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シマ(自来也の苦悩・壱)

  
「ほんなら
新鮮な食材を調達してくるけんな」(シマ)

(またグロい系かなぁ…
…やだなぁ…)(ナルト)

「母ちゃん
精のつくやつ頼んだで!」(フカサク)

居間でお茶を啜り一服するフカサクとナルトを残して、シマは食材の調達に出ます(第420話/「戦場、木ノ葉!!」)。ま…その行き先が木ノ葉の近くで、後々、ナルトの木ノ葉帰還に一役買う訳ですが、この少し前から、シマが非常に穏やかと言いますか、キリキリとテンポの良い"姐さん"ではなく、フカサクの良き妻…優しいお母さんのような雰囲気でナルトに接していました。勿論、仙術の修行には一切顔も出さない…全く関心がないかのように専業主婦してるシマに、僕は大きな違和感を感じました。

そのシマが井戸のような水たまり(後にこれが「遠身水」と言う移動ネットワークである事が判明)にある祠(ほこら)でお祈りをします。シマもこの「遠身水」を通って木ノ葉の近くに移動したのでしょうが、この祠の地蔵さまが角ガエル風なのが、何だか自来也の墓石に見えてしまって、もしかしたら、この祠には自来也の御霊が安置されてるんじゃないかと、僕は考えています。食材の調達が主婦であるシマの役目として、日々お参りできる場所に自来也を奉っているとすれば、シマの気持ちは凄く解ります。

「心の臓は
止まってたハズだが…」(天道)

ここで、非常に気になるところなので、自来也の遺体がどうなってるのかと言う疑問でしょう。もしかして、自来也がペイン化する様な事があったら(滝汗)…と、一度は脳裏を過った事がありますよね(笑)。しかし、僕はこのアイデアに関しては楽観視してたクチで、自来也を殺めた六道(五体)が自来也の死体にはまるで無関心に立ち去っていた描写(第42巻/58頁)に注目していて、システムペインに自来也を組み込む考えがあるならば、あの時点でピックアップして運ぶ筈です。

しかし、ペインがそれに全く頓着なく立ち去るって事は自来也の死体はシステムペインには組み込めない事情があるのだと思います。それが自来也が掴んだ「ペインの正体」にも繋がる筈です。これに関しては別のお話でやるので置いときますが、多分、自来也のペイン化は不可能なんだと思います。それに、自来也は水底に沈んだ訳で、それは天道の雨虎自在の術の雨粒を遮る事のない場所なのだと言えます。そして、そこは蝦蟇の独壇場とも言える場所…ならば、シマが何としても回収するんじゃないでしょうか。

そして、シマが静かに手を合わせる祠。その中に座る角ガエルのお地蔵さま。優しそうな微笑みをたたえたお顔。これは自来也の墓石なんじゃないか…と、僕には自然に思えます。そして、墓石の下に収められるのは自来也の遺体か遺骨の筈で、妙木山が自来也を回収した事を示唆する描写だったのではないかと、僕は考えています。なので、自来也はペイン化してナルトと相まみえる様な事にはならない…それに木ノ葉の街は圧壊させた長門も、火影岩を傷付けなかった。その行いには多少の仁義も感じますし…。

「誰がこれをやったかは明白じゃ…
自来也小僧の肩にいた時と同じものを感じる」(シマ)

自来也の戦死を受けて一向に気持ちの起伏を見せないシマが、木ノ葉の惨状を前に静かに怒りを解放するように怖い顔になりました(第430話/「ナルト帰還!!」)。シマはこれまで必死に我慢してたんじゃないかと、僕はこの時感じました。シマは自来也の死が闘う気力も無くなる程、辛い出来事だったんではないか…まるで自分の腹を痛めた子が命を落とした様な喪失感をシマが味わっていたのだとすれば、それがナルトの仙術修行に一切関与しないシマの態度を上手く説明してくれるんじゃないかと、僕は考えています。

「さあたんと食いんさい!
腕によりをかけてつくったけんね」(シマ)

ナルトが妙木山に来て、自慢の料理を振る舞うシマは喜々としていました(第44巻/123頁)。ま…食卓を埋め尽くすのはナルトが恐れる「グロい系」だったんですが、「心づくし」と言う事で…一つ(笑)。シマはナルトに幼き日の自来也の面影をダブらせたんじゃないでしょうか。まるで自分の前に自来也が帰って来た様な嬉しさがあった…そんなシマに自来也を失った闘いにナルトを赴かせる為の準備をさせるのは酷と言うものでしょう。それを思い遣ればシマの後方支援は容認されます。

フカサクもそれに異存はなく、全くそれに触れる事も無く、自分独りでナルトを面倒みる事を受け入れていました。自来也の仙人モードの召還時には、かかあ天下で気の休まらない家庭をイメージしてしまいましたが、それは戦闘における危機管理意識がシマを支配していたからでしょう。そこにはシマの深い想いがあった筈です。そして、その裏返しがシマをナルトの仙術修行から遠ざけた…と考えると、ナルトが妙木山に来てからの一連のシマの行動や態度は概ねフラットに受け入れられそうです。

「この歳になって
父ちゃんとデュエットやこう
出来るか!こっ恥ずかしい!!」(シマ)

対ペイン戦で魔幻・蝦蟇臨唱を出すのに、シマは酷く躊躇していました(第41巻/162頁)。って言うか、意識していた…って言う方が言えてそうです。シマが言うように恥ずかしい。しかも吝(やぶさ)かじゃない。寧ろ乗り気…やる気満々(笑)。どちらかと言うとデュエットを遠ざけていたのはフカサクの方で、シマとしては歌いたい気持ちがあった。だから頬を赤らめて一度は拒絶したかった…それがシマの女心です。そして、シマがフカサクを愛している証拠なんだと、僕は思います。

シマは若い頃、フカサクとよくデュエットしたんじゃないでしょうか。それはシマにとって大切な想い出だった。それが「この歳になって…」で、「こっ恥ずかしい」なのだと思います。「イヤじゃ!あたしはイヤじゃけんの!!」(第41巻/161頁)と蝦蟇臨唱を拒むシマはまるで少女のようじゃナカですか(笑)。きっと、フカサクの方の事情でご無沙汰だったのを責めてたんですね。このシマの紅潮は凄く可愛いと感じました。そして、それと同時にフカサクへの想いが強く感じられました。

大ボケじじい
予言やこう知るか!」(シマ)

大じじ様は夫婦仲良うせー
ゆーたじゃろうが!!」(フカサク)

自来也の両肩で激しくやり合う二大仙人でしたが(第41巻/161頁)、これはもう「痴話喧嘩」(痴話:愛しあう者どうしがたわむれてする話。むつごと。転じて、情事…大辞泉)の範疇でした。そして、ここでも大ガマ仙人に対するリスペクトの度合いの違いが鮮明に出ています。シマの態度から明らかに大ガマ仙人との直系が窺い知れ、そこからシマが大ガマ仙人の「予言」を妄信的には信じていないスタンスが浮き上がります。フカサクは入り婿で大ガマ仙人の弟子上がり臭い…。

だから、「予言」に関して一方的なマンセーを貫いているように感じます。それが二人の「予言」に関する行動や態度を違(たが)えていると考えて良いでしょう。そして、メチャクチャにされた木ノ葉隠れの里を目の当たりにし、自来也を殺めたペインに相対し、これまで心の奥底にしまっていた怒りが、シマは抑え切れなくなっている…。きっと、ここからはシマもこの「予言の戦い」に参加する筈。またキリキリとテンポの良い愛情のある罵詈雑言が聞こえて来る事と思われます(笑)。

大ガマ仙人の「予言」とは他者の未来の断片を映す「夢」です(者の書/51頁)。そして、その「予言」の主である大ガマ仙人を良く知る娘・シマ…。それが「戯言」と罵(ののし)る所以であり、シマがその「予言」より自分の大切な人の「死」を重く見させるのです。シマにとっては「予言」なんてどうでも良い事で、これ以上、忍界に関わる事の意味を見出せずにいた…。それがナルトの仙術修行にシマが参加しなかった理由でしょう。

「父ちゃんは黙っときんさい!!」

それでもシマが「予言」に関わるのは立場上の責任と言うものもあるでしょうが、それを差し置いてもフカサクへの「愛」があるのだと思います。シマはフカサクを心から大切に想い、何者からも守りたいのです。それが自来也の仙人モードの左肩に降臨りたシマの本心だと思います。それは仙人モードの左大臣。きっと…シマはフカサクをリードすることでより前線に立ちたかったのではないでしょうか。

そして…それがシマの愛し方なのだと…。

   
  

弥彦・小南・長門(自来也の苦悩・弐) | BLOG TOP | 「予言」とは何だったのか?(自来也の苦悩・序)

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