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第414話「暴れ牛」

  
「このチャクラ…
こんなのって…
アリなのか…」(香燐)

現れ出でしは人知を超えた巨牛"八尾"!!

「巨牛」って煽ってるけど、牛に蛸の脚…フツー生えてないよな…なんてブツブツ言いながら、兎に角、八尾の威容が"鷹"の前に立ちはだかります。どデカイ図体(ずうたい)。荒い鼻息。香燐はチャクラ感知タイプの知覚を持ってるから、八尾のチャクラがどれほどの「力量」を持っているか?を既に察知しています。そして、<ドサッ>っと尻餅…絶望感を感じているようです。

「牛のバケモノ……
それが奴の正体って訳か…」(水月)

水月も前回みたいに泳いだ目付きじゃなくて、しっかりと敵を見据える戦士の目付きに変わっています。水月はいみじくも再不斬から首斬り包丁と言う「霧の忍刀」を継承した忍です。敵が如何に大きく強く(強そう)とも、それに気圧されるような性根は持ち合わせていない筈です。この大刀に認められるような強い忍になる切磋琢磨を怠りはしなかった…それが水月のド性骨です。

「敵を刺す♪
敵刺すロングホーン♪
ウィィィィィィ!!!」(キラビ)

ラップと言うよりは既にダジャレの域に…(笑)。キラビも痛くて寒いのは確かにあったけど、それには何処か理性とか知性の香りがあって、嫌じゃなかった。人の好き嫌いっておかしなもので、好きな人が何やっても気に障らないんだけど、嫌いな奴が何かやるのは、たとえ箸の上げ下ろしでも嫌だと感じます。はっきり言うと、八尾の横顔には萌えない。敢えて、嫌いです(笑)。

でも八尾のシャベリにはキラビを感じるから、八尾が主導してると言うよりは、キラビが八尾の「力」を振るっていると考えるべきでしょう。八尾のチャクラは香燐が感じるように人の範疇には収まらないもので、その過ぎたる「力」は人の心にも影響するのかも知れません。「力」を得る。「力」を振るう。その時どうあるべきなのか?そこには人としての大切な「心構え」が横たわる。

「力」(=チャクラ)って…何なんだろう?


(このチャクラありえない…
ここに居たら…死ぬ!!)(香燐)

「重吾、まだなのか!」(香燐)

「うっ…」(サスケ)

(よかったァ…サスケェェ)(香燐)

「気付いたかサスケ!
ホラさっさと起きろ!」(香燐)


香燐は八尾のチャクラが練り込まれているのが解っていますから焦ってはいるんですが、それ以上にサスケが心配な訳です。でも、それを重吾には見せたくないので(ま、重吾に曝したところで、取りつく島はないでしょうけど…)香燐の台詞はやや"棘"を帯びています。この…そこはかとない女心は香燐の可愛さだ…な。それにサスケがいつ噛みつけるように胸も開(はだ)けたままなのは泣かせる。

重吾も必死の修復が続きます。重吾はサスケの欠損部分を補修してるんですから、骨格や筋肉、表皮や神経…と言った身体の細分化されたパーツをきめ細かく再現してる訳で、そこには繊細なチャクラコントロール(ネジの修復参照:第26巻/178頁)が要求されるでしょう。それを八尾の圧力の前で遣って退ける重吾ははっきり言って…偉い!!カッコ良い!!

<ズズズ…>とサスケの胸に癒着していた腕が<ズチャ>と引き剥がされて修復完了。サスケの意識も回復します。欠損部位と同時にチャクラも分け与えているので、肉体活性などの作用で回復や喪失に対する補填が早いんでしょう。ただ、これはサスケの「瀕死」を引き戻す大手術ですから、その反動は全て重吾に跳ね返る筈です。そして、その結果が…。

「!?」(え!!? 子供に…なんで?)(香燐)

「重吾…」(サスケ)

「お前は死なせない…
君麻呂の形見だからな」(重吾)


<ハァハァ>の<ゼェゼェ>の重吾が、子供になったように見えます。おぼこい?顔つきで、ガタイが小さくなてますね。きっとマントはズルズルのブカブカです。重吾の疲弊から察して肉体、チャクラと言った生命力を削るような作業をして、結果、重吾の容積すら減ってしまった。重吾が身体の隅々から満遍なく細胞やチャクラを供出した結果だろうなと思います。

サスケの胸もチラ見えしてますが、治療痕は残るものの、重吾の状態2の身体の色や表皮とは様子が違うので、呪印の能力…状態2の細胞を介して、重吾の通常細胞やチャクラのみを抽出し、サスケに分け与えたとも考えられそうです。サスケに痛みや異物感がないことから細胞の適合も問題なく、呪印(酵素)の混入もなかったと思われます。

重吾はかつて大蛇丸に自ら囚われました…それは「更正」する為(第38巻/179頁)。重吾は「殺人衝動」の虜になる自分が怖かったからで、ホントは人を傷つけるのが怖いと思う普通に気の優しい人格だった筈です。きっと、重吾も自分の「力」の振るい方を見つけられない一人だったんでしょう。その意味を探していたんですね。しかし、もう迷わない。こうして自分自身の「力」で大切な人を守れる。

君麻呂への想い……。
君麻呂が遺した想い。


それを大切に思うから、重吾は自分の「力」の使い方に気付けたんです。重吾もまた、"鷹"と行動を共にする事で「自分自身」を見つけ出せた。自分に内在する「破壊衝動」とか、抑え切れない「暴力」と言った外向きの「攻撃性」。その反動として内向きに尖る「嫌悪感」。人は誰しも自分の「力」に畏れおののいているのです。そして、その使い方を見つけられずにいるものなのです。

"鷹"のメンバーは皆、自分の「力」の意味や在り方に翻弄されるような人生を歩んで来たんだと思います。それに悩み、ある時は恨みもした筈です。そんな時、サスケとの出会いがあった。サスケ、水月、香燐、重吾…。四人は"蛇"と言う小隊で行動します。もしかしたら、そこに家族や兄弟みたいな…それまで味わった事のない暖かみを感じたかも知れない。それは大切な「居場所」になって行った。

そして、知らず知らずの内に心が通うような仲間になって行ったんでしょう。お互いを無意識に庇い、時に身を挺してでも救ってしまうような存在になってしまった。そこで初めて自分に備わった「力」の意味を知る事になろうとは…。自分の「力」の意味に気付く為の葛藤や努力を「成長」と言うんだと思います。そして、その姿こそが…僕が感じる"鷹"に対する「親近感」なんだと考えています。

「ホラ!早く!
二人共、逃げるぜ!!」(香燐)

「ウィィィィ!!!」(キラビ)

「しまっ…」(香燐)

<ドパ>(水月)

「!!」(キラビ)

<ズシャアン>(水月)

と、そんな「良い話」なんかお構いなしに八尾が"鷹"に襲いかかります(笑)。今度こそダメ?かと思ったんですが、今まで水面にプカプカと浮いていた筈の水月が大量の「水」を引き連れて八尾の突進を食い止めます。水月はやられて液状化してたんではなくて、水と同化する中でチャクラを練り込んでいたようです。そして八尾を押し戻すような「力」を発揮して八尾に抗しているのです。

「やっぱ水遁系の忍だったか…
地の利を得たな」(キラビ)

「ここはボクがやる
今のうちに逃げろ!」(水月)


水月がここで行くのは重吾を庇(かば)う為じゃないかと思います。サスケの修復の為に力を使い果たした重吾が、それでもサスケを護る為に「命」を燃やすような闘い方をする(呪印の完全解放=状態3)可能性と言うか、奥の手の存在を水月が知っていて、そのリスクも承知していたんじゃないかと思うんです。で、それだけはダメだと…。慈しみ。思いやる心。これを「友愛」と言います。

キラビの言う「地の利」とは、水がある状況を言うんだと思います。水のないところでも水遁は発動可能ですが、それにはチャクラの性質変化で「水」そのものを生み出す必要があります。当然、それにはチャクラも消費する訳で、水のないところで水遁を発動するよりはあるところの方が有利です。攻撃力にチャクラを配分することができますからね。

しかし、これはキラビの見誤りでもあって、水月の力量(キラビの見切り)以上の力が出ている事をキラビは示唆しているんですが、それを「地の利」としたキラビには、何故、水月が想像以上の「力」を発揮したかには辿り着けないでいるのです。この意識のズレが剣士のキラビと尾獣化後のキラビにはある。それが好感度の低下に繋がっている(笑)。

「行くぞ、サスケ!」(香燐)

「水月…」(サスケ)

「ここまでさせといて逃がすか
ばかやろう。このやろう!」(キラビ)

キラビ(八尾)は「黒いチャクラ」を集めて行きます。これは天地橋で見せたナルトの「四本目」の"咆哮"に似ています。あの時はナルトを包む九尾のチャクラ?が霧散したものを寄せ集め"チャクラ玉"に練り上げて体内に取り込み起爆させて射出しました(第33巻/100-104頁)。大蛇丸がそれを「三重羅生門」で防いだアレです。自来也も多分、あのチャクラ砲に半殺しの憂き目を見たんですよね(=綱手のボディブロー…笑)。

現在、妙木山でナルトがフカサクに師事して「仙術」を修行してて、そこで「自然エネルギー」の取り込みが焦点になってるんだけど、この場合、八尾が何を集めてるか?もここらでしっかりと考える必要がありそうです。でも、尾獣化した状況では体内でチャクラが練れないのかな?ここは引っかかりますね(黒笑)。描写的には九尾のチャクラ玉と八尾のそれはちょっと違うようだし、尾獣の管理(封印)の形式の違いにもよる?ここは「疑問」でチェケラしましょ♪

(へっ…このボクが…
何度も身を挺してあんな奴らを
かばうなんてね…)(水月)

水月のハニカミってのは良いな…と思います。これまでダメダメに感じてた水月ですが、「何度も」って事はですよ…キラビの雷犂熱刀の攻撃から香燐や重吾の代わりにダメージを受けていたんだね。重吾がバーニアで回避しただけでは防ぎ切れないような強烈な攻撃だったんだ。だから、水月はあんな風に液状化しつつ水面に浮かんでいた。あの時点で身体が既に破損してたのかもね。

で、疲弊しつつもチャクラを自分の回復などには消費せずに、キラビの次の一手の為に積極的に周囲の水に練り込んで行ったんでしょう。その滅私の行いは、これまで「悪童」とも揶揄(やゆ)されそうな人生を送って来たであろう自分の「轍」(わだち)とは明らかに違う。その反省?が、水月のハニカミの本性です。水月も「何か」に気付いてる訳です。

そして、水月がこの時、感じた自分に対する違和感は、かつて波の国の任務で感じた…「白」の千本から身を挺してナルトを守った「体が勝手に…動いち…まったんだよ…バカ…!」(第3巻/201頁)のサスケのそれに似ています。きっと、これが人と人の繋がりなんだと思います。何故だか判らないけど、一度持ったら手を放せなくなってしまう…「絆」(きずな)。

<ズズズズズズズズズズズズズギギュッ>(キラビ)

「ヤ…ヤバすぎるぞアレ!!」(香燐)

チャクラ感知タイプの香燐にとっては八尾は絶望的なチャクラ。「絶対音感」を持つような音楽家が街中の喧噪に辟易(へきえき)とするように、忍の世界にあって香燐の感じ易さは彼女にしてみれば、騒音以外の何者でもなかった筈。ま、そんなバックグラウンドがあっての香燐の歪にも思える性格や人格形成があって、それを頓着しないサスケの態度は香燐には胸キュンな訳だ…(笑)。

サスケが愛すべき対象であるのは、先ず姿が美しいところ。つまり、外見がイケてる。そして、強い。能力が高い。これらは「天賦の才」とも言うべきサスケが持って生まれたものです(勿論、その才能を伸ばす努力はありますけどね)。でも、それだけじゃ命懸けには及ばない。サスケのホントの魅力って賢さにあると思います。これは優しさと同義の心の豊かさと言って良いでしょう。

重吾にしても、水月にしても、香燐にしてもサスケが居たから"鷹"(旧"蛇")に参画したんです。いろんな言い訳を付け加えながらも、今は命懸けでサスケを護り、そんな自分に呆れさえしています。でも、サスケがそれに足る愛すべき存在だからであって、三人に後悔はない訳です。サスケは優しくて強い。そしてそれをひけらかさない。そんなサスケを三人はそれぞれに愛しているんだ…。

<ゴッ><ドッ>(キラビ)

「ぐああ!!」(水月)

八尾のチャクラ砲一閃。水月は死を意識していたんだと思います。強い眼光で八尾の咆哮を受け止めます。…受け止めるのは無理でも"水の屈折"を利用した八尾のチャクラ砲の弾道を僅かながらでも逸らすような努力をした筈です。キラビの能力からして八尾のチャクラには雷遁の要素があり、尾獣が血継限界(チャクラ性質の同時使用)の特性を持っているとすれば水遁単体での阻止は厳しい。

<ズオオ><ゴゴゴ><ゴゴゴゴゴ>

八尾のチャクラ砲が雲雷峡を一掃するように吹き飛ばすようです。この分だと「もう一人」はこの戦域には居そうにはないですね(笑)。しかも、八尾の威容から察して、キラビに「陽のチャクラ」のみを封印したようでもありません。しかも、自分の里を辺り構わず吹き飛ばすような「力」の使い方にはいたわりの欠片もない。その態度は"鷹"との対比で際立ちます。そして…このコントラストが今回のお話の「コア」です。見逃さないで下さいね。

キラビに対する好意、或いは親近感と言う気持ちは確かにあるんですが、何故だか八尾には感じられない。それはこの「力」の発揮の方向にあるんじゃないでしょうか。"鷹"を見てて涙腺が弱くなっちゃうのは、個々が持つ「力」の使い方に対して共感があるからであって、八尾の「力」の解放は明らかに違う…。そして、それはキラビの雰囲気とも趣が違います。オトナが「力」の意味を履き違えちゃいけない。子供たちはそこに戸惑い、苦しんでいるんだから……。





一方、妙木山のナルトの修行風景にスイッチ…。<ドドドド>っと、ガマの油の滝が流れます。エーッと、ナルトの仙術修行は徐々に進行中と言う事で割愛させて頂きます(笑)。一応、経過報告みたいなもんで、次の登場でいきなり仙術が使えるようになってるって言うのも痛い話だしね。でも、このエピソードは"鷹"の協力がメインだから、続きは「疑問」で補完しましょう。"鷹"の闘いに関しても細かい補足は「疑問」に回します。

兎に角、今回のエピソードはあまり濁したくない。

「見えたァー!!」(ナルト)

(どうやら少しは自然エネルギーを
感じ取れるようになってきたようじゃな)(フカサク)

「やったー!やったー!」(ナルト)

「ナルトちゃん
少し休憩じゃ。弁当にする」(フカサク)

<ほかほか>(ゲッ…)

「……」(ナルト)

「たんと食うとけよ!
休憩が終わったら仙術で
岩蛙を持ち上げてみるけんの」(フカサク)

「お…おっス!!」(ナルト)

完食したんかいッ!!

「さて岩蛙を持ち上げるわけじゃが…
まずは己の忍術チャクラだけで
持ち上げてみんさい」(フカサク)

「うっぷ…」(ナルト)

「う…うん…」(ナルト)

<ガッ>「よし!」(ナルト)

「うオオオオオ!!上がらねェー!!!」(ナルト)

「ハイやめー!!」(フカサク)

「じゃあ仙術チャクラを練ってみい!」(フカサク)

「オッス!」(ナルト)

<ポチャ>(ナルト)

<ギン>(ナルト)

「よし!もう一度
岩蛙…やってみい!」(フカサク)

「オッス!!」(ナルト)

「ウオオオオオオオオオオ!!」(ナルト)

<ガゴッ>「ラァー!!」(ナルト)

(自来也ちゃんの時より飲み込みが早いの
この子は)(フカサク)


「やるがな、ナルト!」(ガマ吉)

「やったー!持ち上がったー!」<ゴロン>(ナルト)

「アホー!倒すなー!
先人達に何ちゅーことすんじゃー!」(ガマ吉)

(マヌケなのも
自来也ちゃん以上じゃが…)(フカサク)


ま、「自然エネルギー」を徐々に感じはじめてて、仙術チャクラを練り込みはじめてるようですね。まだまだ「ガマの油」の補助は必要みたいだし、「仙忍術」を修得するまでにはなってないようですが、それでも剛力は発揮できている。フカサクの展示みたいに<ハァハァ>ともしていません。ナルトの場合は自分の「力」に対する迷いは既に払拭されていて安心なんですよ。その意味では既に完成されているんです。だから、あまり描かれないんです。主人公なのに…。でも…それには別の理由もあるんだけどね(黒笑)。





<ゴゴゴゴゴゴゴ>と、八尾のチャクラ砲の爆煙に雲隠れの忍が気付きます。雲隠れの額当て。袈裟懸けのボディアーマ。独特な脚絆(きゃはん=足首のサポーターみたいなもんです)。太もものクロスしたベルト状の装具がないから「夜月一族」ではないようです。スキンヘッドのグラサンを「スキン」。その後輩らしき若者を「テンパ」(フサフサの癖っ毛だから…笑)と仮に話を進めますね。

「まさかアレはキラービー様の…」(スキン)

「な…何です、先輩!?」(テンパ)

「行くぞ!」(スキン)

「ハイ!」(テンパ)

「!!」(スキン)

「こ…これは!」(テンパ)

「キラービー様…何で八尾のお姿に!?
あれほど雷影様から止められていたのに」(スキン)

テンパとスキンの情報量の違いから上忍(スキン)と中忍(テンパ)の2マンセルかと思います。<ゴゴゴ>と言う爆煙を見ただけでキラビの能力を連想した事から過去に見た事があるようです。八尾の姿も知っていたので、キラビに対する八尾の封印の経緯も知るような立場の忍なのだと思います。雷影からも直接話を聞けるような関係にある事も感じます。

また、二人の「雲雷峡」に対する認識や距離感から、キラビにはある程度広大なスペースが与えられていて、雲隠れの忍はそこに足を踏み入れないような約束があったように思います。八尾のチャクラ砲で吹き飛ばされた景色からすると100%制御が可能な状況にあるとは思えないし、こう言う事態を想定した接し方をする習わしだったと思えます。それが敬語にも色濃く現れている…。

「兄貴(ブラザー)」って「雷影」?!

「雷影」が八尾の姿になる事を禁止してた…となれば、それに従うように「雲雷峡」の洞窟に引きこもるように修行していたキラビが言う「兄貴(ブラザー)」は「雷影」である可能性が高いし、そう考えるのが描写からは妥当に思います。であれば、「雷影」は八尾のキラビ以上に強い?或いはキラビ=八尾を抑え込む手段を持っている…封印に関する知識や制御法を握っていると言えそうです。

ちなみに、「雲雷峡」の洞窟から出て来たキラビが「もう昼か」とか「目が痛い」とか不平不満をこぼしていたのは、極度の近視で眼が悪くて、おまけに暗闇から出て来て眼がくらんだだけで、盲目ではなかったと思われます。そして、そんな面倒くさい修行を強いられるのは、八尾の姿を人目に曝してはいけないと言う「雷影」の制限によるもので、それに対する不平と考えると一応繋がる。

キラビは「遠山(えんざん)の眼差し」だった?

キラビの盲滅法な闘い方は視力が弱いからで、サスケの写輪眼に関する察知のズレも遠目では写輪眼のディテールが判らず、かなりアバウティに対象を捕捉して攻撃する大雑把なキラビの性格による攻撃法が結果的にサスケの写輪眼を直視する事もなく、幻術にもハマらず攻勢に徹し切れたと考える事ができると思います。敵の姿を大らかに瞳に映す(遠山の眼差し)も剣術の極意だしね(笑)。


「よく見て下さい!
誰かと闘ってます!」(テンパ)

「! あの衣…"暁"か?
アレがユギトを連れ去った…」(スキン)

そう言えばユギトも尾獣化もお茶の子さいさいで、任意に尾獣の力を操っていました(笑)。しかし、飛車角コンビに呆気なく拘束されて仕舞ったのは飛車角の特殊な能力も確かにあっただろうけど、やはり尾獣化は冷静さや思考能力を阻害するようです。キラビも尾獣化の前後で印象がガラリと変わってて、尾獣化後は水月の阻止行動があったとは言え精度の高い攻撃は出来ていません。

"鷹"の闘いは「力」の振るい方を見せるものであって、そこには他者に対する思い遣りが存在します。決して自分の為に「力」を振るう闘いじゃない。でも、尾獣化したユギトやキラビは自分の為に「力」を使っています。辺りに誰か居るかも知れない。それが自分の仲間だったら…。少なくとも八尾の放ったチャクラ砲にはその配慮は皆無でした。どちらかと言うと「力」に酔ってる…な。あれは。

キラビも八尾の衣を纏った辺りまでは平静だったように思います。サスケの"月読"を解除しつつ、渾身の雷犂熱刀を繰り出しサスケを一蹴する闘いっぷりは凄腕の猛者と言うべきものでした。しかし、その昂りが災いしたのか、そのまま"鷹"を殲滅すれば良いものを、ワザワザ八尾に変異してこの様です(笑)。雷影が「八尾の姿を禁じる」のには同様の配慮があったからなんじゃないでしょうか。

「水月がこんなに…くそ!」(香燐?)

「逃げきれないぞ
どうすんだよ!?」(香燐)

水月の変わり果てた姿に…。でも、香燐の口ぶりからすると傷付いてはいるけど死んではいないようです。普段は「カッパやろう」とか散々な香燐だけど、この闘いの中で水月の想いも充分に感じたのでしょう。香燐の言葉は仲間に対するそれに変わっている。香燐は心細くなったのかサスケに泣きつきます。サスケも重吾の必死の補修で何とか復帰はしたもののまだ前後不覚。困りました…。

<ハァ><ハァ>(サスケ)

<ハァ><ハァ>(サスケ)

<ハァ><ハァ>(重吾)

<ハァ><ハァ>(サスケ)

<ハァ>(香燐)


サスケもまた"鷹"の三人の行いを思い返します。みんな、サスケを助けようとした。言い訳がましい理由はあったりするけど、みんなサスケが好きなんだ!!大切な人なんだ!!その想いがあって想像も超えるような「力」を発揮して来れたんです。事実、サスケは救われました。そして、今度は自分が三人を、自分の大切な仲間を守るべき立場にある事を感じてる筈です。サスケもこの闘いで学んでいる…。

「ホラ!サスケ
さっさとウチに噛みつけ!」(香燐)

「お前は死なせない…
君麻呂の形見だからな」(重吾)

「ここはボクがやる
今のうちに逃げろ!」(水月)

「……」(サスケ)

「ウィィィィ!!」(キラビ)

<ツー…><カッ>

(天照!!!)(サスケ)

サスケも万華鏡写輪眼の「力」を畏れていたんだと思います。何よりこの「力」はイタチの「死」(……滝汗…「約束」必読)の上に在る。サスケは自分に向けられたイタチの"天照"の意味も既に知らされています。その威力も…。果たしてこの「力」を自分が使う資格があるのか?サスケはそれを自問自答していたのでしょう。だから、雷の国に入ってからも"月読"(幻術)しか使わなかったのです。

しかし、今、サスケの前には自分の為に力を使い果たした仲間が居る。迫り来る八尾も眼前に立つ。サスケは自分の役割を感じた筈です。だから、静かにチャクラを練り込み、左眼に送り込んだ。流れ出す血の涙。そして、サスケも「力」を使う意味を感じる闘いの中に居る事を知る訳です。だから、カカシ先生とナルトとサクラの姿を想った…。瞼(まぶた)に焼き付いた笑顔。もう一度、逢いたい……。

振り返れば一人ではなかった…
サスケ、万感の"天照"!!


香燐が、重吾が、水月が…教えてくれた。自分の「力」の意味。大切な「何か」を守るために人は闘うのだ!!と言う事をサスケもまた学習したのです。そして、ようやくイタチが自分に向けて放った"天照"の意味も咀嚼(そしゃく)できた。サスケはイタチに許されたのです。その想いがサスケの"天照"には込められている。それがサスケの「万感」であります。そして…これこそが正しき「力」の発露なのです。

"鷹"の闘いが…心に沁み入る……。


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