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六道仙人のトラップ

 
「…仕方ないのさ
…それが血塗られたうちはの憎しみの運命
遥か昔から永久に続いてきた
呪いのようなものだ」(トビ)

「…憎しみの運命
…呪い……!!」
(ナルト)

「そうだ……遥か昔
六道仙人と呼ばれる忍の祖から始まる
憎しみの呪い」(トビ)

六道仙人だと…
そんなものはただの神話のハズだ」(カカシ)

「輪廻眼は突然変異にすぎないし…」(カカシ)

トビの半落ちの行…(第49巻/163頁)。第462話「サスケの忍道…!!」~第463話「サスケVS雷影!!」で、ヤマカカの獅子奮迅を下っ端扱いするトビは大物然とした…うちはマダラの風格を臭わせながら、何処か物悲しい人間臭さを漂わせるかのようで、僕は何気に好きです。何だか理解されてないオーラが大量に放出されてて疲れた中年管理職っぽくもあり、血気盛んに凛とした眼差しを放つナルトの中に「最も憎んだ」筈の柱間を感じながらも憎しみがオーバーロードしたりしない…ちょっと不自然さもあり、そのぶれ具合が大いに人間っぽく、それがちょっと喋り過ぎじゃねーのな饒舌さに拍車をかけたのか…。

「お前らに話してもあまり意味がない
もっと効果的な場で話す…」(トビ)

「…お前らとの会話…
楽しかったよ…じゃあな…」(トビ)

ヤマカカに「完全体」を提示した直後、トビはそう言い残し掻き消えます(第49巻/182頁)。ヤマカカを下っ端扱い…というのは、五影に対する比較でありまして、それが「もっと効果的な場」のベクトルなんだと思います。トビはヤマカカに示した「完全体」とは恐らく「十尾の人柱力」でありましょう。その先には「写輪眼大幻術・無限月読」ある訳です。それが「月の眼計画」なる人類補完計画の全貌です。そして、それを潔(いさぎよ)しとしない五影に対して「宣戦」を布告したのです。トビの行動は酷く合理的であり、直情的に木ノ葉かくれの里を抜けて柱間と事を構えたうちはマダラとはどうしても違う気がしてならない訳です。

「白眼…!?」(サクラ)

「うちは一族も元をたどれば
日向一族にその源流があると言われてる」
(カカシ)

それとカカシ…カカシの情報って誰かに捏造された可能性があるんじゃないかと心配しています。中忍試験のネジヒナ戦で「白眼→写輪眼」を提示してますし(第9巻/117頁)、今回は「輪廻眼=突然変異」としています。輪廻眼に関しては長門の開眼のように血継限界というには余りにも唐突に発現する能力のようでもあり、それは月と何らかの関係があるとは思うんですが…。木ノ葉と日向一族の関係性から考えれば、千手一族の親派として兄系(=瞳術系)の日向一族が蜜月の関係であるのは不自然で、カカシが持つ「白眼→写輪眼」の提示が逆にダミーに思えます。

ま…これは意外に大ネタで、ここでサクッと書いてしまうには余りに勿体ないんですが、カカシが「白眼→写輪眼」嘘ネタを吹き込まれたならば、それには木ノ葉隠れでもかなり上位の情報源が関与している可能性が高くなりますし、もしダミー情報をカカシが掴まされてるんであれば、寧ろ「写輪眼→白眼」が真実である可能性が大きくなってくると思います。瞳術は兄系の専売特許であり、弟系の千手が憧れて写輪眼を無害化した眼を拵えたのではないかと、僕は考えるようになって来たんですね。白眼に文様がない白目なのも、写輪眼の能力と引き替えの制限を排除した結果だったんじゃーないかと…。

これはちょっと面白いと思うんです。ダンゾウが写輪眼や柱間の細胞を移植して「愛」でなく「力」を欲したのは、弟系の系譜にあったからだと、僕は思うんですよ。人間って無い物ねだりのところがありますから…。ダンゾウ以外にも頭の良い人、野心家の人が他にも居て兄系の瞳術に憧れて取り込みにかかった過去があったんじゃーないかと思えるんです。写輪眼は移植可能なデバイスであり、その有効性はカカシで立証されてて、移植マニュアルすら存在する勢いですし、かと言って弊害も数多くあり、それを無害化する研究もあったと思うんです。

それが柄無しの白眼を生んだ可能性…。

写輪眼の覚醒が上位にシフトする結果として文様が変化するのは、やっぱ文様自体が能力と密接に関係…印に近い意味合いがあるのだと、僕は考えてます。それが「禁忌のハードル」とも絡んでて、そのまま写輪眼を取り込む(移植でなくて遺伝子情報で再現する)のは危険と判断した結果が白眼だったら、濾過されて無毒化したようでしっくり来ます。だから白眼は覚醒ステージとか開眼の条件がなくて、生まれてからズーッと常時覚醒がデフォになってるんじゃないかと思います。あからさまに弟系の雷影兄ちゃんが白眼に食指が動いたのも弟系の六道仙人の子孫の本能的な欲求だったのかも知れませんね。

「神話は
真実になぞらえて語られる…
かつて六道仙人は忍宗を説き
平和を導こうとしたが…
夢半ばにしてその時が来てしまう

六道仙人は忍宗の力と意志
二人の子供に託す事にした

は生まれながらにし
仙人の”眼”
チャクラの力と精神エネルギーを授かり
平和には力が必要だと悟った

は生まれながらに
仙人の”肉体”
生命力と身体エネルギーを授かり
平和には愛が必要だと悟った

仙人は最後に死の床で…
後継者を決めなければならなかった…
しかしその決断が永劫続く憎しみの呪い
生んでしまった」(トビ)

「どういう事だ?」(ナルト)

「仙人は力を求めた兄ではなく…
愛を求めた弟こそ後継者にふさわしいと

そちらを選んだ

長男として当然
自分が後継者だと思い込んでいた兄は納得せず…
憎しみのあまり弟に争いをしかけた

時がたち血が薄れても
二人の兄弟の子孫は争いを続けた

兄の子孫は後にうちはと呼ばれ
弟の子孫は後に千手と呼ばれるようになる


このうちはマダラ
初代火影千手柱間との闘いも
運命だった」(トビ)

ま…横道に逸れちゃったけど、ちょっと人間味が滲んで理解されてないオーラを垂れ流しながら溜め息なんかついて…そりゃもうペラペラと大ネタを連発してくれるんです(第49巻/164-165頁)。そこで「うちは」「千手」がそれぞれ六道仙人の兄系と弟系の子孫である事や、「仙人の眼」を兄系に託し、「仙人の肉体」を弟系に託した事を一気呵成に捲し立てるのです。そして、六道仙人は平和には「力」が必要と悟った兄ではなく、「愛」が必要と悟った弟を後継者に選んだのだとのことで、それがサスケが持つ超ファザコンの認められたいオーラとトビの理解されてないオーラ(既に過去形…)とシンクロして震えました(笑)。

ぶっちゃけ、六道仙人は忍宗を立ち上げて、それが忍術に発展して世に広まった事に疑問を感じていたんではないかと思います。それでも自分がそのまま元気に世界を守護できるなら安寧は守れたと思うんですね。それは六道仙人が秩序だったからだと思います。十尾の人柱力で全ての忍術と性質変化に通じる「愛」「力」を一緒に持った人物だったのだと思います。しかし、六道仙人にも寿命があって、自然の理に反して延命する事を潔しとはしなかったのでしょう。それで、自分を二つに別けたものが二人の子…兄と弟だったのではないかと、僕は考えております。十尾を九つのチャクラに別けたように…。

それを起点にして今の忍界が形成されて行ったのでしょう。後継者として信託を得た弟の系譜である千手柱間が「一国一里」パラダイムシフトをもって忍界を平定して暫しの平和が訪れる。それに心中穏やかでないのがうちはマダラであり、「終末の谷の決闘」が必然として催された……。うちはと千手が衝突するのはもともと一つだった六道仙人の能力や性格、考え方といったものが分離した経緯を考えれば、引かれ合い弾き合う必定に気付くでしょう。それは六道仙人の内省にも似ていると思われます。二人の子の存在は六道仙人の悩みそのものだと、僕には思えてならないのです。

は生まれながらにし
仙人の”眼”
チャクラの力と精神エネルギーを授かり
平和には力が必要だと悟った

は生まれながらに
仙人の”肉体”
生命力と身体エネルギーを授かり
平和には愛が必要だと悟った

偶然か必然か…なんて六道仙人にしか解らないだろうからアレですが、自分の死と共に六道仙人の制御下から解き放たれる十尾を九つのチャクラに別けたように、自分を真っ二つにする様に二人の子にそれぞれ分け与えたのは違う能力や悟りの様に見えるけど、実は同じものなんだよな…と、僕は思うんですね。ただ、それは人間のチッポケな認識の違いであって、時間スケールの問題であると、「色即是空空即是色」を書いた時に一緒にそのまま書きたい衝動を抑えるのに必死だったなー…(笑)。でも、ま…同じものを見たり感じたりしても、人それぞれだから…ま、それを織り込むのも大人の嗜みとしては大切なんだけど。

ただ、兄は「力」と思い、弟は「愛」だと感じただけ…。それが同じものであろうと…。それに兄には「仙人の眼」なんてのが備わってるもんだから、それこそ何でも見えて当たり前だと思っちゃうんじゃないでしょうか。だから、自分が絶対に正しいと思っちゃう。弟にしても「仙人の肉体」なんてのがあるから、自分は誰よりも強く逞しい…と思い込んでる。だから、自分が誰よりも正しいと思っちゃった…。お互いがお互いを牽制して、相手を否定しちゃうから、解り合う事ができない。それが諍いを生み、諍いが憎しみを連鎖させる。それに気付いてたのがイタチだったのかな…と、僕は思うんです。

一族などと…
ちっぽけなモノに執着するから
本当に大切なモノを見失う…

本当の変化とは規制や制約
予感や想像の枠に
収まりきっていては出来ない」(イタチ)

「シスイ事件」の怒鳴り込みでイタチが吐き出した意味不明…(第25巻/102頁)。それって、瞳術を過信するあまり、「色即是空空即是色」が理解できないうちは一族を非難してたんじゃないかな…と、僕には思えるんです。そもそも写輪眼の覚醒ステージの条件が「禁忌のハードル」なんて、憎しみのレールが敷かれた恣意的な誘引に他ならないと、何で気付けないんだ!!と、イタチは焦ってたんだと思うんです。折しも六道仙人の遺した石碑の万華鏡領域…それを読んで初めて気付く馬鹿げたシステム…うちはには「力」が併せ持つ「憎しみ」を、千手にはそれを鎮める「愛」を予め与えた…と、思い込んでるだけなのだから。

「……君には大切な人がいますか?」(白)

「人は…大切な何かを守りたいと思った時に
本当に強くなれるものなのです」
(白)

波の国でナルトに出逢った白が告げたのはこれだったんだ!!!(第3巻/75-77頁)同じものを違うとする認識…違うと思い込ませる境遇…それこそ兄と弟に自分を真っ二つに分け与えた「六道仙人のトラップ」であると、僕は考えます。うちはと千手が同じ樹の根っ子と枝を掴んで、それを違う樹だと勘違いしてケンカしてるようなものです。白がナルトに伝えた「強さ」とは「愛」であり、「力」でありました。大切な何かを守るのに「愛」だけでもダメだし、「力」だけでもダメなのは誰だって解るもの…。万華鏡の模様は一度たりとも同じものはない…ぶっちゃけ真実が見えていない。サスケは「才能という名の迷宮」を独り彷徨っている…。

「力」とは「愛」であり、「愛」「力」である…。


 
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once in a blue moon...(100130)


今すぐ外に出て空を見上げて下さい!!!

今日(2010年1月30日)は……
ひと月のうちに満月が二度訪れるBlue moon...青い月の夜。

once in a blue moon

once in a blue moon

……極めて稀な事。或いは、特別な事…。

今年は一月一日が満月でファーストムーン。
そして、今日が二度目の満月のブルームーン。
大きな大きなお月様でした…綺麗な青いお月様。
家の中でゴロゴロしてないで、月夜にお祈りを。
サスケとナルトが仲直りできます様に…。
二人が一つになれます様に……と。

Blue moonを見ると幸せになれるという言い伝えがある…。


エーッと、ナル×ジャンのケルベロスです。昨日は雨の地方もあって、逆に悲しい想いをさせてしまったようでスミマセン。で、でも…喜んで下さいよ!!ご同輩。今年は三月にもBlue Moonがあるとですよ。三月は一日が一度目の満月(first moon)で30日が二度目の満月(blue moon)です。今度こそ晴れますよ。質問があったんで写真の月なんですが、あれはデジカメで撮りっ放しです。ま…フォトショップのフィルター(逆光)は一枚咬ませましたが、色合いはデジカメのCCDなりです。拡大して粒子が荒れてますが、紫→碧→漆黒のグラデであるとEOSのエンジンは判断した様ですね。やっぱ、ブルームーンだったんだと画像を解析してて震えましたっけ。ちなみにレンズはCarl Zeise Planar 1.4/85絞り開放で撮影しています。これが絞り込むとこんなキレーなグラデがでなくなるからレンズって不思議(笑)。そう言えば、このレンズは数多くの女子を撮ったな…ポートレートは楽しかったなー…なんて、ファインダーを覗きながら思い出したな。口元…緩んでたんだろーな(笑)。…という事で、また三月にBlue Moon!!お忘れなく(僕に教えてね…笑)。once in a blue moon(追記:100131)

once in a blue moon(撮りっ放し)



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色即是空空即是色

 
僕はこましゃくれた子供だったように思います。特に小学生の高学年辺りで急激に開花した記憶があります(笑)。何処がこましゃくれてたかと申しますと、図書館に入り浸って分厚くて漢字が多くて如何にも難しそうな本を広げたりする…ちょっと嫌らしいところがあった。勿論、内容が解るでもなく、ましてや文意に感銘を受け震えるなんてなかったんだけれど、何故だか楽しかったなー…。それで全く意味が解らないというのもやや語弊があって、何故だか大人になってから、あの本はこんなような事が書いてあったんだろうなー…なんて、時限式で思い当たるから、さぁ~不思議!!(笑)

司馬遼太郎大先生の坂本龍馬を書いたご本があって、それはちゃんと物事が解る様になってから読んだんだけれど、龍馬さんはただ本を捲りボーッと眺めているだけで、何となく意味が解った…みたいな行を読んだ時、そんなもんか…と極めて素直に納得できたのは、僕が龍馬さんみたいな偉人じゃない事を前提にしても感じ方のタイプが似てるのかなと、何となくですが当時、思い当たったものでした。文字を絵として認識するなら文学は景色のように感じらることでしょう。僕は子供の頃見た風景の何かしらを憶えていて、それを理解できる年頃になって言の葉として咀嚼し直してるんだと思う訳です。

何となくのお話なんでアレですが、僕は外で遊ぶより屋根の下でジーッとしてるのが好きな子だったから、本は大切な友だちでした。僕は本を開く事でいろんな旅をしたり、人とであったり、いろんな出来事、体験を重ねてたんだろうと思います。しかしそれは難しい文字の羅列としてではなく、それぞれの頁が一枚の景色として心に刻まれた。そして、その景色の解読を大人になった今、牛が食べ物を反芻するように行っている。その性癖は僕の考察スタイルとも似てる。読書と言うには凡そ稚拙な…そんなこましゃくれた子供だった僕の図書館遊びこそ原体験だったのだと、僕は感じています。

僕はいろんな事に興味がある子供でして、特に航空機には一方ならない思い入れがありまして、こましゃくれた子供時代の図書館遊びでも、その分野に僕の視線が及んだのは当然の流れでした。金属の塊が何で飛べるんだろう?に始まって、何で航空機の羽は後ろに傾いてるのか?とか上下に逸ってるかとか…子供向けの解説書から果ては専門書までを次から次へと、僕は旅して回った。基本、こましゃくれてたので子供向けの解説本(絵本)なんてのはサラッと流して、分厚くて変な数式が…「ρ」(ロー)とか流体力学系の内容を好んで開いてましたっけ(笑)。勿論、何のこっちゃ…でしたよ(笑)。

でも、ま…良くしたもので所々、その景色を憶えてるんです。僕はそこで大変な一冊を手にしていた…それを大きくなってから感じる事になるとは!!しかも、その気付きは本編ではなく、その分厚い学術書の序論に認められていたのです。めちゃくちゃ悔しい事にその本の名前が「航空力学概論」だったか、「航空力学入門」だったか…思い切り失念しています。勿論、空気の粘性や難しい公式なんて欠片…微塵の方が良いかも…程度しか、残っていないけれど「序論」の衝撃はクッキリと残っているのです。しつこいようだけど、その衝撃に気付くのはかなり後なんだけど、そんな景色だったのね。

それは、多分、こんな感じの景色だったような……

「今、私の手にはエンピツがある。エンピツの芯は黒鉛と粘度でできていて、それを木が包む事で構成されている。鉱物と植物が形を換えた姿である。今、私の手にあるものがエンピツであることを、今、ここに居る私が認識している。それは私の時間がそう感じさせているに過ぎないのだとも言える。よく考えてみれば、私という人間は父と母から生まれ、父と母はその親に産み落とされた。もっとズーッと遡れば人は猿だったようだし、もっと前は魚だったりプランクトンだった時期もあるのだろう。偶々、その過程の一瞬を私が担っているだけであって、地球の時間スケールから考えれば、私の分担など微々たるものだろう。ここで私の手にあるエンピツに目を向ければ、エンピツを認識する私も、私の手にあるエンピツも地球の時間からすれば、それはエンピツではないのも同じで、私も私でないのも同じであり、ある一瞬においてエンピツはエンピツであり、私は私なのだ。大きな時間の流れを基に考えれば全ては流転し一定ではないのだ。それを仏教において「色即是空空即是色」と説明しているのではあるまいか…」

…と言う様なお話がその「航空力学入門」かな…の序論に収められていたと、僕は記憶しています。めちゃくちゃな脳内変換っぷりで最早、原型を留めていないと思うけれど、僕はこんな景色を子供の頃見たのだと思います。きっと、その時、宇宙というものがあるならば繋がってたと思うんです。パンドラの次元が開かれて拡散する宇宙が収縮に転ずる一瞬に、人類は居ると感じたなー…あの時。それを誰かに表現するスベを僕は持たなかったから、僕の中だけに渦巻いただけで、僕の魂は漆黒の宇宙を彷徨って、遥か彼方から碧い星を眺め、その中の夥しい命と、その歴史を垣間見たのだと、今にして思う訳です。

般若心経

この序論で著者は、「色即是空空即是色」なる「般若心経」の言葉を持ち出したのは、僕が感じた様に時間の雄大さを感じて下さい…というメッセージだったんだと、大きくなった僕は受け取りました。著者は科学者として宗教観や宗教の「叡智」が人に何を伝えんとしてるかを示そうとしたのだと思います。ほんの一瞬に私らは居る。大きな宇宙の大きな地球の壮大な時間の中のほんの一瞬に私らは漂ってて、人間の小さな価値観や感受性は時に認識力を阻害する。そう戒め、自分達が何で学問を究めるのか?そもそも「学問」とは何なのか?を、先ずは序論で読者にぶつけて来た…と、僕は感じた訳です。

「色即是空空即是色」

「色」すなわち「1」。「空」すなわち「0」。「色」すなわち「物質」。「空」すなわち「無」…いろんな解釈が出来ると思います。ひとそれぞれの感じ方がある筈です。でも、完結にまとめると「色」も「空」も実は同じものなんだよ…と教えている…示唆してる。それは人間の持つ時間スケールと、地球の時間スケールでも違うし、もっと大きな宇宙だってあるし、その宇宙の外だってあるかも知れない。大っきな大っきな気持ちでそれを感じれば、形があろうとなかろうと、今、自分の手にあるものはエンピツとも言えるし、エンピツとも言えない…みたいな(汗)…全ては流転してるんだから、実は同じものなんだよ。

そんな風に昔、こましゃくれた子供だった僕は何となく感じるのです。少年少女はいろんな目的や事情があって学校で勉強してると思います。面白くない勉強もあるよね。時に何でこんな詰まらん事をするんだろう…と疑問に思う事だってあると思います。お父さんやお母さんが口を酸っぱくして勉強しなさいというアレだって耳タコで辛い…辛いの(笑)。でも…ね、世界には宇宙にはいろんな「叡智」が渦巻いてるのよ。それがパッと見、訳が解んない数字の羅列だったり、僕みたいに文字の羅列だったり、分厚くて重い本だったり…それらと出逢う旅をしてるのだと思って下さいよ。そこで景色を見てる訳。

人間の価値観なんて酷くチッポケなの。それじゃ何も見えないよ…と教えてくれるのが「学問」なんだと、僕は思うんですね。それの予行演習がガッコでやる勉強なんだと思って下さい。だから、いろんなジャンルを浅く広く学んでますよね。ま…勉強が「受験の手段」みたいになってて、大人ってアレだな…とは思うけれど、ある程度のレベルまで自分を押し上げないと、それにすら気付けないでしょ。だから、機械的にでも良いから勉強すれば良いし、大人もそんなプレッシャーを与えてるのね。そんな風に理解してあげて下さいよ。ま…僕らが少年少女だった頃も同じ悩みを抱えてましたから(笑)。

それを「うちはの力と千手の力…」で、ちょこっと書いてしまった。実はもう少し後のフェイズで出したかったネタだったんだけど(汗)。「学問」って人間って何なのか?を知るスベだから、それに触れる要件を満たさねば「色即是空空即是色」なんて示されても何のこっちゃでしょ。ま…『NARUTO -ナルト-』もそんなお話をサブリミナルに僕らに提供してくれてる作品な訳で、僕が心酔する理由がそこに在るのね。写輪眼が禁忌を潜り抜けて万華鏡を開くなんてバリバリ伏線だし(笑)。ぶっちゃけ、僕らは『NARUTO -ナルト-』という大きな時間スケールに触れとるとですよ。

それが常々、僕が『NARUTO -ナルト-』「文学」だと主張する所以です。つまりは「学問」だと思う訳。大きな「叡智」なんです。そこで僕らは「万華鏡の理(ことわり)」を見せられている。「色即是空空即是色」が示す森羅万象が流転する様を楽しんでいるのです。その激流の中、平和には「愛」が必要と悟りを開いた六道仙人の弟系の子孫であるナルトと、それが「力」だと理解した兄系の子孫であるサスケが絡み合い、もがき…苦しみながらそれぞれにアプローチしている…その姿に僕らは学び震えているのです。それがキッシーの描く万華鏡の迷宮…いやさ…「六道仙人のトラップ」と、僕は思ってるのさ…。


 
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泥の様に眠りたい…(100128)

 
エーッと、ナル×ジャンのケルベロスです。

やーっと研修が終了しました…只今、独り打ち上げ中です。

泥の様に眠りたい……

ま…相方と一緒に飲んでますが……。

明日、出社して研修の報告会があり、そのまま打ち上げ(笑)。
積もる話…そりゃもう山の様に……(汗)。
思い切り飲んで来ます……浴びる様に。

…なので、先週と同じパターンみたい…。

怒濤の一月でした。
いろんな出会いがあったなー…。
凄く味わい豊かな一ヶ月でした。
人生が変わるみたいな。
剥けたなー…剥けた……。
書きたいなー……書きたい。
伝えたい……。

ちょっと達成感。
まだまだ途上。
……未だ青し。

自分にご褒美の焼き鳥&ビール。
酩酊後、泥の様に眠らせて頂きます。

ケルベロス




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第479話「イザナギ」(後編・男の優しさ編)


第479話「イザナギ」(前編・イザナギ解説編)の続き…

<ガッ><ゴゴゴゴゴゴ>「くっ!」(サスケ)

<ズゴゴゴゴゴ>(貘)

<ゴゴゴゴゴ>「うっ!」(香燐)

(この口寄せ…か…
悪夢を喰らうバケモノ
…思ったより随分と大きい)(トビ)

<ダン>(ダンゾウは見逃さない!
どんな事があっても!)
(香燐)

<スッ>(ダンゾウ)

「!!」(サスケ)

(これで”須佐能呼”も動けまい…
そして貘の吸引力を利用して威力を上げた―)(ダンゾウ)

(風遁・真空連波!!!)<ドドド>(ダンゾウ)

トビが言う様にダンゾウの口寄せの貘ちゃんがめっちゃデカイです(笑)。それが大きな口を大きく開けて強烈に吸い込む吸引系の風遁使いなんだと思います。「前門の寅、後門の狼」よろしくどデカイ貘ちゃんが吸い込む気流に乗っける様にダンゾウが風遁忍術を送り込むスペシャルコンボで、”須佐能呼”で防御するも突風で身動きができないサスケはダンゾウの風の刃が貘の風遁が加わって何割増かで襲い掛かります。”須佐能呼”じゃなかったらかなりヤバかったでしょう。恐らくはダンゾウの必勝パターン。虎の子の「イザナギ」1分を死に物狂いで攻めているのでしょう。

しかし、サスケは”須佐能呼”を出さないとダンゾウと戦えないんだろうか?と、素朴な疑問が湧いて来ます。ダンゾウが風遁特性だから雷遁の千鳥は分が悪いと判断したのか?しかし、サスケには火遁があるんだし、サスケの眼で超速の瞬身でオールラウンドに戦うパターンも有効だと思うんですが…。天照だって”須佐能呼”よりはチャクラ消費が少ないだろうし、一度発火して「炎遁」で有効に黒炎を再利用してダンゾウを削って行けばダンゾウの活動限界が先に訪れるんじゃないかと、極々普通に思うんですが…。それはダンゾウも同じで、単独戦闘で消耗戦っちゅーのは何とも合理性に欠けます。

二人とも感情が先走ってるのか?結構安易に奥の手をいきなり出してるんでしょうか。サスケはお子様だから、イタチの仇であるダンゾウを前にして舞い上がるのは解るんだけど、ダンゾウはどうなんだろう?トビ(マダラ?)が居るから最初から本気で行くつもり?でも腕の写輪眼が10個しかないのに使い果たしたら、サスケを倒したとしてもトビまでは持たないでしょうに。それでもダンゾウが突っ走るのはまだ奥があると考えた方が良いです。護衛のフーとトルネが居なくなったのも承知の上で、ダンゾウが消耗戦に打って出るのは逆口寄せの術みたいな一気の逃亡手段などの隠し球がないと…。

それか、イタチを理解しないサスケにご立腹なのかも知れないですよね。サスケが子供じみた私怨を振り回して木ノ葉隠れや忍界の為にその身を焦がしたイタチの願いを感じる事なく、或いは無視して自分本位な恨みに飲み込まれる姿が看過できないで、ダンゾウもまた怒ってるのかも知れないと思うと、イタチが少しは浮かばれる気もしますね。サスケはサスケで雷影が「踏み潰す」と豪語する「力」を振り翳し忍界を押し通る覚悟なんでしょうが、それじゃーイタチが何の為に死んだのかがピンボケになっちゃう…と、個人的には思いますから。だから…ダンゾウも同じ気持ちで怒ってるんだったら嬉しいです。


<ゴゴゴゴゴ>(”須佐能呼”の隙間
……ここだ!)<ダッ>(ダンゾウ)

<スッ>(火遁―
豪火球の術!!!)
<ゴウ>(サスケ)

<ズオオオ><バクン>「うぶっ!!」(貘)

「!」<ドッ>(ダンゾウ)



(火遁か…
吸い込んでいた風をうまく利用したな
…サスケ)(トビ)

<ゴッ><ドッ>(ダンゾウ)

(56…57…58…59…60)<スッ>(香燐)


「グオオオー…」<ボン>(貘)

<ハァ><ハァ>「ぐっ……」(サスケ)

<スウー><ブワッ>(須佐能呼)

ナイトメアの貘ちゃんが下流から激烈吸引攻撃を仕掛け、ダンゾウがその上流から風遁忍術を流し込む…これがダンゾウの必勝パターンだったんだと思います。強烈な気流の中で対象は身動きもできず、加速され威力を増した風遁の刃が襲い掛かる。非常に理に適った連係であり”須佐能呼”の防御力があればこそサスケが持ち堪えられるだけで、普通だったら瞬殺…頑張っても1分以内に締められてたでしょう。また、怒りに飲み込まれて我を失ってるかも…と心配してたんですが、冷静な判断力を残してるようで、豪火球の火球を貘ちゃんの口に流し込んで流れを塞き止めます。機転が利いた良い対処だと思います。

エーッと、これは風遁と火遁の相克の関係性…風遁に対して火遁が優越(風<火)しているチャクラ性質のヒエラルキーに根差した対処であります。サスケはチャクラ性質に関して大蛇丸に徹底的に仕込まれたんだと思います。徒手格闘や体術すら理詰めでサスケに叩き込んでいた形跡が天地橋の直後の大蛇丸のアジトの追撃戦…ナルサスの再会に行で提示されています。詳しい事はまた何かの考察に織り込みますが、サスケがダンゾウに対していきなり”須佐能呼”を出すのは強ちお大尽じゃなくて雷遁・千鳥(形態変化を含む)がダンゾウの風遁忍術に劣勢である事を考慮したサスケのリスクマネジメントなのだと思います。


(あの眼……約60秒ごと一個ずつ閉じていく…
その間ダンゾウのチャクラは急速に減り続けてる
つまりあの右腕はこのおかしな術の発動時間
表してるって事でまず間違いない!)<ムクッ>(香燐)

(あと四つ………!つまり約240秒
約四分が術の限界時間…!
……でもまだ眼のストックがあるかもしれない…
ダンゾウの攻撃は有効
そしてサスケの攻撃は無効になる

この術のシステムからして……
ダンゾウはこの術が発動しているうち
サスケを倒そうとやっきのはず
相討ちでさえダンゾウの勝ちになる!)(香燐)

「サスケェ!
奴の術が少しだけ分かってきたぞ!
聞け!いいか!」(香燐)

<ハァ><ハァ>(サスケ)

<ハァ>「その右腕の10個全てが閉じた時…
お前の術が解けるようだな」
<ハァ>(サスケ)

ダンゾウとほぼ互角に攻防戦を繰り広げるサスケに香燐が必死で何か助勢ができないものかを思案してるのが意地らしい…恋って素敵だな香燐ってなかなか良い子だな…なんて書いてたんですが、香燐がダンゾウの秘密に肉迫し、サスケにそれを伝えようと果敢にしゃしゃり出るんですが…サスケはそれを無碍に…したように見えるでしょ。でも、これは違うんですよ。思い出して下さい!!ペイン戦で天道がシズネを殺しちゃった…アレ。シズネはペインの秘密に近寄り過ぎたんです。それが天道の脳内スキャンで判明して、これはヤバいと消された…(「ペインは何故、シズネを殺したのか?」参照)。

サスケが香燐の進言を聞き入れてダンゾウを攻撃したりなんかしたらダンゾウは香燐を脅威と認定して、ドサクサに紛れて香燐を殺しちゃうと、サスケは咄嗟に判断したんだと、僕は考えています。だから、香燐が言おうとしてる事を明察してそれを塞き止めた…と言うか先に言っちゃった。これはもの凄い優しさだと思います。だから、香燐が滑ったんではなく、サスケが香燐を滑らせる事で救ったんだと思います。決してサスケが香燐の努力を無碍に遮ったのではなく、サスケの仮定を香燐のチャクラに対する高い感受性に基づいた分析が裏付けた…みたいな一瞬の判断がサスケを駆り立てたんだと思います。

サスケは香燐をダンゾウに殺させない為にこんな風なちょっと突き放した対応をしたんだと思います。男の子はサスケの優しさに学んで欲しいところです。こう言うのを冷たいと感じないでクールだと賞賛できる男になって欲しいし、僕もなりたいと思います。サスケの行動様式は女の子のハートを<キュン>とさせるだろうエッセンスが詰まっていて、僕は常々、ノートに<カキカキ>しています。そして、皆が忘れた時に狙いをつけた女子にタイムリーに使って何とかモノにしようと考えてるのよ。だから、早く忘れて下さい(笑)。でも…よくよく考えると「※」(ただしイケメンに限るの法則)で敢えなく轟沈の予感(笑)。


「お前…イザナギの事を知っていたのか?」(ダンゾウ)

「やはりそうか!」<タッ>(サスケ)

カマをかけたか…小賢しい奴だ」<スッ>(ダンゾウ)

「バ…バカ!何で自分から!?
とにかく今は離れろ!長期戦に持ち込め!」(香燐)

(それでは意味がない…
ダンゾウはその場合イザナギを解いてしまう
サスケはイザナギを使わせ続け
この術の効果時間を減らさせるため
常に最速最高の”須佐能呼”で攻めてきた
サスケはとっくに気付いていた……
どっちが先にバテるかだ)(トビ)

ま…トビもダンゾウもまた「紳士」なんだと思います。思い切り滑った…かに見える…香燐を全く責めてませんよね。これ凄く大事です。人の一生懸命とは見えるのね。それは写輪眼とか白眼じゃなくてって見える。「眼力」というヤツで、それは人の賢さでもある。或いは経験があればこその理解力だったりしますが、兎に角、見る人が見れば人のやる気とか善意とか誠意…勿論、悪意だって見える。見えるのよ。だから、香燐が間違った事言ってもトビはバカにしたりしないで飲み込んでるでしょ。サスケだって香燐を黙らせようとしないし。これは凄く気持ち良い。男の子はこうでなきゃ…と、僕は思うのよ。

好きな子。可愛い子。ヤンチャな男の子は髪の毛引っ張ったり、座ろうとしてるところで椅子をズラして尻餅つかせたりするんだけど、そのままじゃいけない。いつかはこうして、自分の近くに居る女の子を守れる男になんなきゃ!!女の子を大切にしなきゃ!!それがお母さんでもいいし、クラスで隣に座った女の子でもいい。これはサスケが香燐を好いとる…という意味じゃなくて、サスケの近くに居る女子として、サスケは自動的に大切にする雰囲気がある。ダンゾウだってトビだって…似た様な空気を纏っています。ナル×ジャンではこれを「紳士」と呼んどるとです。ちょっと難しい話だけど男子は是非とも心の片隅にでも…(ry


<ゴゴ>「キャ!」(香燐)

<ドッ><ツー…><スッ>(ダンゾウ)

<ハァ><ハァ><スッ…>(サスケ)

<サッ><プシュー>(サスケ)

<スッ>(サスケ)

<フー><シュルルルルル>(ダンゾウ)

<バチチチチチチ><ド>(サスケ)

”須佐能呼”を仕舞ったサスケの雷光剣化が、ダンゾウとの手裏剣合戦を演出し、結果、ダンゾウの「イザナギ」効果時間を削って行きます。ダンゾウとしてはサスケの攻撃を100%躱せない前提があるから「イザナギ」を仕舞えない弱みがある訳です。それに、口寄せの貘が殺られた痛手がダンゾウにあります。サスケもギリギリでしょうけど、ダンゾウはもっとヤバそうです。その焦りが二人を一足一刀の間合いに誘います。ダンゾウの風遁の剣。サスケの千鳥鋭槍。刃を交えればサスケが不利でしたが、サスケのクレバーな頭脳が斬撃でなく刺突を選択する。しかし、ダンゾウは最後の「イザナギ」効果時間内にある…。

二人の刃がどっちも刺さって相討ち…って事は「イザナギ」のあるダンゾウの勝利に思えますが、僕はサスケがダンゾウの「イザナギ」コピーした可能性に期待しています。サスケはダンゾウを自分の手で殺めたいと考えてると思うんですよ。その…何としても…の想いが、塩っぱい幻術のイタチ(死ね…笑)とか”須佐能呼”の完全体に滲んでるとです。サスケはその為に片目を失ってもヨカヨカと考えると、僕は思う人なんです。だから、サスケは「イザナギ」を発動してダンゾウの刺突を無効にする筈。ダンゾウは既にリミットですから、最後は天照で<チン>すれば黒焦げダンゾウの一丁上がり…(笑)。そして、永遠の…どうする…

「イタチの眼は…移植するのか……?」


 
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第479話「イザナギ」(前編・イザナギ解説編)

 
「……!!」<カハッ>(サスケ)

「!!」(サスケェ!!)(香燐)

<ギュッ>「………」(香燐)

(うろたえるな!)<キッ>(香燐)

(今のウチにできる事は
ダンゾウの術を分析しきる事!)
(香燐)

初めにちょっとだけ香燐の援護射撃をさせて下さい(笑)。香燐って好き嫌い極端なキャラだと思うんですよ。僕もそんなに好きなキャラじゃーなかったんだけど、先週くらいからちょっとそれが変わって来ました。香燐はドンドン変わって行くサスケ(のチャクラ)に戸惑いながらもサスケの為に何かがしたいと真剣に考えています。その為に必死に頑張っています。僕は頑張らない主義なんだけれど、やっぱ…時と場合によります。時には頑張らなきゃならない時もあるって事で、香燐はその時合を敏に感じているんです。それでダンゾウに歯向かって蹴り一発で呆気なく吹き飛ばさて地面に叩き付けられたりしちゃった訳です。

人の存在とはその人の能力とか才能に決して依存するものではないと、僕は考えています。大人は子供によく「お手伝いしたら…」とか「テストで100点とったら…」なんて条件付きで子供を許容するような事を言ってしまうけど、それは違うなー…と思うんですね。何ができようとできまいと、そんな事、その子の命…存在に何の関係があると言うのでしょうか。生まれてくれただけで素晴らしい!!元気に育ってくれるだけであり難いじゃない。僕はそう思うんですね。今の世の中って沢山お金を稼ぐ人が偉いとか、高い地位に居る事がカッコいいみたいな…人生が「成果主義」みたいな構造になってて凄く悲しいです。

それだと、一番じゃなきゃ価値がないみたいじゃない。一番になれない人はダメなの?子供がそう感じてしまう様な世の中にしちゃいけないと思うんです。過去に「デイダラ」「おくるみ」でも書いたんですが、人の命ってそんなじゃないですよね。存在ってもっともっと大らかな筈ですよね。身体が強い人もいれば弱い人もいます。走るのが速い人、遅い人。勉強が得意な人、不得手な人…いろんな人がいます。それを比べる必要なんかないと思うんです。人それぞれなんだから。だから、人は自分ができる事をすればいい……と、僕は思うんです。どんなに詰まらなくてチッポケでもいいから、自分ができる事をすればいい…のですよ。

今の香燐が、正にそれ!!だと思うんです。ダンゾウに蹴飛ばされて這いつくばって、身体だって痛いだろうし、僕だって同じ立場になったら怖いと思います。それでもサスケの為に「自分ができる事」を一生懸命になってやろうとしてる。僕はそれが大切だと思うんです。それで、これから香燐が頑張っちゃうんですよ(ちょっと塩っぱく…笑)。ま…先週からそんな感じなんですが、僕はその気持ちが嫌いじゃないのね。意地らしーっちゅーか、健気ちゅーか、サスケ(のチャクラ)がドンドン変わって行こうとしてる中ででも、それでもサスケを信じようと必死になってる訳……可愛いじゃない!!恋って…だから素敵なのね。


<スッ>(須佐能呼)

<ダッ>(ダンゾウ)

「ウオオオオオ!!」<ギギギッ>(サスケ)

<カッ>(須佐能呼)

(イザナギ―)(トビ)

<ガッ>(ダンゾウ)

(ほんの僅かな時間だけ…)(トビ)

「ヴッ」(ダンゾウ)

(術者のダメージや死を含めた不利なものを
夢に描きかえる事ができ―)
<スウー…>(トビ)

<パッ><ザッ>(ダンゾウ)

<バッ><バッ>(風遁・真空大玉!!!)(ダンゾウ)

<スッ><ブワ><ドッ>(ダンゾウ)

<ハァ><ハァ>(サスケ)


(そして術者の攻撃などで
有利となるものは現実にできる
幻と現実の狭間をコントロールできる―
己自身へかける究極幻術!!)
(トビ)

<スウ…>(…そして…
イザナギを使用したその眼は光を失い)(トビ)

(二度と開く事はない……)<ピタ>(トビ)

エーッと、トビの解説「イザナギ」の仕組みがよーく解りました。眼球一個と引き換えに敵の攻撃を「夢」として昇華してダメージをチャラにしちゃう幻術…ザックリ言うとそんな感じです。ダンゾウの右腕には10個の写輪眼が装備されてて、その数だけ「イザナギ」が発動できる…しかし、写輪眼なんてレアアイテムを一回こっきりで使い切り忍術なんてかなりお大尽に思えます。それに写輪眼って相手の攻撃を見切って回避するアイテムの筈。それにイザナギが禁術指定されてたのは失明前提の自爆技に近い忍術だったからだと思うんですが、ダンゾウの使い方って「受けのドM」過ぎやしませんか?

何かしっくり来ないのはダンゾウの戦い方が酷く卑屈に見えるからだと思うんです。サスケの攻撃をモロに喰らって死んでしまう様なダメージを何度も貰っています。それでも、「イザナギ」の効力でそれを免れる…。でも、そこには写輪眼の失明という代償がある。しかし、ダンゾウがそれをサクサク消費しちゃうのは基本、奪った眼であって、自分はいろんな意味で痛くも痒くもないからだと思います。写輪眼のスペアもまだまだ有るのかも知れないし、或いは仙人の肉体…千手の細胞が生み出すチャクラが光を失い、二度と開く事のない写輪眼を復活させる可能性も残しますが、余りに放蕩過ぎますよね(汗)。


<チラ>(ダンゾウ)

(が…あの眼の数
イザナギの効果時間には個人差がある…
それを無理矢理延ばすために考案した
大蛇丸の実験物に間違いないが…)(トビ)

「……」<ジー…>(香燐)

むちゃくちゃ低燃費の写輪眼を十個も搭載して、恐らく膨大なチャクラを消費する幻術を使い続ける為に、千手柱間の頭部の組織(細胞)や経絡系を右上腕に移植して対処している…きっと大蛇丸が考えた方法なんでしょう。僕の読みでは大蛇丸が天地橋でヤマトの存在に気付いてからの施術だった筈で、ダンゾウがこれまで表に出れなかったのは写輪眼の運用に見合うチャクラ供給源がなかったからだと…そんな事を「うちはの力と千手の力…」で書きましたっけ。しかし、どう考えてもレアアイテムの写輪眼を一回こっきりで使い果たす勿体なさが理解できません。ダンゾウがそこまでの刹那主義にも見えませんし(笑)。

ここは千手のチャクラが写輪眼を復活させる効果を持ってる可能性に期待したいです。ダンゾウは木遁忍術が使用可能ですし、ヤマトの加工された材木を扱う人工的な木遁ではなく、原木をダイナミックに発生させるチャクラから生命を生み出す唯一の木遁チャクラ…柱間ネイティブの細胞と経絡系を搭載していますから、そのくらいのオプションがないと、ダンゾウの写輪眼の消費量と運用効率が現実的じゃーなさ過ぎます。サスケ戦で終了!!だったら分かりますが、世の中そんなに甘くないです。ましてや忍界を一つにする野望なんて気が遠くなる道程…もっとエコに行かなきゃ無理ですよねー(笑)。


(マダラめ…
参戦してくる様子は無さそうだが…
奴とやり合う力も残しておかねばならん…
まだ会談で使った右眼が復活するまで
時間もかかる…
しかし…この”須佐能呼”…簡単にはいかん
あの矢の攻撃…かわすのは難しい
イザナギを解く訳にもいくまい…)<クチャ>(ダンゾウ)

(残りは五つ…
そろそろ決着をつけなければ…
この一分にかけるか………)(ダンゾウ)

「口寄せの術!」<スッ>(ダンゾウ)

ま…ダンゾウもサスケを倒してもトビ(ダンゾウはマダラと呼びますが、ナル×ジャンではトビと…具体的にはマダラを被るトビなんだけどね…笑)が残ります。そして、その為に「イザナギ」を温存したい…と考える。これから「イザナギ」を使用して敵に近接して風遁で仕留めるダンゾウの戦闘パターンがフェイクでない事が判ります。しかし、柱間の細胞を使って肉体活性をしたのだから、写輪眼の動態予測や洞察眼を活用して機動力の高いスピーディーな戦闘パターンだって充分実用化できると思うんだけど、ダンゾウのご老体には厳しかったのかしらん…。

ダンゾウの右眼には瞬身のシスイの写輪眼が収まってる訳で、それがたまたま活動限界にあるからこんな戦法になってるのかなー…とも考えたんですが、サスケには万華鏡もあれば”須佐能呼”もあります。動態予測や攻撃力に関してはダンゾウよりも上でしょうし、ダンゾウもそれは承知の上だった筈です。だからこそ、「イザナギ」を使用しているのだと思います。基本、「イザナギ」って格下が格上と戦う方法論と言うか、通常は片目を失明する…言わば自爆技に近い忍術で、一か八かで相手の懐に飛び込んで刺し違える覚悟があって然るベキで、それを卑屈と言うのは失礼だけど、ダンゾウが盛ってるのは特別ですよね(笑)。


<ボン>「ヴォオオオオ!!」(貘)

<ゴゴゴ>「くっ!」(香燐)

<グラグラ>「!!」(サスケ)

<ダッ>(ダンゾウ)

<ズオオオオ>(貘)

それで、現状のダンゾウの風遁スペシャルコンボの相方に呼び出したのが超巨大な「貘」(バク)…僕は「象」かと思ったんですが…で、相手の攻撃のダメージを「夢」に換えてしまう幻術を自分自身に施しちゃうファンタジーなダンゾウらしくてちょっと嬉しかったです(笑)。ダンゾウっちって案外心配性で木ノ葉の将来とか忍界の未来を気に病んで夜中に魘されて起きたりしたのかも知れませんね。お陰で通り名が「ナイトメア(悪夢)のダンゾウ」(←すっごくキュート…笑)。それで、枕の下に「貘」の絵をそっと忍ばせてたりして…(笑)。それで右腕に人面疽なんてあるもんだから何気に怖くなっておしっこに行けなかったり…。

第479話「イザナギ」(後編・男の優しさ編)に続く……


 
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うちはの力と柱間の力…

 
「あれは…木遁…」(トビ)

(なるほど
どおりで…あれほどの写輪眼の数
うちは一族でもない者が扱うには
何か秘密があると思ってはいたが…

大蛇丸め…
かなりダンゾウと接触していたようだな)(トビ)

(初代の細胞を埋め込んで身体エネルギーを
向上させていたのか)
(トビ)

第478話「”須佐能呼”完全体…!!」で、ダンゾウが木遁忍術まで出して来て、「どんだけー!?」となった人…挙手(笑)。いやいや…「それはやり過ぎだろ!!」と、本来はボケに徹する筈の僕も咄嗟に突っ込んでしまいました(汗)。しかも、ダンゾウの右上腕部の人面疽がどうやら初代様らしい…初代の細胞を埋め込んで…から厄介なのね(笑)。それら一切合切大蛇丸が関与している…とするのがトビの見立てのようです。しかし、よくよく考えると変じゃね?ヤマトって初代の能力を抽出すべく大蛇丸が実験体に赤ん坊を使って拒絶反応でバタバタ死んでいってダメだったみたいな…提示がありませんでしたっけ…。

「全忍の中で唯一
木遁忍術を使い
さらに…
”尾獣”を意のままに
操る事が出来た

初代火影の力が欲しくってね…
クク…」(大蛇丸)

初代の屍から
その中の遺伝子情報を取り出し
遺伝的素質を
六十体の子供の細胞に組み込む

人体実験をした事があったんだけど
拒絶反応が酷くってね…
バタバタ死んでいったわ…
全員死んだと思ってたけど…
まさか生き残りがいたとはね…」
(大蛇丸)

大蛇丸は初代の実験が失敗に終わったと思ってた筈なんですよ(第33巻/39-40頁)。なのに、ダンゾウの右上腕部に初代の顔が収まってる…。大蛇丸はヤマトを確認して初めて実験の成功を知ったと思うんですね。だから、ダンゾウの右上腕の初代の人面疽はヤマトと大蛇丸が対面した天地橋任務以降に施された処置だったんじゃーないかと、僕は思います。しかし、同時に大蛇丸がヤマトを知らんかった…という事は大蛇丸としっぽりの関係にあるダンゾウもヤマトの存在を知らんかった…という事にはなりますまいか?根のボスとしてダンゾウは永々と君臨して来た筈ですから…でないとオカシイです。

「サイの小隊の隊長には
優秀な暗部の者を付けて頂けましたかな?
綱手姫」(ダンゾウ)

「三代目の在任の時から
一番の使い手だった者を選抜した」
(綱手)

…って事はですね、ヤマトはダンゾウに秘匿されるポジションを貫いて今日に至るしかない訳です。三代目の在任の時から…それをダンゾウが特定できんかったという事は、三代目がヤマトを守ってたって事じゃないでしょうか。でないと、ヤマトの存在を大蛇丸が知らない筈ないんです。木遁の実験は失敗したとばかり思ってた訳ですから、大蛇丸は…。ダンゾウはうちは虐殺で大量の写輪眼を収集して、右腕に写輪眼を埋め込んで活用する方法を模索してた筈で、これまで鳴りを潜めてきたと思うんです。それって大量の写輪眼を運用するにはチャクラが如何にも足りなかったんですよ。

カカシの写輪眼の運用を考えれば、通常のチャクラ量だと片目の写輪眼で一杯一杯だと思います。カカシもそんなにチャクラ量が多い忍ではないけど、相当以上に優秀ですから行って来いでチャラとして、条件的にダンゾウもシスイの写輪眼を動かすのが精一杯なんじゃーなかったかと思います。ダンゾウの右腕には十個の写輪眼がありますから、そんなもの動かした日には速攻、病院のベッドか、お墓に入っちゃうでしょう(笑)。つまり、初代の細胞移植による肉体活性ありきの右腕の写輪眼群だったという事で、初代の細胞定着が前提のイザナギであり、ダンゾウの手術は天地橋任務以降に大蛇丸が施した時系列になると思います。

ところで…僕はヤマトの毅然とした父親の風格は誰かに導かれなければ成らないと考えてまして、それが意外に筋の通った事を言うダンゾウかしらと危惧してたんですが、それが完全に否定され、尚かつ、三代目在任中から一番の使い手であるにも関わらず、その存在がダンゾウに伝わらないほどシークレットだったヤマト(テンゾウ)の存在は、完全に三代目の管理下にあって手厚い庇護があった…ぶっちゃけ三代目が大切に囲っていた…と考えるのがフラットであり、当然、ヤマトの人格形成にに三代目が大いに影響したと考えられる訳です。つまり、三代目はヤマトの父親代わりでヤマトをこんなにも立派な人格に育て上げたのです。

これでヤマトの根との関係や、ダンゾウに感化された過去がある想定はナル×ジャン的に一掃され、個人的に非常に爽快な気分であります。何よりナルトの心を削る不安要素が無くなったのは嬉しい限りです。ヤマトが持ち得るナルトに対する影響力は父親のそれ(ミナト)に匹敵するものであり、決して母親役のカカシやイルカには為せない質と量があります。ナルトが無意識に抱くヤマトへの畏怖とは凡そ家長である父親に従う子のそれであり、ナルトに擬似的な家庭を味わわせるに足る存在感をヤマトが分担しているのです。だからこそ、ダンゾウとの因果な繋がりがないだろう可能性が、僕には嬉しかったのだ!!


「見るかぎり腕の写輪眼は十個
そして初代の細胞…」(トビ)

「うちはの力と柱間の力…
九尾をコントロールするつもりでいるようだな」(トビ)

(こいつもナルトを狙っている…)(トビ)

第478話「”須佐能呼”完全体…!!」で、ダンゾウの身体の構造をトビが観察して、その狙いが「九尾のコントロール」と言い切るんですが、その意味を、僕は研修を受けながら心ここに在らずで<ジメー>っと考えてた訳です(笑)。そう言えば、写輪眼は九尾と関係があって、万華鏡写輪眼が失明と引き換えに九尾をコントロールできる瞳力を得るとか、初代は尾獣をコントロールする異能があったと、これまで提示されて来ましたけど、何で「うちはと千手」の両方を搭載したダンゾウを見たトビが「九尾」と見立てるのか?その答えが見つからずに研修もグダグダで一体全体、何してたんだかなー!?…な一週間だった訳です(汗)。

それが、泥の様に眠ってリフレッシュした脳味噌でサクサクと書いた「サスケの幻術は何故、塩っぱいのか?」で大いに弾けたのです。具体的には「炎遁」の考察で、「天照の黒炎」をコントロールできる能力が「うちはの高み」じゃないかと考えたんですが、「高み」がそんなにショボイのかね…と思ったりもするけれど、言わば毒の様な黒炎を解毒剤無しに扱うのは自分にも危害の及ぶ「諸刃の刃」な訳で、「天照」を使いこなす…或いは実用化する為に「炎遁」は必要不可欠のセットメニューなのです。黒炎を意のままに使いこなせて初めて「うちはの高み」を手にする…それが…

うちは一族
火遁が使えて初めて一人前と認められる)(サスケ)

(うちはの家紋は
火を操るうちはを持つ者の意)
(サスケ)

フガクに豪火球の術の伝授を懇願した桟橋の修行の行で(第25巻/115頁)、サスケが噛み締める家訓?にもあった通り、うちは一族のあるべき姿を高次元で実現するのが「炎遁」(チャクラ)なのです。「火+風」もこれから大きく外れてないと確信めいた手応えまでありますね。ちょっとお話が横道に逸れまくりですが、万華鏡写輪眼が発動する「天照」の存在が、同時に消えない黒炎を消す能力の存在が実用化してる図式が、トビが九尾のコントロールと「うちはの力と柱間の力」とを関連させる考え方に非常に酷似してると、僕には思えた訳です。「ON/OFF」こそが制御系の基本でありますから…。


「六道仙人は忍宗の力と意志を
二人の子供に託す事にした」(トビ)

は生まれながらにし
仙人の”眼”
チャクラの力と精神エネルギーを授かり
平和には力が必要だと悟った」(トビ)

は生まれながらに
仙人の”肉体”
生命力と身体エネルギーを授かり
平和には愛が必要だと悟った」(トビ)

ちょっと…六道仙人の二人の子の話を思い出してみて下さい(第49巻/164頁)。ザックリ考えるなら、六道仙人の子の兄系の子孫「うちは」で、弟系「千手」です。六道仙人は「十尾」九種類のチャクラに分離する手法で「十尾」をある程度、無害化する事に成功していまして、きっとそれと同じ方式で六道仙人の能力を当たり障りない程度に無害化する選択をしたんだと、僕は考えています。六道仙人が永遠に生き続けられるならば問題はなかったんでしょうが、六道仙人にも「死」だけは平等な真理だったのでしょう。恐らく、六道仙人を二分した存在が「うちはと千手」だったのだと思います。

自分を二分する選択には六道仙人の迷いが見え隠れします。それが「兄」が悟った「力」なのか、「弟」が悟った「愛」なのかを計りかねる心の揺れなのだと、僕は考えています。そして、「うちは」「千手」も元はと言えば一つだった訳で、それが引かれ合い、求め合う様は必然とも言えるでしょう。陰があるから陽があり、陽があるから陰がある…愛が憎しみを求め、憎しみは愛を糧に膨れ上がる…全ては同じものから生まれ、違うもののようであるけれど実は同じものなのです。それを仏教の「色即是空空即是色」と言えばしっくり来るでしょうか。ま…これを僕は「六道仙人のトラップ」と呼んでおりまするが…。

毒である「天照」(ON)を「炎遁」が制御するように「千手のチャクラ」が「九尾」を鎮める…解毒剤(OFF)のように機能するシーケンスをイメージしています。「ナルトは何故、過呼吸に陥ったのか?」ナル×ジャンパクリ疑惑で書いたんだけど、九尾にとって「うちはと千手のチャクラ」が交感神経と副交感神経の関係に似てて、頑張る神経(うちは)と頑張らない神経(千手)が交互に補完し合って人体のバランスが取られる摂理に非常に似ています。元はと言えば二つは一つだった訳ですから、自分を真っ二つにして次世代に託す六道仙人の選択は恣意的に混沌を遺そうとしたようでもあり、その選択が忍界の不安定な土壌を造り出していた訳です。

トビがダンゾウの継ぎ接ぎだらけの身体を見て「うちは+千手=九尾のコントロール」を連想したのにはうちはの攻撃的なチャクラと千手の鎮めのチャクラが渾然一体となった姿を垣間見たからで、極めて歪ではありましたが、両者が憎み合いながらも愛し合う不条理を具現化する涙ぐましい努力に見えたのかも知れません。そして、それがダンゾウと大蛇丸の限界だった…と、僕はふと思い当たるのです。ぶっちゃけ、美しくないじゃない…ダンゾウの身体って。それは「自然」ではないという事です。余りにも「不自然」だという事です。そこにトビがダンゾウの目的を「九尾」に限定した理由があったのでしょう。

「…そうだな…
しいて言うなら…」(トビ)

「完全体になる事か…」(トビ)

件のトビの半落ちでその兆候は既に示されていました(第49巻/182頁)。トビは「十尾」人柱力に成る意向がある事も「宣戦」(ep467)で高らかに宣言されています。その為に「うちはと千手」の力が必要になる筈です。トビの見立て通り、ダンゾウの手法は間違いではなかったのだと思います…が、コントロールする相手が「十尾」ともなれば、フルスペックの六道仙人に匹敵する筐体が必要になるでしょう。恐らく、それがナルトを泳がせ、サスケの瞳力を鍛えさせる…そこに最終的なトビの目的が隠れているのだと思います。ぶっちゃけ、トビはうちはのサスケと千手のナルト両方が欲しい訳です。うちはの力と千手の力…を「形骸化した存在」うちはマダラを担(かつ)ぐ…トビが狙っているのです…(多分)。


 
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サスケの幻術は何故、塩っぱいのか?

 
「ワシに
幻術をかけたのは褒めてやろう…」(ダンゾウ)

幻術時間を自在に操った
イタチの”月読”とは天と地の差だな」(ダンゾウ)

第478話「”須佐能呼”完全体…!!」で、その前週の「イタチを語るな」(ep477)で登場したイタチがサスケの幻術だと種明かしがあって、ホッとするやらガッカリするやら…(笑)。でも、やっぱ…イタチに「死ね…」なんて言わせるあたり、ダンゾウが辟易とする気持ちが解ります…って言うか、サスケは塩っぱい(笑)。恐らく、仕事や人生に揉まれた大人であれば、サスケの造り出した…こんなチンケな幻術に引っ掛かったりはしないでしょう。ダンゾウはその上で、サスケの幻術を一応、褒めるんです。そして、その後、イタチの「月読」と比較して落とす…凄く痛烈…サスケが最も痛みを感じる叱り方だと思いました。

「塩っぱい」(ナル×ジャン的表記):しょっぱいとは、「情けない・恥ずかしい」をあらわす隠語、業界用語。(『ウィキペディア(Wikipedia)』)~元々は、大相撲の世界で用いられていたもので、塩が撒かれる土俵に這ってばかりいる、すなわち「弱い」ことを暗に表す形容詞である。後に大相撲から転じた力道山によってプロレス界でも使われるようになった。プロレスの場合は主に「しょっぱい試合」などと使われ、観客を満足させるに足りないような「情けない」試合内容や「中途半端」な試合しか出来ない、あるいは舞台内外で観客を満足させるパフォーマンス能力に欠けるプロレスラーはプロレス界では「しょっぱい奴」として軽蔑の対象となり、また運営団体の経営陣や興行主(プロモーター)からも好まれない。現代の日本では、プロレスファンとして知られるお笑い芸人たちの間から広まって頻繁に使われるようになり、お笑いの舞台等で観客にうけなかった場合「しょっぱい舞台」、観客うけの良くない芸人を「しょっぱい芸人」と使用されるようになった。

明らかにダンゾウはイタチを理解していて、サスケの憎しみや怒りに振り回される生き方は私利私欲に近い…ダンゾウの「オレが!!オレが!!」の子供版みたいな…ダンゾウの立ち位置とは明らかに「高み」が違うように、僕は感じてまして、サスケが散々、「イタチを語るな」とダンゾウに棘を突き立てるのは、サスケを見下ろす様な、蔑む様な…大人の眼で「オレを見るな」という意味に取れます。無意識なのか、確信犯なのか、サスケはダンゾウにある種の「恐れ」を感じてる筈です。それがサスケの幼児性と絡み合ってダンゾウに対する「拒絶」を構築してる…それがサスケとダンゾウの雰囲気の差なのだと、僕は理解しています。

”月読””天照”……
二つの能力を開眼した時に
この眼に宿ったもう一つの術だ」

そんで、ここでダンゾウがサスケの「幻術」を褒めますよね。でもイタチの「月読」とは「天と地」と扱き下ろす…。サスケは既に「天照」も会得していて、両目の万華鏡にそれぞれ備えるベーシックな術なんだと考えてますので、サスケの幻術は「月読」なんだと、僕は感じています。それで”須佐能呼”のオプションが得られてる。それが万華鏡写輪眼のセオリーであると、イタチの提示(第43巻/44頁)が過去にありました。なので、ナル×ジャンではサスケが万華鏡で発動する幻術を「月読」と認定して良いと考えます。ダンゾウはサスケの「月読」の稚拙さを<グサリ>と突いた…その一刺しがサスケを大いに苛つかせる訳です。

ぶっちゃけ、サスケは幻術がヘタクソなんだと思います。しかし、イタチの「月読」が抜群に優れてたのはイタチが幻術タイプで幻術がめちゃめちゃ得意だったのもあるだろうけど、それ以上に「人の心」というものを理解した上で、もっとも効果的な演出をしてたからじゃーないかと、僕は思います。それはサスケが私利私欲にも似た怒りや恨みにもみくちゃになって(妄想でもいいくらいの…)暴走してる今の姿に見て取れますよね。サスケには他人の心の内を思い遣れる心の余裕や大きさ…度量というものがほとんどない…全く無い(笑)。人の心の深みを理解できない人だから、幻術時間うんぬん以前にシナリオなんて書けないのよ。

そして、ダンゾウに渾身の「月読」を返された(笑)。おまけに既に呪印まで仕込まれててダンゾウのターンになって大ピンチ(汗)。シナリオどころか、役者が違う?そのくらいサスケがガキに見えてかなーり悲しかったな…個人的に。この後、サスケも死ぬか生きるかの大ピンチですから、ド性骨を見せて、怒りや憎しみを急ぎ足に臥薪嘗胆して、”須佐能呼”の完全体を出してイーブンまで戻します。サスケはこの時点で、ダンゾウの呪印を解いていた訳です。それはサスケがこれまで強化されて来たチャクラの強さと、重吾の細胞を移植された経絡系の強化、或いは呪印細胞とサスケの親和性の高さの賜物と考えて良いと、僕は思います。

”須佐能呼”か…?
さっきまでとはまるで違うぞ!)(ダンゾウ)

<ブワッ><フー>(ダンゾウ)

「……!!」(香燐)

(これがサスケ!?
このチャクラ…もうほとんど以前の
サスケじゃない!)
(香燐)

「よし…」(トビ)

(憎しみ成長し力をつけてきた…
体はそれに反応する…いい流れだ
呪印をほどくとは…)(トビ)

第478話「”須佐能呼”完全体…!!」で出たサスケの”須佐能呼”の完全体ですが、イタチの”須佐能呼”とかなり違います。これまでサスケが発動して来た”須佐能呼”はサスケも水影・メイちゃん戦で反芻(イタチはどれほどの…のアレ…ep466)してたように不完全体であり、呪印の部分変化の要領なのか、サスケの器用さも関係してると思います。ナル×ジャンでは”須佐能呼”とは基本、骸骨ちゃんであり、それが霊器を纏う形式で完全体を組成してると考えてまして、霊器が違うんだから当然、”須佐能呼”の外観が変わる方向で、”須佐能呼”の考察は個人的にはしっくりと、まったりとまとまっています(笑)。

ここで、ちょっとややこしいのがサスケの「炎遁」で、サスケが「炎遁+天照」で、イタチが「月読+天照」の万華鏡瞳術を会得した結果の違いが二人の”須佐能呼”を違える原因ではないと、僕は考えています。一応、まだグレーではありますが、サスケは塩っぱいながらも「月読」を会得してる筈ですし、イタチだって、「炎遁」に関してはサスケほどではないにしても会得しています。ぶっちゃけ、「炎遁」とはうちは一族の限られた血統で開花する万華鏡開眼者のみが開く事の出来る血継限界チャクラなのだと思います。そう言えば、「…アレはイタチ以上の目になる…」(第40巻/77頁)と、トビが期待してましたよね。

<ドサン>「やはり黒炎が消えている
どういうことだサスケ?」(重吾)

消せたあの"天照"の黒炎を
それがこの万華鏡の瞳力なのか!?)(サスケ)

(それなら…)<ギン>(サスケ)

キラビ戦の「万感の天照」の黒炎にサスケが関与する描写が残っています(第45巻/51-52頁)。サスケは抉じ開けられた万華鏡の瞳力に戸惑いながら黒炎のコントロールの可能性の感触を得るのです。最初は黒炎を消すのが精一杯で<ハァ><ハァ>言ってる程度の能力だったけれど、五影会談に殴り込んだ行で、黒炎で盾を作ったり、既に発動した天照の黒炎をホバリングさせて、それを自在に変形させる「加具土命」なんて超攻撃的な忍術にまで発展させています。これは雷遁・千鳥千鳥鋭槍、千鳥千本、千鳥流しなどに進化発展させたサスケの器用さとかなりしっくり来る流れだと思います。

「やっぱりイタチの勝ちか!」(白)

”天照”ヲ止メタナ…眼ヲ奪ウ気ダ…」(黒)

…で、イタチも「炎遁」を使った形跡が残っとるとです(第43巻/13頁)。サスケに巣食った重吾の呪印のチャクラが造形する面倒臭い翼に天照の黒炎を着火させたイタチが監視するゼツに配慮した上で、絶妙のタイミングで黒炎を鎮火させてる訳で、これってサスケが八尾戦で使った「炎遁」だったと、僕は思うんですよ。イタチも黒炎のコントロールがある程度出来たんだけど、身体の具合も良くなかったり(病魔)、その眼ももしかしたらアレな状態だったり、本来幻術タイプで火遁系の天照があまり得意じゃなかった(天照を使うまでもなく最強月読があった)…のかも知れません。

どっちにしても、イタチもサスケ同様、万華鏡を開眼した一人であり、「月読+天照=須佐能呼」を開眼するレアな系譜の存在であり、「炎遁」も覚醒する瞳力の持ち主だったのだと思います。ただ、二人が持っていた霊器が違っただけ。イタチは十挙剣(天狗ちゃん)と八咫鏡(ドレッドちゃん)だったのが、サスケは(大蛇丸が与えた…)草薙の剣(五影会談乱入編)と、今回の長弓だっただけ。それが二人の”須佐能呼”の外観を違えた…サスケの”須佐能呼”(の骨格)には角が生えてるけど、それは個人差、個体差と飲み込んで下さい。”須佐能呼”がチャクラの具現化したものですから、二人の個性の違いでも良いですよね。

サスケの”須佐能呼”が所有する霊器に関しては、万華鏡の儀式直後の”鷹”の休憩タイムにサスケがせっせと収集したとか…新しい口寄せ契約をシレッと結んでるサスケですから、そのくらい抜け目無くても可笑しくないし、サスケは大蛇丸を完膚なきまでに封じたイタチの”須佐能呼”をしっかりと学習してますから、”須佐能呼”の能力が霊器によって変化する理屈も理解してる筈で、”須佐能呼”霊器がなければタダの骸骨ってのも解ってたと思うんですよ。それかトビがダンゾウ戦をワザワザこの地で催した理由が地鎮某で埋められた霊器”須佐能呼”が呼応するオプションを狙った可能性も否めない…。

ま…何にしてもサスケは新たな霊器を所有してた訳で、その種明かしが今後あるかないかは置いといて(笑)、”須佐能呼”の完全体を出せるほどに瞳力が成長したと考えて良いでしょう。トビがしつこくサスケを強者に対戦させようとするのは、サスケの瞳力を鍛錬する為で、その成長に喜々とする様には「父親オーラ」が満載なのがトビの真の目的を巧妙に覆い隠してるのもまた事実なんだなー。そこがダンゾウとトビの似てるところであり、単なるワルとは認定できない曖昧さを醸している機微であります。そんな中、サスケは成長を続けているんだけど、何故か塩っぱい幻術しか使えない(汗)…そこに幾許かの悪意を臭わせながら…。


「十六年前―
九尾が木ノ葉を襲った事件は
もちろんマダラが起こしたものだ
それも四代目によって
阻止されてしまった
つまり…」(イタチ)

「今のマダラは負け犬だ…
うちはの高みを手にするのは
奴じゃない」
(イタチ)

イタチがサスケに伝えたかった「うちはの高み」(第42巻/127頁)って、もしかしたら「炎遁」なんじゃーないかと、近頃考える様になったんですよ。黒炎のコントロールが出来たからって、それが何なのサ!!ってのもあるけど、天照の黒炎が消せない炎である以上、術者がそれを制する能力…毒を使う場合は解毒薬がセットになるように…を有するのは必須の要件でありまして、イタチがサスケの火遁タイプの幻術ベタを読み切った上で、サスケを強くする為に練り上げたシナリオであったのではないかと、自分の損得を一切考えない完全なる滅私の愛情「真の親心」を今さらながら感じる訳なのよ。

だから、如何にトビに「親心」を感じようとも、そこには生唾をグッと堪える様なトビの物思いはしっくり来ない訳で、サスケの為だけを想い、最後の最後に笑顔で「許せ」と言い続けたイタチとトビやダンゾウが一緒だとは考えたくないのが、僕の本音なんですね。だから、サスケには早いとこ気付いて欲しいんです。イタチが何故、サスケにその「生き様」だけを見せつけたのかを。たとえ恨まれようと、憎まれようと、サスケに完全滅私を貫いたのかを。「炎遁」「うちはの高み」ってのもショボイっちゃーショボイけど、それがサスケにとって最良の強化法だったのなら、イタチはサスケをしっかり見てたって事だ。

それって、サスケがダンゾウに棘を立ててる機微に似てると、僕は思うんですね。明らかにダンゾウはイタチを評価してるし、理解だってしてると思うんです。その優越感にサスケはピリピリしてるんであって、まるでアレルギー反応のように気持ちが逆立ってるだけのように、僕には見えてしまうのです。それはサスケが「力」に固執するだけで、塩っぱい幻術をダンゾウに一発で見破られた行で明白です。サスケは人の心が解ってないのね。そんでもって自分の心すら何処かに置き忘れてる…。やっぱ、それを知りつつも放置するトビって…どうなのよ!?ホントに親心なの!?と、何となく感じているケルベロスなのです。


 
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ゴメーン!!(100122)

 
誰かのためになにかを
したいと思えるのが
ということを知った
(雪の華)

春になって、また冬が来たような…
今週は書けなくてゴメンなさーい!!
明日こそ何か書きまーす!!
今週は研修で忙しかったのだ。

サスケの「炎遁」ねぇー。
”須佐能呼”ねぇー。
千手とうちは…ねぇー。
書きたい事が溜まってしまった。
書く書く!!…うん。

でも今は泥の様に眠る…。

ケルベロス


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第478話「”須佐能呼”完全体…!!」

 
「!」(ダンゾウ)

「死ね…」<ツー…>(イタチ?)

(天照!!)<ゴウ>(イタチ?)


<ゴゴゴゴゴゴゴ>(ダンゾウ)

<ギョロ><ギョロ>(ダンゾウ)

<ゴゴゴゴゴゴ>「ワシに
幻術をかけたのは褒めてやろう…」
(ダンゾウ)

2週間ひたすら待ちました…前回、突然イタチが登場して、さてどうなるか?を、悶々としながら待ちました。僕はイタチがサスケに転写封印・天照がダンゾウとの接触によって発動する仕込みだったと考えてました。そして、間違ってるサスケ(今は少し変節があって…詳しくは「あの時…泣いてた」を参照して下さい)を叱り飛ばしてくれると期待してました…っけ。でも、その期待はダンゾウを前にしたイタチ?が「死ね…」と呟いた瞬間、潰えました(汗)。イタチはこんなセリフを絶対に吐かないと思いましたから。こんなのイタチじゃない…と思ってたらサスケの月読でした。


<フッ>(サスケ)

「が……」(ダンゾウ)

「!?」<ピタッ>(サスケ)

「サスケェ!チャンスだろ!!
なんで止める!!?」(香燐)

<ピク><ピク><ズズズズ…>(サスケ)

<ピク><ピク><ズズズズ…>(サスケ)

「幻術時間を自在に操った
イタチの”月読”とは天と地の差だな」
(ダンゾウ)

きっと、ダンゾウもイタチのセリフに違和感を憶えたんだと思います。サスケの演出が大失敗…青い、青過ぎると思いました。ぶっちゃけ、ダンゾウの言い分は筋が通ってると、僕は考えていますし、イタチだって生きてたらサスケには頭を痛めてた筈です(笑)。サスケは忍の本分である「力」で世の中を「押し通る」つもりなんだと思うんです。だから、サスケが「間違ってる!!」と言ったのは間違いだったと、僕は認めます(笑)。サスケはイタチとは違う未来を実現しようとしてるのだけれど、ここでイタチを出して、ダンゾウに「死ね…」なんて、余りにも子供じみてて悲しい。ダンゾウじゃなくたって…そりゃー簡単に見破られるサー(笑)。

ダンゾウはちゃんとイタチを認めているんです。だから、サスケの余りにも塩っぱい月読をイタチの月読と比較して扱き下ろせるんです。イタキサの木ノ葉強襲でカッコ良く登場したカカシを、闇の牢獄に閉じ込めて、十字架に縛り、「これから72時間…アナタを刀で刺し続ける…………」(第16巻/147頁)と冷たく言い放ち、カカシを震え上がらせて<ズブズブ>と攻めまくった時には、思わず<ゴクッ>っと、カカシの見事な受けっぷりに生唾を飲み込んだものだわさ(笑)。それに比べたらサスケの月読は演出もダメダメだし、如何にも稚拙でした。それに、サスケは幻術がそんなに得意じゃーないのかも知れませんね。


<ピク><ピク>「くっ…」(サスケ)

「体を縛る呪印か…
あの時に仕掛けたな…」
(トビ)

「!?」(サスケ…
動けないのか!?)(香燐)

「………」(香燐)

<ダッ>(香燐)


「……」(ダンゾウ)

<ザッ>(香燐)

(こいつに術を使う必要はなかろう)(ダンゾウ)

サスケはダンゾウの呪印を撃ち込まれてて、前回、ダンゾウがサスケに喰らわした喉輪で仕込まれたと、トビは分析してました。柄的にはサイの舌の根に施された文様に似ています。サイの場合はダンゾウの秘密を話せない縛りがありましたが、サスケに撃ち込まれた呪印はダンゾウに対する攻撃のみを禁止する訳ではなくて、身動きできなく雁字搦めに縛るようです。呪印がサスケの身体全体に広がっています。それで、サスケの大ピンチに珍しく香燐がやる気満々になってダンゾウに飛び掛かって行くんですが、ダンゾウには然したる脅威でもなく、ゾンザイな扱いに吹いた…(笑)。


<ドッ>「ぐはっ!!」(香燐)

<ゴッ>(香燐)

(体術とはな…
どうやらチャクラを温存しておきたいらしい…)
(トビ)

「………」<ピク><ピク>(サスケ)

(解!)(ダンゾウ)

<ビクン>「!」<ガラッ>(香燐)

(サスケがイタチの真実を知っているなら”暁”も…
情報を隠すのはもはや無理だな…)
(ダンゾウ)

結局、蛮勇を振るいダンゾウに飛び掛かってはみたもの蹴り一発で撃沈。しかし、ダンゾウの片手間な様子からトビはダンゾウがチャクラを温存してる事を察知します。ダンゾウは更に印を結び術を解きます。サスケはそれでも動きを封じられていますから、呪印はサスケのチャクラに反応して自律的に動く酵素らしい…後述されるんですが、大蛇丸関係の技術らしいです。サスケの天照はとっくに見破られていますので、それでもない別の術でしょう。ダンゾウの「印→解」の動きに敏感に反応するのが香燐で、それからダンゾウのチャクラが変化したことが窺い知れます。これは直後の展開の伏線になっています。


「……」(香燐)

<スッ>(トビ)

「なぜ…?
こんなゴミの命など残す必要があったというのだ
イタチ…」
(ダンゾウ)

<ズキッ>「くっ…!」(サスケェ!!)<ズキ>(香燐)

「見てみろ…この様を…
こいつはお前の唯一の―」<カチャ>(ダンゾウ)

「失敗そのものではないか」<ヒュン>(ダンゾウ)

「だが殺せなかった…弟だけは
血の涙を流しながら感情の一切を殺して
里の同胞を殺しまくった男が…
どうしてもお前を殺せなかった

その意味がお前に分かるか?」

「!!?」(ダンゾウ)

<ズオオ><ザッ>(ダンゾウ)

「くっ!」(ダンゾウ)

「……!」<ズッ>(トビ)

「!!」(香燐)

「あいつにとってお前の命は」

<スウー…><スウー…><スウー…>(須佐能呼)

「里よりも重かったのだ」

<ズズン>「うおおおお!!!」(サスケ)

「ぐっ…」<ゼェ><ハァ><スウー…>(サスケ)

イタチの「死ね…」でサスケの月読と見破ったダンゾウですから、イタチが命懸けで遺したサスケの現状にはダンゾウは相当不満なのだと思います。ダンゾウがイタチをちゃんと見てて認めてる…と感じるのは、サスケの子供じみた憎しみ方に落胆を隠せないからで、サスケはサスケでイタチと比較される中で絶えず劣等感を感じて来たものですから、ダンゾウの見る目は痛い訳です。だから、自分が知らないイタチをさも知っている様に話すダンゾウの口を塞ぎたかった。それがサスケの「イタチを語るな」(ep477)だったと思います。その為に術者の命すら削る”須佐能呼”まで出すサスケが凄く可愛いですッ(キリッ)。

すっごく余談ですが、天地橋任務でサスケを自分の所有物のように自慢する大蛇丸にナルトは切れましたよね。「オレの前で自分のものみてーにサスケの名を口にすんじゃねーってばよ!!」(第33巻/41頁)と九尾のチャクラの三本目を出しちゃうんですよね。そこからも更に大蛇丸の煽りは続き、四本目まで出してヤマトを慌てさせましたっけ(笑)。ナルトが示すサスケへの嫉妬心独占欲って、サスケがイタチに対して主張する気持ちと凄く似てると、僕は思うんですよ。だから、実際にナルトのそれを確かめたイタチはナルトに凄い親近感を憶えたと思うのです。そう言えば…あの時、笑ったな…って(第44巻/13頁)。


”須佐能呼”か…?
さっきまでとはまるで違うぞ!)(ダンゾウ)

<ブワッ><フー>(ダンゾウ)

「……!!」(香燐)

(これがサスケ!?
このチャクラ…もうほとんど以前の
サスケじゃない!)
(香燐)

「よし…」(憎しみ成長し力をつけてきた…
体はそれに反応する…いい流れだ
呪印をほどくとは…)(トビ)

ダンゾウを握り潰した”須佐能呼”は未だ霊器を纏う前の部分覚醒状態だったと思います。しかし、それはサスケがチャクラを温存する為にセーブしてたからだと思ったんですが、どうも上手く発動できなかった可能性が高いです。”須佐能呼”完全体を出すにはそれなりの覚悟やチャクラが必要なのでしょう。それがダンゾウの辛辣な煽りによって成る。トビはサスケの瞳力の鍛錬を五影やダンゾウとの対戦で行おうと考えてるのでしょう。サスケの”須佐能呼”の霊器は剣だと思ってたけど(第465話/「会談場襲撃!」)、それが長弓(和弓)への変化する過程だったようです。

”須佐能呼”とはチャクラを実体化させて操る忍術なのでしょう。ナル×ジャン的には万華鏡写輪眼の左右の眼球で練られるチャクラが”須佐能呼”骨格を形成し、霊器がその骨格に纏わり付く筋肉や表皮を造形するのだと考えています。サスケの”須佐能呼”長弓(霊器)だけなので単一の外装でした。対してイタチは十挙剣八咫鏡をダブルで装備していたので、ドレッドちゃん(八咫鏡)天狗ちゃん(十挙剣)を着るようなややこしい外装でしたね。サスケのチャクラで骨格が形成されるから、その造形はサスケのチャクラのイメージに似ています…香燐が恐怖した濃く冷たいチャクラバケモノに(第49巻/158頁)。

サスケの”須佐能呼”の霊器は大蛇丸がサスケに与えた草薙の剣が霊器化したと、僕は考えてたんですが、どうも違うみたいです(汗)。しかし、サスケはいつの間にか鷹(猛禽類)と口寄せ契約してたり、”須佐能呼”長弓を持ってたり、何気にフットワークが良いです。もしかしたら、うちはの秘密の集会場の石碑にその辺の情報の提示があったのかも知れません。やっぱ、サスケは万華鏡写輪眼を開眼してから木ノ葉に潜入してるんじゃないでしょうか。そして、怖い顔してあの石碑を読み耽った…。イタチが「オレと同じ”眼”を持ってオレの前に来い」(第25巻/151頁)と言った意味も何となく感じたんではないかな。


<ギギギギギ>(須佐能呼)

<パシュッ>(須佐能呼)

<ザッ>(ダンゾウ)

(印が間に合わん!)(ダンゾウ)

(仕方ない!)(ダンゾウ)


<モゴモゴ!>(ダンゾウ)

<ズオオ><ガコ>(ダンゾウ)

<ズズズズズ>(ダンゾウ)


(どうにか軌道はずらせたか…)(ダンゾウ)

「!!?」(香燐)

「あれは…木遁…」
(トビ)

(なるほど
どおりで…あれほどの写輪眼の数
うちは一族でもない者が扱うには
何か秘密があると思ってはいたが…)(トビ)

(一気にダンゾウのチャクラが減った!?
……そこまでしてなぜ”須佐能呼”の攻撃をかわす必要がある?
こいつは死なない能力のハズ……)(香燐)

(大蛇丸め…
かなりダンゾウと接触していたようだな)
(トビ)

(初代の細胞を埋め込んで身体エネルギーを
向上させていたのか)
(トビ)

ダンゾウは呪印でサスケの動きを止めた後、この一戦で披露する不可思議な不死の能力を一度解いたようです。その能力の正体は何らかの忍術であり、印を結ぶ事で発動する縛りがあります。”須佐能呼”長弓による遠距離攻撃に、その印が間に合わないと判断するや、今度は木遁忍術を発動して弓矢の軌道を逸らします。ダンゾウの右腕上腕部の顔面の経絡系は写輪眼ではなく、恐らくは初代の顔面を移植したものだと思います。眼を瞑っていてお顔が良く解りませんが、トビは初代の細胞を埋め込んでいると分析していますので…。しかし、写輪眼に木遁忍術だなんて、何でもありだな…ダンゾウって(笑)。

うちはの血継限界が眼球と眼軸に在るように、初代の能力は細胞に継承されるようです。恐らく、ヤマトの人体実験はダンゾウが自分の身体に初代の細胞を移植する為のテストだったのでしょう。ところで、ダンゾウの右上腕部のデスマスクですが、眼を瞑っています。青が白眼で透視した時に確かに眼球のチャクラらしきモノが映っていました(第49巻/112頁)。つまり、デスマスクにも眼球があり、それが初代の顔面の細胞と経絡系にダイレクトに繋がっているようです…となれば、ダンゾウはまだまだ写輪眼を隠し持っているのかも知れません。ダンゾウが大蛇丸の人体実験データを求めるのもそれと関係ありそうです。


<スッ><ズチ>(ダンゾウ)

<ハァ><ゼェ>(サスケ)

(……イヤ!死ぬんだ!!
さっきはかわさなければ死んでいた
だからここまでして!)
(香燐)

「サスケェ!!
そのダンゾウは本物だァ!!
今なら殺れる!!」(香燐)

「!」(この女が感知タイプだったか!?
…少々気付かれたか)
<スッ>(ダンゾウ)

(しかし遅い!)(ダンゾウ)

(卯)<バッ>(亥)<バッ>(未)<バッ>(ダンゾウ)

ダンゾウの死なない能力の発動には印が必須で「卯→亥→未」みたいです。右腕のを外してサスケに猛ダッシュした時にも同じ印を結んでいました(第476話/「サスケVSダンゾウ…!!」)。あの時もサスケの”須佐能呼”に握る潰された筈なんだけど、何処からともなくまた現れました。そして、ダンゾウが再度出現すると右腕に埋め込まれた写輪眼が一回につき一個が閉じます。それを観察してるのが香燐なんですが、少しずつですが謎が解明されて来ています。香燐はチャクラに対する感受性が高いので、ダンゾウのチャクラの変化をフィードバックさせていますが、ダンゾウもそれは警戒しているようです。


「!」<ツー…>(サスケ)

<ギギギギ><ドシュ>(ダンゾウ)

<ギン>(ダンゾウ)

「!!」(香燐)

<ズカ>(ダンゾウ)

<ハァ><ハァ><ハァ>(サスケ)

(そうだ!やっぱり!
ダンゾウの奴
印をやったとたん
チャクラの感じが少しだけ変わった

術を発動したんだ!!
こんな差ウチぐらいしか

…おそらく間に合わなかった…
くそ!!)<キッ>(香燐)

香燐に促されてサスケは”須佐能呼”でダンゾウを射殺しますが、例の術が発動されてしまったようです。しかし、良く解らんのは攻撃を受けて殺されるだけの術って何の意味があるんでしょうか。例えば、敵のチャクラを我がモノにするとか、術を返すならば解るんですが、ただ殺られて何処からともなく黄泉返る術にワザワザ印を結んで、温存しないとヤバいくらいチャクラを消費する意味が解らんです(笑)。それに術一回につき腕の写輪眼は一個ずつ閉じてるから、発動回数も限られてるだろうし、消耗戦に持ち込まれたら圧倒的に不利です。相手のチャクラ切れをダンゾウが待ってるのかも知れんけど、それも一対一の戦闘でのみ有効なだけだし。

だから、ただ敵の攻撃を受けて殺られるだけでなく、ダンゾウの術には強烈なダンゾウのリターンが待っているのかも知れません。でないと、ワザワザ殺される意味が…。トビのナル×ジャン的解釈の「閃遁」は無傷で回避するから有効なんだけど、ダンゾウは死んで蘇って、しかもそれには大量のチャクラを消費してるみたいですから、何か大きな返し技みたいのがないと、単なる「受けのドM」になってしまいます。それがダンゾウの性癖なら仕方ないけど、ちょーっとイメージハマり過ぎてキモイです(笑)。善悪は兎も角、しっかりとイタチを認める目を持つダンゾウなんだから、もう少しキリリとして欲しいものだと思います(笑)。


<スウー…>(ダンゾウ)

<シュウウウ><フッ>(ダンゾウ)

<チラ…>(ダンゾウ)


<スウー…><ハァ><ハァ>(サスケ)

「!」(また術をかけ直して
さっきのダンゾウの姿になったのに…
三つの眼は閉じたまま…)(香燐)

「見るかぎり腕の写輪眼は十個
そして初代の細胞…」(トビ)

「うちはの力と柱間の力…
九尾をコントロールするつもりでいるようだな」(トビ)

(こいつもナルトを狙っている…)(トビ)

ダンゾウが殺されてまた黄泉返り…。サスケは次の矢を用意しますが、かなりお疲れのご様子。肩で息してます。”須佐能呼”霊器のコントロール…弓矢の生成にかなりのチャクラ消費を余儀なくされるようですね。しかし、ダンゾウがチャクラの消耗戦に打って出るなら仲間のバックアップ戦術的には必須でしょうから、やっぱ単なる「受けのドM」なんでしょうか(笑)。しかし、ダンゾウもさすがに心配なのか右腕の写輪眼の残量を<チラ…>っと見てますね。多分、写輪眼の数だけ黄泉返りが可能なのでしょう。トビの観察に拠れば写輪眼は10個。つまり、ダンゾウはフルボッコから10回黄泉返ることが出来る訳だ。

それと、トビが凄く気になる事を言うんだけど…うちは(写輪眼)と千手(初代の細胞)をダンゾウが所有する目的を「九尾のコントロール」としています。かつてマダラは九尾を擁して柱間と終末の谷で戦った筈です。柱間も尾獣を操る能力がありました。その両方が必要って事は、一口に「コントロール」と言っても全く違うモノなんだろうな…と思います。そもそも、うちはと千手が一つになる考え方は「六道仙人のトラップ」(…近い内に説明します)に対抗する手段だと、僕は考えてたんだけれど、よく考えたらカカシなんかプロトタイプみたいなもんですよね。カカシの万華鏡写輪眼もきっと…<ゲフォゲフォ…>


<スッ…>(ダンゾウ)

<ピクン>「!!!」(香燐)

(ダンゾウのチャクラがさらに減った…
やっぱりこの術にはかなりのリスクがあるんだ)(香燐)

(だから術を一度解く必要があった…!
チャクラを温存するためだ!)(香燐)

(それともう一つ
あの右腕の写輪眼が奴の術に関係しているのは確か!
閉じていくあの眼に秘密がある!)(香燐)

香燐の検証はダンゾウのチャクラをモニターしてるから精度が高いです。ダンゾウの「解!」の解釈(プッ…)も間違いないでしょう。ダンゾウの微妙なチャクラの変化も香燐は見逃してないので、右腕の写輪眼が黄泉返りの直後に閉じるのも術に関係しているとする見立ても間違ってないと思います。しかし、ここまで面倒臭い事をしてただ殺られて不気味に黄泉返るだけの忍術といのは逆に怖い…つーか、その前に避けろよ!!とか、弾き返せよ!!と思ってしまいます。トビもダンゾウの忍術を興味深く探っていますから、少なくともトビのナル×ジャン的解釈に拠る「閃遁」とも違うと思うんですよ。ダンゾウの能力トビにも通じるモノがありそう。

「………」(間違いない…
これはうちはの中でも禁術とされていた瞳術)(トビ)

(イザナギ)(トビ)

一時、サスケの万華鏡瞳術をナル×ジャンでは「威挫凪」(いざなぎ)と仮定してたんですが、黒炎のコントロール「炎遁」なる写輪眼の血継限界チャクラと判明してポシャってったところでした(汗)。そして、ダンゾウのドM忍術の名称が「イザナギ」で、うちはの禁術らしいです。しかし、トビがそれを今まで見極められなかったって…それをうちは一族の頭領で木ノ葉設立時のメンバーとされる「うちはマダラ」と呼ぶのはちょっと怪しーな…と思ってたら、アオリが「マダラが想起する禁術”イザナギ”とは!?」ってミスリード誘ってない↑(笑)。次週はトビの昔話の長喋りになるのかしら…。上手くすればトビの素性が見えて来るかもね。

サスケはイザナギコピー、コピー!!(笑)


 
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「サスケは何故、生かされたのか?」を書き終えて…

 
ないジャンを頑張り抜く覚悟で書いてただけなんですけど、終わってみたらかなりの長文(決して大作ではない…汗)になりましたね。最初に在ったのはイタチの「孤独感」なんですよ。イタチの場合は「孤高」と言えば良いんでしょうか…決して周囲に好かれてないとか、無視されてるとかじゃーなくて、(兄さん…なんて遠いんだ…)(第25巻/65頁)と感じた様な近寄り難いオーラ系の。僕はそんな気高い孤独を感じた事なんてないからアレだけど、アカデミーの先生すら「何一つ世話することも無いぐらいにね」(第25巻/71頁)と言わせてしまう罪な奴だった訳ですよ…イタチって。

ところで、サスケってブラコンと世間一般には言われてますが、ナル×ジャン的には完全なファザコンなんですよ。真夜中のフガク、ミコト、イタチの三者面談の気不味い夜中のおしっこを経験したサスケが次の日、縁側でイタチと話をするシーンで、イタチに単刀直入に「オレがうとましいか?」(第25巻/83頁)と問われ、(…………兄さんの言う通りだ…ホントはオレ…兄さんのことを……)(第25巻/84頁)と、イタチを疎ましいと感じてる自分がいる事に気付いてるんですよ。サスケはフガクに「さすがオレの子だ」と好かれ、褒められ頼りにされるイタチみたいになりたいだけだったんだと思うんです。

だから、(なんて遠いんだ)とは、イタチの背中ではなくて、イタチの背中の向こうにあるフガクだったと思うのね。サスケはイタチを通り越してフガクを見つめてたと、僕は思うのです。つまり、イタチはサスケにとってライバルなのです。サスケは確かにイタチを疎ましく思い、イタチより強くなってフガクの寵愛を受けたいと願う超の付くファザコンヤローだったのです。だから、イタチに纏わり付きいろんな学びを得ようとしてたんだと思います。でも、それは大人が持つ態とらしく卑しい気持ちではなくて、子供らしい愛に飢えた清らかな本能ちだったから、イタチも吝かじゃなかったんだと思うんですね。

俗に言う「愛い奴」です。何かサスケのガツガツした感じって、昔読んだスポコンモノの少女漫画の「エースをねらえ!」の主人公の岡ひろみに似てるなーと、ふと思いました。ちなみにケルベロス…「別マ」の大ファンでした。「愛のアランフェス」とかハマりまくって読んでたなー…(遠い目)。藤堂さんが岡ひろみを柵越しに抱き締めるシーンだったか、宗方仁が岡ひろみを最初に愛して、次に藤堂が愛した…というような事を思い起すシーンがあったと記憶しています。人の行動の一番大きなモティベーションって「恋なのかな…」と、その時、感じた様な…ウロなんでアレですが、似てると思います。

「エースを…」は週刊マーガレットみたいですね。アニメの再放送の記憶とゴッチャで、かなり怪しい。「愛アラ」「別マ」でビンゴだと思います。ただ、バックナンバーがあったのを齧ったと言いますか、後に単行本で一気に読んだ様な…かなり記憶が混濁してて、多分、ボケがかなり進行してるんだと思います。なので、当時のリアル「別マ」や少女漫画のお話には対応できない…だから、ウロだと口が酸っぱくなるほど…(笑)。ま…「愛アラ」は是非読んで欲しい作品ですね。漫喫とかにあるんじゃね↑少女漫画って深いと思いますよ…って、ウロだしー(笑)。

人が人を好きになる気持ちって凄いエネルギーを持ってるんだなーと、僕は思うんですね。どんな動機であれ、サスケはイタチに憧れて、あんな可愛い顔でイタチをワクワクしながら見つめるとですよ。誰もがイタチを遠目で眺める状況でサスケだけは鬱陶しくも纏わり付く…。それが無意識のライバル意識であったとしても、イタチとしてはそれが眩しい光でもあった訳です。サスケの何不自由ない満たされた雰囲気はイタチにとっては憧れに近い…平和さといって良かったと、僕は思います。子供らしくて純粋で、その想いが自分に向かって来るのは嬉しかった…嬉しくて仕方無かったと思いますもの。

イタチもサスケには純粋な気持ちがあったと思います。それを「愛」と呼んでいいと、僕は思います。この世で誰か一人を残すなら…それが自分ではなくて…だったら、やっぱ「愛」だよなーと思いますもの。「写輪眼の本当の意味」とかイタチとミコトのドス黒い話とか書いてしまったけれど、ホントはストレートに可愛い実の弟に、実兄の「愛」が注がれた…でも良いですよ。こんなイタチの滅私があって、サスケにどんだけー!?な酷い仕打ちを受けても「許せ」と笑ったイタチの気持ちは、傍観者がどうこう言うべきものではないのかも知れません。サスケはイタチに愛されてたと思うんですよ。

ただ、写輪眼なんて、それこそ「何でもお見通し」にたいな眼力があるもんだから、こっちも気が張ってしまって、あーでもない、こーでもないと考ええちゃうだけで、人が人を好きになる気持ちって意外にシンプルなんじゃーないかと思います。イタチは自分が出来る事を一生懸命しただけなんだと思うんですね。何らかの病魔がイタチを蝕み、六道仙人の石碑が提示する写輪眼の本当の意味に愕然とし焦った…。それってナル×ジャン的な「六道仙人のトラップ」なんだけれど、それはまた別の考察に書こうと思います。最後の方…写輪眼の本当の意味…辺りで何だか話が有耶無耶になってるのはその為でーす(笑)。

ま…しかし、サスケが自分の不幸自慢したり、黒く濃く冷たいチャクラがどうのこうのと、自分の黒さをあたかも凄い事の様に、まるでケルベロスの考察のように吹聴してるのが、イタチの闇を感じると戯言に感じます(笑)。イタチはサスケすら眩しいと感じるくらいの闇の中に居た…。そう言えば、サスケが水影ちゃん相手に”須佐能呼”を出して身体が痛んだ時に(イタチはどれほどの……)(ep466 )とイタチを感じてたなーと(笑)。イタチがナルト見て微笑んだのって、イタチがサスケ見た時に感じた明暗と似た様な…サスケがナルト見た時に似た様な落差が親近感を感じさせたんじゃないかと、ホッカリしたものよ。

何はともあれ「サスケは何故、生かされたのか?」が書けて良かったです。ブツ切りだったので、コンテンツを別けるべきか悩んだんだけど、考察ってホントは一本でザーッと読んだ方が面白いと感じました。最近の考察は書くに書けない領域がチラホラ出て来て濁しまくってしまう場合が多々あるんだけど、それは我慢してもらって、なかなか書けたんじゃーないかと、不遜にも考えています。昔は3~4日くらい掛けて文章や構成を練ったんだけど、最近はパッと書いてサッと上げてる(笑)。そんな反省を感じつつ、「今日はどう書こうか」と考えながら通勤電車に揺られてました。お疲れ様でしたー!!読んでくれてありがとー!!

黒過ぎてスミマセン(献血で血が黒いと言われたとか、言われなかったとか)。

サスケは何故、生かされたのか?(完)

ナル×ジャンの黒さを思い知れやーッ!!(笑)

ケルベロス

  
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サスケは何故、生かされたのか?(完)

 
うちは虐殺でイタチはサスケだけを生かしました。それは単にイタチがサスケを愛していたから?ただ殺す事ができなくてサスケが残ったのか?また、サスケはイタチを殺し、今は全世界を相手に押し通るつもりの確信犯に成長してしまいました。サスケは確かにイタチを感じながら今を生きている…と、僕は思ってるんだけど、イタチはサスケの将来にどんなイメージを持っていたんでしょうか?トビの存在が不確定要素とは思えんし、転写封印・天照で焼き尽くせる相手ともイタチは考えてなかったと思いますんで、サスケの成長にトビの存在は織り込まれていた筈なんです。

イタチは”須佐能呼”十挙剣呪印大蛇丸(白蛇)をサスケから引き摺り出してしっかり封印して逝ったイタチの事ですから、トビの脅威を想定しなかったとは思えんとです。イタチはペインをコントロール下に置いていた”暁”の黒幕の存在も意識してたと思います。ペインの輪廻眼も勿論イタチは知っていただろうから、サスケが如何に万華鏡を開こうとも、サスケが深淵に沈んでしまうだろう未来もイメージできてたんじゃないでしょうか。イタチには確かな将来に対するビジョンがあって、サスケにそれを託す考えがあったと、僕は思います。

そうでなければ、サスケを独りぼっちにしてでも生かした意味がないじゃない。確かにイタチはサスケを大切に思ってたと、僕は思うからサスケが不幸になる想定で、サスケを独りで残したりはしないですよ。ま…大した力を授けて逝ったんですけどね。イタチって。真・万華鏡写輪眼も確実にあるでしょ。そして、それにトビがアクセスして来るだろう事も解ってて、サスケが長門みたく堕ちない想定(可能性)がなければ、イタチならばサスケを殺してた…と思うんです。イタチの眼には何が映ってたのか…。

サスケは何故、生かされたのか?…を、一緒に考えてみましょう。

今週は仕事がテンパっててまとまった時間が取れません。なので、追記…追記で記述を伸ばして仕上げて行こうと思います。記事を別けると順に読むのが面倒臭かったり、オチから読んじゃう不運に見舞われる可能性もあり、全然更新が無くて待ちぼうけさせてもね…逢えない時間が愛を育てる…ちゅーのもありますけど(笑)。チビチビ行くのも良いじゃない。ロボット作ったりF1のラジコンを組み上げたりする企画もんの本みたいに、次の新ジャンが出るまでの間まで。去年から解ってたんだけど1月はてんてこ舞い確定月間なので宜しくお願い致します。



イタチの事情…

「病に蝕まれ
己に近付く死期を感じながら…
薬で無理に延命してでも…」(トビ)

万華鏡の儀式でトビがサスケに言ってますが…(第43巻/220頁)、イタチが病魔に冒されてたのは事実みたいですね。イタチの視界が映りの悪くなったテレビみたいにブレたり、ゼツが不思議がるくらい身体や術のキレが悪かったり、明らかな「病気フラグ」イタチVSサスケ史上最大の兄弟喧嘩周辺で林立してました(笑)。しかし、イタチの病魔って万華鏡写輪眼が関係してるのかしらと、単行本42巻の万華鏡写輪眼を開眼したマダラが病床で苦しむ行(第42巻/122-123頁)が脳裏を過りました。万華鏡って失明するだけじゃなくて、宿主も殺すみたいなんですよ。

それを回避する為の唯一の手段が一族間での瞳のやり取り(第42巻/125頁)。うちは虐殺で写輪眼は超レアの血継限界になってしまったので、イタチがサスケに万華鏡を開眼させて、それをマダラみたく奪って飯うまーと行きたいかに見せて、ちっともサスケを殺そうとしてなかったので、病魔が理由でサスケに全てを託さねばならん事情はイタチにはなかったと思います。また、イタチが立派な万華鏡を一対残し、その移植をトビがサスケに打診する辺りは、イタチがサスケの万華鏡の病魔対策として残した感もあり、イタチの滅私にはイタチの薄幸な生前関係ないと考えられるでしょう。

「父さん!母さん!」(サスケ)

「サスケ…
来てはならん!」(フガク)

ナル×ジャン的にはうちは虐殺のフガク邸の修羅場(第25巻/138頁)の描写で、サスケがトビラを開けた広間に血糊が散乱し、直前までフガクだけは息があった状況と、イタチの万華鏡がうちは虐殺前後で変化してる点を重く見て、黒い考察もあります(ナル×ジャンの何処を探してみて下さい)。これはうちは虐殺でサスケに長喋りするイタチが黒目(第25巻/149頁)で轟沈するネタなんですが、そこはそれ…キッシーも「し、しまった!!」の書き損じとすればまかり通るお話でありますが、考察に言い間違えや書き損じは禁物なので、敢えて封印する事と致します。

でも、イタチってめちゃくちゃ焦ってましたよね。丁度、シスイ事件の辺です。うちはの上役(ヤシロ、イナビ、テッカ)がフガク邸に怒鳴り込んで来た行。あのタイミングでイタチが焦りまくるのがポイントじゃーねーでしょうか。詳しくはナル×ジャンの「虐殺前夜」「イタチの生き様」を読んで貰えれば何か解るかも知れません。恐らく全忍中誰よりも沈着冷静なイタチがあそこまで<ハァ><ハァ>しちゃう様な事情があった筈なんですよ。シスイは死んで、イタチは変わった…。九尾事件の八年後。マダラは既に形骸化した存在に成り果てたであろうタイミング…。


イタチの心情…

「昨夜
南賀ノ川に身投げして自殺した
うちはシスイについてだ
確かお前はシスイを…
実の兄の様に慕ってたな」

「…あれ…兄さんが…
兄さんがシスイさんを殺したのかよォ!?」(サスケ)

「そのお陰で
この”眼”を手に入れた」
(イタチ)

うちは虐殺の正念場(第25巻/148-149頁)。シスイ事件はサスケが幼年から少年に移行する程度の期間を要しますが、少なくともイタチの万華鏡写輪眼の開眼はシスイ事件を契機にしている…イタチもその独白で「シスイの死」によって開眼した事を明かしています。イタチの証言は基本、嘘は無いんだけど、めちゃくちゃ重要なところでどデカイ嘘が潜んでいますから鵜呑みには出来ないんですが、「シスイの死」がイタチの万華鏡を開いたと言うのはかなり信憑性がある…と、僕は考えています。一番デカイ違和感が冷静なイタチが切れまくり口から泡でも吐きそうなくらい激昂したうちは上役の怒鳴り込み(笑)。

「オレを疑ってるってワケか?」(イタチ)

イタチが怒ったのって「ここだけじゃね?」と思いませんか?(第25巻/96頁)ま…そりゃ一度はイタチに叱られてみたい…と、僕も思いまするけれど(笑)、イタチはミナトと凄く似てるなー…と常々、僕は考えてまして、自来也の言葉を借りるなら「無意味なことをしない奴での…」(第41巻/19頁)であり、イタチが上役をフルボッコにしたのはイタチの怒りの発露だったと思うんです。イタチはシスイ事件の犯人に疑われて腹が立った…つまり、イタチはシスイを殺してはいないと考えられる訳です。ただ、「シスイの死」には多大なる後悔をした…。サスケも同じ理屈で開眼してますよね。

「最も親しい友を…殺すことだ」(イタチ)

シスイの伏線があってイタチのどデカイ嘘が活きる訳で…(第25巻/145頁)、サスケはこの嘘に何度も生唾を流しながらナルトを見つめてましたよね。ちゃんと殺せるチャンスもあった。でもサスケはナルトを殺しませんでした。しかし、サスケは兄とされる…イタチを殺して、そのパネー後悔をもって万華鏡写輪眼を開眼しています。つまり、万華鏡写輪眼の開眼条件は「大切な友だちを殺す」ではなかった訳です。そもそも、「何で友達なの!?」と思いましたよね。「そんなのどうやって見分けるんだよ!?」って(笑)。ま…僕らもイタチの大嘘に大いに騙されてた訳だ(笑)。

(オレは…アンタの言いなりにはならない…!!)(サスケ)

(オレはオレのやり方力を手に入れる!
オレはオレのやり方アンタを超える!)(サスケ)

ナルトを雨の終末の谷に置き去りにして大蛇丸に奔りました(第26巻/162-163頁)。そこで、かなりアブナイ目付きでイタチに宣戦布告していました。サスケの上着の背中が天の呪印の翼で穿たれ、大穴が開いていました。この時、サスケは呪印のチャクラが無敵にも思えてたんじゃないでしょうか。大蛇丸に大きな期待も抱いてたでしょう。でも、これはサスケらしい言い訳でもあり、イタチがうちは虐殺でサスケを煽りに煽ったのが、サスケのプライドを刺激して取り返しのつかない過ちを犯さない様に配慮したんではないかと、イタチの人徳を鑑みて個人的に期待しています。

シスイ事件からうちは虐殺まで1~2年程度。マダラとの接触はシスイ事件のズーッと前。勿論、イタチの万華鏡の儀式はマダラの手に拠るものと、僕は考えてます。しかし、イタチの劇的な変貌はシスイ事件を契機にしてる筈で、かの一件から木ノ葉隠れ内部でのうちは一族の迷走が木ノ葉上層部の命じる任務としてのうちは虐殺を不可避とする流れの中で、イタチは最大限にうちは…と言うか写輪眼の未来を考えたんだと思います。その為にサスケを試す必要があったのだと思います。その為に「大切な…」の大嘘をサスケに吹き込んだのだと、僕は考えています。

イタチはサスケがうちはの将来を担う資格があるのかを試す必要があったと思います…が、それ以上に写輪眼を正統に後継するうちは一族が存続に足るものなのか!?から案じたのかも知れません。だから、サスケがイタチの言うやり方で万華鏡を開く事無くイタチの前に現れたのには、イタチを心底安堵させたんじゃないでしょうか。もしもサスケがナルトを殺すような万華鏡の開き方をしたならばイタチはサスケを殺していた事でしょう。そして、イタチはサスケに予定通り殺された…。サスケの万華鏡を開く為に…。イタチはサスケに理解されたかったんじゃーないのかな…と、近頃思う様になったんですよ…実は。



イタチの孤独…

「うちはには代々伝わる古の石碑がある
今も木ノ葉の地下にある」(トビ)

「そこにはかつての六道仙人
書きつけた秘密が記してある
瞳力がなければ読む事ができず
写輪眼・万華鏡写輪眼・輪廻眼の順に
解読できる内容が増える」
(トビ)

第467話「宣戦」③(”月の眼計画”の全貌編)でお喋りのトビが、まぁ…ペラペラと捲し立てて提示しまくる…(笑)。それで、南賀ノ神社のうちはの秘密の集会場の石碑の秘密を惜しげも無く…。あれは瞳力のレベルにより解読できる内容が増えるシステムだった事が判りました。僕が気になるのは写輪眼の覚醒ステージが第一次(一つ巴文様)から第三次(三つ巴文様)まで存在するところで、その違いで解読内容が変わるのか…という疑問です。ちょっとジミーで細かい突起ではありますが、ナル×ジャン的には執拗に拘りたいポイントであります。

サスケはうちは虐殺で写輪眼の第一次覚醒を経験していて(第403話「涙」)、イタキサの木ノ葉強襲の行のカカシがイタチに根掘り葉掘りの「探しもの…?」の意味深の後のカットでサスケは写輪眼二次覚醒で石碑をシゲシゲと見るシーンが挿入されています(第16巻/137頁)。サスケの写輪眼は確かに二次覚醒(二つ巴文様)で、めちゃくちゃ険しい表情で石碑の文言を読み耽っています。もしも、写輪眼の覚醒具合で解読内容に変化があるならサスケは気付いてる筈です。サスケはうちは虐殺直後に石碑を読んで「そうか…そういう事か…」(第25巻/157頁)と落胆してたのに…。

僕はこの機微から石碑の解読内容は写輪眼の覚醒ステージによって変化するものと見立てています。サスケの写輪眼の覚醒ステージは木ノ葉を抜ける行で第三次覚醒(三つ巴文様)に推移し、イタチの死を経て万華鏡写輪眼を覚醒しました。写輪眼の覚醒ステージの違いによって解読内容が変化する点にサスケが気付いているなら、うちはの秘密の集会場の石碑の解読にサスケは興味を持っていたと思います。サスケは凄く賢い子ですから、石碑の記述の内容が変わってたら絶対に気付くし、それが写輪眼の覚醒ステージと関連してるだろう事にも気付かない筈はないと思います。

サスケは第一部と第二部の間の二年半、大蛇丸の下で修行していましたが、大蛇丸はダンゾウとのコネクションを持っていたし、イタキサの木ノ葉強襲事件でもイタチが容易く結界網を掻い潜り潜入した行で暗部の「暗号の術式」が機能した事が、後のペインの木ノ葉襲撃で判明しています(第45巻/117頁)。ぶっちゃけ、政治的に複雑な木ノ葉隠れは忍び込もうと思えば、比較的簡単に忍び込める環境だった訳で、サスケが望めばうちはの集会場の石碑もその都度読めたんじゃないかと。ぶっちゃけ、恐らく、万華鏡の儀式の後のお休みにサスケは木ノ葉に潜入してる…と、僕は考えています。

「一族などと…
ちっぽけなモノに執着するから
本当に大切なモノを見失う…
本当の変化とは規制や制約
予感や想像の枠に収まりきっていては出来ない」(イタチ)

「傲慢なことを…!!」(フガク)

「…クク…優秀ってのも考えものさ
力を持てば孤立するし
傲慢にもなってくる
最初は望まれ
求められていたとしてもだ」
(イタチ)

イタチは万華鏡写輪眼で石碑を解読していたと思います(第25巻/102頁)。シスイ事件の直後のうちは上役の怒鳴り込みで、イタチが別人の様に危ないキレ方を示したのは、写輪眼と万華鏡写輪眼の石碑の解読に大きな開きがあったからだと思います。恐らく、写輪眼レベルでは九尾のコントロールや万華鏡写輪眼の開眼条件に留まっていたと思うんですよ。それが万華鏡写輪眼になった途端に、六道仙人の事や呪われた六道仙人の二人の子の因縁から十尾の事まで、五影会談でトビがペラペラ喋った内容を網羅する程度の情報量に跳ね上がったんだと思います。流石のイタチもそれには焦るでしょ(脂汗)。

「…うちはマダラ
アナタは万華鏡写輪眼を持ち
”暁”には輪廻眼の輩もいた
アナタは全てを知っているのね」(水影)

ちなみにトビがペラペラ喋ったのには、まだが在るからで、それが輪廻眼の解読領域だと思います(ep467)。トビがダンゾウを除く五影相手にあそこまで惜しげも無く情報を提供できたのは、もっと濃い情報が手の内にあったと思うべきで、しかもトビの吐露全てが真実だと考えるのも情報戦の観点からは危険で、少なくともトビ以外にも知っている内容だったと考えるのが妥当…つまり、それが万華鏡写輪眼所有者=うちはイタチが知り得た内容に限定したものだった…と推定するナル×ジャン的根拠と言えます。ぶっちゃけ、イタチは石碑の解読に大きなショックを受けたんだと思います…僕らと同じような(笑)。

イタチがサスケにあれ程、万華鏡写輪眼の開眼を薦めたのは、「石碑を読むんだよ…」という意味だったと、僕は思います。イタチだって人間だし、ホントはまだ年端もいかない青年でしたから、独りで抱えるには余りにも重苦しい内容だったと思うんです。だって、六道仙人の子供が二人居て、兄に「仙人の眼」「精神エネルギー」を継承させて、結局後継者には選ばなかった…なんて、何でやねんな結果…そんなの受け容れられますか?!(笑)ま…ここに『NARUTO -ナルト-』落としどころの鍵があるので、今はアレですが、イタチだって愕然としたと思うんですよ。

「最初は望まれ
求められていたとしてもだ」


…なんて、悲しいセリフ。イタチがこんな言葉を吐いた…その心の奥底を僕なりに感じてみて、冷たく暗く寂しい…ホントにイタチは独りぼっちだったんだな…と思いました。だって万華鏡写輪眼を開いた忍はイタチだけなんだから。ま…うちはマダラも在るんですが、九尾事件で「負け犬」…つまり、形骸化した存在になっていますから。ただ、サスケが開眼すれば万華鏡写輪眼を扱う者が「三人になる」(第25巻/150頁)とのことですから、うちはマダラの万華鏡写輪眼を操る誰かがイタチと並行して存在した筈です。ナル×ジャンではそれをトビと考えてます。言い換えれば「うちはマダラの能力」とも言えます…。

六道仙人は望んで二人の子を生み出し、兄に瞳力を授けたんです。しかも、ご丁寧に瞳力が無ければ読めない仕組みの石碑を残してます。弟系には何も無しかよ!!と突っ込まれないのが不思議なくらいに兄系には期待してたと思うんですよ。それが期待なのか心配なのかは微妙ですが、兎に角、六道仙人の想いは在ったと思うんです。でも、それが蔑ろにされたのもまた事実であり、それを「呪い」と兄系は脈々と受け継いでいる…そのDNAに。それって切ない話じゃない。イタチもきっとそう感じたと思うんですよ。だから、誰か万華鏡で石碑を読めよ…と焦ってたのだと。

それが「イタチの孤独」だったと思うんです。そして、万華鏡を開ける可能性のあるサスケに期待が否が応でも向いてしまった…。でも、それって人情だと思いませんか!?(汗)しかし、それだけでイタチがサスケを生かしたか?って言うと違うと思うんですね。それはあくまでもであって…じゃーなくて…あくまでも一つの条件であって、イタチは自分ではなくてサスケに託する理由が存在したのだと、僕は考えています。それには恐らく、真・万華鏡写輪眼の開眼必須の条件だったのではないかと、僕は性懲りも無く考えてしまいます。

そこにはナル×ジャン的な「真相うんぬん」がある訳だ…。



(100116追記)

イタチの真相…

「永遠の万華鏡写輪眼!
弟の眼は新しい宿主を得ることで
永遠の光を手に入れたという…」(イタチ)

「そして
そればかりか変化を起した
特有の新しい瞳術が
その眼に生まれたのだ


ただし瞳のやりとりは一族でしか行えない
それにこの方法で
誰もが新しい力を手に出来るわけではない
これはその後の
多くの犠牲の歴史の上に築かれた事実…」(イタチ)

イタチがサスケに明かした写輪眼のもう一つの秘密…(第42巻/125頁)。それが万華鏡写輪眼のやり取りでした。マダラとイズナの眼のやり取りを例にしているからややこしいんですが、眼のやり取りは兄弟でなければならないと限定されている訳ではなく、一族とされています。しかし、誰もが…とエクスキューズがある。ここがポイントだと思います。要約すると、うちは一族であり、かつ某(なにがし)かの条件があって初めて真・万華鏡写輪眼は成るのだと言ってるようです。多くの犠牲の歴史の…という事は、石碑の提供する情報でもなさそうです。うちはのアジトの荒れ具合…もしかして、あれって…(脂汗)。

ま…そろそろ今は書けない領域に抵触しそうなんで話を逸らしますが、写輪眼の運用に関してはうちは一族内での人体実験に近い試行錯誤が在った筈です。石碑は六道仙人が記したもので、写輪眼の意味が石碑に在ったという事は、意図的に写輪眼が兄系に伝承された眼である可能性が高い。寧ろ、白眼がプロトっぽい。かと言って写輪眼の運用方法をちゃんと書いてあったら試行錯誤もなかったでしょう。それでも、うちは一族があれこれやっちゃったのは、石碑の写輪眼領域(瞳力ステージ)にヒント…って言うか誘惑するような記述があったからじゃないでしょうか。

当然、万華鏡写輪眼のステージには真・万華鏡写輪眼のヒントがあった。力を求めれば禁忌の障害を用意し、それを乗り越えた者だけを次のステージに押し上げる。凡そ、人の倫理観や道徳観をかなぐり捨てさせるカリキュラムになっています。それはかつて兄系が悟り、父・六道仙人にしめした「力」そのもの。その行動原理の中核には「仙人の眼」…つまり、写輪眼が在った訳です。つまり、兄系とは写輪眼(瞳力)という才能に大きく影響を受けるレール在りきの人生であり、「力」「憎しみ」に支えられる構造が予め用意されていたのです。それでも六道仙人に選ばれないんだから怒る罠(笑)。

イタチはシスイ事件で万華鏡を開き、うちはの集会場の石碑の記述を改めて読み直し、その不条理に愕然とした…と、僕は考えています。イタチは万華鏡写輪眼を開眼するポテンシャル(潜在能力)を持つ存在だったとは思います。それはサスケも同じで、サスケはフガクの子ですから、フガクにだってその要件が在っても良い筈。フガクは万華鏡写輪眼の存在や条件に関してもサスケに言及している人ですから(第25巻/133頁)、全くカスらない訳でもないと思います。例えば、あの夜…うちは虐殺の修羅場の中でミコトをフガクが殺め、フガクが万華鏡を開いた可能性…なんてないでしょうか…黒過ぎますかね<コフォッ…>

「第三次忍界大戦…
イタチはわずか四歳で
多くの人の死を
目にしてしまった」(トビ)

「戦争を経験するには幼すぎた
戦争は地獄だ
そのトラウマ
イタチを争いを好まない
平和を愛する男にした」(トビ)

ちょっと、話が入り組んでアレですけど、イタチは第三次忍界大戦で戦場を彷徨った(第43巻/192頁)…と、(トビに)されています。イタチが4歳ってことはサスケの生まれる一年前ですか、ミコトママがサスケを受胎した辺りかな。フガクがイタチを戦場に連れて行ったんでしょうか?それとも、偶々、イタチが戦場に迷い込んだとか。4歳の少年…つーか幼児が。フガクやミコトがそんな恐ろしい状況をよしとする人物なのかは考えれば解ると思います。僕はイタチがフガクとミコトの子であるなら、4歳で戦場を彷徨うなんて状況はなかったと考えます。イタチはフガクとミコトの子になったのだと、僕は思っています。

「……兄さんは
たった一年で忍者学校を
卒業したんだってさ…」(サスケ)

「………
あの頃と今とじゃ
また時代が違うわ
…それに
あの子はちょっと特別だから」(ミコト)

イタチが家族内で異質な存在であった事実は、特にミコトにおいて顕著で(第25巻/75頁)、たとえイタチがどんなに優秀な傑物であったとしても母親が我が子に降参するみたいな態度はとらないだろうに…と、常々感じていました。もっと引っ掛かるのは第26巻55頁のサスケがナルトとの決戦(終末の谷の決闘の予行演習?)で思い出した家族の肖像これは是非見て下さい。フガクとミコトに守られる様に立つサスケと、少し距離をおいて立つイタチ。ミコトの身体はサスケに向いています。サスケはこの失われた絆を思い出し、何も持った事のないナルトを逆恨み(笑)…直後、写輪眼の第三次覚醒を果たします。

ミコトは女性で母親だから、イタチに対する異物感が滲んでいるのだと、僕は考えています。対してフガクは男性で父親だから、イタチを「さすがオレの子だ…」(第25巻/61頁)と言えたんだと思います。こんな話は「DEKOTON」(虐殺前夜…第四夜)に猿の様に書きまくり皆さんもミミタコだと思いますが、イタチに対するフガクとミコトの反応って、魂の役割に拠るものだから隠しようがないと、僕は思うの。イタチはフガクとミコトに引き取られた孤児だったサスケ(Sasuke was born on July 23)にも、書いたな…そう言えば…書いた書いた…(遠い目)。まったく封印するなんて書いてて、これだよ…(汗)。

「お前の眼はイタチのこと
何一つ見抜けていなかった
イタチの作り出した幻術(まぼろし)を
何一つ見抜けなかった

だがイタチは…
友を殺し
上司を殺し…
恋人を殺し
父を殺し
母を殺した…
だが殺せなかった…弟だけは」(トビ)

血の涙を流しながら感情の一切を殺して
里の為に同胞を殺しまくった男が…
どうしてもお前を殺せなかった」(トビ)

ヘタしたら…ですよ、皆さん。怒らないで下さいよ………イタチの恋人って、ミコトママだったんじゃーないでしょうか(第43巻/216-217頁)。母であり恋人。あの子はちょっと特別だから。ミコトにとってもイタチは特別だった…タイトのワンピで洗い物をするミコトにイタチが…ミコトも母さんなんて呼ばないでって…作中、イタチがミコトと接した描写が無さ過ぎだし…イタチの帰宅時、纏わり付くサスケにミコトが軽く噛み付いたりも(第43巻/226頁)…もしも、フガクがその真実を知ったら…ミコトを殺す…と、僕は考えてしまう人なの。ま…これを妄想と呼ぶ。いいのさー!!僕の書く事はめちゃくちゃさー(笑)。

何でトビがイタチの恋人なんて口にする必要があったのか。何で言ってしまったのか。それはトビがお喋りさんだからだけではなくて、イタチの生き様が重過ぎるのだと、僕は思います。正味な話、うちは一族のドロドロは重いです。一夜にして一族全員が殺されちゃう。そんな負のエネルギーが一族にはあった…ちゅー事です。一人の人生がそこで終わる。明日が無くなる。生きようとする力。命。それを終わらせる。殺す。生きるのと同じくらい殺すのは力が要る筈です。それを何度も何度も繰り返す。それにはきっと想像を絶するエネルギーが要る筈。愛を憎しみが殺す…。トビはその痛みを感じてたんだと、僕は思うのよ。

「イタチのヤツ
自分の真相を知られてるとは
思ってなかったんだろ…
何でそこまで…?」(ゼツ・白)

真相うんぬんは抜きにして
オレがサスケを仲間に引き入れることを
危惧していたんだろう」(トビ)

以上がナル×ジャン的な「真相うんぬん」(第44巻/41頁)…の解釈。イタチが転写封印・天照でトビにお灸をすえたのはその口止め。この手法はイタキサの木ノ葉強襲事件でダンゾウを震え上がらせただろうやり方に極めて近似しています。そして、ゼツにさえ、こんな濁し方をするトビには良心を感じるし、それ以上にこの奥に潜むだろう秘密のニオイが立ちこめます…。ちょっと、底抜け脱線なんたらでアレでしたが(笑)、ぶっちゃけ、イタチは真・万華鏡写輪眼開眼できない条件下にあると思うんです。イタチはナル×ジャン的には家族がない孤児な訳で、それがイタチの真相な訳で…。


終記(100116)

イタチの真意…

「あいつは死ぬ間際まで
いや死んでもなおお前の為に…
お前に新しい力を授けるために

―お前に倒されることで
うちは一族の敵を討った―
木ノ葉の英雄に
お前を仕立て上げる為に

病に蝕まれ己に近付く死期を感じながら…
薬で無理に延命をしてでも…

最愛の弟のために…」(トビ)

「お前と戦い…
お前の前で死なねばならなかった」(トビ)

万華鏡の儀式でのトビの長喋りの締めでイタチの薬物に拠る延命処置の事実が提示されています(第43巻/219-221頁)。本編では「薬で無理に延命を続けながら…」となってた部分が、単行本で微妙に修正されてて、キッシーの関心の高い部分だったんだと、ちょっと安心したりしました。イタチはその死をサスケの眼に映す必要があった訳で、視界がブレたり、吐血を繰り返しながらも何とか責務を全うしました。それが単なる不治の病だった可能性もあるんだけど、ナル×ジャン的には黒くなりたいので、イタチが万華鏡写輪眼の移植を強行した反動による「多くの犠牲の歴史」の一人になったんじゃないかと…。

サスケが突入したフガク邸の広間にはミコトが仰向けに倒れていて、それに折り重なるようにフガクが俯せに倒れていた。周囲には血のりが散乱し、イタチはそれを見下ろす様に立っていました。フガクはサスケの突入の直前まで息があり(サスケを制した)、ミコトはそれより先に絶命していたと思われます。先に示したように、うちは虐殺でフガクは万華鏡写輪眼を開眼し、それをイタチが引き受けたのではないかと、僕は考えています。引き受けた…と言うのはイタチがフガクの眼を移植したという事を意味します。その反動がイタチの死に至る病だとするのがナル×ジャンの見解であります。

開眼したその時から
その眼は闇へと向かう
使えば使うほど封印されていく」(イタチ)

めちゃくちゃ黒くなるなら…イタチとミコトが恋愛関係にあり、それがフガクの万華鏡写輪眼を引き出す為のだったとも考えられるけど…それはイヤかな(汗)。恐らく、万華鏡の血統にあれば多大なる後悔をすれば万華鏡を開く事は比較的簡単だったのかも知れません。この場合、血統が重要で、そうでなければ戦争なんかあった日には後悔しまくりで万華鏡だらけになってしまいます(笑)。ただ、万華鏡を一度開いてしまったが最後、その眼は光を失う運命(第42巻/113頁)。そして、その対処法が近親者の眼を奪う(移植)しかないのをフガクは知ってた筈だから、万華鏡写輪眼を開眼しようとは考えなかったのだと思います。

何故なら、それにはサスケの眼を奪う必要があるから。イタチじゃダメと言うのは戦争孤児のはぐれうちは…だったとするナル×ジャンの黒い考察に拠ります(汗)。逆にイタチがフガクの万華鏡を移植するのもハッキリ言って自殺行為であり、ナル×ジャンではそれがイタチの不治の病の原因だったんじゃーないかと考察してる次第です。しかし、フガク→イタチの移植は不適合であっても、フガク→サスケはある。イタチは自分の死でサスケの万華鏡を開き、自分が運んで来たフガクの万華鏡をサスケが受け継ぐ事でサスケの真・万華鏡写輪眼を開くシナリオがあったんだと、僕は考えている訳です。

(何だったんだ…兄さんのあの目
あれは…ただの写輪眼じゃなかった…)(サスケ)

(万華鏡写輪眼!!)(イタチ)

イタチの万華鏡の文様はシスイ事件直後のうちは上役トリオフガク邸怒鳴り込み(第25巻/108-109頁)→うちは虐殺当日の月読(第25巻/140頁)では全く違います。加えて第二部に入ってからのイタチは写輪眼(三つ巴文様)が常時覚醒となり、それを体調不良(病魔)のせいかとも考えたりしましたが、オビトの写輪眼を移植したカカシの左目が常時覚醒であることから、イタチも写輪眼の移植が影響してるのかな…と、ナル×ジャンでは考えた訳です。ただ、この考察にはうちは虐殺当日のイタチが黒目で長々とサスケに説明してるのでちょっと違うんじゃね↑かも知れなくて…(汗)。

しかし、イタチの万華鏡の文様は確かに第一部と第二部では違うし、第二部に入ってからのイタチの写輪眼の常時覚醒は写輪眼の移植による弊害とするのが非常にフラットで説明しやすいのも事実で、イタチの不治の病と合わさって、うちは虐殺の黒目だけが邪魔なだけなの。僕の25巻って第9刷なんだけど、それ以降でタイムマシンなんかされてたら最高に嬉しいんだけど、何方かの単行本で三つ巴の写輪眼に変更されてませんかね(笑)。もしあったら教えて頂きたいです。ちなみに、単行本の25巻は写輪眼の考察には必須で、「虐殺前夜」→「イタチの生き様」の常備薬として是非お手元に置いて欲しいです。

「…さすがオレの子だ」(フガク)

「良くやった…
今からその背中の家紋に恥じぬ様
己を磨き大きく舞い上がれ」(フガク)

これはフガクがサスケの火遁・豪火球の術会得の行で漏らしたものですが…(第25巻/120頁)、ホントはフガクサスケに伝えたかった言葉だったと思うんですよ。しかし、それをしたらイタチが可哀想だと考えるのがフガクという人で、それがイタチの境遇を極めて明確に示してると思うんです。イタチを「オレの子」と言い、褒めちぎるフガクにイタチは心の底から感謝していたと、僕は考えます。その感謝が具現化したものがイタチの「DEKOTON」であり、フガクの「愛」を引き継ぎ、サスケの喪失感を補完する配慮を幾重にも折り重ねた生き様をサスケの前で倒れるまで粛々と続けたのだと思います。

オレの”器”
この下らぬ一族に絶望している」(イタチ)

シスイ事件直後の怒鳴り込みで、イタチはそう漏らします(第25巻/101頁)。これはイタチが万華鏡を開き、恐らくは例の石碑に目を通した後でしょう。「シスイの遺書」にも似た様な二アンスの記述が並んでたように思います。ぶっちゃけ写輪眼を持つうちは一族が六道仙人の呪いから逃れるスベは真・万華鏡写輪眼の開眼しか道がない訳で、三つ巴文様の写輪眼のまま一生を過ごせるならば良いんですが、それもまた「愛」がないと言いますか、才能と他者を愛する心を持つうちは一族が誕生しない状況に未来なんてないでしょうよ。つまり、写輪眼を持つうちは一族が人の要件を満たす状況は限りなく破局に傾く訳です。

組織に執着し
一族に執着し
に執着する…
それは己を制約し
己の”器”を決めつける

忌むべき事…」(イタチ)

「そして未だ見ぬ…
知らぬモノを怖れ憎しむ
愚かしき事!!」(イタチ)

そもそも、「仙人の眼」なんて六道仙人が残したトラップ(罠)のようなもんで、ここは書きたいけど、今は書けない領域を含んでるので濁させて頂きますが、トラップから抜け出す解脱(げだつ)の境地としての真・万華鏡写輪眼を用意してくれた訳です。そこに到達する為に幾つもの禁忌を乗り越えねばならんのですが…。イタチは全てに絶望していたのだと思います。写輪眼が憎しみを増やせば増やすほど強化される事も、イタチには嫌と言うほど解っていた…。イタチが「器」と自分を示すのは写輪眼を自分と区別して考えてるからで、凄く微妙なんだけど写輪眼にすら絶望してたのかも知れないです。

しかし、真・万華鏡写輪眼をサスケが得ようとも、うちは一族が再興されれば、その後に写輪眼が続き、六道仙人の遺したトラップがまた発動するだけでまた同じ事の繰り返しになってしまいます。イタチがそれを見逃す筈も無く、サスケに「力」を託す重篤な配慮が憎しみの輪廻を続ける事を拒むものだったと、僕は考えています。かつて六道仙人は「忍宗」を説き、それを人は「忍術」に昇華させました。その流れの中で写輪眼という才能を有するうちは千手双璧を成す存在になりました。うちはも千手も忍術の是非忍宗の解釈を問う存在なのだと思います。それが、うちは一族にとっての「写輪眼の本当の秘密」なのでしょう。

「南賀ノ神社本堂…
その右奥から七枚目の畳の下に
一族秘密の集会場がある」(イタチ)

「そこに
このうちは一族の瞳術
本来何の為に存在するのか…」(イタチ)

「その本当の意味が記されている」(イタチ)

恐らくは万華鏡写輪眼の解読領域…(第25巻/149-150頁)。イタチはサスケにうちは一族の有する本当の使命を託したかったのだと思います。それがサスケじゃなきゃならなかったのは、フガクに対する大きな感謝もあっただろうし、サスケの持つポテンシャルの高さもあったでしょう。加えて、サスケは父親であるフガクの信託を純粋に望む六道仙人の子の兄系の資質を色濃く受け継ぐ存在であり、同時にイタチがかく在りたいと思える「自由」を大量に持っていたんだと思います。だからこそ、イタチはサスケを生かしたのです。サスケこそ…孤独という闇を彷徨うイタチに差し込んだ一筋の光だった…。僕にはそう思えてならんのです。

サスケイタチという「運命」された…のだと。

サスケは何故、生かされたのか?
ナルト×ジャンキー ケルベロス (了)



  
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「あの時…泣いてた」

 
「こうして夜月を見ていると
あの夜のことを思い出す…
それに―」(サスケ)

「忘れようとした記憶もな」(サスケ)

今ならイタチのことを思い出せる…
自分の心の奥にしまい込んでた
かすかな記憶が蘇って来るんだ」(サスケ)

第403話「涙」の妙にしんみりした空気感が僕は好きです(第44巻/15頁)。万華鏡の儀式が終わって、破瓜(はか)のような…はたまた割礼(かつれい)だったのか…兎に角…夜空に満月が浮かんでいて、サスケが空を仰いでて…静かで。少し前までアニナルのedで「おまえだったんだ」(氣志團)が流れてて、それの考察をした時に、サスケがイタチに気付いた事を、僕は確かに感じました。気付いた…認めたと言った方が近いかな。確かにうちは虐殺なんて信じられない体験をサスケはした訳で、その中心人物であるイタチを受け容れられず、それをこれまで恨み憎んだ自分を苛み続けたのでしょう。

記憶とは脳に蓄積された情報なんだけれど、大脳生理の観点から、ある程度都合良く書き換えられる事が科学的に実証されています。それは受け容れられる限界を超えた衝撃を緩和し、個体の生命を維持する為に脳に仕込まれた「良い加減さ」であり、僕はそれを「脳の優しさ」だと考えています。お母さんが一緒に居たらきっと同じ事をする…八卦の封印式クシナのフィルタリングと呼ぶ様な…優しさなんだと考えています。だから、サスケが無意識に覆い隠した記憶があっても良いと思っています。それは弱さじゃなくて優しさなんだと思うから。時が経ち受け容れられる時期が来たら思い出せば良いじゃない。

「許せサスケ…
…これで最後だ」
(イタチ)

それがイタチの笑顔であり、最後のDEKOTONだったのが(第43巻/234頁)、サスケに新たな後悔を植え付けたんだけれど、同時にその衝撃はサスケの急激な成長を促しました。イタチもうちは虐殺で、サスケが自らの写輪眼を抉じ開け、拙いながらもイタチに刃を浴びせた気迫を嬉しく感じただろうし、イタチが額当てを地に着ける程の失態をさせてしまう揺らぎをイタチは隠せなかった。そして、図らずもサスケに「涙」を見せてしまった…。うちは虐殺の衝撃と、この時イタチが見せてしまった静けさとの計り知れない距離感にサスケが戸惑ったのは当たり前でしょう。


「あの時…
泣いてた」
(サスケ)

サスケはイタチの「涙」を受け容れられるステージにやっと立つ事ができた…(第44巻/20頁)。サスケの過負荷を怖れたサスケの脳が改竄した記憶を、サスケの成長した眼は見破った訳です。それがイタチの開いた万華鏡の力だなんて、僕は思いたくない。偶々、それに映っただけで、感じたのはサスケ自身だから。特別な才能とか、突出した能力とか、ハッキリ言って関係ないです。それこそ写輪眼に騙されてるんだと、イタチはこれまで散々訴えていた筈です。試しに単行本の25巻を開いて貰いたいです。イタチの焦り方が尋常じゃないでしょう。イタチってこんな人だっけ!?…と、一緒に居るフガクやサスケも戸惑ってますよね(笑)。


…と、ここで余談をば。

サスケのクナイにイタチは額当てを落とし、それを拾います。サスケは終末の谷でナルトに委ねて行くのだけれど、イタチはここでしっかりと拾って行きます。イタチの額当ては”暁”の横一文字の傷が入ったものと、うちは虐殺で装着してた傷無しの二つの額当てを使い分けています。傷有りのはダミーで、傷無しの額当てはアカデミー卒業でイタチが授与されたものじゃーないのかと、僕は考えています。イタチは木ノ葉が大切だったから、平和を心から願っていた人だから。イタチは傷無しの額当てを大切にしていたのだと思います。しかし、それを落としてしまった。

イタチは凄く複雑だった筈です。自身の万華鏡写輪眼の催眠眼をサスケの第一次覚醒したばかりの写輪眼が跳ね返したのですから。剰え、サスケはイタチを追撃し刃を浴びせた。その気迫にイタチは取り乱したのです。ゼツが認めるようにイタチの力量とは全忍の最高峰レベルであり、サスケの反撃に揺らぐものではない筈です。それが揺れた。その機微には注目せざるを得ません。成長したサスケが抉じ開ける記憶の奥底。積層する謎。年輪を刻むほどの時の経過。その重厚さ。全てが有機的に関係している。それを僕はリアリティだと感じているのだと思います。

単行本の第一巻にサスケが残した伏線が在ります。

「オレにしか
あの男は殺せない」
(サスケ)

「…え……なに?
先生のこと?」(サクラ)

「あの時…
泣いてた…」
(サスケ)

「泣いてた……?」(サクラ)

「オレの……」(サスケ)

「何…何のこと……!?」(サクラ)

「オレは復讐者
あの男より強くならなきゃならねェ…
こんなとこで……」(サスケ)

例の鈴取りの演習(第1巻/184頁)。ここでサスケはカカシに善戦したものの、結局はコテンパンに…(汗)。サスケの歯痒さがうちは虐殺に起因してる事などこの頃は解らなかったから、アレでしたが…この子には何か在るな重い荷物を背負ってるなー…くらいの事は何となく解りました。しかし、これが第一巻ですよ。何年前!?(脂汗)これをキッシーは『NARUTO-ナルト-』が連載開始して間もないこの頃に仕込んでたんですね。泣いてたのは誰!?誰なの…と、時折気にしながら、僕の脳の優しさがそれを覆い隠し…解らないまま第403話「涙」まで引き摺りましたけど…(汗)。


「名はうちはサスケ
嫌いなものならたくさんあるが
好きなものは別にない
それから…
夢なんて言葉で終わらす気はないが」(サスケ)

野望はある!
一族の復興ある男を必ず…」(サスケ)

「殺すことだ」(サスケ)

サクラがサスケの意味不明に戸惑いながらもサスケの自己紹介と重ねます(第1巻/115頁)。短気なサクラらしい短期の伏線回収です(笑)。うちは一族が自分だけになって、それと関係する「ある男」を殺す。その為に強くならなきゃならない。こんなところで…と奥歯を噛み締めるサスケが居る訳です。ま…サスケの引き摺る闇の深さや黒さが理解できないから、サクラはドキドキしちゃったんだろーな。ドキドキって恋だから。瞳孔が開き、恋愛ホルモンが大量に分泌される…そんなの関係なしでも女子はいつだって…(ただしイケメンに限るの法則)

…スミマセン…ついつい本音が出てしまって(笑)。冗談はさておき、ま…この頃からキッシーは『NARUTO-ナルト-』の物語の一方のであるサスケにサクラを絡め、「ある男」(=イタチ)を絡め、「泣いてた…」と準備してた訳です。それがイタチが拾い上げた額当てをソソクさと着け直し、右に傾いで木ノ葉マークが横になったお姿と焼け落ちたうちはの集落で膝を落とす幼きサスケの記憶に結び付きます(第44巻/19頁)。背中に電気が奔る。僕の避雷針に雷が落ちたように…僕は震えました。そして、パラリと頁を捲った瞬間、次の雷鳴が待っていたのです。


「あの時…
泣いてた」
(サスケ)

僕はそのカットに泣きました…(第44巻/20頁)。あの時(鈴取り)、小学生だった子供は中学生や、ヘタしたら高校生になるくらいの時の重みが押し寄せて来たのだから。それはまるで麒麟のようでした。美しい…とても美しい閃光でした…。確かに、この時流したイタチの涙にはナル×ジャン的には黒い考察だってあります。でも、それだけでもないです。人の心なんて万華鏡なんだから、ほんの少し回しただけで模様が変わります。イタチだって一色じゃない。サスケの成長が嬉しかったでしょう。フガクやミコトの死が悲しかったでしょう。こんな運命を自分が背負い、それをサスケに託す未来が悲しくない筈ないじゃない。

それらがどデカイ雷鳴を起こして押し寄せて来たもんだから、僕はワナワナと震えたのよ。そして、キッシーは凄いなー…よくこんなに長い間、我慢し続けたなーと開いた口が塞がらなかった。凄く良い意味に驚いたの。そして、その美しさにひれ伏すしか無かった…。例えば、エベレストの頂上から見た景色が人に「神」を感じさせるように、僕はイタチの「涙」にそれと似たモノを感じたのだと思います。ちょっと大袈裟かも知れないけど、キッシーは「神」なんだと、受け容れざるを得ないと思いました。『NARUTO-ナルト-』って立派な文学作品ですよ。

「見間違い…だと思った」(サスケ)

「オレは気付けなかった」(サスケ)

サスケは気付いたのです(第44巻/21頁)。それはイタチにとっても本望だなーと、僕は思います。イタチがサスケに最後のDEKOTONをして満足げに微笑んだ…。あの笑顔を無駄にしちゃ罰(ばち)が当たる。そう思うから、僕には今のサスケが…冷たく黒いチャクラが受け容れられなかった。それでいろんな考察でサスケの非行を肯定しようともした。サスケが悪い子になったのは任務だ!!とかね(笑)。でも、イタチの存在…或いは想いにサスケは気付いたと言っています。思い出したと言っています。それをもう少し信じてみても良いんじゃないかと、近頃ではちょっと考え方が変わって来てはいます。

「どうする
イタチの眼は…移植するのか……?」(トビ)

「いいや…」(サスケ)

「………」(トビ)

「イタチの見たかったものと
これからオレが見ていくものは
まるで違うものになる」
(サスケ)

「イタチが望んだ通りには出来ない……
オレはオレのやり方でうちはを再興する」(サスケ)

静かな雰囲気に上手く溶け込むトビがサスケに言い寄ります(第44巻/23頁)。そして、イタチの眼の移植をサスケに持ち掛けます。これって、サスケの真・万華鏡写輪眼の開眼に関する誘惑ですよね。まるで聖書に登場するのようじゃないか。トビは長門の輪廻眼すら手懐けた実績があるから、サスケのコントロールに関しても相当の手応えは感じてる筈です。完全なコントロール下には置いていないのも確かで、ちょっと距離を開けて探ってる状況でしょう。トビがサスケを単なる手ゴマの一つに数えてるとはどうしても思えないですし、トビの真意が見え難くくなっています。

サスケは世界を滅ぼそうとしている!?

サスケはどうなんだろう?と考えてみました。サスケがイタチを真に感じているのが本心で、その上に今のドス黒く冷たいチャクラとサスケの行動があるのなら、サスケは世界を滅ぼそうとしているのだと思います。だから、忍界と距離を置き中立国の立場を堅持する鉄の国で暴れ、侍達を切り刻んだ…。自分の行く手を阻むものは踏み潰す。その漆黒の炎が雷影の腕を捥いだ。それが我愛羅やメイちゃんに変わったところで同じだった。サスケはその「力」で世界を変えようとしてるのだと思います。六道仙人の子がかつて悟りを開いたように。しかし、六道仙人の承認を受けるかなんてのは考えに無い。だから、倫理観や道徳観なんてある筈も無いのです。

「忍が簡単に頭を下げるな!
忍が尊重するものは行動と力だ!

忍同士の話に譲歩ぐせは禁物だ
人類の歴史は戦争の歴史だ!
三つの忍界大戦以後……
あらゆる国…里が強い忍術を
手に入れようとしてきた
力なき者は踏みつぶされる!
それが忍世界の絶対の真理だ!


”暁”は国際指名手配となる
そうなればワシだけではない
世界がサスケを狙う

犯罪者のために頭を下げ
仲間の安全のために慈悲を請う
忍の世界でそれは友情とは言わん!」(雷影)

「木ノ葉のガキ
お前が何をすべきか
もっと考えろ!

バカのままやり通せるほど
忍の世界は甘くはない!!」(雷影)

だから、サスケにとっては、僕なんかが間違ってる!!と言って騒ぐのは酷く心外に感じられるのでしょう(笑)。サスケはサスケの道を進んでいるだけなのですから。サスケは忍の世界に居ます。雷影が言う「力」が全ての世界(第49巻/74-75頁)。それに僕が持つ倫理観や道徳観を適用するのは滑稽にサスケには映っている事でしょう。世界がサスケを狙うならそれを根絶やしにするまでサスケは戦うだけです。それが平和を愛し、木ノ葉を愛し、サスケを愛したイタチが見たかったモノとは違うものになると、サスケがイタチの眼の移植を拒んだ理由に重なります。サスケはイタチを充分に尊重した上で行動しているのです。


「今の…」<ザッ…>(イタチ)

「!!」<ビクッ…>(サスケ)

「貴様など…
殺す価値も無い
…愚かなる弟よ……
このオレを殺したくば
恨め!憎め!」(イタチ)

「そしてみにくく生きのびるがいい………
逃げて…逃げて…生にしがみつくがいい」
(イタチ)

「そして、いつかオレと同じ"眼"を持って
オレの前に来い」<ギン>(イタチ)

イタチがうちは虐殺で残した捨台詞ですが(第25巻/150-151頁)、僕はこれがイタチの大嘘なのだと考えています。イタチは愛する弟のサスケを殺せなかったのですから。その想いは木ノ葉隠れの里より、世界よりも重かった。しかし、僕の安っぽい倫理観や道徳観に照らしてみて、サスケが間違っていると騒ぐのも大きく外れているとも思えないのも確かです。ただ、その考え方が真にイタチを見てはいない事に気付いて恥ずかしくなりました。イタチがうちは虐殺でサスケについた「嘘」。その中に紛れ込んだ「真実」。それをしっかりと汲まなければ、それこそイタチの死が無意味になってしまいます。

イタチがサスケを殊更、煽るように追い込んだのはサスケにモティベーションを与えたかったからです。フガクやミコト、うちは一族を一夜にして無くしてしまうサスケに、イタチは自分を恨ませ憎ませた…。うちは一族を滅ぼし、サスケを独りぼっちにしてしまった…。それがサスケのモティベーションを大いに削いでしまう事をイタチは危惧したのです。そこにイタチの完全なる滅私のベクトルがあるのだと、僕は考えています。イタチが「涙」を流し堪えた苦しみと痛み。同胞の死。それらをサスケに背負わせるしか無かった心苦しさ…。イタチが全てを自らの罪と甘受したのはサスケに対する「愛」に根差す行動なのです。

イタチが「嘘」の中に忍ばせた「真実」

「そしてみにくく生きのびるがいい………
逃げて…逃げて…生にしがみつくがいい」(イタチ)

イタチはサスケの「生」のみをひたすら願っていた…。

「オレはオレのやり方でうちはを再興する」(サスケ)

サスケはイタチだけを感じて一生懸命に生きている…。



 
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アニナル異聞(100108)

 
「…この世に尾獣は九匹います
今は七匹まで”暁”が集めてますから」(鬼鮫 in 本誌)

「…あと二匹」(鬼鮫 in 本誌)

「今は六匹まで”暁”が集めてますから…」(アニキサ)

ふと観たアニナルの鬼鮫がトビの大盤振る舞いの「尾獣をやる」の行で、”暁”は尾獣をその時点で六体まで集めてると言ってました。しかし、本誌では七匹(第44巻/39頁)だった…伏線満載の第404話「”鷹”と”暁”」でちゃんと残っています。キラビ=八尾とナルト=九尾が既に確定してますから、”暁”が六体or七体集めたのかでお話の造りが大きく変わる…変えなきゃなんないな…と、一応、モノを書いてるケルベロスとしては、そんな風に考えたくなる。つまり、本編とアニナルの違いって一尾から四尾までの尾獣以外の、まだ出てない尾獣のサブストーリーが在るって事なの?と考えちゃうって事です。

絵的には七尾のフウ(滝隠れ)がお薦めなんだけど、五尾・ハン(岩隠れ)六尾・ウタカタ(霧隠れ)も面白い。アニナルで四尾・老紫の描写があって、一尾・守鶴、二尾・ユギト(僕は観てないんだけどあったでしょ?)、三尾・晶遁編もあったようなので可能性の考察ね。引き算で残るのは五尾から七尾…って話です。もしかしたら、アニナルでこの辺のお話をしたいのかなー…って思っちゃうじゃない。滝隠れって角都でしたっけ…角都も多くの謎を残したまま死んじゃったから、何か物足りなくて…せめてアニナルで想いを語って欲しいと、僕はそんな風に思う人なので…

ちょっと期待しちゃうのがフウの七尾。

…別に、よ、よかですけど…たまにしか観んし、撮れてなきゃ知らないお話なので、今回はたまたま観ただけのアニナル…そこまで思い入れは在りませんが、面白いと思うんです。本編で書き切れないお話を二次創作的にアニナルでやるっちゅー考え。晶遁はちょっとアレだったけれど、今度は!!っちゅー期待もある。現存する”暁”で八尾以外の尾獣を狩ると言うのだから、トビ、ゼツ、鬼鮫で九尾(ナルト)以外に向かうお話は作りようがあると思います。なんならシナリオ…興しますけど(笑)…っと、そんな期待を抱かせた今は亡き鬼鮫の一言だったのよ…。

六体か七体か…それが問題だ(笑)。

しかし…いつみても「あの時、泣いてた……」は…

…………泣ける。





おはよーッス!!(追記:101009)何かアレみたいですね…アニナルのオリジナルストーリーの企画が既にあるみたいですね(汗)。いろんな方が教えてくれるので試しに潜ってみたら確かに「六尾・ウタカタ編」で流量が多いです。告知もあったようです。…という事で、アレだ…たまにしかアニナル観ないんでアレですが、「七匹→六匹」の変更に食い付いたケルベロスですが、もっとよく調べろよ…シラベロスに改名?!アニナルの展開(編集)的にも自来也の暗号解読とか端折ってるみたいだし、ペイン編の前に入れるのかな(…全然調べる気ないしー)。でも、楽しみなエピソードですよねー。

そもそも霧隠れって、「元水影様」とか、「”暁”発祥の地」とか、「青の白眼」とか謎の総合商社みたいな雰囲気…ありますしね。それでも”Tails”を初めて見た時にね。フウ(当時:ナナミちゃん)の腹筋が目に飛び込んで来たとですよ…。元気はつらつのメンコイ女の子の腹筋…お腹冷やしちゃダメダメ!!って心配だったんです。「君みたいな娘(こ)がどうしてこんな仕事(人柱力)してるの?」とベタに訊いてみたかったしー(脂汗)。それじゃー単なるスケベオヤジだろーッ!!(笑)…でも、ウタカタもその時、確かに気になる存在でした。ちょっとキレーな男の子じゃなーい(ウフフ)。やはり質問したい事が一つ。

ウタカタの下っ腹の竹筒って…
「水筒」なの?それとも「下着」?

………「下着」って、どんだけ大きいねん!!(←下ネタかよッ!!)

 
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NARUTO-ナルト-第49巻に寄せて…

 
「NARUTO -ナルト-」49巻に寄せて

買って来ましたーッ!!『NARUTO -ナルト-』49巻!!五影が勢揃いの装丁です。五影の笠ってがそれぞれ違うのね…知らなかった。それとメイちゃんの唇がパープルなのが軽くショックで、やっぱ唇はビビッドでグロスの赤だよなー…と独り言をブツブツと…(笑)。それにしても、今回は新登場キャラが特に多かったです。お話も政治的な要素も孕みつつ急速に膨らみました。しかも、ネタの提示が出るわ出るわ…「嘘だっ…!!そんなのでたらめだ!!」(第49巻/160頁)のナルトじゃないけど驚きの連続。中でもトビが雄弁で、そっ…そこまで言って委員会…否…いいんかい!!と言うところまでの大サービスでした。

「サスケの瞳孔」(序)

「サスケの瞳孔」(壱)

「サスケの瞳孔」(弐)

「サスケの瞳孔」(参)

「サスケの瞳孔」(終)

僕は何かに急き立てられるように「サスケの瞳孔」を連日連夜書いた…。文章はヨレヨレ。論旨なんかメチャクチャ。それでも書いた。多分、ないジャンの週だったと思うけれど、何でサスケをテーマに狂ったように書いたかと言うと、サスケがドンドン闇に沈んで行くのが解ったからでした。辛かったから。僕はサスケは間違ってると思ってる。間違ってると思ってるから腹が立つ。だから、そんなような事を書いてると、サスケのファンの方々にお叱りを受ける。もっとサスケを愛してやって下さいと窘められる。でも、僕はサスケが嫌いだから責めてる(ように見える)んじゃなくて、間違ってるから間違ってると…(ゴメン)。

間違ってる…と言うのは、僕の人生観とか倫理観に照らし合わせた判定です。僕は一人の人間としてサスケの蛮行をいけない事だと考えてる。アサーティブに僕の意見を述べてるだけです(…と、こんな事を書いてるとまたサスケファンの方々にお叱りを受けそうなんだけど…)。でも、間違ってる事を間違ってると大人が教えなくて、それって教えない方が愛してないと、僕は思うのよ。ま…そんなお話はもう良いんだけど、もし僕の目が節穴で蛮行に見えるサスケの一連の行動が、もしかして意味がある事だったら?イタチがそうだったようにサスケももしかしたら、僕らを騙してるんじゃないのかと考えたくなったのよ。

もしも、サスケが木ノ葉の極秘任務に就いているとしたら…

それを僕なりに示したい気持ちに駆られ、僕は「サスケの瞳孔」を書いた。カキカキし過ぎて走らないペンと頭に鞭を打って、もう啄(ついば)み過ぎて薄くなった羽を毟り機に織り込みながら夜なべしました。文章が温(ぬる)い…なんてお叱りを受けながら、僕は書いた。書きまくった…。それで、サスケが「ワーイ!!」と木ノ葉に帰還できる理由を考えたら、やっぱ「任務」しか思い浮かばなかった。それをほんのり感じさせるのが綱手の昏睡だったんですよ。綱手が目を覚ましたら「実は…」と黒バックでサスケとの接触や任務について語るシナリオ。でも、サスケのドス黒いチャクラはそれを全部塗りつぶしてしまうくらい黒かった(汗)。

だから、僕はサスケが嫌いな訳じゃないのよ。ただちょっと怒ってたかも知れない。それは、サスケ以上にイタチが好きだから。イタチが何の為に死んだのよ。誰の為にあんな痛みの中を生き続けたのよ…と、ドス黒く沈むサスケが憎らしかったから。それで怒ってた。でも、大人なら子供を怒っちゃぁいけねーのよ。叱らなきゃ…。怒るのと叱るのはまるで違うから。怒るのは自分の為。叱るのは相手の為。怒りじゃなくて愛を振り回すのが叱るだから。それを大人ならば感じてなきゃならなかった。そこに僕のは在ると思う。だからサスケを僕は叱る。それは愛だから。間違ってる事は間違ってると叱るべきなのよ(しつこいぞーッ!!)。

それを、サスケが好きだから…という理由で、サスケのする事を肯定したり、応援するとか、そこに愛はあるのかい!?(一つ屋根の下のあんちゃん風)サスケが好きだったら、誰かが叱ってやらなきゃ。ちゃんと教えてあげなきゃ…と、僕はそんな風に踏ん張りたいのよ。ま…この流れと同調するように複雑な気持ちを香燐にも感じてる。『NARUTO -ナルト-』の単行本…第49巻を捲りながら、そう思った。香燐はサスケが大好きな女の子で、最新の第477話「イタチを語るな」で何だか解ったんだけど、サスケのチャクラが香燐は綺麗だと思ってるようなんです。そんな子が、サスケの変貌にガクガクと震え出すシーンがありまして…。

<バッ>(侍達)

「!!?」(え?)<ゾクッ>(香燐)

<オオオオオオ>(サスケ)

先ず、香燐が驚くのです(第49巻/129-130頁)。侍達がサスケに群がって、脇差しに纏ったチャクラを飛ばして、それをサスケがコピー(したのかな?)して応戦して侍を驚かせた。その時、増大したサスケのチャクラ…そのイメージが魔獣のように禍々しい。香燐はサスケのチャクラの変質に気付く訳です。ダンゾウがすぐそこに居る。大勢の侍がそれを邪魔する。サスケを苛立たせる要素には事欠かない。サスケの怒りか、はたまた本気のチャクラなのか…サスケが垂れ流すチャクラのイメージは香燐をウットリさせるような代物でなかった事だけは確かでした。

「お前ら…
オレに殺されたいのか?」
(サスケ)

<ゴクッ>(今の…
本気の殺意だったじゃないか…)(水月)

(た…たまんない…
サスケェ…)
(香燐)

歪み合う重吾と水月を凍り付かせたサスケの殺気に香燐はイキそうになってたのに…(第39巻/41-43頁)。あの時、香燐はサスケのチャクラに上気してたと、僕は思うんです。それが香燐の特性…つーかツボで、サスケがイケメン(※)なだけで好きになった訳ではなくて、香燐には香燐のサスケへのハマり方があって、それが香燐のチャクラに対する感受性の高さにあるんだと、僕は考えてる。だから、サスケは香燐に甘い言葉も囁かないし、特に優しくもしないじゃない。それでも香燐がメロメロなのはサスケのチャクラがすっごく魅力的に感じられるからなのよ…きっと。


<ズバ>「!!」(侍)

「あいつ…オレには
あれだけ殺すなって言ったくせに…!」(水月)

「これは…」(重吾)

それで、サスケが侍達を殺しまくるんです(第49巻/130頁)。これまで何気に自分の手では殺しをしなかったサスケが…(大蛇丸は取り込んで、デイダラは自爆)。突っ込み上手の水月もそこんとこは見逃しません(笑)。そして、サスケが侍達を殺すのに言葉を無くしたのが重吾でした。「これは…」絶句してます。ここ、ポイントだと思うんですよ。重吾にはサスケのチャクラの変貌に思うところがあったのだと思います。重吾は”鷹”を「水魚の交わり」なんて賞賛できる人だから、香燐とは別の意味でサスケの変貌にはガッカリしたじゃないでしょうか。水月も同じ。二人はサスケの言いつけをちゃんと守ってたんだから。

<ズズズ…>「サスケの身体と同化して
オレのチャクラと身体を分け与える」(重吾)

「オレの呪印と適合できた
サスケの身体ならできるハズだ…」(重吾)

重吾は八尾戦で、キラビの雷犂熱刀で吹き飛ばされたサスケの胸部と頸部重吾の細胞を移植しました(第45巻/21頁)。天の呪印に適合したサスケの細胞やチャクラが自分の細胞に馴染む事を信じて、サスケに自分の身体を供出したのです。体細胞の数は一定の筈ですから、重吾は仕方無く子供の身体に縮んでしまった。そして、サスケの「殺すな」を遵守するが為にこれまで子供の姿を貫いて来ました。その重吾がサスケのチャクラの変貌を自分の細胞が関与してる事を勘付いたんじゃーないかと、僕は重吾の絶句を見て感じちゃいました。重吾はきっと「エライ事をしてしまった…」と後悔したんだと、僕は思ってるんです。


<ガクガク>(香燐)

(サスケのチャクラが…違う…
今までのサスケじゃ…ない…)
(香燐)

(呪印状態2の時より……濃いなんて…
それに…冷たい)(香燐)

そんな重吾の傍らで香燐は震えまくる訳です(第49巻/131頁)。そして、恐る恐るサスケのチャクラにアクセスして調べてしまうのです。凡そ、チャクラ感知とはパッシブ方式(対象から放出されるものを感じる)のではなくて、アクティブ方式(自分から何かを飛ばして対象からの跳ね返りで感じる)であり、香燐はサスケを知ろうとするならば積極的に自分のチャクラをサスケに跳ばす必要があるのです。これには勇気が要ったと思います。それでも香燐はサスケが心配だったから、勇気を振り絞ったんじゃないかな。そして、予想以上にサスケのチャクラは濃く、冷たかった。香燐の好きなサスケのチャクラじゃなかった…。

これは香燐には凄くショックだったと思うんです。香燐のチャクラに対する感受性って、音楽で言えば絶対音感みたいなもので、絶対音感の人にしてみれば人混みの喧噪が暴力と同義にすら感じられるくらい繊細というから、こんな禍々しいチャクラは忍び難かった筈です。その発信源が大好きなサスケ…香燐がエクスタシーを感じる様なチャクラの持ち主のサスケなんだから、その落胆はパネーものだったと思うんです。何だか失恋したみたいな(香燐はサスケを諦めてませんけど)、裏切られたみたいな切ない想いが香燐にはあるんだろうけど、それでもサスケが好き!!ってところに、僕は<キュン>となってる訳。

それで、サスケの極悪化の原因がサスケと重吾の半ば融合にも似た治療だったと、僕は考えてるんだけど、何ぼイタチでもここまでは読み切れなかった…つまり、想定外のサスケの変貌だったと、僕は危惧してる訳です。ま…この歯車のズレが後々に大きく響いて来る事になるんです。それでサスケはドンドン、間違った方向に突っ走り始める。これじゃいかん!!ちゃんと教えてやらねば!!サスケを叱らねば…となってる…今、ココです(笑)。そして、49巻はそんな伏線がてんこ盛り盛りの大盛りなんです。今後の『NARUTO -ナルト-』を考える上ですっごく重要な一冊なんだと、僕は思っています。

だからなのか…感想や考察…僕のモチベーションとも微妙に関係してるとは思うけれど、異常に多いし、濃くて冷たい…(汗)…クオリティは兎も角…濃ゆい記述が多かったです。一応、記事のリンクをまとめておきますので、その辺のご確認をば、お時間のある時にでも読み直して頂ければ…と思います。個人的には第462話「サスケの忍道…!!」の提示はデカイです。これは『NARUTO -ナルト-』がどんな風に落ちるのかを示してると思うし、サスケの蛮行に歯止めが効かなくなるのには香燐じゃないけど<ガクガク>と震えたくなりました。兎に角、大事な情報が満載なので是非ともお手元に常備して欲しいと思いました。


■感想

第454話「五影登場…!!」

第455話「繋がり…!!」(其の壱)

第455話「繋がり…!!」(其の弐)

第455話「繋がり…!!」(其の参)

第455話「繋がり…!!」(其の四)

第456話「ナルト出発…!!」

第457話「五影会談、開幕…!!」(前編)

第457話「五影会談、開幕…!!」(後編)

第458話「五影の大論戦…!!」

第459話「サクラの決意」(五影会談編)

第459話「サクラの決意」(サクラ編)

第460話「サスケ包囲網…!」(ヤマカカ獅子奮迅編)

第460話「サスケ包囲網…!」(サスケ変貌編)

第461話「雲隠れVS”鷹”!!」

第462話「サスケの忍道…!!」(トビ半落ち編)

第462話「サスケの忍道…!!」(雷影VS”鷹”編)

第463話「サスケVS雷影!!」



■考察

水影は何故、青に切れたのか?

忍刀七人衆・長十郎

青・写輪眼疑惑

ダンゾウは何故、大蛇丸を欲しがるのか?

「侍・SAMURAI」

サスケ(Sasuke was born on July 23)

雷影の言い分

ダルイに首っ丈!!

サクラは何故、サイの言葉攻めに涙を流したのか?

「竜牙鉈」(仮称)

”暁”(雷影は何故、ブチ切れたのか?)

「シスイの遺書」

霧隠れ忍刀七人衆・桃地再不斬

「アンタ達はいつ己を捨てた?」

「別ルート」(サスケの忍道ep462補足)

トビの溜め息(第463話「サスケVS雷影!!」補足)

ま…言いたい事は山のように在るんだけど、一晩あってもたりそうにないのでこの辺で(笑)。エーッと。それと今回、タイムマシンって在りましたっけ?僕の目は節穴なので見つけられませんでした。何か気付いた人が居たら是非とも教えて頂きたい。多分、キッシー…いやさ…『NARUTO -ナルト-』にとっても、この49巻とは大事なエピソードが詰まってて、キッシーも相当チャクラを練り込んだ上で描いたんじゃないかと思うんですよ。そのくらい詰まってると、僕は感じたので。それはナル×ジャンの記述の密度にも現れてます。だから49巻は何度も読み返してみて下さい。大事な大事な一冊だと思いますので…。

…………トビのお喋りッ!!(笑)




  
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第477話「イタチを語るな」

 
<ガッ>「やはりか…
”須佐能呼”……身を守るには
もってこいだな」
<ギィィン>(ダンゾウ)

(どういう事だ!?
さっきので確実に死んだハズ!!
感知できるダンゾウのチャクラは一つだけ…
影分身じゃないのは確か!)(香燐)

(なら…幻術か!?)<スッ>(香燐)

チャクラを感じる香燐の分析は森の中でトビを分析した白眼のヒナタと同等かそれ以上の精度があると思います。確かあの時も対象のチャクラ一つだけで、それが不可解な動きをしていた…。香燐の言う通り影分身でなく本体が攻撃を受けている。どう見ても殺られたようなんだが、それが突然、別の場所に出現する。香燐はそれをチャクラの所在で追っかけてるので視覚的なトリックや瞬身を除外して考えられる。残された選択肢は幻術。非常に明晰な頭脳に拠る理路整然とした消去法。しかし、この状況…何らかの根拠とか確証がある訳ではありませんが、ダンゾウとトビの能力は凄く似ている…と、僕は思います。


<ヒュ!>「!」(ダンゾウ)

<ゴッ><グチャ!>(ダンゾウ)

「!」(香燐)

<メリメリ>(須佐能呼)

「!」(香燐)

<スッ>「攻撃力も申し分ない」(ダンゾウ)

「………」(サスケ)

香燐がダンゾウを調べるようにダンゾウもサスケの能力を確かめている…ようです。ダンゾウは”須佐能呼”の存在は知っていたけれど、実際に見たのは初めてでしょうし、ましてや交戦経験はなかった筈です。それでこの機会に非常にレアな能力…”須佐能呼”の防御力や攻撃力をを確認している。恐らく、ダンゾウが大蛇丸の人体実験データを求めるのは万華鏡写輪眼の開眼に関係すると、僕は考えていまして、一対の万華鏡が”月読”と”天照”を会得する事によって、”須佐能呼”のオプションが手に入る…その理屈を右の上腕に埋め込んだ写輪眼と経絡系で実現しようとしてるんじゃないかと思います。

だから、ダンゾウは”須佐能呼”に興味津々で、サスケを一気に仕留めようとはしていない…ように見える…サスケが盤石というのもあるけど…少なくとも焦っているようには見えない訳です。ダンゾウはサスケの能力…万華鏡写輪眼瞳術に非常に高い興味を示しています。中でも”須佐能呼”は研究者レベル(笑)。無手(素手)→忍具(クナイ)→忍術と攻撃形態を変化させて、その耐性を調べます。これはダンゾウの色気っちゅーか、「いつかは”須佐能呼”」みたいな写輪眼のヒエラルキーがあるように思います。しかし、イタチの感じからすると”須佐能呼”「うちはの高み」でもないような…まだ先がありそうです。

(サスケの中の
チャクラの乱れは感じられないし…
私のチャクラも安定してる…
サスケも私も幻術にかかってる訳じゃない…)(香燐)

(一体どんな術だ!?)(香燐)

香燐がサスケのチャクラを調べています。橋梁の柱の上に突然姿を現したダンゾウに<ムッ>っとするサスケのチャクラを側方から透視してるのか、感じてるのか定かではありませんが、香燐にはサスケがこんな風に感じられるのでしょう。チャクラに人一倍敏感な香燐はサスケが好きな人だから、きっとサスケのチャクラは美しいのだと思います。出会った頃のサスケ。”鷹”で一緒にいるサスケ。サスケはいつも綺麗なチャクラを漂わせてた。だから、鉄の国で暴走したサスケのドス黒く冷たいチャクラが信じられなくて悲しかったんだと思います。香燐がゾクゾクと女心を震わせたチャクラじゃない。何か引いちゃう…みたいな。

…で、チャクラに人一倍敏感な香燐がサスケのチャクラを分析したところチャクラは乱れていない。自分のチャクラも大丈夫…だった。つまり、ダンゾウの術は幻術ではないっちゅー事になる。しかし、ダンゾウのチャクラは確かに実体と共に在って、サスケの攻撃をモロに浴びて何度も潰されている。なのに、そのチャクラは突然、場所を変えて出現する。それで悩んでしまってる訳です。トビとダンゾウの違いは術や攻撃を透過するか、まともに喰らうかの違いで、それ以外は似てる…つーか同じだと思います。ナル×ジャン的には「閃遁」(風+雷)じゃーないかな…と思うんですが、はてさてどうでしょうか。


<ザッ><ガコ>(須佐能呼)

<ゴッ><ゴッ>「キャ!!」(香燐)

<ゴゴゴゴゴ>


<ゴッ><ザッ>(ダンゾウ)

「チィ!」<スッ…>(サスケ)

<ズズン>(天照!!!)<ギン>(サスケ)

ダンゾウが段階的に”須佐能呼”を試してるのにサスケは気付いたのか、ちょっと切れてます(笑)。そいで、”須佐能呼”の打撃の後、万華鏡写輪眼瞳術・天照をダンゾウに浴びせます。何気にサスケのレスポンスが向上してるので、トビの狙い通りサスケの瞳術が鍛えられてるんじゃないでしょうか。ところで、サスケの”須佐能呼”ですが、左腕が実体化していません。確か、大きな霊器の剣を装備してる筈なんだけど、それを出さない(実体化しない)のはトビを意識した行動なのかも知れない…と、僕は思います。サスケは器用だから”須佐能呼”でも部分変化みたいな使い方が出来るんだと思います。

ちなみに、サスケの”須佐能呼”が装備する霊器は、サスケの草薙の剣が霊器として働いてると、僕は考えてまして、大蛇丸がそんな霊験あらたかな業物をサスケに与えたところに、サスケに対する思い入れの深さを感じてなりません。ま…「いつかはサスケ」みたいなスケベ根性もあったんでしょうが、それでもやっぱりサスケを好きじゃないとそんな事しないし、香燐がサスケのチャクラに何かを感じているように、大蛇丸もサスケにはいろんな期待とか好意があったと思うんです。それでもサスケはそんな大蛇丸を切り刻んで殺した。なんぼ大蛇丸が嫌いでも少しくらいは感謝して欲しかったと思う人なのよね…僕は。

ダンゾウVSサスケでも、ダンゾウの方が正論というかスジが通ってるように感じるのは、サスケに子供っぽさを感じるからで、それでもイタチの気持ちを推し量るとか、フガクやミコトの無念を持ち出すならまだ救いがあるんですが、常に自分の気持ちしかないじゃない。サスケはサスケ自身が腹立たしかったり、苛立つのを撒き散らしてるだけにしか見えないです。だから、無軌道でしょ。トビが木ノ葉と言えば木ノ葉だし、五影会談と言えばそっちに転んじゃう。”鷹”だって仲間が散り散りのバラバラになっても心配すらしてないし、自分一人で生きてるみたいで、ぶっちゃけ感謝の気持ちが微塵もないのが嫌です。


「!」(ダンゾウ)

「ぐっ!」<ゴウ>(ダンゾウ)

<ゴゴゴゴゴゴゴ><ブワ><ザッ>(サスケ)

<ハァ><ハァ><ハァ>(サスケ)

”須佐能呼””天照”まで…バテるぞ
能力を確かめるにしてはやりすぎだな」(トビ)

サスケはダンゾウに天照を撃ち込んだ後、”須佐能呼”を解きます。天照には自信があったのか、”須佐能呼”の反動が怖かったのか、トビの言う通りチャクラを使い過ぎです(汗)。一応、香燐の回復術で万全の状態に戻ってると思うけど、それにしてもやり過ぎ(汗)。トビが心配しちゃうくらいサスケが突っ走るのはダンゾウが上手く煽ったからですが、サスケがこんなにも暴れるのはダンゾウにスジが在るのがサスケにも判るからじゃないかと、僕は思います。どんな手を使ってもダンゾウを黙らせたい…そのくらいサスケは焦ってるんじゃないでしょうか。だからサスケはクールさを欠いてるんだと、僕は思うのよ。


「!?」(香燐)

<バッ><スゥー>(ダンゾウ)

「後ろだ!!」(香燐)

「!!」<バッ>(サスケ)


<フッー>(風遁・真空玉!!!)<ズバッ>(ダンゾウ)

<クチャ><バッ>(口寄せの術!!)

<ボン><ザッ>(サスケ)

天照で灰燼に帰したかに見えたダンゾウがサスケの背後に出現。香燐がダンゾウのチャクラを感じサスケに伝えます。ダンゾウは風遁使いで、呼気に風遁チャクラを絡めた使い方が好みの様です。「真空玉」は木ノ葉崩しで守鶴が使った「練空弾」のスケールダウンVer.で、弾幕重視の中距離攻撃なんだと思います。サスケはそれに口寄せで対抗します。恐らく、風遁忍術の間合いを考えて、攻撃可能距離から逃れる必要性を感じたんでしょう。しかも、噂通りの猛禽類…(”蛇”から”鷹”に移行しただけはある)。賢そうな大鷲?でしょうか。呪印が無くなって流石にサスケも飛べないから、この機動力は有り難いです。


「ふう…」(香燐)

「ほう…新しい口寄せか
いつの間に…」
(トビ)

<ハァ><ハァ>(サスケ)

「”天照”…久しぶりに見たな
やはりイタチの弟だな」
(ダンゾウ)

<バサ><バサ>(サスケ)

トビがサスケの口寄せに驚いてるんですが、万華鏡の儀式の後、"鷹"は一時休息期間がありました。恐らくその時に口寄せの契約を結んだとは思うんですが、どのような縁で猛禽類…鷹(鷲)?と繋がったのかスピンアウトで読ませて欲しいと思いました。口寄せ動物という事で喋れたりするでしょうし、中にはきっと蛇のマンダみたいな大物も居るんでしょう。それがガマブン太と一騎討ちするのかしらん…と思うと壮観です。きっとクライマックスの終末の谷の決闘はすっごい事になると思います。僕はそれが新たなる「風神雷神絵図」になるんだと期待しています。キッシーの美大生らしい構想だなーと思います。

それとダンゾウの「天照は知ってるよ!!」発言。これは捨て置けません(笑)。サスケ以外の天照使用可能者となればイタチです。イタチは木ノ葉を抜ける時にダンゾウを脅した…とあるんですが、それは非同盟国に木ノ葉の軍事機密を漏らすと脅しただけだと思ったんですが、もっと物理的に脅してたかも知れませんね。ダンゾウは一応、五体満足(ダンゾウの包帯や杖から右半身がないとすら思った時期もあった)なので、傷付ける事はなかったんだろうけど、ダンゾウに黒炎を見せて脅したとか。ダンゾウはサスケの天照でイタチを想い出してますから…でも、ま…それもサスケに対する煽りなんですけどね(笑)。

「……!」(香燐)

<スッ…>(ダンゾウ)

「……!」(香燐)

「……」(香燐)

対峙するサスケとダンゾウを香燐が抜け目無く観察しています。香燐はダンゾウの腕の写輪眼が閉じるのを見逃さなかった。ダンゾウの腕の写輪眼に「瞼」(まぶた)があったなんて!!で驚いてる訳じゃなくて…恐らくダンゾウの攻撃回避忍術と写輪眼の瞼が閉じるのが関係ある…と、香燐は見立てたんだと思います。僕はもっと違う写輪眼の用法を想像してたんだけど、ダンゾウの落ち着きっぷりからすると、写輪眼が一回こっきりの使い捨てではなくて、術の発動に関する制限を帯びているようです。チャクラ量の問題もありますし、写輪眼というカートリッジに時間をかけてチャクラを溜め込む仕組みなのかも知れません。


「お前がイタチを語るなと言ってるんだ」(サスケ)

兄弟…能力は同じとて
眼が悟るものはこうも違うものか…

お前にとって
イタチの真実などさほど重要ではない
お前は憎しみを手あたりしだいに
ぶつけたいだけだ」
(ダンゾウ)

「うちは一族の犠牲を無駄にしている」<スッ>(ダンゾウ)

ダンゾウが右腕を持ち上げてサスケに示すのは煽りの意味合いが強いと思います。しかし、忍が任務の為に命を懸ける事実が在る限り、ダンゾウの物言いには一定の説得力があり、働いてるお父さんやお母さんの気持ちを代弁するかの様なダンゾウの態度には強固な正当性があると、僕は思います。かつてイタチがダンゾウを脅した痕跡は、ダンゾウのイタチに対する理解の証明みたいに感じられ、同時にそれがサスケの子供染みた蛮行を鮮明に浮き上がらせているようです。賢いサスケはその不当性に薄らと気付いてて、攻撃性を高めている…そこをまたダンゾウに突っ込まれてさらに苛つくスパイラル(笑)。

「色々あってな…話すと長い」(ダンゾウ)

しかもダンゾウが堂々としてるもんだから、ダンゾウの言い分を信用してしまいます。ダンゾウが言う「イタチの真実」とは「任務」と同義でしょうが、ダンゾウも「色々あってな…」(ep476)にもダンゾウが言えない事情…守秘義務…それが任務の可能性が高いと思えます。つまり、「うちは一族の犠牲…」にも何らかの意味があり、サスケの行動はそれを無にするベクトルがあると、ダンゾウは責めているかも知れない訳です。これがダンゾウの「もしかしたら良い人説」を力強く後押しし、サスケをナル×ジャン的に追いつめんとしてる訳ですが、その真偽は未だ余談を許さず、ダンゾウだけにその根の深さを物語っています(なんちゃって…)。


<バッ>(サスケ)

<ギュン>(サスケ)

<スウー>(風遁・真空波!!!)<フー>(ダンゾウ)

<ザッ><ブオオ><ガクン>(サスケ)

<ガッ>(ダンゾウ)

<ズッ>(サスケ)

「!」(香燐)

<ズバ>(サスケ)

<ドッ>「!!」(香燐)

ま…サスケにそんな話を聞く耳もなく…(笑)、新しい口寄せの大鷲ちゃんの機動性を活かして、ダンゾウの風遁忍術を掻い潜りダンゾウとの間合いを一気に詰めます。ただ、ダンゾウの真空波を掻い潜った次のコマ。ダンゾウが右手を出し、サスケが草薙を振り回すカット。ここオカシイ。これって無手のダンゾウの間合いです。エモノを持ったサスケの間合いじゃない。つまり、ダンゾウのカウンターを描いてると考えるべきです。サスケが超高速で突入して来たところにダンゾウが踏み込んで間合いをダンゾウのものにした。だからサスケは頸を押さえられ、ヘタしたら折られるところ…ってか折られないのが変なくらい。

普通はここまで近付く前にエモノ(草薙)がダンゾウを貫いてる筈で、それが刀剣を持つ意味とも言えます。ダンゾウはサスケの突っ込みを見切り、それよりも先にサスケに肉迫した…つまり、ダンゾウって結構、スピードあるんです。それにしても、そんだけの能力があるダンゾウがこうも簡単にサスケの攻撃を浴びて倒れるのって何か意味ありそうです。トビも相手の攻撃をワザと受け、その威力を透過する事で相手を焦らせ優位に立つ戦法を取っていますし、ダンゾウも演出が違うだけで、それと似た戦法だとも考えられます。そんな攻防の一部始終を観察する香燐が徐々にダンゾウの謎を解読して行きそうな気配です。


「……!!」(香燐)

<スッ><ピタ…>(ダンゾウ)

「………」(これって…)(香燐)

<スウー>(ダンゾウ)

<ピクン>「!!」(香燐)

サスケの草薙がダンゾウを一刀両断。サスケの喉笛を掴んだ右腕も斬り落とします。斬り落とされたダンゾウの右腕の写輪眼の一つ(さっき閉じた写輪眼の隣)の瞼が静かに閉じます。瞼が閉じたかと思うと、腕が<スウー>っと消えて行く。その直後、ダンゾウのチャクラが別の場所に移動してるのを香燐が感じる。ダンゾウはこの回避忍術を写輪眼一個で一回の条件で発動できて、トビはお面の能力で無制限に発動してるのかなー…と思います。つまり、ダンゾウの能力の謎が解ればトビの能力も解る可能性があるのです。トビはそれも含めて戦局を見張ってるのかも知れません。だとすれば香燐はヤバイです(汗)。


「無駄だ」<スッ>(ダンゾウ)

<ギロ>(サスケ)

「!?」(ダンゾウ)

<バサ><バサ><バサ>(サスケ)

<バサササ>「!」(ダンゾウ)

<スウッ>(イタチ)

「これは…!!」(ダンゾウ)

ダンゾウの攻撃回避能力が右腕の写輪眼の数に依存するならば、戦闘を長引かせるのは得策じゃないでしょう。何度か攻撃を受け、サスケのチャクラが乏しくなったら攻勢に転ずる腹なのか、サスケが強くて攻め切れないのかが微妙ではありますが、サスケの身体から突如として烏ちゃんが飛び出して来たかと思うと、ダンゾウの後ろに怖い顔したイタチが姿を現します。しかも、手裏剣文様の万華鏡写輪眼仕様。サスケはダンゾウにイタチを語って欲しくないと思ってるんだから、イタチを使ってダンゾウにアクセスなんかしない筈。という事は…転写封印!?トビ用が天照で、ダンゾウ用が月読!?…イタチの仕業なのではないかと。

イタチが最後の瞳力を振り絞ってサスケの為に月読を仕込んだ…いつか在るだろうダンゾウとの接触を想定して。それで登場したイタチの顔がかなり怒っています。僕としてはダンゾウは間違った事を言ってるとも思わないし、寧ろイタチの遺志を尊重してるくらいだと思うので、折角、登場したイタチには是非ともサスケを叱り飛ばして欲しいと思います。そうすればトビを転写封印・天照で焼き尽くさなかったのも上手く繋がる…って言うか、イタチが万華鏡の儀式をトビに丸投げして、一旦悪に傾いたサスケを呼び戻す手段を残すまでを想定してたって事になります。そう、その為の転写封印・月読ッス…きっと(トビはこれを何と見ているのか?)。

それだとイタチってすっごい…となって気持ち良いじゃない。それにサスケはやっぱり何か違う。ダンゾウがサスケを扱き下ろす行なんて「ウン!!ウン!!ウン!!」とダンゾウに頷きまくりだし、このまま復讐に取り憑かれたままのサスケなんか見ていたくないし…。僕がイタチならば絶対、サスケを叱りますもの。厄介なのはこの場にトビがいる事なんだけど、そこはもしかしたら良い人?のダンゾウが気を利かせて何とかしてくれたりしそうな期待が、ナル×ジャン的にはある。さてと…キッシーの「三択法」(皆の書/79頁/脚注12)の切れ味を楽しみにしながら、また二週間のないジャン(殺す気かよ!!)をひたすら耐え忍びましょうか…。

 
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あけましておめでとうございます!!(2010)


アケオメ2010(其の壱)

新年あけましておめでとうございます!!
本年も『NARUTO -ナルト-』ストーキング…おっと…
『考察道』邁進して参りたいと考えております。
こんな汚れた大人戯言的記述ではありますが、
お付き合いの程、よろしくお願い申し上げます。

ちなみに相方(白犬)満1歳を迎え(09年の4月は…)
お陰さまで大きな病気もなく元気(ウハウハ!!)過ぎるが為に
女の子なんだけど男の子に間違われるパターンです(笑)。
日々の彼女の散歩が平均2時間程度を占有しておりまして、
僕のメタボ対策睡眠不足に貢献してくれています(笑)。

今年も黒犬&白犬の大冒険にご期待下さい。

アケオメ2010(其の弐)



 
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