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第357話「デイダラVSサスケ!!」


カブトは大蛇丸を食べてなかった!(汗)僕のは、キモい予想をした割には(大)外れでしたね(滝汗)。実際には、大蛇丸の乾涸びた左腕、多分、イタチに切り落とされたであろう大蛇丸のオリジナルの腕を移植、或いは細胞を取り込んだ…と言う事です。

僕は完璧、カブトが大蛇丸に恋してるくらいに思っていました。しかし、大蛇丸の腕にカブトの気持ちがあったことから考えると、大蛇丸の「力」に対する憧れみたいな衝動が、カブトを突き動かしたと言う事になる。「愛」じゃなかったのか?それか、やはり、強くなる為にオリジナルの「力」が必要だったか?こっちだと、大蛇丸への気持ちの「線」も僅かに残るか…。

「でも 君は後だ」

と言うカブトの台詞。サスケに行くんだけど、これは、大蛇丸を倒したサスケをやっつける事で大蛇丸を超える事を目指すのか?それとも、サスケの中の大蛇丸を取り戻そうと言うのか?しかし、現状で三割を乗っ取られているのに、大蛇丸を更に欲する線は薄いか…。大蛇丸の力をコントロールする鍵がサスケの中の大蛇丸にあるとか?

「馬鹿な事を…」

カブトの所行を理解したヤマトの台詞。ヤマトの言葉は「父親」の言葉ですね。僕には、激しく彼の言葉が響きます。カブトが、死んでしまった大蛇丸を自分に取り込んで、大蛇丸を感じたい。そして、それを超えたい…と言う手法自体が間違っている事を指摘している。「アイデンティティ獲得」の方法として間違っていると。激しくヤマトに共鳴します。何だか僕はヤマトに感情移入していると言うか、ヤマト目線で「NARUTO -ナルト-」全体を見ている気がする。

ヤマトも初代の実験体でした。彼も内なる初代との葛藤があったのかも知れません。現在のヤマトの立ち振る舞いには確固たる「自己」を感じるので、同じような状況に自らを追い込んでしまったカブトを諌めたい気持ちと、哀れみの気持ちが湧き出たのだと、感じました。ある意味、ヤマトは重ねてた気がする。自分自身に。

一方、サスケと暁も交戦に入ります。サスケは尚も落ち着きを保ちながら二人を相手に静かに闘います。うちはの写輪眼で威圧しながら…。凄く凛としてますね。

「血統に恵まれただけの 勘違いヤローが」

これは、デイダラの持つ、激しいコンプレックスの象徴ではないでしょうか?生まれながらにして持つ数少ない「特別」…。それは「血」です。スタートラインが違うんですから、人生とは不公平です。しかし、それも現実なのです。そして、これは実際の世の中にも、極々、普通にある事です。

多分、デイダラは、その不条理を自分の力で乗り越えた一人なのでしょう。逆に、このデイダラの台詞から判断すると、起爆粘土を用いた特殊な術の体系は「血継限界」ではない気がします。カブトのような、自分の中に「何かを入れる」系の強化を後天的に、図ったのでしょうか?掌の「口」とかも。

「速い!」

サスケの先制攻撃。トビは草薙の太刀で両断されたかに見えましたが、無事でした(笑)。しかも、暁のマントが切れてない。つまり、太刀による斬撃…、物理的な直接攻撃を回避した事になる。…高速で躱したのか?

「瞬身の術が速すぎて ボクらじゃムリっスよ~」

と、おどけるようなトビ。これは「白」の「ボクは子供」と同じで、大人語の翻訳機にかけたら、「自分はもっと速い!」と言う自信を、チラ見せさせてる事になると感じました。だから、トビは危ない!と思います。

でも、サスケの斬撃は物理的(?)に躱せた筈なのに、それよりもっと低速の蜘蛛が弾かれて足下に落ちたのは何故、回避できなかったのでしょうか?デイダラを邪魔した可能性はないかな?でも、何の為に…(薄笑)。疑問の「痼り」が、またひとつ…(笑)。

「アレですね…!」

って、気軽に言ってますが、三尾を捕獲した時に使った術が飛び出す可能性がありますね。楽しみ!だけど、怖い(滝汗)←サスケ目線(笑)。

また、デイダラの起爆粘土はC1~C3まで登場したけど、チャクラの練り込み方で爆発の強さとか、速さとかのランクがあるようです。それに、掌の「口」は両手にあるようで、今回はダブルハンドでした。ポーチも左右に配置してました。

凄く気になったのが、サスケが掌に雷(?)のチャクラを集めて、デイダラの蜘蛛粘土を迎撃したところ。その前のコマで、腰のポーチにサスケは手を突っ込んでいる(ように見える)。蜘蛛はサスケの攻撃で弾け跳んだけど、地面に転がった蜘蛛には「千本」みたいのが刺さったままでした。あれは雷の形体変化を応用した術なのか?はたまた、「千本」にチャクラ性質を流し込んだものなのか?

もしサスケが「千本」を使ったのなら嬉しい。と思うんです。だって、「千本」って「白」の好んで使ってた武器…。「殺さず」の武器だから。サスケが波の国任務で嗅ぎ取ったかも知れない、死闘の果ての、ほのかな「優しさ」の残り香。その闘いでの「白」が、サスケに何らかの影響を及ぼしていたのなら、「白」の死がサスケの「心」にも残っている事になる。だとしたら、嬉しいじゃないですか!「白」はサスケの中にも在るのだから。

ところで、「白」とサスケ。何だか、似てる気がしています。「賢さ」は勿論だけど、「空気感」と言うか…。「透明感」と言うか…。真似できないような「美しさ」が…。

オビトの「死」における「写輪眼」の描写 | BLOG TOP | 「白」に関する考察(その3)

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