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第629話「風穴」(カカシサイド①)

 
<ズオオオ>

<バッ>

(雷切!!)<ダッ>(カカシ)

<ズザザッ>(オビト)

「……」(カカシ)

<ピタッ>(カカシ)

「フッ…やはり

お前の心には迷いがある

今までに
オレを殺そうと思えば
殺れたハズだ」
(オビト)

「……」(カカシ)

「あのお前が戦争中に
敵に情けをかけるとはな…」(オビト)

「………」(カカシ)

「……」(カカシ)


「後ろめたさか……?」(オビト)

「リンを守れなかったと…

オレとの約束を守らなかった事で
気がとがめたか…?」
(オビト)

エーッと、後半はカカシサイドなんですけど、ナルトサイドのナルトと忍連合関係で書き漏らしてる部分を補足させてください。ナルトは忍連合信用していない…と、僕は感じてまして、それはナルトが九尾のチャクラの遠隔操作を駆使してナルトが一方的に仲間を守っているからだと論じました。これはナルトが頑張り過ぎている…。仲間をもっと信用してあげないと…と、僕は気を揉んでおりました。しかし、それも十尾の天変地異でピリオドを打ちます。これはナルトの”尾獣モード”の効果時間と関係してると思いますが、頑張るのって続かないんです。だから人は頑張っちゃいけない。人生は長いのです。その中で人は戦い続ける訳で、頑張るんじゃなくて懸命が賢明の一生懸命(笑)。

僕はある人にそう教えられ肩の荷が降りた経験が…(遠い目)。何でもかんでも自分一人で賄おうとすると、どんなに優れた能力があろうと直ぐに限界が知れます。気心の知れた身内だけで構成された集団…一族…でならそれも罷り通るのでしょうが、いろんな一族の複合体であるともなると、最早個人の力では御し切れません。マダラの失墜とはその好例でありましょう。個人の能力が高ければ高い程、肩に力が入ってしまうのだと思います。このままナルトが自分一人で何もかんも説き伏せながら突っ走られたとしても、それは程度の問題であって、いつか必ず限界が訪れます。長門が<ポキッ>と折れたように。オビトが<グニャッ>と曲がったように…。ナルトのしなやかさにも限界がある筈です。

ナルトは仲間を大切に思うから守り続けるのでしょう。しかし、仲間だってナルトを守りたいと思っている筈です。僕はそれでこそ「水魚の交わり」なんだと思うのです。誰かを信じて頼るから「信頼」というのでしょう。現にナルトが一人で頑張ってたのが続かなくなった…。忍連合に配布した九尾のチャクラも消失してしまったんだけど、今度は忍連合の皆がナルトを守ってるじゃないですか。忍連合の忍達だってナルトを守りたいんです。ナルトの心意気なんて充分伝わっているんです。ナルトはこの光景にきっと気付かされたと思います。自分だけで戦っているんじゃない…と。きっと、肩の荷が降りたんじゃないかな(笑)。ナルトは今一度、「信頼」というものの大切さを学んだと思います。

ナルトの本当の凄さはこの異常なまでの素直さだとも思います。心がしなやかなんでしょうね。そう育つように仕組まれた子ではありますが、マダラとの差異はいよいよもって鮮明となりました。人は万能ではありません。先ずそれを受け止める事が重要なのです。それでも万能になろうとしたのがマダラなんだと、僕は思います。きっとそうじゃない発展の路(みち)を人は見つけられる筈です。ナルトはその可能性なのであります。心が人と人を繋ぐ。ナルト達は苦難の中でそれを感じているのです。そして、それを各個が自分の中にしっかりと根付かせ、いつの日か結実させる。それが折り重なって人の社会性が確立してゆくのです。その過渡をキッ神は描いてるのだと思います。

しかし、それはちょこっと歴史を学べば弾き出される答えでもあります。『NARUTO -ナルト-』の世界がここまで迷走するのは教育以前に人の叡智というものが蓄積されていない事情もあるのでしょう。そして、明らかに歪な文明の発展元凶としてチャクラとか忍術が存在するのもまた事実です。それに気付けばナルト達が真に戦うべき敵が見えてくると、僕は思います。ま…それは今後のキッ神お手並みにお任せするとしまして、ナルトとは正反対過去に強(こわ)ばるカカシとオビトの絡みに暫し興ずると致しましょう(笑)。おまいらいつまで<グジュグジュネバネバ>引き摺ってるんだよッ!!と、個人的に思いますが、そういうところがまた魅力でもありますれば、一つ…お付き合いください(笑)。

続きます。

 

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