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ナルトには何故、”閻魔蟋蟀”が見えたのか?


「何だアレ!?」(ナルト)

「どうやらあのペインが
キーマンのようですね」<ススッ>(カツユ)

第433話/「仙術失敗…!!」では、ナルトの大活躍に気を取られて見逃していましたが(汗)、ナルトの仙術・風遁螺旋丸を封術吸印で吸収した餓鬼道の復活を地獄道が担っていた描写で、地獄道の閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ:閻魔大王みたいだけど、眉毛?が触覚っぽくて胡散臭いので、ナル×ジャンでは蟋蟀呼ばわりです)がしっかりナルトには見えてて、ナルトが仙人だから見える…とか、いやいや描き間違え…なんてタレコミが多数寄せられました。ま…僕はそもそも見逃してたので、それこそスルーしたかったんですが…(笑)。

「うずまきナルトは
この里にいるのかいないのか
どっちだ?」(地獄道)

「ゔっ!!」(木ノ葉丸)

(そうか捕まると
こいつが見えるのか?)
(木ノ葉丸)

第428話/「対談!!」で、不甲斐ないエビスを助けに、木ノ葉丸が果敢に地獄道に挑んだ行(くだり)で、地獄道に首根っこを掴まれて、初めて閻魔蟋蟀が見える描写が確かにあって、地獄道と接触の無い、しかもかなり遠くに居るナルトに閻魔蟋蟀が見えるのって変じゃね↑?となる訳です。この疑問は非常に正しいと思います。描写をちゃんと読み込んでいる証拠です。しかし、これをキッシーのミスとするのは、かつて僕がやらかした「うちはイタチと”うちは虐殺”の時系列考察」と似てると思います(赤面)。

ナル×ジャンの提唱する”考察”とは、描写(物語)中の出来事を常に真実と受け止め、それに至る経緯、理屈を筋立てて読み解く、言わば”考え遊び”です。なので…『NARUTO -ナルト-』と言う作品を描くキッシーの腰痛の具合が芳しくないとか、ワイハで遊び呆ける為に時間がなかった…なんてのは考慮に差し挟んだりは致しません(笑)。僕らは『NARUTO -ナルト-』と言う世界に鏤められたCCDカメラから週一で実況されてるリアルをみてるんですから、間違ってもそこに”描き間違い”は存在しない訳です。

その…僕が以前やらかしたと言う”失言”ですが、厳密に言うとそれらとはちょっと違って、作中の人物の”失言”なんです。言い訳させて頂けるなら、ナル×ジャンを始めて間もない…第18番目の記事でしたし、書き急いでた感もあり、僕もまだこんな真っ黒でもなかった(ボブと呼ばれて…)。それで、カカシが言い間違えた事にしてお話を閉じようとした訳ですが、どうもお尻の座りが悪い…と言うか、後味が悪い。それで周辺の描写を洗い直したら、お話の別な側面が見えて来た…目から鱗が落ちた…。

「これが”考察”かいな…」ってね。

”考察”って言葉が出たんで、ちょっと横道に逸れさせてもらいます。夏休み前にも紹介したと思いますが、ナル×ジャンのブレーンであるOJITEC氏(この”氏”は”師”としたいくらいだ…OJITEC BLOGに跳んだついでに”FC2ブログランキング”をワンクリックして下さいね)は正真正銘のモノホンの研究者で、僕なんかがおいそれと…なのですが…度々、助言を頂いております。例の新年早々の新ジャンでブチ切れた…「ケルベロスのナル×ジャン辞めちゃう(かも)事件」でも非常に穏やかに助言を頂き、ハッと気付かされたのを今も痛がゆく思い出します……(遠い目)。

ナルトを立てるために,他の登場人物の設定がおかしくなっているような気がします.キャラクターの設定が決まって,話の内容が決まれば,後はパズルになるはずです.

作者とはいえ,人間を描いている以上,変な組み合わせはできないはず,だから考察が可能になる.科学も唯一の答えがあるから,実験が楽しい.もし神様が気まぐれで答えを度々かえるようなら,私も科学者辞めると思います.

上記は、OJITEC氏から頂いたお言葉の一部ですが…一応、「中二病の処方箋」として厚生労働省に上申しております(笑)。そうなんですよ!!『NARUTO -ナルト-』が何でこんなに凄い作品かってーと、”考察”できる作品だッちゅーところにあるのです。ちゃんとチャラが生きてて、それがそれぞれの生命に基づいて行動しているから、何気ない目線や僅かな指の動き一つに意味が見出せる。それをネタに泣ける(笑)←何で!!…そう言う作品な訳です。ここで閻魔蟋蟀が見えたなら、それが何故かを考えるべきです…そう言う楽しみを僕らは常に提供されてるんですよ。


<ズオオ><ガッ><ブラン>

<ガブガブ>

<ガパッ><スッ>

エーッと、これだと何が何だか解らないと思いますが、第430話/「ナルト帰還!!」で、超特大の神羅天征を前に一度シャットダウンされたペイン共が再び起き上がり、カカシが雷切でぐちゃぐちゃに壊した修羅道を地獄道が閻魔蟋蟀が修理するシーンです。閻魔蟋蟀が口の中から例の腕だか舌だかを出して、それで修羅道の頭を鷲掴みにして口に含み、<ガブガブ>口の中で咀嚼?すると、次の瞬間、口が<ガパッ>っと開いて、修羅道が何事も無かったような涼しい顔でご帰還するんですよね。しかも、ご丁寧に、マントも奇麗に治ってた…。

描写の観察から、これは治療系の医療忍術ではなく、時間を遡って体を元通りにする時空間忍術の一種であると、僕は考えます。ま…非常にズッコイ忍術だとは思いますが、「完全に死んだ奴を三人も生き返らせる術やこうあるかいな!!?」(第41巻/188頁)と、シマさんが驚いたのも医療系の忍術に固執した結果、見逃してしまった…の描写の説明もし易いですし、チャクラ量の制限が無い(であろう)システムペインにおいては、マントや額当てまで復元する忍術を…一定期間の時間の巻き戻しをしてしまう…力技で説明できると思います。

この閻魔蟋蟀は小南にも見えているようでしたし、修羅道が<ガブガブ>されてる間、これを第三者が覗き見してて…空中に浮かんだ修羅道が乾燥機の中でグルグル回ってる風な描写も無かったですよね。別に復活蘇生をする閻魔蟋蟀が不可視と言う提示は無かった。つまり、普通に見える閻魔蟋蟀もある…って言うか、修羅道を物理的に<ガブガブ>する為には実体が必要ですから、尋問で対象者の舌を掴んで引っこ抜いた閻魔蟋蟀が見えなかったのであれば、見えない閻魔蟋蟀と見える閻魔蟋蟀が何らかの理由で存在すると考えるべきだと思います。

また、ペインが天道を除き、一個体につき一系統の忍術しか使えないとすれば、地獄道が”尋問”や”復活蘇生”の少なくとも二種類の術を使ってる部分がそれに反します。そこで、地獄道は閻魔蟋蟀に命令するだけで、忍術は閻魔蟋蟀が発動してる…地獄道は閻魔蟋蟀を呼び出す事ができる忍術しか使えない…とする事で、一応の整合性が保てます。でも、それだと口寄せの術と同じになってしまって、畜生道との分別が上手くなされないので、閻魔蟋蟀は口寄せ動物じゃなくて、別の存在…例えば、ホントの神様を召還する忍術とか?

神羅天征なんて術も重力(引力と斥力)が関与するところを見ると、空間を歪める術の大系みたいだし、地獄道がホントに地獄の閻魔様を呼び出したって、天下の六道仙人の末裔が「それは世が乱れた時に天より遣わされる創造神とも全てをゼロに戻す破壊神ともいわれる…」(第41巻/63頁)と自来也が思わず思い返した神話を再現する為に降臨したんですから、神様くらい呼べても不思議じゃない…(いやいや、不思議…笑)。じゃなくても…マジに閻魔大王の能力の一部を拝借する忍術を使ってると思います。

で…あれだ…地獄道の尋問は輪廻眼と地獄道のチャクラの強い暗示を受けた為に、ウソを付いたと本人が認識する事に拠るショック死で(ホントに知らないか、正直に吐けば暗示によって死なない)、その過程で対象者のみが見る閻魔蟋蟀は地獄道が召還した閻魔蟋蟀の”力”(部分的な召還)=閻魔蟋蟀のチャクラ?によって見せられる幻覚(幻術)の一種ではないかと思います。やはり、あの舌だか魂?だかを引っこ抜く描写も対象者にしか解らないと言う事は強い暗示による幻覚…チャクラ絡みならば…幻術だったと考える事もできるんじゃないでしょうか。

そして、それと六道を復活蘇生させる閻魔蟋蟀は違う…。

復活蘇生で登場する閻魔蟋蟀は実体あるペインを蘇生させる為にやはり実体が必要ですから、見えて当然なのです。ぶっちゃけ、尋問で登場した閻魔蟋蟀と、復活蘇生する閻魔蟋蟀が同じものだと言うのがそもそも思い込みなんだと思います。側は一緒で、めちゃくちゃ似てますが、両者が同一の個体である必要は何処にもないです。以上の考察で、僕はその理屈を”能力の租借の度合い”によって説明する方法を採用した訳です。自来也がイタキサコンビを後一歩に追い込んだ「忍法・蝦蟇口縛り」の要領(口寄せの変形?応用?)と似た考え方ですね。

そして、これが正解である必要もない…と、僕は思う。
何故なら…考えとは何よりも自由であるべきだから…。

「…どうしてこんな無茶を……」(小南)

「これが…オレの”考察”だからだ」(ケル道)

ようこそ!!考え遊びの迷宮へ…(黒笑)。



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