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大蛇丸は何故、「木ノ葉崩し」を起こしたのか?(ep627・六)

 
「大蛇丸…どうしてサスケに
協力することにしたのじゃ?」
<スッ>(穢・ヒルゼン)

「!」(大蛇丸)

「お前は里を潰そうとしていたのに…」(穢・ヒルゼン)

「カブトの中に入っていて分かった…
私の生き方を真似し
全てを蓄積していたカブトも失敗した

今はサスケくんの

違う生き方興味があるだけ……」(大蛇丸)

「あの子はカブトと違い
私を真似なかったから…」(大蛇丸)

<ザッ>(サスケ)

香燐が騒がしくサスケ達に合流する頃、大蛇丸は三代目火影・猿飛ヒルゼンとの静かなる邂逅を果たします。一瞬、虚を衝くようにヒルゼンは大蛇丸に話しかけたのでしょう。大蛇丸は「!」と驚いています。僕は第627話「サスケの答え」で、この行が一番興味深く感じました。確かに大蛇丸は見た目、とても穏やかではあります。しかも表情を少しも変えずヒルゼンの問いに応えています。しかし、その心の内は、大蛇丸の心の鏡のような湖面には確かに波紋が起こっていると、僕は感じました。歓喜。そう言い換えてもいいくらい、その波紋は凡そ負とは違い心地よい。大蛇丸はこの状況を非常に喜ばしく感じている筈です。ヒルゼンが触れた大蛇丸の心の(ひだ)。ここ、感じないと勿体ない…。

大蛇丸は何故、ヒルゼンの一言に「!」っと、心を乱したのか?…と、昔なら考察を仕立てましたかね(※考察扱いにしますけどね)。ま…今はそれをこうして感想の一部で消費してると申しますか、いろんな意味早漏気味で(汗)。内容は同じですから一つお許しを。本誌206頁。この一頁に大蛇丸の人となりが絶妙に描かれてると、僕は思うんです。傍目には凶悪な犯罪者にしか見えない大蛇丸だけど、実は聡明で優しい。僕は大蛇丸が大好きだからあばたもえくぼなんですかね(笑)。でも、大蛇丸の部下が洗脳や恐怖で従ってた訳じゃなかったのは、大蛇丸に魅力があったからでしょう。そして、それは砂隠れの里を巻き込んで木ノ葉を揺らす騒動となりました。

それが大蛇丸の「木ノ葉崩し」本質でしょう。

「動いているものを見るのは面白い
止まっているとつまらないでしょ………

回っていない風車なんて
見るに値せず
…ってね

かと言って…
止まってるのも情緒があっていい時もある…

とにかく…
今は”木ノ葉崩し”という
私が風車を回したい…」(大蛇丸)

「木ノ葉崩し」において大蛇丸はヒルゼンに、その動機をこう説明しています(第13巻/160頁)。あの頃は大蛇丸が何を言っているのか見当すら付きませんでしたっけ。しかし、時が経ち今またこうして大蛇丸とヒルゼンが邂逅する。それが穢土転生という禁忌で成った事の是非は今暫く横っちょに置いておきまして、大蛇丸に歩み寄り、ヒルゼンが大蛇丸がその心の奥に大切に仕舞い込んだ風車に、ヒルゼンがフッと優しく息を吹き、回した事だけは確かでありましょう。ここで大蛇丸が鳴き出さなかったのは大蛇丸の我慢なのか?成長なのか?もうどうでもいい事ですが、「木ノ葉崩し」で背後からヒルゼンの締め上げたあの時、大蛇丸は図らずも涙をポロリと零してしまったんですよね(第13巻/156頁)。

「それほどに嬉しいか…
…それとも…」(ヒルゼン)

<グッ>(大蛇丸)

であるヒルゼンに痛いところを突かれた大蛇丸は自傷で誤摩化すんですけど、大蛇丸のヒルゼンに対する感情が何なのかは言わずもがなでしょう(笑)。大蛇丸の純粋さとは時に巨大な「悪」として感じられるのでしょう。しかし、それは絶対値でありまして、何かと大事にしてしまうのは大蛇丸の力量を「忍術」が増幅してしまうからだと、僕は思います。そして、それが暴走してしまうのを何より大蛇丸の純粋さが許してしまう。大蛇丸は純粋な欲しがりであり知りたがりなだけなのです。その純粋さ純粋純粋超純粋で、子供が遊んでいて蟲を殺してしまうように大蛇丸の無邪気な一挙一動が世界に多大なる迷惑となるだけだから、大蛇丸に「悪」と自分を責める根拠がないのです。

そもそも「悪」とか「善」とかを決める基準が『NARUTO -ナルト-』の世界観として在りません。何たって忍者は暗殺者に過ぎません。恐らく人として、生き物としての最大の禁忌であろう同族殺しを、しかも生業(なりわい)としているのですから、弁護のしようがありません(笑)。六道仙人の子孫として生を受け、チャクラを扱える身なれば、彼ら忍はそれを運命として受け容れて生きている。僕はそう思うのです。極論すれば、「忍術」が使えるのだから使って何がいけないの?という事であります。そして、大蛇丸は「忍術」の全てに興味があるだけなのです。その探究心知識欲が停滞する「忍界」に苛ついたのだと思います。大蛇丸の苛立ちが単に木ノ葉隠れの里に向いてしまった…。

それが「木ノ葉崩し」だったのでしょう。木ノ葉隠れには猿飛先生が居ます。大蛇丸は自分の所行で自分の存在をヒルゼンに知らしめたかったのだと思います。大蛇丸にとって猿飛ヒルゼンとは格別の存在だったと思います。それは大蛇丸が幼くして失った両親にも等しいのかも知れません。そして、その耳目を大蛇丸から奪っていた自来也も大蛇丸にとって格別でありました。大蛇丸をグレさせたのはヒルゼンの「遠慮」だったと、僕は考える人なので、大蛇丸の才能と純度が全てにおいて「徒」(あだ)に思えます。大蛇丸の純粋さというものが無垢に「忍術」向かうなら、その欲求が六道仙人に向かうものまた必然でありましょう。全ての真理…それを得る為に大蛇丸は写輪眼が欲しかった訳です。

しかし、カブトがカブチ丸としてその宿願を為そうとしましたが、非常に残念な結果と相成りました(笑)。それを受けて大蛇丸も反省したのだと思います。それは六道仙人が何でも一人で成し遂げてしまった「安寧秩序」に対する疑問とも同義であろうかと思います。人が完全な存在となる事とはそういう事ではない…。それは今まさにうちはマダラと戦うナルト達が探し求める答えを導く糸口になる気付きなのだと、僕は考えています。大蛇丸はカブチ丸の中でイタチに燻されたも同じでしょう。そして、大蛇丸の中に在る純粋な真理への欲求ある方向性を見出しています。それが大蛇丸のサスケへの援助なのであります。そして、斯様な大蛇丸の変節に気付かぬヒルゼンではありません。

この時…ヒルゼンの気持ちは大蛇丸に対する遠慮や才能に媚びた卑屈さではなく、自分と同じ忍として人として、同じ目線に立った大人としての興味に変わっていました。大蛇丸にヒルゼンが差し向けた一言がどんなにか嬉しかったでしょうか!?よく…よくぞ我慢した!!泣かずに取り繕ったな大蛇丸(笑)。そして、この機を逃さず大蛇丸はヒルゼンに語るのです。大蛇丸の興味を。それは裏を返せば「木ノ葉崩し」の理由であった訳です。有り体に言えば、それは大蛇丸のヒルゼンに向けた謝罪に近いものでありましょう。ただ先にも説明したように、大蛇丸には格別な存在たるヒルゼンには複雑な心境があり、「あの時はゴメンナサイ」とか「殺しちゃってスミマセン」とは言えなかった…(笑)。

「イヤ…眠くてね…
あくびをして涙が出ただけですよ………」(大蛇丸)

「……!」(ガイ/カカシ)

臨場するガイとカカシばかりか暗部達までが「……!」と、今にも「お…おいッ!!」っと大蛇丸に突っ込みたい雰囲気を漂わせて居ましたっけ(笑)(第13巻/158-159頁)。自分の手をクナイで痛めてヒルゼンへの呪縛に近い想いを沈静化させ、大蛇丸は我に返ったのです。大蛇丸にとって木ノ葉で事を起こした意味とはヒルゼンに対するアピール以外の何ものでもありません。ヒルゼンに自分を見て欲しいと願う大蛇丸の自己提示以外、「木ノ葉崩し」に何の意味がありましょう。大蛇丸の想いの大きさが何とも尻の座りの悪い言い訳となり違和感として噴出しただけなのです。大蛇丸はヒルゼンに向き合って欲しかったんだろうな。同じ目線に立って語り合いたかっただけなんだろうな…。

大蛇丸は「木ノ葉崩し」を足掛かりにして「全ての真理」を掻き集め、最終的には六道仙人を目指そうとしたのだろうと思います。しかし、そのプランはカブチ丸たるカブトの失敗によって破綻します。ところで、あの時見せたカブチ丸の醜態とはトビたるオビトの能力を掻き集めた感じと凄く似ていましたね。イタチはそれを燻し浄化したのです。いやさ、そのカッコ良さに大蛇丸は撃ち貫かれたのでしょう(笑)。しかし、それとこれとは別とばかりに、此度のヒルゼンが大蛇丸に与えた千載一遇のチャンスに素直に泣けなかったのはやはり大蛇丸の純粋な意地っ張りさ加減の賜物でしょう。そういうところがまた大蛇丸の魅力でして、ヒルゼンに問い質しておかねばと感じさせる部分でしょう。

結果的にヒルゼンは大蛇丸にを与える為に屍鬼封尽を発動してしまいます。大蛇丸への罰と自分の命が同じ重さだと考えたからです。その想いが大蛇丸の両腕を奪い、そこから大蛇丸の迷走が始まります…。しかし、全ては無駄になることなく、漏れなく大蛇丸の中で集積してサスケを導いている。そして、ここでヒルゼンが大蛇丸の心の(ひだ)を優しく撫でるようにその真意を問う。これらの人生の綾というものに、僕は震えてしまうのです。この時の大蛇丸の喜びや嬉しさを想像すると、こっちまで幸せな気持ちになってしまいます。ヒルゼンは大蛇丸を許したのです。全ての事に意味があり、無駄な事などない。だから大蛇丸の「今」が在るのだと、ヒルゼンは大蛇丸に伝えたかったのだと、僕は思います。ヒルゼンも大蛇丸と同じく謝らなかったけど…(笑)。

ヒルゼンもまた許された…。

大蛇丸は何故、「木ノ葉崩し」を起こしたのか?
第627話「サスケの答え」(六・余話)

ナル×ジャン ケルベロス


 

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