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第700+9話「私が守る」④

 
<スッ…>「下がって
………サラダ」(サクラ)

<フラッ>(サクラ)

<ダッ>(サラダ)

「え!?」(ナルト)

「!?」(サクラ)


<ブン>(シン君)

(…ママは…私が…)<サッ>(サラダ)

「!?」(サクラ)

「!?」(ナルト)

「!?」(チョウチョウ)




<タン>(守る!!!)(サラダ)

<ガ>「しゃーんなろーがァ!!!」<ゴ>(サラダ)

カエルの子はカエル…と申しまして、親と子は同じように育つものです。それこそ遺伝子の為せる業(わざ)でありまして、決して鳶(とび)が鷹(たか)を生む事はない訳で、今にして思えばオビトがお面の下に顔を隠して自らを「トビ」と名乗ったのは自虐だったのかな…唯一人がその頂点に立てる写輪眼の一族悲哀に満ちた構造故の不運を呪うかの様で哀しいです。一方、おっちょこの水月がサラダと香燐の机で見つけた検体の遺伝子を照合して「香燐→サラダ」遺伝子的な繋がりが証明された事になって(ますけど…)サラダが道を踏み外しそうになってヒヤヒヤしてましたが、同じ道を歩んでてもおかしくなかったナルトがいい感じに(変なアレじゃなくて)サポって難を逃れております。

そしてキッ神の描き方悪意があるとしか思えませんが、サラダの写輪眼が敵の攻撃を見切り最小限の動きで華麗に捌(さば)き、モブキャラ・シン君クローン軍団を地面ごと蹴散らす拳一閃!!!いきなりの桜花衝会得みたいな展開で、カエルの子はカエルを見事に絵に描いてますけど…何か?(笑)これはどう見てもサスケとサクラの遺伝子だろーって声が聞こえてきます罠(笑)。ケルベロスはへそ曲がりでいつも描写やお話の流れと逆の感想を書く…みたいに自分でも思ってますけど、キッ神も相当なもんなので仕方ないかと思われます。いやー今さっき「香燐の子」って事で涙目だったサラダがここまでサスケとサクラをトレースしちゃうってどういう事!!??

あの検体って何ッ!!??

…となりますよね。ま、サラダの「香燐問題」はいい形で落とし込まれていくと思うので心配は要らないでしょう。それに、そもそもこの世界観の中では「親と子」よりも「師匠と弟子」の繋がりが描かれていやしませんか?そりゃ「血は水より濃し」なんだろうけど、あのシカクだってシカマルをアスマに託してましたもの。詳しくは「玉」(シカマルの考察)を参照してもらいたいのだけれど、この世界では子育て社会化される傾向が強くて、中でも師弟関係における師の存在がその子の人間性すら決してしまう程に大きいです。具体的にもナルトを一人の人間として立たせたのはその師匠である自来也の死でありました。あの一件こそが「忍とは何なのか?」をナルトが考え、その「答え」を見出すに至る確かな契機でありました。

なので、サラダも一緒に生活していたサクラが師匠でサラダが弟子みたいな関係性があって、知らず知らず桜花衝を伝承していた…というのでもいいかも知れないと僕は思っています。生物学的には香燐がサラダの親だけど、師としてサラダに関わったサクラの方がサラダに影響力が強いってことで、それは親以上の関係なんだよー…って事でいいと思うんですよ。事実、サラダはサクラと暮らす中で「心」を育んでいた訳で、それは未だ何者でも無かったサラダが「人」になっていったという事なのであります。親がなくとも子は育つ…っていうんですかね。しかしそれはただ身体が大きくなるだけだとダメで、ちゃんと「教育」が施されてなんぼなんだけど、僕はそこに「愛」(の本体)があるのだと思うんですね。

僕の中で「愛について」は既にはっきりとくっきりと「答え」があるんです。言語化も出来ています。それをここで書く事は容易いです。でも…そうするべきなんだろうか?疑問なのであります。僕なんかが簡単に書いていいんだろうかと思うんです。それは皆さんが気付くべき問題ではないかと僕は思うのです。教えられるべきではないと思うのです。だから僕はその「答え」の周囲を何度も何度も行き来して地面を削っているのだろうと気付きました。きっとキッ神『NARUTO -ナルト-』の中でナルト以外のキャラを描き、この作品をエッヂングのような手法で表現されたのも同じ想いではなかったのかと、こうして書きながら気付きました。書くとはそういう事なのだと気付いたのです。そして、これが考える事なのだとも…。

『NARUTO -ナルト-』とは正に「考える事」を要求する作品でありました。それが僕を魅了したこの作品の根幹でした。これはもう単なる漫画作品ではなく文学作品なんだと僕は思うんです。僕はこの作品に深く潜りました。時に刃でこの身を貫かれたり、大岩の下敷きになったり、業火に焼かれたり、それはもう痛い想いをしました。それ以上に笑い泣きもしました。こうして書きながら昔を思い起こしても涙が滲んで来ます。懐かしい。全てが懐かしいです。僕はこんなに素晴らしい作品に同じ時期に皆さんと出会えた幸せに心の底から感謝しています。何で僕がこうやって書くのか?書き続けるのか?それは僕が抱く「感謝」という気持ちが本物だからなんだろうと僕は思うんですよ。

本当に僕は感謝しているのです。僕を育ててくれた全てに。僕を教育してくれた全てに。僕に「心」を与えてくれた全てに。僕は少し前の感想でそれにしっかりと気付けたのであります。その時、僕の頭の中で除夜の鐘<ゴーン>と響くような何ともいえない感覚がありました。僕の想いというものの「芯」を絶妙に貫いた言葉。それが「恩義」でありました。それがあるから僕はこうして書いていたんだ…と僕は気付いたのであります。僕の中の言葉にならない想いに僕は「命」を与えたのだと思います。僕の「心」が見出した言葉。それは僕にとって「光明」そのものでありました。僕が僕として在る為の原理。そして書き切った感覚と共に、僕はケルベロスの成仏直面するのだけど…

このお話は後少し先に延ばさせて下さい。

第700+9話「私が守る」
ナル×ジャン ケルベロス


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