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ケルベロスは何故、サソリが苦手なのか?


サソリは素直な子だった…?

サソリ(illustration:senkou-banrai)

「閃光万雷!」のWILLIAMさんの手によるサソリのイラスト…いつもながら素敵ですよね。取り敢えず、待画をレイアウトして、それに添える「考察」を練ろうと思って、書き始めたんですが、一向に筆が進まないんです。こんなに素敵な素材を目の前にしているのに…です。これまでの待画シリーズで、こんなに苦しんだ記憶はありませんでした。

それでも、負けるわけには行かないと、何度も何度も試みるんですが、やっぱり、書けない…。考えが発展しないと言うか、膨らまないと言うか…兎に角、筆が走らなかった。で、今回は「考察」と言うよりは、「言い訳」になりそうな気配ですが…その「書けない理由」のお話しましょう(汗)。

ケルベロスは何故、サソリが苦手なのか?(滝汗)

我愛羅奪還編のチヨバア&サクラVSサソリ戦の決着。サソリを打ち破るもサクラも瀕死の状況。それを砂隠れの相談役・チヨバアが「転生忍術」を用い、自分の命と引き換えにサクラを救おうとするシーンで、今にも「命」が終わろうとするサソリとの語らいが暫し続きます(31巻/74頁)。

「女ってのは無駄なことをするのが好きな奴らだな…クク…
オレは血の繋がったそのババアが死のうが、何も感じはしない。
心も…この体と同じだ。今まで何百何千と殺してきたが…
その内の一人と同じだ。もっと物事は単純だ」(サソリ)

「アンタは人の命を…何だと思ってんだ!!
肉親を何だと思ってんだ!!」(サクラ)

「おい…それが忍の言うセリフか?」(サソリ)

「何でそんな考え方しか出来ないんだ…アンタは!!」(サクラ)

「もういい…サクラ…こやつをこんな風にしてしまったのは
ワシら砂隠れの悪しき風習と教えじゃ…」(チヨバア)

サソリに罪悪感の欠片もないところがポイントなんです。そして注目すべきは、サソリが自分の命にすら頓着がないところです。そして、その「有り得なさ」に対するサクラの追求を、チヨバアが何故だか制しています。チヨバアはサソリをこんな風に育ててしまった責任を強く感じているんだと思います。

「砂隠れの悪しき風習」

実際にチヨバアはそれをサソリに教え込んだんだと思います。でも、それは、サソリを強い忍に育て上げたかったからに他なりません。現にチヨバアの息子=サソリの父親は、木の葉の白い牙=はたけサクモの手に掛かり死んでいます。チヨバアはサソリを強い忍に育て上げる事で、サソリを守れると考えたんだと…それが、チヨバアの「愛情」だったんではないかと、僕は考えています。

しかし、砂隠れの他の忍を見ても、カンクロウやテマリ、それに我愛羅(我愛羅はナルトに感化される前は相当ヤバかったけど…)もサソリほど酷くはないです。彼らも「砂隠れの悪しき風習」に沿った教育は受けている筈ですが、一応、人としての要件は満たしていると思います。と言うよりは、むしろ、魅力的にすら感じてしまうキャラばかりです。

我愛羅ですら、ナルトとの接触で「人間性」を取り戻しています。取り戻す…と言う表現を使うのは、元々持っていると考えるからです。我愛羅の場合も、ナルトとの出合いによって思い出すことができたのです。我愛羅もまた「人」だったのです。たとえどんな生まれ方をしようと、育ち方がどうあろうとも、人には超えてはならない一線があるものです。そして、それを「魂」は認識しているのです。

「忍も人間だ…感情のない道具にはなれないのかもな…」

波の国任務の終盤で、鬼人・再不斬が言っていたように(4巻/95頁)、人が人である限り、その心を完璧な「悪」に染めてしまう事の可能性を否定しています。"血霧の里"のアカデミーの卒業制度を変えざるを得ないような大事件の張本人ですら、たった一人の想い人…「白」との繋がりが再不斬を「人」たらしめたわけです。そして、その姿に僕らは共感を覚えてるわけですよね。だから、再不斬の涙にグッと来たんですよね。

普通は、どのような事を教えられても、それを自分で吟味し、自分の中の「善悪」の判断ができるものだと、僕は考えています。それは人の記憶や考えと言った「心」(=脳の機能)を土台として支える人間の「デフォルト」。つまり、「魂」の領域の「価値観」や「良心」と言ったものが存在するからです。「良心」とは、人が持つ「共通の記憶」と言い換えても良いです。

仮に何かの拍子にそれを見失う事があっても、人はそれを思い出せるものです。それを為させるのが「大切な人」の存在。つまり、他者との繋がりであるのです。人は決して独りきりでは生きられない生き物であり、よって、家族や集落や社会を構築するのです。そうして、人は「世界」の中で生きていくのです。それが「人」と言う生き物なのです。

だから…サソリは有り得なさ過ぎる!!

僕にとって…サソリは全くリアリティを感じないキャラなんです。ま、少年漫画ですから、植物みたいな子とか、殺しても殺しても死なない…死なな過ぎる子とか、どんな攻撃もすり抜けてしまうような透明人間っぽい子やら…一般的には有り得ない子ばかりなんですが、それには少年漫画的な…しっかりとした(笑)リアリティを感じちゃいます。しかし、それらをガッツリと受け止め、認めた上でも、サソリだけは僕にとっては有り得ない…

リアリティが感じられないのです。

言い方を変えるなら、サソリは純粋過ぎました…。そして、誰よりも従順でした。だから、チヨバアの言いつけ、つまり「砂隠れの悪しき風習」を遵守し通したのです。そして、染まり切ってしまった。あれほどまでに染まり切れたのは、やはり異常なまでのサソリの純粋さの為せるワザと言えるでしょう。

そして、そのあり得ない考えは、サソリを追い込んでいったのだと思います。ついには社会の中で生きる事を拒絶し、この世界の中であり得ないうな「孤独」を味わったのだと思います。サソリは、ただ教えを忠実に実行しているだけなのに…。サソリが「暁」に入隊したのはそんな経緯の果ての事でしょう。

以前、教育にも相性があると書きました。やはり、サソリの場合も、その見極めが間違っていたのだと思います。チヨバアがサソリを教育したのだとすれば、その一点にチヨバアの非はあると思います。しかし、チヨバアの本意はサソリを思っての「良心」だったのだから、これ以上、チヨバアを責めることはできない(それに…チヨバアも十分、後悔してますからね…)。

ぶっちゃけ、誰も自分で自分の親なんて選べないんだから…学校でも担任の先生を指名するなんてできないんだから…それに不満を漏らしたり、立ち止まるのは泣き言を吐くに等しいです。そんな事ァ~!!みんな、自分の力で修正してることなんですよ。結局は、自分の人生なんだから…。苦しんで…傷ついて…それでも頑張ってるんです。そして、そこで生まれ、備わる雰囲気こそ、「リアリティ」っちゅうものなんですよ。

「お前もこの体になってみるか?
そうすればオレの言ってる事も少しは分かるだろうぜ。
朽ちぬ体だ…傀儡人形ならいくらでも造り直せる……
寿命に縛られることもない…
人など傀儡でいくらでも…造り出せばいい……
欲しけりゃだが…
数を増やせばいいてもんじゃんない……
コレクションは質だからな」(サソリ)

「悪しき風習」を忠実に再現した結果(31巻/74頁)。きっと、サソリは自分を傀儡にする事で、自分の行ないの責任まで放棄できると考えたんじゃないでしょうか。そして、サソリは肉体を放棄すると同時に、自分の「魂」すら蔑(ないがし)ろにしてしまったんだろうな…とも思います。

要するに、サソリは逃げたんです。そして、逃げた先に幸せなんてない事を知らなかった…。誰もサソリに教えなかった…。デイダラも相当、可哀想だったけど、病み方で言ったら、サソリだって、相当な病み方でしたね。きっと…サソリも救いを求めてたろうな。ある意味、デイダラとサソリは似てるんです…。

「いずれ大蛇丸はぶっ殺す…うん」

サソリはデイダラに自分と同種の「悲哀」を感じていたと思います。きっと、サソリがデイダラを見るのは、自分を見ているようで辛かった…筈です。だから、サソリはデイダラを抱き締めなかったのです。そして、巧妙にデイダラの心の隙間に入り込み、操作し、大蛇丸を恨ませていったんです(27巻/64頁)(「デイダラは何故、大蛇丸を恨んでいたのか?」アイデンティティ参照)。

これと似た事を自分の断末魔にすら、サソリは行なっています(31巻/76頁)。

「お前は大蛇丸の事を知りたがっていたな…
草隠れの里にある天地橋に十日後の真昼に行け…」(サソリ)

「どういう事!?」(サクラ)

「大蛇丸の部下にオレのスパイがいる…
そこでそいつと落ち合う…ことになってる…」(サソリ)

「……!」(サクラ)

サソリはサクラに大蛇丸の情報をわざわざリークしてから逝きました。この言葉を最後にサソリは死んでしまったのです。つまり、「辞世の句」ですよ。「もっと、他に言う事あるだろッ」って突っ込みたくなりますよね。この期に及んでまで、サソリは大蛇丸を殺したかったんです。往生際が悪いと言うか、サソリは大蛇丸が憎かったんですね。

しかし、ここまで他者を憎むなんて、サソリにあっては異例と言えます。憎しみとは「情」の為せる業ですから、「情」そのものを捨て去ったサソリには存在し得ない機微の筈です。そう言う「情」の持つ機微を「…くだらねぇ…」(31巻/65頁)と、サソリはそう言って仕舞える人(?)の筈ですから。

しかし、現実には
サソリは大蛇丸を憎んでいた…


「どうやらサソリはここへ来そうにもありませんね…
サソリがこの橋の場所を君たちに教えたのは
おそらく大蛇丸を君達に処理させようとしてのことだ
"暁"の連中も大蛇丸様には手を焼いているからね
あのサソリがわざわざそうするってことは
君達の力を認めたってことだが…
サソリは大蛇丸様を恨み
自ら直接手を下したいと常々話ていた

それを曲げてまで君達を送り込んだってことは…
すでにそれが出来ない状況…つまり
囚われの身か…はたまたすでに亡き者となっているか…」

サソリの怨恨はカブトの言葉からも明白です( 33巻/93-94頁)。

しかし、これほどまで他者を怨んでしまう事実を目の当たりにすると、大蛇丸がサソリにとって特別な存在だったとしか、僕には思えません。何故なら、サソリが大蛇丸をここまで怨む為には、同じくらい強くサソリが大蛇丸の事を想った過去が存在しなければならない…と思うからです。

好きと嫌いって相反する「想い」ではあるけど、それは方向が違うだけで、非常に似通った感情なんです(矢印の向きが違うだけで"スカラ"は同じ…と言う考え方)。嫌いになってしまえる人って、好きになれる人でもあるものです。その逆も然り…。サソリにとって大蛇丸は、デイダラが感じた「サソリ」に匹敵するような存在だったんじゃないかと思うのは、その機微に強く惹かれるからです。

デイダラとサソリの関係。サソリがデイダラに対してとった行動。それらを考え合わせると、サソリが大蛇丸に対して、デイダラと似たような行動をとったとしてもおかしくないな…と思うんです。もしかしたら…サソリは大蛇丸に救われるような期待感があったんではないかな…って、僕は考えています。

「大蛇丸様。こいつがサソリの本体ですか」(カブト)

「いいえ…違うわ…カブト…
サソリの部下だったクセに本当の顔も知らないでいたの?」(大蛇丸)

「…いつも傀儡の中に隠れてる陰気な奴でしたからね」(カブト)

大蛇丸はサソリの本体を確実に知っています(33巻/19頁)。デイダラがサソリの正体を知っていたように…(薄笑)。この描写に、サソリが自分のコアを曝し、大蛇丸に縋ったような過去があった?と、僕は更に激しく想像しています。何しろ、サソリの本体はゼツですら知り得なかった情報なんですから…(31巻/184頁)。

しかし、大蛇丸がサソリを受け容れることはなかった…。かなり高い確率で、大蛇丸はサソリを袖にした…のです。それは、大蛇丸がサソリに「ノン気」だった…<ビビビ>(←古い?)がなかったんです。だから、サソリが大蛇丸を怨んだと思われる痕跡に対して、大蛇丸がサソリを怨んだ痕跡が圧倒的に少ない…と言うか、無い(汗)のです。

「"暁"に入った時のいざこざ以来だな」(30巻/177頁)

ややこしくなるので引用したく無かったんですが…(汗)。「暁」では大蛇丸とコンビを組んでますから、サソリの言う「いざこざ」が大蛇丸との確執とは関係しないと思います。もし、この「いざこざ」で怨恨が生まれていたなら、コンビなんてとても組めたもんじゃないでしょう。2マンセルでいがみ合うなんてストレスあり過ぎですよね。

デイダラの勧誘の描写でも、デイダラの外見や物言いに物足りなさを感じるような反応をサソリ(ヒルコ)は示していましたし、大蛇丸の代わりが直ぐにでも必要な雰囲気もありましたから、少なくとも任務は二人で協力して行っていた筈です。だから、大蛇丸との因縁はコンビを組んでいる最中にはなかった…つまり、コンビが解消した以降に何かがあった…と、僕は考えています。

大蛇丸はサソリの事が好きでも嫌いでもなかった…と言う仮定を飲み込めば…これは「情」が全く存在しない状況です。そして、その大蛇丸の「無反応」がサソリの逆鱗に触れたのではないかと考えれば、描写から感じ取れる状況にはしっくり来ると思います。

サソリは自分の欲求に満たす為に
自由に生きる大蛇丸に憧れていた…?


或いは、サソリは大蛇丸であれば、自分を理解してくれると期待してしまった?…これは、僕がもし"サソリ"だったらそう感じるだろうな…と思う部分でもあります。しかし、その大蛇丸はサソリに興味を示さなかった(もしかしたら、疎ましいとすら思わなかった…)。二人の温度差には恋愛の機微に近いものを感じてしまいます。

同時にその考えは、僕がサソリの「考察」を書けない…ケルベロスがサソリを苦手に感じる理由がダブってしまいます。全国数百万(←そんなに居んのかよッ!!)のサソリファンの皆様。誠に申し訳ない…有り体に言ってしまえば…僕もサソリに「ノン気」なのよ(汗)。要するに、「考察」も恋愛と似てる…と言う事です。

「イヤ………
本来なら倒されていたのは…
ワシの方じゃった…
サソリには
ワシの最後の攻撃が見えとった…
じゃが…どういう訳かかわせなかった
少しの隙が生じた…」(チヨ)


「……………それって…」(サクラ)

チヨバアの「後ろめたさ」を隠せない表情が印象的でした(31巻/79-82頁)。「それって…」と、サクラが目を差し向ける先にはサソリと父・母の傀儡。サクラの哀しそうな目。それらから判断するなら、サソリは父・母の傀儡に気を取られてしまった…その為に「少しの隙」が生じた…と考えるのが自然に思えます。

つまり、サソリにも極微小ではありますが、「情」が残っていたんです。恐らく、チヨバアは咄嗟に、父母の傀儡を操った…。そして、サソリが両親の懐に抱かれ安らかに眠るシーケンスを再現して見せた。サソリにとって懐かしいワンシーンをチヨバアは極めて巧妙に演出したのです。勿論、マントの下に毒刀を忍ばせた上で…。

サクラに全てを語らない…伏見がちのチヨバアの後ろめたさには、サソリの最後に残った僅かな「情」…その残り香とも言えるような…サソリの心の柔らかい部分を…血の繋がった自分が利用してしまった「負い目」を感じていたのだと思います。でも、命の取り合いだから仕方ないか…それにしても、チヨバアも「砂隠れの悪しき風習」に呪われた一人だったんですね。

しかし、チヨバアはサソリの死やサクラの人間味溢れる生き様をもって自らの過ちを、ようやく受け入れる事ができたのです。この闘いの中でチヨバアも改心を遂げるのです。つまり…思い出す事ができたのです。だから、最期の死力を振り絞って我愛羅を助けにひた走ったのだと、僕は考えます。そして、その気持ちはナルトとサクラに切々と語られる言葉にしっかりとこめられていました(31巻/154-157頁)。

「くだらぬ年寄りどもが作ったこの忍の世界に
お前のような奴が現れてくれて嬉しい…

かつて…ワシのしてきた事は間違いばかりじゃった…
…しかし…最後の最後になって正しい事がやっとできそうじゃ

砂と…木の葉…
これからの未来はワシらの時とは違ったものになろう……

…………
カカシの言っていたお前の不思議な力…
その力が未来を大きく変えるじゃろう…
今までにない火影になってな………

そしてサクラ…
お前は今度は死にかけのババアではなく…
自分の大切に思う者を助けてやれ…
お前は…ワシと良く似ておる……
男気を持ち合わせる女はそうおらぬからな……
お前は師匠を超えるくの一になるじゃろう……

ナルトよ…ババアからのお願いじゃ…
お前は我愛羅の痛みを知ってやることが出来る唯一の存在じゃ……
我愛羅もお前の痛みを知っておる…
我愛羅を…助けてやってくれ……」

死を目前にチヨバアは必死に「後悔」を伝えようとしました。これは、大人が生きて行く中で普通に持ち得る気持ちと言えます。「あの時、ああしてれば良かった…」とか、「もっと頑張ってたら…」と言った「れば・たら」を大人は常に噛み締めているのです(ちっと苦い焼き肉みたいなもんです…笑)。

チヨバアもそれを伝えずしては逝けなかったのです。そして、想いの丈を伝え切ったチヨバアは安らかに眠るように行きましたよね。あれこそ「魂の本懐」だった筈です。大人の説教って「後悔」の成分が多過ぎるから、少年少女には染み込まない内容が多いけど、少年少女も大人になったらきっと似たような事、言うようになりますから…。

だから、「ハイハイ」でも良いから、ちゃんと聞いてあげて下さい。「後悔」って経験済みだから、再現される確率的にはガチガチの「鉄板」なんですよ(汗)。もう…赤ペン、グリグリですよ!(←高度な大人用語なんで、いつか判る日がやってきます。その時まで楽しみに、健やかに成長して下さい…笑)少なくともあなたたちを大切に思わない「親」は存在しないですから…。

ぶっちゃけ、お母さんがよく言う「勉強しなさい!」って言うのも実は「後悔」そのものなんですよ。その言葉を聞いたなら、(ああ…お母さんも勉強しなかったんだ…)と心の中で(←ココ大事だから)納得して、一応、教科書開くくらいの反応を示すのが「人の道」だからッ!!親子の「仁義」だからッ!!(笑)

「あえて言うなら…
人形になりきれなかった人間……か…………

オレは傀儡だが…
生身の"核"を持つ不完全な傀儡だ…
人でもなく…人形でもない…」

一方、自分の不完全さをサソリも解っていました(31巻/75頁)。サソリの中でも自分の捨て切れていない「人」の部分と、「砂隠れの悪しき風習」が鬩ぎ合っていたんです。結局、道具(=人形)にはなりきれない事をサソリも悟っていたんです。その一点に関しては、サソリも後悔をしていたんです…きっと。

ただ、サソリとチヨバアの死に際の違いを対比すると、サソリの「魂」が如何に機能してないかが良く解ると思います。チヨバアが自分に続く命に希望を繋げたのに対して、サソリは自分の願望に固執していました。その行いに「後悔」は微塵もなかった…。サソリはいろんなものを捨て過ぎたのです。悲しいかな…それは取り返しのつかないものばかりだった…。

教えられた事をそのまま実行する…と言うのはある意味、学んでないと言えると思います。生き物が食物を咀嚼(そしゃく)し、自らの栄養に換えて行くように、考えもまた噛み砕かれるべきなんです。心にも栄養は必要だからです。サソリはそれに気付けなかった…誰も教えてあげなかったんだな…。

もしかしたら…サソリは大蛇丸を愛していたんじゃ…なかったのかな…なんて…僕は考えています(汗)。その想いを想像すると、サソリの例の「口癖」(28巻/120頁)…サソリの哀しきトラウマ…自分を独ぼっちにしてしまった「親」への想い…が悲しく谺(こだま)してしまうのです。

サソリが大蛇丸に再び逢える日を
待ち望んでいたのだとしたら……。

「オレは
人を待つのも待たすのも
好きじゃねーからな…」(サソリ)




 

『首斬り包丁』 | BLOG TOP | 第389話「サスケの流れ!」

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