写輪眼模試」があったら絶対に出る!)その結果、万華鏡写輪眼の封印(侵蝕)が止まった。しかも、永遠(の光)。これは、マダラの「不滅(の男)」と符合します。

「そして、そればかりか変化を起した特有の新しい瞳術がその眼に生まれたのだ」

「特有の瞳術」とはトビ(マダラ?)の戦闘シーンで観られる不可思議な能力なのだと思います。「九尾」に関する能力は先に説明されており、この件(くだり)は「もう一つの秘密」と言う前提で展開されています。だから、「九尾」を操るのは万華鏡写輪眼の標準的な能力だと僕は考えます。

天地橋編で大蛇丸のアジトで、ナルトの中の九尾に接見したサスケが「九尾」を封じ込めたシーンもありますし、写輪眼の後期覚醒(二次覚醒後期)以降の条件や、やチャクラの「質」(禍々しさ)により、写輪眼に「九尾」が呼応するような関係があるのだと思います。

「ただし、瞳のやりとりは一族でしか行えない。
それに、この方法で誰もが新しい力を手に出来るわけではない。
これは、その後の多くの犠牲の歴史の上に築かれた事実…」

これがカカシを除外する条件です。ここも詳しくは「万華鏡」の考察でやりますが、写輪眼の性質に言及する部分と思われます。神無毘橋でオビトが取った行動。それに迅速に反応できたリン。全ては写輪眼の秘密に起因する決定的な描写になり得ます。あの頃から積み上げて来たんだ…。周到と言わざるを得ない。

『それが、この眼のもう一つの秘密だ』

ここまでが、万華鏡写輪眼の深層に迫る事情説明です。

万華鏡写輪眼の開眼条件。「うちは虐殺」でのイタチの発言。それ以降の描写…。全てがリニアに繋がりそうです。今、ここで言えることは、イタチの言葉に「嘘」はない…だろう…と言う事。この描写に、僕は愕然としてしいます。信じたくないけど…イタチ兄さんは……。

でも、何かおかしいです。何かが欠落してる…んです。それは……。イタチさんは違う。イタチさんは本当は…。ここで、冒頭で引用したトビ(マダラ?)の台詞(「機は熟した~」)を思い出して欲しいです。そこに、僕は一縷(いちる)の希望を感じています。だから…敢えて掲げよう!同盟の旗印を!!

イタチさんはやってない!


「マダラはその力を使い、あらゆる忍の一族を次々に束ねていった。
そして、忍最強と謳われていた森の千手一族と手を組み、新たな組織を設立したのだ」

「森の千手一族」が木遁の初代・火影に繋がるのだと思います。だから、初代は「千手」と言う苗字になる筈です。だから、綱手は「千手綱手」?初代の子が女性で、姓が男系なら変わる可能性もあるけど…。そして、「波風」や「うずまき」姓とは別の流れになります。「猿飛」とも違う。「はたけ」も違う。ここは何げに興味深い描写です(笑)。

大きな系統で言うと、山系と海系に大きく別れるかな…と思います。「千手」「猿飛」が山系。「波風」「うずまき」が海系。これは文化圏の違いに言及する要素だと、僕は考えます。それからすると、「うちは」は地域系の系譜ではなく、職業系?これは日本文化の「姓」の傾向を当て嵌めると少数派と言えます(日本文化圏では"職業名"を「姓」にする割合は、"地域"に由来するものに比して少ないです)。

『その組織が、後に木の葉隠れとなる』

マダラが「木の葉創設者の一人」と言う証言がこれに当ると思います。戦乱の果て、一つの大きな勢力を成す忍集団。その先頭に立つ初代とマダラ。背後に控える忍の軍勢。これが、木の葉隠れの発祥のエピソード。

「その後、マダラは千手一族のリーダーであった、
後の初代・火影と里の方針を巡って対立。
その主導権争いに破れはしたが、マダラは今も、
その瞳力と共に在り続けている」

終末の谷の石像。右が初代。左がマダラ。

しかし、この石像は何の為に造られたんでしょう?如何に土遁忍術でサクサクっと造れるにしても、それなりのリスペクトがないと、石像なんて造らない筈ですから…。つまり、マダラもまた慕われていたと言うことだと思います。そして、初代とマダラは盟友であり、親友であった。それは真実だったと思います。

「根」のタンゾウが言ってた「穏健派VSタカ派」の流れが過去からあったのかも知れません。その流れが今もあるとすれば、タンゾウはマダラ派になる?それは「うちは虐殺」がイタチとマダラの共謀の背後に「根」の臭いも感じさせます。自来也が綱手に残した言葉…「根の者には気をつけろ」が、その存在感を強めます。

『新たに"暁"を組織し、その影に姿を隠してな』

「暁」の「雲」の紋様。マダラが「暁」を興した…と言うことです。しかし、何故、マダラは「暁」の影に姿を隠す必要があったんでしょうか?それに、「暁」発足の時期も明示されていません。ここは大きな問題だと思います。流しちゃいけない部分です。

「十六年前―――――
九尾が木の葉を襲った事件は、もちろんマダラが起したものだ。
それも、四代目によって阻止されてしまった」

やはり「九尾事件」はマダラが主犯だった。口寄せしたんですね。そして、四代目はマダラとも闘ったんだろうと思います。しかし、それを三代目も自来也も知り得ません。つまり、「九尾」、或いはマダラとミナトはほぼ"サシ"で闘っている事になる(ほぼ…と言うのは、あの方の存在がある可能性が…実はこれも別の「考察」にまとめ中なので…)。

木の葉草創期に初代・千手と、うちはマダラが衝突したとして、次の大事件が16年前の「九尾事件」と言うのも、間隔が開き過ぎる…と思いませんか?木の葉草創期っていうと60年とか前になる(マダラが今に存在する筈ないくらい前と言う期間)ですから、そこの説明が欲しいところです。

「つまり…今のマダラは負け犬だ…うちはの本当の高みを手にするのは奴じゃない」

「負け犬」と言うイタチの言葉の響きから、終末の谷の一戦で、マダラが酷く損傷したのではないか?と、僕は考えています。マダラは初代に強か打ち臥せられ、身体の大半を失うかしたのではないか?と思うのです。マダラの「不滅」を持ってしても、修復に時間を要した。或いは…ある"条件"が必要だった(黒汗)。

しかも、未だ、マダラも完全に復活してはいない。「本当の高みを手にするのは奴じゃない」と言う事は、マダラが言う「本来の姿」にも符合します。マダラも未だ不完全。それは今のマダラの姿が物語っていると思います。だから、僕はトビ(マダラ?)と、どうしても「?」を付けてしまうのだッ!!

マダラはオビトの身体を使った!!

マダラは初代との闘いで損傷した身体をオビトの身体で補完したんではないか?と、「トビ=オビト仮説」を未だに僕は引き摺っています(汗)(←この根拠も上手く示せる材料が揃いそうです)。そして、その要因を適用できるなら、「暁」の結成時期が特定できるのです。つまり……

「暁」は「神無毘橋の戦い」直後に結成された!?

「暁」を立ち上げたのがマダラ本人とすれば、マダラが万全に行動できる必要があります。それにはオビトの身体が必要だった…とする「トビ=オビト仮説」への帰結が導かれます。そして、ここに協力者がいれば、更に補強される。「神無毘橋の戦い」当時、存命し、バリバリの現役だった人物。それなりの能力がないと……。まさか…大蛇丸……?!。

「あの男、マダラを超え、本当の高みへと近付くのはこのオレだ。
そして今!オレはマダラを超える力をようやく手に出来る!」

「サスケェ!!お前はオレにとっての新たな光だ!」

信じられないくらい悪辣な表情で、イタチが吠えます(汗)。イタチってこんな人だったっけ…(全国、イタチファンの皆様。心中お察し致します。お気を確かに…。まだ…"そう"とは決まったわけではありませんので…)。未だ望みを残していると、僕は思っています。きっと、大丈夫ですよ……ょ…ょ…

「お前はオレのスペアだ!!」

イタチの背後にはマダラが「真・万華鏡写輪眼」(仮称)を開眼した件(くだり)の鬼神と同じものが現れます。ただ、四つ目の内、二つに眼球がありません。ここにサスケの両眼が入ると言う事なのか…。達磨(だるま)みたい。そして、「スペア」…これは「宿主」に呼応します。そして…(黒汗)。

「元来、うちは一族は万華鏡写輪眼の為に友と殺し合い…
永遠の瞳力を得るために兄弟で殺し合い」


鬼神の髪が<ズズズズ…>と伸びます。それがイタチの言葉に呼応するかのようにサスケに纏わり付いていきます。イタチの妙に息んだような喋りが、引っ掛かります。ホントにイタチなの?とすら思ってしまいます。もっとも、それが、イタチを擁護する理由ではないですけどね(誰かが変化しているのではない…と言う考え)。

「そうして力を誇示し続けてきた汚れた一族なのだ!!
そして、その一族の中に生まれ落ちた時からお前も、
この血塗られた運命に巻き込まれている!!」

イタチのこの言葉が「うちは虐殺」で、一方的にサスケに投げかけられた「謎」を…バラバラに散らばった"珠"を"数珠"のように紡いで行きます。それが、サスケの脳裏に兄と過ごした日々を回想させて行きます。

「さあ来い!弟よ!!」

「写輪眼→万華鏡写輪眼」の秘密を、重ね合わせると、イタチにとっての「弟」とは別の意味を帯びさせます。そして、今、イタチから失われよとしている「光」を取り戻す「力」になろうとしているのです。この行いの表層のみを受け取るなら、イタチはとんでもなく利己的な「くそヤロー」と言う事になってしまう(笑)。

でも、一ケ所、欠落してる要件があるんだな…。今から24時間…。アナタは「闇」の中を、出口を探して彷徨い続ける(笑)。ただ、「真実」(真実とは描写のみですから!)にこだわらないで欲しいです。ケルベロスが「何を考えているのか?」を考えてくれれば良いです。火曜日(29日)の13時にアップ(予定)の「考察」で、その答えを示してみます(間に合うかしら…)。

「オレはお前を殺して一族の宿命から解放され本当の変化を手にする!」

「シスイ事件」の直後、父やサスケやうちはの上役たちに意味不明に、何かに憑かれたように語ったあの言葉は、この境地を示していたんだと思います。般若(鬼神)の髪がサスケの写輪眼に迫ります。サスケの身体に絡み付き、その鋭い毛先はサスケの「眼」を窺います。

「制約を抜け己の器から己を解き放つ!」

「お前とオレは唯一無二の兄弟だ。
お前の越えるべき壁として、オレはお前と共に在り続けるさ」

兄との想い出。縁側での語らい。
暖かな兄の言葉。柔らかい日射し。


「オレたちは互いのスペアだ!!」

「お前はこのオレを越えることを望み続けていた。
だからこそ生かしてやる…オレの為に」

「うちは虐殺」のイタチ。
薄ら笑い。歪んだ口許(くちもと)。
許し難い行い。父と母の骸。
流された…夥(おびただ)しい血…。


「それこそが、うちはの兄弟の絆なのだ!!」

激しく振動するサスケ。身体が…、空間が…ブレる。そして、真っ白に…ホワイトアウト。
次の瞬間。サスケの静かな目蓋を降ろした顔にスイッチバック。

静かにマントの前をはだけ、頭に巻かれた包帯を外すサスケ。
そして、荒々しくマントを投げ捨てます。
これが、サスケの無言の「戦線布告」。
本当の決別?!

「どうやら…心の中のオレがちゃんと見えたようだな」

先のサスケの身体が激しくブレて行く様は、イタチの幻術を解く為に、サスケがチャクラを錬り身体に流した描写だったんではないかと思います。イタチはサスケの脳に直接関与してた筈ですから、それをサスケが、それよりも強力なチャクラを錬り込み、幻術を解いたのです。

この場もまた、高度な幻術戦だったと言う事です。しかし、あのままサスケがされるまま反攻しなければ、サスケはイタチに飲み込まれてた。肉弾戦ではないけど、やはり二人は命の奪い合いをしている事を意味します。まるで、精神の強さを競い合うような闘いですね。

「全てはこの為か…」

これはサスケ自身が、自分の今までに対して言っている言葉だと思います。「全て」とは、これまでのサスケの人生を言っているのです。サスケは自分の闘いの「本当の意味」に辿り着いたのです。この闘いの中でも、サスケは成長している…。物凄いスピードで…。

名は、うちはサスケ。
嫌いなものはたくさんあるが、好きなものは別にない。

それから…
夢なんて言葉で終わらす気はないが、野望はある!
一族の復興と、ある男を必ず…殺すことだ。

ここで、『NARUTO-ナルト-』の序盤…カカシ班の自己紹介でサスケが残した言葉が蘇ります。あれから8年。サスケはその道程を振り返っているのです。兄のこの姿を見て、サスケは迷いを断ち切った筈です。これまで、完全に「ゼロ」に成り切れなかったサスケ。今、その"ゲージ"が限り無く「ゼロ」に接近しているのです。

「やっと…たどり着いた」

サスケ!!とうとう、腹を括ったね。
めちゃくちゃ良い「眼」になってるじゃないか!!

『NARUTO-ナルト-』って、主人公の筈のナルトの成長を直接、描く作品じゃなくて、実はその周辺の人たちの人生や成長を描く作風なんですよね。アートの技法で言うと「エッチング」に近いかも。周辺を溶かす事で、狙っている部分を浮き上がらせる…みたいな。回りくどい(失礼!)技法です。だから…時間を要するのです。もう…ドンンだけ続くんだか…(汗)。

頑張れッ!!サスケ!!そして、立派なオトナになるんだぞ!!
 約束通り、明日の13時。約束の場所で…(笑)。口籠った「感想」でスミマセン。
 
  
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『ナルトの巻物』


「ナルトの巻物」

「ナルトの巻物」(仮称)は本編には登場していません。去年の夏に公開された「『NARUTO -ナルト-疾風伝』の映画の告知&記念のポスターでナルトが背負ってる巻物です。週ジャンの付録だったので、週ジャンを買ったものの気付かずに廃棄してしまった人も多いんじゃないでしょうか?何気にカッコ良いんですよ。やんちゃな感じで、楽しいポスターだと思います。

夏休み映画の番宣用のアイテムだったけど、キッシーはそんな事、お構いなしに描いたんじゃないかと思います。僕も映画の本編は観に行ったけど、ポスターの装備や世界観は出てこなかった。これはむしろ、原作のちょっと先の雰囲気をリークしたんじゃないか?キッシーなら、そのくらいの事、しちゃうだろうな…と、僕は考えています。きっと、このポスターはキッシー流のナルトの近い将来の「告知」じゃないでしょうか。サブリミナルなメッセージだと…。

『NARUTO-ナルト-』疾風伝のポスター

僕は部屋のドアにしっかりと貼ってます。

ナルトが第二部のガタイに成長してて(「疾風伝」だからね…)、ちょっと大人っぽくなってるだけじゃなくて…。実は蝦蟇の上に胡座(あぐら)かいて座ってるんだけど、どうも、その蝦蟇が「ガマ吉」らしいんです。中型で、「ガマ忠さん」(仮称/自来也の秘書蝦蟇だったんではないか?と、僕が疑ってる子です…11巻/43頁)と同サイズで、手袋までしてます(手は「印」も結んでる)。あと、キセルを吹かしてますね。

顔は「ガマぶん太」にそっくりの悪顔です。「ガマ吉」は「ガマぶん太」の子ですし、ナルトは自来也のお陰で、蝦蟇一族と一括契約(「ガマ忠さん」が持って来た「大巻物」に血判を捺している)で済みで、「ガマ吉」とも既に契約関係にありますから、やっぱり「ガマ吉」だな…。第一部ではちっちゃな仔ガマだったのに…。ナルトが乗っかったらペシャンコだったでしょうね。そう言えば、「赤丸」も2年半でデカくなって、キバを背中に乗せてたから、動物の成長は早いんですよね。

で、その「ガマ吉」の背中に胡座をかいてるナルトが背中に背負ってるのが「ナルトの巻物」(仮称)です。形状や外観は僕がイラレで描いたイラストを参考にしてもらいたいんですが、かなり特殊な代物です。ナルトはそれを皮のバンドで縛るホルスターに仕舞い、背中に背負っています。背中に斜(はす)に、ちょうど、刀のように背負っているのです。お誂え向きに「柄」(つか)みたいな握りになってます。どうしても、この形状を見ると、この「巻物」を振り回してナルトがやんちゃするシーンを想像してしまうケルベロスです(笑)。

もしかしたら、巻物の芯の部分が「鞘」(さや)の如く、グリップを持って引き抜くような構造なのかも知れません。或いは、「巻物」の部分が解(ほど)けて、何らかの術を発動して、残った芯の部分がそのまま武器として機能する構造とも考えられます。或いは、この「巻物」が「ナルトの鍵」で、「八卦の封印式」を回す為に使うのかな?とも考えられそうですが、「九尾」は早い事、ナルトから出てってもらいたいので、考えない事にしました(笑)。

で、この「巻物」の正体って何なのか考えてみたんですが、やはり自来也が普段、担いでいた「大巻物」の継承品かな…と思うんです。

自来也がペインと闘うシーンの序盤から中盤にかけて、自来也はその「大巻物」を携行していましたが、ペイン(弐)を瓢箪蝦蟇の結界空間に引きずり込んだ辺りでどっかに行っちゃった(汗)。武器や忍具は口寄せの術に似た「召還」が可能な描写が数多くありますんで、この「大巻物」も劣勢に立った自来也が、もしもの時を考えて仕舞ったんじゃないかと、僕は考えています。

つまり、あの「大巻物」はそれほど大切なモノであったのです。恐らくは、妙木山の大ガマ仙人が自来也に与えた「蝦蟇の力」に関係する代物。決して悪しき者には渡してはならない大切な存在だったのです。だから、自来也はいつも大切に携行していたんだと思います。天下の三忍の一人。自来也が見張ってるわけですから、これほど安心な場所はなかったでしょう。

そして、それと同一?(同種?)の「大巻物」をナルトも持つ将来。これが何を意味するかと言うと、妙木山の蝦蟇たちの信託と言いますか、忍界の安定と平和に関与するような立場に、ナルトも将来、就任する暗示ではないかと思うんです。つまり、ナルトは自来也の後継者になるのではないか?と言う「期待」をこのポスターは物語っているんではないかと、そう言う「嬉しい目」でどうしても眺めてしまうのです。

しかも、その「大巻物」が同一品としても、その形状が変化している…。これは一度、巻物が妙木山に差し戻され、そこでナルト向きにアレンジされた可能性を感じます。つまり、妙木山がナルトを受け入れ、ナルトを支援するような体制をとる事を示唆している事になるんじゃないかと言う事です。きっと、そこにナルトが妙木山に赴くエピソードが必要になってくる…。これはもう「願望」です。「期待」です(笑)。

将来、ナルトは自来也みたいなオトナになると思うんです。自来也みたいな…ちょっとエッチだけど、強くて優しくて…イカしたオトナになってくれると思うんです。そして、そんな「期待」を強烈に抱かせてしまう「ナルトの巻物」(仮称)なのです。

 
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「閃光万雷!」&「ナル×ジャン」コラボ待画Ver.3…「暗部のカカシ」

 
カカシの待画はいろいろパターンを変えて錬りました。折角なので紹介させて下さい。

ロゴの配置とか、カカシのトリミングが違ったりします。この待画を配付できる機会を与えて頂いた「閃光万雷!」のWILLIAMさんには、この場を借りまして心より御礼申し上げます。カカシファンにはきっと涙モノ!!僕だって殺られてますから…。待画を落として使う人はWILLIAMさんに感謝して使って下さいね。

暗部のカカシ5

暗部のカカシ2

暗部のカカシ3

暗部のカカシ4

暗部のカカシ6

ダウンロードはPCで画像を選択して「ディスクに保存」で一度自分のハードに落としてから、自分の携帯にPCからメールに添付して送るのが一番簡単だと思います。携帯のみでアクセスしてる人も画像をプレスして「保存」ができれば待ち受けに設定できると思います(実は携帯での保存には成功していないケルケルです…汗…結構な機械音痴?)。

どうしても無理!って人はメッセージで相談して下さい。その時、メルアドを入力して下さい。そのアドに待画を添付してメールを送ります。そのまま待画に設定できますから、メルアドは携帯が良いと思います。メルアドに関しては毎回、破棄しているので、過去にメルアドをくれた人も再度知らせてくれないと送れません(だから、メルアドを僕に教えても大丈夫と言う事なのよ)。

実は、他のキャラもイラストを拝借していまして、続々と作成しています。今日は、待画を作りながら思わず泣いてしまった…。そのくらいキュートなイラストに、僕は既に出会っています。勿論、そこからは「考察」も溢れ出てきます。めちゃくちゃインスパイアされてます。

暫く、皆さんをドキドキさせてしまうかも知れませんよ。期待して下さいね。

あと、業務連絡です。コメントをなかなか開けられなくてスミマセン。叩けばホコリの出る身体なもので、善意で僕に接してくれる人にまで嫌な思いをさせてしまう可能性に、やや臆病になっています。もう少し辛抱して下さいね。僕も皆さんと語り合い、心置きなく萌えたいです!!

いつも心配ばかりかけてスミマセン。生まれてきてスミマセン(笑)。
 
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『暗部のカカシ』

 
暗部のカカシ

「ナル×ジャン」と相互リンクして頂いています「閃光万雷!」のWILLIAMさんのご協力で、「ナル×ジャン&閃光万雷!」コラボ携帯待画の第三弾を作成させて頂きました。サイズは縦340px:横240pxで、ファイル形式はJPEGです。携帯電話の待ち受け画面に使えるように調整してありますので、「閃光万雷!」様の方角に一礼(←コレ、大事ですよっ!本気の"ドライ・マティーニ"をシェイクする時みたいに…)の後、お持ち帰り下さい。

商用での使用(販売)や二次配付は禁止とします。この企画は、個人で楽しむ事を前提としていますので、その主旨をご理解の上、ダウンロードして下さいね。

それと、ロゴの配置やトリミングを変えて数パターンあって、携帯カテに近日中(週末辺り)にアップ致します。そちらも楽しみにしてて下さいね。しかも、他のキャラも来ます!誰とは言えませんが(「サ」の付くあの方も…)、WILLIAMさんの手によるイカした作品ばかりなので、期待して下さいね。続々と…アップして行きますから…考察が間に合うかどうかが問題だ…(汗)。

さて、イラストのカカシ。「暗部」のカカシ……。

めちゃくちゃ!良いですよね!(WILLIAMさんはホントに絵が上手い!凄い才能ですよね!)…僕は一目で殺られました(汗)。イチコロの瞬殺でした(笑)。しかし、何故、カカシの「瞳」はこんなに悲しく訴えるんでしょうか?カカシの暗部時代の、お面の下の「写輪眼」。オビトから貰い受けた「写輪眼」は、そこで何を見ていたんでしょうか?それで…WILLIAMさんのイラストの「カカシ」にインスパイアされた「考察」……『暗部のカカシ』。一気に書き上げました!

カカシの「待画」をダウンロードするついでに、ちょこっと寄ってって下さいな…。




「聞いているか再不斬…
お前は、このオレが写輪眼だけでこの世界を生きてきたと思うか…
オレも元暗部(暗殺戦術特殊部隊)にいた一人だ
オレが昔どんな忍だったか…
次はコピーじゃない…オレ自身の術を披露してやる」

カカシが暗部出身である事をを自ら明かしたシーンです(3巻/196頁)。波の国編で、再不斬と激しい交戦に突入したカカシが「 口寄せ・追牙の術」の巻物をベストの胸のポーチから出しながら、再不斬に凄んでみせました。ナルトが覚醒しそうでヤバい場面でしたね。余談ですが、「 口寄せ・追牙の術」は土遁系のカテゴリーみたいですね。これまで確認されているカカシのチャクラ性質は火遁・水遁・土遁・雷遁と実に多才で、彼の潜在能力の高さを窺(うかが)わせます。

Wikiの記述で、「 口寄せ・追牙の術」がカカシのオリジナル忍術とありますが、これはこの文節を読み違えてるんじゃないかと思います。ここで、カカシは暗部で「どんだけ酷い事」(後述)をしてたかを言ってるのであって、「術」を自慢してるわけじゃない。何より、カカシはオビトが完成させてくれた「千鳥」を大切にしています。その行いが、あの地に残したカカシの想いの深さを物語っているのだとも思います。

だから、カカシのオリジナル忍術は「千鳥」だけなんではないでしょうか。それは、カカシを一番理解しているガイが、その辺を、しつこく熱く語っている描写(後述)が動かぬ証拠だと思います。何より、カカシの律儀さを無視はできないですよ…。カカシの「心」は未だ神無毘橋の洞窟に在ると言って良い。今も泣いてるんです。そして、その頑なさ、正直さ、女々(めめ)しさ(笑)が、僕(ら?)を惹き付けて離さないんです。

「次はコピーじゃない…オレ自身の術を披露してやる」と、ワザワザ言うカカシ。これは間違いなく「千鳥」(雷切)を誇示しているのだと思います(「 口寄せ・追牙の術」じゃない…)。つまり、カカシは暗部に居て、その時、「千鳥」を振るって任務をこなしていたと言う事です。それが、カカシが言った「オレが昔どんな忍だったか…」と言う言葉が臭わせる「闇」に通じているのではないかと思うんです。暗部時代のカカシ…増々、気になりますね。

『暗部』

正式名称「暗殺戦術特殊部隊」の略。"面"で顔を覆い、腕(男は左肩、女は右肩)には"刺青"を彫っており、背中には鍔のない刀を背負っている。火影直轄の組織で上・中・下忍の中の選りすぐりの忍で構成されている。女の暗部のみで構成された女暗部部隊もある。また、暗部の功績などは一切公表されていない(Wiki記述引用)。

僕の大好きな夕顔ちゃんも「暗部」なんですよね(笑)。でも、その職務たるや「暗殺」が専門のご様子。「君みたいに可愛い子が、何でこんな仕事してるの?」なんて言ってる場合じゃないですよ。それこそ殺られちゃう(汗)。でも…夕顔ちゃんに殺られるなら本望?!だから、その前に…ちょっとだけ…(ここからは酷く醜い妄想が始まるので謹んで割愛させて頂きます…笑)。

暗部の標準装備である背中の長刀も"護身"と言うよりは"殺傷能力"を意識してるんでしょう。それこそ、少年少女には見せられないような…スプラッターなお仕事ばかりで、対象がどんな人物であっても、冷酷に任務(暗殺?)を遂行する…。暗部は「面」を着用する決まりみたいですが、それって、"素性"を隠すと同時に"人間性"を滅却する意図があるんじゃないかと、僕は思います。

そして、そこで、カカシも働いてたわけです。ナルトやサクラに接している時の、物腰の柔らかさや暖かさからは想像もできないような「闇」の中にカカシも身を置いていたのですね。WILLIAMさんにお借りしたカカシのイラストを拝見した時、瞬間…そんな冷たく悲しいカカシの「過去」を感じてしまったケルベロスなのです。

でも、カカシって、いつ頃、暗部に所属してたんでしょうか?第一部の単行本をひっくり返して調べましたが、決定的な描写は見当たりませんでした。でも、そこはそれ、<ズズズズッ…>と久々に…(笑)。でも、呪印はもう使わないって…(汗)。成長が止まってしまうから。それじゃ、イタチに勝てないって…カカシと約束したから…(←妄想なんで謹んで割愛させて頂きます…笑)。

カカシの時系列/改訂版

「気を抜くな… あいつは13歳で暗部の分隊長になった男だ」

木の葉強襲でカカシがイタチの"強さ"を示した言葉です(16巻/142頁)。カカシはイタチを絶賛しているとも言えます。「13歳」で「暗部の分隊長」になったイタチを、カカシは高く評価しているのです。きっと、これは非常に希有で困難な事なのでしょう。逆に、カカシがそこまで言う以上は、カカシはその立場には、その歳で達する事は叶わなかった…とも取れます。しかも、カカシが「13歳」での就任に難易度を痛切に感じる背景に、同年代での暗部入りか、内定と言った経緯がカカシにあった事を臭わせている感じがします。それらを踏まえて、カカシの暗部入りが13歳程度ではなかったと、僕は考えるに至っています。

「神無毘橋の戦い」でカカシは「千鳥」を完成させますので、本格的な使用はそれ以降。つまり、上忍になった12歳以降です(ミナトからも卒業して「ピン」で頑張ったて良い筈ですし…)。つまり、「暗部で働いた="千鳥"を使った」ですから、暗部入りは最速で「神無毘橋の戦い」が終結した後と言う事です(カカシの暗部入りを「神無毘橋の戦い」以降と受け入れると、「九尾事件」でのカカシの不在の理由が作れるので良い!と言うのも少しあったりします…笑)。12歳の神無毘橋から少し後で、13歳頃かな…。

ここで、ちょっと余談です…(笑)。

『千鳥!!!』

「しかし、木の葉一の技師…コピー忍者カカシ唯一のオリジナル技
暗殺用のとっておきの技でな…
その極意は突きのスピードと、そして強大なチャクラを生む肉体大活性
膨大なチャクラの突き手への一点集中。
さらには、その突きのスピードがあいまって…
チッチッチッチッと…………
千もの鳥の地鳴きにも似た独特の攻撃音を奏でる
よって、あの技はこう呼ばれる」

この描写のあった頃は、チャクラ性質を取り上げてなかったと思います。火遁や風遁、水遁、土遁と言った系統はやや描写があるんですが、雷遁に関しては皆無です。従って、カカシの「千鳥」も「雷」のチャクラで切れ味が鋭い…とはなってなくて、突きのスピードや肉体活性と言った外見上の要素が提示されるだけですね。勿論、チャクラの優劣関係は全くなし(笑)。

周りの下忍たちにアナウンスしてるのはガイです(笑)(13巻/102頁)。ガイはカカシの「永遠のライバル」で、カカシとの対戦経験も多く、カカシの事を良く知っています。カカシの必殺技を、まるで自分の事のように吹聴してしまうその姿には一欠片の欺瞞もなく、カカシに対する絶大なるリスペクトだけが存在します。

カカシがガイと対戦(勝負)する中で、カカシがガイに向けて「千鳥」を使った事は考え難いです。写輪眼の見切りで突っ込まれ、更に「千鳥」を使われて、如何にガイであっても無事ではいられない筈です。もっとも、暑苦しくむさ苦しい(笑)やや粘着質のガイがどんだけ面倒臭くても、カカシが自分の親友に「千鳥」を振るう筈はないと思います。

「千鳥」は大切な人を守る為に使う!

今のカカシはそれを本心で理解していると思います。その思いがあったから、その「力」をサスケに与えたのです。「千鳥」の伝授はカカシの願望と言うか、大きなメッセージでしたから…。同時に、サスケを守りたい!カカシはそうも考えたんだと思います。そこには「暗部」で任務をこなしていた頃の反省が横たわっていると思うんです。カカシがそこに至る紆余曲折には物凄いドラマがあったろうな…。そして、その臭いが、カカシの「瞳」には漂っている…と、僕には思えてしまうのです。

ここまで、ガイがカカシの「千鳥」を説明できるのは、カカシがガイに「千鳥」を展示して見せている証拠だと思います。きっと、二人っきりの修行場所があって、そこで大岩か何かを、カカシが「千鳥」を使って粉々に砕いたりして見せたのではないでしょうか?それに、ガイがそれに感動して、また暑苦しくなった?それか、「千鳥」の別名の由来になる逸話…。

『………千鳥…つまり、雷切』

「雷切は……
カカシがあの術で雷を斬ったという事実に由来する異名だよ」

サスケが我愛羅の絶対防御を撃ち破り、傷を与えた辺りの描写で(13巻/108頁)、ガイが「雷切」と言う異名を口にしています。何かのお伽話のような伝承のように、ガイは話していますが、これはガイがカカシの展示を受けた自分の体験だったんではないかと…僕は激しく想像しています。恐らく、カカシは、ガイの前でホントに「雷」をぶった斬ってしまったのです。

「その本来の術名が"千鳥"…
極意は人体の限界点ともいえる突き手の速さと
その腕に集約されたチャクラ…
…そして、その腕はまるで…
斬れぬもののない名刀の一振りと化す」

ガイはしつこいくらいに「千鳥」(雷切)の説明を続けます。僕はこの態度に、ガイを襲った不意の自然災害…「落雷」から、カカシがその「雷切」をもって救い出したエピソードを想像してしまいます。つまり、ガイにとってカカシは「命の恩人」なのかも知れないと言う事です(エピソードは示されてませんからね…)。そう言う目で見ると、ガイのカカシに対するリスペクトが、キモイとか、暑苦しい…だけでなくなるから不思議ですね(笑)。カカシなら、サラッとやっちゃいそうな気がしませんか?それに、「雷切」の命名者はガイだった?!なんてのはどうでしょうか。

「正確には千鳥という術だがな…」

サスケは「千鳥」と言う名称に執拗にこだわっていますね(40巻/38頁)。これは、ガイが説明するように、カカシの「千鳥」が一点集中の"突き"に特化された形態であり、その局所を抽出して呼称した「雷切」と、自分が苦労して形態変化のバリエーションを増やした汎用性の高い「千鳥」を混用するデイダラの(無為の)大雑把さが<チクッ>っと、サスケの心に刺さっただけだと思います(笑)。

ガイが感じるようにカカシは偉大で、それをサスケも感じてるのだと思います。だから、(僕の想像に過ぎませんが)大切な友を、勇猛果敢に守ったカカシの「雷切」と「千鳥」は違うのだ!!と、めちゃくちゃ忙しい(笑)闘いの最中(生きるか死ぬかだったけどね…)であっても、エクスキューズ(弁解)をサスケは入れてしまったんじゃないのかな…と思います。

つまり、サスケもカカシをリスペクトしてるんです。ガイほど暑苦しくも、粘着もないけど、サスケはカカシを「尊敬」しています。確かに、サスケの中にカカシは居るのです。そして、その「千鳥」もって、サスケはイタチと闘っています。その姿が、イタチのちょっと<イラッ>とした空気を引き出しているのかも知れません(笑)。

カカシは「神無毘橋の戦い」で、盟友であり、親友のオビトを失い、代わりに"写輪眼"を手にしました。そして、"写輪眼"が齎(もたら)す「見切り」が「千鳥」を完成させました。つまり、「千鳥」はオビトとカカシの合作みたいな術なのです。「木の葉一の技師…コピー忍者カカシ唯一のオリジナル技」とされるのは、恐らく事実で、それはオビトの存在を極めて重く感じるカカシらしい選択だったと、僕は考えています。

カカシの暗部入りの時期については憶測でしかありませんが、再不斬に吐き捨てた「オレが昔どんな忍だったか…」と言うカカシの「闇」に、どうしても、その「オビトの死」を感じてしまいます。だから、「神無毘橋の戦い」~「忍界大戦」の終結…辺りの、13歳~14歳辺りで、カカシが「暗部」に入隊し、凄惨な任務に就いて、血で血を洗うような毎日に身を置き、気を紛らしていたんじゃないか?と僕には思えるのです。「暗部」の「お面」が、カカシには"免罪符"にも思えたかも知れません。

カカシはオビトの「死」を忘れてしまいたかった…。

オビトの「死」を忘れる為に…オビトの「死」よりも、もっと陰惨な場所、もっと凄惨な場面を、カカシは探し求めたんじゃないでしょうか?そこに、たまたま「暗部入り」の内定が来た…。それで、カカシは「地獄」を望んで「暗部」に身を委ねたんではないでしょうか?そして、その中で、「千鳥」を用いて、カカシは多くの人を殺(あや)めた…のでしょう。しかし、「千鳥」を使えば使うほど、自分の中の「オビト」の存在は色濃くなって行く…。そのジレンマに、カカシは悩んだのだと思います。

カカシが「オレが昔どんな忍だったか…」と忌むように思い返す「過去」…その地平には、やはり「死」しかなかったのです。「死」ばかりが積もっていた。そして、どうしたって「人」は「人」だし、決して都合の良い「道具」にはなれるものでもなかったのです。たとえ、「お面」でその顔を覆い隠そうとも……。そして、その虚しさの中で、カカシは波の国の任務で交戦した…再不斬に抱いた「共感」を、感じていたのだと思います。

「ここがナルトの家ねェ……」

カカシはナルトを受け持つ事になるのですが、その前に三代目・火影(猿飛)に随伴されてナルトの部屋を訪れています(1巻/107頁)。これはカカシが入院中(万華鏡写輪眼の反動/我愛羅奪還編)に、五代目・火影(綱手)が暗部からヤマトを召集して、ナルトに見張りを付けた状況と酷似ています。ナルトの「お目付役」に暗部の使い手で、信頼できる人選を、三代目もまた、この時、行っていたのではないでしょうか?つまり、ナルトを受け持つ事になるまで、カカシはバリバリの「暗部」として活動していた暗示ではないか?と考えるわけです。

確かに、三代目の勅命で仕方なく引き受けたが…みたいなけだるさも、カカシにはありましたね。それでも、ナルト、サスケ、サクラの三人と初対面した時のカカシの「瞳」は、言い知れない「冷たさ」を宿していたと思いませんか?それが、カカシの「暗部」の余韻だったのではないかと思うんです。つまり、あの時点で、カカシは未だ、自らが囚われている「闇」からは脱し切れてない部分を残していたんです。

カカシはよく、ナルトを「意外性」と言う言葉で示しますが、ナルトの境遇を、かなり深く知った上で、ナルトの屈託なさを実際に感じると、どうしてもカカシは「理解不能」に陥ってしまうのです。ナルトの底抜けの明るさは、カカシには理解できない事でしょう。ナルトは、カカシにとっては「驚き」そのものなのです。そして、ナルトと一緒に居る事で、過去に縛られ、荒んだ「心」が救われて行く事に…、自分の生きる気概が再生されて行く現実に、カカシは驚きを感ぜずには居られなかったのではないでしょうか。

ナルトとの出会いは、カカシをも大きく変えて行ったのです!

カカシは13歳から25歳辺りまで、「暗部」としてブイブイ言わせていたと、僕は思います。これはかなり長いです。ここで、イタチ(入隊→分隊長昇格)とのニアミスもあったろうし、ヤマトとも出会い、一緒に任務もこなしている筈です。勿論、「お面」を外して通常の任務もこなしていただろうし、ガイと修行(勝負?)をしたり、プライベートでは、こっそりと「イチャイチャシリーズ」を読んだりしてた…(笑)。

そして、ある時は…人知れず、「お面」で顔を隠し、「心」を押し殺し、悲しい任務を粛々と遂行して行った……。そして、そこにあるのはやはり「闇」だけだった事を思い知るのです。だから、カカシの「暗部のお面」の下の"写輪眼"はこんなにも悲しく見えてしまうのです…。まるで、誰かに助けを求めるかのように…憂いを秘めた光を放ち続けてしまうのです。

カカシは…ホントに優し過ぎる人だから……。

 
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第385話「万華鏡の秘密…!!」


長い長いブランクで忘れてる(笑)人もいるかも知れないので…。イタチとサスケの激しい攻防が繰り広げられ、サスケは自分の幻術でイタチを引き付け、玉座にフンズリ返るイタチを背後から玉座越しに「草薙」でブッ刺したところからです。

うちはのアジト。玉座の間。
イタチの背後のサスケ。玉座越しの「草薙」の刺突。
無惨に貫かれるイタチ。

「南賀の神社本堂…
その右奥から七枚目の畳の下に
一族秘密の集会場がある」

暗部の装備(?)のイタチ。木の葉の額当てに「傷」がない。
「うちは虐殺」の回想。サスケ's view…。

「そこに
このうちは一族の瞳術が
本来、何の為に存在するのか…」

まだ幼いサスケ。頬には涙が乾いた痕。受け入れ難い驚き。

「その本当の秘密が
記されている」

冷静なイタチ。淡々と、一方的に提示される「謎」の数々。

「お前が開眼すれば
オレを含め
万華鏡写輪眼を扱う者は
三人になる」

不敵な笑みともとれるイタチの口許(くちもと)。

「そうなれば…
…クク
お前を生かしておく
意味もある」

サスケは何が何だか解らなかったんだと思います。確か、8歳程度の筈ですから。ましてや、大好きな兄であるイタチの狂行(?)。サスケにとっては「悪夢」で終わっていたかも知れません。このイタチの「笑い」がなければ…。

<ギリリ>

サスケの悔しき記憶が蘇ります。現実に引き戻される…。


「オレの質問に答えろ
答えるまでその胸の痛みは続く…」(サスケ)

「…急所は…わざとハズしたか…」(イタチ)

「忍具の考察」でもやったけど、サスケの「草薙」はこんな風に突き刺す攻撃に特化した構造なんですね。サスケは、一撃でトドメを刺さず、僅かに急所をズラしています。余談ですが、サスケが玉座の背後からイタチを貫いたのは、直接、イタチの死を見たくなかったからじゃないかと思います。未だ、サスケは半信半疑のところがあると思うんです。「オレはやってない」とイタチが今にも言うんじゃないかって…。きっと、同じ気持ちの人、居ますよね。

「三人目…もう一人の写輪眼とは……………うちは一族とは誰だ?」

 キター!!(黒文字)

「うちは虐殺」で提示された"写輪眼"の「謎」。万華鏡写輪眼の「三人」の面子(めんつ)です。年明け早々、そんな大ネタにサラッと進んじゃうのねキッシー(笑)。でも、これって、積年の疑問でした。薄らとは解ってる事だけど、ちゃんとした描写がないと次に進めませんからね。いよいよ!!なのかな?(笑)

「何故…そんな事を気にする?」

イタチは、この言葉を発する前に「………」と例の無言の台詞(笑)を挿入しています。目を閉じ一瞬、間を置きました。イタチは常に用心深くサスケに接しています。それは警戒心ではなく、むしろ包容に近い…。イタチは常にサスケを確かめようとしているかのように感じます。そんな、イタチの"思わせ振り"が、僕(ら?)を惑わせてしまう…。きっと、サスケも同じ気持ちだろうな…と思います。

「アンタの次にそいつを殺す…その為だ」(サスケ)

「殺す?」(イタチ)

「一族を皆殺しにしたあのタイミングで
アンタはもう一人の存在を口にした…
アンタが殺さなかったうちは…
そいつはつまり協力者だったって事だ」

僅かに微笑む(?)イタチの口許…。嬉しい…???

「いくらアンタでも警務部隊を一人で殺れるハズがない」

「うちは虐殺」の時点で、イタチ以外の万華鏡写輪眼の開眼者が居た事は容易に想像できたと思います。サスケの考えの鋭さは、イタチが殺さなかった「うちはの存在」と言う"着目点"にあります。サスケを殺さなかった理由が万華鏡写輪眼を開眼し得る可能性にある事。「うちは」を全殺する理由があるにも関わらず、もう一人の開眼者を殺さなかった根拠を的確に言い当てています(僕もこう言う「考察」」をしないとね…汗)。

しかも、「うちは虐殺」の不可能性にもサスケは言及しています。「うちは虐殺」の考察はこれまでも散々重ねてきましたが、イタチの単独犯と考えると、どうしても不可能な犯罪なのです。仕方なく「サソリ主犯説」を仮説ったりしましたが、違いました…(脂汗)。でも、犯人が二人になったとしてもまだまだ困難な犯罪であることは変わりないんですよね。だから、未だ…核心は「闇」の中です。

「…ちゃんと気付いたか」

玉座に座したまま「草薙」に串刺しになったイタチ。何だか、イタチが嬉しそうに見えませんか?背後のサスケを感じるように視線が向かっています。ここまでのサスケの「考察」に、イタチは及第点を与えたと言って良いでしょう。イタチの、この台詞は「賞賛」に近いのです。サスケが前から攻めて来てたら、思わず抱き締めてたかも知れませんね。でも、イタチの事だから、その気持ちすら堪(こら)えてしまうんだろうな。

「誰だ?」

サスケは、尚も追求の手を緩めません。イタチの横顔。サスケの厳しい眼差し。短くはない沈黙。時計の秒針も動くのを躊躇うようなプレッシャー。三人目は、果たして「誰」なんでしょう?息もできないくらいに静かです。思わず、「生唾ゴックン」ですね(笑)。

「うちはマダラだ」

聞き覚えのある、その名にサスケが<ピクッ>っと反応します。万華鏡開眼者のもう一人は「マダラ」でした。僕はトビ(マダラ?)の態度や、終末の谷での初代との激戦の伝聞から、マダラの万華鏡写輪眼の開眼の可能性を否定しました(これはその先の覚醒に繋がる?可能性を残しています→後述)。ま、それは「マダラ=トビ(マダラ?)」が前提にある仮説ではあったんですが、でも、僕的にはトビ(マダラ?)の「?」が更に色濃くなってしまいました(笑)。

サスケの"意識"は天地橋編での大蛇丸のアジトでナルトやサクラに再会しエピソードに跳びます。それは、サスケがナルトの中の「九尾」と、初めて合い見(まみ)えるシーでもありました。禍々しい「九尾」の泡?「九尾」のチャクラ?

「その瞳力と
ワシ以上に禍々しい
チャクラ…」

「今なら見える…これがお前の未知の力だったか…」

天地橋の再会でナルトの中の「九尾」に接見したサスケ(34巻/169頁)。サスケの写輪眼の覚醒はナルトの「八卦の封印式」の向こう側に在る筈の「九尾」に易々と近付き、「九尾」のチャクラを一蹴し、封じ込めました。この行いを"写輪眼"の高度な覚醒と共に、サスケのチャクラの禍々しき「質」にある事を「九尾」が評価していました。

「まさか…お前の中にこんなモノがいたとはな…」

ちょっと、余談ついでに…。サスケはナルトの急激な「力」の覚醒に焦りを覚え、強烈な劣等感を抱いて居ました。それがサスケを大蛇丸と言う漆黒の「闇」に誘(いざな)う結果になったんですが、サスケの"写輪眼"の覚醒がもっと早く成っていれば、サスケは木の葉を捨てる必要はなかったと、ちょっと後悔してしまいます。

カカシなんかはナルトとサスケの両方に繋がっているんですから、その辺を上手く調整してやれば良かったんですが、何故だかそこには気が回っていません。これがカカシの散漫さではあるんですが…カカシも何かと忙しい。それに、人と人が居ると必ず組み合わせの"相性"が生まれます。凸凹(デコボコ)がぴったり来る組み合わせって、そうないんです。こればっかりは仕方ない…か。

そして、それと同質の紆余曲折が「自来也と大蛇丸」との間でもあり、それを「理由」に自来也が「火影」を辞退し続けたと展開したのが、「自来也は何故、『火影』を固辞したのか?」と言う考察なんです。年末でバタバタとしてて、言葉足らずなところもありますが、それを踏まえてもう一度味わっていただけると、より深く伝わるかも知れません。

また、サスケが魅せられた「闇」が大蛇丸であったところに(小憎らしいほどの…笑)キッシーの上手さがあって、ナルトを取り囲むオトナたちの「胸キュン」を誘発してた事を想像すると、僕までやられてしまうわけです。だからあの時、三代目は…、自来也は……と思い付く度に"雷"に撃たれるかのような感動に襲われてしまうのです。だから、もう感電死寸前なのです(笑)。


「かつての
うちはマダラと
同じだな…」

「知るかよ…そんな奴」

「九尾のチャクラ?」を<バン>と吹き飛ばすサスケ(34巻/174頁)。サスケがマダラを知らない…とするのは本当だと思います。「九尾」の言葉を分析すれば、マダラと「九尾」は関係があった。また、「胸騒ぎ」(370話)の自来也の証言を採用するなら、マダラは「九尾の口寄せ」が可能だった事になります。

「木の葉隠れ創設者の一人…万華鏡写輪眼を最初に開眼した男だ」

やや伏せ見がちのイタチ。サスケに教えたくはなかった感じがします。

「創設者…?」と、サスケも突っ込んでいますが(笑)、これは地味ですが、"お初"の条件提示です。これまで、木の葉隠れの里を興したのは「初代・火影」と言う事になってた筈で、マダラは「創設期」の人物だった筈です。巻物蝦蟇(仮称)が「ゲロゲロゲロ!!」(←何でここだけ"蛙語"なんだよッ!)となった、あの件(くだり)です。

「そのマダラならとっくに死んでるハズだ
オレをおちょくってんのか!」

「アホ!うちはマダラは木の葉創設期の人間じゃ!
ほんの十五・六年前に生きとるはずがねーだろうが!」


「胸騒ぎ」(370話)の巻物蝦蟇(仮称)の言葉です。巻物蝦蟇って「ナルトの鍵」だけじゃなくて「謎を紐解く鍵」でもあるんです。「胸騒ぎ」のエピソードは次の単行本(2月4日発売?)に収録されるでしょうから、是非とも購入して吟味して下さい。ここで、"蛙語"まで出して自来也に必死に抗う巻物蝦蟇は、有り体に言うなら「常識」の象徴でしょう。

ちょっと、脇道です…(汗)。

「組織に執着し、一族に執着し、名に執着する…
それは己を制約し己の"器"を決めつける忌むべき事…
そして未だ見ぬ…知らぬモノを恐れ憎しむ…愚かしき事!!

一族などと…ちっぽけなモノに執着するから
本当に大切なモノを見失う…

本当の変化とは規制や制約…
予感や想像の枠に収まりきっていては出来ない」

「シスイ事件」で疑われたイタチがマジ切れしたシーンです(25巻/98頁)。イタチの自宅にうちはの上役たちが押しかけ、イタチを尋問まがいに問いつめた横暴さに、不意に過敏な反応をしてしまったのです。この時の、遠くの一点を見つめるようなイタチの病んだような視線が痛々しくもありました。誰にも理解されない、イタチの内包する「孤独」を、僕は感じました。

同時に、このイタチの不自然とも思える「切れ具合」から、イタチがシスイを殺したのではない事を、僕は確信しました。ホントにイタチがシスイを殺しているなら、こんな風に切れて事を大きくはしない筈です。イタチの一貫した冷静さを重く見るなら、この行動がイタチの「無実」を証明しているのだと思います。だから、イタチはシスイを殺ってない…のです。

イタチさんはやってない!

イタチが「うちは虐殺」の前の「シスイ事件」からズーッと誇示して来た人の愚かさ…「思い込み」。ここにもイタチの行動の不可思議さを探る「鍵」が存在すると思います。イタチはこの期に及んでも、それをサスケに教えようとしている。サスケに本当に理解してもらいたいから、遠巻きに見守るしかないんだけど、苦労している姿が僕の胸の奥底をチクチクと突きます。これって「親心」そのものだから…。

「…マダラは生きている。信じる信じないはお前次第だ」

イタチは急所を僅かに外されているとは言え、致命傷の痛みの中に居る筈。なのにめちゃくちゃ余裕で応対していますね(笑)。膝の上で手を組んで、脚まで組んでます。上体も普通に動かしてそうです。もっと痛がっても良いのにね(笑)。これも常識に縛られない行動?!(笑)

「戯言は止めろ!」

多分、これを"蛙語"の翻訳機にかけたら「ゲロゲロゲロ!!」になるんじゃないか?と思います。このシーンのやり取りは、自来也の結界空間の中での巻物蝦蟇と繰り広げたやり取りの相似形なのです。イタチが責めているのは、サスケの「器」が、一般的な常識の檻に囚われているかのような頑(かたく)なさなんだろうと、僕は考えます。

「…人は誰もが己の知識や認識に
頼り縛られ生きている
それを現実という名で読んでな
しかし、知識や認識とは曖昧なモノだ
その現実は幻かもしれない
人は皆、思い込みの中で生きている
そうは考えられないか?」

非常に遠回しなんですが、これは「アスマ→シカマル」の関係性にその相似形を感じてしまいます。「シカク→シカマル」でも同じなんですけど、人に物事を教えるのは非常に繊細な配慮が必要なのです。どうでも良い事ならまだしも、ホントに大切な事を、真にその人の為になるように理解させるのは非常に難しい。それをイタチは行っているのだと感じます。それが、イタチの醸し出す「もどかしさ」なんです。

「一体何が言いたい?」

サスケの反応にイタチは(心の中で)やや落胆したのか、ちょっときつめの返しをしてしまいます。サスケにこの言葉を言ってしまうとは…。静かですが、イタチも盛り上がってるんでしょう。恐らくはこれが最後の交わりでしょうから…(汗)。

「マダラが死んでるというのはお前の勝手な思い込みだ
かつてお前がオレを優しい兄だと思い込んでいたようにな」

森の中の手裏剣の修行で脚を挫いたサスケを優しくおんぶしてくれた兄。お約束の「デコトン」。クナイの持ち方、投げ方を手取り足取りで教わった嬉しさ。長くイタチに教えてもらいたかったから、サスケはワザと的を外してた…独りで修行してる時はこんなに外すサスケじゃなかったですから(25巻/73頁)。図書館での勉強。暖かな縁側での語らい。兄の優しき微笑み…。

お前が望む様な兄を演じ続けてきたのは…
お前の"器"を確かめる為だ…

それが「うちは虐殺」で一瞬で否定されてしまった。サスケの視線が右下に向かいます。何かを思い出している。それは嫌な想い出。抗う術(すべ)のない、弱く幼き自分の目の前に横たわる自分の父と母の骸。フラッシュバックする兄の冷たき視線。写輪眼…。冷たい影を落としたイタチの表情…。想い出したくない…忌わしき過去。

「あの夜の出来事…幼かったオレには幻にしか思えなかった
酷い幻術の中にいるのだと…そう思いたかった
だがアレは!!まぎれもない現実だった!!」

一瞬、振り向き、千鳥刀を勢い良く繰り出すサスケ!!泣いてるみたい…。

サスケはイタチを今でも信じたいと考えていると、僕は感じています。それがサスケの成長と共に揺らいでいる。サスケの考える力はどうしても「現実」を意識してしまうのだと思います。サスケから全てとも思えるほどの「世界」を一瞬にして奪ったイタチをサスケは許すわけには行かないのです。

それが、サスケにとっての「現実」だから。サスケがイタチにこだわってしまうのは、サスケがこの「現実」に縛られているからだと、僕は考えています。哀しいかな…今では、サスケにとってイタチが全てになってしまった。イタチはサスケに唯一の「繋がり」です。「憎しみ」と言う…。その「不条理」をサスケはリセットしようとしているのかも知れない。それが、サスケがイタチを殺したいと願う理由なのだと思います。

そして、サスケが、これまで蓄積して来た「怒り」や「恨み」が迸(ほとばし)ります。これがサスケの持つ「禍々しさ」です。<バチチ>と、サスケの千鳥刀が背後に放たれます。そして、<ガツ>とイタチを襲う??これは、まるで夢の中の闘いのようです。今まで見てたヴィジョンでは…イタチはサスケの「草薙」に胸を貫かれ、断末魔で玉座に坐っている筈なんですけどね。

<バチチチ>と唸るサスケの雷遁のチャクラ。<グッ>っと掌を絞り込むサスケの動きに呼応するように、千鳥刀が刀の"態(てい)"に変化する事から、サスケは掌の動きで千鳥の形態変化をコントロールしているように感じます。以前、洞窟の中で見せた内部から四方八方に散る「千鳥針千本」(仮称)では掌を勢い良く開いてましたから(40巻/141頁)指の動きでイメージを作ってるのかも知れませんね。

「今のオレの眼は昔と違う!
オレの写輪眼は幻術を見抜く!」(サスケ)

「フッ…相変わらず強気な物言いだな
その言葉…とりあえず受け取っておこう」(イタチ)

サスケが身を潜めた玉座の後ろに階段があり、そこに又、玉座とイタチが在る。万華鏡の中で彷徨うような光景です。「エッ?!」と思ってしまうような…。この現象が上手く説明できない。

「小芝居に付き合うのはこの辺でいいだろう」(サスケ)

サスケが「草薙」で貫いた筈の玉座とイタチが<スウー…>っと消えて行きます。これも幻術の産物だったのです。サスケが千鳥刀でイタチを威嚇し、その後、写輪眼で睨む事でサスケが「草薙」で串刺しにした玉座が消えています。二人の深層で幻術の激しい応酬が繰り広げられているようです。

サスケがどの時点でイタチの幻術に気付いていたのかは不明ですが、「とりあえず受け取っておこう」と言うイタチの言葉は、サスケの無防備さを嗜めているんだと思います。それを受け入れると、その後の「小芝居」と言うサスケの台詞が虚勢に感じられます。サスケの背伸びするような態度に対するイタチの平静さには「格」の高さを感じますね。

また、非常に細かい話ですが、サスケが千鳥刀を仕舞ったあと、新たに出現した玉座の後ろからサスケを見下ろすカット(105頁の上)で、玉座の背もたれを千鳥刀が貫通した痕がありません。サスケの千鳥刀は、確かに玉座には到達していた筈ですが、貫通していないのです。玉座の背もたれの後ろには傷がありません。それが、イタチがこの位置に玉座を置いた理由でしょう。

つまり、イタチはサスケの千鳥刀の間合いを見切っていたのです(デイダラの見切りでは5メートル程度の射程)。そして、その距離において、サスケが洞窟の交戦で見せた劣悪な形態変化である「千鳥針千本」が不可能であろうことを確信していた可能性を感じます。イタチはサスケの危険な術を分析してあったのです。だから、イタチは落ち着き払っていたのだと思います。

イタチがサスケを「うちはのアジト」に召還する前に、サスケの手の内を探る必要を感じ、洞窟で一戦まじえたのではないか?と、僕は考えていました。それは、こんな風に別格の余裕を示す為にイタチが思い巡らしたのだとすれば、イタチも結構、可愛いところがあると思いませんか(笑)。強く偉大な兄を示す必要がイタチにはあるのです。イタチも自分の立場を意識しているのではないでしょうか?

イタチの行動には、ある種の「意図」を感じてしまうのです(黒汗)。

「…だが…サスケ…お前はまだオレと同じ眼を持ってはいないようだな」

「そして、いつかオレと同じ"眼"を持ってオレの前に来い」

イタチのこの言葉は、間違いなく万華鏡写輪眼を意味すると思います。サスケに万華鏡写輪眼を示し、その力で眠らせ立ち去ったシーンをサスケも思い出しています。ご丁寧にも、イタチはサスケに万華鏡写輪眼の開眼条件も明かしています。しかも、サスケは大蛇丸と言う「漆黒の闇」に2年半の修行を過ごしていますから、イタチも多少は警戒している空気を感じます。

「フッ…」

サスケは不敵な態度を示しながら(この時、サスケの"眼"が描かれてないところに注目して下さい。これがキッシーの嫌らしさの真骨頂なのです…笑)。そして、サスケは<ブラブラ>と千鳥を仕舞った左手を揺さぶります。カカシによって与えられ、自らの修行で研ぎ澄ました…「伝家の宝刀」を無言で示しているのです。

(このチャクラ性質は…だが、こんな形態変化は見た事が無い)

大蛇丸をサスケが殺った時(38巻/79頁)、千鳥刀の形態変化は大蛇丸にとって未知の存在でした。サスケの奇襲を受けた大蛇丸はチャクラ性質はサスケのものと充分に理解しましたが、形態変化がそれと結びつきませんでした。だから大蛇丸は、「誰なの?」と、見えない敵を訝(いぶか)しそうに窺ってましたね。

つまり、サスケは大蛇丸に隠れて千鳥の形態変化のバリエーションを増やしていったのです。それは、大蛇丸の打倒を念頭に置いたサスケの「戦略」だとは思いますが、カカシに教わった「千鳥」を大蛇丸に弄られたくはなかったのもあると思います。サスケの中でカカシは特別な存在なんですね(イタチが独走してる状況には変わりないんだけど…ね)。

「ならカカシもいるのか?」

天地橋任務では、カカシはその前の万華鏡写輪眼の影響で欠席(木の葉病院のベットの上)でした。それを知ったサスケは、複雑な心境でしたね。サスケは、ナルトよりも、サクラよりも、カカシに自分の成長した姿を見せたかった筈です。見知らぬヤマトやサイが混ざってたので、やや、やんちゃな行動に出てしまった(汗)。それもサスケの「青さ」ではあるんですが…。

「なら、さっさと万華鏡写輪眼を使ってオレを殺ってみろ!
それとも今のオレでは己の"器"を量りかねるか?」

イタチはサスケの挑発ともとれる仕草に<イラッ>っと来ています。微妙に、サスケの中のカカシの存在も多少臭うところが、それに拍車をかけてると、僕は感じています。イタチは取り澄ましては居ますが、暖かさとか、微妙さとか言った「機微」を持ち合わせています。このカットにも、イタチの微妙な"揺れ"にがあると思います。そして、それがサスケにも、僕(ら?)にもイタチを「信じたいッ!!」と思わせてしまう"原動力"なのかも知れません。

それと、イタチが使う「器」と言う言葉。"写輪眼"は使用者とある意味、独立していて、使用者を試している。やはり、「器」と言う言葉には"写輪眼"を運ぶ「容れ物」と言う響きがあるのではないでしょうか。だから、万華鏡写輪眼でなく千鳥(の左手)をことさらに示すサスケの"不遜さ"(笑)にイタチは苛立つのです。

「大した自信だ…」

静かに立ち上がるイタチ。

二人の闘いを、天井から静かに見守る人影(?)あり。一人2マンセルのゼツでした(笑)。ゼツのツートンの顔が天井に溶け込むように潜んでいるのです。そして、ゼツが俯瞰する広間には玉座の前に立つイタチと、広間に立つサスケ。二人とも微動だにしない。見つめ合う"写輪眼"。これが幻術の闘いと言うモノなのでしょうか。

(二人ともさっきから全然動かないね)(白)

(幻術ヲカケ合ッテイルダケダ)(黒)

今まで、僕らが見て来たのは二人の幻術が生み出した結界内の闘いなのだと思います。それだと鏡の中で彷徨うような理解不能な状況が一応(汗)は飲み込めそうです。幻術の成り立ちは種々あると思いますが、"写輪眼"の生み出す高度な幻術世界では全てが現実にフィードバックされるような高度な術世界が実現されている事と思います。だから、幻術の中の「死」は、現実の「死」と同義…の筈。

サスケは「蛇」を結成する時、ヤケに綿密に描写があって、それがイタチ以外の目的を憶測させたりもしましたが、サスケは第三者から見ると無防備ともとれる、この描写のような高度な幻術戦を予期した周到な編成にこだわったのだと解りました。だから、「うちはのアジト」に向かう途中、鬼鮫の出現を残りの三人に委ねたのです。サスケにとっては想定通りの展開だったと言う事でしょう。

イタチが動きます。羽織った「暁」のマントの合わせ目から白い腕を出し、静かに語り始めます。この仕草はイタチ&鬼鮫の「木の葉強襲」の折、アスマたちに対面した時にも見せていて、イタチの本気を感じさせる仕草です。余談ですが、「木の葉強襲」で見得を切る鬼鮫の傍らで凄みをきかせるイタチの「悪顔」(←必見)には若気の至りすら感じてしまいます(笑)(16巻/113頁)。

「万華鏡写輪眼…この眼は特別…」(イタチ)

「………?」(サスケ)

「開眼した時からその眼は闇へと向かう
使えば使うほど封印されていく」(イタチ)

「どういうことだ?」(サスケ)

「万華鏡はいずれ光を失う」(イタチ)

「お前の視力………どこまで落ちてる?」

以前、イタチとカカシが殺り合った時にカカシの唐突な突っ込みにイタチは大きな"揺れ"を見せました(29巻/75頁)。そして、これが『NARUTO-ナルト-』史上に燦然と輝きを放つ「カカシさん…アナタまさか…」と言う名言を生み出すに至ります(笑)。この後、知れるんですが、カカシも万華鏡写輪眼(?)を開眼していました。「視力の低下=封印」と言う事だったんだ…。

「奴も覚悟は決まっているだろう…そう長くはないからな」

ペインと小南野顔バレのエピソードで(40巻/77頁)、トビ(マダラ?)が言った言葉が気に掛かります。これと万華鏡写輪眼が関係しているとすれば、マダラの開眼が怪しいと僕は考えたのです。その考えが、イタチの清々しさに対するトビ(マダラ?)の下品な振る舞いにマッチしていたのです。でも、万華鏡を開眼したマダラが永きに渡り命を繋いでいるとしたらイタチが余命幾許もないのは別の理由と言う事になります。病気か、それか…呪い?(笑)

それか、万華鏡写輪眼の次なる覚醒に準拠するのか?
ちょっと、先送りさせて下さい…(滝汗)。

つまり、カカシもまた「闇」に向かっているのです。写輪眼の持つ「儚さ」と言うか、「非運な運命」を僕が感じ取った描写なんですが、万華鏡写輪眼を開眼すると言う事が"写輪眼"の本望だとすれば、「器」の存在は不要になると僕が考えるに至った根拠にもなっている部分です。詳しくは年末に書いた『写輪眼の本当の秘密』を読んでもらいたいんですが、全然外れてます(笑)。

僕は予想屋さんではないので、外れているのは余り頓着しないようにしています(汗)。サスケとイタチの最後(?)の闘いが始まった時に、今、ここで上げないと、もうどこでも書けないネタでしたから急いで書き上げて上げたんです。外れるのもまた一興…ほどほどに満足…(脂汗)。でも、また新しい条件の提示がありましたから、これは書かねばと思っています。『写輪眼の本当の秘密~Ver.2』(笑)。一丁、行きますかッ!?(黒汗)

工事中でーすッ!!

<スウー…>っと、イタチの"写輪眼"が更なる異形へと変化していきます。イタチの"写輪眼"の巴紋が成長し、中央の光彩に伸びて行きます。万華鏡写輪眼のデメリットは視力の低下だけに止まりません。めちゃくちゃカッコ悪いです。イタチが万華鏡写輪眼を発動する度に全国のイタチファンの悲鳴が僕には聞こえるようです(笑)。

失明…それが九尾をコントロールする力を得る為の代償か」

僕らの知る「万華鏡写輪眼」も過程に過ぎないと言う事でしょうか?と言うのは、トビ(マダラ?)がマダラだとしても、別に失明してるようではないですよね。仮に、仮面で隠された左目の方が失明しているとすれば筋は通るんですが、それでは左右で覚醒の度合いが違う条件が必要になる(第一、それだと「トビ=オビト仮説」が崩れるじゃないですか!!…笑)。

写輪眼の考察では左目が「天照」で、右目が「月読」と言う仮説も生まれてるけど、どちらかが次のステージに進めるような覚醒があると言う事なのか?と考えています。つまり、万華鏡写輪眼も究極の形態ではないとする仮説です。サスケやイタチの物言いや、これまでの"写輪眼"と「九尾」の関係を考えるとかなり有力に思えます。

「どうやら、この"眼"…初めてではないらしいな
…なら…お前が九尾の妖狐か…」


既に天地橋編で「"写輪眼"を知る尾獣」=「九尾」と言う図式が成立しています(34巻/172頁)。サスケはイタチの残した言葉の通り、うちはの秘密の集会所に向かっています。そして、そこで、残された碑文を読み「そうか…そういう事か…」(25巻/157頁)になったのです。この記憶があって、「九尾」とお初だったサスケが「九尾」を言い当てたのです。

と言う事は、うちはの秘密の集会所にある「写輪眼の本当の秘密」には、その昔、写輪眼の特別な覚醒による瞳術が「九尾」を操った…と言うような故事が書いてあった事になりますね。僕は"写輪眼"が世界を終わらせる選択を下す存在である…と言う旨の文言を予想してたんですが、違うみたいですね(笑)。

「フッ…オレの言った通り集会場の石盤を読んだようだな」

玉座の階段をゆっくりと下りるイタチ。

「マダラ…一体何者だ?」

ゆっくりとイタチはサスケに近付いていきます。

「その眼で九尾を手懐(てなず)けた最初の男」

イタチの写輪眼の変形が続きます。あの手裏剣紋様(月読?)に<スウー…>っと変わる。

「オレの相棒であり師であり不滅の男」

近寄って来るイタチに<キッ>っとなるサスケ。それは、イタチがマダラの名前を口にするのが嫌だったんではないかと思います。それはサスケにとってイタチが全てなのに、イタチの全てが自分に向いていない事を知った苛立ちにも似た感情だと思います。これは言い過ぎ…かも知れませんが、部分的にはサスケの心に作用はしてると思います。

でも、「不滅の男」とか、マダラが永きに渡って時代に関与して来た事と関係してるんだろうな。トビ(マダラ?)の何でもスカしてしまう難攻不落な闘いっぷりも、それに関係してそうです。マダラにはペインも従っている描写があるし、これまでで最強で最悪の敵になってしまいそうな気配がしますね。ま、僕の中でマダラとトビ(マダラ?)がどんな風に一致して行くのかが楽しみな展開ではありますね。

「そして、この万華鏡写輪眼のもう一つの秘密を暴いた唯一の男」

この「もう一つの秘密」が「禁術兵器」とリンクしてるんじゃないかと、かなり前から追っかけてるんです。僕が"写輪眼"に魅入られてからだから、もう何年かん年になります。"写輪眼"は魅力的な考察対象なんです。僕の"写輪眼"考察は突飛で人気がないんですけどね…(笑)。でも、今年は"写輪眼"の「修羅場」がようやく拝めそうですね。楽しみですね。

「それが、うちはマダラだ」

芭蕉扇(ばしょうせん)?を背負うマダラ。額当ては不明。木の葉の上忍ベストらしき装束。恐そうな顔してるけど、黒髪直毛(髪質がイタチやサスケに似てる…)のちょっとしたイケメン(笑)。

しかし、マダラ…アンタ…なんで、右目だけ髪の毛で隠してるの…。変な憶測とか妄想が生まれちゃうじゃないの。左目がおイタをしたんだね。「九尾」を呼んじゃったんだね。それで、今は仮面でそっちだけ隠してるんだね(ハァハァ…)。あくまでも「トビ=オビト仮説」を邪魔しようってんだね…!!(笑)。

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『草薙の剣』

 
サスケの草薙の太刀

「オレの気まぐれでお前は命を落とすんだぜ」

天地橋任務でカカシ班(隊長:ヤマト)が大蛇丸のアジトの一つを突き止め、苦難の末、ナルトはサスケと再会をはたします(34巻/150頁)。この時、瞬身でナルトに詰め寄り、腰に付けた物々しいエモノをサスケはナルトに示します。それが「草薙の剣」でした。白と黒(カラーで見たわけではないので確証はありませんが…)のツートン。超モダンの鍔無し。<スウー…>と、艶かしく鞘から解き放たれる「草薙」は威圧感が大いにありました!

しかし、左利きの筈のサスケが右手で使うように腰のしめ縄の後ろに斜(はす)に差しています。サスケは器用だから、右手も利き手の左と同じように使えるかも知れないけど、より攻撃的な戦略性を重視した頭脳的な装備かと思います。具体的には、サスケの"伝家の宝刀"…「千鳥」(左手)とのコンビネーションを意識した組み合わせだと、僕は考えています。「草薙」で間合いを確かめ、「千鳥」で刺す。サスケの「草薙」は、ボクシングで言うところの「ジャブ」に相当するんじゃないでしょうか。

原画の画像解析で判明したんですが、サスケの「草薙の剣」の縦横比が仕舞われた状態で「8:170」で柄と鞘の比率が「5:12」でした。サスケの「草薙」は、やや幅広のデザインでしたから、鞘の横幅を55mmと見積もれば、仕舞い寸法は約1170mmになります。鞘の長さが約825mm。刀身長はそれをやや下回る数字でしょう。ついでに柄の長さが345mm。結構な長物ですね。

実際には、これにサスケの「瞬身」の速度が加味されますから、サスケの「間合い」は非常に長い事になります。多くはサスケの「間合い」を見誤り、「草薙」の餌食になってしまう事でしょう。武器攻撃ではチャクラを消費しませんから、省エネとも言えます。サスケは単独でイタチに辿り着き、それを打破する悲願がありますから、ある程度の持久力が必要の筈です。サスケは綿密なシミュレーションを繰り返し、今のスタイルに辿り着いたのでしょう。

(草薙の剣の一振りか…)

「木の葉崩し」で三代目と闘った大蛇丸も「草薙の剣」を使っています(14巻/55頁)。三代目が「一振りか…」と言うのは、、複数存在する事を示しています。それは、その時、口寄せされた「猿猴王・猿魔」の台詞からも、かなり有名な「業物」である事を感じさせました。きっと、有名な刀鍛冶が存在していたんじゃないでしょうか。登場人物で「草薙の剣」を使っているのは大蛇丸とサスケだけですから、その刀鍛冶も大蛇丸の管理下に置かれる存在(部下か囚われの身?)なのかも知れません。

「行くぞ猿魔!!」(三代目)

「いくら金剛の体でも草薙の剣は痛てーぜェ…」(猿猴王・猿魔)

「金剛・如意棒」に変化した猿魔が弱音を吐くほど、「草薙」は強敵だったのです(14巻/56頁)。大蛇丸の「草薙」は鍔付きで、日本刀っぽい造りでした。これと同じ物かは不明ですが、このズーッと後のエピソードで、四本目のナルトとガチで殺り合った時も、「草薙の剣」を使っていて、それは刀身がめちゃくちゃ伸びました(100m以上?)。三竦みでも登場していて、両手が使えない大蛇丸は喉から蛇を出して操ってましたっけ。綱手の胸を貫きましたね(ホントだったら死んでるところです…笑)。

大蛇丸の使う「草薙」はちゃんと「反り」のある日本刀のような形で、その形状がサスケの「草薙」と決定的に違います。僕は「刃物好き」で有名なんですが(←自分で、盛んに言い触らしてるだけ)、サスケの「草薙」は異例なくらい真直ぐです。日本刀を初めて見ると、その「反り」の大きさに驚くと思います。しかも、日本刀の切れ味は「反り」にある(日本的な刃物って「引いて切る構造」になってるんです)と言って良いくらい大切なんですが、サスケの「草薙」の形状は異質に思えます。

恐らく、サスケの「草薙」は"斬撃"を重視しない、"突き'に特化した設計なんだと思います。「うちはのアジト」でのイタチとの交戦でも、サスケがイタチを「草薙」で串刺しにして悪顔してましたね(笑)。サスケの「草薙」は"刀"と言うよりは、"鎗"に近い武器かも知れません。それに、サスケには"写輪眼"がありますから、相手のカウンターを未然に回避できる前提があるので、瞬身の速度を無条件に上げる事が可能です。突入速度が高ければ高いほど、回避困難な"刺突"には威力が生まれます。「サスケ+直刀」は非常に利に適っているのです。

また、初手の"刺突"をいなされたとしても、サスケには次の手の「千鳥刀」(千鳥の形態変化)もはありますし、普通に「千鳥」を絡めての"二段突き"も有効と言えます。それに、ちょっとズルいですが(笑)、「草薙」の刀身にチャクラを流して切れ味を上げる手が未だ残されています。トビ(マダラ?)も一度、真っ二つに薙いでるはずなんですよね(39巻/147頁)。そして、その補足事項は、天地教任務の「サスケVSヤマト」の攻防にきっちり残されています(笑)。サスケの「草薙」は、立派な"チャクラ刀"でした。

「オレの草薙の剣は少し特別でな。ガード不可ってヤツだ」(サスケ)

(…体が痺れる。これは…刃に千鳥を流しているのか…?
そうか…それで斬れ味を極端に上げた上に…斬りつけた後も痺れで動きを…)

サクラへの攻撃を庇ったヤマトが代わりに「草薙」の餌食でした(34巻/161頁)。結局、サスケの「草薙」はチャクラ刀で、サスケの「雷遁」を上手く活かした攻撃が可能な特製の武器だったようです。きっと、サスケとの相性を良く吟味して、大蛇丸がサスケに与えた物でしょう。「草薙」が何振りかあるにしても"レアもの"だった筈。もしかしたら、サスケ専用に、あつらえた可能性もある。大蛇丸って面倒見が良くて、ちゃんと弟子に「力」を与える人だったんですね。誤解され易いタイプなんだけど、きちっとした部分を持ってる人なんです。

サスケは大蛇丸の「恩義」を感じるべきだと思います。サスケはナルトの比じゃないくらいに強く逞しく成長を遂げたけど、それって、ほとんどが大蛇丸の援助があったからだと思うんです。それをどう感じられるかが、人としては大きな問題だと思います。僕もそうだったけど、若い時って、「オレが!オレがッ!」ってなっちゃって、周りが見えないのは"普通"だとは思いますが、その時の自分の「青さ」を、後から後悔するものなんです。

たとえ、どんなに輝かしい成功を遂げようとも、心の何処彼処に必ず「後悔」は付き纏います。人の行いとは常に不完全なのです。でも、それを実感できる時は既に遅いものなのです。人は誤り易く、老い易いのです。お礼を言いたい気持ちが芽生えても、その恩人はもう居ない…事がままある。そう言う「空しさ」をオトナは皆、感じて生きているのです。悲しいかな、それが「人」と言うもので、今はサスケに何を言っても通じないとも思います。みんなそうだろうし、僕もそうだったし…。そして、後悔は先に立たない。

逆に(今は死んでいますが…)大蛇丸にも頑張ってもらいたいと、僕は考えています。カブトも勘違いな方向性ではあるけど、一応、頑張ってるし(笑)。サスケの中には大蛇丸の「思念」が取り込まれてるだろうし、トビ(マダラ?)が言う…「サスケが「蛇」から「鷹」に生まれ変わる」(これも厳密にはズレた表現なんだけど…)為には不要な筈です。だから、サスケの"真の覚醒"が大蛇丸復活の切っ掛けになれば良いなと思っています。大蛇丸にはもう一花咲かせてもらいたいな…。世の中の大勢に誤解されたままじゃ死んでも死にきれないでしょうから…(笑)。

サスケが大蛇丸を完全に払拭できるのなら、「呪印」も要らない筈です。何ものかに頼るのではなく、自分自身の「力」に目覚める。それが本当の「強さ」なんだと思います。人が成長を遂げるとは、そう言う事じゃないでしょうか。同様に、鳶(トンビ)は鷹にならないと気付くべきです。現実は、鳶は鳶として生まれ、鷹は鷹として生まれるのです。常に自分は自分なのです。自分が何者かに気付く。そして、自分自身を受け入れる。それが真の"アイデンティティ"なのです。

ヤマトと殺り合った時には、サスケの「草薙」は、その刃を受けたヤマトのクナイの刃を一瞬で真っ二つにして、そのままヤマトの胸を貫きました。そして、刀身に千鳥を流したままにして、ヤマトの動きを封じました。この時、ヤマトを殺してしまう事もできたと思うんですが、サスケは本気じゃなかったんでしょうね。サイとヤマトの「草薙」の捌きを「正解」「不正解」で、サスケは評価してましたが、あれは大蛇丸との修行で自分が言われてた"言葉"だと思います。サスケの"誇示"が自分の成長を、ナルトやサクラに示したかっただけ…と思うと、ちょっと、可愛いですね。

「悪いがもう本気でやるよ…」

"可愛い"で言うと、ヤマトも「負けず嫌い?」と思えてしまいます(34巻/183頁)。ヤマトって、充分に可愛いですよね。それまでだって、ヤマトは気を抜いていたわけではなく、結構な「本気」("マジ"と読む…笑)だったと思いませんか?サスケの「情報」だって、ヤマトは事前に知っていた筈です。その情報をサスケの「成長」が凌駕しただけなんですが、ヤマトが、それにムキになってしまうところが、カカシに従順に従ってしまう人の良さと相まって、ヤマトの魅力になっているんですね。ヤマトもまた、味わい深き人なのです(笑)。

そして、サスケの「草薙」には特筆すべき能力があります。それは…『自動帰還能力』です。デイダラのC2ドラゴンを打破した時に地面に刺して踏み台にした「草薙」をサスケは回収していません。あの時、C2ドラゴンが落下して辺り一面は火の海で、デイダラもサスケも横に飛んで逃げましたから、サスケの「草薙」はあの火の海の中の筈なんです。しかし、デイダラをやっつけた後、民宿「お越」で傷を癒したサスケが、衣装をチェンジして再登場した時にはちゃっかり戻ってました。

サスケの「草薙」は時空間忍術の応用で遠隔地からサスケの元に帰還できるようです。日本刀にまつわる"慣用句"は多いですが、その一つに「元の鞘に収まる」と言うのがあります。きっと、サスケの「草薙」も「鞘」を目指して帰還するのではないかと思います。もっとも、「元の鞘」とは日本刀の「反り」が固有で、一つとして同じモノがないから、専用に誂えた「鞘」にしか刀身が収まらない事に拠るので、サスケの「草薙の剣」の極端な"直刀"にはあまりそぐわないんですけど…ね(笑)。

 
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『飛雷神のクナイ』

  
飛雷神のクナイ

「オレはコレをあげるね。特注クナイだよ」

「神無毘橋の戦い」の冒頭(27巻/74頁)。ミナトはカカシに飛雷神の術のクナイをプレゼントしています。カカシの上忍昇進を祝うプレゼントです。ミナトが指に通した『飛雷神のクナイ』をブラブラさせながら、カカシに手渡す姿は非常にキラキラして、思わず萌えてしまったのを思い出しました。そして、この一風変わったクナイが、このエピソードで大きな伏線になっていたわけですが、カカシは今でもこのクナイを大切に持ってるんじゃないでしょうか。

『飛雷神の術』

使用者:四代目火影。黄色い閃光の異名の所以(ゆえん)。術式の施された場所に神速で移動する。クナイなどの武器に予め術式を施しており、また手を触れたところに術式を残すことも可能。口寄せに似た原理(時空間忍術)の術である。(Wiki記述引用)

飛雷神の術式

神無毘橋の戦いで、カカシが岩のマヒルに殺られそうになった時に、ミナトがカカシを間一髪(カカシは手傷を負ったけどね…笑)救出するんだけど、その時、ついでにミナトはマヒルの足に「飛雷神の術式」を施しています。描写では、軽く触れただけでした。別に筆も持ってなかったし…(笑)。チャクラで判子みたく刻印したのかな。ここら辺の謎解きは将来、ナルトが「飛雷神の術」を修行する時になされると良いなと思います。

形状に関しては少々違いますが、「飛雷神の術式」はクナイのグリップの「術式」と同じ文言…「忍(*)符(*)」(*;不明←漢字をあまり知らない…誤字が多いのはその為だったりします…汗)だと思います。それと、マヒルの足に刻印された術式は<ズズズッ>と、成長するかのように浮き出てきた描写がありましたね。

そして、「飛雷神の術」をナルトに教えるのは、もうカカシでしょう。カカシは「螺旋丸」すら、ちゃっかりコピーしてたんだし、「飛雷神の術」も抜かりなく盗んでるはずです(笑)。なんと言っても、カカシは1000の術をコピーした男ですから!中忍試験の時も、下忍同士の闘いであっても写輪眼で観察し、もしかしたらコピーしてたかも知れない描写もしっかり残っているほど、カカシは貪欲だったんです。

一口に1000もの術をコピーすると言っても、10年で年間100個。15年でも年間67個のコピーが必要になります。コピーする為には、対象となる忍者を見つけないといけないし、だとしたら交戦に入る状況も多々あっただろうし…通常の任務やら、何やらで、カカシも忙しかったろうから、そりゃもう暇さえあればシコシコと…コピーしてた筈です。でも、写輪眼って便利ですね。全ての術を手に入れようとした大蛇丸が欲しがる筈だわ。

12歳と言う若さで上忍に昇格したカカシはややもすると鼻が高かった(勿論、カカシは有能で、それに値する能力もあったんですけどね)。病的に「忍の掟」に固執するカカシの生真面目過ぎる性格にも、ミナトは危惧を抱いていました。特に、「忍界大戦」のクライマックスとも言える「神無毘橋の戦い」では敵の勢力の奥深くに潜り込む必要があり、死と隣り合わせの状況。賢いミナトは未だ青いカカシにかけた情け。それが「飛雷神のクナイ」だったと言えます。

今にして思えば、この「飛雷神のクナイ」はミナトの「愛情」そのものでありました。どこに居ても「大切な人」は守る!!ミナトの静かですが、強い「決意」を感じます。カカシはこの「飛雷神のクナイ」を見る度に、強く優しい恩師と、若く至らなかった自分を同時に思い返している事でしょう。だから、これもシカマルにとっての『飛燕』が如く大切なモノであり、カカシにこそ持っていて欲しい大切な「遺品」であるとも思えます。

でも、戦ってる相手が相手だし、ここは気持ちを大きく持って、ナルトに引き継いでもらっても良いかな…なんて思ったりしてしまいます(別にカカシの身に重大な事が起こるなんて想像もしてないし、したくないですけどね…汗)。だから、火影の執務室で、カカシが<スッ>とポケットから出して、ナルトに見せたモノが「飛雷神のクナイ」だったら良いなと思ってしまうのです。

「このクナイの術式はオレが時空間忍術で飛び回るための目印なんだよ…」

ミナトの言うように(27巻/182頁)、このクナイは「飛雷神の術」の目標でした。グリップ(柄)の部分にナンタラカンタラと「術式」?が書き込まれています。柄の部分は碍子(がいし)みたいな感じで太いです。グリップは太い方が力が入るし、刃先の形からも"鍔迫り合い"にも使う用途も考えられますから、利に適った形だと思います。僕は変な形とは思いません。個性があって良いですよね。「刃物好き」の僕としては"喉から手"が出るほど欲しい逸品でもあります。

また、グリップ(柄)の部分は恐らくチャクラを貯えられるような構造にもなっていたんじゃないかと思います。これは術式を機能させるためで、ミナト(術者)のチャクラが残存している状態ではじめて「目印」になり得たと考えます。チャクラ刀の使用者がそれ程、多くない事から察して、チャクラ刀の材質は希少金属なんだと思います。だから、お大尽な使い方はできなかった筈です。だから、「飛雷神のクナイ」の刃はチャクラ刀ではないかも知れません。

以前、拍手のコメントで「飛雷神のクナイ」の使用回数に関する鋭い指摘がありましたが、僕は上記の考え方で、術者がチャクラを与えて、それが減衰し切るまでの期間において、術の使用が可能なんではないかと考えます。リチャージブルバッテリー(充電池)の様な形式で再利用が可能と言う考え方です。

「これから"木の葉の黄色い閃光"の戦いが見れるぜ…一瞬だ…見逃すなよ」

「飛雷神の術」自体、広域を一瞬で支配する戦略性を帯びた術であり(27巻/131頁)、その為に「飛雷神のクナイ」を大量に必要とします。「神無毘橋の戦い」では、窮地に立った木の葉の勢力をミナト(木ノ葉の黄色い閃光)が救援に出張るんですが、その時は地面に有りっ丈の「飛雷神のクナイ」を並べる描写がありました。一斉に、それを敵の勢力の中に投げ込んで、ミナトが「飛雷神の術」で敵を掃討したようです。

「忍具」としての、入手性やコストパフォーマンス(対費用効果)を考えれば、クリップの太い部分がチャクラを貯蔵できる触媒みたいなモノが搭載されて、それはチャクラ刀の材質のような刃になり得るような希少金属?でなくても良かった…と考えれば、「飛雷神のクナイ」の構造は、個人的にはしっくり来ます。第一、クナイなんて、(お大尽に)バンバン投げる筈ですから、そんなに高価なモノは使えませんよね(用が済んだら時空間忍術でセルフで帰還すると言うアイデアもあるか…)。

「少し重くていびつだけど、慣れると使い易いよ」

ミナトの「上忍祝いのプレゼントがクナイなんて、ゴメンね…」みたいな気持ちがチラリ…(笑)(27巻/74頁)。ミナトのハニカミに胸キュンでした(ズキュンッ)。そして、この行動の奥にミナトの深慮遠謀が横たわっていて、その「大きな愛」にカカシが守られていた種明かしで、ミナトにメロメロ(目がハートマーク)になってしまった人も多いんじゃないでしょうか(笑)。

確かに、普通のクナイと比べると、刃が刺のように張り出してて、シンプルじゃないですが、きっと、このヒゲ(刺?)が飛行機の主翼の役割を成して飛距離を稼ぐ構造なんじゃないかと思います。しかも、飛び出したヒゲも刃になっているから、刺さり易い。これには目標に確実に刺さる確率を上げる意図を感じます。ミナトは術式を目印に飛び回る筈ですから、このクナイが対象にガッツリと刺さっている必要があるんだと思います。

「飛雷神の術」には妙木山が関与してる?!

ふと、思ったんですが、刃先の形は「蝦蟇の掌」に似てる…。ちょうど、蛙の水掻きみたいに僕には見えてしまいます。もしかしたら、「飛雷神の術」は妙木山の大ガマ仙人とかの助言で、ミナトが思い付いた…とか、蝦蟇の時空間忍術をミナトがパク、おっと(汗)、参考にアレンジしたとか…どこかで蝦蟇チャンが絡んでたりしたら良いなと…。自来也も「オエオエ君」(仮称)を使ってましたしね。大きいガタイの自来也が、蝦蟇の窮屈な食道で苦労してる自来也を見て、ミナトっぽいスマートなスタイルの術を考案したのかも知れませんね(笑)。

「九尾事件」でミナトが蝦蟇(忍のマークが胸にある?)に乗って闘ってる伝承も残されているし、長門が死んだ(とされる)教訓を活かし、妙木山の蝦蟇たちが、ミナトを守護していたとすれば、ミナトに何らかの助言を与えた可能性を感じてしまうんです。だから、自来也も大ガマ仙人や二大仙人と話し合い、ミナトを妙木山に招待したりして、面通しくらいはしてると思うんです。妙木山の蝦蟇たちも、ミナトみたいな可愛くて綺麗な青年(美少年?…ハァハァ…)が来たらそりゃもう盛大に歓迎したんじゃないでしょうか。

非常に余談ですが(汗)、去年の夏公開された『NARUTO -ナルト-』疾風伝の映画の記念ポスター(B2程度の結構大きい立派な作品で、「蝦蟇忠さん(仮称)」程度の大きさの蝦蟇の背中にナルトが乗っている絵です)が、その頃の「週ジャン」に付録で付いていて、今も僕の部屋の壁にしっかりと貼られています。他に誰か持ってる人居ませんか?めちゃくちゃカッコ良いですよね。付録だから、折り目がついててアレなんですけど、製品版(巻き)で発売されてたら是非とも欲しいです。

蝦蟇の背中のナルトは大きな巻物(これも特殊な形状で分析中です。近々、「忍具の考察」にアップできると思います)を背中に背負っています。詳しい話は考察に送りたいんですが、妙木山の蝦蟇の息の係(かか)った巻物とは思います。自来也も大きいのをいつも携帯していましたね。きっとアレのナルト版だと、僕は想像しています。自来也のとは外観がかなり違うんだな…。特に"芯"の部分とか…。ここで読んでてもイメージし難いでしょうから、続きは考察で。

「ガマ吉ィ~油だーッ!!」(自来也の蝦蟇油炎弾風)

そして、そのポスターでナルトが乗っている蝦蟇が、成長した「ガマ吉」ではないかと、僕は考えています。顔がガマぶん太(親子関係)にそっくりだし、幼き日のガマ吉の面影もあります。手袋をしてて、ドスなんかも使いそうな気配です。赤丸(キバの忍犬)がそうだったように、第一部から第二部の間の2年半で、ガマ吉もナルトを乗せられるくらい大きく成長したんじゃないかと、ワクワクしながら、次のナルトの「口寄せの術」を待っているところです。

ミナトと妙木山が関係していた過去のエピソードがあるなら、ナルトが「予言の子」と知れた今、ナルトもまた、妙木山に召還されるビジョンが現実味を帯びます。他の考察でも書いたけど、ナルトには是非とも妙木山に行ってもらいたいんです。そこで、成長した「ガマ吉」と暗くなるまで一緒に修行させてあげたいんです。クタクタになって、お腹ペコペコになって、身体もドロドロになって帰ったら、灯(あか)りが灯(とも)ってて、ご飯が用意してあって、温かなお風呂が沸いてる。そんな暮らしをナルトに経験させてあげたいんです。

或いは「飛雷神の術」がカカシの写輪眼を持ってしてもコピーできない術であると言う想定もあり得るでしょう。つまり、「血継限界」…ミナトが何らかの「血継限界」の系譜にあったとする妄想です。ナルトは「九尾」を宿した特殊な状態ですから、例えば「八卦の封印式」の副作用で「血継限界」が顕現しないような状況にあって、それが、この先の展開(僕は将来的には「九尾」はナルトから抜かれる必要があると考えています)で動くような事になれば、それはそれで良いな…と思っています。

ついでなんで、「八卦の封印式」に関しては、ナルトへの「九尾」の封印も含めて、極めて特殊な事例である事に着目して、現在、鋭意考察中です。ミナトは「九尾の陰のチャクラ」をナルトに封印したとあり、それと、木の葉崩しで三代目が見せた「封印術・屍鬼封尽」との差異をもう一度検証してみます。ミナトの魂の在処(ありか)。そして、クシナの消息。「九尾事件」の闇に光を当てる事は果たしてできるでしょうか?!(これは書けるかどうかが不安だ…汗)

工事中でーすッ!!

でも、「飛雷神・血継限界説」は修得が非常に困難とも思える「飛雷神の術」であっても、「血」が何とかしてくれる事になりますから(ちょっとズルい話ですが…)、ミナトの実子であるナルトなら、術の修得はかなり容易になる?って言うか、突然、できちゃう!ようになる?それで、絶体絶命のピンチをしのぐなんて展開も好みです。

しかし、ナルトの「天然さ」を考え合わせると、たとえ「血継限界」であろうと、ナルトが単独で「飛雷神の術」に気付けるほど器用でないように思えますね。ここは、やはり、カカシ(か、妙木山の蝦蟇たち)が手取り足取りで世話して、ナルトを導いて行く事になるのかな…なれば良いな…と考えてしまう…甘えん坊のケルベロスです(笑)。


 
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大蛇丸はアンコに何を教えたのか?


忍者登録番号 011226
誕生日 10月24日(24歳・さそり座)
身長 167cm 体重 45.8kg 血液型 A型

アカデミー卒業年齢 10歳
中忍昇格年齢 12歳

先ずはアンコの個人情報から。これは、『NARUTO-ナルト-』キャラクターオフィシャルデータBOOK『臨の書』より引用しました。この本って一部終了の前に出てる筈だから、アンコの歳が一部終了で考えると25歳かと思います。ナルトの誕生日が10月10日で、一部終了時、13歳だから、アンコも誕生日が近いので、取り敢えず、アンコも25歳と考える事にしますね(ま、24歳だろうが、25歳だろうが、大勢には影響ないですけどね…笑)。と言う事で、アンコと大蛇丸の時系列は年表にすると以下のようになります。

大蛇丸とアンコの時系列

アカデミー卒業が10歳ですから、大蛇丸への弟子入りはそれ以降と考えるのが妥当かと思います。これは通例なので、大蛇丸は特別…と言うのもアリですが、三代目の「走馬灯」(14巻/94頁)の二人の姿(大蛇丸が綺麗…ポッ…汗…アンコが結構、しっかりしてそう…ミナトたちと比べると幼くない)で、描写的にはアンコの個人情報(臨の書)と一応、符合します。

アンコが大蛇丸の弟子だと分かったのが、ナルトたちの中忍試験の「死の森」での描写でした。中忍試験の受験者の残殺死体が見付かり、大蛇丸の潜入が発覚します。アンコは大蛇丸の居場所を探し求め、「死の森」を疾走するシーンです(6巻/92頁)。この時、アンコは当ても無く死の森を彷徨っているでもなく、大蛇丸に一直線に向かうような感じでした。

何かに急き立てられるように大蛇丸に向かうアンコ…。

(もう、夕刻だわ!!早く見つけないと…!!
完全に暗闇になれば、こっちがますます不利になる…!!
しかし……いったい今ごろ、なぜアイツが…目的は、何…!)

この時のアンコの焦り具合には、着る物が決まらなくて、待ち合わせの時間に遅れそうになった女の子みたいな、落ち着かない感じがします。でも、アンコと大蛇丸の出会いは、二人の時系列から考えて、齢(よわい)10歳そこそこの女の子(子供ですよ!犯罪ですよ!ハァハァ…)と、方や30歳半ばのオッサン(笑)ですよ。それが、今、こうしてぶつかろうとしている。アンコをこんな風にしてしまう理由があったのでしょうか?大蛇丸はアンコに、一体、何を教えていたんでしょうか?(笑)

(…まぁ…いいわ。この里に来たのなら、
今日、ここでケジメをつける!
アナタはもう…手配書レベルSの超危険人物…
ここで私が命に代えても仕止めなきゃ………
たとえそれがかなわなくとも…
…とにかく暗部が来るまで―――
足止めだけでもしておく…)

アンコの覚悟…なんですが、これに似たモノを他の描写で見たな…と、思いました(実際はこの描写のかなり後なんですが、コミック反芻派なんで…)。同じ中忍試験のエピソードで、サスケの呪印を「封邪法印」で抑え込む作業をしているカカシの前に大蛇丸が現れたシーンです。あの…雛鳥を守るために。大蛇(だいじゃ)を前に両翼広げ踏ん張る親鳥みたいに(笑)頑張るカカシの名場面です。

「いくらあんたが、あの三忍の一人でも………
今のオレならアンタと刺し違えることくらいは出来るぞ……!」

雷切を大蛇丸に誇示するカカシ(8巻/127頁)。この時、カカシはサスケを守ろうとして立ち塞がるのですが、左目の"写輪眼"は額当ての下に隠したままです。本気のカカシはまず"写輪眼"を誇示するんですが、とうとう大蛇丸の前では"写輪眼"を出しませんでした。再不斬と殺リ合った時には、まず最初に出しましたよね…"写輪眼"。

カカシは本気じゃ無かった!!

つまり、カカシも、その気持ち的にはアンコと同じだったのです。カカシは虚勢を張ってたんです。如何にカカシが強くなっても、端っから勝てるなんて思える相手じゃないんですよ…大蛇丸って。自来也の本気の闘いっぷりを存分に観させてもらったので、「三忍」が如何に凄いかが刷り込まれた…今だから、判る気持ちです。アンコも「仕止める…」とか「足止めだけでも…」とか言ってますが、本心はどうだか…です(って言うか、完璧、強がりだった!)。

(それがアナタから全てを教わった…アナタの部下だった…)
「私の役目よね。大蛇丸」

アンコは大蛇丸の気配に立ち止まります。アンコは大蛇丸の位置を的確に把握する術(すべ)があるようですね(後述)。しかし、恐縮ですが、笑ってしまうのは、自分が大蛇丸にとって如何にも「大きな存在」である事を前提にした語調です。これには、アンコの尋常じゃ無い「思い込み」を感じてしまいます。希望?願望?…もっと言うと、「好きです!」と告ってる感じすらしませんか?(汗)「全てを教わった」とか言っちゃうから、僕も黒くならざるを得ないんだけど(笑)、アンコのこの息み方は逆に可愛らしく感じませんか。

「無理よ」

大蛇丸は即座にアンコのセリフに被せます(6巻/94頁)。この後、もう一度出て来るこれに似たやり取りがあるんですが、はっきり言って、大蛇丸はアンコを相手にはしていません。それは、アンコが弱いと言う理由では無く、アンコに殺意が無い事に拠ると、僕は考えます。大蛇丸はアンコを完璧に掌握していますね。

一瞬、大蛇丸とアンコの交戦が開始します。

(逃がさない…"潜影蛇手"!!)

小型のクナイを仕込んだ手に大蛇丸の舌が襲い、機先を制されたアンコですが、潜影蛇手で大蛇丸の舌を絡めとり樹に化けた大蛇丸を引きずり出します。そのままアンコに体当たりを食らわす大蛇丸。勢いで樹の幹に強(したた)か打ちつけられるアンコ。アンコはクナイを逆手に持ち、左手で押さえた大蛇丸の掌を、自分の手の甲越しにクナイで串刺しにします。

「へっ!つかまえた。大蛇丸。アンタの左手、借りるわよ」

残された大蛇丸の左手と自分の右手の掌を合わせ「印」を結ばせます。「そ…その印は……!」と、大蛇丸が言っていますが(一応、驚いてみせるような口振りです…)、アンコのしようとしている事は大蛇丸も認識しています。忍術の「印」は特殊な場合(「白」は片手の「印」を使用しました)を除いて両手が必要です。

「そう…アナタは私もここで死ぬのよ」

この場合、アンコは大蛇丸の左手を使う事で、大蛇丸の動きを封じつつ、術を発動しようと考えているのです。もしかしたら、大蛇丸のチャクラすら利用しているのかも知れません。「アナタも…」ですから、自爆に近い術なんでしょう。アンコは何やら決死の形相です(笑)。

(忍法・双蛇相殺の…)

アンコが、その決死の術を発動しようとした瞬間。「フフ…自殺するつもり?」と、またもや大蛇丸の台詞が即座に被さり、アンコは慌てて、術の発動を思い止まります(吹き出しの描き方が「無理よ」と同じ形式です…笑)。声のする方にアンコが振り返ると、そこには余裕綽々の大蛇丸がフンズリ返って居ました(笑)。

「影分身よ…」

大蛇丸はアンコを殺して仕舞いたく無かったんだと思います。どうでも良いんだったら、自分の影分身と自爆させて居た筈ですから。大蛇丸はそう言う人なんです。この行動は二人の関係性を考察する上で、ポイントになる部分です。後程、詳しく説明しましょう!

「仮にもお前は里の特別上忍なんだからね…
私が教えた禁術ばかり使っちゃ駄目だろ」

大蛇丸のこの台詞が二人の「間柄」を赤裸々に表現しています。アンコの初手の仕込みの小型のクナイにしても、「潜影蛇手」にしても、自爆ワザの「双蛇相殺の術」にしても全部、大蛇丸がアンコに教えた術なんです。大蛇丸は知っていて、アンコの好きにさせていたんです。最後の自爆はアンコが死んでしまうから止めたんです。アンコは遊ばれてたんです。

「潜影蛇手」は他にサスケも使いますが、口寄せの一種なので、契約の術式を腕に埋込む必要があり(多分、それが禁術指定される所以だと思います)、アンコにその術式を埋込んだのは大蛇丸だと思います。つまり、大蛇丸はアンコの身体を細工してた。ちょっと、エロな言い方すると…弄ってたんです(サスケも一緒です…汗)。

「双蛇相殺の術」も、相手の手を取り、「印」を強制的に結ばせる行程がありますが、それを大蛇丸がアンコの手を取り教えていた筈です。二人は非常に近い距離に寄り添い、手を繋いでいたんですね。指を絡めるなんて、見ようによってはイヤらしい描写だと思いませんか?修行とは言え…羨ましい(笑)(大蛇丸ってもしかしたら、ロリコンだった?…笑)。

きっと、大蛇丸の修行は知性に満ち溢れた楽しいものだったでしょう。アンコは大蛇丸にガッツリと感化されて行った事と思います。子供の頃、ズーッと年上の大学生とかの兄さんや姉さんたちと遊ぶのは楽しかったですよね。それに、アンコもアンコで、結構なオマセさんで、そろそろ「恋愛」に目覚めてしまうような年頃だったのかも知れません。女の子は子供の時から妙に大人びた空気も持ってるしね…。

しかも、アンコは大蛇丸の事を「先生」とは呼んでいません。単なる「部下」で中忍(12歳)になってからの(任務上だけの)付き合いでもないようだし(三代目の「走馬灯」の描写)、全てを教わったから、師弟関係はあったと思うんです。それでも、アンコは大蛇丸を「先生」とは、ただの一度も呼ばなかった。それは、大蛇丸がアンコにとって、「先生」と言う存在だけでは収まり切らなかったから…。もっと別の大きな意味を持っていたからです。

アンコは大蛇丸を愛しています!

もう、これは断定させてもらいます(笑)。アンコの行いは、大蛇丸を明らかに「好き」と言っています。そして、「双蛇相殺の術」を止められたアンコは、余りにも呆気無く戦意を喪失しています(もっとも、最初から、大蛇丸を殺そうなんて思っていなかったろうし、本気で殺そうとしても無理と判っていた…)。アンコは純粋に大蛇丸に会いたかったんです。早い話、直に会って話がしたかったんです。

「ぐっ…い…今さら…何しに来た…!!」(アンコ)

「久しぶりの再会だというのに…えらく冷たいのね…アンコ」(大蛇丸)

「フン…ま…まさか火影様を暗殺でもしに来たっての?」(アンコ)

「いーや、いや!その為には、まだ部下が足りなくて…
この里の優秀そうなのにツバつけとこうと思ってね…」(大蛇丸)

「ぐっ…うっ…」(アンコ)

「さっき、それと同じ呪印をプレゼントして来たところなのよ…」

天の呪印

『天の呪印』

重吾の身体から取り出した「酵素」(タンパク質)をオリジナルにして開発された強力な「呪印」。この対極に『地の呪印』が存在し、それは君麻呂に付与されています。大蛇丸が、アンコに『天の呪印』を与えたと言う事は、それに等しいお気に入りだった…か、お気に入りに使用する前のテストか…。

ところで、大蛇丸が「印」を結ぶとアンコの「呪印」が疼き、痛みを与えるようでした。音の四人衆も呪印によって力を与えられると同時に、大蛇丸に縛られるようになる…と言ってましたから、大蛇丸は何らかの法を用いて外部から「呪印」に関与できるんでしょうね(これがサスケに当てはまらないのが引っ掛かりますが…)。そして、アンコも呪印の疼きによって大蛇丸を感じてた。だから、一直線に大蛇丸に向かえたんだと思います。

アンコの「呪印」は、アンコが大蛇丸に師事していた頃に植え付けられた筈ですから、「呪印」の開発は「九尾事件」の前には始まっていたんでしょうね。だから、重吾が大蛇丸の下に自ら投降したのも、それ以前になりますね。だから、重吾は結構、歳行ってますね。最低でもアンコと同年代程度と考えて良いでしょうね。

で、大蛇丸がアンコにどんな風に「呪印」を植え付けたのかは描写がありませんが、サスケと同じ風だったら…と、僕は考えたりしています。つまり、アンコの首筋に大蛇丸は噛み付いたのです。この時、アンコは嬉しかったんじゃなかな…って。もしかしたら、アンコは「呪印」の危険性も知りつつ、大蛇丸に協力したのかも。アンコは大蛇丸に自分を捧げるように協力した?君麻呂と似てますね。

それを、飲み込むと、この後の二人の会話が、別れたがっている(気のない)男に、まだ心を残している女が噛み付く、痴話喧嘩のようなやり取りに感じられるから不思議です。このエピソードでのアンコの攻撃も、気持ちが自分から離れて逃げようとする男の胸を、泣きながらドンドンと叩く…よくある「アレ」みたいですよね(笑)。

「欲しい子がいてね…」(大蛇丸)

「くっ…勝手ね……まず死ぬわよ…その子」(アンコ)

「生き残るのは10に1つの確率だけど、
お前と同じで…死なない方かもしれないしね」(大蛇丸)

「……えらく………気に入ってるのね…その子……………」(アンコ)

「嫉妬してるの?ねぇ…!?
お前を使い捨てにしたこと。まだ根に持ってるんだ…アハ…」

ねっ…(笑)。「昔、二人は付き合ってたんじゃないの?」なんて、黒い考えがムクムクと湧き上がって来ますよね。ポテチの袋が開いてたら、やわら、ムシャムシャ貪ってしまいますよね。勢いで指とが噛んじゃいそうですよね。キセルを火鉢で<トンッ>と叩いて…「夜も遅いんだし、少年少女は早く寝て下さい。これから、オトナだけのしんみりとした話し合いがあるんで…」と、羊の一匹でも歩かせたくなりますよね…(笑)。

羊のアニメ(左)

実は…大蛇丸とアンコの深い深い関係をジワッと示唆する描写が残されています。在りし日の三代目が火影の居室(休憩所?執務室の隣?)で、(木の葉崩しに至る)胸騒ぎを感じつつ、四代目の遺影をしみじみと眺めるところに、死の森から打ちひしがれて戻ったアンコが近付きます。その目は救いを求めているかのようでありました(11巻/72頁)。

「火影様」(アンコ)

「……アンコか…」(三代目)

「………」(三代目)

「すみません。私は…」(アンコ)

「死の森から生きて戻った事を悔いておるのじゃな…」(三代目)

「………」(アンコ)

「余計な事じゃ。もう、お前と大蛇丸は何の関係も無いのじゃし…」(三代目)

三代目が言う「関係」が、アンコと大蛇丸の師弟関係だけを言っているんじゃないな…と思いました。大蛇丸は三代目の愛弟子で、アンコは孫弟子に当たります。この場の二人の会話からも、三代目とアンコも、火影と特別上忍と言うよりは、身内…おじいちゃんと出戻りの娘?(笑)みたいな、もっと近しい繋がりを感じます。

もしかしたら、大蛇丸にアンコを任せたのは三代目だったんじゃないかと、僕は考えています。ちょっと行動の怪しい、もしかしたら、ホ○じゃないの?みたいな(でも、それはあくまでも噂であって…)大蛇丸にアンコを任せる事で、大蛇丸の人生が更正できはしないか?と言う一縷の希望を三代目が感じ、アンコを委ねた経緯があったんじゃないかと、僕は考えています。三代目は大蛇丸を何とかして落ち着かせたかったんだと思います。

アンコは大蛇丸の『お嫁さん候補』だった?!

きっと、アンコは三代目とかなり近しい家系で、三代目はアンコを自分の子か孫の如く愛していたんじゃないでしょうか。気立ても器量も良いアンコなら、将来的に、稀代の傑物・大蛇丸の許嫁に申し分ない存在と思い、二人を近付けていったんじゃないか…と、これは僕の(ちょっと黒い…)妄想に過ぎないけど、火影の居室での二人の重々しさは、あまりにもねっとりしていて、妄想心を余計、掻き立てられてしまいます(汗)。

で、肝心の大蛇丸がアンコに何を教えたのか?と言うところ。それは「ブラック・ケルベロスのオトナ部屋」で…と行きたかったんですが、どうも違いそうです。大蛇丸の人間性を考えると、僕が望んでいる展開では無かったんではないかと思います。むしろ、アンコの方がイケイケじゃなかったのかな…と、僕は思います。そして、大蛇丸はそれを絶妙にコントロールしていた。

ま、チクと「黒い」考えを披露するなら…少年少女も将来、いろんな趣向に目覚めると思うから、詳しくはその時、自分で味わって吟味すれば良いと思いますが、最後まで一気に達しない方が「良い!!」ってのも、実は、あるんですよ。かなり高度なテクではあるんですが、これを専門用語で『寸止め』と言います(笑)。そして、大蛇丸はこの「寸止め」で、アンコをメロメロにしちゃったんです(笑)。

大蛇丸はアンコには"手"を出さなかった!!

確かに、大蛇丸は危ない教え方をアンコに意図的にしていたと思います。「潜影蛇手」や「双蛇相殺の術」にしても、ワザとアンコが誤解してしまうような教え方をしたと。もう、手取り足取り…の。大蛇丸の手が触れる。息がかかる。暖かさが伝わる…。それに、アンコの頬が紅潮する。息遣いが荒くなる。心拍数が跳ね上がる。そして、アンコの身体が予感する…きっと、そう言うアンコの敏感な反応を大蛇丸は楽しんでいたんだと思います。潤(うる)んでいくアンコの瞳を見て、大蛇丸は満足したかったんだと思います。

そして、「天の呪印」が大蛇丸によってアンコに施された時には、アンコは恍惚を感じた筈です(恐らく、アンコの首筋に大蛇丸が歯を立ててますからね)。でも、そこまで…で、大蛇丸はそれ以上は先には進まなかった(これが、大蛇丸の『蛇の生殺し』の手練手管と言うやつですね…笑)。それ以上を大蛇丸は望まなかったから…。大蛇丸は高まるアンコの期待や願望を吐き出させる事なく、むしろ、栓をしたのです。「心」にも慣性はあって、塞き止められたアンコの気持ちの内圧は強烈に高まった筈です。その"高まり"をアンコは『恋』と思ってしまった。

大蛇丸は「欲しがる人」だった!

大蛇丸は「所有願望」の化け物(か、虜)と言って良い存在だったと思います。それは彼の「心」の欠落部分が如何に大きいかを物語る反動形成だった筈です。欲しがるんなら、アンコだって喰っちまっただろ…と言うのも確かにあります(汗)。でも、アンコは子供(それが良い!と言う人も確かにいますけど…)だったし、何より、大蛇丸が欲しいのは「自分に対する気持ち」、つまり、アンコの「好意」の筈ですから。そう言うところは、良い意味でも悪い意味でも、大蛇丸は屈折してたんです(純粋に屈折してたんですね)。

両親を早くに失ったのもあるし、三代目にも大蛇丸をこんな風に成長させてしまった罪もあります。不運な事に、彼が人一倍賢く、繊細だったのも、あるにはある。親友の自来也の存在も大きかったとも思います。でも、結局は大蛇丸の人生ですから。責任は大蛇丸にあるのです。誰かのせいにするのは、それこそ「甘ったれ」と言うものです。しかし、それを自分の事のように罪悪感を感じる三代目や自来也は、やっぱり良い人(過ぎる…)なんですね。

結局、大蛇丸とアンコの関係は、大蛇丸の側から評すれば「言葉」の通りの師弟関係のみで、大蛇丸はアンコに「忍術」のみを教えたと、僕は考えます。ただ、禁術やら、ややこしい術ばかりであったんでしょうが、大蛇丸としては"純粋"に師匠としての務めを果たしたと。ただ、アンコはそれでは収まらない(だから、アンコは「全てを教わった」などと言い張るのです)。大蛇丸のイヤらしいところはワザとアンコに火を付けただろうところにあるんです。でも、大蛇丸にハマっちゃうのも、子供とは言え、アンコの人生だから仕方ない(と言えば仕方ない…か…ちょっと酷かな)。

「お前と違って優秀そうな子でね…
なんせ、うちは一族の血を引く少年だから……
容姿も美しいし…私の世継ぎになれる器ね………
あの子が生きていたとしたら…面白い事になる
くれぐれも、この試験、中断させないでね…………」

二人が争った「死の森」で大蛇丸は、こう言い残してアンコの前を去るんですが、これって、「スープを音を立てて啜(すす)る紳士」みたいな感じがしませんか?ワザと女に見限らせるような、大っきな意味での優しさがあると思います。「もうアタシみたいな碌でもない男なんか忘れなさい」と、言ってもアンコは受け入れない事を大蛇丸はイメージしているんです。でも、だから、きっと!そんな大蛇丸をアンコは好きなんだろうな…とも思います。アンコにとって大蛇丸は「別れても好きな人」なんじゃないかな。アンコが一方的に妄想(おも)ってただけの話ではありますが…。

だから、アンコと大蛇丸は極めて清い関係だった…と、僕は思います。『18禁』なのは、アンコの脳内妄想だけの筈です(笑)。きっと、アンコの今の女女(おんなおんな)した…ムンムンするような弾力感は、アンコ自身が自分で練り上げた雰囲気だと思います(もしかしたら、実際の検証は未だないかも知れません…汗)。それは、いつか大蛇丸に振り向いてもらえるように、アンコが必死こいて「女」を磨いていた結果なんだろうな…。涙ぐましいじゃないですか!ま、そうさせる大蛇丸…アンタが悪いのよ。って言うか…羨ましい!!(笑)

でも、アンコの気持ちは、何だか痛いほど解る気がします。
だって、大蛇丸ほど、頼もしく、知性的で、純粋な人って、そうそう居ない。
(誤解され易いけど)大蛇丸って、めちゃくちゃ魅力的な人なんです。

そして、大蛇丸と出会ってしまった事を…好きになってしまった事を…
アンコは微塵も後悔はしていないとも思います。

何故ならば…
それが彼女の「今」を形作っている大切な出来事だった筈だから…。

 
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『飛燕』

 
アスマの形見…飛燕


『NARUTO-ナルト-』には、いろんな「忍具」(これから「忍具」も考察して行きますよ!!)が登場しますが、僕はアスマの使っていた「飛燕」(ひえん)が、その中でも一番好きです。木の葉崩しの追撃戦で、シカマルが危ういところを救援に来たアスマは、特にカッコ良かったですね。イタチ&鬼鮫の「木の葉強襲事件」でも「鮫肌」に押されながらも、鬼鮫の頬に傷を付けましたっけ。あの切れ方は…ちょっと、地味だったけどね…(汗)。

「飛燕」は、ナックルガードの部分も刃になっていて、徒手格闘の殺傷能力が飛躍的に向上します。別に短刀を使っても良いのですが、この形状だと、敵に"エモノ"を奪われる危険性が少ないし、極めて近い間合いにおける取り回しも良好です。両手に装着して攻撃する際には、自分で自分を傷付けてしまう「痛いミス」(笑)を犯す可能性も低くなります。しかも、ナックルガードに指を通した状態で使用するので、"指"や"手の内"の行動の自由度が高いので、印を結んだり、他の忍具を準備したりと器用な闘い方もできそうです。

「使用者のチャクラの性質を吸収して、使用者の術に基づく効果を発揮する」

「飛燕」はチャクラ特性に応じた使い方ができる「チャクラ刀」でした(37巻/59頁)。アスマが逝った後、シカマルが引き継ぎました。シカマルはアスマの敵討ちの戦略を錬りながら、「飛燕」の特性について研究し、その結果、「影真似手裏剣の術」を開発しました。シカマルの秘伝忍術である「影真似」のチャクラを刀身に貯えて、敵の影に突き刺し、術にハメると言うシカマルらしい"賢い攻撃法"です。これによってシカマルの攻撃範囲や攻撃可能条件が格段に広がりましたね。

チャクラを大量に纏わせることで、「飛燕」はゼロ距離の超接近戦だけで無く(鬼鮫の頬を傷付けた時とは比べ物にならないくらいの…)長刀にもなり、比較的、間合いが切れた状態でも使い勝手が良いです。「角都!手を貸せェ!!」と助けを求めた飛段の首も、それで刎(は)ねましたね(36巻/108頁)。この時、アスマは短い刃の「棟」(むね:刀身の背の部分)の切り欠きに親指を当てがっていました。

トレースした「飛燕」を見てもらえば解ると思いますが、「棟」の部分が四角く欠けています。「この切り欠きは何なのか?」を、いろいろ考えたんですが、こんな風(ふう)に大量のチャクラを流す時の「最適な形状」なのかな…と考えるに至りました(他に何か良いアイデアがあったら教えて下さいね)。或いは、通常の刀のように「鍔」(つば)をオプションで付けるのかな…とも考えましたが、あまりシンプルじゃないですよね。見栄えが良くない(汗)。

「飛燕」のホールディングスタイルは順手、逆手どちらもOKで、臨機応変に対応できる適応能力が高いです。アスマは逆手が好きでしたね。見栄えから言うと、僕も逆手の方が好きです。個人的にインファイター好き(超至近距離で拳を振るうボクシングのスタイルです)なんです。だから、アスマの戦闘シーンって好きだったな(描写は少なかったけどね…)。アスマはカッコ良かったですね。

また、無造作に腰の忍具入れに忍ばせ携行していた描写を見ると、「飛燕」の物理的な刃物としての切れ味はあまり良くはなかったんじゃなかと思うんです。意図的に「丸刃」にしていて、刃の強度を重視した構造でだったのかな…と。「飛燕」の設計思想には、敵の斬撃を刃部分で受け止める戦術意図があったんじゃないでしょうか。切れ味はチャクラを研ぎ澄まして得ていた?都合良く(笑)、アスマは「風」のチャクラ特性でしたからね…。

「飛燕」はその大きさと言い、形状と言い、"剛腕のインファイター"であるアスマの豪快なファイティングスタイルに非常にマッチしていましたね。また、「飛燕」を他に使っている忍は見受けなかったので、多分、アスマが考案した武器だと思います。きっと、木の葉の武器職人(どんな人なんだろ…)にオーダーして仕立てたんじゃないでしょうか。結構、無理言ってあれこれ注文つけたりしたんじゃないでしょうか。

攻撃と防御の一体化。「飛燕」は、非常に効率の良い武器だと思います。

アスマはそのファッション(僕はアスマのファッションも大好きです)を見れば解るけど、結構なお洒落さんだし、「こだわり派」だと思います。こう言うタイプの人は、普段は、あまり細かい事は言わないけど、「ココッ!!」って局面では、大いに注文を付けそうな…気がしています(汗)。でも、アスマって「O型」なのね…。やっぱり、大雑把に「こんなの作ってくれっ!!」って注文したかもね(笑)。

シカマルの考察で「玉」を錬った時に、アスマの「死」の深くまで潜り、やはり「飛燕」はシカマルに使わせるべき「忍具」かな…と思うようになりました。それが、アスマの意向に一番ピッタンコだと思う…のは思うんですが、出来たら…出来たらなんですが、シカマルさえ、それを良しとするなら…「"飛燕"を、ナルトに一丁、分け与えて欲しい!!」と、僕は考えています。ナルトのアスマとの絡みがもっとあったら、もう「鉄板」なんですけどね…。

ナルトのチャクラ特性は「風」で、アスマと同じだし(ナルトが「風」のチャクラ特性のレクチャーをアスマに受ける時、二人は「飛燕」を投げっこしたりしてましたね)、サスケが草薙の太刀による武器攻撃を持っている現状を考えると、ナルトの「無手」は如何にも可哀想です。また、チャクラ刀の攻撃はチャクラ刀で受けないと防ぎ切れませんし(ヤマトがそれで一度、痛い目に遭ってますよね…)。

ナルトの利き腕は「螺旋丸」の為に空けておく必要があるし、でも、左手は空いてますから、そこに「飛燕」を装備できれば、敵の攻撃を受け止め、次の一手で「螺旋丸」をお見舞いする強烈なワンツーが可能になりますから、ナルトの格闘戦の戦闘力が飛躍的に向上する事は必至です。また、ナルトのゼロ距離攻撃と「飛燕」の相性の良さはアスマの闘いっぷりを見てると、容易に想像できます。「飛燕」は、正にナルト向きの武器だと思うんですが…。

「ま…イタチと当るまで根気良く探すしかないんじゃない?」

火影の執務室でサスケ救出?作戦を錬るシーン((39巻/74頁)で、カカシがポケットから何かを<スッ>と出してナルトに見せている描写が残っています。ナルトのポカン顔が、何気に引っ掛かるんですが、この時、カカシがポケットから出したのが「飛燕」であれば良いな…と僕は考えています。シカマルに、カカシが頼み込んで譲ってもらった…とか。賢いシカマルですから、アスマの形見の「飛燕」の「片方」をナルトに託す判断を下せるとも思います。

ヤマトは天地橋の任務でサスケと対戦して一度、痛い目に遭ってますから(笑)(←しつこい?)、カカシはヤマトからサスケの情報を申し送られている筈。その上で、ナルトにチャクラ刀対策を講じる考えがあっても良いと思うんです。それか、神無毘橋でミナトが「御守」としてカカシにプレゼントした「飛雷神の術」用の特製のクナイの可能性もあたりして…(←こっちだったら、「飛雷神の術」をナルトが修行する切っ掛けの伏線にもなるな…こっちでも良いな…)。

 
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サスケは何故、甘ったれなのか?!

 
以下、産経ニュースの【正論】新しい年へ 作家・曽野綾子 どこまで恵まれれば気が済む(http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080109/trd0801090253000-n1.htm)を引用させていただきます。(注:突貫工事の綻びを微妙に修正しました…笑。"二度寝"を楽しむようにご賞味いただけたら幸いです…汗)


■「引き算」人生で落ち込む日本人

≪欠落部分に耐えられず≫

戦争もなく、食料危機もなく、学校へ行けない物理的な理由もないというのに、そして私流の判断をつけ加えれば、今日食べるものがないというのでもなく、動物のように雨に濡れて寝るという家に住んでいるのでもなく、お風呂に入れず病気にかかってもお金がなければ完全に放置される途上国暮らしでもないのに、読売新聞社が昨年12月行った全国世論調査では、30、40代では、自分の心の健康に不安がある、と答えた人が40%にも達したという。

しかも多くの人たちが、不安の原因を仕事上のストレスと感じているという。ストレスは、自我が未完成で、すぐに単純に他人の生活と自分の生活を比べたり、深く影響されるところに起きるものと言われる。

ストレスは文明の先端を行く国に多いのだろうと私は長い間思いこんでいたが、まだ残っている封建的社会にも実はあるのだと或る時教えられた。社会の常識が許しているというので夫が複数の妻を持とうとしたり、同族の絆(きずな)の強い共同生活に耐えようとすると、それがやはりストレスになるという。

私は昔から、自分の弱さをカバーするために、いつも「足し算・引き算」の方式で自分の心を操って来た。

健康で、すべてが十分に与えられて当然と思っている人は、少しでもそこに欠落した部分ができるともう許せず耐えられなくなる。私が勝手に名付けたのだが、これを引き算型人生という。それに反して私は欠落と不遇を人生の出発点であり原型だと思っているから、何でもそれよりよければありがたい。

≪完全な平等だけを評価≫

食べるもの、寝る所、水道、清潔なトイレ、安全正確な輸送機関、職業があること、困った時相談する場所、ただで本が読める図書館、健康保険、重症であれば意識がなくても手持ちの金が一円もなくてもとにかく医療機関に運んでくれる救急車、電車やバスの高齢者パス。

何よりも日常生活の中に爆発音がしない。それだけでも天国と感じている。これが足し算型の人生の実感だ。これだけよくできた社会に生まれた幸運を感謝しないのは不思議だと思う。

しかし人間は、教育し鍛えられなければ、このように思えない。子供は幼い時から悲しみと辛さに耐えるしつけが必要だ。平等は願わしいものだが、現実として社会はまず平等であり得ない。しかし不平等な才能があちこちで開花している。それなのに完全な平等しか評価しない人間の欲求は、深く心を蝕(むしば)む。

叱(しか)る先生は父兄に文句を言われるから「生徒さま方をお預かりする営業的塾の教師」のようなことなかれ主義になった。何か事件があると、マスコミは校長や教師を非難するが、子供の成長に誰よりも大きな責任を有するのは、他ならぬ親と本人なのである。生活を別にしている教師など、子供の生活のほんの一部を見ているに過ぎない。

≪人のためを考えること≫ 

躾(しつ)ける親も少ない。子供たちは叱られたことも、家事を分担させられたこともない家庭が多いという。親たちも享楽的になっていて、来る日も来る日も家庭で食事の用意をするという人間生活の基本を見せてやる親も減ったというから、人格を作る努力や忍耐の継続が生活の中で身につかない。だからいつまで経っても、自分は一人前の生活をできる存在だという自信もつかない。この自信のなさが、荒れた人間性を生むのである。

何より怖いのは、子供たちが本を読まないことだ。つまり自分以外の人生を考えたこともない身勝手な意識のままの大人になる。本の知恵はテレビやインターネットの知識とは違う。

戦後教育は「皆いい子」と教えた。ところが人間性の中には、見事さと同時に底なしの身勝手さと残忍さも共存している。このおぞましい部分を正視してそれに備えていないから、思いつきで人を殺す。多分罪を犯したこじつけの言い訳だけはちゃんと自分の中に用意しているのだ。今はDNA鑑定にも何故か黙っているが、昔は指紋登録だけでも人権侵害だと言って大騒ぎした人たちがいた。言うことの筋が通らない。

人間は自分のためだけでなく、人のためにも生きるものだという考えは、すべて軍国主義や資本主義の悪に利用されるだけだ、という人は今でもいる。人は自分独自の美学を選んで生きる勇気を持ち、自分の意志で人に与える生活ができてこそ、初めてほんとうの自由人になる。受けるだけを要求することが人権だなどと思わせたら、今後も不安と不幸に苛(さいな)まれる人は増え続けるだろう。今年は政治や社会がそのことに気づくかどうか。(その あやこ)


僕は、この文章を読んで純粋に感銘を覚えました。

右とか左とか、或は言葉尻を取り上げて突っ込みを入れるような論評がネットのあちこちにありましたが、その行いを下らないと感じました。もし、反論があるとしても、僕だったら、この文章を超える作品を練り上げ、自分の責任で自分のコンテンツとしてアップすると思います。自分の「言葉」で示せば良い。他者の「言葉」を持ち出して批判する行いを、僕は面白いとも、美しいとは思わない。

しかしながら、筆者の曽野綾子さんはかなり裕福で幸せな生活を営んでいるのだと感じます。如何に、平和で豊かとは言え、日本にも貧しく居た堪れない生活を送る人もいると思います。そりゃ世界を見渡せば、もっともっと恵まれない生活を強いられる人が存在するのは事実だけど、曽野綾子さんの「認識」を、手放しで正しいと受け入れる事には些か、臆病にならざるを得ないと考えます。現実に100パーセントマッチしてるとは、僕には思えません。その辺は各自、吟味願います。

何故、曽野綾子さんの文章を取り出したかと言うと、「足し算・引き算」の方式が、響いたからです。これを読んで、先ずサスケの事が脳裏をよぎりました。この考え方って、まんま「ナルトとサスケ」ですから!!曽野綾子さんも『NARUTO -ナルト-』を読んでるのかな?って思ってしまうほど…(笑)。でも、それって「教育論」としての符合なんだろうなァと思います。

生まれた時から何もない闇の中でもがき苦しみながら生きて来たナルトは、全てを有り難いと考えられる「足し算」の生き方を実践しています。これが、ナルトの最大の強みと言えます。「足し算」…非常にシンプルな考え方なんだけど、全く何もないところから始まった人間には、全てが有り難いわけです(何もなかったんですから!)。

ナルトの場合、そりゃもう悲惨な幼年期だったと思います。僕だったら折れちゃう(笑)。きっと…。でも、ナルトは折れずに真直ぐに成長を遂げました。そこが凄いと思う。それこそ、ナルトの持つ「不思議な力」なんじゃないでしょうか。そう言えば、チヨばあが我愛羅奪還編の最後の方でナルトに話してましたね…。

「くだらぬ年寄りどもが作ったこの忍の世界に
お前のような奴が現れてくれて嬉しい…
かつて…ワシのしてきた事は間違いばかりじゃった…
…しかし…最後の最後になって正しい事がやっと出来そうじゃ
砂と…木の葉…
これからの未来はワシらの時とは違ったものになろう……
カカシの言っていたお前の不思議な力…
その力が未来を大きくかえるじゃろう…今までにない火影になって………」

我愛羅に自分の命を与え、今にも絶えようとしているチヨばあがナルトに語るシーンです(31巻/155頁)。この時の、チヨばあのナルトに対する期待は甚(はなは)だ大きいです。チヨばあの改心はナルトによって齎され、その死期を前にした「覚醒」は予言にも似た「力」を感じさせます。そして、ここで、チヨばあが言う「不思議な力」が「足し算」的な生き方(境地)を言うのではないかと、僕は思うのです。

どん底の人生から這い上がって行こうとするナルトと、何不自由ない生活が「うちは虐殺」により一瞬にして崩壊したサスケ。「足し算・引き算」の方式は、ナルトとサスケに綺麗に符合すると思います。そして、ナルトの対極に位置するサスケが「引き算」の考えに捕らわれるから、ストレスを絶えず感じるわけで、それを全くと言って良い程、感じさせないナルトを「ウザい」と言わせてしまうのです。僕がサスケを「甘えん坊」とするのもそれに拠ります(笑)。

サスケは、甘ったれだと思いませんか?

そもそも、僕は子供を育てた経験がないから、「偉そうな事いうな!」と、突っ込まれそうだけど(汗)、僕には立派な人格者に手厚く愛を注がれて育てられた「自信」みたいなものがあるので、言わせてもらいます(僕を育ててくれた人はちょうど「二大仙人」の"頭"と"姐さん"みたいな人です。顔なんか、もう…二人ともそっくりです…涙。その役割まで…それを咀嚼できたのは、自活をし始めてから…それも、かなり後の事ですが…)。極端な話。子供の出来不出来(差別用語?満足不満足と考えてもらっても良いです)は「親」の責任だと、僕は思います。って、言うか…オトナの責任かな(全て曽野綾子さんのコラムにありますね…汗)。

オトナが自分が子供の時に感じた「不安」とか「不満」とか…諸々の淀んだ気持ちを忘れないでいたら、子供が"SOS"を出した時に、即座に救出できる筈です。でも、何故だか知れないけど、多くのオトナは、親は「自分が子供だった頃」を忘れてしまっている…。だから、子供が見えなくなってるんです。子供の声が聞こえないんです。チヨばあもきっとそうだったんだろうな…と思います。それを最後の最後で、ナルトに教えられた。だから、チヨばあの残した言葉は心に刺さります…よね。特に、実際に子供を育ててる(格闘してる?)親御さんの胸には…。

確かに、「うちは虐殺」は悲惨で唐突で、サスケにはお悔やみは申し上げたいが、サスケの一方的とも言える被害者意識には、些か辟易(へきえき)としてしまいます。サスケは独りぼっちになってしまった?そうじゃないでしょう。カカシがあんなに親身になって引き止めたでしょう。ナルトが傷だらけになりながら、血反吐を吐きながらサスケを止めようとしたじゃないですか。なのに、サスケはそれを振り切った。それは、サスケがイタチだけを見つめていたからです。

サスケにはイタチがいるのです。

サスケは決して独りぼっちじゃなかった…。尊敬すべき兄。かく在りたいと、誇りにすら思える人格。賢く、大きく、暖かく、強い…兄。サスケが教えを乞いたいただ一人の存在。それが、イタチです。それは、どんなに挑もうと決して超えられないと思える程の「大きな壁」。それは「安心感」と言い換えても良いでしょう。サスケがどんなに暴れてもはみ出してしまわないくらい大きな「土俵」?

だから、サスケは大蛇丸すら、簡単に殺せたのです。サスケが強いとか弱いとかは別にして、サスケの行いには独善的とも思える強引さが常に付き纏います。その言い訳はいつも「イタチを殺す為」に行き着くんですが、それも口実に過ぎないんじゃないか?と、僕は考えています。有り体に言ってしまえば、サスケはイタチに会いたかっただけなのです!サスケはイタチに自分を示したかっただけなのです。

そして、今、サスケはイタチと闘っています。サスケの草薙の太刀が容赦なくイタチを貫いています。確かに、サスケは強くなりました。それはイタチに「強くなったな…」と言わしめる程に…。そこには、サスケが一心不乱に修行したのも確かにあるとは思いますが、いろんな事を懇切丁寧に教えてくれたのは大蛇丸に他なりません。大蛇丸はサスケの身体がほしかったからでもあるんだけど、サスケは一言でも大蛇丸に謝意を示したでしょうか?

第一、サスケは大蛇丸の行いを嫌悪し、責めていましたが、自分が大蛇丸と同じ事をしている点には頓着していません。よく考えれば、サスケだって大蛇丸と同じくらい利己的に行動しています。自分の欲求の為だけに傍若無人に行動しているのです。それを認識出来ないサスケは未だ幼い。少なくとも、(あれ程までに面倒を見てくれた)大蛇丸に感謝できないサスケは、はっきり言って幼いです。

その考えは、僕の尊敬して止まない(大)作家・司馬遼太郎氏の著書「21世紀を生きる君たちへ」(これは名著です。めちゃくちゃ薄い本ですから、是非ともご一読下さい。司馬先生の「遺書」と言って良い程の、入魂の力作です)で、その根拠を明確に提示しています。謹んで引用させていただきます。

むかしも今も、また未来においても変わらないことがある。
そこに空気と水、それに土などという自然があって、人間や他の動植物、
さらには微生物にいたるまでが、
それに依存しつつ生きているということである。
自然こそ不変の価値なのである。
なぜならば、人間は空気を吸うことなく生きることができないし、
水分をとることがなければ、かわいて死んでしまう。

人が自然の中で生かされている「現実」を認識すれば、自(おの)ずと謙(へりくだ)った考えが湧き上がって来る筈です。もし、「神」が存在するとすれば、それは「自然」であると、僕は思います。そして、大きな「自然」の中で、自分が生かされていると、本心で感じる時、人は全てに感謝できるようになると思うんです。つまり「足し算」的に物事を考えられるようになるのです。逆に「引き算」式の考えしかできない人って、「感謝」できない人なんじゃないでしょうか。

サスケは確かに可哀想な経験はしてはいると思いますが、辛さを比べるなら、ナルトだって、カカシだって(分かっていると思いますが、彼らこそ、一生懸命にサスケを止めようとした人達です)、そりゃもう筆舌に堪えない経験をしているのです。サスケの小ささはその「大きさ」を比べているところにあるんです。サスケは自分の存在や境遇を他者との比較で感じているんです。

結局のところ、サスケはイタチに依存しているのです。サスケはイタチを感じる事で自分を認識しているに過ぎないのです。だから、サスケの中には確固たる「絶対」は未だ存在していない。つまり、サスケの真のアイデンティティは未だ確立してはいないと言えますす。強くなり思い上がってはいますが、サスケは未だ一人立ちできていないのです。

サスケは完全な「無」にはなっていない!

「うちは虐殺」で全てを失ったかに見えるサスケですが、サスケは全てを失ってはいない。サスケは決して独りぼっちではないです。サスケの事を自分の事のように心配してくれる人が沢山いる。今も、危険を顧みず追いかけている。それを、サスケが一方的に拒絶しているだけなのです。

何より、サスケにはイタチが居ます。そして、サスケはイタチを求めているのです。常に、サスケはイタチに縋り付きたいと考えるのです。だから、どんなに強さを手に入れようとも、サスケは甘ったれのままなんです。

その現実は、オトナが教えてあげなければならない。だから、イタチはサスケの相手をしているんです…けどね…。それをサスケは気付かないといけない(気付いていないんだろうな…)。でも、僕らがあまり心配する必要はないとも思います。だって、イタチですから…イタチはサスケが望む唯一のオトナなのです。そして、イタチは自分の役割を充分に認識しています。

「最後ではないが聞いてやる」

それが非常に哀しい結果をもたらす事も
僕らは、覚悟しないといけないけど……。


 
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イルカの『涙』の成分

 
単行本の第1巻。『NARUTO-ナルト-』の物語の冒頭の部分です。まさか、持ってない人はいないと思いますが(笑…ブック○フとかで、100円くらいで買えると思います)、できれば首っ引きで考察を味わって欲しいです。『NARUTO-ナルト-』の行く末を決定付けたと言って良い程の力のこもった、キッシーの渾身の「描写」です。一緒に味わって行きましょう。

「ギャハハハハハ」

ナルトが火影岩に落書きをしています(1巻/9頁)。これに性的な心理分析を踏まえた考察もできるけど、ここは正攻法に「自己顕示欲の突出」と考える事にします(笑)。ここはマジで「ドス黒く」なったら別のすっぐぅおーいアプローチがあるんですが、年明け早々に、何ぼ何でも…(汗)。

「バーカ!!
うっせんだってばよ!!
お前らさ!お前らさ!
こんな卑劣なことできねーだろ!!
だが、オレはできる!!
オレはスゴイ!!」

罰当たりにも火影岩に落書きをするナルトを避難する里のオトナたちにナルトはこう言い放ちます(1巻/11頁)。ナルトが「オレはスゴイ!!」と言うのは、「こんな卑劣なこと」を、公然と誰にもはばからず、自分の「責任」でやってのけるところにあると言っているのですが…。でも、よく考えると、これって変な言い草ですよね。

何故だか、ナルトは「里の嫌われ者」…種明かしをすると、その「腹」にはかつて里を壊滅寸前にまで追い込んだ「九尾の妖狐」が封印されています。里のオトナたちには「ナルト=九尾」であり、ナルトは(何故だか)忌むべき存在だった。それが、子供達にも伝染してナルトは無視されたり、意地悪をされたりしてた。簡単に言うと、虐められてた…。

ナルトに対する「虐め」は陰湿な内容だったと思われます。陰に隠れてコソコソと、自分には危害の及ばない安全圏から、一方的に攻撃をする…その「卑劣」な行いをナルトの「無意識」は責めているのです。だから、人目をはばからず、公然と「悪事」ができる自分を「スゴイ!!」と言っているのです。はっきり言って、この悪戯はナルトの「イヤミ」です。でも、無垢なナルトはそれを考えてはやってない。もっとも、ナルトを避難するオトナたちも、それを感じてはいない。変なところは鈍感なんですね。人って…。

「おーおー!
やってくれとるのォ
あのバカ!」(ワシの顔にまで)

恐らく、ナルトの行いの深層に気付いていたのは三代目・火影だけでしょう。しかし、三代目はその立場や、恐らくは「九尾事件」の真相の秘匿の為にナルトを直接的に擁護することは出来なかった。だから、常に傍観者としてしかナルトに接する事はできなかったのです。悔しかったろうな…辛かったろうな…と思います。

イルカはナルトの監督責任とか、三代目に対する気遣いで一杯一杯でそこまでは気持ちが及んでいません。ナルトとしては、この悪戯の根っこの部分をイルカに気付いて欲しかった(無意識が…ですけど)んでしょうが、どうもイルカは頓着してない。イルカはナルトの「本心」を理解してはいないようです。不自然です。不可解です。イルカって「微妙」だと思いませんか?

僕は、イルカの「微妙さ」に黒くなっています…。

結局、ナルトは、この悪戯をこっ酷く(学業不振も相まって…)叱責され、後始末を課せられ、居残りで火影岩を磨かされる羽目になります(当たり前だ!!)。イルカはそれを見張っているんですが、ナルトの「別にいいよ…家に帰ったって誰もいねェーしよ!」(1巻/15頁)に絆(ほだ)されてしまいます。

「ナルト…」(イルカ)

「今度はなにィ?」(ナルト)

「…ま…なんだ……
それ全部きれいにしたら
今晩、ラーメンおごってやる!」(イ)

「よーし!!
オレさ!オレさ!
がんばっちゃお!!」(ナ)

こうしてラーメン好きのナルトが作られていくのです(笑)(1巻/16頁)。イルカはナルトの好物がラーメンだと知っていたんでしょうね。しかし、「一楽」ではラーメンに半ライスが付くんだろうか?晩ご飯だから、しっかり食べさせてあげたいな…なんて、丸っきり僕の食生活じゃないかーッ!!(汗)

もしかしたら…なんですが、イルカは三代目の密命を帯び、ナルトを監視する「お目付役」だったんではないでしょうか。この後、カカシがそれを任されるまでの…。つまり、アカデミーの教官(ナルトの担任?)以上の役割を帯びていた…と。もっとも、イルカもそんなに深い事情までは知らされず、三代目の指令を忠実に履行してただけのような描写ではあります。本格的なお目付役はやはりカカシが最初でしょう。

「一楽」のシーンに戻ります。

「よーするにィ
火影の名前を受けついだ人ってのは
里一番の忍者てことだろ。
特に四代目火影って
里をバケ狐(九尾)から守った英雄らしいし
このオレはいずれ火影の名を受けついで
んでよ!
先代のどの火影をも超えてやるんだ!!!
でさ、でさ、
里にオレの力を認めさせてやんだよ!!」

ここで、ナルトはイルカに「夢」を語るのです(1巻/17頁)。ナルトがラーメンを食べながら喋る喋る…(笑)。普段は余程、寂しい夕食なんでしょうね。ナルトは、めちゃくちゃ楽しそうなんですが、それが逆に可哀想だったり…。で、翌日、卒業試験にナルトは落第。「分身」はナルトにとっては苦手な術だったんですね。イルカは情に流されず、ダメなものはダメとしてナルトを落第させました。この辺はしっかりしてるんだよな…。だから、その他の綻びが気になってしまう…。微妙に感じてしまう。

それで、そのナルトの落胆に付け込んだのがミズキでした。ミズキはナルトを唆(そそのか)し、火影が保管する「禁術の大巻物」を持ち出させます。三代目・火影の猿飛がナルトの「お色気の術」の攻撃で、鼻血出血して沈黙しちゃうのは、ドーかとは思うんですが(笑)、ナルトはまんまと「禁術の大巻物」の持ち出しに成功してしまいます。ここまで独りでできちゃうスキルが、ナルトにはあるんだから、卒業認定してあげて良いんじゃないかと思うんですが…(笑)。

ナルトの追跡のドタバタの中、結局、ミズキの教唆や「禁術の大巻物」強奪の策略もイルカにバレてしまうんですが、今度はミズキがナルトとイルカを亡きものとし「禁術の大巻物」を奪おうとします(ミズキって結構、強いのね)。ミズキの奇襲にイルカが手傷を負い情勢がミズキに傾いて行きます。ついに、ミズキがナルトに事の真相を語り始めます(1巻/33頁)。

ちょっと、横道に逸れます(汗)。

「ナルト!!
巻物は死んでも渡すな!!
それは禁じ手の忍術を記して
封印した危険なものだ!
ミズキはそれを手に入れるため
お前を利用したんだ!!」(イルカ)

「ナルト…
お前が持っていても意味がないのだ!
本当の事を教えてやるよ!」(ミズキ)

ここで気になったのが「禁術の大巻物」の正体です。禁術が収められている他に、「(封印の書まで手の内にあるとなると…)自力で封印を破り九尾狐になる可能性も万が一だが考えられる」(三代目)(1巻/43頁)とあるように、ナルトの封印に関する「術」も記述されているようです。それって、八卦の封印式を解く術式。つまり、「ナルトの鍵」の事でしょ。

ナルトは「ナルトの鍵」を目にしている可能性がある!

そして、木の葉のセキリュティが余りにも脆弱(ぜいじゃく)なので、それを危惧した自来也が、「禁術の大巻物」から「ナルトの鍵」を巻物蝦蟇(仮称)に写し取って喉の奥に保管し、自来也が見張った…のではないかと、僕の妄想心が騒いでいるのです。三代目と自来也はいろんな情報交換をしてはいたんでしょうね。一度も二人が実際に対面した描写なかったけど…。自来也と三代目の関係性に関しては「考察」を錬ってます。まだ大まかにしか出来てないから先になると思うけど、期待して下さいね。

工事中でーすッ!!

余談ついでに(汗)、この巻物は自来也が腰にぶら下げてた大巻物とは違うと思います。自来也は既にあの大巻物を「予言の旅」で携行していましたから。自来也が大切に持つ大巻物は「蝦蟇の力」を収めたもので、大ガマ仙人によって与えられたものなんだと、僕は考えています。

で、本題のミズキ。黙ってたら、結構なイケメンなんですが、悪辣(あくらつ)な表情でペラペラ喋るんです(1巻/34頁)。新宿でホストでもやれば、ブイブイ言わせる感じの優男(やさおとこ)なんでけどね。結構、稼げると思うんですけどね…(笑)。

「12年前…
バケ狐を封印した事件は知っているな
あの事件以来…
里では徹底したある掟が作られた」(ミズキ)

「…ある掟?」(ナルト)

「しかし…ナルト!
お前にだけは決して
知らされることのない掟だ」(ミズキ)

「…オレだけ…!?
…何なんだ
その掟ってばよ…
どうして…」(ナルト)

「ククククククッ」(ミズキ)

「どんな…」(ナルト)

「ナルトの正体が
バケ狐だと口にしない掟だ」(ミズキ)

「え?どっ…
どいうことだ!!」(ナルト)

「やめろ!!」(イルカ)

「つまり
お前がイルカの両親を殺し―!!
里を壊滅させた九尾の妖狐なんだよ!!
お前は憧れの火影に封印された挙げ句―」(ミズキ)

「やめろー!!」(イルカ)

「里のみんなに
ずっと騙されていたんだよ!!
おかしいと思わなかったか?
あんなに毛嫌いされて!
イルカも本当はな!
お前が憎いんだよ!!」(ミズキ)


「ちくしょう!
ちくしょう!!
ちくしょう!!
ちくしょう!」(ナルト)

「お前なんか
誰も認めやしない!!」(ミズキ)


ミズキは執拗にナルトを「言葉責め」にします(1巻/37頁)。しかも、その間、イルカは口を挟むものの「やめろー!!」としか言ってないです。僕はこのシーンに「黒く」なってしまっているのです。イルカは、決して「違う!!」とは言ってない。つまり、ミズキを否定してはいないのです。

ミズキは「黒いイルカ」だった!!??

ある意味、ミズキはイルカの中の「闇」だったんではないか?と僕は考えています。だから、止めようとはしますが、イルカはミズキの「言葉」を否定し切れないのです。内心、イルカはミズキと同じ事を考えていた。イルカもミズキが見るような目でナルトを見ていた…ナルトをあんな目で見た事があったのです。

ミズキが言う「お前が憎いんだよ!!」は、イルカにとっても「本心」だった…そう言う、描写だったと思います。イルカの悶えるようなミズキの受け入れ方はそれを如実に物語っています。ミズキはイルカの中の「闇」を適格に言い当てていたのです。と言うか、ミズキはイルカの中の「闇」そのものだったのです。

「親の愛情を知らず
里の者にはあの事件のことで
けむたがられる
だから人の気をひくために
いたずらをするしかなかったのじゃ
どんなかたちであれ
自分の存在価値を
認めて欲しかったのじゃよ
強がってはいるが
つらいのはナルトの方じゃ…………」

イルカの脳裏には三代目の「言葉」が去来します(1巻/37頁)。その「言葉」を噛みしめて苦悩するイルカがそこには居ました。イルカはミズキと闘っています。傷を負い、血を流しています。物理的な闘い以上に、イルカが刃を向けるのは、内なる「闇」…もう一人のイルカ。イルカの中に棲むミズキであったのです。

『ぐっ…』

ミズキは振りかぶった風魔手裏剣をナルトに投げ付けます(1巻/38頁)。しかし、それをイルカは身を呈して防ぎます。(エッ?防いだ…違うな)イルカはワザと背中で風魔手裏剣を受けたんです。これまでイルカがナルトに負わせようとしたかも知れない「痛み」を、自分で受ける事を望んだ結果なのです。これはイルカの「ナルトへの贖罪」だったではないかと、僕は考えています。

そして、イルカは自分の過去を思い出すのです。親を亡くし孤独だったイルカ。その反動で悪戯ばかりしてた子供時代。イルカはナルトと同じような痛みや孤独を味わって来たのです。寂しかった。辛かった…。皆の前で悪ふざけして気を引いて、戯(おど)ける。でも、独りきりの部屋では孤独に押しつぶされそうになっていた…。

幼年期のイルカはナルトと同じ境遇だった…!!

イルカはもう一人のナルトでもあったのです。イルカの中にはナルトが居て、それがミズキと言う「闇」と闘っていたのです。イルカの中には親を九尾に殺された(ミズキもイルカと同じような境遇だったのかも…)恨みや憎しみと言った「闇」と、孤独と失意の中で苦しみながらも必死に抗う「光」が同居していたのです。

その愛憎悲喜こもごもの、ごった混ぜの感情の中で、イルカは揺れ動いていたんです。そして、この機微がイルカの持つ「微妙さ」であると、僕は考えています。激しい闘い。「光」と「闇」が拮抗するなかで、イルカは必死に思い起します。かつて味わった自分の「苦しみ」を…。忘れ去ってしまいたい過去を…。

「両親が死んだからよ……
誰もオレをほめてくれたり
認めてくれる人がいなかった
…寂しくてよォ…
クラスでよくバカやった
…人の気をひきつけたかったから
優秀な方で人の気がひけなかったからよ
全く自分っていうものが無いよりはマシだから
ずっとずっとバカやってたんだ」

イルカが独りぼっちで踞(うずくま)る寒々しい部屋…。
思い出したくない冷たさ。それは、孤独。
自分を覆い尽くしてしまうような「闇」…。

「苦しかった」

イルカの「本心」の露呈……。
この「苦しみ」の中をイルカは生きて来たのです。
そして、同じようにナルトも生きているのだと…。
イルカはそれを認めるのです。
イルカは「光」を思い出すのです。
そして、イルカの内から「贖罪の念」が漏れ出します。
それは、ナルトへの「共感」と言い換えても良い。

「そうだよなぁ…
ナルト…
さみしかったんだよなぁ…
苦しかったんだよなぁ…」


イルカの涙がナルトに降り注ぎます(1巻/40頁)。イルカの涙は勿論、風魔手裏剣を背中に受けたからではありません(笑)。あの涙はイルカの「後悔」の涙であり、「謝罪」の涙だったのです。自分が受けた苦しみをこの子にも感じさせていた。それに気付いていたのに、目を背けていた…。イルカも弱かったのです…。

親が子供に教える「道徳」はただ一つ。

「自分がされて嫌な事は他人にしてはいけない!」

それは、凄くシンプルな「心構え」なんだけど、今のオトナ(の多くは)はそれを忘れてると思う。僕も忘れてる時がある。通勤電車でも、そんな「忘れてる」だろうな…と感じるオトナをよく見かけますよね(苦笑)。きっと、その人も(子供を養っている)「親」なんだろうけど、忘れてる…。「心」が疲れてるのかな。働く事で一杯一杯…。でも、それは家庭を守る為。愛する子らを守る為…なんだけど…。今は、そんな哀しい時代ではある。

だから、と言ってオトナが「大切な事」を教えて行かないと、子供らにはなかなか見つけられなから、ここは奥歯を噛みしめて、オトナが踏ん張る必要があると思うんです。オトナがオトナとして、清らかで凛然とした「行い」を、子供らに示し、伝えて行く必要があるんじゃないでしょうか。それがオトナの役割だと、僕は思う。忘れちゃいけない。思い出さないといけない。何とかしないといけない!!

イルカが零した「涙」を
オトナは重く受け止めるべきです。


生活、社会、時代、世界…。何かのせいにしちゃいけない!!(何もかも「九尾」のせいにする木の葉のオトナと一緒になってしまうから…)オトナが堂々として、踏ん張って、最低限の「心構え」だけは、子供らに伝えていかないといけない!!自分がされて嫌だと思う事は決して他人にしちゃいけないんだっ!!一人一人がそれを肝に銘じれば、世の中はどんなに清らかに澄み渡るでしょうか!!

弱輩で(しかも、倫理観の乏しい…汗)僕がこんな事、言っても響かないかも知れないけど、そこは自戒の念も込めて(汗)…しっかりと伝えて行くべきと思います。イルカが示したように…。傷だらけになりながら、自らも変わって行ったように…。こんな哀しい時代だからこそ、オトナがしっかりと地に脚をつけて踏ん張らにゃならない!白いケルベロスは、そう「心」に念じて止みません(だから、テンプレを白くしたんではなくて…汗)。

「ごめんなァ…ナルト
オレがもっとしっかりしてりゃ
こんな思いさせずにすんだのによ」

だから、イルカはナルトに謝まるのです。イルカは本当に済まない気持ちで一杯だったのだと思います(ここにシンパシィを感じちゃう)。しかし、このイルカの「涙」の意味は、ナルトには判らなかった。それは、ナルトにとってはこれまで一度も味わった事のない「暖かさ」だったから。何がなんだか判らなくて、恐くなったのか、ナルトは一目散に逃げてしまいます。

「ナルトォ!」(イルカ)

「クククク
残念だがナルトは心変わりする様な奴じゃねぇ
あの巻物を利用し
この里に復習する気だ
さっきのあいつの目
見たろ!?妖狐の目だ!」(ミズキ)


「…ナルトは…
そんな奴じゃない…」(イルカ)

背中に刺さった風魔手裏剣を抜きながら、イルカはミズキを完全に否定しています(1巻/41頁)。イルカはミズキ=「黒いイルカ」を…イルカは自分の心の「闇」を乗り越える事が出来たのです。この後、両者は交戦しつつ、逃げ出したナルトを追跡します。イルカは変化の術(ナルトに化けてた)を駆使してミズキをあぶり出すも、逆にミズキの手に掛かりそうになります(イルカが弱い?ミズキが強い?)。

「ククク…
親の仇(ナルト)に化けてまで
あいつをかばって何になる
バカはお前だ
ナルトもオレと同じなんだよ
あの巻物を使えば
何だって思いのままだ
あのバケ狐が力を利用しない訳がない
あいつはお前が思っているような…」

尚も黒いイルカ=ミズキはイルカを「闇」に誘います(1巻/47頁)。でも、イルカが再び「闇」に支配される事はなかった。もう、揺れなかった。微妙じゃなくなった…イルカはそれに毅然とした態度で対応しています。ここで、ナルトが近くに潜む事にイルカは気付いてはいません。だから、これはイルカの「本心」だと思います。イルカはナルトに対する「恨み」を完全に払拭できたのです。

「ああ!」

近くで二人の会話を聞いていたナルトが凍り付きます(1巻/48頁)。この文節だけを受けると、肯定したともとれる。イルカが気を持たせたように切れ切れに話すから…。ミズキに手傷を負わされ瀕死でもないけど、結構、ヤバい状態ですから、仕方ない局面なんですが、ナルトは思いっきり落胆したかに見えます(キッシーの意地悪!!)。

(ケっ…
やっぱそうだってばよ!
ホラな…イルカ先生も
本心ではオレのこと…………
認めてねェーんだ)


このままだったら、『NARUTO-ナルト-』が読み切りで終わってします(この後、ナルトが「九尾の妖狐」になって世界を終わらせちゃうとか…笑)。でも、「そんな事はさせない!」と、ここでイルカが踏ん張るのです(これがオトナに求められている「頑張り」だと思います)。イルカは、僕らに、男の『ド性骨』を見せてくれるのです(笑)。

『バケ狐ならな。けど、ナルトは違う』

ポカン顔のナルトなんかお構いなしに話は進みます(笑)。ナルトは一応、樹の陰に隠れてますから…。一応、忍者だし。イルカの言いつけを守って、「禁術の大巻物」を大事に抱え込んで身を潜めているのです。イルカの言葉に呼応して、大巻物を抱きかかえるナルトの腕が<ギュウ…>と締まるのが切ないです。

「あいつはこのオレが
認めた優秀な生徒だ
…努力家で一途…
そのくせ不器用で
誰からも認めてもらえなくて……
あいつはもう
人の心の苦しみを知っている………」


これって、イルカの事じゃないの?と、
僕は、ほくそ笑んでしまいました(笑)。
イルカの中に棲む「光」が「闇」を一掃したんですね。
イルカも又、このエピソードで成長を遂げたのです。
人はどんなに歳を重ねようと成長できるのです。
人は変われるのです。昨日とは違う今日があるように…。

「今はもうバケ狐じゃない
あいつは木の葉隠れの里の……
うずまきナルトだ」

ナルトは溢れ出る涙と鼻水で、もうグジャグジャです(1巻/50頁)。もし、声を出して良い状況なら、ナルトは大声で泣きじゃくったでしょう。イルカは「木の葉の里のうずまきナルト」と言う忍者を認めたのです。ナルトの存在を認めたのです。ナルトの「心」をイルカは優しく、暖かく、柔らかく…抱き締めた。これまでナルトが一度も感じる事が出来なかった「愛」を感じた…ナルトが「愛」を知った…瞬間だと思います。

イルカはナルトを許せたのです!!

イルカは大切な親を九尾の妖狐に殺されています。そのせいで孤児になり、辛く寂しい幼年期を過ごさざるを得なかった。だから、イルカは九尾の妖狐が憎かった。そして、その憎き妖狐を宿したナルトも憎かった…のだと思います。イルカはナルトを抱き締める為に、先ず、ナルトを許す必要があったのです。これまで、イルカはナルトをこんな風に許せなかった。

…だから、微妙だったんです。

イルカの承認は、ナルトが存在する為の大前提でもあったと言って良い。ナルトには何の罪はないのに…。不条理極まりない話です。でも、誰もイルカを責められない。何者かのせいにしなければ、誤魔化せない…人は弱い生き物なのです。弱い生き物だから、イルカは泣くのです。そして、僕もその姿を見て泣いてしまう。

「!………」

「ケっ!
めでてー野郎だな
イルカ…
お前を後にするっつったが
やめだ…
さっさと死ね」

ミズキは尚も毒づき、風魔手裏剣をイルカに投げつけます(1巻/51頁)。消え去ろうとしている自分の「存在感」に抗うかのように…。それは、悪意の「断末魔」にも見えてしまいます。しかし、ミズキはイルカをできれば殺したくはなかったようです。ミズキはナルトだけが憎かったんです。やはり、ミズキはイルカと同じような境遇だったんだと思います。ほんの少し、イルカより器用だった…のかな。でも、僅差だな…。

「…イルカ先生に手ェ出すな…」

思いきりミズキを蹴飛ばし、イルカとの間に割って入るナルト。大巻物を手に鋭い眼光で威嚇します。その目は自信に満ち溢れています。そこには落ちこぼれの「ドベ」ではなく、凛とした「忍」としてのナルトが立っていました。この時のナルトの威圧巻は完全にミズキを圧倒しています。ナルトはイルカを守る為に、大切な人を守る為に行動しているのです。

『殺すぞ…』

この後、「禁術の大巻物」で独修した「多重影分身の術」で(そんな高度な術をこんな短期間で、しかも独りで修得出来んのかよーッ…と何処からともなく声が…聞こえない…聞こえない…笑)ミズキをボコボコにしてしまいます。そして、一件落着…。しかも、ナルトが一番苦手だった「分身の術」がイルカを救う「力」になるとは…。ミズキにはお気の毒ですが…(笑)、ナルトはめちゃくちゃ強かったッ!!

「人は…
大切な何かを守りたいと思った時に
本当に強くなれるものなんです」


この先の、ズーッと先のエピソードで、「白」が自らの命と引き換えにナルトに残す言葉。その形が露になる…ズーッと前に、ナルトの天然はそれを<サラッ>とやってのけるのです。ナルトの「魂」は既に「本当の強さ」を知っていたのです。「魂」とはかくなる存在と言う事です。人の無垢は全てを知っている。「心」がそれを邪魔しているだけなのです(詳しくは別の考察で…)。

(へっ!
本当に千人に分身しやがるとは……
その上……
残像ではなく実体そのものを作り出す
高等忍術"影分身"
…コイツ
ひょっとすると…
本当にどの火影よりも…)

イルカもナルトのポテンシャルの高さを感じています。それがナルトが「一楽」で吐いた戯言(ざれごと)に現実味を持たせた…。イルカはナルトに期待してしまったのです。僕らも予感した…。そして、この瞬間から、ナルトと僕らの「冒険憚」(ぼうけんたん)が始まることになったのです。長い長い「冒険憚」が…。

そして、イルカはナルトを呼び寄せます。

「…ナルト
ちょっとこっち来い
お前に渡したいもんがある!」

そして、優しく…その「言葉」をナルトに告げます。

『卒業…おめでとう』

イルカは念の入った事にナルトに目隠しまでしたいます(1巻/58頁)。別に変なプレイをしようとした訳ではなくて(黒汗)、ナルトを驚かせたかったのです。目隠しを外したナルトの目に映ったイルカは額当てをしていません。イルカは自分の額当てを外してナルトに着けてあげたのです。そして、ナルトに告げられた『卒業』。

この時、ナルトはどんなにか嬉しかった事でしょう。ホントはもっと早くに「親」が抱き締めてあげるんだろうけど、ナルトには叶わぬ事。それを、子供のナルトがどうにかできる筈もない。だから、オトナが思いやってあげないといけないんです。イルカはそれに気付いたのです。イルカもナルトといる事で変われたのです。そして、その姿を僕らに示してくた。それを僕らも感じないといけない。

で、イルカの額当てへのこだわりを観察すると、イルカが自分の額当てをナルトに付けさせた描写には大きな思い入れを感じてしまいます。その伏線はこのエピソードの序盤…イルカとナルトがラーメンを食べた「一楽」でのやり取りに残されています(1巻/18頁)。結構、ドタバタとふざけたやり取りなんですが、これを、物語の味わいを深める、美しい「楔」(くさび)だと、僕は受け止めています。

「……ところでさァ…
先生
お願いあんだけどォ…」(ナルト)

ラーメンを食べたナルトが何故だか、
イルカを拝んでいます。

「おかわりか?」(イルカ)

イルカもナルトの雰囲気に訝(いぶか)しさを感じてます。

「んーにゃ
木の葉の額あてちょっとやらしてー…」(ナルト)

ナルトは甘えるような口調だった?(笑)
子猫チャンみたい(ジュルッ……)。

「…あーこれか…!?
ダメ、ダメ!!
これは学校を卒業して
一人前と認められたあかしだからな!
お前は明日」(イルカ)


でもイルカは決してナルトに
自分の額当てを渡さなかった。
おまけにナルトは試験ができずに
落第してしまったし…(笑)。

「あっーだから
ゴーグルはずしてたなァ!」(イルカ)

「おかわり!」(ナルト)

「あ!」(イルカ)

と、まあ、こんなやり取りでしたが、流れで、雰囲気で…僕だったら、ナルトに額当てを付けさせたかも知れません。でも、イルカはきっぱりと拒んだ…。それは、別に大人気ないと言うのでもなく、ナルトが嫌いだった訳ではないと思います。これは純粋に、自分の額当てに対する多大な思い入れがあったんだと思います。決して、他者に触れさせてはならない。自分と同一の存在。それこそ「アイデンティティ」と言うものです。

そこには、イルカの「忍の一分」が存在したんだと、僕は考えています。自分の命にも等しい存在。額当てにはいろんな思いが詰まっているのでしょう。だから、どんな事があっても他人には渡さない。それ程、イルカにとって、忍にとって、額当てとは大切な存在である事が伺い知れる描写だと言えます。

だから、イルカがナルトに自分の額当てを着けさせ、一足早く「卒業」を告げた。この行いはイルカの額当てへの思い入れと対比して考えると、非常に大きな出来事であると言えます。イルカはナルトの「卒業」と同時に、自分の気持ちにも折り合いをつける事ができた…。イルカも過去の「苦しみ」から解き放たれたのです。

「今日は卒業祝いだ
ラーメンをおごってやる!!」

ワナワナと小刻みに軋むナルトの唇(1巻/59頁)。イルカはナルトを許し、認めたのです。これはイルカの「成長」とも言えます。二人は苦しみながら成長を遂げたのです。過去を乗り越える。変わって行く。人はいくつになっても成長できるんです。そして、それを成させたのがナルトです。ナルトの無垢で純粋な真直ぐさ。強烈な「光」。それを眩しく感じてしまう…。

イルカの「微妙さ」は誰しも持つ「闇」であります。同じように、僕の中にも「微妙さ」が淀みます。それを否定はできない…。イルカの「涙」は僕にも染みました。そして、同じ成分の「涙」を、きっと、僕も流している…。僕は弱い。人は弱い。だから、謝らないといけない。それで、許されるなら…。

僕もまた…「黒いイルカ」だったから…(遠い目)。



 
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間違ってないですよ!『ナル×ジャン』です!(汗)

 
キター!!(黒文字)

こんにちは!ナル×ジャンのケルベロスです!!

ブログのテンプレートを変更しました。できるだけシンプルで見やすいデザインにしてみましたがどうでしょうか?ところどころお見苦しい部分もありますが(画像にぼかしたフチを付けていたので、それを外したり、細々としたところ…)、ここ数日で修正していきます。「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」の動画を入れてたんですが、白抜きだったんで見えなくなってます(気付いたところは修正したけど…)誰か見つけたら教えて下さい(汗)(←見えないから困ってるのにね…)。

工事中でーすッ!!

「突然、何かをする!!」

それが僕です(笑)。ハンドルネームを「ケルベロス」から、「波風タテル」(本命)か「突然カワル」(対抗)か「問題オコス」(押え)に変えようかと検討しています(ウソ)。でも、いつも、心配かけてスミマセン。応援してくれる方々は、有り難い限りです。

それと、昨日はコメントに参加してくれた方々。楽しかったですね。また、チャンスがあったら開催したいので、その時はよろしくお願い致します。でも、この2週間は一本でも多く考察をアップできるように、努力しますね。

これまで「眼精疲労」や「偏頭痛」で苦しんでいた皆様。スミマセンでした!(笑)
 
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今年もよろしくお願いします(コメは保存済み)

 
皆さん、明けましておめでとうございます!!ナル×ジャンのケルベロスです!

コメントに参加してくれた皆さん。ホントに楽しかったですね。『NARUTO-ナルト-』のファンが、善意だけを持ち寄って語り合える…後半は特に盛り上がって楽しかったですね。やはり、こう言う「場」を誰かが提供していくべきかなと感じました。それ程、皆さんはガッついて、イヤ、『熱』がありました。アラシや悪意のない交流の場…これを、僕は課題として認識しました。ちょっと考えさせて下さいね。何とかしてみますんで…。

皆さんに頂戴したコメントは補完してありますんでご安心を……心より感謝します。僕は、もう暫く、書ける限り、「考察」を続けようと思います。もう少し、一方的に書かせていただきます。たまに、寂しくなったらコメント開けますんで、勇気を出して書き込んでみて下さいね。僕も、あまり波風を立てないように、静かに考察って行きたいと思います。暖かい目で見守って下さいね。いろいろとスミマセンでした。

本年もよろしくお願い致します!

ナル×ジャン ケルベロス
 
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第384話「二つの道…」

 
運命はついに、二人を重ね合う。

兄と弟の世界が終わった日から―何れかの終わりが始まっていた―。

振り向きざま、クナイを持つイタチの左腕を<ガッ>っと、いなすサスケ。イタチの重心は崩されたかに見えたんですが、クナイはサスケの胸元に向かいます。それをサスケは腰の草薙の太刀を一瞬抜いて受けます。イタチはボディバランスが良いのもあるけど、身体が柔軟なんだろうな…と思います。どんな形になっても攻撃を繰り出す。こうあるべきだとイタチはサスケに見せているかのようです。

<キン!!>と、鋭い金属音が響き渡ります。襲いかかるイタチのクナイの切先をサスケはしっかりと草薙の太刀で受けます。キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!「民宿・お越」から颯爽と出て来たサスケを僕らは疑ったものですが(あの時は「鞘」だけがチラ見してた…)、やっぱり持ってましたね…「草薙の太刀」。予想通りです。時空間忍術、恐るべし!!です(笑)。

しかし、サスケの草薙の太刀って、デイダラ戦で踏み台に使ってから回収しましたッけ…(汗)。サスケが踏み切ってC2ドラゴンを落として…。その後、大爆発で両者は横に跳んで逃げたから…。あの時、サスケが草薙の太刀を回収した描写はなかった…筈です。いきなり、普通に使ってるけど、何も説明がないですね(笑)。

あの時は「ナル×ジャン」もコメントがあって、皆で話し合った結果、時空間忍術の応用で、口寄せ動物みたく帰還して来るって話になりましたっけ。願わくば、サスケが休息をとった「民宿・お越」の襖(ふすま)を開けて、草薙君がコソコソと帰って来るのが希望でした…が、サスケ的には草薙の太刀の手元に遺された「鞘」に一瞬で帰還するのがカッコ良いですね。

サスケの刃の受け方に痺れてるケルベロスです。草薙の太刀は「チャクラ刀」ですから、その「刃」(やいば)は相手がクナイであろうとお構いなしに切り裂いてしまいますから(天地鏡編のヤマトとの攻防参照)、草薙の刃でイタチのクナイを受けたら、サスケの綺麗な顔にクナイの切れ端が突き刺さる可能性がありました。

勿論、イタチの手も傷付くんですが、それでは痛み分けになてしまう。未だ闘いも序盤。お互いの手の内を探り合う局面ですから、サスケもそれを望まなかったわけです。それを一瞬で判断したサスケの「思考速度」に痺れちゃうのです。その上で、サスケは草薙の太刀の「鎬」(しのぎ)の部分でイタチのクナイの「切先」(きっさき)を受け切った訳です。

これが「棟」(刀身の背の部分)で受けると、今度は押し込まれ自分に刃を立ててしまう事になるので、カッコ悪いですから、鎬地で受け切るの以外、イタチのクナイのあの距離での攻撃は回避不能だったのです。唯一無二の選択。それを一瞬で下す…サスケの胆力と判断力に脱帽してしまうのです。オトナになったなぁ。強くなったなぁ…(遠い目…)。

「反りが合わない」「もとの鞘に収まる」「伝家の宝刀」「鞘当て」「焼きを入れる」「焼きが鈍った」「つけ焼刃」「地がねが出る」「折紙つき」「懐剣」「目貫通り」等等…「刀」にまつわる「言葉」はめちゃくちゃ多いんです。日本の文化が如何に「刀」を大切にしていたかが窺い知れる部分ですね。

サスケはイタチと文字通り『鎬を削る闘い』を繰り広げている!!

でも、この一戦は、イタチがサスケに課した「小テスト」みたいなものなんです。イタチはサスケの「成長」を直に試しているんです。「体術」「忍術」「幻術」…"写輪眼"が見据える「全て」を、イタチはサスケに問うているのです。この後、出て来るんですが、イタチの闘い方は不可解な描写があります(笑)。イタチはこの日をその「眼」に映して生きて来たのです。

サスケも今日、この日の為にこれまで修行して来たのです。不本意ながらも、大蛇丸に「力」も求めました。里を捨て、友を捨て…サスケも、この日の為に生きて来たのです。そして、ようやく二人がぶつかり合う「時」が訪れた。別々の道を歩みながら、ようやく交わった…。それぞれの「眼」に何を映していたかは、今は知れませんが…。

「ぐっ!!」

しかし、イタチは草薙の太刀を易々とかい潜り、そのケリがサスケを襲います。<ガッ>と、結構な圧力のケリがサスケを仰け反らせます。サスケも、負けじと踏み止まり、逆手の草薙で刺突に出るも、体を翻したイタチの柔軟な捌きに、<スカッ>っと空を切ってしまいます。この攻防を"写輪眼"同士の闘いとして捉えると、動態予測などの「見切り」に関しては、イタチがサスケを凌駕しているように感じられます。

イタチは咄嗟にサスケのマントの奥襟を掴んで、それを支点に身体を回転させて、その反動をそのまま投げに転じます。<ザッ>と、踏ん張ったかと思うと、軽々とサスケを投げ飛ばしてしまうのです。特にイタチはマッチョじゃないけど、身体の使い方が上手いんだろうな。<ゴツ>と、けたたましく地面に打ち付けられるサスケ。そのまま、<ザザ>と投げ出されます。

しかし、この時、イタチは無防備なサスケの背後を支配していたにも関わらず、サスケに刃を向けてはいません。片手にはクナイをしっかりと保持し、自由であったのに、その刃でサスケを穿つ事はありませんでした。これって、「愛」なのかな…。イタチは「小テスト」をサスケに課している最中だから、無碍にトドメを刺したりはしないのです。先ずは「体術編」と言ったところ…かな。

サスケもイタチの攻撃に怯みません。痛みを痛みともせず、勇猛果敢に止まる事を知りません。そして、印を結び、チャクラを錬り込みます。その動きは淀みなく、迷いなく…。サスケの左手首に右手が添えられる…あのポーズ。カカシ直伝の雷遁忍術…伝家の宝刀……。

「千鳥…」

しっとりとした…静かな「発動」でした。「怒り」にまかせたものではなく、感情を押し殺した冷静な「励起」でした。<バチチチチ>と小気味良い千鳥の鳴き声…。見つめ合う"写輪眼"…。時計の針が動くのを躊躇(ためら)うような重苦しいほどに騒がしさを感じない。全てが息を潜めるような不思議な空間がそこにはありました。

「…アンタの言った通り…アンタを恨み、憎み、そして…
アンタを殺す為だけにオレは…生きて来た!!」

イタチ&鬼鮫の「暁」2マンセルの木の葉強襲のエピソードで(17巻/38頁)、イタチとサスケは対決しています。「対決」と言うには余りにも一方的な闘いではありましたが、その時、一度、サスケはイタチに「千鳥」を見せています。「………千鳥…?」と、イタチ(ばかりか、鬼鮫まで…)もサスケの繰り出したその「術」に目を止めています。

特筆すべきは、サスケの昂り具合です。木の葉強襲編ではサスケは、制御不能にも思える「怒り」に委せた闘い方が今は影を潜めている点です。あの時は、<ペリペリ>と自らの身体も焦がすような「千鳥」でしたから…。イタチに迫りながら壁を削っていましたね。でも、当らなかった。あの一戦では、サスケの「想い」と「行動」が噛み合っていなかった…。

「怒り」の大きさに「心」や「身体」が相応(ふさわ)しくなかった…。
あの時の…サスケは、まだ幼かった…。子供だった…。

サスケが出ます。これはサスケのタイミングでした。誘われて出たんではない。仕掛けるタイミングは一対一の格闘戦においては非常に重要です。機先を制したものがその後の流れを作れるからです。サスケは自分のリズムにイタチを乗せているのです。サスケの確実な成長を感じる場面です。

低い姿勢で、イタチに一直線に向かいます。その流れの中で、先の攻防で置き去りにした草薙の太刀を拾い、尚もイタチに向かいます。そして、左手を振上げたかと思うと、地面に掌を<ダン>っと当てがいます。サスケは、何か考えのある「眼」でイタチを睨みます。

「千鳥流し!」

千鳥の電撃が地面を這うように広がり、イタチの足下を脅かします。千鳥が雷遁で「土」の属性に対する優位性があって、放電現象を上手くコントロールできるんでしょう。普通に考えたら「アース」(接地)で、電撃が拡散吸収されてしまいそうに感じてしまいますが…(汗)。

地を這う電撃を避けるようにイタチは上に飛びます。しかし、これは「安易」だと直ぐに辿り着く考えです。今までのイタチの無駄のない流れのある攻防一体の動きを見ていると、これは解せない。こんな簡単な詰め将棋で、イタチが容易く「詰めろ」の状態に自らを置くものでしょうか。

身動きの取れない空中にいるイタチにサスケが畳み掛けます。逆手にもった草薙の太刀の切先がイタチの心臓を貫いている。サスケは千鳥流しを地面に流した直後、踏み切っていたんです。イタチが上に逃げるのを予想してたんですね。サスケはありとあらゆるシミュレーションを重ねて来たんだろうな。「忍術」の小テストは合格…かな。

イタチを殺った確信?!サスケのこの表情は…「してやったり!!」と言わんばかりの嬉々とした表情は何なんだろう。サスケには手応えがあったからこんな顔になったのかな。憧れ続けたイタチに、兄に自分を示せた事が嬉しかったんだろうか。この辺は「裏のかき合い」なんで良く判らない。でも、やる気満々なのがサスケだけって言うのも…何だか…ね(笑)。

「強く…なったな…」

イタチはサスケにこの言葉を伝えたかったから、ワザとサスケに刺され、この間合いを作ったのかな…と思ったりしています。イタチはサスケとしんみり、話がしたいんじゃないのかな。「強くなった」とイタチが言うのには、「忍術」も「体術」も合格!!って言う気持ちがあるんだと、僕は思います。イタチはサスケのように「殺意」をむき出しに闘っているわけじゃないんだから…。

最後に…イタチ…アンタに聞きたかったことがある」

そして、サスケもイタチに聞きたい事があると言う…。僕もイタチには聞いてみたい事が、そりゃもう山のように…(汗)。「冬休み電話イタチ相談室」(ラジオの番組風)なんかやったら、電話も鳴り止まないでしょうね(笑)。サスケが聞きたい事って…。もしかして…アレ?。

そして、イタチの右手が静かに動きます。<スッ…>と、サスケのおでこに向かうように…。もしかしたら…「デコトン」?皆もそう思いましたよね。でも、それって最後の最期の儀式と心に決めてた筈(誰が…勝手に…そんな事…笑)。サスケが幼き日々の、暖かき想い出として、今も心に仕舞ってある、あの名シーン…です。

キター!!(黒文字)

カッコ良くて、男前で、優しく、暖かい。おまけに、強く、逞しい。兄・イタチ。どんな事をしようと「越えられない」と思える大きな「壁」として聳え立つ兄。その偉大なる「兄」の存在との数少ない接点。物理的な接触。それがサスケにとっての「デコトン」です。サスケはイタチがおでこを突く指先の圧力で「兄」を感じていたんんです。

あの心地よい「痛み」が、今もサスケの「おでこ」に残っている。サスケは「デコトン」をされると判りつつイタチに飛び込んで行ったのです。兄に触れてもらいたかったから…。イタチに自分を示したかったから…。サスケも兄を感じたかったから…。

でも、この時のサスケの「眼」も、明らかにそれを期待してる「眼」でしたよね。闘いの最中、敵の指先が至近で自分の顔に向けれれるのを、ただジッと見つめるだけなんて、その直前の「悪顔」(笑)のサスケと比べると解ると思いますが、サスケも思いっきり期待していましたね(笑)。

でも、その直前にイタチの指先はあっちの方に<スッ>と向けられます(笑)。その指の方向を見ると、玉座にはイタチが坐っています。ピンピンしている。ちょっと落胆したサスケが眼下の倒れたイタチに眼をやると、例の烏の「幻術」(分身)である事が判ります。

「前と全く同じセリフに烏…お得意の幻術で茶番か…」

その前の玉座に坐るイタチに気付いた時の、サスケの「ポカン顔」に胸キュンでした(汗)。サスケはイタチの「背中」に辿り着けたと感じていたんだろうな。でも、それをスカされた。それも、あの洞窟での一戦と同じ手でやられた…。そりゃ、「悪顔」にもなるってもんでしょう(笑)。サスケもズーッと頑張って来たんだからね。

「何が知りたい?最後ではないが聞いてやる」

僕はこのイタチの「最後ではないが」に注目しています。この闘いの導入で、イタチはサスケに「どこまで見えている?」と聞き、「再現してみろ」と命じました。つまり、イタチが「最後ではないが」と言う以上は、この局面は未だ「途中」にしか過ぎないのです。イタチにはもっと先が見えていると言う事です。

千鳥流しの応用でイタチをまんまと追い詰めたかに見えた先の攻防にしても、イタチはワザとサスケの攻撃を受けているかのように感じられます。イタチの振る舞いは、サスケの成熟度を推し量るカリキュラムのようでもあります。しかも、サスケは「最後に…」と事を急いているようでもある。サスケにはイタチが見据える「ビジョン」は見えていないんじゃないでしょうか。

やっぱり、イタチの言う「最後ではないが…」の含みが気になる…。
イタチとサスケ。二人の「眼」は…同じものを見てはいない………。

「…もう一度言う…」

「ぐふっ…」

玉座の背後に潜(ひそ)んだサスケが、玉座の背もたれごと、草薙の太刀でイタチを串刺しにしています。ま、こんな事でイタチが殺られてしまうなんて、誰も信じちゃいないとは思いますが(汗)、かなりショッキングなシーンではありました。やっぱり、サスケは「悪顔」(笑)。昔は、こんな悪役キャラじゃなかったのにね…(汗)。デイダラと殺り合った辺りからこんなになっちゃったのね(汗)。

「幻術…」

広間で闘っていたサスケが崩れ、蛇たちが<ボタタタ!>と散らばります。サスケも蛇を使った幻術を駆使して、イタチの幻術と闘っていたんですね。サスケの「幻術」にイタチは「合格」を出すんでしょうか?しかし、これで…奇しくも、「体術」「忍術」「幻術」の見極め項目が出そろった事にサスケは気付いていない(笑)。

それに、イタチは"万華鏡写輪眼"を未だ使ってはいない。

「最後に…アンタに聞きたいことがある…
そう言ったんだよ…クソヤロー」


アンタ、そんな「汚い言葉」をいつから使うようになったの…(汗)。しかも、イタチ兄さんに向かって…(汗)。大蛇丸が教えたんだね(笑)。しかし、サスケは「何」をイタチから聞き出そうとしてるんでしょうか?そろそろ、来るのか?!『写輪眼の本当の秘密』…。それか…『うちは虐殺』の真相(お願いだから、「水月VS鬼鮫」にはフラないで!!)。これから2週間、どうやって過ごしましょうか………(滝汗)。

 
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