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第700+7話「遺伝子の奴隷」②

 
「よしてくれ……
火影隊長なんて
呼ばれたくないよ」(ヤマト)

(パパじゃねーなコイツは…)(チョウチョウ)

「なんか…
やっぱつい…
オレにとっては
ヤマト隊長だからさ」(ナルト)

「…話は先代から大体聞いてるよ
悪いがボクはここを離れられない」(ヤマト)

ヤマトヤマトさんですよね!!??頬がゲッソリとコケて、目がギョロッとしちゃってちゃんと食べてますか!?寝てますかーッ!!??カブトに拉致られて柱間細胞の根っこに埋め込まれてたから、その後遺症なんでしょうか?ま、まさかアンタまでライ○ップ結果にコミットしちゃったんかね(大金払わなくてもやせられるからねー!!僕はお酒を止めたら4週間で4キロくらい落ちたしウエストも4センチ減りましたから)。それでもナルトにしてみればヤマト「隊長」なんだね。ちなみにヤマト「先代」としているのはカカシさんだからね。ヤマトナルトの気持ちはもの凄く嬉しく感じているんだけど、ヤマト分(ぶ)を弁(わきま)えているからこういう言い方になるのね。

しかし、今もカカシヤマトホットラインは健在のようですね。何か…『NARUTO -ナルト-』が完結してから10年という年月が一気に過ぎてしまってまだ当時の空気の中に気持ちというかが取り残されている気がしています。しかし、こうして当時の出来事や想いがしっかりと継承されて息衝いている様を見るとホッとします。ヤマト四代目火影・波風ミナトの後を上手く引き継いでナルト父親の役割を見事に果たしました。それはカカシが性格的に母親だったのでハマったんだけど、そのカカシヤマトが今も仲睦まじく繋がっているというのがやはりナルトの幸せに直結していると思えて、何だか幸せな気持ちになるのであります。これはキャラがそろぞれ生きているからだと思うのです。

『NARUTO -ナルト-』に登場するキャラは漫画なので二次元の住人ではありますが、僕はそれら全てに息遣いを感じています。それぞれがこの物語の中で悩み苦しみ傷付きながらも生きているから時を重ねられる。成長している。当時既におっちゃんだったヤマトだってカカシだって(アメンボだって♫)ちゃんと成長しているんです。人は死ぬまで成長できるんです。それは考えられるという事。学べるという事です。そして、それら全てを造り出しているのが岸本斉史大先生なんだけど、僕は多大な敬意を込めて彼を「キッ神」と呼ばせて頂いております(勝手に)。ナル×ジャンを始めた頃は不遜にも「キッシー」とか呼んでいたんですけど、今にして思えば随分と神様に失礼な事をしてたなと反省しています(笑)。

「あらあら………

まさかアナタの方からまた
訪ねて来るとはね…サスケくん」<サッ>(大蛇丸)

「!?
わ…若くなってんぞ
大蛇丸?」(ナルト)

「私の事だから分かるでしょ…
いちいちその辺はつっこまなくていいの君は」(大蛇丸)

「まぁ…そりゃあ」(ナルト)

「この人が大蛇丸…!?」(サラダ)

「あら……
誰かしらこの子達は?」(大蛇丸)

(仮に…もし仮に
この人があちしの親だとしたら…
パパママどっち?)(チョウチョウ)

「ねえどっち!?サラダ」(チョウチョウ)

「ええ?」(サラダ)

そして大蛇丸の登場!!こう…シュッとしててお美しい。確かアンコに仕込んだ「天の呪印」柱間細胞を依憑(よりわら)としてサスケ解邪法印で呼び出して、あの時も大蛇丸サスケ「まさかアナタの方から…」と(か何とか)言いましたよね。それで大蛇丸は今ここで「まさかアナタの方からまた…」と宣っている訳で、キッ神のネームには毎度毎度痺れさせられる!!この物語では何一つ無駄になるような物が存在しないんではないかと思える程、全てが上手く繋がっています。僕はそれを感じる度にホントにこの世界が何処かにあってそれを週ジャンという小窓から覗いているような感覚になるのです。それをここまで見事にコンダクトするキッ神こそまさに神様だわーって重ね重ね過去の非礼を詫びたいです(笑)。

大蛇丸はまだ万華鏡を開く前の雛っこの鷹であったサスケに切り刻まれて一応死んじゃったんですけど、あれってもしかしたら不屍転生の術の一環だったんじゃないかなーって思うんです。余りにも呆気なく大蛇丸が死んでしまって、自来也も綱手も糠に釘を打つような手応えのない納得の仕方をしてましたけど、大蛇丸サスケにわざと殺られたのだとしたらサスケに毎度毎度投げかける何をか期待していたような大蛇丸のセリフが酷く納得できるのです。大蛇丸は人の死を情報生命体になることで克服したのですが、それは自分の記憶や意識、考え方そのもの一切合切全て…つまり脳に存在する情報の全てをチャクラに練り込み保存する方法を見つけ出したのだと思います。それが不屍転生の術だった。

これと似た忍術で死者を甦らせ無制限に使役できる穢土転生の術というのがありますが、ここで「穢土」に対して「浄土」という概念と、そこから召還する「魂」(御霊・みたま)の存在が提示されています。この術を考案したのは二代目火影・千住扉間で、それを何処からか引っ張って来て使い倒したのが大蛇丸でしたね。大蛇丸はここで「魂」の存在を確信した筈です。でないと穢土転生の術は扱えません。そして、これらは大蛇丸の目指す「不死」の土台になったのは確かだと僕は考えます。今回、複製(クローン)技術にスポットライトが当たっている訳ですが、穢土転生の術と合わせて大蛇丸の考案した不屍転生の術に少なからず…否…多大なる影響を与えている事でしょう。

僕は何でキッ神はチョウチョウをこんな場所に連れて来てこんな風に描かれているのかな…と考えていたんですが、チョウチョウ感じ方…特に大蛇丸に対する感じ方は注目に値すると思いました。ヤマトは出落ちだからアレで、それはそれで別で考えて欲しいんだけど(笑)。チョウチョウ「超感覚」(ップッ!!)っていうのかな?何かフツーの子と違う感じ方がその人の外見だけじゃない部分を示唆しているようで面白いです。それがまたフツーのサラダには分からなくて絶妙なボケになってて純粋に癒しであり本当だったらギスギスとしたりドロドロなお話を和ませていて助かる…。シカマルが感じていたチョウジが側に居るようにサラダも知らず知らず救われているんだろうなーって僕は思うんだなー。

続きまーす!!

 

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