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第395話「トビの謎」

 
「行け」

<ガサガサガサ>っと、シノの闘気が乗り移ったような蟲のアーチが解(ほど)けて、トビ(マダラ?)に襲い掛かります。<ザッ>っ押し寄せる蟲たちはまるで放水のような密度です。シノの寄壊蟲はシノの命令に従順に反応しています。描写からは「行け」と言うシノの言葉に反応しているようです。また、シノの台詞に"!"(エクスクラメーションマーク)が付いてないところから、シノの声は抑えた感じで、そんなに大きな音量ではないようです。

「うわあ!キモいって!!」

トビ(マダラ?)は例のように、戯(おど)けるようにシノの蟲による攻撃を<サッ>っと躱(かわ)します。蟲の飛翔の速度=攻撃速度でしょうから、クナイを投げるよりは遅いのかも知れません。でも、シノの蟲は寄壊蟲だけなんでしょうか?ウロなんですが、生物の中で一番高速で飛翔できるのは昆虫類に居て、バッタだっけ、コガネ虫だっけ、ソリッドな感じの蟲だったような…。もし、そんな蟲も使えるなら、超攻撃的な隠し玉も考えられるんですが…。

「何だよ。簡単にかわされてんじゃねーかよ!」(ナルト)

「油女一族は一点集中型の攻撃ではなく
空間を大きくとった広範囲型攻撃を得意とするんだ」(カカシ)


「ナルト。お前はシノと組んだ任務数が少ねーからな
ここはシノに任せて見てろ!蟲の邪魔になっからよ」(キバ)

カカシは別格として、キバはシノと同じチームだから、寄壊蟲の怖さを良く知っているんでしょう。キバがシノの機嫌を損ねないに気を遣うような素振りを見せるのも、シノのホントの怖さを知っているからだと思います(ま、キバがシノに気を遣う本心は、シノのホントの良さを知ってるからなんだけどね)。木の葉小隊にあってキバがシノを見る目は他とはちょっと違う暖かさがあると思います。

蟲を使うから、「キモい」って言うトビ(マダラ?)のデリカシーのない反応は、表層を見るだけの心ない反応であって、その人の「本質」を見つめるにはほど遠い…。もっとも、トビ(マダラ?)にその必要もないんだけど、ホントに愛せるキャラって、敵でも見方でも「心」があると思うんです。それを見極める目は必要だと思う。ホントの意味でその人間が持つ「良さ」を見抜ける目って大切だと思います(トビは確信犯だから嫌なんですよ…個人的には…それってホントの「悪」だと思うから)。

「散れ」

さあ、ここからがシノの寄壊蟲による攻撃の真骨頂。あっさりと躱された寄壊蟲が<バッ>っと、一気に霧散します。トビ(マダラ?)も「!」っと、一応びっくり?していますね。霧散した寄壊蟲はカカシが言及したように、広範囲に広がり、トビ(マダラ?)を中心に5メートル程度の空間を埋め尽くしています。それは潜水艦を雁字搦めにするような…海中を埋め尽くす機雷群のようでもあります。

「あれで逃げられない。蟲を全てかわすことは不可能だ」(カカシ)

「おお!」(ナルト)

自分が完全に包囲網に取り囲まれた事をトビ(マダラ?)も感じているようです。カカシもシノの初手の攻撃回避をナルトのように落胆しなかったのは、この次の手がある事を知っていたからだと思われますが、それはトビ(マダラ?)も同じ筈。こんな風に押し込まれたような素振りをするのは如何にもわざとらしい…。

(かわしているのか、すり抜けてるのか…アイツの術を見切ってやる)

シノは冷静にトビ(マダラ?)に対峙しています。シノはトビ(マダラ?)を"攻撃"してると言うよりは"調査"しているのです。基本的にシノの任務は特殊なものが多いようで、トビ(マダラ?)の特殊性に怖じ気付いてはいないようです。特殊な状況に馴れてる…そのせいで毎度毎度「おいてけぼり」になってるんじゃないかな…と思いました。サスケ奪還任務だって、別の任務で不在だったからだし。

「やれ」(秘術・蟲玉!)

静かな号令と共に、霧散した寄壊蟲の機雷群が収縮して行きます。寄壊蟲の一群は密度を増しながらトビ(マダラ?)の包囲網を狭め、綺麗な球型を形成して行きます。文字通り「蟲玉」ですね。しかし、トビ(マダラ?)が「!」と、なす術もなく手を拱(こまね)いてピンチに陥っているかのような反応をしてるのは無視よ…無視(笑)。

「よっしゃ!いいぞ、シノ!!」(ナルト)

「オレが決める」(シノ)

「何故なら任務に参加している以上
今回こそは役に立たなければならない」(シノ)

「ったく。まだ根に持ってんのかよ!」(キバ)

シノが「オレが決める」と言ったのは、ここまで追い込んで仕留められなかった相手が居ないからじゃないかと思います。トビ(マダラ?)の能力を探るのが当初の目的だったんだけど、ここまであっさりとトビ(マダラ?)を拘束できたことで欲が出たのかも知れませんね。「くっ…」っと、苦しみもがくように「蟲玉」に飲み込まれるトビ(マダラ?)の戯けた仕草がミスリードを誘ってるんだろうな…と思います。

そして、ここでキバが入れる"間の手"はシノの自尊心を満足させる"愛の手"なんですね。これって、キバの優しさや気遣いのきめ細かさを表しているんです。長い付き合いみたいだし、キバとシノも良いコンビだな…。こう言う友達と出会えるって、幸せな事だと思います。見逃しちゃいけない大切な出会いなんじゃないかな…。

「みるみるうちに蟲が…
あれだけの蟲をこうも自由に操れるなんて…」(サクラ)

サクラはチャクラコントロールが繊細な素養があり、それが医療忍術や瞬間的なチャクラ集約による怪力を我がものとしています。シノも秘伝系の忍術で蟲を操っているわけですが、この蟲の量を遠隔操作でここまで精密に操るシノの技量の高さにサクラは驚愕しているのです。ここがナルトのような表面的にシノの特異さに驚いているのと違う点です。

<ズズズ>っと、「蟲玉」に飲み込まれるトビ(マダラ?)は人形(ひとがた)に圧迫されて行きます。蟲同士の連携が拘束衣のようにトビ(マダラ?)を確保してしまったようです。蟲嫌いにはこの攻撃、予想以上に効くでしょうね。トラウマになっちゃうくらいに…。

「ヒナタ。どう?」(カカシ)

「ハ…ハイ!ターゲットのチャクラは確認できます
確かにシノくんの蟲たちの中にいます」(ヒナタ)

ヒナタは白眼で透視できますから、「蟲玉」の中にトビ(マダラ?)が存在してる事を確認できる筈です。ヒナタの証言の精度は非常に高いと思われます。カカシも異論がないところを見ると、「蟲玉」に飲み込まれる過程で、トビ(マダラ?)が変わり身をしたとか、印を結んで術を発動して既に回避した形跡を察知していないと思われます。つまり、明らかにトビ(マダラ?)は「蟲玉」に拘束されている。

「ヤマト!」(カカシ)

「ハイ!」(ヤマト)

「いつでも攻撃出来ます」<ススススー>(ヤマト)

カカシはヤマトに号令し、ヤマトはそれに阿吽(あうん)で応えます。これは暗部時代の連携なんでしょう。カカシは"写輪眼"で対象を警戒していて、不穏な動きを見逃さないだろうし、ヤマトは木遁忍術による"触手?"で、遠間の接敵が可能です。対象の捕獲・拘束と言った任務で二人は大活躍してたんじゃないだろうか…それが、通常の忍が相手であれば…の話ですが…ね。

「どうなの。シノ?」(カカシ)

「手ごたえは感じる…」(シノ)

「何故なら寄壊蟲がチャクラを吸い取っている
活発な動きが見てとれる」


カカシは、今度はシノにトビ(マダラ?)の状況を尋ねています。このシノの返答からすると、寄壊蟲がチャクラを餌とし、シノとは自分のチャクラを与える事で契約関係を維持する秘伝の一部が垣間見えます。寄壊蟲はシノと居る事で喰いッぱぐれないわけです。そして、シノの指示通りに動けばこうしてご飯(チャクラ)にありつける。

また、「活発な動きが見てとれる」と言うシノの言葉からは、寄壊蟲がチャクラを吸うのが、寄壊蟲の為であり、本能的な食欲?を満たすような行為である事が窺えます。つまり、シノは端的な命令…例えば「行け」とか「「散れ」とか…を下すだけで、その後は寄壊蟲の「本能」(食欲)によるオートマチックな攻撃であるわけです。

そう考えると、シノは寄壊蟲の「習性」を利用している事に気付きます。だから、サクラが「あれだけの蟲をこうも自由に…」と驚いていたのは、傀儡の術と対比した場合の驚きで、シノは別にチャクラ糸を一本づつ、無数に屯(たむろ)する蟲たちに繋げているのではなく、状況を蟲に与える術(すべ)を知っていると言う点に触れてはいません。つまり、サクラの驚きは「人の目」であり、考え方なのです。

カカシがシノに期待しているのは、それとは違った視点…つまり、「蟲の目」です。シノは状況を蟲に付与し、蟲はその状況に反応しているだけで、それが結果的に攻撃になっている。蟲たちには人のような"知性"もない代わりに(これは仮定です!もしかしたら、めちゃくちゃ賢いかも知れません…寄壊蟲って…汗)、忌むべき"思い込み"もない。寄壊蟲の「本能」や「習性」がトビ(マダラ?)と接しているのです。

そして、カカシはその寄壊蟲の「蟲玉」に捉えられているトビ(マダラ?)の反応からトビ(マダラ?)の能力を分析しようとしています。これは非常に面白い検証であると思います。カカシは、班員の個性を良く把握していて、まるでオーケストラのコンダクターのように変化する状況に対応しています。精神的な支柱にもなっている。できる上司と言った感じで、イカしてますね。

でも、一人だけその緻密な分析の外にいる忍者がいます(笑)。さっきから大声を張り上げてる…ホントはこの物語の主人公の筈の…ナルト…その人です。でも、そんな本能に近いような、無垢な反応が得てして突破口になったりもします。天然で言うと、キバもそうで、トビ(マダラ?)みたいな相手には知識や経験が豊富なタイプより、何も考えてないかも知れない系のナルトやキバが向いてるかも知れません。

「よし!そのまま吸い尽くしちまえってばよ!」(ナルト)

「!?」(シノ)

シノが違和感を感じた瞬間。人形(ひとがた)を形成していた寄壊蟲の「蟲玉」が<ペシャン>と崩れます。そして、<バラッ>っと霧散してしまう。恰(あたか)も羽布団から溢れ出した羽毛のように…。これまで統率のとれた斉一な動きをしていた寄壊蟲の群れが「烏合の衆」と化してしまったのです。

「どういう事だ?」(シノ)

寄壊蟲が「烏合の衆」と化したのは、シノが状況を与えていないからで、逆に、この寄壊蟲の慌てっぷりは、これまでのシノの蟲の使い方に綺麗に符合しています。蟲には「先入観」(思い込み)はありませんが、人にはある…この弱さが次のシノの台詞から多量に感じられます。

「チャクラに反応していた蟲が突然、奴を見失った。
ありえない…」(シノ)


「瞬身の術?」(サクラ)

「いや…瞬身の術ではない」(シノ)

「何故なら、もし瞬身なら蟲たちは奴が飛んだ方向へ反応して動く。
逃しはしない」


先ず、対象の存在する空間の半径5メートルを占拠し、その状態から包囲網を狭め、対象を捕獲して行った…。その間、寄壊蟲が対象のチャクラを狙い撃ちにして追い詰めてるから、物理的に「蟲玉」の包囲網を回避する術(すべ)はないし、実際にその徴候を確認はしていない。それがシノの言う「ありえない」です。

つまり、シノは自分の「現実の枠」で考えてしまっているのです。しかし、そこにはシノの受けて来た教育とか、これまで実戦で培って来た経験が影響しています。これは、概ね悪いことではないのですが、トビ(マダラ?)を相手にしたこの局面ではマイナスに働いてしまったようです。

時空間忍術による瞬間移動は、それこそ"反則技"に近いような最強技です。かつて、「木の葉の黄色い閃光」と恐れられた四代目が「九尾事件」でその命と引き換えにするまでに追い込まれた理由がそこにあるのかも知れないな…なんて考えたりしてます。

「九尾事件」の張本人はマダラみたいだし、四代目とマダラはガチで交戦してるんじゃないかと思います。今、難攻不落にも見えるトビ(マダラ?)ですら、四代目とは脅威に値する存在だったんじゃないでしょうか。マダラは四代目の存在が疎ましかったのでは…。

しかし、「九尾事件」の失敗をしてイタチがマダラを「負け犬」とするのがしっくり来ないでいます。自分の師匠だとか相棒だとか言ってるのに…。もう一度、「九尾事件」は見直す必要があるなと思います。全ての謎の原点…「九尾事件」を。

この場合は、一度、寄壊蟲を呼び戻し、蟲たちを手の内を収める必要があると思います。やはり、「蟲玉」をこうまで完璧に破られたのが、シノにはショックだったのでしょう。いつもの冷静で落ち着きはらった年齢に不相応なシノの、こうした脆さが見えるのは可愛いな…と思ってしまいます。

しかし、この状況すら冷静に分析の材料にしてしまうのがカカシ…なんですが、カカシもやはり人。知識や経験が豊富な人だから、余計に「先入観」の影響を受けてしまうんですね。その意味では表面的な機微に一喜一憂するナルトの方が救いがあったりして…。

(あの状態で時空間忍術を使ったということか
いや…そんな事はありえない…)

しかし、カカシには「時空間忍術」を知っていますから、選択肢はシノよりは豊富です。「時空間忍術」=四代目と言ったところでしょうか。その凄さは「神無毘橋の戦い」で、生死の境を彷徨うような苦闘のなかで、カカシは嫌と言うほど、見せつけられていましたね。

「…そんな…突然…消えた…」(ヒナタ)

ヒナタが「消えた…」と言っているのは、トビ(マダラ?)のチャクラです。チャクラとは忍術における動力源。その「在り処」こそが、出力デバイスである術者の居場所と言う見識なのでしょう。ヒナタは白眼を展開していますから、この認識の精度は高い筈です。そして、その認識力は、ほぼ360度で全方位ですから、ヒナタの「消えた…」はこの戦域…少なくとも瞬身の術の間合いの中には居ないと、僕は考えています。

つまり、トビ(マダラ?)は何処かに跳んだ…。

(印も結ばず、マーキングも口寄せも無しに空間を飛んだってのか?
それじゃ四代目以上の時空間忍術だぞ!)(カカシ)

恐らく、カカシの中で忍界最強が四代目…つまり、ミナトでしょう。それを超える忍術や忍者の存在に対してカカシが否定的な点に、僕は注目しています。それがカカシのミナトに対する認識…存在感なんだと思います。サスケがイタチを見る視線にそれは似ている。これはカカシの持つコンプレックスなんだと思います。その為、カカシの口から四代目やそれにまつわる記憶の露出が極めて少ない…(詳しくは…別の機会に)。

「体全体を消した…奴は存在を消せるってのか?」(ヤマト)

「そんな……でも…!
自在に体を消せると仮定すれば、体の一部分だけを消せても不思議じゃない…
だとしたら、体に当たるであろう外的攻撃のその部分だけを消すことも…
そうすれば攻撃はすり抜けて見える」(サクラ)

「やはり攻撃はかわされていたわけじゃなく
奴の体をすり抜けてたってことか…」(カカシ)

トビ(マダラ?)の不可解さが余程ショックだったのかな…。もう、こんな事、分かったって何にもならない…と言うような内容に終始してますね(笑)。サクラの「体を自在に消せるから、一部分も可能」なんて考えは意味不明なんですが、みんな必死に真剣に考えてるので、邪険にするのもアレなんですが…。

僕はトビ(マダラ?)は二人居るんじゃないか?と考えています。実体のあるトビ=物に触れる=攻撃できる…と、実体のないトビ=全てがすり抜ける…が、何らかの方法で入れ代わっているんじゃないかと思うんです。体全体を消すのより、攻撃される一部分を消す方が大変でしょ(笑)。

以前、デイダラの大爆発の後。雨隠れに帰還して、ペイン(壱)と小南の顔バレがあった時に、黒幕(トビ?)とおぼしき人物の描写が引っかかるとタレコミがあって、僕もチクと分析中なんですが、あの時の描写が何かのヒントになるんじゃないかなって考えてます。

<キッ>(白眼!!)(ヒナタ)

「ワン!ワン!」(赤丸)

「見つけたわ…あそこ!」(ヒナタ)

ヒナタが再度、トビ(マダラ?)の気配を捕捉します。一度、何処かに消え失せた(跳んだ)トビ(マダラ?)が、白眼の守備範囲の内に舞い戻ったのだと思います。一同、その意外な方向に出現したトビ(マダラ?)に「!!」と驚いています。

「いやー!どーも どーも」(トビ)

「くっ!」(ナルト)

(オレの鼻から逃げられっと思うなよ!)(キバ)

「通牙!!」<ギュン>

キバだけが辛うじてトビ(マダラ?)の存在を察知していました。デイダラの大爆発で、消え失せたサスケの臭いをキバは何故だか追尾できました。「今のオレは犬以上に鼻が利く」(40巻/92頁)と術の内容の説明はありませんでしたが、物理的な臭いの追尾ではなく、サスケのマンダの口寄せを利用した時空間移動を追尾したことから、時空間に及ぶような追跡能力かと思います。つまり、それがトビ(マダラ?)のイチ早い捕捉に繋がった筈です。

<ガコッ>「ぐっ!」<ズン>

ただ、臭いで敵を感じるタイプだから、ある程度、ざっくりした範囲での認識してるようで、非常にカッコ良い攻撃ではありましたが、事も無げに躱されてしまいました。キバの攻撃は直線的過ぎるのかも知れません。性格的な問題もあると思いますが、こう言う自分の弱点を分析して改良を重ねる必要があるように思います。

「こら、キバ!一人でムチャしない!!」(サクラ)

「…………」(←キバを良く知る人々。或いはオトナ…)

「キバくん…今のは単にかわされただけだと…」(サイ)

「クゥ~ン…」(赤丸)

で、明らかに、このKYな発言はサイだと思います。背中からニョキッと仕込み刀が飛び出してますよね。天然のKYですし…。オトナのカカシとヤマト。それとシノはキバのこの何とも無惨で滑稽な結末に閉口はしていますが、ことさら人前でそれを突き詰めたりはしません。こう言う指摘は二人きりで、人目を憚(はばか)って伝えるのが礼儀と言うものです(笑)。サイにもまだ「心」が備わってないんでしょうね。誰かが導いてあげる必要があるな…と思います。

でも、キバがトビ(マダラ?)をイチ早く捕捉できた事はトビ(マダラ?)の分析に一縷(いちる)の望みを繋いだんではないでしょうか。少なくともキバはトビ(マダラ?)に何かを感じてると思うんです。例えば、トビ(マダラ?)の瞬間的な移動の範囲とかは追尾していたのかも知れません。キバの鼻はヒナタの白眼より先にトビ(マダラ?)を捕捉していたんですから…。

「!」(カカシ)

<ズズ…><ズズズ…>

トビ(マダラ?)の足下の樹から涌いて出てきたのがゼツでした。ゼツは土遁系の術者で、地下茎のようなネットワークを持ち、その上を自在に行き来する事ができると、僕は考えてるんですが、サスケVSイタチのうちはのアジトから、トビ(マダラ?)に事の顛末を報告に来たようです。

「どうだった?」(トビ)

「終ワッタゾ」<スッ…>(黒)

何よりの発見はゼツがトビ(マダラ?)寄りの人材である事が発覚した点です。それに、トビ(マダラ?)の話し方。初登場の「トビはいい子だ…」(31巻/185頁)で、トビ(マダラ?)を子供扱いするようなゼツの口振りがフェイクだった事が知れました。あの時は、トビ(マダラ?)がゼツの紹介で「暁」に入隊するような流れだったと思います。ゼツもまた「暁」の核心に触れる存在と言う事です。

「何?あれ…」(サクラ)

「カブトの残した"暁"のリストに載っていた…」(カカシ)

「邪魔ばっかしやがって!」(ナルト)

大蛇丸の細胞を移植して、ちょっと勘違いしたホラーなカブトが手土産に持って来た「暁」のファンブック(笑)=ネタ本にゼツは載っているけど、トビ(マダラ?)は載っていないと言う事ですね。当たり前ですけど、第一部完の時点から7年前に大蛇丸は「暁」を脱退していますから、コアな情報はそこまでの筈です。

問題は、サソリやデイダラ…それに、飛段や角都はどんな風に掲載されてたか?であって、それがどれだけ信憑性があるかで、その他の情報のクオリティに関わって来る筈です。そして、そのファンブックにペインや小南が掲載されてるのか?が非常に気になります。果たして、大蛇丸とペイン(長門&弥彦)や小南は対面していたんでしょうか?

小南は大蛇丸の事を自来也に話していましたから、かなり意識していたろうし、大蛇丸だって、変わり果て成長していたとしても、難民だった小南や弥彦を忘れるような人ではないと思いますし。大蛇丸が「暁」を抜けても容易に抹殺されなかった経緯に、大蛇丸の「暁」に対する関与の度合いも関わってるんじゃないかと思うんです。だから、カブトの手渡した、あのファンブックの解析は一刻も早く行なうべきなんです。

「サスケの勝ちだよ!うちはイタチは死亡」(白)

「うわー!しんじられなーい!」(トビ)

「なんてね…思った通りだ…」(トビ)

「サ…サスケくんが…イタチを…」(サクラ)

「サスケも倒れちゃったけど…どうだろ?結構、ギリギリかも」(白)

このリークの仕方…ゼツは情報操作のエキスパートかも知れないと思ってしまいます。このあからさまなやり取りで木の葉の面々は明らかに動揺しています。トビ(マダラ?)にしてもわざと木の葉に伝わるように戯けているようにも見えます。でも、この戯け方が返って怖かったりします。

「おい!!そこのトゲトゲアロエヤロー!!
今、サスケはどこにいる!?」(ナルト)

「アロエだとォ!?」(白)

「構ウナ…」(黒)

「アロエ」に食い付くかよ、ゼツ!!(笑)ナルトの悪態に切れたゼツが仕返しに、自来也VSペインの顛末なんかを話さない事を、切に祈るケルベロスです。自来也の…あの情報は心無い方法でナルトに伝わって欲しくはないと考えてます。変な形で伝わったりしたら、それこそ切れたナルトが尾獣化してしまうかも知れないから…。それが、トビ(マダラ?)のもう一つの狙いだったりして…(汗)。

ところで、ゼツが登場したカットで、穴ボコの開いた樹の根元のキバが地面に衝突した現場に赤丸が急行してますから、ここでキバが体制を立て直して、キバと赤丸の合体ワザ…「牙狼牙」で下から足場ごと粉砕するような攻撃を仕掛けて局面を動かす事で、何とか心無いゼツの口だけでも塞いでもらいたいな…と思います。ゼツがあたふた逃げるのも見たい気もするしね(笑)。

「!」

カカシが何かに気付いたようです。その"写輪眼"が何かを見つけています。カカシはここで気付いています。トビ(マダラ?)の仮面の奥にある"写輪眼"に…。<ギロッ>っと、睨みをきかす仮面の奥の三つ巴。この時、カカシが何を考えたかは非常に気になるところです。もったいぶらないで、是非とも明かしてもらいたいです。

もしかしたら…それが誰なのかにも…カカシは勘付いてたりして…(滝汗)。

「貴様らの相手はまた今度だ」

一方的に優位にも見えるトビ(マダラ?)ですが、今は本気で攻撃しているわけではありません。どちらかと言うと攻撃回避が多いです。もし、トビ(マダラ?)が木の葉小隊を瞬殺して、九尾を含めるナルトを拘束してしまえるような力があるのであれば、とうに手を下してるんじゃないのかと思います。それは、しなかった…のではなくて、できなかったんじゃないかと、僕は考えています。

トビ(マダラ?)が本気で闘わないのは、サスケVSイタチの時間稼ぎができれば良いと思ってるのと、ここで本気で闘う事にリスクを感じているのがあると思います。つまり、トビ(マダラ?)も解析不能な能力者ではありますが、磐石ではないと言う事です。本気になれない弱味みたいなモノがあるんですよ…きっと。トビ(マダラ?)も「本来の姿」に戻る過程にあるのでしょう。

トビ(マダラ?)が、、サスケの脱皮を願った事。そして、それを思い通りとした点から判断するなら、トビ(マダラ?)はサスケに興味があるように思います。トビ(マダラ?)が「また今度だ」なんて言ってますから、行き先はサスケとイタチが横たわる「うちはのアジト」跡でしょう。「蛇」の面々は一体、何をしてるんだ?!(で、もしかしたら、次は「水月VS鬼鮫」が見れるかもね)

これもキバなら追尾可能でしょうから、木の葉も追撃できると思われますが、果たして追いつけるのか?トビ(マダラ?)の移動速度に加え、ゼツの神出鬼没さ。それに抗すると思われるのが、イタチの遺した「天照」の黒炎ですが…。その描写が「暁」の二人にどう振る舞うかも気になるところではあります。それによってイタチの本心が判りますから…。ゼツがあの場で、倒れた二人に近寄らなかったのに少し引っ張られてます…。

ゼツが「オレはハエトリソウだッ!!」って言ったとか、言わなかったとか…。

  
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”番”


「シカマル!テマリさん!ホラ!誰だと思う!?」

木の葉隠れの里の中の商店街でサクラに見付かってしまった…シカマルとテマリ(28巻/52頁)。サクラが声を掛ける前に二人が「!」っとなってるところがポイントで、二人とも何かしらの"後ろめたさ"みたいなものがあって、それが綺麗にシンクロしています。

「そちらもデートですかい?」<ズイ!>(ナルト)

「そんなんじゃねーよ」(シカマル)

ナルトの下世話な穿鑿(せんさく)にシカマルは涼しい顔(28巻/53-54頁)。ナルト的にはサクラとデートしてる気分だから、シカマルも同じだったら良いなと思っているから、こう言う聞き方になるんです。如何にもナルトらしい、子供っぽい共有感なんですが、これにムキになって応えるテマリとシカマル…。これはゲロったのと同じです。完落ちです。

「冗談はよせ。何でこんな奴と…
もうすぐ中忍試験がある。その打ち合わせで
砂と木の葉を言ったりきたりしてるだけだ」(テマリ)

「で、めんどくせーがオレは試験の係になってっから…
砂の使者さんをお見送りするよう言われてるだけだ」(シカマル)

二人とも超クールなんですが(28巻/54頁)、言ってる事とやってる事が全然違う(笑)。ホントに二人ともさっさと終わらせようと言うなら、こんな人込みをわざわざ歩いたりしないです。それに、サクラに見付かった時も急いでいる風ではありませんでした。むしろ、のんびり歩いているように見えました。木の葉の出口が近付くのが惜しい…みたいな。

ホントは二人とも少しでも長く一緒に居たかったんです。きっと、二人きりになれるなんて、見送りの時くらいしかなかった筈です。だから、どちらともなく、わざわざ歩くのに邪魔な人込みを選んだんです。チャンスがあれば、お茶でも飲めるし。どちらも相手が切り出すのを待っている状態ではありますが…。それに、二人は横並びに歩いてますよね。もし、急いでるんならどっちかが先を行きますよね(笑)。

しかも、手を繋いだりしてはいないけど、結構、近いです(手を繋いでも良いくらいの距離です)。これだと、誰かを避けようとしたら、身体が触れたりしたんじゃないかと思います。でも、それでどちらも嫌な気持ちになったりはしなかった。だから、人込みの中であの距離(着かず離れず)を維持できたんですね。二人がサクラに見付かった時に「!」となったのは、そんな"やましさ"があったんですね。きっと…。

でも、二人のあの距離からすると、既にデキてる…とは考え難く、その直前?かな…。どっちも「良いな…」(と言うか…「悪くない」なんですけどね)と、気になる関係と言ったところでしょう。友達以上恋人未満…。ちょっと甘酸っぱくて、良い感じの距離感ですよね。気が付いたら相手の事を考えてた…そう言う関係かな…と思います。ほんのりと甘い香りがする。これって間違いなく…"恋"ですよね。

えーっと、シカマルとテマリが既にデキてて、例えば、シカマルが影まねの術で…ザザザ…ってたとか、もっと言うと、影縫いで…ザザザ…んでたとかも、あるにはあるんですが…。これはちょっと描写がアレで、ここでは書けない(汗)。第二部で、シカマルの影が物理攻撃できると判った以上はバリエーションはなんぼでもあるんですよ。それに…テマリもそれはやぶさかじゃないとも思うんですね。

でも、シカマルがテマ…ザザザザ…を…ザザザザ…るなんて事はしないと思うんです。シカマルは正々堂々とした男だから、無理矢理ってのはないと思うんです。テマリがそれを望んでも、テマリ(テマリは"ドM"だとは思うんですよ…実は…)が意地っ張りだから、自分からは言い出さない筈です。だから、今ある"均衡"はそんなに簡単には崩れないんです。

だから、心底、期待させてしまった皆さんには非常に申し訳ないんですが、(現状では決して)エロくはならないんです。それは、シカマルの"男っぽさ"であり、テマリの"意地っ張りさ"にあるんです。シカマルとテマリがそうなるのはそう遠くはないと思うんですが、それはテマリがちゃんとシカマルにお願いした時だと思います。テマリが、そうならないとシカマルは決して手を出さない…。それが、シカマルですから…。

逆に、それがテマリの「ドM」っぷりに拍車をかけて、シカマルにどっぷりと沈んで行く要因になるんだと思うんです。だから、シカマルが別にテマ…ザザザザ…を…ザザザザ…ったりしなくても、テマリは充分に恍惚なんですよ。何を隠そう…テマリは完璧な「受け」なんですね。詳しくは「ブラック・ケルベロスのオトナ部屋」で…パスワードはね…ザザザザ…(って、「ザザザザ」で入ろうとしてもダメよ…ダメッ!!…笑)。

「来ないんならこっちから行くぞ!!」(テマリ)

シカマルとテマリは中忍試験で対戦しています(12巻/144頁)。やる気がないシカマルに苛ついたテマリが先制攻撃を仕掛けています。この前に「シノVSカンクロウ」が予定されてたんですが、カンクロウは木の葉崩しを意識して棄権したんです。テマリはそれにイラっと来てて、シカマルのやる気なさが余計に癪(しゃく)に触ったんです。

「あーあ…やる気まんまんだよ。あの女
中忍なんてのはなれなきゃなれないで別にいんだけどよ。
男が女に負けるわけにゃいかねーしなぁ…
まぁ…やるか!」

シカマルは渋々、テマリに応戦するかのような態度ではありますが(12巻/145頁)、むざむざとテマリに敗れるわけにはいかない。そこにはシカクの教え…奈良家のしきたりが存在したようです。「男は女より強くあらねばならない」…恐らく、それをシカクがその行いをもってシカマルに叩き込んで来た事なのでしょう。

「……………つっても…
男が女殴るわかにやいかねーしなぁ…」(12巻/150頁)


で、シカクは同時に「男」が「女」を傷つける事を戒めてもいます。きっと、これも日常の行いでシカクが身を持ってシカマルに刷り込んで来た事なのでしょう。こう言う「力ある者」の奥ゆかしさを伝えるシカクは抜かりないと思います。同時に、これがテマリを落としたシカマルの雰囲気になっている事に気付いている人は少ない…かも知れない(笑)。

中忍試験でシカマルの知略の果て、テマリを影まねの術にハメたシカマルがテマリに近寄って行く時に、シカマルは右手を突き上げますよね(12巻/183頁)。あれって、シカマルはギブアップを宣言するつもりだったんだろうけど、テマリはシカマルに打(ぶ)たれると勘違いしていました。

テマリは<ビクッ>っとなって、目を閉じてました(影まねの術は表情までは制限しないと、僕は考えてます)。あれって、テマリのトラウマと言うか、きっと、幼い頃から厳しい訓練や躾(しつけ)で、恐らく父親に打たれる事があったからではないかと思うんですね。だから、忍者なのに頭を叩かれると思い込んで怖がったと思うんです。

しかし、シカマルはテマリを打たなかった。テマリはそんなシカマルに驚くと同時に興味を持ってしまったのです。この時の胸の<ドキドキ>がテマリの"恋"の始まりだったんじゃないかな…と、僕は考えています。恋の始まりには理由はないんだけど、始まった瞬間はあるんですね。後は、テマリがどんな風に素直になるかにかかってる…。

そして、もし、そんな描写があったら、今度こそ!!すっごいエロい考察を書きますから…その時は期待して下さいね。その時は…もう、少年少女が泣いちゃうくらい!!!!そりゃもう…ザザザザザザザ…(果てしなく暴走してしまった故、割愛)…ザザッ…。

羊のアニメ(左)



それと、"叱"(シカマルの考察)で書いたんですが、奈良家には「男」と「女」と「腰抜け」のカテゴリーしか存在しないわけで、ま、「腰抜け」を除外すると、この世には「男」と「女」しかいないと言う教えになるんだと思います。これは、シカク流の適格で合理的な「性教育」だな…と、僕は考えています。

それが、顕著に描写されているのが、シカマルの中忍昇格の登録の時のシカマルとシカクとの会話でしょう。ナルトと自来也が綱手を木の葉に連れ帰り、綱手が五代目・火影に就任した直後。忍者登録室の近くで、シカマルとシカクは綱手と交錯します(以下:20巻/13-14頁)。

「あの女が五代目になるんだってよ。何者だ、あの女」(シカマル)

「お~いシカマルよォ。
あの人ぁ~この世で一番強く美しい女だぜ~…
なんせ"三忍"の紅一点だからなぁ…」(シカク)

綱手はシカクを「奈良家のガキか!」と子供扱いでした。年齢的には一回り程度違うのかな。綱手がブイブイ言わせてた辺りでシカクがアカデミー入学だろうから、きっとシカクにとって綱手は雲の上の存在みたいだったのでしょう。それに若い頃の綱手は綺麗でめちゃめちゃ怖かった(汗)。大蛇丸をカカシが心底恐れたように、シカクにとって綱手もそれに近い畏怖(いふ)があったのかも知れません。

「あ~あ…女が火影かよ
女ってのはどーも苦手なんだよ
ワガママで口うるさいしよ…
みょ~にさばさばしてる割にやたらつるむし
仲いんだか悪いんだか、よく分からねーし…
大体、男が自分の思い通りになると思ってっからな
とにかく、めんどくせーぜ。女は…」(シカマル)

シカマルの脳裏にはイノやサクラがしっかりと浮かんでて、シカマル的な「"女"の悪い凡例」となっているようです。この場合、イノとサクラの心のベクトルはサスケに向いてますから、シカクの言う「女」には当たらないんす。まだ、シカマルの前には自分に向くベクトルを持った「女」が現われてないだけなんです。

「………」(シカク)

多分、シカクはシカマルのこの言葉でそれを察しているんです。だから、黙り込んだ…「………」で考量するんです。シカクは決してシカマルに「答」を教えたりはしないんです。そりゃ、どうでも良い事は教えますけど(笑)、シカマルの事を何よりも大事に思うから、肝心な事は決して教えないんです。

それは、シカマルに出会ってもらいたいから…。

人でも、モノでも、事でも、ホントに大切な事は引き合わされてはいけないものなんです。本人が自分の力で出会うべきなんです。それが本当に気付くと言う行いなんです。シカクはそれを意識してますから、シカマルにはヒントしか与えないんですね。これが、本当の親心なんじゃないでしょうか。シカマルを本心で思えばこそのシカクの心の中の「鬼」なんですよ…。

「シカマルよォ…
女がいなきゃ男は生まれねーんだぜ
女がいなきゃ男はダメになっちまうもんなんだよ
どんなにキツイ女もな~
ホレた男にゃ優しさを見せてくれるもんだ

お前も年頃になりゃ分かる」(シカク)

シカクはその「行ない」によって、シカマルに教えていると、これまで、散々書いて来ました。つまり、シカクの日頃の行いの、そのほとんどはシカマルに対する示唆なわけです。しかし、「男は女より強くなければならない」と言うわりには、そうでもないシカクの日常。だから、シカマルは図らずもこう思ってしまいます…。

(いつも母ちゃんに頭上がんねーくせによく言うぜ。オヤジの奴)(シカマル)

しかし、ここにはシカクのあざとい計算があって、この"パラドックス"とも言うべき問題定義はシカマルの心にずっとある命題でもあるんです。シカマルは<ビッ>としたシカクも知っているんですよ。だから、この弱腰にも見えるシカクはシカマルにとっては「痼り」以外の何者でもないわけです。つまり、強く刷り込まれた残像みたいなもんです。シカマルは常にそれを問う事になるのです。だから、シカクはこんな捨て台詞でこの場を辞すのです。

「おっといけねェ!
お前はこれから用事があんだろ?
じゃオレは先帰るぜ~母ちゃんにどやされっから」(シカク)

「男」(シカク)が「女」(ヨシノ)の尻に敷かれるのは、それが「楽」だからなんです。シカクはシカマルクラスの賢さを持っていますから、ややもすると全てが心配事になってしまいます。だから、仕事以外の家事とか、経済的なやりくりと言った"雑務"(主婦の皆々様には唯唯、不遜な形容ですが、"仕事"との対比と言う事で…一つ…)を、信頼できる伴侶に任せるのが、一番、合理的であるとの判断なわけです。

物理的な「力」…つまり、「攻撃力」。悪い言い方をするなら「暴力」であれば、「男」の方が生物学的にも、現実でも強いんです。でも、それを前提にして、付き従うような振る舞いをするのは、大きくは信頼であり、究極的な容認であるわけです。ヨシノこそが、自分が認めた「女」だから任せるわけです。それが、ホントの意味での「楽」なのだと思います。

「……………」(女がいても駄目になる男もいるってことだな…)(シカマル)

シカマルはまだ、それが判っていないんですね。でも、シカクは(やはり)その行いを持ってシカマルに、ある種の"種"(タネ)をシカマルに植え付けていますね。これと似たやり取りは実はもう一ケ所あって、シカクのあざとさを決定付ける描写にもなっています。何にしても、シカマルはシカクにハメられてるんです。そして、これが、この後にあるサスケ奪還編のシカマルのピンチで、砂の救援が入り、そこでテマリがシカマルを救うエピソードに嫌らしく繋がります(笑)。

サスケ奪還編の「シカマルVS多由也」で、シカマルの知略は多由也を追い詰めるんですが、シカマルの想定外の「状態2」による抵抗によって、予想通りにチャクラ切れ…(シカマルは多由也にも手を上げずに済んだんです)。絶体絶命のピンチに加勢する砂の三兄弟。その紅一点のテマリは何故だか、シカマルの援護にしっかり就いています(僕は、これをテマリの自薦だと思っています)。

テマリの「術」や「チャクラ特性」との相性の悪さを悟った多由也(シカマルの敵って必ず"女"で、分析力の高い頭のキレる娘ばっかりなのね…)が距離をとって様子を窺う場面で、シカマルがテマリの能力を過小評価するような事を言ってしまうんですが、それにちょっと"ピリッ"と反応したテマリが指を噛み、センスに血を塗りながら威圧感のある言葉を吐きます(24巻/123頁)。

「私の力を見誤るんじゃないよ…私を前にして…
笛の音が届く程度の距離で安心して隠れてるつもりなら甘いんだよ」(テマリ)


テマリは中忍試験では披露しなかった「力」を誇示(あの時は"木の葉崩し"も視野にあったし…温存してたのかも)して、多由也を圧倒してしまいます。相性で言えば、テマリと多由也は最悪でしたから…。テマリは、ことさら自分の徹底的な優位さを見せつけるような、多由也を意識すらしないような闘い方に終止していましたね。そして、テマリは常にシカマルとだけ話をし、シカマルだけを見ていました。

そこには、大きな意味があった…。

これって、恋愛的なぶつかり合いでもあって、時が時で、場合が場合なら、シカマルと多由也って、お互いを認めあうような関係にもなれるくらい似つかわしい組み合わせだったかも知れないんです(タイプ的には、僕はアリだと思っています)。多由也も口は悪かったけど、シカマルをきっちり認めてるんです。これが敵じゃなかったら…(汗)。でも、テマリはそれを一瞬で吹き飛ばしてしまった。これは、「女の意地」だったんじゃないか…と、僕は考えています。

「どう?終わったわよ」(テマリ)

「………」(強引な奴……こいつ、うちの母ちゃんより怖えー女だな…)(シカマル)

テマリの圧倒的な強さを前にして、シカマルは案の定、シカママのヨシノ(シカママって"ヨシノ"って言うのね)を思い出しています。ま、マザコンと罵(ののし)られても良いですよ。男の子はほとんどもれなくマザコンと思って良いくらいですから。お母さんって子供がマザコンになるように育てるんだから仕方ない…。それは幸せな家庭であればあるほど、「鉄板」と言える現実だと思います。

奈良家の日常もそれに漏れず、このサスケ奪還編の導入部分のエピソードに、きっちりシカマルの人格形成と言うか、嗜好を決定付けるような日常の描写が織り込まれています。そこにはシカクの例の"性教育"も相まって、実に綿密で分厚い伏線になっています。例の奈良家の朝の風景です(21巻/33-35頁)。

「ファ~…」(シカマル)

大あくびのシカマル。

「お前も早く食べなさい!
今日からお父さんも任務なんだから!
朝練習の時間はそんなに無いわよ!!」(ヨシノ)

シカママのおでこに怒りマーク(笑)。このキリキリとしたビートはシカママ・ヨシノのテンポなんですね。でも、そのテンポにシカクは乗せられていません。シカクは自分のペースで朝食をとり、お茶を啜っています。これも、大きな意味ではアイデンティティなんです。もっと冷静に観察すると、シカママもシカクには干渉してない事に気付くと思います。

「ハイハイ…」(シカマル)

「ハイは一回!!」(ヨシノ)

(朝からガミガミめんどくせーな…)(シカマル)

ヨシノは激流みたいなもんですから、それに逆らうのは考えがないのです。シカマルは賢いとは言え、経験値が少ないですからシカクのように振る舞えないのです。だから、ヨシノの流れに翻弄されてしまうのです。シカクの所作はその流れの外にあります。シカクはこの間合いを自分で作り出しているのです。

<ピンポーン>

「! こんな朝早くから誰かしら?」(ヨシノ)

良いタイミングで綱手の命を受けたイズモとコテツが奈良家に訪れます。これが、サスケ奪還任務の使者なんですが、今はそれを知る由もない。気持ちの良い朝日が奈良家の食卓に暖かく差し込んでいます。

ヨシノが玄関でイズモとコテツに対応する間隙を縫って、シカマルがシカクとヨシノのなれそめ?関係?をシカクに質問します。ヨシノが居たら決してできない質問です。シカクも鬼の居ぬ間(笑)にシカマルの質問に応えます。ちなみに、シカクがお茶でモグモグと口を濯(ゆす)ぐのもヨシノが居ないからやってるんです。居たら確実に叱られてますから…(汗)。

「なあ…オヤジ」(シカマル)

「何だ?」(シカク)

「どうしてあんなキツい母ちゃんと
結婚したんだ?」(シカマル)

「…………そだな…あんな母ちゃんでも
優しく笑う時がある…それでかな…」(シカク)


「…………そんだけ?」(シカマル)

シカマルはレディネス(精神的な準備体勢)が整ってないから、シカクの言葉の意味を理解できないでいます。シカクもこれ以上、具体的にシカマルに教えないのは、シカマルに自力で辿り着いて欲しい事柄だからなんです。つまり、シカマルにも(シカクがヨシノを見初めたような)出会いをして欲しいと願っているからです。

「シカマル!五代目の使者の方々がお見えよ」(ヨシノ)

「!」(シカマル)

この時のシカマルの「!」の顔。シカマルはこのエピソードでもう一度することになります。そして、この時、玄関の火影の使者(イズモとコテツ)の接待から食卓に帰って来たヨシノの表情に注目して下さい。ヨシノは若きイケメンのイズモとコテツの前に出ていたんですよね。つまり、「よそ行きモード」だったんです。きっと、優しく微笑んで二人に接してた筈です。しかも、火影の使者で、中忍に成りたての愛(まな)息子に勅命を届けに来た…。

それは、ヨシノにとっては誇れる出来事だった筈です。率直に嬉しかった…。だから、ヨシノは食卓で見せた「キリキリモード」にリセットして、食卓のシカマルの前に戻る事ができなかったのです。「よそ行きモード」のまま、シカマルに火影の使者の来訪を告げてしまったのです。そして普段、見ないようなシカママの柔らかい表情にシカマルは「!」となったにです。

この時、シカマルはヨシノを『可愛いッ!!』と思って(いると思)います。もともと、母親の"柔らかさ"や"暖かさ"はシカマルが物心付く前から刷り込み済みですから、基本、シカマルはヨシノが好きなんです。ただ、それはシカマルの自我が確立しようとする辺り(反抗期)から、母親を擬似的に嫌悪し始めていた筈です。それが、この非日常なヨシノの「よそ行きモード」の表情でやや揺らぐんですね。

そして、その"揺らぎ"がサスケ奪還編の終盤に嫌らしく合流して来るんです。キッシーって、こう言う描写と伏線の準備が抜群に上手いんです。あざとく嫌らしい…まるで、シカクのようですね(笑)。


多由也を「口寄せ・斬り斬り舞!!」(24巻/123頁)で、完膚なきまでに粉砕したテマリ。猛烈な風の攻撃的なチャクラ特性の圧倒的な力を目の当たりにしたシカマル。その直後、シカマルは見てはいけないものを見てしまう事になるのです。これをして、僕は「ヤバい」と散々、アナウンスしていたのです。男の子にとって、この出合いは相当にヤバいんです(汗)。だって、雁字搦(がんじがら)めになってしまうんだから…。

「どんなもんだ?」<ニシシ>

それは…キラキラと輝くような…優しさをたたえたテマリの笑顔でした(24巻/127頁)。きっと、シカマルの脳内では「あんな母ちゃんでも、優しく笑う時がある…」と言うシカクの言葉がこだましている事でしょう。シカクが教えたいと願った「事」にシカマルは出会えたわけです。そして、賢いシカマルはそれを静かに受け入れて行きます。正しく、「気付く」とは「築く」と言う事なんですね。

「………」(でもまあ…今回のところは感謝するしかねー…な)(シカマル)

テマリの笑顔の下のカットで、シカマルは沈黙しています。この表情はあの食卓で「よそ行きモード」のヨシノを見て「!」っとなった時と同一です。そして、この瞬間、シカクの言い含めた伏線がシカマルの内部で弾けています。テマリには多由也も完璧にノックアウトされたけど、シカマルも別の意味でノックアウトされてしまったんです!!(笑)

人を人が好きになる事に理由はないと、僕は考えています。やはり、そこには運命しかない。ここでは、シカマルがこのテマリの「笑顔」に出会ってしまうと言う運命しかない…と。そして、シカマルと同じように、テマリもシカマルにぞっこんなのに気付くと思います。

シカクはシカマルにこうも言っていましたよね………(20巻/14頁)。

「どんなにキツイ女もな~ホレた男にゃ優しさを見せてくれるもんだ」


"番"(つがい)。《動詞「つがう」の連用形から》[名]
1 二つのものが組み合わさって一組みになること。また、そのもの。対。
2 動物の雄と雌の一組み。また、夫婦。「文鳥を―で飼う」
3 からだなどの各部のつなぎ目。関節。
(引用:大辞泉)




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第394話「サスケの勝利」


うちはのアジトの周囲の森を燃やす"天照"の黒炎が未だに残っています。<バチチ…>と燃えている黒炎の一部が<フワ…>と分離して、<ピト>と別の木に移り、<ゴウ>と黒炎が上がります。黒炎が飛び移った枝の火の手は更に成長します。そして、その黒炎に白蛇(恐らく大蛇丸)が近寄って行きます。

黒炎には「意志」があるかのような描写で、たまたま白蛇が黒炎が燃え盛る森に近寄って行ったのではなくて、むしろ、黒炎が積極的に白蛇に近寄って来たんじゃないかと、僕は考えています(後述)。ところで、"天照"の特性に関しては過去にゼツ(黒)が説明してましたね。

「燃ヤシタイ所ヲ目視シ、ピントガ合ウダケデ
ソノ視点カラ黒炎ガ発火スル
黒炎ハ捉エタモノヲ燃ヤシ尽クスマデ消エナイ…
ソノ対象ガ炎デアッテモダ」(第390話「最後の術…!!」)

要するに、イタチは"天照"を用いて燃やしたいモノを指定(ピントを合わせる)しさえすれば、後はオートマチックに黒炎が対象を燃やし尽くす事ができるのです。そして、それは物体(物質)だけでなく、炎のような現象に対しても適用されると言う提示がなされているわけです。

一方、サスケとイタチ。イタチは仰向けに倒れたまま動きません。サスケは茫然自失の態で立ち尽くします。<ハアハア」と肩で息をする状況。突然の事態の終息が未だに受け入れられないでいるようです。それは、解説者のゼツにとっても同じようです。余りにも唐突な展開…………?!

「イタチが倒れた…?」(白)

ここで、先の森に向かって<ズズー>っと進む白蛇を黒炎が纏わり着き燃やすカットが挿入されます。「シャー」っと苦しがる白蛇も直ぐに動かなくなり、そのまま燃やされて行きます。さっきの描写は森っぽい場所だったので、ゼツはこの光景を見ているわけではないように思います。

「え?…うそ…!?あれって…イタチ――」(白)

ゼツはきっと、うちはのアジトの外の森を焼き付くそうとする"天照"の黒炎を見てるんじゃないでしょうか。<ゴゴゴゴゴ>と燃え広がる黒炎に、ゼツはイタチの存在を感じているようです。「"天照"ヲ止メタナ…眼ヲ奪ウ気ダ…」(第390話「最後の術…!!」)とゼツ(黒)が言うように、"天照"にはイタチの任意…意志が通っているわけです。その黒炎が今も燃えている。イタチが"天照"を止めていない…。つまり…

「死んでない?」(白)

ここでちょっと気になる事が…。ゼツには(白)と(黒)の二つの人格があって、それが合議するような形式で解説(?)が進んでいます。表面的には(黒)が(白)に対して優位にあり、教えたり、(白)もそれに従属的な態度なんですが、この「死んでない?」は(黒)に伝わってないかも知れません。その違和感はこれ以降に続く二人の会話(意志の疎通)からも感じられます。

ゼツの(白)と(黒)の吹き出し(ネーム)は声を出さない形式の「○」タイプで、考える時と同じタイプで、それをナル×ジャンでは()で表現するんですが、解説と言う事もあり、読者的にはそれをゼツの発言と受け取れるので、通常の音声を伴う「△」の吹き出し(ネーム)を示す「」で表現して来ました。この(白)の行動を観察すると、ゼツの内部的には任意に意志の疎通をコントロールできる可能性を感じます。

イタチはピクリとも動きません。口からは血を垂らし、両目は半開きで、うつろな白い眼。"写輪眼"や"万華鏡写輪眼"の紋様ではありません。ここでまた、空が<ゴゴゴゴ…>と哭き始めました。やがて、雨が落ちてきます。降り出した雨は<ザー>っと、雨足を強めて行きます。

「サスケノ勝チダ」(黒)

「どうにも腑に落ちないんだけど…」(白)

「何ダ?」(黒)

「イタチの強さってこんなもんじゃなかったでしょ…
本来の動きじゃなかったし…様子が変だってお前も言ってただろ?」(白)

「…確カニ…
カワセルハズノ攻撃ヲカワセズニ、戦闘中ニ何度モ吐血…
イタチハ元カラ何ラカノ重大ナダメージヲ負ッテイタノカモ知レナイ…」(黒)

「それって写輪眼の使い過ぎが原因?」(白)

「イヤ…ソレハ断定ハ出来ナイ……」(黒)

「もう少しでサスケの"眼"を取れたのに…」(白)

案外、ゼツ(黒)よりも(白)が支配的で、(白)からの情報が(黒)に伝わっていないんじゃないかな…って、ふと考えてしまいました。つまり、「暁」内での情報操作に似た状況がゼツの内部にも存在する?と言う勘繰りです。(白)は何かを隠しているのかも知れない。僕はそんな風な疑惑をゼツの描写から感じています。

ゼツのハエトリソウのような触手が<ズズッ…>と閉じて行きます。イタチとサスケの闘いが終わってしまったから、帰ってしまうのかな。特に、イタチを回収して帰るような雰囲気もないし、「暁」ってツーマンセルを組む以外は自由なのかな。ゼツがイタチを食べちゃうんじゃないか?って心配があったんだけど…。

降りしきる雨に打たれるサスケ。そのおでこにはイタチが付けた血糊がべったりと着いています。仰向けに倒れて動かないイタチに流し目を落とします。半目を開けて倒れたままのイタチ。生気は感じられない。イタチの右手のカット。「朱」の指輪。指先の「血」に焦点が当たります。

「戦闘中ニ何度モ吐血…」

ゼツの言う通り、これはイタチの「血」であると思われます。前回、イタチは「・・・・・・」とモゴモゴしながら、サスケに「デコトン」をして、この血をサスケのおでこに塗り付けています。そして、その血が雨に流されサスケの左目に流れ込みます。すると…

<ツー>

サスケの左目から出血が始まります。この状態をサスケは感じてはいないようです。流れ込んだイタチの「血」より色味が濃い事。量が多い事から、この出血はサスケの「血」ではないかと思います。眼から血を流す描写は、イタチの"天照"の発動時にありましたけど、サスケの"眼"では初めてじゃないでしょうか。これに流れ込んだイタチの血が関係している?

<カッ>と響き渡る雷鳴。恐らく、うちはのアジトの周りを焦がす"天照"の黒炎の大火災がもたらした上昇気流が生み出した雷雲。<ゴゴゴゴ>と雷火がサスケを照らし、陰影を作ります。静かにイタチに目を落とすサスケの顔が、一瞬、含笑いの結構な"悪顔"に変化します。このサスケの"悪顔"は意味深…、。また心配事が一つ増えました(汗)。

イタチをやっつけた確信?それとも、別の何か?

サスケの左目の血の涙の後、静かに目蓋が降ろされます。次の瞬間。サスケが崩れます。<ドチャ>っと、イタチの足の方に頭を向け、大の字の仰向けに倒れます。<ザー>っと降りしきる雨。遠くで燃え盛る"天照"の黒炎。その黒炎は力なく倒れるイタチとサスケを護るように取り囲んで広がります。何人も近寄れぬ城塞(じょうさい)のように…。

で、さっき、黒炎に捉えられた大蛇丸と思しき白蛇は既に燃え尽きているようでした。「えー!?大蛇丸って、これでお終い?!」と、駄々捏ねちゃうくらい呆気無い(汗)。で、これってやっぱり、イタチの意志じゃないかと、僕は考えます。今、イタチとサスケが倒れる周りの岩すら燃えるのを見ても、(二人を護る為に)イタチが燃やし尽くす対象を指定しておいたと考えると、しっくり来ます。

この白蛇の焼却はイタチが"天照"で、サスケを狙ったのではなく、サスケの中の"大蛇丸のチャクラ"を対象として指定(ピントを合わせた)した結果だったんではないでしょうか?サスケの「状態2」の翼を燃やしたのはサスケの中の"呪印のチャクラ"を狙ったんじゃないかとも思います。"写輪眼"とはチャクラを見分ける眼ですから…。そのくらいの事はできると思います。

イタチはサスケの呪印や大蛇丸のチャクラを狙った?!

だから、ここでほんの僅かな希望めいた大蛇丸の象徴とも言うべき白蛇を焼き尽くしてしまったのは、イタチの意志ではないかと思うんです。イタチはサスケの眼が欲しいと言ってましたから、サスケを焼く為に"天照"を振るったとは考え難いです。その対象が「火」であっても燃やし尽くせる黒炎で…大蛇丸の存在…つまり大蛇丸や呪印のチャクラをイタチは狙い撃った!?のではないでしょうか。

シカマルの考察の"叱"でも書いたけど、しっかりとしたオトナは子供を叱る時、人格を否定するような事はないと思うんですね。あくまでも私見ですが…。よく、「魔がさす」と言いまして、心の隙間に邪(よこしま)な考えが入り込み、巣食う時がありますが、オトナが叱るのは…討つのはその「魔」であるべきだと、僕は考えています。

この場合、大蛇丸はとっても素敵な人物ではあるんだけど、サスケの成長に関して言えば、やはり「魔」だったのかな…と思うんですね。きっと、それをイタチも感じてたんじゃないかと思うんです。呪印や大蛇丸の「力」(白蛇)などは、サスケの為にはならないって、イタチはそう考えたんじゃないか?と…。それで、恐縮だけど…燃えてもらった…(合掌)。

つまり、イタチは"天照"の黒炎をもって、サスケを叱ったんじゃないかと疑っていると言う事です。イタチはサスケにさした「魔」を祓(はら)おうとしたんじゃないでしょうか?ま、ホントは眼が欲しくて…ってのもアリなんですけど、自分に討たれるようでは「ここで終わった方がサスケの為」とでも考えた…と、何ともイタチ寄りの思考にハマってるケルベロスではあります…。

イタチさんはやってない!


サスケが大蛇丸の変わり身で、"天照"を回避した時、サスケの骸(抜け殻)に手を伸ばしたイタチはサスケの眼を取りに行ってるようにも見えますが、実は恐る恐る、サスケを燃やしてしまったか?(その意志はないのに…)と、不意の着火を確認に行ったようにも見えてしまいます。さて、どっちなんでしょうか?イタチが倒れ、サスケが倒れた今、真実は黒炎と言う「闇」の中です。

黒炎の闇が、やがて漆黒に…。

そして、トビ(マダラ?)の仮面の穴の「暗闇」にフェードインします。場面は木の葉小隊とトビ(マダラ?)が交戦する森。トビ(マダラ?)は細い木の枝に吸い付き、逆さまに立っています。<ギギギギ…>と悔しそうな音を発するヤマトの木遁忍術。<ザザザ>っと勢い良く引き下がるキバとナルトと赤丸。

ギリッと上方を睨むナルトとキバ。

地上の8忍と1匹。樹上のトビ(マダラ?)。

「このフォーメーションでも駄目か…
ここまで攻撃を上手くかわすとは…」(ヤマト)

フォーメーションB以外にもいろんなパターンを試したって事でしょう。トビ(マダラ?)の正体=不可解な攻撃回避に関しては木の葉小隊の面々はお初ですから、実際に攻撃して行く中で検証して行ってる…と言うところでしょう。サスケもそうだったけど、お初で見るトビ(マダラ?)は常識を逸脱した存在ではないかと思います。

「…カカシ先生…」(ヒナタ)

「ああ…分かってるよ」(カカシ)


「?」(サクラ)

ヒナタは白眼。カカシは写輪眼で、トビ(マダラ?)をスキャンしているのでしょう。白眼は透視能力があるので、トビ(マダラ?)の内部は見えている筈だし、写輪眼はチャクラを見分けますから、トビ(マダラ?)のチャクラをカカシは確認しているし、幻術も見抜ける筈です。二人の会話はその上でトビ(マダラ?)の不可解さに気付いているようです。

「ナルト…オレたちのフォーメーション攻撃…
タイミングはバッチリだったハズだよな…」(キバ)

「ああ…」(ナルト)

「確実に当ってるハズだぜ!!
なのに何でかわされちまってんだ!?」(キバ)

僕らはこれまで散々、トビ(マダラ?)の不可解な捌(さば)きや、攻撃の回避を見て来たから知ってるけど、木の葉小隊は初めての対戦だから、ここに来て、何度かのフォーメーション攻撃でようやく、トビ(マダラ?)の不可解さが認識できたんじゃないかと思います。トビ(マダラ?)の外見やふざけた様な態度もその核心を目隠ししてるんでしょう。

「…多分、当たってた」(ナルト)

「は?」(キバ)

「オレが最初に螺旋丸で攻撃した時もそうだった
当たったハズだった…
でも螺旋丸はそのままあいつの体をすり抜けちまった」(ナルト)

トビ(マダラ?)の不可解さが何処にあるか?って言うと、「暁」のマントが傷まないところにあります。例えばサスケVSデイダラで、トビ(マダラ?)はサスケの神速とも言える草薙の水平の斬撃で両断されてる筈なんだけど、その後、<ムクッ>っと立ち上がりました。その時も、「暁」のマントが切れてませんでした。

この森で、ナルトが影分身で奇襲し、背後をとって螺旋丸を見舞った時も、<スポッ>っと抜けていますが、物理的なコンタクトがあるにも関わらず、トビ(マダラ?)の「暁」のマントが破れるでもなく、全くの無傷で攻撃を回避しています。ナルトも有り余る違和感を感じているようです。

「つまり奴はかわしたと見せかけて、実は
お前の術ごと自分の体をすり抜けさせた
…そういう事か、ナルト」(シノ)

「あー…ん?えー…」(ナルト)

「ったくシノ!お前のしゃべりは分かりにくいんだよ!」(キバ)

シノは蟲使いですから、人の常識に縛れれない自由さがあるのかな…。人だけど蟲の常識も合わせ持つと言うか…。僕は、トビ(マダラ?)と初対峙した時に出た「フォーメーションB」って蟲を使った攻撃かな?と思ってたのは、既にトビ(マダラ?)の不可解さを知っていた先入観からですが、一度、トビ(マダラ?)は人以外の感性で分析する必要があると感じていたのは確かでした。

逆に、キバや赤丸がトビ(マダラ?)に対して違和感を感じないのがしっくり来なくて、特に赤丸がトビ(マダラ?)を恐れていない点に注目しています。中忍試験の時、赤丸(可愛い仔犬でしたね)は我愛羅を一見しただけで、恐怖心を覚え、キバに警告を知れさていました。なのにトビ(マダラ?)には皆無です。また、"写輪眼"のカカシもトビ(マダラ?)の"写輪眼"には気付いていないようです。

それらを総合して考えると、トビ(マダラ?)が巧妙に自分を秘匿している可能性を感じます。例えば「お面」が何かの秘密を握っているんではないかと、一つの仮説に辿り着きます。トビ(マダラ?)のお面が例えば、九尾の尻尾の毛を縒り合わせて作ってあるとか(九尾の色と似てるので、もしかしたら…と言うタレコミがあった)、チャクラを覆い隠すような素材で作られた特別製ではないかと言う考えです。

だから、逆に、トビ(マダラ?)のこの「面」を直接攻撃するような攻撃を仕掛けると面白いなとも思います。トビ(マダラ?)が完全に透明人間だったり、異次元の住人だったりする…「魔法」のような種明かしがあるなら別ですが、忍術をベースに考えるなら、チャクラを生み出す経絡系を持つコアが必要な筈で、それが「面」によって秘匿されてるとすれば、それこそトビ(マダラ?)の不可解さの秘密であり、弱点になり得るんじゃないかと思うんです。

「分身か何か…それとも映像や幻影を見せる幻術の類かも…」(サクラ)

「わ…私もそう思って白眼で視野を広げて
周囲のチャクラを感知してたんだけど…
やっぱりあの人のチャクラはあそこに一つ存在してるだけ…」(ヒナタ)

ヒナタのこの証言によって、トビ(マダラ?)の幻術による物理攻撃の回避は消されるわけです。そして、これが、先にヒナタがカカシに「…カカシ先生…」(ヒナタ)「ああ…分かってるよ」(カカシ)の確認だったと思うんです。そして、二人の共通した見解があったんじゃないでしょうか。

トビ(マダラ?)の仮面だけが透視できない!!

ペインの時もそうだったけど、「暁」の強さって「秘密」が前提になってる気がします。だから、それを暴かれないような振る舞いをしてる猾いところがあります。トビ(マダラ?)の場合はオチャラケた雰囲気だったり、軽い物言いだったりします。ワザとやられたような振りをして戯けたり…。この場面もそうですね。

「あらよっと!」(トビ)

余裕綽々(しゃくしゃく)で、逆さまから倒木に乗り換えるトビ(マダラ?)。

(すり抜ける…道理で…)「カカシ先輩…どう見ます?」(ヤマト)

「間違いない。あれは奴だけの何か特別な術だな
こうなると厄介だが…」(カカシ)

ヤマトも相当、不思議な生い立ちでありますから(笑)、トビ(マダラ?)の秘密を他の班員よりは先入観を咬ませずに考える事ができるのかも知れません。カカシは"写輪眼"である程度、分析してますが、まだ判断するに足る材料が揃っていないようです。週末の谷の「初代VSマダラ」では初代に軍配が上がってますから、完全無欠の能力でもない筈です。弱点のない強さなんてリアリティが薄い…。

ところで、カカシが終止、右目を瞑(つむ)っているのが気になってしまいました。このエピソードで数カット登場するんですが、何れも右目を瞑っています。今まで、こんな描写がありましたっけ?これって、何かの意味があるんでしょうか?(誰か解った人はタレコミね…タレコミ…)しかし、久しぶりにカカシが登場したけど、やっぱり良い男だな…と思いました。仔カカシも良いけど、オトナなカカシも良いな…。艶っぽい。色っぽい…。

「シノ…」(カカシ)

「分かっている」(シノ)


シノの両腕を仏像の光背の様に蟲の群れが繋ぎます。それは久方ぶりのシノの戦闘シーンを待ちわびたかのようなざわめきのようでした。<ザワザワワワワワ>っと、蟲たちも騒いでいるかのようです。静かだけど、一番、心が騒いでるのはシノかもね。それが蟲たちにも伝わってるんだろうな…と思います。蟲達も燃え盛る炎みたいな紋様を作り上げてますよね。

「こういう状況ではシノのような秘術系が役に立つ」(カカシ)

カカシはトビ(マダラ?)の秘密をシノとのコンタクトで探ろうとしてるんでしょう。だから、"写輪眼"が煌々と輝いています。その視線の先にはトビ(マダラ?)がいる筈です。トビ(マダラ?)の正体が何なのか?カカシが知る時が来るのかな?そこにドラマチックな展開を期待してしまうケルベロスです…。

「うわぁ!君。油女一族かぁ!
うじゃうじゃキモいなぁ。もう!」

で、トビ(マダラ?)がマダラだとすれば、木の葉の秘伝系一族の「油女一族」も周知でしょう。これまで、さしたる反応を示さなかったトビ(マダラ?)がシノの存在に食い付いているところを見ると、これまでの攻撃とは違う存在と言う認識がありそうです。果たして、蟲の感性がトビ(マダラ?)をどんな風に感じるのか?それには非常に興味がありますね。

きっと、「油女一族」って忍界最強の「千手一族」に付き従う一派だったんじゃないでしょうか?他にも「奈良一族」も森や自然と関係が深そうです。対する「うちは一族」って、人工(工学)的な響きがします。「秋道一族」は"食"を追求する一族で自然系かな。一族の名前だけの推測だけど、千手(自然)系とうちは(人工・工学)系で木の葉隠れへの合流の経緯を考えるのも面白そうですね。

「へっ!シノ。珍しくやる気じゃねーの!」(キバ)

「当たり前だ。何故なら、前の任務は仲間外れだったからな」(シノ)

"前の任務"って、恐らく、サスケ奪還編の事ですよね。3年近く前の事をシノはまだ根に持ってるんですね(笑)。なかなか…シノって粘着系(汗)。こう言う男がやる気満々ってのも恐い…って言うか、仲間だから心強いか…(汗)。でも、シノに、このセルフを吐かせる為に、絶妙の"間の手"を入れるキバって、気が利くな…って思いました。これは「何故なら、それは付き合いが長いからだ」(シノ風)ッてことになるのかな?

それか…度重なるシノの<ズズズズン>(27巻/53頁)によるPTSD?(笑)


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”叱”


サスケの里抜けを決死の覚悟で阻止しようとしたシカマル班は、音の四人衆と君麻呂と"一忍一殺"の闘いを繰り広げ、九死に一生を得るような思いで里に戻りました。戻ったと言うか、木の葉の医療班に回収され木の葉病院に運ばれたのですが…。シカマルは木の葉病院の待ち合い室のソファーに腰を掛け、救命救急の結果を今か今かと待っています。以下、第26巻179~187頁を参照して下さい。第235話「任務失敗…!!」の後半部分です。

<イライラ><イライラ>

シカマルは多由也との闘いで、その幻術から逃れる為に自らの指を影首縛りを用いて折る痛みで回避しました。その治療された指をセカセカと揺すって焦れるのを紛らわせています。指の骨折をギブスで固定しているのに、そんなに揺すったら…とそれに輪をかけてイライラするテマリが、シカマルを制するように声をかけます。

「お前がイライラしても仕方ないだろ」(テマリ)

「…!」(シカマル)

「任務に犠牲はつきものだ…精神訓練は受けてんだろ…」(テマリ)

「………」(シカマル)

シカマルは返す言葉もないです(笑)。実戦経験はテマリの方が数段、多いのでしょう。多由也戦で、シカマルを絶体絶命にまで追い込んだ音の四人衆の一角の多由也を完封したテマリの実力は、既に上忍の風格でした。きっと、シカマルと闘った中忍試験以降、努力と精進を重ねて来た結果でしょう。

あの中忍試験では、結果的に自分が勝利したものの、勝負はシカマルのモノでありました。また、あの一戦はテマリの「今」を見ても決して小さくはない出来事であったと思われます。そして、そこで生まれたシカマルに対する興味はテマリの中で育って行った筈です。もしかしたら、砂の増援部隊が木の葉のピンチを救う作戦において、シカマルの救出はテマリの"自薦"だったんではないかと、僕は考えています。

それに、あの中忍試験での屈辱的な勝利は、テマリにとって初めての「敗北」だったのかもしれません。だから、テマリはシカマルに対してキツイ事を言ってしまうのです。少なくとも、今ここにいるテマリはシカマルに対して期待感を抱いています。だから、ここでシカマルを慰めるような言葉をかけたりはしないわけです。そして、その期待を裏切るかのように、自分の前には半ベソのシカマルが居る……。

テマリはその落差に我慢がならなかったのです。

沈黙の後、シカマルの言い訳が始まります。

「訓練と実践は違うだろ…任務がどういうもんかは分かってるし…
忍の世界がこういうもんだってのも分かってたつもりだ
オレはよ…今回の任務で初めて小隊長について…それで分かった…
オレは忍にゃ向いてねェ…」(シカマル)

「………案外モロいんだな…男のクセしやがって…」(テマリ)

「………」(シカマル)

自分を討ち負かした…賢くて強い…シカマルは何処へ行ってしまったのだ!?…とでも、テマリは言いたかったのかも知れませんね。そのくらい落胆してたと思います。でも、この場にテマリが止(とど)まっている気持ちは軽くない…筈です。それは、テマリも微妙に苛立っていることに注目すると、それがシカマルと相似形に想いを募らせていることに気付くと思います。

テマリの任務はシカマルの救出なんだとしたら、既に任務完了してますから、こうしてシカマルに付き合ってここにいる必要も無い筈なんです。しかも、外的には指の骨折だけのシカマルをケアする必要性も薄い。しかし、シカマルの心労や傷心を考えれば捨て置けない…。シカマルを独りになんてできない…。要するに、テマリはシカマルが心配で、この場にいるだけなのです。

つまり、シカマルがチョウジやネジと言った急造のシカマル班の班員を心配するように、テマリはシカマルを案じてこの場に残っているわけです。しかも、二人の心のベクトルはほとんど一緒なのにシカマルがそれにシンクロしていません。その違和感がテマリを更に苛つかせているのです。有り体に言ってしまうと、シカマルが素直じゃないんですよ。素直になれないから言い訳をしてしまうんです。

「今回、オレが小隊長として出来たことといやぁ…みんなを信じることだけだった。
オレが甘かった…力が足らなかった…全部、オレのせいだ…」(シカマル)

このもっともらしい台詞で頷いて溜飲して仕舞う人は多いと思いますが…どっこいテマリは誤魔化されないわけです。シカマルが自分の非力さを潔く認めるだけでは、何の解決にもなりはしないのです。シカマルの言い分は聞こえは良いですが、その先のない…言い訳に過ぎないです。シカマルの考えはこの場に踞(うずくま)っています。人の成長とは、倒れずに乗り越えて行った先に在る事を忘れてはならないのです。

だから…テマリは相当、ヤバい女なんです。この鋭さ…。この度量は…。こう言う女に出会うのは非常に危険なんですよ…(詳しくは次のシカマルの考察で赤裸々に…笑。男の子は心して欲しいところです)。

「傷付くのが恐いのか?」(テマリ)

「………」(シカマル)

テマリはシカマルの最も痛い部分を突いてしまった(滝汗)。この言葉の後、シカマルは立ち上がり、待ち合い室(って言うか廊下なのね)からフケようとしてしまいます。ホントは治療中の仲間が気になって仕方ないんだけど、いたたまれなくなってしまったんです。しかし、テマリも未だ若い…ですね。自分の中の想いが勝ち過ぎてシカマルの居場所を奪ってしまったんです。

二人の心の均衡を観察すると、非常に近接していると、僕は感じています。状況からして、シカマルを助けたテマリが優位に立っているだけで、ファンダメンタルな部分においては同じ高さにあると言う事です。テマリの言葉が尖っているのは、シカマルに感じる物足りなさや自分の期待に対する背信ともとれる「弱さ」に対する苛立ちでしょう。要するに、テマリはただ怒っているのです。

テマリは、シカマルを追い詰めてしまった…。

と、そこにグッドタイミングに登場するのがシカマルの父…シカクです。スゴスゴと逃げ出そうとするシカマルの襟首を捕まえるように…腹の底に力のこもった声がシカマルを捕まえて離しません。それはテマリがやったような突き放すような圧力ではなく、抗(あらが)う事の出来ない程の圧倒的な「引力」と言って良いモノだったでしょう。

「シカマルよォ…女の子に言い負かされて逃げんのか…」(シカク)

「めんどくせー口喧嘩なんかしたくねーんだよ。オレは女じゃねーからな」(シカマル)

テマリはシカマルに必要以上に要求してしまうような想いが心に巣食っているから、シカクのように説き伏せるような物言いが出来なかったのです。それは先に説明したように、二人の心の高さ(ステージ)が近接しているからで、それだと位置関係が平面的過ぎて、力の逃げ場がなくなってしまうんです。

対して、シカクは静かにシカマルを雁字搦(がんじがら)めにして行きます(笑)。シカクは明らかにシカマルを見下しているんです。俗に言う「上から目線」と言うやつです。しかし、それは大きさとも優しさとも言えるような対処(距離感)であって、愛情がそのベースに在る事は感覚的に解ると思います。

シカマルだって既にしっかりとした人格があるんだから、それが息苦しくないスペースを作ってやる。これが、これから何かを教えよう…伝えようとする時の下準備じゃないんだろうか…と、僕は考えています。技術的云々はさておき、これを「人徳」と言うのではないかと思います。

注目して欲しいのはシカクがテマリの事を「女の子」と称する以外、一別もしていない点です。実は、シカクはシカマルと同じようにテマリにも言葉を飛ばしているんです。物事を「教える」と言う行いに限定すれば、テマリも正しくは無かった。それを、シカクは教えようとしているんです。

だから、シカクはテマリを直接、見ないわけです。恐らく、このエピソードでは一度も目を合わせてはいないでしょう(シカクの登場を機にテマリの表情が微妙に変化して行きます。この嫌らしいくらい綿密な心象描写がキッシーの真骨頂です。注目してみて下さい)。つまり、(テマリがやってしまったように…)テマリを追い込んでしまうような行動をシカクは取っていない…シカクの行ないこそが、テマリに対する教えになっていると言うことです。

「ああ…けど男でも無ェ」(シカク)

シカクの教えは常にシンプルです。普段の生活でも恐らくあれこれとシカマルに要求する事はない筈です。何事も自らの行いで示す…それがシカクの行動理念であると思います。この言葉の重みはシカマルを育て上げる中で、シカクが自らの行動をもって示して来た筈です。だから、シカマルは逃げずに応えているのです。

シカクは言葉で理路整然と明解に言葉で伝えるから見過ごされてしまいそうなんですが、言葉以上に行動でより多くの事を伝えようとしていると、僕は考えています。それはシカクの生き方そのものなんだと思います。シカクの行動こそが、シカクの一番伝えたい事なんだけど、それをシカクは決して言葉にはしない筈です。何だかややこしいけど、それが「男」と言うものなのだと…。シカクはその「生き様」で主張しているんです。

「てめーはただの腰抜けだ」(シカク)

「………」(シカマル)

「お前が忍をやめても任務は続く
誰かがやらなきゃなんねーんだ
お前の仲間はまた別の隊長の下、出動するだけだ
そこで、お前の仲間は死ぬかもしれねェ…
…だが、もしその時、隊長がお前だったら…
仲間はそうならずに済むかもしれねェ…」(シカク)


シカマルが目を背けようとした現実。そして、想像できなかった将来。シカクは実に明解にそれらをシカマルに提示しています。きっと、シカクの語り口は実に淡々としていて、静かなんだと思います。その静かさが、シカマルが存在できる場所…パーソナルスペースを確保してくれているんですね。シカクがシカマルの居場所を確保してくれているのです。

パーソナルスペースってのは、物理的であったり、精神的だったりする自分を置いておける「容量」を言います。エレベーターの中とかで、急に黙り込んでしまうように、密室に閉じ込められる事で気持ちって変化するんですね。精神的にも追い詰めらるなどして、心理的なスペースを削れられると苦しかったり、逃げ出したくなったりするものなんです。

「今回を反省し、経験を生かして学べば…
任務をより完璧にこなせるかもしれねェ…
本当に仲間を大切に思うなら、逃げることを考える前に…
仲間のために、てめーがより優秀になることを考えやがれ!」(シカク)

子供に何かを教える時に、一番やっちゃいけないのが、その子の「人格の否定」だと、僕は考えています(汗)。経験はないですか?「どうして(こんな簡単なことが)出来ないんだ?!」とか、「何故、お前は(こんなに)駄目なんだ!?」とか、「どうしてこんなにバカなんだ?」なんて言った事とか、言われた事はないですか?(滝汗)自分が子供の頃に、こんな風に怒られた事はないですか?

まず、「怒る」のと「叱る」のは根本的に違う事にオトナは気付かないといけないです。そして、見過ごしてはいけないのは、子供は皆、それに気付いている点です。解ってはいなくても、子供は感じている筈です。オトナになると何故か忘れちゃうんだけど、子供の時は怒られながら、そんな不条理を噛みしめていたんです。僕はそれが凄く悔しかったから、オトナになっても忘れなかったんだと思います。

子供が間違った時に、教え導く責任をオトナは負います。

「怒る」のと「叱る」のが違うのは、「叱る」とは導く行いであるからです。導く為には「目標」が必要です。つまり、「叱る」と言う行いは「目標」、或いは「具体性を帯びた指針」が備わってはじめて完成するのです。ただ怒りに委せた圧力をかけるだけでは子供は迷ってしまいます。それは、シカマルがこの場を辞そうとしたように居場所をなくしてしまったのに似てますね(つまり、テマリは単に怒っていただけなんです)。

教え導く為に具体的な指針を示す…これをしないと、特に、心の方向の定まっていない子供などは途方に暮れてしまうわけです。だから、シカクは、シカマルが失敗したと言う現実の認識と、それを起点にした対処=「より優秀になる(なりやがれ!)」と言う具体的な指針の提示したのです。シカクは実にそれを卒なくこなしている。淀みないです。これが、ホントの意味での「叱責」と言えるのだと思います。

「それが本当の仲間ってもんだろーが、この腰抜けが!」(シカク)

奈良家において、人間には三種類しか居ない事に気付きます。一つは「男」。もう一つが「女」。そして、残りの一つが「腰抜け」です。シカクはシカマルに「男」で在れと伝えているのです。シカクの語気語調は終止一貫していて、怒気を含んではいません。それは、シカクは決して怒ってはいないからです。感情に支配されていないと言う事です。シカクはシカマルを叱っているのですから。

この一連の描写で、シカクはシカマルを自分に向けさせ、目を睨みつけたりしてはいません。確かに人の目を見てモノを言うのは大切な事ですが、それも時と場合によると、僕は思います。目を見るのは人の心に踏み込む圧力でもあります。例えば、それは心が弱っている時や、揺らいでいる時には決して最適な接し方ではない事をシカクは認識をしているのでしょう。

だから、シカクはシカマルだけでなく、テマリとも視線を合わせたりはしないのです。

シカクが立派な「男」だと感じるのは、こう言う配慮が感じられるからかも知れません。自分が優位に立った時にだけ、人の目を見て圧するような行いをシカクは好まないのでしょう。感情に支配されない冷静さが相手の居場所を奪う事を許容しないのです。"TPO"と言うか、これは優しさだと、僕は思います。もっと言えば、「自信」…。ホントに自分を信じてる人じゃないと、シカクみたいには行動できないです。

そして、シカマルが凍り付くように立ち尽くす静寂を、扉が開く音が溶かして行きます。処置室から出て来たのは綱手でした。綱手はチョウジの治療に奔走してた筈です。「あと、鹿の角、持って来な!」(26巻/175頁)と奈良家(鹿)の医療書を読みと来ながらチョウジの治療薬の配合をしていましたものね。

「もう大丈夫だ…」(綱手)

「………」<ピクン…>(シカマル)

「薬の副作用で進行し続けてた細胞の死滅を
調合した解毒薬が止めた。
今回は助かったぞ…シカク

シカマルはチョウジの事が一番心配だった筈です。チョウジが救命救急に運び込まれる一部始終もシカマルは見ていたのでしょう。当然、チョウジの容態が非常に悪いのも察知していたのでしょう。

「奈良一族秘伝の薬剤調合のマニュアルが役に立った
あれだけのモノを作り上げるのは大変だっただろう
日頃の研鑽(けんさん)の賜物(たまもの)だな」(綱手)

「どうも…」(シカク)

(薬の成分と効果…良く調べてある。さすがだな…)(26巻/174頁)

綱手は「鹿」と掛れた分厚い書物と首っ引きでチョウジの処方をしていたように思います。この時、綱手が感じた(良く調べてある)とは、シカクの研究が秋道家の「三色の丸薬」(青・黄・赤)の副作用の対処を想定していたものである事を強く感じます。シカクはチョウザに相談を受けていたのかも知れません。

シカクもまた、秋道チョウザの友であり、「イノ・シカ・チョウ」のトリオにあって死線を数多く潜ってきた仲なのだと思われます。今回の顛末を見る限りでは、チョウザは過去の闘いで「赤」の丸薬までは使わなかったのでしょうが、シカクは大切な仲間の為に、その対処については研究を続けていたんですね。シカクは日々の努力を惜しまず、積み重ねて来たわけです。それが、あの分厚い解説書なのです。

そして、綱手がシカクに伝えた「賞賛の言葉」はシカマルにも届いた事でしょう。シカクはシカマルに教えようとした「仲間のために、てめーがより優秀になることを考えやがれ!」を、ホントに実践していたのです。「言葉」ではなく「行動」でシカクはシカマルに示していたのです。その積み重ねがシカクの「教え」の本体なのです。

ここで、更に深読みするなら、シカクだってシカマルと似た言い訳をするような失敗だってあったんだろうし、チョウザやイノイチをピンチに追い込むような危険な場面に遭遇しているのかも知れません。オトナの言葉には多分に「後悔」の成分が含有されていますから、シレっとシカマルには喋ってるけど、シカクだって案外、痛痒かったりして…(笑)。

賢いシカマルにはシカクの嘘偽りのない行ない…生き様がイメージできた筈です。それがシカマルの強(こわ)ばろうとしていた心の氷を徐々に溶かして行くのです。

続いて、シズネが伝える朗報が更にシカマルを解(ほぐ)します。

「綱手様!!日向ネジ…安全ライン、確保しました!」(シズネ)

「………」(シカマル)

「それと…情報です。
つい今し方、はたけカカシとうずまきナルトの二名が帰還…
重傷を負ってはいるものの命に別状は無いそうです」(シズネ)

「………」(シカマル)

「………」(テマリ)

テマリはシカクが登場してから、一言も言葉を発していません。テマリもその闘い方やシカマルのやり取りからして、凄く頭の良い子ですが、ここでシカクがしようとしている事も、早い段階で察知しているんですね。恐らく、シカクが登場した直後?テマリはシカクの雰囲気に何かを感じています。この敏感さ。賢さ。テマリはヤバい…。つづく…(笑)。

「二人か…」(綱手)

「…シカマル。どうやら任務失敗のようだね
でも皆生きている。それが何よりだ」(綱手)

綱手が告げた「皆生きている」と言う知らせ。これが、どれ程、シカマルの心を楽にさせた事でしょうか。そして、シカマルの心に染み渡るシカクの叱責。シカクの積み上げて来た行い…人生。シカマルに諭(さと)した内容を、これまでの生活の中で続けて来たわけです。これが、シカクの生き方とであり、教え方なのです。

シカクは自分がシカマルに示せるような「男」たりえる生き方を黙々と続けて来たわけです。そして、それがシカクの凛とした雰囲気を作り出しているのです。それは、昨日今日の行いではないですから、自然と重みも出て来るのです。そして、これがシカクの自信を裏打ちしてるとも言えます。テマリはこの雰囲気を機敏に感じ取ってるのかも知れません(←しつこいけど、続く)。

そして、背中を向けたまま黙り込むシカマルの身体が小刻みに震えて行きます。ここまで寄って集(たか)って解きほぐされては、如何にシカマルと言えども堪ったものではありません(笑)。綱手にしても、シズネにしても、シカマルの自責の念を気遣っているのは明々白々。それも、必死の治療と言う実際の行動をもって示された分厚い教えでもありました。一生懸命って伝わるんだな…と思います。

その…オトナたちの優しさがシカマルの素直さを引き出しています。

オトナがしっかりしてさえいれば、子供は素直に振る舞えるのです。

その素直さこそ、シカマルの見せた涙であり、決意の言葉だったのです。

「次こそは…完璧にこなしてみせます…!」

シカクも昔、こんな風に涙を流しながら誓ったんだろうな………。
偉そうな事、言ってるけど…………まだまだまだのケルベロスです…Σ(*゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!!

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第393話「オレの眼…!!」

 
イタチを包むような"須佐能乎"のイメージ。"須佐能乎"の右手の瓢箪(ひょうたん)に大蛇丸の"八岐の術"が<ズズズズズ>と吸い込まれて行きます。酒で酔っ払わせて、十挙剣で(切り刻んで)やっつけるのって、やっぱり日本神話の「スサノオVS八岐大蛇」をトレースしてます。詳しく知りたい人はWikiの記述を読んでみて下さい。

「うっ…くっ…」<ハァハァ>

大蛇丸の術(と一緒に大蛇丸も…?)が剥ぎ取られたサスケ。地面に両手両膝をついて苦しんでます。サスケは気付いてないけど、この時、<ボテ>っと白蛇が落ちて来て、<ススーッ>っと瓦礫(がれき)の下に消えて行きます。封印されずに取りこぼされた大蛇丸の一部?或いは本体が逃げ延びようとしてるのかな。兎に角、怪しいです…この白蛇。

そして、地面に切り落とされて転がる"八岐の術"の大蛇の首の部分(だと思うんだけど…)が、<ボン>と掻き消えます。この描写が気になって仕方ないんだけど、"八岐の術"って口寄せの術みたいな術なのかな…って考えてしまいました。つまり、大蛇丸は何らかの方法で八尾(=八岐大蛇)を手懐けていて、それを自由に呼び出せた…。それが、「暁」を抜けた理由であり、「暁」が容易に大蛇丸に報復できなかった理由に当るのかも…なんて…そんなタレコミもありましたっけ…ね。

「何なんだ。あのイタチの術…?」(白)

<ズズッ…>っと、瓢箪に吸い込まれる"八岐の術"を見ながら、怪訝(けげん)そうなゼツ(白)。"須佐能乎(すさのお)"が使用しているのが"十挙剣(とつかのつるぎ)"であると言う以外、未知な術だし、チャクラがない状態のイタチが使用する術を術として良いのか?これは忍術を使う者の共通の疑問でしょう。

<ハァハァ>「ゲホッ!ゲホッ!」(イタチ)

「アノスサノオトカ言ウ術…相当ノリスクガ大キイヨウダナ」(黒)

「でもさ、サスケは写輪眼ですらなくなってるし…
大蛇丸も引き剥がされちゃったし…
もうこれはイタチの勝ちじゃないの?」(白)

イタチは"須佐能乎"に包まれた状態でサスケに静かに近寄って行きます。イタチの弱り方から、ゼツ(黒)は"須佐能乎"のリスクの高さを懸念しています。これは、イタチのチャクラ切れが前提の推測だと思うんです。チャクラ以外に与えられるモノと言えば…(汗)。サスケはイタチの動向を注視はしていますが、疲労困憊気味。ゼツ(白)の言うように写輪眼なしのチャクラ不足は否めないです(滝汗)。

「これでお前の眼はオレのものだ。ゆっくりと頂くとしよう」

イタチ!!あんた、やっぱりサスケの眼が欲しかっただけなんかい!!って、イタチの後ろで"須佐能乎"が鼻高々で、しかもガッツポーズ(←必見!!)してるの見て、思わず笑ってしまいました。でも、命を燃やすような、後のない闘いをしているように見えるイタチが、サスケの眼を奪う事に固執するのが、イマイチ、ピンと来ないんスけど…。

ところで、"須佐能乎"の口の中に注目。(ガッツポーズの)天狗ちゃんの口の中です。尖った牙の奥にある丸いの。白いやつ。あれって、「眼」ですぜ。この後の描写でそれが知れるんですが、ここで、ハタと"須佐能乎"の術について思い付きました。描写が揃った時点で考察を展開しようと思いますので、それまで皆さんも考えてみて下さい。

「!」「ぐっ!」

さて、これから!って時に、イタチの胸が<ズキン>と痛み、おまけに、「ゲホッ!!」っと大量吐血で雲行きが怪しいです。冷や汗、ダラダラのサスケの「!?」とびっくりしています。傍観者のゼツも、「うわ!な…何?」(白)、「少シ様子ガ変ダナ…?」(黒)と驚きを隠せません。イタチも「ゲホッ」「ゴホッ」っと、両膝を着きます。誰か、背中、さすってあげてーっっっっっっ!!!

と、ここで、イタチの"須佐能乎"が変化します。

イタチの疲弊と呼応するかのように、<スウー…>っと鼻高々の天狗チャンが消えて行きます。そして、その下からドレッドっぽいロンゲの鬼神みたいな強面が出て来ます。この時、天狗チャンの口のところに両眼があった事が判りました。ロンゲちゃんが天狗チャンを着てたみたいな感じかな。そして、更にロンゲちゃんが<ススス…>っと消えて行き、骸骨ちゃんに変化していきます。骸骨ちゃんがロンゲちゃんを被ってたような構造ですね。

「!」

やはり、サスケにもイタチの疲弊が見て取れ、好機と思ったのでしょう。<パチン><サッ>っと、手際良く腰のポーチからクナイを取り出し、<ジュボッ>っと起爆札に点火したかと思うと、<シュ>っとイタチに向かって投げ付けます。そして、<ボゴ>っと凄い爆発。起爆札2連装ですからね。イタチ大丈夫かよ!!って思ったけど、<サー…>っと、爆煙が霧散するとイタチは健在。"須佐能乎"ドレッドロンゲVer.がしっかりイタチを防御していました。

<ギロッ>

イタチの眼…恐いです。口から血…流してるし。白目だし…(笑)。「くっ!」っと、サスケは腰が引けてます。兄弟で、偉大な兄の背中を見続け、追い続けて来たサスケには、イタチの凄さが刷り込まれているから、どうしても恐れおののいてしまうんですね。しかし、「最後の兄弟ゲンカ」とは、弟が兄を乗り越える為にある事を、も一度思い起す必要がありそうです。それが弟のホントの独立=親離れなんだから…。

そのイタチが<ザッ>っと歩を進めると、「くっ!」っと怯え、<ザッ>っとまた一歩近寄ると<ザッ>っと後ずさりしてしまう。「…く……」と、サスケは冷や汗ダラダラでイタチの圧力に気圧されまくりです。この一連の描写。キッシーのコマの使い方は非常に上手いです。刹那で切り替わるコマが胸騒ぎを演出しているかのようです。

「くそォ!!」

サスケは自棄のやんぱちで、巻物を<バサッ>っと開き、<シュルルルルルルルル>っと、さっき投げた起爆札付きの、「いつもより多めに付けております」みたいな大増量の起爆クナイを投げ付けます。サスケは完璧、焦ってます。イタチの冷たい眼はそんなサスケの焦りを責めているかのように感じてしまいます。

「うぉおおオオ!!」<シュバッ>

気合いはサスケの恐れを表わしています。起爆札だって、こんなに一度に付けたって、クナイに引っ張られて起爆札が標的に向かう攻撃だから、爆発が先行しない筈だから、爆発の後ろで爆発する…あまり効果が期待できない、まさに自棄のヤンパチ攻撃ではないかと思います。明らかに、サスケは冷静さを欠いてるんです。

<ドドドド>

大した爆発なんですが、"須佐能乎"の防御力の前に完封されます。"須佐能乎"は左腕に持った盾で防御しているようです。<ガラガラ>っと、爆発の余韻がすら、"須佐能乎"の太い肱(かいな)が遮っています。イタチは両手ブラリンのノーガードのようだけど、しっかり"須佐能乎"が守ってくれてるんですね。サスケもさっきのお大尽な起爆札攻撃でもしかしたら、手駒は使い果たしたかも…。

はっきり言って、サスケ…「ピィーンチッ!!」

Σ(*゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!!


着実に近付くイタチ…………。

「あのスサノオとか言う術…
あの盾で全ての攻撃をはじき返してる…!」(白)

「間違イナイ…アレモ霊器(レイキ)ノ一ツ
全テヲハネ返ス八咫鏡(ヤタノカガミ)ト呼バレルモノダ…
ソレニ攻撃ニハアノ十挙剣ガアル。コレジャ完全ニ無敵ダ…」(黒)

"須佐能乎"とは…(仮説)

ゼツ(黒)の説明があって、ようやく"須佐能乎"がどんな術なのか?判った気がしました。ま、間違ってるかもしれませんけど…アワワ ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿 アワワ…でも、勇気を出して話を進めましょう。ゼツ(黒)の言った「霊器」(レイキ)がポイントです。言葉の響きから連想するなら、「霊験」(れいけん=人の祈請に応じて神仏などが示す霊妙不可思議な力の現れ)灼(あらた)かな道具と言う事でしょう。

"十挙剣"や"八咫鏡"は独立した武器(霊器)である。

"須佐能乎"が"十挙剣"を振るっている時の外観は天狗ちゃんでした。その口からはドレッドのロンゲちゃんの眼が覗いていました。件の"八咫鏡"も使用していました。また、サスケの起爆札攻撃の防御では"八咫鏡"を使っていましたが、"十挙剣"は使いませんでした。"八咫鏡"を使ってる時の外観はドレッドのロンゲちゃんで、天狗ちゃんではなかった。

また、"須佐能乎"の発動は骨格が先ず形成され、それに筋肉や皮膚が行き渡り天狗ちゃんに変化して行ったんですが、骨格の「眼」は天狗ちゃんの下のドレッドちゃんの眼でした。それが、天狗ちゃんの口から覗いてるのね。先にも説明したけど、"須佐能乎"は天狗ちゃんの下にドレッドちゃんがいて、その下に骸骨がある構造。それらの外観がゼツ(黒)の言う「霊器」の使用によって変化する。

"須佐能乎"="骸骨"とは霊器を宿す器?!

これらから、考えると…"須佐能乎"とは霊気を操る事ができる霊的な依憑(よりわら)か霊媒(れいばい)ではないか?と僕は考えます。"須佐能乎"の本体とは骸骨ちゃんで、それが所有する「霊器」によって変化(霊器の具象化…つまり、着る)するのではないでしょうか。つまり、"十挙剣"は天狗ちゃんを成し、"八咫鏡"はドレッドのロンゲちゃんを成す。他にもきっと「霊器」は存在するだろうから、"須佐能乎"のバリエーションは多様にあるんじゃないかと思うんです。

何故、こんな考察をするかと言うと、"万華鏡写輪眼"の術について考察する材料になるからなんです。

「左ノ万華鏡ガ最強ノ幻術ヲ持ツナラ、
右ノ万華鏡ハ最強ノ物理攻撃…
"天照"ハソノ眼ガ映シタモノヲ焼キ尽クスマデ
消エナイ黒イ炎ト言ワレル…」(黒)

ゼツ(黒)の口振りからすると(第389話「サスケの流れ!」)、"万華鏡写輪眼"="月読"&"天照"と考えても良いんじゃないかと、僕は考えています。術名は違うにしても、「左眼」=幻術で、「右眼」=物理攻撃であると、"万華鏡写輪眼"の機能については断定しています。

ところで、ゼツの「暁」内の立ち位置もうさん臭いですよね…。

「サスケも死んだみたいだよ」(白)

「んーーー…あと、何か忘れてるような…
トビも死んだみたいだよ」(白)

デイダラの大爆発でのプロパガンダ(40巻/68頁)は、「ペインVS自来也」終結後のゼツとペインの関係から、ゼツはトビ(マダラ?)寄りの情報を持っている可能性が高いと考えてましたが、"万華鏡写輪眼"のきめ細かな情報を持つゼツを見て、トビ(マダラ?)とかなり太いパイプで繋がってるんじゃないかと、疑惑が更に深まっています。

何にしても、ゼツは見過ぎ…知り過ぎ…(食べ過ぎ…笑)。

「"月読"と"天照"……
二つの能力を開眼した時に
この眼に宿ったもう一つの術だ」

また、イタチが"須佐能乎"を出す時(第392話「須佐能乎…!!」)の口振りから推察すると、"万華鏡写輪眼"には3つの術が備わる特性がある事も判りました。ゼツは"月読"と"天照"は知っていたけど、"須佐能乎"は知りませんでしたから、"万華鏡写輪眼"の瞳術では"月読"と"天照"が固有の定番で、3つ目の"須佐能乎"に当るオプション?はランダムに発生する術なのではないか?と思うに至っています。

そして、それをトビ(マダラ?)はゼツに教えてはいません。ここにゼツとトビ(マダラ?)間における情報操作の痕跡も感じるわけで、増々、トビ(マダラ?)が判らなくなって来ました。そして、"真・万華鏡写輪眼"における「特有の新しい瞳術」(第386話「新たな光…!!」)は"須佐能乎"に当る3つ目の術以外に存在する第4番目の術の存在も提示しています。

余談ついでに、トビ(マダラ?)が敵の物理攻撃をすり抜けさせる防御と言うか、不可思議な特性の術は、イタチの"月読"や"天照"の万華鏡瞳術の発動のリスクからすると、あまり負荷がかかってないように感じます。と言うか、余裕。それが"真・万華鏡写輪眼"の生み出す余裕なのか、別の秘密があるのか?それに関しては未だ吟味が必要であると考えます。


「オレの眼だ…オレの…」

イタチは朦朧(もうろう)となりながらも、サスケに近寄って来ます。この時、イタチが言った「オレの眼だ…オレの…」が、サスケの眼をして、それが自分の「眼」である…つまり、サスケから眼を奪う執念みたいなものなのかな…って考えたんですが、その割には息も絶え絶えだし、イタチに余力を感じません。直ぐにでも死にそうなんだけど、それでもサスケの眼が欲しいとイタチは考えてるんでしょうか?これって、何だか変だな…と思いませんか?

イタチはホントにサスケの眼が欲しいんでしょうか?

そりゃ、サスケの眼を手に入れた途端に元気が漲(みなぎ)って、ビンビンになっちゃうのであれば良いんですが(汗)、僕にはここまで余力がなくなるまで、ギリギリのカツカツな行動をイタチが取る事が受け入れられないです。一族を皆殺しにし、全てを投げ打って「高み」を目指している筈のイタチが、こんな根拠のない闘い方をするものでしょうか?

しかも、"須佐能乎"の発動はイタチに相当なリスクがあるようですし、サスケの中の大蛇丸を引き剥がす時に「本番」と言ったのも引っ掛かります。イタチはサスケの前で"万華鏡写輪眼"の全てを曝している?もしかしたら、単なる展示じゃないかと僕は思っています。"万華鏡写輪眼"なって、所詮、この程度なんだと…。お前は更にこの上を行け!!と。本当のうちはの「高み」を目指せ!!そして、手にしろ!!と。叫んでいるように感じてます。

イタチは"万華鏡写輪眼"を「高み」と信じた事を悔いている?

そう信じたいです。オトナがみんな正しいわけじゃなくて、間違う事だってあります。それが取り返しのつかないような事だってある。それを次の子たちに教えるのも、また、オトナの仕事だと、僕は思います。終末の谷でナルトを殺さなかったサスケに、イタチは喜々としたんじゃないかな。それが、「うちはの宿命」からの解脱の第一歩だと、イタチは考えたんじゃないかな…。


<ガッ><タッ>「うオオオオ!!」

サスケは"草薙の剣"でイタチに攻撃を仕掛けます。もうチャクラが残っていませんから、武器攻撃しかサスケに選択肢は残っていないのです。さっきのパニくった攻撃で起爆札も使い果たしてしまったようだし、残る選択肢は大蛇丸に与えられたこの"草薙の剣"しかないんですね。サスケの攻撃には既に力がない。それは怖がっているから…。恐れから力は生まれない。心が前を向いてないから。

<キン>「あぐっ!!」<ガガッ>

しかし、その必死の攻撃も"須佐能乎"の"八咫鏡"に敢え無く弾き返されてしまいます。"八咫鏡"は一種の結界のようになっていて、結界内に侵入する全ての物理的な攻撃をオートマチックで排除する特性があるようです。やはり、"須佐能乎"の外観はドレッドちゃんで、"八咫鏡"しか振るっていないので、使用する「霊器」が"須佐能乎"の外観に反影されると考えるとしっくり来ます。

しかも、天狗ちゃんじゃないから、攻撃を跳ね返しても攻撃していません。これは天狗ちゃん="十挙剣"を仕舞ってしまったからだと、僕は考えています。恐らく、イタチには"十挙剣"を維持するだけの余力が残されていないんじゃないでしょうか。余力=命…だとしたら、かなりヤバいですΣ(*゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!!…でも…イタチの弱り方からすると…考えたくないです。

「ぐっ…」

サスケになおも近付くイタチ。サスケも何とか逃げようとしますが、足下も覚束(おぼつか)ないヘトヘト状態。足場も悪くよろけてしまいます。<トン>と、背中が何かに当り、行き止まり…。

(壁…!)

背後には瓦礫と壁。"須佐能乎"のイメージと共にイタチがゆっくりとですが、圧してきます。サスケ…絶体絶命です(汗)。逃げ場を失っってしまった。そして、迫り来るイタチの指先。

<スッ…>

イタチの血に塗れた右手がサスケに迫ります。冷や汗ダラダラのサスケ。膝なんか<ガクガク>に震えています。もう駄目なのか?イタチはサスケの「眼」だけが欲しかったのか?信じて来たのに?ホントは「糞ヤロー」だったの?<スス…>っと、イタチはただ前に、サスケを求めて歩み寄ります。もう駄目なのか?

「・・・・・・・・・・・」
(許せ…サスケ…また、今度だ…?)←憶測…期待…願望…

その時、イタチは何かモゴモゴと口を動かして、何かをサスケに話しています。サスケも「!?」と、反応をしていますから、聞こえたかも知れないです。あの「言葉」なのかな…と、僕は期待してるんですが、どうでしょうか?ゆっくりとイタチの指先がサスケの「眼」に向かいます。サスケはもう逃げる事もかなわず、立ち尽くすだけです。

次の瞬間、イタチが<グラッ>っと力をなくしたように揺らぎます。そして、サスケの眼に伸ばしていたイタチの指先はサスケのおでこに…。これって、奇しくも今まで散々、期待してた…あの名シーンなんだけど…。でも、気持ち画置いてけぼりになってる…。

<トン>

イタチの指先がサスケのおでこから<ズズー…>とずり落ちます。血に塗れた指先がサスケの肌をトレースするようにずり落ちて行きます。サスケは呆気に取られてただただ目を真ん丸にして立ち尽くすだけです。つんのめるように倒れ込むイタチ。<ブワッ…>っと、"須佐能乎"のドレッドちゃんも失せて、骸骨ちゃんに…。このまま消滅して行くんだろうな。

イタチはサスケが追い詰められた壁(うちはの家紋が掘られてます。それが傾いでる…斜陽ともとれる…悲しい線形です)に、自分のおでこをぶつけ、そんまま倒れ込みます。サスケは立ち尽くすだけ。身動きする力も、気力も残っていないようです。イタチは壁にぶつかった反動で仰向けに…。そのままサスケの足下に崩れ落ち、動かなくなります。右腕の火傷が痛々しいです。

流石のゼツも驚きを隠せません。そのあまりか解説もなし(笑)。そこに"十挙剣"の封印から取りこぼされた白蛇(ホントに蛇のようにしつこいぜッ!!…笑)が<スス~…>っと、静かに近寄ってきます。「ハァハァハァ」するサスケ。一体、何が起ったんだーッ!!イタチはどうなってしまったんだーッ!!こんなとこでネンネしたら、ゼツに間違いなく喰われちまう(滝汗)。

イタチ…きっちり説明してから果てろッ!!
て言うか…サスケ…イタチを連れて何処かに逃げてェェェッ!!

  
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”雲”

 
「実はちょっとめんどくせーことになっちまってよ」

シカクと共に"忍者登録室"に出向く途中(20巻/11頁)、運悪く(笑)ナルトに出くわしてしまったシカマルの照れ隠しでした。先の中忍試験でただ一人、シカマルだけが中忍に昇格できました。もっとも、中忍試験の本戦での「シカマルVSテマリ」戦ではチャクラ切れを理由にシカマルがギブアップしたので、対戦成績としてはテマリの勝利ではありましたが、木の葉はシカマルを中忍としたのです。

…けど、あの子の知略と戦略はもう下忍レベルじゃ無いわ…
もし、基本小隊の四人組で動く実際の任務であれば、
テマリを捕獲した時点でシカマルの勝利は確定したも同然。
…まあ、勝負に勝って試合に負けたってところね(紅)

確かにやる気が見えないのは残念だが…
それは冷静な状況判断力によるものだといえる。
己の能力と技の技術を知り尽くしているからこそ、
戦闘中にパニくることもないし、変に熱くなりすぎることもない。
だからこそ…最悪の窮地と見れば冷静に引き返すこともできる。
…おそらく、中忍に必要とされる心理的要素でいえば………
シカマルは最も大切な…リーダーとしての資質を備えている(アスマ)

小隊のリーダーとして評価するなら…
任務を遂げる事以上に小隊を危機から守り抜く力の方が
はるかに大切だからね…(イズモ)

情報収集なんかじゃ
「任務はこなしましたが全滅しました」じゃ話にならねぇ…
犠牲やリスクと任務を天秤にかけて
生き残る事を第一に考え動けるタイプでなけりゃ…
中忍になる資格はねーよ…(コテツ)

もっとも、試合が終了した時点で(13巻/9-11頁)、この一戦を観戦していた上忍たちはシカマルの"非凡さ"には気付いていました。彼らは実際に任務をこなす兵隊だから、現場の事は誰よりも熟知しています。当然、シカマルが必要十分な中忍たる資質・資格を有している事を認めています。

木の葉隠れの里のように、組織が大きくなると現場と指揮(上層部)とが乖離(かいり)して、現実にそぐわない判断を下してしまうようになるもので、一般的にリアルの企業(会社)でも重要視するのは"数字"(実績)になってしまいがちです。その方が管理しやすいのですし、結果主義的な"合理性"もあるとも言えます。

しかし、組織にとって何が重要かと言うと、最終的には…やはり"人"なのです。ホントに強い組織とは、管理側がその"人"をちゃんと見極め、評価できるか否かにかかっていると言っても過言ではないのですが、なかなかそれが出来ないのが現実です。これは、社会に出て働くようになれば解ると思います。晩酌の時に、愚痴ってるお父さんを見たら、肩でも<ポンッ>と叩いて、親指立てーの、OKサイン出してやって下さいね(笑)。

だから、対戦の成績(勝ち負け)にこだわらず、シカマルの資質を重視し、中忍に昇格させたのは、非常に嬉しかったです。やはり、木の葉隠れは、ちゃんと"人"を見る目を持った人が管理・運営しているようです。こう言う判断が下せる事実がある限り木の葉は、少々の事では負けないな…と思いました。

…と、横道に逸れてしまいましたが(汗)、シカマルがよく言う「めんどくせー」って、口癖なんですが、シカマルは何故、いろんな事をめんどくさがるんでしょうか?僕は、アスマが言う程、シカマルはやる気がないとは思わないんです。中忍試験でも、サスケ奪還編の小隊長だって、きっちり存在感を示していますし…。ここを考えるとシカマルって子が、よーく見えて来るんですよ…!!

「ある時…あいつ(シカマル)があんまり戦略ゲーム(将棋)が
強いんで、ちょっと腑におちなくて…
遊びに見せかけてIQテストをやらせたことがある。
そんときゃオレも遊びのつもりだったんだが…
キレ者もキレ者!あいつはIQ200以上の超天才ヤローだった!」

中忍試験でアスマがシカマルの非凡さを語るシーンです(12巻/160-161頁)。シカマルの頭脳が明晰(めいせき)なのは疑う余地のないところです。自分がシカマルのように賢ければどんなに幸せだろう…と憧れさえ感じてしまいます。シカマルが褒められるシーンって、結構、多いんですよ。しかも、味方からばかりではなく、敵からも…。読んでる方としては、何だか「自分」が褒められてるような気持ちになって、嬉しかったりするんですよね。そんな気持ちになった時ってありませんか?(笑)

(シカマルは一瞬で十手先を二百通り思考する素早い分析力分析力と、
そこから最善手を選び出す"勘"を備えている)


飛段の「何をしても死なない攻撃」(笑)に押し込められた時も、アスマはシカマルの思考能力に期待してましたね(36巻/95頁)。この時は敵である筈の角都までもが(大したガキだ…)と、目をまん丸く(元々丸いけど)して賞賛してましたし、終止、シカマルを見ていたコテツも(ここまでの子とは…)と、驚きを隠せませんでした。

シカマルの闘いって、敵でも味方でも、その賢さに魅了されてしまうような不思議さがあるんです。中忍試験で、「サスケVS我愛羅」の前座みたいな扱いの自分の試合も、その巧妙な知略によって、最後には会場全体を惹き付けていました。始まる前はまるで期待して無かった観衆が一様に<ゴク…>っと、息を飲んで、シカマルの『詰めろ』(将棋用語)に魅入りました。

で、結局は「まいった…ギブアップ!」となるんですが、その時の"言い訳"もかなりイカしてましたね。

「影真似の連発でチャクラ使い過ぎて、
もう10秒も捕まえとけね…
で、次の手、200通りぐらい考えてたんだけどよ…
どーも時間切れくせー…
もう、めんどくさくなっちまった。
一試合やりゃいいや…」

シカマルって、ホントに一瞬で十手先を200通りくらい考える能力があるんです。この時だって、「まいった…ギブアップ!」は、その200通りの内の一手だったに過ぎない筈です。常人の僕にはとっても想像できないけど、一瞬で何百もシミュレーションのイメージが頭の中に展開したら、僕だったらパンクしちゃうと思います。

シカマルは、普通の子には想像もできないようなイメージの洪水の中に身を置いているようなものです。そんな洪水の中に居たら、誰だってめんどくさくなっちゃうでしょう(笑)。だから、シカマルの口癖って…その類い稀なるイメージ力の副産物なんですよ。だから、無気力が原因で「めんどくせー」と言ってるわけではないんです。

「あーあ…雲はいいよなぁ…………自由で…
…つーか。大体、オレ、全然やる気ねーし。
忍者になったのだって人生、楽しく生きてけそーだと思ったからだしなぁ…」

シカマルが「雲」に憧れるのは、何人もそれに近寄れない存在だからだと思います(12巻/153頁)。近寄れないから、安全(笑)。シカマルが何も考える事なく<ボーッ>っとしてられるのは「雲」になってしまうしかない…。悲しいかな…それも、壮大なシカマルのシミュレーションの産物ではあるんですけどね(笑)。

要するに、シカマルの「めんどくさい」は、彼の能力の反動みたいなものなんです。何かの情報がインプットされたら、そこから洪水のようにいろんなストーリーが浮かんでくるとしたら、凄いプレッシャーだろうなと思います。普通なら混乱してパニくっちゃいますよ!!しかし、シカマルは逃げずにそのイメージと闘ってるのです。だから、シカマルが何でも「めんどくさい」と言ってしまうのも解る気がします。

無気力になるしか、それをやり過ごす術が無い…ちょっと可哀想な一面もあるんですね。でも、そのシカマルが唯一、めんどくさくない相手がいるんです!!もう、解ってると思いますが…あの子です。実は本題はここからなの…ね(笑)。ご用とお急ぎで無い方は、単行本の20巻の前の方…参照願います。単行本の20巻は、それぞれの内的な成長が細かく描かれた、ハデではないけど味わい深い一冊だと思います。

「笑うなっての」

焼肉屋の中忍昇格祝い(20巻/18頁)。しかし、しっかり"木の葉ベスト"(中忍以上が着用できる/「兵の書」105頁)を着用してるんですね。ホッペを赤らめてチョウジといのの羨望の視線に耐えるシカマルが可愛かったですね。そして、アスマはこんな風に三人に手厚く面倒を見ていた……アスマは優しくて気風(きっぷ)の良い兄貴分だったんですね。

「何人たりとも、この最後のひと口は渡さない!」<パク>

中忍に昇格したシカマルに対してチョウジは食い気ばかりが目に付きます(20巻/36頁)。それをアスマも感じていて「チョウジ、お前は食い気ばかりだな…少しは修行しろよ…シカマルはもう中忍だってのに」と、言っちゃいけない諌め方をしてしまいます(笑)。この時はさすがにチョウジも<しゅん>となってしまいます(20巻/37頁)。これをシカマルは「…………」と、静かな表情で見守っています。

「チョウジ…アンタはいいわね―
ガツガツ食べても気にしない性格で
私なんてダイエットで大変よ―」

いのの、如何にもデリカシーのない…チョウジに対する言葉をシカマルは聞いていました(20巻/54頁)。シカマルは洗面所で手を洗っていて二人と一緒にはいませんでした。しかし、この時、出て行ってチョウジを助ける事も、めんどくさい事になるのでやらなかった(笑)。シカマルは女の子が苦手ですから…。

しかし、『NARUTO-ナルト-』に登場する女の子は夕顔チャンを除いて(笑)、やや"痛い子"が多いです。でも、これは歳相応の子供っぽさと捉えれば納得できるレベルです。子供の時って、自意識は強いし、その割には辺りが見えないし…。それを嫌悪してる人も多いけど、皆、通って来た道ですから、あんまり邪険にしちゃいけませんよ(笑)。皆、子供の時はあんな風に、時に残酷な行いをしていたんですよ。

「なんで、いのはダイエットすんの?」(チョウジ)

「女の子ってのは好きな人には
ちょっとでもかわいく見られたいもんなのよ―」(いの)

「………でも、その人が細い人が好きとは限らないでしょ」(チョウジ)

「ふん…大体、男の子ってのは、デ…じゃなかった…
やせてる女の子がすきなのよ。で…逆もまたしかりなのよ~
チョウジも少しは体に気を使いなよ…モテないよ~」(いの)

と(20巻/54-55頁)、ここまで散々好き勝手言い尽くして、いのは去って行きます(笑)。本心を言うと…このまま地球から居なくなってもらいたいです(笑)。でも、いのもサスケをイメージしたりして、可愛いじゃないですか。ま、女の子って、自分の視界に入る男の子しか興味ありませんから…。男の子とは違う生き物として考えないと、男の子なんてやってられませんから…(脂汗)。

このやり取りで注目して欲しいのは、チョウジの飄々(ひょうひょう)とした態度です。別に熱くなるでも無く、かと言って、いのに対して卑屈になるでもなく…結構、いのの痛い部分も突いてたりします。チョウジはシカマルみたいな頭脳明晰なタイプとは違うんだけど、物事の真偽に対しては相当、鋭い一面を持っています。

そして、いのの退去を見計らってシカマルが登場します(笑)。

「ふん…分かってねーな」(シカマル)

「!」(チョウジ)

「男は女が思ってる程、やせてる女が好きな訳じゃねェんだよ
どっちかってーとポッチャリ系が好きってのが一番多いんだ
で…逆もまたしかりってな。
いのもダイエットするより、もう少し太った方が、今の2倍モテるぜ、きっと」

「シカマルって、優しい!」って思っちゃうシーンです(20巻/55頁)。シカマルはいのが言った事をそのまま、いのの事として返してるんです。それって、実はチョウジの願望と言うか、チョウジが優しくて、いのに対して出来なかった事と同じなんです。シカマルも優しくて、それを、いのに直接言うわけではないけど、チョウジには「解ってるよ!」と伝えているのです。これって、「凄く優しい!」と思うんです。

「シカマルはやっぱ面白い奴だ。それに頭がいいしね」

チョウジはそのシカマルの優しさが解ってるから、こう言う言葉が出て来るんですね。先にも言ったけど、チョウジはシカマルと違って知性で物事を理解するタイプじゃないと思うんです。それは「バカ」って意味じゃなくて、もっと感覚的な、ちょっと違うけど、方向性としてはナルトみたいな物事の理解の仕方をしてるんじゃないかと、僕は考えています。だから、先のいのの子供っぽい物言いに対して、理詰めで言い包めたりは出来ないわけです。

「ん?」(シカマル)

「サスケやネジって人なんかより、
シカマルはずっとずっとスゴい奴だってね」

チョウジのシカマルに対するリスペクトは極めて純度の高いでしょう。それは、別の言い方をすると…チョウジもシカマルの本質を見抜ける"力"を持っている…と言う事です。シカマルがチョウジに強く惹かれるのも、チョウジの直感力と言うか、分厚い理解力にあるんじゃないかと思います。それはチョウジの優しさ…と言い換えても良いかも知れません。

ところで、シカマルの能力の高さは木の葉隠れ自体が意識しているんじゃないかと、僕は考えています。もしかしたら、木の葉の上層部からはシカマルを死守するような支持か通達が上忍に出回っているんじゃないでしょうか。何より、アスマがその一命を懸けて護り通した事は特筆に値します。個人的にシカマルスキーの戯言かも知れませんが、シカマルは木の葉の"玉"(ぎょく)たる存在ではないか?と、僕は考えています。

「ふ~ん…そんなの考えたことねーな。
オレはオレだかんなァ…」(シカマル)


そして、シカマルのスゴイところはココだと思います(20巻/57頁)。「オレはオレ」って言い切れる…これって"アイデンティティ"が確立してる人格なんですよ。これをサラッと言って仕舞える13歳って、はっきり言って恐い!!(笑)恐ろしい!!下手したら…23歳でも、33歳でも、こう言い切れる人って少ないかも知れません。

そもそも、「自分らしさ」なんて探してる内は"アイデンティティ"なんて遠いです。「自分」は解るんだけど、「自分らしさ」って、僕は解らないです。「らしさ」って何でしょう。「自分」は「自分」じゃないんでしょうか?シカマルはそれに気付いている。賢いだけじゃないんだな…。シカマルのアイデンティティって非常に強固です!!

「だって……今回の中忍試験で中忍になったのシカマルだけだし…」(チョウジ)

「でも、やり合やぁ、お前の方が強いかもな…だろ?
お前とやり合ってもギブアップしてたかも知れねーし」


シカマルの高速シミュレーション炸裂!です(笑)。こう言う「切り返し」ができるのって、やっぱり、シカマルの「切れ味」と言えます。そして、そのベースに「思いやり」があるんです。知性、つまり、想像力って優しさの"根"なんだと、僕は思います。僕はシカマルのこんなところが凄く好きなんです。

シカマルと大蛇丸の絡みって全くなかったけど、きっと描きにくかったんだと思います。大蛇丸とシカマルの知性的なレベルって近いと、僕は考えていて、大蛇丸がシカマルと接した時には、大蛇丸がカブトに対して時折見せる…やり難さみたいなモノがもっと多量に放出されるんじゃないかと思うんです。

もしかしたら、大蛇丸はシカマルを避けるんじゃないかとすら思えます。大蛇丸なんてヤバい事、テンコ盛りだから、シカマルにしたら突っ込みどころ満載でしょうし。第一、大蛇丸って"アイデンティティ"に関しては怪しいところがあるんで、シカマルみたいに強固な"自己"に触れるのは恐いと感じる筈ですから…。

「でも、さっき先生にお前は食ってばっかで成長しないって…」(チョウジ)

「オレはオレだっつったろ…で、お前はお前だ。
どっちがどうのこうのなんてくだらねー話だよ。

ま、あんまり気にすんなよ。アスマの言うことなんてよ。
もっと自然のまま、気楽に生きてきゃいんだよ」

シカマルはアスマの気持ちも良く解っているんです。アスマの性格的な面も熟知していて、三代目譲りのダメ親っぷりも織り込み済みなんです(笑)。これは、シカクの功績と言って良いと思います。シカマルにとってシカクの存在は大きいです。家庭もしかり。シカクとシカママのバランスも絶妙で、"頭"と"姐さん"を彷佛とさせます。

この時のシカマルの口調。これはシカクのものではないかと思います。厳密に言うと、シカマルのものなんですが(笑)、きっと、同じようなシチュエーションでシカマルはシカクに叱咤激励された過去があるんじゃないか…と思うんです。シカマルに対するシカクの教育法(性教育を含む…笑)に関しては近く別の考察を練ってみたいと思っています。

「…………」<ニコッ>

チョウジはホントに穏やかににっこりと笑います。

「じゃあな!オレ、帰るわ。オヤジが新技伝授するなんて
めんどーくせーこと言い始めやがってよ」

実はシカマルはシカクとの修行が楽しみでならないのです。中忍に上がった祝いにきっと新たな"秘伝忍術"(恐らく、影首縛り…シカクは段階的にシカマルに難易度の高い術を教えてるようなフシがあります。ま、それが秘伝の秘伝たる所以だとは思いますが…)を教わるのでワクワクしてる筈なんです。でも、いのがチョウジにあんな風な痛い事を言ったから、放って置けなかったんです。

だから、チョウジに付き合っているんですが、チョウジはそれにも気付いているんです。そして、それをシカマルの"哀れみ"だとは思っていないんです。普通(中途半端…)に賢い人って、変に気を回して、逆に怒ったりしてしまうものなんですが、チョウジは、これをシカマルの"優しさ"であると気付ける人なんです。そして、それはシカマルにも伝わっている。その相互理解が二人の強固な友情を形作っているのです。

「…シカマル」(チョウジ)

「…ん?」(シカマル)

「…………」(チョウジ)

「…………何だよ?」

シカマルは気付かれてるのが解ったから、バツが悪かったんですね(笑)。チョウジは知性で理解するタイプではなくて、もっと感覚的な認識をするタイプですから…。シカマルがチョウジを思いやった気持ち。それと、同じ気持ちをチョウジがシカマルに返しているのです。これが「友愛」と言うものです。清らかで尊い…人の心の在り方の一つです。

「へへ……修行ガンバレよ」(チョウジ)

「……」(シカマル)

シカマルとチョウジの幼き日の回想…。恐らく、アカデミー入学前。

「そこで、仰向けになって雲見んのが好きなんだよな…オレ」(シカマル)

「…雲見に来たの?忍者ごっこは?」(チョウジ)

「へへ…めんどくせーから抜けてきた。
お前…名前は?」(シカマル)

「チョウジ!秋道一族の秋道チョウジ」

最初は哀れみだったかも知れないけど(21巻/202-203頁)、二人は急速にお互いを認め合っていったのだと思います。一緒に居るだけで解り合える…尊敬し合える…と言う関係は非常に希有(けう)ではありますが、確実に存在します。それを『ソウルメイト』と呼ぶ事もあります。深い縁(えにし)を持って生まれた存在です。

チョウジがシカマルを尊敬するように、シカマルもチョウジを尊敬しています。もしかしたら、シカマルはチョウジが羨ましく思えているかも知れません。ややもすると、全ての物事が「心配事」になってしまう自分にはない…"大らかさ"がチョウジにはあるからではないかと、僕は考えています。

チョウジはシカマルにとって『雲』にも似た存在なのです。

「あーあ…雲はいいよなぁ…………自由で…」(12巻/153頁)

シカマルだって、チョウジに憧れているんです…………きっと。

「………ああ」

シカマルは、それだけを言い残して家路に就きます(20巻/59頁)。

そして、心の中で感謝した…………。そこには多大なリスペクトがあった。

(お前はいい奴だぜ…チョウジ)

  
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第392話「須佐能乎…!!」


「…スサノオ…?」

"状態2"になったサスケ…。チャクラは使い切った筈なんだけど、生体とは必ず予備を残しておくものだから、それを無理くり取り崩してる状態?例えば、これで無理に千鳥でも出そうものなら、「三発目は発動しない…良く憶えておけ!無理に術を発動しようとすれば…術は上手く発動しない上にチャクラは0(ゼロ)になり……ヘタしたら死ぬぞ」(15巻/37-38頁)と、カカシが言ったようにヤバい状態です。

「"月読"と"天照"……
二つの能力を開眼した時にこの眼に宿ったもう一つの術だ」

ヘトヘトのイタチですが、既に"万華鏡写輪眼"でもない…むしろ、"白眼"に近い状態です。それと"写輪眼"、"万華鏡写輪眼"に関して、左右の眼に固有の術が存在し、更に両眼(?)の術が備わると言う条件が提示されたと、僕は受け取る事にしました。と言う事は、"真・万華鏡写輪眼"は「特有の新しい瞳術がその眼に生まれたのだ」(第386話「新たな光…!!」)と、イタチが話していたので更に追加の術が加わる筈です。

「サスケ…お前の術はこれで…終わりか…?
隠してる力があるなら…出し惜しみはしなくていいぞ…
ここからが本番だ…」

イタチを包む?イメージが<ズズズズ…>と、成長してるのかな、動いてるのかな…兎に角、何らかの過渡にあるようです。黒雲が治まり陽がさし込んで来る。で、それとシンクロするかのように、イタチの声が穏やかに辺りに響きます。イタチの言葉は意味深と言えます。一読して、またここを通り過ぎる時、何かが痼ると思います。

それは、今まで僕らが感じてたイタチ…。

イタチが言うならば、確かにこれからが「本番」と考えるべきでしょう。つまり、イタチはサスケと命懸けで闘い、全てを受けきり、サスケを空っぽの状態にまで追い込んだ。そして、チャクラが空っぽになった筈のイタチも、最後の術を発動しています。それはサスケが"状態2"になるのと同じようなリスキーな行いの筈です。

「空が晴れてく…」(白)

「サッキノ術ハドウヤラ一発ガ限界ノ様ダナ」(黒)

ゼツは土遁系だから、雷(雷遁)が苦手なんですね。だから、ホッとしてる(笑)。その…ホッとしてるゼツにお構いなしに、イタチの術がゆっくりとその全貌を露(あらわ)にして行きます。骨格だけだったその体躯(たいく)には筋肉?が行き渡り、皮膚?が被って行く。その頭蓋には眼も灯り、体全体はオーラのような炎?に包まれているようです。

「え……あ…あれは?」(白)

「!」(サスケ)

イタチを包むイメージは「天狗」?のようです。威勢良くそそり立った、とんがった鼻。天狗が被る変な形の帽子?<ゴゴゴ>と威風道々の恐い顔。鋭い牙。でも、耳の"ピアス"は勾玉風でちょっぴりオシャレさん?ただ、イタチが立ってる回りを取り囲むようなホログラムのようで、透けてます。半実体みたいな感じでしょうか。

イタチも満身創痍で<ハァハァ>言ってるし、もう白目(しろめ)むいてるし…( ;´Д`)いやぁぁぁぁぁー!サスケもイタチの得体の知れない術に気圧され気味の焦り気味…。尚も左目の大蛇丸風の隈取は色濃く浮き出ています。そして、<ズキン>と痛みが襲う。呪印の侵蝕?なのか…「グッ…」っとなるサスケ。

その時、暗闇から声がします…。

(……あげるわ…)

<ハァハァ>と苦しそうなサスケ。
しかし、その声の主は誰だか判っているようです。

(私が力を貸してあげるわ…)

「くそっ…」っと抗うサスケ。
身を捩らせるように苦しみます。

(私が必要なんでしょ…サスケくん…)

「うっ…」っと声を漏らし、サスケは膝を着いてしまいます。

(イタチに復讐するんじゃなかったの?)

「くっ…」(サスケ)

(さぁ…私の力を解き放ちなさい。そうすればアナタの願いは…)

声の主は恐らく大蛇丸です。大蛇丸はサスケが殺し不死転生の術空間ごと、サスケが取り込んだ筈。これまで沈黙を続けて来た大蛇丸の満を侍してのネゴシエーション。サスケが弱ったのを良い事に、表に出て来たようです。決して「謀議」をもってこの場に居合わせたわけじゃない…アワワ ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿 アワワ…でも、あれは期待を込めた予測であって…Σ(*゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!!…でも、大蛇丸の意識(情報生命体)はサスケの中に健在だったのは確かなようです。

「ぐっ…」

踞(うずくま)り、苦しむサスケノ肩口から<モゴゴ…>っと、触手のようなものが生えて来ました。「ああ…」っと、ヨダレを流しながら苦しむサスケ。左目の大蛇丸の隈取。それを「………」と、騒がず、じっくりと見守るイタチ。この時のイタチの表情。息を飲んで待ち構えるような雰囲気。

「ぐあああー!!」

サスケの絶叫と共に、棘なのか鱗なのか判らないけど、細長い得体の知れないものが<ズオオ>とうねります。そして、次のカットでその全貌が知れる。<ズズ>っと、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!! これは「八岐大蛇」(やまたのおろち)?八匹の大蛇。鋭い牙と鋭い眼光。背中にトゲトゲの鱗?その背後には鋭く大きな棘がそそり立っています。そう言えば、ゴジラシリーズのキングギドラってこんな感じの怪獣じゃなかったっけ。

何げに見逃してしまうけど、イタチの"須佐能乎"も背後からですが、全体像が描写されています。やはり、イタチを取り囲むような透き通ったイメージで、炎のようなオーラ?に包まれているようです。右手には瓢箪(ひょうたん)を持っていて、腕から腕が生えたような構造になっています。

「シャーーッ!!」(大蛇)

イタチは"須佐能乎"の中に平然と立ち、「八岐大蛇?」と対峙しています。相手は相当大きなイカツイ大蛇で、しかも八匹(八本)で、しかも、太い棘のおまけ付きで、普通は恐い筈なんだけど、別に身構えるでもなく、何処吹く風です(笑)。確かに、サスケの"麒麟"を凌ぎ切った防御力から考えれば、少々の敵にはたじろがないで良いのでしょうか。それにしても、イタチは静か過ぎる…。

「この感じ。大蛇丸の八岐の術か…」

イタチにはこの大蛇が大蛇丸の術である事が分かったんですが、サスケからムクムクと出て来た大蛇の群れ見たら、誰だって「大蛇丸」と考える筈です。なのに、イタチは感じてる…。その眼はしっかりと開かれているけど、どうも視覚情報に頼らないような…つまり、イタチ…眼が既に見えてないんじゃないですか?

「な…何だありゃ!?」(白)

「サスケ自身ノチャクラガ無クナッタノニモ関ラズ
無理ニ力ヲ出ソウトシタカラダ!
取リ込ンデ抑エテイタ大蛇丸ノチャクラガ表ヘ…!!」(黒)

ゼツ(黒)もサスケの中の大蛇丸が表層に出て来た認識です。さっきの大蛇丸とサスケのネゴシエーションは、サスケの内部的なやり取りですから、イタチにもゼツにも伝わってませんから、イタチやサスケは突然、目の前に出現した「八岐大蛇?」から判断するしかない。

そして、ゼツの解説によると、サスケは大蛇丸を抑え込む為にも「力」を使っていたんですね。それが、サスケの疲弊によって外れた…。でも、そこにはサスケの意向もあった筈です。サスケはイタチが恐かったんです。一度は殺った。終わった…と思ったのに、イタチが得体の知れない術を持ち出して、自分に迫って来る。

僕はいつも誰かが助けに来るとか、別の何かが起って…とか考えちゃう甘えん坊だから、サスケの気持ちがすっごく良く解る。サスケは大蛇丸に頼ってしまったんです。それが大蛇丸に主導権を与え、自分が乗っ取られるかも知れない事を知りつつも、大蛇丸を自由にしてしまった。それは、サスケがイタチに恐怖を覚えたからなんじゃないでしょうか。

"須佐能乎"は常にイタチを包み込むように存在するようです。イタチは何故だか非常にゆっくり歩んでいますから、"須佐能乎"の歩みも同じように<ズズー…>とゆっくりです。それを可能にしているのは"須佐能乎"の強固で絶対とも思える防御力にあるんでしょう。イタチもそれに絶対の自信を持っている。

"八岐の術"の大蛇の一匹がイタチの"須佐能乎"に<シャーー…>と、飛びかかります。この蛇の頭の形とか牙を見ると、毒蛇と感じます。この大きさだし、咬まれたらヤバい!その攻撃に"須佐能乎"も機敏に反応します。さっきの後ろ姿で見せた瓢箪(ひょうたん)の栓?を<バシュ>っと抜き、その口から液体が飛び散ります。

次の瞬間、恐らくイタチの"須佐能乎"に襲い掛かったであろう大蛇を、<ズバッ>っと真っ二つにしてしまいます。<ズン>と右手に構えるのは、さっき瓢箪から漏れ出した液体?それともオーラ?…それが剣のようになっているようです。って言うか、瓢箪は手に持ってるな。それを本体の手が握っている?

"八岐の術"の大蛇も怯まず次々に襲い掛かってきます。今度は三匹一緒に飛びかかる!それに"須佐能乎"が怯まず応戦します。<ガン>と、また大蛇をぶった斬る"須佐能乎"。返す刀でまた斬る。まだ、"須佐能乎"の剣の正体は明かされませんが、その切れ味は予想以上。バッタバッタと大蛇の首を切り刻み、とうとう一本を残すのみになってしまいました。

大蛇丸って不滅とか再生とかが好きみたいだし、それが可能だから防御の気持ちが希薄なのかな…と思います。サスケと殺り合った時もバッサバッサと斬られてましたよね。サスケの時は辺りに飛び散った血が気化する痺れ毒と言う戦術でもあったんですが、今回は野外のオープンエアだし、何故だか、切り刻まれた大蛇からの出血も少ない。

「…出るものが出たな…」(イタチ)

この時のイタチの表情は清清しい…。何でそう感じるんだろう…。

「あ!…あれって…」(白)

最後に残った大蛇が口を<ガパッ>と開けると、喉から<ズズッ…ズズ…>と這い出してきました。"須佐能乎"の後ろ姿で剣の構造が把握できました。やはり瓢箪から出た液状?の剣を本体の腕が保持している。元々、瓢箪を持っていた腕はそのまま。それと、あまり描写されてないけど、左手にはオーラを纏ったような楯を持っています。これが"須佐能乎"の防御の要のようです。あと、非常に微妙なんだけど、口の中に「眼」があるような描写なんですよね。

「アハハハーーーッ!!!」

大蛇の大口から大蛇丸が出現!!元気そうで何よりなんですが、マッパで、しかも下半身が…。もっとも、この管状の一物は仮性包茎ではなくて大蛇の舌です。キッシーの描く大蛇は皆、舌が管状になってるんですよ。これは今までも気になってたところなんですが…。蛇の舌って先割れの二股と相場は決まってるんですが、大蛇丸の大蛇の特徴なんでしょうか。

で、ここは克明に感想を述べたいのですが、僕よりももっとテンションが上がってる方がいらっしゃると思うので…誰かって…「日々思」のヨウコさんに決まってるじゃないですか!!(笑)お忙しい方なので、多少タイムラグがあるかも知れませんが、彼女の感想を是非とも見に行って下さい(もちろん、僕も見に行きますよ!)。何せ、僕は女体専門(笑)。もし、夕顔チャンが同じシーンしてくれるんなら、そりゃもう書いて書いて書きまくるところです(汗)。おっと…暴走しちゃいそうなんで、この辺で…。

「・・…・えっ…」

久々なんで、大蛇丸も苦しそうです。草薙の剣、出すの…。インドの曲芸師みたいに出してます(笑)。これで手元が狂った日には大出血間違いなしですよ!それか、誰かに「ヨッ!!久しぶり!!」って肩でも叩かれたら、「オエッ」っとなって、喉に<グサッ>ですよね。確実に…。でも、ここを襲わないのは仁義なんでしょうね。やはり、心を持たない道具には誰もなれないのよ…(笑)。

「相変わらず口からゲロゲロとキモいヤツだなぁ」(白)

「文字通リ蛇ノ様ニシツコイ奴ダ」(黒)

ゼツは大蛇丸をあまり良く思ってないようですね。でも、ゼツの口から「キモい」の文言がでるのはハッキリ言って意外でした(笑)。ゼツなんか死体をムシャムシャと食べるんですよ。体がハエトリソウみたいになってるんですよ。おまけに体がツートンだし…。

「これよ!これを待ってたのよ!
アナタのお陰でサスケくんの抑えのチャクラが消えてくれたわ!
これを機にあの子の体は私が頂く。そして…」

イタチを前に高揚するような大蛇丸。過去に腕を切り落とされた遺恨のある相手です。サスケの中に閉じ込められてる時もイタチへの怨念は鎮まらなかったようですね。しかし、大蛇丸の証言を元にして考えるなら、サスケが大蛇丸を封じ込めていた「抑えのチャクラ」。これが消えてしまったとのことです。それがなければ大蛇丸はこんな風に外に出れたんですね。

そして、ここまでの闘いで感じた違和感。そもそも、"万華鏡写輪眼"を開眼していないサスケと闘う意味があるのか?と言う疑問。満身創痍になりながら、サスケの術の全てを受け切り、サスケを空っぽにするまで追い込んだイタチの真意。それが、この展開にあったかも知れない。それが、このエピソードの冒頭の「出し惜しみ」と、サスケを煽るようなイタチの言葉に嫌らしく繋がってしまいます。

「え?」

イタチは何故だか、両眼を閉じています。大蛇丸に今の「眼」を見られるのが嫌だったのかな…。もしかしたら、大蛇丸の話も聞いてなかったかもしれない。否、聞こえない?んじゃないかと、僕は疑っています。そして、容赦なく"須佐能乎"の剣が大蛇丸の言葉を遮ります。<ズッ>と大蛇丸をアングリと大口を開いた大蛇を串刺しにしてしまいます。

「さてサスケ…次はどうする気だ?」

既にイタチの意識は"八岐の術"にも大蛇丸にもありません(イタチは一度たりとも大蛇丸に話し掛けていないんです)。きっと、"須佐能乎"自体、オートマチックな術で、自分に降り掛かる災厄(攻撃)を、その楯でシャットアウトし、全てをその剣で薙ぎ払う。完全無欠の絶対領域なのでしょう。そして、チャクラのない状態でこの術を繰り出すには、相応のリスクがある事を、僕らは肝に銘じる必要がありそうですΣ(*゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!!

「クク……この程度の攻撃でこの私がやられると思って…」

やっぱり、大蛇丸って、防御に対する意識が希薄ですね。飛段もそうだったけど、死なないアドバンテージって、こう言う慢心を生むんでしょうね。同時にそれは人生に対しても言えると思う。寿命があるから、その限られた中で人は努力したり、頑張ったりするものなんですね。それを「一生懸命」と言うんだろうな…と思います。

「!!」<グラ…>

大蛇丸の瞳がブレます。そう言えば、切り刻まれた"八岐に術"の大蛇の首からもほとんど出血がないです。もっと、大量に血の海が広がっても良いのに。そもそも、この瓢箪から伸びた流体っぽい剣って、良く斬れるし、"須佐能乎"の能力なのか、スルーしてたけど、不思議な剣ですね。

「こ…この剣は!まさか…十挙剣(とつかのつるぎ)?
イタチ…アナタが隠し持って…くっ!」

大蛇丸を串刺しにした剣。その正体が大蛇丸には判ったようです。「十挙剣」(とつかのつるぎ)。"須佐能乎"が八岐大蛇をやっつける…日本神話に準えた流れですが、wikiの「日本神話」をザーッと斜読みしたけど、「十挙剣」は出て来なかったな…。何だろう…と思ってたら、ゼツ(黒)が懇切丁寧に説明してくれました(笑)。

「通リデ…イクラ探シテモ見ツカラナイハズダ…
実体ノ無イ霊剣ダッタトハ…」(黒)

「な…何なの、あの剣は…?」(白)

「十挙剣。別名・酒刈太刀ト呼バレル封印剣デ、
突キ刺シタ者ヲ酔夢ノ幻術世界ニ永久ニ飛バシ封ジコメテシマウト言ワレル…
剣ソノモノガ封印術ヲ帯ビタ草薙剣ノ一振リダ」

大蛇丸は溶けるように「十挙剣」に吸収されて行きます。ゼツ(黒)の説明に拠るなら、幻術世界に封じ込める封印術を剣が特性としているようです。つまり、イタチは大蛇丸を封印しているんですね。瓢箪から出た液状の物質は霊体で、それが霊剣と言う「十挙剣」の構成なんでしょう。きっと、瓢箪は「西遊記」で金閣・銀閣を封じ込めた…なんて言ったかな…返事したら吸い込まれちゃう…あの瓢箪みたいなものなのかなと思います。

大蛇丸も完全に「十挙剣」に吸収されてしまったみたいです。僕は大蛇丸が大好きだったから、何とかして復活して欲しかったんだけど、やっぱり大蛇丸は既に死んだ人だったんですね。思えば、自来也の走馬灯で登場した時に、大蛇丸のズレっぷりは、自来也との対比で痛感していましたね。大蛇丸の歪んだ欲求や生き方は、不自然に思えます。

もっとも、大蛇丸の記憶=DNAはカブトが継承してくれているので、また、いつか大蛇丸には逢えそうな気がしています。カブトが大蛇丸の細胞を取り込んだ事で大蛇丸化してるんですから、他にも大蛇丸化するケースは容易に考えられます。大蛇丸の無限の探究願望は記憶(DNA)に書き込まれ継承される。これは生物自体が機械的に繰り返す連鎖であり、生命の原始的な欲求と言えます。そして、その連鎖は『大蛇丸軍団』を生み出す!!と、僕は期待しています。

「ズット大蛇丸ガ探シテイタ剣ダ」(黒)

「瞳力…それに、これだけの術…やっぱりイタチはすっげー強え!」(白)

ゼツの「知識」の(黒)と「疑問」の(白)の絶妙なバランスを見て来て、ゼツは攻撃型、戦闘型ではないなと思いました。闘うのが好きな人だったら、きっとイタチの強さを見たら<ウズウズ>しちゃうと思うんです。だから、ゼツがホントの黒幕で、ホントのオフィサーとする説もあるけど、ちょっと違うな…と、僕は考えます。

やっぱり、「暁」を束ねるには絶対的な力がないと無理だと思うんです。ここまで海千山千の忍を納得させるような決定的な「力」がないと、魅力を感じないと思うんです。そして、イタチもそれにかしずいている。その姿勢が「シスイ事件」や「うちは虐殺」を生んだはずです。そして、今、イタチがこの場に立っている事情に繋がっていると、僕は考えます。

「仕上げだ…サスケ」

"八岐の術"が完全にサスケから剥がされました。未確認ですが、サスケの中の大蛇丸や呪印に至まで、全てが持って行かれたかも知れません。これが、このエピソードの冒頭で言ったイタチの「ここからが本番だ…」に当るのかな…と思います。サスケの左の肩口から<ブチブチ>と"八岐の術"が分離されて行くのは、サスケの「天の呪印」を起点に大蛇丸が侵蝕してたと思うんです。

呪印に対して大蛇丸が外的に関与できる描写は数多く残されていますからね。サスケの場合はカカシが「封邪法印」で「天の呪印」を取り囲んで、サスケ側からも(ある程度は)コントロールできるように細工されてましたけどね。「封邪法印」…あれはカカシの愛情だったんだな…と思います。それは、ナルトの「八卦の封印式」にも共通して言える点ですね)。

そして、イタチの本番ってサスケの中の大蛇丸だったんじゃないかって、僕は疑ってるわけです。そもそも、呪印や人柱力による「力」の獲得って、本当の強さにはあたらないと思うんです。『NARUTO-ナルト-』の中では子供たちがホントの「何か」を探して彷徨ってる?闘ってる!もがいてる…と、僕は考えていて、今回はイタチがサスケにそれを示そうとしてるんじゃないか…と。

そして、静かにサスケに近寄るイタチ。その眼にサスケは映っているんでしょうか。これで、次週、イタチがサスケの眼を奪うような展開になったら「イタチ…ドンだけ眼が欲しいねん!!」と全国で突っ込みが多発して軽く地震が起るかも知れません(笑)。でも、僕は信じてます。確かにイタチの指先はサスケに向かうと思う。サスケも一瞬はたじろぐとは思う。だけど……僕は信じています。

それは悲しい結末かも知れない。

涙が止めどもなく溢れちゃうかも知れない。

でも、僕らはもっと大きな愛情にも触れたいと感じてる筈です。子供が成長する中で、大きく暖かい掌が子供たちを包んでいる…オトナが子供を見る心の有り様を示して欲しいと願ってる筈です。オトナの視線を子供たちに感じてもらいたいと、心の底から思っている…筈です。常にエールを送っているんですよ。この世界はアナタたち…子供らを、こんなにも大切に思っているんだと…。

それが、"愛"なんだと…。

「許せ…サスケ…また、今度だ…」

イタチさんはやってない!


 
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トビ(マダラ?)

 
トビ(マダラ?)

トビ(マダラ?)(tobi:senkou-banrai with trace:kerberos)

「マダラから九尾を狩るように命を受けていたんだがな」

憎きペイン(壱・弥彦)の台詞(第383話「最終章、そして…!!」)から、「(九尾は)お前が狩れ。リーダーとして失敗は許さん」(40巻/77頁)を言ったトビがマダラである事がほぼ確定しています。なのに…僕が、トビを呼称する時にトビ(マダラ?)とするのは、トビがマダラとイコールではないか、不完全な部分を残している疑念があるからなんです。べ、別に意地張ってるわけでもなくて…( ;´Д`)いやぁぁぁぁぁー!

「その眼で九尾を手懐けた最初の男。オレの相棒であり、師であり、不滅の男。
そして、この万華鏡写輪眼のもう一つの秘密を暴いた唯一の男。
それが、うちはマダラだ」

これが、イタチの口から語られたマダラです(第385話「万華鏡の秘密…!!」)。イタチが心酔するような「高み」にマダラはいるんだと思います。次の回の「新たな光…!!」では、"万華鏡写輪眼"~"真・万華鏡写輪眼"の開発の紆余曲折をマダラは踏破した事が明かされています。マダラが"写輪眼"の真理を解き明かした唯一の存在であるとされています。マダラがどんな人間であろうと、"写輪眼"に関しては極めた実績を持つ「達成者」なのです。

「写輪眼の本当の力が…このうちはマダラの力が」

なのに…不必要なまでに息むトビ(マダラ?)が、僕にとっては一番の痼りかな(40巻/96頁)。本当に偉い人や強い人はこんな風な誇示はしないと思うんです。それに、妙にセカセカしたトビ(マダラ?)の振る舞い…特にペイン(壱)への命令の仕方なんかを見ても、何かを確実にモノにした自信や信念を、トビには微塵も感じません。それで、逆に、ペイン(壱)がトビに従っているのが解せないでいます。

イタチの証言に拠れば、マダラは「真・万華鏡写輪眼」(永遠の"万華鏡写輪眼")を開眼したエポックとも言える存在です。どんな悪しき経緯があったにしても、全く何もない状態から、切磋琢磨し、試行錯誤を積み上げ、"写輪眼"を"真・万華鏡写輪眼"に発展させたのはマダラです。つまり、常人には及びもつかないような努力や苦労を重ねた「達成者」(高みに立つ人)と言うべき存在のマダラが、あんな風に身汚い態度を取る事が、どうしても納得できないのです。

「そうなれば全てが本来の形に戻るのだ…」

そう語るマダラは(40巻/95頁)、"写輪眼"や"マダラ"の「力」が戻るのだ…と言っているかのようにも思えます。と言う事は、今は手にしていないのです。「力」に固執しているとも感じます。もし、トビがホントに「達成者」であるなら、このような「自分」の感じ方は決してしないと思うんです。つまり、トビはホントはマダラではないか、もし、マダラであっても、極めて不完全な状態にあると、僕は考えるのです。だから、僕はトビがマダラであると、ペインが示したにも関わらず「?」を付けずにはいられないのです。

うちはのアジトでの「イタチVSサスケ」で「うちは一族」の誕生の経緯がイタチによって語られました(第386話「新たな光…!!」)。

「マダラはその力(真・万華鏡写輪眼)を使い、
あらゆる忍の一族を次々に束ねていった。
そして、忍最強と謳われていた森の千手一族と手を組み、
新たな組織を設立したのだ」

『その組織が、後に木の葉隠れとなる』

そもそも、「うちは一族」は木の葉隠れの基幹的な構成勢力であったわけです。わざわざ、「千手一族」に組した事実からは単独勢力としては成立し得ない弱さを併せ持った集団だった事が想像されます。具体的には「忍最強=千手一族」に次ぐ実力があったと考える事ができると思います。「千手一族」も「うちは一族」を取り込むメリットがあっただろうし、お互い潰し合うよりは遥かに合理的な選択肢だったと思います。

タレコミで気付いた事なんですが、「うちは一族」は木の葉隠れの里にあって、額当てをしていません。「シスイ事件」でイタチに詰め寄った上役(恐らく上忍)やフガク(警務部隊所属、しかも隊長…汗)は確かに額当てをしていないです。サスケはナルトに強いられやっとの事で額当てをしたと思ったら、ナルトの元に置き去りにして里を抜けてしまったし、唯一、日常的に身に着けているのは「暁」に在籍するイタチのみです。しかも、横一文字の傷入り…(笑)。

アカデミーを卒業し、下忍と認められた時点で付与される額当てとは「忍」のアイデンティティと言えるアイテムです。そして、それを身に着ける事は、里への忠誠心や木の葉隠れの忍者としての自覚を示しています。その額当てを着けないと言う意思表示は忠誠を否定するに等しいと言えます。逆に言うと、額当てを着けない事が「うちは一族」のアイデンティティだったと言えるのかも知れません。要するに、「うちは一族」は木の葉の組織の中で浮いた存在だったと言う事です。外様的な立ち位置だったのかな…。

「その後、マダラは千手一族のリーダーであった
後の初代・火影と里の方針を巡って対立。
その主導権争いに破れはしたが、
マダラは今も、その瞳力と共に在り続けている」

『新たに"暁"を組織し、その影に姿を隠してな』

自来也も「胸騒ぎ」で、「確かに…うちはマダラがあの"終末の谷"で初代火影に倒されたのは誰でも知っとる」と巻物蝦蟇に言っていましたが、終末の谷での初代・火影との対決に破れ、恐らくは里を追われています。そもそも、「うちは一族」はマダラの求心力(カリスマ)によって成り立っていたような集団だったのではないかと思うんです。だから、マダラが居なくなった途端に衰退の一途を辿ってしまった…。

"写輪眼"と言うレアな血継限界を有する有能な一族…であるのに、里の中では冷遇されていた可能性が、フガクの焦りや、イタチに対する「一族と里の中枢を繋ぐパイプ役でもあるのだ…」(25巻/81頁)などの描写からは感じられます。マダラと言う大きな求心力を失い、冷や飯を食わされ続けた一族を何とか勃興しようと、フガクは努力していたんではないでしょうか?そして、そのプレッシャーはイタチに向けられていた。

初代・火影の「千手一族」を"穏健派"とするなら、それと対立したマダラは"タカ派"と言えると思います。少なくとも、木の葉黎明期においては、「うちは一族」もまた"タカ派"的な勢力だった事が想像できます。また、フガクがイタチの暗部入りを機に、木の葉の中枢に取り入ろうとした政治的な意図には、暗部の養成機関"根"に近付く目的があったのではないか?と、僕は考えています。つまり、残存する"タカ派"勢力に取り入る事に活路を見出そうとしてたんではないかと言う考えです。

「タンゾウという男は…かつて三代目と対立していたタカ派の男だ。
暗部の中に別動部隊として、暗部養成部門の"根"を組織し、
その主任の座に就いていた男だ」

綱手がヤマトにタンゾウの説明をするシーン(32巻/85頁)がありました。綱手は"穏健派"だった初代の孫ですし、木の葉の雰囲気からは現政権は"穏健派"が握っているものと思われます。「"根"はすでに解体されてるし、奴も一度は失脚した身…」ともあり、"タカ派"はどうも肩身の狭い思いをしているようにも感じます。しかし、火影である綱手に嫌みを言いながら、様子を窺える立場には居て、「…が、相変わらず何を考えてるか分からない男だ」と綱手が言うように不気味な存在感を漂わせているのは確かでした。

つまり、木の葉隠れは必ずしも一枚岩ではなく、主流の"穏健派"と少数派ではあるが攻撃的な"タカ派"のパワーバランスの上に成り立っている…盤石とは言いがたい不安定な政治的な問題を抱えていた事になります。それが、「…"根"の者には気を付けておけ」(第367話「イタチとサスケ」)の自来也が綱手に投げかけた最後の言葉に繋がって行くのかな…と思います。

そもそも、「うちは虐殺」が木の葉隠れの里の内部で、堂々と行われ、一族全員が一夜にして(サスケのみを残して)全滅してしまうと言う大事件が、忍たるものの営むコミュニティ内部で成立してしまう事に合理性を、僕は感じていません。如何に、凄腕のイタチとマダラの共同正犯としても、それに気付かないまでセキュリティが低い忍の隠れ里なんて、リアリティ(どんなリアリティなんだよ…笑)がなさ過ぎる…(汗)。

「うちは虐殺」には"根"が関与していた!!

「うちは虐殺」には、「うちは一族」の全ての人員が事件現場に集合していた事になるし、交戦があった可能性が濃厚なのに、それが隠蔽されているなどの、不可解な謎がゴロゴロと転がっています。そして、それを、イタチとマダラの二人だけが実行した事になっているのですが、過去にもいろいろ書いたけど、そりゃもう不可能犯罪に近いです。ただ、そこに"根"が関与していれば、多少はハードルが低くなります。

それに、あれだけの大規模な事件を秘匿する為には内通者の存在が不可欠に思います。むしろ、木の葉隠れ(の一部="根")が黙殺したような傾向すら感じます。そして、それが受け入れられるなら、マダラと"根"が繋がっていた可能性も浮かんでくるのです。だとしたら、タンゾウとマダラにも関係がある事になる。これは、僕にとっては好都合なんです(笑)。

タンゾウがサイと共に初登場したシーン(32巻/25頁)。"根"は解体されたと言う割には、サイは"根"の所属だし、こんな立派な建物がタンゾウの拠点のようにも感じられる描写に、巨大な組織故の難しさ…政治的なパワーバランス…を木の葉隠れも抱えている可能性を強く感じたものでした(リアルの会社や社会と一緒なのね…汗)。

「お前があのカカシ班に配属されるよう、もう手はまわしてある…
お前はうずまきナルトと歳もさほど変わらぬ上…
里の同世代の誰よりも強く…………何よりあの…
あの素晴らしい絵心は感嘆の一言じゃ。
本日より任務終了までの間、お前の名前はサイじゃ…」

僕はタンゾウの外見に注目しています。初老で左手に杖をついている。右肩から先はどうも無さそうです。右目は包帯が隠していて確認できず…。脚も杖をついている事から考えると、どちらかは義足になっているかも知れません。酷い怪我をしたようですが、痛んでいるようのもないので、昨日今日の傷ではないようです。そして…僕の頭の中のジグソーパズルが、何故だかピッタンコに合うピースが見つかってしまったわけです。

タンゾウ+オビト+マダラの眼=トビ(マダラ?)!?

神無毘橋の戦いで大岩の下敷きになって戦死したオビトは右半身を欠損しているものと考えられます。無事だった左眼球と眼軸はカカシに移植されました。そして、オビトが潰されたであろう右半身の欠損部位にタンゾウが自分の体を与えて補完したのではないか?と考えています。だから、装束で隠れて判別できないけど、タンゾウの右脚は義足なんじゃないかと考えています。

右の顔を包帯で覆ているのも、オビトの顔半分が潰れた部分を補完する為に供出したのではないか?と思うんです。タンゾウはマダラを"神"のように崇める崇拝者で、マダラを復活させる為に喜んで自分の体を差し出したんではないかと思うんです。もしかしたら…なんですが、タンゾウは"写輪眼"を開眼はしていないけど、「うちは一族」出身、或いは流れをくんだ系譜じゃないかとすら考えています。

自分の体をそのまま差し出すくらいの気持ちはあったけど、高齢で、能力(素質)的な問題があって、本体はオビトを選択したのではないかと思うんです。何せ、オビトの"写輪眼"を移植したカカシは"万華鏡写輪眼"を開眼しているんですから、誰でも開眼しないレアな"万華鏡写輪眼"の未確定の条件はクリアできてる筈ですから。だから、タンゾウは欠損部位の供出に甘んじたのではないかな…と考えてるんです。

でも、この考えには障害が何個もあって…オビトの左目は眼軸ごと眼球がカカシに行ってますから、それをタンゾウで補わなかったのは、マダラの眼球と眼軸があったと考える道が残されています。また、タンゾウの右眼がないのは脳に繋がる部分や眼を動かす筋肉などが欠損していて、それをタンゾウから移植したとすれば、すっごく苦しいけど(ハァハァ…)、一応の条件は提示できるかな…と考えます。

マダラの「眼球と眼軸」と言う考えは、写輪眼の考察で何度か出してるんだけど、写輪眼の高度な覚醒(万華鏡写輪眼以降)においては、身体と言う「器」に依存しない「眼」(真・万華鏡写輪眼)だけの存在が許されるんじゃないかと言う考えに拠ります。そして、それが「マダラは今も、その瞳力と共に在り続けている」(第386話「新たな光…!!」)と言うイタチの証言の示すところの「不滅」と符合するんではないかと思っています。

また、イタチは「九尾事件」に、マダラが関与していたと言う興味深い証言を残しています(第386話「新たな光…!!」)。

「十六年前―――――
九尾が木の葉を襲った事件は、もちろんマダラが起したものだ。
それも、四代目によって阻止されてしまった」

「つまり…今のマダラは負け犬だ…うちはの本当の高みを手にするのは奴じゃない」

もし、マダラがオビトの身体をベースに転生されたとすれば、「九尾事件」の2年前には存在が可能になります。複雑な工程と経緯で再製された身体ですから(汗)、リハビリに時間を要したかも知れません。それが2年のブランクを生んでしまった。恐らく、「神無毘橋の戦い」から「九尾事件」の2年間にミナトは何らかのマダラの動きを察知して、事に備える猶予が生じたのだと思います。結果的に「九尾事件」は阻止された…。

そして、その失敗にはマダラの不完全さが関係しているのではないかと、僕は考えています。それが、トビ(マダラ?)の言う「そうなれば全てが本来の形に戻るのだ…」(40巻/95頁)であり、「写輪眼の本当の力が…このうちはマダラの力が」(40巻/96頁)なんだと思うんです。そして、それをイタチは指摘しているんじゃないでしょうか。イタチはマダラを超えるべき存在と捉えているのかも知れません。ちょうど、サスケがイタチを見つめるようなものかしら…。

しかし、トビ(マダラ?)の戦法は難攻不落にも思えます。相手の物理攻撃は完璧に無効化してしまいます。やはり、あの能力は"真・万華鏡写輪眼"の特殊な瞳術と考えるべきでしょう。しかも、ペインがトビ(マダラ?)には一応従っています。ペインもマダラを認めざるを得ない状況にある?(ただ、完全に承服はしてないような…)トビ(マダラ?)には、幾重にも謎が積層しています。そして、木の葉小隊の前に余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で立ちはだかるトビ(マダラ?)が不気味です。

トビ(マダラ?)の仮面の下はどうなっているんだろう?

 
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第391話「雷鳴と共に…!!」

 
いきなり、テンション低いです(笑)。

題名が「雷鳴と共に…!!」ですから…。僕の「予想」は、外れる外れる…とは解ってはいたけど、ここまで完璧に外れるなんて…。石原某の天気予報とか、安売りの河豚(外道の馬面ハギだからね)とか、清原のバットとか…ホントに僕の「予想」は、いつもいつも尽(ことごと)く、コネ━━━━━('A`)━━━━━!!!!。

大きな海を見たい気分です。できるだけ遠くを見たいです…ウワァァ-----。゚(゚´Д`゚)゚。-----ン!!!! それか、雨に打たれたい。傘もささずに佇(たたず)みたい…。そして、小学生の頃、先生に褒められた言葉を思い出したい…生まれて来てスミマセン。地球に居てスミマセン。二酸化炭素を吸って、酸素を吐き出せる…草になりたい…。息しててスミマセン(いきなり部屋の掃除を始める意味不明の行動…)<ガサゴソ…ゴトゴト…>。

気を取り直して感想に入ります。

雨が降っています。かなり激しい雨です。「うちはのアジト」の直上の空を分厚い雲が埋め尽くしています。「玉座の間」から見上げるサスケ。イタチは右目を閉じたままサスケを見下ろしている。胸騒ぎの雷鳴。そして、屋根に貼り付いたゼツの考量…。

「"天照"と同じ。かわすことが出来ない術!?一体どんな術だってんだ?」

荒れ始める空の下…
垂れ込める雷雲…
そして乱れ落つ稲光!
サスケ、最後の術とは!?

「!」<スッ…>

恐る恐る空を見上げるイタチ。
その動きにゼツも空を仰ぐ。

<バチチチ>

黒雲に沸き起こる雷火。
轟き渡る雷鳴…。

<カッ>

閃光が生み出す陰影。
見上げるサスケ。

「………」

サスケに目を落とすイタチ。

「ソウカ!サッキノサスケノ火遁ハコノ為カ!」(黒)

ゼツ(黒)にはサスケの意図が飲み込めたみたいです。

「どういう事?」(白)

…………

「アノ火遁攻撃ノ狙イハハナカライタチジャナカッタトイウコトダ…!」(黒)

先週の「豪龍火」。
盲滅法なサスケの火遁攻撃。

「だからどういう事?」(白)

……………………

「ワザト火遁ヲ空ニ打チ上ゲ、大気ヲ急激ニ暖メテ上昇気流ヲ発生サセタノダ!
積乱雲…ツマリ雷雲ヲ作ッタ!!」(黒)

火遁の「熱」を利用した雷雲。
だから、急に雨が降って来た…。

「だからそれがどういう…」(白)

…………(プハッ…息できなかった…死ぬとこだった…)

「己ノチャクラエネルギーデハナク…膨大ナ大気ノエネルギーヲ利用シテ…
雷遁ノ術ヲ行ナウ気ダ!」(黒)

サスケの左手が発する…千鳥?<バチチチチ>

「どんな?」(白)

ここまでのゼツ(白)の解らなっぷりは僕の予想に似てる…(汗)。

「トニカク人間ガチャクラカラ性質変化デ作ルモノトハ規模ガ違ウゾ!」(黒)

<グッ>と下半身を沈め、サスケが動きます。

「…………」

玉座の間からうちはのアジトの屋根の更に上。
<ザッ><ザッ>と跳び、突き出した壁の天辺に達するサスケ。
それをイタチはジッと見ているだけ…????

<ゴゴゴゴゴゴ>

臨界点の黒雲。
荒れ狂う雷(いかずち)。

<ジュウウウ>

うちはのアジトの回りの「天照」の黒炎。
その火の手は森を燃やし尽くすまでは消える事はない。

「!」「ソウカ…"天照"ノ熱ヲモ利用スル為ニワザト外ヘト誘イ出シタノカ」(黒)

前回の描写でこの一点が解らなかったんです。イタチがサスケを「天照」で追うシーンで、その発火点がうちはのアジトの外の森に及んでいました。サスケのスピードの高さがイタチの誤発射を誘っているのは分かったんですが、あの描写でサスケは森を疾走したのかもね。それで火の手が思うように広がったので屋根に戻った。そして、玉座の間の直上で「天照」に捕捉させた…。
この後の脱出劇を見れば、サスケが自分の望む位置で「天照」に捉えられたと考えるのが自然に思えます。黒炎を冷静に目視で確認していたサスケはあの攻防を完全にコントロールしてたんですね。つまり、イタチは「天照」を使わされたんです。


サスケが何故、ここまで周到に戦術を練れたのか?

どう考えても、サスケは「天照」の特性を知り尽くしています。ピントが合った対象を焼き尽くすまで消えない炎。その発火条件。術者に対する負担。全てを織り込んだサスケの戦術はそれを物語っています。そして、今、降っている雨すら「天照」の黒炎の熱(上昇気流)を利用した事。そして、その痼りに、ゼツ(黒)も辿り着いています。

ネタ元は大蛇丸?!

大蛇丸は"写輪眼"や"万華鏡写輪眼"のかなりの深部まで研究を重ね筈です。これまで、イタチがサスケに説明して来た程度の「写輪眼の本当の秘密」程度の解明は成っていたんじゃないでしょうか。当然、「月読」や「天照」の内容に関しても熟知していたのでしょう。そして、それをサスケにも部分的に伝えた事実があった事は明白だと思います。

また、大蛇丸の木の葉隠れでの地下活動における拉致や人体実験の検体として「うちは一族」が含まれていた可能性は非常に高いと、僕は思います。その時点で、大蛇丸の技術力をもってすれば、カカシが実現する程度の"写輪眼"の獲得であれば可能だったとも、僕は考えます。しかし、大蛇丸はそれに手を出さなかった。

「昔は持ってなかったじゃない…それ。その…左目の写輪眼!」

大蛇丸はカカシを殺して眼を奪うチャンスもありました(8巻/116-117頁)。しかし、カカシの"写輪眼"には、それこそ目もくれなかった(笑)。と言う事は、大蛇丸には必要なかったと考えるべきだと思うんです。それを受け入れると、大蛇丸がこの時点で、"万華鏡写輪眼"の秘密…つまり、"真・万華鏡写輪眼"の存在も恐らく知っていた…。

「私も欲しいのよ…うちはの血がね」

そして、大蛇丸は「眼」ではなく、「血」が欲しいと(8巻/117頁)、と意味深な言葉を付け足しています。「血」…「血の繋がり」=「兄弟」…? 決定的な解答はありませんが、大蛇丸が"写輪眼"だけを欲しがっていたわけじゃない事だけは確かですね。大蛇丸は生き続け、この世の忍術全てを解き明かすと言う目的がありましたから、先のない「力」に手を出すような事は望まなかったのでしょう。

「お前もオレと同じ万華鏡写輪眼を開眼しうる者だ」

僕は「うちは虐殺」におけるイタチの台詞(25巻/145頁)に、"万華鏡写輪眼"開眼に対する「特別な系譜」の存在を感じましたが、それに反するカカシの"万華鏡写輪眼"の開眼を説明する為に"似非・万華鏡写輪眼"=「改造説」ってのもあったんですけどね…。オビトを系譜に入れる手もあるんですが、描写がない(汗)。顕在する描写からは万華鏡開眼は"写輪眼"のデフォルト(標準設定)とする方がしっくり来ます。水準以上の「才能」のフィルタリングがあるとする方が合理的に感じますね(カカシはクリアできた)。

そこを起点にして、もしかしたら"写輪眼"は失明に向かう宿命を背負う悲しい血族の…「悲しき烙印」なんじゃないかと、僕は考えています。そもそも"忍"は「道具」だから、「最も親しい友達」なんてのは出来ない。もし、"忍"ではなく"人"として生きるなら、その褒美に"万華鏡写輪眼"を授ける…それは、「失明」。そして「死」。しかし、バットエンドへと続く袋小路であるんだけど…"写輪眼"が「器」としての「人」を吟味するような開眼条件があのが妙にしっくり来てしまいます。

だから、「うちは一族」は遅かれ早かれ「滅び」に向かう一族だったと、木の葉上層部でも考えていたんじゃないでしょうか。まるで「かぐや一族」みたいな存在?!…とすると、木の葉の"写輪眼"を軽視するような態度も何だか納得できますね。そもそも「うちは虐殺」が里の中で希薄な出来事すぎる…。

大蛇丸が求めていた「眼」もまた、"真・万華鏡写輪眼"だったのではないでしょうか。マダラはその「秘密」に気付き、恐らく、その「秘密」には大蛇丸も触れているんじゃないかと、僕は考えています。だから、普通のうちは一族の"写輪眼"(カカシを含む)など、大蛇丸には必要なかった。そして、その「秘密」の提示する「兄弟」と言う条件を満たす"写輪眼"はイタチとサスケしか存在しなかったのではないか?と行き当たるわけです。

だから、大蛇丸はイタチに固執したんではないでしょうか。しかし、イタチは自分の手の届かない「高み」に立ってしまった。それで、仕方なく大蛇丸の興味はサスケに向かうようになったのだと思います。そして、「呪印」を与え、自分の弟子として鍛え、「力」を与えて行った…。サスケを強くする事で、自分の身に危険が及ぶ事も顧みず…。結果、あっさり殺られてしまった…(笑)。

でも、大蛇丸がそんな不用意な行動をとるか?!

サスケの目的はイタチへの復讐。その為に自分の躯(からだ)を大蛇丸に差し出す事も厭わないとも言っていました(25巻/25頁)。そして、呆気無いほどの大蛇丸の死。デイダラの大爆発の後に、香燐に微妙に突っ込まれた時も「大蛇丸はもともと弱ってた。それだけの話だ…」(40巻/75頁)にしても、サスケの言葉にしては歯切れが悪い(黒笑)。

「大蛇丸の力を取り込んでから傷の治りが早い」

颯爽(さっそう)とおニューのコスチュームに身を包んで登場したサスケ(40巻/106頁)。この時、サスケは(これが"白蛇"の力か…)と、自分の中にある大蛇丸を感じています。この描写は大蛇丸の「不死転生」が、自らを尾獣化(蛇のウロコの白蛇)させ、人柱力を乗り換える事による転生術なのかな?と考えています。大蛇丸にとって、肉体とは単なる「容器」に過ぎないのです。だから肉体の「滅び」は大蛇丸にとって意味を持たない筈です。

「大蛇丸様が死んだ…」

カブトが見せられた回想(38巻/126頁)。あのビジョンが編集されたものとしたら…。大蛇丸とサスケがグルになって、大蛇丸の「死」を演出し、それを広めた(南のアジトの水月の行動など)のも上手く繋がったりします(汗)。大蛇丸を死んだ事にしてサスケが運んでいるのだとしたら…。「随意」、「不随意」…そこにはサスケを上回る大蛇丸の「知略」の可能性だってあります。

もしかしたら、サスケと大蛇丸の間で「謀議」(ぼうぎ)があった!?

つまり、大蛇丸の「死」が二人の狂言だった可能性を、僕は疑っているのです。その痼りは「大蛇丸は本当に死んでしまったのか?」でも記述があるので、確認してみて下さい(ちょっと見当違いだけどね…)。大蛇丸は何らかの形で影響力を発揮するんじゃないかと思うんです。大蛇丸の執念やバイタリティは見過ごせないくらい、僕にとっては大きいのです。

そして、ここまで周到に「対イタチ戦」の戦略を練れた背景に大蛇丸の存在を強く感じます。と言うか、サスケの体(写輪眼)を得た大蛇丸がイタチと闘うとしたら、きっと、こんな展開になってたんじゃないか?と思いませんか?サスケが取った戦術は、もしかしたら、大蛇丸との共作だったんじゃないでしょうか?そんな感じがしてならない…ケルベロスです。

「この術は天から降る雷(いかずち)…オレはその力をアンタへと導くだけだ」

光を発するサスケの左手。雷のチャクラ…「千鳥」と同属性のチャクラでしょう。前回、サスケが「空っぽ」と判定されたものの、"写輪眼"は未だ健在でしたし、一瞬で決定打を繰り出せるような大量のチャクラは残っていない…と言う意味合いで、僕は受け入れています(汗)。それに経時的な回復もあるしね。

「ヤハリソウカ…ダトシタラ避ケラレルワケガナイ…」(黒)

ゼツが土遁系の忍術使いと言う考えは普通にあって、チャクラ性質の優劣関係で考えれば、ゼツは雷遁を恐れています。それは、サスケとイタチの闘いの余波を受けそうになった時のビビリ方も、サスケの「千鳥」に対するものが一番大きかったです。だから、雷遁に対する警戒心や知識がゼツには豊富なんです。これは考察の確かな起点になったのにな…。青い…。

同じ考え方で、先週号のサスケの「切り札」に関しても、デイダラ戦でサスケが示した「ただの二択だ。そうなればオレにはもう一つ手があった。披露する機会はなかったがな」(40巻/44頁)から、「土遁」(デイダラ)<「雷遁」の図式を用いれば、サスケの「最後の術」の類推もできた筈なんだな…。「豪龍火」の口が開いてなかったのと、盲撃(めくらう)ちが妙な先入観になってしまいました(汗)。

「どうして!?」(白)

ゼツ(白)の鈍さが、心に刺さる…(笑)。
君は僕のオアシスだよ(汗)。

「落雷ハ千分ノ一秒…音ヨリモ速イ!」(黒)

物理がダメダメなんで……多分、高速と音速の違い…!?

「術の名は"麒麟"…」<スッ>

<ゴゴゴゴ…>

無気味に響く雷鳴…。

「!」

イタチは尚も右目を閉じたまま。

「な…何だ?」(白)

(白)はまだ言ってるし…(笑)。

「サスケハ雷ヲモ手懐ケタノカ!?」(黒)

ここ、ちょっと噛み付かせて下さい(笑)。

ゼツ(黒)の「雷ヲモ」の「ヲモ」にです(笑)。この言葉を解釈する道は何通りかあると思うんです。チャクラの性質変化をマスターするって言う意味で捉えれば、複数のチャクラ性質を扱える…って言う意味合いもあるだろうし、例えば自然界の動物、口寄せの契約のような自分に従うアイテムを増やしている…とも考えられます。

「その瞳力とワシ以上に禍々しいチャクラ…
かつてのうちはマダラと同じだな…」

ゼツは「天地橋」も知っている??!!(34巻/173頁)つまり、サスケの「瞳力」は九尾を操る事が可能だと判定している可能性を感じます。事実、あの接見で、九尾はサスケをマダラと誤認していますし、九尾のチャクラ(泡)を余裕で沈黙させ、九尾の力の発現=ナルトの「九尾化」を抑え込んでいます。サスケの"写輪眼"が「月読」を撃ち破ったように、九尾すらその手中に収めている…だから「ヲモ」になる?

余談ついでに…(汗)。

チャクラの性質変化は自然界でも同種の「変換」が行なわれていると考えるべきであり、このサスケの「切り札」の描写はその提示だと思うんです。人の小さなキャパシティを脱却し、更なる大きな効果を得る為の…。そこには「暁」の禁術兵器への対抗策。ミナトが「螺旋丸」を開発した意図がジワジワと接近してる気配を感じます。

チャクラの性質変化の自然現象の利用(取り込み)は大きな含みを感じます。『NARUTO-ナルト-』世界の深層には「自然VS工業(人工)」式の対立構図が存在していて、この含みは「自然寄り」と言えます。そして、ナルトの風遁特性。火遁や雷遁を持つサスケとの合流…。「風神・雷神」(屏風の構図は究極のレイアウトだと僕は感じています)の降臨…。あるかもね…(また、外れるんだろうな…汗)。

<キイイイイイ>

キター!!(黒文字)

龍(=麒麟)が顎(あぎと)を開いてるしーッ!!

「雷鳴と共に散れ…」

サスケの雷遁が操作系になって「麒麟」を誘導している?!<バッ>っと、左手をマニュピレーターを動かすようにサスケが振るいます。「豪龍火」が雲を成長させる過程で、チャクラに含有されるサスケの「意志」、或いは「命令」は雷遁=雷にも継承されるんでしょう。それが、サスケの左手のチャクラが大気の雷(いかずち)と繋がっているような描写に見て取れます。

閃光に包まれるイタチ。ホワイトアウトする。この一連のシーンでサスケの「眼」が描かれていないのがポイントです。だから、「散れ…」と言うサスケの言葉の真意は判定できない…。サスケの頬を伝うのは雨…?それとも…。

<ゴゴゴオ><カ>

雷鳴一閃!!巨大な雷はうちはのアジトのあった地形ごと吹っ飛ばしてしまいます。「天照」の熱価と「豪龍火」の熱。それに大気のエネルギーを集約した攻撃。ゼツ(黒)が言った「規模ガ違ウ」攻撃…。

「ぐあ!!」

ゼツがハエトリソウの触手に包まれ吹っ飛びます(笑)。これが、ゼツの防御形態なのかな。これでカバーしてたから、髪の毛燃えなかったんだ…(笑)。ゼツのこう言う「受け」っぽかったり、「ドS」っぽい描写って、可愛い!!何だか、虐めたくなりますよね。しかし、ゼツの描かれ方って、「暁」の中にあって特殊だな…とも思います。きっと、何かありますぜ…ゼツには…。

<バチチチチチ…チチィ>

終息する閃光。
崩れ去る「うちはのアジト」。

「くっ…」(白)
「コレホドトハ…」(黒)

ちょっと、がっかりだけど、ゼツも無事みたい…(笑)。

<ガラガラ>

跡形もなく吹き飛んだ(筈の…笑)「うちはのアジト」。
そこに、俯せに倒れるイタチ。
「暁」のマントが吹き飛んでしまったー!!
これって、究極にヤバい状況なんです。
もろ、「暁」の死亡フラグなの…。

「イタチは死んじゃったのか?」

心配するゼツですが、変ですよね。あんな凄い爆発で、山一個が丸ごとなくなってるのに、イタチもサスケも埋まってません。ゼツだって無事だったし…(笑)。つまり、それなりの忍が積極的に回避するなら脱出可能な崩壊だったわけです。雷撃の密度を高め、正確な狙撃に近いピンポイント攻撃する術だったのかな。

「…………」<プルプル>

小刻みに震えるサスケの左手。
「麒麟」の反動?

「…った…終わった…………終わったぞ…!!」

サスケの"写輪眼"を解除して、
その場に<ガクッ>とへたり込んでしまいます。
もう、ヘトヘトのボロボロですね(汗)。

<ポッポッ>

雨が上がった…。

「これが…お前の再現したかった……死に様か?」

イタチの声?

「!!!」

驚愕するサスケ。
瓦礫(がれき)の中の三者。

<ムクッ>

ゆっくりと起き上がるイタチ。
吐血。かなりのダメージを受けている…。

<ズズ…>「くそがァ!!!」

<ギリ…>っと、歯ぎしりするサスケ。
呪印の再転回。「状態2」への変異。
自棄クソに叫ぶサスケ。動揺している…。

「アレハ…!」(黒)

このゼツの驚きの視線は何処に向けられていたんでしょうか?

次の頁の上のカットのサスケ?それともその下のイタチ?
ここは気になる。ね…ゼツ。どっちが気になったのかな?

<ズズ…>

「状態2」に変異したサスケの左目。鼻の十字に目が行ってしまいますが、サスケの左目に変な「隈取」が浮き上がっています。これまでのサスケの「状態2」にこんな「隈取」はなかったです。そう言えば、カブトの左目もこんな感じになってたな…。サスケの左眼には非常に濃厚な大蛇丸の影がチラつきます。

先に示しましたが、大蛇丸はサスケの中に確かに存在しています。それが、何らかの理由で表に出て来た?!それか、サスケが大蛇丸に頼っている?僕は、このサスケの「変異」にサスケと大蛇丸との「共謀」、或いは「謀議」を感じてしまうのです。もしかしたら、これがサスケの「奥の手」?そして、これがイタチの「真の目的」?

実は、拍手のコメントで質問があって(拍手のコメントは非公開にすると、返礼ができません。つまり、解答もできないので、質問がある場合は「公開」にするか、メッセージで送って下さいね)、"万華鏡写輪眼"のないサスケをイタチが相手をするのは解せない…し、「いい流れだ」(41巻/26頁)とするトビ(マダラ?)の期待感にも符合しません。

「次の脱皮で蛇のままか、それとも鷹に変わるのか」

週末の谷のトビ(マダラ?)の言葉(41巻/26頁)。それがサスケの「変異」に繋がるのが自然かな…と、僕は考えます。イタチがサスケの眼を奪う必要性に疑問がある中、サスケの「麒麟」をわざと受けるようなイタチの対応にも違和感を感じます。イタチはサスケを試している?サスケを見極めようとしている…!?

<スウー…>「コレがなければ…やられていたな…」

その下のカットで、イタチが骨格のようなイメージに包まれています。「コレがなければ…」と、イタチが言うからには、サスケの「麒麟」の雷撃を凌いだ何らかの術と考えられます。「鎖骨」(ウィッシュボーン)?に「ろっ骨」?それに、脊椎(背骨)?何だかその骨格が「鳥」に見えてしまうケルベロスです(汗)。

「!?」(サスケ)「何ダ?」(黒)

サスケにもゼツにも見えている。つまり、実体がある…と言う事です。幻術ではない、イタチの忍術。しかし、チャクラは既に残り少ない筈。この場合、チャクラ以外のエネルギーが必要になる。だとすれば、「命」?デイダラがそうだったように、「命」を燃やすような術をイタチは使おうとしている?!(ヤメテーッ!!!!)

『本当に…強くなったな………サスケ…』

イタチの両眼の紋様は失せ、白んだようになっています。しかし、その眼には先ほどまでの疲労困憊(ひろうこんぱい)はなく、力強さが漂っています。何かを悟ったようなイタチの静かさ。そして、暖かさ?その気持ちの入ったサスケへの賞賛の言葉に、思わずサスケも「!」と反応しています。イタチの清々しさはこれまで僕らが感じてきた、それに戻っています。蘇った…イタチの清々しさ。兄の香り…。

しかし、イタチの満身創痍は変わらず、不安要素は山のように…(汗)。

大量の汗?!
夥(おびただ)しい吐血。
吹き飛んでしまった「暁」のマント。

サスケとイタチの闘いには、イタチの目的に不明な部分が多く潜んでいる事は、多くの人が感じてたところと思います。"万華鏡写輪眼"の「秘密」と照らし合わせても解せない箇所が何点か存在します。そして、トビ(マダラ?)の発した「脱皮」と言う言葉。ここに来て顕現した「大蛇丸の余韻」。

「今度は…オレの最後の切り札を見せてやろう…"須佐能乎(スサノオ)"だ」

左眼の「月読」。右眼の「天照」。「須佐能乎」とは…。

生還をはたしたイザナキが、身をきよめるための禊をすると、
すてた杖(つえ)や衣服から次々と神々が生まれた。
最後に左目をあらうと、高天原をおさめるアマテラスオオミカミ(天照)、
右目をあらうと夜の国をおさめるツクヨミノミコト(月読)、
鼻をあらうと海原をおさめるスサノオノミコト(須佐能乎)が生まれた。
(ウェブに転がってた記述より)

イタチはサスケの中の大蛇丸を狙っているんじゃないだろうか?

「次の脱皮で蛇のままか、それとも鷹に変わるのか」

この闘いはサスケの「脱皮の儀式」?「割礼(かつれい)」?
もし、乱入者があるとすれば、僕の(予想と言うよりは)希望は「カブト」……。

イタチさんはやってない!


 
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サスケは何故、サクラに「ありがとう…」と言ったのか?

  
「里を出るには
この道を通るから
いつもここに…」

サスケが意を決して里を抜けようとした時、木の葉の里の出口ではサクラが待ち構えていました(21巻/13頁)。サクラの、この台詞から、サクラが毎晩、この場でサスケを見張っていた事が判りました。でも、ホントにサスケの動向を見張るならサスケの住居を窺う方が合理的な筈です。

だから、サクラがこの場でサスケを待ち受けたと言うよりは、この場でサスケの事を想っていた…と言うのがサクラの本心ではないかと、僕は考えています。何故なら、この場所はサクラにとって「大切な場所」だったから…。サクラにとっての(サスケとの)「始まりの場所」だったからだと思うんです。

「…私って…
サスケくんに嫌われてばっかりだね…
………覚えてる?
下忍になって始めて三人組のチームが決まった日
この場所でサスケくんと二人きりになった時に…
私を怒ったわね…」


「…孤独…
親にしかられて悲しいなんてレベルじゃねーぞ」(サスケ)

「…ど…どうしたの
急に…」(サクラ)

「お前
うざいよ」


これが一回目のサスケの「サクラ=うざいよ」です(笑)(1巻/105頁)。第七班への配属が決まり、ナルトが邪魔だったサクラはナルトの生い立ちを中傷するような口調になってしまったんですね。その軽率さがサスケの琴線に触れてしまったんです。この時、サスケは本心でサクラを嫌悪していました。

あの頃…サクラは子供だった…。恋愛に関しては先走ってたけど、「愛」なんて呼ぶには程遠い…「欲」に近い。それでも「肉欲」のような艶っぽさもない…自分本意な…子供っぽい欲求でありました。そして、そのサクラの心無い言葉に、同じように子供だったサスケが切れてしまった…だけなのです。

サスケは「覚えて無い…」と優しさを見せますが(21巻/16頁)、サクラにとってはほろ苦い…と言うよりは、めちゃくちゃ酸っぱい想い出なんですね。しかし、めちゃくちゃなバットフィールではありましたが、サスケがサクラに向けた最初のサスケの「感情」だった事も確かでした。気持ちのベクトルとしては真逆なわけですが、サクラにとってはそれも「最初の記念日」みたいなものだったんではないでしょうか。

それは…決して忘れられない想い出だった…。

だから、サクラはこの「場所」でサスケを想っていた…。

「ハハ…そうだよね…
もう随分前のことだもんね
…でも
あの日から始まったんだよ
サスケくんと私…それにナルトとカカシ先生…
四人でいろんな任務やって
苦しかったし
いろいろ大変だったけど
でもやっぱり何より…
…楽しかった…………
サスケくんの一族のことは知ってる
でも復讐だけなんて…
誰も幸せになんてなれない
サスケくんも……私も…」(サクラ)

サクラに去来する想い出の数々…。辛い事もありました。苦しい事でった山のようにありました。おしっこをちびっちゃうような恐い思いもしました。怪我もした。血も流した。髪の毛もばっさり切り落としたりもしました…。沢山、涙も流しました(ついでに、鼻水も…笑)。でも、思い出すのは、みんなの笑顔ばかり…。

想い出とはそう言うものなんです。渓流の流木や岩肌がツルツルであるように、想い出もそれと同じように「角」(かど)がとれた、優しい丸みを帯びた姿貌(すがたかたち)になるものなんです。人生とは川の流れのようなもの。人はその流れで洗われ、磨かれる。その流れの中で、辛さや苦しさは洗い流され、楽しさだけが残る…。だから、サクラは「楽しかった…」と言えたのです。

「やっぱりな…」(サスケ)

「!?」(サクラ)

「オレはお前たちとは違う…お前たちとは相容れない道にいる
四人でやってきた…確かにそれを自分の道と思おうとしたこともある…
四人でやってきたがオレの心は結局、復讐を決めた。
オレはその為に生きてきた。オレはお前やナルトのようにはなれない」(サスケ)

ここは、「サスケは何故、甘ったれなのか?」でも読んで考えて欲しいんですが、一面的にはサスケは「悲劇のヒーロー」を気取っているようなところもあります。確かに同情に値するような絶望的な出来事=「うちは虐殺」ではありますが、人の感じる、苦しさや辛さ等を比べるのは、非常に滑稽(こっけい)な事と思うべきです。

どんなに楽しいか?どんなに苦しいか?どんなに嬉しいか?どんなに悲しいか?それは、その人の「絶対」であって、人と人との「相対」ではないですから、人の感覚など比べるべきものではないのです。他者と自分を比較して自分を感じている内は、決して心の「平穏」は得られないのです。その行いが「不安」を生む事を忘れてはいけないのです。

サスケの場合は、ナルトの存在が邪魔したと考えて良いと思います。ナルトの「曲がらなさ」は異常とも言えますから…。あれと真正面に向き合ったとしたら、誰だって自分が信じられなくなると思います。あのカカシですら、ナルトには戸惑うのですから、アイデンティティを確立中の少年少女が対峙した日には、皆、間違い無く堕天決定です(笑)。

「………またサスケくんは
自ら孤独になるの!?
サスケくんはあの時
孤独は辛いって教えてくれた!
今はそれが痛いほど分かる…!
私には…家族も友達もいる…
だけど、サスケくんがいなくなったら…
私には…私にとっては孤独と同じ…」(サクラ)

「…………また
…ここからそれぞれ新しい道が…
始まるだけだ」(サスケ)


サスケは、サクラが「孤独」を理解したと悟り、サクラの「存在」を認めています。だから、「それぞれ新しい道が…」となるのです。それぞれがスタートラインに立っている…。二人が同じレベル(境地)に居る…サスケもサクラも「孤独」と言うスタートラインに並んでいる…。サスケにはそれを感じられる賢さや冷静さがあるんです。

ぶっちゃけ、サスケはここで、サクラに悲しみや辛さの大きさを人と比べる事の稚拙さを教えられたわけです。しかし、ここで素直にサスケが、それを認めるわけにはいかないのです。既に、サスケは大蛇丸の下に向かうと決めたわけですから!!リベンジャーとして生きる決意をした直後です。サスケにも勢い(だけは)あったのです。

それにしても、サクラは真直ぐでした。こう言う場合、女の「情」は強いですね。無敵とも言える(汗)。正にイケイケの状態です。サクラは涙を流しながらもサスケに真正面に語りかけています。対してサスケはサクラに背を向けたまま…逃げている。男はいつも弱いのです。サスケの態度ってカカシのリンにとった態度にめちゃくちゃ似てるのね…(汗)。

「………!
私は…!
私はサスケくんが好きで好きでたまらない!!
サスケくんが私と一緒にいてくれれば絶対
後悔させない!
毎日楽しくするし
絶対
幸せになるはずだから!!

サスケくんの為なら何だってする!
だから…お願いだからここに居て!!

復讐だって手伝う!
絶対
私が何とかしてみせるから…
だからここに…
私と一緒に…
それがだめなら…
私も一緒に連れてって…」(サクラ)

「やっぱり…お前
うざいよ」(サスケ)


この期に及んで、サクラに自分の「小ささ」を教えられるとは、サスケも思ってもみなかったわけです。だから、サスケは少し焦った筈です。それに、サスケの想いにも慣性がついていて、そんなに簡単に止まったりできませんから、後戻りは出来ようもない。これも「弱さ」…と言えば「弱さ」なのですが…。でも、サスケの若さで思い止まれるのも気持ち悪いです(笑)。サスケの行いもまた、「自然」なのです。

そして、サスケが、ここでサクラに言った「うざい」は第七班で二人が向き合った時のそれとは全く違うものでした。だから「嫌悪感」が微塵もないのです。それは、第一回目(1巻/105頁)と里抜け(21巻/22頁)の、サスケの表情の微妙な違いにも現われています。この時の「うざい」はサスケの強がりみたいなものだと、僕は感じています。有り体に言ってしまえば、サクラへの「敗北宣言」にも似ています。

「やっぱり…」

同時に、あの時の事を…サクラが今も大切に心に仕舞っている「大切な場所」の想い出を…サスケも覚えているよ…とサクラに伝えたかったのでしょう。それをサラッとやってのけるサスケの心根には、気品がある。育ちの良い気品が優しさに溢れている。サスケの投げかける粗野な言葉が、返って優しさを増幅して仕舞うのです。そして、この「振動」に殺られちゃう女子が多数発生してる…(←これはメモしといて、皆が忘れた時にコソッと使おう!!っと……笑)。

そして、これは「そんな事、言われなくたって判ってるよ」と、サクラの言葉は確かにサスケに刺さっています。第一部の1年間はサクラを大きく成長させたんですね。それを、サスケはこの「別れ」で気付いています。しかし、本心でそれを判っていようとも、決して言葉にできないのもサスケです。サスケがサクラに言った「うざい」にはいろんな想いが詰まってるんですね。

「行かないで!!
行くなら

大声出してでも…」(サクラ)

「サクラ…ありがとう…」(サスケ)

(サスケ…くん………)(サクラ)

サスケはサクラに謝意を伝え、眠らせました(21巻/24頁)。サスケはサクラを眠らせるしかなかった…(笑)。サスケを止める為に泣きじゃくり、鼻水を流し、恥ずかしい事(サスケくんの為なら何だってする!)を恥ずかし気もなく言って仕舞える…サクラのその潔いダメっぷりに「自分自身」を見せられてしまったのです。サスケはサクラに気付かされてしまった…のだから…(汗)。

『NARUTO-ナルト-』の恋愛観に関して、僕が釈然としないのは「男の子の性欲の希薄さ」にあります。もしも、こんな風に女子が目を瞑って縋り付いてくるようなシチュエーションがあったら、男子は見逃さない(見逃すべきじゃない!!勿体ないオバケが出る!!)…と思います。取り敢えず…<ピーッ>くらいは<ピーッ>っとか、<ピーッ>ると…と思うものです。それに、ガイはともかく(笑)、カカシが「イチャイチャ」読んでるだけってのがリアリティ薄いんです。もっと、いき<ピーッ>立ってる子が居ないとおかしい!!(笑)

羊のアニメ(左)

もっとも、「週ジャン」は少年少女誌ですから、表現の制約も多分に存在します。キッシーも歯痒い想いをしてることと思います(黒笑)。だから、いちいち、リアルにイチャイチャしてる描写を挿入する事も出来ないですよね。それこそ、リアリティがない…。だから、男の子の「ノン気」は精神訓練の賜物(たまもの)と理解することにしました。僕だってそうですから…どんなにキレーな女子を見たって、ハァハァしたりしないから…(脂汗)。

はっきり言ってしまうと、サクラはサスケに勝ったのです。確かにサクラの取り乱した身汚さは美しくはなかった。でも、その「情」は一点の濁りも無い…清流のようでした。あれこそ「女」の強さです。男はこう言う「女」のどうしようもない「面倒臭さ」に包まれたくなってしまう生き物なのです。その流れに、その身を浸したくなる衝動に駆られるものなのです。そしてサスケは悟った…のです。

自分は間違っている!!!…と。

それが、サスケの「ありがとう」なんだと、僕は思います。でも、人生には間違っていると判っていても進まないといけない場合もあるし、ホントの後悔を自分の手で拾ってみないと気が済まない時だってありますから、それが人生ですから…サスケがサクラに止められなかったのも、僕の目には「自然」に映っています。それは、サクラの目にもそう映ってましたね。サクラの横顔にはあきらめが漂っていまから…(21巻/24頁)。

ただ、サスケがサクラに「ありがとう」と言えた事で、サスケは少しだけ成長できたとも思います。そして、サスケは新たなスタートラインにたつ事ができたのです。それは、サクラの大いなる「情念」が為させました。これは、ナルトにすら出来なかった偉業と言えます。そして、サスケは自分にかしずく「音の四人衆」に向かって、こう言い放ったのです(21巻/25頁)。

「フン
そんなことはどうだっていい
行くぞ…
…始まりだ!!」


サスケの人生の第二幕の緞帳(どんちょう)は、
サクラによって上げられた…。

 
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