スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

写輪眼の私的考察


○写輪眼の第一次覚醒(巴文様二つ)の鍵は「大切な友を守る」
対白戦でのサスケの覚醒や神無毘橋の戦いにおけるオビトの覚醒例が揚げられます。

○第二次覚醒(巴文様三つ)の鍵は「自らの命の危機を回避する」(暫定説。やや苦しい)。
終末の谷での対ナルト戦でのサスケの覚醒例。写輪眼の完全形態と言える。カカシもオビトから移植した直後は二つ巴であった。

○第三次覚醒
(万華鏡写輪眼)が「大切な友を殺す」と言われている。
伝聞に過ぎないが、イタチはシスイを殺す事で万華鏡写輪眼を開眼している。万華鏡写輪眼に関しては開眼条件にうちはの内部でも更に特異な血統が求められる含みが示されている。

以下、私的考察

写輪眼の覚醒(開眼)は通常の忍術の修得条件や修行などからはかけ離れた理不尽な条項にも思える。これは物理的な反応とか、科学的な反応ではなくて、意識や考えの反応であるから。まるで誰かに試されているような条件付けと言える。

例えば、写輪眼塩基(有機コンピュータ)を利用したプログラムと考えれば、この「通過儀礼」にも似た覚醒条件を理解できないだろうか?或いは「生命体」(プログラムも生命体も、DNAなどの高分子レベルにあっては、ある意味同義であろう)。意識を持っている有機体。独立して機能する存在。それが、チャクラを動力源にして作動している。

とすれば、眼球(眼軸を含む)の移植で躯とつながれば作動可能で、カカシの写輪眼使用条件が整うと考えられる。具体的な解答としては『写輪眼は独立したプログラム(有機コンピュータ、生命体を含む)で、チャクラさえ供給されれば動く』と、僕の場合はそのように答える事になります。

写輪眼とは"人の存在価値を問うプログラム"ではないだろうか?

果たして人類が、この星で生きる価値のある生き物か?をこの天体(創造主=神=地球or天体としても良い)が問う為に生み出したプログラムではないだろうか?

その最終段階。万華鏡写輪眼の第四次覚醒。その動力であるチャクラは、膨大なチャクラの塊である尾獣たち。九体の尾獣が”暁”の手に落ち、そのチャクラ万華鏡写輪眼に供給される時。真の万華鏡写輪眼が覚醒する。万華鏡写輪眼・最終奥義「天地開闢」(←日本神話の天地創造)。ビックバンが起こり、地球はリセットされ、新しい歩みを始める事になる。

人がこの星に不要であるとプログラムが判断した結果として。そして、それは写輪眼が選択するプログラムの一つのルーチンに過ぎない。以上(妄)。




「考察」と「妄想」について | BLOG TOP |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。