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フカサク(自来也の苦悩・参)

  
「アハハハ……
どうやら無理のようじゃな」(フカサク)

無理って…!?」(ナルト)

「…おそらく
ナルトちゃんの中の九尾
ワシを拒絶して
弾き出してしまうんじゃろう…」(フカサク)

「……」(ナルト)

「ンなバカな!!
じゃあ今までの修行は何!?
どーすんだてばよォ!!?」(ナルト)

カカシが木ノ葉隠れで天道と対戦してすっごい事になってる時に(第425話/「はたけカカシ」)、フカサクとナルトの仙術修行はかなりスットコドッコイな状況でした(笑)。フカサクが「仙術・両生の術」でナルトと身体融合を試みるんですが、ナルトの内なる九尾がそれをすっごい形相で拒絶してしまうのです。フカサクは何度も何度も融合を試みますが、その都度、お腹を空に向けるように惨めに地面に転がるのでした。しかし、この期に及んでのフカサクのスットコドッコイ振りは、僕には訝しく感じられました。

「ワシとナルトちゃんが
身体を融合すればそれでOKじゃ!」(フカサク)

仙人モードの実戦形態は「融合」が大前提であった…(第420話/「戦場、木ノ葉!!」)。それを何故だかフカサクはガマの油なしで仙人モードが可能になった仙術修行の終盤に提示をしています。普通なら、ナルトが妙木山に入る前にチェックすべき重要項目の筈です。そもそも九尾なんて危険なチャクラの塊で、今で言えば核兵器みたいなものなんだから、妙木山への持ち込みに関してもう少し慎重であるべきなのに、ほとんどノーチェックでした…。

「妙木山で仙術の修行じゃ
自来也ちゃんにたたき込んだやり方
ええんならのう」(フカサク)

それにナルトの仙術修行はフカサクが提案したものであり(第44巻/109頁)、仙人モードの実戦形態の大前提に「融合」があるのならば、やはり修行の終盤で「融合」の不可能性を知る流れは違和感以外の何者でもありませんでした。フカサクは初めから「融合」が不可能なのを知った上でナルトを妙木山に引き止める為に仙術修行でお茶を濁していたんではないか?…とすら、一時は疑ったものですが、それはシマの口寄せで木ノ葉に呼び出された妙木山チームの面構えで一掃されました。

もしかしたら、仙術・両生の術(融合)がナルトが仙術チャクラに適合してからではないと判別できない…そんな縛りが存在したのかも知れません。フカサクが両生の術を発動する描写では、ナルトは素の状態(仙人モードではない)ですが、フカサクと「融合」する為に仙術チャクラを受け入れる事ができる…自然eを見出せる…取り込める下準備が必要だった…と考えれば、フカサクの「融合」の可否のチェックに関しては仙術という特殊なカテゴリーの修行の流れの中では妥当だったんじゃないかとも思えます。

シマやフカサクって、一見して合理的じゃない行動が目に付いてしまって、その「裏」を読みに走ってしまう事が多いんですが、実はホントにのんびりしてて、全てを「善かれと思って…」との行動だと受け入れれば、案外サラッと全ての不手際とか不可解が解決します。ナルトの中の九尾にしても、本気でそれ程、厄介な存在だとは思わなかったんじゃないでしょうか。単なるチャクラ兵器だろう…くらいに…(笑)。妙木山を疑うのはこっちがドス黒過ぎなだけだったら、穴があったら入りたい気分だったりします(汗)。

「自来也ちゃんよ
大じじ様はお前のを見られたんじゃ
お前も知っての通りこれは予言じゃ
心して聞けい」(フカサク)

フカサクは大ガマ仙人の弟子で超マンセーだったと、僕は考えています(第41巻/126頁)。フカサクは大ガマ仙人の「予言」が正しき方向に成就するように、粛々と「介添人」としての立場を貫いているんじゃないかと言う考えです。その気持ちが、「選択者」である自来也の仙人モードに「融合」を果たす事で共に闘い、手助けする道を選ばせたんではないかと思います。シマがフカサクを案ずるように、フカサクも自来也を案じたのです。そして、それがナルトを妙木山に招き「予言」の一方が齎す「破滅」と共に闘おうとしたフカサクの姿に重なります。

「どちらにしろ
正しくなけりゃ殺さにゃいけん!」(フカサク)

「まああの予言は
大ボケじじいの戯言じゃ
気にすな!」(シマ)

自来也の仙人モードに召還されたフカサクとシマのコントラストは(第41巻/119頁)、実に鮮明でした。「予言」を軽視するかのようなシマに対して、フカサクは極めて忠実に「予言」の成就を考えていたのが良く判ります。そもそも「予言」のブレ幅が極端ですから、「正しくなけりゃ…」とする判断基準を疑ってしまうところなんですが、これを純粋な「善意」の成せるワザと受け入れれば、フカサクの反応は自分の中の「平和」や「安定」に照らし合わした上での判断だった…と考えられます。

「小僧!おぬしゃ
何でこがーな騒がしいとこばー
にしか口寄せせんのじゃ!?

ブン太が怒るのもムリねーわい
そりゃあ!!」(シマ)

自来也と一緒に闘って「予言」の成就を心から願うフカサクと、そのフカサクを心の底から心配するシマ…。だから、危ない局面にばかり呼び出す自来也をシマは叱りつけたんでしょうね(第41巻/110頁)。そして、それ程までに真っ直ぐに「大ボケじじいの戯言」を受け止めるフカサクを放っておけなかった…それを先に「シマ」(自来也の苦悩・壱)で示した訳で、二人の行動に代表される妙木山の忍界に対する関与も「善かれと思って…」と言う本心からの「善意」とすれば、全ては丸く納まってしまいます(笑)。

<ゾクッ>(フカサク)

「ぬわっ!」(フカサク)

「!?」(ナルト)

問題は「融合」の拒絶です(第425話/「はたけカカシ」)。フカサクの両生の術の発動にナルトは全く反応していませんし、ナルトの内なる九尾が醜悪なイメージで威嚇するのはフカサクのみでした。だから、ナルトは「!?」となって何も感じない訳で、フカサクの拒絶は「八卦の封印式」の反応…つまり、意志なのです。そして、これをナルトに施したのがミナトとクシナだったのですから、それが二人の妙木山や「予言」に対する意思表示であったと考えるべきでしょう。

フカサクが示した「契約の巻物」(第44巻/118頁)にはミナトのサインがしっかりと残っていましたから、ミナトも妙木山との契約もあれば、共に「予言」の戦いにも参戦していた筈だし、事実、「九尾事件」においてはガマブン太を擁して九尾と対戦した絵図(第1巻/5頁)も残されています。しかし、その割にはフカサクはミナトをナルトには語りません。それにミナト自身も「融合」を用いた仙人モードに頼った戦法はありませんでした。それが「黄色い閃光」の所以なのだとしたら…。

「ミナトは何か重大な事実を知っていて
その事実のために九尾を我が子に
託した
のだとしたら…」(自来也)

「胸騒ぎ」での自来也の提示(第41巻/20頁)が、妙木山の「予言」とは違う階層にあるように思えて来ます。もっとも、ミナトとクシナが「悪意」をもって妙木山を避けたとか、「予言」に抗しようとしたとか言う考えは、フカサクとシマが示す「無垢と純粋さ」の前に脆くも崩れさってしまいます(笑)。しかし、一方ではナルトが「予言の子」である事に代わりは無く、妙木山を絡めた「予言」の戦いから外して考える事も難しいです。どう考えてもこの疑問には…見逃している「要素」がありそうです。

それがこの「胸騒ぎ」の正体…。


  

ミナトとクシナ(前編)(自来也の苦悩・四) | BLOG TOP | 弥彦・小南・長門(自来也の苦悩・弐)

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