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業務連絡(120729)

 
こんばんは!!ナル×ジャンのケルベロスです。全てのアクセスに心より御礼申し上げます。夏バテでバイタルが急降下しております。明日(120730)は最新号の発売日ですが、「感想」は体調不良によりお休みさせて頂きます。楽しみにして頂いている方々には誠に申し訳ありません。寄る年並で猛暑が堪えます。じっくりと体調を整えて仕切り直します。暑き折、皆々様もご自愛を。じきに元気になりますので。どうか御心配なく。

ナル×ジャン ケルベロス

 
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第594話「祖たるもの」③

 
「カカシ…お前の言うように
やるなら十尾が復活する前の今しかない
十尾が完全復活する時は
この世の終わりを意味すると
六道のジジイは言っていた」(九喇嘛)

「そんなに十尾ってすげーのか!?
尾が10本あんのは想像できっけど
いったいどんなのだ!?」(ナルト)

「…………」(ナルト)


「一尾から九尾であるワシまでの
チャクラの集合体であり…

チャクラの始まりであり

国造りの神だ

天目一箇神(あめのひとつのかみ)…
ダタラデイダラボッチ
色々と名がある」(九喇嘛)

「海を飲み
地を裂き
山を運んで
この地を作ったとされる

祖そのもの…」(九喇嘛)

十尾って何なんだろう…と考えてたんですが、サブカル好きのケルベロスとしましてはやはり「ガイア理論」というのが外せません(汗)。ウィキに拠りますと地球と生物が相互に関係し合い環境を作り上げていることを、ある種の「巨大な生命体」と見なす仮説である。ガイア仮説ともいうなんだけど、僕の大好きな「スプリガン」でも主軸になるネタで、自然とか天体の使い魔が出て来てクライマックスみたいな感じ(笑)。つまり、十尾はナルト達が住む天体そのもの。ま…それって神様なんだろ~と、僕はワイルドに考える訳だ(笑)。それを九喇嘛は「祖そのもの」と言ってるんだと思います。僕が凄く気になるのはチャクラすら十尾「始まり」というところ。

もしも僕が『NARUTO -ナルト-』の世界の「神」だったなら、この世界から「忍術」とか「チャクラ」とかを奪うだろうと、僕は心に決めております(笑)。こんな「チート」が存在するから不幸になる人がいる。こんなものは必要ありませんと、僕はひとり…そんな「パラダイムシフト」を夢想するジャンキーなのであります。しかし、このご時勢…それでいいのか?という思いもございます。例えば、僕らの生活に「電気」がなかったらどうでしょう。多分、乾涸びて死ぬ人が続出…いやその前に会社に行けません(笑)。それと「忍術」とか「チャクラ」という「便利」を否定するのは同義なのだと思います。例えば、僕らが「科学」を否定して一歩も歩めないように、その選択は頂けない。

十尾「チャクラの始まり」ならば、これを一切封じてしまえばチャクラが失せる。だから、六道仙人は十尾を九つに分割した…。恐らく…そうなのだと、僕は考えています。恐らく、十尾が地球(天体)のチャクラの大本を構成してるんでしょう。そして十尾の存在…今では一尾から九尾の存在が「チャクラ」によって「忍術」が発動する…仮に「チャクラ界」が存在し得るのでしょう…と、僕は勝手に考えています。しかし、ただ闇雲に人が「便利」を放棄するのは本末転倒というか智慧が無さ過ぎです。かと言って、僕は「原発」は善しとしませんので、ここは議論が必要だろうJKと思っております。ちょっとお話が逸れてますが、ナルトは今まさに「神」の降臨を目の当たりにしようとしてるんですね。

そして、それが自分達に必要なのか否かを吟味せねばならない立場に追い込まれているようなものだと、僕は考えています。僕は長門が問題定義した「痛み」に対してナルトがどんな答えを出すのか興味がありました。それらは「忍」に「チャクラ」が与えられ、それを「忍術」に昇華させる術(スベ)を見出したが故に生まれたものでありましたが、今度はその大本たる「祖」が出て来てしまった(汗)。結果、ナルトはそれが世界に齎す「痛み」に悩まなければならなくなった訳です。この戦いは「忍術」とか「チャクラ」を認める認めないの戦いでもありまして、その為に「忍術」とか「チャクラ」を最大限に使っちゃうジレンマMAXなところに大いに悲哀が感じられます(笑)。

しかし、それはリアルの僕らにも当て嵌まるのです。「電気」は欲しいけど「原発」は要らない。じゃどうするの今。どうするのこの夏の暑さ(汗)。どうするの僕らの生活…ってのと、チャクラの「祖たるもの」との戦いはメチャメチャ似ています。そこで、じゃどうするの!?ってーのを真剣に考えて答えを出すのが「パラダイムシフト」なのであります。人類はある種、「エゴ」に牽引されて繁栄しています。「原爆」「原爆」が…「力」の数比べが世界平和の均衡を保っているのも事実です。その上、「十尾」なんて「神」が降臨する状況。これはもう現行システムの是非を問う試練以外の何者でもない。ナルトはそんな究極的な命題を突きつけられているのだと、僕は考えております。

「単純に考えても
尾獣九体を足した強さだ
ワシ一体じゃおよびもつかん
…正直な」(九喇嘛)

「………」(カカシ)

「………」(ガイ)


「だがもっともチャクラの強いオレや
八尾の一部しか入ってないとなると
やってみるまでは分からねェ…」
(九喇嘛)

「お前らはカン違いしている…
オレにとって十尾復活
完全である必要はない」(トビ)

「?」(カカシ・ガイ・九喇嘛・キラ尾)

<グオオオオオオ>(「オレの目的は
あくまで大幻術…無限月読だ!

この星の全ての人間を一つの幻術にはめる

誰でもない一つの世界
戦いもわだかまりもない完璧な一つの世界
…個を捨てた単一の意識の中にこそ真理がある

世界にはもはや希望未来
名のある英雄もいらないのだよ!
十尾が不完全でも復活すれば
無限月読の術が組めるようになる…

そして現実は終わり
あるのはただ無限に続く

たった一つの終わりなき夢!!」(トビ)

「忍術」とか「チャクラ」を認めるなら、トビが打ち上げる「月の眼計画」もやったもん勝ちなのであります。それは核兵器をより多く所有した方が偉いのと同じ考え方です(笑)。規制や良識などは曖昧で的確な答えを示しはしない。それは「人」と言う生き物の常でもありましょう。その意味で、トビの考えは現行システムに則った一つの結論なのです。しかし、それにはどうしても納得できない。特にナルトは生理的に反発しています。それはそれで好感がもてるのは、トビの示す独善的な考えが如何にも納得できないからだと思います。ここはもう個人の趣向で良いと思う。嗜好で良いと思う。イデオロギーとか七面倒くさいのは置いといて本能に任せて良いと、僕は思うんです。

ナルト達は生き方の根本を問われてるのであって、その為に現行システムが与えた「力」を用いて戦っております。だから、凄くデリケートなのです。何たって「お前が言うな!!」なんですから(笑)。僕らが「科学」とか、もっと身近な「電気」をひていできないように、ナルト達が「忍術」とか「チャクラ」を否定するのは厳しいでしょう…ってか否定するのは簡単だけど、ちょっと安易過ぎます。そうじゃなくて、もっと違った決断が可能なのではないか?もっと合理的に幸せになれるんじゃないか…そんな期待を、僕はナルトに望んでおります。否…ナルトならばそれができるような気がしてならない…。その意味で、僕もナルトに誑されてしまってるんですね(笑)。

話が散漫になってしまって申し訳ない。あれこれ捏ねくり回してそれらしく落とし込むように書く余裕が「今」ありません(汗)。ちょっと暑くて体調を崩してしまってバイタルが落ちています。ま…コブクロも暫く休んで居たようですし、声が出なくなったら休んで良いのでしょう。同じように考えが練れなくなったのなら休むべきなのでしょう。でも…そうできない「約束」を僕は抱えてるので難しい。だから、こんな風に続けているんだけど、取り敢えず、トビの「オレにとって十尾復活は完全である必要はない」はブラフね。完全でなくて良いとホントにトビが思ってるなら、ダルイから金角銀角を鹵獲した時点で十尾に喰わせますがな。この流れは余りにも欲をかき過ぎです。

一応、トビの理論では一尾から九尾までの尾獣のチャクラをコンプさせて十種類の血継限界チャクラ性質を満たして、最終的に十尾オリジナルのチャクラ(=全遁?)を得る必要があるのだと思います。そして、理論的にチャクラ量の制約もないのかも知れません。或いは「大幻術・無限月読」を発動した後、再度、攻勢をかけて八尾と九尾を奪取して段階的に追い込んで行く考えがトビにはあるのかも知れません。そこら辺を吟味すると、まだまだ性急過ぎるトビの「十尾復活」には付け入る隙がありまくるでしょう。この後、トビが羽化しつつある外道魔像を死守宣言するくらいですから、今ならホントに何とかなっちゃうんでしょう。トビは何でかシャベリ過ぎ!!墓穴掘り過ぎ!!(笑)

(代わってくれ…九喇嘛)(ナルト)

「…………」(九喇嘛)

<スッ>「…………」(ナルト)

「オレには…

父ちゃんがいた!母ちゃんがいた!

…エロ仙人がいた!


ガキは英雄に憧れるもんだ!!

だからオレは迷わねーで突っ走れる!!

オレはどの先代も越える火影になる!!

それがオレの夢だ!!!

バカヤロー!!!!」(ナルト)

トビがこんなにもキョドってるのはナルトに「盤石さ」が感じられるからだと思います。何せトビは幻術なんて姑息な手段で世界を一体化しようとする人だから、鬱も鬱の激鬱の不安ちゃん(←ご…ゴメン!!)に決まってるんです。そんな子が「チャクラ」の真理に触れ、「力」を持っちゃったもんだからギッチョンチョン(笑)、それを最大限に行使する選択をしただけなんです。それに至るには「うちはの石碑」なんて教唆があったり、うちは一族の血塗られた歴史とか、ギトギトでドロドロの運命なんてのが関与してるんだけれど、トビの示す「情強さ」は貧者にとっては光明でもあるでしょう。僕はこういう生き方もあると思っています。だから否定はしません。しかし、好きではない。ハッキリ言って嫌いです<キリッ>

そこに理由を付けるのは簡単ですが、本心ではしっくり来ません。だから、僕はそれを「本能」で片付けようとしているのです。きっと、それと同じ方向性をナルトは示してるんだと思います。僕はトビが嫌いでナルトが好きなんです。そこには絶対的な善悪などないです。そもそも『NARUTO -ナルト-』とはそんな勧善懲悪を描いてはいません。誰もが正しく、誰もが間違っている。それで良いと思うのです。だって、それが「人」という生き物なんだから。それを受け容れないと、この物語は一瞬にして陳腐な駄作に成り下がってしまう。僕はトビに「バカヤロー!!!!」と言い放つナルトが好きでなりません。彼のようになれたら…と、どう考えても不可能なのに憧れてしまうのです。

疲れてしまったので今週はお終いでーす!!

不備は脳内補正…夜露死苦!!

第594話「祖たるもの」
ナル×ジャン ケルベロス


 
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第594話「祖たるもの」②

 
<ゴゴゴ>

<グオオオオ>

<グラ><グラ>

<ゴゴゴゴゴ>

「さっき魔像が何か口に
入れてから様子がおかしいぞ!!」
(ガイ)

<ピクン>「………
今の…」(ナルト)

「本当なら完全な状態で
復活させたかったがな」
(トビ)

「まさか…!」(カカシ)

「よく見ておけ…
そして肌で感じろ」(トビ)

「十尾復活を!!

そして世界の終わりの始まりを!!」
(トビ)

「!!!」(キラ尾・ナルト・カカシ)

「!!!」(ガイ)



「そうか!
ならその魔像が
十尾の素体だったってことか!」(カカシ)

「ハァ!?
何だァ?十尾ってば!?」(ナルト)

僕らは散々『NARUTO -ナルト-』鑑賞し、検証して参りましたので、十尾が何で、外道魔像がどうなってて、トビが大戦下、ダルイから琥珀の浄瓶紅葫蘆(六道仙人の宝具)を鹵獲し担保したのは何故か…などなど、物語を俯瞰していればこそ気付ける部分を味わい尽くして来ましたから、今さらこんな説明など…と思えて仕方ないですが、ナルトやカカシやガイ、それに八尾・牛鬼とキラビもある程度説明しないと通じませんので、ここで僕らにとっては反芻に過ぎませんが、トビの行動や外道魔像の変化を受け容れねばならんのです。この描写は巻ノ一から一通で読み倒せば必要だと感じられると思います。僕らにとっては余計だけどナルトやカカシには必要なんですよ。

しかし…キッ神がこのタイミングで(映画を含む)、この描写を出すのはキッ神にとっても帳尻合わせの感が強いと思います。嫌らしい考え方をするなら、今週の行のように新しい展開を創り出すのはなく、今あるお話との整合性を強化するという手法は今夏の映画のプロットを捻り出したキッ神のご苦労と似ていると思います(笑)。しかし、外道魔像が十尾の素体(最も基本的な体)だとか、トビがヤッツケで外道魔像を解放したのなんて、僕らにとっては別に新しくない…。こういうのはジワジワと織り込んで感知されにくく埋没させて欲しいなと、僕は思うんです。僕の知るキッ神なればこんなチョイスはしないので、鼻に付いて仕方ない。これは描く側じゃなくて編集サイドのオーダーだろうと思います。

ま…考察においてキッ神が描くの描かないのをあれこれ考えるのも野暮なのでスルーしてください(笑)。でも、アレッ!?と思った方は多いかと思います。特にナル×ジャン読者はかく在って頂きたい(笑)。この違和感。これはキッ神の御業では決してございません…と思います(汗)。ま…どうでもいい拘りなんでアレですが、こんだけ週ジャンがキッ神の作品でてんこ盛りなのに、キッ神が手塩に懸けた(と言われる)映画が公開されるのに…全く萌え盛らないのは何故!!??実はこの感覚が共有できたらさぞかし気持ち良いだろうなーと想像しちゃうんです。こんなこと考えてるから友達がいないんですかね(汗)。でも、曲げられん。変えられんのだ…この忌まわしき自己を(笑)。

描写で示された通り、外道魔像は十尾の素体であり、復活の器。牛鬼や九喇嘛なしに代替品で発動は一応可能だったようです。外道魔像が苦しんでますが、それが何を意味するのかは今のところ不明です。ただ、うちはマダラにしても、輪廻眼の外道・輪廻天生の術ではなく穢土転生の術(の再契約)で復活してしまった訳で、似たような感じで外道魔像も八尾と九尾は代用品で復活を余儀なくされた。奇しくも、マダラもトビも「仕方ない」舌打ちしてるんです。どちらも盤石でなく不完全に復活した事で世界は救われた…首の皮一枚ではありますが(汗)。そして、描写は描写の通り。特に説明する必要もなく、ナル×ジャンの必要もありません(笑)。微妙に手持ち無沙汰なのは何故(笑)。

皆様…暑き折、お身体にはご自愛を。

これは飲みながら話す内容だとあれほど!!(笑)

面白くないけど続きます(ダラダラ)。


 
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第594話「祖たるもの」

 
「カカシ…
お前はそうやって簡単に口を開く
後悔だらけの生涯を送るのに
ふさわしい男だ」
(トビ)

「…!」(カカシ)

「………」(ガイ)


「……お前……

いったい本当に何者だ……!?」
(ガイ)

「顔を覚えないお前に
それを教える意味があるのか?」
(トビ)

今回、「エッ!?」となったのはこのパートだけ。いよいよトビの「正体」…というか「組成」が白日の下に曝されそうな気配です。トビの口ぶりだと「いい加減気付け!!」みたいな感じだし、ガイには「惜しいッ!!」みたいな感じ。これって「オレはお前ら二人をよく知ってるぜ」「これまでズーッと君らは見て来たよ」みたいな感じ…かな。何らかの事情があってトビはカカシとガイを知っている。それはトビが木ノ葉隠れの忍である可能性を含んでいます。僕はトビの組成…身体は神無毘橋のうちはオビトを使っていると思うんだけど、オビトの記憶がトビに少なからず影響しているなら、カカシやガイにこんな言い方ができるんじゃないかと思うんです。でもちょっと上から…な言い方。

これって年上っぽい。それにはトビの精神性が影響してて、それがトビの「正体」ではなく「組成」という表現に関係しています。例えば、トビの意識が「うちはイズナ」だったら…。カカシやガイなんてヒヨッコもヒヨッコ。というかイズナが生きてた頃には種すらなかった筈(笑)。トビのパッチワークな能力獲得はカブト方式でいろんな才能を取り込んできた結果でしょうが、トビのアイデンティティの大部分は「うちはイズナ」が関係してる様に思えてならんのです。それを僕は「トビの溜め息」で書いたんだけど…。その辺を起点に今週はグズグズと考察してみようと思います。今週号は仕事量の関係でキッ神の御業希釈された感が否めず、物足りないです(汗)…と苦言をポロリ。

映画なんてなくていいのに!!!

頭からグズグズと書かせて貰います(続く)


 
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第593話「復活の大蛇丸」⑦

 
<スッ>(サスケ)

「…………」(大蛇丸)

「奴らに会ってどうするつもり?」(大蛇丸)

「オレは…あまりに何も知らない
奴らに全てを聞く」(サスケ)

「…全て…?
そんなこと知らなくてもいいじゃない…
君はまだ子供なんだから」(大蛇丸)

「そうじゃない」(サスケ)

「誰よりもお前を子供あつかいし…

お前の力を信用していなかった…


だが今はこう思う…
お前が父を母を…うちはを
変えることができたかもしれないと…

ちゃんと向き合い同じ目線に立って
真実を語り合っていれば…」(穢・イタチ)


「今はもう子供じゃない

…子供ではいられない


…………」(サスケ)

「お前がこれからどうなろうと」(穢・イタチ)

イタチがサスケに遺した「愛している」という言葉はサスケにどれ程大切な記憶であったことか!!それを誰よりも有り難く噛み締めているのはサスケなのであります。イタチのその一言でサスケと世界は繋がれたのです。その前に出来損ないのカブトの提示がありまして、マザーばかりに気を取られたカブトがウルシをノーマークでスルーしてしまった件(笑)。ちゃんと伝えられない気持ちがあるのです。ちゃんと伝えれば伝わる気持ちがあるのです。カブトがウルシをちゃんと認識できていたならカブトはこんな風に道を誤りはしなかったでしょう。そこには大蛇丸の恣意があるのかも知れませんが、カブトの情弱具合も頂けません。まったく俯いて歩いてるといい事無いのね人生って(笑)。

それがサスケにも適用されるのは可哀想だなとも思えましたし、しかし、イタチがサスケをそんな境遇に落とす訳ない。何があろうとイタチがサスケを何とかして逝くもんだろうが!!と、僕は吠えたかったのかも知れません。それで”「愛している」と言ってくれ”という考察を連日連夜書きました。何せイタチですんで、絶対にそう言うと思っていましたし、もう何があったって言うしかない状況でしたから、さもありなんの考察でしたが、ちゃんとイタチが「愛している」と言ってくれた時には嬉しかった…な。イタチはサスケを世界と繋げる為に「愛している」と言ったんです。誰かがサスケを愛している。その事実がサスケを孤立させはしないのです。イタチはきっとそう考えています。

カブトもウルシが今もカブトを想っている事実を知ったならきっとやり直せると思うんです。カブトはウルシの存在を忘れているだけなんです。誰かがそれを教えてあげられれば、誰かがカブトを愛しているのだと、カブトが知る事が出来るなら、カブトはあんなに孤独ではなかった。やはり、その育て方には大蛇丸の悪心が影響しているでしょう。ある種の情報管制が大蛇丸の利害によって敷かれた。大蛇丸はカブトを利用していましたから。そこに愛が無かったとは思わないけれど、歪んでいなかったとも思えません。イタチはそれを激しく反省したのだと思います。カブトの歪さにイタチは改心したと言っても過言ではないでしょう。カブトがイタチに「愛している」と言わせた…でいいと思います。

アンコに引き蘢っていた大蛇丸の思念は、サスケを未だ子供扱いしますが、サスケの成長とはそれを遥かに凌駕しています。少し遅れて大蛇丸の意識はその変化に気付きますが、夢から醒めた大蛇丸はサスケのオトナ顔に徐々に絆されて行きます。それは止まっていた大蛇丸の時計が各部を軋ませながら動き出す様にゆっくりと大蛇丸に染みて行きます。アンコの呪印の中から世界を傍観していた大蛇丸。その事実を踏まえてサスケが言葉を端折る姿に、未だに大蛇丸の変貌に対応できない水月の様子を大蛇丸はしっかりと吟味し、言葉少なに大蛇丸を信用するサスケに大蛇丸は好感を抱いています。大蛇丸は自分を理解するサスケを明らかに信用しています。それはサスケが大蛇丸をめずに認めているからです。

サスケは大蛇丸の知性、即ち想像力を信用しているのです。サスケが何も言わず差し出す「巻物」。これは水月が大蛇丸の某アジトで偶々発見した大ネタを記したもので、水月はそれが”鷹”「第三勢力」に押し上げる代物であると判断しました。それをサスケは無言で大蛇丸の示した。「永遠の万華鏡写輪眼」を有するサスケがそれを大蛇丸に曝す意味を大蛇丸は確かに感じた筈です。当然、サスケの雰囲気からサスケが輪廻眼にリーチを懸けたことには気付いてると思います。だかからこそ大蛇丸なのであります。ここにはサスケと大蛇丸の相互理解が描かれているのです。サスケの行動は大蛇丸にとって信用に足るものだった筈で、それらが巻物の内容を如実に物語っているのです。

「そもそもの始まりは何だったのか…
オレはどうあるべきであり
どう行動すべきなのか…」
(サスケ)

「復讐を迷っているの?」(大蛇丸)

「違う
復讐自体を迷っているわけではない

イタチと再会して
前にも増して木ノ葉への憎しみは強くなった」
(サスケ)

「…………」(大蛇丸)

「…ただ…

汚名を着せられ
死してなお木ノ葉の忍として里を想い…
里を守ろうとしたイタチのその気持ちとは…

イタチとは…?

一族とは…?

里とは…?


そして…

全てを知り自分で考え答えを出し

己の意志と眼で

成すべきことを見据えたい」
(サスケ)

「………」(重吾)

「………」(水月)


(…イタチにあやつられ…
私やトビに利用されていた時とは
もう違うようね…)(大蛇丸)


<サッ>「!」(水月)

<ザッ><ザッ>(大蛇丸)

(…なぜか…不思議な感覚…)<スッ>(大蛇丸)

サスケはイタチを追い詰めたものが何だったのか知りたい訳です。そこから考えるなら「奴ら」とは木ノ葉の上層部しかないと思います。具体的には三代目火影・猿飛ヒルゼン。うたたねコハル。水戸門ホムラ。根・志村ダンゾウの四人。ヒルゼンはアレですがダンゾウは穢土転生で呼べます。コハルとホムラは存命している筈です。イタチがサスケに告げた話ではなく、サスケが実際に検証したいのです。サスケが自分の眼で、耳で確かめて判断したい。サスケは真にそう考えた。それを素直に大蛇丸に伝えたのです。それはサスケが大蛇丸をめていないからです。大蛇丸にはちゃんと話せば通ると信じているからです。正確にはお願いと大蛇丸の興味が一致するならオッケーなんだけど似たようなもんだ(笑)。

サスケの変化をここに居る誰よりも強く感じてるのは大蛇丸でして、逆に言うと自分がサスケに「天の呪印」を与えた第一部ではサスケがイタチに操られるだけの人形に見えていたという裏返しでもあります。その後も、サスケが”暁”に組みし雲隠れで暴れたり、五影会談に乱入した情報も、大蛇丸はアンコの呪印越しに聞き及んでいたのでしょう。そして、それはトビの思惑でしかなかった。そんなサスケがこうして堂々と自分の想い語る。サスケが信用する大蛇丸の想像力は、アンコがカブトに拉致られてからこの方の期間にサスケが急激な成長を遂げたと大蛇丸が認識し、イタチが何をしたかを補完したのでしょう。サスケの大蛇丸への信頼があればこそサスケは言葉少ないのです。

大蛇丸がそんなサスケを思い遣るように、腹心の部下であったカブトをやり過ごす筈はありません。抜け殻ではありますが、お腹から大きな白蛇を生やし、曲がりなりにも大蛇丸を模し、六道仙人を目指したカブトを実際に目の当たりにし、何をか思わぬ筈も無く、大蛇丸が噛み締める「不思議な感覚」とは、オトナが感じる身近にいる少年少女の「成長」なのだと思います。大蛇丸はカブトもよくやったものだと賞賛しています。イタチさえいなければ世界はカブトの手中に堕ちたかも知れません…否…落ちていました(笑)。それはイタチを手に入れられなかった大蛇丸と同じでしょうよ。大蛇丸はカブトを責めたりなどしません。寧ろ優しく労う様にカブトを見ています。

カブトとサスケは大蛇丸にとってそれ程違う存在でもないのかも知れません。幼く弱く儚い命であろうと、こんなにも強く逞しく成長できる。大蛇丸は子供らの伸び代の大きさに驚いているのです。若さの眩しさ。それを感じないオトナはいないでしょう。こんなにも立派に成長したサスケ。イタチに敗れはしたものの善戦したカブト。そのどちらもが大蛇丸は愛おしいのだと思います。オトナならば少年少女にジェラシーを感じないものは居りません。大蛇丸は非常に素直にその感覚を示しているだけなのです。そして、大蛇丸の興味はサスケに集中して行くのです。サスケは大蛇丸の理解力に懸けました。サスケは大蛇丸を信用したのです。それが大蛇丸をめるめないの正体なのだと、僕は考えます。

<ザッ>「カブトの力を吸い取って
殺すつもりだよ!

用心した方がいいって!
寝首をかかれるかもよ!」(水月)

「今のアナタ…

悪くないわね」
(大蛇丸)

<スウー…><ズッ…>(カブト)


「………」(サスケ)

「ほらやっぱり力を取った…!」(水月)

「イヤ…そうじゃない」(重吾)

「仙人化を解き
カブトの中の自分のチャクラを取っただけだ
カブトのチャクラには手を付けていないようだ」
(重吾)

大蛇丸の行いを見れば、カブトに対する大蛇丸のリスペクト(尊敬)が窺えます。大蛇丸はカブトから大蛇丸のチャクラと「白蛇=柱間の細胞」を引き上げます。カブトのチャクラをそのまま残したのは、カブトに対するメッセージなのでしょう。それをカブトが理解できるか否かは別にして、今なら大蛇丸はカブトに別の導きをするかも知れません。ノノウじゃなくウルシが存在し、カブトを愛しているかも知れないことをカブトにちゃんと伝えるかも知れません。大蛇丸はそういう人なんだと、僕は思います。逆にそれがカブトを必要としなくなった…興味が失せた…でも仕方ないとまで思いもします(汗)。大蛇丸はそういう人なんだから仕方ない(汗)。それが大蛇丸の純粋さ、無邪気さなのですから。

大蛇丸のこの部分が解らないと、気持ち悪いだけとか、残酷…なんて評価になってしまうんでしょう。でも、もっと深い所で大蛇丸を感じられるなら、彼の知性的なエネルギーは魅力的なのです。もし、大蛇丸が何処かの路地裏でスナックを営業していたら…店名は「白蛇」或いは「マンダ」…通わずにはいられない中毒者が続出するでしょう。大蛇丸の部下や弟子って、大概そうなってる人達だったと思いますけど(笑)。それは大蛇丸の「理解力」という光に吸い寄せられたのようでもあります。サスケは自分をだなんて思う珠じゃないから、大蛇丸を「胸クソ悪い」(ep592)と言うのでしょう(笑)。サスケは大蛇丸の深い所を感じ認めているだけなのです。好きとか嫌いは抜きにして(笑)。

「いいわ
協力してあげる
付いて来なさい」(大蛇丸)


「…場所はどこだ」<サッ>(サスケ)

「フフ…
アナタもよく知ってる場所よ…」(大蛇丸)

「!?」(水月)

サスケが大蛇丸に「穢土転生の術」を望むなら、木ノ葉隠れ上層部のダンゾウを召還することになろうかと思います。ヒルゼンは屍鬼封尽の縛りがありますから呼べませんし、コハルとホムラは生者でしょうから(笑)。そして、サスケが大蛇丸に見せた「巻物」がサスケが大蛇丸に秘匿せずに見せた意味を重く見るなら、それが「六道仙人の作り方」を記した大蛇丸の論文だった可能性が高いと思われます。そして、サスケが誰かの言葉じゃなく自分で確かめたいと訴えるのだから、そのネタ元…というか研究の原点にサスケは導かれて然るべきでしょう。大蛇丸の「アナタもよく知ってる場所」とは水月ではなくサスケに告げてますよね。それらの要素が重なるところに大蛇丸はサスケを誘う筈です。

ズバリ、それは木ノ葉隠れの里の南賀の神社の境内の下に秘匿される「うちはの集会場」。サスケはそこでもう一度「うちはの石碑」を解読することになるんではないでしょうか。そこでダンゾウを召還し、大蛇丸はサスケに「真実」を見せる。勿論、セキュリティのめっちゃ低い木ノ葉ですから上層部のコハルとホムラは難なく拉致られその場に臨場するでしょう(笑)。ダンゾウは大蛇丸の手に掛かれば簡単に呼ばれます(人柱が可哀想だけど)。そしたら、うちはシスイの死体の在り処とか、トビの正体とか、”暁”の真実とか、大蛇丸がペラペラと喋り始めるんじゃないかと期待します。そうなっちゃうと、ホントに『NARUTO -ナルト-』「詰めろ」なんですけど…もう熟してるから仕方ないけど。

「さぁ行きましょう」(大蛇丸)

僕は期待しているんです。あり得ない変心を遂げた九尾の様にサスケも…と。サスケがナルトと組んでうちはマダラを封じる結末を。ただ、現状で一気にそこに行くのは難しいでしょうから、ここで満を持して登場した大蛇丸がズバズバと快刀乱麻でお話を上手く軟着陸させてくれることを期待しています。その意味で、僕は大蛇丸をめてない。僕は「少しは黙れ水月」に震えた一人であります(笑)。こうしてサスケがオトナになってくれた。子供では居られないと言ってくれた。そして自分の意地とか見得を排して、合理的に問題を解決してくれる方向に動かざるを得ない決断を下すに足る材料を大蛇丸ならば与えてくれる。僕はそう信じています。そして、きっとサスケもそれを…と期待して止まないのです。

第593話「復活の大蛇丸」
ナル×ジャン ケルベロス

ダラダラ書いてゴメンナサイ!!(汗)


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第593話「復活の大蛇丸」⑥

 
「なら…戦争の事も知っているのか?」(サスケ)

「もちろん…
ただそれについて
一つだけ言っておくわ…水月」(大蛇丸)

<ビクッ>「?」(水月)

「私…
この戦争に興味ないから」(大蛇丸)

「えェ!?」(水月)

「もう他人が初めてしまった戦争だしね…
未だに興味があるとすれば…

サスケくん…
アナタのその若い体ぐらいよ…!」(大蛇丸)

(そらみたことか…!)(水月)

「…と言ってみても
今の私にはそれを奪えるほど力はないしね」(大蛇丸)

(どうだかね…)(水月)

水月が大蛇丸を嘗めてるとサスケが言うのは、大蛇丸に対する理解の浅さにあると思われます。そして、それを最もウザがっているのが大蛇丸でありまして、連合と”暁”を出し抜く第三勢力に大蛇丸が乗っかるというのが腹立たしくてならず、水月に釘を刺していますね(ぬかに釘の…)。大蛇丸はそんなに了見の狭い人間ではない。しっかりとした自己を持ち、間違っても自分を「誰でもいたくないのだ」(トビ)とは言いません(笑)。大蛇丸とはプライドの塊でもありますから、誰かが箸をつけた料理など口にしません。そんな風に思われてたなんて心外でならない。それがそこそこお気に入りの弟子…しかも、大蛇丸の復活を任されていたかも知れない弟子?…の水月の口から出たもんだからお立ち会い!!

これは黙っちゃーいられない!!と、大蛇丸が水月を名指しで否定しちゃう訳だ(笑)。ここで復活した大蛇丸は第一部の前のアンコと一緒に居た頃の大蛇丸のバックアップだから、それから少なくとも一回だけ例の「死の森」の一件でアプデートされたとしても、それ以降の情報量や経験値は欠落してるでしょうし、水月の指摘する通り、両腕が使えないでしょうから、能力的にはフルスペックの大蛇丸ではありません。しかし、それでも尚、水月の植え付けられた恐怖は水月を震え上がらせるに充分だったのでしょう。どんな風に大蛇丸が水月を怖がらせたのか、ちょっと見てみたい気もしますが、水月の水化体質がこんなところで災いして、失禁したかしないか解らなくて悔しいです(笑)。

冗談は兎も角、サスケが水月に嘗(な)め過ぎ(笑)と伝えたのは、偏に大蛇丸への理解の違いにあります。確かに水月は大蛇丸を畏怖が示すように、絶対に逆らえない恐怖と評価しているようですが、大蛇丸の引き出しはそれだけではありません。水月は大蛇丸の一面しか見ていないのです。大蛇丸が知的で優しさに溢れている…とか、弟子の一人一人をしっかりと見ていて、それぞれの個性とか性質を吟味してちゃんと導いている…実はメチャメチャ真面目な師であるとか、水月には想像もできないのにないんでしょう。大蛇丸がトビが起こした戦争にカブトが乗っかって転がってる戦争に乗る筈ないじゃない!!そんなチンケな大蛇丸じゃございませんことよ!!と釘を刺す訳です。

そこんとこ夜露死苦(笑)!!(大蛇丸)

何とか今晩中に…夜露死苦(汗)。


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第593話「復活の大蛇丸」⑤

 
<スッ>(重吾)

<ザッ>(大蛇丸)

<スウ…>「………」(大蛇丸)

「ど…ども
お久しぶりッス…」(水月)


「………」(大蛇丸)

もしかしたら…水月は大蛇丸の復活を申し受かった一人だった…
だからビビってるんじゃないかと、僕は考えています(後述)。

<スッ>「大蛇丸
アンタにやってもらいたいことがある」(サスケ)

「そんなこと
いちいち説明しなくてもいいわ…
アンコの中でずっと見ていたから…

呪印は私の仙術チャクラを流し込んだもの…
それは分離した私の意識でもある」(大蛇丸)

ま…それで大蛇丸が呆気なく復活してしまいます(汗)。アンコに仕込んだ呪印…そこには大蛇丸の仙術チャクラが流し込まれており、同時にそれは「大蛇丸の分離した意識」と大蛇丸が説明します。確かにチャクラとは精神エネルギーと肉体エネルギーを人体の経絡系で練り合わせたエネルギーですが、それが「意識」を分離したものである説明はこれまでありませんでした。なので、これは情報生命体として肉体を捨て、精神を肉体から切り離して単独で存在できる様になった大蛇丸だから可能なのだと思います。カブトは大蛇丸は仙人モードに耐えられる肉体を持っていなかった…と言ってましたが、仙術チャクラを練るくらいは可能だったようですね。それもアンコと関係があった頃から…。

つまり、アンコが大蛇丸に弟子入りした頃には、大蛇丸は仙術チャクラを練ることができたし、肉体から精神を分離した情報生命体として在ったと考えられるということです。第一部よりも前の時系列で、大蛇丸は「不屍転生の術」を完成させていたのです。そして、その時点の大蛇丸の「意識」をアンコに閉じ込めた。そして、それ以降、アンコの呪印から世界を見つめ、大蛇丸の分離した意識は独自に発達して来た…。それが今回、サスケの「解邪法印」と「柱間の細胞」によって実体化したと考えるべきだと思います。白蛇の口から服を着た大蛇丸が出て来たのは少年少女の教育上の配慮という事で了承してください(笑)。ここんところは絵の上手な同人の方に任せると致しましょう。

ところで、ここで大蛇丸の「不屍転生の術」って何なんでしょうか。大蛇丸は何とかして「不死」になると考えたんだと思うんです。今にして思えば”暁”とはいろいろな「不死」がありましたけど、例えばトビに大蛇丸が関与してるとすれば、飛段や角都、サソリ…果てはデイダラにまで大蛇丸の手が入ってるかも知れない…と考えると、”暁”そのものが大蛇丸の実験体だった!!なんて思えて来るから不思議です(笑)。真実はどうだかアレですが、紆余曲折を経て、大蛇丸は滅する「肉体」を捨てて、朽ちない「精神」のみを単独で存在できるように工夫を重ねたんですね。千年も前の和歌が今も人の心を打つのは、人の想いや感動が朽ちないからだと、僕は思うんです。

それで大蛇丸はせっせと自分の考えを「術式」として書き起こしていったんじゃないでしょうか?大蛇丸というパーソナリティを形作るのは、勿論、大蛇丸の肉体というハードですが、他にも大蛇丸の考え方や知識や経験といったソフトウェアが必要です。肉体は失ってもそれがどんなものかは記憶できます。大蛇丸は自分の肉体を含めた大蛇丸の全てを「術式(ソフト)化」したのだと思います。しかし、それを一カ所に置いていては、例え究極の生命力を誇る「柱間の細胞」であっても安全を確保できないと大蛇丸は考え、大蛇丸の生成した呪印に、その都度、術式化した大蛇丸のバックアップを仕舞って行ったのだと思います。大蛇丸はそうしてリスクを分散して行った訳です。

この行で水月がビビりまくっているのは、そこそこお気に入りの弟子として、もしもの時には水月が大蛇丸の復活を言いつけられてたからではないでしょうか。しかし、水月にはサスケが居たから大蛇丸を拒んだ。だから、水月は言う事を訊かないサスケにビビってたんだと思います。その一部始終は呪印の中の大蛇丸のバックアップに筒抜けなんですから(笑)。つまり、水月は大蛇丸の「不屍転生の術」の秘密を含めて、大蛇丸の復活までも良い含められるくらいの側近だった訳です。サスケは大蛇丸が喰う気満々だったから知らされなかったんでしょう。水月の常時垂れ流された怪しさとは、そうした大蛇丸との親密さにあったのだろうと思います。しかし…もう一つ、疑問が残ります。

「君が大蛇丸を倒せたのは
たまたま奴の両腕が屍鬼封尽で
使いものにならなくなってただけさ!

君の方こそ奴をナメてる!

仮に奴が復活したとしても

おそらく両腕は使えないだろう!


でもだからってヤバイ!
また君の体狙われるよ!」(水月)

それはこのエピソードの前半で妙に多弁だった水月の台詞です。「不屍転生の術」の深部まで知っていた水月が漏らした…「仮に奴が復活したとしてもおそらく両腕は使えないだろう!」のとこなんですけど…これって、「封印術・屍鬼封尽」との関係性がメチャクチャ明瞭に示していませんかね。「封印術・屍鬼封尽」とは「魂」を直接攻撃する封印術なんですよね。水月は三代目火影・猿飛ヒルゼンがそれで大蛇丸の両腕を封じたのを知ってるんです。その上で今回復活される大蛇丸の両腕の不遇を予見しています。つまり、大蛇丸が分散した情報生命体としての大蛇丸の精神とは別に「魂」がそれに降りる事実を水月は知り得る訳です。大蛇丸の両腕が使えない。それは大蛇丸の「魂」に欠損が在るのです。

多分、情報生命体としての大蛇丸が弟子(水月など)の手に拠って復活した後に、自動的に浄土と穢土の境目(三途の川?)に待機している大蛇丸の「魂」が降りてくるんじゃないでしょうか。水月が復活の大蛇丸の両腕の不遇を予見したのはその明確な証拠ではありますまいか?「陰陽論」に拠れば、「心」とは”陰中の陰”「魂」”陰中の陽”でありまして、大蛇丸が術式化したのは「心」。脳科学の研究に置きまして「心」とは脳の機能であります。大蛇丸は自分の脳内の生化学的な反応を高度な医療忍術を応用して術式化したんじゃないでしょうか。つまり大蛇丸は自分の「心」を永遠に残る様に施術した訳だ。それが一度「肉」を得れば、陰中の陽(魂)陰中の陰(心)が引かれて完結する。

以上が大蛇丸の復活のシナリオでしょう。

大蛇丸の「不死」への欲求とは両親の死が大きく影響していて、どんなに優れていようと、修行をしようと死ぬ時は死ぬのだという諦めがあったのでしょう。どんなに強くとも形あるののは滅します。それならば肉体を無くしてしまえばいい。それが情報生命体として立った大蛇丸の原点でありまして、それでも不安だからそれをデュープして大蛇丸の子飼いに分散した。記憶をクラウドシステムで統合する方が合理的ですが、メインサーバーをやられたら万事休すだし、やはりハードに依存する方式は「形在るものは…の定理」に従って却下されたのでしょう(笑)。ここら辺を考察してると、カブトと水月の差異が見えて来ますね。続きの感想でそこを掘り下げてみましょう。

ブツブツでごめんなさい!!

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第593話「復活の大蛇丸」④

 
<スッ…>(重吾)

<ピタッ>(重吾)

<ズチャ>(重吾)


「お前の呪印を封印する」(カカシ)

(封邪法印!!)(カカシ)

(アレの逆…)(サスケ)

(解邪法印!!)<タン>(サスケ)

<ズズズズズズズ>

<ズリュ>

<ズズズ>

<サッ>(水月)


「……まさか…君たちの方から
私を復活させてくれるとはね」
(大蛇丸)

第一部、中忍試験の最中、カカシはサスケの師として、大蛇丸の施した「呪印」を封じる為に、「封邪法印」を行いました。確か、あの時はカカシの血で術式を書いていましたが…。サスケはあれこれと指図しながら幾重にも「印」を結んでチャクラを練ります。サスケは子供ながら写輪眼の術コピー能力を使ってカカシの「封邪法印」を分析していたんだと思われます。そして、それと逆に封印式を回転させて「呪印」を解放させるのが「解邪法印」なのでしょう。カカシの「封邪法印」「天の呪印」の発動を抑制する術式であり、完璧に呪印のチャクラを抑えるのではなく、術式に隙間があってそこから呪印のチャクラが漏れ出しある程度マイルドにサスケに「力」を与えるように組まれていた様に思います。

デイダラ戦でサスケの天の呪印を取り囲む様にカカシの「封邪法印」が残っていましたから、大蛇丸はカカシの残り香ともいえる「封邪法印」をそのままにしているんです。口寄せのタトゥーを掘ったり、潜影蛇手の契約の術式を仕込んだり、散々サスケの身体を弄くり回した大蛇丸がカカシの「封邪法印」放置したのは、カカシの施した術式の出来が良かったからだと思います。カカシが一方的に大蛇丸をしない姿勢といいますか、大蛇丸がサスケに穿った「天の呪印」を無理矢理封じ込めずサスケの為になる様に工夫した術式である事を大蛇丸が認めたのでしょう。それはカカシが「天の呪印」を真っ向から否定しなかったのと同じ理由なのだと思います。ここにはカカシと大蛇丸の共鳴があったと思います。

自来也がナルトと温泉場で出会った時に先ず自来也はナルトの腹の「八卦の封印式」を確認し、ミナトの遺した「親の愛」というものに震えました。次いで、それを狂わせる大蛇丸の「五行封印」の荒さに閉口し即座に「五行解印」しています。第一部の序盤、大蛇丸はナルトには注意を払っておらず、文字通り歯牙にも懸けておりません。そのぞんざいさが術式に現れていて、自来也は内心安心したのかも知れません。親の愛が溢れるような「八卦の封印式」と大蛇丸が悪戯半分で書いた術式とではあからさまに違ったのだと思います。それと全く違う形で、カカシは「天の呪印」に何をか感じ、大蛇丸も「封邪法印」に思うところがあった。そして、両者はお互いを尊重する様に術式を残した訳です。

そこにはサスケに対する「愛」が感じられたのでしょう。事実、「天の呪印」は万華鏡写輪眼を開くまでのサスケの主力でしたし、呪印の暴走は「封邪法印」によって明らかに緩和され、サスケは呪印のチャクラを上手にコントロールし、呪印の部分変化(へんげ)すら実現しており重吾を唸らせましたっけ。それはサスケが大蛇丸とカカシの「愛」に守られた結果なのだと、僕は思います。しかし、当時のサスケはその温かさには到底気付けなかったのでしょう。荒んだサスケの眼にはきっとそれが映りはしなかった筈です。でも、今はどうでしょうか。サスケがカカシの「封邪法印」を分析し、それを逆手にとって封印式を起こせる様になった…。少しはサスケにも当時の二人の想いが伝わったのだろうか。

当たり前の様に自分の周りに満ち溢れているから見えないものがある。少年少女には是非ともそれを感じて貰いたいと、僕は考えながらナル×ジャンで書いております。ぶっちゃけ、少年少女の周囲は「愛」に満たされております。しかし、それが却って息苦しかったり、潤沢過ぎて気付けないでいます。それは空気や水に一般的な人間が感謝できないのと同じ理由でしょう。親御さんが少年少女の安全と幸せを一秒たりとも途切れずに願っているのだから当たり前と言えば当たり前でしょう。ナルトは兎も角、サスケは独りではそれに気付けずにいました。だから、穢土転生のイタチが昇天する前に、「愛している」と言って欲しいと僕は祈りを捧げたのであります。サスケにどうしてもそれだけは伝えて欲しかったから。

誰かにはそれをする誰かが存在する。その当たり前の事実をしっかりと伝えて欲しかったから。それでこそ人と人が繋がっている事が理解できるから。そして、イタチはその大切な一言をしっかりと伝えて逝きました。サスケは自分がイタチにされていた事を知ったのです。そして、これからもずっと自分がされる事を確信するのです。そんなサスケがカカシの「封邪法印」を分析して、カカシの想いに気付かない筈はありません。カカシがサスケをどんな風にしていたかを、サスケは改めて知った筈です。そして、サスケのに対する認識とはサスケのこれからに大いなる可能性を付与する訳で、それがサスケのダイナミックな行動と相まって光を放っております。

もう闇の中を歩く…孤独なサスケではありません。

今週はゆいね。まだまだ続きまーす!!


 
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第593話「復活の大蛇丸」③

 
「少し黙ってろ水月

それよりそこのカブトの体の一部
えぐって持って来てくれ」(サスケ)

「え!?

…人の言う事を聞かないのに
人が言う事を聞くと思う?」
(水月)

「ならオレがやる」<ザッ>(重吾)

「ハァ…やっぱこんなこんな感じかァ…
重吾はホントそれでいいの?
大蛇丸が復活しちゃうんだぜ?」(水月)

<ザッ>「構わん」(重吾)

「サスケの意志は君麻呂の意志だ」<ザッ>(重吾)

<スッ>「オレはそれに従う」<ズズズ>(重吾)

<ピタ>(重吾)

大蛇丸にビビりまくる水月放置しておきましょう(笑)。僕は水月の怪しい行動の数々を見るにつけ、この総八重歯君は怪しいと騒いでましたけど、水月曰く、サスケ程ではないけれど自分も大蛇丸にそこそこ気に入られた弟子で、実はいろいろと教えられた…そしてその中には大蛇丸の圧倒的な強さ…つまり、恐怖もあった訳だ。そして、肉体が滅しようと情報生命体としてのバックアップを使えば蘇れるしぶとさを大蛇丸は合わせ持っている。大蛇丸の復活など、水月にしてみれば当たり前。ただそれには外部からの手助けが必要で、わざわざそんな事、僕らがする必要は無いんじゃないの…とするのが水月のスタンスでしょう。水月は大蛇丸が恐いのです。しかし、欲しても居る…。

その両極端の気持ちは実は「愛と憎しみ」なんだろと、僕は思います。それらは実は「両極端」ではなくて凄くている。もしかしたらほんの少ししか違わない。殆ど一緒?!そのくらい似ているから誤認してしまう。それが人の行動の不可解を生む。不幸を生む…。水月の絶えず垂れ流された怪しさとは、サスケを大蛇丸として育てたい想いが誤射を交えてばら巻かれただけなんだで…FA(笑)。水月はある程度マイルドに、ある程度コントローラブル精神的な支柱が欲しかっただけなんだと思います。何だか長年の疑念が払拭され、総八重歯君が可愛く見えて来るから不思議(笑)。ま…それがこの直後に見え隠れします。やっぱ大蛇丸は偉大でありまして、いろんな「情」を持つ存在なのだと再認識しますね。

おっと、総八重歯君は放置と思ったんですが、カキカキし過ぎてしまった(汗)。ここはやはり重吾でしょうに(笑)。サスケとは君麻呂が重吾に繋いだ命…君麻呂が自分の代わりに重吾に引き合せた忍なのだと、重吾は信じているのでしょう。その意味では重吾も水月にているとも言えるでしょう。重吾の場合、呪印が自然エネルギーを取り込んでしまう仙人化による暴走に対する「恐怖」というものが心の底に(おり)の様に溜まった人ですから、それを鎮める存在が必要だと思い込んでまして、その意味で、サスケを大蛇丸の様に育て上げようとする水月の思惑と近しいと思うのです。水月の方が重吾より不純で、それが総八重歯君の放つ異臭であり、それとコントラストした重吾の無垢さだったんだな。

重吾はサスケ変えたいとは思ってないんでしょう。サスケに在るがままを求めている。自分と一緒に居てくれればいいと思っている。それは重吾が絶えず不安の中に居るからなんだけど、サスケはいつか重吾に関与する事になるんではないかと、僕は思います。それはサスケの成長をこうしてその傍らから謁見して参りました僕らには当然な気持ちではなかろうかと思います。サスケが自分の中の「暴力」をいつしかコントロールできたように、重吾だって同じ様にできる筈です。自分の中の得体の知れない「力」を克服してコントロール下に置く…それもまた人の「成長」なのだと、僕らは物語に教えられて来たではないですか。それ即ち…脱中二病なり(笑)。そこで躓(つまず)いているのが重吾なんです。

きっとサスケの生きる軌跡とは、重吾に変革を強いる事になろうかと思います。ただ、重吾の生来の鈍重さはその変化をより緩慢方向に押しやるでしょうが、重吾がサスケに従う姿勢は間違っていないでしょう。それは重吾の本能が自分の生存を懸けた選択をしてるからであって、どっかの総八重歯君とは違うピュアな感じはそこから来る訳です。重吾がサスケに付き従う行いの先に、きっと重吾自身の変革が潜んでいるものと、僕は信じ願います。またそれを選択できる重吾にも潜在的な期待みたいなものがあるのでしょう。こうして”鷹”はより強固な繋がりになって再結成されようとしています。この子らは確かに「成長」を重ねている。それを僕は物凄く頼もしく、嬉しく噛み締めながら物語を味わわせて頂いております。

「ゲェ~!!
君もだけど…だいたい何なのコレ?」(水月)

<ズズズ>(重吾)

<ズチャ>「オレの里では
これを仙人化という…
元々オレの変化(変化)もそれだ…
ただしオレのコピーは呪印化と
言ってたがな」(重吾)


「……」(水月)

ここちょっと補足しますと…カブトのカブチ丸化って、つまるところ「仙人化」だった訳です。重吾の一族はそれを才能として備えていましたが、その正体が解らないもんだから、戸惑いや恐れが自らを萎縮させていたのです。重吾はその克服策として君麻呂を見出し、ぶら下がって来た訳で、それが今はサスケに代わっただけで未だ根本的な解決には至っておりません。自分を知る事は如何に難しい事か…人の悩みとは、凡そそれに帰結するのでしょう。きっと大蛇丸もそれに悩み続けた…しかし、大蛇丸はそれを「恐れ」に留める事無く「興味」に昇華させる熱を帯びておりました。その「熱」こそが大蛇丸の凄さ、すばらしなの「正体」なのであります。そして、それを僕は「優しさ」と感じている…。

大蛇丸は重吾の一族の暴走の原因を「仙人化」する特殊な体質だと特定し、そこから抽出した「酵素」を「呪印」というパッケージにして、言うなれば「製品化」した訳です。そして、それを弟子共に仕込み、ある時は交渉の材料にし、ある時は縛りの小道具としたのです。大蛇丸はそんな「ムチとろうそく」…おっと違った…「飴とムチ」の使い方が上手な人でした。ま…その「呪印」を与えたサスケに一度殺されてしまうのはご愛嬌なんですが、あの時点で既に大蛇丸が「死」すら克服していたと考えれば、巻ノ三十八から今日までのロングバケーションを大蛇丸が謳歌していたようにも思えるでしょう。そして、それが重吾の悩みの正体を解明した「呪印」によって実用化されてた…胸熱!!!

ちなみに、カブトの体の一部を重吾に取らせたのは、「柱間の細胞」を元に大蛇丸が開発し、カブトがその毒性を無効化させ、洗練・熟成させた「チャクラの発生エンジン」と考えれば良いでしょう。チャクラとはエネルギーでして実体を持ちませんから、それを固定する為に「肉」を必要とするのだと、僕は考えておりまして、描写を観察すれば「柱間の細胞」とはチャクラを増幅したり、新たに発生させたりする「触媒」のような動きをしております。恐らく「柱間の細胞」の有用性に関しては、少なくともヒントくらいは「うちはの石碑」(写輪眼領域)に記されているのだろうと思います。そして、大蛇丸もそれを参考にして「柱間の細胞」の実用化を試みたのだと思います。

そうした研究をカブトが集大成し、イタチが居なければ満貫ツモったであろうところまで昇り詰めたのだと思います。しかし、それは完璧・イタチの前にシャッタアウトされてしまいます(笑)。これこそ、大蛇丸をして「手が届かない存在」と言わしめたイタチなのだと思います。もしも、あれがサスケだけだったら…カブトはまんまと「六道仙人」に成り上がりお話は閉じていたんだろ思うとゾッとします(笑)。しかし、イタチの遺志は確実にサスケに手渡され首の皮一枚で物語も繋がっております。その上でサスケは大蛇丸を呼び出す腹であります。アンコの身体の負担を軽減する為にカブトの体の一部…「柱間の細胞」をアンコの呪印に被せる…その優しさもイタチのをしっかりと継承するぬかり無さ。

お待たせするとアレなんでブツブツ行きます(続く)

水月は…少し黙ってろ…と(笑)。


 
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第593話「復活の大蛇丸」◯

 
「大蛇丸をナメすぎだ」(サスケ)

エーッと、こんばんは!書こうと思ってたんですけどいろいろあってチャクラ切れでスミマセン。サスケのこの一言。水月を見ていれば良く分かると思うんですけど、大蛇丸はナメちゃいけない人なんです。後半で出来損ないの六道仙人のカブチ丸=カブトに大蛇丸が接したカットで、大蛇丸(…なぜか…不思議な感覚…)と感慨深げなのを見逃さないで欲しいんです。僕はオッチャンだからこの感覚が良く解るんです。大蛇丸は自分の近く居た子供達の成長に酔いしれているんです。ここ!!凄く書きたいと来なんだけど、ちょっとバイタルが低下して無理なんで、明日何とかします。ここはオッチャンには胸熱過ぎて書かずには居られません事よ。なので後数時間…バイタルが回復するのをお持ちください。

誠に申し訳ない!!<ゲフォッ>(←吐血)


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第593話「復活の大蛇丸」②

 
「サスケ
君はさ…言ってみれば
大蛇丸の一番お気に入りの
弟子だったわけだろ?

なら君だって…」(水月)

「…水月…お前……」(サスケ)

「…!…何?」(水月)

「大蛇丸をナメすぎだ」(サスケ)

サスケが大蛇丸の復活を確信してるよに、そんな事は水月だってそんなの当たり前のレベル…ってところがポイントかな…と思います。大蛇丸の復活理屈については当該する描写できっちりと解明してみせますので楽しみにしてください。注目すべきは、ここで示されるサスケと水月の温度差といったところでしょうか。水月の口ぶりからすれば、サスケだけでなく水月も大蛇丸にそこそこ気に入られていたような雰囲気が漂っています。そして、何をか察して欲しい…みたく口ごもった水月を<スパッ>と切り捨てるサスケ。サスケは水月が過信してると諌めます。サスケはサスケで大蛇丸をしっかりと評価していまして、水月が思う程、大蛇丸は甘くもないし、辛くもない(話が通じない訳でもない)。

僕がナル×ジャンを初めて直ぐの頃、大蛇丸は優しい人なんだ…と考察したところ、意外だとか、気付かなかった…と評価を頂きました(あの頃はコメ欄とかあったしな…)。どうも…大方の人は大蛇丸はキモくて冷たい人だと感じているようで、僕は逆に意外でありました。大蛇丸ほど情に厚くて優しい人はそういない…僕は優しさとは知性を根にする…と司馬遼太郎大先生に教えを頂いてからズーッとそう思っておりまして、恐らく『NARUTO -ナルト-』に登場する忍でもっとも知性に溢れるのが大蛇丸だと思います。つまり、一番優しい…。シカマルとはまた違った知性で、「記憶力」とか「分析力」ではなくて「理解力」は大蛇丸が上をいってるなーと思います。きっと大蛇丸は「創世記の蛇」なんだろうな…。

大蛇丸への理解については重吾を観察していると良く分かると思います。そこら辺を見逃さず、無口で鈍な重吾の数少ない台詞…「………」でも台詞…に注目してください。これも当該する描写がでたら説明しますね。サスケが水月を諌めるのは、大蛇丸の「理解力」をナメるなという意味なんだろうと思います。大蛇丸は水月が見切れる程度の小物ではない…と、サスケはぶっちゃけ言いたいのでしょう。ちゃんと話せば分かる。理解してくれる。そういう懐の広さがある。サスケは大蛇丸を嫌悪しながらも、一方では大蛇丸を理解しているのです。サスケと水月の「理解力」の差が大蛇丸の是非を別けているんですね。サスケと水月の差異に着目すると大蛇丸がより鮮明に見えると思います。

「…………」(重吾)

「バッバカ!
ぜっぜんナメてなんかいないよ!
むしろその逆だって!

君が大蛇丸を倒せたのは
たまたま奴の両腕が屍鬼封尽で
使いものにならなくなってただけさ!


君の方こそ奴をナメてる!
仮に奴が復活したとしても
おそらく両腕は使えないだろう!

でもだからってヤバイ!
また君の体狙われるよ!

奴がこの戦争を知ったら
乗っからない訳がない!!
奴も木ノ葉を潰したいんだし!

そしたらボクら鷹も
一戦交えなきゃならないじゃないかよ!
いいのォ!?

下克上は成功したんだしィ…
もうボクらの時代なんだって!!」
(水月)

<スッ><スッ>(サスケ)

「今さら大蛇丸なんて誰も見たくないし!
引っ掻き回されたくもないしさァ!!」(水月)

水月が大蛇丸のアジトに幽閉されていて、何で屍鬼封尽(大蛇丸の両手の不具合…木ノ葉崩しでの負傷)を知ってるんでしょうか。水月が直前に吐露したように、大蛇丸は水月にある程度の自由を与えてたんではないでしょうか。それは水月がサスケ程ではないが自分も大蛇丸のそこそこのお気に入り…だと思い込んでしまうくらいに温かい施しが紛れていたんだと思います。大蛇丸はそれだけでなく恐怖も巧妙に鏤めて調味していたのでしょう。恐らく水月が感じたであろう「飴と鞭」は水月の台詞の端々に滲んでおります。サスケはそんな水月を見て、自分を戒める冷静さを持っている訳です。それはサスケの賢さであり、懐の深さなのだと言えるでしょう。それらを織り込むと、僕が常々唱えている「水月のスパイ臭」は極端に薄れますが…(汗)。

ところで屍鬼封尽ですけれど、あれは魂(御霊)を死神に喰わせる封印術なのですよね。それが情報生命体としての大蛇丸にどのように関与するのかを考えてみる事は非常に興味深いです。木ノ葉崩して三代目火影・猿飛ヒルゼンは自分の命と残りのチャクラと引き換えに大蛇丸の両腕だけは死神に喰わせる事が出来ました。忍者にとって両腕とは「印」そのもであり、それは「印」を必要とする大蛇丸の忍術を根刮ぎ奪うという…大蛇丸にとては最悪な痛手であり、ヒルゼンにとっては愛弟子の命までは奪わずに済む最善の結果だった筈です。ヒルゼンが死ぬ間際にも微笑み、大蛇丸を可愛いと思ってた…のが、今でも胸熱でありまして、大蛇丸に痛みだけが伝わらなかった…のは救いみたいじゃないですか。

それが通じるところに、大蛇丸の人となりがある訳で、それをしてヒルゼンの屍鬼封尽があった事に気付けば、今一度、ヒルゼンの死に際の笑顔が胸に染み入ることでしょう。ヒルゼンは大蛇丸だったから命を懸けてまでそうしたということであります。その感じ方がサスケには出来て水月にはできないと線を引けば伝わるかも知れません。大蛇丸は単なるDQNではありません。話が逸れてしまったので戻しますが、ヒルゼンの屍鬼封尽は大蛇丸の魂(御霊)に作用する術であり、それは情報生命体として在り続ける大蛇丸にズーッと影響するであろうと水月は見立ててるという事を覚えておいてください。サスケに殺られた頃も、「今」も…という事です。これは大蛇丸の在り方を非常に上手く表現しています。

何だかとても眠いんだ…で続きます…。

また明日…。


 
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第593話「復活の大蛇丸」①

 
「大蛇丸に会うってどういう事?
それに”全てを知る人間”って何なの?」(水月)

「…お前らには関係のないことだ」(サスケ)

「………」(重吾)

「何だよ…訳分かんないね
ンなことより…

大蛇丸を復活させるなんてダメだ
その巻物の力を使うのに
大蛇丸にお願いする
つもりなんだろうけど…
時間をかければ
君にだってできるようになるって

そう思ったからこそ君を探してわざわざこうして…」(水月)

エーッと、ナル×ジャンのケルベロスです!とうとうこの時がやってまいりました!!大蛇丸…復活の大蛇丸!!!この場合、祭りを起こすべきだと。ナル×ジャンが神輿を担いでワッショイ!!ワッショイ!!とするべきだと。大蛇丸…会いたかったぜェ~!!ワイルドだろォ~↓(笑)。震える指で頁を捲りゲシゲシと読み進み、僕はアーでもないコーでもない…と考えながら、ワクワクする心と、どうしようもなく大蛇丸をカッコ良い!!と思う自分があっちこっちへ走り回り収拾がつかなくなる程でした。さて、その気持ちと熱をどんな風に皆さんに伝えれば良いのでしょうか?これは唯唯、書いて書いて書きまくるしかない!!いつぞやに湧き出した使命感みたいなのと物凄く似ています。

ではズズズイぃ~と…と行きたかったんですが、三連休の初っ端に実はオトナの事情(…という名の野暮用)がございまして感想カキカキに没頭できませぬ。つきましては命を燃やす様に書く所存ではございますが、非常に申し訳ありませんが、暗くなるまで待って…と言う事で、一つ宜しくお願い致します。ま…ホントは月曜日の13時がナル×ジャンのスタートラインなんだしーッ(笑)。いろいろ予想してた事が尽く外れてて、こりゃ軌道修正せねばなりませんし、サスケが大蛇丸を求めるところに例の「巻物」の謎解きもある筈なので、そこんところをしっかりと踏まえながら感想&考察していこうと思います。何はともあれ、大蛇丸の男前に免じまして、暫くお待ちくださいませ(←何のこっちゃッ!!)。

「大蛇丸でなければ
できないこともある」
<ザッ>(サスケ)

でも、僕も我慢できないので「大蛇丸でなければ…」ってところなんだけど、これは取り敢えず、穢土転生の術でFA(笑)。それだったらカブトで良いじゃない。カブトを使った方が安全じゃない…と思われますが、恐らくカブトが呼ばなかった死者にサスケは用事があるのではないかと思います。小ちゃいようですが、サスケは忍界や世界云々ではなく、未だに「うちは虐殺」に絡む父・フガクが画策した一族のクーデターに頓着してるんではないかと思います故、フガクやミコト…できればダンゾウなどを呼び出してあれこれ尋問したいのではないかな…なんて、僕は考えています。その辺りの伏線も続々と盛られてるので、読み進む中で説明しますね。あー一気に書きたいのに、ウラメシやオトナの事情(汗)。

もしかしたら…あの方とも再会できそうな…(続く)。

夢は夜開く…(古ッ)。



 
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第592話「第三勢力」⑤

 
「ボクとサスケが話してんのに
水ささないでくれる!

と…そんなことよりコレ!
見てみてみ!」<スゥ…>(水月)

「!」(サスケ)

「………」(重吾)

「…………」(サスケ

「なっ!すごいでしょ!?
これがあればボクたち鷹が
この忍の世界を…」
(水月)

「………
これだ…」(サスケ)


「?」(水月)

「全てを…知る人間…」(サスケ)

「………」(サスケ)


「…とりあえず会わなければならない奴ができた
…オレはいく」<スッ>(サスケ)

「え?…誰?」(水月)

「大蛇丸だ」(サスケ)

「はぁ?」(水月)

「ん?」(重吾)


「何言ってんの
大蛇丸は君がぶっ殺したはずじゃ…
ボクは君がこれを…」(水月)

「………

あのしぶとい男のことだ

あれくらいで消え去るものか


あの胸クソ悪い
大蛇丸に会ってでも


やってもらわなければ

ならないことがある


一族…里…
全てを知る人間に会いに行く!」
(サスケ)

エーッと、それで水月が大蛇丸の某アジトで偶々見つけた「巻物」の登場となります。サスケは手渡されたそれをフムフムと一読して「大蛇丸」と結びつきます。サスケは大蛇丸が死んでいない…何らかの形で生きている可能性を感じていたんでしょう。きっと大蛇丸とされる忍を微塵切りにしてみたものの、余りの手応えの無さに大蛇丸を滅した確信が持てなかったのだと思います。そして、水月が大蛇丸の某アジトで発見した「巻物」には「六道仙人の作り方」が記載されていた筈です。即ち「全盛期以上のうちはマダラ」であります。カブトには「永遠の万華鏡写輪眼」がありませんから、満貫でなかった訳。そして、その内容は結果的に「うちはの石碑」の示す教唆と同じ内容だった…。

カブトの穢土転生・うちはマダラを探り探り検証していたのは、この「巻物」の内容の検証であったように思います。当然、大蛇丸は「うちはの石碑」を輪廻眼領域までは解読できませんので、ヤマトやダンゾウで実験しながら仮説に仮説を積み上げて論文を纏めた筈です。水月は「ボクは君がこれを…」と零していますよね。それはサスケに「永遠の万華鏡写輪眼」が在るからで、逆に言うと、そこまで立ち入った事情(写輪眼の進化)を水月が知っているという事で、増々怪しい総八重歯さんに思えます(笑)。ちなみにサスケに「柱間の細胞」を移植して、その毒性を中和できる技術があるならば、サスケは「六道仙人=第二のうちはマダラ」に成れるという事でもありますが…。

イタチがそれに触れず、ましてや釘も刺さなかった事から、サスケはそれを望まないでしょう。これは「イタチの呪い」とも言えましょう(笑)。そのくらいイタチのサスケに金輪際干渉しない態度というか覚悟はサスケに大いに干渉しているのです(笑)。それに加え、イタチは目の前でイタチに(精神的に…)フルボッコに遭う出来損ないの六道仙人・薬師カブトを見せつけられて居ますんで、尚の事手は出さんでしょう(笑)。そして、忍界(=弟系)を向こうに回してやり合う”暁”という組織は明らかに「うちはの石碑」を拠り所にしているのは明白でありまして、結局、水月が見つけ出した大蛇丸の「巻物」と同じ事をしようとしてる筈です。結局、六道仙人を再構築できれば上がりなのです。

ならばサスケは「六道仙人=全盛期以上のうちはマダラ」を止めに掛かるでしょう。それをイタチは望み、サスケと共に成し遂げた…かに見えたのです。しかし、肝心の「うちはマダラ」だけが止まらなかった。だから、サスケは全力で「うちはマダラ」を止めに行く決意を固めたのです。「あの胸クソ悪い大蛇丸」にだって会いましょう!!と言う訳だ。大蛇丸は”暁”の構成員という事でしたが、もしかしたら黒幕だったのかも知れません。例えば、トビを作ったのが大蛇丸だったりするのかも知れません。材料は神無毘橋のうちはオビト…。物語の中で、それらが可能なのは大蛇丸くらいしか思い付かないです。そして、賢いサスケが大蛇丸に会いに行く理由もそこにはあるように思えます。

ところでネットでは何やら「大蛇丸=トビ」なる論調が在るように思いますが、これが先バレに起因しないのであれば、最終頁のコマ割りにミスリードされてるんじゃないかと思います。僕はトビを拵えたのは大蛇丸だと思いますが、トビが大蛇丸だとは思いません。それは僕が物語を読み解く中で考えた末の答えです。そして、大蛇丸はカブトがサスケに切り刻まれた大蛇丸を漏斗(ろうと)に入れて「能力と情報のエキス」を絞り出したアジトにバックアップされているのではないかと、僕は予想しています。大蛇丸は「不死」「肉体」を捨てた「情報生命体」に見出した忍であります。大蛇丸は自分の欲望を情報化したのです。それは「思想」とか「思考」にも近いのかも知れません。

きっと、その複製を大蛇丸なれば何処かに隠し置く筈です。それがカブトと大蛇丸の「始まりの地」で可能性が高いと、僕は考えています。サスケはアンコの呪印や残存する大蛇丸のオリジナルのチャクラなどを元に探し出すのではないかと思います。ま…ホントにトビが大蛇丸で、サスケの目指す先が「トビVSナルト」の戦場でも良いですけど。その方が手っ取り早くていいですけど、どうもトビの精神性と大蛇丸がリニアに繋がらない。トビの歪み具合に一番しっくり来るのはマダラの弟のイズナ以外ないですし、その筐体オビトとかシスイの方が伏線とマッチします。それに大蛇丸は弟系だし、兄系のドロドロは関係ありません。きっと、面白半分で「風車」を回したんですよ…大蛇丸は。

「動いているものを見るのは面白い…
止まっているとつまらないでしょ………


回っていない風車なんて見るに値せず…ってね」

大蛇丸は気まぐれに「世界」を回す…(第13巻/160頁)。

第592話「第三勢力」
ナル×ジャン ケルベロス



 
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第592話「第三勢力」④

 
「これがカブト…?
なんかキモイね…

この腹から出てるのなんて
まるででっかい…<ピーッ!!>」(水月)

「そいつはもう
放っておけ」
(サスケ)

「生きているな…」(重吾)

場面はカブトの結界のあった洞窟。”鷹”の水月と重吾が合流した直後。水月はカブトの変わり果てた姿に唖然とします。まさかカブトの変身の内訳に鬼灯一族の身体メカニズムが組み込まれているとは知らないでしょう。そして、カブトのお腹から伸びる白蛇はどうしても<ピーッ!!>に見える。もう少し位置は下で、シムケンやカトちゃんのバレエダンサーのコスみたいだと、僕も思ってましたけど(笑)。そして、余りに痛いのでサスケも「放っておけ」と(笑)。これはカブトの「再起フラグ」でもあると思います。そうじゃなきゃイタチが片目を進呈してイザナミにハメた意味がなくなります。ま…お陰でサスケを燻し、大切な一言を遺せた訳ですし、実にイタチらしい情けを感じますね。

しかし、アンコが死なずに生きてて良かった…。そもそも大蛇丸とアンコは一方ならない縁がありまして、ナル×ジャン的には三代目火影・猿飛ヒルゼンが大蛇丸のホモ疑惑を払拭する為に選抜した許嫁でありまして、大蛇丸は兎も角としてアンコはやる気満々でしたから、カブトだって親近感とか他とは違う感情があっても可笑しくありません。だから、アンコからチャクラを取る為だけでアンコを生かしてた訳じゃないでしょう。何はともあれアンコが生きてて良かった。ところで、アンコは大蛇丸の存在を「痛み」として感じる事ができますから、重吾の協力があれば、この後に出て来る大蛇丸の捜索に関する重要な手掛かりになるかと思います。同時に目出たく”鷹”も再結成なのかな。

それと水月がちょっと目障り(笑)。水月はこれまでも妙な動きが数々確認されてまして、例えば大蛇丸の某アジトに囚われた忍を解放する時にサスケを「救世主」と持ち上げてみたり、それを流布するように言い含めたり…。他にももう忘れちゃったけど(笑)いろいろあります。特に五影会談に乱入した行で怪しさ満載でしたっけ(もう忘れちゃったけど)。何より、忍刀を収集する夢がありながら、香燐とサスケを邪魔するなんて下らない理由でサスケに粘着するのが胡散臭くて、それらが重吾のピュアな(悪く言うと天然な)感じとコントラストが甚だしく、如何にも臭い。臭過ぎる。絶えず水月からは大蛇丸の子飼いの臭いが漂っていて、八重歯だらけの口元も決して可愛いと思えない(笑)。

「今さらお前らがオレに何の用だ?
わざわざオレを探してまで」(サスケ)

「うん!
そうそうそれがその…

すごいのアジトで見つけちゃってさ…

えっと…」(水月)

<ザッ>「さっきイタチとお前が
カブトの穢土転生を止めたと言ったな…」(重吾)

「!」(サスケ)

「だがマダラとかいう穢土転生が
止まってないようだぞ」
(重吾)

「!」(サスケ)

「里がどんなに闇や矛盾を抱えていようと
オレは木ノ葉のうちはイタチだ」(穢・イタチ)

「…頼めるのは親友のお前だけだ
この里を…うちはの名を…守ってくれ」(シスイ)

「言ったハズだ
やらなければいけないことがあると」(穢・イタチ)


「…そうか……

止まってないのか…」
(サスケ)

サスケが穢土転生の「うちはマダラ」の存在を知っているのは意外でした。何か提示があったのかしら。見逃してたら誰か教えてください。しかし、賢いサスケなれば、イタチの「やらなければいけないこと」と「うちはマダラ」を容易に関連付けられるんではないかと思います。イタチは長門と長い時間一緒に居ましたし、長門からカブトの結界座標などを提供されていた事実から、穢土転生の中に「うちはマダラ」が存在し、そのチャクラが「全盛期以上=六道仙人」である情報諸々を伝えられていただろうことは、何よりイタチのカブト一直線の使命感と強烈に符合します。そして、未だカブトの穢土転生で呼ばれたうちはマダラが止まっていない事実に何を感ずるサスケ。この「何を!!」という感じ。

サスケは<ムッ>としているんです。イタチと協力して止めたと思っていた穢土転生が完全に止まっていない。増してやそれが「うちはマダラ」などと、サスケには全くもって承服できんのです。それは「うちはイタチ」の名を辱める!!とまで、サスケは思ってるのかも知れません。そのくらい、サスケは<ムッ>としています。この直前、サスケは「イタチの想い」というものを咀嚼していました。それが無軌道なDQNに過ぎなかったサスケに明らかに「方向性・指向性」を帯びさせていた様に、僕は感じています。そして、久方ぶりに再会した”鷹”の水月と重吾か伝えた情報は、サスケを更に「加速」したと思います。物語が躍動するのを感じます。それはサスケが「世界」と繋がった事を意味するでしょう。

サスケは独りきりで生きているつもりだったのだと思います。穢土転生のイタチの薫陶を受けるまでは…。しかし、カブトを出汁にイタチはサスケを燻しに燻しました。サスケがニジマスだったなら、危うく「美味しい薫製」にされるところです(笑)。そうしてサスケは決して独りきりで生きられない自分に気付く訳です。世界と繋がって初めて自分が在る事に気付くのです。そして、その上でそれを感じる自分もあるのだと。有り難いイタチの説法により「アイデンティティ」とは何ぞやをサスケは叩き込まれたのです。刹那ではありましたが、サスケは大いに感化され、悔い改めた結果、サスケの無軌道さが正され「指向性・方向性」が生み出されたのです。そして今、それが「加速」されているのです。

今や、サスケはイタチがやろうとした事を完成させねばならない使命感を帯びていると言っても過言ではないでしょう。それはこれまでイタチを目指し、イタチになろうとしていたサスケではありません。サスケはイタチに託された想いに対する自覚があるのです。イタチはイタチ。サスケはサスケ。その分別の上にサスケは確かに居ます。だから、未だ止まっていない穢土転生が存在する情報に<ムッ>とする訳です。物語が「加速」すると、僕が思うのは、サスケは明らかに穢土転生・うちはマダラを止めようと考えていると思うからです。サスケが漠然と感じた疑問や蟠(わだかま)りが具体性を帯びたということです。もうイタチのに騙されていた頃のお子様・サスケ(の目付き)ではありません。

図らずも、サスケはナルトと同じ方向を向いている…。

続く!!(今日中に何とか仕舞いますので)


 
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第592話「第三勢力」③

 
<グイ>「ガイ!!」(カカシ)

「オウ!!」<ガッ>(食らえ!!小指攻撃!!)(ガイ)

<グラ>(外道魔像)

「アアアアアッー
<グペン>
パァ!!」(キラ尾)

<ズン>(外道魔像)


<ザッ>(トビ)

<ザッ>「ヘッ!
苦しそうな顔してんな!」(ナルト)

<ゴゴ>「どういう意味だ?」(トビ)

「顔隠してっから…
オレが勝手にそう思って見てんだよ!
くやしかったら面取って余裕顔
かましてみてみろってばよ
バーカ!」(ナルト)

「ハァ…相手をあおるなと
言ってきたのに…」(カカシ)

「いいぞナルトォ!!」(ガイ)

<グッ>(ナルト)




<バン>(トビ)

「仕方ない…

やらざるをえんか」<ボン>(トビ)

「あれは!?」<ボン>(カカシ)

「!?」(ナルト)

「本当なら完全な状態で
復活させたかったのだがな…」
(トビ)

<ポイ><ポイ>

<パクン>(外道魔像)

「しかし欠片(かけら)でも
その力に変りない」(トビ)

<グオオオオオ!!!>(外道魔像)

「もうずいぶんと遅い…

約束の時間だ」(トビ)

<ゴゴゴ>(外道魔像)

ガイの小指攻撃が意外に外道魔像に効いている(笑)。僕も子供の頃、婆ちゃんちで迫り出した敷居があって、そこで小指をぶつけて死にそうになった経験がありますが、あれは痛い。恐らく、人間が感じる痛みのトップ10に入ってると思います。ガイはいろんな敵と対戦するシミュレーションをしてて、その中に巨人系の仮想敵も居たんだろうと思います。小指は痛いし、鍛えようがない(笑)。しかし、生命の危機に直結はしませんので「急所」ではありません。実際、外道魔像も痛くて困ってる訳ではなく、これは所謂、「崩(くず)し」でしょう。堅苦しい話をすると「基底面」という概念があって、その範囲内から「重心」を追い出して自然に倒れる状態を作り出す技術を言います。

カカシとガイが外道魔像を崩し(重心を不安定にする)、キラ尾が人体の「急所」である顎に打撃を食らわせる事ができた訳です。さすがはベテランの上忍師だけはある…見事な連係ですね。この繰り返しで確実に外道魔像は削れます。しかし、いい感じでカカシ達が戦況有利に運んでるところに、ナルトが水を注すもんだから、トビは八尾と九尾の代用品(八尾のタコ足と穢・金角銀角)で外道魔像の尾獣のチャクラをコンプリートさせてしまいます。しかし、八尾のタコ足は実体ですけど、紅葫蘆琥珀の浄瓶に封印された金角銀角は穢土転生の解放の影響を受けないんでしょうか。六道仙人の宝具だから特別なのか?それとも金角銀角も口寄せ解除の「印」を知っていたのか?

どっちにしても完全とは言い難い…不完全な形で外道魔像が解放されるのは、外道・輪廻天生の術ではなく穢土転生の術の個人契約で穢土に定着してしまったマダラと似ています。僕は全盛期以上のうちはマダラとは六道仙人を再構築した存在だと考えていまして、それがマダラの思惑通りに外道・輪廻天生の術で復活したのなら、間違いなくこのお話は詰んだと考えております。外道魔像もそれと似てまして、あれは十尾を再構築する為のチャクラの容れ物…つまり、十尾の肉体(陽)に相当するものだと考えています。トビは十尾を再生し、自分が十尾の人柱力になる積もりでしたから、計画的にもいよいよ最終フェイズに突入した事になろうかと思います。それが不完全な形で成し遂げられたから詰まずに済んだ訳です。

きっと、千手柱間とうちはマダラの関わりもこれと似てて、当時も千手柱間が何らかの策を講じてうちはマダラの完全な覚醒を妨げたのだと思います。恐らくそれが第一回目の「終末の谷の決闘」〜うちはマダラの死までの暗闘だったと思います。そして、今またうちはマダラと十尾がそれぞれ不完全な形で再現されて、ナルトとしては首の皮一枚で繋がったような感じでしょうか。面白いのはうちはマダラとトビ(=十尾)が繋がっていないところです。マダラ的には九尾で充分みたいな雰囲気がありますし、それがマダラとトビの夢想する「月の眼計画」の規模とか内容すら違える事になるのかも知れません。そして、トビが唱える「約束の時間」のイミフ…これってもしかして第一部最終話のデイダラの…。

「そいよか

あと三年しかねーぞ…

全員ノルマ達成できんのか
…うん?」(デイダラ)

第一部〜第二部までのブランクと、第二部が始まってからを足したら良い感じに「三年」くらいになりそうですし、もしかしたら、この時限がうちはマダラを外道・輪廻天生の術で復活できるリミットだったのではないかと、僕は考えています。その為に十尾のチャクラが必要だったのではないでしょうか。取り敢えず、この場はキラ尾以下カカシ、ガイ、ナルトの小隊をうっちゃる為に外道魔像を解放したんでしょうが、不完全な形での外道魔像の解放が、急場凌ぎ過ぎて、どうしても風の谷の某(なにがし)の巨神兵を思い起させます(笑)。しかし、曲がりなりにも「目」の入った外道魔像をナルト達は何とかせねばなりません。多分、次は小指攻撃は通用しない筈。さて…どうする!?

穢・マダラもトビも「仕方ない」と、確かに言った…。

続きまーす!!


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第592話「第三勢力」②

 
「…こんな…ことって…!?」(メイ)

「この程度の術で縛られる
オレでないことは…
戦っているお前らなら
納得いくハズだが?」(マダラ)

<ジリ…><ジリ…>(メイ)

「さて…
須佐能呼完成体…
アレを一度目にした者は
”死ぬ”と言われている

一度引っ込めてしまった以上
二度も出すとなると…
少しみっともないな

………

邪魔が入ってが削がれた…
そろそろ九尾
取りに行ってもいいのだが…」(マダラ)

「こっちのマダラはワシらにまかせい…
必ずケリをつける!!
ここは安心してワシらにまかせろ!!」(オオノキ)

<フワッ…>(オオノキ)



「!」(マダラ)

「!
土影様!もう私たちでも
たちうちできる相手ではありません!!」
(メイ)

「それでもやるんじゃ!
ここでこいつを止めねば……」
(オオノキ)


「…………」(マダラ)

「醜いな……」(マダラ)

一方、「マダラVS五影」は、マダラがアッサリと穢土転生の口寄せ契約を解除してしまったようです。マダラは皮膚のひび割れもなくなり生気が戻りました。穢土転生の口寄せ契約を死人側から解除して、死人が再契約するんでしょうか?多分、死人には実体がなくて「印」を結ぼうにも結べなくて、それが穢土転生の解放時、若干時間のみ可能になり、その刹那に口寄せ契約の解除と再契約の「印」をマダラは結べたのだと思います。これは穢土転生で呼ばれた死人だけができる事であって全ての死人が無条件に浄土から穢土に口寄せされる訳ではありません。しかし、マダラが何で穢土転生の「印」を知っていたのでしょうか?その一点が何とも腑に落ちません。

これだけは「コマけー事はいいんだよ!!」では済まされないので、今後、何らかの提示が欲しいところです。この後、微妙に伏線みたいなものが出て来ますので期待して待ちましょう。ところで、穢土転生の操り人形ではなく、自分で再契約を果たしたマダラは威風堂々としていてカッコ良い。五影との戦いを「興」(≒気分)で片付けちゃうところが、「お前達など相手じゃないんだよ」と言ってるみたい。しかし、それは虚勢などでなく、冷静に五影を吟味してその力量を推し量った上での事。完成体・須佐能呼を出すまでもなく別の手段で五影を葬れる…マダラにはちゃんとした勝算があるのです。それは既に無益な戦いであり、「もう仕舞いにしようや」とする優しき提案でもある訳だ。

しかし、それを受け容れないオオノキが<フワ><フワ>しています。オオノキにはナルトと交わした「約束」があるから、メイのように尻込みは出来ない。たとえ刺し違えられなくても、ここで討ち死にしないと「メンツ」が保てないのです。オオノキだって充分にマダラとの埋め様の無い力量差を認識していながら、地に足が着かない事を言う。明らかに冷静にものが考えられなくなっています。そう!!オオノキはナルトとの「約束」よりも、自分の「メンツ」が大切になってしまっているのです。この状況。力量の分析。五影たるものの下す判断として相応しくない。マダラが「醜いな……」とオオノキをむのはそういう意味なんだと、僕は思います。ま…死人の「お前が言うな」ではあるんですが(笑)。

とは言え、マダラも穢土転生の術ではなく、外道・輪廻天生の術で黄泉返りたかった人なんです。しかし、状況を判断して「仕方ない」と腹を決めて、穢土転生の解放に乗っかり口寄せ契約の解除と再契約をしたんです。それはマダラにとって非常に重大な選択だったんだけど、マダラは状況を冷静に分析し、必ずしもマダラの本意ではないけれど最善の選択をしたまでです。その直後に五影の最長老ともあろうオオノキがここまでイミフに騒ぎ立てるのは、そんなマダラの琴線を大きく掻き鳴らしたのです。ここは「マダラ△(さんかっけー)」なのであります。僕はトビは嫌いだけど、マダラは嫌いじゃない(好き)というのは、この雰囲気にあります。これが死人じゃなければホントに「完璧」なのにね(笑)。

全盛期以上のうちはマダラ=六道仙人FA

続きまーす!!(感想は水曜日中に完結させる予定)


 
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第592話「第三勢力」①

 
(一族とは…何だ…?

…里とは…何だ…?

…忍とは何だ…?)(サスケ)


「…………」(サスケ)

「オレはいったい…」(サスケ)

<ドカ>

「!!」(サスケ)

<ガラ><ガラ>

<ザッッ>(サスケ)

<ガラ><ガラ…>「見ーつけた!」(水月)

カブトとうちは兄弟が闘った洞窟…一転、訪れた静寂の中、何をか物思うサスケの横顔。その脳裏に去来する面影。サスケに「愛している」と告げて今生の別れを遂げた…兄・うちはイタチ。凛々しく優しく温かい兄の…笑顔?その眼はサスケをしっかりと見つめている。父・フガク、母・ミコト。在りし日のうちは一族の諸々。瞬身のシスイ。木ノ葉隠れの上層部…三代目火影・猿飛ヒルゼン。ダンゾウ。ホムラとコハル。木ノ葉隠れの里のシンボル・火影の顔岩。水・風・火・土・雷…五影。木ノ葉隠れの忍。サスケの同世代の忍達。師・はたけカカシ。第七班・春野サクラ。九尾人柱力・うずまきナルト。そして、サスケ。永遠の万華鏡写輪眼開眼者にして最後のうちは…うちはサスケ。

こんなに静かにサスケがものを考えるのは久方ぶりではないでしょうか。そして、その思考に「方向性」を感じます。これまでサスケは「憎しみ」に支配された、無軌道で暴力に塗れた単なるDQNだった…というのも強ち言い杉でもないでしょう。それは結果的に自分がその手で兄・イタチを殺めてしまった現実を、木ノ葉隠れの所為にして逃れようとする子供っぽい衝動にサスケが駆られていたからです。しかし、穢土転生の「泣きの一回」が齎した兄・イタチとの再会で、サスケは「イタチの価値観」を目の当たりにします。それが「イタチの生き様」に照らし合わせて整合性がある…と、賢いサスケには何となく理解できたのでしょう。サスケは徐々に冷静さを取り戻そうてしたいます。

これまでサスケは「社会」という人の生きる仕組みに頓着しなかったというか、受け容れずに大きくなって来たところがあろうかと思います。ちなみに「大きくなって来た」というのと「成長した」というのは全く別ものなのでお間違えなく。それは「自分独りで生きている」みたいなサスケの子供っぽさに見て取れます。イタチはサスケに関わらないと心に決めた筈です。ただ一言…大切な言葉だけをサスケに手渡して逝こうと決めていた筈です。しかし、サスケの考えの未熟さ…如何ともし難い子供っぽさをそのまま放置する事も出来ない。それに訪れた好機こそ「薬師カブト」との交戦だったのかも知れません。図らずもその場にサスケが合流してしまう幸運。イタチはそれを利用したのです。

イタチはカブトを理解した上で、その過ちを見事に指摘し、「アイデンティティ」とは何ぞやを懇々と語りました。それはカブトに向けた言葉でしたからサスケに関わる事には当たらない。偶々その場に居合わせた暴漢の耳に、偶々流れ込もうと、それは自らを戒めた決め事に触れはしない。イタチが舌ベロを<ペロッ>と出して苦笑いする様が見えて来るようです(笑)。そして計算通り、イタチの説法はサスケをしました。「社会」というものを否定し、自分独りで「完璧」になる事の、成ろうとする事の愚かさを、出来損ないの六道・薬師カブト(カブチ丸)を持って提示し、それを完膚なきまでに打ちのめし、イザナミの回廊に、「出口」を一つだけ残し閉じ込めました。

その「出口」とは、サスケが「今」…こうして見つめる先と、恐らく同義でありましょう。その意味で、カブトが改心しイザナミの回廊を抜け出す可能性は非常に多く残されている様に思います。凄く余談で申し訳ないですが、更生したカブトの恩返しみたいなものがこの先在るだろうと、僕は確信めいた期待を抱いております。イタチはカブトを利用してしまいました。そう言ってしまって差し支えないでしょう。カブトと闘うフリをして実はサスケと取っ組み合いの「兄弟ゲンカ」をしていた様なものでしょう。それが、木偶の様に突っ立つカブトが「出涸らし」になってしまった本当の理由でしょう。カブトは文字通り「出汁」(だし)にされてしまったのです。実に良い出汁が出たもんです(笑)。

イタチはカブトをしながら実はサスケを懇々としておりました。カブトもサスケもその無意識にはそれを感じていたと思いますが、イタチの如才なさは、それを表に出させずにやり過ごさせました。イタチは確かにイザナミでカブトを嵌めました。しかし、同時にサスケもイザナミに掛かったようなもんだと思います。ただし、「出口」はサスケ任せ。それがイタチのカッコ良さなのであります。サスケはイタチに託された想いを、「今」…必至に噛み砕くのです。牛が発酵した干し草から美味しい肉と脂と乳を作り出す様に、イタチが塗れた「泥」を自分のものの様に感じながら、自分が何をすべきなのかを真摯に考えているのです。サスケは充分にイタチにされたのです(「薫陶」参照)。

そんな良い流れに水を注す様に静かな薫陶場が急に騒がしくなる(汗)。水月と重吾がサスケを見つけ出しました。重吾の呪印の正体が「仙人モード」に由来する提示がありましたが、恐らく相当高い感知能力が備わっている筈です。動物と話せるのも動物の脳波や心音、発汗量や微妙な体温の上下など諸々をその感知能力を介して言語に変換しているのかも知れません。水月は未だに二重スパイ臭がプンプンしますが、重吾のピュアな感じは信用してもいい気がしますね。しかし、この再会が指向性を帯びたサスケの思考に悪影響を及ぼさなければ良いですが…。余計な心配をしておりましたら、お時間となりました。仕事がちょっとアレなもんで、またブツブツと細切れに上げさせて頂きます故。

と言う訳で(言い訳で)続きます。

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第591話「リスク」⑤

 
「………
ダンだ」(ダン)

「…………」(綱手)

「ダン…!
何でここに!?」(綱手)

「穢土転生が解かれたんんだ…
で 霊化の術で飛んで来た」
(ダン)

「しかし今のは危なかったよ!」(ダン)

「………
…ダン」(綱手)

変らないね………綱手…」(ダン)

「ダン…
私は…ずっとアナタの」(綱手)

「時間がない…
感傷に浸ってるヒマはないんだ
もう行かなくちゃいけない」(ダン)

「…………」(オレは里も仲間も大好きだから守りたい
みんなを守る存在…火影はオレの夢だから)(綱手)

「ダン!
私はアナタが死んでから
ずっとアナタの想いから
逃げてきた

でも変った!
そして今なら
アナタの無念を
やりたかった想いを
もう一度確かめられる!

私は火影になった!
でも…」(綱手)


「ありがとう綱手…
君はオレのやりたかったことを
充分成し遂げてくれているよ

君に辛い思いばかりさせてしまったね
…ごめん…

向こうで待ってる
でも当分はこないでくれよ


<スッ>

君は僕の夢そのものだから…

後に君を守れたんだ…
穢土転生されたかいも
少しはあったかな…」
<スウー…>(ダン)

世界の平和とか関係なくダンは綱手に会いたかったんだろうな。それで一目散に綱手の元に飛んで来たら、いきなり大ピンチだった…。運よく綱手は助けられました。綱手もいきなりダンが現れたもんだから、穢・マダラの事なんか忘れています(笑)。綱手が忍術で歳を誤摩化し若いままの姿で居るのって、いつまたこうしてダンと再会できると信じての悪足掻きだったのかも知れません。そう思うと、この術を小馬鹿にしていた自来也の気持ちも何となく分かりますよね(笑)。そんな綱手にダンは「君はボクの夢そのもの」と伝えて逝く。これが穢土転生の解放時、召還された御霊に一定の自由時間がある提示に過ぎないなら余りに目障り…ていうか自来也に気の毒です(笑)。

でも、綱手の気掛かりが払拭されましたし、ぶっとい「死亡フラグ」もダンの「当分は来ないで…」で引っこ抜かれたと思います。それとミラーリングしたようなダンのデコチュー♡♡;おっと…この後、ダンは戦死しちゃったじゃないか…(汗)。でも、あれは「柱間の首飾りの呪い」ですよね。ちなみに、「柱間の首飾り」とは霊器を宿していて、それが木遁チャクラに反応して尾獣を沈めていたと、ナル×ジャンでは考えていまして、それが「ナルト」を目指して旅をして来たんだと思うんです。次から次へと不適応者を乗り換える為に「死」を呼び込んだ…と考えております。ナルトの八本目のピンチで呆気なく「柱間の首飾り」が砕けますが、その実体たる霊器は既にナルトに宿り…<ムニャ><ムニャ>。

<スウー>(綱手)

<スッ>(綱手)

「生気が戻ったな…
チャクラをもらったか?」
(穢・マダラ)

ダンのデコチューで綱手の「♦マーク」が復活するんです。これってダンがチャクラを別けてくれたって事ね。それと、マダラの穢土転生の踏ん張りでも描かれてるけど、チャクラと魂(御霊)がかなり混濁しているようです。霊的に見るとチャクラも一種の霊体みたいなものなのかも知れません。時に怒りや意志に呼応して実体化・具象化しますから、少なくとも人の気持ちとか意志を反映する媒体なんでしょう。それが忍術として出力され「事象」になるエネルギーでもある。何ともややこしい(汗)。でも、こんな風にややこしく狡い仕組みだけれど、この人達は同時に被害をも被っていますので、行って来いでチャラとさせて頂きます(笑)。一方的に利益だけを享受してる訳じゃないですから。

でも、それで良いのですか?という詰問が、これらの提示によってなされているのだと、僕は考えています。人が簡単に命を落とす。そして簡単に生き返る。それが「忍術の真理」が示すものなのでしょうか。僕らだってリアルで「原子力」なんてものを手に入れた気になっています。しかし、それが本当に必要なのか?人が御すべき「力」なのか?僕らは考えなければならない。その上で「取捨選択」というものが在る。何でもかんでも取り込んでも「神様」には成れんとカブトが教えてくれました。それらを踏まえて、真剣に「忍術」が人間に必要なのか?どうなのか?を考える必要があると思うんです。それが世界の「パラダイムシフト」として落とし込まれるんではないかと、僕は考えています。

「ちょっと昔の知り合いに会ってな…」(綱手)

「離れかけたマダラのチャクラが
しっかりと体にへばりついてる…
元に戻った…?」(メイ)

「なぜだ!?
なぜ消えない!?
…穢土転生は解除されたハズだ!」(エー)


「この術にはただ一つリスクが存在する

それは印さえ知っていれば
穢土から呼んだ死人側から
穢土転生の口寄せ契約そのものを
解除できるということだ


そうなってしまえば
これほど厄介なことはない
死なぬ体…無限のチャクラ…
それが制御不能で動き出す」(穢・マダラ)

「まさか…」(オオノキ)

「術者に言っておけ
禁術を不用意に使うべきではないとな」
(穢・マダラ)

(解)(穢・マダラ)

そんな堅苦しい事を考えてると、また、マダラが自由奔放に…(滝汗)。ダンの「霊化の術」が提示した様に、穢土転生の解放時、極短時間ではありますが、御霊が自由に振る舞える暇があります。そして、「穢土転生の術」も「チャクラ」を「印」を介して出力する「忍術」であります。生きた人柱に浄土に居る御霊を口寄せする仕組みで、口寄せは「契約」とのこと。そして、その「契約」を解除できる「印」が御霊には与えられている…と、マダラさんは言ってるようです。実際はその「印」を知る者は居ないのでしょうが、マダラは知っているそうです。確か「穢土転生の術」の考案者は二代目火影・千手扉間の筈。そして、それを完成させたのが大蛇。カブトはそれを土台により洗練した。

しかし、何で呼び寄せた御霊にそんな「自由」を与える必要があるのだろう?僕だったら術の設計段階で、そこは潰しておくけど、開発者の扉間に何か考えが在ったんでしょうか?それとも、召還された側からのキャンセルは「口寄せ契約」が内包する制限なのかも知れません。カブトは「リスク」などないと豪語していましたが、これだけの事をしでかせる「力」でありますれば、相応の「リスク」は在って然るべきでしょう。しかし、「無限のチャクラ」はいくら何でも…(汗)。そもそも「穢土転生の術」が質量保存の原則を無視してるのに、これ以上好き勝手やられた日には…とグズグズ考えてましたが、「うちはマダラ」こそ「忍術」というか「忍」に対する最大のアンチテーゼなのであります。

だから、ここで「うちはマダラ」「死なぬ体」「無限のチャクラ」を帯びて立つのはバッチ来いと言えばそうです(笑)。そして、それを倒すのは「五影」に非ず。もっともっと強い「力」「愛」を携えた存在でしょう。それを『NARUTO -ナルト-』という物語はせっせと拵(こしら)えて来たのだと、僕は考えております。そうして練り上げられた「力」を結集して打ち破るべき存在が「うちはの石碑」の示す究極の目標とも言える「うちはマダラ」なのだとも思います。山を斬り裂き、五影を沈黙させた「力」。僕はどんな形で「うちはマダラ」が本格的に登場するのか見守っていましたが、ここでホントにマダラが「口寄せ契約」を破棄できるなら「ラスボス確定」と断言して差し支えないでしょう。

第591話「リスク」
ナル×ジャン ケルベロス

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第591話「リスク」④

 
「消える前に
一発喰らわせようという腹じゃ!
気をつけい!!」(オオノキ)

(火遁・龍炎放歌の術!!)<ゴッ>(穢・マダラ)

(水遁…イヤ…
間に合わない!)(メイ)

<ガガガガガ>(綱手)

<ジュウウウ>「ぐっ!」(綱手)

「火影様!!」(メイ)

「大丈夫!!」<ジュウウウウウウウウウ>(綱手)

<スウー…>「!!」(綱手)

(百豪の術が…切れたか!)<スッ>(綱手)


<ズッ>「!」(穢・マダラ)

(だが…勝った…)<フラッ>(綱手)

<ザザザザ>(穢・マダラ)

<ザン>(穢・マダラ)

「!!?」(綱手)


<ズズズオ>(穢・マダラ)

「しまっ…」(オオノキ)

「!!」(影)

<ガッ>(影)



<ザッ>(綱手)

「!?」(穢・マダラ)

「今のは…!?」<ズザザ…>(エー)

「完全に意識を失っていたはずじゃ…」(オオノキ)

「!?」<ザッ>(綱手)

(私はもう動けなかった
どうして!?)
(綱手)

(久しぶりだな…
オレだ綱手)
(ダン)

「!!」(綱手)

場面は変って「五影VS穢・マダラ」…穢・マダラの攻勢は衰えずピンチが続行中。そんな中、一人気を吐く綱手ですが、ダブルオーのトランザム…じゃなくって、「百豪の術」がチャクラ切れで終わっちゃう。しかし、穢・マダラも穢土転生の解放の影響が出て、綱手が更に気を抜いたところで、穢・マダラが息を吹き返し…みたいな展開です。何で穢・マダラのチャクラが再度、塵芥にへばりついたのかは特に提示がありませんが、この辺は頑張ったらどうにかなる時間帯なのかも知れません(笑)。気力でへばりつける?(笑)結局、この後。穢・マダラは穢土転生の術者が勝手に交わした口寄せ契約を反古(ほご)にできる…なんて、クーリングオフみたいな仕組みを提示します。

実はマダラとしては「外道・輪廻天生の術」で黄泉返りたかったんです。でも、この展開。この際、「穢土転生の術」でもいいか…みたいな諦めが、穢土転生の解除を知った直後の「仕方ない…」(本誌153頁)なんだと思います。マダラはこのまま浄土に還らず居座るつもりなのです。ま…マダラの動向に関してはまた後にして、兎に角、「霊化の術」で飛んで来たダンが綱手を助ける…と。「霊化の術」はこんな風に誰かに憑依して動かす事が出来るんだ…。それを応用すれば死に追い込めます。憑依する為の条件が存在するんでしょうが、生前、ダンは綱手と散々イチャイチャしてましたから、それは満貫でクリアしてるんでしょ。自来也も草葉の陰でさぞかし…(滝汗)。でも、綱手の大ピンチが消滅しました。

ところで、綱手の「創造再生・百豪の術」ですが、やはり額の「♦マーク」にシコタマ溜め込んだチャクラを常時開放しながら、予め封印した「陰」つまり、術の設計図(イメージ)=「印」を幾重にも走らせ、肉体の損傷を自動的に修復させて戦闘行動を継続させるもので、別系統では物理的な「力」を最大限に解放するようにチャクラを供給して攻撃力を高める忍術なんだと思います。他にも仙術の技術を応用する案もありますが、危険回避能力感知能力が飛躍的に向上していないので、組み込まれていないのかも知れません。カツユが「湿骨林」の遣い魔で、綱手にも「予言」が関与してるかも…と考えていたんですが、綱手はそれどころじゃないようなので薄いと、今は考えています。

話が大きく逸れてしまいますが、自来也が「予言」の負託を受け、弟子を受けて育て上げた忍を「妙木山」の独善的や思いつきに近いさじ加減で殺めていた…ある意味、基地外じみた経緯を考えるなら、自来也がそれに疑問を感じなかった訳はないと、僕には思えるんですね。しかも、自来也の仙人モードなんだけど、両肩(双肩)に二大仙人のフカサクとシマが融合してるんだけど、あれってハッキリ言って監視ですよね。自来也がちゃんと殺してるかの…。そんな悲しく馬鹿げた行いを自来也が疑問に思わないのはオカシイです。そして、自来也が戦死した後、シマが「予言」に関する業務から遠退き、ナルトの仙術修行にノータッチになって、虫取り三昧に明け暮れたいた(笑)。

シマは大ガマ仙人の実子で、フカサクは入り婿だったようなので、シマは常に遠慮なく大ガマ仙人を批判していました。それはきっと大ガマ仙人の人(ガマ)となりにも関係してたと思います。「予言」など「戯れ言」。シマにはそう思えたのかも知れません。それが自来也の戦死で弾けた。それ程、シマは自来也を愛でていたのだと思います。そして、自来也はカブトの穢土転生で召還されなかった。何やら人の手の届かない深海に死体が沈んでしまったとかで…。何も理由がなくて死体がそんな深海に沈むかよ!!と言うのはなしにしても、自来也の死に、僕は猜疑心を拭えない。トビがカブト指摘に「図に乗るな…」(第55巻/116頁)と釘を刺したのが…どうにも気になりまして。

取り留めも無く続きます!!

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第591話「リスク」③

 
<グッ>(穢・ダン)

「思った通り
もう意志通りに体を動かせる」
<パッ>(穢・ダン)

「結界を解いてくれ
チョーザ…もう大丈夫だ」(穢・ダン)

「のようですね」(チョウザ)

「皆
結界はもう必要ない!」(チョウザ)

「ハッ!」<ブクッ>(四紫炎陣)

「チョーザ…すまなかった」<スッ><スッ>(穢・ダン)

「その印…霊化の術ですね…
分かってます…早く綱手様の所へ
行ってあげて下さい!」(チョウザ)

「…多くの忍を殺めてきたこの術が…
まさかこんな風に役立つとは
想いもしなかったよ」(穢・ダン)

(霊化の術!!)(穢・ダン)

<ズッ>(ダン)

「思った通りだ
穢土転生解放後の昇天する魂も
この霊化の術ならコントロールできそうだ」
(ダン)

「でも時間はあまりありそうにないですよ
急いで下さい」(チョウザ)

<フワフワ>「ああ…
じゃあなチョーザ…
イロイロありがとう」(ダン)

「す…すごい…
霊体のまま…飛んでった…
霊化の術っていったい…」

「生き霊となって距離を越えて
相手にとりつき殺す術だ…

本来はな」(チョウザ)

エーッと、ここら辺は穢土転生の解放タイムラグがあって、人柱に縛られた御霊が浄土に還る間際、若干時間、自由な行動が出来る…という提示で、この後、穢土転生のうちはマダラの動きの伏線でありまして、そんな風にダンの「霊化の術」が消費されるのが芳しくないと思えて、どう書くかな…と考えてたら、あれよあれよで木曜日(笑)。ま…ちょっと忙しかったんですけどね(汗)。ダンとチョウザさんの関係性が、チョウザさんのダンデレなのか?綱手デレなのかあ?分からぬままで、ちょっと気持ち悪かったです(笑)。ところで、やっとこさ疾風伝映画「ロストタワー」を見たんですが、ミナトとチョウザさんは同世代っぽい。何気に油女シビも。第一部終了時36歳なのなか?

ナル×ジャンではミナトが20歳代前半で戦死した(九尾事件のタイミング)と考えてるので、大体、チョウザさんの第一部終了時の36歳に符合すると思います。ちなみに、「ロストタワー」は面白かったです。ミナトがめちゃくちゃ理解力があって、ナルトの発言に興ざめする事無く如才ないオトナな対応。その意味ではナルトにはクシナの血が大量に混入してると感じてしまいました(笑)。あと、動いてる仔カカシが可愛くて可愛くて…<ジュルッ>。最近、appleTVを導入してyoutubeのコンテンツが見易くなっていまして…(パソしながら)。話が逸れましたが、と言う事でチョウザさんは綱手やダンに「ガキ」と呼ばれるような世代だったというのが分かると思います。

それがダンデレとか綱手デレというのもないな…と思うと、やはりダンと綱手の仲睦まじい姿に将来の家庭像と言いますか、何気にホンワカした雰囲気を美男美女の交際にチョウザさんは感じていて、自由になったダンのしたい事が特定できたんだろうな…と思います。多分、綱手とダンのイチャイチャに耐えられなくて自来也は放浪の旅に出たんでしょう(笑)。それで書き上げたのが「イチャイチャパラダイス」なんだから妄想も甚だしい(笑)。またまた余談に走ってしまいましたが、チョウザさんが「ダン→綱手」で鉄板で、非常に殺傷能力の高い「霊化の術」を綱手との逢い引きに必ず使って来ると決めつけるに足る程、綱手とダンのイチャイチャが過ぎたのだと思われます。

自来也には誠に御愁傷様ですが、綱手は面食いも面食いで、ダンみたいなイケメンじゃないといけなかったようです。綱手もメンコイ娘でしたし、ま…お似合いだったのでしょう。ここで「霊化の術」が提示されてふと思ったんですが、これって時空間移動がどうとか、忍術チャクラを吸収するとか無関係に、霊的に人を殺傷する能力なんですよね。憑き殺す…みたいな。そんなダンが戦争で早死にしちゃうんですが、それってうちはマダラとか、トビが予め自分にとって害悪である忍を抹消していった暗殺だったんじゃないのか?と、考えてしまいました。ダンの「霊化の術」があればトビでもキュッと殺せちゃうでしょ。その芽をトビはジトジトと摘み取って来たんじゃないでしょうか。

トビの気の遠くなるような根回しに、それが組み込まれてても不思議じゃありません。そして、この時、ダンが「うちはマダラ」の存在に気付いていたら、ダンは綱手との暇乞いをキャンセルしてマダラを殺しに行ったと思いますが、ダンは綱手一択(汗)。これも運命の彩でありましょう…か。ま…これが結果的に綱手の大ピンチを救います。VSマダラで綱手にどデカイ「死亡フラグ」がおっ立ってましたが、無くなったような。恐らく綱手よりも上の世代で一件落着と相成ると思われます。細かい事はさて置き、穢土転生の解放で召還された御霊にある程度の自由が生じるという事で、それはマダラさんとて同じ。その結果、世界が一転、絶望の淵に立たされるという訳です。

映画は鑑賞マナーが悪過ぎて行かないの巻(笑)。

続きまーす!!(寝ずに書くのだ)


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第591話「リスク」②


<ズイ>(穢・君麻呂)

<ズイ>「どうやら
やっと死ねるようじゃな…」(穢・チヨ)

穢土転生・解の影響が各所に現れています。森の中から立ち上がる光柱…チヨ様と君麻呂の戦場。この後の描写を観察すると、穢土転生が先ずコントロール系を破棄し、その後、浄土から呼んだ御霊を解放するようです。また、術の解け方が一様ではなく、イタチのように時間を掛けるものもあれば、チヨ様や君麻呂みたいに呆気ないのもある…。恐らくこれは生前の思い遺しの量に拠るのではないかと、僕は考えています。チヨ様は我愛羅を蘇生させ、その代わりに自分の命を燃やす様に果てました。その時、自分の過ちに気付き、これからの忍界を我愛羅やナルトに託し、安堵していました。同じ様に君麻呂も病魔がその命を喰い尽くすまで大蛇丸の為に闘えた…。自分が死んだのも忘れるくらい闘いました。

チヨ様も君麻呂も思う存分生きたのです。もう何を想い遺す事があるでしょうか。しかも、死んだ後、思いがけず「泣きの一回」を得る事が出来て、ナルトの成長を垣間見れた…。もう満足過ぎて死ぬかと思ったでしょう(笑)。だから、チヨ様も君麻呂も足掻かず逝ける。穢土転生の端々には召還された御霊の生き様みたいなものが投影されているように感じます。特に大蛇丸のそれと違ってカブトの穢土転生「心」の自由…ここが弟系らしい発想…を残す様に設定されており、殺傷よりも戦場の撹乱に重きを置いた味付けが為されていたのも関係が深いでしょう。そして、それが「うちはマダラ」にも適用される…としたら…っていうかされるんでどうなんだ!?というお話です…今回は(笑)。

「あの光はあ?
…いったい何なんです!?」(メイ)

「須佐能呼が消え
さらに穢土転生の塵あくた
激しく舞っておる
これは間違いなく…」(オオノキ)

穢土転生が解放された
ということだな」(穢・マダラ)

「何だと!!」(エー)

「カブトはまだ捜索中のはず
…早すぎる
発見しただけならともかく
この術まで止めるとは…
いったい誰が…」(綱手)

「誰でもよい…
誰であろうと


忍世界を守った英雄じゃ!

天はまだワシらを見放しては
おらんようじゃぜ!」(オオノキ)

「お前の側にも
やれる忍がいたようだな」(穢・マダラ)

「…………
仕方ない…」(穢・マダラ)

ここ伏線満載なんでご注意ください。先ずは綱手が穢土転生を解いた忍の存在に驚き、オオノキがその忍を「英雄」とするところ…これは「うちはイタチ」の功績でありますが、イタチは穢土転生と共に消失しますから、残った「うちはサスケ」がこの賞賛を総取りしても良いと思います。単なる引っ付き虫でしたが、一応、輪廻眼を欲しがるカブトの「ハニートラップ」にもなりましたし、多少はイタチをアシストもしています。ま…一緒に闘ったと言えばそうなので(笑)、サスケは「英雄」と持ち上げられても良い筈です。これはこれまでのサスケの悪行に対する「恩赦フラグ」だと思えます。ただ、サスケはエーの片腕を奪っていますので、そのままだとチト厳しいかも知れません。

…が、ここでもしエーが戦死したら…と考えると、その敷居が途端に低くなります。ま…それに穢土転生の術の解け方がかなり濃厚に関与していて、うちはマダラが踏ん張る…踏ん張るんです。マダラなんてホントは外道・輪廻天生の術で「泣きの一回」どころか、もう一度、大手を振って人生やり直す気が満々な訳で、このタイミングで漏らす「仕方ない…」つーのは、何をか言いたげに見えて仕方ないです(汗)。何度も言っちゃうけど、マダラは思い遺しどころかやり直す気満々。だから、術のキレが異常に遅い。ここデカい伏線です。そして、それがサスケの「恩赦フラグ」と絡むなら、五影のエーやオオノキ…ギリギリ綱手くらいまではお亡くなりになる確率が跳ね上がります(汗)。

しかも、イタチはサスケに人と繋がる生き方を提示したばかり…。人の「心」「心」は見えない「力」で繋がれるのだと。ほら、お前の胸は「今」…こんなに温かいじゃないか。幸せだろ…と、イタチの声がサスケの頭の中で木霊してる…筈。そして、五影すら敵わないラスボスの風格「うちはマダラ」の存在。それを黙らせるには…もう、ナルトとサスケが共闘する他ないと思うんです(まぁ…そう在って欲しい…と<ゲフォッ><ケホ><ケホ>)。それが六道仙人の遺した「うちはの石碑」を叩き割れる唯一の「力」なんだと、僕は思うんです。一応、伏線的には材料は揃いました。第四次忍界大戦・穢土転生編の流れからしても「うちはマダラ」のラスボスは鉄板かと思います。

最後の争点は「うちはマダラ」をどんな風に呼ぶか?に収束するかに見立てておりましたが、ここに来てそれに、如何に残るか?も追加されました。そこにカブトが「穢土転生の秘密」(正確には第521話「大連隊、戦闘開始!!」だがな…)でトビに嘘の解印(戌・午・寅)を教えてまして、それが何らかの形で物語に彩(操)なすものと思え、未だ余談を許しません。しかし、流石にナルトとサスケの共闘を持ち出すには材料が足りてなくて、些か勢いで押してるなーとも思います(笑)。しかし、それは「うちはの石碑」を理解した上でイタチがサスケを遺し、全く違ったバズルの絵面を考えてる様にも思えまして、もう少し理論武装をしてから動議しますかね(笑)。

「仕方ない…」(穢・マダラ)

この…マダラの「一言」が何を意味するのか?それが左右する未来とは途方もなくデカイです(汗)。もしかしたら、あと少しで…との性急な予感もありーの、いろいろと思うところのあるケルベロスなのであります。もっと拗らせるならトビが「外影VSマダラ」の戦場に乱入する手もあるんです。どっちにしても「うちはマダラ」を使う事になるから同じと言えば同じですが、ワンクッション挟むので、より複雑に…てなことを編集部の方々とキッ神が話し合ってるとか…(汗)。でも、ここから一気に物語は詰みの方向に動き始めるでしょう。そして、今回の「リスク」と言うタイトルが…気になります。それが意味するところもまた難解にして複雑…です。これは『NARUTO -ナルト-』というお話の…

終焉の「リスク」でもあるからだ!!(続きまーす!!)

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第591話「リスク」①

 
<フワァ>(穢・イタチ)

<ドサッ>(穢・生贄)

「………
オレは…」
(サスケ)

「愛している」とイタチに告げられたサスケ。誰かが自分をしてくれている。そう思えるだけで人は幸せな気持ちになれる。それは自分がこの世界で独りきりではないと確認できるからです。思えば、「九尾のコントロール」でナルトが大ピンチに陥った時、八卦の封印式に組み込まれたクシナのチャクラが登場して、ナルトを落ち着かせました。忍界大戦編の我羅も穢土転生の父と再会して母・加瑠羅の想いというものを知り涙しました。イタチの御霊は浄土に還るのだけれど、それでも「ずっとお前を…」と伝えました。その「一言」がサスケにどれ程、嬉しく響いた事か。一緒に居なくとも「心」が繋がっている。イタチはサスケに「愛」を見せたのです。「愛」とは他者との「繋がり」なのです。

気持ちや想い…人の「心」なんて見えない。恐らくそれは「写輪眼の瞳力」を持ってしても…。兄系・うちはの陥る過ちとして、眼に映らないものを信じない傾向は確かにあったのでしょう。それが「心」に対する兄系の不感症…或いは鈍感さでありましょう。うちはマダラなどあれだけの瞳力を示しながら、結局、他者と繋がる事ができず「ボッチ」になってしまいました。そして、その行き着く先が「輪廻眼」だった事実を重く受け止めるなら、それは六道仙人が抱いた疑問に符合すると考えるべきでしょう。その疑問に対する答えを求めて六道仙人は自分をバラバラに砕き、世界に鏤めた。そして、うちはマダラはそれを統合し、世界を無限月読で一つにする結論に至った訳です。

勿論、その殆どは「うちはの石碑」の教唆に従ったものなのでしょうが、それを容認するのは眼に見えない「心」を感じる事のできない、ある種の情弱さに起因しているように思えます。イタチも「うちはの石碑」を解読した者として生きた筈です。そして悩んだ。一度死んだもものの、穢土転生の「泣きの一回」を得て、サスケにこうして伝える事ができた。「心」とは見えないけれど、在ると信じればある。見えると信じれば見えるのです。忍術チャクラが示す現象が「力」を誇示しようと、見えない「力」がある事も、僕らはこれまで散々思い知らされて来たではないですか!!大切なものを守ろうとする時、人は本当に強くなれる。それをサスケは「今」…イタチに渡されたのです。

問題はサスケがそれに気付けるか?です。サスケがイタチの「一言」を咀嚼し、自分の血肉に換えられるなら、サスケはこれからの人生を築けるのだと、僕は信じます。人は…傷付き、築き、築く…生き物であります。サスケは充分に傷付いたと思います。ここでイタチが残した優しさ、温かみはきっとサスケの身体に残るでしょう。そして、それは失せる事無く、サスケと共に在る。そうイタチはサスケに約束しています。恐らく、これまでイタチがサスケに施して来た事共が、その想い出がサスケに去来するでしょう。それらがサスケの痛みを際立たせ、ある時は癒しながら、サスケを更なる「高み」に押し上げる事でしょう。きっと…サスケは再生できる…やり直せる。

「まだ…間に合う…」(ep589/穢・イタチ)

イタチの想いがサスケに届きます様に(直ぐに…続く)


 
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