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"死"とは何なのか?

 
「自然と一体になるのじゃ!」(フカサク)

「ようするに死ねちゅーことじゃ」(ガマ吉)

第409話「仙術伝承…!!」の仙術修行で、フカサクが「仙術」の剛力(どデカイ蝦蟇の石像)で持ち上げる展示をした後、やや口ごもって仙術会得の勘所を伝えています。「今のナルトちゃんじゃ自然エネルギーは感じ取れん…つまり、己に取り込むのも無理じゃ」と、フカサクが言うように、フカサクは自然と一体化する事で、"自然エネルギー"を感じる事ができ、それを取り込む事が可能になると説明しています。

「自然との一体化」=「死」

まあ、少年漫画的には大自然に抱かれた自分を感じる…イメージなのかなと思いましたが、イマイチ、ナルトがピンと来ていないご様子で、それに見かねたガマ吉は通訳するように「死」と言う言葉を持ち出しています。死ぬ→土に返る→自然に戻る。それが『一体化』と言う事なのでしょうか?でも、死んだ人間は生き返らない。それを土台に不死の人外どもと闘うストーリーですから、ちょっと困る(笑)。そこの整合性の説明に苦労してるわけで…。

「チョコバニラミント」=「仙術」→「死」=「自然との一体化」

「仙術」のチャクラを説明する時に、ガマ吉は「チョコバニラミント」と言う形容を使っていまして、それが三種の”精神e”・”肉体e”・”自然e”が絡み合う様を見事にナルトにイメージさせた事から、「死」=「一体化」をどう関連づけるか?そのロジックを解析すればガマ吉の「天然の意図」が説明できるんじゃないかと思います。

「す…すげェ…」(ガマ吉)

ところで、ガマ吉はフカサクが剛力を振るう描写で、フカサクが感じ、集めた"自然エネルギー"の量に驚きを示しています。つまり、ガマ吉にはリアルタイムでフカサクに集まる"自然エネルギー"が見えてたわけです。と言う事は、ガマ吉もこの「死」を経験してるんでしょう。それで"自然エネルギー"が見える(ま、蝦蟇だから普通に最初から見える…のも残されるけど)。見えるから取り込める…。

だから、「死」と言ってもホントに死んじゃうわけじゃないようですね。何故なら、ガマ吉は生きてますし、死んだ者は生き返らないから、自来也の死を悼み悲しんでるわけで…今、現に生きているガマ吉は一度も死んでいない事が認定されます(笑)。"暁"が人外過ぎるからややこしいんだけど、ガマ吉が言う「死ぬ」って言うのはイメージ優先の「死んだみたいな…」って言う状態だと考えて良いと思います。

たとえば…赤ちゃんって寝る前にぐずって泣きますよね。あれって赤ちゃんの認識として、眠る事と死に事が非常に近いから怖いのだと分析があります。生まれて間もない乳飲み子には原始の記憶があって、考えと言うよりは本能で生きていて、目を閉じ、思考を止め、動かなくなる…「眠り」を「死」と同義に感じる傾向があるようです。

確かに眠っていると動かないし、そりゃ息はしてるけど、積極的に意思を持って行動するわけじゃないし、起きてる時よりは寝てる方が死んだ状態には近いと、普通に思います。僕も赤ちゃんの時の記憶はさすがにないけど、眠るのが怖かった本能や原始の記憶に支配されてる頃があったのかな…(遠い目)。僕も泣いたの…?。子守唄を歌ってもらったのかな?

きっと、赤ちゃんにとって「死」は非常に切迫した恐怖だったんでしょう。そして、眠りがもたらす「闇」はその恐怖を煽った…。あんな風に泣きじゃくるのは、小さくか細い命の赤ちゃんには相当に怖かったんだろうな…と思います。その原始の恐怖を重く見るならば、「眠り」と「死」は酷似しているのだと、考えられるのではないか…と。

「死」を「陰陽論」を用いて解釈すると…「肉体」(陽)と「精神」(陰)が分離される状態とされていまして、睡眠状態で、「肉体」と「精神」がそれに近い状態にある(ありそうな…)のは思うところはあります。夢で全然知らないところを旅したり、死んだ人に逢えたり…あれって、「精神」だけが何処かに飛んで行ってるイメージが普通に僕にはありました。

それで、陰陽論的に「睡眠」ってのはどんな状態なのか?を調べたんですが見つからなかった(滝汗)。でも、人が眠る夜は「陰」であり、それが「陽」である肉体の対極の「陰」である精神を解き放つ状況を作っているとすれば、肉体と精神の分離=「死」と近似する領域に「眠り」が在るとする考えも、僕にはかなり受け入れられるのです。

そんな風に「死」と言う状態を考えると、眠るのに近いのかな…と。つまり、夢を見るように「魂」を根幹とする精神が時空や事象の中を漂う体験をする事で、"自然エネルギー"を感じるスキルを得る事が可能になるのかな…と徐々に考えています。きっと、魂がある程度自由に肉体を離れるような「死」に似た体験を経験する事で変革する生き物なのかも知れません。実際に臨死体験で世界観や人生観が大きく変貌を遂げたと言うのを聞いた事ありますよね。

それが、ガマ吉の言う「死ねちゅう…」じゃないかと、僕は考えています。ナルトは何らかの「法」か「術」で眠るように精神(陰)と肉体(陽)を分けられる。そして、肉体を離れた精神が時空を彷徨(さまよ)い、森羅万象に触れる。その宇宙の根幹に触れるような体験の中で、自然とか、生きとし生けるものの想いを感じる機会を与えられるんじゃないかしら。そして、壮大な時空の旅…大いなる夢をナルトが見れたら良いなと思うんです。

ナルトには「夢」を見てもらいたい…。

きっと、ナルトはこれまで…独りの生活だった筈です。アカデミーの頃も、下忍になった以降も、灯りのない部屋に帰って、迎える声も無い。カップ麺を独りで啜った。生まれて間もなく九尾がナルトを完全な無にしてしまった筈だから…。父の力強さも、母の柔らかさも、何もかも知らない…ままです。暖かい家庭も…。しかし、三代目の走馬灯の「おくるみ」(第14巻/95頁)には仄かではありますが愛に満ちた記憶も感じました…。

それを、ただ忘れてるだけ…(僕らと同じように…)。

ナルトが「法」や「術」をもって「死」に等しいような肉体の陰陽分離を体験する事で、今度は逆にその恐怖を和らげてくれたであろう過去の微かな"残り香"に触れるチャンスがやって来るんじゃないか…時空の狭間に見え隠れするナルトの歴史…生い立ち。その始まりの九尾事件。ミナトの勇姿。クシナの庇(かば)い手…。そんなナルトのデジャヴが描かれれば、ナルト自身の欠損部分が補完されるんじゃないかと期待しちゃうんです。

もう「仙術」なんかそっちのけだけどね(笑)。

その浮遊が…ナルトが「眠り」を「死」と誤認し泣きじゃくった赤ん坊の記憶に想い出させる事になれば良いなと思うんです。そして、ホントは無かったんじゃなくて忘れてるんだと…気付く…その瞬間、ナルトを清らかなおくるみに包み、眠り(=恐怖=死)を忘れさせようと揺さぶり、優しく暖かい声で子守唄を歌ってくれたお母さん…クシナの想いと触れ合うような体験(=夢)になれば…僕は凄く嬉しい。

それは…「八卦の封印式」の奥底に埋没した記憶の筈だから…。

小刻みに、あと一つ…第409話「仙術伝承…!!」の疑問(その参)

 
 

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