スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第627話「サスケの答え」(壱)

 
とは……耐え忍ぶ者……
目標を…叶えるために…」(サスケ)

「オレにとって
それが里づくりだった
だがマダラは別のモノを見つけたようだ

さっき大蛇丸とやらが言った
…マダラが復活しこの世の忍を消すつもりとは
具体的にどのようなものなのかは分からぬが…」(穢・柱間)

「無限月読…
里もも 国も民も関係ない…
ただ全てを幻術にはめ
己の思い通りに操ることだ


オレの兄が…マダラの弟が…
そしてアンタ達が守ろうとしてきた
全てのモノを……
無にするのだ」
(サスケ)

「……!」(歴代火影)

「………」(大蛇丸)


「兄さんは……
…柱間…アンタの意志を直接語ることなく
受け継ぐ者だったってことだ…


そしてアンタ以上に耐え忍んだ
そして木ノ葉の忍であることを
誇りだと語って死んだ

アンタを一番理解していた
うちは一族だったとは皮肉だな」(サスケ)

「……」(穢・柱間)

「お前の兄だけではない
ワシの部下に甘えの兄と同じような
うちはカガミという男がいた」(穢・扉間)

「…二代目…アンタは
うちは嫌いじゃなかったか?」
(サスケ)

「そういうことではない…
ワシはどの一族とて
里にとって危険性があるものを
注意深くとらえていただけだ
うちはは特に
それを考慮すべき一族だったのは確かだが


…だが本来…愛情に深いうちはだからこそ
時にお前の兄やうちはカガミのように
一族の枠を越えて里のために尽くしてくれた者も
少なからずいた

里とは一族と一族の枠を取り払うものだと
兄者は考えた…
まあ…そう簡単にはいかぬのも事実だったが

兄者 柱間の甘さ…
うちはマダラの危うさ…
この2人の間を取り持ちつつ
里を守り つくり 固めるのが
二代目のワシの役目だった」(穢・扉間)

「………」(サスケ)

僕はとはチャクラを扱える特殊な人種…六道仙人の子孫…であると考えています。その経絡系で精神エネルギーと身体エネルギーを練り込む事で発生するエネルギー…チャクラを「印」を介する事で「忍術」という事象を発生させる異能を持つ特別な存在であります。『NARUTO -ナルト-』世界にはチャクラを扱えない普通の人間も存在し、「国」を運営する大名等はボヤボヤした出来損ないの公家みたいな感じで何なんだろう?と思えるような人々ですが、何故だかはそれらに従う立場に甘んじているようで個人的にリアリティ希薄でありました。しかし、「耐え忍ぶ者」とする柱間の忍観六道仙人世界安定させる役割をその子孫に課した(さが)なのだろうと納得しました(笑)。

本来は六道仙人が一人で世界安寧秩序というものを齎していたんです。しかし、六道仙人は自分のコピー=同等品を残すのではなく、自分を真っ二つに割るように兄・弟を遺し、それが繁殖し、ある意味、希釈されるようにチャクラを扱う者を数的に増やして行く方針の転換を図っています。そもそも六道仙人が寿命に抗わず次の世に期待して九喇嘛ら九つの尾獣を解き放った静謐(せいひつ)な六道仙人の表情から、自分ではない何かに譲る安堵のような気持ちを、僕は感じました。何だろ…あの「僕じゃダメなんだ感」は…(笑)。それがオビトが代用品で無理矢理起こした十尾「感情も概念もない途方もない(自然)エネルギーの塊」(ep610)だった事で何だか解った気がしました。

その核心部分はもう少し伏せさせて頂くとして、六道仙人兄・弟を意図的に発生させ、それが交配・生殖していく人の自然な営みの中である程度の集団を形成する見立てがあったのでしょう。そして、案の定、「一族」を形成するに至ります。柱間とマダラが企てた「変革」とは正に「一族」という単位を「里」にスケールアップするものであり、個別「一族」が内包する小さな「闇」が集積された時に看過できない存在として噴出する弊害を合わせ持っていた…ひとつの提示でありました。実は同じことが六道仙人安寧秩序でも存在したんでしょうが、それは六道仙人個人が飲み込んで済ませていたのだと思います。ここ、上手く表現できないでいるんですが似たような描写は既に在ります。

「九尾事件」でミナトが九尾のチャクラを屍鬼封尽陰陽分離「九尾の陰のチャクラ」を死神の腹に納めたアレであります。親とは常に子供が扱えるか扱えないか…ギリギリの課題を子供に課して、懸けたくなる生き物なのであります。きっと六道仙人も同じように自分の能力を分割して後世に託し、それらが個別に関わる中で、それぞれが個別に持つ越えようもない程大きくない問題点を乗り越え、徐々に発展して行く未来というものを願ったのだと思います。ナルトはミナトの思惑通り「九尾の陽のチャクラ」と懇(ねんご)ろになり、今また「陰のチャクラ」を統合しようとしています。これが最初から一体であったならナルトは九尾に屈したかも知れない。ミナトがそれを「危険過ぎる」と判断したのです。

同じような親心六道仙人にもあり、その大き過ぎる力を尽く分割する事で危険性を排除しています。そして、その配慮は六道仙人という「個」として在った時には顕在化しなかった些末な問題を露にするものでもありました。それがの単位が「一族」から「里」にスケールアップする段階で看過し難い「闇」として顕在化しています。そして当事者たる柱間とマダラで別々の選択をする…。それも六道仙人の意図したところだったのだろうと、僕は考えています。自来也が長門に言ってましたが、「どうするか?自分で考えることだ」六道仙人は子孫に望んでいるのだと思います。つまりは、子らの成長を期待しているのです。ミナトが九尾の片方をナルトに託した意味がそれと近似しています。

その親心が納得できるなら、六道仙人から分割された末裔たる忍共が何故に斯様な胎動を継続するかは理解の範囲に留まるでしょう。そして、無限月読世界「夢」で統合しようとするマダラが「悪」だとも言い切れず、「里」を基本単位に「国」を支え、それが世界を構築していかんとする柱間の考えが完全な「善」だとも言い切れず、人々の心の中に静かに降り積もる「澱」(おり)のような「闇」と人がどうして向き合うか?その心構えを個々がどうするかを考え、成長して行く…。その過程に僕らは臨場しているのです。これからどうなるのかなんてキッ神にしか解らないけれど、少なくともこれらの課題の起点「親心」が在るだろうことは解ります。そして、その温かな試練こそが…

『NARUTO -ナルト-』魅力であることも…。

続きまーす!!


未だ読んでいない人の為に…⑬ | BLOG TOP | 第627話「サスケの答え」(零)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。