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「禁忌」(虐殺前夜…第三夜)

  
「うちは一族も元をたどれば日向一族に
その源流があると言われている」


「"白眼"てのは日向家の受け継いだ血継限界の一つで
写輪眼に似た瞳術だが…洞察眼の能力だけなら…
写輪眼をもしのぐ代物だ」

中忍試験のヒナタVSネジで(第9巻/117頁)、カカシが「うちは一族」のルーツに言及している描写が残っています。カカシは写輪眼所有者ですから、写輪眼から白眼を観ていますから、こんな物言いになるんですが、大元は「日向一族」で、「うちは一族」はそこから派生した集団であると言えます。

それが、マダラとその弟の写輪眼→万華鏡写輪眼の開眼エピソードに繋がって行きます(以下…第386話「新たな光…!!」)。

幼き頃より二人はお互いの力を高め合い、競い合った

そして二人は写輪眼を開眼し
兄弟の名は一族の中でも
特別なものになっていった

二人はさらなる瞳力の成長を求め競い合い…
兄弟は…ついに万華鏡写輪眼を開眼したのだ
それは、うちは一族始まって以来の事だった

そして兄弟はその瞳力をもって、うちはを束ね
兄のマダラがリーダーとなった

つまり、日向一族か白眼が先にありきで、少なくとも白眼の血継限界から派生した集団が「うちは一族」なのだと思います。そして、「日向一族」と「うちは一族」はこの葉隠れの里の創設により再合流したのです。その木の葉隠れの里の創設の流れもやイタチがサクっと説明してくれました。

この場合の一族はかなり不定形な存在であったと思われ、後々の分類によって便宜的に「日向」だ、「うちは」だ…と区分されているんじゃないかと思います。この場合は、血継限界の括りとして考えた方が健康的かな…と思います。


マダラはその力(真・万華鏡写輪眼)を使い
あらゆる忍一族を次々に束ねていった

そして、忍最強と謳われていた
森の千手一族と手を組み
新たな組織を設立したのだ

その組織が後に木の葉隠れとなる

第一部の描写では「日向一族」は、かなりの格式や由緒がある"名家"でありました。それに対して、「うちは一族」は警務部隊を任されるエリートではありましたが、「日向一族」のようなリスペクトはなく、写輪眼の能力や個人の優秀さに脚光が当たるものの、冷遇されている雰囲気がありました。

イタチの昔話によれば、木の葉創設に於いては森の「千手一族」とマダラの「うちは一族」が基幹的な役割を果たした事が知れますが、それから判断するなら、「日向一族」は「千手一族」に付帯する形で木の葉隠れの里に組み込まれたと考えるべきでしょう。

その後、マダラは千手一族のリーダーであった
後の初代・火影と里の方針を巡って対立

その主導権争いに敗れはしたが
マダラは今も、その瞳力と共に在り続けている

木の葉隠れが「里」と言うコミュニティの態を成すのは千手(後の初代)とマダラが「終末の谷」で一戦を交えた以降と言う事です。元々、「日向一族」は「千手一族」の側近的な役割を帯びていたか、かなり優秀な手駒であったと考えると、現在の木の葉隠れにおける「日向一族」の描写に符合すると思います。

逆に、マダラが抜けた「うちは一族」がマダラを追従する事無く、木の葉隠れの里に残ったと言う事にも判ります。しかし、それが指導者としてのマダラの力量や人間性を否定するものではない事を、「終末の谷」の石像が如実に物語っています。何も見るところのない人間であれば、あんな立派な石像は造られはしません。

そもそも、マダラが千手(初代)と対立したのは穏健派とタカ派の図式で、マダラはかなり硬直した戦闘的な野望に支配されていたのではないかと、僕は考えています。だから、里を抜けたマダラに配下に在る筈の「うちは一族」が追従しなかったのは血で血を洗うような毎日に嫌気がさし、安住の地を木の葉隠れ(=初代)に求めたんじゃないかと思います。

猿飛(三第目・火影)と接する初代の雰囲気は非常に穏やかで、歴代火影が大切にする「火の意志」が代表するように、木の葉隠れは人を非常に大切にします。特に子供を丁寧に育て守ります。実際に、自分が「マダラ」か「千手」かで二者択一を迫られれば、間違いなく「千手」を選ぶし、「うちは一族」が木の葉残留を選択したのは自然な事だと思います。

しかし、木の葉隠れに残留した「うちは一族」は警務部隊を与えられるも、逆に体制側から監視されるような痛い立場に立たされる事になったのかも知れません。問題の「うちは虐殺」にしても、木の葉隠れの里の内部で一族が一掃されるような大惨事なわけで、それがいみじくも「忍」たる者の住む里で起こった事実からは、黙殺された?とする疑念さえ浮かんでしまいます。

木の葉隠れの里の体制と「うちは一族」の温度差は「額当て」の装着状況にも現われていて、「日向一族」のネジやヒナタがもれなく装着しているのに、「うちは一族」は警務隊の分隊長の要職に在る筈のフガクですら、その身には着けていません。額当ての装着は体制に対する「マンセー度」に比例するのは知っての通りです。

新たに"暁"を組織し、その影に姿を隠してな

そして、木の葉隠れの里になるであろうコミュニティーを抜けたマダラは「暁」を発足させます。マダラが「暁」を興した気持ちは何だか良く判ります。マダラは自分がやりたい事を、誰に気兼ねする事無く、自由に成したかったのだと思います。マダラのやりたかった事。それは、ズバリ!!

『世界を征服する…』

それをペインは高らかに宣言したのです(第36巻/184頁)。これがマダラの目的。つまり、それは「暁」の精神なのです。少なくともペインはそれに賛同して、マダラに付き従っているのではないか?と、僕は考えています。しかし、ヒエラルキーとして輪廻眼と写輪眼を比べる時、どっちが上なのか迷ってしまいます。だから、ペインがマダラに服従する関係に関して何らかの理由が必要ではないかと思います。

「尾獣を使って新しい禁術兵器を造るためだ
その術、一つ使用しただけで一瞬にして大国さえも潰せる…
最大最強の禁術兵器をな」

ペインが自来也に明かした「暁」の真の目的です(第41話/89頁)。マダラはこれで「世界征服」をホントにしたいと考え、それを千手(初代)に否定されたんじゃないかな…と思うんです。で、木の葉を飛び出したけど、禁術兵器を造るにはそれなりに人手が要る。その為に「暁」を興した…それは実に自然だと思います。

そして、その禁術兵器が写輪眼とリンクしてる…と言うか、「うちは一族」がそもそも持っていた野望だったんだと思うんです。マダラが示し、一族がそれに従った。これがマダラのカリスマを分厚くしてたとも思います。しかし、千手(初代)の暖かさに絆(ほだ)されてしまった。

木の葉の子供の笑顔を見ると、それは何とも自然な感じがするんです。人は「変化」も好きだけど、「安定」も好きなのです。「安定」に片寄っても物足りないし、「変化」に片寄っても荒んでしまいますから。それって、恋愛に似てますよね(薄笑)。

でも、千手(初代)を選んだ「うちは一族」の選択は、マダラにとっては死ぬ程、辛い仕打ちだったんではないかと思います。一族が自分のカリスマに、大儀に従属してくれると信じてたとしたら、マダラのプライドはズタズタに引き裂かれたんじゃないかな…。マダラは自分を裏切った「うちは一族」を憾んだと思います。

「一人でうちはのアジトに来い」

何故だか、「うちは一族」には「アジト」が存在しました。イタチはそこにサスケを誘(いざな)い、決着を着けると言うのです。「うちはのアジト」と言う場所はサスケにもピンとくる場所であり、イタチに返す事無く納得できる場所でありました。

サスケの捜索をする木の葉小隊の描写からすると、その「アジト」は木の葉里の内部にはなく、かなり懸け離れた場所のようでした。これは「うちは一族」の木の葉隠れ以外での活動があった可能性を示す証拠であり、何らかの拠点になっていた事実を物語っているのです。

そして、サスケを待つイタチは「玉座」に腰掛け、その背後に奇怪な壁画?が飾られていました。その壁画?の中心には「狐」の文字。そして、それを囲むように八本の「渦」が描かれています。この壁画に関してはこれまでも有意なタレコミが多くあって、中でも秀逸だったのが…

「禁術兵器の設計図説」

禁術兵器の設計図

「そう…我々の目的は
例の"九尾"を含め…全てを手にする事だ!!」

第一部の最終頁で(第27巻/65頁)、ペインが言ったように「暁」は全ての尾獣を集めるのがノルマになっているんですが、あの壁画?が「九尾」を中心に、その周囲を取り囲む八本の「渦」が残り八体の「尾獣」を示すものではないかとする仮説です。

普通は「渦」が九本あって、九尾の尻尾?って考えてしまいがちなんですが、「渦」は八本ですからね。これが尾獣のチャクラを示すもので、禁術兵器の理論的な体系を示す設計図のようなものではないかと思うんです。尾獣を集めるのは特殊なチャクラを生み出す為だと考えます。

「"九尾"は最後に封印しなければならないと決められている…
でなければバランスが崩れ封印像が砕け散ると
そうリーダーが言ってました」

四尾の老人を拘束した回に(第39巻/69頁)、鬼鮫が説明していますが、それがこの壁画?に上手く符合しているように見えて仕方ないです。一尾から八尾までの尾獣のチャクラが九尾に集約し、最強のチャクラを生み出す。そして、それを万華鏡写輪眼の「三人」が変換するか、眼球をコア(信管)にしたパッケージを造る(各国に配るみたいなので)…と言うのが、僕の予想なんですが…。

そして、それが「うちはのアジト」にあった事実を考えると、「うちは一族」が禁術兵器の開発をしていた事実を物語っているんじゃないかと思うんです。もしかしたら、世界征服すら目論む一派が「うちは一族」内部にも存在したのかも知れません。それが、サスケの幼い頃(イタチと共にいた頃)にも存在していたのも、描写から読み取れる事実であります。

「十六年前―
九尾が木の葉を襲った事件は
もちろんマダラが起こしたものだ

それも四代目によって阻止されてしまった

つまり…

今のマダラは負け犬だ…

うちはの本当の高みを手にするのは奴じゃない
…あの男、マダラを超え
本当の高みへと近付くのはこのオレだ」

イタチが「九尾事件」について言及するんですが(第386話「新たな光…!!」)、九尾を失ったマダラを「負け犬」だとイタチは言ってるんじゃないかな…と思うんです。つまり、それは禁術兵器の要(かなめ)を意味すると。そして、真・万華鏡写輪眼をイタチが手に入れる事で、今度は自分がそれを為せると、サスケに身汚く伝えるのです。

うちはの「高み」とはこんなに下らないのだと…

イタチはサスケに逆説的に伝えるのです。こんな下らないものの為に「うちは一族」とは揺れ動いて来たのだと。それをイタチは見限った筈。だから、あの時、イタチは刃を突き立てた…。そして、その怒りはあの「夜」に向かった…。

「元来、うちは一族は万華鏡写輪眼の為に殺し合い…
永遠の瞳力を得るために親兄弟で殺し合い
そうして力を誇示し続けてきた汚れた一族なのだ!!

そして、その一族の中に生まれ落ちた時から
お前もこの血塗られた運命に巻き込まれている!!

さあ来い!弟よ!!

オレはお前を殺して一族かの宿命らら解放され
本当の変化を手にする!

制約を抜け、己の器から己を解き放つ!」

お前はオレと唯一無二の兄弟だ

お前の超えるべき壁として
オレはお前と共に在り続けるさ

オレたちは互いのスペアだ!!

お前はこのオレを越えることを
望み続けていた

だからこそ生かしてやる
…オレの為に

「それこそがうちはの兄弟の絆なのだ!」

イタチのあからさまな嫌らしさはサスケを煽り、自分を討たせる為の方便以外の何ものでもないと思いました。何故なら、本心でサスケの眼が欲しいだけなら、こんな前説みたいなまどろっこしい事なんかしないで、さっさとサスケを殺すと思うんです。

なのにイタチはサスケに時間を与え、自分…うちは一族の汚さを切々と説明しているんです。この行いには、サスケの眼を奪う合理性は皆無です。イタチがこんなにもサスケを煽るのは、サスケの心中を察してに他なりません。サスケは心の奥底に「兄への想い」を大切にしまっているのが、イタチには解っていたからなんですね。

「名はうちはサスケ
嫌いなものならたくさんあるが好きなものは別にない

それから夢なんて言葉で終わらす気はないが
野望はある!

一族の復興と、ある男を必ず…殺すことだ」

イタチは自分を貶める事でサスケに火を着けたのです。自分を辱め、サスケに見限らせ、本気にさせたのです。そのオスカーばりのイタチの名演技がサスケのシリーズ中のベストフェイスを引き出すのです。こんなに男らしくて、キリリとしたサスケの顔…まるで成長したみたい…ほんの一瞬でオトナになるよな凄まじい成長を、イタチは促したのです。この闘いは「割礼」の儀式にも似ている。

みんなシビレた…。僕もシビレた…。

サスケのオトナ顔(第386話「新たな光…!!」最終頁)。

「やっと…たどり着いた」

「うちは一族」は『禁忌』に、その手を染めようとしていた…?!



  

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