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第635話「新しい風」③

 
<スウゥー…>

(吸い取られすぎて
ウチが老けそう…)
(香燐)

<ジュウウウウウ>(カツユ)


<ムクッ>「………」(綱手)

「綱手様もう大丈夫です!」(カツユ)

「綱手
少しは私に感謝なさい」(大蛇丸)

「…………
里を裏切ったお前が今さら……
なぜだ?」(綱手)

「今は色々と
興味の幅が広がってね

…昔は自らが風となり

風車を回したいと思ってたわ

でも今は
いつ吹くかも分からない
他の風を待つ楽しさも知れた…
その風を楽しむ前に

密封されたくはないからね」(大蛇丸)

「……」(綱手)

「…相変わらず
訳の分からんことを…
だが

少し変わったか…」(綱手)

「人は…変わるものよ
…それか…その前に死ぬかの2つ…
彼はそのままで逝っちゃったけど…」(大蛇丸)

「…大蛇丸…
お前がもっと早く
そうなってくれたなら
自来也も死なずに…」(綱手)

「それはそれで自来也が
変わってしまったかも…」
(大蛇丸)

「………」(綱手)

「私達三忍がそうだったように
物事はそう都合よくはいかないものよ…
一枚岩じゃいられない…
どこかに歪みができるものでしょ」(大蛇丸)

(だからこそ
サスケくんの行く末を
見てみたいのかもね

彼の風を…

ゆっくりと待ちながら)(大蛇丸)


大蛇丸自身が風となり…っていうのが「木ノ葉崩し」だったと、僕は思います。今から思えばアレも「忍のシステム」に物申したいとする大蛇丸の自己提示だったのかも知れませんね。よくよく考えると大蛇丸こそ忍術の万能さに憧れ、その真理に近付かんと必死にもがく者でしたし。そして、その一つの到達点として「不屍転生」を開発した訳です。大蛇丸がアンコの呪印から復活したように、他にも大蛇丸のバックアップは数限りなく存在するのでしょう。恐らく、それは大蛇丸のが何らかの手段によって「密封」されない限り有効であろう事は、綱手に対する大蛇丸の話しっぷりから何となく感じます。大蛇丸は肉体から精神を切り離す事に成功したんだと、僕は思います。

サスケが大蛇丸を切り刻んだ行で、「不屍転生」でサスケを乗っ取ろうとした大蛇丸を返り討ちにしましたけれど、そこでも大蛇丸のは取り逃がしたんじゃなかろうかと思います。その後、史上最大の兄弟ゲンカの行でサスケから呪印や、サスケが取り込んだ大蛇丸の力の一切合切を須佐能呼・十挙剣で吸い出しましたけれど、大蛇丸の情報生命体であって魂(御霊)ではなかったのだとうと思います。情報生命体としての大蛇丸の本体が柱間細胞を媒介として依憑に取り憑いたり、今回のように柱間細胞のみで受肉した後にが降りてくる…というのが「不屍転生」の仕組みなんじゃなかろうかと、僕は考えています。それだと複数同時に大蛇丸が発生してもが宿る一体に存在が淘汰される筈です。

ま…結果的に忍術は不平等極まりない人間の「生」における唯一の絶対的な平等である「死」すら克服した訳です。そして、今回も胴体がちょん切れた綱手すら<サクッ>と繋ぎ合わせて「もう大丈夫です!!」と来たもんですから、アンタらもう好きにやって!!な状態なのです。しかし、そんな大それた力を才能修行いかんで我がモノにする事ができる忍達の社会は余りにも幼い…幼過ぎるのです。きっと、それを戒めるメッセージが大蛇丸の「木ノ葉崩し」には込められていたんじゃないかなー…と、今さらながら、僕は考えております。そして、カブトの中でカブトの失敗を見つめて反省した大蛇丸が満を持しての「サスケ押し」に転ずる。大蛇丸は何をか期待している…。

灼遁・光輪漆黒矢零式…ナルトとサスケの阿吽の合わせ技が大きな風車となって十尾・本体に突き刺さり燃え盛るのをマジマジと拝んだ大蛇丸は、その期待の正当性を実感したのでしょう。大蛇丸は何らかの形で相当量の重吾の細胞がサスケに移植された事実を知り得ているんではなかろうかと思います。そして、サスケが既に永遠の万華鏡写輪眼を開眼している事も既知でしょう。そして、それらが何を意味するかも当然、大蛇丸には在る筈です。そして、大蛇丸は「彼の風…」を待ちわびている。具体的には、それが輪廻眼の開眼であり、新たなる六道の誕生なのだと、僕は考えて居ります。そして、全てを知ったサスケが「忍のシステム」を変革する事を、大蛇丸の期待しているのだと思います。

非常に余談ですが、最近、突発的な料理熱に魘されております。そこであれやこれやと試行錯誤する中、結局、調味料を減らす方向に落ち着きました。結局、人が口にするのは食材でありまして、料理の醍醐味とは如何にして、食材が持つ「味」を引き出すかにあると、ある境地に辿り着いたようなのであります。僕の凝り方はナル×ジャンを例にとって考えて頂ければ多少狂気を帯びている事に気付いて頂けると思います(脂汗)。その勢いが一時的に料理に向かった…と、まぁ…そういう事でありますが、これまで調味料や出来合いの出汁を盛って盛って喜んでいたところから一転して、それらを減らして行く方向で調整するようになったのですね。そもそも食材にこそ「味」は在るのです。

出来合いの出汁なんかはそれを粉末等にして扱い易くしてるだけなんですね。これまではそれらを必要以上に盛って誤摩化していたように思います。それがスチーマーの導入で「油」一切使わない調理に触れたのが切っ掛けになって、一気に食材が本来持つ「味」に注目するようになったのです。たったそれだけの気付きで料理が一気にシンプルになったように思います。目の前が急に開けたみたいな爽快感がありましたっけ。もしかしたら、大蛇丸になろうとしたカブトの失敗によって得られた気付きと、それは凄く似てるんじゃないのかな…と、僕は思い至る訳です。何と言うか、大蛇丸も自分の「味」に気付けた…んではなかろうかと。いろいろ盛らなくてもいい「味」じゃないの…と(笑)。

前フリが長いところは全く進歩していませんが(汗)、大蛇丸もカブトの中で散々燻されて(復活した後、カブトから大蛇丸のチャクラのみを回収していまして、その時、カブトの中の情報生命体としての大蛇丸を、復活した大蛇丸が統合したとのだと、僕は考えています)気付けたんですかね。僕がスチーマーで蒸されたのと同じように(笑)。大蛇丸の毒の抜けた感じが、素材の「味」を最大限に引き出した肉じゃがみたいで(笑)。甘味はタマネギやジャガイモの中に沢山あるんだから、そ、そんなにお砂糖入れなくていいんだからッ!!と、気付いた大蛇丸(笑)。そして、同じように燻されたサスケもまた自分の「味」に気付けている訳で、僕も大蛇丸目線で大いに期待をばして居るところです。

地味ーでゴメンナサイね…で、続きます!!

 

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