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第635話「新しい風」①

 
「ゲェ…でっかいなめくじ
倒すのに塩どんだけいるかな?」(水月)

「アレは

湿骨林から口寄せされた

カツユのほんの一部…
アレでもすごく小さい方よ」<スッ>(大蛇丸)

「ヘェー」(水月)

「今はなめくじより五影の事だろ!
大蛇丸様もいちいちそいつの言う事
気にしないでいいからさっさと用事
済ませてさァー」(香燐)

「サスケくんと離して
こっちに連れてきたのが
そんなに不服?」(大蛇丸)

「その通…

じゃねーよ
しィ!
さっさ 行くの…
水月てめェー!!」(香燐)

「何でボクが責められんの!
なめくじ見たら塩かけたくなるもんでしょ
誰だって!!」(水月)

「まずは綱手ね…」(大蛇丸)

「!」(水月)

「!」(香燐)



<タン>「行くわよ」(大蛇丸)

<ザッ>(大蛇丸)

「!!
綱手様!」
(カツユ)


<ザッ>「アレ…?
火影ってババアだったっけ?」(香燐)

<ザッ>「うげェ…

これって胴長じゃないもんね

…やっぱ…」(水月)

「無茶をしたようね綱手」(大蛇丸)

「…大蛇丸…?」(綱手)

<ググッ><プクッ>(カツユ)

「カツユ…
私は五影の処置をしにここへ来た…
敵じゃないわ」(大蛇丸)

「信じられる根拠がありません!
それにアナタは死んだはずです!!」(カツユ)

「怪しい行動をしたと思うなら
酸で今度こそ本当に殺すといいわ…」(大蛇丸)

<ゴホッ><ゴホッ>(綱手)

「………」(カツユ)

「………」(大蛇丸)

「…………
分かりました
アナタを信じましょう…」(カツユ)

「マンダと違って物分かりがいい…」(大蛇丸)

「さて…ではまず…」(大蛇丸)

さて…ではまず…胴体がちょん切れたら死ぬべきだと、僕は思います。綱手はマダラと闘い敗れた…と言えばカッコいいですが、正直、猫が小蟲を戯れ遊ぶように嬲られ身体を割かれた事と思います。マダラが完成体・須佐能呼を有する以上、ミリタリーバランスとしてマダラは別格でしょう。仙人の眼と仙人の肉体永遠の万華鏡写輪眼柱間細胞が合わさると輪廻眼が開眼します。そして、それが六道仙人の再誕を意味し、完成体・須佐能呼とは在りし日の六道仙人が十尾を懲らしめた姿だったのだろうと、僕は考えます。つまり、全盛期以上に仕上げられたマダラさんとは六道仙人そのものであり、この世に安寧秩序を齎す「絶対」であると、ナル×ジャンでは認定しています。

それが穢・マダラこそラスボスなのだと考える所以であります。そして、そのマダラさんが五影の共闘を<キュッ>と捻った次第であります。忍界は為すスベもなく陥落するしかない…そう思わざるを得ない戦力差がそこには在ったと思います。ま…だからと言って胴体をちょん切られた綱手が死ななければならないのと、即座には関連しませんが、忍が「痛み」を感じ、それが「憎しみ」増幅している負のスパイラルに苦しんでいる状況というものは、胴体をちょん切られても死なないで助かろうとしている綱手の悪足掻きに集約していると言っても過言ではないでしょう。忍術の万能さがいけない!!いけません!!こんなに簡単に人の命が救えるのは兎に角いけないと、僕は思うのです。

人の命は儚いです。儚いからこそ大切なのです。つまり、命は大切なのです。しかし、こんな風に胴体がちょん切られても即座に死ぬことも無く、それを繋げて生き返る事が可能ならばどうでしょう!?忍達が忍術の修行を重ね、その万能さに触れる程、人を簡単に殺すようになるとの、それは無関係じゃないと、僕は思うのです。マダラさんが五影を恰も猫が小蟲を戯れ遊ぶように切り刻んだのは、その最たるもんでしょう。忍は人を殺します。そして、殺される。そもそも、それがいけないのだと、僕は思うのです。簡単に殺して簡単に生き返らせられる。穢土転生が誌面を覆い尽くした頃、それに辟易として離脱された読者様が多かったような…。きっと忍術に嫌気が差したのだろう…。

僕はそう思ったものでした。僕らはこんな風に簡単に人を殺したりしません。朝の通勤ラッシュで日々芽生える殺意も我侭放題に育てられた糞ガキのようなクライアントの横暴に厳重なロックを外してまで大陸間弾道弾発射スイッチを押さんとする怒気も、ガード下で飲むビールが全て小便に下してくれます…僕の場合ですけど。僕らはお酒に…おっと違いますよ…もっと尊いものに律されております。きっと、『NARUTO -ナルト-』の世界観の中で、忍達はそれに気付けずにいるのだろうと思います。これだけ血を流し、痛みを味わい、憎しみを滾らせる。それを一方で癒すのもまた忍術である訳です。それじゃーいけない。そういう雰囲気を感じて欲しいと思うんだけど…如何ですか(笑)。

しかし、湿骨林からカツユは口寄せされてましたね。これで妙木山=蝦蟇=自来也龍地洞=蛇=大蛇丸と合わせて、「三忍」がそれぞれ三大仙里と関係してる事が確定しました。そもそも「三忍」の命名がどカスの半蔵(雨隠れの里長…雨影とは言わないとあれ程…)に拠るものなんですけど、口寄せ動物と何らかの関係があったのではないかな…と、思う訳です。雨隠れと言えば「痛み」に苛まれた小国でありました。忍のシステムには煮え湯を飲まされ続けた歴史がある訳で、もしかしたら「予言」に対する期待があったんじゃないのかな…半蔵さんに。などとロマンチストの僕(笑)は思ったりもしています。ここら辺で三大仙里意義について考えてみるべかも知れませんね。

地味ですけど…続きます。

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