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ミナトとクシナ(後編)(自来也の苦悩・伍)

  
「木ノ葉の里には
毎年多くの忍が生まれ育ち…
生き…戦い……
里を守るため…そして
大切なものを守るためにに
死んでいく…
そんな里の者達は
たとえ血の繋がりがなくとも…
ワシにとって
大切な…大切な…
家族じゃ!」(三代目)

三代目が屍鬼封尽を発動した時(第14巻/93-95頁)、自分のそれまでの人生を思い出す…所謂、「走馬灯」を見せます。その94頁の中段の右のコマ。若かりし自来也とその弟子と思われる三人の子供たち。その三人の子供の最右翼がミナトでした。このミナトのキラキラした澄まし顔萌えで、危なく死にかけたのを覚えています(笑)。あの時は、うっかり霊体が半分くらい体の外に引き摺り出されてて(だ、誰に!?)ヤバかった。僕まで「走馬灯」見るとこでした(笑)。

優しい男だったが
根性は筋金入り」(自来也)

ま…そのくらいミナトが可愛かったと言う事だ…。澄み切った瞳。屈託のない笑顔。自来也をして「ワシの子だったら…」(第40巻/147頁)と言わしめた逸材。大蛇丸に徹底的に刷り込まれた”才能”とか”素質”に対する、ある意味、嫌悪感すらある自来也が認めるくらいミナトは優れた子だった…自来也がかくありたいと羨んでしまうくらいの弟子だった筈です。長門を無くした…と思った自来也が笑顔を取り戻せた希望とも言える存在。それがミナトだったのではないかと、僕は考えています。

ん!カカシ隊…
君達の任務……
敵の後方地域に潜入
物資補給に使われている
この橋を破壊し敵の支援機能を分断
その後速やかに離脱すること」(ミナト)

ミナトの描写は「カカシ外伝」に僅かに残されるのみなんですが、軽めの談笑の後、作戦をカカシたちに伝えるミナトの厳しい表情(第27巻/79頁)が、僕は大好きです。多分、カカシたちにとっては自分の死を想像してしまうくらい緊張感や悲壮感を伴った大きな任務であり、それをミナトはソフトなタッチで解きほぐしつつ、頃合いを見計らって臨戦モードにシフトアップしていったのだと思います。相手の気持ちがあって、それがこちらを向いて初めて自分の気持ちが通じる…。ミナトはそれを知る人なのです。

「物知り」と言うのは、本を読んだり、小難しい勉強をすれば誰にでも成れる(筈です…笑)。だから、講釈や理屈を振り回す人は世の中に腐る程いらっしゃる(←ケルベロス、お前もだぁぁぁぁ……)。でも、大切なのは自分が知った事柄を噛み砕き、消化してその事柄が持つホントの意味を知る行いだと思います。僕はこれを「理由知り」(わけしり)と呼ぶ事にしています。モノを手にした人が今度はその在り方を考える。それは智慧(ちえ)の在るべき姿でしょう。これが優しさとは知性なのだと、僕が言い切る「理由」(わけ)であります。そして、ミナトはその「理由知り」だったのだと思います。

「油断しない!」(ミナト)

マヒルの影分身のブルッて殺られかけた(半ベソの)オビトを守るミナト(第27巻/93頁)。実はこの台詞がミナトの残した台詞の中で一番好きです。勿論、ミナトはマヒル相手に余裕綽々な訳で、こんなピンチに瀕する必要はないのですが、ここは先ず危機感を感じて貰いたい親心で、敵を受け入れてる状態で、ミナトの完璧なバックアップが前提にある演習みたいなものです。それにすらビビるオビトに対しても「油断しなければ大丈夫!」と、ミナトはオビトの自尊心に配慮してる訳です。

ここで大切な事はオビトの不出来を責める事ではなく、現状で最大限のパフォーマンスを発揮させる事であります。それをミナトは充分に認識していたから…「理由知り」だっかからこそ…こう言う優しさが発揮できたのです。こんなに空気がピリピリした戦場だからこそ、ミナトが必要以上に空気を震わせない静かさを有するのであって、この行いがそのままカカシたちを導く教えでもある訳です。大切なのはそれを感じ取れる素直さです。そして、その謙った態度から「感謝」が生まれる事を忘れてはいけない。

「ま…まさか……
お前があの”木ノ葉の黄色い閃光”!?
オレ達岩隠れの里じゃ…
ソイツを見たらとにかく逃げろ
上官から教わったが…
…その意味がやっと分かったぜ…」(マヒル)

ミナトはマヒルを殺めた筈です(第27巻/97頁)。マヒルを生かしておけばカカシたちが危ない。別動すれば、今回のようにミナトがバックアップできませんから、それを察したミナトは飛雷神術で一気に背後を取り、そのままクナイでマヒルののど笛を一閃したものと思います。返り血を浴びずに、マヒルだって苦しまずに死ねる…それをミナトは躊躇なく一瞬で済ませてしまいます。ここら辺が今まで誰一人として殺していないどっかの某主人公と決定的に違うところです(笑)。

……と、まあ、こんな感じにミナトは非の打ち所のない存在だったのだと思います。誰もがその存在を認めざるを得ない程の圧倒的な優越…あの大蛇丸がイタチの事は口にするのにミナトの事など一欠片も露出がなかったのは『NARUTO -ナルト-』史上における最高の賛辞と言えるでしょう(笑)…それが四代目火影・波風ミナト…恐らく、20歳代前半で火影に就き、「九尾事件」で惜しくもその一命を失った希代の傑物…と言う”孤高”だったものと思います。

「ナルト
素敵な名前です」(クシナ)

そして、その傑物と”番”(つがい)を成したのがクシナでした(第42巻/52頁)。その登場は自来也の「走馬灯」のみで、台詞もこの一言のみ。後はミナトから少し下がった位置で優しい微笑みを浮かべるだけ…決してミナトの前に出て自来也とミナトの語らいを遮る事はありませんでした。清楚で奥ゆかしかった…。「赤毛でおしゃべりでおてんばで…まるで男の子のよう…」(第40巻/148頁)と自来也が言ったのは子供の頃のクシナで、それがミナトと出会い、愛し合う中で変わっていったのだと思います。

ミナトが居たからクシナが在る…それが自然な姿だから二人の「番」はこんなにも美しい形なのです。それは思わず、自来也が卑屈な反応をしてしまう程に眩しくもあった…。自来也がミナトとクシナの家庭を訪れたのはクシナの臨月辺り…つまり、「九尾事件」の直前です。自来也が「九尾事件」の真相を知らない事から察すれば、この後、木ノ葉を離れなければならない事情があって、その前に二人の様子を見に来たものと思われ、ここでミナトは生まれて来る子供の名付け親として自来也を選ぶことになるのです。

もしも「九尾事件」がミナトの仕掛けた鹵獲戦であったのならば、この命名の行(くだり)はミナトが自来也にこれから生まれて来る子供を託したいとする意思表示だったとも取れます。或いは、「九尾事件」が自然発生的な災害だったとしても、自来也がナルトの名付け親であり、(ミナトやクシナの意志が介在しようがしまいが)その思い入れが将来、自来也とナルトを結びつける期待を充分に残す運命的な出来事であったと思います。その意味ではミナトとクシナがナルトの”後見”を自来也に願った…と考えるのが、今のところ僕的には自然かな…。

とんでもなく凄いミナト。そのミナトと一緒に居て苦しくないクシナ…。つまり、二人は自来也から見てもこの上もない喜ばしく微笑ましい愛でるべき存在であった訳です。そして、それは妙木山の目にも適う存在でもあった。「どちらにしろ正しくなけりゃ殺さにゃいけん!」(第41巻/119頁)とフカサクが息巻くには当たらない「正しき予言の子」だった訳です。ぶっちゃけ、自来也が殺さなくて良い予言の子だった…と言う話です。それが、二人を前にしたやや”卑屈”な自来也の態度を生み出していたのかも…とも思います。

「世にそれまでにない
安定をもたらすか……
破滅をもたらすか
そのどちらかの変革じゃ」(大ガマ仙人)

大ガマ仙人の啓示した予言(第41巻/127頁)を良く考えてみましょう。大ガマ仙人の「予言」が百発百中で、自来也の弟子が「安定」か「破滅」のどちらかを生み出す可能性を秘めている…と言うものでした。早い話、自来也を殺してしまえば、そのどちらも生まれない訳で、「安定」も「破滅」もない結局、安定した世界が構築できた筈です。なのに自来也に諸国を巡り森羅万象に触れ本を認めることを大ガマ仙人は促していました。そして、弟子を取る事を制限するでも無く、全てを自来也に委ねたのです。

その代わりに自来也に「蝦蟇の力」と称して仙人モードを与え、その両肩に二大仙人を「融合」させ、妙木山…フカサクやシマ、それに自来也が判断するところの「どうやら正しい方向には成長しなかった…」(第41巻/119頁)の判断の下に消去(暗殺)と言う横暴を繰り返して来た訳です。物事は見る人の位置で「左右」が逆転するように「正誤」も不確かにその姿を変えるのに、何を基準にフカサクやシマがその判定に介入できるのか?僕には到底理解できないでいます。

「先生はあれからの
私たちを知らない」(小南)

「確かに知らないのォ
”暁”のやっとることは
間違っとる!」(自来也)

僕には自来也の言う事が理解できません(笑)(第41巻/75頁)。自来也の言う事を雨隠れの忍が聞いたらきっと激怒するでしょう。自来也は木ノ葉の忍で、妙木山の影響下に在る、ある意味、偏った存在だとも言えます。いくら三忍と称され、忍界にその名を轟かせる猛者であろうとも、余りにも独善的な物言いではありますまいか?これだと、長門が自分を「神だ!!」(第42巻/11頁)と言うのと大差ないと思えるんですが…。もしかして…自来也も「中二病」だったんでしょうか?(笑)

同じ事が妙木…フカサクやシマにも当て嵌まると思います。妙木山はそれこそ「善意」の塊だったと思います。そうは思うんですが、勝手に誰かを「予言の子」に認定(自来也の弟子)して、自分たちが判断する「正」でなければ有無を言わさず消去(暗殺)するなんて…そんな横暴な事をしている人が、"暁"が間違ってるなんてどんな顔で言えるんでしょうか。もし、それが自分に降り掛かるならば、僕は断固として拒否するし、命懸けで闘うと思います。「予言なんて糞喰らえっ!!」て…ね(笑)。

「どうするか…
自分で考えることだ」(自来也)

自来也が長門に「成長とは…」を教えたように(第41巻/70頁)、同じ事を自来也はミナトにも投げかけた筈です。そして、ミナトは妙木山と契約関係にあり、それは口寄せの契約のみではない事はナルトの扱いで明白です。「予言」の存在についても不器用な自来也から漏れ伝わった可能性は非常に高いです。そして、自来也がどんな「苦悩」を抱えながら「血の涙」を流しているかを察していた筈です。先に示した三代目の「走馬灯」…あの自来也と弟子たちのコマ(第14巻/94頁)のミナト以外の女の子と男の子…。

描写中にあの二人が出て来た形跡は無く、つまりは既に亡き者になっている筈で…二人は間違いなく自来也の弟子であり「予言の子」な訳で、その二人が任務や戦争により死亡したのでなければ、自来也と妙木山の手にかかって消去された可能性が充分にあるのです。妙木山と自来也が判断して正しくないのであれば、殺される訳ですから…(汗)。自来也が自分の弟子の不出来を嘆き、ミナトの同期の弟子の消去=暗殺があったとして、ミナトがその真相を知り得た可能性は極微量ではありますが残ります。

それに、自来也が自分の弟子に「自分で考える…」と言う裏には、自来也自身も「予言」に対する不信感を内包していた形跡があると思います。自来也は元々賢い人だし、普通に考えて「予言」が如何に横暴で独善的なものかは分かった筈です。それでも、自来也が「予言」に従ったのは、妙木山が「善意」に満ちたコミュニティだったからで、行く当ても無く漂白した自分を受け入れ、優しく抱擁してくれたフカサクやシマに対する恩義に対する感謝があったからだと思います。

何しろ、自来也は「変革者を導く者」(第41巻/127頁)と言うアイデンティティを、大ガマ仙人に刷り込まれていますから…。例え、そこには「善意」しか存在せず、妙木山が一体化した「善意」を振り回して忍界(人間界)に「善かれと思って」の関与をするのは、大ガマ仙人が「その選択次第で世の変革がどちらに転ぶのか決まってしまうのじゃ」(第41巻/128頁)言ったように、「善意」が転んで「悪意」にだって変わると、ちょっと考えれば分かる筈です。そして、自来也がそれに気付かなかった可能性は極めて低いです。

「ミナトの師だったから分かる…
あやつは無意味なことはしない奴での…
ミナトは何か重大な事実を知っていて
その事実のために九尾の力
我が子に託したのだとしたら…」(自来也)

「………
考えすぎじゃろう」(ゲロ寅)

自来也の胸騒ぎ…(第41巻/19-20頁)。それを完全否定するゲロ寅…。そして、ナルトに九尾を託したのはミナトが「自分で考えた結果」だった。この封印に封印術・屍鬼封尽を使用しており、同時に封印前に九尾を陰陽に一度分離する手法を駆使していて、それにはクシナも一枚咬んでいるものと、僕は考えています。自来也の言う通りだとすれば、このミナトの複雑な行動には”意図”が存在する筈で、それがフカサクの両生の術=「融合」を拒絶したんですから、それこそが、この”複雑”の望むところだったのかも知れません。

少なくとも、ミナトは妙木山の「予言」に付帯する行動を受け入れはしなかった事でしょう。その上で、ナルトに九尾を封じ込み、そのナルトを自来也に託する道筋を残しています。しかも、ご丁寧に「融合」を拒絶したであろう八卦の封印式をナルトに仕込んでから…。つまり、ミナトとクシナは仙術は必要だけど、妙木山の監視や「予言」は不要だと判断したと言う事ではないかと、僕は考えています。ぶっちゃけ、ミナト(とクシナ)は「予言なんて糞喰らえっ!!」と思ってたと、僕は考えています。

ミナトとクシナは「予言」(妙木山)を利用した!!

九尾のナルトへの封印は”人柱力”を”尾獣”の金庫とする考えに基づいた「鹵獲」だったと思います。それがミナトとクシナの覚悟であって、その一命に代えても尚、果たさねばならない「重大な事実」を抱えていたのだと思います。そして、それでも九尾を搭載したナルトを自来也に委ねようとするベクトルは、九尾と仙術が出逢う必要があったからじゃないでしょうか。惜しむらくは、「九尾事件」に自来也が立ち会えなかった事で、その真意を自来也に伝える事ができなかった点です。

もっとも、「九尾事件」ともなると自来也も仙人モードを出す事になるでしょうし、そうなれば妙木山…フカサクとシマが関与して来ます。だから、自来也の居ない状況はミナトにとっては好都合だったのかも知れません。ミナトは妙木山とは距離を置いた付き合いをしていた筈で、それ故、妙木山側からミナトの露出が全くないんではないかと、僕は考えます。ちなみに、ミナトも仙術はマスターしていて、「融合」なしに仙人モードを実現する方便としての”黄色い閃光”的な戦法を編み出したのだと思います。

何が正しくて、何が間違っている…なんてのは自分で判断すれば良い事であって、例え100%の善意であっても他人が判断しようとするのは「お節介」と言うものです。それは物事を自分で考える事ができる人であれば見つけ出せるものと思います。ミナトとクシナも自分たちで考え、「予言」を拒否したのです。多分、独善的な「予言」に頼って得た未来に魅力を感じなかったのでしょう。人生とは自分で何とかしなければ、決して何も変わらないです。そのリアリティが二人にはあったのです。

そして、そんな「予言」に取り憑かれた自来也を否定しなかったのは、自来也の”考え”を尊重したからであって、自来也を戒める事は妙木山の独善的な介入と同じになってしまうと二人が考えたからです。決して自分だけが正しくて、他者が間違ってると言い切らない…その整合性があればこそ、僕はミナトとクシナを支持したいです。ま…それは二人が「理由知り」だからなんだけどね…。そして、二人の慮りが「予言」に翻弄される事無く大局を見据えていたのなら、彼らの視線を僕らも想像すべきでしょう。

きっと…そこに自来也の「胸騒ぎ」が重なる筈です。


  

第431話「ナルト大噴火!!」 | BLOG TOP | 予言・大ガマ仙人(自来也の苦悩・余)

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