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第677話「無限月読」③

 
■神・樹界降誕(輪廻眼)

「この光は影をも貫き見通す…
隠れる事はできぬ…そして…」(マダラ)

(神・樹界降誕!)<パン>(マダラ)

「無限月読」の月光が世界を満たす時、全ての忍が一斉に「輪廻眼」になって行くんです。水影・メイちゃんとか木ノ葉隠れのキバ、シノ、いの…それに火影・綱手にチョウジにシカマル…ヒナタちゃんまで!!そして皆が輪廻眼になってマダラの「神・樹界降誕」に縛られてしまうんです。その前に凄く冷静で見た目以上に手練のサイや、アンタがそんなになってどうすんのよ!!的な大蛇丸…まぁ…”鷹”(旧"蛇")の有象無象は仕方ないとしても折角死んで無かったキラビとか死門・ガイとリー君…それに我愛羅までが漏れなく輪廻眼に染まってるようで力量とか覚悟の強さとかもう関係ないみたいな絶対的な干渉力が「無限月読」にはあるようで「詰めろ」ではなく「詰み」かと思いました(汗)。

しかし、微妙にテンテンの巻物に仕舞われた「六道仙人の宝具」とか、穢土転生の元火影達「無限月読」から除外されてるとか、サスケの輪廻眼(多重写輪眼…な)の”須佐能呼”が守った第七班の存在とか…何となくマトリックス(ホントは「メイトリックス」と発音)的な反抗勢力が用意されてて、ここから始まりま〜す!!みたいにも感じます(笑)。若干、大蛇丸がまんまと「輪廻眼」に堕ちてガッカリしたけど、これも「フリ」かもしれないと思わせるところが大蛇丸なれば残りますし、結果的に「全て」を得ることが大蛇丸の望みだったんですから「個」を脱し「全体」となれば同じ事なので複雑な心境ではあります。そんな事を考えてて、「ああ…それが”輪廻眼”なのだ」と僕は納得したのです。

ペイン六道で自来也は「輪廻眼」の忍に手を焼きました…と言うか殺されてしまったんですけど、自来也と闘っていたのは紛れも無く「死人」だったんです。余談ですが、その黒幕は自来也の弟子である長門で、六道の面子(メンツ)の人選に関して明らかに「恣意」(←これは別に書きたいと思っています)がありました。長門が自来也が額にクナイで傷を付けた風魔の忍を媒介にした畜生道を引っ張り出して「自来也を殺す為だ」(その為にこの体で来た…みたいな)としたのは実に意味ありげでしたけど、ペイン六道で「視野共有」を実現した「輪廻眼」「外道の術」と示されたのは(まだオビトバレしてない頃の)トビの「テイルズ六道」の行でしたっけ。そして、今回の「無限月読」「輪廻眼」とは何なのかが明確に示された気がしました。

「輪廻眼」とは繋がる為の「眼」なのだと、僕は思います。それに対して「白眼」「写輪眼」は戦う「眼」なのだとも思います。ここでもう一度、世界に「安寧秩序」を齎した六道仙人(ことハゴロモ)が提唱した「忍宗」を想い出せば「チャクラ」をどういう風に使うかの違いが「忍宗」「忍術」明確に理解できるんじゃーないでしょうか。「白眼」「写輪眼」「忍術」…つまり、繋がる為のチャクラの使い方ではありません。それに対して「外道の術」「無限月読」の示す「輪廻眼」とは繋がる為にチャクラを使っています。それって「忍宗」って事ですよね。そうなんですよ!!「無限月読」って「忍宗」を体現した「忍術」…つまりチャクラの使い方なんですよ!!

しかして、六道仙人ことハゴロモ「マダラを止めろ!!」とナルトとサスケにお願いしてるんです。マダラは「忍宗」の教え通り(?)に人と人(忍と忍)を繋げてるだけなのに…ハゴロモは「忍宗」の正当性を却下はしておりませんで、ナルトにもその有用性を誇示していましたのに…。しかし、事実として六道仙人ことハゴロモはマダラのやり方(無限月読)を否定しているんですから、「忍宗」「無限月読」似て非なるモノなのでしょう。そこんところをしっかりと考えないといけないな…と、僕は考えております。人と人が繋がるって何なんでしょうね。それが数人なのか?何億何万なのか?でも意味が違いますし…非常に悩ましい問題だけど物凄く大切だな…と、僕は思うのです。

続きまーす!!


 

時間よ止まれ(140529) | BLOG TOP | 第677話「無限月読」②

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