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第410話「雲雷峡の闘い!!」

  
扉絵…里の風間に紡ぎゆく、永久に繋がれ師弟の絆

右から左に…三代目火影・猿飛→三忍・自来也→四代目火影・波風ミナト→はたけカカシ→うずまきナルト…ナルトってよーく考えるとすっごい師匠の弟子なんですね。それに直接、自来也に師事してるから、ミナトとも兄弟弟子の関係になるし…一応(笑)。ちょっと怖いのは、この面々で残っているのがカカシさんとナルトのみ。後の方々はもうみんな…。怖いので、これ以上考えないようにしましょう。

さて、雲雷峡の「"鷹"VSロイク」。

「こいつはオレが捕まえる
水月は右。重吾は左。香燐はオレの後ろにつけ」(サスケ)

「んー…そうだな」(ロイク)

雲雷峡の描写で出てくるグルグル巻きの龍って、階段の手すり?のモチーフだったんですね。階段が例の洞窟の入り口になっているであろう小屋に繋がっていて、それが斜面と平行になっていることから、雲雷峡の多分、とんがり帽子みたいな山はかなりの大きさがあると考えて良いでしょう。雷忍を尋問したエピソードの描写ではとんがり帽子の山々は小さかったから、それと対比すると、ここは相当に大きい。きっと、非常に目立つランドマークなんじゃないでしょうか。

「話の最 途 大告だ
ばかやろうこのやろう!」(ロイク)

ロイクのキャラ設定がだんだん見えてきたんですが、やはり黒人(B)系のヒッポホップなノリのオッチャンみたいですね。台詞がラップになっていて、韻もちゃんと踏んでいる。"鷹"の圧力の前でも余裕と言う事でしょうか。太い腕は剣の柄(グリップ)に手を添えるようでもなく、腕組みされたまま。背中の剣は何回数えても7本のままだし…(笑)。

ここで、余裕のロイクに突然、水月が突入します。首斬り包丁の居合い斬り的な抜刀術なのか、エクステンションの柄(グリップ)を付けずに刃を袈裟掛けに振り下ろしますが、ロイクは不動で静観の構え。腕組みのままで間合いは一足一刀の内に入ります。実は殺陣(たて)的には水月の突っ込みは接近し過ぎ。敵のカウンターを浴びたらお仕舞いです。

「人柱力は殺したらダメだって
"暁"の奴らが言ってただろう水月」(重吾)

「大丈夫だ。奴のチャクラはちゃんと感じる」(香燐)

「ったくハデな陽動だぜ」(香燐)

オーガニックな重吾の台詞でも解るんだけど、水月には殺意がなかった筈です。人柱力の確保は生け捕りが原則。これはこれまでも散々、提示されて来た条件だったので、ロイクを一応は人柱力と認定するなら妥当な攻撃と言えます。しかし、サスケも水月の斬り込みに同調して動いてるんですが、<ドウ>っと、爆発とも思える粉塵が上がりサスケも手が出せなかった。

香燐が呆れるように陽動にしては大き過ぎた。水月の勝ち気で自己顕示の強い性格が良く出ていると思います。ロイクも自己顕示の権化のような性格付けですから、それと同系統の水月が敵対意識をメラメラと燃やすのは何だか判ります。って言うか、水月…可愛い。この場合の自己顕示ってサスケに対する気持ちだからね。

オレ様につっこんでいいのはオレだけだ♪
すっこんでろばかやろうパンチぶっこむぜばかやろう♪」(ロイク)

「く!」(水月)

ロイクの真剣白羽取り。結構、ギリギリなんすけど…。しかし、単なる斬撃の結果が爆発になって、しかもロイクが無事って事は、物理攻撃の運動エネルギーをロイクが外に変換して逃がしたと考えられます。通常の受けとしては、敵の刃を躱すか、方向をちょこっと逸らすような"いなし"が一般的で、こんな風に真正面に受け止めるのは危険性が大き過ぎます。

ロイクのラップは「疑問」行きでーす!!(笑)

この受け方もロイクの筋肉量の誇示とするのも良いんですが、それだけだと足りない…どう考えても(笑)。個人的に「チャクラ=精神エネルギー+身体エネルギー」ですから、これが可逆可能な状況を想定しています。モーター=ジェネレーター(発電機)みたいな図式で、筋肉の動きがチャクラに変換→放出されないと、この描写は説明できない。

そして、ロイクは水月の首斬り包丁は奪い、投げ飛ばします。刀を奪われる…これは剣士にとっては最上級の屈辱なんです。水月は間合いもなくなり、無手になってしまってますから、ロイクは攻め放題なんですが、どうも追撃はしない模様。取り敢えず、みんなの攻撃を一通り受け切ってみせて、自分の力を見せたいようですね。

「水月さがれ…」(重吾)

ロハスな重吾の血が騒ぐのでしょうか?ちょっと行っちゃった目つきで前にでます。普段は猫のように大人しくて、雲隠れに入ってからは深い自然の中で平穏を享受していた重吾ですが、ロイクの「力」に衝動が抑え切れなくなったんでしょうね。普段、静かで切れると手がつけられないって怖い…って言うか、嫌い。いつ切れるかビクビクしてないといけないからね。水月の方が判り易くて良いかもね。

一方、場面は変わって妙木山の修行シーン。

「死ね!?」(ナルト)

「自然と一体になることがどうして死ぬことになるんだってばよ?」(ナルト)

「ガマ吉。死ねとは何じゃ死ねとは?
変な例えを出すな!」(フカサク)


「だって…」(ガマ吉)

「安心せい。実際にナルトちゃんが死ぬ訳じゃありゃへん」(フカサク)

「ワシの話を最後まで聞け
順を追って話すけんの」(ナルト)

「……」(ガマ吉)

「今週号の疑問」で「死」について考えてみたんですが、ガマ吉の言う「死」と僕の感じた「死」がちょっと違ったみたいですね(笑)。フカサクにもガマ吉の比喩はしっくり来ないみたいで、軌道修正をしようとしています。しかし、そのフカサクにガマ吉は不服そうです。二人とも自然エネルギーのとり込みに関しては出来るわけで、レベルの差こそあれ同質の理解がある。要はその説明の仕方で食い違ってるだけであって、同じ物事を捉えている。「表現」って難しいんですね。

「自然エネルギーを己に取り込むというのは
それを感じ取り己に吸い寄せることが
できるようになるということじゃ

さらに自然と一体になることで
自然エネルギーの身体への出入りを
自由にコントロールできるようにもなる」(フカサク)

仙術チャクラの流れ

「……」(ナルト)

こう言う説明ではナルトには判らないから、ガマ吉がしゃしゃり出てしまったんですが、案の定、ナルトは別の国の人になってしまった(笑)。考えてみれば、未だ下忍のまま。ナルトに難しい話をどうこうするのは無粋です。それからすると、自来也がナルトに螺旋丸を教えたのは驚きに値します。カカシもナルトの実際を見るに付け不思議がってましたよね。

「修行の内容を具体的に言うとじゃな」(フカサク)

「うん!うん!」(ナルト)

いよいよナルトの望む…理解できそうな核心に踏み込むのか?

「"動くな"」(フカサク)

「……」(ナルト)

「は?」(ナルト)

しかし、増々、ナルトには理解不能な状況?(笑)

「自然エネルギーは動物としての流れを止め
自然の流れと調和した時に初めて感じ取ることができる」(フカサク)

「つまり…動かなきゃいいのか?
なんかカンタンそうだなソレ?」(ナルト)

「ナルト。お前分かっとらんの…」(ガマ吉)

「フッ…動物にとって動かずにいることが一番辛いんじゃ」(フカサク)

「極意」ってのはシンプルが故に「極意」たり得るわけで、何事も究極的に研ぎ澄ました結果とは「アレッ?!」っと思うくらいのっぺりした風情で簡単な構造なのです。そして、それを理解するフカサクとガマ吉にはそれに達する為の果てしない道程が思い浮かべられるので、重苦しく見える。それを一週間でやろうってんだから、そりゃ冷たい汗も流れるってもんです(笑)。

多分、瞑想とか座禅とかをして、「明鏡止水」に至るような精神的な修練をイメージしてるんでしょうが、やはりその境地に至るにはそれなりの時間が必要なのでしょう。逆に一朝一夕で成るのであれば仙術の使用者がもっと沢山いても良い筈で、結局、習得至難は変わらない。でも、何でこの切迫した場面でフカサクはナルトに「仙術」を伝授しようと言うんでしょうか。これも…ちょっと疑問だ…(笑)。

「跳んだり走ったり力入れてチャクラ練ったり…
そんな授業ならやったけど…動くなって…
いまいちピンとこない修行法だな…
でもそれで自然エネルギーってのが取り込めるんだな」(ナルト)

「あんまり時間かけらんねーのは知ってんだろう!
なんかいい方法はねーのか?」(ナルト)

「ないこともないんじゃけどの…」(フカサク)

「何?」(ナルト)

「この後ろの滝…妙木山秘伝の蝦蟇油じゃ」(フカサク)

「ガマ油?」(ナルト)

「ちょいこっち来て片手を出してみ」(フカサク)

「?」(ナルト)

「ほい」(ナルト)

「これでどうなんの?」(ナルト)

「このガマ油は自然エネルギーを引き寄せる力がある
修行の手助けをするものじゃ」(フカサク)

「おお!便利なのあんじゃん!
…確かに何か肌で感じる気がする」(ナルト)

「この油を身体にぬりつければ
そこから自然エネルギーが体に入ってくるんじゃ

そうすればだんだんと
自然エネルギーを肌で感じるようになる

これは感覚を掴むきっかけをつくるものじゃ
いずれは油がなくてもできるようになってくるが…

だだし、リスクもある…」(フカサク)

「!?」<ズズ……>(ナルト)

それでもペインの追撃に備えて何とか修行しないといけないし、ペインの検死の結果判定が1週間程度と言う事で、勝手に修行期間を1週間と決めつけてるんですけど(笑)、フカサクの木ノ葉を発つ時の描写の分析(今週号の疑問参照)から、ペインを木ノ葉をスルーさせ、妙木山に誘い込むような作戦をフカサクがとっている可能性を感じますから(ゼツがお昼寝してたらアウトだから!!)、「迷いの山」でペインを1週間は足止めできると踏んでるんじゃないでしょうか。

で、この気が遠くなるような修行をインスタントに補助する手段が出て来ましたね(笑)。何せ「極意」ですからね。その修得ですから、このくらいのショートカットがなければ成り立たない。でも、多重影分身じゃなくて良かった(笑)。自来也もきっとこの油を体に塗って修行したんでしょうね。あの額当ての「油」ってこの修行をリスペクト(或いは自戒?)してるのかも知れませんね。

でも、この「油」にはリスクがある。そう蛙になっちゃう!!ナルトの仙人モードの予想をみんなしてて、ナルトの蛙っぽい変化(へんげ)って一応に拒否反応があったし、僕も嫌だった(笑)。ナルトが隈取(くまどり)入れて闘うってのも僕は嫌だったし…実は。隈取って「血の涙」だからね。ナルトに「涙」=「後悔」は似合わないと思ってるもんですから。

でも、油を塗ったナルトが思いっ切り蝦蟇の姿に変わって行くんです。右眼なんか仙人モードの自来也みたくなってるし…(滝汗)。利き腕の右手も蛙っぽくなって水かきとか付いてるしーッ!!腕にちょこっと塗っただけなのに思いっ切り利き過ぎ。でも、ナルトは自然エネルギーを感じてたみたいだし、修行の取っ掛かりには有効そうですね。

「ギャー!!」(ナルト)

「自然エネルギーコントロールが未熟な者に使うと
蛙になっていく」(フカサク)


「ギャー助けてー!!」(ナルト)

「イギャー!!」(ナルト)

「いってー!な…何すん」(ナルト)

「!」(ナルト)

「も…もどった」(ナルト)

蛙になりそうになるナルトをフカサクは座禅の時にお坊さんが背中(首の付け根)をビシッと叩く板きれを呼び出して、ナルトの背中を強か打ち伏せます。ペインの血刀かとビクッとしたんですが、黒いけど板っぽいし、突き立てるのではなく叩くような使い方だし、ナルトも痛がってるだけなので安心しました。

「全てはバランスじゃ
精神エネルギーと身体エネルギーは忍術チャクラで
練り慣れとるからバランスはとれるだろうがの
そこに外からの自然エネルギーもバランスよく練り込むのは
至難の業じゃ」(フカサク)

「少なすぎれば仙術チャクラはできん。かと言って多すぎれば
自然エネルギーにとり込まれて蛙になってしまう」(フカサク)


ま、これくらいのリスクがないと狡過ぎますからね(笑)。そして、注目したいのはフカサクの仙術チャクラの各エネルギーの配分量の説明。これによれば各エネルギーは均等に配合されるようです。つまり、先週の疑問で考察した「忍術:仙術=2:3」で1.5倍のチャクラ量が確定します。それを「大幅にパワーアップ」とフカサクが示す事から、「仙術」においては、チャクラ量ではなく「強さ」が格段に向上すると考えるべきかも知れません。

「多少とり込みすぎたぐらいなら元にもどすこともできるがの
自然エネルギーを大幅にとり込みすぎたら
蛙になったまま二度とは元にはもどれんようになる」(フカサク)

<ゴクリ>(ナルト)

「さっき死ぬっつったのは
人として死ぬかもしれんつーことじゃ」(ガマ吉)

「蛙になったものはさらに自然の一部になってしまうのじゃ…
かつての失敗した修行者のなれの果てが目の前の石像じゃ」(フカサク)

「これ全部…」(ナルト)

蝦蟇の油の滝の修行場の辺りを埋め尽くす蝦蟇の石像たち。それは修行に失敗した忍?の成れの果てだったようです(笑)。ガマ吉のガタイと対比してみてもかなり大型なので、元々はナルト程度のサイズだったんだろうけど、自然エネルギーを取り込みすぎて肥大化しちゃったんじゃないでしょうか。

そして、石化するのは「死」=「自然」=「動かない」とする自然エネルギーの考え方に符合する部分です。ガマ吉の言いたいのがこれで、動かない修行と同様に、動物にとっての「死」とは動きを止める事と言える。そして、それを赤ちゃんは「眠り」と誤認した。ここには人の原始的な記憶が関係していると思い込んでいるケルベロスです(笑)。

「ま…少しは安心せい…わしがついとるし
このハタキ棒は自然エネルギーを外へたたき出すものじゃ」(フカサク)

「ナルトちゃんが蛙に変化していくようなら
わしがこれでちくいちたたき直してやるけんの」(フカサク)

「……」(ナルト)

フカサクはそうナルトに告げながら自来也を思い出していた事でしょう。僕の想定では、綱手に相手にされず、大蛇丸には置いて行かれ、前途を悲観して放浪した若かりし頃。丁度ナルトくらいの年頃か、少し幼い年頃だったのかな…と思います。その面影をフカサクはナルトに感じているんじゃないでしょうか。或いはミナトの事だって…。

フカサクが言った言葉は自来也も聞いてるんじゃないかと思うんです。フカサクはまだ幼い自来也にこう言って安心させた。迷い込んだか召還されたかは置いといて、自来也は酷く不安がったんじゃないでしょうか?フカサクはフカサクで「予言」の監視役として自分の行動の重さや、自来也の行く末の悲壮さを知っていましたから……。

そして、その自来也が遺した弟子…予言の子…託された想い…それら全てをフカサクはしみじみと噛み締めているようです。その気持ちがこのすぐ後に沁み出して来ます。それはナルトをミナトの子として知りながら全てを明かさず、抱きしめもせず(出来ず)、時に厳しく、時に激しく、極稀に優しく(笑)…教え導いた自来也の行いに似ています。

「はっきり言うとじゃ
あの自来也ちゃんですらカンペキにこなせんかった
自来也ちゃんは仙術チャクラを練ると少し蛙に化けてしもうとった
それでもうまく練り込めた方じゃ」(フカサク)

自来也が仙人モードで蛙のような変化(へんげ)をしていたのは不完全な能力(自然エネルギーの取り込み過多)故だったんですね。それで、高速体術モードで仙術チャクラを練り込んだ時に手足が蛙のそれに変化したんです。あれは蝦蟇を部分召還した高度な口寄せの術なのかな…と思っていたんですが、どちらかと言うと仙術の副作用だったと言う事です。

自来也の仙人モードが両肩の"姐さん"やフカサクの口寄せによって成立する事から、二大仙人が「触媒」となって自来也が力を得るのだろうか?と考えてたんですが、もしかしたら、精神的な安定=「わしがこれでちくいちたたき直してやるけんの」と言うフカサクの存在に重きがあるんじゃないかと思うようになりました。

きっと、仙術修行で自来也は何度も蝦蟇に成りかけた…。それをその都度、自来也を死の淵…蝦蟇化からフカサクは救ったんじゃないでしょうか。結構、コミカルに「蝦蟇の油」を描いてはいますが、一つ間違えば蝦蟇化で石化ですから危険この上ない。ガマ吉が言う「死ねっちゅ…」もあながち遠くない状況なのです。

「ここまで来て臆することもなかろうが…
一応聞いておく…どうする?」(フカサク)

「……」(ナルト)

「オレの忍道はエロ仙人と同じだ!」(ナルト)

「よし!またしてもよお言うた!」(フカサク)

そして、きっと自来也も同じように応えた(もしかしてミナトも…汗)。この小気味よさにフカサクは感じ入っているのです。この絵に描いたような師弟関係の近似。心意気の伝承。それにフカサクは勇気づけられている。得体の知れない強敵の存在。重苦しい予言の信託。フカサクの内には自来也やカカシ以上に言えない想いが溢れ返っている。

その重苦しさをナルトの屈託ない決意は一瞬で払拭してしまうのです。これは師弟の相性と言っても良いです。師匠と言っても人間(フカサクは蝦蟇ですが…)。人格があると言う意味で、合う合わないの相性が存在します。何かを教える場合、その難易度が高ければ高いほど、切っても切れないような「絆」(きずな)は重要です。

ここで、三代目に始まる(実は初代火影・柱間や二代目火影が大元なんだけどね…)連綿と繋がる師弟関係がその重みを増して来ます。その「絆」のベースには100%の確率で(笑)「愛」が存在しています。ただ義務感だけでは命までは投げ出さんでしょう。三代目も自来也もミナトも…。だから、次?のカカシが心配で心配で、変な夢見そうなんですけど…。

ま、何にしてもフカサクとナルトの相性は抜群に良いようです。その関係が差し迫った最悪の状況のせめてもの救いでもあります。二人ならやれると思う!それを僕は信じたい!そして、ペインよ!「迷いの山」で途方に暮れろッ!!そのバリバリの合理主義がフカサクの術中にガッツリとハマる事を祈るばかりです。ガマぶん太とガマけんさんがどんだけ怒ってるか?それを思い知るんだ!!


シーンは「雲雷峡の戦い」にスイッチバック。いきなり重吾の状態2が倒れてるし…。ロイクは地面に突き刺した首斬り包丁に肩肘で余裕のポーズ。どうやら、水月から首斬り包丁を奪ったままロイクが振り回して使ってたようです。しかし、使用者を自ら選択する「鮫肌」とは違うにしても、かなり特殊な首斬り包丁をロイクは使えたのかどうかは疑問…。

「余を残して魅が光る♪
がサのキラービーだぜ
オレ様が!ア!イエー!」(ロイク)

「戦いを始めちまって恥かくぜ♪
はじける前におづっ…」(ロイク)

「……」(水月&香燐)

また例のオヤジ風のラップが始まりますが、「八がサのキラービー」って言う所が、非常に意味深に感じます。多分、これが八本目の剣に関係してるんだと僕は考えてます。「八尾」が「サビ」とは、曲の一番大切(見せ場)を意味し、その「ビ」に韻を踏む「キラービー」がロイク本人と言う歌詞だと思います。

ちなみに「キラービー」とは殺人蜂(はち)だと、僕は解釈しています。つまりロイクは蜂(ビー)なんですね。って事は洞窟の中の修行の大蛸ちゃん?とは違うと言う事になりそうです。そもそもあの描写で蛸の触手が収まった人形(ひとがた)には刀の鞘もなかったし、ロイクと同一人物であるとする思い込みは危険だと思ってましたし…。

「な…なんだ…こいつ…?
こんな訳分かんねェ奴に
あの重吾が…」(香燐)

「……かんだ…」(ロイク)

(ボクの首斬り包丁をこれほどまでにうまく…
こいついったい…)(水月)


「くっ…」<ズズズ…>(重吾)

のされてしまった重吾。それを横目に水月がロイクの強さに違和感を覚えています。キラービー(ロイク)が首斬り包丁を使いこなしたとするなら、キラービーはかなりの技量を持った「剣士」と言えます。或いは、霧の忍刀が一刀である首斬り包丁を扱えるとするならば、特別な修行をしている事になるのかも知れません。その伏線は水月が首斬り包丁を手にした時に描写がありましたね(第38巻/152頁)。

キラービー(ロイク)は「霧の忍刀」と関係がある?!

また、水月がロイクにその大切な首斬り包丁を奪われたまま手を拱(こまね)いているのは、柄(グリップ)の部分が自分の手の内にあるからで、それが備わらないと首斬り包丁は真の力を発揮しないんじゃないでしょうか。それがあるから水月は安心しているんだと思うんです。そして、それが香燐が「陽動」とした水月の攻撃に殺意はなかったとする理由。

しかし…キラービーの強さは得体が知れない。

「霧の忍刀」に関しては近々、キッチリ書こうと思っているので、楽しみにしてて欲しいんですが、イラストが面倒でなかなか着手できないで滞っているんです。ナル×ジャンのファンの少年(のお母様)から「忍具の考察」を楽しみにしている。武器のイラストや細かな説明が堪らない…と聞き及んで嬉しくなってやる気満々なんですが、何せ七本もあって、そこで思いっ切り萎えちゃってるんですよ(笑)。

と、余談ついでに、8月2日(土)から公開の劇場版『NARUTO -ナルト-疾風伝・絆』(全国東宝系)も楽しみですね。公開直後に観には行けないだろうけど(当初は込んでるだろうし)、ちゃんと自分の目で観て、実際に感じた事を映画の感想としてアップしますので、そこでも一緒に考えてみて下さいね。今度はサスケも出てくるみたいなので楽しみ…。で、そのサスケが口を開きます。

「オレがいこう」(サスケ)

サスケがどんだけ強くなったのかをいよいよ観れそうですね。水月や重吾に対してキラービー(ロイク)は圧倒してますから、それを基準に今のサスケの強さがどれ程のものかが判断できると思うんです。サスケがキラービーを決めつけない心の成長っぷりを見せるように、戦闘面の成長っぷりも是非とも示してもらいたいし、期待しちゃいますよね。

でも…ちょっと狡いぞ!!万華鏡写輪眼(笑)。


 

キラービーのラップは痛くて寒いだけなのか? | BLOG TOP | サスケは何故、あそこまで完璧にロイクをスルーできたのか?

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