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第650話「眠るのは」④

 
「くっ…」(ナルト)

<ズッ>(ナルト)

<ハァ><ハァ><ムクッ>(ナルト)

「………」(オビト)

「なぜ起き上がる…!?
お前は何のために戦っているというのだ?
仲間の為か
それともこの世界の為か?

いいか…仲間にはいずれ裏切られる
そしてこの世界では愛は憎しみに変わる
お前も分かってるハズだ

かつて里の者もサスケもお前を裏切ってきた…
そして自来也の愛がお前に憎しみを与えた

お前もオレと同じだ
積み重なる苦しみが
いずれお前を変えていく
そして今
お前にさらなる憎しみが
襲うことになる

それでもお前は
自分が変わらないと
言いきれるのか!?

またいつ仲間が
お前を裏切るかも分からない
連合がまやいつ戦争をするかも
分からない
そしてこのオレに勝てるかも
分からない…

こんな世界の為に
もう戦う意味はないハズだ…
もうこの世界も数分で終る
そうまでしてなぜ戦う!?」(オビト)

「………」<スゥー…>(ナルト)

「自分の忍道だからだ」(ナルト)

<スゥ…>(重吾)

<スッ>(サスケ)


「まっすぐ自分の言葉は曲げねェ

それがオレの忍道だからだ」(ナルト)

「………」(オビト)

<ザッ>(ナル/サス)

「次で決着つけるぞナルト」(サスケ)

「オウ!」(ナルト)

<ブオッ>(ナル/サス)



<ズオ>「眠るのは明日

夢は自分で見る!!!」(ナルト)

そして…カカシが期待した通りにオビトはナルトにいちいち問い質して行きます。確かにオビトがナルトに何かしらの期待をしている…というのは間違ってはいないでしょう。無限に伸し掛かる「痛み」にもナルトはそれでもこれまで通りに「折れずに曲がらずしなやか」に居られるのかと、オビトは詰問している訳です。それに対してナルトはキッパリと自分の「忍道」を通すのだと言い張りました。僕はオビトがこの戦争に拘る姿から、この異常な世界の異常さに気付きました。そして、その異常さの元凶が「忍道」に他ならないとも、既に思い当たって居ります。なのに、本編の主人公であるナルトにここまでキッパリ「忍道」を誇示されては些かナル×ジャンの旗色が悪い(笑)。

ここで…『NARUTO -ナルト-』の歴史というものを今一度、考えてみましょう。その昔、六道仙人がいましたとさ…。で、その前に大筒木かぐやが神樹の実(禁断の実)を食ってチャクラを得て、その子供が大筒木ハゴロモで、それが六道仙人になったのだと、どデカイ提示が最近になってありましたっけ(ep646「神樹」)。それで世界を苦しめた十尾と六道仙人は戦って見事に鎮めるんですね。結果的にそれが十尾の人柱力でありまして、どうも「無限月読」神樹ではなくて十尾の人柱力のオプションとしか思えず、六道仙人「安寧秩序」が第一回目の「無限月読」だった件(笑)。そして、六道仙人は十尾を九つに割り、己を真っ二つに割り、兄・弟を残してお隠れになる…。

には「うちはの石碑」を。弟には「予言」を。六道仙人はそれぞれ残しています。そして、六道仙人の中に在った時とは違う形で世界(描写的には九つの尾獣だったんだけど…)が導かれる事を六道仙人は願っていた事実を、幼き九喇嘛がその涙を持って担保して居ります。そこまでの提示でハッキリと分かっている事は、六道仙人は自分の「安寧秩序」に疑問を持っていたといことでありましょう。延命に関しては”暁”で散々と提示がありましたから、六道仙人なれば不死は可能であった筈ですんで、寿命を機に全てを反故(ほご)にする必要はなかった筈…っていうか、反故どころか何だかんだバラバラにして後退しています(笑)。却ってややこしくしてお隠れになるなんて!!

それは六道仙人やり直したかったからだろうと、僕は考えています。ちなみに神樹が積極的に人間と関わりを持たない存在だったり、十尾に知性が無くて自然エネルギーの塊(に過ぎない存在)で、チャクラコントロールや忍術の類いを扱わない事実から、文字色無限月読は十尾の人柱力のみが扱える忍術であり、それでも忍達が同じ過ちを犯す救い難い存在である…等々の事実から、六道仙人の「安寧秩序」は「無限月読」による幻術支配だったと、僕は推認してるのね。それで、「うちはの石碑」を忠実にトレースしたオビトが兄系の本懐であるならば、何で弟を敢えて残したのよ…と、素朴に思う訳です。しかも、三大仙山(提示的には妙木山のみ)を後ろ盾にした「予言」まで添えて…。

恐らく、それが十尾を九分割して、自分を兄・弟に割って意図的に全てを後退させた理由なのだと、僕は考えています。言うなれば、それは六道仙人の陰陽の分離でありましょう。=陰であるならば弟=陽であり、今在る自分=安寧秩序無限月読十尾の人柱力六道仙人に対する、自分の中に在る可能性、或いは疑問が弟に托された六道仙人の願いなのだろう…願いではないのだろうか?!と、僕は思うのです。具体的には、ここでオビトがナルトに何をか期待する様こそ、が父・六道仙人に托された願いを実直に体現しているのではないかと思えます。逆に十尾の人柱力たるオビトとは在りし日の六道仙人であり、弟(=予言)に対する「命題」なのだと言えましょう。

オビトの「無限月読」とは、即ち「安寧秩序」なのであります。しかして、六道仙人はそれに疑問を持っていたんです。満足できなかったんです。だからそのモヤモヤの解消を弟に托した訳です。そして、それを「予言」でサポートしたのだと思います。その完成形たる仙人ナルトがオビトの前に立ちはだかる!!しかし、そんなナルトが「忍道」なんて如何にも個人的な思い付きに近いイデオロギー(物事に対する包括的な観念)を振り回していてどうするんだ!?と、僕は思うのです。だって個人の「想い」「力」に頼った世界の安定は六道仙人が既に実現してるんだから。そうじゃない世界の教導というものを企図して『NARUTO -ナルト-』の世界観は仕組まれているんだから…。

ナルトが六道仙人になるのは本末転倒なのです。

纏まり切らなかったので、あと少し続きます。


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