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「思惑」(イタチの生き様)


「あの夜…
奴がうちは一族を皆殺しにしたのは事実だ
そして、木ノ葉を抜けた」

マダラ(トビ)の「口説き」が始まっていますが(第398話「木ノ葉のはじまり」)、この流れを真実と受け止めるなら、イタチは「うちは一族」を皆殺しにした…事になります。信じたくない事ですが、マダラ(トビ)の醸す雰囲気には重さがある…。

「良い流れだ。あとは…次の脱皮で蛇のままか、
それとも鷹に変わるか。見モノだ…サスケ」

僕が未だにマダラ(トビ)のベクトルの判定を留保してるのは、非常に仄かではありますが、愛情に近い暖かみを感じるからで(第41巻/26頁~第371話「旧知…!!」)、イタチに対するやや突き放したような見切りとの対比が一層鮮明に浮き上がって、まるで「父」のように…感じてしまうのです。

「いや、聞いてもらおう
いや、お前は聞かなくてはならない!
それがお前の義務だ!」

マダラ(トビ)もサスケの身体や能力が欲しいだけなら、こんな回りくどい事はしない筈です(第397話「真実を知る者」)。ま、これが「万華鏡の儀式」だとして、それが真の目的だとするのもアリはアリだから、ややこしい…んだけど(汗)。

「…少し長い話になるが
これから話すことは全て事実だ」

そして、絶妙にサスケとの距離感を接近させつつ、徐(おもむろ)にこう語りかけた…(第398話「木ノ葉のはじまり」)。これってベテランで凄腕の少年課の刑事さんみたいな盤石さがあると思うんです。先ず対象者と「信頼」と言うパス(小道)を確保してそこから崩して行く。

こんな面倒くさい事する理由は一つ。マダラ(トビ)はサスケの「心」が欲しいんだと思います。僕がマダラ(トビ)が、サスケを口説いてる…と感じるのはこの周到さにあって、どうしても欲しい女子を落としたい時の誰かの作法に酷似しているんです…(誰かって…それは…言えない…汗)。

「心」が自分にあるのと、ないのでは、その違いって天と地ほど離れてて、「心」がない関係って、はっきり言って虚しい。例えば、気持ちってのは見えるものなんだけど、それは人の間を飛び交う「ボール」のようなものと思います。それを相手に投げたり、相手が投げたボールを受け取ったり…。

人の関係ってキャッチボールに似てるんですね。相手の投げるボールの勢いや丁寧さ(コントロール)、或いは加速度や回転。いろんな機微がそのボールには託されてるんです。それを受ける。受け止める。そして、今度は自分が相手に投げる。勿論、いろんな想いを込めて…ね。

別に、その想いを込めないでもボールは投げられます。でも、それだと在らぬ方向に向かったり、危険なものだったりします。普通は相手が受け取れるように思い遣ったり、或いは、強い弾道でもそれを受け切れる信頼感ってのもある。つまり、それは「心」がこもってるって事です。

マダラ(トビ)はその関係を構築して行きたいんだろうな…って思うんです。そして、そこには極めて近親の、もしかしたら「親」(?)とも思えるような「情」の臭いが漂っているんです。何故だろう…それを今は、明言できないけど、予感めいた空気があの洞窟には充満してる…と、僕は感じています。

「提示できる証拠はない
オレの話を信じるかどうかは
お前が決めればいい」

マダラ(トビ)がサスケにわざわざ、こう言う…気持ち(第398話「木ノ葉のはじまり」)。サスケが手を伸ばせば、マダラ(トビ)の投げたボールに指が掛かる…この絶妙な距離感に僕も絆(ほだ)されている。そこにはその人が持つ柔らかさや暖かさと言った「徳」が垣間見えます。

未だ、マダラ(トビ)の真意は掴み切れませんが、仄暗いにしても、同じ空気を吸いたくないような嫌みで、忌むような対象ではないと思う。寧ろ、興味すら在る。それが、マダラ(トビ)の動向(ベクトル)の判定を阻害してはいます。ここはもう少し描写を観察してみたいです。

で、まあ、前置き(エッ?!前置きだったの?)が長くなってしまいましたが、マダラ(トビ)はサスケを口説こうとしてて、その為には「真実」を語る必要があり、それは信じるにたる内容である…と、一応、そう言う前提で考えてみようと思います。僕もサスケと同じくらいには、マダラ(トビ)を信用しています。

「そして、木ノ葉を抜けた」

で、最初のマダラ(トビ)の台詞に戻るんですが、「うちは虐殺」はイタチが行い、その協力者がマダラ(トビ)だった…。そして、その直後、イタチは木ノ葉隠れを抜けているんです。木ノ葉の里の、恐らく「暗部」としての任務をこなしたに過ぎないイタチが、何で里を抜ける必要があったんでしょうか?

また、「うちは虐殺」の真実を知る者は、三代目・ホムラ・コハル・ダンゾウの四人のみ。極度な極秘任務であった事は確かですが、イタチはサスケに事件現場で自分の犯行である事を明かしています。そして、それが原因(サスケの供述があった?)で「うちは虐殺」がイタチの凶行と知れ渡ってしまった。

あの時、サスケに黙って逃げていればイタチも木ノ葉で暮らせたていたのではないでしょうか。現にサスケは忍者学校にも通い、普通の子供たちと何ら変わらない生活を送っていました。でも、イタチはわざとサスケを待ち伏せ、自らが犯人である事を告白しました。

例えば、犯人不明の通り魔的な犯罪だった…くらいに断定して、捜査もそこそこに迷宮入りで幕引きだって、真実を知る四人の地位を考えれば不可能じゃない筈です。また、木ノ葉隠れにおける「うちは一族」が肩身の狭い立場である仮説を受け入れれば、有耶無耶な方向にも転び易い…でしょ。

そもそも、「うちは一族」が一夜にして虐殺されてしまうような重大な事件があった割には、それ以降のイタチに対する捜査活動やサスケの監視などの描写があっても良い筈ですが、皆無と言って良いし、サスケだって自由に木ノ葉隠れで生活して、忍者学校にも通っています。

「あの夜イタチは己を殺し、任務をやり遂げたのだ」(マダラ)

「うちは虐殺」が任務であったから(第398話「木ノ葉のはじまり」)、「うちは一族」を排除してしまう必要性が木ノ葉隠れにあったのは明白。しかし、サスケを自由に生かしている事から、それは「血継限界」の問題ではなくなります。そこから、集団としての「うちは一族」の反社会(木ノ葉)的な行動の画策・準備が浮かび上がって来ます。

そして、自分の父や母も含めた一族全員を殺した(とされる…)イタチだって、木ノ葉隠れの任務をきっちりと果たしたのだし、その真実を知る…或いは命令を下した?…火影(三代目)から褒められても良いくらいなのに姿をくらました…って言うか、里を抜けた!!ここはリニアじゃないと思います。

「お前を―守るためだよ」

マダラ(トビ)の台詞がその糸口を示しているかも知れません(第397話「真実を知る者」)。これは、イタチが倒れる前に、最後の力を振り絞ってサスケの眼に"天照"を仕込んだイタチの手腕に敬意を表したものでしたが、イタチの行動の一貫性がここに集約されてるんじゃないか?と、僕は考えています。

あの夜、血まみれで倒れるフガクとミコトの骸(むくろ)を前にして、サスケに自分を事件の犯人と告げ、更には"月読"を使ってサスケに阿鼻叫喚の地獄絵図を見せた。しかし、よく考えると、イタチがサスケに対してあんなにペラペラと話して去って行く必要は全くなかった事に気付きます。

「イタチの真実は永久に闇へと消える
そして、イタチもそれを望んでいた」

イタチは真実を明かしたくはなかった…(第398話「木ノ葉のはじまり」)。つまり、イタチはサスケに対して、少なくとも「うちは虐殺」に関しては「嘘」を言っている事になります。そこにはイタチが意図するところがあったと考えられます。

あの夜、イタチがサスケにした事…「うちは一族」を皆殺しにし、父母を手に掛け、大切な友達まで殺したと告げた。そして、サスケなど殺す価値もないと殺さなかった。そして、いつかサスケに万華鏡写輪眼を手にして自分を殺しに来いと告げた…。

イタチが為したサスケとの接触に「任務」としての「うちは虐殺」に関連性と言うか、任務遂行に関する合理性はないと感じます。そこに在るのは、任務と引き換えにした木ノ葉隠れとの取引…その対価。イタチをあの凶行に駆り立てた情動。

つまり…それは…イタチの「私情」。

そのイタチの「私情」を推し量るに足る描写が残されています。木ノ葉小隊の8名がサスケを追う最中、森の中でイタチがナルトに接触するシーンです。イタチを見つけたナルトは果敢にイタチに挑みます(第40巻/123頁~第366話「兄弟」)。多少、進歩はしてるけど、ナルトはまだまだでしたけどね…(汗)。

「………何故そこまで弟にこだわる?あいつは抜け忍だろう」(イタチ)

「少なくともお前なんかより…
アイツのことを兄弟だと思ってるからだ…!!!」(ナルト)

このナルトが言い放つ(ちょっと痛くてむず痒い)言葉を聞いて、イタチの口元が緩みます。仄かに…ですが。「お前と少し話がしたいだけだ」と言うイタチにナルトも調子が狂うようでした。結局、そこで何かをナルトに告げたようでもありますが、「ど…どういうことだってばよ?」と叫ぶナルトの描写が残っているだけで、未だ明かされてはいません。

(お前はすでに幻術の中だ)

話がしたいだけ(第40巻/125頁)…と言うイタチですが、ナルトはすでに幻術の中にあると言う事は、ナルトとの接見で得たい情報は既に取得済み。つまり、ナルトがサスケを「兄弟」だと思っている…大切に想っている。イタチよりも強く!!と言うナルトの言葉で充分だと言う事なんだと思います。もう、話す必要なんかない…と言うことですよね(笑)。

同時に「抜忍」であるサスケを何故、追うのか?と言う問いには、イタチの悲哀も感じます。イタチにはそう言う「親友」が居なかった…もしかしたら…その手で殺してしまった(イタチさんはやってないけどね)…。だから、この時のナルトの言葉はイタチの胸には刺さったんではないかと思います。

そこから、湧き出してくるのがイタチがサスケを木ノ葉に残した思いやりです。イタチと木ノ葉の間には明らかに何らかの取引があった筈で、イタチが心を「鬼」にして同族を皆殺しにする代わりに、サスケだけは生かし、木ノ葉で面倒を見てもらう確約を取り付けた…と言うのが最低限、存在すると思います。

(オレも明日から忍者学校で頑張るんだ
そしたらあの父さんだってオレのこと絶対認めてくれる
兄さんみたいに期待してもらえる…)

それは、サスケがあんなに待ち望み、父・フガクに自分の存在をアピールできると(第25巻/55頁)、喜んでいた忍者学校での生活を続けさせてあげたいと、イタチが願ったからではないかと、僕は思うのです。サスケはそこで、同年代の子供らと接し、励まし合い、磨き合う…親友と出会うだろうし、素敵な恋だってする…だろう…と。

イタチはサスケの気持ちの「本質」が、父・フガクに向かっている事を知っていますから、忍者学校で一生懸命励んで、イタチのように認められる存在になる事を望んでいた筈です。既にフガクは亡き者になってはいますが、サスケのその想いを大切にしたかったのだと、僕は考えています。

そんな当たり前の、普通の生活をサスケに与えたかったのではないか?と、僕には思えてならないのです。自分には早くから周囲の期待が重くのしかかっていたから、サスケには自由で伸びやかな少年時代を与えたかった?でも、それって、兄と言うよりは…もう親に近い思い入れにも感じます。

そして、サスケにはナルトと言う「兄弟」にも匹敵するような想いを抱く「親友」ができました。あの森の接触で、イタチはそれが確認できて嬉しかったんだと思います。また、こうまで言い放つナルトをサスケが殺さなかった事に安堵したのではないでしょうか?

「最も親しい友…を殺すことだ」

「うちは虐殺」でサスケに言い残した万華鏡写輪眼の開眼条件はホントでしょう。そして、それをして来たのが「うちは一族」だあった…と、イタチはサスケに教えたかったのです。そして、その「力」をサスケの鼻っ先にぶら下げた…。イタチは、サスケにその「是非」を委ねたのです。

写輪眼を所有する「うちは一族」にとって、「親友」=「最も親しい友」とは特別な意味を持ちます。それほど大切な他人を殺す事が、より大きく強い瞳力を引き出す条件になっているのですから!!

「…無意味じゃない…オレにとってお前は最も
………親しい友になった」(サスケ)


写輪眼を示しながら…終末の谷でサスケはナルトを認めました(第25巻/165頁)。そして、一度(どころじゃないか…)は本気で殺そうと力をふるっています。しかし、本気と本気。力と力のぶつかり合いの中で、サスケはナルトを殺す事を思いとどまっています。

"忌まわしき千鳥"と"一尾螺旋丸"との衝突の光玉の中(第26巻/128頁)、ナルトの心臓?を狙い撃ったサスケに対して、サスケの額当てに傷を付けようとしたナルトの攻撃に、サスケは何かを感じたんだと思うんです。

ナルトはサスケの体に傷を付けたくなかったんです。サスケがナルトの力量を軽んじたのをナルトは我慢できなかっただけなんです。だから、サスケの額当てに傷を付けた。その振動をサスケに伝えたかっただけなんです。そして、サスケはそれを察知した。そして恥じたのです。

あの時、サスケは強がってはいたけど、ナルトの優しさが身に染みたんだと思います。そして、自分を取り戻した。サスケがナルトを想う気持ちはあの瞬間、本物になった筈です。二人はホントの大切な友達になったんですね。それは兄弟の絆よりも太く強固な繋がりだった…。

(オレは…アンタの言いなりにはならない…!
オレはオレのやり方で力を手に入れる!
オレはオレのやり方でアンタを越える!
必ずな…!!)

サスケは恥じたのです…一度でも、ナルト=最も親しい友を殺そうとした自分自身を…(第26巻/162-164頁)。そして、そのまま大蛇丸の下に堕ちて行く事になるのです。そして、このサスケの大蛇丸への堕天はイタチが演出したモノであるところに、僕は注目しています。

「何故、弱いか…足りないからだ…
…憎しみが……」(イタチ)


イタチ&鬼鮫の2マンセルの「木ノ葉強襲事件」の後のイタチとの接触で(第17巻/67頁)、弱いままのサスケをイタチが煽っています。しかも、ナルトを殊更、「四代目の遺産」と持ち上げたり「暁の至上命令」と、サスケが眼中にないような素振りでサスケに接していました。

しかし、この言葉とは裏腹にナルトには目もくれずにサスケをオコボコにして、しかもチャクラが残り少なく、連戦で消耗してるにも関わらず、"月読"まで使ってサスケを痛めつけ逃走を図ったイタチ。その行動の密度を考えると、その真意がサスケにあった可能性は高いと思います。

イタチはサスケを焦らせる為に、ナルトをダシにしたのではないでしょうか?イタチの視線がナルトに向かっている事が、サスケの自尊心を傷付ける事を、イタチは判っていて、危険を顧みずこの衝突を演出したのではないでしょうか?

そして、案の定、サスケは木ノ葉を抜けて、大蛇丸の下に走った…。これをイタチは意図し、サスケを誘因していたのではないかと…僕には思えてならないのです。あの接触の真の目的はサスケを里抜けに追い込む事だったのではいかと、僕は考えています。

「オレはお前を殺して一族の宿命から解放され本当の変化を手にする!」

結局、イタチがサスケを殺して眼を奪うようでは、今までの「うちは一族」と同じ轍を踏む事になります(第386話「新たな光…!!」)。「瞳力」への渇望が友や兄弟を殺める事で得られる忌むべき事実は確かにあったのでしょう。でも、それで力をてにしようと、それはホントの「解放」ではない…。

イタチは、それをサスケに教える為に、わざと身汚くサスケに迫ったのではないかと思うんです。サスケがイメージするイタチと最もかけ離れた姿に、サスケもとうとう切れてしまいます。そして、サスケのベストフェイスとも言うべきオトナ顔で宣言するのでした(第386話「新たな光…!!」)。

「やっと…たどり着いた」

しかし、それすらもイタチの思惑通りでありました。きっと、イタチにはサスケの「遠慮」や「躊躇」と言った機微が見えていたのでしょう。これには自来也と闘う危険をおしてもサスケを刺激したあの接触(蝦蟇口縛りの一件)と同じような雰囲気を感じます。そして、確かなイタチの意図を感じます。

結果、決死のサスケの攻撃を全て受け切り、全てを出し尽くさせて、「抑えのチャクラ」を外させ、とうとう大蛇丸を引きずり出してしまうのです。そして、待ってましたと言わんばかりにイタチは奥の手を振り翳すのでした。

「こ…この剣は!まさか…十挙剣(とつかのつるぎ)?
イタチ…アナタが隠し持って…くっ!」(大蛇丸)

「十挙剣。別名・酒刈太刀ト呼バレル封印剣デ、
突キ刺シタ者ヲ酔夢ノ幻術世界ニ永久ニ飛バシ封ジコメテシマウト言ワレル…
剣ソノモノガ封印術ヲ帯ビタ草薙剣ノ一振リダ」(ゼツ・黒)

久々に登場した大蛇丸を呆気なくイタチは一蹴してしまいます(第392話「須佐能乎…!!」)。どう考えても、イタチはこの状況を想定していました。大蛇丸も「十挙剣」を探していた事からは、自分にとっての脅威であると感じていたんではないでしょうか。つまり、「十挙剣」こそが、大蛇丸を完全に滅却する手段だったわけです。

イタチは全てをコントロールしていたのです。

もしかしたら、イタチが「暁」に入隊したのだって、大蛇丸を追い出して、サスケにその目標を向けさせる意図があったのかも知れないです。だから、大蛇丸の腕を切り落としただけで済ませた…。あの大蛇丸の暁脱退だって、イタチが仕組んだ揉め事だったのではないか…と、僕は考えています。

イタチは大蛇丸の持つ写輪眼に対する強い憧れを認識していたし、大蛇丸の知る限り、残る写輪眼はサスケだけだから。大蛇丸がサスケに呪印を与える事も、サスケの中に潜み居座るであろう未来すら、想定の範囲内だったのかも知れません。大蛇丸は人柱力に対する尾獣みたいなものでしたから(笑)。

サスケのチャクラを強化する必要があった?

九尾がマダラと誤認する程に、サスケのチャクラは大蛇丸によって強化されていたのは事実です。確かに、呪印が底上げしている状況はありましたが、それに抗する自分自身のチャクラがあってこそでもあり、後漬けのチャクラが自身のチャクラを鍛えるのはこれまでの考察でも紹介してるので読んでみて下さい(チャクラの考察)。

だから、イタチはサスケを生かし、大蛇丸を生かした。そして、サスケと大蛇丸をそれぞれ時間と労力を費やし、導き、そして、引き合せるように仕組んでいったのです。そして、大蛇丸には内緒で「十挙剣」を入手し、この時に備えていた…(第392話/「須佐能呼…!!」)。サスケが自分と闘えるまでに成長したら、大蛇丸には退去してもらえば良いですから。

「仕上げだ…サスケ」

イタチはサスケの中の「大蛇丸」を一掃してしまいました。そして、最後の力を振り絞ってマダラ(トビ)を暗殺するトラップを残すのです。全てはサスケを守る為だった。それはマダラ(トビ)が言う通りだと思います。マダラ(トビ)にはイタチの「親心」を理解できる空気感がありますから…。

マダラ(トビ)にはイタチの考えの奥底が理解できているのだと思います。だから、サスケにあんなにソフトに接する事ができるのだと思います。気持ちのベクトルはイタチと同じかも知れません。だから、マダラ(トビ)が言うイタチの気持ちは外れてはいないと思うんです。

イタチが「うちは虐殺」の真実をサスケに教えたくないのは、フガクを貶(おとし)めたくないからだと思います。「うちは一族」はそれ程の「(悪)事」を企んでいたんだと思います。そして、それはサスケの気持ちを最大限に汲んだイタチの配慮なのです。だから、任務を遂行したにも拘らず、イタチは木ノ葉を抜けたのです。

サスケはフガクに愛されたいと願っていました。そして、それが擬似的にイタチへの想いに擦り替わった錯覚のような慕情になってサスケを支配していました。そして、イタチはそれすら理解していました(第25巻/83-85頁)その上で、イタチはそれを包むようにサスケを愛していました。それがイタチの「父」とも思えるような愛情に現れているのです。

また、イタチにとって、サスケが全てだったかのように映るのは、フガクがイタチを篤く寵愛した裏返しではないかと感じています。それはイタチのフガクに対する「恩返し」とも言える心の「抗力」であり、同時にサスケの愛を一身に感じたいと願う「願望」でもあるのではないかと思います。

イタチはフガクに…
サスケを愛するように自分も愛されたいと心の底では思っていた…
のではないでしょうか。


だから…イタチはサスケに期待していたのです。フガクがサスケに気持ちを漏らしたように…。それは「何か」を託したかった…から。だから、壮絶なシミュレーションをもってサスケを煽り、辱め、導いたのです。そして、サスケはそれに応えた。そして、自分に歯向かえるまでに成長したサスケに歓喜したのです(第391話/「雷鳴と共に…!!」)。

「本当に…強くなったな……サスケ…」

サスケを強くしたい!

それが…イタチの「思惑」だった…。

  

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