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第420話「戦場、木ノ葉!!」(其の弐)


今回は変則の感想三分割なんで、「カカシVSペイン・天道編」(其の壱)をお読みじゃない方は先ずはそちらから…。で、ここからは「妙木山編」。場面はナルトとフカサクが修行を終えて住居に帰って来たところから。居間でナルトがお茶などを啜っています。取り敢えずビールじゃないところが未成年のナルトっぽくて良いです。しかし、居室はフカサクらのサイズに合わせてるらしくてナルトにはやや窮屈そう。

<ズズ>(ナルト)

「ほんなら新鮮な食材
調達してくるけんな」(シマ)

(またグロい系かなぁ…
…やだなぁ…)(ナルト)

「母ちゃん
精のつくやつ頼んだで!」(フカサク)

おいおい、フカサクさん。何を期待してるんかーいッ!!(カチーン♪←髭男爵風)と、冗談はさておき、数件のタレコミが妙木山の食事に寄せられております…。ちょっとトラウマになりそうなお食事なんですが、もしかしたらあのグロい系の食材がナルトの仙術との親和に一役かっているんじゃないかと…。それに蝦蟇の油を混ぜ込んで食べさせている…等々…タレコミ、ありがとうございました。

ナルトはグロい系と言いながらもしっかりと食べてるからね。フカサクの「精がつく」と言うのも満更無関係でないとも思うんです。と言うのは、どう考えてもナルトの進歩は速過ぎる。ま、これまでも螺旋丸を一週間。風遁のチャクラ性質も驚くべきスピードで修得したから、それが仙術修行にも適用されるんだろうけど、それぞれに理屈があったから、今回はこの食事が関係してるのもアリです。

しかし、一つ疑問があって、それはシマが全く修行に顔を出さない点です。自来也の仙人モードに召還された時はあんだけ口煩(くちうるさ)かったのに、ナルトの修行には顔を出しません。それは何故なんだろう?と考えてたんです。竹林の鬱蒼とした小さなお堂。笑顔をたたえるお地蔵様。食材を調達に行ったシマがお堂の前で手を合わせているカットで何だか判った気がしました。

角(つの)蛙風の地蔵様?それにシマは手を合わせています。これって、もしかしたら『自来也のお墓』じゃないでしょうか。自来也の骸を回収したか否かは不明ですが、シマが静かに手を合わせる姿は何だか切なく感じられます。外に出たときは必ずここに立ち寄り、こうして手を合わせてるんじゃないかな。シマには自来也の死は受け入れ難いくらいショックだったんじゃないかと、僕には思えます。

そして、フカサクだけがナルトの修行をつけるのは、ナルトの飛んだり跳ねたりする姿が、妙木山に迷い込んだ少年…自来也にダブってしまう。それがシマには堪えられないんじゃないかと思うんです。時々ナルトが見せる笑顔なんて…シマには毒みたいなもので、そんなものに触れたら泣きわめいてしまう…。それほど、シマは傷心なんだと思えるんです。だから、ナルトの仙術修行には来ない。

その代わりに、部屋の掃除をしたり、腕に選りをかけた料理を作る…内助の功に徹してるんだと思うんです。だから、シマのテンションが低かったり、口数は思いの外少ないでしょ。それがこの竹林のお堂のお参りに符合して、何だか心に沁みて来ます。そして、そんなシマに当たらず障らずナルトの修行を付けているフカサクにも…。フカサクだってシマと同じくらい辛い筈だから…ね。……二人共、オトナだぜ…。

仙術チャクラも練れるようになったし
蛙組手仙法もある程度マスターした
ここで最後に一言言うとく事がある」(フカサク)

「な…なに?
かしこまっちゃってさ」(ナルト)

シマが居なくなったのを見計らってフカサクが切り出しました。このタイミングには意味があると思います。これはフカサクとナルトの会話の後半で合流する伏線じゃないかと思います。忘れないように記憶のキャッシュメモリに置いておいて下さいね。ナルトの仙人モードの予想図と言うか、完成系のイメージもそこにはあるので、あれこれ考えてみて下さいね。

話を戻すと、ナルトは"蛙組手"以外にも"仙法"もある程度修得したとあります。って事は、自来也の使用した「仙法・五右衛門」とか「仙法・毛針千本」とかも使えるようになったかも知れませんね。ナルトは忍術のバリエーションが少なくて闘い方が単調になる傾向があるから、術のバリエが増えるのは大歓迎!!それに「超大玉螺旋丸」も使用可能かもね。でも「油」とか吹いちゃうんですかね。

「それはな…仙人モードのリスクについてじゃ」(フカサク)

「リスク…」(ナルト)

ここでナルトが「リスク」と言われてピンと来ないのは、仙術修行で蛙化を経験してるからだと思います。例の<プクーッ>って顔がまん丸になって、最後は蝦蟇岩になってしまう…アレです。ナルトは「リスク」をそれだと思ってるから、何で今更って思うんじゃないでしょうか。しかし、フカサクの「リスク」てのはそれとは違って、寧ろ「制限」に近い。それがこれから判ります。

「そうじゃ…
そのリスクをちゃんと把握できてこそ
仙人モードが最大限活かされる!」(フカサク)

「リスクって?」(ナルト)

「まずはナルトちゃんも
分かっとるとは思うが
仙人モードはそう長くは持続せん
もって5分じゃ」(フカサク)

仙人モードなんて狡いって散々言ってましたから、この程度の枷(かせ)は欲しいところです(笑)。それでも仙術修行がインスタントに終了したり、そいでもって自来也以上の成果を得られたり…と不満が残ってますから。しかし、「5分」…これも解せない…と言うのは自来也はペイン戦では5分どころじゃなかった。ただ能力の減衰は感じられましたが、その説明がこの後続きます。

「それから仙人モードになるための
自然エネルギーを集めるには
"動くな"が基本じゃ

それゆえ戦闘に入ってからではまず使えん
動かんかったら敵の格好の的じゃけんの」(フカサク)

「仙人モードになれるのは
仲間がたくさんおって
己がフリーになる時だけじゃ
どうしても一人の時に仙人モードに
ならなにゃいけん時は
いったん戦闘から離脱して
自然エネルギーを集めるしかない」(フカサク)

フカサクさんが今更、申し訳なさそうに言うのは、ナルトの仙術修行に対するモティベーションを下げたくなかったからでしょう。僕も"動くな"が戦闘の中で生きるとしたら精神的な落ち着き…「明鏡止水」(めいきょうしすい)の境地だろうと思ってましたが、フカサクの説明からすると、仙人モードの持続時間の「5分」とは自然エネルギーの取り込み量の限界による活動限界でしょう。

確かに、いちいち自然と一体化して自然エネルギーを集めて取り込むシーケンスを戦闘中に行うのは無理がある。第一、まどろっこしい!!(笑)しかし、それでもナルトに仙術を仕込んだのは自来也がナルトに全てを託したようにフカサクも託したかったからじゃないかと思うんです。与えられるものは何だって与える…これが「親心」であり「愛」なのですから。

「ああっ!!使えねーじゃん!
じゃあ今まで何のために…!」(ナルト)

「そうガッカリすな
そこでそのリスクを補うために
ワシがおるんじゃ」(フカサク)

「どういう事?」(ナルト)

フカサクが何だか勿体振ったように感じるのは気のせいでしょうか?(笑)自分に当て嵌めて考えると、こんな時ってちょっと迷ってるのかな…と思います。何でフカサクがナルトに対して迷う必要があるんだろうか?と、このカットの時点で悩んだんですが、それが次のコマで理解出来ました。フカサクには蛙としての悩みがあるんでしょうね。自来也の時も同じように小出しに確かめたんだろうな…。

「ワシとナルトちゃんが身体を融合させれば
それでOKじゃ!」(フカサク)

「……」(ナルト)

「ゲロゲロゲロゲロゲロ」(ナルト)

「ギャアァアア!!!!」(ナルト)

ナルトには九尾が自分を浸食するイメージが強くあるから「融合」と言われると、どうしても蛙のバケモノ風の妄想が襲うのだと思います。自来也も鼻がブツブツのデカ鼻になって「しかし小僧…おぬしゃ女子にもてんよーになるゆーて」(第41巻/111頁)と、仙人モードを拒んだ形跡があります。これはシマが自来也をチクリとやった言葉だと思うんですが、フカサクにもチクリと来たのかな…と思います。

フカサクは自来也を自分の子のように思ってたんじゃないかな。それはシマも同じで、だから自来也からの拒絶は身を斬られるように痛かった…。それがナルトに説明する仙人モードのまどろっこしさに混入していたんじゃないかと、僕には思えるのです。フカサクはナルトの反応が怖かったのです。だから、じっくりとナルトの気持ちを確かめながら話を進めた…しかも、シマが外している間に…。

「融合言ーても背中に軽くくっつく程度の融合じゃあけんの」(フカサク)

「な…なんだ」(ナルト)

「でもなんで融合すれば
OKなんだってばよ?」(ナルト)

フカサクはホッとした事でしょう。ナルトはフカサクを拒まなかった。心が通じ合ってるとは言え、人と蛙。フカサクが用心深くナルトに接近して行ったような描写の意味がここに集約しているようです。ナルトの心の土俵はフカサクが案じていたより広かったんですね。それをこれまでの物語の中で僕らは観て来たから判るけど、フカサクはまだ日が浅いから…不安だったんですね。

ここで、フカサクが言う「背中」って言うのがポイントで、ナルトもフカサクのみとの融合をイメージしてるんですが、シマはナルトの仙人モードには参加しないんじゃないかと思う訳です。それはシマの意志と言うよりはフカサクの配慮なんじゃないかと、深読みストで考え杉良太郎の僕としては思ってしまう訳です(笑)。

シマは自来也の死に酷く憔悴(しょうすい)しています。受け入れる事すらなっていないかも知れない。しかも、ナルトは自来也を想い出してしまうくらい良い子だし、雰囲気も似ています。笑顔なんて…!!そんなナルトにシマを降ろさせるなんて、フカサクにはそんな酷な事できない。フカサクはシマの事を心から案じるから、ナルトの仙人モードは自分だけが受け持つ覚悟なんだと思うんです。

ナルトの仙人モードはフカサクが背中に融合する!!

フカサクが背中に降りてナルトに指示したり、後方の警戒をする。Xウィングに搭載されるR2D2みたいな感じかな?(ウロです)今のシマの雰囲気を観察すると、どうしても戦闘に参加できるとは、僕には思えん訳で、それを強いないところにフカサクの愛があり、温かな人となり(正確には…蛙となり)が滲み出てるようでしっくり来ます。それかあり得ないけど「懐妊」(かいにん)の線も微妙に臭う…(エッ~ッ!!)←それで「精がつくもん」なんかーいッ(笑)。

シマのご懐妊?!(テヘヘ…←フカサク)

問題は仙人モード召還用の隈取りのデザインだ…。自来也は左右にL字を描いたけど、あれは双肩に二大仙人を口寄せする為の図式だった筈だから、背中にフカサクだけを降ろすとしたら、例えば眉間からオデコに真っ直ぐ立ち上がるような一本線みたいになるのかな…なんて予想しています。何れにしても自来也の仙人モードとはデザインが違うんじゃないかと考えています。

「カンタンに言えば
"静"と"動"の役割分担をするためじゃ
片方が動いている時は片方が止まって
自然エネルギーを取り込む」(フカサク)

「自来也ちゃんも
ワシら夫婦を両肩に乗っけた状態
仙人モードの最終形態じゃった」(フカサク)

何で「融合」したら仙人モードが戦闘で使用できるようになるんでしょうか?これは僕も同じように説明が欲しいと考えてました。仙人モードが提示されたペイン戦では二大仙人が「触媒」のような働きをして自来也に「力」を与えてるのかな…と考えてて、それが「蝦蟇の油」で現実味を帯び、ナルトがその油無しで仙人モードが可能になった上での「融合」の意味が分からなかったのです。

フカサクの言うように、融合がもたらす「役割分担」があるならば、仙人モードの持続時間の延長だって説明がつくし、自然エネルギーを収集する為に時間を必要ともしなくなります。自来也のように単身で行動する場合も口寄せする暇(いとま)さえあれば仙人モードは使用可能です。確かに、これなら実用性は一気に高まりますね。それに、術の補助や探知も期待出来るし、精神的な安心感もある。

「なるほど…そういう事か」(ナルト)

「まあ心配するな
ナルトちゃんよ!」<スッ>(フカサク)

「OK~!!」<パン>(ナルト)

「心配」とか「リスク」って言葉を使ったのはフカサク自身がそれを抱えてたからなんだと考えると、意地らしい…じゃないですか?これはきっと世のお父さんの心配事なんだろうな…とも思えます。生まれた時はあんなに可愛く微笑んでくれたのに…。いつだってこの胸に飛び込んでくれたのに…って想い出してる…これは「父親」の悲哀でしょう…少なくともフカサクはそんな目でナルトを見てる…と。

で、微笑ましい…フカサクとナルトのハイタッチ!!今、木ノ葉がどんだけ大変な事になってるかなんて二人は勿論知らない…筈。連絡蛙が訪れるまでは…。でも、これで一応、ナルトの仙人モードも実戦投入可能なレベルには達した事になります。それに未だ出てないけどゲロ寅(巻物蝦蟇)の蔵入りだってあるし、そうなればナルトの九尾のチャクラの完全解放モードだってある。

そして、その状況を想定した上での仙術修行であったとしたら…だって、九尾のチャクラって自然エネルギーの一種とも考えられるから、仙術チャクラのノウハウがそのコントロールに活かせる可能性もあると考えられますからね。ナルトに内蔵された九尾が仙術修行の礎(いしずえ)になり、仙術の修得が九尾のコントロールを引き寄せたとするなら、余りにも合理的過ぎて怖いくらいです(笑)。

でも、ナルトは主人公なんだし、とんでもない人外を相手にするんだから……狡くなんかない!!(滝汗)続きは「木ノ葉蹂躙編」(其の参)でーす!!


   

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