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NARUTO-ナルト-第46巻に寄せて…


「NARUTO -ナルト-」46巻に寄せて

早速、購入した46巻。週ジャンで言うと…08年49号から09年9号までの全10話収録です。ちょっと旗色の悪くなったカカシにチョウザさん達の増援が来たところから木ノ葉に帰還した仙人・ナルトが完成した風遁螺旋手裏剣でペインを削って行くところまでです。木ノ葉の意外なマグロさ加減に食傷気味で個人的には本編に対して面白いと手放しで喜べない状態です。でも、ま…そこを何とか…と腐心している様子は…「疑問の考察」に当時、認めてまして…それで確認してみて下さい(笑)。カバー絵に関してもカカシがズボンのポケットに手を突っ込んで立ってるのが気に掛かる程度で、アイデアを感じません。熱があまり伝わって来ないと言うか…こっちが熱くなり過ぎてるからか、こう言うのを「温度差」と表現するんでしょうが、46巻は個人的にはちょっと物足りないです。

「フカサクは自来也の全てを伝えたのか?」(11/15)

「天道は何故、カカシの生死に対して淡白だったのか?」(11/17)

「カカシはどんな"夢"を見るのか?」(11/26)

「ナルトの"通り名"は何がいいだろう?」(11/30)

「ナルトは木ノ葉丸にどんな術を教えたのか?」(12/01)

「ナルトは木ノ葉に帰って来れるのか?」(12/04)

「木ノ葉は何故、冷凍マグロだったのか?」(12/09)

「ペインVS木ノ葉隠れ…対戦の傾向と対策」(12/11)

「ミナトは何故、"黄色い閃光"だったのか?」(12/20)

「シマは誰を呼んだのか?」(12/23)

「長門の在り処」(12/27)

「長門は何故、綱手を殺さなかったのか?」(12/28)

「長門の病状」(01/07)

「シカクは何故、仙術を知っていたのか?」(02/01)

「ナルトには何故、”閻魔蟋蟀”が見えたのか?」(02/04)

「ペインは何故、シズネを殺したのか?」(02/17)

「カカ専」の皆様にはちゃんと「まっカカ」(エーッと、決して「まっかっか」ではなくて…「まったくカカシってヤツは…」の「まっカカ」です…笑)を用意してますんで、46巻に付帯するカカシの考察はそっちでガッツリ書く事に致します。確かにカカシの旨味は46巻にはあると思います。ただ、それをあまり前面に出せない…これは考察領域外の製作上の事情と思われ、長い長いお話の中の「谷」(正弦波の下の部分)みたいなものでもあり、ここまでのボリュームのお話ですから、全編通した面白さを考えるなら致し方ないかと。キッシーも辛いと思います。些かチャクラ切れも感じられ、お話を端折ったり、先急いだりもあって、そこはファンとしても(ミスと手抜きを分別した上で)厳しい目を持つ必要があると思うし、時に目の肥えたサポーター然としたブーイングだって必要だと、僕は考えています。

個人的にナルト以外とペインが戦うのは「力量」の如何ともし難い格差があって、それが忍の優劣…生死=勝敗を決する悲しい現実を提示してると考えています。そこには創意工夫、戦術、知略と言った第一部で味わった「力のインフレ」を抑制するアイデアと言うものが介在する余地がない訳で、それが木ノ葉の「マグロっぷり」の正体であったと、今は考えています。一度はやられたフリをして…敵が気を抜いたのを見計らって後ろをとって反撃する…なんてのは結果的にもなかったし(笑)。この辺の釈然としないお話の流れに萌えられなかった人も多いと思います。僕も46巻を読み返して正直、素晴らしい!!とは思えなかった…。僕が単体でズレてて、物語の旨味から離れたところに味蕾をあてがって居るのであれば救われるます。それなら寧ろ救われます(笑)。

ナルトVSペインではそれが一転して、戦いと言うよりはカウンセリングになっていて、「迷える神様」の悩み相談室になるんですが、実はその前に長門が擦り寄った相手がいます。お話としては46巻の97頁からの第428話「対談!!」です。天道は確か九尾(ナルト)を捕獲するために木ノ葉を襲った筈です。ほぼ顔パス状態で木ノ葉を練り歩ける状態なのに、何故だか綱手と長話しています。綱手の護衛の暗部がお茶でも出そうものなら、もう少しノンビリして行く雰囲気すらありました(笑)。一応、交渉っぽい対談ではありましたが、双方相容れぬ立場は最初から決裂しかない事も織り込み済みで、対談と言うよりはペインが綱手と単に話がしたい…趣の対峙であって、それでもそれに気付かない綱手がKYなビッチに見えて…男の子としては長門に同情を感じました。

「ナルトの居場所を言え」(天道)

「…………
今は我々の持てる全ての力を注ぎ
お前達をたたく!それだけの事!
それにお前は一つ勘違いしている」(綱手)

「……」(天道)

「お前達が一番欲しがっているものは
手に入りはしない!」
(綱手)

「…木ノ葉の忍が
ナルトを庇いきれると
思っているならそれは…」(天道)

「違う」(綱手)

「?」(天道)

「ナルトは―強いぞ」(綱手)

綱手が自信満々にナルトを天道に自慢しちゃうなんてッ!!(第46巻/107-108頁)天道はきっと悔しかったと思います。僕も、これを天道に言っちゃう綱手ははっきり言って頂けないと思いましたもの。綱手は天道がどんな気持ちを持ってこの場に来たかなんてのは全く考えなかっただろうし(逆に天道の心の内を汲んだ上でこの態度だったなら、どんだけ酷い人間なんだよと言うことになりますので)、自来也の気持ちをほぼ50年間拒否って来ただけのことはあるな…と感心してしまいます(笑)。天道(弥彦であり長門である)に綱手がこんな事言うなんて、綱手は自分が天道に敵わない事を悟ってて、その悔しさを天道に打つけたのだとしか、僕には思えないッス。このヒステリックな綱手の拒絶が木ノ葉隠れの里を圧壊させた元凶だったと思います。しかし、綱手が弥彦であり長門である天道に向かって、「一番欲しがっているものは手にはいりはしない」なんて、皮肉過ぎて泣きそうになりました(笑)。

「…お前は…その顔
弥彦なのか…」(自来也)

「ああ…いたなそんな奴も
とっくに死んだよ
そんな奴は」
(初代・修羅道)

「一体どういうことだ…
弥彦は死んだんじゃ…
それにその眼…」(自来也)

「…オレに弥彦の面影を見たか
やはりかつての師だけはある
…だがすでに弥彦は死んだ
ここに居るのはペインだ」(天道)

雨隠れの対ペイン戦で自来也が修羅道に腕を捥がれ、六道が見得を切った直後(第42巻/8-9頁)、自来也は天道に弥彦の面影を見出します。ここで、初代・畜生道が言ったぞんざいな「弥彦の死」を思い出しています。この機微に関しては個人的に長門のジェラシーを多量に感じています。自来也が事もあろうに…風魔の忍で弟子でも何でも無かった…初代・畜生道を長門と見誤り、その上「弥彦はどうした?」(第41巻/84頁)と訊いたもんだから、長門は半ギレしたんだと考えてます。自来也は長門と弥彦だったら弥彦とウマが合ったんだと思います。それで天道を一見して弥彦と言い当てた自来也に、何で畜生道を(お前が三年間も面倒見てくれた…)長門と勘違いしちゃうんだよ!!と、「やはりかつての師だけはある」とチクリと自来也を刺した訳です(笑)。

長門には「弥彦は直ぐに分かったものだな…」と、油女シノ的な僻(ひがみ)気質があるのだと思います(笑)。自来也を殺すために口寄せが出来る畜生道を先ず出した長門ですが、自来也が長門を見誤ったのはかなりショックだったでしょう。そして、その原因が輪廻眼だけに自来也が注目してた事に長門は更にショックを受けたんだと思います。自来也はそもそも「才能」と言うものを否定的に捉える…ま、大蛇丸の対極なんだけど、それでも輪廻眼には相当な期待をしてしまったのも事実です。これは自来也らしくない反応だったと違和感を感じたところでした。そこには長門が非常に優秀な弟子で、有り得ない「五通りのチャクラ背質変化」(笑)を一人でやってのけた逸材だったのもあるんだけど、だったら尚更、弥彦よりも長門だろ!!と思う訳です。

しかし、人の心とは思うようにはならないもので、自来也が弥彦とウマが合い、傍目でも仲が良い事は長門にも小南にも、そして弥彦にも分かっていたでしょう。長門が自分を「神」と言ってしまうのには、そんな人の心の不条理が受け入れられなかった事による反動形成があったと思います。一によっては、これを「中二病」と言うんですが、長門の病状は明らかにそれだったと、僕も思っています(笑)。だから、そんな長門に綱手を自慢してしまうセンスが、僕には理解できない訳です。これが煽りと言うのは、その力量の差からは考えられず(煽りで崩してどうこうなる差ではない為)、やはり綱手の負け惜しみとしか思えないです。三忍として、木ノ葉の五代目火影として譲れなかったのか?…否…それは単なる綱手の理解力の低さにあったと思います。

「最後に一ついいか…
その足のチャクラ
オレの術に対応するためか
どうやらオレの能力は
知られてしまってるようだが…
圧倒的な力の前では全てが無意味
お前達大国が証明してきた事だ」(天道)

結局、天道は対談を一方的に切り上げ、綱手の元を去るんですが(第46巻/115頁)、綱手や護衛の暗部の足に蓄えられたチャクラを一刺ししてその場を辞します。天道を拒絶し、ナルトを自慢した綱手。しかも、天道の術(能力)に水面下では用心していた。綱手のこの態度を天道は裏切りに近い受け取り方をした…と、僕は考えています。木ノ葉に押し入ったテロリストが何を!!と思うでしょうが、長門の内部的な成熟度はその程度じゃないかと、僕には思えるんです。この時、天道は既に綱手や暗部に背中を向けていて、その無防備さは綱手や暗部の手練を取るに足らない相手として蔑んだ態度でもありました。そして、天道が背を向けた体勢でネットリと綱手を睨みつける天道の視線には歪んだ慕情…綱手に纏わり付く様な天道の想いが感じられてなりませんでした。

ダメよ!あの術は
アナタの命を縮める事になる!
どうしてもやるのね…長門」(小南)

「ここより世界に痛みを
神羅天征」
<ドッ>(天道)

…で、結局、長門は神羅天征で木ノ葉を一瞬で圧壊させてしまいます(第46巻/124-125頁)。この行動を生んだのは間違いなく綱手のKYな煽りです。長門は自来也に誤認されただけで傷付く繊細な子だから、自分の力量を嫌と言うほど見せつけた上で、綱手に自信満々にナルトを自慢されたのは正直、我慢ならんかった筈です。そして、それが綱手の口から出た時点で、命を削ろうと綱手が一番大切に想っている…木ノ葉隠れの里を跡形もなく潰す決意をしたんだと思います。このだだっ子にも似た愛憎が長門の中二病の所以です。そして、それを見抜けなかった綱手の母性の足りなさでもあります。長門たちが「間違った成長」を遂げた原因は綱手にその多くが起因していると、僕は考えています。それは綱手には青天の霹靂であり、もっともな話とも思いますが…(笑)。

それを言うなら、自来也の弟子が「予言の子」なんて妙木山の自分ルールで、一方的に運命背負わされた長門達だって同じ事でしょう。僕は常に妙木山の一方的な予言には違和感を感じてきました。また、自来也が長門達を三年間面倒を見ただけで、その後、全く関知しないとか、力だけ与えて野放図にする、ある種、無責任な成長への関与は間違ってるとも思っています。寧ろ、予言が今起こっている忍界の不穏の元凶とすら感じている…。予言がなくて、自来也がそれに必死になって応えようとしなければこんな事にはならなかった筈です。また、同時に「忍のシステム」の根源的な不条理も並行してこれには絡んでいる事に注目すれば、妙木山の存在が何なのかが、ジワッと浮き上がって来るように感じます。恐らく、ミナトはそれに気付いていたんだと思います。

「どうしてこんな無茶を…」(小南)

小南の微妙な歯痒さに注目して欲しいです(第46巻/147頁)。長門が小南に綱手に代わる存在を感じているならば、きっとこんな未来はなかった筈ですから。人の心とは思い通りにならない…きっと小南もそう考えてた事でしょう(笑)。ま…そんな不条理が混ぜこぜに襲って来るのが人生であって、それを教えるのがなんだと思います。戦争が…忍のシステムが、それを長門から奪ったのです。しかし、それは長門だけでもない事を長門は気付けずにも居るのです。現に、長門の一番近くに居る小南だって似た様な人生を送っています。小南と長門の違いは愛の発露があるかどうかだけなのです。小南は子供の頃から弥彦や長門を愛し見守って来たのです。それに気付けない長門には救いがないです。神様が救われないなんて皮肉なお話ですよね(笑)。

そして、同時にこんな重いテーマに取り組んだキッシーにも同情申し上げる(笑)。例えば、46巻をいきなり手にして、『NARUTO -ナルト-』にハマるか?と言われれば、僕はないと思います。イルカのとか、再不斬と「白」の切ないとか、我愛羅の改心に震えた僕らには如何にも物足りない筈です。他にもハマりどころの話になったら一晩あっても足りないくらい沢山ありますよね。それが僕らが愛して止まない『NARUTO -ナルト-』なんだと、僕は思います。でも…ま…しかし…です。何度も言うように、『NARUTO -ナルト-』と言う巨大なサーガを練り出してまとめあげるには、ペイン編は避けては通れない鬼門でもある訳です。ファンとしてはキッシーを信じて待つのがスジかと思います。それに…畜生ちゃんのように…

キッシーだってきっとこう言うと

「これが…オレの正義だか(ry



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