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木ノ葉は何故、冷凍マグロだったのか?

  
「サイの小隊の隊長には
優秀な暗部の者を付けて
頂けましたかな?綱手」(ダンゾウ)

三代目の在任の時から
一番の使い手だった者を選抜した」(綱手)

この時、選抜されたのがヤマト(=テンゾウ)なんですが(第32巻/103頁)、火影が非常に重要な任務のキーマンとして暗部から人材を登用する流れ(習わし)があったように思います。思えば、「ここがナルトの家ねェ」(1巻/107頁)と漏らしたカカシ(カカシは暗部でもカカシだったようです)を三代目がナルトのお目付役に登用したのも、暗部のお面を外した直後だったんじゃないかと考えてしまいます。

暗部は火影直轄の部隊の筈ですが、ダンゾウの影響力が思いのほか強く残る傾向があるのでしょう。それをしてもその暗部から火影がキーマンとして登用するからには相応の信頼のおける人材だと考えられます。カカシをナルトやサスケの監視や保護の目的で第七班に三代目が登用したとなればその信頼度は非常に高いもので、綱手がヤマトをカカシの代役に据えたのにもそれと近似する信頼関係が存在するものと思います。

つまり、ダンゾウが探りを入れて来た暗部の忍はダンゾウの影響力の及ばない忍であり、その名前すらダンゾウは把握していなかったと推察され、ここにダンゾウが現れた意義と極めて近い"ヤッカミ成分"をかなり多量に含有する台詞です。綱手が三代目の名を出したのは、ダンゾウの気持ちを逆撫でする為で、その前にテンゾウに被せたヤマトと言うコードネームがホントの名前(ソウルネーム)とする憶測も満更…(黒笑)。

そのアンフェアをまとめたのが「テンゾウが先か?ヤマトが先か?」で、ま…拙くもありますが、如何にもナル×ジャンらしいオトナじゃないと受け入れられない考察が書けたもんだと、チクと自画自賛したり…(笑)。表層の描写…その僅かな揺らぎから登場人物たちが抱える心の深層を掘り起こす…そんな"考え遊び"みたいなものですが、こう言うのが書けて嬉しいし、味わって貰えるのは更に嬉しいです。閑話休題。

「……結構…ただ、其奴…
揉め事嫌いで腰の引けた三代目の教えが……
染み付いてなければいいんだがな」(ダンゾウ)

「……?」(サクラ)

「……フン…」(綱手)

三代目に染み付いた
あなたのおじい様の教えのようにね」(ダンゾウ)

ダンゾウがここで言う「揉め事」の筆頭が「うちは虐殺」でしょう。相談役のホムラとコハルはおいといて、三代目は反対する立場にあったんじゃないかと、僕は考えています。逆にダンゾウが主導的な立場にあったんだと思います。ここはかなりの憶測を孕(はら)みつつ「終末の谷の決闘」(第六撃)で考察するつもりなんですが、「週末の度に爆睡」で頓挫中…。どうか吊るして…アッ♡…許して下さい(笑)。

ま…ダンゾウが綱手に言う愚痴に近い嫌みをサクラが全く理解できないのは当然で、綱手もダンゾウには関わりたくないから斜に構えてやり過ごそうとしているのが、金持ち喧嘩せず…みたいな感じで結構、笑えます。それはダンゾウが火影にもの凄く憧れるおっちゃんだからです。きっと四代目にミナトが選ばれた時も大蛇丸以上に悔しがっただろうし、ミナトが戦死した後、再び三代目が火影に復帰した時も同じだったでしょう。

そして、木ノ葉崩しで三代目が戦死して、今度こそは!!と思っていたダンゾウをホムラとコハルが徹底的にスルーした時には、どんなに悔しがったか?…怖過ぎて想像できません。ホムラとコハルのダンゾウ無視の方針は直接の描写としては提示されていませんが、一応、自薦でも立候補してる筈なんだけど、それを強行に阻むかのように五代目火影の選考したフシが、在りし日の自来也を巻き込んで描写されています(第16巻/100頁)。

「…今や揉め事の種はそこら中に転がっておる…
大蛇丸だけではない」(コハル)

「いいか…
一つ基本的な方針を言っておく
五代目火影は今すぐにでも必要だ!」(ホムラ)

「そして昨日
火の国の大名と設けた緊急会議で…
自来也…それがお前に決まった」(コハル)

恐らくホムラやコハルはダンゾウに火影を任せたくはなかったので、三忍の名前を持ち出したのではないかと、僕は考えています。そして、自来也に白羽の矢を立てた。これにはダンゾウも引き下がらざるを得なかった事でしょう。しかし、自来也はこの申し出を固辞し、代わりに綱手を推挙し、それが呆気なく受理されてしまいました。しかし、「性分」なんて理由で固辞できるほど緊急会議での決議は軽いものなんでしょうか。

この呆気ないホムラとコハルの承認には実は裏があって…端っから綱手に五代目火影を任せたかったのではないかと疑ってしまいます。自来也の名前を出す事でダンゾウを黙らせ、火影就任を断るであろう自来也に綱手の捜索をさせる…ここまでが織り込み済みの茶番だったんじゃないか?と…。相談役の二人が「予言の選択者」としての自来也を知ってはいなかったと思われますから、やはり政治的な思惑があったでしょう。

そこを起点に考えると、相談役の二人とダンゾウがそれほど親密ではなく、政治的には決して交われない立場にある事が推察されます。また、自来也が綱手の名前を持ち出す事を念頭に置いた雁字搦(がんじがら)めだったとするなら、相談役は千手の系譜を重んずる柱間の親派であるとも考えられ、先に「腰が引けた…」と柱間(あなたのおじいさま)すら揶揄(やゆ)したダンゾウとはかなり距離をおいた関係だった筈です。

「昔、三代目火影の椅子を巡って
亡き猿飛先生と争った人物だ
三代目とは違い
ガチガチな合理的思考に基づく
強行・武闘派路線の主導者で
サイの上司だ
穏健派だった三代目の教え子で
初代火影の孫の私が嫌いなのさ」(綱手)

ダンゾウが去った後、渋々、サクラに事の仔細を説明する綱手ですが(第32巻/105頁)、柱間が人心を何処に向かわせようとしたのかが、ダンゾウの強硬路線との対比でより鮮明に浮き上がって来ます。普通に考えて戦闘集団としてはダンゾウの「ガチガチな合理的思考」が忍然としてるようですが、それは集団=コミュニティの規模や社会的な成熟度を考慮しない考え方で、どちらかと言うとマダラの思想に似ていると言えます。

一時、うちはマダラの協力者としてのダンゾウを考えた時期がありましたが、「うちは虐殺」が木ノ葉の任務であり、それにダンゾウが主導的な立場にあった考えが主流になった今となっては、マダラとダンゾウの政治思想の共通点は寧ろ旧時代的な忍が血族単位の原始的なコミュニティを形成する時代に固執した考えに思えて来ます。それがマダラの失脚を生み、ホムラとコハルがダンゾウをスルーさせた「妙」だと感じます。

歴史の成熟の過程から考えると、戦力を忍が有し、それが世を統べて行くのだとすれば、忍の長が大名となるのが筋ですが、『NARUTO -ナルト-』の世界では大名の子飼いとしての忍が主流であり、金銭の授受がそれを支えているようです。大っぴらに描かれてはいませんが、忍とは一般社会の中の身分の下層…身分が卑(いや)しい…社会の構成要素なんではないかと思われます。ここは描き難いから描いてないのでは…と思います。

柱間→扉間の体制は、血で血を洗う戦いの中に身を置かねばならない卑(いや)しい身分から脱却し、一般的な社会(身分)に高めようと試みたのではないかと、僕は考えています。それに対してマダラは忍の戦闘集団としての存在意義に固執し、柱間と袂(たもと)を分かつ方針をとった訳で、人心がそれに追従せず失脚。対して、ダンゾウは「根」と言う小規模のコミュニティを形成し僅かに残した…。マダラとダンゾウは非常に似ていて、その差異は極めて少ない…。

「木ノ葉の同胞は
オレの体の一部だ…
里の者はオレを信じ
オレは皆を信じる…

それが火影だ…!」(初代火影・柱間)

「サルよ…
里を慕い貴様を信じる者達を守れ
そして育てるのだ
次の時代を託す事のできる者を…

明日からは貴様が…火影だ…!!」(二代目火影・扉間)

柱間や扉間が僅かに残した肉声がヒルゼンの回想に残っています(14巻/112頁)。この考えをしてダンゾウは「腰が引けた」と揶揄するのでしょうが、社会の規模を大きくし、民度や意識の高揚を促す事で、忍が置かれた卑しい身分からの脱却を図る社会性の向上を意図する考えは、一忍として戦闘に拘るマダラやダンゾウに比較して成熟していると感じます。勿論、この思想は綱手にも充分に引き継がれています。

「サクラもナルトも…
かつて仲間だったサスケを必死になって追ってる…
サスケを助けたいと誰よりも強く思ってる
その強い想いが任務を成功に導く…
お前(シズネ)とサクラは違う…」

天地橋任務のメンバー選出でシズネが口答えなんかするものだから(第32巻/33頁)、綱手がやり返しちゃうんですが、綱手の考え方はリスクコントロールは全く無視した…エラく情緒的で合理性に欠けるな…と思ったものでした。個人の能力ややる気を尊重するのは良い事だとは思いますが、任務の遂行に個人の想いが大切とする考え方がそもそも、任務に対する意識を信用していないんじゃないかと思いました。

「実はな…
かねてよりシズネから相談
受けておったのだ…」(コハル)

この時、綱手にやり込められたシズネがめちゃくちゃ落ち込んでしまったのは、シズネは任務を遂行する熱意を否定されたからで、プロフェッショナルなのだから、任務は任務と考えているのに、綱手が心情論に終止するのに心の距離を感じたからだと思います。シズネは綱手マンセなのに、綱手の条件付きの信頼に不安を覚え、それが相談役のコハルにシズネを走らせてしまったんじゃないかと思います(第32巻/38頁)。

多分、この心情重視の思考パターンが柱間が残した「火の意志」に対する綱手の理解だと思うんですが、シズネが落ち込んでしまう気持ちが分かります。仕事をする人ならば誰だって、好き嫌い云々抜きでキッチリ目的を達成する「熱力」くらいありますよね。勿論、綱手はその先のステージを見つめた上の話なんだろうけど、やる気満々のシズネの気持ちだって少しは汲んで欲しいって…シズネが軽く引ーいちゃう気持ちは凄く解りますもの…。

個人の気持ちや想いを重視するのが千手柱間流…。

極めて性善説的で穏健派らしい思考ではありますが、これに徹し切れれのであれば、それはそれで清々しいですし、そこにはちゃんとした意味が在り、全てが連動するなら成果も上げられる事でしょう。そして、極めて現実的なダンゾウがその絵空事に反抗する気持ちを持つのも自然な流れであると思います。そして…冷凍マグロな木ノ葉を見ると、個人的にはダンゾウのガチガチの合理主義の方が解り易いと思えるのも確かです(汗)。

「(ナルトは)木ノ葉の仲間です!
あなた達"暁"に何も教えるつもりは
ありません!!」(エビス)
  
第426話「ナルトと木ノ葉!!」のエビスの痛烈な宣言は柱間以降、木ノ葉隠れの里に受け継がれて来た主流派の社会性と考えて良いでしょう。仲間や家族、それを包み込む社会を尊重し、より高次の社会への成長を模索する木ノ葉の忍たちが、戦闘で全てを決する原始的な殺伐から離反し、より平和的な話し合いや相互理解で問題解決にシフトしていった…と考えれば、木ノ葉の無抵抗主義っぽいマグロな対応が体を成して来ます。

そもそも忍の育成には莫大な時間や労力、コストがかかりますし、アカデミー卒業後も選別(小隊長の演習=試験)され、失格者はアカデミーで再教育されたりで、人材難は拭えません。しかも、木ノ葉崩しで甚大な被害を被り、木ノ葉は未曾有の人手不足に喘いでいた現状もあります。ナルトの期は優秀で人材が豊富に見えるだけで、その前やその後はどうだか判りません。木ノ葉丸も額当てをしてるけど最近の下忍デビューだっただろうし…。

それに、木ノ葉に常時、全ての戦力が待機している訳でもなく、ガイ班のように里外に任務で赴いている人員も多いでしょうし、木ノ葉が僕らのイメージと乖離(かいり)した弱さであったのも少しは理解して上げたいところではあります。ま…いろんな事情が複雑に絡み合って木ノ葉の忍は今一つピリッとしない…冷凍マグロな対応に終始してしまった…けど、それは平和的な社会へのシフトであって、ある意味…忍の世の「変革」だったの(かも…)です。

それに、もしダンゾウが火影でガチガチの合理主義で戦闘的な思想で里をまとめていたとすれば確かに一面的には弱くはなかった(きっと強い!修羅道なんか即刻ミンチだった?)だろうけど、現在のような木ノ葉隠れの規模は恐らく維持できなかった…でしょう。もっと少数の集団がいがみ合う前時代的なピリピリとした集団は、大名や体制の支配に搾取される道具としての忍の宿命に翻弄される悲しい身分のままだったでしょう。

忍も人間だ…
感情のない道具にはなれないのかもな……
オレの負けだ……」(再不斬)

そして、かつて再不斬や「白」の悲しい終焉が示した「忍」と言えどもやはり「人」。決して「道具」にはなり切れない葛藤や苦しみを繰り返していた(第4巻/95頁)…それを拒否したからこそ「今」があるんじゃないでしょうか。僕ら『NARUTO -ナルト-』の物語を通してはマダラの失脚やダンゾウの潜行を目の当たりにしているんだから、木ノ葉隠れの里が向かおうとしてる行方を想い描ける。それが出来るならば…ナルト達が何と、何の為に闘ってるのか?薄らと…<ザザザザ……>

「里の者達の
ほぼ全てにカツユが付いた…」(綱手)

第427話「再会」で、カカシの嫌ーな描写の後、綱手はそう言っています。あのダンゾウが身を潜める前に「カツユの術を使用する以上全滅はない」(第424話「決断!!」)でも残していまして、これが綱手の火影としての闘い方なんではないかと思います。第426話「ナルトと木ノ葉!!」でもミニカツユがいのいちらに取り付く描写もありましたし、カツユの移動速度の問題(何せ蛞蝓ですからね…笑)で今回の奇襲には些か対応が遅れたようですが…。

「カツユを通し情報を皆へ伝えるぞ!」(綱手)

チョウジが持ち帰った天道の情報を一斉に通達するような方法がカツユの術には備わっている提示もありましたし(第427話「再会」)、きっとミニカツユが個々の忍の守備力をアップさせたり、同時に通信機能を有し、綱手のトップダウンの命令や指示を周知させ有機的な動きを可能にする戦術が潜んでいるんだと思います。つまり、カツユが行き渡ってからが木ノ葉隠れの本領発揮なんですよ!

木ノ葉の忍の冷凍マグロなダメダメっぷりには少々苛ついた僕ですが、それもこれも忍がより高い社会性やそれに伴う人間性=身分を得る為の代償なのだとすれば、戦死してしまった方々には心苦しいですが、柱間が提唱した大きな"戦略"としての「火の意思」と考える事も出来るでしょう。それを受け入れれば、木ノ葉隠れの里が成長の最中に在る事が理解できるんじゃないでしょうか。

それに、忍の戦いってこれまでもそうでしたが、決してトドメを刺すのを良しとはしていないようなんです。音の四人衆だってゲンマやライドウを瀕死にはしたけど(21巻/92-93頁)、完璧に殺してしまう事はなかった。確かに死んじゃった忍もいるけど、戦闘の数の割りには戦死者は少ない…それって、「戦闘不能=死」なんて言う忍の"仁義"とか"お約束"(不文律)があるなら救われますね(笑)。

つまり、ある程度の被害もカツユの術があれば復旧でき、そこからの反撃が可能であるとする戦法を綱手が取っている可能性がると言う事です。ペイン(の操縦者=長門?)だって、忍の端くれですから、既に殺めた=戦闘不能にした忍が背後から襲いかかって来るのは滅茶苦茶な忍術を使う輪廻眼継承者の長門にも想定外だとすれば、木ノ葉がペインを巻き返す展開は期待大なのです!!!

先ずは天道をギッタギタにしちゃいますか…綱手姫…(☆☆)


  

ペインVS木ノ葉隠れ…対戦の傾向と対策 | BLOG TOP | 第427話「再会」

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