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「小南」


「これ…食べて…」(小南)

第445話「世界の天辺」の小南の、この表情(本誌78頁)に僕はクラっと来ました。「私、何でも知ってまーす!」と言う感じの…いろんな所で書いたなーと思いますが…小南の何にも驚かない力強さに、見ちゃ行けないモノを見てしまった気がしました。多分、十歳未満の子供ですよね…。で、でも…色っぽいと言うか、一応、個人的に「連れ去られ系」と呼んでるんですが、隣に座ったらすっごく良い匂いがして、非常に無力に為すスベも無く何処かに連れて行かれる…女子を小南に重ねてましたっけ。まさか!!ケルベロス…マザコンだけじゃなくてロリコンも入ってんのか!?(嗚呼、そうさッ…ロリコンさ!!ロリコンの何処が悪いのs(ry

「ボクはこんなところで
終わるつもりはねーんだよ
ボクにはでかい夢があんだ!
世界征服だ!!」(弥彦)

僕は長門の回想…「世界の天辺」で弥彦が妙にやる気満々なのが気になっていました。何だ!?このバイタリティは!?…と。戦乱の中、親も身寄りも既にない子供の弥彦が、小南ばかりでなく、小南が連れて来た長門と野良犬のチビを快く受け入れる心の広さって有り得ない(汗)。潤沢な食料や生活物資があったとは思えないし、第一、子供達だけで不安だろうに…。それでも弥彦は極めて快活で、長門に「いやそれは犬の…」とボケたのをスカされても怒らない寛大さがありました。長門の逞しさって何だろう?自分が子供の頃に同じ状況だったら絶対無理だなーと思える程の強さを弥彦はこの時点で実現してるんですよ。

小南
何だよ
そいつらは?」(弥彦)

「死にかけてたから…」(小南)

弥彦は小南のこの一言で、あっさりと長門とチビを受け入れました。弥彦は小南と幼なじみか近親者(双子?2月20日生まれで血液型・O型が同じ…「者の書」より)、きっとこんな風に弥彦は小南に願われるまま、小南の願いを叶える事に全身全霊を注ぎ、頑張って来たんじゃないかと、僕には何だか凄く良く分かる…。これって、小南の願いを叶える事が弥彦の生き甲斐になってるからなんだと思うんですよ。小南が弥彦を頼るから弥彦がそれに応えるべく元気モリモリになって頑張る訳で、小南がおねだりしなければ、弥彦はきっと何をして良いかすら解らなかった筈です。小南が居たからこそ、弥彦はこんなにもバイタリティに溢れてたんだと思います。


「ありがとう…
コレ お礼」
(小南)

「………」(折り紙か…
乾パンの包み紙で」(自来也)

雨隠れの難民として、三忍にある意図を持って接触した時の小南は年齢相応の子供に見えました。自来也が食べかけの乾パン(携行食)を三人に分け与えた包み紙で花を折り自来也に返礼したんですが、自来也もこの一撃で思いっ切り「連れ去られ」てたでしょ(笑)。この小南の見かけ年齢の変異を、僕は小南のテクニックだとは思いたくはない派で、小南の無意識な知覚が自来也に対する無条件な信頼を感じ、子供である事を許容したのだと思います。しかし、この接触は雨隠れの里長である半蔵と互角に渡り合った木ノ葉の三忍(長門達が垣間見た一戦が後に「三忍」と言われる自来也達を初めて見た訳で)の力を得んが為の策略…。

勿論、弥彦が主導する小隊(一家)ですから、弥彦の一存なんでしょうが、その背面には小南の誘引があったんじゃないかと、僕は考えています。それは弥彦がこんなにも大胆に動けるのは小南の要求(おねだり)があってこそ…と、僕が考えてるからなんですが、小南が考えの無い(浅い)弥彦にきっかけを与え動かしていた…厳密には小南の信託を得る為に弥彦が自発的に動いていた…つまり…連れ去られていた…と言う事で(汗)、小南の生存本能が弥彦を巻き込んで大きく回転していた…とすれば美しい表現となるでしょうか(笑)。裏とかやらせとかでない、自然な生存本能が小南に顕現してるんだと考えています。

今さら私たちの前に
現れて何のつもりだ!?」(小南)

「あの時
大蛇丸の言う通りに
しておけば…
そう思ってるのね…」(小南)

小南が雨隠れに侵入した自来也に真っ先に接触するんですが(第41巻/50頁)、小南が自来也の油でベトベトにされて、いきなり妖艶な女のシャベリを始めてしまいます(笑)。「殺す?この子たち」(第41巻/53頁)と、冷徹ではあるけれど自分達に対してしっかりした関心を見せた大蛇丸も認めているし、小南は乾パンを分けてくれただけでなく、それから3年間の永きに渡って生きるスベを教えてくれた自来也にはそれにも増した感謝を感じているのだと、僕は考えています。やはりそれは小南の自来也を前にした女女した小南の遣る瀬なさが全てを物語っているんだと思います。小南は自来也に「ほの字」の筈です。

大蛇丸の「殺す?」と言うのも、明確な愛だったと、僕は考えています。戦場で、その時だけ食べ物を与え、優しい言葉だけをその場に残し、立ち去る事を大蛇丸は否定したのです(ある意味、自来也のとってしまいがちな行動を予め潰した…とも言える)。大恩ある自来也に小南が大蛇丸を引き合いに出す事自体、自来也の施しに非常に近接した大蛇丸の存在を小南が意識している…と言うことを明確に物語っています。あの時、小南は大蛇丸に命を絶たれる事も一つの幸せであるとの認識があったのだと思います。だから、自来也が三年間だけ面倒を見てその後、自分達を放免した事を小南は痛烈に非難してましたね(笑)。

「術のキレも良くなったが
いい女になったのォ…小南」(自来也)

結局捨てられるなら、大蛇丸に殺された方が幸せだった…と言う女心ですね。小南の自来也を前にした恨み辛みは自分を捨てた男に対するそれに見えて仕方なかとです。ペインが弥彦だ、長門だと最後の最後まで迷いまくってた自来也が即座に小南を認識(第41巻/頁)した前後で、「自来也よ」(第41巻/35頁)から「先生には…」(第41巻/45頁)とか「アナタを…」(第41巻/46頁)に急変しています(笑)。小南は殺せるなら殺すつもりで自来也を迎撃に来たんだけど、それもいきなり潰えましたし…。小南は間違いなく自来也に「ほの字」で、何でも解っていた…。小南はきっと幼い子供の頃からオトナだった…んだと…。僕が萌えた小南の表情は明らかにその提示だったと思います。

だから小南は、大蛇丸の行いの真意にも気付けたし(ここは結構深い闇で、大蛇丸の誘引だったのか、ホントに戦場に難民の子供達をする事の残酷さを考えての愛だったのか…依然、流動的ですが…)、自来也とほぼ等価に評価出来た訳で、それは弥彦に対する「連れ去られ系」の魅力でやる気満々にさせたのと合わせて考えれば、小南が自来也と出逢った頃には既に酸いも甘いも噛み分けた境地にあって、当時、20歳代の自来也に対して一桁…ヘタしたら7歳とかの女の子の小南が男女の関係を意識…ぶっちゃけ恋愛感情を小南が自来也に感じていたとしても、ケルベロスとしては一向に不整合さは感じません(笑)。

(いや…違う…
”輪廻眼”を見て最初の奴を
長門だと思い込んでしまったが…
ワシが知る長門とは違和感がある…
…それによく見れば
あの六人(ペイン六道)の中に
長門の面影を感じる奴は
一人としていない…
それなのに弥彦の面影を持ち…
長門の”輪廻眼”を持つ者がいる…)(自来也)

「弥彦なのか…
長門なのか…?
お前らは一体何なんだ!?」(自来也)

「我々はペイン…
神だ!」
<ババッ>(天道)

ペイン六道を前に焦りまくる自来也を尻目に(第42巻/10-11頁)、自らを「神」と言い切り襲いかかるペイン六道…。自分で自分を「神」なんて言っちゃう人はメチャクチャ狂った人じゃないと困る…って言うか、冷静に物事を考える事が出来るなら、それはジョークじゃないと話が通りません、しかし、実際に登場したシステムペインの本体である長門は確かに極度に病弱そうで、多脚戦車風の奇怪な乗り物(なのか身体の一部なのか…)に乗ってはいますが、シャベリは概ね正常で、僻みっぷりも理に適っていて、自分を「神」だと言うのがジョークにも思えないし、これは偏(ひとえ)に頑張ってるとしか思えませんでした。

長門は小南の為に頑張っている!?

ここちょっと難解なんで追記します…エーッと、長門は非常に微妙…つーか、「火サス脳」で考えるなら長門の想いは綱手にあって欲しいと思うんですね。ここは賛否あると思いますが、長門が矮小な平和を望む裏に雨隠れでの自来也と過ごした庵のイメージがこびり付いているならば、そこに欠落してた愛を今も渇望していると考えられ、そのポジションに小南が収まらなかった訳で、長門のゾンザイな小南の扱いが中二病患者のそれではなく、純粋に綱手と言う大いなる母に向かう慕情であり、それがマドララのキューになる機微と言えます。この微細な突起に対する期待感は自来也の生存に繋がる一縷の希望であり、火サス的エンディングの布石とも言えます。非常に歪んだ考え故、ここはスルーして頂ければ…できれば小南マンセーの長門の方が少年誌的には整合性が高いし、「自来也生存=ラスボス」で、それはちょっと…なところもあるので…ま、独り言と言う事で…。

弥彦がそうだったように、長門もまた小南によって役割を付与されているのだと、僕は考えます。長門が自分を「神」と言ってしまうのは虚勢に近いものに、僕の目には映ります。それもこれも小南を守る為。弥彦が望んだ世界の構築。それを小南に見せて上げようと、長門は必死に自分を「神」だと言い張っているのではないでしょうか。その「中二病」ともとれる長門(システムペイン)の万能感が絵空事である事は、ナルトに対する敗戦で明白です。自来也がペインを見誤ったのは、ペインの「神」にユーモアを感じなかったからだと思うんですよ…。それは長門が真剣に小南の願いを成就してあげたかったからじゃないかと…。

そう言う目で見ると、神様って弥彦でも長門でもなく、小南なんじゃないかと思う訳です。そう思えば、小南が長門を救う時の…あの「私、何でも知ってまーすッ!」と言う表情が達観とも思え、小南がまるで観音様のように見えて来ます。少なくとも弥彦は小南に「小南を守る」と言う目的を与えられて、それであんなにテンションが高かったと僕には思え、弥彦の遺志(目的)を引き継ぐ事になった長門もまた小南の存在無くしては有り得ないです。何せ、素の状態で「神」ですから(笑)。大真面目なんですよ、きっと長門は…。それが小南と言う女のを守る為の弥彦と長門の願いであったならば、何だか僕にもペイン(長門)が叫ぶ「神」は解る…。

男の子は女の子の為に頑張っちゃう生き物だし…。それがましてや「連れ去られ系」の女の子だったら…(笑)。やっぱ小南と言う女の子が居たから弥彦が居て、弥彦が生かした長門が居るのであって…。これからシステムペインの成り立ちのネタバレはあると思います。なきゃ話が進みませんし(笑)。ま…その仕組みはどうあれ、弥彦と長門を奮い立たせたのは小南だと、ナル×ジャンでは断言させて頂きます。だって、小南は「マドララ」そのものですから!!あんな風に母のように男の子に目的や居場所を与えられる女の子に僕は痺れてしまうのです(ああ、そうさ…マザコンさぁ!!マザコンの何処が悪いn(ry…謹んで割愛させて頂きます)。

ここは…長門と弥彦に大きく影響する小南の気持ちが自来也にあったにも関わらず、自来也が忍術皆伝した後に三人の子供達を放免し、一切関与しなかった意味が問われるところです。もしかしたら、予言が安定と平和の対極である混乱や破壊を齎す因子を産み落とす条件を内包していて、自来也が意図的に「間違った予言の子」を生み出すべく雨隠れの三人を選定したのだとすれば、妙木山の大ガマ仙人の予言にも大きな疑念を持たざるを得ません。アッサリと突き放した長門達と妙木山の庇護に浴するナルトとの差異は極めて大きく…予言に離反する自来也の意図も感じられないでもなく…謎は更に深まる一方なのです。

でも…ま…何だかんだ言ってますが…
男にとって女は「神様」と言うことで…



  

第446話「ただ二人を守りたい」 | BLOG TOP | 「言い訳」(まっカカ…其の六)

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