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デイダラは何故、大蛇丸を恨んでいたのか?


「こんなガキをオレの連れにしなきゃなんねーのか…」
「威勢はいいが、こいつぁ早死にするタイプだぜ」

サスケVSデイダラの回想シーン(「その眼…!!」/本誌30巻/114頁)で、デイダラが「暁」に入隊する経緯が紹介されています。それはイタチ、つまり写輪眼との出合いでもあった訳ですが、話の流れから大蛇丸が「暁」を抜けた後の隊員の補填の為の隊員の勧誘であったようです。大蛇丸はサソリの相方だったので、デイダラが入隊すればサソリと組む事が内定していたのでしょう。2マンセルが基本の「暁」ですから、サソリにとっては自分の相方の面接のような感じだったようです。

「オイラはその一瞬の昇華にこそアートを感じてならない!うん!」
「芸術は爆発なのだァァ!!」

デイダラは自分の芸術観を一気に説明します。明らかに乗ってます(笑)。きっと、これまで、こんな風に話せる機会もなかったし、耳を傾けてくれる相手も居なかったんでしょう。突然の来訪者もデイダラは嬉しくもあったのではないでしょうか?デイダラはきっと独りきりで生きて来た筈です。外見は子供っぽいけど、この時点で自活していたんでは。どう言う事情があったかは量り知れませんが、それでも生きられる才能やバイタリティがデイダラにはあったんでしょう。同時に、誰の庇護もなく生きられた事がデイダラの不幸の原因だったんだろうなァ…。

「…ウザいな…」

サソリは、この前にデイダラの台詞の中の「作品」と言う言葉に反応していますが、デイダラの口数の多さに閉口したんでしょうか?そんな事、分かってる…と言う受け取り方なんでしょうか。でも、イタチ、鬼鮫、サソリの三人の面接官(笑)のなかで、唯一、サソリだけが「作品」と言う言葉に反応した。芸術と言う括りで二人はつながっていた暗示がそこにあるんだと、僕は考えています。

「フフ…全員がこうしてそろうのは…七年前…大蛇丸が組織を抜けた時以来だな…」

第一部の最終頁(27巻/64頁)です。大蛇丸はこの七年前に抜けている。つまり、デイダラの「暁」への勧誘は大蛇丸が抜けた「七年前」よりもこっち。大蛇丸の話題が続きます。

「ソノ大蛇丸ガ写輪眼ヲ手ニシタ…」

「イタチ、お前の弟か…」

「………」

イタチはこの頃からダンマリですね(笑)。目を開けてるけど起きてるかどうかは微妙(笑)。「暁」のメンバーが一同に介してはいるんですが、例の遠隔会議の術のようで、みんなボケた映像のようで、各々の細かなディテールは解りません。

「焦んな…うん。いずれ大蛇丸はぶっ殺す…うん」
「そいよか。あと三年しかねーぞ…全員ノルマ達成できんのか…うん?」

天井から逆さにぶら下がっていますが、語尾に「うん」がくっ付いているので(笑)、これがデイダラの台詞であると考えて良いでしょう。多分、初めはコウモリみたいな性格付けだったのかも知れません。天の邪鬼(あまのじゃく)みたいなキャラだったのかな。この時のデイダラの大蛇丸への執着が、あまり気にならなかったんですが、先に示したデイダラの勧誘&面接シーンから推察すると、デイダラは大蛇丸には全くカスってない!事に気付きます。だって、大蛇丸脱退の補充要員ですから。大蛇丸とデイダラは「暁」では対面していないのです。大蛇丸と接点のないデイダラは何故、大蛇丸を恨んでいたんでしょうか?ここを掘り下げて考えてみるとデイダラの事が、もっと良く理解できるんです。それを、順番に説明して行きましょう!

第一部が完了して、第二部までの空白が2年半。大蛇丸の「暁」脱退が第一部終了の7年前ですから、第二部の冒頭で、サソリとデイダラの付き合いは、最長で9年くらいは経過してる事になります。こう考えると二人のコンビは結構長いと言えます。そして、このサソリ&デイダラの2マンセルが風影・我愛羅の中に眠る「一尾・守鶴」を強奪に来る事で物語は大きく動き出します。

「そうか…大蛇丸んとこにやった奴よりこっちが先か…うん」

サソリは他者に自分の命令を埋込んで操る術を施すことができるようで、あちこちに自分の部下(操る術を施した忍)がいたようです。天才的な傀儡使いとしての感覚なのか、誰かを操る事の優越感があるとして、サソリはそれを好む性質であったのかも知れません。もしかしたら、大蛇丸は操れなかった…跳ね返された過去があるとか?それが、サソリの自尊心を大きく傷つけたのかも知れませんね。余談です。妄想です。

サソリの部下は「暁」を抜けた大蛇丸のところにも居て、天地橋編のカブトがこれにあたるんですが、今回は砂(の由良)に先に行く…と言う意味の台詞です(28巻/61頁)。ちょっと端折りますが、デイダラはまんまと我愛羅を拘束して一尾・守鶴を持ち帰り封印してしまいます。木の葉と砂の連合小隊はその阻止行動をとりますが、間に合いませんでした。尚も「暁」はナルトの九尾を狙って、封印に直(生身)で立ち会ったデイダラとサソリが迫りますが、サソリをサクラ&チヨばあ(砂)が退けます。

「大蛇丸の部下にオレのスパイがいる…」(31巻/76頁)

サソリは死に際にサクラに自分の部下が大蛇丸のところにもいる事をサクラに告げます。サソリはどうしても、大蛇丸を殺したかったのでしょう。道連れにしたい気持ちがあったのでしょう。爪痕を残したかったのでしょうか?これが天地橋任務につながり、サソリの部下がカブトであった事が解ります。その時、カブトもサクラ達に次のように吐露しています。

「サソリは大蛇丸様を恨み、自ら直接手を下したいと常々話していた」

僕的には怪しかったんですが、カブトがサソリの術に掛かっていたスパイであったようです(33巻/94頁)。その術は大蛇丸が解いたと言うよりは、大蛇丸のカリスマ性によって無効化されたような意味合いを感じました。何らかの事情で大蛇丸とサソリは険悪な関係だったようですが、両者が互いに否定し合うような関係にあった可能性を、僕は感じています。注目して欲しいのは、この件にデイダラは全く絡んでない点(笑)。カスってすらいない。これは、あくまでもサソリと大蛇丸の関係で、サソリが大蛇丸を恨んでいた…事を示す描写に過ぎないのです。

「…確かに"暁"では元々大蛇丸と組んでたから、色々やったが…」

木の葉崩しで四代目・風影を暗殺したのは大蛇丸でしたが、それに「四代目っつーのはオレは知らねーぜ」(30巻/90頁)にもあるように、大蛇丸がサソリの術中にある「部下」を自分の駒として流用している事実をうかがわせ、こう言う大蛇丸の行いがサソリの琴線をかき鳴らしていた可能性もあるんじゃないかと思っています。この時、サソリの大蛇丸に対する憎悪を示す描写はありませんでしたが…、大蛇丸が「暁」を辞めてから溝が深まっていった…示唆を含んでいる事は確かでしょう。

一方、サソリとデイダラはどんな関係にあったんでしょうか?話はちょっと戻って、サクラが砕いた大岩の向こうで、我愛羅の骸に腰掛けるデイダラとサソリが待ち受ける洞くつにカカシ班が突入するシーン。ここで、二人の関係性が感じられるやり取りがあります。

「旦那……これ言ったら多分旦那は怒るだろーけどよ…」
「あの”人柱力”はオイラがやる…うん」

ナルトが九尾の人柱力である事を察知したデイダラは、ナルトの捕獲に名乗りを上げます。それをサソリに宣言することで、サソリがどんな反応をするか、デイダラは既に予見しています。ツーカーです(笑)。これは二人の付き合いが長く、お互いがかなり解りあっている描写であると、僕は考えています。

「ノルマは一人、一匹だろーが…図に乗るなよ、デイダラ」

案の定の反応です(笑)。同時に、位置関係ではサソリがデイダラの上位にいる事を表しています。デイダラはサソリを「旦那」と呼んでいますし。歳も随分と離れているし…「暁」クラスの忍で歳の違いは変か…表面的にはデイダラはサソリの後ろに一歩か二歩引いた位置にいると考えて良いと思います。

「芸術家ってのは、より強い刺激を求めていねーと感情がにぶっちまうもんなんスよ…旦那」

デイダラは我愛羅と闘っている最中に「それにお前の無表情も見飽きたしな」と言ってます(28巻/98頁)。ナルトだったら、きっちりとリアクションしてくれそうな気配を感じてたんじゃないでしょうか?デイダラは自己が非常に希薄でしたから、しっかり反応してくれる相手でないと、物足りないと言うか、不安だったんです(腐的考察では「ドSの攻め」になるそうです…笑)。だから、ナルトなら大丈夫!と考えたんじゃないでしょうか?この時も、かなり強引にナルトを自分の標的にしようとしています。

「何だ?あの爆発が芸術だってのか?」
「芸術ってのは長く美しく後々まで残っていくもの…永久の美が芸術だ」

サソリは自分の身体を傀儡にしてまで、若い時期の一瞬を残そうとしたように、永遠に変わらない事を「美しい」としています。この時、サソリはデイダラの「爆発」を軽視していますね。しかし、これをデイダラは我慢できたんでしょうか?これで良く何年にも渡って2マンセルを維持して、任務をこなして来れたものです。

「同じ物造りとして旦那…アンタは尊敬するが」
「芸術ってのは美しく儚く散っていく一瞬の美をいうんだよ…うん」

デイダラの芸術観は一瞬で無くなる様を「美しい」としている点でサソリのそれと正反対。つまり、対局にある事を意味しています。しかし、先のサソリの「軽視」と逆にデイダラはサソリに対して、一定の理解を示しています。芸術に関する考えは譲れないまでも、サソリの存在はデイダラには否定できないでいる。デイダラにとってサソリはかなり大切で、相当に得難い存在であったのかも知れない事がうかがえます。デイダラが相当、譲歩することで、二人の関係は成立していたんだと、僕は考えます。

「大体、弱点丸出しのあの造形は自信過剰なんだよ…うん」

サソリがサクラとチヨばあに殺られたと知った後、草むらに忍んで回想しているんですが(31巻/120頁)、デイダラもヒルコの中のサソリの本当の姿を知っていた事を暗示する場面です。ゼツすら見た事がなかった姿をデイダラは知っていたんです。これは異例な関係と言えます。「弱点丸出し」…とは例のサソリのチャクラを発生させる「生身」のコアを意味するものでしょうから、これは重大な秘密を知り得たことを意味します。しかも、この時、デイダラは迂闊にも、ガイ班の接近を許し、窮地に陥ってしまいます。強がってはいますが、サソリの「死」はデイダラにとっては非常に大きな痛手であったものと推察されます。心の一部分がもがれたような心境だったんではないでしょうか?

「サソリの旦那はオレよりも強いぜ…たぶんな…うん…」

これはデイダラについて洞くつの外に出たナルトとカカシを牽制する台詞ですが(30巻/57頁)、デイダラの性格から考えて決して自分より強いとは思っていない(笑)と思います。恐らく、自分と同じか、ほんの少し弱い(笑)。本心は自分の方が少し強い…と宣言しているんです。早い話が、自慢しているんです。オレの方が強い!って。この謙遜は表面的なものでしょう。でも、デイダラがサソリのより深部を知っていた事実を如実に示した描写であり、二人の異常なまでの親密な関係をうかがわせています。

「オイラの芸術は爆発そのものだ」
「旦那のびっくり人形喜劇とはワケが違うぜ!うん」

この台詞がデイダラの本心です(30巻/36頁)。デイダラの行動や言動から自分の芸術以外の存在を認める筈なんかありませんから(笑)。とうとう、サソリの傀儡を「びっくり人形喜劇」とまで言っちゃいました。で、次の頁の右上でサソリの目が黒く塗りつぶされたカットが来ちゃいます(汗)。目を塗りつぶす描写は感情を留保した表現ですから、本心は秘匿されてて解りませんが、サソリ(ヒルコ)は怒っているんでしょうか?

「!」

<シュ>と、サソリ(ヒルコ)のシッポがデイダラを攻撃しています。デイダラはそれを躱して我愛羅を抱えて洞くつの外に出ていきます。サソリはデイダラを、ヒルコのシッポで刺しに行ってますから…。あれって、毒針ですよね。きっと、永年付き合って来た二人ですから、もし、これがデイダラを直撃してもデイダラは死なないか、デイダラなら避けられる…と言う確信があったんだと思います。ところで「おや?」っと思いませんか?この描写は何かに似てるな…って。アレに似てると思いませんか?(笑)

そう、デイダラとトビの関係です。デイダラはトビに起爆粘土で突っ込みを入れます。トビの考察で、その非常に危険きわまりない突っ込みをトビなればこその絶妙な突っ込みであり、相互理解の為せるワザである事を示しました。この状況はそれに酷似しています。二人の会話でも「多分旦那は怒るだろーけど」と性格や反応を知り尽くしたような深い関係をうかがわせますし。きっと、デイダラとサソリはよく語り合ったんだと思います。芸術に対するこだわりから、つまらない日常の話なんかを…。恐らく、二人は仲の良いおしゃべり友達だったんではないかと、僕は考えています。

「…人形になりきれなかった人間…」

サソリは自分を、この台詞で言い表わしているように(31巻/75頁)、自分をしっかり受け入れています。確かなアイデンティティを確立している存在なのです。きっと、デイダラにとってサソリは眩しく思えたんじゃないでしょうか?同時に、表現方法は違っても、同じ芸術家だったし、作品を生み出すと言う親近感がサソリには感じられた。自分が何なのか?ハッキリと受け入れられず、不安を常に感じるデイダラにとって、サソリの存在は大きな安心を与えてくれる存在であったんでしょう。デイダラはサソリに何かを話す事で、その都度、自分を確認していたのかも知れません。サソリもそれをしっかり聞いて上げてた…。表面的にではあっても。

<ズズズズズズッ…>呪印全開です。軽めです(笑)。




デイダラはサソリに洗脳されていたッ!!


デイダラの話を聞くと同時に、サソリもデイダラにいろんな事を話していた筈です。その中には、当然、大蛇丸との確執もあったでしょう。もしかしたら、サソリは巧妙に大蛇丸への憎悪を会話の中に織り込んだのかも知れません。デイダラの理解者を装い、理解者であるサソリの敵…と言う大蛇丸の存在をデイダラに浸透させて行った。自らの死の間際にサクラに天地橋の情報をワザワザ、リークした執着心が、それに符合します。自分の目的を果たす為の…洗脳(に近い擦り込み)?そして、それは、デイダラのような自己が希薄な人格には絶大なる効果があった事でしょう。丁度、母親が自分を愛するように、自分の子供を仕込むのと似ている(笑)。男の子だったら一度はやった事あるんじゃないでしょうか?「僕がお母さんを守ってやる!」ってヤツ(汗)。これはきっと、ソレです(笑)。多分、デイダラとサソリの関係性としてはそれに近いものがあったんじゃないかと、僕は想像しています。

先の「暁」が七年振りに集合した折に、デイダラが表明した「大蛇丸への敵対心」は、サソリに対する大きなリスペクト(尊敬)を示す行為ではないでしょうか?同時に、デイダラが、それを「暁」メンバーの前で、あからさまにそれを示す事でサソリとの関係を確かめていたのです。常にデイダラは不安で、自分を他者の反応によってしか感じれませんから、相方が自分をどう思ってるかは非常に興味があった筈です。そして、サソリと行動を共にする中で、デイダラ自身も意識しない内に、サソリの大蛇丸に対する復讐願望がデイダラ自身の願望にすり替わって行った……。そこには、サソリの計算もあったかも知れません。否、あった筈。その意味では、デイダラもサソリの術中にハマった「部下」だったのではないでしょうか。だとしたら、サソリって、かなり嫌なヤツですね。非情過ぎる。もしかしたら、この「情」の薄さを大蛇丸は嫌ったんじゃないか?とも、僕は考えてしまいます。大蛇丸にはそう言う「母性」というか、「暖かさ」を感じてしまうんです。よくよく見たら、ただの変態ヤローかも知れないけど(笑)。

面識もない。接点もない。ましてや恨みなんかある筈もない。そんな大蛇丸を恨んでしまうデイダラ。これは他者の意見が、そのまま自分の意見になってしまった状態を意味しています。デイダラは、サソリの気持ちと同調する事で自分とサソリとの関係性を感じたかったんだと思います。逆に言うと、そこまでしないと、その関係性の中に在る「自分」を認識できなかったんです。非常に馬鹿げた話だけど、こう言う気持ち悪い「一体化」は世の中に腐るほどあります。会社でも、学校でも…。デイダラみたいにアイデンティティを確立していない人格がそれだけ、この世の中には沢山いる…と言う事なのです。

「まあ、オレからすりゃあ…芸術家らしい最期だったが…」

草むらの中に潜み、サソリの死を悼むデイダラ(31巻/120頁)。この時、デイダラはガイ達に接近されている事にも気付けないくらい心が揺れていました。きっと、サソリと一体化していた自分まで、一緒に逝ってしまったような感覚に襲われていたんでしょう。自分が殺されてしまったような痛みをデイダラは感じていたんです。

このデイダラの有り様は、サソリの「罪」だと、僕は思うんです。サソリは、きっとデイダラの虚無な人格形成に気付いていた筈です。その上で、大蛇丸を恨むだけの、自分の道具としてデイダラを誘引して行った「臭い」を強く感じてしまいます。きっと、サソリはデイダラの成長を促す事なく、ただ表面的な反応を返してデイダラを安心させる事でデイダラのリスペクト(尊敬)を獲得した。そして、無垢で純粋な、剥き出しのデイダラの魂をサソリは徐々に洗脳していったんだと思います。

きっと、サソリなら、デイダラの魂を自立させてあげる事だってできた筈です。自己と向き合わせて、デイダラのアイデンティティを確立してやる事が、充分にできた筈です。でも、サソリはデイダラを導かなかった。ただ、自分の復讐を実現する為の道具として育てた。サソリはデイダラを自分の術にハメるように「部下」にしていたんです。その有為無為は問わず…。結局、そこには「愛」がなかったんですね。サソリはアイデンティティがあり、知性も持ち得ました。しかし、知性はあっても、そこから涌き出す「優しさ」や「思いやり」を破棄していたんでしょう。この意識こそ、本当の「悪」ではないかと、僕は考えています。その一点において、大蛇丸との激しい温度差を感じてしまう。根本的な部分で、大蛇丸とサソリは違うんです。そして、そこに二人の反目の根があるんじゃないかと推測しています。

自分には全く縁も所縁もない大蛇丸に、激しい敵意を剥き出しにするデイダラ。そのサソリに対する無垢なリスペクトが、激しく空回りしているように感じました。物凄く悲しい音を響かせながら…。悲しいかな。それにすらデイダラは気付いていなかったかも知れない。そう考えると、更に空しさが増してしまいます。最期に(華々しく)芸術として、自らを昇華させる事が、今のデイダラにとっては一番、幸せな選択だったのかも知れないです。こんな妄想しかできなくて…。デイダラ、ホントにゴメンなさい。

デイダラの冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌。

第363話「サスケの死…!!」 | BLOG TOP | チャクラ性質の同時使用の意味を考える

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