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第656話「交代」⑤

 
(ナルトの術で倒せはしなかったが

これで奴の動きを完全に封じることができた…)(穢・柱間)

「これで封印の忍を待つのみぞ!」<ハァ><ハァ>(穢・柱間)

「………」(穢・マダラ)

「ゴホッ!ゴホッ!」(オビト)

「!」(カカシ)

「!」(ミナト)



「尾獣を抜かれたという事は
オビトは…」(穢・ミナト)

「十尾の人柱力は他の人柱力と違う…
尾獣を抜いても死にはせん
十尾の殻…つまり外道魔像が残るからな…
ありゃ相当の生命力だ」(九喇嘛・陰)

「!」(穢・ミナト)

「本当かい!?
なぜそんな事が分かる!?」
(穢・ミナト)

「おいおい

なら誰が十尾のチャクラを九つに分割した後
各地へ散らしたりでききる?」
(九喇嘛・陰)

「………
六道仙人……」(穢・ミナト)

「ただし
九体も一度に力を抜かれちゃあ
死んだみてーに数ヶ月は動けもしねェ
かつてのじじいもそうだった」(九喇嘛・陰)

「そういう事か…」(穢・ミナト)

そう言えば…オビトが十尾の人柱力になる時、十尾の一切合切をズルズルと吸い込んでいましたね。それに対して三尾だったかな…磯撫尾獣単体でトビ(オビト)に捕獲された後、外道魔像に封印される描写では磯撫の肉体は置き去りでしたね。外道魔像は九つに分割された十尾のチャクラだけが必要だったという事なのでしょう。きっと、尾獣の肉体とは六道仙人十尾のチャクラを九つに分割した後に後天的に獲得された器なのだろうと思います。九喇嘛・陰がミナトに説明していますけど「九体も一度に力をぬかれちゃあ」ということは、十尾の人柱力だった六道仙人が自分の体内に一旦十尾を格納したのでしょう。それから十尾の肉体チャクラを分離したんじゃないかと思います。

六道仙人は九つの尾獣を体外に出す前に…尾獣のチャクラが体内にある状態で…先ずは「月」を地爆天星したのでしょう。それに逆口寄せの札か何かを忍ばせて天空高く吊るし上げた。その後、九つの尾獣を体外に放出した…と言う流れ。尾獣達は各々自分の肉体を調達し生命として安定した筈です。尾獣達が「心の階層」六道仙人と接見した回想がありましたけど、それぞれの尾獣には確かな自我の芽生えが確認できます。九喇嘛なんか涙まで浮かべてましたから(汗)。オレ達は六道仙人が動けなかった数ヶ月の間に研鑽を積んだんだぜ…と、ミナトに諭す九喇嘛・陰の口調からは感じられます(笑)。それに、あの円座…六道仙人を中心に尾獣達の好意が噎(む)せ返っておりましたっけ(笑)。

流れ的には、その後回復した六道仙人がその死期を前に外道魔像を排出して、「月」に封印しちゃったんでしょう。それだと一尾・守鶴だけが「砂の老僧の生霊」とかいう設定も、偶々見つけた器がファンキーな狸坊主だったと受け容れられますし、あの凶悪な九喇嘛が必要以上にメンコイ…フッサフサの毛並みの子狐(ただし九尾)…のも理解できます。他の尾獣達もそれぞれのチャクラに見合う容れ物を必然的に見つけて落ち着くところに落ち着いたのではないでしょうか。そんな風に考えていると、僕は「魂」「チャクラ」の識別が危うくなるのです。例えば屍鬼封尽の暗殺原理は「陰陽論」の死の定義なんだけど、死神が引き出してた霊体とは「魂」なのか「チャクラ」なのか…個人的に危うかったりします。

また、この戦争で賛否を呼んだ穢土転生にしても浄土から穢土に「魂」を口寄せする忍術であります。その仕組みが穢土転生の裏チート設定である「無限のチャクラ」の根拠になり得るのであれば、もしかしたら「魂」「チャクラ」は同じものなんじゃーないのか?単に「態」(てい)=有り様が違うだけではないのか?とも思えて来ます。それだと、チャクラを使い果たしたら死んでしまう設定も何となくしっくり来る…つまり、忍は「魂」を増殖、或いは変換して「チャクラ」として出力しているのではないのかと、僕はふと思い当たる訳です。神樹の実を口にした事で人に「経絡系」が宿り得られた異能…それはそんなに特殊な機能ではないのかも知れない…と、ケルベロスは思うのです。

僕だって「魂」を削ってるもの…。

続きまーす!!


 

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