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サクラは何故、涙を零したのか?(ep634感想⑤…余話)

 
<ズル>(アオダ)

<カッ>(サスケ・須佐能呼)

<ギキィィィ>(サスケ・須佐能呼)


「サスケェー!!」(ナルト)

<ギギィ…>(サスケ・須佐能呼)

(行きやがれ!!)(キバ)

(やれ!!)(シノ)

(ガンバって!!)(ヒナタ)



(よく狙え!!)(シカマル)

(いけるよ!)(チョウジ)

(やっちゃえ!!)(いの)


(うん!!)(サクラ)

サスケが”須佐能呼”の強弓(ごうきゅう)を引き絞ります。既に忍として任務に就いていた兄・イタチ引っ付き虫でサスケは弓矢を持ってましたね。この強弓は”須佐能呼”がサスケの想いを具現化したのではないかと、僕は考えています。そして、サスケの万華鏡写輪眼が会得した"天照"”炎遁・加具土命”(かぐつち)を効率的に運用するサスケの積極的な思考が反映されたものでしょう。ちなみに、”炎遁・加具土命”とは"天照"の黒炎を形態変化させ多様な武器化を可能とする万華鏡写輪眼の瞳術で、サスケは万華鏡写輪眼の開眼に拠って"天照"”炎遁・加具土命””須佐能呼”を手中に収めた事になります。そして、イタチの運んできた眼を移植してもう一つオプションを手にした筈です。

きっと、永遠の万華鏡写輪眼オプションは十尾なんて造作もない相手にサスケは出さないつもりでしょう(笑)。ところで、イタチの”須佐能呼”八咫鏡(やたのかがみ)と十挙剣(とつかのつるぎ)をそれぞれ纏う形式で運用されていて、当初、僕は霊器を扱う為の兄系のデバイス”須佐能呼”なのではないかと論じて居りました。それは弟系の完成系であるべきナルトが”九尾チャクラモード”で首に飾る”六道の勾玉”を(どうしても)”八尺瓊勾玉”としたかったからでありまして(汗)、逆説的に仙人の肉体だけが唯一霊器を扱える事を説明できると考えていた…というかこじつけようとしていました(笑)。そして、弟系の肉体に憧れる兄系が瞳術で創り出したのが”須佐能呼”だと論じたかった訳です。

ま…サスケが霊器を収集していなが為に、”炎遁・加具土命”を使っているだけで、首の皮一枚残したと悪足掻きをしていますけど(笑)。ところで、穢土転生で呼ばれたイタチが十挙剣で長門を封印してしまいましたが、あれはオビト(トビ)が執刀してイタチの眼を取り出せても霊器まではタッチできなかったからだと、僕は考えています。それも実体のない霊器に関われるのは仙人の肉体が必須で、それに代わる”須佐能呼”オビト(トビ)に無かった為だと、都合良く追い込めます(笑)。結果、イタチが生前所有していた霊器は、穢土転生の召還でイタチが使用していた描写がある以上、今も何処かに安置、或いは埋葬されたイタチの骸と共に存在していると考えられると思います。

穢土転生道具に関する使用制限は忍刀七人衆の行で術者が実際に所有している場合のみ召還者の使用が許可されていましたので(ex:鮫肌はキラビが所有していた為、あのおデブちゃんは使っていませんでした)、イタチの霊器はカブトの管理下にある事になります。恐らく、カブトの情報網がイタチの安置場所に及んでいるのでしょう。そして、それを放置しなければならなかったのはオビト(トビ)霊器に関わる手段がなかった為だと考えるとしっくり来ます。何せ最強の盾(八咫鏡)(十挙剣)ですから喉手モノであります。にも関わらず放置したんですから、オビト(トビ)にとってはアンタッチャブルな存在だったとしか説明できないと思うんですが…(←しつこいぞーケルベロス)。

ゴフォッ…それで何が言いたいかと、もしかしたら…なんですけど、例の「愛している」とイタチがサスケに告げた行で、イタチからサスケに霊器たる八咫鏡十挙剣の授受があったんではないかと、僕は期待しているとお伝えしたいと…(滝汗)。幸せの王子様のイタチだったら、そのくらいのプレゼントをサスケに贈ってもバチは当たらんでしょう。ま…それが永遠の万華鏡写輪眼オプションと共にラスボス・マダラとの最終決戦の切り札になればイタチも本望だろうよと、僕は思います。メチャクチャ脱線してしまったけど、そんな風に余力を残しながらサスケも頑張ってるのだと思います。勿論、ナルトも九喇嘛の都合で”九尾チャクラモード”のまま。上位の”尾獣モード”を温存しています。

ここでナルトが「サスケェー!!」と叫ぶのは風遁螺旋手裏剣錬成が完了した合図だと、僕は思います。ナルトはサスケにいつでもその強弓を放って大丈夫だと知らせたのです。後述しますが、二人のチャクラ量をきっちりと合わせる必要があります。それはチャクラ性質の組み合わせに関する新たなる考察起草させるに足る提示でありますので、次の感想に送りたいと思います。そして、サスケが無言でナルトに従うのは偏にナルトの感知能力の高さに依存すると、僕は考えています。そして、チャクラ量や術の合わさり方の順序等々、細かな約束事がそこには付帯しています。それらをナルトが強力なリーダーシップを発揮して戦闘をコントロールしているのだと、僕は考えています。

そして、その雰囲気は共に十尾と戦う同期連にも伝わっていますね。皆が皆、ナルトとサスケに期待しています。一生懸命に修行して来た忍達でありますれば、ナルトとサスケの途方もない力量は当然解っているでしょう。そして、これまで訳あって別々の道を歩んで来た二人が、こうしてまた力を合わせて戦っている。自分達の立場役割横っちょに置いといて、その光景は木ノ葉隠れの里の仲間としては嬉しくない筈はないでしょう。同期(同級)生なんだもん。こんな狭い括りで二人も英雄が輩出しちゃったら、誰だってワクワクするでしょうよ。そんでもって一緒に戦ってるんだから期待しちゃっていいでしょうよ。蛇足ですが、この行…アニナルの超感動シーンになると思いますよ。

しかし、ここでいきなり現実に引き戻すようで気が引けますが、それぞれ…もう子供じゃいられない…サスケもそう言ってましたよね。皆、一人前の忍なのです。こんな風に心を一つに微笑ましく戦っているけれど、いつまでも自分の立場役割横っちょには置いておけないのです。サスケがここでどのような善行を行おうとも決して許されない。それ程の悪行をサスケは既に犯しています。僕もサスケの恩赦・特赦を予々期待はしていましたが、現実的には厳しい…と思います。僕自身も立場役割を有する一社会人として、そう言わざるを得ないのがホントのところであります。そして、きっとそれと同期連も同じ心持ちなのだと、僕は思います。交々(こもごも)の感情が混ざり合っている筈です。

そして、サクラは零(こぼ)した…。

(たもと)を分かっていたナルトとサスケが息を合わせ、心を合わせ難敵・十尾とこうして戦っている。ナルトとサスケが昔みたいに…その光景を目の当たりに出来る事が、サクラにとって嬉しくない筈なかろう!!しかも、その二人の足手まといにならないくらい自分も強くなれた。何より大好きなサスケとこうしてまた同じ方向を向ける!!この有り得ない有り難さにサクラが感謝できない筈はない。しかし、同時にサクラも子供じゃ居られない訳で、サスケがこのまま昔みたいに…元には戻れない事もサクラはしっかりと見つめています。見つめなければならないと認識しているのです。だから、サクラの瞼は降りない。

二人の今をしっかりとその目に焼き付ける為に…。

昔みたいに第七班が一緒に居られたら…子供だったら、そう思うのもありでしょう。しかし、それじゃー罷り通れない。そのくらいの事には気付けるくらいこの子らは大人になっているのです。しかし、百歩譲って…サスケがこうなってしまう問題点を『NARUTO -ナルト-』世界観は内包していつのも事実であります。そして、この子らが良き日の想い出現実の狭間で揺れ動く姿は、その不条理を鮮明に炙り出して行くでしょう。そして、自分の立場役割にしっかりと根差した問題提起というものが各々から必ず持ち上がるでしょう。勿論、サクラも交々の感情がとなって洗い流した視界を…その先をしっかりと見据えています。サクラもまた、立場役割認識する大人なのであります。

目の前の出来事にただ喜ぶだけではない。その…もっと先をサクラは想像しているのだと思います。こうして第七班が再び揃う事ができた。一緒に肩を並べ戦うに至れた。口寄せ三竦み。新たなる時代を自分達が動かしている。しかし、もしかしたら…これが見納めかも知れない。サクラが瞬きも忘れ見つめる意味というものはそこに在るでしょう。大好きなサスケとこうしてやっと再会できた喜びと失意。そして、サクラも今や三忍の一角を担う忍。その立場役割認識するならば、不退転の決意が在ったことでしょう。サクラの中で渦巻く悲喜交々の感情が寄せ集まったに込められた決意…。

最悪…この手で…(今度こそ)

サスケを殺めねばならない…と。

「サクラは何故、涙を零したのか?」(ep634⑤opt')
ナル×ジャン ケルベロス


  

チャクラの同時使用の意味を再考する(ep634感想⑥…余話) | BLOG TOP | 第634話「新たなる三竦み」④

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