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「写輪眼の本当の秘密~Ver.2」

  
イタチはホントに「クソヤロー」なんでしょうか?

今週号のイタチにちょっと退いた人、多いですよね(汗)。これまでイタチを信じ(「暁」なのに?)、ホントは良い人なんだと(ビンゴブックのS級犯罪者なのに?)、疑いませんでしたよね。でも、その気持ちが少し(かなり?)揺らいだ…。あそこまで、イタチが「ハァハァ…」するなんて、誰もが信じられませでしたからね。

でも、これまで見て来たイタチは常に清々しかった…。静かで、凛としてて、礼儀正しかった。だから、逆に今週号のイタチがサスケに種明かしする時の(異常なまでの)「昂り方」に違和感アリアリです(笑)。今までイタチは本性を隠していたのか?それとも、今回のが演技・演出なのか?どっちがホントのイタチなの?

ちょっと不安ですよね。

でもね、でもね…イタチは「うちは虐殺」も「シスイ事件」に関しても、「自分がやりました!」とは一言も言ってないんです。過去の描写をひっくり返して調べましたが、イタチの「うちは虐殺」への直接的な自供(ゲロ)は皆無でした。イタチはその場に居合わせただけで、誰一人、手にかけた描写(フガクやミコトも刀を振るった直前の描写のみです。しかも「月読」による再現でした)は残されていません。イタチが誰かを殺した描写があるならば、指摘してほしいです(ハァハァ…)。

はたまた、「シスイ事件」に関しても、サスケの「兄さんが、シスイさんを殺したのかよォ!?」と言う問いかけに、「そのお陰でこの"眼"を手に入れた」(25巻/149頁)とのみ発言しています。イタチは一言も「シスイを殺した」とは言ってはいません。シスイをイタチが殺すのと、イタチが"万華鏡写輪眼"を開眼させるのは同一線上にはあるけど、同じ事ではありません(←ココ、カカシのケースもあるので重要です)。

僕はイタチの研究家(実は「日本イタチの会」の会員なんです…笑)を自負する一人として、確信してるイタチの行動パターンがあります。

イタチは嘘をつかない!!

イタチの発言は全て「真実」と受け入れて良いと思うんです。試しに、今度、何処かでイタチに偶然、会う事があったら、「アナタは"うちは虐殺"の実行犯ですか?」と尋ねてみて下さい。イタチの返答は「(ガチガチの)鉄板」(100パーセント)、「…………」でしょう(笑)。断じて「オレが殺った」とは言わないと思うんです。何故なら、イタチの発言に「嘘」はないからです。つまり、イタチは殺ってないのです。

イタチさんはやってない!

だから、心配ないですよ。安心して良いですよ。

サスケの前で「ゲハハッ…」(飛段風…笑)となったのは、如何に「うちは一族」が汚れているか?をサスケに伝えただけだと考えてみてはどうでしょうか。「うちは」は汚れた一族だった…そう言う「真実」を、イタチはサスケに伝える必要があったからです。それが決して「無駄」な事ではなかったから、大きな意味がある事だから…イタチは、敢えて告白したのだと思います。

「お前はオレのスペアだ!!」

この言葉も「真実」だと考えましょう(笑)。"万華鏡写輪眼"が存在する以上、次なる覚醒を促す為に、うちはの兄弟には忌むべき関係性があると言う「事実」をサスケに認識させる必要があったからこそ、イタチは雄弁にサスケに伝え切ったのです。意味があるから行った。必要だったからサスケに伝えた…。それが、サスケの「兄」としての責務だから、イタチは粛々と行った…。ただ、それだけの事です。

だから、安心して下さい……。



では、本題に…。"写輪眼"…その深層に潜行してみましょう!!

普通の写輪眼

「元来、うちは一族は万華鏡写輪眼の為に友と殺し合い…
永遠の瞳力を得るために兄弟で殺し合い
そうして力を誇示し続けてきた汚れた一族なのだ!!
そして、その一族の中に生まれ落ちた時からお前も、
この血塗られた運命に巻き込まれている!!」

イタチの言葉に「嘘」はない…と仮定して考察すると見えて来ます。

写輪眼→万華鏡写輪眼の覚醒条件は、「大切な友を殺す」で相違ないと思います(第386話「新たな光…!!」)。"真・万華鏡写輪眼"は「兄弟を殺す」=「目を奪う」事で手に入れられるようです。これが"万華鏡写輪眼"の第一次~二次覚醒条件と考えて良いでしょう。"写輪眼"のより強い「瞳力」を引き出す為に呪われた歴史をうちは一族は歩んで来たのです。哀しい現実です。

「開眼した時からその眼は闇へと向かう
使えば使うほど封印されていく」

これがイタチが提示する"万華鏡写輪眼"の第一次覚醒の問題点です(第385話「万華鏡の秘密…!!」)。大きな「力」(瞳力)を獲得し、ついでに「九尾」をコントロールし、口寄せできる能力も合わせ持つ瞳術…"万華鏡写輪眼"。その代償として「万華鏡はいずれ光を失う」(イタチ)、つまり、「失明」してしまうのです。イタチが居るのは、この境地(段階)と言えます。そして、これを越える境地も同時に示されています。それが、マダラです。

「永遠の瞳力を得るために兄弟で殺し合い」

マダラが苦しむ病床を、心配して覗き込む弟の「眼」を穿(うが)ち、自分の「眼」とする描写がそれです(第386話「新たな光…!!」)。マダラは自分の手で、自分に弟から奪った写輪眼を移植したのです。"万華鏡写輪眼"を開眼した者が、兄弟の"万華鏡写輪眼"を移植する事で、"真・万華鏡写輪眼"は開眼するのです。

同時に、写輪眼は移植可能なデバイスである事に気付きます(非常に素朴な疑問ですが、マダラから抜き出した「眼」を弟に移植…交換したらどうなったんでしょうね…笑)。"写輪眼"の考察を重ねると、どうしてもその考えに辿り着かざるを得ない…と言うか、"写輪眼"ってまるでクナイや忍具のようにやり取りが出来てしまうくらいの「独立性」を感じてしまうのです。

「うちはの血族でないアナタが写輪眼をそこまで使いこなすとは…」

それは「オビト→カカシ」の移植においても実証されています。カカシは「はたけ」と言う姓で、「うちは」の姓との関係性は薄い…と、僕は考えます(姓的考察では山系?…笑)。それは、一族以外でも動作する"写輪眼"の独立性の提示であると受け取っています。つまり、チャクラさえ与えれば取り敢えず動くのが"写輪眼"なのです。ただ、これは「うちは一族」が最も"写輪眼"に最適化されている事にも言及する描写でもある事も見逃せませんが…。

その最たるものが"万華鏡写輪眼"の第二次覚醒…"真・万華鏡写輪眼"の開眼です。

「ただし、瞳のやりとりは一族でしか行えない。
それに、この方法で誰もが新しい力を手に出来るわけではない。
これは、その後の多くの犠牲の歴史の上に築かれた事実…」

うちは一族内部で、マダラの開眼した"万華鏡写輪眼"の研究が盛んに行われていた事実を示す描写です(第386話「新たな光…!!」)。"真・万華鏡写輪眼"の獲得には一族あげて躍起になって研究した事でしょう。「犠牲」とは禁忌(きんき)に触れるような人体実験みたいなものがあったと思われます。

また、「誰もが新しい力を手に出来るわけではない」と言うのは、"万華鏡写輪眼"から"真・万華鏡写輪眼"に覚醒する為には「兄弟間の眼の移植」が必要であることを意味するんだと思います。うちは一族では、"写輪眼"を充分に研究し、運用に関するマニュアル化が進んでいたのです。

だから神無毘橋で、オビトはリンに的確に指示できたのです!!

カカシ外伝の「神無毘橋の戦い」のオビトの行動は写輪眼のうちは一族内部での研究に大きな示唆を含んでいます。そして、この移植手術でのリンの行動にも聊(いささ)かの痼りを感じてしまいます(リンに関しては…ザザザッ…ザザッ…ザッ…電波状況が悪いようなので別の考察にまとめますね…笑)。

「リン…お前の…医療忍術で……オレの写輪眼を…眼軸ごと…
カカシの左目に……移植してくれ………」

瀕死の筈のオビトがヤケに詳細に「移植」の指示をリンに伝達しています(27巻/163頁)。「トビ=オビト仮説」でも、この描写の違和感には触れていますが、まず間違いなく、うちは一族には「写輪眼の移植マニュアル」が存在しています。サスケがそれを知り得なかったのは、伝承される前に「うちは虐殺」があったからだと思います。

でないと、「眼軸ごと」なんて言葉はそもそも出て来ないでしょう。それ以前に、「眼球」を移植しようなんて、普通に言わないでしょう(笑)。オビトと言うか、うちは一族にとっては「眼球の移植」は常識に近い対処だったんです。むしろ、"写輪眼"を無為に失ってしまう状況を積極的に回避するような教え(戒律?)があったんだと思います。

写輪眼が移植可能である事実を踏まえて、イタチがサスケに投げかけた「言葉」の数々に迷路の出口を探してみましょう。

「宿主」(やどぬし)。「スペア」。そして…『器』。

「宿主」とは、何を起点に考えているかと言うと、明らかに"写輪眼"なのです。それを基に「人」と「眼」のどちらが重いかを考えると、明らかに「眼」の方を指し示しています。だから、イタチはサスケを「スペア」と言って仕舞えるのだし、自分自身すら「器」と示す事ができるのです。うちは一族にあって、忍とは"写輪眼"を運ぶ「器」にしか過ぎないのです。これって、DNAと人の関係に酷似している事に注目して下さい。

過去の「写輪眼の考察」でも提示していますが、うちは一族とは"写輪眼"を運ぶ為の「器」であり、それを「人」に成させるのは"写輪眼"なのす。もしかして、"写輪眼"が命じている?開眼条件の不可思議さからしても、"写輪眼"には「意志」が存在する必要があります。それを起点に思いを馳せれば、意思を持つ有機体(タンパク質)="写輪眼"とは「生命」そのもの…であると、僕が考える「根拠」に達します。

しかし、「器」としての「人」にも意志は確実に存在し、サスケにも、イタチにも自分の考えがあるし、それに従い行動しています。これまでの"万華鏡写輪眼"の開眼までの描写では「眼」と「器」(人)の関係性において、「人」が主導しているように感じます。しかし、その背面で「眼」が「人」試し、それに応えるような…契約にも似た、知的な関係をも感じてしまいます。

"写輪眼"と人体(器)には具体的にどんな関係にあるんでしょうか?

弟の眼球を奪い、自分に自分で移植する事で覚醒したマダラの"真・万華鏡写輪眼"の紋様の変化に、僕は注目しています。先ずはそれぞれの万華鏡の紋様の分析から…。

マダラの万華鏡写輪眼

「マダラの万華鏡写輪眼」

マダラの万華鏡写輪眼です。トレースにはイラストレーターと言うソフトを使っていますが、シンメトリな図形を描く時には、パーツを一個作成して、それを原点を中心に回転させたり、線対称で複製したりします。その意味で言うと"写輪眼"は120度のシンメトリな造形と言えます。

マダラの万華鏡は頭に穴があいた巴紋が繋がり回転しているイメージです。大きさの比率としては通常の"写輪眼"の巴紋を繋ぐリーダー罫(破線)の大きさで、内側の瞳孔(?)も各種の万華鏡写輪眼の解析ではほぼ共通する大きさではあります。

万華鏡の示す120度の異相は万華鏡の「三枚の鏡」に上手く符合しますね。非常に美しい貌(かたち)だと思います。自然の中の造形とは兎に角、美しいものです。それは無駄な部分が存在しないからです。永遠とも思える時間の中で研ぎ澄まされた結果なのだと思います。

マダラの弟の万華鏡写輪眼

「マダラの弟の万華鏡写輪眼」

マダラの弟の万華鏡写輪眼も綺麗な120度のシンメトリです。こちらは四角い直線的な紋様が、通常の黒目の外側の黒枠に繋がり逆に瞳孔(?)に相当する部分が"白窓"になっています。マダラの流面的なフォルムと対照的な造形です。発動する術もマダラとマダラの弟では異なるのでしょう。

マダラの万華鏡写輪眼Ver.2

「真・万華鏡写輪眼」(仮称)

そして、マダラが弟から奪った「眼」を自分の眼に移し、開眼した「永遠の万華鏡写輪眼」(第386話「新たな光…!!」)です。トレースのテクニックで言うと、ベースはマダラの万華鏡写輪眼ですが、それにマダラの弟の万華鏡の紋様を同ピン(同じ座標)で合成しています。この紋様も、二人の万華鏡写輪眼の120度のシンメトリは維持され、それが、その半分の60度で異相することで、描写の紋様に綺麗にマッチします。

ちょっと横道…。ついでに、他の"万華鏡写輪眼"もついでに分析してみましょう。

カカシの万華鏡写輪眼

「カカシの万華鏡写輪眼」

カカシの"写輪眼"はオビトの眼球・眼軸を移植してあります。以前、この紋様が左目で、それが「天照」で、イタチも「天照」を使う時にはこの紋様になると仮説ってみたんですが、それ以外の紋様が登場して、"写輪眼"毎の個体差=「個性」みたいな描写があるので、カカシの万華鏡の紋様はオビトの術特性によるものと思います。

カカシの万華鏡開眼の要件は神無毘橋で失ったオビト(カカシにとっての「大切な友」)を自分の責任とする、カカシの実直さ、真面目さが齎したものと思います。しかし、万華鏡の開眼によってカカシが「闇」に向かっている事は皮肉に思えます。カカシには"写輪眼"を所有する兄弟がいないので、どうしようもないですから…。これは致命的と言えます。何とか成らんものでしょうか?(汗)

または、これは別の考察でやろうと思ってるんで、モグモグなっちゃうけど、医療系の技術開発で"写輪眼"の万華鏡領域を覚醒させる方法論の創出があったのかも知れません。大蛇丸の「目薬」じゃないけど(笑)、この時代の高分子科学は想像以上に発達していますので無視できない選択肢でもあります。有機コンピュータ="万華鏡写輪眼"の塩基配列を人為的に再現できるなら、この説は「アリ!」です。

イタチの万華鏡写輪眼

「イタチの万華鏡写輪眼」

この手裏剣型がイタチの"万華鏡写輪眼"なのだと思います。術の強度によって多少形が太ったりしますが、概ね手裏剣型で、今のところ、術毎に変更する描写(シスイ事件直後のいざこざはイタチの紋様の変化の過程だった?)がないので、この紋様で、「月読」「天照」を使い分けているとするのが、今的な万華鏡解釈です。

イタチの"万華鏡写輪眼"は封印=失明間近のようです。イタチが見るサスケの映像がノイズが入ったように乱れていました。それと関係するのか、イタチの余命が幾許もない描写もあり、それが"万華鏡写輪眼"が影響しているのか否かが、これからの展開に大きなウェイトを占める状況になって来ました。

マダラも病床に就き、痛み悶えるような描写がありましたので、"万華鏡写輪眼"が命を蝕むような侵食をする可能性もあると思います。イタチの"写輪眼"が常時覚醒してる事。時たま肩で息をするような描写がある事。やはり、蝕まれていると考えるべきなのか。でもイタチが痛がっていないところが引っ掛かります。イタチが我慢してる線もあってややこしいのです。

マダラは弟の"万華鏡写輪眼"を自分に移植したんですが、それによって元々自分が開眼してた紋様をベースに、弟の"万華鏡写輪眼"の形質をミックスした"万華鏡写輪眼"を覚醒させています。弟の"写輪眼"で、"写輪眼"が完全に独立した存在なら、紋様は弟のそれになる筈です。それがミックスした紋様になった描写が意味深いと思うんです。

描写では「眼」(眼球)を移植したようなので、「眼軸」(「ナル×ジャン」では脳に繋がる"視神経束"と考えています)は自前(マダラのもの)の筈。ここがポイントで、オビトの時も感じたけど、"写輪眼"の要部の多くは「眼軸」にある可能性が大きいです。弟の「眼球」。マダラの「眼軸」。この二つが影響し合って、マダラの"真・万華鏡写輪眼"の紋様を発現したと、僕は考えているのです。

つまり、"真・万華鏡写輪眼"においては、肉体(器)はチャクラを与えるだけの存在(その中でも「うちは一族」の身体は最も最適化されている)ではないか?と考えられると言う事です。"真・万華鏡写輪眼"では、"写輪眼"が「人」の意志を飲み込むような存在に拡張される…と言う考えです。"写輪眼"が「器」を選択するステージこそが、"真・万華鏡写輪眼"の領域…。それが、イタチの言うマダラの「不滅」ではないか?と、僕は考えるに至っています。

マダラは「器」の拘束から解放された存在!?

"真・万華鏡写輪眼"とは、"写輪眼"が宿主の意思すらも取り込んだ、完全に独立した存在に昇華する状態なのだと思うんです。マダラの「不滅」とは、"写輪眼"をコアとして、「器」である人体を乗り換える「転生忍術」なのではないかと、僕は考えています。具体的には"写輪眼"を中心にした情報生命の様な体系と考えています。この考えは大蛇丸が依憑(よりわら)を乗り換える事で命を繋ぐ「不死転生の術」に似ています。身体が何らかの要因で損傷したり、失われても、マダラは"写輪眼"(眼軸を含む)だけ乗り換えれば転生が可能になるのではないでしょうか。

マダラは"写輪眼"の力で「不死」となった!?

トビ(マダラ?)の外見からして、マダラは終末の谷の闘い(対初代戦)で片目を失った可能性を感じます。その痛手をリカバリーする為に選んだ依憑(よりわら)がオビト(の躯)だったんではないかと、僕は考えています(間隔が開き過ぎ…には何かエピソードが欲しいな)。「器」の規制から完全に離脱したとは言え、写輪眼の要部を損傷した為にうちは一族の身体が必要だったんではないかと思うんです。

「九尾が木の葉を襲った事件は、もちろんマダラが起したものだ」

そして、オビトの身体で復活したマダラは「九尾事件」を起こした。しかし、その前に立ちはだかったのが「四代目・火影」のミナトだった。マダラには慢心もあったでしょう。ミナトも不測の強敵であったでしょう。結局、「九尾事件」は失敗に終わってしまった。そこで、マダラがまた傷を負った可能性も感じます。これが、イタチの言う「負け犬」なんだと思います。

では、「うちは虐殺」とは何だったのか?

そんな疑問が生まれます。あれがイタチとマダラの共犯による犯行だったとしても、既に"万華鏡写輪眼"を開眼した二人に同族を皆殺しにするメリットはない筈です。マダラに至っては"真・万華鏡写輪眼"をも開眼してるんですから、望むものは何もない筈。そのマダラが積極的に「うちは一族」を抹殺してしまうにはそれ相応の理由が必要です。

失敗に終わった「九尾事件」はマダラの犯行でした。ミナトの意外な反抗もあったでしょうが、恐らく、この一件で、うちは一族はマダラに従わず、木の葉に与(くみ)し、マダラに逆らったのではないか?と考えています。「九尾事件」で、うちはの"写輪眼"が「九尾」とマダラに抵抗したんじゃないでしょうか?

手裏剣修行で足を(ワザと…笑)挫いたサスケをおんぶして帰る道すがら、イタチは警務隊の前で「うちはも今は少なくなってしまったが…」と、うちは一族の人口が減少傾向にある事を示しています。これは希少な「血継限界」の婚姻の困難な事情があるだけでなく、「九尾事件」での戦死者が多かった…つまり、「九尾」と大いに闘った…と言う含みではないかと思うんです。

結果的に、マダラは「九尾事件」をミナトに阻止されています。神無毘橋から2年。周到に準備した計画が水泡に帰した。ミナトだけでなく、そこに「うちは」の助勢があったとすれば、同族のその行いはマダラにとっては、非情な「裏切り行為」にすら思えたんではないでしょうか。マダラは一族を呪ったのだと思います。

マダラの動機は「怨恨」しかない?!

つまり、「うちは虐殺」とは、マダラの復讐だったのです。自分に逆らい、木の葉崩しである「九尾事件」を台無しにした…うちは一族への復讐だったと、僕は考えます。だから、煎餅屋のおばちゃんに至るまで、うちはの「血」を根絶やしにしたのです。マダラは「うちは」が憎らしかったのです。それに、"真・万華鏡写輪眼"を開眼した自分にとって、うちは一族に魅力を感じなかった…と言うのもあると思います。だから…「うちは虐殺」とはマダラの単独犯行だった?とすら疑っています(黒汗)。

一方、「うちは虐殺」で、イタチ(やマダラ)は、"万華鏡写輪眼"を開眼し得る資格を持つサスケは殺さずに残しました。これはイタチの証言を基にすれば「オレ(イタチ)の為に…」(25巻/145頁)です。イタチは"万華鏡写輪眼"の開眼の為にサスケを残したのです。イタチは「高み」に近付きたいとも考えていました。それも本心だと思います。イタチにとっての高み…それは"真・万華鏡写輪眼"に他なりません。

しかも、「シスイ事件」にもイタチは、関係がある。厳然と存在する事実…なのに…「イタチを信じたい気持ち」に、僕(ら?…「ら」ですよね!友よ!同胞よ!)が支配されてしまうのは、現に今、サスケと闘っているイタチの行動そのものに起因しています。イタチの行動は散々説明した「写輪眼の本当の秘密」「万華鏡写輪眼のもう一つの秘密」を一ケ所だけ満たしていないのです。

サスケは未だ"万華鏡写輪眼"を開眼していない!!

イタチがサスケの眼を奪い、「真・万華鏡写輪眼」を手にするにしても、サスケの万華鏡開眼がなければその前提になり得ない筈です。イタチもサスケの万華鏡開眼の是非を認識していますから、その上で、サスケに時間をかけてツラツラと"写輪眼の秘密"を説き、"万華鏡の秘密"を事細かに教える意味があるとは、僕には思えません。

「サスケェ!!お前はオレにとっての新たな光だ!」

しかも、いくら何でもイタチのあそこまでの悪辣さは如何にも不自然です(第386話「新たな光…!!」)。その上、サスケが万華鏡開眼してないとすれば、必要な要件を満たしてはいません。イタチが説明した事を咀嚼し、それらを「真実」として受け入れるならば、イタチの行いは、めちゃくちゃ「辻褄」が合わないのです。それとも、イタチは未だサスケの万華鏡開眼を疑ってるんでしょうか?

ここはカカシの万華鏡開眼をどう言う風に理解するかに関わる部分なんですが、恐らくは、次の回でサスケが万華鏡開眼しているか否かが判明するでしょう。そこで、サスケの万華鏡開眼がないなら、イタチの善人説が再度、急浮上して来る事になります。そして、その根拠は今、イタチがサスケと闘ってる姿に在る事になるのです。だから、少ないけど、未だ希望は残されているのです。

また、トビ(マダラ?)が言った「機は熟した」は、サスケにとっての「機」なんじゃないかと思うんです。「そう長くない」と言うトビ(マダラ?)の言葉はイタチを軽視してるように思えましたし、終末の谷のマダラの石像の上で黄昏れるトビ(マダラ?)は明らかにサスケの脱皮に期待していましたね。あの黄昏は…あれじゃ、「父」ですよ!!トビ(マダラ?)ってフガク?とすら疑ってしまった程です(笑)。

「オレたちは互いのスペアだ!!」

イタチはサスケを煽るように責め立てながら、そう教えています(第386話「新たな光…!!」)。「お互い」(←ココ、ポイントです)と言う事は、イタチもサスケのスペアになる暗示を含みます。これは「お前はオレのスペアだ!!」に埋没し、秘匿されているかに思えるサブリミナルなメッセージです。サスケがイタチを殺す(眼を奪う)可能性もある!と、イタチ自身がサスケに教えているのです。

もし、イタチが本当に「悪」(ワル=ゲハハッッ!)なら、サスケに一々説明などしないで、さっさとサスケの眼を抉りとって、自分に移植すると思います。イタチが無駄な事に時間をかけるような人じゃない事は、みんな感じてると思います。イタチの行動に一定のパターンがあり、信頼性がある事は周知の通りです。だから、余計に、イタチの崩れっぷりにの違和感が否めないのです。

イタチはサスケに自分の眼を与えようとしている!?

サスケは「大切な友」を殺さなかった。ナルトを殺さなかった。それを、あの森のナルトとの再会で、イタチは確認したんです。そして、今もナルトがサスケを大切に、自分の兄弟のように感じている事を確かめ、安心したのです。イタチに思い残す事はなくなったのです。同時に、イタチはサスケの「正しき選択」に満足した筈です。だから、あの時、イタチの口元は緩んでしまったのです(40巻/124頁)。

代わりに自分が血を流し、サスケに後悔させる事で(兄弟を殺して、万華鏡開眼があるのか?と言う疑問もありますが…)、サスケの万華鏡開眼(=脱皮)を成そうと、イタチは考えているんじゃないでしょうか。そして、同時に自分の"万華鏡写輪眼"をサスケに与え、サスケの"真・万華鏡写輪眼"を覚醒させる腹積もり?!そして、そうさせる為にイタチはことさら、汚れた「うちは一族」の本性を示すかのように、身汚くサスケに接しているのです。その点において、イタチの行動に「嘘」はない…のです。

何にしても、イタチの不自然な昂り方は違和感をバリバリに感じてしまいます。キッシーは今、リボルバーの弾倉に一発ずつ弾を込めるようにイタチに対する「誤解」をセットしていると思うんです。或いは、ジェットコースターが頂点にワザとゆっくり上り詰めるみたいに…感じませんか。そして、その軌道は、サスケの脱皮を促す「儀式」へと、着々と突き進んでいるのです。

そして、この考えの終点にあるのは、サスケのおでこを、イタチが指先で小突(こづ)く…あの「デコトン」です。あの動きは、マダラが弟の眼を穿ったシーンに非常に近しいです。うちはの血塗られた「兄弟」にとって意味のある交わりであるのかも知れません。そこに、回想のコラージュがドバッと挿入されて、例のおんぶの絵が入って……(確実に厚手のタオルが必要です…汗)。

キッシーに…また、泣かされちゃうんだろうな…。

だから…だから…イタチさんは「無実」なんです…。

イタチさんはやってない!


 

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