スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「鬼手仏心」(終末の谷の決闘…第四撃)

  
千手一族のエンブレム

「火影の名を初めて名乗った男
柱間が率いる千手一族は
どの忍一族からも一目置かれ
何より恐れられていた」
(マダラ)

マダラ(トビ)の回想で、柱間との対峙が出て来ますが、その都度、柱間は平静な感じで、マダラが妙に焦ってるよな…特に第399話「すべての始まり!!」の冒頭(第43巻/171頁)ではその差異が際立っています。外見的にも柱間に対してマダラは若く感じます。当然、歳の頃は柱間が上で、マダラが若い。柱間を前にしたマダラが冷や汗ダラダラで、やや引き攣り気味です(笑)。

最近、視力が落ちて来てアレなんですけど、このカットのマダラは万華鏡写輪眼ではないようです。このビビリ方からすると、いきなり全力!!で行くのが自然だから、この当時はまだ三つ巴止まりで、これ以降の修行で徐々に「力」を覚醒して行ったのかな…と思います。つまり、その過程で「最も親しい友」や「弟」を写輪眼に差し出したのです。マダラはそれで得た「力」で何度も柱間に挑んだ…。

うちは一族のエンブレム

「力がモノを言う時代
オレはより強い力を求め
友も弟もこの手にかけた

だがそのお陰で完全なる万華鏡を手に入れ
おれはうちはのリーダーとなった

そしてその力を使い
幾度となく千手一族と戦った

千手一族の長
柱間を相手にするには
仕方の無いことだっただったのだ

のちに初代火影となる木遁の千手柱間
この忍の世界の頂点でありオレの憧れの忍だった」(マダラ)

マダラは柱間に憧れていたのです(第43巻/168-169頁)。そこには柱間の大きな「力」や人柄や知性を総合した「包容力」があって、多くの人をひとまとめに束ねてしまう強烈なカリスマとして顕現していた筈です。マダラの純粋な「力」に傾倒したカリスマもある程度の規模の集団には効力はあったでしょうが、人数が増え規模が大きくなればなるほどマダラに対する求心力は急速に衰えていった筈です。

マダラにとっては、柱間の全てが壁のように聳え立つ…言うなれば、サスケが感じるイタチのような存在…その如何ともし難い圧倒的な「差」が、マダラを焦らせていたのでしょう。柱間が時折見せたであろう「気遣い」などは、マダラにとっては負担以上の何者でもなかったのかも知れません。一方では一族の信託に応えないと"いけない"と言うプレッシャーとの板挟みだったのかな…と思います。

だから、マダラの写輪眼の開発…「万華鏡写輪眼」→「真・万華鏡写輪眼」…と言う流れは、マダラが柱間に対抗する為に駆り立てられた…と考えると繋がります。マダラは柱間に勝ちたい一心で修行に励み、自分にとって「大切な存在」と引き換えにしてでも「力」を手にして来た…それが写輪眼の「宿命」であり、血塗られた「うちは一族」。そして、この禁忌こそが「うちは虐殺」の"芽"だったとも、僕は考えています。

イタチはこの「宿命」をサスケに納得させる為に「高み」と言う言葉を用いたのではないかと思います。より強くなる為に、「一族」や「家族」を犠牲にする…ある意味、「力」の目的に対して背反する不条理を自らの存在そのものに「うちは一族」は抱えています。そのパラドックスに「うちは一族」は絶えず翻弄されて来たのです。イタチはサスケをその不条理から救い出したかったんだと思います。

サスケはイタチに守られていたから、このドロドロを生々しくは感じていないんです。その上、イタチを殺めてしまった不徳を木ノ葉隠れのせいにするわ、不幸な自分と幸せそうに見える他人を比べて被害者意識を暴走させたり…もう好き放題(笑)。基本的に「うちは虐殺」は「うちは一族」が抱える二律背反に起因する悲劇だったのに、それを受け入れられないでいるのです。

これがサスケのドス黒い"逆恨み"の正体でしょう。イタチはきっとそんな逆恨みなど望んではいなかったと思うんです。自分が持ち得る限りの「情」を注ぎ込み、サスケに「力」を与えたかった…その意図を歪曲するようにマダラ(トビ)は、あの「儀式」でサスケに刷り込んだのです。マダラもサスケを「手懐けた」(「第404話/「"鷹"と"暁"」)と、何故だかゼツに自慢していましたね。

トビが言うように、マダラと同一人物であるのなら、終末の谷の石像の上でサスケの成長に目を細めたのは得心が行きます(第41巻/26頁)。そして、イタチにバトンタッチするようにサスケの後見人(?)に居座わる形でサスケの成長を下支えするかのようなマダラ(トビ)の所作には近親者のみが醸し出す"暖かみ"すら感じます。同時に、マダラ(トビ)の「ドス黒さ」からは、かなり濃厚な「下心」も感じますが…(汗)。

「オレは復讐者となり
木ノ葉隠れの里に戦いを挑んだ」

率直に考えて、木ノ葉に刃を向けたマダラとサスケは似ています(第43巻/180頁)。この類似にマダラの下心が潜んでいるのだとしたら、「儀式」以降のサスケへの誘因とも思える関与は危険な臭いを帯び始めます。それがマダラ(トビ)の息み…「そうなれば全てが本来の形に戻るのだ…」(第40巻/95頁)に繋がるのなら、充分にサスケに対する脅威と言えます。正直、ヤバい…(汗)。

ま、そのお話は次の次の「終末~」で本格的に行きますが、マダラ(トビ)とサスケはかなり似ている…今はそこに食い付いてみましょう(笑)。しかし、あの「逆恨みっぷり」は瓜二!!。普通は自分を責めるけど、マダラ(トビ)もサスケも自然に「木ノ葉」を恨むから不思議です(笑)。サスケが万華鏡出して「木ノ葉を潰す」(第43巻/241頁)で凄んだのには、みんな「えーっ!?」っとなりましたよね。

「な、何で?!木ノ葉?!」って(笑)。

マダラとサスケが「似てる」として、かつてマダラが仕掛けた「復讐」、つまり「逆恨み」が「終末~」だったんじゃないかと思います。マダラもまたサスケみたいに逆恨みする事で自分を肯定したかった…早い話がすっごい甘えん坊だったんじゃないかと、僕は考えています。そして、柱間はそのマダラの「ダダ」をしっかりと受け止めてあげるんですが、何らかの「事情・理由」があったのか…マダラを迎え撃ったのが「彼(か)の地」であった訳です。

皮肉なもんだな…」(パックン)

「ああ…この川はかつて二人の男が争い
その傷跡から生まれたと言われている…
この流れを見てると…
まるで永遠に止まることなく流れ続けていく
戦いを見せられているかのようだ…
…木ノ葉の里を作った
この像の二人の運命と同じように…」(カカシ)

サスケを止められなかったナルトを抱き上げるカカシ(第27巻/159頁)。それとパックンがする「昔話」から、柱間とマダラの浅からぬ…否…めちゃくちゃ深い間柄が感じられました。その関係は完全無欠のお兄ちゃん=イタチ=「柱間」とそれを追いかける可愛い弟=サスケ=「マダラ」を、自然に思い起させます。きっと、柱間はマダラにとって「相棒であり、師であり」(イタチ)(第42巻/115頁)と言える存在だった事でしょう。

先に考察したように、柱間とマダラの対戦は何度もあった筈で、マダラは連戦連敗だった…。それでもマダラが殺されなかったのは、柱間がマダラを生かしておいたからだと、僕は思います。もし一度でもマダラが柱間に勝ったのだとしたら、マダラの餓えにも似た「渇望」は勢い柱間すら殺め、その「死」を持って己の「力」や、自分の「存在」そのものを感じようとした筈だと、僕には思えます。

だから、「柱間VSマダラ」が複数回あったのだとしたら、マダラは柱間に一度たりとも勝つ事はなかった…(筈です)。そして、それを繰り返させたのが柱間のマダラに対する思い遣りで、その余韻が醸し出す二人の関係性が「イタチとサスケ」を思わせるのは、二人の間に柱間の「与える愛」が存在したからに他ならない…と、確信めいた想像が去来します。

そんなこんなが「終末の谷の決闘」のあの見開きには見え隠れします…。マジにこのワンカットだけなんですけどね…(汗)。それを(こ)ねくり回して膨らませるのが「パン屋さ…否…ナル×ジャンの「考察」ってもんですよ(笑)。この「見開き」にはいろんな示唆があるのです。「何か」を、僕は感じます。ま…そう言う「うがった目」で見れば…の話ではありますが…(笑)。

これまで「終末の谷の決闘」では、マダラが背にする「月光」。そして、マダラの武器…「死神」を考察し、次に柱間の足下の大巻物…「力量」と話を進めて来ました。第四撃では柱間の用意した「七振りの大刀」(忍刀)と「大型手裏剣」に光を当ててみようと思います。柱間は何故、こんなに沢山の武器を用意したのか?そこにはどんな「理由と事情」があったのか?

柱間…この決闘の深層に潜ってみましょう。



千手柱間と七振りの忍刀

基本的に幻術戦(マダラの「月読」や柱間の「幻術・黒暗行の術」)はそれぞれのチャクラの強さ(図抜けたチャクラ)や補完手段(柱間の大巻物)によって無効と考えれば、残りの選択肢は「忍術」と「体術」。しかし、忍術もマダラが「天照」や「神威」を使用可能だったとしても柱間には「樹界降誕」があり、チャクラの補完技術の下に稼働してたとすると、甲乙着け難いです。単なる削り合いに終わってしまうように感じます。

結局、消去法で行くと残りは直接攻撃のみになってしまうと思います。そして、それがマダラの「首斬り鎌」(「死神」参照)であり、対する柱間は「七振りの大刀(忍刀)」と「大型手裏剣」だったと、僕は考えています。マダラは勿論、必死に柱間に向かい、柱間には何らかの「意図」を携えて、敢えてマダラに応えた…ううん…応えて"みせた"と言うべきか…「終末の谷の決闘」で、マダラと柱間の"心の内"にはやや温度差があった…と、僕は考えます。

実はこの部分の解釈は二転三転。非常に苦慮した「分岐点」でした…。

マダラは「死神」にも書いたけど、バリバリに「殺意」があった筈です。対して柱間はどうだったんだろう…って散々考えてみたんです。最初はこんな沢山の刀剣を周到に準備して…って、めちゃくちゃやる気満々なの?と思ってたんです。しかし、どうも箸が進まない…(笑)。もし、柱間に「殺意」がバリバリにあったなら、こんな風に自分の武器をマダラに示したりするものでしょうか…。こんな事したら、思いっ切り「警戒」されちゃうじゃないですか!!

本心で殺る気ならば、もっと「秘匿」するで筈…。
柱間はホントはマダラを殺めたくはなかった?

だから、これ見よがしに「柱間の忍刀」を並べ、誇示したんではないか?それはマダラ対する「警告」だった…。「殺すぞ!!」と言う脅し…柱間の「本気の殺意」を感じれば、マダラでも思いとどまってくれるんじゃないかと、柱間は期待したんじゃないでしょうか。そして、それは「柱間の忍刀」に不自然に寄り添うかのように樹上に刺された大型の手裏剣にも表れてる…二人には、あの大型手裏剣は「特別な意味」があったのだと思います。

柱間が用意した大型手裏剣

この大型手裏剣はマダラが柱間に贈ったものではないかと、僕は考えています。二人の友情の「証」とか、マダラの柱間に対するリスペクトを込めたプレゼントだったと考えれば、「柱間の忍刀」に対する唐突さ(繋がらなさ?)はかなりフラットになると思います。それに柱間程の忍(頂点ですよ、頂点)が「手の内」を不用意にひけらかすのはちょっと変。この場合、柱間が意図的に「見せた」とする方が、僕には、このあからさまさが自然に感じられます。

そもそもこの大型手裏剣のデザインには「うちは一族」を感じる点。投げて使う忍具なのに遠くに置いている点(端っから使う気がなかった?)などから、柱間がマダラに見せる為にこの場に突き立てたものと考えています。それに、このタイプの大型手裏剣はイタチやサスケのこれまでを見ても手裏剣好きの「うちは一族」の独壇場とも言える「忍具」。それを「うちはの頭領」であるマダラに向かって投げるのも些か滑稽(敵に塩)じゃないですか(笑)。

柱間の「庇い手」(かばいて)とも思える「準備」。マダラの「焦燥」に突き飛ばされるような「特攻」。その拮抗がマダラ寄りに傾いた…それが「終末の谷の決闘」を悲劇に変えて行ったように思います。柱間の「守勢」に畳み掛けるようなマダラの「攻勢」がマダラに九尾を加算したとしても揺るがなかった柱間の絶対優位に綻びを生んだように感じます。そして、流石の柱間も九尾と強烈タッグでやんちゃに攻めて来るマダラを庇い切れなくなった…と。

そして、この闘いでマダラは、「柱間の忍刀」の幾つかを持ち去ったのだと思います。具体的には闘いの過程で、瞳術を用いて異空間に跳ばし後に回収した。或いはその身に浴びた刀を奪い取り活用した…。基本的に刀剣等の武器は奪われないように闘うのが基本中の基本(相手の戦力になってしまうから)。しかし、「柱間の忍刀」は何本もあって管理が行き届かない…手が何本もあれば別だけど(あったのか?)、武器装備の定石から遠いです。

ま、「柱間の忍刀」故に使用者を制限(忍刀からの拒否)できる考えもあるけど、例えば水月はキラビに「首斬り包丁」を奪われ使用されています。柱間は「木遁・城塞の陣」(仮称)~「大巻物」を中心に守備的な陣形を形成し、そこにありったけの刀剣=「柱間の忍刀」を配備したんだけど、戦術的にはかなり不合理だったとも言えます。ここまでしても柱間がこの一戦を成立させる必要があったのだとしたら…もしかして、この決闘には隠された「目的」が存在したって事か?!

「アナタが黒幕なら私の立ち回りもやりやすい
水影様…いや、マダラさん」(鬼鮫)

一方、紆余曲折を経て(どう言う訳か)「水影」となったマダラは(第404話/「"鷹"と"暁"」)、「柱間の忍刀」を叩き台にして「霧の忍刀」を創設し、それを腹心に「ある任務」と共に与えた…。それが『NARUTO -ナルト-』の物語の表層に出ないもう一つの流れとして物語の側面を支えているんじゃないでしょうか。事実、波の国の桃地再不斬。"暁"の鬼鮫…。それらが尽くナルトやサスケと絡んで来ました。「写輪眼」と「尾獣」。それと「忍刀」。この三つ巴が忍界の趨勢を占う重要アイテムなんだと、ナル×ジャンでは考えます。

「柱間の忍刀」は特殊な鍛え方をした業物で、「妖刀」だったとも「霊刀」とも考えられ、固有の意志や生命を帯び、その「態」(てい)すら一定ではなかった…と(うう…く、苦しい…汗)考えれば、既出の「霧の忍刀」…「鮫肌」と「首斬り包丁」と符合するものが辛うじて浮き上がって来ます。ま、その想いが最初にありき…なんですが…(笑)。そして、かつてあった「霧隠れのクーデター」と「水影の暗殺?」…それもマダラ=水影と「忍刀」が絡んだ騒動だった…と、僕は考えています。


忍刀(其の壱)

大きな「刀」と言うよりは「鉈」(なた)。分厚い刀身には幾重の地紋が刻まれています。僕は「柱間の忍刀」は進化する武器だと考えています。使用者の意志に呼応し、その望みや特性に応えるようにその姿形を変えて行く…。そして、この大鉈が鬼鮫の「鮫肌」の原型なんじゃないかと、薄らと考えています。

ま、「鮫肌」とは外見が全く違うから別の大刀かも知れないけど、鬼鮫と出逢った事で変異を促した…この大鉈が鬼鮫の意識を汲み取り変わって行ったとすれば、それは凄くドラマチックなお話だと思うし、鬼鮫の底の知れないミステリアスな「生き様」にも似つかわしい!!ナル×ジャン的にはそこを支持したいです。

また「鮫肌」が強く鬼鮫を認めてる態度を示すのには、「忍刀」の中でも主導的な立場に「鮫肌」が在る事を期待させます。鬼鮫と「鮫肌」が出逢うべくして出逢ったのであれば、そこには「恋」と同種の運命があったんだろうし、そしてそれを所有する鬼鮫の「使命」…マダラの仮面の下の「顔」を知り、それを「水影様」と呼んだ鬼鮫。今後の鬼鮫の「立ち回り」は要チェック…目が話せないッス。


忍刀(其の参)

実はこの大刀が一番最初に目に飛び込んで来ました。思いっ切り「首斬り包丁」の原型に、僕には見えまくっています(笑)。再不斬の性格や好みに合わせて打ち直されたのでしょうが、刀身が所々欠ける特性は継承され、今の「首斬り包丁」の貌(かたち)に変異したのでは…。

「鮫肌」よりは意識は薄弱だけどその分、扱い易い…なので水月が容易に継承できた?しかも、再不斬の墓標代わりだった件の大刀が墓荒らしにも遭わず、束(グリップ)や鍔(つば)の形状が微妙に変化してたのには不思議でした。再不斬が負った使命を引き継ぐ「誰か」が現れるのを待っていたからなのかな…なんて考えたり…。

ま、これ以外にもアニメで黒鍬雷牙が登場して「忍刀」を使用しているんだけど、ナル×ジャンでは考慮しない事にしました。余りにもヘタレ(過ぎみたい?)だったし、二刀流だったので…ちょっと公証から外れ過ぎ(汗)。それに本人が言ってるだけでフェイクの線…「自称・霧の忍刀七人衆(刀)」もあるかも(笑)。

それと、「Tails」で提示した三尾の人柱力(霧隠れのバンちゃん←仮称)は背中に下げる「?」に「花」のエモノも柱間の「忍刀」には見当たりません。貌を変えるにも程があるし(笑)、小振りの「忍刀」を格納した容器と考える事ができますが、描写が全くない(ポスターだけ)ので先送り…と言う事で…(滝汗)。



「そしてオレは敗れた…
"終末の谷"と呼ばれるようになった
あの場所でな

オレはあそこで死んだ…とされている
柱間でさえ
そう思ったハズだ」

「死んだ…とさえている…」

柱間の用意した「七振りの大刀」は特殊能力や特別な鍛え方をした刀剣だったのだ筈です。それぞれが封印剣だったり、特殊なチャクラ攻撃を行う特性であったろうと、僕は想像しています。そして、この闘いでマダラはこの内の一振りに刺され、「死んだ…とされている」(第43巻/182頁)と言うように、史実として…この激闘には終止符が打たれています。しかし、マダラも何らかの方法で生き延び、柱間もマダラの「死」の判定を誤ってしまった…。


忍刀(其の七)

これが、マダラを貫いた一刀ではないかと、僕は考えています。柱間の「忍刀」のディテールを分析すると、マダラにトドメを刺したとされる描写の「忍刀」に該当するのはこれくらいしかないし(汗)。丁度、柱間の「大巻物」の陰に隠れてて見え難い!!なので、ディテールの分析には妄想成分が大量に注入されていますので、くれぐれもご注意下さい(笑)(そもそも何で黒なんだーッ!!)。

そして、この「忍刀」が現在、木ノ葉にあり、木ノ葉のある忍が運用している…?三代目火影・ヒルゼンの傍らに常に居た忍…ライドウと、それがアオバのカラスの群れから<スー…>と繰り出した「黒刀」(第36巻/141頁)…過去にこの「黒刀」を見た…戦った事があるんじゃないかと、角都(柱間との対戦経験をカカシ達に自慢していた…)を疑っているケルベロスです(汗)。

(黒刀)「!!」<キュイン>(角都)

飛車角戦(第34巻/141頁)。アオバ&ライドウの増援が角都を一瞬凍り付かせました。角都は柱間と戦闘経験があります。この時のライドウの剣に対する角都の驚き方には引っかかりました。不死とも言える角都が恐れた?驚いた!「黒刀」…角都は柱間に破れていて、角都は思わず柱間の無双の強さを思い返したんじゃないでしょうか。

そして、その「忍刀」を木ノ葉のライドウが所持しているのはマダラの死体と共に終末の谷に残留したものを回収したんだと考えています。あの戦いでマダラは体の一部…大部分を奪われたんじゃないでしょうか。マダラは「黒刀」に刺され、「毒」(「者の書」/121頁)に冒された部分を置き去りにして逃げたと…。

その凄惨な痕跡に柱間はマダラの「死」を認定したのかも知れません。マダラは「特別に強いチャクラ」を持ち「しぶとく生きながらえている」(第43巻/168頁)とサスケに吐露していて、経絡系や写輪眼の要部を残す最小限で命を繋いだ逃げ道が存在していた…と考えれば、柱間の「誤認」もある程度肯定されます。

同じように、角都がその凶刃にかかり体を失い、その末に滝隠れの「禁術」を得て命を繋いだとすれば、マダラも似たような方法を持って今の「貌」=トビになったとも思えます。それで、自ずとトビの正体も見えて来ると思います。何より、角都とマダラの延命の陰に同じ「柱間の忍刀」が関係しているとすれば非常に面白いです。


柱間の不可解にも思える「準備」。これはマダラを思い止まらせる為の方便だったと思います。柱間は本心でてマダラを殺したくはなかったのです。柱間はマダラを貫いたのは、多分、不可抗力だったと思います。柱間がマダラの「死」の判定を誤ったのも、実はそこに根っ子があるのかも知れません。しかし、柱間がマダラを殺したくなかった…とするならば、「終末の谷の決闘」そのものの「目的」が解らなくなります。

柱間の力量であれば、ここまでマダラの攻撃を受けるまでもなく、もっと機先を制した潰し方と言うものがあった筈です。しかし、柱間は大きな谷を造形するような一大決戦を演出する必要があったのです。それは柱間はマダラの『全て』を出し切らせる必要があったからなんじゃないでしょうか。それがイタチの「…出るものが出たな…」(第43巻/55頁)に酷似しています。つまり、その為の「終末の谷の決闘」だった…と、僕は考えてしまうのです。

うちはマダラの『全て』…それは「真・万華鏡写輪眼」
そして、万華鏡が口寄せできたと言う「九尾」でしょう。

「九尾を手懐けコントロールすることが出来るのは
うちはの瞳力だけだ…」(マダラ)

マダラが言うように(第43巻/185頁)、九尾とは特殊な尾獣であり、柱間の異能を持ってしてもコントロールできなかったんじゃないでしょうか。そして、九尾は常に「写輪眼」=「うちは一族」と共に在った…。きっと、柱間は九尾を「うちは一族」から奪いたかった筈です。柱間は尾獣を用いてパワーバランス(世界の均衡)を維持していましたから…。尾獣や九尾の意義は、そりゃもう知り尽くしてたでしょう。

「終末の谷の決闘」は九尾の鹵獲(ろかく)が目的だった!!

鹵獲:[名](スル)敵の軍用品・兵器などを奪い取ること。(大辞泉)

柱間は写輪眼が九尾を所有する事に危機感を感じていたのではないかと、僕は考えています。勿論、その先には「禁術兵器」の存在があったのは言うまでもありません。その意味で"暁"は写輪眼の意向の流れの中に在るとも言えます。これは仮説ですが、「九尾事件」もこの「終末の谷の決闘」に近い組成だったんじゃないかとも考えています。つまりは「九尾」の鹵獲。それがミナトの本意だったと…。そして、ナルトに「九尾」を封じた…(この部分を次の「終末~」で解き明かそうと考えています)。

恐らくは、柱間が誤ってマダラを殺めたしまった(とされている)瞬間、九尾がマダラの管理下を脱し遁走したのではないでしょうか。そして、柱間は迷わず九尾を追走した。それに乗じてマダラは闇に紛れた…。これがこの「決闘」が有耶無耶な終焉を迎えた理由ではないかと思います。結局、柱間は九尾をも取り逃がし、誤ってマダラを殺めてしまった…(とされている)。マダラを思い止まらせたかった…。

その為の「柱間の忍刀」と「大型手裏剣」だったんだと思います。何が悲しくて、大切な友や肉親を殺める「力」があると言うのでしょうか!!何の為に「力」が存在するのか?それを柱間は十二分に知る人だったのです。だからこそ、柱間は何としてでもマダラから九尾を奪取したかった…。柱間は「力」に飲み込まれ自分…「本来の形」を見失っているマダラを救いたかっただけなのです。

それが「終末の谷の決闘」「深層」
そして千手柱間が示した「鬼手仏心」

ただそれがマダラには届かなかった。
悲しき「輪廻」は、未だ…巡っている…。

 
 

NARUTO-ナルト-第44巻に寄せて… | BLOG TOP | 第423話「天道の能力!!」(後編)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。