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「理由」(虐殺前夜…第二夜)

     
「その写輪眼…
お前はどこまで見えている」(第380話「その面影…!!」)

「では…再現してみろ」(第383話「最終章、そして…!!」)

イタチがサスケを「うちはのアジト」に呼び出し、いよいよ二人の闘いは始まりました。それまで何度か二人の接触はあったんですが、イタチはサスケを焦らすかのように本気ではなく、その度にサスケは袖にされてましたが、「うちはのアジト」での交戦は本格的な衝突になりました。

イタチは現状では「うちは虐殺」の主犯です(笑)。サスケがイタチに復讐心を燃やすのは「うちは虐殺」の主犯であるイタチを葬り去る事がサスケの人生の目的…生きるモチベーションだったからです。だから、サスケがイタチと闘いたい気持ちは良く分かる…と言うか自然です。

しかし、サスケがイタチを追い詰めて闘うと言うのではなく、わざわざイタチが場を設け、サスケと手合わせする理由はやや希薄なところが……どうしても僕には違和感が拭えませんでした。確かに、イタチは「うちは虐殺」でサスケを生かしました。そして、その理由はイタチ自身によって語られています(第25巻/150-151頁)。

「お前が開眼すれば
オレを含め万華鏡写輪眼を扱う者は三人になる
そうなれば……クク
お前を生かしておく意味もある

今の貴様など…殺す価値もない

…愚かなる弟よ……
このオレを殺したくば恨め!憎め!
そしてみにくく生きのびるがいい………
逃げて…逃げて…生にしがみつくがいい

そして、いつかオレと同じ"眼"を持ってオレの前に来い」

つまり、イタチは自分の為にサスケを見逃したと言うのです。そして、それがサスケの万華鏡写輪眼の開眼の可能性によると説明されています。イタチはサスケが万華鏡写輪眼を開眼するので生かし、開眼した上で自分の前に来るように命じてさえいます。

そして、サスケがイタチの前に万華鏡写輪眼を持って現われる事の意味が、サスケとの交戦の中盤にイタチの口から語られました。「少し昔話をしてやろう。うちはの歴史にまつわる話だ」(第386話「新たな光…!!」)と、イタチはうちは草創期にまで遡り、かなり綿密にサスケに説明しています。

そこで語られる万華鏡写輪眼の秘密。万華鏡開眼にまつわる忌わしき条件。開眼後、使用すればする程、封印されていく運命。そして、それを打破し、更なる「高み」を目指したうちはの歴史を切々とサスケにイタチは説いているのです。

「自ら弟の両目を奪い取ったのだ
マダラは新たな光を手に入れた。
そして…もう二度とその眼の光は閉じることが無かった」

「ただし、瞳のやりとりは一族でしか行えない。
それに、この方法で誰もが新しい力を手に出来るわけではない。
これは、その後の多くの犠牲の歴史の上に築かれた事実…」

兄弟で眼を奪い合い、殺し合う…(第386話「新たな光…!!」)。それが、「うちは一族」なのだと、イタチはサスケに告げるのです。そして、同時にそれが、イタチがわざわざサスケを招き、刃を交える理由であると告げる事になりました。

「お前はオレのスペアだ!!」

イタチの目的はサスケの「眼」である(第386話「新たな光…!!」)。イタチが「真・万華鏡写輪眼」(永遠の写輪眼)を開眼する為に呼び出したと言う事の様でした。事実、イタチは執拗にサスケの眼を狙い、何度も「も、もうダメ…」と落ち込んじゃうようなシーンを僕らに提供してくれましたよね(滝汗)。

「…だが…サスケ…
お前はまだオレと同じ眼を持ってはいないようだな」

なのにイタチはサスケの非開眼を察知しています(第385話「万華鏡の秘密…!!」)。そして、これは何もこの場で解った事実なようでもないようで、これ以前にサスケに接触して確認済みの情報であったようにも感じました。その為に、イタチはサスケに接触して探ってたんでしょうし。

確かにイタチが万華鏡写輪眼を開眼していないサスケと闘うのは、そもそもイタチの言動(説明)に反します。しかし、ここでサスケがそれに反応していない事から、非開眼の写輪眼(勿論、三つ巴紋様)であれば、真・万華鏡開眼の条件を満たすんじゃ…と言う憶測を生んだりもしましたね。

しかし、それも退路を考慮しないような、ほとんど片道切符しか持たない決死行のようなイタチの闘い方に却下されました(笑)。イタチが言うように「サスケの眼を奪う」と言うなら、少なくとも自分が生き残るような戦法をとる筈ですが、それが全くの「カミカゼヤロー」でしたから(笑)、イタチがサスケと闘う理由が他に存在する事は「公然の秘密」みたいなものでした。

「本当に…強くなったな……サスケ…」

サスケの"麒麟"をイタチ最後の術"須佐能乎"(八咫鏡)で何とかしのいだイタチが(第391話「雷鳴と共に…!!」)、何とも清々しくサスケにそう告げたのが印象的でした。何だか、その姿を見た時に、僕にはイタチのしようとしてる事が見えた気がしました。

イタチにはこれまでも数々の違和感がつきまとっていました。

ま、元々、イタチの事は微塵も疑ってなかったんですがね…(笑)。ズーッとイタチの「無実」を信じてきましたから…。そして、今回のエピソードでもそれは変わらず、サスケと闘うイタチには数々の違和感が常に噎せ返るような濃度で充満していました。

やはり、一撃でサスケを殺すでもなく、ゼツが違和感を感じるような闘いを延々とイタチが続けて来たのには、明確な理由があるのは明白でした。イタチがサスケの術を一つずつ受け切るように対応して来たのは、サスケを疲弊させるのが、目的であったようです。そして、その奥に本命が潜んでいた…。

「これよ!これを待ってたのよ!
アナタのお陰でサスケくんの抑えのチャクラが消えてくれたわ!
これを機にあの子の体は私が頂く。そして…」

大蛇丸がサスから主導権を奪い返し表層に出て来たのです(第392話「須佐能乎…!!」)。「シャーッ!!」っと威勢よく"八岐の術"までくり出しますが、イタチの"須佐能乎"(十挙剣)の前に瞬殺されてしまうんですが、しつこいくらいにイタチがサスケの攻撃を受けたのは、ズバリ!!サスケの中の大蛇丸を引きずり出し…

サスケの中の大蛇丸を一掃する!!

"須佐能乎"の霊器(十挙剣と八咫鏡)を駆使した神業で、サスケからは大蛇丸の残留思念(チャクラ)や思考(陰陽の陰?)のみならず、左肩に埋め込まれた「天の呪印」すら消え失せていました。イタチはサスケをリセットしたかったんです。そして、洞窟で休む、このサスケの姿がイタチの真意であったのではないか?と、僕は考えています。

「いい流れだ。あとは…
次の脱皮で蛇のままか。それとも鷹に変わるか
見モノだ…サスケ」

週末の谷のマダラの石像の上で黄昏れるトビも(第41巻/26頁)、このサスケのリセットを期待していたかのようです。と言うか、むしろ、この状況をトビがイタチに指示(命令)した?或いは、予見していた…。それが、雨隠れのペイんと小南の顔バレの回にトビがセカセカとした雰囲気で言った…「機は熟した」(第40巻/77頁)だったのかな…と思います。

ここはかなり深い含みがあって、「虐殺前夜」の何夜目かで、それを明解に示せれば良いなと考えてて、もう少し積み上げてから<ドスン>と落としてみようと思います(笑)。ただ、イタチもトビもサスケが大蛇丸に頼った力に満足してる状況を望まなかったようです。それをトビはイタチに受け持たせた…のではないでしょうか。

「見てたならちゃんと撮ってあるんだろうな?」(トビ)

「安心シロ。全テ記録シテアル」(ゼツ)

「後でじっくりと見せてもらおう」(トビ)

トビが次に狙っているのは"須佐能乎"が所有した霊器じゃないかと、僕は考えてます(第396話「自己紹介」)。それは、自分が保有したいと言うよりは、サスケに使わせたくないと考えてるんじゃないかと思うんです。それは大蛇丸が探し求めたように、自分にとって驚異だから?!

トビの不可解な強さを打破するのは、もしかしたら、"十挙剣"や"八咫鏡"なんじゃないかと思うんです。イタチに面と向かってそれを要求しても出さないだろうし、力づくで奪うにも損得勘定で、トビならやらなそう…。それをサスケの儀式と組み合わせることで、一挙に手中の収める事ができた…如何にもトビらしい狡猾な展開にも思えてしまいます。

もっとも、そんな事もイタチには分かっていたでしょうが、それを知りつつ、ここで命がけでサスケと一戦交えたのは自分の死期を悟っての事だったのでしょう。サスケとの交戦での違和感。特にイタチの視野が著しく乱れる描写が何度も見られました。イタチには「最後っ屁」もありますしね(笑)。

そして、イタチはひと肌もふた肌も脱いでしまった…。

何故ならば、それがイタチの生き様だったからです。

だから、サスケから大蛇丸が"八岐の術"で飛び出し、その終盤で大蛇丸がその姿を現した時、イタチはこう言っています(第392話「須佐能乎…!!」)。この吐露がイタチの本当の目的を露呈したんじゃないでしょうか。つまり、万華鏡を持たないサスケの相手をイタチがした本当の理由です。

「…出るものが出たな…」

イタチはチャクラを使い果たした状態でしたから、デイダラが最後の大爆発を繰り出したような理屈…つまり、自らの命を燃やすような方式で"須佐能乎"を発動していたんじゃないかと思います。そして、その死を厭わない行動を持って、サスケから大蛇丸と言う「魔」を祓おうとしていたのです。

事実、"八岐の術"が発動された時も、イタチは「この感じ。大蛇丸の八岐の術か」と言っていて、感じてるだけなんです。それは何故かと言うと、既に視覚を失ってたんだと、僕は考えてます。眼球も万華鏡でも写輪眼でもない白目をむいたような痛々しいものでした。

「サスケ…お前の術はこれで…終わりか…?
かくしている力があるなら…出し惜しみはしなくていいぞ…」

イタチはこの前にわざとサスケの自尊心をくすぐるような物言いで、大蛇丸にサスケが縋るように誘因すらしていました。それに焦ったサスケは自棄になって大蛇丸を封じ込めていた「抑えのチャクラ」を意図的に外してしまったんです。文字通り「自棄のヤンパチ」でしたね(笑)。

でも、こう言う見下したような物言いが嫌らしく感じれれないのは、やはり、サスケを想う大きさがイタチにあるからだと思います。人の気持ちって見えるから不思議なんです。何故かは解らないけど、見える。イタチには悪意や邪気がないですよね。それはみんな解る事だと思います。

そして、呆気無く大蛇丸を封印したイタチは、ズリズリとサスケに迫ります。一応、サスケの眼をもらうなんて虚仮威しな事は言いましたが、結局、デコトンをしてサスケの足下に崩れ落ちてしまいます。そして、それが洞窟のトビとサスケの対面時に発動した"天照"のトラップの仕込みである事が解りました(第397話「真実を知る者」)。

「仕上げだ…サスケ」

この言葉の後、イタチはサスケににじり寄り、デコトンをします(第392話「須佐能乎…!!」)。今ならば解る。この言葉の意味。重さ…。優しさ。暖かさ。イタチは命がけでトビ封じのトラップを仕掛けたんですね。イタチは最後の最後まで、サスケの為に命を燃やしたのです。何も厭わなかった。

そこにはサスケに対する想いしか、もはや存在しなかった。
自分以外の為に全てをかけられる…。命だって燃やせる…。

これを「愛」と言うのだと…
イタチは…言葉ではなく、その行いで示した…のです。

そして、僕らは確かに感じた筈です。

サスケはイタチに守られていたのだと…。


 

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