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八尾は何故、"暴れ牛"だったのか?

  
(弱いくせにめんどくせ♪
遊びは終わり帰って水割りイエー♪)

第412話「かつてない戦慄」で"鷹"の執拗な攻撃にキラビは終盤、ある焦りを覚えます。確かにキラビは強く"鷹"の四人が束でかかっても負ける事はないと感じましたが、キラビの闘いっぷりは明らかにとどめをさせるのに踏み込まなかったようにも思います。サスケなどは二度も手酷くやられ、ホントなら死んでる局面だったけど、(何故だか)キラビは息の根を止めようとはしませんでした。

「アンタを拘束する」

その態度は、第409話「仙術伝承…!!」で言ったサスケのこの台詞に起因してるんじゃないかと思います。人柱力は生け捕りがセオリーで、そんな事は当のキラビも知っていたでしょう。キラビがこんなにも強くて圧倒してるのに、最後の「詰め」まで行かないのはサスケ達が自分を殺(あや)める事ができない任務の性質上の制約を持ってるところに負い目みたいなものを感じてたんじゃないかな?

その意味でキラビは凄くフェアな心意気を持っていたと言えるでしょう。初登場でいきなり言葉遣いが粗野で、あからさまに悪役(ヒール)っぽくて、めっちゃ低かった好感度も、キラビの描写が増えて来るに従って、徐々に上向きに変化して行ったのは、やはり相手を否定しない大らかさ…と言うか、全てを受け切った上でうっちゃるようなA.猪木さんみたいな大きさがキラビにはあったからだと思います。

それがキラビの痛くて寒いラップと相まって、新橋のガード下で独り、大量の塩をまぶしたホルモン(串)を頬張りながら、ホッピーをゴクゴクやるオッチャンの哀愁が漂ってて、「闘い」と言う血で血を洗う「殺伐」の中に自分を見出し、それを伝えようとする「戦士」と言う「表現者」を見たような気がして…胸キュンだったんです。

表現とは甚だ恥ずかしい事で、決してカッコ良くはないのです。でも、何かを発したい!何かを伝えたい!『NARUTO -ナルト-』と言う素晴らしい作品に出会って、どうしても溢れ出す考えを塞き止められず、ナル×ジャンを始めたんです。最初はハンドルネームを「ドンキホーテ」としたかったくらいで、そのくらいの覚悟で臨む決意すらありました…。

有り体に言えば、僕はキラビだな…と思ったんです。勿論、僕はあんなに強くないけど、あのくらい痛くて寒い事を吐いてる…(脂汗)。ただ、ラップじゃなくて文章を綴ってて、剣じゃなくてペン(キーボード)を振るってるだけ…。あのズレ方。あの冷やし方。あの痛さ加減……。"鷹"とのジェネレーションギャップ。まるでデジャブのようでした(笑)。

だから、年端もいかない若者達…"鷹"が自分の前に現れて息巻いた時には、すっごく生意気そうだけど、折角だから相手くらいはしてやるから、さっさと尻尾を巻いて帰りな…くらいの大っきな目で見てたと思うんです。事実、いきなり襲いかかった水月や重吾は軽くあしらいながらも、鼻っ柱をへし折っただけで決して命を奪おうなんて無かった。

それが返って水月や重吾の自信や自尊心を傷つけてしまったんだけど、そこにサスケの静かな優しさを僕らは見せつけられ、その雰囲気はきっとキラビにも伝わっただろうと、僕は感じています。何故なら、あの労りと友愛は僕の心もホンワカとさせてくれましたから、キラビもちょっと良いなと思ってたと思うんです。だからこそ、キラビには「めんどくせ♪」になる。

「しかたない八本目だ」

「ウィィィィィィィィィィィ!!!!!」

第412話「かつてない戦慄」の最後でキラビはとうとう八本目を出してしまうんですが、それは感知タイプの香燐が居たので(感知タイプでもあるのか…あの女)逃げ仰せないと思ったからでしょう。でも、「仕方ない」と戸惑いもキラビにはあったのです。そして、八本目"雷犂熱刀"を出してからのキラビは鬼のように強かった。サスケも呆気なくやっつけてしまうほどに…。

でも、そんなキラビも香燐には直接手をかけてないんですよ。大雑把に攻撃するもんだから、その範囲に香燐がたまたま居ただけで、その攻撃も水月や重吾が代わりに受ける事すら織り込み済みだったのかも知れませんし。そう信じて仕舞うくらい"鷹"の結束はみるみる形を成して行きましたから、キラビも安心して「力」を振るえたんでしょう。

「お前らには幻滅
そしてお前ら壊滅♪

人柱力であるオレ様の本当の姿ァ

それは怪物
それは見物♪


人柱力イエー♪

八尾でちびれ
おチビ共♪」

しかし、第413話「崩落」の終盤。キラビは豹変します。サスケの幻術を解いて、渾身の雷犂熱刀を極めた後。キラビはそのまま逃げるか、"鷹"を追撃すればジ・エンドなんだけど、敢えてそれをせず、頼まれてもいないのに尾獣化して行きます。"鷹"の主力であるサスケは半死半生。重吾はその修復に掛かり切り。水月は水の泡みたいなもんだったのに…(笑)。

あの場面では、キラビは八尾の本性を曝す「人柱変化」と言う忍術で八尾の能力を解放していたんだと思います。でも何故、キラビはワザワザ尾獣化したんでしょうか?そんな必要全くないのにね。あのまま雷犂熱刀の一発も浴びせればホントにお仕舞いだったのに。ま、キラビにはキラビの事情があってああなった訳で、その深層を考えるとそれはそれで味わい深いんですよ。実は…。

キラビの最後のラップとも言うべきこの台詞?の「それは怪物 それは見物♪」にはかなり大っきな意味があって、それはキラビが何故、「暴れ牛」にならなければならなかったのかに関わる大きな伏線です。ここはスルメを味わうように何度も何度も奥歯で噛み締めて味わって欲しいところです。お酒を嗜める方ならば、気に入った焼酎でも舌の上で転がしながら…ね。

「敵を刺す♪
敵刺すロングホーン♪
ウィィィィィィ!!!」(キラビ)

第414話「暴れ牛」の回で、キラビはラップと言うよりは、新橋のガード下でお酒を呷(あお)るオッチャンのダジャレっぽいノリに変化してましたっけ(笑)。同時に、尾獣化を境にキラビのそこはかとないオヤジ臭さの好感度が減少して行き、獣臭い知性の欠如した異臭に変化して行く様に、キラビの心変わりを感じました。
 
「やっぱ水遁系の忍だったか…
地の利を得たな」(キラビ)

「ここはボクがやる
今のうちに逃げろ!」(水月)

決定的だったのが、その直後の水月とのやり取りで、八尾化したキラビの突進を押し戻すほどの水月の想定外の「力」の発現をキラビが「地の利」と受け取ったところでした。あれは明らかに水月の「滅私」であり、大切な人を守る為の「力」の発露だった事にキラビは気付けなかった訳です。尾獣化する前のキラビなら恐らくこんな見誤りはなかったことでしょう。

「人は…大切な何かを守りたいと思った時に
本当に強くなれるものなんです」


波の国で「白」がナルトに告げた「強さ」(第3巻/77頁)を水月はこの闘いの中で見つけ出し、それを実践したのだし、同じ事を香燐も重吾もしてきたのです。サスケも同じだった。"鷹"はお互いを庇(かば)い、自分の命に代えても守るべき大切な存在だと、それぞれが認識する事で、驚くべきスピードで成長を遂げていました。それは人の姿のキラビにも伝わってました。

だから(弱いくせにめんどくせ♪)となった訳で、序盤のキラビの小手先で戯れるような闘いがあった訳です。そして、痛くて寒いラップでお茶を濁しつつ、"鷹"の若者達に自分の存在を示そうとした。そして、その態度に僕は非常に濃厚な親近感を覚えていたのです。なのに!なのに!です。キラビは「暴れ牛」と化してしまった!!な、何故に!!(笑)

「"尾獣"とは尾を持つ魔獣の事じゃ
砂は昔から"一尾"をもっておる
それが我愛羅に封じられた守鶴の事じゃ」(チヨ)

「"一尾"…?
それじゃ"九尾"以外にもそんな魔獣が…」(サクラ)

「そうじゃ…
この世に"魔獣"は全部で九体おる」(チヨ)

「……!」(ナルト)

「"尾獣"には特徴があってな…
それぞれ尾の数が違う
"一尾"は尾が一本。"二尾"は尾が二本
それらが"九尾"まで
その名の通り名が尾の数を表すのじゃ」(チヨ)

「……」(サクラ)

「"尾獣"は莫大なチャクラの塊で
忍界大戦期には各国隠れ里が軍事利用しようと
競って手に入れようとしたものじゃ

しかし人知を超えたその力を
制御することなど誰にも出来なんだ


"暁"が何の為にそれを欲しとるのか
分からんが…危険過ぎる力じゃ

まぁ平穏な情勢の中、時代も移ろい
今や"尾獣"は世界各地に
散り散りに存在しておるらしいがの」(チヨ)

「………」(チヨ)

「………」(ナルト)

そこで、我愛羅奪還編のチヨばあの後悔に満ちた言葉が去来して来る訳です(第29巻/59-60頁)。結局、チヨは「人は"尾獣"を御し切れない」と結論を出しています。"尾獣"の制御の為に「人柱力」が編み出され、自分の孫である我愛羅に一尾・守鶴を封じた…それがチヨの結論だったのです。そこには技術論云々は徹底的に試され敗れ去った諦めすら感じてしまいます。

「"人柱力"は"尾獣"と共鳴し
信じられぬ力を使えるのが特徴じゃ」


これが我愛羅に一尾を封じたチヨばあの言い訳でした(第29巻/151頁)。"尾獣"の制御は人には叶わない。この後、"暁"に一尾を抜かれた我愛羅をチヨは一命を投げ出し、「己生転生」で我愛羅を復活させるんですが、それが自分の犯した過ちのせめてもの贖罪と信じ逝くのです。同時に、この後悔に満ちた「滅私」にも本当の「強さ」を感じたものでした。

「キラービー様…何で八尾のお姿に!?
あれほど雷影様から止められていたのに」(スキン)

第414話「暴れ牛」でキラビの不穏に気付いた雲隠れのスキンはキラビの八尾の発現に危機感を募らせていました。雷影(キラビの兄)もキラビの八尾化を戒めていた事も分かりました。「雲雷峡」で修行を積むキラビでしたが、「人柱変化」まで「力」を解放すると制御がおぼつかない事が判っていたのでしょう。キラビも必死にその制御法を修得しようとしていたのでしょう。

しかし、どうしても"鷹"が振り切れなかった。もう殺してしまうしかない。しかし、それは人であるキラビにはし得ない行いだった。そんなキラビの想いは痛いほど判るし、こんな元気のいい若者が血気盛んに自分に挑んで挑んでくれるのは、人恋しい辺境の「雲雷峡」で修行を積む身にはヨダレもんのご馳走だったに違いないですから。しかし、時間切れだった…。

キラビは仕方なく八本目を出し、ついには「人柱変化」の八尾の完全体まで出してしまった。それは人の心の滅却でもありました。キラビは人の心を滅する為に八尾の姿に身をやつしたのです。このうら若くて活きのいい若者達に引導を渡す為に「鬼」になるしかなかったのです。キラビはホントは優しいオッチャンなのよ。そりゃ見てくれは厳ついし、口は悪いけど…(笑)。

(このチャクラありえない…
ここに居たら…死ぬ!!)(香燐)


で、「人柱変化」で八尾化したキラビのチャクラに香燐が驚愕を通りこして絶望しちゃうくらいの「力量」だった訳ですが、強くなったのかと問われれば答えは「?」でした。水月に邪魔されたとは言え、大層なチャクラ砲を放つも精度を欠いた一撃で、自国の大地を無意味に削る結果になったし、人の姿の時は鉄壁の「鉄人」だったのに、蛸の足はサスケの千鳥鋭槍で簡単に両断されました(笑)。

明らかに八尾の完全体になったキラビには「心」が欠如していました。キラビは修行途中の身であり、この辺境の「雲雷峡」で八尾を完全にコントロールする為にそれはそれは厳しく孤独な修行を積んでいた最中だった筈です。ホントは何処か寂しくて人恋しかった。だから、突然の不躾な来訪者であった"鷹"の相手も最初はやぶさかじゃなかった訳です。

有り得ないチャクラが人に御せないのは、その「力」に溺れてしまうからでしょう。チヨが如何なる技術を持ってしても"尾獣"を制御不能としたのは、そんな人の心の「弱さ」をしてもたらされた結論だったように思います。いつの世も人は「力」に憧れ、しかしてそれに溺れてしまうのです。酔う…ヘベレケになってしまう…場所が新橋の汽車ポッポの前だったらインタビューされちゃうくらいに(笑)。

キラビはその未熟さを"鷹"を始末する為に逆に利用しようとしたんですが、結果的には「力」だけになってしまい、弱くなってしまったのです。そこには「力」を制御するべき「心」が備わっていなかったから。本当の人の強さとは破壊衝動や悪意からは生まれない事を、僕らはこれまでいろんな描写で味わって来ました。数々の闘いの中で見せつけられて来ました…。

「強さ」のバックボーンにある人の「心」…思い遣り、気遣い、愛情、友情、惚れた腫れた(笑)…。人が人を「大切」に思う清らかさ。その「情」の在り方に…ある時は励まされ、勇気付けられ、元気や笑顔、そして涙を頂きました。闘う事は生きる事だから、忍術やチャクラを使えない僕らだって何も変わらない。違わない。だから判る…

「心」が伴わない「強さ」なんて有り得ない…と。

「心」がそこにないのと「滅私」は根本的に違う。ただ「力」だけが暴れ回るのは八尾の「暴れ牛」であって、「滅私」とは他者を思い遣る「心」があった上での「滅私」だからね。「心」って考える脳の機能だから。そこには知性も必要だし、困った時にこそ冷静になれる余裕が必要です。その為には何人も修行を避けては通れない…。

八尾はどう見たって「蛸」ですよ。そりゃ顔は「牛」ですけどね(笑)。それでも「暴れ牛」とせねばならなかったのは、頭に血を上らせて前後不覚に暴れ狂うくらいに「自分」=「心」を失わなければならなかったからです。それに「敵を刺す♪敵刺すロングホーン♪」のダジャレもちょっとだけ言いたかった(笑)。キラビは「力」と言う"酒"に酔っぱらわなきゃやってられなかったんですよ(オレだって辛いんだよ…笑)。

だって、素のキラビには"鷹"を殺しちゃうなんてとっても出来ないからね。それはキラビに「心」があるからです。この未来ある若者達をいくら少々の無礼はあったとしても命を絶ってしまうなんて出来る筈もない。だから、「暴れ牛」になるしかなかったのサ。その未熟とも言える忍としてのキラビの不完全さが「雲雷峡」なる秘境に引きこもるキラビの修行の「真の理由」と言える訳です。それを促したのが雷影ならちょっと厄介だ…。

(弱いくせにめんどくせ♪)

そう言って仕舞うキラビの持つ悲哀を感じると「力」に憧れ「強さ」を追い求める者の純粋さが痛みとして襲いかかって来るようです。それは人の「心」では御せないような"尾獣"を封じ込められた"人柱力"の悲しさでもある。そして、人のままでも充分倒せた"鷹"をわざわざ尾獣化しないと殺せないと判断したキラビの優しさに「暴れ牛」の深層を感じ、喉の奥に激しい乾きを覚えるケルベロスなのです。

キラビと呑みに行きてーッ!!(と…取り敢えずビール…ッ!)

キラビは自分で手を下したくなかった…のだろうと、僕は思います。何処か遠く…離れた場所で「見物」していたかったんじゃないだろうか。そんな想いがあの痛くて寒いラップに織り込まれていたのなら…。赤提灯で肩を寄せ合い、朝まで語り合いたい気分です。取り留めのない話でも良いし、ただ一緒に呑むのも良い。ああ…喉が渇く…。



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