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「約束」(イタチの生き様)

  
「もう片方ももらうぞ」

史上最強の兄弟喧嘩で(第42巻/157頁)、イタチは何度も何度もサスケの眼を狙いました(汗)。結果的に幻術"月読"ではあったんですが、一度はサスケの左眼を抉り取りました。そして、「これが力の差だ」(第42巻/159頁)と言いながら、専用?容器の蓋を<キュ>っと締め、サスケから奪った眼球を納めました。

その専用?容器の中にはアルコール?か水か解りませんが、液体が満たされていて、折角、手に入れた眼球が傷付いたり腐ったりしない様な役割があるんじゃないかと思います。この手回しの良さは、うちはのアジト内部の荒れ方と符合していて、眼を奪い合う歴史が「うちは」にあった事を証明しているのではないでしょうか。

眼も無造作に指で抉(えぐ)っていて、オビトの写輪眼をカカシに移植した時のように「眼軸ごと」のようではなくて、眼球のみを摘出してるようです。これは「うちは」同士にあっては、写輪眼所有者通しの奪い合いですから、基本的に眼軸は自前で良いのでしょう。この描写からもオビトが瀕死の状態で付加した「眼軸ごと」には大きな意味があった事を感じます。

サスケから奪った眼球を観察すると、三つ巴の覚醒状態を維持しています。眼球摘出のタイミングの状態が維持されるのか?それとも、写輪眼のニュートラルが覚醒状態で、黒目が変態した状態とする考えもあると思います。どっちにしても肉体から分離された眼球も写輪眼の三つ巴文様は崩れずにホールドされるようです。

「うちはの血族でないアナタが写輪眼をそこまで使いこなすとは…」

カカシの場合も、オビトが写輪眼覚醒した直後に移植しましたが、当初、二つ巴文様で、後に三つ巴にバージョンアップされています。どの時点かは描写がありませんが、きっと、カカシの溢れんばかりの才能と弛(たゆ)まぬ鍛錬の賜物と思われます。その尋常ならざる努力の跡をイタチは見抜いていましたね(第16巻/143頁)。

で、カカシの写輪眼って、常時覚醒状態の三つ巴文様なんです。写輪眼はチャクラを大量に消費してしまうので、普段は額当てで塞いでいるか、目を瞑(つむ)って負担を軽減しています。でも、それってカカシが左眼だけが写輪眼だからできる事であって、両眼だったら難しい…と言うか、無理。目を瞑ってるしかないから酷く不自由だと思います。

「"天照"までつかわされてはな…」

でも、よーく考えると、イタチって、登場シーンはほぼ100%写輪眼が三つ巴文様の覚醒状態なんです。ただ一度、自来也が繰り出した「忍法・蝦蟇口縛り」からの脱出で"天照"を使った直後を除いては…(第17巻/73頁)。でも、25巻の描写ではしっかりと黒目で、イケメンっぷりを披露しています。少なくとも「うちは虐殺」の夜までは黒目のイタチが描写されています。

逆に言うと「うちは虐殺」を機にイタチの黒目の状態はなくなり、写輪眼常時覚醒の状態がイタチのノーマルになってしまう訳です。「うちは虐殺」以降のイタチの黒目って、蝦蟇口縛り直後の変化を除くと皆無なのです。写輪眼を常時覚醒はチャクラを大量に消費するだろうに…これはイタチにあっても相当の負担であったに違いありません。

「お体に障りますよ…」

デイダラVSサスケの決着があり、雨の中に立ち尽くしてサスケの安否を気遣うイタチに鬼鮫が心配して声をかけるシーンがありました(第40巻/82頁)。第二部に入ってからは特にイタチの体調不良を心配させる描写が多くありました。四尾・熔遁の捕獲に成功した鬼鮫がイタチを軽ーくからかうような場面もありました(第39巻/67-71頁)。

イタチの描写を総合的に判断するなら、何らかの病にかかっているとしか考えられない。そして、その上で写輪眼を常時覚醒させている合理性はなく、写輪眼の覚醒がその体調不良に関係しているのでは…?と言うのが大方の見解ではありました。つまり、イタチは意図して写輪眼を覚醒させているのではなく、仕方無く覚醒させている…と言う考え方です。これは自然な展開だと思います。

「サスケ…来てはならん!」

あの夜、語調からはフガクが遺した言葉だと(第25巻/138頁)、僕は考えています。だとするなら、サスケがあの居室に突入する直前までフガクは生きていたことになります。サスケが突入した時は既にミコトに折り重なるようにフガクは倒れていましたから、殺害される直前。でも、それにしては焦ったり取り乱したりするような雰囲気ではありませんでした。

フガクは覚悟していた!!

あの時、仰向けになったミコトに覆い被さるようにフガクは倒れていました。もがき苦しんだと言うよりは穏やかな死に顔だったと思います。二人とも目を閉じ、静かに絶命しているようでした。二人が倒れた周りに、血のりがこびり着き揉み合った様な形跡は残されているのが上手く説明できませんが、サスケの突入のタイミングを考えると、フガクは静かに死んだ…無抵抗…覚悟の死だったのではないかと、僕は考えています。

イタチはフガクの両眼を奪った!!??

ミコトの上に倒れたフガクの両眼をイタチが奪ったのではないか?!と、僕は考えています。フガクの外傷の描写はなく定かではありません。口がら血が流れた痕がある程度で、それはミコトも一緒です。二人とも両眼を瞑っています。目から血は流れてはいませんから、あのカット(第25巻/139頁)からは断定できません(汗)。

イタチはフガクの「眼」を自分に移植した!!??

イタチの写輪眼常時覚醒がカカシの写輪眼と同じ理屈で恒常的に覚醒しているのではないか?と、僕は疑っているのです。その状況証拠としては、イタチの眼はこの夜を機に写輪眼が常時覚醒になった事や、原因不明の体調不良(病?)の兆候も、血縁以外の写輪眼移植に拠る拒否反応ではないか?と、思い描いているのです。

永遠の万華鏡写輪眼!
弟の眼は新しい宿主を得ることで永遠の光を手に入れたという…

そしてそればかりか変化を起こした
特有の新しい瞳術がその眼に生まれたのだ

ただし、瞳のやりとりは一族間でしか行えない
それに、この方法で誰もが新しい力を手に出来るわけではない
これは、その後の多くの犠牲の歴史の上に築かれた事実…

写輪眼のもう一つの秘密(第42巻/125頁)。「うちは」で眼球移植の実験が度重なり行われており、イタチはその情報を元に「真・万華鏡写輪眼」の覚醒について言及したものと思います。そして「この方法で誰もが新しい力を手に出来るわけではない」と言う提示が「お互いのスペア」とする「血の繋がり」を提示するものではないかと、僕は考えています。

イタチが四歳で「地獄」の戦場を彷徨い、スパイとして「うちは」に送り込まれた証言を元にすると、イタチとサスケの間に「血」の繋がりが無い可能性が考えられます。つまり、イタチはサスケともフガクとも「血縁」にないとすれば、「真・万華鏡写輪眼」の開眼条件には当てはまりません。その為に、イタチはフガクの眼を自分に載せる必要があったのではないか?と考えるに至ったのです。

「里を抜けた時より、お前と戦い死ぬ事を心に決めていたのだ
その時、お前に新しい力を与えるため…」


それが、サスケがあの居室に突入する際の刹那を上手く説明する根拠になるんじゃないかと思います。フガクもイタチの心中を察し、木ノ葉隠れの里における「うちは」の状況を把握し…覚悟した。そして、イタチと同じようにサスケの将来を考え、「力」を授ける道を選択した(第400話「地獄の中で」)。二人は同じようにサスケを想い行動したのではないか?それは愛に基づくものだった…と。

単行本の第26巻。その…55頁をご参照下さい。

フガク、サスケ、ミコト…と並んで、ホンの少し開けてイタチが立っています。これは家族写真のようでもあり、恐らくはサスケの心象風景。記憶の中の「家族」を示したものだと思います。このビジョンを見る限りでは、サスケとイタチと家族内での位置関係や距離感は明らかに異質に思います。

フガクとミコトに囲まれ、支えられるように立つサスケ。それに対して少し離れた位置…その「輪」から離れて立つイタチ。これを「家族写真」と認定して考えても良いでしょうし、或いは、サスケの心の内側を物語る「記憶」としても良い。でもどちらにしても、サスケの無意識はイタチを異質に感じているのだと思います。

フガクのサスケに対する立ち振る舞いからすると、如何にも篤いイタチへの対応も、この距離感からすれば何処か嘘臭く感じてしまいます。ミコトに至ってはイタチとの語らいすらない。サスケも無意識ではあっても、イタチとの血の繋がりに関しては違和感を抱いていたんではないでしょうか。

イタチとサスケは血の繋がりがなかった…と、僕にはどうしても思えます。そして、フガクのイタチに対する手厚い接し方が、そのよそよそしさを払拭しようとする愛し方だったとするなら、その優しさにイタチは打たれ、心から感謝したのではないかと思うんです。その余韻がイタチとサスケの関係にも垣間見えます。

イタチがサスケに「うちは虐殺」の真相を秘匿しようとしたのは、サスケの中のフガクを貶(おとし)めたくはなかったからだと思うんです。それは、サスケが失った補い切れない「喪失」に対するイタチの思いやりであり、フガクに対する感謝や敬意だったんじゃないかと……。

だとすれば…これは「愛」です。濃密な「愛」だと思うんです。

(もしかしたら)サスケの血縁でない(かも知れない)イタチが、サスケに「真・万華鏡写輪眼」を授けるには、血縁の眼が必要になると思うんです。フガクがサスケに万華鏡写輪眼の開眼条件の説明で口ごもった描写からすれば(第25巻/134頁)、それはフガクにも容易に受け入れられる内容であった筈です。フガクも万華鏡の秘密を知っていたんですね。

そして、フガクは覚悟し、静かに自分の両眼をイタチに託し、逝った…。とすれば、「サスケ…来てはならん!」(第25巻/138頁)と言った直後に倒れていた描写は不可能ではない。フガクは抵抗せず、眼を与え、そして、自ら命を絶った…?!眼を抉っただけで絶命しないかも知れないから、もしかしたら、自ら舌を噛み切った?

つまり、フガクの自害だった…?



「それがイタチの真実への入り口だ」

「あの夜…
奴がうちは一族を皆殺しにしたのは事実だ
そして、木ノ葉を抜けた」

そして
そうする事が木ノ葉から下された任務だったのだ」

マダラ(トビ)の告白は現在進行形ですが(第398話「木ノ葉のはじまり」)、イタチは「うちは虐殺」を全(まっと)うし、木ノ葉を抜けています。ここまでが任務のようですから、それ以降はイタチの自由だったと考える事にします(汗)。時系列の分析からは「うちは虐殺」以前に「暁」は存在し、イタチもその構成員として行動していたので、そのまま「暁」にその拠点を移します。

「オレも当分は一所で…体を休めなくてはならない」

万華鏡写輪眼の使用で疲弊したイタチが鬼鮫に言ったように(第17巻/73頁)、如何にイタチが強いとは言え、単独ではどうしても持久戦に弱くなってしまいます。イタチのチャクラも有限ですし、術の強度が高いので、その反動も同様に大きい。それを補うのが「暁」の2マンセルではないかと、僕は考えています。

「コイツ…とんでもないチャクラ量だ
これほどのチャクラ量を持っている奴を見たのは
ナルト以来だ」

鬼鮫をしてネジが漏らした言葉です(第29巻/48頁)。鬼鮫は尋常じゃないチャクラを有していて、カカシ程度に(つまり…充分)に強いです。余談ですが、ナルトと対比でネジが鬼鮫のチャクラ量を示したのは、鬼鮫が人柱力かも知れない可能性を感じさせますね。まだ、捕獲されていない七尾か八尾…もしかしたら、鬼鮫の中に収まっているのかもね(この説には不合理が多いですが…)。

で、そんな鬼鮫がイタチの補佐に就く。その状況はイタチにとっては有り難い事だと思います。大抵の敵は鬼鮫に面倒見させれば良いし、難敵をイタチが担当するにしても、それによる疲弊を回復する暇(いとま)を、鬼鮫に作らせる事ができます。この最強とも思える組み合わせで、任務の達成能力も向上するし、それによって生存生が高まる筈です。

だから、イタチが「暁」に身を置く事は合理性があるのです。イタチは死ぬ訳には行きませんから!!三代目や相談役の二人は兎も角、ダンゾウはサスケにとっては脅威でしたから。三代目亡き後、ダンゾウはサイにサスケ暗殺の極秘任務を与えていますし。イタチが木ノ葉や忍界で存在感を示す為に「暁」とは持って来いの「広告塔」だったのかも知れません。

「暁」って、凶悪な犯罪集団にしては異常に目立つマントに身を包んでいましたし、白昼堂々と「木ノ葉強襲事件」を起こしたり、ナルトの拉致に動き自来也相手の大立ち回りを演じた「蝦蟇口縛りの脱出劇」も、悪者の行動にしては妙にオープンで公明正大な雰囲気があります。その機微にマダラとイタチが中核になって「暁」を興した(かも知れない)意図を感じてならないのです。

イタチは木ノ葉を絶えず威嚇していた!!

イタチは木ノ葉に自分の存在を誇示し、訴え続ける必要があったのです。それはサスケを守るためです。「三代目火影に嘆願し、ダンゾウを脅して里を抜けた」(マダラ~第400話「地獄の中で」)とあるように、イタチの存在は木ノ葉にとっては「目の上のたん瘤(こぶ)」のような存在だったんでしょうね。イタチがその為に「暁」に加担(或いは企画)したのは合理性があると思います。

「オレを倒せるのは同じ"血"を持つ写輪眼使いだけだ」(イタチ)

「…サスケ………」(カカシ)

「木ノ葉強襲事件」のカカシ戦でイタチはそう言い残しています(第16巻/145頁)。「里を抜けた時より、お前と戦い死ぬ事を心に決めていたのだ」(第400話「地獄の中で」)と言うマダラ(トビ)の台詞とも符合し、体の芯が揺さぶられたものですが、この言葉からすると、イタチはサスケに殺される必要があったのです。

それは「お前に新しい力を与えるため…」(第400話「地獄の中で」)と、マダラ(トビ)が続けた事から、恐らくは万華鏡写輪眼の開眼に繋がるものでしょう。万華鏡写輪眼の開眼条件は「最も親しい友を殺す」事ですから、イタチが血縁でない事は都合が良いのです。そして、更にフガクの眼がイタチに載っているならば、その眼を万華鏡写輪眼を開眼したサスケに与える事は意味があります。

「新しい力」=「真・万華鏡写輪眼」

って事は、今、マダラ(トビ)がべったりでサスケに構ってる「万華鏡の儀式」で、サスケが落とされて万華鏡写輪眼を開眼した次のフェイズで登場するのは、イタチの死体…そこから抉り取られた眼…フガクの写輪眼??!!それが、マダラ(トビ)の想い描くサスケ懐柔のシナリオではないかと、僕は考えているのです。

「写輪眼の本当の力が…このうちはマダラの力が」

そして、そのシナリオは、トビ(マダラ?)の妙な息みに繋がる…(第40巻/96頁)。マダラ(トビ)は恐らく隻眼でしょうし、年齢敵にも100歳程度で、今どんな貌であろうとも疲弊していると考えて良いと思います。そのマダラ(トビ)が欲するサスケ。つまり…真・万華鏡写輪眼を備えた若い肉体…(マダラじゃなくてもヨダレが出ちゃいそうです…笑)。

問題はイタチとマダラのどっちがより高い所からコントロールしてるかにかかってると思います。そして、より巧妙に強かに作戦を練った方が勝ちです。もう、イタチとマダラの知恵比べの様相を呈していると言って良いですね。そして、イタチの安否は未だ断言できませんが、今はマダラがアクティブにタクトを握っている…。

「イタチのことなら何でも知っている」

マダラ(トビ)はイタチが(第397話/「真実を知る者」)、こう言い切る思い上がりに僕は懸けています(笑)。イタチのやって来たことは実際にその一部でもトレースしてみようとして、早々断念したから判るけど、それりゃもう大変の一言に尽きます。普通はできないような「滅私」ですから!そして、それが示す事こそ「完璧な愛」と言える事をオトナならば解る筈です。

「オレの眼だ…オレの…」

イタチはサスケと命懸けで向き合いました。サスケを殺さずに、サスケの全てを受け切り、須佐能呼がサスケの中に居座る「大蛇丸」(呪印)を引き剥がした。そして、尚もサスケに迫り「何か」を伝えようとしました。で、"天照"の仕込みのデコトンで崩れ落ちるように倒れるんですが、その前に言った「オレの眼だ…オレの…」(第393話/「オレの眼…!!」)。これをデコトンの「・・・・・」の呟(つぶや)きと関連させるなら…

「オレの(運んで来た)眼を使え!!」

かもね!?…そう言うシナリオをイタチはイメージしてたんじゃないか?

イタチには「うちは虐殺」以降、続けて来た「生き様」がありました。

そこにはいたたまれない様な「焦燥」があり、
分厚い愛情に裏打ちされた「思惑」があった…。
そして、マダラの手の内に移譲された「儀式」に繋がる。

そのシナリオはイタチが書いたものなのです。

それを僕は切々と示して来た…。


「ただ…お前とオレは唯一無二の兄弟だ」

イタチが「暁」のマントに袖を通すのは、サスケの為に自分が生き続ける必要があったからです(第25巻/85頁)。イタチは「暁」の構成員として活動して、自分の存在を誇示し続ける事でサスケの木ノ葉での安全を守り、同時にサスケにも生きるモチベーションを与えたのです。たとえ、今は疲れ果て、倒れてしまったとしても、イタチの「想い」は今も在るのです。

そして、もしも「血の繋がり」がなかったとしても、二人はホントの兄弟だったのだと思います。半ベソかきながら兄の背中を追いかける弟。自分の疲れなんか気にも懸けずにおんぶして歩いた兄…。強さや大きさを示し続けた…。誰が何と言おうと二人は兄弟なのです。そこには「血」よりも濃い「絆」(きずな)が存在する事に誰しも気付いてるでしょう。

信頼と思いやり…。

「愛」と言う太い太い繋がり…。

イタチは死んでなんかいない!!



「お前の超えるべき壁として
オレはお前と共に在り続けるさ
たとえ憎まれようともな…
それが兄弟ってもんだ」

それが、サスケと交わした…イタチの「約束」なのだから…。


「約束」(イタチの生き様)
ナル×ジャン ケルベロス

イタチさんは無実だ!



  

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