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予言・大ガマ仙人(自来也の苦悩・余)


大ガマ仙人:古より忍界に多大なる影響を与えてきた蝦蟇の総本山・妙木山。その頂に座するは、齢数千歳を数えると噂されし老蝦蟇である。常に浮かべる穏やかな笑顔…。だが、その身に内包せし莫大なチャクラは、未来を見る業を発揮。その力を求め、迷いの山に挑む為政者(政治を行う者)も後を絶たない…。

大ガマ仙人が告げる夢見の予言。それは、他の占いの類いとは一線を画する。深き睡眠時に、その目は確かに時空を超え、他者の未来を断片的な映像として映すのである。それゆえ予言は、常に100%の的中率を誇る。大ガマ船員が唯一度見た己の未来。それは忍界の行方を左右するものであった。彼は、数百年後に妙木山に現れた少年に、蝦蟇の力を与える。

来るべき未来を、その目で見つづけるために(者の書/51頁)。

「では伝える…
ワシの夢では
エロいだけのお主も
いずれは立派な忍になる
それに一人前に
弟子を持つことになるのじゃが…

(エロいだけって…
そういうことはしっかり
覚えてるんだから
ったく…)(自来也)

その弟子は将来忍の世に
大きな変革をもたらす忍になる
夢ではそう見えた」(大ガマ仙人)

「変革?」(自来也)

「世にそれまでにない
安定をもたらすか……
破滅をもたらすか
そのどちらかの変革じゃ」(大ガマ仙人)

「どちらかって…?
どういう事ですか?」

「お主はその変革者を導く者じゃ
いずれお主には大きな選択
迫られる時が来るじゃろう」(大ガマ仙人)

「選択?」(自来也)

「その選択次第で
世の変革がどちらに転ぶのか
決まってしまうのじゃ」(大ガマ仙人)

「…ワシは…
どうすればいいんですか?
…正しい選択するには!?」(自来也)

「夢では世界を歩いて
本を書いておったのう」(大ガマ仙人)

「本…?何でまた?」(自来也)

「ワシにも理由は分らんがの
世界をめぐり森羅万象を見て回る
ということじゃろうか」(大ガマ仙人)

「大じじ様の予言…
今までにハズれたことは?」(自来也)

無いのォ…それに
この妙木山に一人の人間の子が迷い込む…
その子に蝦蟇の力を与える…
それがワシ自信のために見た夢…
予言だったんじゃ」(大ガマ仙人)

サックリと行きますが、大ガマ仙人が自来也に啓示した予言です(第41巻/126-129頁)。自来也の年格好は第二部のナルトと一緒かちょっと上?の16~18歳程度でしょうか。多分、綱手に袖にされ、大天才の大蛇丸にはどんなに足掻いても敵わない頭でっかちの不器用さんで、いたたまれない閉塞感を打開する為の自分探しの旅に出た…その放浪の果てに漂着したのが妙木山だったのではないかと思います。妙木山では「予言」が出るまでかなり永く滞留し、仙術はその時に修得したのでしょう。

ザックリ言ってしまうと、自来也の弟子が世界にかつてない程の「安定」「破滅」を齎す存在になる…大ガマ仙人が夢を見たと言う事です。大ガマ仙人の夢は現実になる予知であります。そして、それは絶対に外れる事がない…。そんな予言を自来也は啓示された訳です。ま…そりゃ慌てるわな…と思います。で…ちょっと嬉しかったりしますね。自分が世界の趨勢に関わる存在だと告げられた訳ですし…。これが自然に自来也の生きる目的に擦り替わって行ったであろう事は、何だか解るな……。

自来也は綱手にフラれ続け、大蛇丸の才能の前に屈し続け、例えようのない敗北感や大きな自己無価値観に嘖まれていた筈です。恋もダメ…忍術もダメ…ですから、ぶっちゃけ敗者…落ちこぼれだったのかも知れない…?それが彼(か)の放浪の原点だったんじゃないかと、僕は考えてますもの。その果てに妙木山と出会い、仙術を得て変質して行った…。丁度、ナルトが九尾のチャクラを得て闘うような「万能感」がそこにはあったんじゃないでしょうか。それが大ガマ仙人の言う「蝦蟇の力」でしょう。

ま…自来也は賢く優しい人だったので、その大きな「力」に飲み込まれる事無く傲慢にもならなかった…。それが、自来也が火影の就任を固辞した謙った姿勢にも現れていると思います。また、「蝦蟇の力」(=仙術)が不必要に大蛇丸を焦らせ、里抜けさせてしまったと後悔する自来也の姿には、九尾のチャクラが得体の知れない威圧感をもってサスケを不安にさせたナルトの不器用さにも重なり、大蛇丸が「どこまでもめでたい奴ね」(第27巻/38頁)と呆れた大蛇丸の気持ちも少し解ります(笑)。

「どちらにしろ
正しくなけりゃ殺さにゃいけん!」(フカサク)

「まああの予言は
大ボケじじいの戯言じゃ
気にすんな!」(シマ)

取り敢えず、弟子を取ってみて、その出来を吟味する…(第41巻/119頁)。それが妙木山スタイル(笑)。自来也の仙人モードの口寄せで呼ばれた二大仙人のフカサクとシマが、ポロッと何気にすっごい事を喋るんですが、妙木山が良しとしない「予言の子」はこれまでも消去…つまり、暗殺して来たと言う事なのでしょう。自来也が言う「選択」…「さよならだ…」(第41巻/179頁)と、自来也が一対一でペインを崩し、石剣で三体を仕留めた時の苦渋を思い出してしまいます。悲しいけど、それを執行する「力」が仙人モードだったとも言えます。

自来也の両肩にフカサクとシマが「融合」するのが、自来也の仙人モードの最終形態だった訳ですが、強大な力=仙術を使う為の方便とは言え、自来也の「選択」は妙木山に筒抜けとなり、同時に監視に近い関与も受ける結果となった…仙人モードとは妙木山との一体化にも等しい訳です。自来也は大ガマ仙人の「予言」に雁字搦めの状態だったのだと、僕は考えています。もっとも、そこに腹黒い下心があったら解り易い話なんですが、妙木山にはそれが皆無と来ている…腹黒い僕にはそ暫くの間、この部分が飲み込めませんでした。

シマが大ガマ仙人の実子であり、フカサクが弟子経由の入り婿。それが大ガマ仙人とシマとフカサクの関係だと思います。シマが大ガマ仙人を「大ボケじじい」と呼び、「予言」を「戯言」と言うのはその関係性がベースにあるものと思います。もしかしたら、シマが小さい頃から大ガマ仙人はよく夢に魘されスットコドッコイな与太話をシマにしていたんじゃないかと思います。ま…それが現実になる正夢で、結果的に「予言」だったのですが、その中に忍界の一大事がたまたま紛れ込んでいた…だけなんですね(笑)。

そして、妙木山の蝦蟇たちを観察すれば、誰にも「悪意」を感じません。妙木山も草木が生い茂る長閑で静かな世界です。その生活は華美な装飾もなく、享楽に溺れるでもなく、蟲を食べ茶を啜る清貧な生活を慈しんでいます。蝦蟇には大きな力があるにも関わらず粗暴な行動もない。卑屈でもない。ドス黒い僕からすれば信じがたいくらい清らかな社会組織を、妙木山は実現しています。そして、それが忍界の一大事を知って手を貸そうとしている…それが別の面から見た仙人モードであり、「予言」の監視であります。

この妙木山の清貧さこそが「善かれと思って…」の正体であると、僕は考えています。妙木山は忍界(人間界)に「良い予言の子」だけが残るように「悪い予言の子」を暗殺しようとしているだけなのです。それは勿論、「世にそれまでにない安定をもたらす変革者」を残すためです。絶対に外れる事のない「予言」を妙木山はその全身全霊と善意で成就させようとしているだけなんです。そして、自来也もその「予言」の付託に一世一代で応える為に危ない橋を渡り、愛する弟子をその手にかけて「血の涙」を流していたのです。

齢数千歳の大ガマ仙人。その夢の数々。蝦蟇の油の滝の前の大量の大ガマ岩たち。自来也に与えた「蝦蟇の力」。仙人モードで自来也の両肩に「融合」する二大仙人。過ぎたる欲もなく、ただひたすら「善意」のみで「予言」の成就を願う清貧な蝦蟇たち。生真面目で義理堅い自来也を「選択者」に据えた忍界の行く末を左右する「予言」。それが示す「予言の子」と、その選別。これらが大ガマ仙人の「予言」の全てだと思います。そして、「自来也の苦悩」もそれに端を発している事実は見逃せないです。

「どうするか…
自分で考えることだ」(自来也)

何故、自来也が長門にそう言ったのか?(第41巻/70頁)
その奥に「自来也の苦悩」の本体が潜んでいるに違いない。



  

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