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第671話「ナルトと六道仙人…!!」②


扉絵六道仙人の錫杖(しゃくじょう)に想う…。

オビトが左目に輪廻眼を搭載していた時に十尾の人柱力になって血継絶後(仮称)のチャクラを得て具象化したのが”太陽”。そして、マダラがオビトが隠していたオリジナルの右目の輪廻眼を装着して十尾の人柱力になって血継絶後(仮称)のチャクラを具象がしたのが”月””太陽””月”…すなわち”陽””陰”を、あの錫杖は示していたのですね。”太陽”がアシュラ。”月”がインドラ。それを第671話「ナルトと六道仙人…!」は示しているんだけど、左右が逆じゃね?!ってのは無しにしましょうや。先に示されいたオビトとマダラの錫杖のデザインの謎解きに、僕は何故か爽快な気分なのであります。してやられた…でも少しも悔しくないのです。

風神雷神絵図

それはこのがこんなに美しいからだと思います。かつて僕の尊敬する上司が「風神雷神絵図」をして「至高のレイアウト」と評されていたのを想い出します。今も上司(実はとても有名な方であります)の境地には到底及びませんが、『NARUTO -ナルト-』にこうして触れていてどうにかこうにか納得できているように思います。そもそも、それは風遁=ナルト=風神雷遁=サスケ=雷神であり、『NARUTO -ナルト-』にハマってからナルトとサスケを考える時、常に俵屋宗達氏の描いた屏風絵が僕の脳内には展開されておりました。上司曰く「パラパラと捲って行く様がキレイなのだ」なんですが、彼は白紙に写してそれを折り何度も捲って賞味していたと嬉しそうに僕に話してくれましたっけ。

ナルトとサスケの関係とは斯くも美しきものなのであります。朝日が昇った後に冷たく澄んだ月が空に残るように、殺伐とした日常の中でふと我に引き戻されるような美しさが二人には在るのだと、僕は思います。この世界が始まってから、この世界が終るズッと先まで変わらない「均衡」…それかこの世界そのものを形作る何かを示すかのように曇り無く美しい。だから文句の付けようがない。そこに或る「羨望」「絶望」。その意味を知る事を『NARUTO -ナルト-』は促そうとしているのかも知れません。自分が何者かを悟る。それが「アイデンティティ」(の獲得)なのだと、僕は思います。『NARUTO -ナルト-』は頑張れば大統領になれるアメリカンドリーム否定するお話。

そんな悲しい事…言うなよ。

続きます。

第671話「ナルトと六道仙人…!!」③ | BLOG TOP | 第671話「ナルトと六道仙人…!!」①

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