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「焦燥」(イタチの生き様)

  
「組織に執着し
一族に執着し
名に執着する…

それは、己を制約し
己の"噐"を決めつける
忌むべき事…

そして、未だ見ぬ…
知らぬモノを恐れ憎しむ…
愚かしき事!!」(イタチ)

「警務部隊」の三人をぶっ飛ばしたイタチが何かに憑かれるように吐き捨てた言葉です(第25巻/98頁)。この時はイタチが何を言いたいのか?余りにも漠然としてて、ピンと来なかった…ですよね。その前にヤシロ・イナビ・テッカの三人組をイタチがのしてしまったのはシスイの殺害を疑われたからでした。

イタチがシスイを兄のように慕っていたのは事実だったでしょう。恐らく、それはサスケがイタチを想うような体温だったのだと思います。もし、イタチが誰かに殺められ、在らぬ嫌疑をサスケが懸けられたとしたら、きっと同じように怒り狂ったんではないか?そう考えると、イタチは殺ってない…と思えます。

イタチさんはやってない!

ま、その程度の援護射撃しか出来ないんだけど、イタチはシスイを殺めてはいないと、僕は信じています。これは、個人的な希望に近い感情なんだけど、イタチを信じたい気持ちって、人間を信じたい気持ちに似てる…と思うんです。人間…それを"繋がり"と言い換えるのも良いかも知れません。

それに、もし、イタチがシスイを殺してしまうような人だったとするなら、イタチはサスケも生かさなかったと思うんです。あの夜に何もかも無くなってしまえば、その時点で自由になれたのに…。何もかも忘れ、また新しい人生を歩めたかも知れなかった…。それはどんなに楽な選択だったか。でも、イタチはイバラの道を選択した。

「あの夜…
奴(イタチ)がうちは一族を
皆殺しにしたのは事実だ」

マダラがサスケに語り始めた内容を真実と認定するなら(第398話「木ノ葉のはじまり」)、イタチは父も母もその手に掛けた事になる。煎餅屋のおばちゃんや、あの「警務部隊」の怒鳴り込み三人衆も…。しかし、サスケだけは「…オレの為に」(第25巻/145頁)と言う理由で殺しませんでした。

「うちは虐殺」とは木ノ葉隠れの里から下された"任務"でした…「それがイタチの真実への入り口だ」(第398話「木ノ葉のはじまり」)と言うトビの言葉を受け入れるなら、木ノ葉は「うちは一族」の存在を認められなかった事情があるのです。「うちは」を根絶やしにしたいから煎餅屋のおばさんに至るまで消去したのでしょうから。

で、あるとするなら、サスケが生き残っている事は木ノ葉にとっては承服し難い事実であったのではないでしょうか。しかし、サスケはピンピンと溌溂(はつらつ)とは言えないけど、元気にアカデミーに通い、見事卒業し下忍に承認されました(おまけに女子にはモテモテだった…)。それに関しては、特にサスケを排除しようとする動きは見当たりませんでした。

よーく考えると、イタチも「うちは虐殺」の対象にはならなかったのも変ですね。実行犯ではあったんだけど、「うちは」を根絶やしにするのが目的とするならやはりおかしい!!つまり、木ノ葉は「うちは」の血を絶やそうとは少なくとも考えてはいなかったのです(イタチとサスケのモテモテっぷりを考えると…そりゃ、何ぼでも…増やせそうだからね…黒汗)。

つまり、木ノ葉としては、血継限界としての「うちは一族」が目障りなんではなくて、それ以外の理由で「うちは」を消去してしまう必要性があったのだと考えられます。そして、そこには反社会的な行動や思想=謀反・反乱が潜んでいる事は容易に想像出来ます。或いは、うちはのアジトにあった壁画?の「禁術兵器」の開発?の疑惑とか…。他にも数多(あまた)考えられる。

ま、それはマダラの口から語られるのを期待して…。

単に実行犯になったイタチに注目して考えてみましょう。しかし、何でまたイタチ独りがその任務に就いたのかにも疑問は残ります。マダラと木ノ葉との経緯を考えると、この任務にマダラが関わる事を容認するとは考え難く、「虐殺」に対するマダラの関与はイタチとの個人的なリレーションによって成立したとの仮定を前提にしようと思います。

イタチの選抜の理由ねぇ…たとえ任務と言えども、「うちは一族」を一掃するような難義を喜んで引き受けるような忍が木ノ葉にはいなかった?同時に、何たって「うちは」ですから、写輪眼が大挙しているわけだから、この任務を任せられるスキルを有する忍もそうそういないのもあった…。そんな状況でイタチは手を挙げたのではかかったのか…。

暗殺などの特殊任務だったから、「暗部」に話が行くのは当然でしょう。そしたら、ヤマトとかカカシにも話が行ったんだろうか?でも、それだと三代目とダンゾウ、相談役の二人を合わせた四人しか知らない…事実に沿わない。

「うちは虐殺」は三代目がやる筈だった!?

もしかしたら、三代目が自分の手を汚す…て言うのを、イタチが制し、身代わりになったのでは?代わりに三代目ら四人は犯行が里に事が洩れないように、現場周辺を封殺するなど直接的な協力をした…。具体的のは、四人で協力な結界を施した…?

そして、イタチが「うちは虐殺」の対象にならなかたのは、「うちは」の不穏を木ノ葉にリークしたからなのではないでしょうか?イタチが自分で手を下す…と言うのも、一族の責任を背負うと言う意味ではイタチらしい…。

そこから、逆説的に導きだされるのが、イタチと木ノ葉の間の「取り引き」なのです。イタチはその忌むべき任務を遂行する代わりに、サスケだけは生かし、木ノ葉で面倒を見てもらえる確約を取ったのではないでしょうか。そして、その確約はサスケに「うちは一族」の闇との関わりを排除する前提があった…。

だから、イタチはフガクやミコトとも別の密約を交わし(「虐殺前夜」参照)、サスケを「うちは一族」の反体制の行動には参加させなかった。「暗部」として行動する上で、「うちは」の不穏を不問に附すような了承がフガクとの間に成っていた…。それが、あの真夜中の密談の「!!」です。

もしかしたら、イタチは「暗部」に送り込まれた「うちは」のスパイだったのではないか?と言う考えもそこにはあります。そして、結果的に「うちは一族」を裏切ったとすれば、二重スパイだった事になる。問題はイタチがいつから腹を括っていたか?…だ。で、それが…

「組織に執着し、一族に執着し、名に執着する…」

って言う、イタチのややキモ怖い喋りに合流しちゃう…と。つまり、シスイの一件を問い質(ただ)されて切れた時には、少なくとも「うちは=ヤバい!」とイタチは考えていた筈です。この時のイタチの昂り方や、鬼気迫る物言いには、焦燥ともとれる…イタチには似つかわしくない揺れを感じてしまった…。

(こ…こんなお兄さん…今まで見たこと…)

と言うように、サスケの目を持っても、異様に映ったようでしたし。イタチはこれから起こるであろう「事件」を認識していたのです。「シスイ事件」のドタバタから「うちは虐殺」は概ね1年~1年半の時間経過があるようなので、この時点では「任務」の号令は下っていなくて、予感めいたものがイタチにはあったのかな…と、僕は考えています。

イタチの時系列整理

時系図はざっくりとなんで…雰囲気程度に…(滝汗)

これまでの考察で、「うちは一族」が主要な任務からは外される傾向にあり、ややもすると「警務部隊」なんて閑職じゃなかったのか…と言う疑惑が持ち上がってもいました。それに対して「うちは一族」は明らかに背を向けている!「うちは」は現実の認識が甘い…と、イタチは言いたかったのではなかったのでしょうか?

「今より八十年も前の話だ
かつて世界は戦いの絶えない戦国時代だった

国々は自国の利権や
領土の拡大の為に争いを続けていた

その戦乱の時代
忍の組織はまだ一族単位の武装集団でしかなく
それぞれの一族は国に雇われ戦争に参加していた

そして、その数多くの忍一族の中にあって
最強と恐れられた二つの一族があった
それが我らが"うちは一族"と
"森の千手一族"と呼ばれる一族だった」(トビ)

「我ら、うちは一族は
図抜けたチャクラと写輪眼を有し
あらゆる戦闘に長けた
いわゆる戦闘一族として知れ渡っていた」

マダラの昔話はまだ始まったばかりですが、木ノ葉の草創期における「うちは一族」は確かに勢いがあったようです(第398話「木ノ葉のはじまり」)。隆盛を極めた感もあった。しかし、それは戦乱のまっ只中にある荒れた世の中での話。しかも、同じ地平には既に「国家」と言う概念の社会構造も存在しました。

そして、その国家の外に存在したであろう「一族」単位の戦闘集団は、その国家からの発注で戦闘行動を代行する傭兵のような存在でありました。生産能力がなく外貨によって生活を維持しようとする「うちは」は、危険な業務をアウトソーシングしたかった国家の思惑に乗せられてる雰囲気を感じます。しかも、「一族」は国家の中にはないようですから…何をか言わんや…です。

この非常に仄かで曖昧な気遣いの在る表現の中に、ある種の「身分構造」や「差別」のような、過去の忌むべき社会体制を、僕は感じてなりません。もしかしたら、これは忍術と言う特種技能を使う戦闘集団が有する社会的に地位や身分の低い構造的な有り様の遠回しなオブラートに包むような表現だってのではなかったのか…。

ここは現実世界の問題点とも深くリンクする部分で、それに苦しんでおられる方々も実際にいるので、これ以上の言及は避けるべきだと思います。物語的には…戦国時代の戦闘に特化された原始的な活動において確かに「うちは一族」は優れていた…それは事実だった。しかし、より高度に進化した社会においては…??…と言わざるを得ないのが実情だった。

その驕(おご)りともとれる「うちは一族」の自意識はマダラの発言の中に色濃く見え隠れしています。戦闘行動で敵に刃を振るうだけではなく、力(瞳力)に対する渇望は「大切な友」…剰(あまつさ)え、自分の肉親にまで、その魔手を延ばすまでになったのです。

イタチVSサスケの中盤でイタチがサスケの眼を執拗に狙い、身汚く吠えたイタチは、そんな「うちは一族」を象徴する為に身を挺(てい)した汚れ役を演じたわけで、あれを必死の「煽り」であったとするのは、これまでにも示して来た通りです(「虐殺前夜」参照)。そして、それと同種の考えを振り回すマダラの悪意に触れたサスケが<キッ>っと毅然とした反応を示すシーンがありましたね。

「力がモノを言う時代
オレはより強い力を求め
友も弟もこの手にかけた」(マダラ)

「………きさま…」(サスケ)

「だが、そのお陰で完全なる万華鏡を手に入れ
オレはうちはのリーダーとなった」(マダラ)

これは万華鏡→真・万華鏡の開眼のシーケンスを明確に示す描写であると思います(第398話「木ノ葉のはじまり」)。確かに「大切な友を殺すこと…」で万華鏡写輪眼は開眼し、兄弟同志で眼を奪い合う(交換)することで永遠の光…真・万華鏡写輪眼を開眼する方法である事は事実と認定するべきでしょう。

そして、トビの姿でサスケに接見するマダラは真・万華鏡の所有者と考えて良いと思うんですが、それをサスケに示してはいません。サスケに自分の素性を証明しようとした時に見せたのも三つ巴の写輪眼でした。トビの話の重さから推測するなら、見せても良いのにね…(笑)、

やはり、その不自然さが「写輪眼の本当の力が…このうちはマダラの力が」(第40巻/96頁)の威勢の良い言い訳に繋がるのでしょう。つまり、今は何らかの理由で真・万華鏡写輪眼は使えない…容れ物が仮の貌(かたち)だから?本来の姿ではないから?

それと、マダラが終末の谷で初代・柱間と大喧嘩をして里を抜けた時、どうして「うちは一族」はそれに追従しなかったのか?を考えてみたんですが、やはり、木ノ葉は居心地が良かったのかな…と思い当たりました。明日をも知れない血で血を洗うような闘いの日々と、平穏な日常が存在する定住生活を天秤にかければ大勢がマダラを見限ったのも頷(うなず)けます。

しかし、木ノ葉の体制は木ノ葉に残った「うちは一族」も良しとはせず、態の良い閑職である「警務部隊」を宛てがい、あからさまに疎外されたフシがあります。もしかしたら、一族の集落も大声では言えないような待遇だったかも知れないし…。

そして、それが「うちは一族」の不満として堆積して行った…。

また、マダラに追従するような情動を抱えた一派もあった筈で、しかし、何かの意向、或いは事情で木ノ葉に残留し、それが急進的な政治結社"道"を作った。そして、それが保守的なうちは内部の木ノ葉寄りの勢力があって、それと衝突したとしたら…。

「うちは一族」内部での潰し合い…

それが、「うちは虐殺」の真相だったんではないか?「うちは一族」の内部抗争。ミコトとフガクで違う派閥に属してたとか…。イタチはその調停に赴き、戦いに巻き込まれてしまった…。そんな世迷い言も選択肢としては存在をある程度許容される…かな…と考えています。これは、これとして…置いといて…。

何にしても、イタチは木ノ葉隠れの里での「うちは一族」の在り方には機具を抱いていました。そして、かなりイラついていたのは事実でしょう。それが、「シスイ事件」の訊問で頂点に達し、結果、切れてしまった。それが、静かな筈のイタチから激しい奔流のように流れ出した…(第25巻/102頁)。

「一族などと…
ちっぽけなモノに執着するから
本当に大切なモノを見失う…

本当の変化とは規制や制約…
予感や想像の枠に収まりきっていては出来ない」(イタチ)

この時、イタチが漏らした「大切なモノ」…。これが何なのか?ズーッと考えていました。そして、イタチにはその「本当に大切なモノ」が確かに見えていた…。そして、それがどれ程、大切かを理解していたから、それを解らない同族が腹立たしかったのです。

何より、人とは環境の生き物ですから、状況に適応する柔軟さが必要なんだけど、「組織に執着し、一族に執着し、名に執着する…」とイタチが揶揄する「うちは一族」には、その適応能力が欠如していました。

「…クク…優秀ってのも考えものさ
力を持てば孤立もするし傲慢にもなってくる
最初は望まれ求められたとしてもだ」

この言葉はイタチをして突き刺さるような周囲の視線ともとれますが、今ではもっと大きく、「うちは一族」を指した言葉だったのかな…と思います。戦国時代は望まれたのに、平和な世の中では疎外される「うちは一族」の"今"を赤裸々に…サスケに告白していたんじゃないかな…と思うんです。

「オレの"噐"は、この下らぬ一族に絶望している」

変われなかった「うちは一族」への失望…それがイタチの本心だったのだと思います(第25巻/101頁)。そうして、一族に見切りを付けたイタチが、譲れなかった存在。全てを失う結果になろうとも、守り通そうとしたモノとは…。その為に、イタチは世界中の全てと闘う決意を…した。

全ては、サスケの為に…。

イタチは荒れ狂う奔流の中で、「焦燥」と独り闘っていた…。


  

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