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第662話「本当の終わり」①

 
<ヒュウウウ>

「マダラ…貴様という奴は!」(穢・扉間)

「カハッ」(サスケ)


「また来るぞ!!」(忍連合)

<グググ>

<ドドドド>

「ぐあっ!」(忍連合)

「ぬぐっ!」(忍連合)




<バキ>「ふん!」(雷影)

「ぐっ!」<ドカ>(雷影)

「キャ!!」(水影)

「!」<ズザッ>(雷影)



「くっ…
術が発動しない…!」(もう…チャクラが…)(水影)

<ハァ>「こんな輩に
足止めされるとは……」<ハァ>(土影)

「こんな…
わけの分からない奴が…
まだ…」(サクラ)

(木遁を使う…
いったい何者?)
(火影)

「ここから先へは
簡単には行かせやしないって言っただろ
…それに…
ボクの質問にマジメに答える奴は
一人もいないって事?」(黒ゼツ)

<ゴゴゴゴ>

「便意ってどんな感じか聞いてんだろ」(黒ゼツ)

ナルトとサスケが…相当ヤ・バ・イ…んですが、死んじゃう方向性では無くて、どうやって死なないのかに興味が向かってしまいます。そもそも『NARUTO -ナルト-』では…って言うか「忍術」には「生」「死」を弄ぶ側面があって瀬戸際感が感じられません。ついつい…どうせ死んだって…などと良からぬ想像ばかりが浮かんでは消えます(笑)。やっぱり人は死んだらそれでオシマイじゃなきゃッ!!何たってこの不公平な人生の中で「死」だけが唯一の平等なのに…。死んだら何も無くなるから頑張る。それこそ「一生懸命」でしょ!!<キリッ>しかし、そこんところを「忍術」が否定してる物語の中でナルト達が「一生懸命」になって戦ってるのが不格好なんですよ。

僕はズーッとナルト達が何と戦っているのかを考えて来たんですけど、ここ最近、その疑問がどうも<ボヤーッ>として来たと申しますか、結局は「神の御心のままに」(インシャー・アッラー)なのかなと帰結してうんです。何を引っ張って来ようと、どんなに膨らませようと(←コラーッ!!)、キッ神のペン先三寸には敵わぬ…(笑)。熟(つくづく)、僕はこう思うのです。「作品とは誰のものなのか?」って。サスケがマダラに胸を貫かれた時、不思議と僕は痛まなかった。アスマの時はあんなに痛かったのに。自来也先生の時は泣きじゃくったのに。全然、痛くないの…です。一瞬、僕はもうこの作品とリンクできてないんじゃないのかと不安になった。

<ゾクッ>悪寒が奔った…。

そんな感じに鬱々としていたんだけど、黒ゼツの「便意」に若干救われました(笑)。けど、「便意」じゃないでしょ。気持ちいいのはその後でしょ…と(笑)。ふむふむ…オビトをハックしている黒ゼツが木遁秘術である「真数千手」を出してるのかな。手が一杯あるから「通せんぼ」するにはかなり向いていると思いますけど…。しかし、足止めを食っている忍連合に未だに「九尾の衣」が在るのは何故?!ナルトが忍連合に配布したのは九喇嘛・陽のチャクラで、それがリンクして衣の容量を増減させているのだから、外道魔像に九喇嘛が取り込まれても、ナルトが瀕死の状態でもチャクラのリンケージは途切れていない…ということになろうかと思いますが、ちょっと無理がありますまいか?

アンチじゃないからねー(汗)。

続きまーす(先週はゴメンナサイ)。


 

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