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第571話「尾獣モード!!」①

 
<ブフオオオ>(ナルト)

<ズズズ>

<ズズズ>


「……」(キラビ)

(ナルト…お前…まさか)(八尾)

「!!」(キラ尾)

先週、ナルトと九尾・九喇嘛が一線を越え、ナルトが「八卦の封印式」を解錠したところからの続き…。ナルトと九喇嘛が同じ方を向いて動き出します。その只ならぬ雰囲気がキラビと八尾にあらぬ疑いを…(笑)。ところで、「キラビ」と「八尾」と「キラ尾」なんですけど、「キラ尾」は二人のユニゾン(Unison)を、僕はイメージしています。これは人柱変化による尾獣化で二人のアイデンティティがある種…解け合うような領域を指しています。ただ、これが「一体化」に転ぶとアイデンティティ論的には「共依存」っぽくなって宜しくないんですが、「察(さっ)し」とか「阿吽(あうん)」のコンビネーションであるとの認識。尾獣の姿になってもキラビと八尾は独立した存在なんだという見識。それが「終末の谷」への標識(笑)。

いきなり変なラップで始まってしまいましたが、今週も諸事情の関係で分割してダラダラ書くので宜しくお願い致します(笑)。戦争編の佳境。ナルトと九尾・九喇嘛が正真正銘のコンビを結成してテイルズに挑みます。僕は今度こそ格好の悪い「九尾チャクラモード」は封印と思ってたんですが、いきなりナルトがチャクラに包まれて、あの変な柄が身体に浮き上がって…とガッカリしてると、ちょっと様子が違います。何気に文様が変化しています。恐らくこれは「八卦の封印式」の解錠と関係しているのではないかと、僕は考えています。それに加えて「ナルトの鍵」を写し取ったガマ寅がナルトに「蔵入り」して久しいですが、それがナルトの体幹(八卦の封印式)と両手両脚を繋ぐ文様の元になっている筈です。

「八卦の封印式」が僕の想像する通りの仕組みであるならば、基本的に「四象封印」を同心で二重に重ねた強固な封印式であり、それを解除して「四象封印」が最大限に動かされようと、「四象封印」(たが)が外れる事はない訳で、同一の封印が同ピンで二個重なるので封印強度は逆に高まるのかも知れません。しかし、理論的に封印式の隙間は広がるので九尾のチャクラの流量は増える筈です。自来也も一度、「ナルトの鍵」の所有者(蔵入り)だった頃、「八卦の封印式」を開けて痛い目に遭っていますが、その時も「隙間」を広げただけでしたね。封印式自体が解除されない限り絶対に九尾は外に出る事ができない構造で、それを理解した大蛇丸は九尾の放免を諦め、奇数封印を重ねて悪戯するに留まった…。

恐らく九尾を閉じ込める「檻」とは「八卦の封印式」「四象封印」の隙間を象徴していて、今回ナルトが鍵を回して開けたのは「四象封印」の隙間なんだと思います。「八卦の封印式」とは封印した尾獣のチャクラのみを放出させる構造で、それを正と受け容れるなら、封印式の隙間に関与する「鍵」にチャクラ放出後のチャクラの流露や放出方法が仕込まれている必要があり、それを写し取ったであろうガマ寅が封印式の隙間の変化に同調してその形を変えるのは非常にしっくり来ます。自来也がナルトが「九尾のコントロール」を成し遂げると信じたからこそナルトにガマ寅「蔵入り」させたのは、九尾のチャクラの獲得後の放出系がナルト自身に備わっている必要があったからで、ミナトの真意を100%汲んだ結果でもあった。

自来也が「胸騒ぎ」で仄めかしたミナトが完成させようとしていた「あの術」とは螺旋丸の延長線上にある「尾獣玉=尾獣螺旋丸」と考えて良いでしょう。そして、「八卦の封印式」の解錠無しで、奪い取った九尾のチャクラのみで挑戦していたナルトが失敗したのは、「ナルトの鍵」「九尾チャクラモード」の連係が取れていなかったからだと、僕は考えています。今回、ナルトの「九尾チャクラモード」の文様が変化し、「八卦の封印式」を中核にしてナルトの体幹から四肢、そして掌と足の甲にまで文様が追加される描写に封印式と「ナルトの鍵」との関係の整合性を示していると言えるでしょう。この辺は後ほど、当該する描写に添えて検証して行こうと思いますので、忘れないで覚えておいてくださいね。

それと、キラビが八尾を封印してるのが「鉄甲封印」で、恐らく封印座標は右肩の「鉄」のタトゥーの部分ではないかと思います。それと、ナルトの「八卦の封印式」とは全く形式が違う(…とキラビが言ってた様な)と思われ、それが人柱変化(=尾獣化)の違いにも反映されてるのが、非常に興味深く、それも実際の描写と共に考えて行こうと思います。キラビの場合、尾獣化とは自身の肉体を八尾のチャクラを用い、陽遁による巨大化と形状の変化によって八尾の肉体を再現する形式で、チャクラだけでなく肉体的に人柱力と尾獣がリンクするところに特徴があるように思われます。ま…それが「キラ尾」の部分なんだと思いますが、「終末の谷の決闘」の落とし所とはまた違うのであしからずご了承下さい(笑)。


<ズオオオオオ>(テイルズ)

「!!」(ガイ)

「!」(カカシ)


<ゴゴゴゴゴゴゴゴ>

「こ…これはマズすぎるぞ!!」(ガイ)

<サッ>「ガイ ヘタに動くな!!

左目の神威でとばす!!!」<スウッ…>(カカシ)

カカシがこんな風に頑張っちゃうのは理由があるんです。ま…それはこの後直ぐに分かるので横っちょに置いときまして、テイルズが一斉に尾獣玉を拵えてカカシとガイに向けてますよね。ここまでする必要があるんでしょうか?と、普通に疑問に思えました。しかも、こんな至近距離で尾獣玉をぶっ放して、テイルズ達だって如何に尾獣化してるとは言え被害が及ぶんじゃないでしょうか。しかし、そこでふとテイルズの組成を考え直してみると、この子達って穢土転生お人形さんなんですよね。つまり、相討ちでも勝ちのパターンなんですね。だから、開門に拠る広範囲に及ぶ強力な攻撃ができるガイや、防御不可の神威を有するカカシを手っ取り早く始末する方が得策とトビは考えてると見ました。

テイルズは穢土転生で呼んでますから、尾獣玉の爆発で一度滅しても多少時間は掛かりますが復活できます。これまでの提示でもチャクラ消費も復活と共にリセットされる非常にチートな忍術なもんで、自爆したもん勝ちのやられ損なのです。尾獣のチャクラだって外道魔像の管理下に置かれたままなんで、爆発で「魔像の杭」が吹き飛んでも復活したテイルズにトビがお得意の時空間移動でチョチョイノチョイとスペアの「杭」をブッ刺して人柱力化しちゃうんじゃないかと思います。って言うか、穢土転生のうちはマダラに不可されたであろう「柱間の細胞」は件の隕石落としの後、一緒に居た無(ムウ)様が特に細工した風ではなかったので、穢土転生の修復で不可物も修復されるオプションがあるかも知れないので狡いです(笑)。

非常に余談ですが、火事場の馬鹿力でカカシの神威が五発の尾獣玉を喰い千切ったとしてですね。きっとカカシはチャクラを使い果たして、また「オビト…」とか「リン…」なんて言いながら三途の川に一直線だと思いますが、カカシの弱点ってマスクを外せないとことチャクラ量だと思うんです。カカシって弟系の系譜にある筈で十二分に優秀ですよね。それが写輪眼なんて積んでるからおかしくなる訳で、写輪眼なんて早く無くなれば良いと思ってるんだけど、それでも写輪眼と共に在り続けたいのなら、一刻も早く「柱間の細胞」を移植するべきだと思います。恐らく綱手にはそのノウハウがある筈なんだけど、それを善しとしないのはカカシの意地みたいなものがあるんかしらと、余計な事を考えたりしています(笑)。


「これだけの数!!
瞳力だけじゃ無理だ!!

こうなったら…
オレが八門を……」
(ガイ)

「バカ!
それじゃ後でお前が死ぬでしょ!!」
(カカシ)

「しかし…!!」(ガイ)

エーッと、ココなんです。カカシが神威のチャクラを練るのはガイに開門させたくなかったからだと思うんです。これまでガイが放った最強の術が八門遁甲・第七門の驚門を抉じ開けて放つ「昼虎」(ひるどら)で、それ以上となると第八門・死門を開かねばなりません。そんな事になればガイは確実に死にます。カカシは賢い人なので、こんな大ピンチの時にもそこまで考えられるんですね…つーか、カカっさん、優しいのよ!!優しさって知性を根っこにしてるんだけど、やっぱ人の考える力って大事ですね。想像力って大切です。それがガイにはやや欠けてまして、今回もカカシが止めなきゃ、死ぬ事も忘れて死門開いて最終奥義を披露して<キラッ>なんて歯を輝かせるかも知んないから、カカシが居て良かった(笑)。

でも、ここでガイが「八門を……」と言うのは、やはり神威の連射でカカシがチャクラ切れに陥って、暗闇をトボトボと歩いて読者を悲しませるといけないと思ったからで、満更のバカでもないですよね。ま…似た者同士という事だ(笑)。しかし、もし僕がこんな場面に直面したらどうするかと考えてみたんだけど、やっぱサスケみたいに大型の口寄せ動物を呼んで、その腹の中に隠れて口寄せを解除して取り敢えず逃げますかね。しかし、カカシもガイもマンダみたいな大物と契約してないみたいだし、実現可能な忍術で考えればガイに昼虎を出してもらってそのスキにカカシの土遁忍術で防護壁と可能な限りの深い穴を掘って二人で逃げ込むかな…。何か夢に出そうで恐い(汗)。今夜魘されたらダンゾウの貘でも呼ぶか(笑)。


「ナルト!!向こうがヤバイぞ!!
尾獣玉を五つも至近距離で!!」(キラビ)

<ドドド>

「分かってる―」(ナルト)

<ヒュ><ガギギギン>(ナルト)

「―ってばよォ!!!!」(ナルト)

ナルトの頬の髭痣が太くなってますね。後述がありますが、「九尾チャクラモード」の文様が大幅に変化しています。理屈は先に長々と説明した通りですが、「九尾チャクラモード」でまず一等最初に皆が驚いたのが「閃光」を彷彿させるそのスピードでした。今回も尾獣玉を五発同時に弾き飛ばしてるんです。どういう風に尾獣玉を弾き飛ばしたのは解りません(汗)。ただ鋭角に弾くのではなく鈍角で、方向を変えて受け流したように弾いたと思います。ナルトが「九尾チャクラモード」に目覚めた直後、鬼鮫の悪意を感知して、一瞬早く逃げ出した鬼鮫を目にも止まらぬスピードでぶちかました行で、ナルトは自分のスピードに対応できず足を痛めてしまいましたが、今回はその心配はなさそうです。

それは「八卦の封印式」の解錠に伴い「ナルトの鍵」の関与が期待されるとナル×ジャンでは考察してるんですが、恐らくチャクラの放出系が強化されているものと思います。それは後ほど提示されるナルトの「九尾チャクラモード」の文様の変化にも顕著に現れています。なので、スピードがアップする分、身体の強度がアップするとか、放出系の強化に伴い、加速力だけでなく制動力がアップしている事が期待できます。しかもスピードが増せば、速度の二乗倍で運動エネルギーが増すので、重い尾獣玉の進行方向に干渉するエネルギーも得易いので、「九尾チャクラモード」でナルトが周囲の忍に「閃光」をイメージさせる神速を獲得するのは物凄く都合が良いんですけど、ただ一つ困る事があります。

それはナルトが弟系の忍であるが故に、スピードに対応できる「眼」を持っていないところです。そのテストパターンとして、カカシが存在してまして、一点集中の千鳥=雷切がオビトの写輪眼の譲渡で完成したエピソードがそれです。また、カカシの千鳥の欠点を事前に指摘したミナトは「飛雷神の術」を使う「閃光」でしたが、それは口寄せの術を応用した時空間移動系の忍術なので、物理的なスピードとは関係しないと飲み込んでました。しかもそれなりにミナトは卓越した動態視力を持ってたとしても、やはり写輪眼の見切りを上回るスピードに対応できる理屈が必要です。きっとそれが雷影が示した「雷遁の鎧」(=雷遁チャクラ)に拠る肉体活性であり、反応速度の向上ではなかろうかと思うんですが…。


(何だ!?…速いっ…!!)(ガイ)

「!!…せ…

先生…!?」
(カカシ)

<ゴゴゴゴ>(ナルト)

雷影(エー)の分析はシーがやってまして、その折にも「黄色い閃光」を引き合いに出してましたね。そして、五発の尾獣玉を一瞬で弾き飛ばして難を逃れたナルトの後ろ姿に「先生」と漏らしたカカシの言葉と瞳力の存在を合わせ考えれば、やはり九尾のチャクラには「雷遁」が含まれており、在りし日の「黄色い閃光」「九尾チャクラモード」のナルトは写輪眼の洞察力のレベルで近似すると考えて良いでしょう。つまり、「黄色い閃光」とは九尾の人柱力であるうずまきクシナと交わった波風ミナトが九尾のチャクラの恩恵を受けた結果であった可能性が極めて高いという事です。ミナトがクシナのお陰で火影になれた…みたいな事言ってたよな…と、そう言えば(「男か女か…それが問題だ」参照)。

写輪眼のカカシが、「九尾チャクラモード」のナルトのスピードと後ろ姿に「先生」…つまり、在りし日の波風ミナトを思い起したのは、写輪眼のチャクラに対する感受性を考えれば、それ程チャクラ性質が似ていたと考えるべきです。しかも、九尾の人柱力であるクシナとエッ◯したからこそ、髭痣のある赤ん坊=ナルトが生まれたんだし、ミナトはクシナを愛してたし、相思相愛で、雲隠れに拉致られそうになったクシナを救出した時のドキドキが「吊り橋効果」になって二人は恋仲になって、そしたらアカデミー時代からそれこそ猿の様にエッ◯をしてたんじゃないかと思うし、九尾を入れる前に愛を入れなさいとミト様に言われてホントにそうしちゃったのかも知れないし…(妄想が大暴走している故割愛)。

ちなみに、雷影が雷遁チャクラで肉体活性し、反応速度を極限まで高める事で弟系にありながら写輪眼の見切りを上回るスピードを使用可能したものの、サスケが雷影の拳を掻い潜り繰り出す千鳥を躱せなかった描写を重く見れば、100%速度に対応している訳でもないでしょう。やはり動態予測に関しては写輪眼にアドバンテージがあるでしょう。その差がナルトの「九尾チャクラモード」でどこまで埋まっているかが問題です。何にしても雷影(エー)がそうしたように雷遁チャクラはスピード系の強化には持って来いの性質で、カカシに「先生」を思い出させたナルトが垂れ流す九尾のチャクラに雷遁チャクラが含まれる可能性は極めて高く、いよいよ「九尾=閃遁チャクラ」の提示があるかも!?とwktkでありんす(笑)。


「ナ…ナルトなのか!?」(ガイ)

<ゴゴ>

「!!」(カカシ)


<ヒュ><ヒュ>

<ドッ><ドッ><ドッ><ドッ><ドッ>

「これが尾獣の力か!?」(ガイ)

<ゴゴゴゴ>

「山が…」(カカシ)

ま…しかし、どうやらテイルズというか人柱力のマックスが人柱変化…つまり、尾獣化がマックスであるようで、その尾獣が別段、血継限界チャクラを使わず、ここ一発で尾獣玉を多用する戦いに終止されちゃうと「十尾分割=血継限界チャクラの創製」を目論むナル×ジャンの理論が破綻しちゃうんでアレなんですが…。それに何でもかんでも尾獣玉で吹き飛ばすののって単調で、はい、はい…強い!!強い!!となっちゃいます(笑)。でも、こんなに強い尾獣が忍にトッ捕まって封印されちゃうんだから、チャクラの扱い方次第で突破口もあるって事だ。カカシとガイだって、ナルトが割って入らなかったら、それはそれで何とかしちゃったかも知れないし、尾獣が一方的に強いとは限らないという事なんでしょうね。

しかし、カカシとガイが人ごとの様に尾獣の「力」に驚いてますが…だって、ナルトが弾かなければ自分達に降ってきた攻撃なんですよね…尾獣とはリアルでは「核兵器」みたいなものなんでしょう。確か初代畜生道ペインが説明した「禁術兵器」もこんな感じの爆弾っぽかったので、長門は「禁術兵器」としては尾獣玉をパッケージングした「核爆弾」みたいなものをイメージしてたんじゃないかと思います。もしかしたら、外道魔像で尾獣をコンプしたら、外道魔像の口からゲロゲロと爆弾が出てきたりしたのかも知れません…と、トビに吹き込まれてたとか(笑)。ちなみにミナトは飛雷神のクナイを人気のないところに予め突き立てて準備してて、飛雷神の術を応用した特殊な術式を展開して尾獣玉を飛ばしたんだよね。

でも、ナルトはそうじゃなくて適当に弾いて尾獣玉の方向を変えて取り敢えず余所に落としたんですよね。もしそこに人が居たらどうするんでしょう。ま…ここが僻地で人っ子一人居ない場所だとは思うけど、カカシとガイを助ける為に全く関係ない人が何も知らずに蒸発しちゃうのも可哀想なお話ではあります(汗)。尾獣玉が爆発するカットの中央のすり鉢状の地形が八尾の「尾獣八巻き」の痕だと思うんだけど、ま…誰も居ない事を祈りましょう(笑)。こういう危険な「力」が尾獣で、それを残したのは六道仙人で、兄系と弟系の両方にそのコントロール法を遺したんですね。兄系が瞳力であり、弟系が品中力のシステム。そして、それが尾獣…つまり「力」に対するそれぞれの感じ方に影響しているんですね。

かくも罪作りな遺産を六道仙人は遺したって事だ…続く。

アップの日付を間違えた…ゴメン!!



 
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第570話「九喇嘛!!」④

 
<スッ…>(ナルト)

「行くぜ…ビーのオッチャン!」(ナルト)

「ツーマンセルでオレがメイン♪
ナルトお前はサポートに回るのが賢明♪」(キラビ)

(言っても相手は尾獣五体だ
尾獣化できねェお前が前に立つな!」(八尾)

「ビーのおっちゃんも八っつぁんも
ケガしてっから…メインもサポートもねーよ!
一緒に行くぜ!」(ナルト)

「おい…ナルト!」(キラ尾)

「お互いすでにツーマンセル同士だろ」(ナルト)

「ナルト…お前…まさか
九尾と…」
(キラ尾)

「九尾チャクラモード」なナルトは尾獣化(人柱変化)できない…それを八尾(八っつぁん=たぶん、八◯◯みたいな本名が在る筈です)が口にするという事は、やはり人柱力の最終形態は人柱変化による尾獣化であり、「九尾チャクラモード」とはそれに至る過程なのだと解ります。それなのにキラビと八尾がグルになって「九尾のコントロール」で九尾からチャクラのみをぶん盗らせたのは、やはり九尾とナルトのチャクラを均(なら)す意図があったものと思います。恐らくそれはキラビと八尾が通った道であり、その過程で二人の間に何らかの変節があり、互いを認め合い、助け合う関係性が構築されたのではないでしょうか。しかし、それは教えてなるものではない事をキラビと八尾には認識していたのでしょう。

だからこそナルトに敢えて九尾と対決し力尽くで九尾のチャクラのみを奪い、ナルトが九尾のチャクラの恩恵を受ける見返りとしてナルトのチャクラを九尾が喰らう「九尾チャクラモード」を会得させたのです。そしてナルトと九尾が互いにチャクラを奪い合う図式は結果的に二人のチャクラを混ぜ合わせ平均化させ、ナルトと九尾の距離を急速に近付けて行った訳です。ここで注目したいのは、チャクラの奪い合いの過程で、九尾が一方的にナルトのチャクラの取得をストップしていた点です。折しも白ゼツのチャクラ感知不可の絶妙変化で戦場が混乱していて、九尾チャクラモードの「悪意の関知」で白ゼツ変化根絶に乗り出しており、九尾チャクラモードの禁忌ともいえる多重影分身で自殺行為ともいえる状況でした。

もし九尾に悪意があればそのままナルトを喰い殺しナルトの身体を乗っ取り野に放たれた筈なのに、何故だか九尾はそれを善しとはしなかった。それは端っからナルトに対する好意があったからだと、僕は考えています。これまで僕は九尾が「恋する乙女」だとか「濡れ場」なんて騒いでましたが、それは九尾のツンデレが友情というよりは恋愛感情に近いと感じてたからで、九尾が自らナルトのチャクラを奪うのを止めたのは、ナルトを失いたくなかったからだと思うんです。九尾がナルトのチャクラを奪い続けなかったのは九喇嘛がナルトを好きになっていたからだと、僕は考えています。正確には、九喇嘛がナルトの事を好きだという気持ちに九喇嘛自身が気付いたのだと…。これって「恋」ですよねーッ!!

僕にも多少の可愛い悪魔遍歴がありまして、恋愛に関しては一家言(いっかごん=その人独特の見識を窺わせる意見や主張)があります。四の五の言ってても始まらないので、是非とも「オビトは何故、”目薬”をさしていたのか?」(恋愛論)をご一読ください。「独特の見識」というには余りに偏っておりますが、この一本に僕の恋愛論が凝縮されていると申しましても過言ではございません。「恋」とは努力とかド根性が遠く及ばない世界のお話でありまして、最初から答えが決まっているメチャクチャ不条理の中にあります。問答無用。努力というよりは才能(天賦)に近いです。九尾には最初から「答え」が在りました。だからナルトが四尾を止めた時、(そう…それがお前だ!!)と思ってしまったのです。

九喇嘛はナルトをしっかりと感じていました。しかし、何もなくナルトに靡く自分を善しとはできない。それは尾獣の王たる九尾の意地でありましょう。それ故、その言葉の通り四尾を止めてみせよ。その期待に応えたアカツキにはお前を認めよう!!と九喇嘛は勝手に自分自身にそう言い聞かせていただけなのです。誰かが九尾に歩み寄り交渉した訳でもなく、ましてやナルトがお願いしてもいないのに、九尾が勝手に自分で一線を引き、それをクリアしたナルトに一方的にデレデレになったのです。これに「恋」を適用せずして何としましょうか!!僕はそれをして九喇嘛を「恋する乙女」と揶揄し、二人の交わりを「濡れ場」と表現したのです。もっと言うと、九喇嘛の「受け専」確定です(←言い杉…笑)。

どっかの板だと、パンツが蒸発したり、吹っ飛ぶ勢いですが、そのくらい九喇嘛はナルトに首っ丈であり、それがナルトと九喇嘛の蜜月の始まりなんだと思います。それで、再びキラ尾の前に登場したナルトの得体の知れない自信と存在感に何をか感じる八尾でありまして、「まさか…」って、ナルトと九喇嘛がホントにエッ◯しちゃった!?と思ったのかは不明ですが、もしかしたら「一線」を超えたのかとの予感が脳裏を過(よぎ)る訳です。裏を返せば、そのくらいの関係性を人柱力の完成形には望んでるという雰囲気でもあるのです。八尾のキョドリ方から邪推するならば、八尾もキラビが好きなんじゃないでしょうか。そのくらいでなきゃ尾獣が人間のちょっとムッさいキラビなんてオヤジと一緒に居ますかいな(笑)。

「こっちは
全然余力残してやがっから!」<スッ>(ナルト)

<ガッチャン>(八卦の封印式)

ナルトの言う「こっち」って九喇嘛の事ね。確かに九喇嘛はこれまで生還してましたし、ナルトにチャクラをあげたくて仕方ない(笑)。そしてナルトは右手にある「ナルトの鍵」「八卦の封印式」を解錠します。その必要性に関して九喇嘛は「あっちのマダラ」で檻の所為でナルトに雀の涙ほどしかチャクラを与えられなかったと言及してるところにありまして、その状態は封印式から漏れ出す状態を指していて、これまでナルトが九尾のチャクラの恩恵を受けてきた同一線上にあると思われます。同時に雀の涙程度でうちはマダラの樹界降誕と止める力量を示す描写でもあり、ナルトと九喇嘛が本気で共闘したらとんでもない事になるぞフラグであります。ま…それがこれから実証されようとしてる訳です。

ナルトと九喇嘛…二人のチャクラは既に引っ付いていまして、例えば九喇嘛が悪心を抱いていたりなんかしたら即座に解る状況でありまして、それ以前にナルトと九喇嘛は「拳」を重ねてお互いを確かめ合い認め合っています。ナルトが何の躊躇(ためら)いもなく「八卦の封印式」の解錠するのはその所為であります。この分だと、ナルトの尾獣化の目が必ずあるでしょう。描写を観察すると、尾獣化が人柱力のマックスらしいですし。取り敢えず未だ登場していない一尾・守鶴との対戦でナルトの九尾化が実現するんではないかと、僕は考えています。そして「九喇嘛VS守鶴」が実現するなら、守鶴が根に持つ「両者の確執」を起点に「十尾の割り方」が明かされるんではないかと期待しています。

「認めてねェーんだ」(イルカ)

「バケ狐ならな

けどナルトは違う
あいつは…あいつは
このオレが認めた優秀な生徒だ

努力家で一途で…
そのくせ不器用で誰からも認めてもらえなくて…

あいつはもう人の心の苦しみを知っている」(イルカ)

<カチャ><ガチカチャ>(八卦の封印式)

「今はもうバケ狐じゃない
あいつは木ノ葉隠れの里の」(イルカ)

<カチャ><カチャ><カチャ><カチャ…>(八卦の封印式)

「うずまきナルトだ」(イルカ)

僕はイルカはナルトを認めたんではなく、許した人なんだと思っています。イルカさんが「認めた」と言うなら「認めた」で良いじゃないかと言われると困りますが、イルカの内面は非常に複雑で、件の「ミズキ事件」において、イルカがミズキを1ミリも否定できなかった部分に僕は注目していまして、それを認(したた)めた考察が「イルカの『涙』の成分」(アイデンティティ)であります。その見識は今も変わっていませんが、化け狐(=九尾)ではなく、「うずまきナルト」という個人を最初に認め安心させたのもイルカであります。ちょっとややこしですが、イルカはナルトを認める為に、先ず許す必要があったのです。ミズキはそれができなて黒くなっただけで、ミズキとイルカの差異は非常に微細です。

詳しくは「イルカの『涙』の成分」を読んで頂ければ解ると思いますが、要は大切な事に気付けるか否かの違い…だと思います。人とは愚かしい生き物であります。自分だけが不幸だと思ってしまう不幸な生き物であります。その愚かしさが無垢に発揮される時、自分が受けた痛みや苦しみを他者に与えてしまいます。ミズキがそうだった様にイルカだってホントは怪しかった。でも、そうならなかったのは、イルカの想像力がミズキよりは豊かだったからです。一歩間違ったらイルカはミズキになって居た筈です。ミズキの言葉を「やめろ!!」と制するものの「違う!!」とは言えないイルカ。その機微にミズキに対する共感があったと思います。ホントはイルカだってナルトが憎かったのです。

詳しく説明してると今日中に眠れそうな気がしないので割愛しますが、イルカがナルトを許し、カカシが抱き締め、自来也が立たせ、ヤマトが叱ったお陰でナルトはスクスクと成長できました。その中で同じ様にナルトは九尾の成長を促したのです。ナルトに対する教化・教育といったのもが、そのまま九尾の感化に直結して行った訳です。それは偏(ひとえ)にナルトの人間力に頼った大博打にも思えますが、よく考えたら四代目火影・波風ミナトとうずまき一族の希少なチャクラを有するうずまきクシナの子…うずまきナルトだからこその「天和(テンホー)」であったと思います。が、その根底には「人が人を理解する事の尊さ」というものがある。ナルトは異常なまでの理解力をもって九尾・九喇嘛を抱擁したのです。

「今はもう…バケ狐じゃねェ…
おめーは木ノ葉隠れのオレとコンビの…」
(ナルト)

「……!」(九喇嘛)

「九喇嘛だ」(ナルト)

<ガチャン><ガシャン>(八卦の封印式)

「さぁ行こうぜ!!!」<バッ>(ナルト)

「ケッ…!!」(九喇嘛)

さてさて、毎回wktkの展開ですが、とうとう九喇嘛が本気出しそうです(守鶴がアップを始めたとの情報が…笑)。次週以降、ナルトと九喇嘛の大暴れが見れると思うと楽しみでなりません。なんて行ってると、あっちのマダラに行くのがキッ神の意地悪いところではありますが、あっちはあっちで大事ですよね。それに未だKFB(カブトフルボッコ)のイタチの魅せ場も残しておりまして、どこから手を付けてもバッチ来いです(笑)。僕は何気に守鶴と九喇嘛の対決が(あるならば)楽しみですかね。はてさて次回はどうなりますやら!!ダラダラと書いてしまったけど、ホントにホントの戦争編の修羅場がやって参りました。「ケッ…!!」っと毒づきながらもナルトと同じ方向を見つめる九喇嘛に激しく期待するケルベロスなのです。

何とか間に合った?!お休みなさいzzzzzz(次は月曜日定刻)

第570話「九喇嘛!!」
ナル×ジャン ケルベロス


 
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第570話「九喇嘛!!」③

 
<ゼェ><ハァ>「………!」(ナルト)

「…ヤバいぞどう見ても
そのくせヘロヘロじゃねーか」(九喇嘛)

四尾をその言葉の通り止めたものの、疲労困憊の態のナルトが、何だかキッ神みたいだと、僕は感じています。週刊ベースでここまでの作品を生み出すプレッシャーとは如何なるものなのか?それを想像すると雑巾を絞る様に胃が捩れそうです(笑)。僕なんかがこんな場末で細々と書くのとはそれこそ次元が違う。書けない時はごめんなさいとか、風邪引きましたなんて言えない…それがプロフェッショナルなんですが、それにしてもキッ神の責任感とは想像を絶するばかりで、そんなキッ神が弱音を吐かず、ヘロヘロのヨレヨレになりながらも前を向くナルトと重なります。こういう素晴らしい作品に、こうして皆さんと同じ時期に出会えた幸運に僕は心から感謝したいです。その想いがナル×ジャンのベースにあります。

最初は何気なくパラパラと頁を捲る単なる通りすがりだった僕ですが、次第に物語の中に引き込まれて行く…やだッ面白い☆!!写輪眼って何?九尾のチャクラか…。自来也死ぬなーッ!!ペインの糞ヤローッ!!サスケどうなっちまうんだよ!?イタチ死ぬなーッ!!死ぬもんか!!死んでなんかいないいないッ!!トビ、お前消えろッ(ホントに消えちゃう)…ミナトキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!クシナキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!……僕は皆さんと変わらない一読者です。普通のオッチャンです。ちょっと口うるさい所は在りますが(汗)。そして、皆さんと同じ様に『NARUTO -ナルト-』という作品に誑(たら)された一人であります。今もナルトのヘロヘロヨレヨレの<ゼェ><ハァ>キュン♡となってる(笑)。

きっとそれは九喇嘛も同じ気持ちだったのだと、誑された僕(ら…でヨカですか?)だから解る。解るのよ。ここら辺から九喇嘛がツンデレを爆発させてデレデレに移行していくんです。そこはかとなくむず痒い。まさか九尾が!!と思うなかれ。九喇嘛こそ最前列で(”デベソ”に…文字通り”デベソ”に)かぶりついて「うずまきナルト物語」を見てたんです。僕らが誑(たら)されたように九喇嘛も誑された。それは突飛な事ではない。九喇嘛が「八卦の封印式」越しにナルトににじり寄る。その気持ち…僕には痛い程解る。九喇嘛はナルトが好きなんだ…と。時に九喇嘛が「恋する乙女」に見えますし、もしかして九喇嘛…受け!?とすら疑いが持ち上がるケルベロスって壊れてますかね(笑)。

<ハァ>「まぁ…みてろよ……」<ゼェ>(ナルト)

「力を貸してほしけりゃ
そうしてやらんでもないぞ…ナルト」
(九喇嘛)

<ハァ>「………」<ハァ>(ナルト)

<ハァ>「最近はよく話しかけてくる
ようになったじゃねーの」
<ハァ>(ナルト)

僕は「人柱力のシステム」を考案した六道仙人の事をここ暫く考えていて、それは書く書く(詐欺?)の「うちはの石碑」(結)と重なるんだけど…彼は「忍の親」だと思うんです。どこでどう間違ったのか、それとも狙ったのか、彼は自分が持ってるものをバラバラにして世界に鏤めるんです。その中に尾獣と、それとセットで「人柱力のシステム」が、ま…あります。ミナトは「九尾事件」において生まれたばかりの我が子に九尾を「八卦封印」したんです。それが『NARUTO -ナルト-』の全ての始まりでもあります。自来也がナルトと出会った温泉場でしたのは「八卦の封印式」の解読であり、その中にナルトを守る「愛」を見出し震えた。自来也の心の細動が伝わり、僕の中で増幅した…胸熱の想い出です。

当初、「八卦の封印式」は九尾のチャクラを完璧に綴じ込め、安全弁的に漏れ出す許容の幅を持たせた構造で、防壁から漏れ出すチャクラはナルトのチャクラと還元される仕組みでした。それは危険な九尾のチャクラとナルトを馴染ませる為の配慮と言えるでしょう。そして、ナルトはヤマトという擬似的な親に出会う。それは六道仙人の血がある程度希釈された、悩みや戸惑いといった揺らぎを合わせ持つ人造の親でした。四本目。ヤマトはナルトの九尾のチャクラに耐える「強いチャクラ」を見出し震えるのです。そして、それを溢れんばかりの親心を持ってナルトに伝えるのです。ミナト→自来也→ヤマト…と、ナルトの親…父親はリニアに繋がって行く。実に美しい繋がりが在りますね。

そして、「九尾のコントロール」の正念場で、ナルトはキラビに出会います。そして、その導きによりナルトは九尾からチャクラを引き剥がし我がものとする訳です。それが「九尾チャクラモード」であります。僕はこれをしてナルトの完成と思いました…が、それが未だ過渡である事を直ぐに思い知らされる。それが「今」であります。ナルトは生まれてこの方、16~7年の歳月をかけて九尾のチャクラに慣らされ、「九尾チャクラモード」に辿り着き、そこで均(なら)されたのです。ナルトが九尾のチャクラを使う間、九尾はナルトのチャクラを喰らう。その関係性がナルトと九喇嘛の距離を縮めたのです。恐らく、この一連の過程こそ「人柱力のシステム」を残した六道仙人の親心なんだと思います。

「人生」って、「誰か」じゃなくて「自分」なんだと、僕は思ってるんです。結局、生きるのって孤独です。でも人は決して「一人」じゃない。それは「心」という目に見えない「力」で繋がれるからであります。それが「人」であり、「人生」でありましょう。ナルトを導いたもの…それは「親の愛」つまり「親心」以外の何ものでもない。それが生む細動が今こうして九尾・九喇嘛の「心」すら大きく揺さぶる。その途方もないエネルギーに僕らは守られ生かされている。それに気付けなきゃ「不孝」だよ。僕らは「愛」の中に居る生き物なんだよ。「今」こうなれたのは確かにナルトが頑張ったからなんだけど、それだけじゃない。沢山の「愛」がナルトを生かした。この事実がこれから結実して行く。それをしっかりと感じて欲しいです。

「力を貸してくれんのはうれしいけどよ…
その前にお前にキチンと言っとかなくあなんねェ」(ナルト)

「?」(九喇嘛)

「向こうのマダラん時はサンキューな…力をくれて
アレ…助かった!」<ペコリ>(ナルト)

「!!」(九喇嘛)

「礼なんかするな気持ち悪りィ!!
ありゃマダラよりお前の方がマシだと思って
そうしただけだ!

そもそもこの檻のせいで
チャクラをやれたのは雀の涙ほどだろ!
今回はお前の戦いをもう少し
見ていたくなっただけだ!

そう……ヒマつぶしだ!」(九喇嘛)

<カッ>「お礼したのに何で怒ってんだってばよ!!
その目つきは直らなくてもまずそゆーとこ
直していかねーからいつまでたっても」
(ナルト)

SNLSore・Nannte・Lovecome…それなんてラブコメ…と、僕はむず痒いです。九喇嘛の乙女チックなツンデレは九喇嘛が10年後くらいに『NARUTO -ナルト-』の単行本を読んだら手首にカミソリ(それヤンデレ)…おっと…赤面して「ヤメテーッ!!」って叫ぶと思います(笑)。そのくらい九喇嘛はナルトに首っ丈で、やだ可愛い☆!!ですね。九尾が瓦解し、ナルトに擦り寄る。そのタイミングを九喇嘛が欲し引き寄せていた。コイ来いと待ち望んでいた。九喇嘛がナルトにのめり込んでいる時に、ナルトが頭下げたり、礼を言ったりするもんだから、九喇嘛の気持ちが脱線してしまう。それが九喇嘛の多弁だったり言い訳がましいシャベリなのです。これは「告白」に近い。やだッ!!九喇嘛☆!!

ま…ナルトも<ペコリ>はな…と、チクリと思ってるんです。だから、その反動が<カッ>と九喇嘛に向く。辛うじて残った薄皮一枚。それが二人が同期して出す棘によって破れ、迸(ほとばし)る気持ちがある。情がある。それは「心」が繋がる瞬間でもある。ナルトの気持ちを、ナルトという人間性を九喇嘛が受け容れたんですね。素直になれないけどなってやる…それこそ”SNL”(それなんてラブコメ)であります(笑)。二人は完全に繋がりました。だから、ここからは交渉ではなく相談になるのです。これまで九尾がナルトを唆し「力」を与えたのと違う。これからはナルトと九喇嘛が相談して、ナルトと九喇嘛が「力」を練ることになる。これこそ「水魚の交わり」であろうかと思います。

キラビの人柱変化が”鷹”を振るわせた行で、水月(水月は大蛇丸のスパイじゃないかと、僕は考えてるんだけど、それが”鷹”の中で感化されたフシが窺える興味深いお話でした)が身を挺(てい)して”鷹”を庇(かば)いました。それをして文人・重吾が漏らした故事成語こそ「水魚の交わり」でありまして、「水魚の如し」とも言いますが、水がないと魚が生きてゆけない…そのくらい大切な「仲」を指します。ナル×ジャンは捻くれものなので「水だって魚が恋しいんだよ!!」と反論しますが(笑)、兎に角、人は独りだけど一人じゃない。僕らが「暖かい孤独」の中に居るんだよ…という意味なんだと、僕は思ってる訳だ。そして、その言葉の通り、ナルトと九喇嘛は交わる…もうこれは「濡れ場」だと思って差し支えなし(汗)。


「!?」(ナルト)

<スッ>「お前とワシのチャクラをくっつけろ…」(九喇嘛)

「…………
………
まさかまた…
チャクラの綱引きかよ…!?」(ナルト)

「バカ
今回はやらなくてもいいんだよ!
まぁ…こっちはヒマだからな…
また綱引きやってもいいんだぞ!!」(九喇嘛)

「………」(ナルト)

<トン>(ナルト)

「!!」(ナルト)

「へへへ…」(ナルト)

「フン」(九喇嘛)

つまるところ、「チャクラ」とは「心」なんだと、僕は思います。いやいや、「チャクラ」とは「力」だよ…そう思ってしまうのが兄系なんだけど、そうしちゃったのは六道仙人なんだよね。サスケが今はまってる「闇」はまさにそれですね。しかし、ここで六道仙人が遺した「親心」の数々を思い起すと、そこに「恣意」を感じます。解りますか?!それが六道仙人が兄系に…ザザザザ…ザザッ…おっといけねー…「うちはの石碑」(結)で書く事がなくなってしまう(汗)。ここは九喇嘛の可愛らしい横顔に免じて沈黙をお許しください。九喇嘛は笑いましたね。こんな風に笑える子になったんですね。それはやはりナルトの「チャクラ」のお陰…つまり「心」の成した偉業なのです。特に少年少女は、ここ忘れないで!!

ナルトは九喇嘛と「拳」を合わせて九喇嘛の「心」が解ったんですね。だから「へへへ…」となる。九喇嘛が「フン」となるのはナルトに自分の「心」が伝わってしまったのが解ったからなんです。そして、偽りのないナルトの「心」も九喇嘛にも伝わった。二人は繋がったんです。そういえば「終止符」という素晴らしい楽曲がありました。「心も体も開きあいそこからはじまるものもある♪それを愛とは言わないけれど♪それを愛とは言えないけれど♪」という一節を思い出しました。僕はアルファベッドにあるようにABCDEFG・H・I…「H」の次に「I」があると言って叱られた人なんでアレですが、それを「愛」と言っても良いかな…と、これには賛否ありましょうが…正直そういう風に思っています(汗)。

お話が外宇宙の方に行って申し訳ありませんが、何故だか脳内に「終止符」が流れます(笑)。かつて「閃光万雷」という素晴らしきサイト様がございまして、そこの管理人でいらっしゃいましたWILLIAM様「眼光紙背」という言葉をしてナル×ジャンを紹介して頂きました不遜ながらも光栄な記憶が僕にはあります。それが「いくら書いても埋め尽くせない♪白紙の行がそこにある♪」というものなのかと、走馬灯の様に浮かんで来まして、今さらながら胸熱であります。ま…僕もホントに細々とながら活動を続けております。何だかナルトと九喇嘛の「濡れ場」に接し、昔の事を思い出してしまいました。多分に自分酔いですけど、ちょっとこの「水」(ホントに足元が水に浸ってる…)に交わって頂けますか?

僕は皆さんが居ないと困りますので…(続く)



「終止符」 アリス



左ききのあなたの手紙
右手でなぞって真似てみる
いくら書いても埋めつくせない
白紙の行がそこにある


友情なんて呼べるほど
きれいごとで済むような
男と女じゃないことなど
うすうす感じていたけれど

あの夏の日が なかったら
楽しい日々が 続いたのに
今年の秋は いつもの秋より
長くなりそうな そんな気がして


 
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第570話「九喇嘛!!」②

 
<ズオオオオオオ>

<オオオ>(外道魔像)

「四尾を吸い込みやがった!
やっぱまだ奴のだった!」(八尾)

<ザッ>(ナルト)

<ハァ><ハァ>(ナルト)

「魔像の杭」が抜き取られ、孫のチャクラは解き放れたのかと思いきや、外道魔像が大外一気に孫を連れ去ってしまいます。しかし、孫は「四尾の止め方」をナルトに教えたのだと言い張る通り「魔像の杭」を抜いた事で「テイルズ六道」の一角である穢土転生・老紫の人柱変化が解除され活動が停止しました。しかし、老紫は穢土転生で召還された筈だから、その操作系は後頭部に埋め込まれるクナイにお札を結び付けたヤツがあって、封印しない限りどんなダメージを受けても塵芥(ちりあくた)のレベルから再生して活動し続けると思うんだけど、胸の「魔像の杭」が抜かれた老紫はピクリともしません。やはり「テイルズ六道」の登場からの描写を確認しましたが、その肌のひび割れ具合からすれば間違いなく穢土転生の人形です。

そもそも”暁”人柱力を捕獲し、それに封印された尾獣を抽出し外道魔像に再度封印していましたから、元人柱力(テイルズ)の死体を保有しています。人柱力が死んでしまうと封印された尾獣も一度死んで一定期間復活できませんから、”暁”人柱力を半殺しにして外道魔像の元に運んでいました。つまり、輪廻眼の能力がトビに備わっていて長門の様に「ペイン六道」が使えるなら、カブトの展示をコピーした穢土転生をワザワザ使わなくとも、元人柱力の死体に「魔像の杭」を打ち「テイルズ六道」を動かせた筈なんです。しかも「テイルズ六道」に写輪眼や尾獣のチャクラを搭載して強化するんですから、死体を加工する方が楽だし、生前に尾獣と馴染んだ肉体の方が尾獣とのマッチングも良かろうに…。

「テイルズ六道」とナル×ジャンが勝手に呼称したものの、実際は外道の術で視野共有する程度で、神羅天征や封術吸印などの「六道の術」は使わず、元人柱力・テイルズの能力に頼った戦闘に終始しており、どちらかと言うと「テイルズ外道」と呼ぶのが似つかわしい。もしかして、トビが穢土転生を挟んで「テイルズ六道」を動かしたのは「六道の力」を使えない事情があり、外道魔像とのリンクや輪廻眼の外道の術くらいしか使えない不完全な状態だったからではないかと思えてきます。トビが「テイルズ六道」穢土転生を挟んだのは外的な攻撃に自動的に反応して反撃する性質を利用して、六体の操作負担を軽減する狙いが在ったんではないかと思います。しかも「テイルズ六道」の攻撃は連続性と一体感が乏しいです。

そして、何故だか「魔像の杭」が抜かれて孫(四尾のチャクラの本体)が外道魔像に収監され、穢土転生で呼ばれた筈の老紫の活動が停止しています。トビの穢土転生は肉体を再現しているだけで、召還された魂の能力が単体で再現されていないのです。穢土転生は召還された魂の生前のチャクラも再現する筈なんだけど、尾獣のチャクラを抜かれただけで動けなくなっているのが上手く説明できません。この辺りの疑問が解消すればトビのパッチワークの綻び…綻びてるからパッチワークなのかも…が突き止められる…といいますか、トビの全貌が明らかになるんじゃないかと思うんですが、イマイチ追い込めずにいます。余談だけどパッチワークついでにトビが残りの一尾・守鶴のチャクラを自分に仕込んでる可能性もあるある…。

<ハァ><ゼェ><ハァ>(ナルト)

<ゴゴゴゴゴ>「一匹止めるだけで
くたばりそうだな」(トビ)

「しかし出し惜しみは無しだ
お前らの大切なオレのモノ…
これでいただく」(トビ)

「!?」(カカシ・ガイ)

何気に「お前らの大切なオレのモノ…」が引っ掛かってまして、「お前らの大切な」ってのはナルトの九尾とキラビの八尾のことで、それが「オレのモノ」ってーのは、尾獣の集合体である十尾の所有者宣言なのかなーと。或いは、トビが十尾そのものと言いたげな雰囲気すらあります。「トビ=十尾(ト・ビ)説」ってーのがあってですね(笑)。例えば、十尾の意志みたいなものがあって、それがトビを動かす黒幕になってるなんて、僕は考えてた時期がありましたが、もしも黒幕が十尾なら、自分を九つに別けた尾獣の「心」を踏みにじる様な扱いはせんでしょうよ。ましてや、こんな人徳のない戦い方をするトビがかつて十尾の人柱力だった六道仙人の再来なんてのはお日様が西から昇ってもあり得ないだろうし(笑)。

おまけに千手柱間の細胞や写輪眼や輪廻眼など、ありとあらゆる「力」を寄せ集めた挙句、人前に出る時はお面無しにはいられない…なんて、世を憚(はばか)り過ぎてこっちが恥ずかしくなる(笑)。トビの正体はうちはマダラにも千手柱間にもなれなかった誰かだろうけど、捻くれ方からすれば兄系で、未だに”須佐能呼”を出さない(出せない?)ところから追い込めば、左目が眼軸ごと無くなったうちはオビトか、その体に取り憑いたうちはの残党じゃないかと思います。うちはマダラとの関係性から絞り込むならマダラの弟のイズナ一択なんだけど、お祖父ちゃん過ぎて困る(笑)。ちなみに、トビの輪廻眼(=トビが長門に与えて、今は自分に載せてる)ってうちはマダラの開眼した輪廻眼だと、僕は思います。

<ズオオオオ>(テイルズ)

<グオオオオオオオオ>(テイルズ)

「!」(ナルト)

<ゴゴゴ>(テイルズ完全体)

右から、三尾、六尾、七尾、二尾、五尾…。多分、リアルで僕がカカシかガイの位置に立ってたら失禁してます。小さくて見えませんが、カカシもガイもチョロっとお漏らししてるかも知れません。しかし、人柱変化で完全体になってしまうと輪廻眼・外道の術の視野共有とか写輪眼の見切りとか全く関係ないし(汗)。また、人柱力の戦闘能力のマックスが人柱変化の完全体ってのもちょっと違うよな…つーか、カッコ良くないと思います。第一、この子らって”暁”に狩られたからこんな風に扱われてるんですよね。人外の”暁”だったけど、彼らだってサスケやナルトと戦って死んだんです。確かにカカシやガイにしてみれば恐怖以外感じないだろうけど、これを素直に「強さ」なんだと受け容れる度量を僕は持ち合わせない。

人柱変化の尾獣・完全体とは人柱力の封印式内で管理される尾獣から発生するチャクラを用い、人柱力たり得る弟系の肉体=仙人の肉体を陽遁、或いはチャクラの陽の性質変化なのかは定かでは在りませんが、尾獣のチャクラが人柱力の肉体を巨大化させ、形状を変化させることで、在りし日の尾獣の外形を再現しています。そのまんま尾獣が出現するのと何処が違うのかというと、人柱力の抑制が利いていて、尾獣を単なる「力」として受け止めるのではなく、人柱力「心」が通い合った中で、人柱力と尾獣が「力」を練り合わせるところに意味があると思うんだけど、外道魔像を介して尾獣の「心」を無視して、剰(あまつさ)え要(かなめ)の人柱力すら穢土転生で調達してるトビのテイルズ完全体に感ずるものはないのです。

キラビと八尾が寄り添う様にナルトに関与し導く姿に感ずる暖かさとは、本当の強さに対する示唆を多分に含んでおりまして、それがぶっちぎりに強くなくても僕は良いと思っています。何つーか、キラビと八尾を見てるのは嫌じゃないですよね。対してテイルズが完全体になって雁首揃えた所で、恐いけど強そうとは…正直それを認めたくはないと…僕は感じてます。これはもう理屈とか道理ではなく感情論です(笑)。きっと、それは僕らが生ける者だからだのだと思います。生き物には「肉」「血」「骨」があると思うんです。そしてそれらを感じる「心」が備わって「生」というものがある事を忘れてはならないと思うんです。そこをしっかりと踏まえるとテイルズ完全体の違和感が理解できるんではないでしょうか。

上手く書けなくてケルベロスも焼きが回ったな…と思いながら感想を書いています。最近は同じ所をグルグルと回ってる感じがして書きにくいです(汗)。それはきっとキッ神も同じで、一つの答えに一気に手をつけられない歯痒さみたいなものがあるんじゃないかと思います。大人はそれを感じられれば良いし、少年少女は幾層にも積み重ねられた伏線を何度も何度も擦り下ろす様に噛み砕いて味わえば良い。キッ神は何とかして伝えたいのだと、僕は思います。キッ神だって人間なんだから、これが一世一代の仕事でしょうし、ここまでの作品を生み出した「命」から別の新たなものを期待するのは酷でしょう。「命」を削る様に紡がれる作品にはまた「命」が宿っている…。キッ神はそれを証明しようとしているようなものだ…。

ゴメン…今日はここまで。続きます。

<ハァ><ハァ><ゼェ>(ケルベロス)


 
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第570話「九喇嘛!!」①

 
<グワワワワン>

<ズズ…>

<ズズズ…>


<ズボ>「抜けたァァ!!!」(ナルト)

<ムク>(そう…それがお前だ!!)(九喇嘛)

外から九尾チャクラモードで引っぱりながら、内から仙人モードのナルトが蛙たたきで駄目押しすると、意外なくらい簡単に「魔像の杭」は抜けてしまいます。外から杭を引っぱるナルトには「魔像の鎖」で反撃していますが、接触した対象を縛るという条件が四尾の体内から打撃を浸透させた攻撃には適用できなかったのでしょう。もう少しトビが小狡いトラップを仕掛けておくべきかとも思いましたが、「魔像の杭」が一つのトラップであり、まさか内部から揺さぶられるまでは想定外だったのかな。ナルトの奇想天外な戦法は敵にまわせば脅威でありまして、そんなナルトに手を焼く敵に感情移入しながら僕らはワクワクしてきたのです。近い所では弥彦・ペインを追い込んだ時の作戦は圧巻でしたっけ…ね。

第一部でも霧の忍刀七人衆・桃地再不斬を向こうにまわして『風魔手裏剣』(忍具の考察)を利用して、まんまと再不斬に一泡吹かせたのなんて神懸かってましたね(特に第一部のファンタジスタに富んだナルトの戦術の面白さは異常でした)。他にもあれもこれも僕らは思い出すでしょう。そして、その数だけ僕らはワクワクさせられて来たのです。よく考えてみると、その全てをナルトの臍の緒の座標にある「八卦の封印式」の中から九喇嘛は観戦してた様なもんで、誰よりも間近で「うずまきナルト物語」を楽しんでいただろうと、容易に思い当たります。ちなみに、大人の風俗用語で、ある種の舞台装置をして「デベソ」と申しまして、ま…それにかぶりつく九喇嘛が目に浮かんで<ニィ>となってしまいました(笑)。

ナルトならやってくれる!!ナルトならどんな困難も乗り越えてくれる!!九喇嘛は既にナルトにメロメロのデレデレで、「そう…それがお前だ!!」の一言が言いたかったんだと思います。勿論、ナルトには聞こえない様に口には出してませんが…ね。九尾は堪らず起き上がってます。状況はナルトの大ピンチなんですからジッとなんかしてらんないようです。そもそも九尾なんて災難の塊みたいのをお腹に搭載してナルトは元気に走り回ってきたんですけど、それが存外、悪いものでもない…と、ナルトの何気ない一言が九尾・九喇嘛の蟠(わだかま)りを氷解させたんです。九喇嘛はナルトの一ファンとして、メチャクチャ感化されちゃってるんです。九喇嘛は単に切っ掛けが欲しかった。そしてナルトは見事に四尾を止めた。

<ポイ>(ナルト)

<ブワワッ>

「はっ!!」(ナルト)

<ボン>(分身ナルト)



<バッ>「……!」(トビ)

<ゴゴゴゴ><カッ>(外道魔像)

(螺旋丸!!)<ガッ><バキン>(ナルト)

<ゴフッ>(外道魔像)

<ドサッ>「うわっ!」(ナルト)


<ズズズズズ……>

「やるじゃねーかお前」(孫)

「!」<ハァ><ハァ>(ナルト)


<ハァ><ハァ>「何で
鎖が消えねーんだ!?」
<ゼェ>(ナルト)

「へっ…やっぱりこの腹の
鎖は消えねーか…」
(孫)

「何で!?
ちゃんと杭は抜いたってのに!!」(ナルト)

「あの杭はな…
人柱力の体にオレのチャクラを
一時縛り付けるもので…
オレのチャクラは面の奴が
外道魔像を介して握ってる」(孫)

「魔像の杭」が触れた対象を縛る…ってんなら、それを掴んだ九尾チャクラモードのナルトも縛られる筈だから、<ポイ>と簡単に「杭」をリリースできるのはちょっと「?」な感じもしますが、ま…刺さってないとダメなんでしょう(汗)。「杭」を放すとナルトに纏わり付く「魔像の鎖」も掻き消えます。四尾の中からアシストした分身ナルトもお役御免につき解除…この時、分身ナルトが練った仙術チャクラが本体に還元されないのも些か腑に落ちませんが、九尾チャクラモードと仙人モードで互換性がないと考える事にしましょう。しかし、それだと将来的に二つのモードがミックスされる設定も却下されるんですが、一応、九尾チャクラモードはあまり格好良くないので過渡的な扱いでもナル×ジャンはバッチ来いです(笑)。

四尾の「魔像の杭」が抜き取られるや否や、トビは外道魔像を召還します。もしかしたら、トビが輪廻眼を左眼に装備したのは自分が外道魔像とリンクする為かな…とか、僕は考えてまして、長門が戦死した時に「外道魔像とリンクするコマ」を作るとか何とか言ってましたが、その要件(=うずまき一族)を満たすキャラって赤い髪の特殊な陽遁体質と言えば香燐しかいない!!と思ってたけど、よく考えたら柱間の生きた細胞の培養した組織を移植してる…多分、パージできる右腕…トビもオッケーでした。元々、トビは外道魔像を呼んだりできてましたが、積極的に操作する為には、やはり輪廻眼によるリンケージが必要でしょう。小南戦の後、お面のリニューアルと同時に輪廻眼を装備したのはその為だと思います。

ナルトは「魔像の杭」を螺旋丸でミンチにしちゃうんですが、何故だかの腹に刺さった「碇」(いかり)の様なパーツと、それに繋がった「魔像の鎖」は消失しません。これは外道魔像から直にに繋がった縛りで、のチャクラが未だ外道魔像の支配下にある事を示しています。トビみたいな狡猾な奴がタダで尾獣のチャクラを外道魔像の外に出したりするかな…きっとしないだろうな…と思っていたので、物凄くしっくり来ます。テイルズ各位を人柱力に仕立てる為に搭載された尾獣のチャクラはこのように「魔像の鎖」外道魔像の支配下にあり、一時的に人柱力の体内に留める為に「魔像の杭」が必要だった訳で、各個に封印式が必要なく、容易にそのチャクラと交信したり接触できたのもその所為かなと思います。

尾獣の縛りに関しては輪廻眼の特殊なチャクラである「魔像の鎖」が可能にしていて、それと似たチャクラを弟系のうずまき一族は体質として継承した筈です。また、描写の観察から千手柱間は「鎖のチャクラ」は保有しておらず、別のチャクラで尾獣コントロールをしていたと思われます。そして、柱間の遺伝子情報を組み込まれたヤマトがナルトの中の九尾のチャクラに干渉できた描写から、それが木遁チャクラだと見立てる事ができるでしょう。その真偽は兎も角として、兄系が瞳術を用いて尾獣をコントロールするのに対して弟系が尾獣のチャクラを自分のチャクラと繋げてコントロールしようとする所に根本的な差異を感じます。そして、その違いが尾獣や、そのチャクラに対する認識の違いを生んでいる様に思います。

<ハァ>「それ知ってたのかよ!?
これじゃお前助けたことになんねーだろーが!」<ハァ>(ナルト)

「……」(孫)

「お前…それ本当に本気で言って…」(孫)

「ったりめーだ!!」(ナルト)

<ハァ><ハァ><ゼェ>(ナルト)

(こいつ…これも…本気か…)(孫)

四尾を止める事は成ったものの、外道魔像の管理下に在るまでは救えなかった…ナルトはそれを悔しがります。その言葉を驚きを持って受け止め、は更にナルトに誑(たら)されます…が、これはちょっと鼻に付くなとケルベロス(笑)。例えば、九喇嘛なんかは11年間もの永きに渡り「うずまきナルト物語」に親しんで来た同胞(はらから)であると申しました。しかし、昨日今日の孫が九喇嘛と同等の理解を示すのはちょっと…とむず痒いです。しかし、は人柱力・老紫との関係や、十尾分割後暫く現世に留まった六道仙人の影響などを受けて考える力が養われたと考えれば、微妙に胡散臭さはありますが許容できるレベルかと思います(笑)。それにそもそも、仙猿の王というくらいだから100%創造された命でもなかったとか。

一応、トビの提示によれば、陰陽遁・万物創造により、各尾獣は六道仙人によって創造された事になっていますが、猿猴王・猿魔も存在する事ですし、仙猿なる気高く賢い猿の一族が既に居て、それをモチーフにして六道仙人がを拵えたのかも知れません。は六道仙人に法号を与えられたくらいだから、かなり濃密に六道仙人に接してなきゃいけないし、もし可能ならスピンアウトでその辺りは拝ませて貰いたいものです。描写から考えればはかなりの「知性」を有し、「情」すら理解しています。それは「心」が在るという事です。九喇嘛を例に考えるなら、四尾の人柱力であった老紫の存在は無視できません。人柱力のシステムを考案したのは六道仙人ですから、その管理法が何らかの意味を持っていた可能性は高いです。

つまり、人柱力のシステムとは尾獣を陰陽分離し、チャクラのみにした後に時間をかけて、人柱力とのチャクラ交換で双方のチャクラを平均化して行き、人柱力が尾獣を感化して行く下心が潜んでいたのではないかという疑惑です。九喇嘛がそうであったように、人柱力の人となりが尾獣を感化しているのは事実です。の人となりからもそれを感じます。という事は、完全な人柱力であった元水影のやぐらの中に居た三尾も物分かりがよさそうな気もしてきます(笑)。デイダラ存命時、トビが三尾をバカにしたような事を言いながら捕獲してましたが、あれは写輪眼の瞳術で支配してたからでしょうし、その前にやぐらはシスイの幻術にハマってたんですよね。ちょっとgdgdだけど三尾もナルトに誑(たら)されないかなと。

「オレはオレの止め方を教えたまでだ…
…助け方までは教えてねェーよ」(孫)

<ハァ><ハァ>「初めっから
そっち教えてくれってばよ!!
で!?どーすんの!?」<ゼェ><ハァ>(ナルト)

「…その前に
お前に渡してーもんがある」
(孫)

「!? 何?」(ナルト)

「手ェ出せ…」(孫)

<ハァ><ハァ>「?ん…?
何かくれんのか?」<ハァ><スッ>(ナルト)

「いいものだ
…そのうち役に立つぜ」
(孫)


「………」<ハァ>(ナルト)

<ニィ>(ナルト)

それでコロッとナルトに騙され…おっと…誑(たら)された孫ちゃんですが、またまた何やらナルトにプレゼントがあるようです。僕は基本、霊器好きなので、六道仙人と関係のあったなれば、霊器を所有してて、それをナルトに譲渡したのかな…して欲しいなと思っています(笑)。ナル×ジャンでは六道仙人の用いた武器や道具が「霊器」であり、その中でも十尾との決戦兵器的なカテゴリーとして「御神器」が存在してまして、それがイタチの”須佐能呼”が扱った十挙剣・八咫鏡・八尺の(瓊)勾玉であります。ここいら辺は根も葉もないナル×ジャンの捏造限界に頼る事が多い部分なのでアレですが、がナルトに託したものが、今回の難敵である「テイルズ六道」に対抗する武器とか道具であれば良いですね。

しかし、またがナルトに与えたアイテムの種明かしが数年後に…なんてなったりしたらこっちのバイタルが続きませんので、サクサクッと!!できれば短期で回収願いたい所です(笑)。補足しておくと、「孫」という法号を六道仙人には与えられ、の存在は十尾分割の後だから、人柱力から尾獣を抜いたら人柱力は死ぬので、何らかの方法で十尾分割後も暫く六道仙人は現世に留まるか、ミナトやクシナのようにチャクラを残してに影響を与えた筈なんです。もしかしたら、九尾の「九喇嘛」って名前も六道仙人が与えたもので、九体の尾獣全てに六道仙人が名前やアイテムを託してる可能性もあります。九喇嘛だってナルトの「八卦の封印式」の変化に「六道(の力)」を感じてましたし、その可能性は高いです。

加えてテイルズが人柱力として各尾獣と関係性を築く中で何かしらの感化を尾獣に齎(もたら)してたとすれば、その完成度にも拠りますが、必ず「心」が存在する筈です。それを全く無視する形で管理下に置く外道魔像や、「魔像の鎖」で問答無用で尾獣を縛るトビに対する尾獣の造反の可能性は無視できないと思われます。つまり、今は手強い敵だけど尾獣達が全てナルトに誑されちゃう目もあるかも…って事です。瞳力や幻術を使って誑(たぶら)かすんではなく、「心」を繋げて誑(たら)されるなら、尾獣達を従えてナルトがその王となる日が来るかも知れません。トビが「十尾」(=ト・ビ)であるならば、ナルトが「成十」(=なる・と)というタレコミもあり、パズルの完成が加速してるのかも知れません。

続きはちょっとお時間を!!今週は忙しす(汗)。

 
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第569話「意志の証明!!」②

 
「!?」(ナルト)

<ガッ><ガッ>「ヌギギ!!」<ガッ><ガッ>(ナルト)

(もう
このモードは残り少ねェ…けどこれで
いけるとこまでいく!!)(ナルト)

「オリャ!」<バッ>(ナルト)

<ガッ>

<グイン>

「ここだァ!!」<ガッ>(ナルト)

<ガッ>(ナルト)

「このオオオ!!!」<グイイイイ>(ナルト)

<ズズ…>「いける!!」(ナルト)

(ナルトめ…)(トビ)

「!!?」(ナルト)

<グルルルルルルル>

「うわっ!!」(ナルト)



(だがそううまくはいかんぞ

その杭は直接触れているモノを縛る
ペイン長門の外道の力より
はるかに強い縛りだ)
(トビ)

「ぐっ……!!」(ナルト)

九尾チャクラモードでナルトの首にぶら下がっている六つの勾玉(模様)ですが、当初、あれをイタチがナルトの喉に押し込んだ「イタチの力」とナル×ジャンでは考察しました。位置的にはドンピシャだったけど、イマイチ、サスケを完成させる為に奔走したイタチがナルトに関わる意味を説明し切れていませんでした(汗)。結局、イタチがナルトに遣わせた「イタチの力」はシスイの万華鏡写輪眼で「究極幻術・別天神」で、サスケを正気に戻す為のイタチの深慮遠謀に過ぎず、やっぱサスケオンリーだったのかと物凄くしっくり来ましたね(笑)。しかし、九尾のコントロールで九尾が「六道の…」と悔しがった行に、ナルトの封印に「六道の力」が加担している可能性は高く、それはやはりナルトの首の文様だと思います。

六道との怪しい関係は兄系の写輪眼(うちは)のみならず、弟系においては千手柱間が特殊な立ち位置に居ます。全忍中、唯一木遁忍術が扱え、尾獣のコントロールすらできた…。しかも、「うちはの石碑」にも「柱間の細胞」の有用性に言及した可能性があり、弟系にあって千手柱間こそ特異点とも呼べる存在で、その柱間が残した「柱間のチャクラの結晶石=柱間の首飾り」がヤマトの木遁チャクラと呼応して未熟ナルトの九尾暴走を食い止めたのは記憶に新しいです。結局、「ペインの木ノ葉襲撃事件」で九尾が何故だかいきなり六本目になって、ヤマカカで封印トラップ仕込んでいたにも拘らず呆気なく砕かれましたが、その本体たる霊器は既にナルトの首に転移していた…と、僕は考える訳です。

霊器とは実体がないアイテムであり、何らかの容れ物に宿って初めて人が扱えるのだと思います。僕は大蛇丸がサスケに授けた草薙の剣にも大蛇丸が知っていたかは疑問ですが霊器が宿ってて、それがサスケの”須佐能呼”に譲渡されたとまで考える人なので、九尾のコントロールで一気に進展した「八卦の封印式」に何故だか「六道の力」が付加された経緯に水面下の霊器の移譲があったと考えたい訳です。お話があっちの方に走っていますが、ナルトの九尾チャクラモードは余り格好良くない(笑)。だってキラビはそんなモードチェンジしなくたって強いじゃない。それは八尾と「心」が繋がってるからで、見事に囚われた孫を「魔像の鎖」から解き放ったアカツキには、格好悪い九尾チャクラモードなんて無くなればいいのにと(笑)。

ま…今は九尾のチャクラのみを搾取した仮の姿なれば、使いたいだけ使えばいいさッ!!ここでナルトが「このモードは残り少ねェ…」なんて言うのは、九尾から引っぱがして八卦の封印式内の「六道の鳥居」の直上に貯蔵した九尾チャクラが枯渇するという意味ではないかと思われます。無くなればまた九尾と対決してぶん取ればいい。その為の仙人モードであって、でもその程度で奪える九尾のチャクラってのも底が知れると言えますまいか?キラビや八尾はその浅はかさをナルト自身に気付かせる必要があると考えたのでしょう。何ぼ何でも奪い取った九尾のチャクラが無くなる頃にはナルトと九尾のチャクラの交換がある種の均衡を生み、二人の変節があり次のステージに進める見立てもあったのかも知れません。

案の定、ナルトと九尾・九喇嘛の心的な距離は縮まりましたし、不安定さ故に九喇嘛の変節とは余りにもデカかったのも事実。良い感じに九尾のコントロールが第一フェイズを終了して第二フェイズに進行していますね。となると、ナルトの人柱変化とかもあるってことかしら?ナルトが九喇嘛の頭の上に座って雑談とかしちゃうんかしら。そして、トビがしてる事ってその邪魔な訳で、外道の術・魔像の鎖まで使って他人の恋路を邪魔してるみたいで滑稽ですね。五尾の完全体が馬みたいな感じだったので蹴られて死ねば良かったのに(笑)。ちなみに、魔像の鎖の中核たる「杭」ですけど、ペイン六道でも使われてものと同じで外道魔像が源泉でしょう。輪廻眼のチャクラに反応する特殊な物質の筈です。

「ナルトォ!!」(キラ尾)

(結局今まで通り…)(九尾・九喇嘛)

ナルトのこれまでの足跡…(割愛※BN参照)


(ナルト…
お前がワシ達尾獣のために…
本気で何かしてやりてーと
本心で思うなら…


今まで通り…)(九尾・九喇嘛)

<スッ…>(ナルト)

<ザッ>(ナルト)
「!!
うぐっ…」(四尾)

<グググ……>(ナルト)

「ヌグググ…」(うまく関知しろよ…)(ナルト)


<キキッ><チュルル>「本体は……
ちょうどこの外側あたりか…」(ナルト)

(さっき手荒くなっちまうって
言ったから分かってくれよ!
ここの中から杭を押す!)
<スッ>(ナルト)

九尾・九喇嘛はナルトの中で「うずまきナルト物語」を一番間近に楽しんだファンだし、もしかしたら第一号?かも知れません。僕らがこんなに『NARUTO -ナルト-』にハマっちゃった様に、九喇嘛だって「深けーッ!!」とか「泣かせんなよッ!!」なんて言いながら見てたのかもね(笑)。そんなナルトが面と向かって「オメーも何とかしてやりてー」なんて言うもんだから、デレデレになります罠。ナルトの魅力とは偏に「諦めないド根性」でありまして、やはりそれは「九尾事件」から九尾のコントロールの正念場のナルト最大の危機までの長きに渡り「八卦の封印式」にしがみついたミナトとクシナ譲りでありましょう。そして超サラブレッドのナルトはできる子だから尽く結果を出しちゃう。

九喇嘛は数々のヒーロー・ナルトの名場面を思い出します。携帯のスクロールが大変なんでセリフは割愛させて頂きますが、誰もができないと見立てる課題をキッチリとやり遂げ、ナルトは結果を出してきたのです。その実績がナルトにとっては自信の源であり、九喇嘛が期待してしまう想い出なのです。九喇嘛は生まれたばかりの赤ちゃんの頃からナルトを見てきたのです。僕が九喇嘛だったらナルトを自分の子のように思うんじゃないかしらと思います。でも、どっちかっつーと九喇嘛「拗(す)ねた恋人」が、何かしらのおネダリしてるようで…可愛いッ☆キャハッ!!☆バイビーッ!!(ローラ風)九喇嘛はナルトに自分の為に何かして欲しい!!…ナルトに自分の為に頑張ってみせて欲しいと思ってるんです。

(行動で証明しろ!!

それがお前だろ!!!)(九尾・九喇嘛)

<ドン>「蛙たたき!!」(ナルト)

これって恋愛だと「完オチ状態」ですよね。九喇嘛はナルトに靡(なび)けるタイミングを待ってるんですね。そしたらナルトが先の多重影分身の術を使った脱出劇でしっかりと四尾の口の中に分身ナルトを一体仕込んでる訳だ。影分身の全てに九尾も複製されて九尾もリアルタイムでナルトの奇想天外な作戦を味わっていて、それにトビがまんまとハマって行く様を見ながら必死に笑いを堪えてる訳だ。これがwktkじゃななきゃ何なんだってばよ!!な訳で、ナルトが九尾チャクラモードで四尾とやり合ってる最中、動くなで仙術チャクラを練り込んで仙人モードに入った分身ナルトが、その感知能力を最大限に利して喉元に移動した「魔像の杭」の位置を内部から割り出して蛙たたき一閃!!!

恐らく剛力に関しては「仙人モード>九尾チャクラモード」だと、僕は考えてるんですけど、加えて「蛙組手」は特殊な打撃で対象に触れなくても効果があります。ナルトの幸運と言えば人柱変化で巨大化したお陰で、人柱力の時は胸にぶっ刺さっていた「魔像の杭」が喉まで移動しちゃってる事でありまして、そうじゃなきゃ外から中からの両面で「魔像の杭」にアタックかけられなかったもの。キッ神も随分と気を回したもんだわサと、僕は思いました(笑)。ま…これがそのまま成就しないのが『NARUTO -ナルト-』なもんで、結果は奥の奥に在るとしまして、それでも僕らは充分、ワクワクさせられております。そして、同じ様に九喇嘛もまたwktkでありまして、正直、ウズウズしてる筈だから…。

身体が勝手に動いちまったのさ…くらい言ってよね。

九喇嘛もナルトに誑(たら)された同胞(はらから)である(笑)。

第569話「意志の証明!!」
ナル×ジャン ケルベロス


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第569話「意志の証明!!」①

 

「じゃあ
その止める方法ってのを教えてくれ!!」(ナルト)

「…その前に一つ言っとくが」(孫)

「?」(ナルト)

「オレは基本
人柱力の人間を信用しないことにしてる…
…尾獣とお友達になりたいなんて言うバカは
なおさらな…つまり…

オレ様をお前が助けたとしても
お前の味方になるなんて思うなよ


信用されたきゃ…」(孫)

「今はそれでいい…!
どうすりゃいいかは
オレもだいたい分かってっから!」
(ナルト)

<ニシシ>(ナルト)

「人たらし」という言葉があります。人を誑(たら)す人の事ですが、これが「女たらし」だとちょっと詐欺的な悪い意味になるけれど、「人たらし」とは性的な欲求が薄いからか良い意味に使われる事が多いと思います。政治家に必要な素養だったりします。それがナルトにはあると思う。ナルトは「太陽」の様だと、僕は思っています。かつて香燐が感じたナルトのチャクラがそうだった様に凄く暖かい。それはナルトの「人となり」を表してるんだと、僕は考えています。香燐はサスケのチャクラを「冷たい」と評価してましたが、精神年ルギーと身体エネルギーを経絡系で練り込んで発生するチャクラとは、凡そその人を表しているとするのも理に適った考え方なのではないでしょうか。

僕は九尾・九喇嘛ツンデレでデレ傾向であると警鐘を鳴らしているのは、ナルトが九尾チャクラモードでナルトと九尾のチャクラを交換する関係にあったからで…途中から九喇嘛はナルトのチャクラを奪わなくなりましたが、九尾のコントロールでナルトにチャクラを奪われたシワシワ状態からピチピチに復帰した後ですんで散々ナルトのチャクラを喰らった筈です…先に書いた様にチャクラがその人…即ち「人となり」を表す様な物質、或いはエネルギーだったならば、太陽の様に暖かいナルトのチャクラを喰らった九喇嘛はどうなっちゃうんだろ…と、僕は考えるのです。サスケに「笑顔」を探した香燐…その傷心を一瞬癒したナルトのチャクラの味はどんなだったろうと。そこに九尾の変節への期待が在る。

九尾の表情が豊かになったとは思いませんか?時に微笑んでいる様に見えませんか?九喇嘛はナルトの暖かいチャクラをぶん取った。それによってシワシワでガリガリの状態から、今のプリプリでピチピチの状態に戻った訳で、ナルトが九尾のコントロールの直後から戦場に投入され、それと時を同じくして九尾チャクラモードでは禁忌とされる影分身を発動して獅子奮迅の活躍をしたお陰で、九尾が自力でチャクラを練り込んで自らを修復する機会をほぼ得られなかった…裏を返せば九尾がナルトのチャクラのみで現状復帰した状況は、ナルトと九喇嘛のチャクラ交換の効率を飛躍的に高めたのではないかと思います。つまり、九喇嘛は急速にナルト化し、ナルトは九尾化したんじゃないかと、僕は考えています。

しかし、ナルトがあからさまに九尾の邪悪な雰囲気を漂わせないのは、既にナルトの中には色とりどりの感情というものが存在し、それが美しく清らかなものばかりではない事をナルトは受け容れているから九尾の憎しみがどんな勢いで流れ込もうとも乱れない盤石さがあるからです。対して憎しみのみで構成された九喇嘛が、それとは真逆の優しさや思いやりといった知性理性が大量に押し寄せたらそりゃ感化されます罠というお話です(笑)。そう考えると、「九尾事件」でミナトが屍鬼封尽を用い、自分の命と引き換えにして「九尾の陰のチャクラ」を連れ去ったのは、将来、ナルトと九喇嘛がチャクラの交換をする事を想定した準備だったと思え、ミナトが九尾に「憎しみ」だけを意図的に残した想いに震えます。

それは今まさに生まれた我が子に対する自信みたいなものだったのかな…と思うんです。僕とクシナも子だから、優しくて(ミナト)強い(クシナ)筈だと!!!親バカって「愛」ですよ。結果とか全く関係なくて、最高の評価を与えるんだから。ただ居てくれだけで良い。生まれてくれただけで幸せ。ここに居てくれてありがとう!!それって「愛」ですよね…って話ですよ。ま…その「愛」にナルトはしっかりと応え、自分と向き合い、九尾という「憎しみ」を受容したんだけど、その奥にミナトが九尾を「憎しみの塊」に加工した行程が在るのが果てしなく意味深であります。ちょっと脱線気味ではありますが、できるミナトの子であるナルトもまたできる子なのだと言いたい訳。<ニシシ>と僕も笑いたい気分。

(ナルト…ワシはずっと
お前のしてきたことを見てきた

…だからお前も分かってるハズだ

お前がワシに…ワシ達尾獣に
何を語ろうとも無意味

本心は伝わって来ん)(九尾・九喇嘛)

<パチ>(ナルト)

何だか九喇嘛がうちの相方に似てるなー…と目を細めながら穏やかな九尾の横顔を見ていました(笑)。九尾が「ずっとお前のしてきたことを見てきた」というセリフの重みが分かるのはこのお話の後半部分で嫌と言うほど分かるので置いといて、ここでふと九喇嘛に感情移入したくなったのは、そう言えば九喇嘛も「うずまきナルト物語」の読者だったと気付いてしまったからです。だって九喇嘛が自分で言っちゃうんだもの(笑)。ナルトはこれまで数限りない死線を潜り抜けました。恐らく、それを一番間近で観戦してたのはミナトとクシナのチャクラであり、九喇嘛だった筈です。一読者としてここまで惚れてしまった僕以上に九喇嘛はナルトに恋してるんじゃないかと、僕には確信めいたものがあるんだな。

ぶっちゃけ、九尾は既にナルトに期待しています。だから、前以上にナルトをしっかり見ています。その下地を作ったのは危険過ぎる九尾チャクラモードでの影分身であり、もっと言うと、九尾のコントロールからの早過ぎる宣戦への投入であり、もっと言うと、九尾を「憎しみの塊」に加工したミナトの慮(おもんばか)りでありましょう。あんまりシツコイと嫌われちゃうのでこの辺にしときますが、九尾の変節というものがナルトの「人となり」そのものである(と言っても過言ではない)ナルトのチャクラによって成ったのも、早い話がちゃんと仕組まれてた(というと聞こえが悪いけど)からで、忘れちゃいけないのがナルトは四代目火影・波風ミナトとうずまき一族の末裔たるうずまきクシナの子だって事ね。

しかも、クシナはうずまき一族でも希少な鎖のチャクラを持ってて、尾獣の器になり得る強い肉体の持ち主でした。ミナトだって三忍・自来也が「もしも我が子だったら…」と親バカ志願する程の逸材。何が言いたいのかというと、ナルトはサラブレッド中のサラブレッドだった…ちゅー事に目を向けて欲しいんです。誰しもナルトと同じ様には行かない。その現実を認識しない状況を世間一般では「中二病」と呼びます(笑)。一度患うとなかなか完治しないので注意してください(←ケルベロス…お前もな!!)そんなできる子=ナルトに九喇嘛は多大なる関心と期待を抱いてまして、ナルトに本心を伝えろ…と、その目を爛々と輝かせてナルトを凝視しているのです。まるで、恋する乙女みたいに。

そんな中、ナルトが<パチ>っと目を覚まします。四尾の口の中に居たのね。ここで気を失って尾獣化した四尾の本体と交信してた訳だ。僕は四尾のチャクラの本体は外道魔像の中に在ると考えてたんだけど、どうも穢土転生で召還したテイルズの中に居るみたいです。また、尾獣化=人柱変化も、人柱力の肉体が尾獣のチャクラを纏って着ぐるみみたいに尾獣を再現するのかしらんと考えてたけど、尾獣のチャクラが人柱力の肉体を巨大化させて尾獣を象るようです。その意味で「陽遁」の応用であり、弟系の「仙人の肉体」が大きく関係してそうで、うずまき一族の中でも希少な才能を持つ、ミトさんやクシナが選抜された経緯からも、人柱力のシステムが弟系からの尾獣に対するアプローチであった事が判りますね。

<スウー…>(トビ)

「捕らえたぞ…九尾
このまま四尾ごとオレの中に
引きずり込んでやる」(トビ)

<チリ><チリ>

<ズズズズズ>

<グググ>「口開けろ!
ナルト出ろ!!」(キラ尾)

<ズズズ…>

「ヌグググググググググ」(ナルト)

<フッ>「開かねェ~!
やっぱこのままじゃ無理か…!

………」(ナルト)

<んー~…>(え~と…
え~とオレを吐かせればいいんだから…

吐く→食べ過ぎ)(ナルト)


(多重影分身の術!!!)(ナルト)

<ブクウ>「!!」(四尾)

「ウッ…」(四尾)


「!?」(トビ)

「ヴェロロロロ!!」<ドババ>(四尾)

<ドザザザザ>

<ボン>「うわっ!!」(ナルト)

「ぐあっ!!」<ボン>(ナルト)

「思った以上にナルト出る♪
なかなかやりやがる♪」
(キラ尾)

トビの尾獣のコントロール法の考察は少し後に譲るとしまして、キラビと八尾のコンビについて少し考えてみましょう。ところで、キラービーをナル×ジャンで「キラビ」と呼ぶのは、彼のラップに対するリスペクトがありまして、こんだけ八尾と仲良しのキラービーでありますれば、ナル×ジャンでは敢えて八尾の「ハチビ」の「ビ」と韻を踏んで「キラビ」と呼ばせて貰ってる次第です。そもそも登場以来、やられキャラ上等と思われてましたが、ナル×ジャンでは新橋のガード下で一緒に飲みたいキャラナンバーワンとして応援してましたっけ(笑)。雲隠れの一件でヤンチャな”鷹”を手玉に取りつつも、サスケの才能に逸早く気付くキラビの抜群の理解力に光るものを感じ、彼がタコ足の中から再登場した時には歓喜しましたね。

それでキラビが八尾と協力して戦う様に、これぞ人柱力!!と感じ入り、お互いのチャクラをただ奪い奪われる危険な関係ではなく、相互に理解し合い助け合う関係性こそ人柱力とその中に棲む尾獣の在るべき姿を教えられるようでした。じゃ九尾のコントロールで九尾をフルボッコにして九尾のチャクラのみを奪い、必要時それを使用する「九尾チャクラモード」をナルトに会得させたキラビの行いは何だったのかと疑問に思えますが、やはり教えられるのはそこまでと引かれた「一線」だったのかも知れません。それはきっと、「そこは気付こうよ」とする親心で、キラビが八尾と協力して人柱変化し八尾・完全体に変化して戦う力が敵・尾獣を倒す為でなくナルトを救出する方向に向く姿にその本意を感じてなりません。

細かい話で恐縮ですが、人柱変化したキラビが八尾の姿で話すセリフって三種類あると思うんです。一つは八尾の言葉。明らかに八尾が喋ってる言葉がありまして、九喇嘛と交渉したりしてますよね。もう一つはキラビの言葉。これはラップで韻を踏んでるんで直ぐに分かりますね。主にナルトに向かう気持ちが表れています。そして三つ目がキラビと八尾の気持ちが合わさったセリフで、韻を踏みつつ、八尾が持つ落ち着きとか知識が混ざっています。凄く微妙でアレなんですが、ナル×ジャンではそれを「キラ尾」という名前で示そうと思っています。少し前の記述からそうしてるので気付いてる人も多いかと思います。これは人柱力とその中に棲む尾獣の関係性を考える上で非常に重要な考え方だと思います。

『NARUTO -ナルト-』の味わいの一側面として「アイデンティティ論」が在るかと思います。ナル×ジャンが勝手に騒いでるだけかも知れませんが、少年少女が発展途上の中で「個」を強く意識し、「個」が他の「個」を認める自己中心でない「自己」を確立して行く方法論をいろんなキャラを用いて紹介している側面を『NARUTO -ナルト-』は持ってると思うんですね。そして、人柱力とは盤石の自己によって尾獣を受容する「個」の完成形を目指すカテゴリーであると認識していますが、それが人柱変化において人と尾獣が混ざり合うような傾向があるところに違和感を感じました。ここからちょっとモゴモゴして書けなくなっちゃうんだけど、ここでは一旦、「キラ尾」の考え方を受け容れてください。

その先に、『NARUTO -ナルト-』の主人公であるナルトに何で九尾が封印されねば成らんかったのか?そして、その有り様を真の覚醒へと導く為に何で「キラ尾」が奔走しているのかに対する答えがあります。最近、書かねば書かねばと思いつつ、書けないでいるのは、お話の結びがそのまま『NARUTO -ナルト-』の最終頁に繋がるような内容ばかりで書いちゃって書きたくても書けない状況が多くなって参りましった。それは『NARUTO -ナルト-』をいう作品がいろんな要素が複合していて同時進行してそれぞれテンパイを迎えつつある状況にあることを示しています。ちなみにナル×ジャンのカテゴリーで言うと「キラ尾」の説明は「終末の谷の決闘」の結びに直結します。だからモゴモゴしてる。お許しください。

<ムク…>(ナルト)

(いいか!
オレの首元をよく見るんだ!)(ナルト)

(杭が刺さってるハズだ
そこからチャクラの鎖が出てオレ達を縛る
これは輪廻眼外道の使う魔像の鎖だ…)(孫)

(胸じゃねーのか?
人柱力ン時は胸にあったってばよ!)(ナルト)

(尾獣化ででかくなってる分
人柱力の刺さってた場所から
少しズレて首元に移動しちまう!
それにでかくなった分
見つけにくいぞ)(孫)

「往生際の悪い奴だ」(トビ)

<スウ……>(とにかくその杭を抜け

そうすりゃチャクラの鎖は
出てこなくなる!)<チリ><チリ>(孫)

<チリ><チリ>

「ムムッ」(ナルト)

「見つけた!
アレだってばよ!!」(ナルト)

(それで中にいるオレを
今縛ってる鎖も連動して消えるハズだ!

カンタンじゃねーぞ!!
オレは操られてて攻撃を
止められねェ!)<ズン>(孫)

<ザッ>(ナルト)

(分かってる
その分手荒くなっちまうかもしんねーけど
ガマンしてくれってばよ!)(ナルト)

(勢い余って殺してくれるなよ!)(孫)

ナルトが多重影分身の術で四尾からまんまと脱出した後、孫…人柱変化した四尾の中に居る四尾のチャクラの本体を「孫」と呼んで区別しています。これは「個」を重視した結果でありまして、同じ様に九尾は九喇嘛(クラマ)となります。「アイデンティティ論」を論ずる以上必須の区別だと考えますのでややこしいですがご了承願います…と擦り合せたトビの忌々しい尾獣コントロールの解き方を思い出します。ナルトがキラビの手引きで九尾のコントロールに挑んだ時と凄く似ていますね。孫が示すナルトへの好意が感じられる描写であるとも思います。何でも穢土転生のテイルズを人柱力に仕立てるのが胸に刺さった「黒い杭」とのことで、それがそのまま尾獣のチャクラの結界空間と通じてるようです。

僕はトビの狡猾な人となりからして、尾獣を外道魔像から出す事はないと考えてたんだけど、孫の証言を重く見るならば孫の本体はテイルズ老紫の中に在ると考えるべきだと思います。それをトビは「輪廻眼・外道」の「魔像の鎖」でコントロールしているようです。尾獣化して首の方に移動した「魔像の杭」から「魔像の鎖」が出て四尾を縛ります。これは五尾を抑え込んだものと同じでしょう。僕はそれが「九尾事件」でクシナが使った「鎖のチャクラ」と似てたので、トビがうずまきクシナの細胞も培養して自分に搭載してるんじゃないかと疑いましたが、それが「魔像の鎖」との提示があった以上、うずまき一族の赤い髪を継ぐクシナが持つ希少なチャクラ特性が「魔像の鎖」と同質のチャクラだったと考えるべきでしょう。

これは六道仙人が「兄」「弟」を創ったところに遡(さかのぼ)って展開する必要があるので端折りますが、ザックリ表現すると六道仙人は十尾の人柱力となった事によって得た能力を分割して後世に託したんだと思います。恐らく、外道魔像も六道仙人が創造したアイテムの一つでしょう。六道仙人は何でも分割して残すのが好きなところがある人なので、もしかしたら十尾を陰陽分離して十尾のチャクラを九分割した尾獣のチャクラを再度集結する為の器として残したんじゃないでしょうか。それを管理する能力が「輪廻眼・外道」にはあり、トビは何らかの手法に拠って「外道の能力」を獲得したんではないかと思います。というかトビは「外道の能力」しか使っていないように思われます。

もっと言うと使えないのかも知れません。もしトビが真に輪廻眼を使えて「外道」のみならず「六道の力」を使えるなら「テイルズ六道」なんてなくても戦況を一変させられると思うんです。うちはマダラが示す様に単騎で胸を張って戦えば良い筈。トビは未だに”須佐能呼”も出してませんし。いろんな「力」をパッチワークで集めているトビですが、何か足りない…。足りないものが何なのか?はもう既に皆さんも気付いてと思います。トビが写輪眼に固執し、うちはの眼だけを集めた姿に、言い知れない孤独を感じます。その背中は自ら他者との繋がりを拒絶しているようでした。トビがダンゾウを「できそこないの六道」と吐き捨てたのも大部分、近親憎悪みたいなものが支配してたんじゃないかとも感じています。

世界を向こうにまわして”暁”は善戦してると思います。一時、弥彦天道が「世界征服!!」と拳を握りしめる姿に「中二病」の認定を下させて頂いた事もありましたが、”暁”がここまでできるなら強ち「中二病」とも言い難いです。それでもトビの存在がここまで滑稽に感じられるのは、ナルトとの対比が鮮明過ぎるからでしょう。そして、それと似た様な感情を孫と九喇嘛が抱いている事実。それらがナルトに対する「期待」として昇華している描写が、真綿で首を絞める様にジワジワと僕らのバイタルに影響している(笑)。『NARUTO -ナルト-』とは、キッ神とはそういう伝え方をするのです。そのスパンが最長で十年。十年も前戯喰らってメロメロにされちゃったという寸法です。僕らはキッ神に誑(たら)された訳。

分かります?それが「人たらし」たるナルトと、「うずまきナルト」という魅力的なキャラを創造したキッ神の陰陽遁・万物創造なのだ。キッ神はこの作品を通して「力」のみを崇拝し収集する愚かしさを説き、人が生きる為に何が本当に必要なのかを示唆しているんです。しかし、これまで散々説明してように教えられるんではなく気付いて貰いたいからこその前戯である事に注目すれば、そこに在る並々ならぬ「親心」に気付くでしょう。キッ神は『NARUTO -ナルト-』における六道仙人であり、物語の中に登場する「親」でもありましょう。その慮(おもんばか)りを少しでも皆さんに紹介したいと老婆心を発するのがナル×ジャンであります。もしも、この記述をキッ神が読んだら笑うと思うんですよ…多分…絶対

<ニシシ>って…(笑)。続きまーす!!

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第568話「四尾・仙猿の王」④

 
「オレ達を閉じ込め存在を否定する」(孫)

「………」(ナルト)

「………」(ナルト)


「ホラ…例の子よ」(母)

「関わるな…通り過ぎろ」(父)

「あの子誰?」(子)

「お前は知らなくていい…」(父)

「あのガキィ!!」(父)

「ベー」(ナルト)

「…オレも少しだけどお前の気持ちは分かんよ
オレはよくいたずらをやった…叱られたくて」
(ナルト)

「…ハァ?」(孫)

「人の気を引くためならなんだってよかったんだ
自分がなくなるよりはずっとマシだったからな

…オレは人柱力だ……
けどちゃんと大切なナルトって名前がある
両親と師匠の形見だ」
(ナルト)

「………」(孫)

またまた余談から導入してヨカですか?(笑)ちょっと時間ができて撮り溜めた録画ちゃんを観たんです…実は。感想も書かずに(汗)。もうご存知かも知れませんが、ケルベロスはテレビっ子で、大のTVドラマ好きであります。最近の若者はあまりTVをご覧にならないようで、今クールの面白いTVドラマの話題に全く食い付いてくれません(汗)。しかし、ナル×ジャンの読者の主力は若者じゃなくて、昔少年少女だった頃の気持ちを忘れてないオッチャンオバチャン(失礼!!好意を込めた愛称であります故)だと、僕は踏んでまして、こんな導入ばかり書いてると、「是非ともTVドラマの感想も!!」とメッセージが来そうで恐いですが…(笑)。そんな分析でTVドラマの話でも盛り上がれるんじゃなかと思っています。

興味がない人には苦痛でしょうが、少しだけ書きますね。昨日、夜更かして、相方の背中を撫でながら『ドラマレジェンド ストロベリーナイト』(フジTV)を観ました。聞く所に拠ると去年の暮れに一度放送されたものに手を加えた再放送に近い内容だったみたいだけど、面白かった。主人公の姫川玲子(竹内結子さん)を中心に猟奇殺人事件を解決して行くクライムミステリーなんだけど、原作の小説が在るのね。だから、お話がしっかりしてて分厚いです。今回のは連続レイプ事件の被害者である姫川の過去を絡めたお話で、殉職した姫川の愛弟子みたいな刑事を介して姫川が自ら過去の自分に触れるシーンが良かった。忌まわしい自分の過去と向き合い、犯人と対峙し、法廷闘争に参加する若き日の姫川…。

彼女はカミソリの様な鋭い切れ味で被告人(犯人)の弁護士を論破し、犯人逮捕の過程で殉職した姫川の恩人たる佐田倫子(女刑事)の無念を晴らす長ゼリフを淀みなく、力強く捲し立てるんだけど、その凛とした雰囲気には裁判官の制止すら届かない。か弱いその身体の何処からこんな「力」が湧いて来るのか不思議なくらい彼女は強かった。そして、その姿に誰よりも敏感に反応したのが、裁判を傍聴しに赴いた佐田の仲間の刑事達の「敬礼」でした。その中に佐田の日記姫川に託しに病棟に足を運んだ佐田の上司を見つた瞬間(真っ先に立ち上がり敬礼してた!!)、僕は声を出して泣いた!!今、こうして書いててもモニターが滲む。その姿に「悪」に立ち向かう警察権力という「力」「心」が宿っているのだと感じました。

ちょっと湿っぽくてアレなんですが、僕らは『NARUTO -ナルト-』を通して「強さ」とは何だろう?を考えてるんだと思うんです。少年少女の考えるそれと、僕らオッチャンオバチャンが考えるそれとは必ずしも一緒じゃないし、凄く漠然としてて絞り込まれてなくて公汎過ぎるテーマかも知れませんけど…。そして、ナルトは既に九尾のチャクラの獲得と、その完全なコントロールを経て「力」(だけ)を手にしたんですね。でも、それがあまり芳しくはない。それは何でだろうと今、悶々としてる状況だと思います。僕は若き日の被害者・姫川の発揮する「力」に宿る「心」というものに震えた。それを思い出すと涙が流れる。「力」とは「心」と対で在るべきなんだろうと教えられた。これに気付けなきゃ嘘だと思うくらい…痛烈に。

もしもナルトに「ストロベリーナイト」を観せられたらと老婆心が(ry…そのくらい良かったんだけど、ナルトはしっかりとその辺が解ってる…っていうか、孫ちゃんとの絡みでサクッと乗り越えちゃうと思います。もしかしたら、「忍」の一文字って、「刃」という「力」を従えた「心」を示す六道仙人のメッセージだったのではないかと思えてきます。『NARUTO -ナルト-』の世界観的には「侍」から分派して忍宗忍術に発展させたのが「忍」なので、進化の流れとしては非常にリニアですね。ま…ものは取り様ですんでアレですが、ナルトが気付かなきゃならないのは「心」に相違なく、それが築くのが「本当の強さ」なのだと僕は思います。その為にナルトは傷付く必要があった…それがナルトの幼年期でありましょう。

そして、それを善しとしたのが三代目火影・猿飛ヒルゼンだった事に気付くと、また目頭が熱くなります。それこそ「九尾事件」で夭折したミナトとクシナへの「敬礼」に他なりません。また、それを傍観した自来也も同じ。僕などが垂れ流す老婆心なぞ鼻くそみたいなもんで、彼らの発した「愛」に僕はしっかりと「答礼」したいと思うのです。そして、それがナル×ジャンでの活動なのだと信じています。ま…ダラダラと長くなってアレですが、尾獣に「心」が在る以上、ナルトの生来持つ「愛想」とか「理解力」を感じない訳ないんです。しかも、その取っ掛かりに仙猿の王・斉天大聖孫悟空を持って来たのはナルトにとって最大の幸運だった事でしょう。孫ちゃんの「心」がナルトに向く度にゾクゾクッと背中がむず痒くなります。

自来也で思い出したけど、ナルト命名の行をナルトが知る「ド根性忍伝」をナルトに手渡したのって妙木山のフカサクさんでしたっけ。それ考えると、妙木山の悪意は否定されますね。しかし、どうあれ大ガマ仙人のトップダウンのみでアレだけの「力」が忍界に関与してたのは危険であり、自来也の死後、ナルトの仙術修行にシマが全く関与しなかった描写に、妙木山の行為に対するシマの疑問があった可能性を強く感じます。この辺りは「うちはの石碑」(結)で書こうと思いますんで留め置きますが、ナルトが自分の「名前」をしっかりと認識し誇りを感じられるなら、尾獣のそれぞれの名前を尊重できます。そして、それに宿る「力」だけでなく「心」をも見逃さず感じとれると思えます。孫ちゃんもそれに期待してるのが良く判りますね。


「オレは誰でもない
誰でもいたくないのさ
ただ月の眼計画を成せればいい…」
(トビ)

「だから…」(ナルト)

「絶望しかないこの世界に
存在する価値などない」
(トビ)

「自分を誰でもいいなんて言うあんな奴が…
お前らを言いなりにさせてんのが
ガマンならねーんだ!」(ナルト)

「………
なら…お前はオレ達をどうしたいってんだ?」(孫)

「………」(ナルト)

「ビーのおっちゃんと
八尾みてーになりてえ…」
(ナルト)


「は?」(孫)

「八尾と冗談言い合ったり
ケンカしたり励まし合ったり……!
はっきり口では言えねーけど
近くで見てると分かる…
まるで友達みてーでよ…
…んでいつもオレってば
こう思うんだ」
(ナルト)

「?」(孫)

「むっ…ちゃ……
うらやましいってよ……!」
(ナルト)

ナルトの凛とした生き様と対極に在るのが「誰でもない男・トビ」でありましょう。先にトビの鎖のチャクラ(クシナと同種のチャクラ)に押さえ込まれ悔しがった五尾然り、尾獣の「心」を存在から否定する様なやり口に、ナルトは嫌悪感を示しています。トビは自分だけでなく世界を否定しようとしています。それが「月の眼計画」の本旨であり、兄系の独壇場とも言える幻術で世界を夢に貶めて安心しようなんざ反吐がでるっともんでしょう。ナルトはナルトなりにそれを理解してるんです。だから、自分の言葉で話せる。僕は「お面」をして自分を「うちはマダラ」だと言い張るトビを「マダラ」と呼ぶ事を憚(はばか)りました。それと、ナルトの想いは同じでしょう。そもそもアイデンティティに「お面」なんてあり得ない(笑)。

実際、図らずも穢土転生で召還された「うちはマダラ」はその反転した両目を隠しはしなかった…。そして、このまま世界征服しちゃんじゃないかと心配しちゃうくらい強かった。その「強さ」をトビに感じないのはそのアイデンティティの希薄さに拠るでしょう。それを一番理解しているのはトビなのです。だから世界征服に大幻術・無限月読なんてやりたがるんです。トビの持つ気持ち悪さは「一体化願望」にあります。「自分」と同じ気持ちなのは「自分」だけです。「共感」「同感」も違うものです。個体として人が生きる以上、孤独なのは仕方ない事です。その中で人は互助的な関係性を模索し、「社会」を構築して来ました。「社会」は折り重なり「世界」へと発展する。それは人の本能に根差した自然な進化です。

人が感じる「孤独」を受け容れる為に「自分」が確立しなければ成らない。中心のない「独楽」(こま:孤=”ひとりぼっち”が楽しい)は回転できない。「自分」という中心があって「孤独」が認識できるのです。トビは「自分」を見失い事で「孤独」すら見失っているのです。それがトビの「不安」の根っこであります。それで、ナルトはそれを言葉にできない代わりに、キラビと八尾の関係性に言及しています。これこそナルトの「理解力」なのであります。それは「知性」でもある。「知性」とは「優しさの根」であると、故・司馬遼太郎氏は書き残しております(「21世紀に生きる子供たちへ」参照…ググれば直ぐに見つかります)。ナルトの素直な感じ方こそ、これから未来を生きる少年少女には大切です。そして、これは真似できます。

僕はナルトは「異常者」だと散々騒いで来ました。その根拠に「八卦の封印式」なんてチートな仕組みがありまして、案の定その中にはミナトとクシナのチャクラが組み込んでありました。既に死んだ人が出て来て救ってくれるなんて本来有り得ない事です。でも、そうでもしないと乗り越えられない無理難題をナルトは解決しなきゃなんない運命も同時に持っている。それを踏まえて、僕は皆さんは「ナルトにはなれない!!」と言うしかない。言わなきゃなんない!!と思っています。サスケの堕天を鑑みてもそれは了として頂きたい。でも、真似られるものがある。それはナルトの「真っすぐさ」「素直さ」であります。同じ様に「自分」を感じる事もできる。アンタが感じる「自分」とは「ナルト」ではなく「アナタ」なのだから。


「ガハハハ!!
人間のお前がまさか本気で
尾獣と友達になりてえなんて
言うんじゃねーだろーな!?」
(孫)

「………」(ナルト)

「ハハハ……!」(孫)

「………」(こいつ…)(孫)

(本気で言ってやがる…)(孫)

確かに孫ちゃんには「心」がある。だから、ナルトの発する「真っすぐさ」「素直さ」を感じられる。その為に必要なのは何度も何度でも言うけど「自分」であります。「愛」という字の中心「心」が在るように、「忍」「刃」(やいば)が「心」の上に築かれるように、「心」のある「言葉」もまた届く。僕は『NARUTO -ナルト-』の作品を通して何かを書き皆さんに発信している。それは営利目的でなく、お節介でもあり、老婆心に過ぎない行いである事を重々認識している。その上で残り少ない人生時間をナル×ジャンの活動に捧げている。僕は『NARUTO -ナルト-』に沢山与えられたんだと感謝している。こんなにも素晴らしい作品に出会えた事に心から感謝している(モニターが滲む)。その想いに嘘はない。

僕は僕の「心」が皆さんに届けば幸せだと思いながら、キーボドを叩いている。相方には申し訳ないが、その時は孤独モードに入って頂く。相方も良くしたもので、何も教えはしないが、顎を床にべったりと着けて休んでいる。時折、僕の方を観るが、僕が関わらない限りじっとしている。それは相方が僕の「心」を理解してくれてるからなんだと、僕は感謝している。僕は僕の言葉に「心」を乗せて皆さんに届けている。1グラムでもいい。一粒でもいい。どんな小さな粒子でもいい。皆さんに「心」が届けば良いと思いながらナル×ジャンを続けている。そして、その想いは絶対に伝わると信じている。もしも、僕の書いたものを読んでくれる方のモニターが滲んでるなら、これ以上の幸せはない…と信じています。

それが「繋がり」なんだと、僕は思う。人には「心」がある。それがいろんなものに宿り「本当の強さ」を発揮する。僕らはそのプロセスを『NARUTO -ナルト-』で検証しているに過ぎない。そして、孫ちゃんがナルトをしっかりと吟味し信じた様に、「心」「心」を認められる。それを甘いとか絵空事と信じられないのは、とても悲しい事だと思う。僕は泣きながらこの文章を書いている。それは僕が「言葉」「心」を添えているからだと信じている。僕はただただ僕の「心」を伝えたいと思っている。少年少女に気持ち悪がられるかも知れないけど、これが僕の「本心」なんだと思ってる。それを素直に真っすぐに感じてくれたら幸せです。そして、今、感じている「何か」があるなら、それを忘れないで。どうか…忘れないで。


「だからオレはお前も助けてえ…
えっと…」(
ナルト)

「ハァ………孫でいい…

で…お前オレに食われてっけど
どうすんだ!?」
(孫)

「!!
そ…そうだったってばよ!!
どうしよう!?」(ナルト)

(面の奴よりはマシみたいだな…)(孫)

「オレを止める方法ならあるぜ……
代わりに鎖を解いてくれるってんなら
教えてやらんでもない」
(孫)

「! 孫!!」(ナルト)

孫ちゃんを見てれば、九尾・九喇嘛が何を考えてるか解りますよね。既に九喇嘛の「心」は動いている筈です。あとは切っ掛けというか、九喇嘛がナルトに「心」を開くタイミングを与えてあげれば良いんだと思います。九喇嘛もそれを探してる最中でしょう。ツンデレの「ツン」「デレ」に変わるのって萌えるよねーッ!!なヲタク的展開で好みです(笑)。しかし、ナルトがクシナの遺伝子を継承しているなら、クシナが持っていた希少なうずまき一族のチャクラを持ってる可能性もあり、孫ちゃんを閉じ込めるぶっとい鎖をどうこうできたりするんかしら。できればナルトにはそんな特殊な「力」ではなく「心」に頼って行動してもらいたいんだけど、ナルトは既に「心」を理解してるからね。どうなりますか…。

ま…その辺のカラクリはナルトにデレデレになるだろう孫ちゃんが説明してくれると思うので譲ります。今回はTVドラマの話に始まって感想があらぬ方向に転んでしまったけれど、それはきっと僕の「心」に関係してるんだと思います。いろんな物事に触れ人は感じる生き物であります。そして、僕の「心」が何を発信したくなった。それが今回のグダグダかも知れません(汗)。ま…少年少女・若者はTVドラマなんか観ないんだろうけど(笑)、年寄りの話もたまには聞いてくださいな。決して損はさせませんぜ。さ…気持ちを切り替えて相方と散歩でもして来ましょうかね。年も改まりましたことですし。何せ年のオッチャンなんで(笑)。相方共々、今年も宜しくお願い致します…と、まとまった様なまとまらない様な(ry

届け!!

第568話「四尾・仙猿の王」
ナル×ジャン ケルベロス




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第568話「四尾・仙猿の王」③

 
「………」(九尾)

<ガバッ>(四尾)

<ガクン>「うわ!!」(ナルト)

<パクン>



「ナルトォォ!!」<ドクドク>(八尾)

<フッ>「!!」(ナルト)

「今度はお前がオレの力をぶん取る気か
…こんな所にまで入ってきやがって…
クソガキキィー!!」(四尾)

「何だ!?」(ナルト)

「こ…これって…四尾…!?」<スッ…>(ナルト)

いきなり余談=四方山話で申し訳ありませんが…TVドラマ「謎解きはディナーのあとで」最終回をやっと観れたんだけど、他愛ないストーリーだったけど、何だか良い気持ちになれる作品でした。人が人を導く。その為に教え=仄(ほの)めかし、やって見せ、やらせてみせて、最後に褒める…その周到なプログラムに、『NARUTO -ナルト-』に脈々と流れる「親の愛情」に通じる清らかさを感じました。桜井君の執事が絶妙で、非常に高貴で落ち着きがありました。やや「ヲタク傾向」があったのも親近感(笑)。人が人を導く行いの底流にはやはり「愛」が必要なんだと感じました。しかし、それには人の持つ曖昧な感情が大きく関わります。だからこそ愛される能力は重要です。僕はそれが「愛想」なのだと考えています。

そこでナルトに対する僕らが感じる「好意」の量が半端無い事に気付く筈です。物語の主人公だし、今やホントに「木ノ葉の英雄」になっちゃったし、ぶっちゃけ「ヒーロー」だし…魅力が一杯詰まったキャラなんだから仕方ないでしょ。「謎ディナ」では影山(櫻井翔)と宝生麗子(北川景子)がそれだったのかな。それのみに支えられた感も在りますが…(汗)。ナルトの「愛想」に注目すると、その対極にサスケがいる事にも気付くでしょう。そして、サスケも充分、愛されてる事も。サスケの「愛想の尽かされなさ」は異常でしょう(笑)。「愛想」にも色々ある訳だ。何でこんな話から入ったかと言うと、これからナルトの持つ「愛想」が如何なく発揮されるからです。それが理解できないと読み込みが浅くなると僕の老婆心が(ry

さて本誌にもどりまして…先ずは八尾と四尾が揉み合って、四尾が口を開けた時にナルトを飲み込んじゃったんだと思います。人柱変化・四尾の口の中にナルトは落ちた。つまりパックリと食われた状態です。そして、ナルトの九尾チャクラモードが解除され、ナルトの目の前には太い鎖に縛られた四尾が現れます。胸には太い楔の様なものが四尾の背後から身体を貫いているような…。ナルトの足元には九尾と対峙した八卦の封印式内のように水辺が広がっているようです。ナルトが「四尾」と微妙に驚くのは自分を飲み込んだ四尾が目の前に縛られているからで、懐かしい景色と共に動きを封じられた四尾の姿に、どうやらここが四尾を縛る人柱力の結界であろう事を何となく悟っているように思われます。

ここで「テイルズ六道」「組成」とトビの「人となり」を吟味すると…先ずは組成。テイルズは穢土転生で構成されるお人形で、召還後、そのお人形に細工して写輪眼(これは諸説あって、例えば「外道の術」の瞳力・瞳術が六体のリンク先に反映される考え方もありんす)を埋め込み、操作用の杭を胸に打ち込んでいる。穢土転生には生贄(いけにえ)が必要で、それを取り囲む塵芥が召還した魂のぜ以前の姿・能力を再現する。そして後頭部にクナイに結び付けたお札を埋め込んで術者が操作(縛る…と表現した方が妥当?)する仕組みです。なのでトビの「テイルズ六道」は基本、穢土転生で操作し、「外道の術」を用いて視野共有し攻撃や防御の連係を確保してるんじゃないかと、僕は推察しています。

「テイルズ六道」の各個が「六道の力」を発揮できないのは、その組成が穢土転生の術に依存度が大きいからだと、僕は考えます。その為、「テイルズ六道」の杭が少ないと考えると、「テリルズ六道」の胸に刺さった太い杭って、操作系じゃないかも…と考えが巡る訳。それが太い鎖…この鎖もクシナが「九尾事件」で出したものや、前回トビが五尾を制御したそれともディテールが違います。棘棘がありません…に縛られた四尾の胸にブッ刺さった楔だか杭だかとリンクします。他のテイルズの結界内(一応、結界内としましょう…笑)の状況を提示されないと判断できないけど、尾獣チャクラの送受信用なのではないかと仮説が立ち上がるのです。つまり、「テイルズ六道」の胸の杭は非操作系=エネルギー供給用?

それにトビの「人となり」(=生まれつきの性質とか外見)を考えると、一度、外道魔像に封印した尾獣を穢土転生のお人形さんの中に戻したりするかしら…そんなギャンブルする人なのかしら…と、僕は思うんですね。トビみたいに用心深くて疑い深くて狡い人がナルトとキラビを鹵獲する為にそれと等価な人柱力を六体も用意する筈はないです。リスクも最小限にするのがしっくり来ます。つまり、尾獣は外道魔像に収まったまま、例えば四尾は外道魔像の中で縛られてて、胸の杭が穢土転生のテイルズにチャクラ飛ばしてると考えるのが、僕的には妥当です。ナルトは四尾に食われましたが、あれは人柱変化した四尾でオリジナルの四尾ではありません。ナルトは四尾と交信してる…そのイメージを見てる。

それが四尾に食われたナルトの九尾チャクラモードが解除された描写の理由ではないかと思うんですね。これまでの提示でオリジナルの尾獣に食われて生還したキャラは「金角銀角」だけなんですね。そこで九尾の内蔵のチャクラ肉(=ホルモン?)を食べて肉体的・チャクラ的に変容しました…が、それと今回のナルトはちょっと違います。恐らく、四尾本体は外道魔像の中で、その中もパーテーションに仕切られて、各尾獣が混ざり合わずに居られるんじゃないかと思います。外道魔像は蓮華座を介し「白ゼツ軍団」のリンクしてて白ゼツの活動用にチャクラを供給してる筈。製造後の「白ゼツ軍団」が蓮華座へのヤマトの組み込みでパワアップしたのはリアルタイムで繋がり、絶えずチャクラを送信してる根拠たり得るでしょう。

そして、忍連合が九尾チャクラモードの分身ナルトの悪意の感知能力を借りて「白ゼツ軍団」をほぼ殲滅した現状、外道魔像のチャクラを「テイルズ六道」に潤沢に分配できる様になったのだと思われます。しかし、未だ完全に「白ゼツ軍団」が殲滅した訳でもないので、外道魔像から尾獣チャクラを取り出す訳にもいかない。それが外道魔像内に未だに尾獣が残留すると考える根拠でもあります。きっと、それは次回以降の四尾の封じ方に関係して来ると思われます。だから、こんなにダラダラ書いて全く外れてましたなんて…凄いリスク背負い込むケルベロスも阿呆だなと思いますが、トビの狡さを考慮すると、どうしてもこれを書きたかったの。僕は僕のやりかたでトビを否定したいだけなんですけどね(笑)。


「…オレを四尾なんて呼ぶんじゃねェ!
ちゃんと名前がある!」(四尾)

「オレは水連動の美猿王
六道仙人より孫の称号を与えられし仙猿の王
孫悟空 斉天大聖だ ウキキィー!!」
(孫)

「ん?え!?どれが名前…?
ウキキー?」(ナルト)

「孫悟空だ!!」(孫)

「フン…やっぱ人間はバカばかりだな
名前もろくに覚えられねェ…猿以下だ

そんな奴らに…オレに力はやりたく―」(孫)

「…てか何だここ!?
九尾のとこと似てんぞこれ…!」(ナルト)

「聞いてんのかてめー!!
オレ様の名前はテキトーに聞いた上に
無視してんじゃねーぞ失礼すぎんだろ!!」(孫)


「え?
あ…!ご…ごめん…」(ナルト)

「…!」(孫)

「てめ…
人間の割には素直な奴だな
尾獣に謝る奴なんてのは初めてだぜ


どうやらオレの力をぶん取りに来た訳じゃ
なさそうだな…

お前の中にも居るな…
だからここへ入れたのか…
九喇嘛は人柱力の仕付けがいいとみえる…

「クラマ…って?」(ナルト)

「てめ…
九尾の本名も知らねーのに
九尾の人柱力やってんのか!?

これだから人間は…!」(孫)

四尾は正式には「孫悟空・斉天大聖」と言うらしい…「斉天大聖」は称号として、「肩書き」と考えて良いと思います。「法号」とは僧侶の師匠が弟子に与える名で、この場合、六道仙人という僧侶が仙猿の王たる四尾に名を遣わせた…つまり、四尾は六道仙人の弟子だった…事になります。まさか四尾がストーカーチックに六道仙人を崇拝してたとも思えませんので、十尾分割後、少しの間、六道仙人のチャクラが残留して、彼が生み出した尾獣と接してた事実があったのだと思います。そう言えば、ナルトが九尾のチャクラのコントロールで、九尾を「六道の鳥居」で押さえ込みました。それに九尾は「六道の…」と反応しましたので、結構痛い目に遭った風でした(笑)。四尾には好意的だったって事なのかな。

どっちにしても孫ちゃんには相当の知性がありそうです。近くに居たらちょっと口うるさい嫌なオッチャンだと思われます。そんな孫ちゃんの情報に拠れば九尾の本名(=法号=六道仙人が与えた名)は「九喇嘛」(くらま)なんだそうです。尾っぽの数に関係してるから「九喇嘛」なのか?しかし、それだと「孫悟空」の立場がありません(笑)。それとキラビが八尾を「八っあん」と呼んでますんで、それは「八尾」の「八っあん」ではなく何らかの法号があって「八なんたら」みたいな、ちゃんとした本名があるんでしょう。同じ週ジャンで連載されてる『BLEACH』でも、斬魄刀のコントロールの為に斬魄刀の「名前の認識」が必須でしたが、「力の獲得」のプロセス論としては少年誌の定番と言って過言ではありません。

ここで注目して欲しいのは孫ちゃんが酷く気難しいというか、嗜好や拘りが強いところです。八尾も言ってましたが尾獣には「心」があります。だから、トビが鎖のチャクラで問答無用に五尾を押さえ込むのに「心」を痛めていました。孫ちゃんも太い鎖に縛られながらも凛とした感じでナルトに相対していて卑屈な雰囲気は微塵もありません。そして、その「心」のザワツキに目を向ければ、トビが外道魔像や、鎖のチャクラ、柱間の細胞…その他諸々のチートな手段を用いて、尾獣から「力」のみを搾取している事に気付くと思います。しかし、それはナルトも同じで、仙術チャクラ・仙人モードで九尾をフルボッコにして九尾のチャクラ=「力」を奪っただけで、トビのやり口とそう変わらない…それの是正が必要な訳だ。


「え!?
九尾にも名前があったの!!?」(ナルト)

「チィ…」(九尾・九喇嘛)

「そっか……
クラマってんだ…」
(ナルト)

「お前ら人間はオレ達を
ただの力としか見てねェ…

だから名前すら知らねェし
知ろうともしねェ…」(孫)

「…!」(ナルト)

孫ちゃんの示唆に注目して欲しい…と、僕は凄く思うんですね。それで、年が明けてやっと見た「謎ディナ」の下らないお話から今回入った訳ですが、いくら何でも前戯が過ぎるだろッ!!とお叱りの言葉もなく(笑)、よくぞここまで耐え忍んでくれましたね(笑)。ま…そういう事で(←どういう事なんだ!!)、孫ちゃんがナルトにこうも絡むのは、そのベースにナルトへの「好意」というものがあり、それを引き出したのがナルトの「人となり」たる「愛想」というものであります。例えば、ナルトにさしてみる所もなく、逆に嫌な雰囲気があったら孫ちゃんだってこんなに喋らないと思うんです。ナルトには僕らが感じる様に放っておけなかったり、目が離せないとか、気になるとか、魅力があるんです。

それらを総合して「愛想」と僕は考えてるんだけど、その奥の奥に有るものは、やはり「理解力」なんだとは思います。孫ちゃんはそれに本能的に反応してるんじゃないかとも思います。聞けば、どれだけの期間かは解りませんが、六道仙人とも絡みがあり、法号まで貰っちゃって、しかもかなり口うるさくて、よく言えば知性的(笑)。感情も豊かです。そんな孫ちゃんが自らを名乗り、ナルトに訴える行いには、これまでの自分に対する忍の扱いへの不満が渦巻いています。そして、九尾の本名(=九喇嘛)を知らずに九尾チャクラモードの恩恵に浴するナルトの胸に刺さる一言…「お前ら人間はオレ達をただの力としか見てねェ…」を素直に受け止められる「心」が在るナルトの「人となり」孫ちゃんも感じてるのです。

ナルトの陰惨な幼年期とは、尾獣に対して忍がとった仕打ちと非常に酷似している…即座にナルトはその記憶にアクセスします。僕らは子供だった頃の記憶をどれ程覚えているんでしょうか?子供の頃に抱いてた不服とか不満とか。大人になったら、それと同じ事を子供達にしてるんじゃないか?あの時、あれだけ嫌悪した行いを僕らは忘れ去り同じ轍を踏んでいまいか?その愚かしさに大人は気付くべきでしょう。僕は親が最低限しなければ成らない事は「自分がされて嫌な事は他人にしちゃいけない」だと思っていまして、以前、僕がナル×ジャンを始めたばかりで中二病全開でイキガッテタ頃、自省の念を持って書き記した「イルカの『涙』の成分」(アイデンティティ)にも書いたっけな…書いた…書いた(汗)。

懐かしい…全てが…懐かしい。思えば100本目の考察でした。やはりお正月にアップしてますね。奇しくも同じ日…2007年1月8日でした(遠い目)。きっと、僕はあの頃と変わらないんだろう。偏屈で気難しく、その割りに大雑把で適当(汗)。でも、そんな僕が永きに渡って「愛」を感じる『NARUTO -ナルト-』という素晴らしき作品の「力」とはどれだけ凄いのだろうと思います。そして、僕は今こうしてキーボードを叩きながら思う。この作品の「力」だけでなく「心」を感じるべきなんだと。キッ神が発するメッセージ。その奥の奥にある「心」をナルトが示す「理解力」をもって感じるべきなんだと。きっと、それを孫ちゃんは訴えてるんだから。少年少女は悩め!!大人は思い出せ!!そして、その先にある…………

「心」を感じよう!!(続きます)


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業務連絡(120106)

 
ごめんねごめんねごめんね…ふぅ

ごめんなさい!!
急に忙しくなってしまいました(汗)。
感想の続きは土日にアップさせて貰います。
お休みモードが切り替わらなくて辛い…。

ナル×ジャン ケルベロス

 
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第568話「四尾・仙猿の王」②

 
<バッ>(八尾)

<シュルルルルルル>(八尾)

<グラ><グラ>

「ぐくくっ……!」(ナルト)

「ナルトを離せ
このサル!」(八尾)

<ゴゴゴ>

(九尾…お前向こうのマダラと
やり合ってた分身ナルトに
力を貸してやったみてーだな!

今回もその気なら
力を貸してくれても
かまわねーぞコラ!)(八尾)

「………」(九尾)

「くっ…ぐっ」(ナルト)

(ワシはお前とは違う八尾
そう何度も何もなく人柱力に
尻尾を振ったりはしねェ…)
(九尾)

(お前
ナルトがどうなってもいいのかよ!!)
(八尾)

カカシとガイが奮闘し、キラビの人柱変化で肉を得た八尾が四尾に触手を絡ませますが、ナルトの大ピンチが続きます。前回、四尾の口に転がり落ちた時、ナルトが<フッ>っと九尾チャクラモードに入ったのは、九尾の助力だったと思うんですが、どうも違うみたいです。八尾はナルトの八卦の封印式の中の九尾と独自に会話ができるので(←ココ、ちょっとした意味があると思います)、ナルトに「力」を貸せと九尾に言うのです。多分、人柱力に封印された状態で人柱力が殺された場合、封印された尾獣も一緒に死んでしまう筈で、九尾が何もしないでナルトが死んでしまったら九尾も死んでしまうのに、何で「力」を貸さないんだと八尾は腹立たしいのです。きっと、そんな事は九尾も百も承知だろうから余計腹が立つ。

きっと九尾は自分など死んでしまえば良いと思っているのです。九尾事件でのミナトの提示から、尾獣は死んでも一定の期間を経て復活できると考えて良いと思われます。なので尾獣は「今」の生に固執しないでもいい。尾獣とは十尾のチャクラを九種類に分割して、六道仙人が拵えた肉に収めた「命」であり、不滅の存在なのかもしれません。そもそも十尾の正体が不明だし、十尾は十尾なんだとするしかないのかも知れませんが、例えば『NARUTO -ナルト-』の世界の土台である地球の一部とか、「ガイア(理)論」なんてのがありますが、十尾のチャクラ。それを元に作り出した九つのチャクラが不滅であり、陰たるチャクラが陽たる肉体を創造できるなら、尾獣が不滅の存在だと考える事もできるでしょう。

ちょっと余談ですが、九種類のチャクラに拘るのは、チャクラが基本性質の土・水・火・風・雷の五種類しかない提示に起因していまして、五つしかないものから九つの性質を生み出す為に五種類の中から二種類を取り出して組み合わせる5C2しかなかったんではないかと考えるからです。また滅した肉体をチャクラが復活させる為にチャクラが自立した存在である必要があり二種類のチャクラが反応する事で無限にチャクラを生成するシステムがどうしても必要で、忍がチャクラを練るのとは違ったチャクラ生成を尾獣で採用したと考えねば、「尾獣不滅論」が維持できない訳です。話を戻すと九尾がナルトを見捨てるのは「今」の生に固執する必要がないからで、尾獣にしてみれば合理的な選択でもある訳です。


「九尾…今のお前は
一時に結節(結び目)した仮の姿に過ぎん
分散した力の一部でしかない


知の足らぬただの不安定な力でしかない
お前に導きを与える者…それがうちはだ
お前ら尾獣は瞳力者の僕でしかない

従え」(うちはマダラ)

「九尾…お前の力は強大過ぎる…
悪いが野放しにはしておけん」(千手柱間)

「アナタが力を振るえば憎しみを引き寄せる
私の中でじっとしていて下さい」(うずまきミト)

「アナタも私もついている方じゃないのは確かね
アナタは世界の抑止…そして私はアナタの抑止」(うずまきクシナ)

(どんなことを語ろうが
人間の語ることはいつも
皆同じだ)
(九尾)

しかし、不滅の尾獣であろうと、特殊なチャクラ(結節)を持っていようと、結局、チャクラを土台に「力」を得ている以上、忍術…つまりチャクラの扱いに長けた者であれば付け入る隙が生まれるのです。恐らくそれが尾獣が忍を疎ましく思う理由でしょう。在りし日のマダラが九尾を従えたのは特殊な瞳力…万華鏡写輪眼のお陰だし、マダラが九尾を「知の足りぬただの不安定な力」と蔑むのも一定の理解が得られるのも事実です。先の「ガイア(理)論」に拠れば十尾が世界(地球)そのものだとすれば殺す事はできないでしょうから、それを自分以外でもコントロール可能な状態にするのは親心であり、尾獣と如何に共生して行くかが忍に六道仙人が与えた試練だったのではないかと思えます。そして、それが忍の歴史でもあったでしょう。

尾獣へのアプローチは兄系の瞳力弟系の人柱力のシステムがあり、「うちは虐殺」でうちはの瞳力が途絶えた以前から各里で尾獣を押さえ込んでいた事実があるようなので、尾獣は弟系の管理下に置かれたと考えるのが『NARUTO -ナルト-』の史実にもマッチします。九尾が回想の後、歯軋(ぎし)りするようにチャクラ巧者たる忍が常に九尾や他の尾獣を何とかして来たようです。それは尾獣をチャクラの塊=「力」としてのみ認識する歴史でもあったでしょう。九尾にとって忍に対する敗北が自由を奪われ、尊厳を奪われ、生に対する執着を希薄なものとする「負のスパイラル」だったと思います。九尾がその心に溜め込んだ「憎しみ」とは凡そ、そのような歴史に培われた「澱」(おり)でありましょう。

尾獣とはリアルの世界に置き換えるなら「原子力」のようなモノだと思います。太陽がその温かさで「生命」を生み出したように「原子力」への憧れとは「神」に対するそれと同義なのでしょう。「忍」(敢えて「人」としないのは大きな意味がありますが、それはまた別の機会に…)が忍同士で争い、血で血を洗う戦いに明け暮れた忍界大戦で「痛み」や「憎しみ」に押し流されてしまったこれまでは、自分達が生み出した「痛み」や「憎しみ」を増殖させるだけの愚かな歴史だった事にそろそろ気付き始めている点は大きいです。そして、それは「力」「強さ」に対する認識の変革でもある。ナルトは長門との対峙に拠ってそれを感じてはいると思うんです。それをどう表現するかが問題なのだと、僕は考えているのです。

同じ様に尾獣にも「心」がある。それを認められなくて九尾は「心」を閉ざしているのです。いじけていると言ってもいい(笑)。それは「忍」がお互いの血で血を洗う争いに明け暮れたのと酷似しています。「忍」にも「血」があり、その愚かさを理解する文字色「知」はなかった訳だ。そして、「忍」のうちはマダラが瞳術をひけらかしながら九尾を「知の足りないただの不安定な力」などと酷評するもんだから、九尾の「忍不信」は鉄板になってしまう訳だ。これをして「負のスパイラル」だと僕は思うんだけど、「忍」にしても九尾にしても、尾獣にしても、「痛み」や「憎しみ」を覆い隠す為に「力」だけを求め求められた「愚」に今、双方が触れている…。ナルトがそれをどう表現するのか?そこに注目して欲しいんです。


(今度はこんなガキか………忍共め…
どのみちこいつも…)
(九尾)

「なぁ九尾…オレはな…
いつかおめーの中の憎しみも
どうにかしてやりてーと思ってる」
(ナルト)

「!!?」(九尾)

九尾はとっくにナルトに期待してるんです。その目は見開かれしっかりとナルトを見ています。それはナルトが生来持つ底知れない「理解力」に対する期待でもあります。僕らが『NARUTO -ナルト-』に感じるワクワクする気持ちやゾクゾクしてしまう気持ちも、同じ部分に根差しているのだと、ここで断言させて頂きます(笑)。九尾の心に堪りに堪った「澱」(おり)とは、そもそも「忍」が生み出したものであります。結局、九尾は理解されずに暴れた訳。それに似たのがトビであり兄系…取り分け、うちはマダラでありました。これはもう「水掛け論」で言った言わないの世界。はたまた、「卵が先か鶏が先か?!」で、それを一度リセットする為には計り知れない量と質を兼ね備えた「包容力」が必要になるでしょう。

それを成す為に仕組まれたのが「うずまきナルト」なのであります。「ミナト→自来也」のホットラインが妙木山を巧妙に利用(…したと僕は思ってますんで)して奇跡の子を作り出そうとしているんです。だから、ナルトは「特別な子」なのです。童話の「醜いアヒルの子」というのがありますけど、アイデンティティ的にあれは「醜いアヒルだと思ってたけどホントは美しく立派な白鳥の子でした」というのが正解で、これから真っ当に成長しなきゃなんない少年少女を誑(たぶら)かす「悪書」(失敬!!)と、僕は思っとりますが、ナルトは成るべくして成り、スプーン一匙(ひとさじ)はおろか、耳かきの先でもない、極細の注射針の先の先に辛うじて乗っかる程、希有な存在である事を認識して欲しいです。

そして、その上で「自分」とは何なのか?に悩んで頂きたい。それこそ「自己同一性」…つまり、アイデンティティのイバラ道であります。自来也が雨隠れの水底に何故、沈んだのか?自分の「死」をして、口元を緩め、「うずまきナルト物語」を夢想した。あの光景に、僕は涙を禁じ得ない。そこに漂う物悲しさこそ少年少女に決して教えたくない「秘密」であり、気付いて貰いたい「真実」とだけ申し上げましょう。新年早々、ちょっとアレな内容に成ってしまったけど、物語はココまで成熟しているという事です。そして、ツンデレ・九尾は既に「完オチ」と言っても良い状態。後はナルトの出方次第。そんなナルトを見てて堕天してしまったサスケがいる事を忘れちゃいけない!!悩め!!もがき苦しめ!!少年少女よ!!(ごねん!)

以上、六頁~九頁中段まで(続く)。


 
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第568話「四尾・仙猿の王」①

 
<ズン>

<グラ><グラ>

「うわっ!」(ナルト)


<メリメリ>

「………!」(ナルト)

「…………」(九尾)

四尾・老紫の尾獣変化で完全体と化した四尾(名前は後述されますが、斉天大聖・孫悟空…ウキキーだそうです)が優勢。八尾を投げ飛ばします。ナルトはそんな四尾の歯に挟まれてて、今にも噛み潰されそうになるも九尾チャクラモードの剛力でそれに抗します。剛力と言えばナルトは他に仙人モードを会得していますが、アレは「動かずの仙術チャクラ」が必要ですんで、実戦には不向きで、仙術の会得に関しては精神世界で九尾と戦う為の…文字通り戦術で、ミナト→自来也の阿吽が敷いた軌道(レール)だったんではないかと、僕は考えています。仙術を実戦向けにディチューンしたのが自来也の仙人モードだったんですが、その為の融合(両生の術)を否定したのが九尾=八卦の封印式だったのはよく考えると深いです。

そもそも妙木山の二大仙人ともあろうフカサクとシマが自来也の双肩に乗っかったのは予言の執行への関与、或いは監視だったと、僕は考える訳で、自来也は仙術による力の獲得…大蛇丸を超える…の代償として敬愛するフカサクとシマの管理下に我が身を委ねるしかなかったのです。自来也も最初はただ強くなりたかっただけなのだと思います。その情動が妙木山と自来也を引き合せる…その餌として「仙術」があったと考えると、妙木山が忍界に何らかの意図を持って関わった仮説が立ち上がります。僕はそれをして「大ガマ仙人の予言は胡散臭い」と騒いでいたのですが、その上を行ったのが自来也→ミナトのラインで恐らく妙木山を逆に利用した。自来也が何はなくともナルトに蝦蟇との契約を結ばせたのはその証拠です。

ちょっと話がサブカル系に流れてしまったんでこの辺にしまして、今回はお正月休みに遊び過ぎてしまって早ジャン(年末、しかも29日には配本されていた)を手に入れながらも惰眠を貪ってしまってこの有り様(汗)。しかも、今回も合併号で次の週ジャンの発売は二週後ですとな!!今まで、こんな時だからこそ頑張ったナル×ジャンなんですが、気持ちが入らなくて困っています。ケルベロスも力を失ってしまったな…閑話休題…「力」と申しますと、ナルトの剛力に関しては「仙人モード>九尾チャクラモード」かなと思います。ま…そんな事はどうでも良いんですが、九尾がそんなナルトの頑張りに気が気じゃないのがツンデレのデレっぽくて好み。狸寝入りの九尾がしっかりと目を見開いてナルトを見ていますね(笑)。


<ザッ>(カカシ)

<ザッ>(ガイ)

「!!」(ガイ)

「ヌオオオオ!!」(四尾)

「ナルト!!」(ガイ)

「助けねば!!」(ガイ)

「ガイ
まずはこっちだ!!
こっちだって
充分ヤバイでしょ!」(カカシ)

「挟まれた!」(カカシ)

「うおっ!!」(ガイ)

そんなナルトから目を離せないのがカカシとガイで、取り分け大ピンチのナルトにご執心なのがガイのようです。カカシはガイの良心と言いますか、理性みたいな役割を担う人でありまして、二人の絡みはまるで「陰陽マーク」のようで美しいです。「冷静と情熱」こそ「カカシとガイ」の真骨頂でありましょう。この美しき組み合わせは将来的には木ノ葉の中忍ベストを羽織った「サスケとナルト」に継承してもらいたかったんですが、事が事だけに世の中そんなに甘くありませんので却下と致しましょう。ここで二人がこうしてナルトの眼前に現れたのは「親」としての役目を果たす為だと僕は考えてるんですが、じゃ「やっぱカカシはお母さんでガイがお父さんですか?」と質問がありましたので一応、そうだと答えましょう。

ただガイに関して今はある事情で話せませんが、極めて特殊な特性を持っていまして、それがカカシにはできないけどガイにはできちゃうみたいな結果を提示しています。詳しく説明できなくて歯痒いんですが、ガイは「ただのお父さんじゃないです」とだけ言っておきましょう(笑)。しかし、じゃあカカシは普通のお母さんなのかと申しますと、ガイにとってはまた特別な存在であり、カカシが在るからこそ立つガイが在る訳です。それを理解する為にはガイの持つ「特殊性」を説明しなきゃなんないんですが、今ここでお話しするのは無粋だと思われます故、もう少し僕の中で温めさせて頂きます。それと凄く余談でありますが、カカシとガイはどっちが強いか?と質問された事がありましたっけ…(遠い目)。

僕はその問いが凄くナンセンスに思えてなりませんでした。しかし、その質問の主はつぶらな瞳を爛々と輝かせる少年で、肌がツルツルで、髪の毛には天使の輪っかがかかってて、ショタが若干入ってるかも知れないケルベロスとしては門前払いする事もできず…(滝汗)。そこで、ふとカカシとガイが「強さ」とは何かをこの子らに示す存在なのではないかと、ケルベロスは悟るのです。僕は少年に教えられたのでしょう。現状、ちょっとお酒が入ってて口を滑らせそうでアレなんですが、カカシとガイがどっちが強いかを考える行為に疑問を持たねばならんと思います。そして、その問いをナンセンスと思えるならば、きっと「強さ」とは何なのかを理解できるでしょう。それに気付いて欲しいと、僕は思う人であります。


<スウー…>

<ボロ><ボロ><ボロ>

「!!
木が一気に枯れた!
…腐らせるガスか!?」(ガイ)

(チャクラ量が心配だが…
しかたない!
影分身の術!!)(カカシ)

「ガイ…お互い背中は任せるとして…
前に集中する…文句あるか!?」


「ない!!」(ガイ)

<ダン>

もっと表層でカカシとガイを楽しむのも良いと思います。忍術・体術・幻術をバランス良く扱うカカシと、体術のみを特化して極めるガイ。そこには「強さ」の一面を別の方向から求めた極点があるでしょう。カカシは均整のとれた極端であり、ガイは一極に集中した極端なだけです。その意味で二人は似てもいます。そして、二人の持つ「強さの絶対値」として「弱さ」が存在する事も注目に値するでしょう。カカシを例にすれば「チャクラ量」がカカシの最大の足枷と考えていい。それはカカシがチャクラを土台にして自らの「強さ」を構築している事を意味します。これまでの提示でチートにチャクラを得る方法が幾つもありましたが、カカシがそれらに手を出さないのは同時に「力の持つ愚」に気付いている証拠だと思われます。

例えば、「柱間の細胞」をカカシが身体の何処かに埋め込んでたって良いと思うんです。その為には大蛇丸と何処かで繋がらないと行けないんですが…。逆に大蛇丸がカカシを煙たがりながらも殺めなかったのはカカシの持つ「闇の伸び代」に対する色気だったと捉えるのもアリだと思います。カカシだっていろんなチートな方法論は知ってたと思うんですが、それに手を染めなかったのは、やはり「それ」だけが「強さ」じゃないんだと気付いていたからです。それと真逆がダンゾウだったり、それをバカにするトビだったりする訳で、カカシにしてみれば「同じ穴の狢(むじな)」に思えたんじゃないかしら。そんなカカシとカカシにそっくりだけど全く違うガイが背中を任せながら戦う姿がめちゃくちゃ美しく心地良い訳だ。


<バチチチチチチ>

<バッ>

(雷伝!!)(カカシ)

<ドドドド>

(朝孔雀!!)(ガイ)

カカシは伝家の宝刀・千鳥を影分身を用いて広範囲攻撃可能な雷遁の刃に形態変化させてます。サスケの千鳥鋭槍は攻撃範囲が5メートル程度ですかね。きっと雷遁チャクラの形態変化の限界だと思うんですが、影分身と本体で両端を支える事で刃の強度を維持してるのでしょう。一方、ガイの朝孔雀は偽物・鬼鮫を葬った体術ですが、ガイの体術は拳圧に物を言わせるタイプで対象に物理的にコンタクトしなくても攻撃できるので、危険な六尾の強アルカリガスにガイが相対したのは一瞬のガイとカカシの阿吽が為し得たファンタジスタなのだと思います。ガイの場合、チャクラ(精神+肉体)ではなく、開門によって肉体のリミッターを解除する方式で、肉体に過負荷がかかるのが心配ではあります。

また、カカシとガイの攻撃でテイルズが殲滅できた訳でもなく、このままチャクラ量に心配の在るカカシと命・肉体を削る様に戦うガイが6体のテイルズ相手に圧倒的に不利なのは変わりなし(汗)。しかし、それでもカカシとガイが怯まず戦えるのは、それぞれがそれぞれの存在に心強さを感じているからでしょう。僕はその姿に「強さの心髄」というのもが在ると考えています。そして少年少女にいつかその意味が伝わってくれれば良いなと思っています。しかし、純粋にカカシとガイが対戦したらどっちが勝つんだろうと興味はあります罠。その場合はナルティメットストー…というのが在ってだな(笑)。お年玉温存してストアに一直線でゲットして楽しんでくだされ(笑)。それはそれで楽しいと思いますから。


<ズババババ>(カカシ)

<ドファ>(ガイ)

「次が来そうだ」(カカシ)

「こっちもだ!」(ガイ)

「さっさとかたづけて
ナルトをフォローするぞ!!」(カカシ)

この状況でこのセリフ。これを吐けるのがオトナ。取り分け「親」という生き物なのです。僕は親になった事が無いけど、僕のところに相方が来て早三年。何だか「親の気持ち」ってこんなかな…な日々を送っております。この誇らしく美しい子が愛しくて愛しくて寝ても覚めても相方に心奪われ…その所為もあってナル×ジャンの活動が等閑(なおざり)になってるのは否めません。でも、カカシとガイがこんな状況でナルトを放っとけない気持ちになるのに、前とは違う熱さを感じてるのも事実です。なんて言いながら大分サボってしまったので、今日明日くらいで感想を書き上げますね。たまに相方に浮気しつつ、たまにお酒を嗜みながら、ケルベロスは書き続けますよ。今年もヨロシクね!!(…と一頻り言い訳を)。

以上、一頁~六頁上のコマまで(続く)。


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あけましておめでとうございます!!(2012)


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本年もどうぞ宜しくお願い致します。

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