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”叱”


サスケの里抜けを決死の覚悟で阻止しようとしたシカマル班は、音の四人衆と君麻呂と"一忍一殺"の闘いを繰り広げ、九死に一生を得るような思いで里に戻りました。戻ったと言うか、木の葉の医療班に回収され木の葉病院に運ばれたのですが…。シカマルは木の葉病院の待ち合い室のソファーに腰を掛け、救命救急の結果を今か今かと待っています。以下、第26巻179~187頁を参照して下さい。第235話「任務失敗…!!」の後半部分です。

<イライラ><イライラ>

シカマルは多由也との闘いで、その幻術から逃れる為に自らの指を影首縛りを用いて折る痛みで回避しました。その治療された指をセカセカと揺すって焦れるのを紛らわせています。指の骨折をギブスで固定しているのに、そんなに揺すったら…とそれに輪をかけてイライラするテマリが、シカマルを制するように声をかけます。

「お前がイライラしても仕方ないだろ」(テマリ)

「…!」(シカマル)

「任務に犠牲はつきものだ…精神訓練は受けてんだろ…」(テマリ)

「………」(シカマル)

シカマルは返す言葉もないです(笑)。実戦経験はテマリの方が数段、多いのでしょう。多由也戦で、シカマルを絶体絶命にまで追い込んだ音の四人衆の一角の多由也を完封したテマリの実力は、既に上忍の風格でした。きっと、シカマルと闘った中忍試験以降、努力と精進を重ねて来た結果でしょう。

あの中忍試験では、結果的に自分が勝利したものの、勝負はシカマルのモノでありました。また、あの一戦はテマリの「今」を見ても決して小さくはない出来事であったと思われます。そして、そこで生まれたシカマルに対する興味はテマリの中で育って行った筈です。もしかしたら、砂の増援部隊が木の葉のピンチを救う作戦において、シカマルの救出はテマリの"自薦"だったんではないかと、僕は考えています。

それに、あの中忍試験での屈辱的な勝利は、テマリにとって初めての「敗北」だったのかもしれません。だから、テマリはシカマルに対してキツイ事を言ってしまうのです。少なくとも、今ここにいるテマリはシカマルに対して期待感を抱いています。だから、ここでシカマルを慰めるような言葉をかけたりはしないわけです。そして、その期待を裏切るかのように、自分の前には半ベソのシカマルが居る……。

テマリはその落差に我慢がならなかったのです。

沈黙の後、シカマルの言い訳が始まります。

「訓練と実践は違うだろ…任務がどういうもんかは分かってるし…
忍の世界がこういうもんだってのも分かってたつもりだ
オレはよ…今回の任務で初めて小隊長について…それで分かった…
オレは忍にゃ向いてねェ…」(シカマル)

「………案外モロいんだな…男のクセしやがって…」(テマリ)

「………」(シカマル)

自分を討ち負かした…賢くて強い…シカマルは何処へ行ってしまったのだ!?…とでも、テマリは言いたかったのかも知れませんね。そのくらい落胆してたと思います。でも、この場にテマリが止(とど)まっている気持ちは軽くない…筈です。それは、テマリも微妙に苛立っていることに注目すると、それがシカマルと相似形に想いを募らせていることに気付くと思います。

テマリの任務はシカマルの救出なんだとしたら、既に任務完了してますから、こうしてシカマルに付き合ってここにいる必要も無い筈なんです。しかも、外的には指の骨折だけのシカマルをケアする必要性も薄い。しかし、シカマルの心労や傷心を考えれば捨て置けない…。シカマルを独りになんてできない…。要するに、テマリはシカマルが心配で、この場にいるだけなのです。

つまり、シカマルがチョウジやネジと言った急造のシカマル班の班員を心配するように、テマリはシカマルを案じてこの場に残っているわけです。しかも、二人の心のベクトルはほとんど一緒なのにシカマルがそれにシンクロしていません。その違和感がテマリを更に苛つかせているのです。有り体に言ってしまうと、シカマルが素直じゃないんですよ。素直になれないから言い訳をしてしまうんです。

「今回、オレが小隊長として出来たことといやぁ…みんなを信じることだけだった。
オレが甘かった…力が足らなかった…全部、オレのせいだ…」(シカマル)

このもっともらしい台詞で頷いて溜飲して仕舞う人は多いと思いますが…どっこいテマリは誤魔化されないわけです。シカマルが自分の非力さを潔く認めるだけでは、何の解決にもなりはしないのです。シカマルの言い分は聞こえは良いですが、その先のない…言い訳に過ぎないです。シカマルの考えはこの場に踞(うずくま)っています。人の成長とは、倒れずに乗り越えて行った先に在る事を忘れてはならないのです。

だから…テマリは相当、ヤバい女なんです。この鋭さ…。この度量は…。こう言う女に出会うのは非常に危険なんですよ…(詳しくは次のシカマルの考察で赤裸々に…笑。男の子は心して欲しいところです)。

「傷付くのが恐いのか?」(テマリ)

「………」(シカマル)

テマリはシカマルの最も痛い部分を突いてしまった(滝汗)。この言葉の後、シカマルは立ち上がり、待ち合い室(って言うか廊下なのね)からフケようとしてしまいます。ホントは治療中の仲間が気になって仕方ないんだけど、いたたまれなくなってしまったんです。しかし、テマリも未だ若い…ですね。自分の中の想いが勝ち過ぎてシカマルの居場所を奪ってしまったんです。

二人の心の均衡を観察すると、非常に近接していると、僕は感じています。状況からして、シカマルを助けたテマリが優位に立っているだけで、ファンダメンタルな部分においては同じ高さにあると言う事です。テマリの言葉が尖っているのは、シカマルに感じる物足りなさや自分の期待に対する背信ともとれる「弱さ」に対する苛立ちでしょう。要するに、テマリはただ怒っているのです。

テマリは、シカマルを追い詰めてしまった…。

と、そこにグッドタイミングに登場するのがシカマルの父…シカクです。スゴスゴと逃げ出そうとするシカマルの襟首を捕まえるように…腹の底に力のこもった声がシカマルを捕まえて離しません。それはテマリがやったような突き放すような圧力ではなく、抗(あらが)う事の出来ない程の圧倒的な「引力」と言って良いモノだったでしょう。

「シカマルよォ…女の子に言い負かされて逃げんのか…」(シカク)

「めんどくせー口喧嘩なんかしたくねーんだよ。オレは女じゃねーからな」(シカマル)

テマリはシカマルに必要以上に要求してしまうような想いが心に巣食っているから、シカクのように説き伏せるような物言いが出来なかったのです。それは先に説明したように、二人の心の高さ(ステージ)が近接しているからで、それだと位置関係が平面的過ぎて、力の逃げ場がなくなってしまうんです。

対して、シカクは静かにシカマルを雁字搦(がんじがら)めにして行きます(笑)。シカクは明らかにシカマルを見下しているんです。俗に言う「上から目線」と言うやつです。しかし、それは大きさとも優しさとも言えるような対処(距離感)であって、愛情がそのベースに在る事は感覚的に解ると思います。

シカマルだって既にしっかりとした人格があるんだから、それが息苦しくないスペースを作ってやる。これが、これから何かを教えよう…伝えようとする時の下準備じゃないんだろうか…と、僕は考えています。技術的云々はさておき、これを「人徳」と言うのではないかと思います。

注目して欲しいのはシカクがテマリの事を「女の子」と称する以外、一別もしていない点です。実は、シカクはシカマルと同じようにテマリにも言葉を飛ばしているんです。物事を「教える」と言う行いに限定すれば、テマリも正しくは無かった。それを、シカクは教えようとしているんです。

だから、シカクはテマリを直接、見ないわけです。恐らく、このエピソードでは一度も目を合わせてはいないでしょう(シカクの登場を機にテマリの表情が微妙に変化して行きます。この嫌らしいくらい綿密な心象描写がキッシーの真骨頂です。注目してみて下さい)。つまり、(テマリがやってしまったように…)テマリを追い込んでしまうような行動をシカクは取っていない…シカクの行ないこそが、テマリに対する教えになっていると言うことです。

「ああ…けど男でも無ェ」(シカク)

シカクの教えは常にシンプルです。普段の生活でも恐らくあれこれとシカマルに要求する事はない筈です。何事も自らの行いで示す…それがシカクの行動理念であると思います。この言葉の重みはシカマルを育て上げる中で、シカクが自らの行動をもって示して来た筈です。だから、シカマルは逃げずに応えているのです。

シカクは言葉で理路整然と明解に言葉で伝えるから見過ごされてしまいそうなんですが、言葉以上に行動でより多くの事を伝えようとしていると、僕は考えています。それはシカクの生き方そのものなんだと思います。シカクの行動こそが、シカクの一番伝えたい事なんだけど、それをシカクは決して言葉にはしない筈です。何だかややこしいけど、それが「男」と言うものなのだと…。シカクはその「生き様」で主張しているんです。

「てめーはただの腰抜けだ」(シカク)

「………」(シカマル)

「お前が忍をやめても任務は続く
誰かがやらなきゃなんねーんだ
お前の仲間はまた別の隊長の下、出動するだけだ
そこで、お前の仲間は死ぬかもしれねェ…
…だが、もしその時、隊長がお前だったら…
仲間はそうならずに済むかもしれねェ…」(シカク)


シカマルが目を背けようとした現実。そして、想像できなかった将来。シカクは実に明解にそれらをシカマルに提示しています。きっと、シカクの語り口は実に淡々としていて、静かなんだと思います。その静かさが、シカマルが存在できる場所…パーソナルスペースを確保してくれているんですね。シカクがシカマルの居場所を確保してくれているのです。

パーソナルスペースってのは、物理的であったり、精神的だったりする自分を置いておける「容量」を言います。エレベーターの中とかで、急に黙り込んでしまうように、密室に閉じ込められる事で気持ちって変化するんですね。精神的にも追い詰めらるなどして、心理的なスペースを削れられると苦しかったり、逃げ出したくなったりするものなんです。

「今回を反省し、経験を生かして学べば…
任務をより完璧にこなせるかもしれねェ…
本当に仲間を大切に思うなら、逃げることを考える前に…
仲間のために、てめーがより優秀になることを考えやがれ!」(シカク)

子供に何かを教える時に、一番やっちゃいけないのが、その子の「人格の否定」だと、僕は考えています(汗)。経験はないですか?「どうして(こんな簡単なことが)出来ないんだ?!」とか、「何故、お前は(こんなに)駄目なんだ!?」とか、「どうしてこんなにバカなんだ?」なんて言った事とか、言われた事はないですか?(滝汗)自分が子供の頃に、こんな風に怒られた事はないですか?

まず、「怒る」のと「叱る」のは根本的に違う事にオトナは気付かないといけないです。そして、見過ごしてはいけないのは、子供は皆、それに気付いている点です。解ってはいなくても、子供は感じている筈です。オトナになると何故か忘れちゃうんだけど、子供の時は怒られながら、そんな不条理を噛みしめていたんです。僕はそれが凄く悔しかったから、オトナになっても忘れなかったんだと思います。

子供が間違った時に、教え導く責任をオトナは負います。

「怒る」のと「叱る」のが違うのは、「叱る」とは導く行いであるからです。導く為には「目標」が必要です。つまり、「叱る」と言う行いは「目標」、或いは「具体性を帯びた指針」が備わってはじめて完成するのです。ただ怒りに委せた圧力をかけるだけでは子供は迷ってしまいます。それは、シカマルがこの場を辞そうとしたように居場所をなくしてしまったのに似てますね(つまり、テマリは単に怒っていただけなんです)。

教え導く為に具体的な指針を示す…これをしないと、特に、心の方向の定まっていない子供などは途方に暮れてしまうわけです。だから、シカクは、シカマルが失敗したと言う現実の認識と、それを起点にした対処=「より優秀になる(なりやがれ!)」と言う具体的な指針の提示したのです。シカクは実にそれを卒なくこなしている。淀みないです。これが、ホントの意味での「叱責」と言えるのだと思います。

「それが本当の仲間ってもんだろーが、この腰抜けが!」(シカク)

奈良家において、人間には三種類しか居ない事に気付きます。一つは「男」。もう一つが「女」。そして、残りの一つが「腰抜け」です。シカクはシカマルに「男」で在れと伝えているのです。シカクの語気語調は終止一貫していて、怒気を含んではいません。それは、シカクは決して怒ってはいないからです。感情に支配されていないと言う事です。シカクはシカマルを叱っているのですから。

この一連の描写で、シカクはシカマルを自分に向けさせ、目を睨みつけたりしてはいません。確かに人の目を見てモノを言うのは大切な事ですが、それも時と場合によると、僕は思います。目を見るのは人の心に踏み込む圧力でもあります。例えば、それは心が弱っている時や、揺らいでいる時には決して最適な接し方ではない事をシカクは認識をしているのでしょう。

だから、シカクはシカマルだけでなく、テマリとも視線を合わせたりはしないのです。

シカクが立派な「男」だと感じるのは、こう言う配慮が感じられるからかも知れません。自分が優位に立った時にだけ、人の目を見て圧するような行いをシカクは好まないのでしょう。感情に支配されない冷静さが相手の居場所を奪う事を許容しないのです。"TPO"と言うか、これは優しさだと、僕は思います。もっと言えば、「自信」…。ホントに自分を信じてる人じゃないと、シカクみたいには行動できないです。

そして、シカマルが凍り付くように立ち尽くす静寂を、扉が開く音が溶かして行きます。処置室から出て来たのは綱手でした。綱手はチョウジの治療に奔走してた筈です。「あと、鹿の角、持って来な!」(26巻/175頁)と奈良家(鹿)の医療書を読みと来ながらチョウジの治療薬の配合をしていましたものね。

「もう大丈夫だ…」(綱手)

「………」<ピクン…>(シカマル)

「薬の副作用で進行し続けてた細胞の死滅を
調合した解毒薬が止めた。
今回は助かったぞ…シカク

シカマルはチョウジの事が一番心配だった筈です。チョウジが救命救急に運び込まれる一部始終もシカマルは見ていたのでしょう。当然、チョウジの容態が非常に悪いのも察知していたのでしょう。

「奈良一族秘伝の薬剤調合のマニュアルが役に立った
あれだけのモノを作り上げるのは大変だっただろう
日頃の研鑽(けんさん)の賜物(たまもの)だな」(綱手)

「どうも…」(シカク)

(薬の成分と効果…良く調べてある。さすがだな…)(26巻/174頁)

綱手は「鹿」と掛れた分厚い書物と首っ引きでチョウジの処方をしていたように思います。この時、綱手が感じた(良く調べてある)とは、シカクの研究が秋道家の「三色の丸薬」(青・黄・赤)の副作用の対処を想定していたものである事を強く感じます。シカクはチョウザに相談を受けていたのかも知れません。

シカクもまた、秋道チョウザの友であり、「イノ・シカ・チョウ」のトリオにあって死線を数多く潜ってきた仲なのだと思われます。今回の顛末を見る限りでは、チョウザは過去の闘いで「赤」の丸薬までは使わなかったのでしょうが、シカクは大切な仲間の為に、その対処については研究を続けていたんですね。シカクは日々の努力を惜しまず、積み重ねて来たわけです。それが、あの分厚い解説書なのです。

そして、綱手がシカクに伝えた「賞賛の言葉」はシカマルにも届いた事でしょう。シカクはシカマルに教えようとした「仲間のために、てめーがより優秀になることを考えやがれ!」を、ホントに実践していたのです。「言葉」ではなく「行動」でシカクはシカマルに示していたのです。その積み重ねがシカクの「教え」の本体なのです。

ここで、更に深読みするなら、シカクだってシカマルと似た言い訳をするような失敗だってあったんだろうし、チョウザやイノイチをピンチに追い込むような危険な場面に遭遇しているのかも知れません。オトナの言葉には多分に「後悔」の成分が含有されていますから、シレっとシカマルには喋ってるけど、シカクだって案外、痛痒かったりして…(笑)。

賢いシカマルにはシカクの嘘偽りのない行ない…生き様がイメージできた筈です。それがシカマルの強(こわ)ばろうとしていた心の氷を徐々に溶かして行くのです。

続いて、シズネが伝える朗報が更にシカマルを解(ほぐ)します。

「綱手様!!日向ネジ…安全ライン、確保しました!」(シズネ)

「………」(シカマル)

「それと…情報です。
つい今し方、はたけカカシとうずまきナルトの二名が帰還…
重傷を負ってはいるものの命に別状は無いそうです」(シズネ)

「………」(シカマル)

「………」(テマリ)

テマリはシカクが登場してから、一言も言葉を発していません。テマリもその闘い方やシカマルのやり取りからして、凄く頭の良い子ですが、ここでシカクがしようとしている事も、早い段階で察知しているんですね。恐らく、シカクが登場した直後?テマリはシカクの雰囲気に何かを感じています。この敏感さ。賢さ。テマリはヤバい…。つづく…(笑)。

「二人か…」(綱手)

「…シカマル。どうやら任務失敗のようだね
でも皆生きている。それが何よりだ」(綱手)

綱手が告げた「皆生きている」と言う知らせ。これが、どれ程、シカマルの心を楽にさせた事でしょうか。そして、シカマルの心に染み渡るシカクの叱責。シカクの積み上げて来た行い…人生。シカマルに諭(さと)した内容を、これまでの生活の中で続けて来たわけです。これが、シカクの生き方とであり、教え方なのです。

シカクは自分がシカマルに示せるような「男」たりえる生き方を黙々と続けて来たわけです。そして、それがシカクの凛とした雰囲気を作り出しているのです。それは、昨日今日の行いではないですから、自然と重みも出て来るのです。そして、これがシカクの自信を裏打ちしてるとも言えます。テマリはこの雰囲気を機敏に感じ取ってるのかも知れません(←しつこいけど、続く)。

そして、背中を向けたまま黙り込むシカマルの身体が小刻みに震えて行きます。ここまで寄って集(たか)って解きほぐされては、如何にシカマルと言えども堪ったものではありません(笑)。綱手にしても、シズネにしても、シカマルの自責の念を気遣っているのは明々白々。それも、必死の治療と言う実際の行動をもって示された分厚い教えでもありました。一生懸命って伝わるんだな…と思います。

その…オトナたちの優しさがシカマルの素直さを引き出しています。

オトナがしっかりしてさえいれば、子供は素直に振る舞えるのです。

その素直さこそ、シカマルの見せた涙であり、決意の言葉だったのです。

「次こそは…完璧にこなしてみせます…!」

シカクも昔、こんな風に涙を流しながら誓ったんだろうな………。
偉そうな事、言ってるけど…………まだまだまだのケルベロスです…Σ(*゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!!

第394話「サスケの勝利」 | BLOG TOP | 第393話「オレの眼…!!」

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