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大蛇丸の「優しさ」について考えてみる!


大蛇丸…。

現在のところは死んでいますが(笑)、今も変わらず「NARUTO-ナルト-」のストーリーの中核を形作る主要キャラである事に変わりはありません。実際、大蛇丸のファンは多いし、非常に魅力的なキャラであると思います。僕も大好きなキャラの一人です!きっと、大蛇丸が「お店」(スナック「マンダ」でしたっけ、「音」でしたっけ…汗)を出したら足しげく通ってしまう!

そんな、大蛇丸の魅力って何なんでしょうか?そこを、とことんコアに、とことんディープに考えてみましょう!

天地橋任務で、サイはタンゾウの秘密任務を遂行する為に大蛇丸に接近します。大蛇丸もサイの申し出をあっさり受け入れて(笑)、サイを連れてアジトに向かうんですが、その途中で小休止して、カブトが愛用する手術用具を川で洗うシーンがあります。

サイの身替わりの屍体でヤマトたちの追跡を誤魔化したとは言え、まだまだ気が抜けない場面なんですが、結構、ほのぼのと雑談したりしてるんです。「カブト…そういうのは帰ってからにしなさい」と、大蛇丸は呆れながらも、ちゃんとカブトの話に付き合っています。物凄くアットホームな雰囲気でカブトも全然関係ない事まで喋っています(笑)。血液型とか…。ちなみに、カブトはAB型。何だかわかる気がしました(笑)。

「………」(無い…)

この時、サイがリュックの中に兄との唯一の想い出の品である「絵本」が入って無い事に気付きます。大蛇丸もサイの「揺れ」に気付きます。この時、大蛇丸がサイを見る目…。凄く優しい目です。この目がこの場の雰囲気を作り出してるんだと、僕は思いました。そして、大蛇丸はサイに優しく声をかけます。

「どうかしたの…サイ…とやら?」

語尾の「とやら?」がポイントです(34巻/11頁)。大蛇丸はサイを受け入れましたが、完全には信用もしていないのでしょう。サイと言う名前すら疑っていると言うか…。もしかしたら、大蛇丸の思考は、サイの内面と言うか、魂の姿にすら気持ちが及んでいるのかも知れません。この語尾の「とやら」は、サイがこの後、思い直し、ナルトたちに寝返ってから、もう一度出て来ます。

「やはり、そちら側のようね…サイとやら」

大蛇丸の潜影蛇手を躱すナルトと同調するサイの様子をみて(34巻/99頁)、大蛇丸はサイを敵と認識します。しかし、この期に及んでも「とやら」を付けています(笑)。きっと、大蛇丸はサイの雰囲気から「サイ」と言う「言葉」に意味を感じていないんだと思います。それがコードネームであり、魂の名前ではないと大蛇丸は勘付いていたんです。コードネームなんて、他にも一杯あるんですが、その状況をサイが迷っている…無意識下で悩んでいる←悩んでいない事になるんだけど…本人の意識の更に奥を穿つような…大蛇丸の「渋い」描写ではないかと、僕は考えています。

後にも先にも(僕の知る限り…ですが…汗)、誰かの名前を呼ぶ時に「とやら」を大蛇丸が使うのはサイに対してだけだと思います。サイの「名前」に関しては大蛇丸もかなりこだわっていた事を伺わせます。同時に大蛇丸の純粋な探究者としての一面に深く言及する描写であり、物事の本質と真摯に向き合う大蛇丸の卓越した洞察力と、彼の心根の純粋さを示しているんだと思います。

この後、ナルトたちはサスケとの再会を果たします。2年半の歳月。ナルト、サクラ、そしてサスケ。三人とも万感迫る想いがあった事でしょう。サクラもナルトも瞳を大きく見開いて、サスケの姿を見つめてましたね。あの時、高台の上で、ナルトたちを見下ろすサスケのカットは、僕も「グッ」と来たもんです。

サスケの成長は目ざましいものがあって、ヤマトを含む4人相手にワンサイドの強さを見せます。これはマズイと思ったのでしょう。「悪いがもう本気でやるよ…」と上忍で暗部出身のヤマトが本気を出そうとしたほどです。「結構、『本気』出してたんじゃないの?ヤマト…」と、軽く突っ込みを入れそうになりましたが…(笑)。

「木の葉か…お前たちはもういい…終わりだ…」

サスケは印を結び、左手を振りかざします。何やら大技を発動しようとしているようです。相手にカカシが含まれていないからでしょうか?それとも、自分の成長振りを誇示したかったんでしょうか?この時、サスケはナルトたちを相手に本気の殺意を向けたと、僕は感じました。

「その術は止めておきなさい…サスケ君」

と、大蛇丸はサスケのその左腕を制します。大蛇丸はサスケの目をしっかりと見つめています。サスケも大蛇丸をしっかり見つめています。「放せ」とサスケは一応は拒絶しようとしますが、それ以上は踏み込みません。大蛇丸の真意がサスケには伝わっていたんだと、僕は考えています。

「………」

この時も大蛇丸は非常に優しい眼差しです(34巻/184頁)。カブトは「暁」対策にナルトたちはここで殺してしまうべきではないと説明しますが、「…情けない理由だな」とサスケが言うように、説得力のある考えでは無い気がしました。きっと、大蛇丸もそんなチンけな理由を本意とはしていなかったと思います。この時に見せた大蛇丸の眼差し…。僕にとっては、非常に印象的な「目」でした。

ここは純粋に、大蛇丸はサスケがナルトやサクラを殺すべきじゃない…と考えたんじゃないでしょうか?その少し前、サスケの写輪眼が九尾に接見したシーンで、九尾が「ナルトは殺すな。後悔することに…」と、言い残しましたが、それとは無関係に、サスケがナルトやサクラを殺すべきじゃないと、大蛇丸が気遣ったんではないかと、僕は考えています。この時の大蛇丸の優しく澄んだ表情が全てを雄弁に表現していると、どうしても感じてしまうのです。

試しに、鏡を見て実験して欲しいんですが、「スーッ」と、鼻から息を吸い込んでみて下さい。その時、どんな顔になってますか?どんな表情ですか?優しい顔になっていませんか?きっと、凄く優しい(好意をたたえた)表情になっている筈です。フフ…。それが、大蛇丸の「………」の表情であると、僕は考えています。

そして、その鼻から息を吸い込んだ時の、自分の気持ちを感じてみて下さい。きっと、優しい気持ちになっているんじゃないですか。暖かい気持ちが生まれている気がしませんか?どうですか?人の身体と心はつながっていて、身体の行いが心に影響するようにできているのです。視線の象限(向き)と同じロジックです。

逆に鼻から息を吐いてみると、恐い顔になると思います。これは、猛獣が獲物に襲いかかる前の呼吸なんだそうです。鼻から息を吐く時の自分の気持ちも観察してみて下さい。そこに、決して好意はないと思います。自分の苦手な人と狭い部屋で一緒になる時には、息を吐いている…。人の身体には、そう言う、身体と心のフィードバックが存在するものなのです。

大蛇丸のチラ見せする表情は偽りはないものと思います。彼は極めて純粋で無垢な存在ですから。「情」の方向性が他とは違うだけで、量はとんでもなく多いのです。有り体に行ってしまえば、大蛇丸は凄く優しいんです。と言うか、優しさを表現する事が上手なんです。使うタイミングが「絶妙」と言った方が良いでしょうか。大蛇丸は物事の本質を常に見つめる探究者そのものですから、それが対人関係の距離感や機微に絶妙に反影されるのです。

「三忍」がまだ、木の葉で一緒に行動していた頃に、その大蛇丸の優しさを証明する描写があります。綱手が「血」の恐怖症(PTSD)になる経緯の説明の回想シーンです(18巻/136頁)。多分、木の葉の死体安置所でのエピソードだと思います。雨の中。駆け付けた綱手の先回りをするように、自来也と大蛇丸が待っています。通路の奥の縄樹の骸に綱手が歩み寄ろうとした時です。

「お前は亡骸を見ない方がいい………」

この時、自来也は綱手の肩に手をかけて綱手を止めます。自来也らしい、真直ぐな止め方であったと思いますが、真直ぐすぎて、惨たらしさが生々しく伝わってしまったんじゃないでしょうか?自来也も縄樹の骸は先に目にしてると思います。それを綱手に気取られてしまった。何よりいけないのは、綱手と目線を合わせている。自来也、青いよ。真直ぐ過ぎるよ…(笑)。

「別にいいんじゃない…どうせ見た所で弟だと判断できやしないんだから」

自来也の行動とは対照的に、大蛇丸は綱手を止めようとはしていません。傍目には止めようとしてはいない…と言った方が良いか?大蛇丸は綱手と少し距離をとって、綱手の前に居ます。厳密には縄樹の骸と綱手の間に邪魔するような位置。まるで門番のようですね。そして、伏見がちに綱手の目を見ずに話している。そして、凄惨な弟の亡骸の状態をワザと心無く伝え、綱手の気持ちを逆撫でして、綱手の感心を自分に向けています。自ら、悪役(ヒール)をかって出た…と言うところでしょう。

「……しかし…子供ってのははしゃぎ過ぎるものね…」
「特にプレゼントをもらった次の日なんてのはね」

大蛇丸は、<ゴソゴソ>とポケットから初代の首飾りを取り出します。この一件の前に綱手が縄樹に贈ったプレゼントです。それを綱手に渡しています。しかし、大蛇丸は何故、初代の首飾りを持っていたんでしょうか?

きっと、大蛇丸も自来也と同じように縄樹の死体を見ていたんだと思います。その時、大蛇丸には縄樹の遺品に目が止まったんでしょう。そして、それが如何に大切なモノであり、綱手が縄樹にどんな気持ちを込めて贈ったかも、大蛇丸は察していたんだと思います。大蛇丸の想像力なら、縄樹の変わり果てた亡骸と、この首飾りが一緒にあったら…それを綱手が自分の手で取り上げたりしたら……。それこそ、悲惨な状況に陥ってしまう…と言う最悪の事態がイメージできたんです。その上で、縄樹の遺体を前に、綱手の性格や腕力(笑)を考慮して、ただ制止しても抑え切れないことも予測していたんでしょう。だから、前もって初代の首飾りを大蛇丸は預かっていたんです。それを、無造作にポケットに突っ込んで綱手を待っていたんです。勿論、べったりと着いた血糊などはキレイに洗い流してあった事でしょう。

大蛇丸の、この配慮によって、多分、綱手はこの場で思いとどまったものと思います。つまり、綱手は縄樹の亡骸は見ていないのです。大蛇丸のお陰で、綱手は凄惨に変わり果てた愛すべき弟は見なくて済んだのです。だから、綱手がPTSDに陥ったのはダンの死に接した段階だと思います。縄樹の死も、その一因ではありますが…。それが、ダンに首飾りを贈ったエピソードや、ダンの治療に失敗し、血にまみれる綱手の描写にも上手く符合します。

綱手は縄樹の死体を見るのを明らかに怖がっていました。でも、自来也がやったように、「見るな」と止められれば、見たくなるのが人情ですし、見ないで済むような理由を与えられる状況が必要でした。もし、僕が同じ場に居たとしたら、きっと自来也のように真直ぐに対応したと思います。大蛇丸の綱手への対応は非常に周到で配慮に満ちていました。自来也の思いやりも、通には「グッ」と来るところですが、優しさに実効性があるのは大蛇丸の方でしょう。

このように、大蛇丸はあからさまには示しませんが、とても優しいのです。非常に深い「情」を持っているのだと思います。そして、彼の時折見せる、優しい眼差しは、そんな深い「情」が溢れ出す彼の自然なのです。決して、意図してやってるわけじゃないと…僕は考えます。そもそも、知性は優しさの「根」ですし、その意味で、大蛇丸の「根」は相当、太いと考えて良いと思います。

もう一つ。大蛇丸を疑っているシーンがあります(笑)。

木の葉崩しの三代目との対決の触り部分です。中忍試験の会場に四代目・風影に化けて参列し、三代目の背後をとって羽交い締めにする大蛇丸が露になります。

「三代目…アナタはここで死ぬのだから…」

大蛇丸は、自らの手で仮面を剥ぎ取り、クナイを喉元に突き立てて、三代目・火影に戦線布告します(13巻/143頁)。が、この直後、身体を小刻みに震わせて、大蛇丸はその両目に涙を浮かべます。この涙は何だったんでしょうか?

大蛇丸はかつて三代目の弟子でありました。数十年に一人の逸材と寵愛された天才でありました。里抜けは四代目就任以降ですから、この時点で10~12年は経過していたでしょう。勿論、三代目と合うのは里抜け以来、多分、地下の実験室での対峙以来、お初であったでしょう。

そもそも、僕自身も「故里」って何なのか?判らなくなってはいるんですが(汗)、大蛇丸は、この時、言い知れない「懐かしさ」にやられたんじゃないでしょうか?グーグルアースで見に行った生家の屋根には、こんな僕でも、胸の奥が「キュン」となったものでした。大蛇丸だって、久しぶりに三代目と対面して、胸に来たんじゃないかと考えます。

これまでも示したように、大蛇丸の「情」はかなり深いですから。だから、あの涙はきっと、感涙。大蛇丸の「情」が流させた、大蛇丸のリアルの涙であると思いたいです。

「それほどに嬉しいか……それとも…」

大蛇丸の涙に気付いた三代目(13巻/156頁)。半信半疑だとは思いますが、この時、三代目もほのかに期待してしまったんじゃないかと思います。これまで大蛇丸に止めを刺せずに取り逃がしてきた経緯も、そんな期待に邪魔されていました。三代目は基本的に大蛇丸を大事に思っているのです。

「師であるワシを殺すのに……
多少の悲しみを感じる心を持ち合わせておるのか?」

大蛇丸は幻術を解くがごとく、自らの掌をクナイで穿ちます(13巻/158頁)。<ボタボタ>とおびただしい血を流して、心の底を見透かすような三代目の言葉に抗っているかのようです。

「イヤ…眠くてね…あくびをして涙が出ただけですよ………」

大蛇丸はクナイで掌を突き刺して、「すっきりした」とも言っています。でも、カカシもガイも、暗部までも訝しがっています。違和感、バリバリです(笑)。誰も信じやしてません。きっと、大蛇丸は泣いてしまったんだと思います。図らずも涙がこぼれ落ちてしまったんです。この後も、自分で掌に突き立てたクナイを抜こうともしません。明らかに、強がっているんです。だから、いろんな言い訳をしてましたね(笑)。

つまり、この期に及んで、大蛇丸は泣いちゃえる人なんです。年老いた師匠の身体を感じて、臭いを嗅いで、言葉に触れただけで、溢れる涙を抑えきれない…感受性の豊かな人格なんです。普通の目で見れば、悪事をはたらく悪人ではありますが、そんな悪事をはたらいても良心の呵責に苛まれる事も無い、ぶっ跳んだ存在なのです。僕らの常識では量り知れない存在なのです(笑)。

こんな事もありました…。

三代目・火影の屍鬼封尽の呪いで不自由になった両腕を綱手に治させる交渉に失敗して、綱手に裏切られた時の大蛇丸の表情は特に印象的でした。大蛇丸は綱手が自分を欺かないと本心で信じていたんだと思います。まるで、虚を突かれたような、無垢な魂の驚きが、その目には顕われていました。

「私を殺そうとするなんて……」

まるで、縋り付くように綱手を見つめています(19巻/14頁)。「エッ?!綱手、マジで…?!(何でそんな酷い事がアナタにはできるの?)」とばかりに、目を見開いてます。この時、感じたんですが、大蛇丸の魂は両親を亡くして悲しむ少年の頃で留まったままで在るのかも知れません。そのくらい、幼く純粋な魂の姿を留めている気がしました。

大蛇丸は、まるで無邪気な子供が戯れで虫の手足をもぎ取るように悪事をはたらいているかのようでもあります。大蛇丸は本心で、それを悪事とは考えていないのかも知れません。傍目には悪事は行っているとしか見えませんが、本人には悪意がないのです。その意味で、大蛇丸は誰よりも純粋な存在なのではないでしょうか?

大蛇丸には濃厚な知性があると書きました。物凄く深い「情」をもっている事も示して来ました。それらが、大蛇丸の「純粋さ」によって解き放たれる時、無類の「優しさ」となって顕現するのではないか?と、僕は考えています。

そして、その迸る「情」の断片を垣間見る事で、配下からは崇拝にも似た服従が生まれるのだろうし、多くの読者が愛して止まない「大蛇丸」が心に刻まれて行くのではないでしょうか。

そして、大蛇丸の持つ「カリスマ性」の正体は、そんな大蛇丸の「優しさ」にあるんじゃないかと……。常々、僕は疑っているのです(笑)。

ああ、大蛇丸の「お店」(「白蛇」でしたっけ…笑)に通ってみたい……。

で、つづく(笑)。

 

イタチは「うちは虐殺」の真犯人なのか? | BLOG TOP | 第363話「サスケの死…!!」

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